(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022103480
(43)【公開日】2022-07-08
(54)【発明の名称】甲状腺刺激ホルモン受容体阻害性自己抗体の活性測定法およびキット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20220701BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220701BHJP
【FI】
G01N33/53 N
C12Q1/02
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020218126
(22)【出願日】2020-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】保科 元気
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA05
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QQ22
4B063QQ44
4B063QQ79
4B063QR33
4B063QR48
4B063QR59
4B063QS02
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】TSHの添加による競合阻害原理を用いた、短時間での阻害性自己抗体活性測定法を確立すること。
【解決手段】cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、被験者から採取された血液試料およびTSHの存在下でインキュベートする工程(a);
工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程(b);及び、
工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較することで、試料中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体の活性を算定する工程(c);
の工程(a)~(c)を含む、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体活性測定方法であって、すべての工程をPEG濃度5%以下またはPEGの非存在下で行うことを特徴とする、阻害性自己抗体活性の測定法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、被験者から採取された血液試料およびTSHの存在下でインキュベートする工程(a);
工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程(b);及び、
工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較することで、試料中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体の活性を算定する工程(c);
の工程(a)~(c)を含む、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体活性測定方法であって、すべての工程をPEG濃度5%以下の条件下で行うことを特徴とする、阻害性自己抗体活性の測定法。
【請求項2】
cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、被験者から採取された血液試料およびTSHの存在下でインキュベートする工程(a);
工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程(b);及び、
工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較することで、試料中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体の活性を算定する工程(c);
の工程(a)~(c)を含む、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体活性測定方法であって、すべての工程をPEGの非存在下で行うことを特徴とする、阻害性自己抗体活性の測定法。
【請求項3】
工程(a)のインキュベート時間が60分以下である、請求項1又は2記載の阻害性自己抗体活性の測定法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甲状腺刺激ホルモン(TSH;Thyroid Stimulating Hormone)受容体阻害性自己抗体の活性の測定方法及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
TSH受容体は、甲状腺細胞膜上に存在するTSHの受容体である。脳下垂体から分泌されたTSHがTSH受容体に結合すると、その刺激によりTSHの分泌及び合成が行われる。甲状腺疾患の1つであるバセドウ病は、TSH受容体に対して刺激活性を有する、刺激型の自己抗体(Thyroid Stimulating Antibody;TSAb)がTSH受容体を過剰に刺激し、甲状腺機能が亢進することによって発症する。一方、TSH受容体に対する阻害型の自己抗体(Thyroid stimulation Blocking Antibody;TSBAb)は、TSH受容体に結合することで、TSHの受容体への結合を阻害し、結果として甲状腺機能の低下を引き起こす。甲状腺関連疾患の診断では、これらTSAbおよびTSBAbのような自己抗体の測定による方法が従来用いられている。
【0003】
例えば従来、TSAbまたはTSBAbに起因する甲状腺疾患の判定を行うための自己抗体活性の測定法およびキットとして、cAMP結合領域を含むレポータータンパク質などのを、被験者由来の試料存在下でインキュベートした後、当該cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定することで、自己抗体活性の測定を短時間で行うことを可能とした測定法が知られる(特許文献1)。
【0004】
また、TSBAbの測定方法としては、例えば、ヒトTSH受容体およびcAMP依存性カルシウムチャネルを哺乳類細胞に発現させた後、当該細胞に試料およびTSHを添加し、産生されるcAMPの量を定量することで、試料中に含まれるTSBAbによるTSHへの競合阻害のレベルを検出し、TSBAbを定量する方法などが知られる(特許文献2~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2020/050208
【特許文献2】WO2011/001885
【特許文献3】特開2016-032472号公報
【特許文献4】特開2017-192396号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の、短時間での自己抗体活性測定法(特許文献1)では、阻害性自己抗体の測定方法として、目的試料存在下と対照存在下でそれぞれ細胞をインキュベートし、バイオセンサーの活性化レベルを検出・比較することで、刺激性自己抗体と阻害性自己抗体の活性バランスを判定する方法が記載されている一方、インキュベート時にTSHを添加することで、阻害性自己抗体と添加TSHの競合阻害によって阻害性自己抗体の活性を検出する方法については記載されておらず、検討もしていない。
【0007】
したがって本願発明は、TSHの添加による競合阻害原理を用いた、短時間での阻害性自己抗体活性測定法を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者は、鋭意検討を行った結果、従来の競合阻害を用いた阻害性自己抗体の活性測定法やcAMPバイオセンサーを用いた自己抗体活性測定法において常識的に系に持ち込まれていたポリエチレングリコール(PEG)が5%より多く含有されていると、添加TSHによる競合阻害原理を用いた測定法において短時間での阻害活性の検出が不可能となることを全く新たに見出した。
【0009】
従って、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、被験者から採取された血液試料およびTSHの存在下でインキュベートする工程(a);
工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程(b);及び、
工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較することで、試料中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体の活性を算定する工程(c);
の工程(a)~(c)を含む、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体活性測定方法うに当たり、すべての工程をPEG濃度5%以下またはPEG非存在の条件下で行うことにより、TSHによる競合阻害原理を用いた測定法において短時間での阻害活性の検出が可能となることを見出し、本発明を完成させた。
【発明の効果】
【0010】
本願発明の方法によれば、競合阻害原理を利用したTSBAbのような阻害性自己抗体の活性測定において、短時間で活性を測定することができ、効率的な疾患の判定や判定の補助を行う際にきわめて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、異なるPEG濃度条件下において、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、試料およびTSHの存在下で20分間インキュベートしたときの、各試料のTSBAb阻害率(%)を示す。
【
図2】
図2は、異なるPEG濃度条件下において、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、試料およびTSHの存在下で30分間インキュベートしたときの、各試料のTSBAb阻害率(%)を示す。
【
図3】
図3は、異なるPEG濃度条件下において、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、試料およびTSHの存在下で40分間インキュベートしたときの、各試料のTSBAb阻害率(%)を示す。
【
図4】
図4は、異なるPEG濃度条件下において、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、試料およびTSHの存在下で60分間インキュベートしたときの、各試料のTSBAb阻害率(%)を示す。
【
図5】
図5は、異なるPEG濃度条件下において、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、試料およびTSHの存在下で120分間インキュベートしたときの、各試料のTSBAb阻害率(%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の測定方法は、
cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を、被験者から採取された血液試料およびTSHの存在下でインキュベートする工程(a);
工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程(b);及び、
工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較することで、試料中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体の活性を算定する工程(c);
の工程(a)~(c)を含む、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体活性測定方法において、すべての工程をPEG濃度5%以下の条件下で行うことを特徴とする、阻害性時抗体活性の測定法(以下、「本件測定方法」ということがある)に関するものである。
【0013】
また、本発明の測定用キットは、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が発現する哺乳動物細胞と、前記cAMPバイオセンサーの可視化及び/又は定量が可能な基質とを構成成分として含有する、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体活性の測定に用いるためのキット(以下、「本件測定キット」ということがある)であり、本件測定キットは、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体活性の測定に用いるためのキットに関する用途発明であり、かかるキットは、一般にこの種の測定キットに用いられる成分、例えば、担体、pH緩衝剤、安定剤、増感剤、希釈液の他、取扱説明書、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する阻害性自己抗体活性を測定するための説明書等の添付文書を含んでもよい。
【0014】
本明細書において、「TSH受容体阻害性自己抗体」とは、TSH受容体を直接的又は間接的に阻害(不活性化)できる自己抗体、例えば、TSHのTSH受容体への結合を直接的又は間接的に阻害するアンタゴニスト(例えば、アンタゴニスト作用を有する抗TSH抗体[TSBAb])を意味する。
【0015】
本明細書において、「cAMPバイオセンサー」とは、哺乳動物細胞中のcAMPの産生量及び/又は濃度に依存し、可視化(イメージング)及び/又は定量可能な、自身に由来する指標(例えば、酵素活性レベル、発色レベル、発光[蛍光]レベル)が変化するタンパク質を意味する。上記cAMPバイオセンサーは、通常、cAMP結合領域を有し、かかるcAMP結合領域にcAMPが結合することにより、cAMPバイオセンサーの立体構造が変化し、不活性化状態から活性化状態への変化、不可視化状態から可視化状態への変化等のアロステリックな効果を有する。
【0016】
上記cAMPバイオセンサーとしては、例えば、cAMP結合領域(例えば、プロテインキナーゼA[PKA]の制御サブユニット由来のcAMP結合領域、Epac1由来のcAMP結合領域)を含むレポータータンパク質(例えば、HRP[horseradish peroxidase];アルカリホスファターゼ;β-D-ガラクトシダーゼ;緑色発光ルシフェラーゼ[SLG]、橙色発光ルシフェラーゼ[SLO]、赤色発光ルシフェラーゼ[SLR]等のルシフェラーゼ;緑色蛍光タンパク質[GFP]、赤色蛍光タンパク質[DsRed]、シアン色蛍光タンパク質[CFP]等の蛍光タンパク質)を挙げることができ、具体的には、PKAの制御サブユニット由来のcAMP結合領域を含むルシフェラーゼであるGloSensor cAMP(Promega社製)や、Epac1由来のcAMP結合領域を含む赤色蛍光タンパク質であるPink Flamindo(Pink Fluorescent cAMP indicator)(文献「Harada K., et al., Sci Rep. 2017 Aug 4;7(1):7351. doi: 10.1038/s41598-017-07820-6.」参照)を挙げることができ、本実施例において、その効果が実証されているため、GloSensor cAMP(Promega社製)が好ましい。また、上記cAMPバイオセンサーとしては、cAMPに対する特異性が、cGMPに対する特異性よりも高いものが好ましく、ここで、cAMPに対する特異性を1としたときのcGMPの特異性は、例えば、1/10以下、好ましくは1/30以下、より好ましくは1/60以下、さらに好ましくは1/100以下である。
【0017】
上記哺乳動物細胞としては、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が、一過的(transient)又は安定的(stable)に発現する哺乳動物細胞であればよく、外来性のcAMPバイオセンサーを発現し、かつ、内在性のTSH受容体を発現する哺乳動物細胞(例えば、哺乳類甲状腺細胞)であっても、外来性のcAMPバイオセンサーを発現し、かつ、外来性のTSH受容体を発現する哺乳類非甲状腺細胞(例えば、ヒト胎児腎細胞由来細胞株[HEK293細胞、HEK293T細胞等]、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株[CHO細胞]、ヒト骨肉腫細胞株[U2OS細胞])であってもよい。中でも、GloSensor cAMP(Promega社製)と組み合わせた際に高い発光値やシグナル誘導倍率を示すことから、ヒト胎児腎細胞由来細胞株が好ましい。
【0018】
上記哺乳動物細胞としては、Gタンパク質をコードする遺伝子をノックアウトした細胞株であってもよく、具体的にはGNAL遺伝子(Gαolfタンパク質をコードする遺伝子)をノックアウトした哺乳動物細胞であってもよく、GNAS遺伝子(Gαsタンパク質をコードする遺伝子)をノックアウトした哺乳動物細胞であってもよく、これら両方の遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞であってもよい。同時に、上記哺乳動物細胞としては、外来性のGタンパク質、具体的には外来性のGαs、あるいはGαi、Gαq、Gα12、Gα12とのキメラGαsを発現した哺乳動物細胞であってもよい。TSH受容体刺激性自己抗体に起因する甲状腺疾患においては、複数のGタンパク質が活性化される可能性が示唆されているが、上記遺伝子のノックアウト及び/又は外来性Gタンパク質あるいはキメラGタンパク質の発現により、細胞中で発現するGタンパク質を選択し、各Gタンパク質の活性化について詳細な調査が可能となることから、本発明はGPCR活性化後の各シグナル伝達経路におけるシグナル強度の調査ツールとして有用である。
【0019】
GNAS遺伝子やGNAL遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞としては、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子にヌクレオチドを挿入したり、前記GNAS遺伝子やGNAL遺伝子のヌクレオチドを欠失することにより、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊した哺乳動物細胞であればよく、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊するために、相同組換えを利用してヌクレオチドを欠失させたり挿入したりすることにより遺伝子を破壊する方法を用いてもよいが、費用対効果や時間対効果の観点から、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(文献「Urnov, F.D. et al (2010) Nature Review Genetics. 11, 636-646」)や、前記ジンクフィンガーヌクレアーゼを改良したタンパク質(特開2013-94148号公報)や、ガイドRNA(sgRNA;single-guide RNA)とCas9エンドヌクレアーゼ(文献「Cong et al (2013) Science 339, 819-823」)等を用いて、GNAS遺伝子やGNAL遺伝子領域の2本鎖DNAを切断し、相同組換え修復時にヌクレオチドの欠失や挿入が起こることを利用して遺伝子を破壊する方法(遺伝子ターゲッティング法)を用いることが好ましく、特にsgRNAとCas9エンドヌクレアーゼを用いた遺伝子ターゲッティング法を用いることがより好ましい。
【0020】
なお、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊する際、標的とするヌクレオチド配列を選択するために、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)のデータベースにリンクし、以下のGene IDを基に、ヒト由来のGNAS遺伝子やGNAL遺伝子の塩基配列情報を参照したり、これら遺伝子のオーソログ遺伝子(チンパンジー、マウス、ラット、ウシ等)を参照することができる。
GNAS遺伝子(Gene ID2778)
GNAL遺伝子(Gene ID2774)
【0021】
外来性のcAMPバイオセンサー、外来性のTSH受容体、及び/又は外来性のGタンパク質、例えばGαsを発現する哺乳動物細胞は、この分野で一般的に用いられている遺伝子工学的手法により作製することができる。例えば、プロモーター(例えば、サイトメガロウイルス[CMV]のIE[immediate early]遺伝子のプロモーター、SV40[Simian virus 40]の初期プロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、SRαプロモーター、NFATプロモーター、HIFプロモーター)と、かかるプロモーターの下流に作動可能に連結されているcAMPバイオセンサーをコードする遺伝子、TSH受容体をコードする遺伝子、及び/又Gαsをコードする遺伝子(GNAS遺伝子)を含むベクター(例えば、pcDNA3.1(+)、pcDM8、pAGE107、pAS3-3、pCDM8)を、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAE(Diethylaminoethyl)デキストラン法、ウイルス感染法等の方法を用いて、哺乳動物細胞へ導入(トランスフェクション)することにより得ることができる。
【0022】
本明細書において、哺乳動物細胞としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄類、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の細胞を例示することができ、中でも、マウス、ブタ、又はヒト由来の細胞を好適に例示することができる。
【0023】
上記血液試料としては、血液そのものや、血液から調製された血清又は血漿を挙げることができ、血清が好ましい。
【0024】
上記TSHとしては、各種動物試料から抽出したものであっても良く、遺伝子組換法等によって人為的に合成されたものであっても良く、市販品を利用することも可能である。TSHの由来は、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄類、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等などを例示することができ、中でも、ウシまたはヒト由来のTSHを好適に例示することができる。これらTSHの由来は、動物細胞上に発現させるTSH受容体の由来と同一であっても良く、異なっていても良い。
【0025】
上記工程(a)において、哺乳動物細胞をインキュベートする方法としては、TSH受容体阻害性自己抗体が、添加TSHによる哺乳動物細胞におけるTSH受容体の活性化を競合阻害し、かかる競合阻害により細胞内のcAMP産生量がTSHのみを添加したTSBAb無添加区と比べて低下し、cAMPバイオセンサーに結合するcAMP産生量がTSBAb無添加区に比べて低下し、cAMPバイオセンサーの活性化を対象に比べて低下させることができる条件下でインキュベートする方法であればよく、インキュベート時間、インキュベート温度、インキュベート用液の種類等の条件は、哺乳動物細胞の性質や、測定対象の活性化レベルの性質も考慮して適宜選択することができる。
【0026】
上記インキュベート時間は、例えば、5分~2時間の範囲内、好ましくは10分~1.5時間の範囲内、より好ましくは20分~1時間の範囲内であり、上記インキュベート温度は、例えば、14~40℃の範囲内であり、好ましくは20~38℃の範囲内である。
【0027】
上記インキュベート用液としては、例えば、0.1~30(v/v)%の血清(ウシ胎児血清[Fetal bovine serum;FBS]、子牛血清[Calf bovine serum;CS]等)を含有する生理的水溶液、無血清の生理的水溶液を挙げることができる。かかる生理的水溶液としては、例えば、哺乳動物細胞培養用培養液;生理食塩水;リン酸緩衝化生理食塩水;トリス緩衝化生理食塩水;HEPES緩衝化生理食塩水;乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液等のリンゲル液;5%グルコース水溶液を挙げることができる。また、上記哺乳動物細胞培養用培養液としては、具体的には、DMEM、EMEM、IMDM、RPMI1640、αMEM、F-12、F-10、M-199、AIM-V等を挙げることができる。また、上記無血清の哺乳動物細胞培養用培養液としては、例えば、市販のB27サプリメント(-インスリン)(Life Technologies社製)、N2サプリメント(Life Technologies社製)、B27サプリメント(Life Technologies社製)、Knockout Serum Replacement(Invitrogen社製)等の血清代替物を適量(例えば、1~30%)添加した上記哺乳動物細胞培養用培養液を挙げることができる。さらに、インキュベート用液としては、特許文献1等のcAMP検出系に関する公知文献にて慣用されている、ホスホジエステラーゼ阻害剤(例えば、3-イソブチル-1-メチルキサンチン[IBMX]やテオフィリン等)を含有したものであってもよいが、ホスホジエステラーゼ阻害剤の存在により、バックグラウンドの値が高くなり、十分なS/N比が確保されず、定量的な測定が困難になる場合は、ホスホジエステラーゼ阻害剤を含有しないものが好ましい。
【0028】
上記インキュベート用液には、可視化(イメージング)及び/又は定量が可能なcAMPバイオセンサーに対する基質や触媒等が含まれる。例えば、上記cAMPバイオセンサーがアルカリホスファターゼの場合、上記インキュベート用液には、p-ニトロフェニルリン酸等の基質が含まれ、LabAssay ALP(和光純薬工業社製)、QuantiChrom Alkaline Phosphatase Assay Kit(フナコシ社製)等の市販品を用いて、かかるインキュベート用液を調整してもよい。また、上記cAMPバイオセンサーがβ-D-ガラクトシダーゼである場合、上記インキュベート用液には、X-gal(5-Bromo-4-Chloro-3-Indolyl-β-D-Galactoside)、ONPG(o-nitrophenyl-β-D-galactopyranoside)等の基質が含まれ、X-gal(TaKaRa社製)、β-Galactosidase Enzyme Assay System(Promega社製)等の市販品を用いて、かかるインキュベート用液を調整してもよい。また、上記cAMPバイオセンサーがルシフェラーゼである場合、上記インキュベート用液には、ルシフェリン、セレンテラジン等の基質が含まれ、GloSensor cAMP Reagent stock solution(Promega社製)等の市販品を用いて、かかるインキュベート用液を調整してもよい。なお、上記インキュベート用液には、上記基質の他、触媒(例えば、ATP、マグネシウム)を添加してもよいが、哺乳動物細胞内にこれら触媒が十分ある場合は、添加しなくてもよい。
【0029】
上記工程(a)において、哺乳動物細胞、TSHおよび血液試料とは、上記インキュベート用液を含む容器(例えば、マルチウエルプレート、培養皿[シャーレ、ディッシュ]、フラスコ)内で接触させることができる。具体的には、TSHおよび血液試料を予め上記インキュベート用液中に添加・混合した後、かかる液を哺乳動物細胞に添加してもよいし、TSHおよび血液試料を、哺乳動物細胞を含む上記インキュベート用液に添加・混合してもよい。哺乳動物細胞は、インキュベート用液で平衡化処理を行ってもよいし、時間対効果を得る観点から、平衡化処理を行わなくてもよい。平衡化処理時間としては、例えば、5分以上、10分以上、30分以上であり、2.5時間以下、2時間以下、又は1時間以下である。すなわち、平衡化処理時間としては、例えば、5分~2.5時間の範囲内、10分~2時間の範囲内、30分~60分の範囲内である。また、平衡化処理の温度は、例えば、14~40℃の範囲内であり、好ましくは20~38℃の範囲内である。
【0030】
本工程(a)は、工程全体を通じ、ポリエチレングリコール(PEG)濃度5%以下の条件下で行う。より具体的には、PEG濃度は4%以下、3%以下、2%以下または1%以下であってもよく、PEGを全く含有しない条件であっても良い。
【0031】
上記工程(b)において、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する方法は、測定対象の活性化レベルの性質に合わせて適切な方法を適宜選択することができ、例えば、活性化レベルが、p-ニトロフェニルリン酸を基質として用いたアルカリホスファターゼの活性化レベルである場合、アルカリホスファターゼにより分解されるp-ニトロフェノール(405nm)の吸光度を、分光光度計により測定する方法を挙げることができる。また、活性化レベルが、ONPGを基質として用いたβ-D-ガラクトシダーゼの活性化レベルである場合、β-D-ガラクトシダーゼにより分解されるo-ニトロフェノール(20nm)の吸光度を、分光光度計により測定する方法を挙げることができる。また、活性化レベルが、ルシフェリンを基質として用いたルシフェラーゼの活性化レベルである場合、ルシフェラーゼにより生じる発光を、ルミノメーターにより測定する方法を挙げることができる。また、活性化レベルが、蛍光タンパク質の蛍光レベルである場合、蛍光レベルを蛍光顕微鏡で測定する方法を挙げることができる。
【0032】
上記工程(b)において、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを、複数(例えば、少なくとも2つ、少なくとも4つ、少なくとも6つ、少なくとも8つ、少なくとも10、少なくとも12、少なくとも14、少なくとも16、少なくとも18、少なくとも20、少なくとも22、少なくとも24、少なくとも26、少なくとも28、少なくとも30、少なくとも32、少なくとも34、少なくとも36、少なくとも38、少なくとも40)の時点で測定することにより、活性阻害レベルの経時変化を測定することができる。活性阻害レベルの経時変化を測定するときの時点と時点の間の時間としては、特に制限されず、例えば、1~60秒の範囲内、1~60分の範囲内、1~2時間の範囲内である。また、活性阻害レベルの経時変化を測定するときの時点と時点の間隔としては、等間隔であっても、不等間隔であってもよい。
【0033】
本工程(b)は、工程全体を通じ、ポリエチレングリコール(PEG)濃度5%以下の条件下で行う。より具体的には、PEG濃度は4%以下、3%以下、2%以下または1%以下であってもよく、PEGを全く含有しない条件であっても良い。
【0034】
上記工程(c)において、工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較し、阻害性自己抗体の阻害活性を算定する。すなわち、測定系にTSHを添加することによりTSH受容体が活性化されると、cAMPが産生され、cAMPバイオセンサーが活性化する一方、試料中に阻害性自己抗体が含まれるときには、TSHによるTSH受容体の活性化を阻害性自己抗体が競合的に阻害するために、cAMPの産生量は減少し、cAMPバイオセンサーの活性化レベルが、対照と比べて相対的に低下する。
【0035】
より具体的な例としては、下記のような方法で阻害レベルを算出することが可能である。この例では、例えば下記[A]~[D]のような試験区を設ける。
[A]試料及びTSH添加区(インキュベート用液+TSH+試料)
[B]試料及びTSH非添加区(インキュベート用液+試料)
[C]対照溶液及びTSH添加区(インキュベート用液+TSH)
[D]対照溶液及びTSH非添加区(インキュベート用液)
【0036】
[A]~[D]それぞれの試験区について、上記工程(a)~(b)によるcAMPバイオセンサーの活性化レベル測定を実施する。それぞれの活性化レベル(分光光度計によるRLU測定値など)を下記式に当てはめることにより、阻害性自己抗体による阻害率を算出することができる。
【0037】
(計算式1)
阻害率(%)={1-([A]活性化レベルー[B]活性化レベル})/([C]活性化レベル-[D]活性化レベル)}×100
【0038】
第2の具体例では、試験区[E]~[H]を下記のように設定する。
[E]試料及びTSH添加区(インキュベート用液+TSH+試料)
[F]試料及びTSH非添加区(インキュベート用液+試料)
[G]対照試料及びTSH添加区(インキュベート用液+TSH+健常者由来試料)
[H]対照試料及びTSH非添加区(インキュベート用液+健常者由来試料)
【0039】
[E]~[H]それぞれの試験区について、上記工程(a)~(b)によるcAMPバイオセンサーの活性化レベル測定を実施する。それぞれの活性化レベル(分光光度計によるRLU測定値など)を下記式に当てはめることにより、阻害性自己抗体による阻害率を算出することができる。
【0040】
(計算式2)
阻害率(%)={1-([E]活性化レベルー[F]活性化レベル})/([G]活性化レベル-[H]活性化レベル)}×100
【0041】
上記工程(c)によって、目的試料における上記阻害率(%)を算出し、これを対照における阻害率と比較することができる。対照と目的試料の関係としては、例えば対照として健常者より採取された試料、目的試料として被験者由来の試料を用い、両者の阻害率を比較したり、被験者から経時的に数点の試料を採取し、0時間時点で採取された試料を対象に、阻害率の経時的変化を追うことも可能である。
【0042】
対照に比べ、目的試料における阻害率が高いときは、被験者由来の試料中には、対照よりもTSH受容体に対して阻害性を示す時抗体の割合が多い、及び/または、対照よりもTSH受容体に対して刺激性を示す自己抗体の割合が少ない阻害性自己抗体と判断できる。
【0043】
上記工程(c)において、対照における活性化レベルは、本件測定方法を実施する際、対照から採取された血液試料を基に、その都度測定した値であってもよいが、予め測定した値であってもよい。また、比較する両者(被験者における活性化レベル、及び対照における活性化レベル)は、実質的に同じ方法により調製された血液試料や、実質的に同じ活性化レベルの測定方法により得られたものが好ましい。
【0044】
本件測定キットにおいて、cAMPバイオセンサーの可視化及び/又は定量が可能な基質としては、例えば、上記cAMPバイオセンサーがアルカリホスファターゼの場合、p-ニトロフェニルリン酸を挙げることができ、上記cAMPバイオセンサーがβ-D-ガラクトシダーゼである場合、X-gal(5-Bromo-4-Chloro-3-Indolyl-β-D-Galactoside)、ONPG(o-nitrophenyl-β-D-galactopyranoside)を挙げることができ、上記cAMPバイオセンサーがルシフェラーゼである場合、ルシフェリン、セレンテラジンを挙げることができる。
【0045】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。なお、以下の実施例において、細胞培養は、10%ウシ胎仔血清(FBS)を含むD-MEM培養液中で、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃条件下)内で行った。
【実施例0046】
以下、本願発明を実施例等により説明するが、本願発明はこれらによって何ら制限されるものではない。
【0047】
(実施例1)TSBAb測定におけるPEGの影響
cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標として、TSH阻害性自己抗体の阻害活性を定量する際の、PEG有無による測定への影響を検討した。
【0048】
(1-1)ヒトTSH受容体発現細胞の作製
公知文献(WO2020/050208)の記載を参考に、GloSensor cAMP、すなわちホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質を発現するプラスミドベクター(pGloSenso-22F、Promega社製)と、ヒトTSH受容体タンパク質を発現するpcDNA3.1(+)(pcDNA3.1_hTSHR)とを、FuGENE HD Transfection Reagent(Promega社製)を用い、GloSensor cAMP Assay(Promega社製)に添付のプロトコルに従って、ヒト胎児腎細胞由来細胞(HEK293細胞)へトランスフェクションすることによって、測定に用いる組換HEK293細胞を作製した。
【0049】
(1-2)PEG濃度によるTSBAb測定結果への影響評価
対象試料としては、TSBAb高値であることがすでに知られている血清試料6例(陽性P8,P9,P10,P11,P13,P14)およびTSBAb量が健常であることが知られる血清6例(健常275,276,277,278,280,282)を使用した。試験区としては、下記4パターンを調製した。
【0050】
[A]試料各種及びTSH添加区(インキュベート用液+TSH+試料)
[B]試料各種及びTSH非添加区(インキュベート用液+試料)
[C]対照試料及びTSH添加区(インキュベート用液+TSH+健常者由来試料)
[D]対照試料及びTSH非添加区(インキュベート用液+健常者由来試料)
【0051】
試料、recombinat human TSHおよび細胞液の調製には、1×Hank’s Balanced Salt Solution(HBSS)による希釈液に3,5,7,10%相当のポリエチレングリコール(PEG)を配合した希釈液、またはPEGを全く配合しない(0%)希釈液を用いた。なお、試料は上記希釈液にて4倍希釈したものを測定に用いた。
【0052】
下記(1)~(7)の手順に従い、ルシフェラーゼ活性レベルを測定した。
(1) 調製済の各試料を、96well white plate(Corning社製)に25μLずつ分注する。
(2) 前記96well white plateに、各濃度のrecombinantヒト由来TSH(rhTSH)を25μLずつ分注する。
(3) GloSensor cAMP Reagent含有希釈液2mLに、TSHR組換HEK293細胞液を1.25 x 105 cells/mLとなるように加えてよく混合し、調製済細胞液を作製する。
(4) 室温で遮光し、5分間静置する。
(5) 工程(3)で得た調製済細胞液を前記96well white plateに100μLずつ分注する。
(6) 800rpmで30秒間撹拌する。
(7) 25℃で遮光し、20分、30分、40分、60分または120分間静置して反応させた。それぞれの反応時間におけるルシフェラーゼ活性レベルを、Glomax発光プレートリーダー(Promega社)を用いて測定する。
【0053】
ルシフェラーゼ活性の測定結果をもとに、下記計算式を用いてTSBAb阻害率(%)を算出した。
【0054】
TSBAb阻害率(%)={1-([A]のRLU -[B]のRLU)/[C]のRLU-[D]のRLU)}×100
【0055】
各反応時間におけるTSBAb阻害率(%)の算出結果を表1~5および
図1~5に示す。
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
なお、上記算出された値について、一部TSBAb阻害率が負の値となっている項が存在するが、TSBAb阻害率%は健常例あるいは緩衝液に対する試験検体のTSHの阻害率を示しているものであることから、阻害率が負の値になるとは考えられず、従って実務上は阻害率0%として扱う。
【0062】
当該原則に従い、健常例における阻害率が測定上負の値となった場合は、これを0%として考えると、PEGを含まない条件(0%)およびPEG3%、PEG5%条件では、反応時間20分の時点で、健常例の阻害率は1%以下であるのに対し、いずれのTSBAb高値血清も阻害率10%以上と両者を判別可能であった。反応時間をさらに長く設定した場合においても、健常例とTSBAb高値血清の阻害率は変動するものの、両者の判別が可能であった。
【0063】
これに対しPEG7%の条件下では、反応時間120分の場合は、健常例とTSBAb高値血清P11の判別が可能であるのに対し、反応時間20分の場合は、健常血清とTSBAb高値血清P11の間で差がみられず、両者を判別することはできなかった。
【0064】
PEG10%の条件下では、いずれの反応時間でも健常例とTSBAb高値血清P11の判別は不能であった。また、反応時間120分の場合は、健常例とTSBAb高値血清P10の判別が可能であったのに対し、反応時間が60分以下の場合では、健常血清とTSBAb高値血清P10の間で阻害率に差がみられず、両者を判別することはできなかった。
【0065】
以上の検討結果から、測定時のPEG濃度7%以上の高濃度の条件下で、60分以下という短時間での反応におけるTSBAb阻害の検出を行うことはできないことが明らかになった。