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特開2022-101784制御装置、モータシステム及び同定方法
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  • 特開-制御装置、モータシステム及び同定方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022101784
(43)【公開日】2022-07-07
(54)【発明の名称】制御装置、モータシステム及び同定方法
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/16 20160101AFI20220630BHJP
【FI】
H02P21/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020216076
(22)【出願日】2020-12-25
(71)【出願人】
【識別番号】000114215
【氏名又は名称】ミネベアミツミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】大澤 進
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA06
5H505AA15
5H505BB10
5H505DD06
5H505EE41
5H505EE49
5H505GG02
5H505GG04
5H505HB01
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505JJ25
5H505LL01
5H505LL22
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】モータのイナーシャと粘性係数を推定する計算処理を低減可能な制御装置、モータシステム及び同定方法を提供すること。
【解決手段】モータのq軸電流を第1電流値にステップ状に変化させることで前記モータの速度の第1立ち上がり時間を測定し、前記モータのq軸電流を前記第1電流値とは異なる第2電流値にステップ状に変化させることで前記モータの速度の第2立ち上がり時間を測定し、前記モータのq軸電流と、前記q軸電流のステップ状の変化に対する前記モータの速度の立ち上がり時間と、前記モータのイナーシャと、前記モータの粘性抵抗との関係則に基づいて、前記第1立ち上がり時間の測定値及び前記第2立ち上がり時間の測定値に対応する前記イナーシャ及び前記粘性抵抗を推定する、同定方法。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータのq軸電流を第1電流値にステップ状に変化させることで前記モータの速度の第1立ち上がり時間を測定し、前記モータのq軸電流を前記第1電流値とは異なる第2電流値にステップ状に変化させることで前記モータの速度の第2立ち上がり時間を測定する測定部と、
前記モータのq軸電流と、前記q軸電流のステップ状の変化に対する前記モータの速度の立ち上がり時間と、前記モータのイナーシャと、前記モータの粘性抵抗との関係則に基づいて、前記第1立ち上がり時間の測定値及び前記第2立ち上がり時間の測定値に対応する前記イナーシャ及び前記粘性抵抗を推定する推定部と、を備える、制御装置。
【請求項2】
前記関係則は、前記立ち上がり時間と前記モータのイナーシャとの第1関係則と、前記立ち上がり時間と前記モータの粘性抵抗との第2関係則とを含み、
前記推定部は、前記第1立ち上がり時間の測定値及び前記第2立ち上がり時間の測定値を、前記第1関係則と前記第2関係則のそれぞれに適用することで、前記イナーシャ及び前記粘性抵抗を推定する、請求項1に記載の制御装置。
【請求項3】
前記推定部は、前記イナーシャをJ、前記粘性抵抗をD、前記第1立ち上がり時間の測定値をtr1、前記第2立ち上がり時間の測定値をtr2、c1,d1,c2,d2を係数とするとき、
J=(a1×b2-a2×b1)/(a1-a2)
D=(b2-b1)/(a1-a2)
a1=c1×tr1
b1=d1×tr1
a2=c2×tr2
b2=d2×tr2
で表される演算式に従って、前記イナーシャ及び前記粘性抵抗を推定する、請求項2に記載の制御装置。
【請求項4】
前記推定部は、メモリに記憶されたc1,d1,c2,d2の値を読み出して、前記推定式に適用する、請求項3に記載の制御装置。
【請求項5】
前記モータの速度指令値と前記モータの速度検出値との差が零に収束するようにq軸電流指令値を生成し、前記q軸電流指令値と前記モータのq軸電流検出値との差が零に収束するように前記モータを制御する制御部を備え、
前記測定部は、前記q軸電流指令値をステップ状に変化させることで、前記立ち上がり時間を測定する、請求項1から4のいずれか一項に記載の制御装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の制御装置と、前記モータと、を備える、モータシステム。
【請求項7】
モータのq軸電流を第1電流値にステップ状に変化させることで前記モータの速度の第1立ち上がり時間を測定し、
前記モータのq軸電流を前記第1電流値とは異なる第2電流値にステップ状に変化させることで前記モータの速度の第2立ち上がり時間を測定し、
前記モータのq軸電流と、前記q軸電流のステップ状の変化に対する前記モータの速度の立ち上がり時間と、前記モータのイナーシャと、前記モータの粘性抵抗との関係則に基づいて、前記第1立ち上がり時間の測定値及び前記第2立ち上がり時間の測定値に対応する前記イナーシャ及び前記粘性抵抗を推定する、同定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、制御装置、モータシステム及び同定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータの発生トルクからモータ速度への伝達関数の係数を最小二乗法により推定することで、モータのイナーシャと粘性係数を同定する同定装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。また、トルク指令とモータ位置情報に基づき最小二乗推定処理を行い、イナーシャ推定値及び粘性摩擦係数推定値を出力する技術が知られている(例えば、特許文献2参照)。さらに、q軸の電流指令値をステップ状に変化させることで上昇する角速度推定値の上昇カーブから角加速度を算出し、角加速度の算出値を用いてモータの全慣性モーメントを算出する技術が知られている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8-220197号公報
【特許文献2】国際公開第2014/156164号
【特許文献3】特開2004-242430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、モータのイナーシャと粘性係数を推定するため、最小二乗法による同定方法を用いると、計算処理が増大する場合がある。
【0005】
本開示は、モータのイナーシャと粘性係数を推定する計算処理を低減可能な制御装置、モータシステム及び同定方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様では、
モータのq軸電流を第1電流値にステップ状に変化させることで前記モータの速度の第1立ち上がり時間を測定し、前記モータのq軸電流を前記第1電流値とは異なる第2電流値にステップ状に変化させることで前記モータの速度の第2立ち上がり時間を測定する測定部と、
前記モータのq軸電流と、前記q軸電流のステップ状の変化に対する前記モータの速度の立ち上がり時間と、前記モータのイナーシャと、前記モータの粘性抵抗との関係則に基づいて、前記第1立ち上がり時間の測定値及び前記第2立ち上がり時間の測定値に対応する前記イナーシャ及び前記粘性抵抗を推定する推定部と、を備える、制御装置が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、モータのイナーシャと粘性係数を推定する計算処理を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本開示の実施の形態1に係るモータシステムの構成例を示す図である。
図2】モータの機械的パラメータを同定する同定部の一例を示す機能ブロック図である。
図3】粘性抵抗Dを変化させた場合の、立ち上がり時間trとイナーシャJとの関係の一例を示す図である。
図4】イナーシャ比率Y(=イナーシャJ/立ち上がり時間tr)と粘性抵抗Dとの関係の一例を示す図である。
図5図4に示す各グラフの一次回帰式の傾きc及び切片dを示す表である。
図6】ステップ状のq軸電流の電流値Iq1,Iq2それぞれの場合での、イナーシャJと粘性抵抗Dとの関係の一例を示す。
図7】同定方法1を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して、本開示の実施の形態に係るモータ制御装置、モータシステム及びモータ制御方法について詳細に説明する。
【0010】
図1は、本開示の実施の形態1に係るモータシステム1の構成例を示す図である。図1に示すモータシステム1は、モータ4のロータと同期して回転する直交回転座標軸であるdq軸上でモータ4を制御することで、高性能なトルク制御や速度制御を実現する。
【0011】
d軸は、ロータの実際の磁極位置を表す実角度方向(ロータの磁石により発生する磁束の方向)に伸びる軸であり、q軸は、d軸から電気角で90°進んだ方向に伸びる軸である。d軸及びq軸は、合わせて、dq軸又はd,q軸と称することがある。dq軸は、ベクトル制御におけるモデル上の軸である。ロータの磁極位置θは、モータの基準コイル(例えば、U相コイル)の位置を基準に、d軸が進む角度で表される。なお、d軸及びq軸は、ベクトル制御におけるモデル上の軸であり、各種センサの有無にかかわらず、d軸及びq軸を用いることができる。
【0012】
モータシステム1が搭載される機器は、例えば、コピー機、パーソナルコンピュータ、冷蔵庫、ポンプ等であるが、当該機器は、これらに限られない。モータシステム1は、モータ4と、モータ制御装置100とを少なくとも備える。
【0013】
モータ4は、複数のコイルを有するモータである。モータ4は、例えば、U相コイルとV相コイルとW相コイルとを含む3相コイルを有する。モータ4の具体例として、3相のブラシレス直流モータ、ステッピングモータなどが挙げられる。モータ4は、少なくとも一つの永久磁石が配置されるロータと、ステータとを有する。モータ4は、例えば、送風用のファンを回すファンモータである。モータ4は、ロータの磁石の角度位置(磁極位置)を検出する位置センサを使用しないモータ(センサレス型モータ)でも、位置センサを使用するモータ(センサ付きモータ)でもよい。
【0014】
モータ制御装置100は、モータ4が3相のブラシレス直流モータの場合、3相ブリッジ接続された複数のスイッチング素子を3相のPWM信号を含む通電パターンに従いオンオフ(ON、OFF)制御することで、インバータ12を介してモータ4を駆動する。モータ制御装置100は、モータ4がステッピングモータの場合、例えば2相接続された複数のスイッチング素子を2相のPWM信号を含む通電パターンに従いオンオフ制御することで、インバータ12を介してモータ4を駆動する。
【0015】
モータ制御装置100は、例えば、インバータ12、PWM回路13、電流検出部11、位置・速度検出部19、速度制御部20、電流制御部30、電流座標変換器14、電圧座標変換器15及び同定部40を備える。同定部40等の各部の機能は、メモリに記憶されたプログラムに従ってCPU(Central Processing Unit)等のプロセッサが動作することにより実現される。
【0016】
インバータ12は、モータ4が3相のブラシレス直流モータの場合、直流電源から供給される直流を複数のスイッチング素子のスイッチングによって3相交流に変換し、3相交流の駆動電流をモータ4に流すことによって、モータ4のロータを回転させる回路である。インバータ12は、PWM回路13によって生成される複数の通電パターン(より具体的には、3相のPWM信号)に基づいて、モータ4を駆動する。PWMとは、Pulse Width Modulation(パルス幅変調)を意味する。インバータ12は、モータ4がステッピングモータの場合、直流電源から供給される直流を複数のスイッチング素子のスイッチングによって複数の交流に変換し、複数の駆動電流をモータ4に流すことによって、モータ4のロータを回転させる回路である。
【0017】
電流検出部11は、モータ4が3相のブラシレス直流モータの場合、PWM回路13によって生成される複数の通電パターン(より具体的には、3相のPWM信号)に基づいて、モータ4に流れるU,V,W各相の相電流Iu,Iv,Iwを検出する。例えば、電流検出部11は、インバータ12の直流側に設けられる1つのシャント抵抗に発生する電圧に基づいて、各相の相電流Iu,Iv,Iwを検出する。電流検出部11は、インバータ12とモータ4との間に流れる電流を検出する電流センサによって、相電流Iu,Iv,Iwを検出してもよい。電流検出部11は、モータ4がステッピングモータの場合、PWM回路13によって生成される複数の通電パターンに基づいて、モータ4に流れる各相の相電流を検出する。
【0018】
位置・速度検出部19は、電流座標変換器14により生成されたd軸電流検出値i及びq軸電流検出値iと、電流制御部30により生成されたd軸電圧指令値v 及びq軸電圧指令値v とに基づいて、ロータの磁極位置θ及び回転速度ωを検出する。位置・速度検出部19は、モータ4に位置センサが取り付けられている場合、当該位置センサの出力信号に基づいて、磁極位置θ及び回転速度ωを検出してもよい。磁極位置θは、モータ4のロータの磁極位置(電気角)を表し、回転速度ωは、モータ4のロータの電気角速度を表す。位置・速度検出部19により検出される回転速度ωの検出値を、速度検出値ωとも称する。
【0019】
速度制御部20は、外部からの速度指令値ωと位置・速度検出部19によって検出される速度検出値ωとの差が零に収束するように、d-q座標系におけるd軸電流指令値i 及びq軸電流指令値i を生成する。速度指令値ωは、モータ4のロータの電気角速度で表される回転速度の指令値を表す。速度制御部20は、例えば、減算器16、速度調節器17及び電流指令演算部18を有する。
【0020】
減算器16は、速度指令値ωと速度検出値ωとの偏差を演算する。速度調節器17は、減算器16により演算された偏差を増幅することで、電流指令値iを演算する。トルク指令値τは、電流指令値iに係数を掛けたもので、電流値に比例する値と等価であり、モータ4のトルクTの指令値を表す。
【0021】
電流指令演算部18は、電流指令値i及び速度検出値ωに基づき、モータ4のd軸方向に流すd軸電流の指令値であるd軸電流指令値i とモータ4のq軸方向に流すq軸電流の指令値であるq軸電流指令値i を演算する。モータ4に生じるトルクTは、q軸電流指令値i に比例して大きくなる。
【0022】
電流制御部30は、d軸電流指令値i とd軸電流検出値iとの差が零に収束するように、モータ4のd軸方向に生じるd軸電圧の指令値であるd軸電圧指令値v を生成する。電流制御部30は、q軸電流指令値i とq軸電流検出値iとの差が零に収束するように、モータ4のq軸方向に生じるq軸電圧の指令値であるq軸電圧指令値v を生成する。
【0023】
モータ4がブラシレスモータ直流モータの場合、電圧座標変換器15は、位置・速度検出部19によって検出された磁極位置θを用いて、d軸電圧指令値v 及びq軸電圧指令値v を、U,V,W各相の相電圧指令v*,v*,v*に変換する。電流座標変換器14は、位置・速度検出部19によって検出された磁極位置θを用いて、電流検出部11により検出された3相の相電流Iu,Iv,Iwを、2相のd軸電流検出値i及びq軸電流検出値iに変換する。
【0024】
モータ4がステッピングモータの場合、電圧座標変換器15は、位置・速度検出部19によって検出された磁極位置θを用いて、d軸電圧指令値v 及びq軸電圧指令値v を、各相の相電圧指令値に変換する。電流座標変換器14は、位置・速度検出部19によって検出された磁極位置θを用いて、電流検出部11により検出された各相の相電流を、2相のd軸電流検出値i及びq軸電流検出値iに変換する。
【0025】
同定部40は、モータ4の機械的パラメータ(イナーシャ、粘性抵抗など)を同定する。モータ4に機械的負荷が接続されている場合、同定部40は、その機械的負荷とモータ4を合わせた状態での機械的パラメータ(イナーシャJと粘性係数D)を同定する。同定部40は、モータ制御装置100の内部又は外部にある。
【0026】
図2は、モータの機械的パラメータを同定する同定部の一例を示す機能ブロック図である。図2に示す同定部40は、測定部55、メモリ60及び推定部50を備える。
【0027】
測定部55は、モータ4のq軸電流を所定の電流値にステップ状に変化させることでモータ4の回転速度ωの立ち上がり時間trを測定する。例えば、測定部55は、q軸電流指令値i を第1電流値Iq1にステップ状に変化させることで、モータ4の回転速度ωが零から所定の設定速度ωsに上昇するまでの第1立ち上がり時間tr1を測定する。同様に、測定部55は、q軸電流指令値i を第1電流値Iq1とは異なる第2電流値Iq2にステップ状に変化させることで、モータ4の回転速度ωが零から所定の設定速度ωsに上昇するまでの第2立ち上がり時間tr2を測定する。
【0028】
立ち上がり時間trは、q軸電流の電流値、イナーシャJの値及び粘性抵抗Dの値の影響を受け、それらの値の違いにより変化する特性がある。この特性に着目し、同定部40等の演算部は、q軸電流の電流値と、立ち上がり時間trと、イナーシャJの値と、粘性抵抗Dの値との関係則(例えば、対応テーブルや演算式など)を実測により事前に自動で導出する。当該関係則は、作業者が事前に実測又はシミュレーション等を行うことにより、事前に導出されてもよい。そして、予め導出された対応テーブル等の関係則又は関係則を特定するためのデータは、メモリ60に記憶される。
【0029】
推定部50は、メモリ60に記憶されたデータによって定められた関係則に基づいて、第1立ち上がり時間tr1の測定値及び第2立ち上がり時間tr2の測定値に対応するイナーシャJ及び粘性抵抗Dを推定する。
【0030】
推定部50は、イナーシャJの推定値及び粘性抵抗Dの推定値を同定値としてメモリに保存する。イナーシャJ及び粘性抵抗Dの各々の同定値は、速度制御部20(図1)の制御ゲインの設定に利用される。なお、制御ゲインを設定するにあたり、必ずしもイナーシャJ及び粘性抵抗Dの各々の同定値が速度制御部20に入力されなくてもよい。例えば、同定部40は、イナーシャJ及び粘性抵抗Dの各々の同定値をユーザに提示し、ユーザから入力される情報に応じて、制御ゲインを設定してもよい。また、イナーシャJ及び粘性抵抗Dの各々の同定値を直接利用せずユーザが独自に制御ゲインを設定してもよい。
【0031】
次に、q軸電流の電流値と、立ち上がり時間trと、イナーシャJの値と、粘性抵抗Dの値との関係則の導出について説明する。
【0032】
図3は、粘性抵抗Dを変化させた場合の、立ち上がり時間trとイナーシャJとの関係の一例を示す図である。図3の上段のグラフの縦軸は、q軸電流を零から所定の電流値Iq1にステップ状に変化させることで回転速度ωが零から一定の設定速度ωsに上昇するまでの立ち上がり時間trを表す。図3の下段のグラフの縦軸は、q軸電流を零から所定の電流値Iq2にステップ状に変化させることで回転速度ωが零から一定の設定速度ωsに上昇するまでの立ち上がり時間trを表す。なお、Iq2は、Iq1よりも大きい。また、Iqの電流値は、上記のIq1,Iq2の2つだけでなく、Iq3など、3種類以上の複数の値を設定してもよい。
【0033】
図3に示すように、イナーシャJは、立ち上がり時間trに略比例するので、
J=Y×tr ・・・式1
という関係式が成立するとみなすことができる。また、イナーシャ比率Y(式1で表される一次直線の傾き)は、図3に示すように、粘性係数Dによって変化することがわかる。
【0034】
図4は、イナーシャ比率Y(=イナーシャJ/立ち上がり時間tr)と粘性抵抗Dとの関係の一例を示す図であり、図3と同じ元データから作成されたグラフである。図4の上段のグラフは、q軸電流を零から所定の電流値Iq1にステップ状に変化させた場合の、イナーシャ比率Yと粘性抵抗Dとの関係を示す。図4の下段のグラフは、q軸電流を零から所定の電流値Iq2にステップ状に変化させた場合の、イナーシャ比率Yと粘性抵抗Dとの関係を示す。
【0035】
図4に示すように、イナーシャ比率Yは、粘性抵抗Dの一次関数によって近似可能なので、
Y=c×D+d ・・・式2
という一次回帰式によって表すことができる。係数cは、一次回帰式の傾きであり、係数dは、一次回帰式の切片である。図5は、図4に示す各グラフの一次回帰式の傾き(係数c)及び切片(係数d)を示す表である。
【0036】
式2を式1に代入すると、
J=(c×D+d)×tr
=c×tr×D+d×tr ・・・式3
となる。ここで、
a=c×tr ・・・式4
b=d×tr ・・・式5
と定義すると、式3は、
J=a×D+b ・・・式6
と変形できる。
【0037】
図6は、ステップ状のq軸電流の電流値Iq1,Iq2それぞれの場合での、イナーシャJと粘性抵抗Dとの関係の一例を示す。図6に示すように、ステップ状のq軸電流の電流値の違いによって、イナーシャJと粘性抵抗Dとの直線(つまり、式6)が異なる。よって、ステップ状のq軸電流の電流値が異なる複数の直線の交点が、イナーシャJの推定値と粘性抵抗Dの推定値に相当する。
【0038】
q軸電流の電流値がIq1のときの、a,b,c,dをそれぞれa1,b1,c1,d1とし、q軸電流の電流値がIq2のときの、a,b,c,dをそれぞれa2,b2,c2,d2とすると、
J=a1×D+b1 ・・・式7
J=a2×D+b2 ・・・式8
となる。式7と式8の両方を満たすイナーシャJ及び粘性抵抗Dは、
J=(a1×b2-a2×b1)/(a1-a2) ・・・式9
D=(b2-b1)/(a1-a2) ・・・式10
となる。ただし、
a1=c1×tr1・・・式11
b1=d1×tr1・・・式12
a2=c2×tr2・・・式13
b2=d2×tr2・・・式14
である。
【0039】
このように、q軸電流の電流値と、立ち上がり時間trと、イナーシャJの値と、粘性抵抗Dの値との関係則は、式9~14の6つの式によって表すことができる。したがって、推定部50は、第1立ち上がり時間tr1の測定値及び第2立ち上がり時間tr2の測定値を、立ち上がり時間trとイナーシャJとの第1関係則に適用することで(この例では、式9,11~14に代入することで)、イナーシャJを推定できる。また、推定部50は、第1立ち上がり時間tr1の測定値及び第2立ち上がり時間tr2の測定値を、立ち上がり時間trと粘性抵抗Dとの第2関係則に適用することで(この例では、式10~14に代入することで)、粘性抵抗Dを推定できる。
【0040】
係数c,dの値は、予め導出しておき、例えば図5に示すように、q軸電流の電流値毎にメモリ60に予め記憶される。推定部50は、例えば、q軸電流の電流値Iq1に対応する係数c1,d1の値と電流値Iq2に対応する係数c2,d2の値とを、メモリ60から読み出して、式9~14で表される関係則に適用する。
【0041】
<同定方法1>
図7は、同定方法1を示すフローチャートである。最初に、同定部40は、モータ制御装置100をベクトル制御による電流制御に設定し、d軸電流指令値i を零に固定した状態でq軸電流を制御する電流制御に設定する(ステップS10)。
【0042】
次に、同定部40は、ステップ状のq軸電流(I電流)の電流値Iq1を設定し、I電流が零から電流値Iq1に変化するステップ状のq軸電流を印加する(ステップS11)。同定部40は、モータ4の回転速度ωを観測し、回転速度ωが所定の設定速度ωsに上昇するまでの立ち上がり時間tr1を測定する(ステップS12)。例えば、同定部40の測定部55は、q軸電流指令値i をステップ状に変化させることで、立ち上がり時間tr1を測定する。
【0043】
次に、同定部40は、ステップ状のq軸電流(I電流)の電流値Iq2を設定し、I電流が零から電流値Iq2に変化するステップ状のq軸電流を印加する(ステップS13)。同定部40は、モータ4の回転速度ωを観測し、回転速度ωが所定の設定速度ωsに上昇するまでの立ち上がり時間tr2を測定する(ステップS14)。例えば、同定部40の測定部55は、q軸電流指令値i をステップ状に変化させることで、立ち上がり時間tr2を測定する。
【0044】
同定部40の推定部50は、上述の関係則に基づいて、第1立ち上がり時間tr1の測定値及び第2立ち上がり時間tr2の測定値に対応するイナーシャJ及び粘性抵抗Dを推定する(ステップS15)。例えば、推定部50は、ステップS12で得られた第1立ち上がり時間tr1の測定値及びステップS14で得られた第2立ち上がり時間tr2の測定値を、式9~14で表される関係則に代入することで、イナーシャJ及び粘性抵抗Dを推定する。推定部50は、ステップS15で得られたイナーシャJ及び粘性抵抗Dの各推定値を同定値として確定し、メモリに保存する。
【0045】
このように、同定方法1では、同定部40は、q軸電流の複数種類のステップ状の変化のそれぞれに対する回転速度ωの立ち上がり時間の測定値を、式9~14で示されるような簡易な演算式に代入することで、イナーシャJ及び粘性抵抗Dを推定できる。したがって、最小二乗法による同定方法に比べて、イナーシャ及び粘性抵抗を推定する計算処理を低減することが可能となる。
【0046】
以上、制御装置、モータシステム及び同定方法を実施形態により説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではない。他の実施形態の一部又は全部との組み合わせや置換などの種々の変形及び改良が、本発明の範囲内で可能である。
【0047】
例えば、ステップ状のq軸電流の電流値は、予め決められた固定値でも、ユーザ等により調整される値でも、モータ4の定格値に応じて設定される値でもよい。定格値は、モータの特性を表す値(特性値)の一例である。定格値には、例えば、モータの容量、電圧又は電流などがある。
【0048】
同定部40は、電流値(ステップの高さ)が異なる複数のステップ状のq軸電流を複数回印加して得られる複数の立ち上が時間Trの平均値又は中央値を算出し、当該平均値又は中央値に対応するイナーシャ及び粘性抵抗を推定してもよい。
【符号の説明】
【0049】
1 モータシステム
4 モータ
11電流検出部
12 インバータ
13 PWM回路
14 電流座標変換器
15 電圧座標変換器
16 減算器
17 速度調節器
18 電流指令演算部
19 位置・速度検出部
20 速度制御部
30 電流制御部
40 同定部
50 推定部
55 測定部
60 メモリ
100 モータ制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7