(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022102007
(43)【公開日】2022-07-07
(54)【発明の名称】セルロースナノファイバー組成物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 1/08 20060101AFI20220630BHJP
C08K 5/19 20060101ALI20220630BHJP
C08J 3/03 20060101ALI20220630BHJP
C08J 3/16 20060101ALI20220630BHJP
C08B 15/04 20060101ALI20220630BHJP
【FI】
C08L1/08
C08K5/19
C08J3/03 CEP
C08J3/16
C08B15/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020216461
(22)【出願日】2020-12-25
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒田 浩介
(72)【発明者】
【氏名】添田 裕人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 圭樹
(72)【発明者】
【氏名】後居 洋介
【テーマコード(参考)】
4C090
4F070
4J002
【Fターム(参考)】
4C090AA02
4C090AA07
4C090BA34
4C090BB52
4C090CA04
4C090CA19
4F070AA02
4F070AB03
4F070BA07
4F070CA02
4F070CB02
4F070CB12
4F070DA33
4J002AB011
4J002EN136
4J002FD316
4J002GB00
4J002GD00
4J002GQ00
(57)【要約】
【課題】乾燥させたものを再び分散させた際の分散性に優れるセルロースナノファイバー組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーと、分子量600以下のベタイン化合物とを含むセルロースナノファイバー組成物である。変性セルロースナノファイバー100質量部に対するベタイン化合物の含有量は5~1000質量部であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーと、分子量600以下のベタイン化合物とを含むセルロースナノファイバー組成物。
【請求項2】
前記変性セルロースナノファイバー100質量部に対する前記ベタイン化合物の含有量が5~1000質量部である請求項1に記載のセルロースナノファイバー組成物。
【請求項3】
乾燥体である請求項1又は2に記載のセルロースナノファイバー組成物。
【請求項4】
分散媒体を含み、前記変性セルロースナノファイバーは前記分散媒体に分散している請求項1又は2に記載のセルロースナノファイバー組成物。
【請求項5】
分子量600以下のベタイン化合物を含有する、イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーの分散体を乾燥させる工程を含む、乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物の製造方法。
【請求項6】
前記乾燥させる工程が、加熱乾燥又は凍結乾燥の工程である請求項5に記載のセルロースナノファイバー組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースナノファイバー組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースナノファイバー(CNF)は、木材から得られるパルプ等のセルロース原料を、化学的・機械的に処理してナノサイズまで解繊した繊維状物質である。このセルロースナノファイバーは、鋼鉄と同等の強度を有する一方で、軽量(鋼鉄の5分の1の重量)であるという特徴を有し、さらに、低熱膨張率、可視光の波長より微細なサイズ、高リサイクル性、安心・安全な天然物であるという利点を生かして、車や家電製品の外装等の構造材料、光学材料、フィルター等の分離材料、化粧品等における増粘剤等の様々な用途への応用が期待されている。
【0003】
セルロースナノファイバーは通常、水に分散させたパルプ等を微細化することにより製造される。得られるセルロースナノファイバーは水分散状態であり、このような分散液は運送コストが高いという問題点がある。
【0004】
一方、セルロースナノファイバーを乾燥させると、セルロースナノファイバー同士の水素結合により強く凝集してしまうため、乾燥体を水中に再び分散させたとき、乾燥前の状態にまで分散性が十分に戻らないという不都合がある。また、セルロースナノファイバーは凝集すると諸性能が低下するという欠点もある。
【0005】
そこで、乾燥体の分散性を向上させるため、(1)セルロースナノファイバーを修飾したり(特許文献1及び2)、(2)セルロースナノファイバーの分散液を乾燥させる際に凝集抑制剤を添加する(特許文献3)等の対策が試みられている。例えば、特許文献3には、セルロースナノファイバーと、グリセリン等の再分散剤と、塩類である再分散促進剤とを含むセルロースナノファイバー含有乾燥体が開示されている。しかし、いずれの従来技術も、セルロースナノファイバーの再分散性や諸用途への適用性の点で不十分であり、なお改良の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5381338号公報
【特許文献2】特許第5500842号公報
【特許文献3】特開2018-9134号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、上記従来の状況に鑑み、乾燥させたものを再び分散させた際の分散性に優れるセルロースナノファイバー組成物、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーに対し、トリメチルグリシン等の分子量が600以下のベタイン化合物を添加すると、乾燥させたセルロースナノファイバーを再分散させた際にナノファイバー同士の凝集が抑制されることを見出し、発明を完成した。すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0009】
(1)イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーと、分子量600以下のベタイン化合物とを含むセルロースナノファイバー組成物。
(2)前記変性セルロースナノファイバー100質量部に対する前記ベタイン化合物の含有量が5~1000質量部である上記(1)に記載のセルロースナノファイバー組成物。
(3)乾燥体である上記(1)又は(2)に記載のセルロースナノファイバー組成物。
(4)分散媒体を含み、前記変性セルロースナノファイバーは前記分散媒体に分散している上記(1)又は(2)に記載のセルロースナノファイバー組成物。
(5)分子量600以下のベタイン化合物を含有する、イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーの分散体を乾燥させる工程を含む、乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物の製造方法。
(6)前記乾燥させる工程が、加熱乾燥又は凍結乾燥の工程である上記(5)に記載のセルロースナノファイバー組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のセルロースナノファイバー組成物によれば、分子量600以下のベタイン化合物によって乾燥時のセルロースナノファイバー同士の水素結合が阻害され、乾燥体の再分散性を高めることができる。また、ベタイン化合物は、生体に対し安全な添加剤であるため、セルロースナノファイバー組成物を様々な用途に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例8の再分散体のAFM画像を示す図である。
【
図2】実施例9の再分散体のAFM画像を示す図である。
【
図3】比較例4の再分散体のAFM画像を示す図である。
【
図4】実施例10の再分散体のAFM画像を示す図である。
【
図5】比較例5の再分散体のAFM画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施の形態に基づき本発明を詳細に説明する。
本実施形態に係るセルロースナノファイバー組成物は、イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーと、分子量600以下のベタイン化合物とを含む。
【0013】
上記変性セルロースナノファイバーは、例えば後述する方法によりセルロース原料をナノサイズまで解繊したものである。この変性セルロースナノファイバーは、数平均繊維径が2nm以上500nm以下、繊維のアスペクト比が50以上1000以下であり、セルロースI型結晶構造を有することが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0014】
数平均繊維径はより好ましくは2nm以上150nm以下であり、さらに好ましくは2nm以上100nm以下である。特に好ましくは2nm以上50nm以下である。上記変性セルロースナノファイバーの最大繊維径は、乾燥後の透明性が要求される場合は1000nm以下であることが好ましく、特に好ましくは500nm以下である。
【0015】
上記変性セルロースナノファイバーの数平均繊維径及び最大繊維径は、例えば、次のようにして測定することができる。すなわち、固形分率で0.05~0.1重量%の微細セルロースの水分散体を調製し、その分散体を、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)の観察用試料とする。なお、大きな繊維径の繊維を含む場合には、ガラス上へキャストした表面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を観察してもよい。そして、構成する繊維の大きさに応じて5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。その際に、得られた画像内に縦横任意の画像幅の軸を想定し、その軸に対し、20本以上の繊維が交差するよう、試料及び観察条件(倍率等)を調節する。そして、この条件を満たす観察画像を得た後、この画像に対し、1枚の画像当たり縦横2本ずつの無作為な軸を引き、軸に交錯する繊維の繊維径を目視で読み取っていく。このようにして、最低3枚の重複しない表面部分の画像を、電子顕微鏡で撮影し、各々2つの軸に交錯する繊維の繊維径の値を読み取る(したがって、最低20本×2×3=120本の繊維径の情報が得られる)。このようにして得られた繊維径のデータにより、最大繊維径及び数平均繊維径を算出する。
【0016】
上記変性セルロースナノファイバーの平均アスペクト比は、より好ましくは100以上1000以下であり、特に好ましくは200以上1000以下である。平均アスペクト比が50未満であると繊維自体の強度が低下するおそれがある。
【0017】
上記変性セルロースナノファイバーの平均アスペクト比は、上記のようにして測定した数平均繊維径と、同様にTEM像から測定した20本の変性セルロースナノファイバーについての数平均繊維長とから、下記の式(1)に従い算出することができる。
平均アスペクト比=数平均繊維長(nm)/数平均繊維径(nm) (1)
【0018】
上記変性セルロースナノファイバーは、I型結晶構造を有する天然由来のセルロース原料を微細化した繊維である。すなわち、天然セルロースの生合成の過程においては、ほぼ例外なくミクロフィブリルと呼ばれるナノファイバーがまず形成され、これらが多束化して高次な固体構造を構成する。
【0019】
上記変性セルロースナノファイバーを構成するセルロースがI型結晶構造を有することは、例えば、広角X線回折像測定により得られる回折プロファイルにおいて、2θ=14~17°付近と、2θ=22~23°付近の2つの位置に典型的なピークを有することから同定することができる。
【0020】
上記変性セルロースナノファイバーは、例えば、天然セルロースを原料として得ることができる。
【0021】
天然セルロースとしては、植物又は動物、微生物由来のセルロースであれば特に限定はなく、針葉樹又は広葉樹由来のクラフトパルプや溶解パルプ、コットンリンター、セルロース純度の低いリグノセルロース、木粉、草木セルロース、バクテリアセルロース等が適用可能である。
【0022】
また、天然セルロースとして、バクテリアによって産生されるバクテリアセルロースを使用することができる。上記バクテリアとしては、アセトバクター(Acetobacter)属等が挙げられ、より具体的には、アセトバクターアセチ(Acetobacter aceti)、アセトバクターサブスピーシーズ(Acetobacter subsp.)、アセトバクターキシリナ(Acetobacter xylinum)等が挙げられる。これらのバクテリアを培養することにより、バクテリアからセルロースが産生される。得られた産生物は、バクテリアとこのバクテリアから産生されて該バクテリアに連なっているセルロース(バクテリアセルロース)とを含むものであるため、この産生物を培地から取り出し、それを水洗、又はアルカリ処理等してバクテリアを除去することにより、バクテリアを含まない含水バクテリアセルロースを得ることができる。
【0023】
本実施形態において、セルロースナノファイバーにはイオン性官能基が導入され、変性されている。イオン性官能基による変性は、アニオン変性、カチオン変性のいずれであってもよい。アニオン変性としては、カルボキシ化、カルボキシメチル化、リン酸エステル化、亜リン酸エステル化、硫酸エステル化等を挙げることができ、カチオン変性としては、アミノ化等を挙げることができる。後述するベタイン化合物は、正電荷及び負電荷の両方を有しているため、アニオン又はカチオンのいずれであってもイオン性官能基を有している変性セルロースナノファイバーに対して同様に作用し、得られる乾燥体の再分散性を向上させることができる。
【0024】
特に、イオン性官能基がアニオン性官能基であることが好ましい。アニオン変性されたセルロースとしては、特に制限されないが、具体的には、酸化セルロース、カルボキシメチルセルロース、多価カルボキシメチルセルロース、長鎖カルボキシセルロース等が挙げられる。これらの中でも、繊維表面の水酸基の選択性に優れており、反応条件も穏やかであることから、酸化セルロースが好ましい。また、汎用性、安全性の点からカルボキシメチルセルロースも好ましい。
【0025】
前記酸化セルロースは、天然セルロースを原料とし、水中においてN-オキシル化合物を酸化触媒とし、共酸化剤を作用させることにより該天然セルロースを酸化して反応物繊維を得る酸化反応工程、不純物を除去して水を含浸させた反応物繊維を得る精製工程、及び水を含浸させた反応物繊維を溶媒に分散させる分散工程を含む製造方法により得ることができる。
【0026】
前記酸化セルロースは、セルロース分子中の各グルコースユニットのC6位の水酸基が選択的に酸化変性されてアルデヒド基、ケトン基、及びカルボキシル基のいずれかとなっていることが好ましい。カルボキシル基の含量(カルボキシル基量)は水への分散性の点から1.2~2.5mmol/gの範囲が好ましく、より好ましくは1.5~2.0mmol/gの範囲である。
【0027】
前記酸化セルロースのカルボキシル基量の測定は、例えば、乾燥重量を精秤したセルロース試料から0.5~1重量%スラリーを60ml調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、電気伝導度測定を行う。測定はpHが約11になるまで続ける。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下記の式(2)に従いカルボキシル基量を求めることができる。
カルボキシル基量(mmol/g)=V(ml)×[0.05/セルロース重量] (2)
【0028】
なお、カルボキシル基量の調整は、後述するように、セルロースナノファイバーの酸化工程で用いる共酸化剤の添加量や反応時間を制御することにより行うことができる。
【0029】
前記酸化セルロースは、酸化変性後、還元剤により還元させることが好ましい。これにより、アルデヒド基及びケトン基の一部ないし全部が還元され、水酸基に戻る。なお、カルボキシル基は還元されない。そして、前記還元により、前記セルロースナノファイバーの、セミカルバジド法による測定でのアルデヒド基とケトン基の合計含量を、0.3mmol/g以下とすることが好ましく、特に好ましくは0~0.1mmol/gの範囲、最も好ましくは実質的に0mmol/gである。これにより、セルロースナノファイバーの分子量低下を抑制することができる。
【0030】
前記酸化セルロースが、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン(TEMPO)等のN-オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化されたものであり、前記酸化反応により生じたアルデヒド基及びケトン基が、還元剤により還元されたものであると、前記セルロースナノファイバーを容易に得ることができるようになるため好ましい。また、前記還元剤による還元が、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)によるものであることが好ましい。
【0031】
セミカルバジド法による、アルデヒド基とケトン基との合計含量の測定は、例えば、次のようにして行われる。すなわち、乾燥させた試料に、リン酸緩衝液によりpH=5に調整したセミカルバジド塩酸塩3g/l水溶液を正確に50ml加え、密栓し、二日間振とうする。続いて、この溶液10mlを正確に100mlビーカーに採取し、5N硫酸を25ml、0.05Nヨウ素酸カリウム水溶液5mlを加え、10分間撹拌する。その後、5%ヨウ化カリウム水溶液10mlを加えて、直ちに自動滴定装置を用いて、0.1Nチオ硫酸ナトリウム溶液にて滴定し、その滴定量等から、下記の式(3)に従い、試料中のカルボニル基量(アルデヒド基とケトン基との合計含量)を求めることができる。なお、セミカルバジドは、アルデヒド基やケトン基と反応しシッフ塩基(イミン)を形成するが、カルボキシル基とは反応しないことから、前記測定により、アルデヒド基とケトン基のみを定量できると考えられる。
カルボニル基量(mmol/g)=(D-B)×f×[0.125/w] (3)
D:サンプルの滴定量(ml)
B:空試験の滴定量(ml)
f:0.1Nチオ硫酸ナトリウム溶液のファクター(-)
w:試料量(g)
【0032】
前記酸化セルロースは、繊維表面上のセルロース分子中の各グルコースユニットのC6位の水酸基が選択的に酸化変性されてアルデヒド基、ケトン基及びカルボキシル基のいずれかとなっている。このセルロースナノファイバー表面上のグルコースユニットのC6位の水酸基のみが選択的に酸化されているかどうかは、例えば、13C-NMRチャートにより確認することができる。すなわち、酸化前のセルロースの13C-NMRチャートで確認できるグルコース単位の1級水酸基のC6位に相当する62ppmのピークが、酸化反応後は消失し、代わりにカルボキシル基等に由来するピーク(178ppmのピークはカルボキシル基に由来するピーク)が現れる。このようにして、グルコース単位のC6位水酸基のみがカルボキシル基等に酸化されていることを確認することができる。
【0033】
また、前記酸化セルロースにおけるアルデヒド基の検出は、例えば、フェーリング試薬により行うこともできる。すなわち、例えば、乾燥させた試料に、フェーリング試薬(酒石酸ナトリウムカリウムと水酸化ナトリウムとの混合溶液と、硫酸銅五水和物水溶液)を加えた後、80℃で1時間加熱したとき、上澄みが青色、セルロースナノファイバー部分が紺色を呈するものは、アルデヒド基は検出されなかったと判断することができ、上澄みが黄色、セルロース繊維部分が赤色を呈するものは、アルデヒド基は検出されたと判断することができる。
【0034】
前記酸化セルロースを解繊した変性セルロースナノファイバーは、(1)酸化反応工程、(2)還元工程、(3)精製工程、(4)分散工程(微細化処理工程)等により製造することが好ましく、具体的には以下の各工程により製造することが好ましい。
【0035】
(1)酸化反応工程
天然セルロースとN-オキシル化合物とを水(分散媒体)に分散させた後、共酸化剤を添加して、反応を開始する。反応中は0.5Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10~11に保ち、pHに変化が見られなくなった時点で反応終了とみなす。ここで、共酸化剤とは、直接的にセルロース水酸基を酸化する物質ではなく、酸化触媒として用いられるN-オキシル化合物を酸化する物質のことである。
【0036】
前記天然セルロースは、植物、動物、バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースを意味する。より具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンター、コットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプ、バガスパルプ等の非木材系パルプ、バクテリアセルロース(BC)、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロース等を挙げることができる。これらは単独で用いてもよく、もしくは二種以上併せて用いられる。これらの中でも、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンター、コットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプ、バガスパルプ等の非木材系パルプが好ましく用いられる。前記天然セルロースは、叩解等の表面積を高める処理を施すと、反応効率を高めることができ、生産性を高めることができるため好ましい。また、前記天然セルロースとして、単離、精製の後、乾燥させない(ネバードライ)で保存していたものを使用すると、ミクロフィブリルの集束体が膨潤しやすい状態であるため、反応効率を高め、微細化処理後の数平均繊維径を小さくすることができるため好ましい。
【0037】
前記反応における天然セルロースの分散媒体は水であり、反応水溶液中の天然セルロース濃度は、試薬(天然セルロース)の充分な拡散が可能な濃度であれば任意である。通常は、反応水溶液の重量に対して約5%以下であるが、機械的撹拌力の強い装置を使用することにより反応濃度を上げることができる。
【0038】
また、前記N-オキシル化合物としては、例えば、一般に酸化触媒として用いられるニトロキシラジカルを有する化合物が挙げられる。前記N-オキシル化合物は、水溶性の化合物が好ましく、その中でもピペリジンニトロキシオキシラジカルが好ましく、特に2,2,6,6-テトラメチルピペリジノオキシラジカル(TEMPO)又は4-アセトアミド-TEMPOが好ましい。前記N-オキシル化合物の添加は、触媒量で充分であり、好ましくは0.1~4mmol/l、さらに好ましくは0.2~2mmol/lの範囲で反応水溶液に添加する。
【0039】
前記共酸化剤としては、例えば、次亜ハロゲン酸又はその塩、亜ハロゲン酸又はその塩、過ハロゲン酸又はその塩、過酸化水素、過有機酸等が挙げられる。これらは単独でもしくは二種以上併せて用いられる。特に、次亜塩素酸ナトリウム、次亜臭素酸ナトリウム等のアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩が好ましい。そして、前記次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合は、反応速度の点から、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属の存在下で反応を進めることが好ましい。前記臭化アルカリ金属の添加量は、前記N-オキシル化合物に対して約1~40倍モル量、好ましくは約10~20倍モル量である。
【0040】
前記反応水溶液のpHは、約8~11の範囲で維持されることが好ましい。水溶液の温度は約4~40℃の範囲内で任意に設定することができるが、反応は室温(25℃)で行うことが可能であり、特に温度の制御は必要としない。所望のカルボキシル基量等を得るためには、共酸化剤の添加量と反応時間により、酸化の程度を制御する。通常、反応時間は約5~120分、長くとも240分以内に完了する。
【0041】
(2)還元工程
前記酸化セルロースは、前記酸化反応後に、さらに還元反応を行うことが好ましい。具体的には、酸化反応後の微細酸化セルロースを精製水に分散し、水分散体のpHを約10に調整し、各種還元剤により還元反応を行う。本発明に使用する還元剤としては、一般的なものを使用することが可能であるが、好ましくは、LiBH4、NaBH3CN、NaBH4等が挙げられる。特に、コストや利用可能性の点から、NaBH4が好ましく用いられる。
【0042】
還元剤の量は、微細酸化セルロースを基準として、0.1~4重量%の範囲が好ましく、特に好ましくは1~3重量%の範囲である。反応は、室温又は室温より若干高い温度で、通常、10分~10時間、好ましくは30分~2時間行う。
【0043】
前記の反応終了後、各種の酸により反応混合物のpHを約2に調整し、精製水をふりかけながら遠心分離機で固液分離を行い、ケーキ状の微細酸化セルロースを得る。固液分離は濾液の電気伝導度が5mS/m以下となるまで行う。
【0044】
(3)精製工程
次に、未反応の共酸化剤(次亜塩素酸等)や、各種副生成物等を除く目的で精製を行う。反応物繊維は通常、この段階ではナノファイバー単位までばらばらに分散しているわけではないため、通常の精製法、すなわち水洗とろ過を繰り返すことで高純度(99重量%以上)の反応物繊維と水の分散体を得る。
【0045】
前記精製工程における精製方法は、遠心脱水を利用する方法(例えば、連続式デカンダー)のように、上述した目的を達成できる装置であればどのような装置を利用しても差し支えない。このようにして得られる反応物繊維の水分散体は、絞った状態で固形分(セルロース)濃度としておよそ10重量%~50重量%の範囲にある。この後の分散工程を考慮すると、50重量%よりも高い固形分濃度とすると、分散に極めて高いエネルギーが必要となることから好ましくない。
【0046】
(4)分散工程(微細化処理工程)
前記精製工程にて得られる水を含浸した反応物繊維(水分散体)を、分散媒体中に分散させ分散処理を行う。処理に伴って粘度が上昇し、微細化処理されたイオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーの分散体を得ることができる。その後、必要に応じてこの変性セルロースナノファイバーを乾燥してもよく、前記変性セルロースナノファイバーの分散体の乾燥法としては、例えば、分散媒体が水である場合は、スプレードライ、凍結乾燥法、真空乾燥法等が用いられ、分散媒体が水と有機溶媒の混合溶液である場合は、ドラムドライヤーによる乾燥法、スプレードライヤーによる噴霧乾燥法等が用いられる。なお、前記のイオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーの分散体を乾燥することなく、分散体の状態で用いても差し支えない。
【0047】
前記分散工程で使用する分散機としては、高速回転下でのホモミキサー、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、超音波分散処理機、ビーター、ディスク型レファイナー、コニカル型レファイナー、ダブルディスク型レファイナー、グラインダー等の強力で叩解能力のある装置を使用することにより、より効率的かつ高度なダウンサイジングが可能となり、経済的に有利に分散させることができる点で好ましい。なお、前記分散機としては、例えば、スクリュー型ミキサー、パドルミキサー、ディスパー型ミキサー、タービン型ミキサー、ディスパー、プロペラミキサー、ニーダー、ブレンダー、ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、コロイドミル、ペブルミル、ビーズミル粉砕機等を用いても差し支えない。また、2種類以上の分散機を組み合わせて用いても差し支えない。
【0048】
また、前記アニオン変性した変性セルロースナノファイバーの1種であるカルボキシメチルセルロースは、前記セルロース原料を用いて以下の方法によって製造することができる。すなわち、セルロースを原料とし、溶媒に質量で3~20倍の低級アルコール、具体的にはメタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、t-ブチルアルコール等の単独、又は2種以上の混合物と水の混合媒体を使用する。なお、低級アルコールの混合割合は、60~95質量%である。マーセル化剤としては、セルロースのグルコース残基当たり0.5~20倍モルの水酸化アルカリ金属、具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを使用する。セルロースと溶媒、マーセル化剤を混合してマーセル化処理を行う。このときの反応温度は0~70℃、好ましくは10~60℃であり、反応時間は15分~8時間、好ましくは30分~7時間である。その後、カルボキシメチル化剤をグルコース残基当たり0.05~10倍モル添加してエーテル化反応を行う。このときの反応温度は30~90℃、好ましくは40~80℃であり、反応時間は30分~10時間、好ましくは1時間~4時間である。
【0049】
前記カルボキシメチルセルロースを高圧ホモジナイザー等によって解繊処理することで変性セルロースナノファイバー得ることができる。高圧ホモジナイザーとは、ポンプによって流体に加圧し、流路に設けた非常に繊細な間隙より噴出させる装置である。粒子間の衝突、圧力差による剪断力等の総合エネルギーによって乳化・分散・解繊・粉砕・超微細化を行うことができる。
【0050】
本発明のホモジナイザーによる処理条件としては、特に限定されるものではないが、圧力条件としては、30MPa以上、好ましくは100MPa以上、さらに好ましくは140MPa以上である。また、高圧ホモジナイザーでの解繊・分散処理に先立って、必要に応じて、高速せん断ミキサー等の公知の混合、攪拌、乳化、分散装置を用いて、カルボキシメチルセルロースに予備処理を施すことも可能である。
【0051】
カルボキシメチルセルロースのグルコース単位当たりのカルボキシメチル置換度は0.02以上0.50以下であることが好ましい。セルロースにイオン性官能基としてカルボキシメチル置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、カルボキシメチル置換基を導入したセルロースは容易にナノ解繊することができる。なお、グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換基の割合は、0.02~0.50の範囲内であることが好ましい。
【0052】
本実施形態において、セルロースナノファイバー組成物中に、イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーとともに含まれるベタイン化合物とは、トリメチルグリシン(狭義のベタイン)の他、正電荷と負電荷を同一分子内の隣り合わない位置に有し、正電荷を持つ原子には解離しうる水素が結合しておらず、分子全体として電荷を持たない化合物を指す。上記ベタイン化合物の分子量は600以下である。ベタイン化合物中のカチオン部分は、四級アンモニウム、スルホニウム、ホスホニウム等の構造をとることができる。このようなベタイン化合物は、変性セルロースナノファイバーのイオン性官能基に電気的に結合し、変性セルロースナノファイバーの繊維表面を均一に被覆する。そのため、乾燥時の変性セルロースナノファイバー同士の水素結合が阻害され、凝集が抑制されるものと考えられるが、再分散性が向上する作用機序はこの理論に縛られるものではない。
【0053】
ベタイン化合物の例としては、トリメチルグリシン、L-カルニチン、D-カルニチン、プロリンベタイン、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン、ヤシ油脂肪酸アミドプロピルベタイン、等が挙げられ、これらのいずれかを単独で、又は二種以上を組み合わせて用いることができる。特に、トリメチルグリシンが好ましく用いられる。
【0054】
本実施形態において、セルロースナノファイバー組成物における変性セルロースナノファイバーとベタイン化合物の配合割合は、変性セルロースナノファイバーの性状(繊維径や変性の種類、等)や、組成物の用途を考慮して適宜設定することができる。具体的には、変性セルロースナノファイバー100質量部に対するベタイン化合物の含有量が5~1000質量部であることが好ましく、変性セルロースナノファイバー100質量部に対するベタイン化合物の含有量が10~500質量部であることがより好ましく、20~200質量部であることがさらに好ましい。
【0055】
セルロースナノファイバー組成物は、変性セルロースナノファイバー及びベタイン化合物を媒体に分散した分散体であることができる。前記媒体(すなわち分散媒体)は、水系媒体であることが好ましく、具体的には水、メチルアルコール、エチルアルコール等の低級アルコール水溶液、エチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール水溶液、D-ソルビトール等の飽和鎖式炭化水素系多価アルコール水溶液その他の有機化合物水溶液、塩化カルシウム、塩化ナトリウム等の無機塩水溶液が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。これらの中でも、水、メチルアルコール、エチルアルコール等の低級アルコール水溶液、エチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール水溶液が好ましく、特に好ましくは水である。なお、変性セルロースナノファイバーが分散している媒体が水と水以外の水系媒体との混合液である場合、媒体全体に対する水の割合は、特に限定されないが、例えば、10質量%以上であることが好ましく、40質量%以上であることがより好ましく、60質量%以上であることがさらに好ましい。
【0056】
また、セルロースナノファイバー組成物は、乾燥体とすることができる。乾燥させたときに、変性セルロースナノファイバーの繊維表面がベタイン化合物によって被覆され、凝集が抑制されるため、再分散性に優れ、また乾燥した状態であるため輸送コストが安い等の利点がある。
【0057】
乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物は、イオン性官能基を有する変性セルロースナノファイバーを水等の媒体に分散させたものに、所定量のベタイン化合物を添加し、乾燥させる工程を経て製造することができる。上記ベタイン化合物の分子量は600以下である。水等の媒体は、乾燥によって完全に除去してもよいが、組成物の用途等に応じて媒体が一部残存した状態であってもよい。また、乾燥させる手段としては、加熱乾燥又は凍結乾燥のいずれも適用可能である。加熱乾燥時の乾燥温度、時間等の条件は適宜設定することができる。一例として、変性セルロースナノファイバーを2質量%含有する水分散体10mlを乾燥させる場合、80~120℃の温度で10~60分間の条件により行うことができる。
【0058】
また、乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物は、例えば上述したような分散媒体に好適に再度分散させることができる。これにより、変性セルロースナノファイバーの分散体を含むセルロースナノファイバー組成物を再び得ることができる。
【0059】
なお、変性セルロースナノファイバーの分散体は、液状であってもよいし、固体状、具体的には、例えばゲル状であってもよい。また、上記分散体は、例えばスラリー状であってもよい。
【0060】
本実施形態に係るセルロースナノファイバー組成物には、組成物の用途等を考慮して、本発明の効果を妨げない範囲で他の添加剤を添加することができる。添加剤の例としては、分散剤、防腐剤、消泡剤、増粘剤、乳化剤、pH調整剤、酸化防止剤、熱安定化剤、光安定化剤、紫外線吸収剤、顔料、着色剤、難燃剤、可塑剤、香料等を挙げることができる。これらの他の添加剤の含有量は、変性セルロースナノファイバー及びベタイン化合物の合計量に対し10000質量%未満とすることが好ましい。
【実施例0061】
次に、実施例及び比較例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0062】
[アニオン変性セルロースナノファイバーの調製]
針葉樹クラフトパルプ2.0gに水150mL、臭化ナトリウム0.25g、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1―オキシル(TEMPO)0.025gを加え、十分撹拌した後、13%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、上記パルプ1.0gに対して次亜塩素酸ナトリウム量が6mmol/gとなるように加え、反応を開始した。さらに反応中のpHを10~11に保持するように0.5N水酸化ナトリウム水溶液を滴下しながら、120分間反応させた。反応後、0.1N塩酸を加えてpH=2.0とし、吸引濾過により固液分離をした後、固形分に純水を加え、固形分濃度2.0%のスラリーを調製した。その後、10%水酸化ナトリウム水溶液によりpHを10に調整し、水素化ホウ素ナトリウムをセルロース繊維に対して0.2mmol/g加え、2時間反応させることで還元処理した。反応後、0.1N塩酸を添加して中和し、ろ過と水洗を繰り返して精製した。得られた精製物に純水を加え、固形分濃度2.0%のスラリーを調製した後、10%水酸化ナトリウム水溶液でpHを7に調整した。その後、微細化処理工程としてマイクロフルイタイザーによる処理(150MPa、2パス)を行うことでセルロース繊維に対し高密度にカルボキシル基を導入したアニオン変性セルロースナノファイバーを得た。
【0063】
上記のアニオン変性セルロースナノファイバーは、数平均繊維径が3.1nmであり、平均アスペクト比が300であり、C6位の水酸基が選択的に酸化されることでカルボキシル基が導入されており、カルボキシル基量が2.0mmol/gであり、I型結晶構造を有する。以下、上記アニオン変性セルロースナノファイバーを単に「セルロースナノファイバー」という。
【0064】
(実施例1)
上記のセルロースナノファイバーの水分散液に純水を添加し、固形分濃度0.4質量%に希釈した。この希釈液に、セルロースナノファイバー100質量部に対し10質量部のトリメチルグリシン(分子量117.2、富士フイルム和光純薬製)を添加し、撹拌して溶解した。これを1日静置した後、BM型粘度計(0.6rpm、25℃、3分)を用いて粘度を測定した。得られた値を「乾燥前粘度」とした。
【0065】
上記の分散物を105℃の恒温槽に入れ、質量が一定になるまで静置して乾燥させた。得られた乾燥物は室温で1日静置した後、セルロースナノファイバーの固形分濃度が0.4質量%となるように純水を添加した。これを、ホモディスパー2.5型(プライミクス製)を用いて2,000rpm、10分間撹拌し、再分散させた。再分散液を1日静置後、BM型粘度計(0.6rpm、25℃、3分)を用いて粘度を測定した。得られた値を「再分散後粘度」とした。
測定した2つの粘度値に基づき、下式により「再分散性(%)」を定義し、セルロースナノファイバーの再分散性を評価した。結果を表1に示す。
【0066】
(実施例2~5)
セルロースナノファイバーに対するトリメチルグリシンの含有量を表1のように変更した以外は、実施例1と同様の操作で分散液を調製し、再分散性について評価した。その結果を表1にまとめて示す。
【0067】
(実施例6及び7)
トリメチルグリシンに替えてラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン(分子量271.4)、又はヤシ油脂肪酸アミドプロピルベタイン(分子量342.5)を用いた以外は、実施例4と同様の操作で分散液を調製し、再分散性について評価した。その結果を表1にまとめて示す。
【0068】
(比較例1)
トリメチルグリシンを添加しなかった以外は、実施例1と同様の操作で分散液を調製し、再分散性について評価した。その結果を表1に示す。
【0069】
(比較例2及び3)
トリメチルグリシンに替えてカルボキシメチルセルロース(CMC、商品名「セロゲン7A」、第一工業製薬製)、又はヒドロキシエチルセルロース(HEC、商品名「AL-15F」、住友精化製)を添加した以外は、実施例4と同様の操作で分散液を調製し、再分散性について評価した。その結果を表1にまとめて示す。
【0070】
【0071】
表1に示すように、ベタイン化合物を添加して調製した実施例1~7のセルロースナノファイバーの再分散液は、乾燥前の分散液に近い粘度を示し、再分散性が高かった。これは、ベタイン化合物がセルロースナノファイバーの乾燥時の凝集を抑制したためであると考えられる。
【0072】
一方、ベタイン化合物を添加していない比較例1では、再分散後は乾燥前に比べて低い粘度を示した。これは、セルロースナノファイバー表面の水酸基同士の水素結合により、セルロースナノファイバーが強く凝集したためであると考えられる。また、比較例2及び3は、水溶性セルロース誘導体を添加することで比較例1に比べると再分散性は向上したものの、同量のベタイン化合物を添加した実施例4より劣っていた。
【0073】
(実施例8)
実施例1と同様のアニオン変性セルロースナノファイバーの水分散液に純水を添加し、固形分濃度0.4質量%に希釈した。この希釈液に、セルロースナノファイバー100質量部に対し100質量部のトリメチルグリシンを添加し、撹拌して溶解した。その後、分散体を-22℃で凍結乾燥させ、乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物を得た。
【0074】
(実施例9)
セルロースナノファイバー100質量部に対し500質量部のトリメチルグリシンを添加した以外は、実施例8と同様にして乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物を得た。
【0075】
(比較例4)
トリメチルグリシンを添加しない以外は、実施例8と同様にして乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物を得た。
【0076】
実施例8及び9、並びに比較例4の乾燥体0.01gを水10mlに分散させ、分散液から20μl分取し、50倍希釈して原子間力顕微鏡(AFM)観察用サンプルを調製した。観察用サンプルをマイカ基板上に20μl滴下し、風乾させたものをAFMにて観察した。実施例8、実施例9及び比較例4のAFM画像をそれぞれ
図1~3に示す。
【0077】
AFM観察の結果、実施例8(
図1)では、変性セルロースナノファイバーの絡み合いは多少見られたものの、シングルナノサイズまで再分散されているものが多く、凝集物は少なかった。また、実施例9(
図2)では、シングルナノサイズまで再分散されているものが多く観察された。また、ベタイン化合物が変性セルロースナノファイバーを被覆しているような様子が観察された。変性セルロースナノファイバーの凝集体はほとんど観察されなかった。
【0078】
一方、ベタイン化合物を添加しない比較例4(
図3)では、シングルナノサイズまで再分散されている部分も存在したが、変性セルロースナノファイバー同士の大きな絡み合いや凝集物が多く見られた。
【0079】
(実施例10)
実施例1と同様のアニオン変性セルロースナノファイバーの水分散液に純水を添加し、固形分濃度0.4質量%に希釈した。この希釈液に、セルロースナノファイバー100質量部に対し100質量部のトリメチルグリシンを添加し、撹拌して溶解した。その後、分散体を105℃の恒温槽に入れ、質量が一定になるまで静置し、乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物を得た。
【0080】
(比較例5)
トリメチルグリシンを添加しない以外は、実施例10と同様にして乾燥体であるセルロースナノファイバー組成物を得た。
【0081】
実施例10、及び比較例5の乾燥体0.01gを水10mlに分散させ、分散液から20μl分取し、50倍希釈して原子間力顕微鏡(AFM)観察用サンプルを調製した。観察用サンプルをマイカ基板上に20μl滴下し、風乾させたものをAFMにて観察した。実施例10、及び比較例5のAFM画像をそれぞれ
図4及び5に示す。
【0082】
AFM観察の結果、実施例10(
図4)では、変性セルロースナノファイバーの絡み合いは多少見られたものの、シングルナノサイズまで再分散されているものが多く、また、繊維長が長い変性セルロースナノファイバーが観察された。
【0083】
一方、ベタイン化合物を添加しない比較例5(
図5)では、シングルナノサイズまで再分散されている部分も存在したが、変性セルロースナノファイバーの太い凝集物や大きな絡み合いが大部分を占めていた。