(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022104329
(43)【公開日】2022-07-08
(54)【発明の名称】凍結保存液
(51)【国際特許分類】
C12N 1/04 20060101AFI20220701BHJP
【FI】
C12N1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020219473
(22)【出願日】2020-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】000000158
【氏名又は名称】イビデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】特許業務法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田畑 泰彦
(72)【発明者】
【氏名】駒田 行哉
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA94X
4B065BA22
4B065BD09
4B065BD12
4B065BD27
4B065BD36
4B065BD37
4B065BD38
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】細胞生存率の高い血球系細胞用の凍結保存液および血球系細胞の凍結保存方法を提供することを目的とする。
【解決手段】溶媒中に、3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子であって、親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含む高分子またはその塩と、3000以下の粘度平均分子量を有する糖類またはその塩と、多価アルコールとを含む血球系細胞用の凍結保存液、ならびに該凍結保存液を用いた血球系細胞の凍結保存方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒中に、
3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子であって、親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含む高分子またはその塩と、
3000以下の粘度平均分子量を有する糖類またはその塩と、
多価アルコールと
を含む血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項2】
前記親水性基を有するモノマーの親水性基が、ヒドロキシル基ならびにカルボン酸基およびその塩からなる群より選択される少なくとも一つである請求項1記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項3】
前記高分子がさらに、置換されていてもよいアミノ基または置換されていてもよいアミド基を有する窒素含有モノマーを繰り返し単位として含む請求項1または2記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項4】
前記高分子が、前記親水性基を有するモノマーと前記窒素含有モノマーとの交互共重合体である請求項3記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項5】
前記親水性基を有するモノマーが、エクアトリアル位に置換したヒドロキシル基を有する請求項1~4のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項6】
前記高分子が、5000以上の粘度平均分子量を有する請求項1~5のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項7】
前記高分子が、複数の糖残基を含む請求項1~6のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項8】
前記糖類が、単糖類、二糖類、またはオリゴ糖である請求項1~7のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項9】
前記糖類が、グルコース、フルクトース、ガラクトースまたはそれらのアルコール基が酸化したウロン酸もしくはアルコール基がアミノ基で置換されたアミノ糖、スクロース、グリコサミノグリカンの切断生成物、グリコサミノグリカンの構成単糖、または、それらの重合体もしくは組み合わせである請求項8記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項10】
前記糖類が、グルコース、グルクロン酸またはN-アセチルグルコサミンである請求項9記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項11】
前記多価アルコールが、少なくとも3個のヒドロキシル基を有する多価アルコールである請求項1~10のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項12】
凍結保存液中の前記高分子の濃度が、0.1w/v%以上、50w/v%以下である請求項1~11のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項13】
凍結保存液中の前記糖類の濃度が、0.1w/v%以上、10w/v%以下である請求項1~12のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項14】
凍結保存液中の前記多価アルコールの濃度が、1w/v%以上、60w/v%以下である請求項1~13のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項15】
前記血球系細胞が、巨核球前駆細胞である請求項1~14のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項16】
前記血球系細胞が、顆粒球、リンパ球、単球、または赤血球である請求項1~14のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項17】
前記血球系細胞が、白血球である請求項1~14のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液。
【請求項18】
血球系細胞の凍結保存方法であって、請求項1~17のいずれか1項に記載の血球系細胞用の凍結保存液に血球系細胞を懸濁し、凍結保存することを特徴とする血球系細胞の凍結保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結保存液、特には血球系細胞用の凍結保存液、および該凍結保存液を用いた血球系細胞の凍結保存法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の再生医療研究の飛躍的な発展に伴い、ヒトにのみならず獣医分野においても細胞治療などの再生医療が積極的に行われている。生体から採取した骨髄由来間葉系幹細胞や脂肪由来間葉系幹細胞は、採取の後に大量に増やし、上記のような再生医療や再生医療研究に用いられる。この際、余剰に増やした細胞を凍結保存し、適宜使用することが一般的である。また、このような細胞の安定供給に対する需要も高まっている。
【0003】
細胞の凍結保存メカニズムにおいて、凍結および/または解凍の過程で細胞内に氷結晶が成長すると、細胞膜や細胞内構造が損傷を受けたり、細胞のタンパク質が変性したりして細胞が致命的なダメージを受けてしまうことが知られている。
【0004】
このような細胞内における凍結を防ぐため、細胞を凍結保存する際には、高濃度の凍害防御剤を用いて氷晶の形成を防ぐガラス化法や、細胞と凍害防御剤とを含む生理液を遅い速度で冷却することにより凍結させる緩慢凍結法が用いられてきた。
【0005】
凍害防御剤としては、例えば、ジメチルスルホキシドなどが広く用いられている。また、幹細胞の凍結保存に最適化された凍結保存液としては、例えば、緩慢凍結法用のSTEM-CELLBANKER(登録商標)(ゼノアックリソース社製)等が挙げられる。
【0006】
特許文献1には、溶媒中に、3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子であって、親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含む高分子またはその塩と、3000以下の粘度平均分子量を有する糖類またはその塩とを含む生体試料用の凍結保存液が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1には、特許文献1の凍結保存液を用いた凍結保存において、従来、凍結保護物質として広く使用されているが細胞毒性や分化誘導性を有することが知られているジメチルスルホキシド等の物質を使わずとも、生体試料が細胞の性状を維持したまま凍結保存され得ることが記載されている。しかしながら、生体試料の種類によっては、十分な凍結保存効果を得ることができない場合があった。
【0009】
特に、生体試料として血球系細胞が用いられた凍結保存の場合、間葉系幹細胞等の凍結保存と比較して解凍後の細胞の生存率が低下してしまうことがある。よって、このような血球系細胞に対しても、高い凍結保存効果を与えることのできる凍結保存液の開発が求められている。
【0010】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたもので、血球系細胞を適切に凍結保存するための凍結保存液を提供する。特には、ジメチルスルホキシドなどの細胞毒性や分化誘導性を有する凍結保護物質を添加せずとも、血球系細胞を高い細胞生存率を維持しながら安定的に凍結保存することのできる、生体適合性の高い血球系細胞用の凍結保存液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、溶媒中に、3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子であって、親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含む高分子またはその塩と、3000以下の粘度平均分子量を有する糖類またはその塩と、多価アルコールとを含む血球系細胞用の凍結保存液に関する。高分子または糖類の塩は、金属塩、ハロゲン塩もしくは硫酸塩が望ましい。金属塩としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属またはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。
【0012】
前記多価アルコールとしては、少なくとも3個のヒドロキシル基を有するものが望ましい。
【0013】
本発明においては、3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子であって、親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含む高分子またはその塩は、主成分として、3000以下の粘度平均分子量を有する糖類またはその塩は、副成分として含まれていることが望ましい。本明細書において、主成分とは、溶媒中に溶解している成分の中で、重量比の最も高い成分をいう。主成分以外の構成成分は副成分である。
【0014】
本発明において使用される親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含む高分子は、その親水性基が修飾されていないか、修飾されていてもその親水性基の全数の50%以下であることが望ましい。高分子中の親水性基が、溶媒のガラス化、および分子量3000以下の糖と生体試料周辺の水との置換と同時に、凍結される細胞の保護に関与していると推定され、親水性基が修飾されることで、疎水化されてしまうと、細胞の凍結保存効果が低下するからである。したがって、主成分としてカルボキシポリアミノ酸のような疎水化した高分子は除かれることが望ましい。
【0015】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、分化因子として機能し得る凍結保護物質であるジメチルスルホキシドを含まないことが望ましい。また、本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、エチレングリコールなどの細胞毒性のある凍結保護物質は含まない方が望ましい。これらは、解凍後の細胞にとって有害だからである。
【0016】
本発明においては、高分子またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0017】
親水性基を有するモノマーが、ヒドロキシル基ならびにカルボン酸基およびその塩からなる群より選択される少なくとも一つである親水性基を有するモノマーである血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0018】
高分子がさらに、置換されていてもよいアミノ基または置換されていてもよいアミド基を有する窒素含有モノマーを繰り返し単位として含む血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0019】
高分子が、前記親水性基を有するモノマーと前記窒素含有モノマーとの交互共重合体である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0020】
親水性基を有するモノマーが、エクアトリアル位に置換したヒドロキシル基を有するモノマーである血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0021】
5000以上の粘度平均分子量を有する高分子またはその塩を含む血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0022】
高分子が、複数の糖残基を含む高分子である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0023】
糖類が、単糖類、二糖類、またはオリゴ糖である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0024】
糖類が、グルコース、フルクトース、ガラクトースまたはそれらのアルコール基が酸化したウロン酸もしくはアルコール基がアミノ基で置換されたアミノ糖、スクロース、グリコサミノグリカンの切断生成物、グリコサミノグリカンの構成単糖、または、それらの重合体もしくは組み合わせである血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0025】
糖類が、グルコースまたはグルクロン酸またはN-アセチルグルコサミンである血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0026】
多価アルコールが、少なくとも3個のヒドロキシル基を有する多価アルコールである血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0027】
凍結保存液中の高分子またはその塩の濃度が、0.1w/v%以上、50w/v%以下である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0028】
凍結保存液中の糖類またはその塩の濃度が、0.1w/v%以上、10w/v%以下である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0029】
凍結保存液中の多価アルコールの濃度が、1w/v%以上、60w/v%以下である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0030】
血球系細胞が、巨核球前駆細胞である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0031】
血球系細胞が、顆粒球、リンパ球、単球、または赤血球である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0032】
血球系細胞が、白血球である血球系細胞用の凍結保存液が好ましい。
【0033】
本発明はまた、血球系細胞の凍結保存方法であって、上記のいずれかの凍結保存液に血球系細胞を懸濁し、凍結保存することを特徴とする血球系細胞の凍結保存方法に関する。
【0034】
なお、本発明において使用される高分子または糖類の「粘度平均分子量」とは、以下のような方法と計算式とによって求められる。
【0035】
極限粘度測定:
(1)所定量のNaClを30℃のイオン交換水に溶解させ、0.2MのNaCl溶液(標準液)を調製する。
(2)高分子または糖類の試料を30℃の標準液に溶解させ、原液を調製する。標準液および原液それぞれの粘度を測定し、標準液に対する原液の相対粘度が2.0~2.4となるように調整する。
(3)30℃の原液を、30℃の標準液を用いて5/4、5/3、5/2倍となるようにそれぞれ希釈する。
(4)30℃の標準液、原液および希釈液の粘度をそれぞれ測定する。粘度測定には、E型粘度計を用いる。
(5)原液および希釈液それぞれの粘度を標準液の粘度で割ったものを相対粘度(η
r)とし、下式に基づき還元粘度を導出する。
ここで、η
sp:高分子または糖類の還元粘度[mL/g]、η
r:高分子または糖類の相対粘度[-]、C:高分子または糖類の濃度[g/mL]である。
(6)高分子または糖類の濃度と、高分子または糖類の還元粘度との関係をそれぞれプロットし、近似直線を引く。近似直線の切片(高分子または糖類濃度=0)の値を極限粘度とする。
【0036】
粘度平均分子量:
粘度平均分子量は、極限粘度から算出する。
上記のマークホーイング桜田の式に、測定で導出した極限粘度と、文献等で公開されているKとαの値から粘度平均分子量Mを求める。
【0037】
Kおよびαは高分子の種類によって変動する数値であり、例えば「高分子材料便覧」(社団法人高分子学会編)など多数の公開文献にKとαの値が開示されており、公表されている値を用いて粘度平均分子量の計算を行うことができる。
【0038】
例えば、ヒアルロン酸の場合、K=3.6×10-4およびα=0.78、プルランおよびゼラチンの場合、文献値よりK=9×10-4、α=0.5である。例えばデキストランの場合、K=6.3×10-8、α=1.4、コンドロイチン硫酸の場合、K=5.8×10-4、α=0.74を用いることができる。
【0039】
単糖や二糖、単分子と考えられる化合物の場合は、構造式から分子量が明確に特定されるため、本発明においては、構造式から特定される分子量を粘度平均分子量として擬制して扱う。
【0040】
本発明の凍結保存液を調製するために使用される溶媒としては、水のような水性溶媒を用いることが望ましい。特に体液や細胞液の浸透圧とほぼ同じになるようにナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン等によって塩濃度や糖濃度等を調整した等張液であることが好ましい。具体的には、例えば、水、生理食塩水、緩衝効果のある生理食塩水であるリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline;PBS)、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水(Tris Buffered Saline;TBS)、HEPES緩衝生理食塩水等、ハンクス平衡塩溶液などの平衡塩溶液、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、または、D-MEM、E-MEM、αMEM、RPMI-1640培地、Ham’s F-12、Ham’s F-10、M-199などの動物細胞培養用基礎培地、他の市販の培地などを挙げることができる。
【0041】
また、溶媒中に、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、リン酸二水素カリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、グルコース、塩化ナトリウム、アミノ酸などを含んでいてもよい。アミノ酸としてはプロリンが好適に選択される。
【発明の効果】
【0042】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、粘度平均分子量3000を超え、500000以下の高分子成分によるガラス化性能の付与、粘度平均分子量3000以下の低分子量の糖類による細胞膜近傍での氷晶形成および成長の阻害および細胞の保護効果、ならびに細胞内浸透性であり細胞内の水分子を置換する多価アルコールの抗凍結機能により、血球系細胞において、凍結保存中の細胞膜の障害を防止し、高度な細胞医療に適用可能な解凍後の高い生存率および増殖率をもたらすことができる。本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、細胞毒性の高い物質を用いることなく、従来技術では困難であった血球系細胞用をはじめ、有核細胞および無核細胞を含む多くの種類の細胞に対して高い凍結保存効果を示すことができる。
【0043】
すなわち、本発明の血球系細胞用の凍結保存液では、DMSOなどの細胞毒性の高い物質が含まれないため、細胞への悪影響が抑制され、かつ、凍結保存中および凍結保存後の細胞の生存率および品質が維持され得る。なお、DMSOやエチレングリコールなどの細胞毒性を有し得る化学物質を細胞の機能を損なわない低濃度で加えることは可能である。
【0044】
また、本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、血清および/または血清由来タンパク質を含まないため、凍結される細胞が細菌やウィルスに汚染されることもない。なお、細菌やウィルスに汚染されていないようなタンパク質を添加することは可能である。
【0045】
また、本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いた細胞の凍結保存では、冷却時に細胞保護のための大きな冷却速度を必要とせず、また、液体窒素などを用いる低温度も必要としないため、凍結作業は簡便であり、またコスト効率もよい。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【
図1】凍結保存後に解凍されたヒト単球性培養細胞THP-1の、フローサイトメトリーによる細胞生存率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、溶媒中に、3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子またはその塩と、3000以下である粘度平均分子量を有する糖類またはその塩と、多価アルコールとを含む血球系細胞用の凍結保存液である。本発明の高分子は親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含んでいる。
【0048】
本発明の高分子またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0049】
なお、本発明の高分子または糖類の「粘度平均分子量」とは、以下のような方法と計算式とから算出される値を意味する。
【0050】
以下に極限粘度の測定方法および極限粘度を用いた粘度平均分子量の計算方法を記載する。
極限粘度測定:
(1)所定量のNaClを30℃のイオン交換水に溶解させ、0.2MのNaCl溶液(標準液)を調製する。
(2)高分子または糖類の試料を30℃の標準液に溶解させ、原液を調製する。高分子または糖類の試料が溶液で入手される場合は、溶液から溶媒を除去した固形分を高分子または糖類の試料とする。高分子および糖類の混合試料、複数の高分子を含む混合試料または複数の糖類を含む混合試料の場合は、各物質を分離、分画した後、各物質から溶媒を除去したものを高分子または糖類の試料とする。また、高分子および/または糖類が未知の場合は、高分子および/または糖類についてHPLC、LC-MSやLC-IR等で物質を同定する。未知の高分子および/または糖類を複数含む場合は、各成分を分離、分画し、それぞれの高分子および/または糖類についてHPLC、LC-MSやLC-IR等で物質を同定し、後述するように粘度平均分子量を計算する。なお、高分子や糖類に不純物が混じった混合物であっても、粘度に影響がなければ(例えば、金属塩のような不純物)、混合物を高分子または糖類の試料とする。また、粘度平均分子量の計算に影響がある不純物を含む場合は、不純物を除去するか、高分子や糖類を分画した後測定する。標準液および原液それぞれの粘度を測定し、標準液に対する原液の相対粘度が2.0~2.4となるように調整する。
(3)30℃の原液を、30℃の標準液を用いて5/4、5/3、5/2倍となるようにそれぞれ希釈する。
(4)30℃の標準液、原液および希釈液の粘度をそれぞれ測定する。粘度測定には、E型粘度計を用いる。
(5)原液および希釈液それぞれの粘度を標準液の粘度で割ったものを相対粘度(η
r)とし、下式に基づき還元粘度を導出する。
ここで、η
sp:高分子または糖類の還元粘度[mL/g]、η
r:高分子または糖類の相対粘度[-]、C:高分子または糖類の濃度[g/mL]である。
(6)高分子または糖類の濃度と、高分子または糖類の還元粘度との関係をそれぞれプロットし、近似直線を引く。近似直線の切片(高分子または糖類濃度=0)の値を極限粘度とする。
粘度平均分子量:
粘度平均分子量は、極限粘度から算出する。
上記のマークホーイング桜田の式に、測定で導出した極限粘度と、文献等で公開されているKとαの値から粘度平均分子量Mを求める。ヒアルロン酸の場合は、K=3.6×10
-4およびα=0.78を代入して、粘度平均分子量Mを求める。実施例で用いられているプルランおよびゼラチンには、文献値よりK=9×10
-4、α=0.5を、また、デキストランには、K=6.3×10
-8、α=1.4を、コンドロイチン硫酸には、K=5.8×10
-4、α=0.74、カルボキシポリリジンについては、K=2.78×10
-5、α=0.87を用いる。
【0051】
Kおよびαは高分子の種類によって変動する数値であり、例えば「高分子材料便覧」(社団法人高分子学会編)など多数の公開文献にKとαの値が開示されており、公表されている値を用いて粘度平均分子量の計算を行う。
【0052】
本発明では、この方法で算定された分子量を粘度平均分子量とする。なお、スクロースやグルクロン酸のような単糖や二糖、単分子と考えられる化合物の場合は、構造式から分子量が明確に特定されるため、構造式から特定される分子量を粘度平均分子量として擬制して扱う。
【0053】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液に含まれる、所定の分子量および多数の親水性基を有する高分子によって、本発明の凍結保存液を用いた凍結保存では、凍結保存される試料の冷却過程において高分子鎖により形成されるマトリックス内に溶媒の水分子がトラップされる。高分子鎖が親水性基を含むため、冷却時に溶媒の水の分子運動が制限され、水が結晶化せずにガラス化状態で固化および/または凍結され得る。このように、高分子鎖の作用により細胞内が脱水されてガラス化されるので、本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いた凍結保存では、従来のガラス化法での、溶質(凍結保護物質)の濃度を高めることや、冷却速度を大きくすることが行われなくてよい。本発明では、高分子鎖の作用により細胞内での氷晶の形成が抑制されるため、細胞内外で生じる浸透圧差を用いて細胞内を脱水し細胞内部をガラス化するという従来のガラス化法において問題となっていた凍結時の細胞における浸透圧ショックを弱めることができる。また、凍結された細胞の溶解時に再結晶化が起こることもないので、解凍による細胞のダメージも少ないと考えられる。
【0054】
本発明の高分子の粘度平均分子量は、3000を超え、500000以下である。この程度の粘度平均分子量であると、凍結状態での非晶質であるガラス状態が安定化され得る。冷却および凍結によって細胞がダメージを受けにくくなり、細胞が安定的に凍結保存され得る。したがって、凍結保存後の生体試料を解凍した後の、血球系細胞を含む細胞の生存率が高い。高分子の粘度平均分子量が3000以下であると、ガラス化が良好に起こりにくい場合がある。また、高分子の粘度平均分子量が500000より大きいと、粘度が著しく上昇し、また、溶解度が低下したり、調製した溶液が泡立ってハンドリング性が悪化するという問題が生じ得る。粘度平均分子量は例えば、5000以上が好ましい。また、400000以下、さらには200000以下の粘度平均分子量である高分子が好ましく、150000以下が特に好ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0055】
本発明の高分子は、親水基を有するモノマーを繰り返し単位として含む重合体である。親水性基は、例えば、ヒドロキシル基ならびにカルボン酸基およびその塩である。また、本発明の高分子は、置換されていてもよいアミノ基または置換されていてもよいアミド基を有する窒素含有モノマーを繰り返し単位として含んでいてもよい。さらに、本発明の高分子は、その構造内にエクアトリアル位のヒドロキシル基を有していることが好ましい。これにより、溶媒の水を凍結時により良好に高分子鎖で形成されるマトリックス内にトラップすることができると考えられる。
【0056】
親水基を有するモノマーは例えば、糖残基である。この場合、本発明の高分子は、糖残基が繰り返し単位としてグリコシド結合により結合したものおよびこれらの誘導体を含む高分子であり得る。糖残基としては、単糖、または、単糖のヒドロキシル基および/またはヒドロキシメチル基が置換された単糖、例えば、ヒドロキシル基および/またはヒドロキシメチル基が、カルボキシル基、アミノ基、N-アセチルアミノ基、スルホオキシ基、メトキシカルボニル基およびカルボキシメチル基からなる群より選ばれる少なくとも1種の置換基で置換された単糖などが例示されるがこれらに限定はされない。
【0057】
単糖としては、トリオース、テトロース、ペントース、ヘキソースおよびヘプトース等が挙げられる。例えば、ペントースとしては、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、キシルロース、リブロース、デオキシリボースなどが挙げられる。ヘキソースとしては、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトース、ソルボース、タガトース、フコース、フクロース、ラムノースなどが挙げられる。
【0058】
例えば、カルボキシル基で置換された単糖としては、ウロン酸などが挙げられる。ウロン酸としては、例えば、グルクロン酸、イズロン酸、マンヌロン酸およびガラクツロン酸などが挙げられる。アミノ基で置換された単糖としては、アミノ糖などが挙げられる。アミノ糖としては、例えば、グルコサミン、ガラクトサミン、マンノサミンおよびムラミン酸などが挙げられる。N-アセチルアミノ基で置換された単糖としては、例えば、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルマンノサミン、N-アセチルガラクトサミンおよびN-アセチルムラミン酸などが挙げられる。スルホオキシ基で置換された単糖としては、ガラクトース-3-硫酸などが挙げられる。また複数の置換基をもつ単糖としては、例えば、N-アセチルグルコサミン-4-硫酸、イズロン酸-2-硫酸、グルクロン酸-2-硫酸、N-アセチルガラクトサミン-4-硫酸、ノイラミン酸およびN-アセチルノイラミン酸などが挙げられる。
【0059】
例えば、本発明の高分子は、上述したような単糖類を繰り返し単位として含む高分子である。例えば、本発明の高分子は、置換されていてもよいペントース、ヘキソースもしくはウロン酸またはそれらの組合せを繰り返し単位として含む高分子であり得る。また、本発明の高分子は、親水性基を有するモノマーと窒素含有モノマーとの交互共重合体であってもよい。窒素含有モノマーは例えばアミノ糖であってもよい。この場合、例えば、本発明の高分子は、グリコサミノグリカンであり得る。また、1つ以上のヒドロキシル基がスルホオキシ基で置換された、硫酸化多糖類であってもよい。これらに限定されるわけではないが、本発明の高分子としては、例えば、ヒアルロン酸、デキストラン、プルラン、またはコンドロイチン硫酸などが挙げられる。
【0060】
本発明において使用される高分子は、天然由来のものであってもよく、また、化学的に合成したものや、市販の高分子であってもよい。分子量がより大きな天然由来の高分子化合物や市販の高分子化合物を用いて、加水分解や酵素処理、亜臨界処理等の処理に付してその切断生成物を得、分子量の調整をして本発明の高分子としてもよい。また、各モノマーも、天然由来のものであってもよく、天然由来のモノマーを修飾・置換して用いてもよく、また、化学合成されたものでもよい。例えば、好ましくは、本発明の高分子に含まれるモノマーは生体構成成分である。高分子を含む凍結保存液の細胞毒性が低いと考えられる。
【0061】
本発明の高分子の親水性基は、修飾されていないか、修飾されていても親水性基の全数の50%以下、すなわち、高分子鎖に置換基が導入されていないか、導入されていても親水性基の全数の50%以下であることが望ましい。高分子の親水性基、特にOH基、NH2基、COOH基が凍結される細胞の保護および溶媒のガラス化、糖と細胞周辺の水との置換に寄与していると推定されるため、これらの官能基が修飾されていない方が解凍後の細胞の生存率向上に有利であると考えられる。
【0062】
また、本発明の高分子の親水性基は、低分子量の糖類を水素結合により保持していると考えられ、このような低分子量の糖類を保持した高分子が細胞などの生体試料の周りに存在することで、細胞膜近傍の水分子と糖類の置換が促進できると推定される。このため、親水性基が修飾されていると、親水性基の低分子量の糖類の保持効果が低下してしまい、低分子量の糖類が共存していても、細胞の生存率向上には十分寄与しない虞がある。したがって、OH基やNH2基をカルボン酸などで修飾することは好ましくない場合がある。
【0063】
本発明の凍結保存液は、3000以下の粘度平均分子量を有する糖類またはその塩を含んでいる。この糖類によって細胞膜付近の水分子が置換されて、細胞膜付近の氷晶形成および成長が抑制され、その結果、細胞膜障害が顕著に抑制され得る。すなわち、本発明において使用される糖類またはその塩は、細胞保護のための成分として機能し得る。本発明の糖類は例えば、分子量が3000以下、好ましくは2000以下、さらに好ましくは1000以下である、単糖類、二糖類、またはオリゴ糖などであり得る。
【0064】
このような糖類としては、例えば、本発明の高分子を構成するモノマーとして上述された単糖類が挙げられる。例えば、糖類は、グルコース、フルクトース、ガラクトースまたはそれらのアルコール基が酸化したウロン酸もしくはアルコール基がアミノ基で置換されたアミノ糖、スクロース、トレハロース、または、それらの重合体または組み合わせである。また、糖類は、例えば、本発明において使用される高分子、例えばヒアルロン酸、デキストラン、プルラン、またはコンドロイチン硫酸などの断片であってもよい。本発明の効果を損なわない限り特に限定されないが、糖類は、例えば、グリコサミノグリカンの切断生成物(断片)すなわちグリコサミノグリカンを構成している単糖、その二糖、またはそのオリゴ糖であり得る。
【0065】
好ましくは、糖類は、グルコース、またはヒアルロン酸の切断生成物である。したがって、好ましくは、本発明の糖類は、グルコース、または、グルクロン酸もしくはN-アセチルグルコサミン、または、それらからなる二糖もしくはオリゴ糖である。好ましくは、糖類は、グルクロン酸もしくはその修飾化合物、またはその二糖もしくはオリゴ糖であり得る。
【0066】
本発明において用いられる「切断生成物」とは、高分子に対して加水分解や酵素処理、亜臨界処理等の処理を行った際に得られると考えられる、元の高分子より小さな分子量をもつ化合物を意味する。すなわち、本発明の高分子は、上述のように、より大きな高分子化合物の処理により得られる、3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子であってもよく、本発明の糖類は、本発明の高分子の処理により得られる、3000以下の粘度平均分子量を有する糖類であってもよい。切断生成物は、元の高分子の構成成分であるモノマーおよび/またはモノマーの種々の重合度の重合体および/またはそれらの混合物であり得る。
【0067】
「亜臨界処理」とは、所定の温度および所定の圧力の条件下で亜臨界状態にした抽出溶媒としての亜臨界流体と、抽出対象の原料とを接触させることを意味する。例えば、水は、圧力22.12MPa以上および温度374.15℃以上まで上げると液体でも気体でもない状態を示す。この点を水の臨界点といい、臨界点より低い近傍の温度および圧力の熱水を亜臨界水という。この亜臨界水の加水分解作用を用いて、抽出対象の原料から所望の成分を得ることができる。本発明において亜臨界処理する場合の条件としては、例えば、150℃以上、350℃以下の温度であり、亜臨界処理圧力は、各温度の飽和蒸気圧以上とすることができるが例えば、0.5MPa以上、25MPa以下とすることができる。亜臨界処理後、所定の分子量以下である成分が分離回収され、本発明における切断生成物として使用され得る。また、加水分解や酵素処理としても、特に限定されず、通常用いられるような試薬および処理方法が問題なく用いられ得る。
【0068】
本発明の高分子および糖類は、一度の亜臨界処理によって同時に得られるものであってもよい。すなわち、本発明における高分子および糖類は、粘度平均分子量として3000より大きく、500000以下である分子量範囲に第1の分子量分布を有し、粘度平均分子量として3000以下の分子量の範囲に第2の分子量分布を有するような、高分子化合物の亜臨界処理物であってもよい。
【0069】
本発明の高分子または糖類の塩としては、金属塩、ハロゲン塩または硫酸塩などが挙げられる。金属塩としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属またはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。
【0070】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、多価アルコールを含む。多価アルコールは、水と水素結合を形成することで、水が凍結して結晶化することを阻害し、血球細胞の破壊を抑制することができる。多価アルコールとしては、少なくとも3個のヒドロキシル基を有する多価アルコールであることが望ましい。前記少なくとも3個のヒドロキシル基を有する多価アルコールは、糖アルコールであってもよい。少なくとも3個のヒドロキシル基を有する多価アルコールとしては、細胞毒性をもたないアルコールが好ましい。具体的には、例えば、グリセロール、ソルビトール、エリスリトール、キシリトール、ジグリセロール、トリグリセロール、ポリグリセロールなどが挙げられる。
【0071】
このような少なくとも3個のヒドロキシル基を有する多価アルコールは、細胞の凍結時に、細胞内に浸透して、細胞内の水分子と結合する。これにより細胞内の水による氷の結晶の成長速度を遅らせ、この結果、少なくとも3個のヒドロキシル基を有する多価アルコールは、氷の結晶の細胞内での形成を抑制する凍結保護剤として作用し得る。
【0072】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、凍結時に、水分子を高分子鎖によりトラップし、溶媒部分に氷晶が生成することを防止してガラス化することにより、氷晶形成による細胞などの生体試料の破裂を抑制し得る高分子と、細胞膜などの生体試料の、溶媒との境界組織近傍の水分子を置換することで、細胞膜付近の氷晶形成および成長を阻害して細胞膜を保護する低分子量の糖類と、細胞内での氷晶の形成を抑制する凍結保護剤である多価アルコールとの組み合わせにより、細胞の凍結時の氷晶形成および融解時の再結晶を効果的に抑制することのできる、従来技術では得ることのできなかった高い凍結保存効果を示す優れた凍結保存液である。この特徴により、本発明の凍結保存液は、凍結保存および解凍に対する細胞へのダメージを顕著に軽減することができ、そして、従来の凍結保存液では、生存率を高く維持しながら凍結することが困難であった血球系細胞も、安定的かつ高い生存率を維持して凍結保存され得る。
【0073】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、高分子またはその塩を0.1w/v%以上、50w/v%以下程度の濃度で含む。0.1w/v%よりも低い濃度であると、溶媒部分を良好にガラス化することができない場合がある。また、50w/v%より高い濃度では、粘度が高くなりすぎて、ハンドリング性が悪化するおそれがある。例えば、高分子またはその塩の濃度は、0.5w/v%以上が好ましい。また、高分子またはその塩の濃度は、20w/v%以下が好ましい。本発明の血球系細胞用の凍結保存液中に含まれる高分子またはその塩の量は、5w/v%以上、20w/v%以下であってもよい。
【0074】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液中の糖類またはその塩の濃度は、0.1w/v%以上、10w/v%以下程度である。糖類またはその塩の濃度が0.1w/v%未満であると本発明の効果が十分得られない場合がある。また、糖類を10w/v%以上の濃度となるように添加すると、細胞保護成分としてのさらなる効果は得られにくい。本発明の血球系細胞用の凍結保存液中の高分子と糖類の含有量の重量比は、高分子:糖類=1:1~500:1が望ましく、高分子:糖類=1:1~50:1が好ましく、高分子:糖類=1:1~20:1であることが最適である。
【0075】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液中の多価アルコールの濃度は、1w/v%以上、60w/v%以下程度である。多価アルコールの濃度が1w/v%未満であると本発明の効果が十分得られない場合がある。多価アルコールの濃度が60w/v%以上であると、良好なガラス化効果が得られなくなる虞がある。例えば、ハンドリング性等の観点から、多価アルコールの濃度は20w/v%以下程度であることが好ましい場合がある。
【0076】
上述のように、本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いることにより、生存率を高く維持しながら血球系細胞を凍結保存することができる。本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、生存率を高く維持しながら凍結することが困難であった血球系細胞に対しても、高い凍結保護効果を示す。本発明の血球系細胞は、白血球、顆粒球、リンパ球、単球および赤血球などの成熟血液細胞、ならびに、造血幹細胞、造血幹細胞から成熟細胞への分化段階である顆粒球・マクロファージ前駆細胞、巨核球・赤芽球前駆細胞、巨核球前駆細胞などの系統制限前駆細胞や多分化能前駆細胞を含む。
【0077】
本発明における凍結保存液とは、凍結保存される血球系細胞などの細胞のペレットや細胞懸濁液に加える前の水溶液を意味している。すなわち、本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、高分子と低分子量の糖類と多価アルコールとを水性溶媒中に含むものである。水性溶媒としては、例えば、体液や細胞液の浸透圧とほぼ同じになるようにナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン等によって塩濃度や糖濃度等を調整した等張液などであってもよい。具体的には、例えば、水、生理食塩水、緩衝効果のある生理食塩水であるリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline;PBS)、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水(Tris Buffered Saline;TBS)、HEPES緩衝生理食塩水等、ハンクス平衡塩溶液(HBSS)などの平衡塩溶液、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液などが例示されるがこれらに限定される訳ではない。また、本発明の効果を損なわない限り溶媒は、例えば等張剤やキレート剤、溶解補助剤、pH調整剤や細胞培養用培地への添加物として通常用いられる添加剤などの他の任意成分を含んでいてもよい。
【0078】
また、本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、他の任意成分として、凍結保存液の凍結保護作用を補助するような凍結保護サポート物質をさらに含んでいてもよい。なお、該凍結保護サポート物質は、3000以下の粘度平均分子量を有する糖類またはその塩とは異なる物質である。このような物質としては、例えば細胞内の水分が凍結するよりも高い温度で溶液中に氷核を形成させる物質であることが知られているアミノ酸などが挙げられる。このようなアミノ酸としては、例えば、グリシン、アラニン、バリン、アスパラギン、イソロイシン、グルタミン、プロリンおよびヒスチジンなどが挙げられる。また、凍結保護サポート物質としては、細胞膜非透過型凍結保護物質が用いられてもよく、例えば、糖類やデキストラン等が挙げられる。糖類としては例えば、デキストロース、マンノース、ガラクトース、フルクトース、ラフィノース、ラクトース、スクロース、マルトース、グルコース、ソルビトール、マンニトール、トレハロースなどが挙げられる。このような凍結保護サポート物質は、例えば、0.1w/v%以上、10w/v%以下程度の濃度で本発明の凍結保存液に含まれ得る。
【0079】
なお、本明細書において、「任意成分」とは、含んでもよいし含まなくてもよい成分のことを意味している。
【0080】
例えば、本発明の凍結保存液の水性溶媒は、5%グルコース水溶液などであってもよい。また、水性溶媒は、例えば市販の培地やD-MEM、E-MEM、αMEM、RPMI-1640培地、Ham’s F-12、Ham’s F-10、M-199などの基礎培地などの細胞培養用の培地であってもよい。しかしながら、本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、血球系細胞の培養後の培養液または血球系細胞の懸濁液に、所定の濃度の高分子、低分子量の糖類、および多価アルコールを添加して用いられる場合も含んでいる。
【0081】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液による凍結保存では、凍結される細胞へのダメージが低い。また、公知のガラス化法で必要とされる凍結保存時の浸透圧ショックを軽減するための大きな冷却速度も不要である。したがって、血球系細胞などを、簡便な、コスト効率のよい手法で良好に凍結保存することができる。例えば、本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いた場合、血球系細胞は、-27℃以下に、例えば、10℃/min以下程度の冷却速度で、冷却することで良好に凍結される。血球系細胞用は例えば、本発明の凍結保存液とともに凍結処理容器等に移され、-80℃のディープフリーザー中に放置されることによって、高い生存率を維持しながら凍結保存される。特別な手技や器具は必要とされない。凍結保存温度の範囲としては、-27℃以下であれば限定されるものではないが、上限として、望ましくは、-70℃以下、好ましくは-80℃以下である。また下限として、望ましくは、-196℃以上、好ましくは-150℃以上である。
【0082】
本発明の血球系細胞用の凍結保存液による凍結血球系細胞の保存期間は、凍結保存した血球系細胞が融解した後、凍結前と同等の性質を保持している限り、特に限定されるものではないが、例えば、1週間以上、2週間以上、3週間以上、4週間以上、2か月以上、3か月以上、4か月以上、5か月以上、6か月以上、1年以上、またはそれ以上とされ得る。
【0083】
本発明の3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子であって、親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含む高分子は、非浸透型の凍結保護試薬であるため、細胞毒性が低いと考えられる。また、本発明の血球系細胞用の凍結保存液において、高分子と共に用いられる糖類が細胞保護のために機能するため、凍結保存中に細胞においてその性状が変化しない。さらに、本発明の血球系細胞用の凍結保存液で用いられる多価アルコールが細胞内での氷晶形成を抑制する凍結保護剤として機能するため、凍結保存中に細胞の性質変化が起こらない。したがって、本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いることにより、血球系細胞は、特性を凍結前と同等に維持したまま、再生治療目的で長期的かつ安定的に凍結保存され得る。
【0084】
このように、本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いることにより、凍結状態で溶媒のガラス化状態が安定化され、また凍結保存液自身の毒性も低いため、凍結保存液中で細胞が長期間安定的に保存され得る。本明細書において、長期間安定的な保存とは、例えば、本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いて凍結保存した血球系細胞の解凍後の、融解された細胞の生存率が、保存直前の細胞の生存率を基準として、5か月後に、10%未満程度、好ましくは5%未満程度の低下、または、6か月後に、20%未満程度、好ましくは10%未満程度の低下、または、12か月後に、15%未満程度、好ましくは30%未満程度の低下しかみられないことを意味する。また、本明細書において、長期間安定的な保存とは、例えば、血球系細胞を本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いて凍結して-80℃で長期間保存した後、細胞を解凍し、続いて4℃で解凍された細胞を保存した場合に、解凍後の24時間後でも、解凍直後の細胞生存率を基準として5%未満の生存率の低下しかみられないことを意味する。本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いた凍結保存では、凍結保護物質としてDMSOなどを含む場合と比較して、細胞がよりストレスの少ない条件下で凍結保存されていると考えられる。したがって、本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いることにより、凍結・融解後の細胞について非常に高い細胞生存率を得ることができる。さらに、融解直後のみならず、融解後に冷蔵保存された細胞も高い細胞生存率を示し得る。本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、血球系細胞を、細胞の性状を変化させることなしに、安定的に長期間、凍結保存できる。
【0085】
本発明の3000より大きく、500000以下である粘度平均分子量を有する高分子であって、親水性基を有するモノマーを繰り返し単位として含む高分子としては、例えば、生体構成成分である高分子がより好ましい。このような高分子またはその塩を用いることにより、凍結保存された血球系細胞は解凍され、融解された血球系細胞はそのまま投与され得る。例えば、本発明の好ましい高分子は、ヒアルロン酸である。特には、400000以下、望ましくは200000以下である粘度平均分子量をもつヒアルロン酸である。より特には、粘度平均分子量が3000より大きく、より望ましくは5000より大きく、そして、60000以下、より望ましくは20000以下であるヒアルロン酸が挙げられる。
【0086】
本発明はまた、血球系細胞の凍結保存方法であって、本発明の血球系細胞用の凍結保存液に血球系細胞を懸濁し、凍結保存することを特徴とする血球系細胞の凍結保存方法に関する。本発明の血球系細胞用の凍結保存液を用いることにより、解凍後の生存率および増殖が良好となる血球系細胞の凍結保存方法が提供され得る。本発明の凍結保存液はDMSOを含有せず、また凍結保存時の細胞ダメージも少ないため、血球系細胞の性状も凍結保存中および解凍後に良好に維持され得る。
【実施例0087】
本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0088】
<試験用凍結保存液の調製>
(1)容積2Lの耐圧容器に平均分子量100万である高分子ヒアルロン酸(Shanghai Easier Industrial Development社製)と水とを20:100で混合し、処理温度175℃、処理圧力0.89MPa、および処理時間3分で亜臨界処理を行った。その後、亜臨界処理物を凍結乾燥またはスプレードライ法で乾燥した。これにより、極限粘度が0.49dL/gであり、粘度平均分子量が10000の高分子ヒアルロン酸と、極限粘度が0.08dL/gであり、粘度平均分子量が1000の低分子量ヒアルロン酸との混合物、すなわち本発明で使用する高分子および低分子量の糖類を得た。
【0089】
(2)注射用水1Lに、ハンクス平衡塩溶液:HBSS(Gibco社)の組成と同じ塩化カルシウム140mg、塩化マグネシウム六水和物100mg、硫酸マグネシウム七水和物100mg、塩化カリウム400mg、リン酸二水素カリウム60mg、炭酸水素ナトリウム350mg、リン酸水素二ナトリウム48mg、D(+)-グルコース11g、および塩化ナトリウム9gと、プロリン10gと、上記(1)で得た高分子および低分子量の糖類の混合物100gとを溶解させ、試験用凍結保存液を得た(10重量%の高分子および低分子量の糖類の混合物含有)。
【0090】
<細胞の培養>
ヒト血球系細胞として、理研細胞バンクより試験目的のため有償供与されたヒト単球系細胞培養株であるTHP-1細胞を使用した。THP-1細胞は、10%ウシ血清(Hyclone社製)を含有したRPMI培地(GIBCO社製)を用いて、37℃、5%CO2条件下で充分量が得られるまで培養した。
【0091】
<血球系細胞用凍結保存液の調製>
・実施例1
HBSS(Gibco社)に終濃度20%となるようにグリセロール(富士フイルム和光純薬(株)製)を懸濁した溶液と、HBSSにて5倍希釈した試験用凍結保存液とを1:1で混合し、10%グリセロール含有10倍希釈凍結保存液を調製した(1重量%の高分子および低分子量の糖類の混合物含有。粘度平均分子量10000の高分子ヒアルロン酸:粘度平均分子量が1000の低分子量ヒアルロン酸=10:1である)。
【0092】
・実施例2
HBSS(Gibco社)に終濃度20%となるようにグリセロール(富士フイルム和光純薬(株)製)を懸濁した溶液と、HBSSにて2倍希釈した試験用凍結保存液とを1:1で混合し、10%グリセロール含有4倍希釈凍結保存液を調製した(2.5重量%の高分子および低分子量の糖類の混合物含有。粘度平均分子量10000の高分子ヒアルロン酸:粘度平均分子量が1000の低分子量ヒアルロン酸=10:1である)。
)。
【0093】
・実施例3
HBSS(Gibco社)に終濃度20%となるようにグリセロール(富士フイルム和光純薬(株)製)を懸濁した溶液と、試験用凍結保存液とを1:1で混合し、10%グリセロール含有2倍希釈凍結保存液を調製した(5重量%の高分子および低分子量の糖類の混合物含有。粘度平均分子量10000の高分子ヒアルロン酸:粘度平均分子量が1000の低分子量ヒアルロン酸=10:1である)。
【0094】
・試験例1
上記で得た試験用凍結保存液を凍結保存液とした(10%の高分子および低分子量の糖類の混合物含有。粘度平均分子量10000の高分子ヒアルロン酸:粘度平均分子量が1000の低分子量ヒアルロン酸=10:1である)。
【0095】
・比較例1
HBSS(Gibco社)に終濃度10%となるようにグリセロール(富士フイルム和光純薬(株)製)を添加した溶液を比較例1の凍結保存液とした。
【0096】
・比較例2
市販の凍結保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標) GMP grade(DMSO含有)、ゼノアックリソース社製、100mLのDMSOと蒸留水750mL中にカルボキシメチルセルロースナトリウム(分子量76万)5gを溶解させた水溶液と150mLの蒸留水にグルコース30.0g、炭酸水素ナトリウム0.8g、4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid 0.36g、およびリン酸緩衝液1.576gを溶解させた水溶液とを混合したものであると推察される保存液)を比較例2の凍結保存液とした。
【0097】
<各凍結保存液を用いたTHP-1細胞の凍結保存>
培養中のTHP-1細胞を回収し、1×106個/mLとなるように実施例1~3、試験例1、および比較例1、2それぞれの凍結保存液に懸濁した。その後、凍結保存容器(ミスターフロスティー)に入れ、-80℃のディープフリーザー庫内で、1℃/minの凍結速度で凍結した。細胞は、次に使用するまで凍結保存された。
【0098】
<凍結保存安定性の評価方法>
各凍結保存液の保存安定性は、凍結融解後にアポトーシス細胞を検出することによって、凍結融解された総計の細胞に対する生細胞の割合を算出することにより評価された。
【0099】
各凍結保存液で凍結保存したTHP-1細胞は37℃の湯浴にて溶解された。溶媒をFlow Cytometry Staining Buffer(R&D Systems, Inc)に置換後、生存率(膜障害性)およびプレアポトーシスを、Propidium Iodide(PI)染色およびAnnexin V染色(FITC Annexin V Apoptosis Detection kit、BD pharmingen)を行い、フローサイトメトリー(BD FACSCanto II)により蛍光強度を測定することで、PI陽性細胞(すなわち死細胞)と、Annexin V陽性細胞(すなわちプレアポトーシス細胞)とを解析した。そして、PI陽性細胞、Annexin V陽性細胞、PI/Annexin V陽性細胞、およびPI/Annexin V陰性細胞の割合により、解凍後の全体の細胞のうちの生細胞の割合を算出し、各凍結保存液の保存性能を比較した。
【0100】
フローサイトメトリーによる染色細胞の検出結果を
図1に示す。
【0101】
図1に示されるように、グリセロールを含まない試験例1の凍結保存液、ならびに、高分子および低分子量の糖類の混合物を含まない比較例1の凍結保存液と比較して、グリセロールと種々の割合の高分子および低分子量の糖類の混合物とを含む実施例1~3の凍結保存液を使用することにより、解凍後の細胞の生存率の向上、および、プレアポトーシスを示唆するAnnexin V陽性の発現の減少が観察された。凍結保存液中の高分子および低分子量の糖類の混合物の含有量が増加するにつれて、解凍後の細胞生存率もより向上した。また、実施例1~3の生存率の向上効果は、市販品の凍結保存液である比較例3よりも顕著に効果的であった。
【0102】
上記の結果より、本発明の血球系細胞用の凍結保存液は、細胞内を安定にガラス化することにより、DMSOやエチレングリコールなどの細胞毒性のある凍結保護物質、および/または、血清や血清由来のタンパク質等の添加を基本的に必要とすることなく、市販の凍結保存液よりもより高い細胞生存率で血球系細胞を凍結保存することができるという顕著な効果を有していることがわかる。凍結保存のあいだ、血球系細胞の細胞膜や細胞内構造は損傷を受けることなく、良好に保護される。