(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022101899
(43)【公開日】2022-07-07
(54)【発明の名称】匂い検出装置及び匂い検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/12 20060101AFI20220630BHJP
【FI】
G01N27/12 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020216268
(22)【出願日】2020-12-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)」令和2年度、総務省、戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)「変調信号を利用した単一素子で低消費電力かつアダプティブな識別が可能なにおいセンシングシステム」に係わる委託業務、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】515157758
【氏名又は名称】公立大学法人 富山県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095430
【弁理士】
【氏名又は名称】廣澤 勲
(72)【発明者】
【氏名】岩田 達哉
(72)【発明者】
【氏名】大倉 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 真彬
【テーマコード(参考)】
2G046
【Fターム(参考)】
2G046BA09
2G046DB05
2G046DC18
2G046FB02
2G046FE39
2G046FE44
2G046FE48
(57)【要約】
【課題】センサ素子から匂い物質に関する多くの情報を取得することができ、匂い物質の検出又は識別を高精度に行うことができる匂い検出装置及び匂い検出方法を提供する。
【解決手段】匂い物質NBが供給されると、その匂い物質NBに反応してセンサ部12aの抵抗値が変化するセンサ素子12を備える。センサ部12aに温度変化Temを付与する温度制御装置14を備える。センサ部12aの抵抗値Rsの変化を示す抵抗値信号V(Rs)を取得し、抵抗値信号V(Rs)を分析することによって、供給された匂い物質NBを特定する匂い物質分析手段16を備える。温度制御装置14は、温度変化Temの波形が、振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形になるように制御する。匂い物質分析手段16は、抵抗値信号V(Rs)の周波数スペクトルを分析することによって、センサ部12aに供給された匂い物質NBを識別する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
匂い物質が供給されると、その匂い物質に反応してセンサ部の抵抗値が変化するセンサ素子と、前記センサ部に温度変化を付与する温度制御装置と、前記センサ部の抵抗値の変化を示す抵抗値信号を取得し、この抵抗値信号を分析することによって、供給された前記匂い物質を特定する匂い物質分析手段とを備え、
前記温度制御装置は、前記センサ部の温度変化の波形が、振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形になるように制御し、
前記匂い物質分析手段は、取得した前記抵抗値信号の周波数スペクトルを分析することによって、前記センサ部に供給された前記匂い物質を識別することを特徴とする匂い検出装置。
【請求項2】
前記温度制御装置は、前記センサ部の温度変化の波形に含まれる振動が、正弦波状、三角波状又は矩形波状になるように制御する請求項1記載の匂い検出装置。
【請求項3】
前記温度制御装置は、前記センサ部を加熱するヒータと、前記ヒータを駆動する電源部とを備え、
前記電源部は、振幅及び周波数が一定の振動信号にAM変調及びFM変調を施した複合振動信号と相似な波形の駆動電圧又は駆動電流を生成し、前記ヒータに向けて出力する請求項1又は2記載の匂い検出装置。
【請求項4】
前記温度制御装置は、前記センサ部を加熱する加熱手段と、前記センサ部を冷却する冷却手段と、前記加熱手段及び前記冷却手段を制御する制御部とを備える請求項1又は2記載の匂い検出装置。
【請求項5】
匂い物質が供給されると、その匂い物質に反応してセンサ部の抵抗値が変化するセンサ素子と、前記センサ部に温度変化を付与する温度制御装置とを備えた匂い検出装置を用いて実行される匂い検出方法において、
前記温度制御装置を用いて前記センサ部に温度変化を付与し、その温度変化の波形が、振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形になるように制御する温度変化付与ステップと、
前記センサ部の抵抗値の変化を示す抵抗値信号を取得し、取得した前記抵抗値信号の周波数スペクトルを分析することによって、前記センサ部に供給された匂い物質を識別する匂い物質分析ステップとを備えることを特徴とする匂い検出方法。
【請求項6】
前記温度制御装置は、前記センサ部を加熱するヒータと前記ヒータを駆動する電源部とを有し、
前記温度変化付与ステップでは、前記電源部に、振幅及び周波数が一定の振動信号にAM変調及びFM変調を施した複合振動信号と相似な波形の駆動電圧又は駆動電流を生成させ、前記ヒータに向けて出力させる請求項5記載の匂い検出方法。
【請求項7】
前記温度制御装置は、前記センサ部を加熱する加熱手段と、前記センサ部を冷却する冷却手段とを有し、
前記温度変化付与ステップでは、前記加熱手段及び前記冷却手段を制御することによって、前記センサ部に温度変化を付与する請求項5又は6記載の匂い検出方法。
【請求項8】
前記センサ部に供給された匂い物質を識別する際の基準を示す識別モデルを作成する識別モデル作成ステップを備え、前記識別モデル作成ステップは、前記温度変化付与ステップ及び前記匂い物質分析ステップを実行する前に実行するステップであり、
前記識別モデル作成ステップでは、既知の匂い物質を前記センサ部に供給し、前記温度制御装置を用いて前記センサ部に前記温度変化を付与して前記センサ部の抵抗値信号を測定する第1ステップと、測定した抵抗値信号の周波数スペクトルを算出し、算出された周波数スペクトルのデータに基づいて各匂い物質の特徴を特定する第2ステップとを実行することによって前記識別モデルを作成し
未知の匂い物質についての検出を行う時、前記温度変化付与ステップでは、前記識別モデルを作成した時と同じ温度変化を前記センサ部に付与し、前記匂い物質分析ステップでは、取得した抵抗値信号の周波数スペクトルと前記識別モデルとを比較することによって、当該未知の匂い物質を識別する請求項5乃至7のいずれか記載の匂い検出方法。
【請求項9】
前記識別モデル作成ステップの中の前記第2ステップでは、匂い物質毎の特徴を、前記周波数スペクトルのデータの主成分分析結果に基づいて特定する請求項8記載の匂い検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品や化粧品の品質管理、果物の成熟度判別、日々の体調管理等の様々な用途に使用される匂い検出装置及び匂い検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複数種類の匂い物質の検出を高精度に行うため、1台の装置に複数種類のセンサ素子を搭載することが行われているが、装置が高額なものになったり大型化したりするという問題があった。そこで、近年、この問題を解消するため、単一のセンサ素子で複数種類の匂いを検出可能にする技術が複数提案されている。
【0003】
従来、例えば特許文献1に開示されているように、1つのガスセンサを気流に曝すことによってガスセンサの温度を正弦波状に変化させ、その温度変化に対するガスセンサの非線形応答(抵抗値の非線形な変化)からガスを検出するガス検出装置があった。
【0004】
また、特許文献2に開示されているように、1つのガスセンサをヒータで加熱することによってガスセンサの温度を階段状に変化させ、その温度変化に対するガスセンサの非線形応答からガスを検出する臭い検知装置があった。
【0005】
これらのガス検出方法は、ガスセンサに一定の温度変化を付与した時、供給されたガスの種類によってガスセンサの抵抗値の変化のしかたが違ってくるという性質に着目し、ガスセンサの抵抗値の変化のしかたを分析することによってガスを識別しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10-311812号公報
【特許文献2】特開2009-244236号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の技術は、センサ素子(ガスセンサ)に付与する温度変化の波形が単純なので、センサ素子の抵抗値の変化を分析した時に得られる情報は少ない。また、特許文献2の技術の場合、温度変化の波形が階段状なので、振幅や周波数が異なる複数の正弦波の温度変化が同時に付与されることになるが、正弦波の振幅や周波数の種類が少ないので、それほど多くの情報は得られない。その他、インパルス状の温度変化を付与することも考えられるが、センサ素子は非線形応答するので重ね合わせの理が成り立たず、得られる情報量は限定的である。このように、特許文献1,2の技術は、匂い物質(ガス)の検出の精度を格段に向上させることが難しい。
【0008】
本発明は上記背景技術に鑑みて成されたものであり、センサ素子から匂い物質に関する多くの情報を取得することができ、匂い物質の検出又は識別を高精度に行うことができる匂い検出装置及び匂い検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、匂い物質が供給されると、その匂い物質に反応してセンサ部の抵抗値が変化するセンサ素子と、前記センサ部に温度変化を付与する温度制御装置と、前記センサ部の抵抗値の変化を示す抵抗値信号を取得し、この抵抗値信号を分析することによって、供給された前記匂い物質を特定する匂い物質分析手段とを備え、前記温度制御装置は、前記センサ部の温度変化の波形が、振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形になるように制御し、前記匂い物質分析手段は、取得した前記抵抗値信号の周波数スペクトルを分析することによって、前記センサ部に供給された前記匂い物質を識別する匂い検出装置である。
【0010】
前記温度制御装置は、前記センサ部の温度変化の波形に含まれる振動が、正弦波状、三角波状又は矩形波状になるように制御することが好ましい。また、前記温度制御装置は、前記センサ部を加熱するヒータと、前記ヒータを駆動する電源部とを備え、前記電源部は、振幅及び周波数が一定の振動信号にAM変調及びFM変調を施した複合振動信号と相似な波形の駆動電圧又は駆動電流を生成し、前記ヒータに向けて出力する構成にすることが好ましい。あるいは、前記温度制御装置は、前記センサ部を加熱する加熱手段と、前記センサ部を冷却する冷却手段と、前記加熱手段及び前記冷却手段を制御する制御部とを備える構成にすることが好ましい。
【0011】
前記匂い物質分析手段には、あらかじめ、前記センサ部に供給された匂い物質を識別する際の基準を示す識別モデルが設定され、前記識別モデルは、既知の匂い物質を前記センサ部に供給し、前記温度制御装置を用いて前記温度変化を付与した時に測定した前記センサ部の抵抗値信号の周波数スペクトルのデータに基づいて、各匂い物質の特徴を特定したものであり、未知の匂い物質についての検出を行う時、前記温度制御装置は、前記識別モデルを作成した時と同じ温度変化を前記センサ部に付与し、前記匂い物質分析手段は、取得した抵抗値信号の周波数スペクトルと前記識別モデルとを比較することによって、当該未知の匂い物質を識別する。この場合、前記識別モデルは、匂い物質毎の特徴を、前記周波数スペクトルのデータの主成分分析結果に基づいて特定したものであることが好ましい。
【0012】
また本発明は、匂い物質が供給されると、その匂い物質に反応してセンサ部の抵抗値が変化するセンサ素子と、前記センサ部に温度変化を付与する温度制御装置とを備えた匂い検出装置を用いて実行される匂い検出方法であって、前記温度制御装置を用いて前記センサ部に温度変化を付与し、その温度変化の波形が、振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形になるように制御する温度変化付与ステップと、前記センサ部の抵抗値の変化を示す抵抗値信号を取得し、取得した前記抵抗値信号の周波数スペクトルを分析することによって、前記センサ部に供給された匂い物質を識別する匂い物質分析ステップとを備える匂い検出方法である。
【0013】
前記温度変化付与ステップでは、前記温度制御装置を用いて、前記センサ部の温度変化の波形に含まれる振動が、正弦波状、三角波状又は矩形波状になるように制御することが好ましい。また、前記温度制御装置は、前記センサ部を加熱するヒータと前記ヒータを駆動する電源部とを有し、前記温度変化付与ステップでは、前記電源部に、振幅及び周波数が一定の振動信号にAM変調及びFM変調を施した複合振動信号と相似な波形の駆動電圧又は駆動電流を生成させ、前記ヒータに向けて出力させる構成にすることが好ましい。あるいは、前記温度制御装置は、前記センサ部を加熱する加熱手段と、前記センサ部を冷却する冷却手段とを有し、前記温度変化付与ステップでは、前記加熱手段及び前記冷却手段を制御することによって、前記センサ部に温度変化を付与する構成にすることが好ましい。
【0014】
さらに、前記センサ部に供給された匂い物質を識別する際の基準を示す識別モデルを作成する識別モデル作成ステップを備え、前記識別モデル作成ステップは、前記温度変化付与ステップ及び前記匂い物質分析ステップを実行する前に実行するステップであり、前記識別モデル作成ステップでは、既知の匂い物質を前記センサ部に供給し、前記温度制御装置を用いて前記センサ部に前記温度変化を付与して前記センサ部の抵抗値信号を測定する第1ステップと、測定した抵抗値信号の周波数スペクトルを算出し、算出された周波数スペクトルのデータに基づいて各匂い物質の特徴を特定する第2ステップとを実行することによって前記識別モデルを作成し、未知の匂い物質についての検出を行う時、前記温度変化付与ステップでは、前記識別モデルを作成した時と同じ温度変化を前記センサ部に付与し、前記匂い物質分析ステップでは、取得した抵抗値信号の周波数スペクトルと前記識別モデルとを比較することによって、当該未知の匂い物質を識別する。この場合、前記識別モデル作成ステップの中の前記第2ステップでは、匂い物質毎の特徴を、前記周波数スペクトルのデータの主成分分析結果に基づいて特定する構成にすることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の匂い検出装置及び匂い検出法によれば、センサ部に独特な波形の温度変化を付与することによって、センサ素子から匂い物質に関する多くの情報を取得することができ、これを分析することによって、匂い物質の検出を非常に高い精度で行うことができる。
また、単一のセンサ素子で多くの匂い物質を識別できるので、装置の小型化や低コスト化を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の匂い検出装置の第一の実施形態の構成を示す図(a)、温度制御装置及びその周辺部の構成を示す回路図(b)である。
【
図2】
図1の中の電源部の内部構成を示すブロック図である。
【
図3】
図1の匂い検出装置を用いて実行される匂い検出方法(本発明の匂い検出方法の一実施形態)を示すフローチャートである。
【
図4】温度変化付与ステップでヒータに供給される駆動電圧の波形の一例を示す図(a)、匂い分析ステップにおいて、分析手段が取得する抵抗値信号の波形の一例を示す図(b)である。
【
図5】匂い分析ステップにおいて、分析手段が抵抗値信号の周波数スペクトルを算出し、そのデータと識別モデルとを比較して匂い物質を識別する流れを示す図である。
【
図6】識別モデル作成ステップの中で行う処理であって、分析手段が複数の既知の匂い物質について周波数スペクトルを算出し、各匂い物質のデータベクトルを作成する処理を示す図(a)~(c)である。
【
図7】識別モデル作成ステップの中で行う処理であって、分析手段が各匂い物質のデータベクトルを座標変換し、特定の要素を取り出して2次元プロットを作成する主成分分析を行う処理の流れを示す図である。
【
図8】識別モデル作成ステップの中で行う処理であって、分析手段が2次元プロットに基づいて識別境界を決定し、識別モデルを作成する処理の流れを示す図である。
【
図9】
図4(a)、(b)に対応する比較例の図であって、温度変化付与ステップにおいて、ヒータに供給される駆動電圧の波形を示す図(a)、匂い分析ステップにおいて、分析手段が取得する抵抗値信号の波形を示す図(b)である。
【
図10】
図8に対応する比較例の図であって、分析手段が2次元プロットに基づいて識別境界を決定し、識別モデルを作成する処理の流れを示す図である。
【
図11】
図1の温度制御装置を用いて付与するセンサ部の温度変化の波形の好ましい例を示す図(a)~(e)である。
【
図12】本発明の匂い検出装置の第二の実施形態の構成を示す図(a)、温度制御装置を用いて付与するセンサ部の温度変化の波形の一例を示す図(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の匂い検出装置及び匂い検出方法の第一の実施形態について、
図1~
図11に基づいて説明する。この実施形態の匂い検出装置10及び匂い検出方法は、供給された匂い物質NBがどんな物質なのかを識別する装置及びこの装置を用いて実行される方法である。
【0018】
匂い検出装置10は、
図1(a)に示すように、センサ素子12、温度制御装置14及び匂い物質分析手段16を備えている。センサ素子12は、匂い物質NBが供給されると、その匂い物質NBに反応してセンサ部12aの抵抗値Rsが変化する素子である。センサ部12aの材料は特に限定されないが、例えばSnO
2系、ZnO系、TiO
2系の酸化物半導体や、導電性高分子材料や、カーボンナノチューブ等が好適である。
【0019】
センサ素子12は、基板12bの上面にセンサ部12aが載置され、センサ部12aの両端部に一対の電極12cが配設された構造になっている。センサ部12aの抵抗値Rsの変化は、電極12cを介してモニタすることができ、例えば
図1(a)に示すように、センサ部12a(抵抗値Rs)の一端に固定抵抗18(抵抗値Ro)を直列接続し、その両端に一定の直流電圧Eを印加することによって、固定抵抗18の両端に、抵抗値Rsの変化を示す抵抗値信号V(Rs)を発生させることができる。
【0020】
温度制御装置14は、センサ部12aに温度変化Temを付与する装置で、温度変化Temの波形が、正弦波状の振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形になるように制御する装置である。この制御を実現するため、温度制御装置14は、センサ部12aが載置された基板12bを加熱するヒータ20(抵抗値Rh)と、ヒータ20を駆動する電源部22とを備え、電源部22は、
図2に示すように、複合振動信号発生手段22aと電力増幅手段22bとで構成される。
【0021】
複合振動発生手段22aは、振幅及び周波数が一定の正弦波信号にAM変調及びFM変調を施した複合振動信号Vsを発生させる機能ブロックである。ここでは、四則演算を含む各種の演算機能を備えたデジタル信号処理部とDA変換器とで構成され、例えば、次の式(1)に従って演算を行い、その演算結果をDA変換することによって、狙いの複合振動信号Vsを発生させる。
【0022】
【数1】
式(1)は、発明者が独自に考案した式で、電気通信の分野で広く使用されるAM変調の式とFM変調の式とを複合させたものである。式(1)の中の8つのパラメータを簡単に説明すると、Vcは被変調信号波である複合振動信号Vsの最大振幅、mはAM変調の変調度、fcはFM変調における搬送波(正弦波信号)の中心周波数、f
AMはAM変調される変調信号(正弦波信号)の周波数、f
FMはFM変調される変調信号の周波数、ΔfはFM変調における最大周波数偏移、φ1,φ2は位相に各々相当する。各パラメータの数値は、使用者が外部から自由に設定し変更することが可能で、様々な振幅や周波数が組み合わさった波形の複合振動信号Vsを容易且つ自在に発生させることができる。
【0023】
電力増幅手段22bは、複合振動信号Vsを電力増幅し、複合振動信号Vsと相似な波形の駆動電圧Vhを生成してヒータ20に向けて出力する。駆動電圧Vhの振幅は、複合振動信号Vsの波形を調節して可変してもよいし、使用者が電力増幅手段22bの電圧増幅率Vh/Vsを外部から調節して可変することも可能である。
【0024】
駆動電圧Vsがヒータ20(抵抗値Rh)の両端に印加されると、ヒータ20にVh
2/Rhに比例したが熱Qhが発生し、センサ部12aに、熱Qhに略比例した温度変化Temが付与される。例えば
図2に示すように、駆動電圧Vhが「正弦波状の振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形であって、振動が正方向及び負方向に振幅する波形」とすれば、温度変化Temの波形は「正弦波状の振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形であって、振動が正方向だけに振幅する波形」となる。
【0025】
匂い物質分析手段16は、抵抗値信号V(Rs)を分析することによって、供給された匂い物質NBが何かを特定する機能ブロックで、例えばパーソナルコンピュータ内に構成される。匂い物質分析手段16の機能は、後の動作説明の中で述べる。
【0026】
次に、匂い検出装置10の動作及び匂い検出装置10を用いて実行される匂い検出方法について、センサ部12aに供給された未知の匂い物質NB(未知の匂い物質αとする。)の識別を行うケースを想定して説明する。この実施形態の匂い検出方法は、
図3のフローチャートに示すように、識別モデル作成ステップS11、温度変化付与ステップS12及び匂い物質分析ステップS13で構成される。
【0027】
識別モデル作成ステップS11は、複数の匂い物質NB(匂い物質αを含む)を識別する際の基準を示す識別モデル24を作成するステップで、識別モデル24は、2次元平面を複数のエリアに区画し、1つの匂い物質NBに対して1つのエリアを割り当てたマップのように表すことができる。この識別モデル作成ステップS11は、未知の匂い物質αの解析を始める前に、すなわち匂い物質αに対して温度変化付与ステップS12及び匂い物質分析ステップS13を実行する前に、あらかじめ実行しておくステップであるが、ここでは説明の便宜のため、まずは温度変化付与ステップS12及び匂い物質分析ステップS13の内容を説明し、その後で識別モデル作成ステップS11の内容を説明する。識別モデル24の詳細についても、識別モデル作成ステップS11を説明する中で述べる。
【0028】
温度変化付与ステップS12では、センサ部12aに未知の匂い物質αが供給された状態で、温度制御装置14を用いてセンサ部12aに温度変化を付与し、その温度変化の波形が、正弦波状の振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形になるように制御する。例えば、
図4(a)に示すような波形の駆動電圧Vhをヒータ20の両端に印加し、この波形に対応した温度変化Temをセンサ部12aに発生させる。その結果、固定抵抗18の両端に、例えば
図4(b)に示すような波形の抵抗値信号V(Rs)が発生する。
【0029】
匂い物質分析ステップS13では、未知の匂い物質αの抵抗値信号V(Rs)を取得し、匂い物質分析手段16を用いて抵抗値信号(Rs)の周波数スペクトルを算出する。例えば、
図4(b)の抵抗値信号V(Rs)を高速フーリエ変換(FFT)することによって、
図5の上段のグラフに示すような周波数スペクトルを算出する。そして、各周波数成分を要素とするデータベクトルX(x1,x2,・・・,xm)を作成し、さらに所定の線形座標変換を行ってデータベクトルA(a1,a2,・・・,am)を算出する。そして、データベクトルAの中から2つの要素a1,a2を取り出し、要素(a1,a2)が識別モデル24の中で区画されたどのエリアに属するかを特定する。
【0030】
例えば
図5の下段の図に示すように、要素(a1,a2)を識別モデル24にプロットした時、要素(a1,a2)のプロットが物質Aのエリアに属する場合は、「未知の匂い物質αは匂い物質Aである」と判断される。同様に、要素(a1,a2)のプロットが物質Cのエリアに属する場合は、「未知の匂い物質αは匂い物質Cである」と判断される。これで、未知の匂い物質αについての解析が終了する。
【0031】
次に、識別モデル作成ステップS11について説明する。識別モデル作成ステップS11は、第1ステップと第2ステップとで構成され、第1ステップは、上述した温度変化付与ステップS12と類似した処理を、複数の既知の匂い物質NB(既知の匂い物質A,B,Cとする。)に対して行うステップである。具体的には、既知の匂い物質Aをセンサ部12aに供給し、温度制御装置14を用いてセンサ部12aに温度変化を付与し、センサ部12aの抵抗値信号V(Rs)を測定する。その後、既知の匂い物質Bをセンサ部12aに供給し、温度制御装置14を用いてセンサ部12aに同じ温度変化を付与し、センサ部12aの抵抗値信号V(Rs)を測定する。その後、既知の匂い物質Cをセンサ部12aに供給し、温度制御装置14を用いてセンサ部12aに同じ温度変化を付与し、センサ部12aの抵抗値信号V(Rs)を測定する。このとき、匂い物質A,B,Cは、それぞれ独特な非線形応答特性を備えているので、測定された3つの抵抗値信号V(Rs)の波形は互いに異なる波形になる。各匂い物質の抵抗値信号V(Rs)を測定が終了すると、次の第2ステップに進む。
【0032】
第2ステップは、上述した匂い物質分析ステップS13と類似した処理を、既知の匂い物質A,B,Cに対して行うステップである。まず、
図6(a)~(c)に示すように、測定した3つの抵抗値信号V(Rs)の周波数スペクトルを算出し、物質AのデータベクトルX1(x11,x12,・・・,x1m)、物質BのデータベクトルX2(x21,x22,・・・,x2m)及び物質CのデータベクトルX3(x31,x32,・・・,x3m)を作成する。なお、匂い物質の種類がもっと多い時や、1つの臭い物質に対して抵抗値信号V(Rs)の測定を複数回ずつ行った時は、n個(n≧4)のデータベクトルを作成することになる。
【0033】
データベクトルX1,X2,・・・,Xnを作成すると、次は主成分分析を行う。ここでは、2次元の主成分分析を行うこととし、まずは、
図7に示すように、各データベクトルの要素を整列させた行列を作成し、データの特徴が顕著に現れる座標に変換する処理(線形座標変換)を行って、データベクトルA1,A2,・・・Anを作成する。
【0034】
その後、2次元の分析を行うため、各データベクトルから同じ列にある2つの要素を取り出す。例えば
図7の例では、各データベクトルの第1列の要素を第一主成分PC1とし、第2列の要素を第二主成分PC2としているので、匂い物質AのデータベクトルA1から要素(a11,a12)を、匂い物質BのデータベクトルA2から要素(a21,a22)を、匂い物質CのデータベクトルA3から要素(a31,a32)を各々取り出す。
【0035】
そして、第一主成分PC1と第二主成分PC2を軸とする2次元平面を仮想し、要素(a11,a12)、要素(a21,a22)、要素(a31,a32)をプロットすると、
図7の下段に示す図のように表される。この図において、匂い物質Aのプロット「〇」が複数個あるが、これは、匂い物質Aの抵抗値信号V(Rs)の測定をk回行い(k≧2)、各測定結果からk個のデータベクトルを作成し、線形座標変換を行った各データベクトルから取り出したk個の要素をプロットしたことを示している。匂い物質Bのプロット「□」や匂い物質Cのプロット「△」についても同様である。ここまでが主成分分析による次元圧縮の処理である。
【0036】
その後、
図8に示すように、多数のプロットを複数のグループに区分する処理を行い、グループ毎のエリアを定義する識別境界SKを決定する。識別境界SKを決定する時は、k近傍法等の統計的手法を使用するとよい。これによって、
図8の下段に示す識別モデル24が作成される。
【0037】
識別モデル24は、匂い物質毎の特徴を分析し、未知の匂い物質NBが匂い物質A,B,Cの中のどれかに該当するか否かを判別する際の基準となり、未知の匂い物質NBを識別する際の基準となる。
【0038】
ここで、比較例として、識別モデルを従来のやり方で作成した例を説明する。
図9(a)は、比較例の駆動電圧Vhxを示しており、駆動電圧Vhxは、振幅及び周波数が一定の正弦波とした。駆動電圧Vhxが正弦波の場合、温度変化Temの波形もほぼ正弦波になる。
図9(b)は、既知の匂い物質Aに対し、駆動電圧Vhxを用いてステップ1を実行した時に測定された抵抗値信号V(Rs)xの波形である。
【0039】
匂い物質A,B,Cについて抵抗値信号V(Rs)xを測定し、上記と同様の主成分分析を行った結果、
図10の上段に示す2次元プロットが得られた。さらに、上記と同様の統計的手法を用いて識別境界SKを算出した結果、
図10の下段に示す識別モデル24xが得られた。
【0040】
この識別モデル24xを見ると、匂い物質Aのエリアに匂い物質Bの要素が1つプロットされている。これは、グループ毎のエリアを定義する識別境界SKを適切に決定することができなかったことを示している。したがって、識別モデル24xは、未知の匂い物質NBが匂い物質A,B,Cの中のどれかに該当するか否かを判別する際の基準としては精度が低く、識別モデル24xを使用しても、未知の匂い物質NBを高精度に識別することはできない。
【0041】
このように、従来のやり方は、温度変化Temの波形が単純なので、抵抗値信号V(Rs)xを分析した時に得られる情報が少なく、匂い物質毎の特徴を2次元プロット上で明確に区別することができないので、高精度な識別モデルを作成することは難しい。
【0042】
以上説明したように、匂い検出装置10及びこれを用いた匂い検出法によれば、センサ部12aに独特な波形の温度変化Temを付与することによって、センサ素子12から匂い物質NBに関する多くの情報を取得することができ、これを分析することによって、匂い物質NBの検出を非常に高い精度で行うことができる。また、単一のセンサ素子12で多くの匂い物質NBを識別できるので、装置の小型化や低コスト化を容易に行うことができる。
【0043】
なお、ヒータ20からセンサ部12aに付与される温度変化Temの波形は、振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形であればよく、検出対象の匂い物質の性質に合わせて適宜調節することができる。好ましいTem波形をいくつか紹介すると、例えば、
図11(a)のTem波形は、正弦波状の振動が連続し、振幅は1サイクルのほぼ中間点で最大となり、周波数は1サイクルの開始時に最も高く、徐々に低くなっている。
図11(b)のTem波形は、正弦波状の振動が連続し、振幅は1サイクルのほぼ中間点で最大となり、周波数は1サイクルの中間点で最も低くなっている。
図11(c)のTem波形は、正弦波状の振動が連続し、振幅は1サイクルのほぼ中間点で最大となり、周波数は1サイクルの中で複数回の増減を行っている。これらのTem波形は、上記の式(1)を用いて駆動電圧Vhを生成することによって、容易に実現することができる。
【0044】
また、
図11(d)のTem波形は、三角波状の振動が連続し、振幅は1サイクルの中間点で最大となり、周波数は1サイクルの開始時に最も高く、徐々に低くなっている。
図11(e)のTem波形は、矩形波状の振動が連続し、振幅は1サイクルの中間点で最大となり、周波数は1サイクルの開始時に最も高く、徐々に低くなっている。
図11(f)は、
図11(a)のTem波形に低周波の脈流波形(正弦波を全波整流した波形)を加算したような波形である。これらのTem波形は、上記の式(1)とは異なる所定の式を作成して駆動電圧Vhを生成することによって、容易に実現することができる。また、
図11(d)~(f)のTem波形は、1サイクルの中の周波数の変化のしかたを、
図11(b)、(c)のTem波形のようにしてもよい。
【0045】
次に、本発明の匂い検出装置の第二の実施形態について、
図12に基づいて説明する。ここで、上記の匂い検出装置10と同様の構成は、同一の符号を付して説明を省略する。この実施形態の匂い検出装置26は、匂い検出装置10の温度制御装置14を温度制御装置28に置き換えたもので、その他の構成は同様である。
【0046】
温度制御装置28は、
図12(a)に示すように、センサ部12aを加熱する加熱手段30と、センサ部2aを冷却する冷却手段32と、加熱手段32及び冷却手段32を制御する制御部34とで構成され、加熱手段30及び冷却手段32が協働してセンサ部12aに温度変化Temを付与する。
【0047】
センサ部12aに付与する温度変化Temの波形は、上記と同様に、振動の振幅及び周波数が規則的に変化する動作を一定の周期で繰り返す波形である。例えば、
図12(b)に示す温度変化Temの波形は、上記のヒータ20及び電源部22を加熱手段30として使用し、空冷ファンを冷却手段32として使用し、期間T1,T3は、加熱手段30をオンさせて冷却手段32をオフさせ、期間T2は、加熱手段30をオフさせて冷却手段32をオンさせることによって実現することができる。匂い検出装置26を用いて実行される匂い検出方法は、
図3のフローチャートに示す匂い検出方法と同じである。
【0048】
この実施形態の匂い検出装置26においても、上記の匂い検出装置10と同様の効果が得られる。また、上記の匂い検出装置10の場合、温度制御装置14が加熱手段(ヒータ20)しか備えていないので、
図11(a)~(f)に示すTem波形のように、温度を負方向に大きく振幅させることが難しいが、匂い検出装置26の場合は、温度制御装置28が冷却手段32も備えているので、温度を負方向にも大きく振幅させることができる。したがって、より多様な波形の温度変化Temをセンサ部12aに付与することができ、抵抗値信号V(Rs)の変化を分析した時、さらに多くの情報を得ることが可能になる。
【0049】
なお、本発明の匂い検出装置及び匂い検出方法は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば、
図1(a)に示すセンサ素子12の構造図は、汎用的なセンサ素子の構造の例を示したものであり、使用できるセンサ素子は、
図1(a)の構造のものに限定されない。また、上記実施形態では、センサ部に温度変化を付与する加熱手段や冷却手段として、ヒータと空冷ファンを例示したが、加熱手段や冷却手段の種類は特に限定されず、例えば熱風ブロアやペルチェ素子等を使用してもよい。
【0050】
図1(b)に、センサ部12から抵抗値信号V(Rs)を得るための回路として、センサ部12aと直列に固定抵抗Roを接続して分圧回路を構成し、その両端に直流電圧Eを印加し、固定抵抗Roの両端電圧を抵抗値信号V(Rs)として出力する回路を示したが、この回路は一例を示したものであり、これ以外の回路に変更してもよい。例えば、固定抵抗Roの両端電圧を増幅回路で増幅した電圧を抵抗値信号V(Rs)としてもよいし、ホイートストンブリッジ等のブリッジ法により抵抗値信号V(Rs)を生成する回路にしてもよい。また、直流電圧Eをセンサ部12aの両端に印加し、センサ部12aに流れる電流変化を測定して抵抗値信号I(Rs)とすることも可能である。
【0051】
電源部22の複合振動信号発生手段22aは、上記のように、演算機能を備えたデジタル信号処理部とDA変換器とで構成し、上記の式(1)のような数式に従って複合振動信号Vsを発生させることが好ましい。その他、本発明が目的とする複合振動信号Vsを生成することが可能であれば、複合振動信号発生手段は、正弦波発生回路と四則演算用の増幅回路等を組み合わせたアナログ回路網にて構成することも可能である。また、上記の電源部22は、ヒータ20に駆動電圧Vhを供給する電圧源であるが、上記の駆動電圧Vhと相似な波形の駆動電流Ihを供給する電流源であってもよく、ほぼ同様の作用効果が得られる。
【0052】
上記の識別モデル作成ステップS11では、
図7、
図8に示すように、2次元の主成分分析を行っているが、性質が類似した多くの匂い物質をより高い精度で識別できるようにするため、3次元以上の主成分分析を行うようにしてもよい。また、主成分分析の後、識別境界SKを決定する時は、k近傍法等の統計的手法を用いることが好ましいが、識別境界を客観的に決定できれば、他の手法を用いてもよい。
【0053】
また、主成分分析は、匂い物質を高い精度で識別するのに有効な手法である。しかし、匂い検出装置の用途や匂い検出を行う目的によっては、検出対象の匂い物質が比較的識別しやすい物質である場合が考えられる。そのような場合は、主成分分析以外の手法で識別モデルを作成してもよく、一定以上の精度を有した識別モデルを作成することができる。
【0054】
その他、
図3に示すフローチャートは、最初に識別モデル作成ステップS11を実行する流れになっているが、既に識別モデル24が作成されている場合は、識別モデル作成ステップS11を省略して、温度変化付与ステップS12と匂い物質分析ステップS13を実行すればよい。
【符号の説明】
【0055】
10,26 匂い検出装置
12 センサ素子
12a センサ部
14 温度制御装置
16,28 匂い物質分析装置
20 ヒータ
22 電源部
24 識別モデル
30 加熱手段
32 冷却手段
34 制御部
NB,α,A,B,C 匂い物質
Rs センサ部の抵抗値
S11 識別モデル作成ステップ
S12 温度変化付与ステップ
S13 匂い物質分析ステップ
Tem センサ部の温度変化
Vh 駆動電圧
Vs 複合振動信号
V(Rs) 抵抗値信号