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特開2022-103525セラミックコーティング層を有するインプラント
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022103525
(43)【公開日】2022-07-08
(54)【発明の名称】セラミックコーティング層を有するインプラント
(51)【国際特許分類】
   A61C 8/00 20060101AFI20220701BHJP
【FI】
A61C8/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020218217
(22)【出願日】2020-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】390011143
【氏名又は名称】株式会社松風
(72)【発明者】
【氏名】江▲高▼ 恵一
(72)【発明者】
【氏名】堀 弘二
【テーマコード(参考)】
4C159
【Fターム(参考)】
4C159AA01
4C159AA24
4C159AA26
4C159AA27
4C159AA41
(57)【要約】      (修正有)
【課題】審美性を損なうことなく、短期間でのインプラント治療を実現する一方でインプラント周囲炎の発症を抑制することができるインプラントフィクスチャ及びまたはアバットメントを提供する。
【解決手段】歯科用インプラントフィクスチャ及びまたはアバットメントを含む歯科用インプラントであって、基材は金属またはセラミックスで構成され、基材の表面の少なくとも一部に蒸着法によって窒化ケイ素セラミックスをコーティングしたコーティング層を有し、前記窒化ケイ素セラミックスが窒化ケイ素であることを特徴とする歯科用インプラント。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
顎骨に埋植される埋植部を有する歯科用インプラントフィクスチャであって、
基材は金属またはセラミックスで構成され、基材の表面の少なくとも一部に蒸着法によって窒化ケイ素セラミックスをコーティングしたコーティング層を有し、コーティング層の厚さは0.05~5.0μmであることを特徴とする歯科用インプラントフィクスチャ。
【請求項2】
前記蒸着法がCVDまたはスパッタリングのいずれかの方法であることを特徴とする請求項1に記載の歯科用インプラントフィクスチャ。
【請求項3】
前記コーティング層の表面の少なくとも一部が算術平均表面粗さRaが1.15~4.05μmであって、且つ十点平均粗さRzが5.0~40.0μmであることを特徴とする請求項1に記載の歯科用インプラントフィクスチャ。
【請求項4】
ブラスト処理を行った基材処理面上にコーティング層を有する状態か、酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理を行った基材処理面上にコーティング層を有する状態か、ブラスト処理を行った基材処理面上に酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理を行いその上にコーティング層を有する状態か、コーティング層が酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理されている状態か、いずれかの状態であることを特徴とする請求項1に記載の歯科用インプラントフィクスチャ。
【請求項5】
前記基材が純チタンまたはチタン合金である請求項1に記載の歯科用インプラントフィクスチャ。
【請求項6】
前記基材がジルコニアである請求項1に記載の歯科用インプラントフィクスチャ。
【請求項7】
歯科用インプラントフィクスチャの製造方法であって、
略インプラントフィクスチャ形状をした純チタンまたはチタン合金、ジルコニアのうちいずれからなる基材を形成する形成工程、
ブラスト処理及びまたは酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理を行う基材表面処理工程、
形成された略インプラントフィクスチャ形状の基材の表面の少なくとも一部に窒化ケイ素セラミックスを0.05~5μmの厚さに蒸着法によってコーティングしたコーティング層を形成するコーティング層形成工程、
コーティング層の表面の少なくとも一部が算術平均表面粗さRaが1.15~4.05μmであって、且つ十点平均粗さRzが5.0~40.0μmに表面を粗面形成工程により作製される歯科用インプラントフィクスチャの製造方法。
【請求項8】
顎骨に埋植される埋植部を有する歯科用インプラントフィクスチャに取り付けて支台歯を形成する歯科用アバットメントであって、
基材は金属またはセラミックスで構成され、基材の表面の少なくとも一部に蒸着法によって窒化ケイ素セラミックスをコーティングしたコーティング層を有し、コーティング層の厚さは0.05~5.0μmであることを特徴とする歯科用アバットメント。
【請求項9】
前記蒸着法がCVDまたはスパッタリングであることを特徴とする請求項8に記載の歯科用アバットメント。
【請求項10】
前記基材が純チタンまたはチタン合金である請求項8に記載の歯科用アバットメント。
【請求項11】
前記基材がジルコニアである請求項8に記載の歯科用アバットメント。
【請求項12】
歯科用アバットメントの製造方法であって、
略アバットメント形状をした純チタンまたはチタン合金、ジルコニアのうちいずれからなる基材を形成する形成工程、
形成された略アバットメント形状の基材の表面の少なくとも一部に蒸着法によって窒化ケイ素セラミックスを0.05~5μmの厚さに蒸着法によってコーティング層を形成するコーティング層形成工程により作製される歯科用アバットメントの製造方法。
【請求項13】
請求項1から6記載の内いずれかの歯科用インプラントフィクスチャ及びまたは請求項8~12記載の内いずれかの歯科用アバットメントを有する歯科用インプラント、またはそれらを一体で形成した1ピースタイプの歯科用インプラント。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用インプラント治療で用いられるインプラントフィクスチャ及びアバットメントに関する。
【背景技術】
【0002】
歯科用インプラント治療は、ウ蝕や歯周炎、または外傷などによって失われた歯の欠損部位に対して行われる歯科治療の一つである。
【0003】
通常、歯科用インプラントは歯根の代替として歯の欠損部位に埋入、人工歯根として機能させ、歯科用インプラント上部に支台となるアバットメントをアバットメントスクリュを介し装着し、そこへ各種補綴装置を固定することで、口腔機能を回復させる。
【0004】
歯科用インプラントの施術方式としては、歯科用インプラントを埋植後、その歯科用インプラントを口腔内へ露出をさせないように歯肉を縫合し、歯科用インプラントとその周囲に新生骨ができ固定が得られるまでの治癒期間を設け、治癒期間の後に補綴物(歯冠)を装着する2回法施術、及び、埋植した歯科用インプラントを露出をさせてその周りの歯肉を縫合する1回法施術等がある。
【0005】
歯科用インプラントの仕様としては1ピースタイプが施術が最も簡便で物理学的な強度も優位である。また、施術方式としては、歯科用インプラントを埋植直後に上部構造となる咬合部位の補綴物まで装着することで全治療を完了させる1回法施術は、合計施術時間及び日数を短縮化することができる点や、術者及び患者の金銭的及び精神的負担を軽減することができる点で優位である。ところが、1ピースタイプ及び1回法施術を適用できる症例は、顎骨の骨質及び骨量が十分にあること、口腔衛生状態が良好であること、並びに施術部位に高い咬合圧がかからない部位及び歯列であること等の口腔内条件が揃わなければ実施できないことから、症例に合わせて歯科用インプラントの仕様及び施術方式が適宜選択されているのが現状である。
【0006】
純チタンまたはチタン合金製またはジルコニアは埋植後に顎骨と一体化すること(オッセオインテグレーション)が知られているが、短期間でオッセオインテグレーションを獲得する為にインプラントフィクスチャの表面にはさまざまな工夫が施されており、純チタンまたはチタン合金をヒドロキシル化し親水性を向上したものや、リン酸カルシウム等の生体適合性材料をコーティングしたインプラントフィクスチャなどが知られている。
【0007】
インプラント治療後においては、インプラントフィクスチャと顎骨との界面に口腔内の細菌が侵入するとインプラント周囲炎を引き起こしてしまう事がある為、皮質骨と接触するインプラントフィクスチャの外周にスリーブを設けるなど、細菌が入り込みにくくする工夫が施されている。
【0008】
また歯科用インプラントにおいては、特に軟質組織の領域においてはインプラントが暗色である場合軟質組織を通して見えてしまうことがあるので、審美性の観点から暗色のインプラントは好まれない。インプラントの材質や表面処理方法を選択する上では、施術後の審美性も考慮する必要がある。
【0009】
特許文献1では、アノード酸化によりその一部にセラミックスコーティングを施したインプラントフィクスチャが開示されている。しかしながらセラミックスコーティングを行った周囲においてはオッセオインテグレーション獲得までの期間が長く掛かってしまう問題がある。
【0010】
特許文献2では、炭素及び若しくはケイ素を蒸着するインプラントが開示されているが実際には炭素を蒸着したインプラントについての実施例が開示されているものの、ケイ素については実施の記載は無い。炭素を蒸着した結果、その親水性は向上し生体適合性は向上するものの、得られる効果は限定的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許05141926号公報
【特許文献2】特表2007-504920号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
インプラント治療の治療期間を決定付けるのは治癒期間であり、患者にとっては治癒期間は短いほうが望ましく、ひいてはオッセオインテグレーションが早期に獲得でき得る歯科用インプラントフィクスチャが望まれていた。
【0013】
ジルコニア製の歯科用インプラントフィクスチャや歯科用アバットメントは審美性に優れておりまた金属アレルギー疾患を有する患者に対しては金属アレルギーを引き起こすことが無いので有用であるが、ジルコニア製の歯科用インプラントフィクスチャはオッセオインテグレーションの獲得に長期間を要する問題があった。
審美性を損なうことなくチタン及びジルコニアを基材とする歯科用インプラントフィクスチャまたは歯科用アバットメントに適用でき且つオッセオインテグレーションが早期に獲得でき得る好適なコーティングを施した歯科用インプラントフィクスチャが望まれていた。
【0014】
また歯科用インプラントフィクスチャと顎骨との界面に細菌が侵入しないように歯科用インプラントフィクスチャの形状にはさまざまな工夫が施されているにも関わらず、天然歯の周囲で歯周炎が発症するリスクに比べ依然インプラント周囲炎の発症率は高く、インプラント周囲炎の発症を抑制できる歯科用インプラントフィクスチャ及び歯科用アバットメントが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、顎骨に埋植される埋植部を有する歯科用インプラントフィクスチャであって、
基材は金属またはセラミックスで構成され、基材の表面の少なくとも一部に窒化ケイ素セラミックスをコーティングしたコーティング層を有し、コーティング層の厚さは0.05~5.0μmであることを特徴とする歯科用インプラントフィクスチャであり、蒸着法によって窒化ケイ素セラミックスをコーティングされていることを特徴とする歯科用インプラントフィクスチャであることが好ましい。前記蒸着法がCVDまたはスパッタリングのいずれかの方法である歯科用インプラントフィクスチャであることが好ましい。
【0016】
前記コーティング層の表面の少なくとも一部が算術平均表面粗さRaが1.15~4.05μmであって、且つ十点平均粗さRzが5.0~40.0μmである歯科用インプラントフィクスチャであることが好ましい。
ブラスト処理を行った基材処理面上にコーティング層を有する状態か、酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理を行った基材処理面上にコーティング層を有する状態か、ブラスト処理を行った基材処理面上に酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理を行いその上にコーティング層を有する状態か、コーティング層が酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理されている状態か、いずれかの状態である歯科用インプラントフィクスチャであることが好ましい。
前記基材が純チタンまたはチタン合金またはジルコニアである歯科用インプラントフィクスチャであることが好ましい。
【0017】
歯科用インプラントフィクスチャの製造方法であって、
略インプラントフィクスチャ形状をした純チタンまたはチタン合金、ジルコニアのうちいずれからなる基材を形成する形成工程、
ブラスト処理及びまたは酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理を行う基材表面処理工程、
形成された略インプラントフィクスチャ形状の基材の表面の少なくとも一部に窒化ケイ素セラミックスを0.05~5μmの厚さに蒸着法によってコーティング層を形成するコーティング層形成工程、
コーティング層の表面の少なくとも一部が算術平均表面粗さRaが1.15~4.05μmであって、且つ十点平均粗さRzが5.0~40.0μmに表面を粗面形成工程により作製される歯科用インプラントフィクスチャの製造方法が好ましい。
【0018】
顎骨に埋植される埋植部を有する歯科用インプラントフィクスチャに取り付けて支台歯を形成する歯科用アバットメントであって、基材は金属またはセラミックスで構成され、基材の表面の少なくとも一部に窒化ケイ素セラミックスのコーティング層を有し、コーティング層の厚さは0.05~5.0μmである歯科用アバットメントであることが好ましい。 蒸着法によって窒化ケイ素セラミックスをコーティングされている歯科用アバットメントであることが好ましい。
前記蒸着法がCVDまたはスパッタリングである歯科用アバットメントであることが好ましい。
前記基材が純チタンまたはチタン合金またはジルコニアである歯科用アバットメントであることが好ましい。
【0019】
歯科用アバットメントの製造方法であって、
略アバットメント形状をした純チタンまたはチタン合金、ジルコニアのうちいずれからなる基材を形成する形成工程、
形成された略アバットメント形状の基材の表面の少なくとも一部に窒化ケイ素セラミックスを0.05~5μmの厚さに蒸着法によってコーティング層を形成するコーティング層形成工程により作製される歯科用アバットメントの製造方法であることが好ましい。
【0020】
前記の歯科用インプラントフィクスチャ及びまたは前記の歯科用アバットメントを有する歯科用インプラントであることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
歯科用インプラントフィクスチャ及び歯科用アバットメントに適用が可能であり、審美性を損なうことなく、短期間でのインプラント治療を実現する一方でインプラント周囲炎の発症を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、好ましい実施形態について説明する。但し、以下の実施形態は単なる例示であり、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではない。また、その他の任意の構成要素を備え得るものである。
【0023】
本発明は、歯科用インプラントフィクスチャ及びまたは歯科用アバットメントを有する歯科用インプラントに用いることができる。歯科用インプラントの第1の仕様としては、インプラントフィクスチャとアバットメントとが一体とされた1ピースタイプに用いることができる。歯科用インプラントの第2の仕様としては、歯根の代替部位となるインプラントフィクスチャと、歯冠支台の代替部位となるアバットメントとの2部品からなり、インプラントフィクスチャにアバットメントを結合して使用される2ピースタイプがある。歯科用インプラントの第3の仕様としては、インプラントフィクスチャ、アバットメント、及びスクリュの3部品からなり、スクリュを用いてインプラントフィクスチャにアバットメントを固定する3ピースタイプがある。
歯科用インプラントの第1から第3の仕様の1から3ピースタイプのいずれにも用いることができる。
歯科用インプラントフィクスチャと一体とされたアバットメントから構成される歯科用インプラントは第1の仕様の1ピースタイプの歯科用インプラントである。
歯科用インプラントフィクスチャと分けられたアバットメントから構成される歯科用インプラントは第2または3の仕様の2または3ピースタイプの歯科用インプラントである。
【0024】
本発明の歯科用インプラントフィクスチャの用途は、特に制限はない。例えば欠損歯牙の代替として用いられる前記の歯科用インプラントであってもよく、あるいは歯列矯正用ワイヤの固定元等として用いられる暫間インプラントであってもよく、更に、これら以外の任意の用途に用いられる歯科用インプラントであってもよい。
【0025】
本発明の歯科用アバットメントの用途は、特に制限はない。例えば上部構造を固定する為の支台歯として用いられるアバットメントであってもよく、あるいはインプラントオーバーデンチャーを固定する為のアバットメントであってもよく、更に、これら以外の任意の用途に用いられるアバットメントであってもよい。
【0026】
本発明の歯科用インプラントフィクスチャ及びまたは歯科用アバットメントは、金属またはセラミックスを基材とし、少なくとも歯科用インプラントフィクスチャ及びまた歯科用アバットメントが軟質組織と接触する部位及びまたは皮質骨と接触する部位に窒化ケイ素セラミックスのコーティング層を有する。さらに歯科用インプラントフィクスチャが海綿骨と接触する部位においても前記窒化ケイ素セラミックスがコーティングされていることがより好ましい。
なお被膜強度及び被膜の完全性の観点から、コーティング層の厚さは0.05~5.0μmが好ましく、0.1~2.0μmがより好ましい。更に審美性の観点から歯科用インプラントフィクスチャ及びまたは歯科用アバットメントは薄い青色か薄いピンク色に見えることが好まれるから、所望の色に対応する光の干渉波長を考慮した膜厚であるとなおよく、コーティング層の厚さは0.16~2.0μmであるとより好ましい。
【0027】
前記窒化ケイ素セラミックスは窒化ケイ素のセラミックスである。抗菌性を有する窒化ケイ素を口腔内からの細菌の侵入口である歯科用インプラントフィクスチャ及びまたは歯科用アバットメントが軟組織と接触する部位及びまたは歯科用インプラントフィクスチャが皮質骨と接触する部位にコーティングすることで、インプラント周囲炎の発症を抑制する。
また歯科用インプラントフィクスチャが海綿骨と接触する部位に窒化ケイ素をコーティングすることが好ましい。歯科用インプラントフィクスチャの表面上により多くの骨芽細胞が集積し、早期の骨形成を促すことができる。
【0028】
コーティングの方法は窒化ケイ素を薄膜コーティングする為の公知の方法を適宜選択することができる。凹凸のある表面に均一な膜厚のコーティングが形成できる蒸着法が好ましく、CVD(化学気相蒸着)またはスパッタリングが好ましい。また、CVDはインプラントフィクスチャの外周に形成されたスレッドのように複雑に入り組んだ凹凸部に均一な膜厚のコーティングを行うことができ、より広範囲でオッセオインテグレーションを促進することができるので、短期間でのインプラント治療を実現することができる為好ましい。
【0029】
CVDによるコーティングは、アンモニア雰囲気中、より好ましくは窒素雰囲気中で基材を100~400℃、より好ましくは100~250℃に加熱して行うことが好ましい。加圧環境下でTMS(トリメチルシラン)に代表されるシラン化合物を気相化学反応させることにより基材の表面に窒化ケイ素被膜を形成することができる。
またCVDを行う前にはアルゴンガスや窒素ガスに代表される不活性ガス雰囲気中でプラズマ処理を行うことが好ましい。これにより、コーティング層と基材との密着強度が向上する。
CVDによるコーティングは凹凸表面にほぼ均一にコーティング層を形成することが可能であり、好ましい。
【0030】
スパッタリングによるコーティングは、アンモニアまたはアンモニアとアルゴンの混合雰囲気中、より好ましくは窒素または窒素とアルゴンの混合雰囲気中でターゲットであるシリコンにガスイオンを衝突させることにより、基材の表面に窒化ケイ素被膜を形成することができる。
またスパッタリング処理を行う前にはアルゴンガスや窒素ガスに代表される不活性ガス雰囲気中でプラズマ処理を行うことが好ましい。これにより、コーティング層と基材との密着強度が向上する。
【0031】
歯科用インプラントフィクスチャが顎骨とオッセオインテグレーションする為には、歯科用インプラントフィクスチャの表面は適度な粗面であることが好ましい。表面凹凸の高低差が単純に大きいだけでは細胞のマクロファージ(増殖)には不向きであり、早期のオッセオインテグレーションを得ることは難しい。
【0032】
よって歯科用インプラントフィクスチャの表面のうち少なくとも顎骨内に埋植される部位は、適度な粗面であることが好ましく、具体的には算術平均表面粗さRaが1.15~4.05μmであり、十点平均粗さRzが5.0~40μmであることが好ましい。
【0033】
前記粗面を得る為には、コーティング後にブラスト処理及びまたは酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理を行うことが好ましく、またコーティング前に基材にブラスト処理及びまたは酸エッチング処理またはアルカリエッチング処理または陽極酸化処理を行うことがより好ましい。
【0034】
前記粗面である表面に均一に被膜形成を行う場合、粗面の凸部分が露出しない完全性を有する被膜を形成する為には、膜厚は0.05μm以上であることが好ましい。また膜厚が厚くなると暗色に近づくため審美性の観点から下地色が透過する薄膜であることが好ましく、また被膜強度の観点から膜厚は5.0μm以下であることが好ましい。
【0035】
歯科用インプラントフィクスチャ及び歯科用アバットメントの基材は純チタンまたはチタン合金であることが好ましく、またはジルコニアであることが好ましい。基材としてジルコニアを用いることで、審美性が向上し好ましい。
【0036】
歯科用インプラントフィクスチャまたは歯科用アバットメントの製造方法について具体的に例示説明する。
略インプラントフィクスチャ形状をした純チタンまたはチタン合金またはジルコニアからなる基材を形成する形成工程とは、純チタンまたはチタン合金またはジルコニアを切削する工程であり、または純チタンまたはチタン合金またはジルコニアを積層造形法により形成する工程であって、特にジルコニアからなる基材を形成する形成工程においては、金型成型により形成する工程を採用し得る。

形成された略インプラントフィクスチャ形状の基材の表面の少なくとも一部に窒化ケイ素セラミックスを0.05~5.0μmの厚さに蒸着法によってコーティング層を形成するコーティング層形成工程とは、CVDまたはスパッタリングによりインプラントフィクスチャの表面に窒化珪素セラミックスのコーティング層を形成する工程である。

CVDによるコーティングは、アンモニア雰囲気中、より好ましくは窒素雰囲気中で基材を100~400℃、より好ましくは100~250℃に加熱して行う。加圧環境下でTMS(トリメチルシラン)に代表されるシラン化合物を気相化学反応させることにより基材の表面に窒化ケイ素被膜を形成する。
またCVDを行う前にはアルゴンガスや窒素ガスに代表される不活性ガス雰囲気中でプラズマ処理を行うことが好ましい。コーティング層と基材との密着強度が向上する。

スパッタリングによるコーティングは、アンモニアまたはアンモニアとアルゴンの混合雰囲気中、より好ましくは窒素または窒素とアルゴンの混合雰囲気中でターゲットであるシリコンにガスイオンを衝突させることにより、基材の表面に窒化ケイ素被膜を形成する。
またスパッタリング処理を行う前にはアルゴンガスや窒素ガスに代表される不活性ガス雰囲気中でプラズマ処理を行うことが好ましい。コーティング層と基材との密着強度が向上する。

コーティング層の表面の少なくとも一部が算術平均表面粗さRaが1.15~4.05μmであって、且つ十点平均粗さRzが5.0~40.0μmに表面を粗面形成工程とは、ブラスト処理及びまたは酸エッチング処理及びまたはアルカリエッチング処理及びまたは陽極酸化処理を行う工程であり、粗面処理しない部分をウレタンゴムまたはシリコン等でマスキングする工程を含む。

ブラスト処理を行う基材表面処理工程とは、例えばアルミナ等の粉末状の研磨材をインプラントフィクスチャに打ち付けて表面を粗面化する工程であり、インプラントフィクスチャを自転及び公転させながら研磨剤を打ち付けることによりインプラントフィクスチャの表面を粗面化する。

酸エッチング処理を行う基材表面処理工程とは、例えば加温した塩酸または硫酸またはその混合液中にインプラントフィクスチャを浸漬し表面をエッチングする工程であり、好ましくは30~80℃に加温した液中に10~600分間浸漬することによりインプラントフィクスチャの表面を粗面化する。

アルカリエッチング処理を行う基材表面処理工程とは、例えば加温した水酸化ナトリウム水溶液中にインプラントフィクスチャを浸漬し表面をエッチングする工程であり、好ましくは30~80℃に加温した液中に10~600分間浸漬することによりインプラントフィクスチャの表面を粗面化する。

陽極酸化処理を行う基材表面処理工程とは、例えばリン酸水溶液中で基材を電気分解の陽極として用い、電圧を印加することにより表面をエッチングする工程であり、好ましくは0.05~0.5Mのリン酸水溶液中で100~200Vの電圧を印加することによりインプラントフィクスチャの表面を粗面化する。
【実施例0037】
(被膜強度実験)
チタン円板試料に被膜を形成し、スクラッチ強度試験機で被膜強度を測定した。
10N/mmで圧子荷重を漸増させながら試料表面を引っ掻き、被膜剥離が開始された点を被膜強度とした。
【0038】
(抗菌性実験)
インプラント周囲炎の原因菌のひとつとして知られるPorphyromonas gingivalis 381(Pg菌)をチタン円板試料上に播種し、嫌気条件で24hr及び48hr保管後、試料上の菌を回収して培地に移し、嫌気状態で培養してできたコロニー数を計測して菌の生存率を算出した。
生存率(%)=(コロニー数)/(播種した菌数)×100
【0039】
(ラット上顎骨へのインプラント埋入実験)
生後6週齢のラットの上顎骨にチタン円柱試料を埋入し、埋入4週間後にチタン円柱の断面を光学顕微鏡で観察してインプラント骨接触率(BIC)を計測した。
BIC(%)=(チタン表面に新生骨が形成された領域の長さ)/(チタン断面の周囲長さ)×100
【0040】
(試料の作製)
本発明の薄膜コーティングについて、純チタン円板及び純チタン円柱を用い、抗菌性実験及びラット上顎骨へのインプラント埋入実験を行った。比較例として、未コーティングの試料及び、表層を窒化チタン層とした試料及び窒化炭素をコーティングした試料についても試験を行っている。
比較例1:試料A)ブラスト処理後に酸エッチング処理を行い、イオン交換水で洗浄した、算術平均表面粗さRaが1.8μmであり、十点平均粗さRzが9.5μmの粗さとした、粗面純チタン円板及び純チタン円柱。
比較例2:試料B)試料Aにアルゴン雰囲気でプラズマ処理を行った後、窒素とアルゴンの混合雰囲気中でスパッタリング処理することにより、窒化チタンを0.5μmの厚さでコーティングした、TiN純チタン円板及び純チタン円柱。
実施例1:試料C)試料Aにアルゴン雰囲気でプラズマ処理を行った後、TMSを用いて窒素ガス雰囲気中でCVD処理することにより、窒化ケイ素を0.5μmの厚さでコーティングした、SiN-CVD純チタン円板及び純チタン円柱。
実施例2:試料D)試料Aにアルゴン雰囲気でプラズマ処理を行った後、窒素とアルゴンの混合雰囲気中でスパッタリング処理することにより、窒化ケイ素を0.5μmの厚さでコーティングした、SiN-PVD純チタン円板及び純チタン円柱。
比較例3:試料E)試料Aにアルゴン雰囲気でプラズマ処理を行った後、メタンガスを用いて窒素ガス雰囲気中でCVD処理することにより、窒化炭素を0.5μmの厚さでコーティングした、CN-CVD純チタン円板及び純チタン円柱。
【0041】
(被膜強度実験結果)本発明の実施例1、2はスクラッチ強度試験機の測定限界である10Nにおいても被膜剥離は観測されず、必要十分な被膜強度を有している事を確認した。
CVD、スパッタリングのそれぞれ被膜厚さと被膜強度の関係を実験したところ、スパッタリングによる窒化ケイ素被膜は5.0μmを超える被膜厚さで10N未満での被膜の剥離が観測された。CVDによる窒化ケイ素被膜は比較的厚い被膜においても被膜剥離は観測されず、CVDによる被膜はスパッタリングによる被膜よりも高い被膜強度を有することが示された。
【0042】
(抗菌性実験結果)未コーティングの試料(比較例1)表層を窒化チタン層とした試料(比較例2)、窒化炭素をコーティングした試料(比較例3)と比較して、本発明の実施例1、2はPg菌の生存率が経時的に低下し、抗菌性が向上したことが示された。
【0043】
(ラット上顎骨へのインプラント埋入実験結果)未コーティングの試料及び表層を窒化チタン層とした試料及び窒化炭素をコーティングした試料と比較し、本発明の実施によってBICが向上した。本発明の実施はオッセオインテグレーションの獲得に有効であるものと考えられる。
【0044】
また本実施形態のインプラントフィクスチャは、窒化ケイ素を薄膜コーティングしたアバットメントと組み合わせて使用することで相乗的にインプラント周囲炎を抑制する。
【0045】
ジルコニア円板及びジルコニア円柱を用い、本発明の窒化ケイ素を薄膜コーティングした試料について被膜強度実験、抗菌性実験、ラット上顎骨へのインプラント埋入実験を行ったところ、チタン円板及びチタン円柱における実験結果と同様の特長を示し、本発明の薄膜コーティングはジルコニアに対しても有効であることが示された。
【0046】
なおPg菌はインプラント周囲炎のみならず歯周炎の原因菌のひとつであるが、窒化ケイ素はその他のインプラント周囲炎及び歯周炎の原因菌及びう蝕の原因菌であるミュータンス菌などに対しても同様に抗菌性を有する。
本発明は、細菌が付着しやすい入れ歯やブリッジなど、口腔内に装着するさまざまな補綴装置に適用することにより、歯周炎やう蝕を抑制することができる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、インプラント周囲炎や歯周炎の原因菌のひとつであるPg菌のみならずその他のインプラント周囲炎及び歯周炎の原因菌及びう蝕の原因菌であるミュータンス菌などに対しても抗菌性が期待でき、また薄膜コーティングであり審美性を損なわないことから、歯科用インプラントフィクスチャ及びアバットメント及び細菌が付着しやすい入れ歯やブリッジなどの口腔内に装着するさまざまな補綴装置に対しても適用できる。従って、本発明は歯科用インプラントの分野及び歯科の分野に広く利用することができる。