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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022102787
(43)【公開日】2022-07-07
(54)【発明の名称】複合酸化物
(51)【国際特許分類】
   C01G 51/00 20060101AFI20220630BHJP
   H01M 8/12 20160101ALN20220630BHJP
   H01M 8/1246 20160101ALN20220630BHJP
【FI】
C01G51/00 A
H01M8/12 101
H01M8/1246
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020217739
(22)【出願日】2020-12-25
(71)【出願人】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高村 仁
(72)【発明者】
【氏名】城前 信太朗
(72)【発明者】
【氏名】大山 旬春
(72)【発明者】
【氏名】井手 慎吾
【テーマコード(参考)】
4G048
5H126
【Fターム(参考)】
4G048AA05
4G048AB02
4G048AC06
4G048AD03
4G048AD08
4G048AE07
5H126AA06
5H126BB06
5H126GG13
5H126JJ00
5H126JJ05
5H126JJ06
5H126JJ08
(57)【要約】
【課題】電子伝導性、酸化物イオン伝導性及び酸素表面交換反応速度のいずれもが高い値を示す複合酸化物を提供すること。
【解決手段】本発明の複合酸化物は式(1):A1.00-yで表され、ペロブスカイト型構造を有する。式(1)中、Aは、一種又は二種以上の2価の金属元素を表す。Bは、平均原子価が3価以上4価以下である一種又は二種以上の金属元素を表す。Cは、平均原子価が2価以上4価以下である一種又は二種以上の金属元素であって且つB以外の金属元素を表す。xは0.95以上1.05以下の数を表す。yは0.65以上0.95以下の数を表す。zは2.3以上3.1以下の数を表す。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(1)で表され、ペロブスカイト型構造を有する複合酸化物。
1.00-y(1)
式(1)中、
Aは、一種又は二種以上の2価の金属元素を表し、
Bは、平均原子価が3価以上4価以下である一種又は二種以上の金属元素を表し、
Cは、平均原子価が2価以上4価以下である一種又は二種以上の金属元素であって且つB以外の金属元素を表し、
xは0.95以上1.05以下の数を表し、
yは0.65以上0.95以下の数を表し、
zは2.3以上3.1以下の数を表す。
【請求項2】
格子体積が207Å以上210Å以下である、請求項1に記載の複合酸化物。
【請求項3】
電子及び酸化物イオンによる伝導性を有するn型混合伝導体である、請求項1又は2に記載の複合酸化物。
【請求項4】
300℃以上900℃以下の温度においてSeebeck係数が負である、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の複合酸化物。
【請求項5】
800℃において5.0×10-4S/cm以上の酸化物イオン伝導度を有する、請求項1ないし4のいずれか一項に記載の複合酸化物。
【請求項6】
800℃において5.0S/cm以上の全電気伝導度を有する、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の複合酸化物。
【請求項7】
600℃における酸素表面交換反応速度が1.0×10-5mol/m2/s以上である、請求項1ないし6のいずれか一項に記載の複合酸化物。
【請求項8】
式(1)中のAは一種又は二種以上の第2族元素である、請求項1ないし7のいずれか一項に記載の複合酸化物。
【請求項9】
式(1)中のBは一種又は二種以上の3d遷移金属元素である、請求項1ないし8のいずれか一項に記載の複合酸化物。
【請求項10】
式(1)中のCはB以外の一種又は二種以上の3d遷移金属元素である、請求項1ないし9のいずれか一項に記載の複合酸化物。
【請求項11】
式(1)中のAがCaであり、BがMnであり、CがCoである、請求項1ないし10のいずれか一項に記載の複合酸化物。
【請求項12】
請求項1ないし11のいずれか一項に記載の複合酸化物を含む電気化学素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は複数種の金属の複合酸化物に関する。本発明の複合酸化物は、酸化物イオン伝導性を利用した種々の電気化学素子に特に好適に用いられる。
【背景技術】
【0002】
固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、酸化物イオン伝導性を有する固体セラミックスを電解質に用いる燃料電池である。SOFCは、高いエネルギー変換効率と高い出力密度を有する。SOFCは高い温度で作動することから、他の種類の燃料電池に必要とされている高価な貴金属触媒が不要であるという利点を有する。またSOFCは、燃料の内部改質が可能であることから、水素に限らず炭化水素なども燃料として直接利用できるという利点も有する。更にSOFCでは廃熱を回収利用することが可能であることから、高いエネルギー変換効率の達成が可能である。
【0003】
上述した各種の利点を有するSOFCは、高温で作動することに起因して、従来、熱による劣化の速さ、熱衝撃による不具合、起動時間が長さなどの欠点が指摘されてきた。そこで、従来よりも低温で動作可能なIT-SOFCの開発が進められている。しかしIT-SOFCにおいては、作動温度が低温となることに起因して単セル性能が低下してしまう。この原因は単セルの電極を含む内部抵抗の上昇にある。つまり作動温度の低下によってカソード反応抵抗が著しく上昇することが、単セル性能の低下の原因である。そこでIT-SOFCの内部抵抗を低くし、エネルギー変換効率を高めるために、カソード反応の促進が課題となっている。
【0004】
SOFCのカソード反応を促進させるための一つの手段として、酸化物イオン及び電子の双方の伝導が可能な混合伝導体、すなわちn型混合伝導体をカソードとして用いることが考えられる。そのような混合伝導体に関する従来の技術としては例えば非特許文献1に記載のものが知られている。同文献においては、n型混合伝導体であるBa1-yNdIn1-xMn3-δが提案されている。この物質はBa-In複合酸化物にNd及びMnを共ドープしたものであり、ペロブスカイト型構造を有している。この物質はSeebeck係数が負であり、酸化物イオン伝導性を示す。つまりn型混合伝導体である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Chem. Mater. 2019, 31, 2713-2722
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載の物質においては、ある程度の電子伝導性及び酸化物イオン伝導性が認められる。しかしそれらの伝導性の高さはSOFCのカソード材料として未だ満足すべきものではなく実用に適さない。また、酸素表面交換反応速度も満足する値が得られない。
したがって本発明の課題は、電子伝導性、酸化物イオン伝導性及び酸素表面交換反応速度のいずれもが高い値を示す複合酸化物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の式(1)で表され、ペロブスカイト型構造を有する複合酸化物を提供するものである。
1.00-y(1)
式(1)中、
Aは、一種又は二種以上の2価の金属元素を表し、
Bは、平均原子価が3価以上4価以下である一種又は二種以上の金属元素を表し、
Cは、平均原子価が2価以上4価以下である一種又は二種以上の金属元素であって且つB以外の金属元素を表し、
xは0.95以上1.05以下の数を表し、
yは0.65以上0.95以下の数を表し、
zは2.3以上3.1以下の数を表す。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、電子伝導性、酸化物イオン伝導性及び酸素表面交換反応速度のいずれもが高い値を示す複合酸化物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】各実施例で得られた複合酸化物のX線回折測定の結果を示すグラフである。
図2】各実施例で得られた複合酸化物のSeebeck係数の温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明は複合酸化物に関するものである。本発明の複合酸化物は以下の式(1)で表されるものである。
1.00-y(1)
式(1)中、A、B及びCはそれぞれ異なる金属元素を表す。したがって本発明の複合酸化物は、少なくとも三種類の異なる金属元素を含むものである。本発明においては、A、B及びCの金属元素として、適切なものを選択し且つ各金属元素の含有割合を適切に制御することで、従来よりも電子伝導性、酸化物イオン伝導性及び酸素表面交換反応速度のいずれもが高い値を示すペロブスカイト型構造の複合酸化物を得ることができる。
【0011】
式(1)におけるAで表される金属元素(以下、便宜的に「A元素」ともいう。)としては2価の元素が用いられる。A元素は一種を単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0012】
A元素は上述のとおり2価の原子価を有するものである。特にA元素が2価の原子価のみを有するものであると、電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有するペロブスカイト型構造の複合酸化物を容易に合成し得る。この観点からA元素は第2族元素であることが好ましい。第2族元素のうち、特にCa、Sr及びBaからなる群より選択される一種又は二種以上の元素を用いることが、電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有する複合酸化物を一層容易に得る観点から好ましく、特に好ましくはCaを用いる。
【0013】
本発明の複合酸化物において、A元素の含有割合は、式(1)で表されるxが0.95以上1.05以下の範囲の数となるように調整されると、電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有するペロブスカイト型構造の複合酸化物を容易に合成し得る。この観点から、xの値は0.97以上1.03以下であることが好ましく、0.99以上1.01以下であることが更に好ましい。
【0014】
式(1)におけるBで表される金属元素(以下、便宜的に「B元素」ともいう。)としては平均原子価が3価以上4価以下である元素が用いられる。B元素は一種を単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0015】
「平均原子価が3価以上4価以下である」とは、本発明の複合酸化物に含まれるB元素の原子価が3価若しくは4価であること、又はB元素の原子価が一意に定まらず、B元素が複数の原子価の状態で複合酸化物中に存在し、その平均原子価が3価以上4価以下であることを意味する。この平均原子価はΣ(Vi×Mi/100)で表される。式中Viは原子価を表し、Miは原子価がViであるB元素の原子数比(at%)を表す。
【0016】
本発明の複合酸化物が二種以上のB元素を含む場合若しくは複数の原子価の状態で複合酸化物中に存在する場合には、B元素の平均原子価はΣ(Vi×Mi/100)で表される。式中ViはB元素の原子価を表し、Miは原子価がViであるすべてのB元素の原子数比(at%)を表す。
【0017】
電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有するペロブスカイト型構造の複合酸化物を一層容易に合成できる観点及び、高い電子伝導性と高い酸化物イオン伝導性を発現させる観点から、B元素の平均原子価は、3.2価以上4.0価以下であることが好ましく、3.3価以上3.9価以下であることが更に好ましい。
【0018】
B元素は2種以上の原子価を有するものであってもよい。B元素が3価以上4価以下の平均原子価を有するものであることに起因して、高い電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有するペロブスカイト型構造の複合酸化物の合成が容易である。この観点からB元素として遷移金属元素を用いることが好ましい。特に遷移金属元素のうち3d遷移金属元素を用いることが好ましい。3d遷移金属元素としては、Mn、Sc及びTiからなる群より選択される一種又は二種以上の元素を用いることが好ましく、特に好ましくはMnを用いる。
【0019】
本発明の複合酸化物に含まれるB元素の原子価は一般に、蛍光X線分析(XRF)、X線光電子分光分析装置(ESCA)、X線吸収微細構造解析(XAFS)、電子エネルギー損失分光(EELS)及び軟X線発光分光法(SXES)等の機器分析法や、滴定法などを用いて測定することができる。
【0020】
本発明の複合酸化物において、B元素の含有割合は、式(1)で表されるyが0.65以上0.95以下の範囲の数となるように調整されている。これは電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有するペロブスカイト型構造の複合酸化物を容易に合成できる観点及び、高い電子伝導性と高い酸化物イオン伝導性を発現させる観点からこの範囲としている。この観点から、yの値は0.70以上0.90以下であることが好ましく、0.75以上0.85以下であることが更に好ましい。
【0021】
式(1)におけるCで表される金属元素(以下、便宜的に「C元素」ともいう。)としては平均原子価が2価以上4価以下である元素が用いられる。C元素はB元素以外の金属元素である。C元素は一種を単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0022】
本発明の複合酸化物が二種以上のC元素を含む場合又はC元素が複数の原子価の状態で複合酸化物中に存在する場合には、C元素の平均原子価はΣ(Vi×Mi/100)で表される。式中ViはC元素の原子価を表し、Miは原子価がViであるすべてのC元素の原子数比(at%)を表す。高い電子伝導性と高い酸化物イオン伝導性を保持し、高い酸素交換反応速度を発現させる観点から、C元素の平均原子価は、2.4価以上3.4価以下であることが好ましく、2.6価以上3.2価以下であることが更に好ましい。
【0023】
C元素は上述のとおり2価以上4価以下の平均原子価を有するものである。平均原子価がこの範囲内であれば、C元素は任意の原子価をとることができる。例えばC元素は2価、3価又は4価のうちのいずれかの原子価のみを有するものであってもよい。またC元素は2種以上の原子価を有するものであってもよい。特にC元素は少なくとも2価、3価又は4価のうちのいずれかの原子価を有するものであることにより、高い電子伝導性と高い酸化物イオン伝導性を維持し且つ高い酸素交換反応速度が得られる。この観点からC元素として遷移金属元素を用いることが好ましい。特に、遷移金属元素のうち3d遷移金属元素を用いることが好ましい。3d遷移金属元素としては、上述したB元素以外の元素であって、Co、Ni、Cu及びFeからなる群より選択される一種又は二種以上の元素を用いることが好ましく、特に好ましくはCoを用いる。
【0024】
本発明の複合酸化物において、C元素の含有量は、式(1)の(1-y)で表されるところ、このyが0.65以上0.95以下の範囲の数となるように調整されることにより、電子伝導性、酸化物イオン伝導性及び酸素表面交換反応速度のいずれもが高い値を示すペロブスカイト型構造の複合酸化物を得ることができる。この観点から、yの値は0.70以上0.90以下であることが好ましく、0.75以上0.85以下であることが更に好ましい。
【0025】
本発明の複合酸化物に含まれる酸素の割合が、式(1)で表されるzが2.3以上3.1以下の範囲の数となるように調整されることで、電子伝導性及び酸化物イオン伝導性の発現と、ペロブスカイト型構造の維持とが可能となる。この観点から、zの値は2.4以上2.95以下であることが好ましく、2.5以上2.9以下であることが更に好ましい。特にzの値は、本発明の複合酸化物が酸素欠損状態となるような数に調整されることが好ましい。
【0026】
式(1)におけるx及びyの値はICP発光分光分析によって測定できる。zの値は、ヨードメトリー法などを用いて測定することができる。
【0027】
式(1)で表される複合酸化物のうち特に好ましいものは、CaMnCo1.00-y、SrMnCo1.00-yである。これらの複合酸化物は高電子伝導性及び高酸化物イオン伝導性を有する。なお、式(1)において、本発明の効果を損なわない範囲において、多少の組成のずれや不純物の存在は許容される。
【0028】
本発明の複合酸化物は、その結晶構造がペロブスカイト型構造であることが、高電子伝導性及び高酸化物イオン伝導性の発現の点から必要である。この観点から、本発明の複合酸化物は、式(2):ABOで表されるペロブスカイト型構造を有する複合酸化物におけるB元素のサイトの一部をC元素で置換し且つ酸素欠損を生じさせた構造であることが好ましい。
ペロブスカイト型構造には立方晶、斜方晶及び正方晶などのユニットセルを有するものがある。本発明の複合酸化物が、これらのうちいずれかのユニットセルを有するようにするためには、例えばA元素、B元素及びC元素の組み合わせを適切に選択したり、これらの元素の含有割合を適切に選択したりすればよい。
本発明の複合酸化物がいずれの結晶構造を有するか否かは、X線回折測定によって判断できる。
【0029】
上述のとおり本発明の複合酸化物は、ABOで表されるペロブスカイト型構造を有する複合酸化物におけるB元素のサイトの一部をC元素で置換したものであることが好ましい。したがって本発明の複合酸化物における格子定数はC元素の種類やその置換量に応じて変化する。また、その格子体積を好ましくは207Å以上210Å以下の範囲とすることで、電子伝導性、酸化物イオン伝導性及び酸素表面交換反応速度のいずれもが高い値を示す複合酸化物が合成可能であることが判明した。これらの利点を一層顕著にする観点から、格子体積は207.5Å以上209.0Å以下であることが更に好ましく、208.2Å以上208.8Å以下であることが一層好ましい。
格子体積は、本発明の複合酸化物をX線回折測定に付して求められたユニットセルの種類及びその格子定数から算出される。
【0030】
本発明の複合酸化物は、その使用環境下においてn型混合伝導体の特性を示す。このことにより、該複合酸化物を例えば固体酸化物形燃料電池等の電気化学素子の電極として用いた場合に、酸素分子と酸化物イオンとの間での酸化還元反応が促進されやすい。n型混合伝導体とは、電子及び酸化物イオンを電荷担体とする伝導体のことである。換言すれば、電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有する伝導体のことである。これに対してp型混合伝導体も知られている。p型混合伝導体とは、ホール伝導性及び酸化物イオン伝導性を有する伝導体のことである。
p型混合伝導体は一般にフェルミ準位が低く、酸素分子と酸化物イオンとの間での酸化還元反応に寄与する電子密度が低いと考えられている。これに対してn型混合伝導体は、一般にフェルミ準位から伝導帯までのエネルギーが小さく、酸素分子と酸化物イオンとの間での酸化還元反応に寄与する活性化電子が多いと考えられている。その結果、n型混合伝導体を電気化学素子の電極として用いることで、酸素分子と酸化物イオンとの間での酸化還元反応がより促進されると考えられる。
【0031】
本発明の複合酸化物の使用温度は、該複合酸化物が電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を示す限りにおいて広い温度範囲から選択し得る。なお、ある物質がn型伝導体の性質を有するか、それともp型半導体の性質を有するかは、その物質のSeebeck係数で判断できる。Seebeck係数が負である物質はn型伝導体の性質を有し、逆にSeebeck係数が正である物質はp型半導体の性質を有する。本発明の複合酸化物は好ましくは900℃以下、更に好ましくは700℃以下、一層好ましくは500℃以下の温度においてSeebeck係数が負であることが、本発明の複合酸化物を電気化学素子の電極として用いる場合に有利となる。Seebeck係数が負である温度の下限値に特に制限はなく低ければ低いほど望ましいが、300℃程度の温度でも負の値を示せば、本発明の複合酸化物をより低温で作動する電気化学素子の電極として有効に活用できる。以上の観点から、本発明の複合酸化物は300℃以上900℃以下の温度においてSeebeck係数が負であることが好ましい。
【0032】
上述のとおり、本発明の複合酸化物は電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有する。本発明の複合酸化物においては、電子伝導度及び酸化物イオン伝導度の総和である全電気伝導度は、800℃において5.0S/cm以上であることが好ましく、8.0S/cm以上であることが更に好ましく、10.0S/cm以上であることが一層好ましい。全電気伝導度の値に上限は特にないが、典型的には1000S/cmである。全電気伝導度の測定方法は、後述する実施例において説明する。
【0033】
本発明の複合酸化物においては、酸化物イオン伝導度が800℃において5.0×10-4S/cm以上であることが好ましく、8.0×10-4S/cm以上であることが更に好ましく、1.0×10-3S/cm以上であることが一層好ましい。酸化物イオン伝導度の値に上限は特にないが、典型的には1.0×10-1S/cmである。酸化物イオン伝導度の測定方法は、後述する実施例において説明する。
【0034】
本発明の複合酸化物においては酸素を含む雰囲気下で、以下の式(3)で表される酸素交換反応が起こると考えられる。なお同式はクレーガー=ビンクの表記法に基づくものである。
【0035】
【化1】
【0036】
酸化物イオン伝導性を利用した電気化学素子においては、前記の式(3)が律速段階であると考えられている。したがって本発明の複合酸化物においては、式(3)で表される反応の速度を高めることが有利である。式(3)で表される反応の速度は、後述する酸素表面交換反応速度と関係があり、酸素表面交換反応速度が速いほど、式(3)の反応速度が速い傾向にあることが知られている。本発明の複合酸化物においては600℃における酸素表面交換反応速度は1.0×10-5mol/m/s以上であることが好ましく、9.0×10-5mol/m/s以上であることが更に好ましく、とりわけ1.5×10-4mol/m/s以上であることが一層好ましい。上限は特にないが、典型的には1.0×10-2mol/m/sである。酸素表面交換反応速度の測定方法の詳細は後述する実施例において説明する。
【0037】
次に、本発明の複合酸化物の好適な製造方法について説明する。本発明の複合酸化物は、A元素源、B元素源及びC元素源を所定の比率で混合し、混合物を焼成することによって製造される。各元素源としては、各元素の塩、酸化物及び水酸化物などが挙げられる。特に各元素の塩を用いることが好ましく、とりわけ硝酸塩を用いることが各元素源を均一に分散・混合でき、ペロブスカイト型構造が主相となる複合酸化物が得られやすい点から好ましい。
【0038】
各元素源として硝酸塩を用いる場合には、ペチーニ法を採用することが、各元素の添加量を精密に制御でき、目的とする複合酸化物を首尾よく製造し得る点から好ましい。
ペチーニ法においては、各元素源となる硝酸塩と多価カルボン酸を水に溶かし混合することで、水溶液中にA元素、B元素及びC元素のイオンと多価カルボン酸とのキレート化合物を生成させる。同時に、該キレート化合物と多価アルコールとのエステル化反応で前駆体を生成させる。多価カルボン酸としては、例えばリンゴ酸やクエン酸等を用いることができる。また、多価アルコールとしては、例えばエチレングリコールやプロピレングリコール等を用いることができる。金属元素と多価カルボン酸と多価アルコールとの添加割合は、水溶液中に含まれる金属イオンの総量に対して多価カルボン酸を好ましくは1.5モル以上9モル以下とし、多価アルコールを好ましくは1.5モル以上9モル以下とする。また、エステル化反応を起こし前記の前駆体を生成させるために、溶液を所定温度、例えば80℃以上180℃以下に加熱する。
【0039】
次に、前記の溶液を加熱して蒸発乾固させて固形物を得る。蒸発乾固においては、加熱温度を調整して水分と窒素を除去すること、そして多価カルボン酸を炭化させることが好ましい。この目的のために、蒸発乾固の温度は200℃以上500℃以下とすることが好ましく、220℃以上450℃以下とすることが更に好ましく、250℃以上400℃以下とすること一層好ましい。
【0040】
次に、蒸発乾固によって得られた固形物を仮焼する。仮焼においては、仮焼温度を調整して固形物に含まれている炭素を除去することが好ましい。この目的のために、仮焼温度は700℃以上1000℃以下とすることが好ましく、750℃以上950℃以下とすることが更に好ましく、800℃以上900℃以下とすること一層好ましい。
仮焼時間は1時間以上10時間以下とすることが好ましく、3時間以上7時間以下とすることが更に好ましく、4時間以上6時間以下とすることが一層好ましい。
仮焼雰囲気は特に制限されず工業的には大気雰囲気であることが簡便である。
【0041】
このようにして得られた仮焼物を粉砕して粒径が調整された粉体を得た後、該粉体を所定形状に成形する。成形には、例えば油圧プレスによる一軸プレスと、冷間等方圧プレスとの組み合わせを採用することが好ましい。
【0042】
このようにして得られた成形体を焼成することで目的とする組成を有する複合酸化物からなる焼結体が得られる。焼成温度は1000℃以上1500℃以下とすることが好ましく、1200℃以上1450℃以下とすることが更に好ましく、1250℃以上1400℃以下とすること一層好ましい。
焼成時間は1時間以上20時間以下とすることが好ましく、3時間以上15時間以下とすることが更に好ましく、5時間以上10時間以下とすること一層好ましい。
焼成雰囲気は特に制限されず工業的には大気雰囲気であることが簡便である。
【0043】
このようにして得られた複合酸化物は好適には電子伝導性及び酸化物イオン伝導性を有するn型混合伝導体である。この利点を活かして、該複合酸化物を電気化学セルの電極として用いることができる。本発明の複合酸化物を電気化学セルの電極として用いると、律速段階である電極表面における酸素の還元反応を促進させることができる。その結果、中低温度領域においても高い電極活性を示す。したがって本発明の複合酸化物は、酸素センサ、固体電解質形燃料電池及び酸素透過素子などの酸化物イオン伝導性を利用した電気化学素子の構成材料として有用である。
【実施例0044】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0045】
〔実施例1ないし3〕
A元素源としてCa(NO・4HOを、B元素源としてMn(NO・6HOを、C元素源としてCo(NO・6HOをそれぞれ用いた。
1モルのCa(NO・4HOに対して、3モルのクエン酸及び3モルのプロピレングリコールを添加して溶液を調製した。
Mn(NO・6HOはこれを純水に溶解して1mol/Lの水溶液を調製した。
1モルのCo(NO・6HOに対して、3モルのクエン酸及び3モルのプロピレングリコールを添加して溶液を調製した。
これらの溶液を、カルシウム、マンガン及びコバルトのモル比が以下の表1に示す値となるように混合した。
【0046】
混合溶液を大気雰囲気下に150℃まで加熱して、エステル化反応を起こした。更に300℃まで加熱して蒸発乾固させ固形物を得た。その後、電気炉にて400℃で2時間加熱し炭化処理を行った。この固形物を大気雰囲気下に900℃まで加熱して仮焼物を得た。ボールミルによって仮焼物を粉砕し粉体を得た。油圧機を用い、この粉体を50MPaで3分間一軸プレスして仮成形体を得た。仮成形体を、200MPaで1分間冷間等方圧プレスして本成形体を得た。大気雰囲気下、本成形体を1250℃で10時間焼成して目的とする複合酸化物の焼結体を得た。
【0047】
実施例2の複合酸化物について、高分解能蛍光X線分析によりMn及びCoの平均原子価を測定した。
複合酸化物粉体とセルロース粉末を混合し、アルミニウムリング(内径35mmφ)を用いて混合粉を加圧成型し測定試料を作製した。
測定装置にはXspecia(登録商標、島津製作所製)を用い、試料にX線を照射して得られたMnのKβ1線及びCoのKα1線スペクトルのピークエネルギー(eV)を求めた。Mn価数分析用の検量線は、LiMn(Mn3.5価)及びLiMnO(Mn4.0価)のKβ1線のエネルギーから作成した。Co価数分析用の検量線はCoO(Co2.0価)及びLiCoO(Co3.0価)のKα1線のエネルギーから作成した。これらの検量線を用いて算出された試料中のMn及びCoの平均原子価はMnが3.8であり、Coが2.8であった。
【0048】
〔比較例1〕
本比較例では、先に述べた非特許文献1(Chem. Mater. 2019, 31, 2713-2722)に記載の方法に従いBa0.9Nd0.1In0.7Mn0.33-δ(以下「BNIM」ともいう。)を製造した。
バリウム源としてBa(NOを用いた。ネオジム源としてNd(NO・6HOを用いた。インジウム源としてIn(NO・xHOを用いた。マンガン源としてMn(NO・6HOを用いた。
これら硝酸塩を蒸留水に溶解し、更に該硝酸塩1モルに対して6モルのクエン酸及び6モルのプロピレングリコールを添加した。このようにして得られた溶液を150℃まで加熱した後、大気雰囲気下に400℃まで加熱して蒸発乾固させ固形物を得た。この固形物を大気雰囲気下に900℃まで加熱して仮焼物を得た。ボールミルによって仮焼物を粉砕し粉体を得た。粉体をペレット状に成形して、大気雰囲気下、成形体を1400℃で5時間焼成してBNIMの焼結体を得た。なお得られたBNIMにおけるネオジムの価数は原料のNd(NO・6HOから変動はなく3価である。
【0049】
〔評価1〕
実施例で得られた複合酸化物についてX線回折測定を行い、結晶構造及び格子定数を決定し、更に格子体積を算出した。それらの結果を図1及び表1に示す。図1に示す結果から明らかなとおり、実施例1及び2で得られた複合酸化物は、●で示した斜方晶ペロブスカイト型構造からなる単一相であった。実施例3で得られた複合酸化物では、斜方晶ペロブスカイト型構造からなる主相に加えて、△で示したCaCoMnOの副相及び□で示したCaOの副相も観察された。
【0050】
〔評価2〕
実施例1ないし3で得られた複合酸化物についてSeebeck係数の温度依存性を以下の方法で測定した。その結果を図2に示す。同図に示す結果から明らかなとおり、各実施例で得られた複合酸化物は、300℃以上900℃以下の温度においてSeebeck係数が負であることが分かる。
【0051】
<Seebeck係数>
実施例及び比較例で得られた複合酸化物の焼結体を長さ約13mm×幅2.9mm×厚み2.1mmの直方体に切り出した。この直方体試料の両端に白金電極を設け、更に片方の白金電極側にニクロム線を取り付けた。この試料を大気開放された電気炉に設置し300℃から900℃に加熱した。ニクロム線を加熱し、試料に温度勾配を発生させ、試料の両端で測定した温度差と熱起電力が最大になったときの値から式(4)を用いてSeebeck(ゼーベック)係数を算出した。
【0052】
【数1】
【0053】
〔評価3〕
実施例及び比較例で得られた複合酸化物の焼結体について800℃における酸化物イオン伝導度及び800℃における全電気伝導度を以下の方法で測定した。その結果を表1に示す。
【0054】
<酸化物イオン伝導度>
酸化物イオン伝導度σionは酸素透過流束値jO2から算出した。実施例及び比較例で得られた複合酸化物の焼結体を厚さ1mmになるように研磨し、2つのガラス管の間に焼結体を挟み込みガラスで封止し、電気炉で800℃に加熱した。片方のガラス管側に空気を流通し、反対側にはヘリウムを流通した。ヘリウム流通側のガス組成を、ガスクロマトグラフィーを用いて分析し、酸素透過流束jO2を式(5)を用いて算出した。
【0055】
【数2】
【0056】
式中、QHeはヘリウムの流量(sccm)、Sはガスと接触する焼結体の面積(cm)である。[O]perm(ppm)は透過した酸素の正味の濃度であり、測定された透過側の酸素濃度から、機械的な空気のリーク分に相当する窒素濃度[N](ppm)の1/4が差し引かれた値である。
酸素イオン伝導σionは下記式(6)を用いて算出した。
【0057】
【数3】
【0058】
式中、Rは気体定数、Tは温度(K)、Fはファラデー定数、P′O及びP″Oはそれぞれ空気側の酸素分圧及び透過側の酸素分圧、Lは焼結体の厚み(cm)である。
【0059】
<全電気伝導度>
全電気伝導度の温度依存性は直流二端子法により評価した。測定にはSeebeck係数測定に用いた直方体試料を使用した。管状炉を用い300℃から900℃の範囲で測定を行った。各温度で電気抵抗値から全電気伝導度を算出した。
【0060】
〔評価4〕
実施例及び比較例で得られた複合酸化物について600℃における酸素表面交換反応速度を以下の方法で測定した。その結果を表1に示す。
パルス同位体置換法により酸素表面交換反応速度を評価した。この方法は同位体酸素18Oを追跡することで酸素表面交換反応の速度を見積もる方法である。1616O(32)を含むキャリアガスを流通させた状態で複合酸化物の粉末を熱処理し、そこに同位体酸素1818O(36)を含むガスを一瞬だけ注入した。注入された同位体酸素1818O(36)は試料内の16Oと交換した。その交換量は試料の電気化学的活性に依存することから、酸素表面交換反応速度の算出が可能となる。具体的には、実施例及び比較例で得られた複合酸化物を粉末状に粉砕した。粉砕された粉末を30mgから50mg用い、該粉末を、グラスウールで上下から挟むように内径3mmの石英管内に充填した。この石英管を縦型炉に取り付けた。次いで石英管内にキャリアガス(10%32―N)を50sccm流通し、そこに同位体酸素を含む混合ガス(10%36-He) を自動ガスサンプラー(GL Science Inc.;GS-5000A) を用いてパルス状に導入した。導入前後での1818O(36)、1618O(34)、1616O(32)の比率を質量分析計で測定することにより酸素表面交換反応速度を測定した。酸素表面交換反応速度Rは、気相中の酸素モル数n、平均ガス滞在時間τ、粉末試料の比表面積S、入口側18O分率fin 18 、出口側18O分率fex 18 を用いて、次の式(7)で表される。
【0061】
【数4】
【0062】
式中、Rは単位面積、単位時間当たりの酸素のモル量である。Sは試料の比表面積であり、窒素吸着法により測定され、BET法により算出した。f18は以下の式(8)で計算される。
【0063】
【数5】
【0064】
式中、f361818O(36)分率、f341618O(34)分率である。
【0065】
【表1】
【0066】
表1に示す結果から明らかなとおり、各実施例で得られた複合酸化物は、比較例の複合酸化物に比べて酸化物イオン伝導度及び全電気伝導度が高いことが分かる。
また、各実施例で得られた複合酸化物は、比較例の複合酸化物に比べて酸素表面交換反応速度が高いことが分かる。
図1
図2