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特開2022-101831赤外スペクトル測定装置および濃度測定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022101831
(43)【公開日】2022-07-07
(54)【発明の名称】赤外スペクトル測定装置および濃度測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3563 20140101AFI20220630BHJP
【FI】
G01N21/3563
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020216153
(22)【出願日】2020-12-25
(71)【出願人】
【識別番号】000232689
【氏名又は名称】日本分光株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【弁理士】
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(74)【代理人】
【識別番号】100188260
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 愼二
(72)【発明者】
【氏名】亀野 逸人
(72)【発明者】
【氏名】世良 卓之
(72)【発明者】
【氏名】小勝負 純
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB08
2G059CC12
2G059DD18
2G059EE02
2G059EE10
2G059EE12
2G059HH01
2G059KK01
2G059MM04
2G059MM05
2G059MM09
2G059MM17
2G059NN02
(57)【要約】
【課題】所定の測定波数域の赤外スペクトルを長時間安定して測定可能な赤外スペクトル測定装置、および、これを備えた濃度測定装置を提供する。
【解決手段】赤外スペクトル測定装置は、フーリエ変換型赤外分光光度計10と、試料部20と、試料用冷凍機22と、コールドフィルター80と、光検出器30と、ヘリウム冷媒による冷凍サイクルを実行して光検出器30のMCT検出素子32およびコールドフィルター80を冷却するヘリウム冷凍機40と、MCT検出素子32が所定の設定温度になるようにヘリウム冷凍機40を制御する制御部50と、光検出器30からの検出信号に基づくスペクトル情報を取得する信号処理部60とを備える。制御部50は、設定温度を4~150Kの範囲の複数の温度に変更可能な設定変更部54を有する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外スペクトルを測定する装置であって、
試料部と、
赤外分光光度計と、
半導体構造の光検出器と、
所定の冷媒による冷凍サイクルを実行して前記光検出器の半導体検出素子を冷却する冷凍機と、
前記半導体検出素子が所定の設定温度になるように前記冷凍機を制御する制御部と、
前記光検出器からの検出信号に基づくスペクトル情報を取得する信号処理部と、を備え、
前記制御部は、前記設定温度を4~150Kの範囲の複数の温度に変更できるように構成された設定変更部を有することを特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項2】
請求項1記載の赤外スペクトル測定装置において、
前記制御部は、前記赤外スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域で小さくなるような温度条件を、前記半導体検出素子の前記設定温度に定めるように構成され、
前記温度条件は、複数の温度条件で取得された前記赤外スペクトル測定装置の感度特性に基づいて決定されたものである、ことを特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項3】
請求項1記載の赤外スペクトル測定装置において、
前記信号処理部は、
複数の温度条件で前記赤外スペクトル測定装置の感度特性を取得する感度特性取得部と、
前記温度条件毎の前記感度特性に基づいて、前記スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域で小さくなるような温度条件を選択する温度条件選択部と、を有し、
前記制御部は、前記温度条件選択部で選択された前記温度条件を、前記半導体検出素子の前記設定温度に定めるように構成されている、
ことを特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項4】
請求項2または3記載の赤外スペクトル測定装置において、
前記赤外スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域で小さくなるような温度条件とは、
前記所定の測定波数域での波数方向における感度の増減が小さくなる温度条件であることを特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項5】
請求項2から4のいずれかに記載の赤外スペクトル測定装置において、
前記赤外スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域で小さくなるような温度条件とは、
前記感度特性を取得する際の温度条件毎に所定の温度範囲を定めて、当該範囲内の温度条件で取得される複数の前記感度特性のバラツキが、前記所定の測定波数域において小さくなるような温度条件であることを特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の赤外スペクトル測定装置において、
前記試料部と前記半導体検出素子との間に配置された光学フィルターを備え、
当該光学フィルターは、
前記所定の測定波数域よりも低波数側の光の全部もしくは一部を透過しない光学フィルターであり、または、
前記所定の測定波数域よりも高波数側の光の全部もしくは一部、および、前記所定の測定波数域よりも低波数側の光の全部もしくは一部を透過しない光学フィルターであり、
当該光学フィルターは、前記半導体検出素子とともに前記冷凍機によって冷却されるように構成されていること、を特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項7】
請求項6記載の赤外スペクトル測定装置において、
前記光学フィルターの位置を、前記試料部と前記半導体検出素子との間の光路上からオフセットさせるフィルター切替機を備える、ことを特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項8】
請求項6記載の赤外スペクトル測定装置において、
前記光学フィルターを、別の光学フィルターに切り替えるフィルター切替機を備える、ことを特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項9】
請求項1から8のいずれかに記載の赤外スペクトル測定装置において、
前記半導体検出素子を冷却するための冷凍機とは別に、前記試料部の試料を冷却するための試料用冷凍機を備える、ことを特徴とする赤外スペクトル測定装置。
【請求項10】
請求項1から9のいずれかに記載の赤外スペクトル測定装置の構成を備えて、試料中の物質の濃度値を測定する濃度測定装置であって、
前記信号処理部は、取得した試料のスペクトル情報から前記所定の測定波数域のスペクトルピークを読み取って、当該スペクトルピークに基づいて前記物質の濃度値を算出するように構成されていることを特徴とする濃度測定装置。
【請求項11】
請求項10記載の濃度測定装置は、
605cm-1を含むその前後の波数域を前記所定の測定波数域として、
前記半導体検出素子の前記設定温度を4K以上、77K未満の温度に定めて、
シリコン結晶中の炭素原子濃度を測定することを特徴とする濃度測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外吸光スペクトル等を長時間安定して測定できる赤外スペクトル測定装置に関し、例えば、シリコン結晶の不純物である低濃度炭素の測定に適するものに関する。
【背景技術】
【0002】
電子情報技術産業協会規格(JEITA)EM-3503には、半導体材料であるシリコン結晶中の置換型炭素原子の濃度を、赤外分光光度計を用いて、その特有の赤外吸収ピーク(波数605cm-1付近)により決定する方法が記載されている(非特許文献1参照)。また、SEMI規格MF1391-1107には、試料を80K以下に冷却した状態で、赤外吸光によりシリコンの炭素含有量を測定する方法が記載されている(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】JEITA規格 EM-3503「赤外吸収によるシリコン結晶中の置換型炭素原子濃度の標準測定法」
【非特許文献2】SEMI規格 MF1391-1107「赤外吸収によるシリコンの置換型原子炭素含有量の試験方法」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、半導体材料の技術分野では、シリコン結晶中の不純物をより低い濃度まで測定したいというニーズがある。発明者らは、これを実現するためには、第一に、測定したい吸収ピーク等の波数域が、分析装置の良好な感度特性を示す波数域に生じるようにすること、第二に、必要な回数のスペクトル測定を出来る限り同じ条件で実行できるようにすること(測定の同一性)、が重要であると考えた。すなわち、所望の測定波数域において試料のスペクトルを長時間安定的に測定できることが重要である。
【0005】
本発明の目的は、所望の測定波数域の赤外スペクトルを長時間安定して測定可能な赤外スペクトル測定装置、および、このような赤外スペクトル測定装置を利用して試料中の極低濃度物質を測定する濃度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明にかかる赤外スペクトル測定装置は、赤外スペクトルを測定する装置であって、試料部と、赤外分光光度計と、半導体構造の光検出器と、所定の冷媒による冷凍サイクルを実行して前記光検出器の半導体検出素子を冷却する冷凍機と、前記半導体検出素子が所定の設定温度になるように前記冷凍機を制御する制御部と、前記光検出器からの検出信号に基づくスペクトル情報を取得する信号処理部と、を備え、前記制御部は、前記設定温度を4~150Kの範囲の複数の温度に変更できるように構成された設定変更部を有することを特徴とする。
【0007】
ここで、冷凍機に使用する冷媒の種類は限定されるものではない。また、より好ましくは、設定変更部による設定温度の変更範囲は4~77Kである。
【0008】
この構成の赤外スペクトル測定装置によれば、制御部の設定変更部が、半導体検出素子の設定温度を4~150Kの範囲の複数の温度に変更することができるので、測定したい吸収ピーク等の波数域において、この赤外スペクトル測定装置の感度特性が良好になる(例えば、温度変動に強い特性を示す)ような半導体検出素子の温度条件を適宜設定することができる。そして、冷凍機および制御部の構成によって、試料のスペクトル測定中、半導体検出素子の温度がその設定温度に維持される。その結果、所定の測定波長域のスペクトルを長時間にわたって繰り返し安定して測定することができる。
【0009】
赤外スペクトル測定装置の感度特性は、冷凍機および制御部による温度制御下でも、変動する場合がある。発明者らは、半導体検出素子の冷却温度を変えると、バンドギャップエネルギーの値が変わり、半導体検出素子の検出帯域が波数方向にシフトするとともに、半導体検出素子の検出感度も変化することを利用して、仮に赤外スペクトル測定装置の感度特性に変動が生じても、測定波数域のスペクトル測定に与える影響が小さくなるような半導体検出素子の温度条件を予め決定することにした。具体的には、試料部に何も設置しない状態での光検出器の検出信号に基づいて、冷却温度毎のスペクトル測定装置の感度特性データを取得し、これらの感度測定データに基づいて、最適な冷却温度の設定値を決定する。
【0010】
すなわち、前記赤外スペクトル測定装置において、前記制御部は、前記赤外スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域で小さくなるような温度条件を、前記半導体検出素子の前記設定温度に定めるように構成され、
前記温度条件は、複数の温度条件で取得された前記赤外スペクトル測定装置の感度特性に基づいて決定されたものである、ことを特徴とする。
【0011】
また、前記赤外スペクトル測定装置において、
前記信号処理部は、複数の温度条件で前記赤外スペクトル測定装置の感度特性を取得する感度特性取得部と、前記温度条件毎の前記感度特性に基づいて、前記赤外スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域で小さくなるような温度条件を選択する温度条件選択部と、を有し、
前記制御部は、前記温度条件選択部で選択された前記温度条件を、前記半導体検出素子の前記設定温度に定めるように構成されている、ことを特徴とする。
【0012】
この構成の赤外スペクトル測定装置であれば、感度特性取得部および温度条件選択部の構成によって、例えば、新たな測定を開始するタイミングでの、半導体検出素子の温度条件の設定または再設定が容易になる。測定したい吸収ピーク等の波数域が変更されても、新たな測定波数域に対する最適な温度条件を容易に定めることができる。
【0013】
ここで、「前記赤外スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域で小さくなるような温度条件」とは、前記所定の測定波数域での波数方向における感度の増減が小さくなる温度条件(言い換えると、所定の測定波数域での感度特性の波数依存性が小さくなるような温度条件、もしくは、所定の測定波数域での波数方向の感度特性が平坦であるような温度条件)であるとよい。半導体検出素子の温度制御がこのような温度条件で実行されれば、温度変動などで赤外スペクトル測定装置の感度特性が変化するような場合でも、所定の測定波数域の感度特性がほとんど変化しないで済む。
【0014】
または、「前記赤外スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域で小さくなるような温度条件」とは、前記感度特性を取得する際の温度条件毎に所定の温度範囲を定めて、当該範囲内の温度条件で取得される複数の前記感度特性のバラツキが、前記所定の測定波数域において小さくなるような温度条件であるとよい。半導体検出素子の温度制御がこのような温度条件で実行されれば、温度変動などで赤外スペクトル測定装置の感度特性が変化するような場合でも、所定の測定波数域の感度特性がほとんど変化しないで済む。
【0015】
あるいは、上記の2つの温度条件の基準を組み合わせて半導体検出素子の温度条件を設定してもよい。例えば、前者の基準(所定の測定波数域での波数変化に対する感度の増減が小さくなること)と後者の基準(所定の測定波数域における感度特性のバラツキが、所定の温度範囲内の温度条件で取得された複数の感度特性の全体について小さくなること)の両方を適用して、両方の基準を満たすような温度条件を設定してもよい。
【0016】
以上は、半導体検出素子の温度条件を定める基準の一例に過ぎないが、これらの基準による温度条件を用いれば、所定の測定波数域における測定装置の感度特性を良好な状態に維持しやすい。
【0017】
また、前記赤外スペクトル測定装置は、さらに、前記試料部と前記半導体検出素子との間に配置された光学フィルターを備え、
当該光学フィルターは、
前記所定の測定波数域よりも低波数側の光の全部もしくは一部を透過しない光学フィルターであり、または、
前記所定の測定波数域よりも高波数側の光の全部もしくは一部、および、前記所定の測定波数域よりも低波数側の光の全部もしくは一部を透過しない光学フィルターであり、
当該光学フィルターは、前記半導体検出素子とともに前記冷凍機によって冷却されるように構成されていること、を特徴とする。
【0018】
この構成によれば、光学フィルターによって、所定の測定波数域よりも低波数側の光の全部または一部は、半導体検出器へ進まない。これらの光には、例えば光源側の光学素子や試料からの赤外放射(熱輻射光など)が含まれる場合があり、半導体検出素子の温度変動や熱ノイズの発生の原因になり得る。従って、光学フィルターがこれらの光による影響を抑制し、スペクトル測定の精度が向上する。
また、低波数側の光だけでなく、測定波数域よりも高波数側の光も通さない光学フィルターを用いれば、測定感度をより向上させることができる。
また、この構成によれば、光学フィルターが半導体検出素子とともに冷凍機によって冷却され、温度制御されるので、光学フィルター自体からの赤外放射が半導体検出素子に入ることも抑制される。
【0019】
さらに、前記赤外スペクトル測定装置は、前記光学フィルターの位置を、前記試料部と前記半導体検出素子との間の光路上からオフセットさせるフィルター切替機を備える、ことを特徴とする。または、前記赤外スペクトル測定装置は、前記光学フィルターを、別の光学フィルターに切り替えるフィルター切替機を備える、ことを特徴とする。
【0020】
この構成によれば、フィルター切替機によって、試料部と半導体検出素子との間の光学フィルターが適宜オフセットされるので、光学フィルターによる波数域制限下(例えば狭帯域)でのスペクトル測定と、そのような波数域制限を受けない広帯域でのスペクトル測定との両方を1つのスペクトル測定装置で実行することができる。また、光学フィルターを別の光学フィルターに切り替えることで、異なる波数域でのスペクトル測定を実行することができる。
【0021】
また、前記赤外スペクトル測定装置は、前記半導体検出素子を冷却するための冷凍機とは別に、前記試料部の試料を冷却するための試料用冷凍機を備える、ことを特徴とする。
【0022】
この構成によれば、試料用冷凍機によって試料が冷却されるので、測定したいスペクトルピークに対して測定妨害になりうる現象(例えば、試料が結晶材料である場合の格子振動に伴う広帯域の大きな吸収ピークなど)や試料自体からの赤外放射の発生を抑制することができる。
【0023】
本発明にかかる濃度測定装置は、試料中の物質の濃度値を測定する濃度測定装置であって、上記の赤外スペクトル測定装置の構成を備えるとともに、前記信号処理部は、取得した試料のスペクトル情報から前記所定の測定波数域のスペクトルピークを読み取って、当該スペクトルピークに基づいて前記物質の濃度値を算出するように構成されていることを特徴とする。
【0024】
特に、前記濃度測定装置は、605cm-1を含むその前後の波数域を前記所定の測定波数域として、前記半導体検出素子の前記設定温度を4K以上、77K未満の温度に定めて、シリコン結晶中の炭素原子濃度を測定することが好ましい。
【0025】
以上の構成の濃度測定装置は、赤外スペクトル測定装置と同様に冷凍機および制御部(設定温度の設定変更部を含む)を備えているから、対象物質に特有の吸収ピーク等の波数域において、この濃度測定装置の感度特性が良好になる(例えば、温度変動に強い特性を示す)ような半導体検出素子の温度条件を適宜設定することができる。ここで、良好な感度特性とは、単純に感度が高い状態を指すものではない。例えば、感度自体は中程度であっても、所定の測定波数域における波数方向の感度変化が小さく、平坦になっている状態の方が良好である場合もある。そして、試料のスペクトル測定中、半導体検出素子の温度がその設定温度に維持されるので、試料中の物質のスペクトルピークを長時間にわたって繰り返し安定して測定することができる。その結果、測定されたスペクトルピークに基づく物質の濃度情報を精度よく算出でき、従来方法と比べて、物質の低濃度側の測定限界を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】一実施形態に係るスペクトル測定装置の全体構成を示す図である。
図2】前記測定装置の制御部および信号処理部の詳細な構成を示す図である。
図3】前記測定装置を用いて前記冷却温度の設定値を決定するためのフロー図。
図4】冷却温度毎のスペクトル測定装置の感度特性を模式的に示す図である。
図5】前記冷却温度の設定値を決定するための基準の一例を説明するための図。
図6】前記測定装置を用いて試料中の特定物質の濃度値を算出するフロー図。
図7】前記特定物質の濃度値を算出する際の検出信号の処理を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本実施形態に係るスペクトル測定装置は、分散型やフーリエ変換型の赤外分光光度計(FTIR)を用いて、試料中の物質に起因する各種のスペクトルを所定の測定波長域において高い感度で測定することができる装置である。ここでは、一例として、半導体材料であるシリコン結晶中に低濃度で含まれる置換型炭素原子の濃度を、フーリエ変換型の赤外分光光度計で測定した吸収スペクトルのピークに基づいて算出する場合について説明する。前述のJEITA規格(EM-3503)で想定されている不純物濃度範囲は約0.04ppma~7ppmaであるのに対し、本実施形態のスペクトル測定装置を用いれば、JEITA規格の測定下限の1/10である0.004ppmaまでの測定が可能になり、かつ、このような測定を長時間維持することができる。
【0028】
図1のスペクトル測定装置は、フーリエ変換型赤外分光光度計10と、試料部20と、試料用のヘリウム冷凍機22と、コールドフィルター80と、MCT検出素子32を有する光検出器30と、コールドフィルター80及び光検出器30用のヘリウム冷凍機40と、制御部50および信号処理部60とを備える。
【0029】
フーリエ変換型赤外分光光度計10は、赤外光源11と、赤外光を分割するビームスプリッタ12と、分割光の一方を反射する固定鏡13と、分割光の他方を反射する可動鏡14とを有し、ビームスプリッタ12が、固定鏡13および可動鏡14からの異なる光路長の2光束を合成して赤外干渉波を発生するように構成されている。
【0030】
試料部20は、ビームスプリッタ12からの赤外干渉波の光路上に設置された試料ホルダーからなり、この試料ホルダーに試料である半導体材料が着脱可能に保持または載置される。なお、本発明のスペクトル測定装置は、測定対象を固体試料に限らず、試料セルに入った液体試料やガスセルに入った気体試料などでもよい。
【0031】
試料用のヘリウム冷凍機22は、試料部20の半導体材料を冷却し、そのシリコン結晶の格子振動に伴う広帯域の大きな吸光ピークの発生や、半導体材料自体からの赤外放射の発生を抑制する効果がある。
【0032】
コールドフィルター80は、光検出器の直前の光路上に配置されている。コールドフィルター80は、炭素原子の吸収ピークを測定する際の測定波数域(例えば、630~580cm-1)よりも低波数側(長波長側)の光を透過しないように形成されている。カットオフが580cm-1であるコールドフィルター80でも、これよりも低波数のカットオフを有するフィルターでもよい。赤外光源11を含めて、光源側の光学素子や半導体材料(試料)からの赤外放射(熱輻射光など)は、常温部放射であるが、極低温でのスペクトル測定ではその影響が大きい。MCT検出素子32の温度変動や熱ノイズの発生の原因になり得るので、光学フィルターがこれらの光の全部または一部をカットすることで、その影響が抑制され、スペクトル測定の精度が向上する。なお、例えば、測定波数域(630~580cm-1)に合わせた特定の狭帯域の光だけを透過するバンドハスフィルターなどで代用することもできる。また、コールドフィルター(ショートパスフィルター)とロングパスフィルターの2枚のフィルターを組み合わせてもよい。この場合、ロングパスフィルターからの熱放射は、後段のコールドフィルターでカットされるため、ロングパスフィルターについては常温部に設置してもよい。
【0033】
光検出器30は、試料およびコールドフィルター80を透過した赤外干渉波を受光し、その光強度に応じた検出信号を出力する。本実施形態では、光検出器30として、例えば、中帯域MCT検出器を用いる。
【0034】
中帯域MCTを構成する半導体構造のMCT検出素子32は、ヘリウム冷凍機40の冷却部に取り付けられ、4K以上、150K以下の温度に冷却されるとよい。例えば、液体窒素を入れたデュワー容器を用いる冷却方法では、液体窒素の蒸発熱(77K)を直接利用した冷却方法であるため、冷却温度を意図的に変更できないが、本実施形態のヘリウム冷凍機40による冷却方法では冷却温度を変更できる。そのため、77Kの温度で測定していたものが、実は冷却し過ぎであって、本来の適切な冷却温度は80Kや90K等の温度であるということが判明する場合もある。本実施形態のようにシリコン結晶中の低濃度炭素原子の含有量を測定する場合は、特に、ヘリウム冷凍機40による冷却温度の範囲を4K以上、77K未満の温度範囲にするとよい。
【0035】
ヘリウム冷凍機40は、液体ヘリウムを冷媒として用いて所定の冷凍サイクルを実行するように構成されており、制御部50は、MCT検出素子が所定の設定温度になるようにヘリウム冷凍機40を制御するように構成されている。ヘリウム冷凍機40としては、例えば住友重機械工業(株)製のGM冷凍機などを採用することができる。
【0036】
上述のように従来のデュワー容器に液体窒素や液体ヘリウムを入れて光検出器30を冷却する構成では、それらの蒸発温度が光検出器30の冷却温度になるため、冷却温度を自在に制御することは困難だった。本実施形態では、光検出器30の冷却にヘリウム冷凍機40を用いるので、蒸発温度以上の幅広い温度範囲(例えば約4K以上、約150K以下)から任意に冷却温度の設定値を定めて、MCT検出素子の温度制御を可能にした。
【0037】
なお、ヘリウム以外の冷媒(窒素などの液化ガス)による冷凍機を用いても同様に、その冷媒に応じた冷却温度範囲での温度制御が可能になる。
【0038】
また、MCT検出素子と一緒にコールドフィルター80も、ヘリウム冷凍機40によって同様に冷却され、温度制御される。コールドフィルター80を冷却することで、ノイズ信号の原因になるフィルター自体からの赤外放射が抑制される。
【0039】
信号処理部60は、光検出器30からの検出信号を処理してインタフェログラムデータを取得し、フーリエ変換等の処理を実行して、吸光スペクトル等のスペクトル情報を算出する。信号処理部60は、例えばスペクトル測定装置に内蔵されたマイクロコンピュータや、装置とは別体のパーソナルコンピュータなどで構成される。
【0040】
なお、図示しないが、本実施形態のスペクトル測定装置は、試料部20にオートサンプラーなどの機構を用いて、複数の試料を自動で連続測定可能に構成されていてもよい。本実施形態では、ヘリウム冷凍機で極低温冷却を実施しているため、試料室等の開放に伴う外乱や昇温の影響を受けると、通常よりも温度再到達時間が長くなってしまう。オートサンプラーなどの機構を用いれば、そのような時間ロスをなくすことができ、試料室等の開閉などによる外乱を受けることなく、長時間かつ多検体の測定をより安定して行うことができる。
【0041】
図2を用いて、光検出器30を温度制御するための設定温度を決定するための構成について説明する。制御部50は、ヘリウム冷凍機40を介してMCT検出素子32が設定温度になるように温度制御を実行する温度制御部52と、その設定温度を変更可能な設定変更部54とを有して構成されている。
【0042】
図2の信号処理部60は、フーリエ変換部62、スペクトル情報取得部64、濃度情報取得部66、感度特性取得部68および温度条件選択部70を有して構成されている。
【0043】
フーリエ変換部62は、光検出器30からの検出信号で構成されるインタフェログラムデータをフーリエ変換する。スペクトル情報取得部64は、フーリエ変換後のデータを処理して所望のスペクトルデータを算出する。濃度情報取得部66は、算出されたスペクトルデータに基づいて試料中の特定物質(炭素原子等)の濃度値を取得する。
【0044】
本実施形態に特徴的な感度特性取得部68は、設定変更部54によって変更される設定温度毎に、MCT検出素子32を含むスペクトル測定装置全体の感度特性を取得する。また、温度条件選択部70は、設定温度毎の感度特性に基づいて、スペクトル測定装置の感度特性の変動が所定の測定波数域(例えば、630~580cm-1)で小さくなるような温度条件を選択するように構成されている。温度条件選択部70によって選択された温度条件は制御部50に渡され、試料のスペクトル情報を取得する際にMCT検出素子32を温度制御するための設定温度になる。
【0045】
図2のヘリウム冷凍機40には、光検出器30とともにコールドフィルター80が配置されている。コールドフィルター80は、フィルター切替機82によりスイング移動可能に設けられ、そのスイング位置に応じてフィルターの位置が光路上かオフセット位置か選択される。フィルター切替機82を使って、コールドフィルター80を適宜オフセットすれば、フィルターによる波数域制限下での測定から、そのような波数域制限を受けない測定への切り替えがスムーズに行える。なお、異なる波数域でのスペクトル測定を実行するため、コールドフィルター80を含む複数の光学フィルターを適宜切り替え可能に構成されたフィルター切替機を用いてもよい。
【0046】
なお、制御部50としては、図2の構成に限られず、設定変更部54に代えて、予め選択された温度条件を温度制御の設定温度として設定する機能だけの設定変更部にしてもよく、この場合、信号処理部60には感度特性取得部68と温度条件選択部70とを設けなくてもよい。設定値は、予めスペクトル測定装置の感度特性の変動が測定波数域で小さくなるような温度条件に基づくものであり、同じ赤外分光光度計10および光検出器30の構成を用いて、スペクトル測定装置の感度特性を測定して決定されたものが設定される。
【0047】
光検出器30の冷却温度が変わると、MCT検出素子32の感度特性(検出感度や検出帯域)が変化する。これを利用すれば、冷却温度の調整による感度特性の最適化を実現することができる。本実施形態では、以下の手順で、所定の測定波数域での最適な設定温度を決定することにした。
【0048】
事前測定の手順
図3に事前測定の手順を示す。事前測定は、測定装置に固体差があることを考慮して、測定装置毎に実行する。また、測定装置に固有の光学的特性が経時的に変化することを考慮して定期的に、測定装置の事前測定(温度条件の再設定)を実行することが好ましい。
【0049】
まず、制御部50の設定変更部54が、光検出器30を温度制御するための設定温度TをT1に設定する(ステップS11)。次に、温度制御部52が、ヘリウム冷凍機40を介して光検出器30の温度を制御する(ステップS12)。そして、試料部に試料を設置しない状態で、フーリエ変換型赤外分光光度計10を用いてスペクトルを測定し、これをスペクトル測定装置の感度特性として取り扱う(ステップS13)。
【0050】
設定変更部54が、次の設定温度T2に変更し(ステップS14)、同様に、感度特性を取得する(ステップS11~S13)。このようにして、所定の設定温度(例えばT1~T5)の温度制御下での感度特性が全て取得される。
【0051】
この事前測定において、設定変更部54が、設定温度を例えば4K以上、150K以下の範囲で変更してもよい。好ましくは、4K以上、77K未満の範囲である。また、設定温度を変更するピッチを、例えば0.1K~10Kのピッチにしてもよい。温度変化に対するスペクトル測定装置の感度特性の変化が大きい温度条件の前後では、ピッチを細かくすることで、感度特性の変化を正確に取得することができる。なお、光検出器30の温度制御の精度が低い場合は、ピッチを細かくし過ぎても意味がないので、その温度制御の精度に応じてピッチを設定するとよい。
【0052】
図4に設定温度T1~T5毎のスペクトル測定装置の感度特性を模式的に示す。温度条件選択部70は、感度特性に基づいて、光検出器30の温度制御の設定温度を決定する(ステップS15)。この手順では、図4に示す測定波数域(例えば、630~580cm-1)の感度特性に着目し、この波数域での感度特性の波数依存性が小さい温度条件を選択する(基準1)。言い換えると、測定波数域において波数(横軸)方向における感度(縦軸)の増減が小さい(平坦である)ものを選択する。図4の例では、設定温度T3とT4での感度特性の波数依存性が小さく、温度条件がT3とT4に絞られる。
【0053】
本実施形態では、更に、温度変化に対する感度特性の変化(バラツキ)が小さい温度条件を選択することにした(基準2)。図5を用いて説明すると、まず、設定温度T3を含む所定の温度範囲(T28~T32)と、設定温度T4を含む所定の温度範囲(T38~T42)とを設定する。それぞれの温度範囲の最高温度と最低温度の差分は同じにする。そして、目的の物質に応じた目標波数(炭素原子の場合は波数605cm-1)における温度毎の感度のバラツキが小さいものを選択する。図5の例では、設定温度T3の方が感度のバラツキが小さく、温度制御の設定温度TはT3に決定される。
【0054】
なお、光検出器30の感度の変化は、SN比にも影響を与えるため、SN比が高くなることを選択基準に加えてもよい(基準3)。例えば、基準1~3の全てを適用して総合的に判断して、最適な温度条件を決定してもよい。
【0055】
上述の基準2の変形例として、温度毎に測定波数域の感度の平均値を算出し、設定された温度範囲において感度の平均値の変化(バラツキ)が小さいものを選択するようにしてもよい。
【0056】
光検出器30の感度が多少低くなる温度条件であっても、所定の測定波数域(例えば目標波数605cm-1付近の帯域)での感度特性が平坦になっている方が、光検出器30の温度変動などに対しても正しい測定値が得られやすくなる。つまり、測定波数域での感度特性の勾配が小さい方が、温度変動に強いと言える。
【0057】
また、本測定でのピーク検出において、ピーク位置での吸収スペクトルの縦軸値を単に読み取るのではなく、ピークスペクトルに対してベースラインを引いて、ベースラインからピークトップまでの差分を読み取るため、目標波数(例えば605cm-1)付近一帯の感度特性が平坦であることが、測定値の正確さを高めるために重要になる。このことから本実施形態における測定波数域は、測定対象のスペクトルピークが生じる帯域に応じて適宜定められるべきであり、少なくともピーク全体を含むように定めることが好ましい。
【0058】
なお、光検出器30の温度制御の設定温度を変更すると、図4の例のように、MCT検出素子32の検出帯域が必要以上に低波数側に拡張される場合もある。本実施形態では、極低温状態のコールドフィルター80を併用しているので、上記のように拡張された低波数側の検出帯域で検出される光を、コールドフィルター80で事前にカットすることもできる。従って、設定温度の変更によって、検出帯域が必要以上に低波数側に拡張されたとしても、それによるスペクトル測定の精度への影響を排除することができる。
【0059】
本測定の手順
事前測定で選択された温度条件(T=T3)を用いた本測定の手順を図6に示す。まず、温度制御部52が設定温度T3による光検出器30の温度制御を実行する(ステップS21)。次に、試料部20に試料を設置しない状態にして(ステップS22)、フーリエ変換型赤外分光光度計10を用いてスペクトルを測定し、これをバックグラウンドのデータとして扱う(ステップS23)。なお、事前測定で取得した設定温度T3の感度特性データをバックグラウンドのデータに流用することもできる。
【0060】
次に、試料部20に参照試料を設置して(ステップS24)、同様にスペクトルを取得する(ステップS22~S23)。ここでは、参照試料として、例えば低炭素含有(ほとんど炭素を含んでいない)ウェーハを用いる。その他、基準になるような試料を参照試料として用いてもよい。また、試料部20に測定試料のウェーハを設置して(ステップS24)、同様にスペクトルを取得する(ステップS22~S23)。
【0061】
ここでは、フーリエ変換型赤外分光光度計10によって、約700~500cm-1の波数範囲の透過スペクトルが測定される。図7(A)に、フーリエ変換型赤外分光光度計10によるシングルビーム測定で得られる信号(SB信号)を、それぞれ、バックグラウンドの透過スペクトルI、参照試料の透過スペクトルI、測定試料の透過スペクトルIとして示す。
【0062】
次に、スペクトル情報取得部64が参照試料および測定試料の透過スペクトルI、IをそれぞれバックグラウンドスペクトルIで割って透過率スペクトル(I/I0、/I)を算出する(ステップS25)。図7(B)に、算出した透過率スペクトル(I/I0、/I)をそれぞれ示す。「%T」で表示されることが多い。続けて、透過率スペクトル(I/I0、/I)を吸光スペクトルに変換する(ステップS26)。図7(C)に参照試料および測定試料の吸収スペクトルを示す。縦軸は吸光度(Abs)を表す。
【0063】
なお、シリコン結晶中の炭素濃度の測定が難しい理由は、一般的なFTIRの光源では、その吸収ピークである605cm-1付近の波数域での検出光が暗くなってしまい適切ではない。また、適切な検出帯域の光検出器がなかったことである。しかも、炭素濃度に由来する吸収ピークは、図7(C)の測定試料の吸光スペクトルに示すように、シリコン格子振動に由来する広帯域の大きな吸収ピークに重畳するため、通常は、測定試料の吸光スペクトルから、炭素濃度がゼロと仮定できる参照試料(参照ウェハ)の吸光スペクトルを差し引いて、炭素のピーク高さを算出する。ここで、両測定の同一性が取れていることが、適切な差スペクトルを得る条件になっており、炭素濃度の定量精度を決める一番の要因になる。つまり、測定試料と参照試料の2つの測定を安定して実行できることが重要である。また、多検体のスペクトル測定においては、それぞれの測定の同一性も重要になる。また、所定のSN比を得るために測定時間(例えば、フーリエ変換型赤外分光光度計10の積算回数を増やす等)を長くすることも必要になるので、長時間のスペクトル測定が安定して実行できることも重要になる。
【0064】
本実施形態では、事前測定において、測定波数域でのスペクトル測定装置の感度特性の変動が小さくなるような温度条件を選択し、その温度条件を本測定での冷却温度の設定値として用いることにした。その結果、本測定において長時間の安定したスペクトル測定の実行が可能となり、測定波数域において参照試料のスペクトル測定と測定試料のスペクトル測定との同一性を取ることが可能となり、両スペクトルの差を取ることで正確な吸収ピークを算出することができるようになった。
【0065】
つまり、図6の手順において、測定試料の吸光スペクトルから参照試料の吸光スペクトルを差し引くことで、特定物質(炭素原子)のみの吸収スペクトルを算出する(ステップS27)。図7(D)に、測定波数域に生じる吸収ピーク(残留ピーク)を拡大したものを示す。なお、参照試料と測定試料の厚さが異なる場合は、参照試料の吸光スペクトルに「測定試料厚さ/参照試料厚さ」を掛けたものを、測定試料の吸光スペクトルから差し引けばよい。
【0066】
最後に、濃度情報取得部66が図7(D)の特定物質の吸収ピークの測定波数域(例えば、630~580cm-1)にベースラインを引き、ピークトップの吸光度Apeakと、そのピーク波数におけるベースラインの吸光度Abaseとを読み取って、両者の差(Apeak-Abase)である「ピーク高さ」を算出する。そして、ピーク高さと試料の厚さから吸収係数を算定し、特定物質の濃度値を算出する(ステップS28)。なお、吸収ピークの全半値幅を測定し、例えば6cm-1よりも大きい場合は不適切であるため、測定条件を見直すようにしてもよい。
【0067】
中帯域MCTの感度特性について言うと、広帯域MCTよりも感度が高いので、できれば光検出器として中帯域MCTを用いたい。しかし、液体窒素での冷却温度(77K)では、中帯域MCTのカットオフが650~600cm-1にあり、605cm-1付近の波数域では感度が急峻に立ち上がっているため、測定には使用できない。しかし、ヘリウム冷凍機で冷却した中帯域MCTであれば、カットオフを500cm-1未満まで拡張することができる。
【0068】
MCTの温度変動が生じた場合に、カットオフの波数位置が微妙にシフトするため、カットオフ付近の波数域でのピーク検出は上手くいかない。しかし、カットオフから離れた波数域では、感度特性の変化が緩やかになるので、そのような波数域でピーク検出ができると非常に有効である。
【0069】
本実施形態では、光検出器のカットオフ付近に生じる炭素原子の吸収ピークを測定する場合に、以下の手順を行なうことができる。
まず、ヘリウム冷凍機による中帯域MCTの冷却温度を調整して、中帯域MCTのカットオフを500cm-1未満まで拡張させる。
また、炭素原子のピークの検出帯域(605cm-1付近)が、ちょうど、中帯域MCTを含む測定装置全体の感度特性の波数方向の変化がなだらか(平坦)である帯域になるように、中帯域MCTの冷却温度を積極的に微調整する。
このような手順で温度調整された中帯域MCTを用いれば、シリコン結晶中の炭素濃度のデータを長時間にわたって繰り返し安定的に取得することができる。
【0070】
なお、検出したいピークは特定の狭い波数帯域に生じるため、中帯域MCTが受光する光の波数帯域をその狭波数帯域に限定した方が、測定感度を向上させることができる。例えば、温度制御された中帯域MCTのカットオフ特性を利用して、不必要な低波数側(長波長側)の光が検出されないようにすることができる。また、不必要な高波数側(短波長側)の光を、適切なロングパスまたはバンドパスフィルターによって、中帯域MCTの前で除去することもできる。例えば、中帯域MCTとバンドパスフィルターとの併用によって、中帯域MCTのカットオフ特性をより顕著にさせることもできる。
【0071】
また、光検出器の前に設けるロングパスフィルターやバンドパスフィルターは、コールドフィルターと同様にヘリウム冷凍機による冷却および温度調整を受けて、フィルター自体からの熱放射を抑制するようにしてもよい。また、試料の冷却を行って、試料からの熱放射も可能な限り抑制している。従って、光検出器は、試料および光検出器前のフィルターからの有害な熱放射光の影響をほとんど受けずに済む。
【0072】
なお、中帯域MCTよりも低い波数域まで検出可能な広帯域MCTを用いる場合にも本発明を適用することで、例えば低波数域にある測定波数域のピークを感度よく測定できるというメリットがある。また、本発明は、MCT検出器に限られず、各種フォトダイオードなどの他の半導体検出器であって、冷却温度を4K~150Kの範囲内で変更した場合にその感度特性が変化するような半導体検出器を備えた赤外分光光度計にも適用できる。
【符号の説明】
【0073】
10 フーリエ変換型赤外分光光度計(赤外分光光度計)
20 試料部
22 試料用ヘリウム冷凍機(試料用冷凍機)
30 光検出器
32 MCT検出素子(半導体検出素子)
40 ヘリウム冷凍機(冷凍機)
50 制御部
54 設定変更部
60 信号処理部
68 感度特性取得部
70 温度条件選択部
80 コールドフィルター(光学フィルター)
82 フィルター切替機
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7