(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022103797
(43)【公開日】2022-07-08
(54)【発明の名称】炭化珪素単結晶製造装置および炭化珪素単結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/36 20060101AFI20220701BHJP
C30B 23/02 20060101ALI20220701BHJP
【FI】
C30B29/36 A
C30B23/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020218649
(22)【出願日】2020-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(72)【発明者】
【氏名】須藤 薫淑
(72)【発明者】
【氏名】金田一 麟平
【テーマコード(参考)】
4G077
【Fターム(参考)】
4G077AA02
4G077AB09
4G077BE08
4G077DA18
4G077ED06
4G077EG03
4G077EG04
4G077EG25
4G077HA12
4G077SA04
(57)【要約】
【課題】炭化珪素種結晶と黒鉛台座との間の接合不良を低減できる炭化珪素単結晶製造装置を提供できる。
【解決手段】本発明の炭化珪素単結晶製造装置は、坩堝本体と蓋部とからなる坩堝と、蓋部の下面に配置し、炭化珪素単結晶を保持する台座部20とを備え、台座部20は、線膨張係数の異方性を有する複数の黒鉛板20a、20b、20c、20dが積層され接着された構成であり、積層の方向から平面視して、複数の黒鉛板において、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸は互いに直交しているか、又は、直交から±15°の角度範囲内で交差している。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
坩堝本体と蓋部とからなる坩堝と、
前記蓋部の下面に配置し、炭化珪素種結晶を保持する台座部と、を備え、
前記台座部は、線膨張係数の異方性を有する複数の黒鉛板が積層され接着された構成であり、
前記積層の方向から平面視して、前記複数の黒鉛板において、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸は互いに直交しているか、又は、直交から±15°の角度範囲内で交差している、炭化珪素単結晶製造装置。
【請求項2】
前記線膨張係数の異方性が1.02以上、1.20以下である、請求項1に記載の炭化珪素単結晶製造装置。
【請求項3】
前記複数の黒鉛板が2枚~8枚である、請求項1又は2のいずれかに記載の炭化珪素単結晶製造装置。
【請求項4】
前記複数の黒鉛板の合計厚みが20mm以上、100mm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の炭化珪素単結晶製造装置。
【請求項5】
前記台座部を構成する各黒鉛板の厚みが5mm以上、20mm以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の炭化珪素単結晶製造装置。
【請求項6】
前記台座部を構成する各黒鉛板の厚みが同じである、請求項1~5のいずれか一項に記載の炭化珪素単結晶製造装置。
【請求項7】
坩堝本体と蓋部とからなる坩堝と、前記蓋部の下面に配置し、炭化珪素種結晶を保持する台座部とを用い、坩堝内に炭化珪素単結晶からなる種結晶と炭化珪素原料とを配して、前記炭化珪素原料から昇華した昇華ガスを前記種結晶上に析出させて炭化珪素単結晶を成長させる炭化珪素単結晶を製造する方法において、
前記台座部は、線膨張係数の異方性を有する複数の黒鉛板が積層され接着された構成であり、
前記複数の黒鉛板において、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸が互いに直交しているか、又は、直交から±15°の角度範囲内で交差している、炭化珪素単結晶の製造方法。
【請求項8】
前記種結晶と前記台座部との間に応力緩衝部材を配置する、請求項7に記載の炭化珪素単結晶の製造方法。
【請求項9】
前記種結晶の外径が150mm以上である、請求項7又は8のいずれかに記載の炭化珪素単結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭化珪素単結晶成長装置および炭化珪素単結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化珪素(SiC)は、シリコン(Si)に比べて絶縁破壊電界が1桁大きく、バンドギャップが3倍大きい。また、炭化珪素(SiC)は、シリコン(Si)に比べて熱伝導率が3倍程度高い等の特性を有する。そのため炭化珪素(SiC)は、パワーデバイス、高周波デバイス、高温動作デバイス等への応用が期待されている。このため、近年、上記のような半導体デバイスにSiCエピタキシャルウェハが用いられるようになっている。
【0003】
SiCエピタキシャルウェハは、炭化珪素単結晶基板上に化学的気相成長法(Chemical Vapor Deposition:CVD)によってSiC半導体デバイスの活性領域となるSiCエピタキシャル膜を成長させることによって製造される。
【0004】
炭化珪素単結晶基板は、炭化珪素単結晶を切り出して作製する。この炭化珪素単結晶は、一般に昇華法によって得ることができる。昇華法は、黒鉛製の坩堝内に配置した台座に炭化珪素単結晶からなる種結晶を配置し、坩堝を加熱することで坩堝内の原料粉末から昇華した昇華ガスを種結晶に供給し、種結晶をより大きな炭化珪素単結晶へ成長させる方法である。
【0005】
昇華法では、上記種結晶を上記台座に保持する必要があり、保持する際には一般的に接着剤を用いる。また、種結晶と黒鉛台座との熱膨張差で生じる、接着面に平行に生じる応力(せん断応力)を緩和するために応力緩衝材を用いる場合がある(特許文献1)。
【0006】
種結晶保持の際に上記応力により発生する接着不良や応力緩衝材の裂け(以下、これらを合わせて「接合不良」という。)によって、種結晶面内で局所的な温度分布が生じる。この温度分布が大きい場合、単結晶にマクロ欠陥が発生しやすくなり、単結晶の品質の低下を招くという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004-269297号公報
【特許文献2】特開2008-88036号公報
【特許文献3】特開昭59-182213号公報
【特許文献4】特開2016-13949号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この課題に対して、特許文献2では、種結晶を保持する部材として室温における炭化珪素の線膨張係数に近い部材を用いることで、種結晶と黒鉛台座間に発生するせん断応力を抑制する方法が提案されている。
特許文献3では、製法を工夫することにより異方比が1.01の等方性炭素材料が得られている(表2参照)。しかし、特許文献3では1.0~1.1のものを等方性と定義しているように(ページ(3)左下段落参照)、市販されている昇華法に用いる等方性黒鉛を測定すると、1.0~1.1程度の異方性を有しており、台座の黒鉛に異方性がある場合には、台座と種結晶の接着面において、台座に用いた黒鉛の線膨張係数が大きい方向に大きなせん断応力が生じる。等方性黒鉛における異方性を考慮して、炭化珪素の異方性とそろえることで、発生応力を抑制する方法(特許文献4)も提案されている。
【0009】
昇華法では、部材が常温~2400℃以上と広い温度範囲に曝される。この範囲で温度依存性を持つ部材の線膨張係数をより正確に把握し、炭化珪素単結晶と黒鉛台座の線膨張係数を各温度帯で一致させることは容易ではない。加えて、等方性黒鉛は一般に1.0~1.1程度の異方性が許容されており、この異方性は一般に炭化珪素種結晶の面方向の異方性より大きく、黒鉛台座と炭化珪素種結晶間に生じるせん断応力を全面にわたって十分に抑制することは困難である。
【0010】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、炭化珪素種結晶と黒鉛台座との間の接合不良を低減できる炭化珪素単結晶製造装置及び炭化珪素単結晶の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の手段を提供する。
【0012】
本発明の第1態様に係る炭化珪素単結晶製造装置は、坩堝本体と蓋部とからなる坩堝と、前記蓋部の下面に配置し、炭化珪素種結晶を保持する台座部と、を備え、前記台座部は、線膨張係数の異方性を有する複数の黒鉛板が積層され接着された構成であり、前記積層の方向から平面視して、前記複数の黒鉛板において、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸は互いに直交しているか、又は、直交から±15°の角度範囲内で交差している。
【0013】
上記態様に係る炭化珪素単結晶製造装置は、前記線膨張係数の異方性が1.02以上、1.20以下であってもよい。
【0014】
上記態様に係る炭化珪素単結晶製造装置は、前記複数の黒鉛板が2枚~8枚であってもよい。
【0015】
上記態様に係る炭化珪素単結晶製造装置は、前記複数の黒鉛板の合計厚みが20mm以上、100mm以下であってもよい。
【0016】
上記態様に係る炭化珪素単結晶製造装置は、前記台座部を構成する各黒鉛板の厚みが5mm以上、20mm以下であってもよい。
【0017】
上記態様に係る炭化珪素単結晶製造装置は、前記台座部を構成する各黒鉛板の厚みが同じであってもよい。
【0018】
本発明の第2態様に係る炭化珪素単結晶の製造方法は、坩堝本体と蓋部とからなる坩堝と、前記蓋部の下面に配置し、炭化珪素種結晶を保持する台座部とを用い、坩堝内に炭化珪素単結晶からなる種結晶と炭化珪素原料とを配して、前記炭化珪素原料から昇華した昇華ガスを前記種結晶上に析出させて炭化珪素単結晶を成長させる炭化珪素単結晶を製造する方法において、前記台座部は、線膨張係数の異方性を有する複数の黒鉛板が積層され接着された構成であり、前記複数の黒鉛板において、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸が互いに直交しているか、又は、直交から±15°の角度範囲内で交差している。
【0019】
上記態様に係る炭化珪素単結晶の製造方法は、前記種結晶と前記台座部との間に応力緩衝部材を配置してもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、炭化珪素種結晶と黒鉛台座との間の接合不良を低減できる炭化珪素単結晶製造装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態である炭化珪素単結晶製造装置の一例を示す断面模式図である。
【
図2】(a)は、
図1に示した炭化珪素単結晶製造装置のうち、台座部のみを取り出した斜視模式図であり、(b)は、台座部を構成する4個の黒鉛板それぞれが示す線膨張係数の最大方向軸を説明するために4個の黒鉛板に離間して配置した分解斜視模式図である。
【
図3】隣接する黒鉛材の線膨張係数の最大方向軸の配置関係を示す模式図である。
【
図4】種結晶と台座部との間に応力緩衝部材を配置した構成を示す断面模式図である。
【
図5】従来の台座部と複数の黒鉛板で構成された台座部を用いた場合のせん断応力についてシミュレーションを行った結果である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について図を用いて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には図中、同一符号を付してある場合がある。また、以下の説明で用いる図面は、特徴を分かりやすくするため便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。一つの実施形態で示した構成を他の実施形態に適用することもできる。
【0023】
(炭化珪素単結晶製造装置)
図1は、本発明の一実施形態である炭化珪素単結晶製造装置の一例を示す断面模式図である。
図2(a)は、
図1に示した炭化珪素単結晶製造装置のうち、台座部のみを取り出した斜視模式図であり、(b)は、台座部を構成する4個の黒鉛板それぞれが示す線膨張係数の最大方向軸を示すために4個の黒鉛板に離間して配置した分解斜視模式図である。
図1に示す炭化珪素単結晶製造装置100は、坩堝本体1と蓋部2とからなる坩堝10と、蓋部2の下面2Aに支持される蓋部側の面(蓋部側面)20Aと、蓋部側面20Aの反対側に種結晶Sが取り付けられる種結晶取付面20Bとを有する台座部20とを備え、台座部20は、線膨張係数の異方性を有する複数の黒鉛板が積層され接着された構成であり、複数の黒鉛板において、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸が互いに直交する。
ここで、「線膨張係数の最大方向軸」とは、台座部20を構成する複数の黒鉛板はそれぞれ、熱膨張について等方的ではなく、線膨張係数の異方性を有するものであり、すなわち、方向ごとに異なる線膨張係数を有するものであり、複数の線膨張係数のうち、最大の線膨張係数を示す方向を示す軸のことである。
坩堝本体1の外周には、坩堝10を保温する断熱材(不図示)と、加熱手段(不図示)とを備えている。
図1では、理解の助けになるように、単結晶成長用原料(原料粉末)G、種結晶Sを併せて図示した。
【0024】
炭化珪素単結晶の製造の際には、坩堝10内において、原料粉末Gを底部に充填し、炭化珪素からなる種結晶Sを台座部20上に設置する。台座部20は、原料粉末Gと対向する位置にある。次いで、減圧雰囲気中で坩堝10を2100~2400℃程度に加熱し、原料粉末Gを昇華させることで昇華ガス(原料ガス)を種結晶S上に供給する。原料粉末Gから昇華した原料ガスが、種結晶Sの表面で再結晶化することで、炭化珪素単結晶が結晶成長する。
【0025】
<坩堝>
坩堝10は、炭化珪素単結晶を昇華法により製造するための坩堝であり、坩堝本体1と蓋部2とからなる。坩堝本体1と蓋部2とは合わせて結晶成長空間を形成できれば、その形状に制限はない。
坩堝10は、例えば、黒鉛からなるものを用いることができる。坩堝10は、成長時に高温となる。そのため、高温に耐えることのできる材料によって形成されている必要がある。黒鉛は昇華温度が3550℃と極めて高く、成長時の高温にも耐えることができる。
坩堝10が黒鉛(黒鉛材料)からなる場合、その表面がTaCやSiCでコーティングされていてもよい。
【0026】
<台座部>
図2(a)に示す台座部20は、線膨張係数の異方性を有する、4枚の黒鉛板20a、20b、20c、20dが積層され接着された構成である。(b)に、4枚の黒鉛板20a、20b、20c、20dのそれぞれの線膨張係数の最大方向軸を示す。
4枚の黒鉛板20a、20b、20c、20dに図示された矢印は、各黒鉛板の線膨張係数の最大方向軸を示す。
4枚の黒鉛板20a、20b、20c、20dは
図2に示すように、隣接する黒鉛板同士の矢印すなわち、線膨張係数の最大方向軸が互いに直交する。
【0027】
図2に示す台座部20は、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸が互いに直交するが、
図3に示すように、直交から±15°の角度範囲内で交差する配置であってもよい。
隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸が互いに直交する構成に比べて、その直交からずれる場合には、応力緩和効果が低減するものの、そのずれが15°の角度範囲内であるときには、台座部20を構成する黒鉛板の枚数に依存するが、十分な応力緩和効果が得られる。例えば、後述する実施例1の条件において、台座部20を構成する黒鉛板の枚数が2枚、あるいは4枚であって、隣接する黒鉛板同士のずれが15°である場合、台座部が一体で構成される場合に比べて、それぞれ応力緩和効果は9%、12%であった。
直交からのずれは、±10°の角度範囲内で交差する配置である構成がより好ましく、直交からのずれは、±5°の角度範囲内で交差する配置である構成がさらに好ましい。
【0028】
台座部20を構成する黒鉛板同士は、カーボン接着剤等を用いて接着(接合)することができる。カーボン接着剤は有機溶媒中に炭素(カーボン)粉末を分散させたものであり、溶媒を揮発させることにより炭素材料の特性を損なうことなく、接着(接合)できる。
【0029】
図2に示す台座部20は、黒鉛板4枚で構成されているが、4枚は例示に過ぎず、複数枚であればよい。
例えば、台座部20は2枚~8枚の黒鉛板で構成されたものとすることができる。
後述するシミュレーションに基づくと、台座部が一体の黒鉛部材からなる場合のせん断応力に比べて、2枚の黒鉛板で構成された台座部、4枚の黒鉛板で構成された台座部、5枚の黒鉛板で構成された台座部、8枚の黒鉛板で構成された台座部がこの順でよりせん断応力が小さかった。
コスト等の観点から、台座部20を構成する黒鉛板の枚数は2枚~4枚であることが好ましい。
【0030】
台座部20を構成するすべての黒鉛板が一つの黒鉛ブロックから加工されて作製されていることが好ましい。この場合、黒鉛板同士の線膨張係数のバラつきが小さくなるからである。
一つの黒鉛ブロックから台座部を作製する方法は例えば、(i)一つの黒鉛ブロックを円柱状にくりぬく工程と、(ii)くり抜いた円柱状の黒鉛部材を、円板状にスライスして複数枚に分ける工程と、(iii)複数枚に分けた円板状黒鉛部材を
図2に示すように、隣接して接する黒鉛板同士が線膨張係数の最大方向軸(最大軸)が直交するように接着する工程とを有する。
なお、黒鉛板を構成する黒鉛材料は種々の線膨張係数のものが市販されており、適宜選択して台座部を作製できる。
【0031】
黒鉛板の黒鉛材料はCIP(CIP: Cold Isostatic Press(冷間静水圧プレス))材であることが好ましい。CIP法によって線膨張係数の異方性を小さくできるからである。
なお、CIP法などで異方性を小さくできるが、原料の制約があり完全に異方性がない黒鉛材料(ブロック)を作製することは難しい。
【0032】
線膨張係数の異方性が1.02以上、1.20以下であることが好ましい。
ここで、「線膨張係数の異方性」とは、各黒鉛板が示す最小の線膨張係数に対する最大の線膨張係数の比(最大の線膨張係数/最小の線膨張係数)である。
異方性が小さい場合においても本発明の効果は得られるが、そもそも異方性が小さければ発生応力が小さいため、当該範囲にあることは好ましい。一方、異方性が大きい場合は加熱時に黒鉛間にかかる応力が大きくなり、ここで貼り付け不良が生じる可能性が高まる。
【0033】
台座部を構成する各黒鉛板の厚みは5mm以上、20mm以下であることが好ましい。
黒鉛板の厚みが大きい場合には本発明の効果が小さくなる(実施例1参照)一方、黒鉛板の厚みが小さい場合には台座部材の作製に工数・コストがかかるため、当該範囲であることが好ましい。
【0034】
台座部を構成する各黒鉛板の厚みが同じであることが好ましい。
隣接する黒鉛板同士がちょうど熱膨張を打ち消し合ってせん断応力が抑制されるからである。
【0035】
台座部を構成する複数の黒鉛板の合計厚みが20mm以上、100mm以下であることが好ましい。
合計厚みが薄い場合にはそもそもせん断応力がかかりにくいため、効果が小さい。一方、合計厚みが厚い場合、特に黒鉛1枚あたりが厚くなる場合は本発明の効果が小さく、また、黒鉛板1枚あたりが小さいと、枚数が多くなり、手間・コストがかかる。そのため、当該範囲であることが好ましい。
【0036】
黒鉛材は、常温でヤング率5GPa以上の黒鉛材料からなるのが好ましい。安定して炭化珪素単結晶を支持できる剛性を備えるためである。
【0037】
台座部20を構成する黒鉛(黒鉛材料)の線膨張係数は昇華法が用いられる常温~2400℃以上の広い温度範囲全てで種結晶を構成する炭化珪素の線膨張係数と一致するということはなく、黒鉛台座部と炭化珪素種結晶の接合面(接着面)において、せん断応力が生じる。特に種結晶外周部において膨張差が大きくなる。このせん断応力が大きくなると、接合不良により種結晶と台座との間に隙間が生じ、結晶のマクロ欠陥の発生につながる。
これに対して、台座部を、線膨張係数の異方性を有する複数の黒鉛板が積層され接着された構成とし、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸は互いに直交しているか、又は、直交から±15°の角度内で交差している構成とすることで、黒鉛板の積層構造において、互いに熱膨張を抑制し、その結果、かかるせん断応力を抑制することができ、炭化珪素種結晶のマクロ欠陥を低減することができる。
【0038】
(炭化珪素単結晶の製造方法)
本発明の一実施形態に係る炭化珪素単結晶の製造方法は、坩堝本体と蓋部とからなる坩堝と、蓋部の下面に配置し、炭化珪素種結晶を保持する台座部とを用い、坩堝内に炭化珪素単結晶からなる種結晶と炭化珪素原料とを配して、前記炭化珪素原料から昇華した昇華ガスを種結晶上に析出させて炭化珪素単結晶を成長させる炭化珪素単結晶を製造する方法において、台座部は、線膨張係数の異方性を有する複数の黒鉛板が積層され接着された構成であり、複数の黒鉛板において、隣接する黒鉛板同士の線膨張係数の最大方向軸が互いに直交しているか、又は、直交から±15°の角度範囲内で交差している。
【0039】
台座部と種結晶とはカーボン接着剤等を用いて接着(接合)することができる。カーボン接着剤は有機溶媒中に炭素(カーボン)粉末を分散させたものであり、溶媒を揮発させることにより炭素材料の特性を損なうことなく、接着(接合)できる。
【0040】
図4に、
図2で示した台座部20を用いた場合に、種結晶Sと台座部20との間に応力緩衝部材30を配置した構成を一例として示す。応力緩衝部材は、他の構成の台座部と種結晶Sとの間に配置してもよい。
【0041】
この炭化珪素単結晶の製造方法では、成長中、種結晶Sにかかる応力を低減する目的で、種結晶と台座部との間に配置する応力緩衝部材(応力緩衝層)を用いてもよい。
種結晶Sと台座部20との間に応力緩衝部材30を備えることにより、かかるせん断応力を抑制することができ、炭化珪素種結晶のマクロ欠陥を低減することができる。
【0042】
応力緩衝部材は、ヤング率5GPa未満であることが好ましい。ヤング率5GPa未満である応力緩衝部材としては、カーボンシートなどを例示できる。
【0043】
この炭化珪素単結晶の製造方法では、種結晶Sとしてその外径が150mm以上であるものを用いることができる。また、外径が200mm以上であるものを用いることもできる。
【実施例0044】
(実施例1)
図4に示す構成(炭化珪素種結晶と台座部との間に応力緩衝部材を用いた構成)をシミュレーションで再現し、昇温した際に応力緩衝層の中心高さに生じるせん断応力を求めた。シミュレーションには汎用FEM解析ソフトウェアANSYS Mechanical(ANSYS,Inc.)を用いた。
シミュレーションは台座部、炭化珪素種結晶、及び、応力緩衝部材を含み、計算負荷を低減するために1/4対称の部分を対象とし、シミュレーションを実施した。シミュレーション条件は以下に示す通りである。
炭化珪素種結晶厚み:3mm
炭化珪素種結晶半径:80mm
応力緩衝部材(層)厚み:1mm
台座部の半径:80mm
台座部の厚さ(全体):40mm
また、各種材料の物性値としては表1に示すように典型的な値を用いた。
【0045】
【表1】
表1において、方向Aは線膨張係数が最大の方向であり、方向Bは方向Aに直交する方向である。
【0046】
これらの構造に対し、材料の弾性域である1000℃の温度を与えた際に生じるせん断応力について、応力緩衝部材内に発生するせん断応力を高さ方向半分の位置で評価した。
台座部の上端は坩堝蓋部に接着している、もしくは坩堝と一体になっていることを想定し、台座部の、種結晶と反対側の辺の高さ方向変位を固定する条件とした。
【0047】
上記シミュレーション条件において、台座部が一体の場合、台座部が2枚の黒鉛板から構成される場合、台座部が4枚の黒鉛板から構成される場合、台座部が5枚の黒鉛板から構成される場合、及び、台座部が8枚の黒鉛板から構成される場合について、上記評価位置における最大せん断応力についてシミュレーションを行った結果を
図5に示す。
【0048】
縦軸に、台座部が一体の場合の評価位置での最大せん断応力を1とした応力比を示す。
評価位置のせん断応力が、台座部を2枚以上の黒鉛板で構成した場合に10%以上低減していることがわかる。
台座部が一体の場合、せん断応力の値は1~3MPaの範囲となり、この範囲でのせん断応力10%の抑制は0.1~0.3MPaに相当する。
黒鉛の強度は材料によって幅があるが、応力緩衝部材としてヤング率5GPa未満となる黒鉛シート(カーボンシート)などを用いる場合、その引張強度は一般的に、数MPa程度である。せん断強度は、引張強度よりも小さく、なおかつ異方性を持つカーボンシードのような部材では、せん断強度はさらに小さくなる。そのため数MPa以下の応力抑制が、応力緩衝部材のクラックに十分に影響を持つと考えられる。
【0049】
(実施例2)
実施例2は、実施例1と比べて、炭化珪素種結晶と台座部との間に応力緩衝部材(応力緩衝層)を有さない点が異なるが、それ以外の条件は共通する。
【0050】
台座部が2枚の黒鉛板から構成される場合、及び、台座部が4枚の黒鉛板から構成される場合で、炭化珪素種結晶と台座部との間に生ずる最大せん断応力についてシミュレーションを行った。
台座部が2枚の黒鉛板から構成される場合、台座部が4枚の黒鉛板から構成される場合について、台座部が一体の場合の最大せん断応力を1とした応力比でそれぞれ、2%、4%の応力緩和効果が得られた。