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特開2022-104986細胞融合技術を用いた遺伝子及び細胞治療剤、並びにその用途
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022104986
(43)【公開日】2022-07-12
(54)【発明の名称】細胞融合技術を用いた遺伝子及び細胞治療剤、並びにその用途
(51)【国際特許分類】
   A61K 48/00 20060101AFI20220705BHJP
   A61K 35/12 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/15 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/16 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/28 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/32 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/34 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/36 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/50 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/51 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/761 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 35/763 20150101ALI20220705BHJP
   A61K 38/16 20060101ALI20220705BHJP
   A61K 38/47 20060101ALI20220705BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220705BHJP
   A61P 25/08 20060101ALI20220705BHJP
   A61P 25/14 20060101ALI20220705BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20220705BHJP
   A61P 25/24 20060101ALI20220705BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220705BHJP
   A61P 27/06 20060101ALI20220705BHJP
   C12N 9/24 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/56 20060101ALN20220705BHJP
   C07K 14/115 20060101ALN20220705BHJP
   C07K 14/11 20060101ALN20220705BHJP
   C07K 14/145 20060101ALN20220705BHJP
   C07K 14/08 20060101ALN20220705BHJP
   C07K 14/155 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/40 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/44 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/45 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/49 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/47 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/86 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/867 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/869 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/864 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 15/861 20060101ALN20220705BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20220705BHJP
【FI】
A61K48/00 ZNA
A61K35/12
A61K35/15 A
A61K35/15 Z
A61K35/16 Z
A61K35/28
A61K35/30
A61K35/32
A61K35/34
A61K35/36
A61K35/50
A61K35/51
A61K35/545
A61K35/76
A61K35/761
A61K35/763
A61K38/16
A61K38/47
A61P25/00
A61P25/08
A61P25/14
A61P25/16
A61P25/24
A61P25/28
A61P27/06
C12N9/24
C12N15/56
C07K14/115
C07K14/11
C07K14/145
C07K14/08
C07K14/155
C12N15/40
C12N15/44
C12N15/45
C12N15/49
C12N15/47
C12N15/86 Z
C12N15/867 Z
C12N15/869 Z
C12N15/864 100Z
C12N15/861 Z
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022062691
(22)【出願日】2022-04-04
(62)【分割の表示】P 2021521927の分割
【原出願日】2019-07-02
(31)【優先権主張番号】10-2018-0076719
(32)【優先日】2018-07-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(31)【優先権主張番号】10-2018-0089538
(32)【優先日】2018-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(31)【優先権主張番号】10-2019-0079666
(32)【優先日】2019-07-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(71)【出願人】
【識別番号】521001526
【氏名又は名称】キュラミス カンパニー・リミテッド
【氏名又は名称原語表記】CURAMYS CO., LTD.
【住所又は居所原語表記】412-ho,103,Daehak-ro,Jongno-gu,Seoul,03080 Republic of Korea
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【弁理士】
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】ソン、ジョンジュン
(72)【発明者】
【氏名】キム、キユン
(72)【発明者】
【氏名】ジョン、ギェソン
(57)【要約】      (修正有)
【課題】脳、脊椎、末梢神経の損傷をはじめとする神経変性疾患に対して、より広範囲の機序に作用し、強力な効果を有する治療剤を提供すること。
【解決手段】ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質を過剰発現する細胞において、HN及びFタンパク質により他の細胞との細胞融合能力が高まり、損傷もしくは死滅中の細胞または遺伝子異常のある細胞との細胞融合により正常細胞に回復する。従って、前記HN/Fタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターまたはそれで形質転換された細胞を、細胞損傷に関連する疾患、例えば神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用組成物の有効成分として有効に用いることができる。
【選択図】図21
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを有効成分として含有する、神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項2】
前記ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ及びFタンパク質は、センダイウイルス(sendai virus)、ヒト免疫不全ウイルス1型(human immunodeficiency virus 1)、ヒトパラインフルエンザウイルス(Human parainfluenza virus)、ヒト呼吸器合胞体ウイルス(Human respiratory syncytial virus;HRSV)、インフルエンザウイルス(influenza virus)または水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus)由来のものであることを特徴とする、請求項1に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項3】
前記ベクターは、直鎖状DNA、プラスミドDNA、組換え非ウイルス性ベクター、組換えウイルス性ベクター及び遺伝子発現誘導ベクターシステム(inducible gene expression vector system)からなる群から選択されることを特徴とする、請求項1に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項4】
前記組換えウイルス性ベクターは、レトロウイルス(retrovirus)、アデノウイルス(adenovirus)、アデノ随伴ウイルス(adeno associated virus)、ヘルパー依存性アデノウイルス(helper-dependent adenovirus)、単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus)、レンチウイルス(lentivirus)及びワクシニアウイルス(vaccinia virus)ベクターからなる群から選択されることを特徴とする、請求項3に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項5】
前記神経変性疾患または神経疾患は、運動ニューロン損傷もしくは死滅、脳のニューロン損傷もしくは死滅、脊髄神経損傷または末梢神経損傷を誘発するものであることを特徴とする、請求項1に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項6】
前記運動ニューロン損傷または死滅を誘発する神経変性疾患または神経疾患は、脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy)、ケネディ病(spinal bulbar muscular atrophy)、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)、多発性硬化症(multiple sclerosis)、原発性側索硬化症(primary lateral sclerosis)及び進行性球麻痺(progressive bulbar palsy)からなる群から選択されることを特徴とする、請求項5に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項7】
前記脳のニューロン損傷もしくは死滅、脊髄神経損傷または末梢神経損傷を誘発する神経変性疾患または神経疾患は、アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)、認知症(dementia)、多発梗塞性認知症(multi-infact dementia;mid)、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia)、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies)、軽度認知障害(mild cognitive impairment)、大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration)、パーキンソン病(Parkinson's disease;PD)、うつ病(depression)、代謝性脳疾患(metabolic brain disease)、多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)、ハンチントン病(Huntington's disease)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy;PSP)、てんかん(epilepsy)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubropallidoluysian atrophy;DRPLA)、脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia)、緑内障(glaucoma)、脳卒中(stroke)、脳虚血(brain ischemia)、脳炎後パーキンソニズム(post-encephalitic parkinsonism)、トゥレット障害(Tourette's syndrome)、むずむず脚症候群(restless legs syndrome)及び注意欠陥多動性障害(attention deficit disorders with hyperactivity)からなる群から選択されることを特徴とする、請求項5に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項8】
ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞を有効成分として含有する、神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項9】
前記細胞は、幹細胞、前駆細胞及び動物細胞からなる群から選択されることを特徴とする、請求項8に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項10】
前記細胞は、自己(autologous)細胞、同種(allogenic)細胞及び異種(xenogenic)細胞からなる群から選択されることを特徴とする、請求項9に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項11】
前記幹細胞は、胚性幹細胞、成体幹細胞及び人工多能性幹細胞からなる群から選択されることを特徴とする、請求項9に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項12】
前記成体幹細胞は、造血幹細胞(hematopoietic stem cell)、神経幹細胞(neural stem cell)及び間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell)からなる群から選択されることを特徴とする、請求項11に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【請求項13】
前記間葉系幹細胞は、臍帯、臍帯血、骨髄、血液、脳、皮膚、脂肪、骨格、筋肉、神経、骨膜、羊膜及び胎盤からなる群から選択される少なくとも1種の組織由来の間葉系幹細胞であることを特徴とする、請求項12に記載の神経変性疾患または神経疾患の予防または治療用薬学的組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞融合技術を用いた遺伝子及び細胞治療剤、並びにその用途に関し、具体的にはヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)遺伝子を細胞に形質導入して過剰発現させることにより他の細胞との細胞融合能力を高め、損傷もしくは死滅中の細胞または遺伝子異常のある細胞との細胞融合により細胞損傷を回復させて正常遺伝子を伝達することができる、細胞融合技術を用いた遺伝子及び細胞治療剤、並びに細胞損傷に関連する疾患における用途に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、疾患及び老化は、細胞損傷及び細胞死により進行する。細胞損傷及び死滅が誘発される代表的な疾患としては、神経変性疾患(neurodegenerative disease)、筋ジストロフィー(muscular dystrophy)などが挙げられる。
【0003】
急速な老齢人口の増加に伴い、脳、脊椎、末梢神経の損傷をはじめとする神経変性疾患が増加する傾向にある。神経変性疾患の原因は、いまだ明らかにされていない。また、各神経変性疾患の病理機序として、少しずつ異なる機序が作用することが知られている。
【0004】
例えば、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)、脊髄性筋萎縮症(Spinal muscular atrophy)、ケネディ病(spinal bulbar muscular atrophy)などは、運動ニューロンのみ選択的に死滅して運動機能のみ退行するものである。その結果、四肢麻痺の症状が現れるので、運動ニューロン疾患ともいう。
【0005】
一方、前記運動ニューロン疾患とは異なり、アルツハイマー病、パーキンソン病などは、脳のニューロンが消失する代表的な神経変性疾患として知られている。アルツハイマー病においては、ニューロンの消失により全般的な脳萎縮所見が現れる。このような脳病理所見は、疾患初期には主に記憶力を担う主な脳部位である海馬及び嗅内皮質部位に限定されて現れるが、次第に頭頂葉、前頭葉などを経て脳全体に広がる。このような脳病理所見の進行により、初期には記憶力の低下が主に現れるが、進行に伴う漸進的な経過を経て、様々な臨床症状が現れるようになり、徐々に悪化する。パーキンソン病は、中脳に位置する黒質(substantia nigra;SN)におけるドーパミン作動性ニューロン(dopaminergic neuron)の消失により誘発される。ドーパミン作動性ニューロンの消失は、線条体(striatum)内の深刻なドーパミン減少を誘発し、大脳基底核(basal ganglia)、視床(thalamus)及び運動皮質(motor cortex)を含む錐体外路系(extrapyramidal system)による運動調節機能に障害を生じさせる。
【0006】
このように様々な病理機序が作用するので、いずれか1つの機序に作用する治療剤では疾患の治療が困難であり、それ故に現在までほとんど全ての臨床試験が失敗しており、根本的な治療剤が全くない状態である。具体的には、ALSの治療剤で米国FDAに承認されたものとしては、運動ニューロンを破壊する過度なグルタミン酸を抑制するリルゾール(riruzole)、フリーラジカルによる酸化ストレス損傷を抑制するエダラボン(edaravone)以外にはほとんどない実情であり、これらも約3カ月間の生存延長効果や、身体機能の悪化を僅かに鈍化させる効果しかない。アルツハイマー病においては、米国FDAに承認された治療剤として、脳のニューロンの活動を助ける神経伝達物質であるアセチルコリンを活性化するアリセプト(Aricept)、エクセロン(Exelon)、ナメンダ(Namenda)、ラザダイン(Razadyne)などがあるが、これらも脳細胞の損傷を最小限に抑えて症状を緩和したり、進行速度を遅らせるだけであり、治療剤としては力不足である。パーキンソン病においても、ドーパミン作用剤であるレボドパ(levodopa)が治療の根幹として用いられているが、長期的な効果は限定的である。他の神経変性疾患においても、完治をもたらす治療剤がない現状である。よって、より広範囲の機序に作用し、強力な効果を有する治療剤が至急必要とされ、幹細胞治療を含む新たな治療方法が切実に求められている疾患であるといえる。
【0007】
現在、神経変性疾患を治療するために、細胞移植、症状を改善する薬物の投与など、様々な治療法が提示されており、特に最近は細胞治療に関心が置かれている。しかしながら、従来の細胞治療技術は、健康な細胞(または幹細胞)を疾患部位に挿入することにより死滅した細胞を代替したり、死滅中の細胞の周辺環境を改善して再生させることを目標とするが、そのような試みは、多くの前臨床または臨床試験において効果がないか、効果が僅かであった。また、ニューロンの場合は、他の器官とは異なり、神経回路を形成することが機能において非常に重要であるので、外部から供給された細胞がニューロンに分化し、既存の神経回路をそのまま復元することは期待しがたい。よって、従来の方法以外に、新たなニューロン損傷緩和または保護のための治療方法の開発が切実に求められる。
【0008】
一方、筋肉は、人体を支えて生命現象を維持する必須組織である。筋肉においては、筋芽細胞(myoblast)が分化して多核筋管(multinucleated myotube)細胞を形成して筋細胞(myocyte)を作るが、筋芽細胞と筋細胞の死滅は、様々な疾患の原因となっている。また、遺伝子突然変異や様々な原因で筋細胞が消失する疾患が報告されているが、根本的な治療剤がいまだない状況である。このような筋肉疾患は、種類によって症状や疾患の程度が様々であり、ニューロンや脊髄などの神経系統の問題により発生する複合的な形態をとることもある。
【0009】
例えば、筋ジストロフィー(muscular dystrophy)は、筋細胞が破壊される疾患であり、遺伝子異常により発生し、症状は力が弱くなり、立つことが困難になることから始まって次第に酷くなり、呼吸筋肉が麻痺して死亡することもある。デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy;DMD)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy;BMD)、肢帯型筋ジストロフィー(Limb Girdle muscular dystrophy)などの多くの種類があり、種類によって異なる症状が現れる。前記DMD及びBMDは、X染色体に存在するジストロフィン(Dystrophin)遺伝子の異常により発生し、約1/3は自然突然変異、残りは伴性遺伝に起因する。DMDとBMDは、どちらも同じ遺伝子の異常が原因であるが、フレームシフト突然変異(frame-shift mutation)などにより強力な表現型を示すものをDMDという。DMDにおいては、疾患の予後が不良であり、9~13才でほとんどの患者が歩行不能になり、筋力弱化だけでなく、認知低下を同伴することもあり、心筋症、呼吸筋障害を伴って死亡に至ることもある。DMDにおいては、近年、エキソンスキッピング(exon skipping)による治療を試みる方法が多く用いられている。エキソンスキッピングは、ジストロフィン遺伝子のexon51のスプライシング促進配列(splicing enhancer)を標的とするものであるが、reading frameのみ回復させ、軽症型の遺伝子変異に置換する原理であるので、根本的な治療法ではなく、全てのDMDを対象とする治療法でもない。
【0010】
このように、筋肉疾患患者は疾患が進行すると一人では日常生活が行えず、根本的な治療剤も全くない状況であるので、筋細胞損傷または死滅による筋肉疾患を効果的に治療できる新たな治療法が強く求められている。
【0011】
よって、本発明者らは、神経変性疾患、筋肉変性疾患などの細胞損傷に対する疾患治療剤を開発すべく努力した結果、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質を過剰発現する細胞において、HN及びFタンパク質により他の細胞との細胞融合能力が高まり、損傷もしくは死滅中の細胞または遺伝子異常のある細胞の細胞損傷を回復させて正常遺伝子を伝達する能力が高まることを確認した。よって、HN及びFタンパク質による細胞融合技術は、細胞損傷を誘発する神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の治療に有用であることを確認し、本発明を完成するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】韓国公開特許第10-2008-0026786号公報
【特許文献2】韓国公開特許第10-2006-0119064号公報
【特許文献3】米国特許第5486359号明細書
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Annemieke Aartsma-Rus et al" Development of Exon Skipping Therapies for Duchenne Muscular Dystrophy: A Critical Review and a Perspective on the Outstanding Issues, Nucleic Acid Ther. 2017 Oct 1;27(5): 251-259
【非特許文献2】Eckert DM, Kim PS. Annu Rev Biochem. 2001;70:777-810.
【非特許文献3】Sapir A, Avinoam O, Podbilewicz B, Chernomordik LV. Dev Cell. 2008 Jan;14(1):11-21.
【非特許文献4】Kouris NA, Schaefer JA, Hatta M, Freeman BT, Kamp TJ, Kawaoka Y, Ogle BM. Stem Cells Int. 2012;2012:414038
【非特許文献5】Eagle, H. Science 130:432(1959)
【非特許文献6】Stanner, C.P. et al., Nat. New Biol. 230:52(1971)
【非特許文献7】Iscove, N. et al., J. Exp. Med. 147:923(1978)
【非特許文献8】Morgan et al., Proc. Soc. Exp. Bio. Med., 73:1(1950)
【非特許文献9】Moore et al., J. Amer. Med. Assoc. 199:519(1967)
【非特許文献10】Ham, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 53:288(1965)
【非特許文献11】Ham, R.G. Exp. Cell Res. 29:515(1963)
【非特許文献12】Dulbecco, R. et al., VirProcy 8:396(1959)
【非特許文献13】Barnes, D. et al., Anal. Biochem. 102:255(1980)
【非特許文献14】Waymo, h, C. J. Natl. Cancer Inst. 22:1003(1959)
【非特許文献15】McCoy, T.A., et al., Proc. Soc. Exp. Biol. Med. 100:115(1959)
【非特許文献16】Ham, R.G. et al., In Vitro 14:11(1978)
【非特許文献17】R. Ian Freshney, Culture of Animal Cells, Alan R. Liss, Inc., New York (1984)
【非特許文献18】Yu J et al. (2007) Induced pluripotent stem cell lines derived from human somatic cells. Science. 318, 1917-1920
【非特許文献19】Takahashi K et al. (2007). Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell 131, 861-872
【非特許文献20】L.G. VILLA-DIAZ et al. (2012) Derivation of Mesenchymal Stem Cells from Human Induced Pluripotent Stem Cells Cultured on Synthetic Substrates. STEM CELLS. 30, 1174-1181
【非特許文献21】Hyun Soo Choi et al. (2014) Neural Stem Cells Differentiated From iPS Cells Spontaneously Regain Pluripotency. STEMCELLS. 32, 2596-2604
【非特許文献22】Remington's Pharmaceutical Sciences, 最新版
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、細胞融合技術を用いた遺伝子及び細胞治療剤、並びにその細胞損傷に関連する疾患、より具体的には神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患における用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記目的を達成するために、本発明は、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを有効成分として含有する、神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用薬学的組成物を提供する。
【0016】
また、本発明は、HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞を有効成分として含有する、神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用薬学的組成物を提供する。
【0017】
さらに、本発明は、HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを治療学的に有効な量で個体に投与するステップを含む、神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療方法を提供する。
【0018】
さらに、本発明は、HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞を治療学的に有効な量で個体に投与するステップを含む、神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療方法を提供する。
【0019】
さらに、本発明は、神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用薬学的組成物として用いるための、HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターの用途を提供する。
【0020】
さらに、本発明は、神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用薬学的組成物として用いるための、HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞の用途を提供する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質を過剰発現する細胞において、HN及びFタンパク質により他の細胞との細胞融合能力が高まり、損傷した細胞との融合によりHN及びFタンパク質過剰発現細胞内の正常遺伝子及び転写調節因子を損傷した細胞の核内に伝達し、損傷した細胞内の細胞修復に関与する遺伝子の発現を調節したり、正常遺伝子を伝達して正常タンパク質を回復させることにより、損傷した細胞が回復することが確認された。また、細胞損傷に関連する様々な疾患モデルにおいて、HN及びFタンパク質過剰発現細胞が損傷した細胞または遺伝子異常が誘発された細胞と細胞融合すると正常細胞に回復することが確認された。
【0022】
よって、HN及びFタンパク質による細胞融合技術により、細胞損傷を回復させて正常遺伝子を導入することができるので、HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターまたはそれで形質転換された細胞は、細胞損傷に関連する疾患、具体的には神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患を治療するのに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の一実施例によるhATMSCsとの細胞融合により死滅中のNSC34運動ニューロン細胞株の細胞死抑制効果を示す図である。
図2】本発明の一実施例によるhATMSCsとの細胞融合が起こったNSC34 cell groupにおけるBax及びBcl-xLの発現分析を示す図である。
図3】本発明の一実施例によりHN及びFをそれぞれ挿入したPcDNA3.1発現ベクターを作製するための模式図である。
図4】本発明の一実施例によるHN/F-hATMSCsにおいてHN及びF mRNA発現を分析した図である。
図5】本発明の一実施例によるHN/F-hATMSCsにおいてHN及びFタンパク質発現を画像解析した図である。
図6】本発明の一実施例によるHN/F-hATMSCsの免疫表現型(immunophenotyping)を分析した図である。
図7】本発明の一実施例によるHN/F-hATMSCsにおいてNSC34運動ニューロン細胞株との細胞融合能力を分析した図である。
図8】本発明の一実施例によるHN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株が融合した細胞においてChAT及びCD105発現を分析した図である。
図9】本発明の一実施例によるNSC34運動ニューロン細胞株、死滅中のNSC34運動ニューロン細胞株、及びHN/F-hATMSCsのプロテオミクス(proteomics)分析結果を示す図である。
図10】本発明の一実施例によるNSC34運動ニューロン細胞株、死滅中のNSC34運動ニューロン細胞株、及びHN/F-hATMSCsのヒートマップ(heatmap)分析結果を示す図である。
図11】本発明の一実施例によるNSC34運動ニューロン細胞株、死滅中のNSC34運動ニューロン細胞株、及びHN/F-hATMSCsにおいて細胞修復に関連する遺伝子DDB1、HMGB1及びMSH2 mRNA発現を分析した図である。
図12】本発明の一実施例によるHN/F-NSCsとの細胞融合により死滅中のC2C12筋芽細胞株の細胞死抑制効果を示す図である。
図13】本発明の一実施例によるHN/F-HeLaにおいてHN及びF mRNA発現を分析した図である。
図14】本発明の一実施例によるHN/F-HeLaにおいてN2A神経芽細胞腫細胞株との細胞融合能力を分析した図である。
図15】本発明の一実施例によりHN及びFを挿入したpcDNA3.1-P2A発現ベクターを作製するための模式図である。
図16】本発明の一実施例によるHN/F-HeLaまたはF-P2A-HN-HeLaにおいてC2C12筋芽細胞株との細胞融合能力を分析した図である。
図17】本発明の一実施例により選択した細胞修復に関連する遺伝子DDB1のプロモーター部位(promoter region)において転写調節因子(transcriptional factor;TF)であるTDP-43結合モチーフ(binding motif)を確認した図である。
図18】本発明の一実施例によりマウスDBBl(mDDBl)に特異的に結合するプロモーターを作製するための模式図である。
図19】本発明の一実施例によるN2A神経芽細胞腫細胞株とGFP-TDP-43を形質導入したHeLa細胞株が融合した細胞においてTDP-43によるmDDBl発現を分析した図である。
図20】本発明の一実施例によるN2A神経芽細胞腫細胞株とGFP-TDP-43を形質導入したHeLa細胞株が融合した細胞においてN2A神経芽細胞腫細胞株の核内へのTDP-43の転座(translocation)を画像解析した図である。
図21】損傷した細胞におけるHN/Fタンパク質過剰発現細胞による細胞損傷回復機序を模式化した図である。
図22】本発明の一実施例によるHN/F-hATMSCsとの細胞融合により死滅中のアルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)細胞モデルの細胞死抑制効果を示す図である。
図23】本発明の一実施例によるHN/F-hATMSCsとの細胞融合により死滅中のハンチントン病(Huntington's disease;HD)疾患細胞モデルの細胞死抑制効果を示す図である。
図24】本発明の一実施例によるHN/F-hATMSCsとの細胞融合により死滅中の心不全疾患細胞モデルの細胞死抑制効果を示す図である。
図25】本発明の一実施例により筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)またはデュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy;DMD)疾患マウスモデルにHN/F-hATMSCsを注入するための脊髄内注入(intra-spinal cord injection)方法を示す図である。
図26】本発明の一実施例によりHN/F-hATMSCsを注入したG93A SOD Tgマウスにおいて運動性能を分析した図である。
図27】本発明の実施例により作製したDMD疾患細胞モデルのジストロフィン及びCTGF発現を分析した図である。
図28】本発明の実施例によりHN/F-hATMSCs処理したDMD疾患細胞モデルのジストロフィン及びCTGF発現を分析した図である。
図29】DMD疾患動物モデルであるmdxマウスの骨格筋においてジストロフィン発現を分析した図である。
図30】本発明の一実施例によりHN/F-hATMSCsを注入したmdxマウスの骨格筋組織においてHN/F-hATMSCsの生着能を分析した図である。
図31】本発明の一実施例によりHN/F-hATMSCsを注入したmdxマウスの骨格筋組織において注入3週間後及び注入15週間後にジストロフィン発現を分析した図である。
図32】本発明の一実施例によりHN/F-hATMSCsを注入したmdxマウスの骨格筋組織においてCTGF発現を分析した図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。
【0025】
本発明は、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを提供する。
【0026】
本発明における前記ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ及びFタンパク質は、センダイウイルス(sendai virus)、ヒト免疫不全ウイルス1型(human immunodeficiency virus 1)、ヒトパラインフルエンザウイルス(Human parainfluenza virus)、ヒト呼吸器合胞体ウイルス(Human respiratory syncytial virus;HRSV)、インフルエンザウイルス(influenza virus)または水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus)由来のものであるが、これらに限定されるものではなく、これらのタンパク質と同一または類似の機序により細胞の融合を促進し、死滅を抑制し、損傷した細胞の損傷を回復させるものであれば、様々な由来のもの並びに/または全長及び/もしくは断片のいかなる形態のヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ及びFタンパク質が用いられてもよい(非特許文献2,3,4)。
【0027】
本発明によるヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)は、ウイルスで発現する糖タンパク質であり、ヘマグルチニンとノイラミニダーゼの両方の活性を有する単一のウイルスタンパク質であるか、またはそれぞれが別個のタンパク質として存在するものであるが、これらに限定されるものではなく、本発明による効果を発揮するものであれば、いかなるものでも本発明に含まれる。前者の例としては、ムンプスウイルス(mump virus)、センダイウイルス(sendai virus)、ヒトパラインフルエンザウイルス(human parainfluenza virus)、例えばヒトパラインフルエンザウイルス1型(HPIV-1)、2型(HPIV-2)または3型(HPIV-3)、鳥類ニューカッスル病ウイルス(avian newcastle disease virus)などのパラミクソウイルス(paramyxovirus)由来のものが挙げられ、後者の例としては、インフルエンザウイルス由来のものが挙げられる。これらのタンパク質及び核酸配列は公知であり、例えばヘマグルチニン・ノイラミニダーゼは、Enzyme entry(http://enzyme.expasy.org)EC:3.2.1.18に開示されており、タンパク質配列は、例えばセンダイウイルス由来のものがGenBank accession no.AAB06288.1に公開されている。本発明の一実施例においては、本発明の実施例2と同様に製造されるセンダイウイルス由来のHN単一タンパク質が用いられる。
【0028】
また、融合タンパク質(Fusion protein、F protein)とは、細胞間の融合またはウイルスの細胞への融合/エントリー、エンドサイトーシス(endocytosis)、膜トラフィッキング(membrane trafficking)に用いられる糖タンパク質を意味する。本発明の一実施例においては、ウイルス由来のFタンパク質が用いられるが、それは構造的特徴によりクラスI、II及びIIIに分けられる。クラスIの例としては、エボラウイルスのGP2、MoMuLv(Moloney murine leukemia virus)のMo-55、免疫不全ウイルスHIVのgp41、Simian Virus(SIV)gp41などが挙げられる。クラスIIの例としては、SFV E1、TBEV Eなどが挙げられる。クラスIIIの例としては、HSV(Herpes Simplex virus)のgB(glycoprotein B)、EBV(Epstein-Barr virus)のgB、VSV(Vesicular Stomatitis virus)のGタンパク質、バキュロウイルスの糖タンパク質であるgp64などが挙げられる。これらの融合糖タンパク質及び核酸配列は公開されており、例えばGenBank Accession no.AAC82300.1に公開されている。
【0029】
本発明における前記ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子は、全長及び/または断片の形態で用いられる。具体的には、本発明に開示されているタンパク質をコードする野生型遺伝子配列及びその断片はもとより、細胞内での発現、タンパク質の安定性などの特徴が有利に働くように塩基配列の一部が人為的に改変された遺伝子、及び自然界に見られる塩基配列の一部が改変された遺伝子、またはそれらの全ての断片が含まれるものである。
【0030】
本発明における前記ベクターとは、宿主細胞において標的遺伝子を発現させるための手段を意味する。前記ベクターは、標的遺伝子の発現のための要素(elements)を含むものであり、複製開始点(replication origin)、プロモーター、オペレーター(operator)、転写終結配列(terminator)などを含んでもよく、宿主細胞のゲノムへの導入のための好ましい酵素部位(例えば、制限酵素部位)、宿主細胞への導入を確認するための選択マーカー、タンパク質への翻訳のためのリボソーム結合部位(ribosome binding site;RBS)、IRES(Internal Ribosome Entry Site)などをさらに含んでもよい。前記ベクターは、前記プロモーター以外の転写調節配列(例えば、インハンサーなど)をさらに含んでもよい。
【0031】
さらに、前記ベクターは、当該技術分野で公知のプラスミドDNA、組換えベクターまたはその他の媒体であり、具体的には直鎖状DNA、プラスミドDNA、組換え非ウイルス性ベクター、組換えウイルス性ベクターまたは遺伝子発現誘導ベクターシステム(inducible gene expression vector system)であり、前記組換えウイルス性ベクターは、レトロウイルス(retrovirus)、アデノウイルス(adenovirus)、アデノ随伴ウイルス(adeno associated virus)、ヘルパー依存性アデノウイルス(helper-dependent adenovirus)、単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus)、レンチウイルス(lentivirus)またはワクシニアウイルス(vaccinia virus)ベクターであるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
さらに、前記ベクターとは、遺伝子治療用発現ベクターを意味する。前記「遺伝子治療(gene therapy)」とは、遺伝子異常により誘発される各種遺伝病を治療するために、遺伝子異常のある細胞に正常遺伝子を挿入したり、新たな機能を提供することにより、その機能を正常化させる方法を意味する。よって、本発明における遺伝子治療用発現ベクターとは、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質遺伝子を体内の正常細胞に伝達して発現させることにより、遺伝子異常のある細胞と正常細胞との細胞融合を用いて新たな機能を提供し、その機能を正常化することのできる発現ベクターを意味する。
【0033】
本発明の一実施例におけるヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質遺伝子は、前述したように公知の配列からそれを特異的に認識することのできるプライマーを作製し、それを用いてポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)により前記遺伝子を増幅し、それを前述した発現ベクターに導入すると、それを後述する本発明による細胞に導入することができる。導入方法は公知であり、例えばリポソーム媒介トランスフェクション、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン媒介トランスフェクション、カチオン性脂質媒介トランスフェクション、エレクトロポレーション、ファージによる形質導入(transduction)、ウイルスによる感染法などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0034】
また、本発明は、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞を提供する。
【0035】
本発明における「形質転換」とは、外部から与えられたDNAにより生物の遺伝的な性質が変わることであり、すなわち生物のある系統の細胞から抽出された核酸の一種であるDNAを他の系統の生きている細胞に導入したときにDNAがその細胞に取り込まれて遺伝子形質が変化する現象を意味する。
【0036】
本発明における前記形質転換された細胞は、幹細胞、前駆細胞または動物細胞であるが、これらに限定されるものではない。また、前記幹細胞は、具体的には胚性幹細胞、成体幹細胞または人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell;iPS)であるが、これらに限定されるものではなく、前記幹細胞から分化した幹細胞、例えば胚性幹細胞由来の間葉系幹細胞、人工多能性幹細胞由来の間葉系幹細胞、人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞などが全て含まれる。さらに、前記細胞は、自己(autologous)、非自己、同種異系(allogenic)または異種(Xenogenic)細胞である。自己由来のものが最も好ましく、レシピエントに由来するものであるので、薬学的組成物の投与の際に免疫反応の問題がなく、安全であるという利点がある。
【0037】
前記胚性幹細胞は、胚発生初期である胞胚期(blastocyte)の内部細胞塊(inner cell mass)から形成され、あらゆる細胞に分化可能な潜在力(totipotent)を有するものであり、いかなる組織細胞にも分化可能であるという利点があり、細胞治療研究に用いられている。
【0038】
前記成体幹細胞とは、胚芽発達段階以降も成体全般に見られる未分化の幹細胞を意味する。このような成体幹細胞は、周辺組織の特性に細胞自身を合わせて分化する組織特異的分化能力(site-specific differentiation)を有する。成体幹細胞は、骨髄、血液、脳、皮膚、脂肪、骨格筋、臍帯、臍帯血などの様々な成体細胞に由来するものである。具体例として、間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell;MSC)、骨格筋幹細胞(skeletal muscle stem cell)、造血幹細胞(hematopoietic stem cell)、神経幹細胞(neural stem cell;NSC)、脂肪由来の幹細胞(adipose-derived stem cell)、脂肪由来の前駆細胞(adipose-derived progenitor cell)、血管内皮前駆細胞(vascular endothelial progenitor cell)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
また、前記間葉系幹細胞は、既に成人になったヒトの各部位から得られる成体組織由来の幹細胞であり、臍帯、臍帯血、骨髄、血液、脳、皮膚、脂肪、骨格、筋肉、神経、骨膜、羊膜または胎盤から分離することができ、様々な細胞、例えば脂肪細胞、運動ニューロンなどに分化することができる多能性(pluripotent)または複能性(multipotent)細胞を意味する。さらに、間葉系幹細胞は、免疫抑制剤を用いなくても、同種または異種の受益者において効果的に生着するという特徴がある。前記間葉系幹細胞は、動物、具体的には哺乳動物、より具体的にはヒトの間葉系幹細胞である。
【0040】
本発明の一実施例における間葉系幹細胞は、脂肪組織由来の間葉系幹細胞である。脂肪組織由来の間葉系幹細胞は、骨髄、羊水、臍帯血幹細胞とは異なり、多量の提供が受けられるという実用的な利点を有し、脂肪細胞の約1%が幹細胞であるものと推定されており、近年、先進国において広範囲に行われている成形手術が脂肪吸引術(liposuction)であることを考慮すると、脂肪由来の幹細胞は無限の供給性を有し、有用性が特に高いといえる。
【0041】
前記間葉系幹細胞を得る過程は次の通りである。ヒトまたはマウスを含む哺乳動物、好ましくはヒトの間葉系幹細胞源、例えば脂肪組織、血液または骨髄から間葉系幹細胞を分離する。次に、前記細胞を好適な培地で培養する。培養過程で浮遊細胞を除去し、培養プレートに付着した細胞を継代培養し、最終的に確立された(established)間葉系幹細胞を得る。
【0042】
また、骨髄などに非常に少量で存在する間葉系幹細胞を分離及び培養する過程は、当該技術分野において周知であり、例えば特許文献3に開示されている。
【0043】
前記過程で用いられる培地としては、幹細胞の培養に用いられる一般的ないかなる培地を用いてもよい。より具体的には、血清(例えば、ウシ胎児血清、ウマ血清及びヒト血清)または血清代替物(serum replacement)を含む培地を用いる。本発明に用いられる培地としては、例えばRPMIシリーズ、Eagles's MEM(Eagle's minimum essential medium、非特許文献5)、α-MEM(非特許文献6)、Iscove's MEM(非特許文献7)、199培地(非特許文献8)、CMRL 1066、RPMI 1640(非特許文献9)、F12(非特許文献10)、F10(非特許文献11)、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle's medium、非特許文献12)、DMEMとF12の混合物(非特許文献13)、Way-mo、h's MB752/1(非特許文献14)、McCoy's 5A(非特許文献15)及びMCDBシリーズ(非特許文献16)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。前記培地は、他の成分、例えば抗生剤または抗真菌剤(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン)、グルタミンなどを含んでもよい。培地及び培養についての一般的な説明は非特許文献17に記載されており、この文献は参照として本明細書に組み込まれる。
【0044】
間葉系幹細胞の確認は、例えばフローサイトメトリーにより行うことができる。このフローサイトメトリーは、間葉系幹細胞の特異な表面マーカーを用いて行われる。本発明の一実施例による間葉系幹細胞は、マーカーとしてCD29、CD44及びCD90と、陰性マーカーであるCD34、CD45及びHLA-DRの表現型を有する。
【0045】
また、前記人工多能性幹細胞に関しては、多能性のない成人の皮膚細胞などの体細胞に逆分化を起こす4種類の特定遺伝子を導入して発現させるか、逆分化を起こす4種類の遺伝子を導入した細胞で形成された逆分化誘導タンパク質を抽出し、それを再び体細胞に注入することにより、胚性幹細胞などの多能性を有する幹細胞を作製することができるが、これを人工多能性幹細胞または逆分化幹細胞という。人工多能性幹細胞による幹細胞治療や、患者から体細胞を得て人工多能性幹細胞を作製し、生体外で分化させることにより様々な疾患の経過を研究し、疾患モデルや新薬開発における細胞基盤研究などに用いられる。前記人工多能性幹細胞は、公知の方法、例えば非特許文献18、19などに開示されている方法により得られる。また、人工多能性幹細胞由来の幹細胞、例えば人工多能性幹細胞由来の間葉系幹細胞(induced Pluripotent Stem Cells-derived mesemchymal stem cells;iPSCs-MSCs)、人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞(induced Pluripotent Stem Cells-derived neural stem cells;iPSCs-NSCs)などが全て含まれる。本発明の一実施例における前記人工多能性幹細胞由来の幹細胞は、人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞である。
【0046】
前記人工多能性幹細胞由来の間葉系幹細胞または人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞は、公知の方法、例えば非特許文献20、21などに開示されている方法により得られる。
【0047】
また、前記前駆細胞とは、特定細胞の形態及び機能を備える前段階の細胞であり、特定細胞系統の細胞に分化するか、特定タイプの組織を形成することができ、自己再生産(self-renewal)能は有するが、分化能は極めて制限される細胞を意味する。内胚葉前駆細胞、中胚葉前駆細胞及び外胚葉前駆細胞が全てこれに含まれる。
【0048】
また、前記動物細胞は、ヒトを含む動物起源の機能的及び構造的基本単位であり、ヒトを含む動物(例えば、サル、イヌ、ヤギ、ブタ、ラットなどの哺乳動物)起源の細胞であればいかなるものでもよい。よって、本発明の動物細胞は、これらに限定されるものではないが、上皮細胞、内皮細胞、筋細胞、生殖細胞、皮膚細胞(例えば、線維芽細胞、角質細胞)、免疫細胞、癌細胞などが含まれる。具体例として、CHO(Chinese hamster ovary)細胞、NS0(mouse myeloma)細胞、BHK(baby hamster kidney)細胞、Sp2/0(mouse myeloma)細胞、ヒト網膜細胞(human retinal cell)、HUVEC細胞、HMVEC細胞、COS-1細胞、COS-7細胞、HeLa細胞、HEK-293細胞、HepG-2細胞、HL-60細胞、IM-9細胞、Jurkat細胞、MCF-7細胞、T98G細胞などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0049】
また、本発明は、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを有効成分として含有する、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用薬学的組成物を提供する。
【0050】
本発明における前記ベクターについては、前記ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターについての説明と同様であるので、その具体的な説明を省略し、以下では筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用薬学的組成物の特有な構成についてのみ説明する。
【0051】
なお、本発明によれば、HN及びFタンパク質を過剰発現する細胞において、HN及びFタンパク質により他の細胞との細胞融合能力が高まり、損傷した細胞との融合により正常遺伝子が伝達されて発現し、細胞損傷を回復させる遺伝子の発現が調節されることが確認された。また、細胞損傷に関連する様々な疾患モデルにおいて、HN及びFタンパク質過剰発現細胞が損傷した細胞または遺伝子異常が誘発された細胞と細胞融合し、正常細胞に回復することが確認された。よって、前記HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターは、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用組成物の有効成分として有用である。
【0052】
本発明における前記筋肉変性疾患または筋肉疾患は、細胞損傷に関連する疾患である。
【0053】
前記神経変性疾患または神経疾患は、ニューロン損傷、脊髄神経損傷、末梢神経損傷またはニューロン死滅を誘発する。
【0054】
また、前記神経変性疾患または神経疾患は、運動ニューロン損傷または死滅を誘発する神経変性疾患または神経疾患と、脳のニューロン損傷もしくは死滅、脊髄神経損傷または末梢神経損傷を誘発する神経変性疾患または神経疾患に分けられる。
【0055】
前記運動ニューロン損傷または死滅を誘発する神経変性疾患または神経疾患の改善または治療のためには、運動ニューロンの保存及び回復が必須である。このような神経変性疾患または神経疾患の例としては、脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy)、ケネディ病(spinal bulbar muscular atrophy)、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)、多発性硬化症(multiple sclerosis)、原発性側索硬化症(primary lateral sclerosis)または進行性球麻痺(progressive bulbar palsy)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0056】
前記脳のニューロン損傷もしくは死滅、脊髄神経損傷または末梢神経損傷を誘発する神経変性疾患または神経疾患は、損傷した脳または脊髄のニューロン、末梢神経の回復により疾患を予防または治療することができる。このような神経変性疾患または神経疾患の例としては、アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)、認知症(dementia)、多発梗塞性認知症(multi-infact dementia;mid)、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia)、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies)、軽度認知障害(mild cognitive impairment)、大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration)、パーキンソン病(Parkinson's disease;PD)、うつ病(depression)、代謝性脳疾患(metabolic brain disease)、多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)、ハンチントン病(Huntington's disease)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy;PSP)、てんかん(epilepsy)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubropallidoluysian atrophy;DRPLA)、脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia)、緑内障(glaucoma)、脳卒中(stroke)、脳虚血(brain ischemia)、脳炎後パーキンソニズム(post-encephalitic parkinsonism)、トゥレット障害(Tourette's syndrome)、むずむず脚症候群(restless legs syndrome)または注意欠陥多動性障害(attention deficit disorders with hyperactivity)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0057】
前記筋肉変性疾患または筋肉疾患は、筋細胞損傷または筋細胞死を誘発する。このような筋肉変性疾患または筋肉疾患の例としては、ミオパチー(myopathy)、先天性ミオパチー(congenital myopathy)、先天性筋ジストロフィー(congenital muscular dystrophy)、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(Limb Girdle muscular dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(Facioscapulohumeral muscular dystrophy)、眼咽頭型筋ジストロフィー(oculopharyngeal muscular atrophy)、遠位型筋ジストロフィー(distal muscular dystrophy)、エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー(Emery-Dreifuss muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(Myotonic dystrophy)、バース症候群(Barth syndrome)、心不全(heart failure)、サルコペニア(sarcopenia)またはX連鎖性拡張型心筋症(X-linked dilated cardiomyopathy)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0058】
本発明による薬学的組成物は、一般に用いられる薬学的に許容される担体と共に好適な形態に剤形化することができる。薬学的に許容される担体としては、例えば水、好適なオイル、食塩水、水性グルコース、グリコールなどの非経口投与用担体などが挙げられ、安定化剤や保存剤をさらに含んでもよい。好適な安定化剤としては、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、アスコルビン酸などの抗酸化剤が挙げられる。好適な保存剤としては、塩化ベンザルコニウム、メチルまたはプロピルパラベン及びクロロブタノールが挙げられる。また、本発明による細胞治療用組成物は、その投与方法や剤形に応じて、必要であれば懸濁剤、溶解補助剤、安定化剤、等張化剤、保存剤、吸着防止剤、界面活性化剤、希釈剤、賦形剤、pH調整剤、鎮痛剤、緩衝剤、酸化防止剤などを適宜含んでもよい。前述したものをはじめとして、本発明に適する薬学的に許容される担体及び製剤は、非特許文献22に詳細に記載されている。
【0059】
本発明の薬学的組成物は、当該発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に実施することのできる方法で薬学的に許容される担体及び/または賦形剤を用いて製剤化することにより、単位用量の形態または多用量容器に入れた形態に製造することができる。
【0060】
また、前記薬学的組成物は、有効成分を標的細胞に送達することのできる任意の装置により投与される。本発明の薬学的組成物は、疾患の治療のために、治療学的に有効な量で含まれる。本発明における「治療」とは、特に断らない限り、その「治療」が行われる疾患または疾病の少なくとも1つの症状を逆転または緩和するか、その進行を抑制または予防することを意味する。また、前記「治療学的に有効な量」とは、研究者、獣医師、医師またはその他の臨床医により求められる、組織、系、動物またはヒトにおいて生物学的または医学的反応を誘導する有効成分または薬学的組成物の量を意味し、それには治療される疾患または障害の症状の緩和を誘導する量が含まれる。本発明の薬学的組成物に含まれる有効成分が効果に応じて変化することは、当業者にとって明らかである。
【0061】
よって、最適な薬学的組成物含有量は、当業者が容易に決定することができ、疾患の種類、疾患の重症度、組成物に含まれる他の成分の含有量、剤形の種類、患者の年齢、体重、一般的な健康状態、性別、食餌、投与時間、投与経路、組成物の分泌率、治療期間、同時に用いられる薬物をはじめとする様々な因子に応じて調節される。
【0062】
本発明の一実施例における薬学的組成物は、静脈投与または脊髄内投与される。
【0063】
前記要素を全て考慮して副作用なく最小限の量で最大の効果が得られる量を投与することが重要である。例えば、本発明の組成物の投与量は、有効成分であるヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞0.1×10~1.0×10細胞数/kg(体重)、より好ましくは0.5×10~1.0×10細胞数/kg(体重)である。ただし、投与量は、製剤化方法、投与方法、患者の年齢、体重、性別、病的状態、食餌、投与時間、投与経路、排泄速度、感受性などの要因に応じて様々に処方することができ、当業者であればこのような要因を考慮して投与量を好適に調節することができる。投与回数は1回、または臨床的に許容される副作用の範囲内で2回以上であってもよく、投与部位も1つの部位または2つ以上の部位であってもよい。ヒト以外の動物に対しても、kg当たりのヒトと同じ投与量で投与してもよく、例えば目的の動物とヒトの虚血器官(心臓など)の容積比(例えば、平均値)などで前記投与量を換算した量を投与してもよい。本発明による治療の対象動物の例としては、ヒト及びその他の目的とする哺乳動物を挙げることができ、具体的にはヒト、サル、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ウシ、イヌ、ヤギ、ウマ、ブタなどが含まれる。
【0064】
また、本発明は、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞を有効成分として含有する、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用薬学的組成物を提供する。
【0065】
本発明における前記細胞については、前記ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞についての説明と同様であるので、その具体的な説明を省略する。また、前記疾患、細胞の投与方法、投与量などについては、前記ベクターを含む薬学的組成物の投与方法、投与量などについての説明と同様であるので、その具体的な説明を省略する。
【0066】
なお、本発明によれば、HN及びFタンパク質を過剰発現する細胞において、HN及びFタンパク質により他の細胞との細胞融合能力が高まり、損傷した細胞との融合により正常遺伝子が伝達されて発現し、細胞損傷を回復させる遺伝子の発現が調節されることが確認された。また、細胞損傷に関連する様々な疾患モデルにおいて、HN及びFタンパク質過剰発現細胞が損傷した細胞または遺伝子異常が誘発された細胞と細胞融合し、正常細胞に回復することが確認された。よって、前記HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞は、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用組成物の有効成分として有用である。
【0067】
また、本発明は、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを治療学的に有効な量で個体に投与するステップを含む、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療方法を提供する。
【0068】
さらに、本発明は、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞を治療学的に有効な量で個体に投与するステップを含む、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療方法を提供する。
【0069】
本発明における前記ベクター、前記ベクターで形質転換された細胞、その投与方法、投与量などについては、前記ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクター、前記ベクターで形質転換された細胞、それを含む薬学的組成物の投与方法、投与量などについての説明と同様であるので、その具体的な説明を省略する。
【0070】
本発明における前記個体は、筋肉変性疾患または筋肉疾患により苦痛を感じる個体であり、より具体的には前述したヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターまたは前記ベクターで形質転換された細胞を投与することにより前記疾患による細胞損傷、例えば筋細胞損傷が緩和及び/または回復する哺乳動物、例えばヒト、サル、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ウシ、イヌ、ヤギ、ウマ、ブタなどである。
【0071】
前記神経変性疾患または神経疾患は、ニューロン損傷、脊髄損傷、末梢神経損傷またはニューロン死滅を誘発する。
【0072】
また、前記神経変性疾患または神経疾患は、運動ニューロン損傷または死滅を誘発する神経変性疾患または神経疾患と、脳のニューロン損傷もしくは死滅、脊髄損傷または末梢神経損傷を誘発する神経変性疾患または神経疾患に分けられる。
【0073】
前記運動ニューロン損傷または死滅を誘発する神経変性疾患または神経疾患の改善または治療のためには、運動ニューロンの保存及び回復が必須である。このような神経変性疾患または神経疾患の例としては、脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy)、ケネディ病(spinal bulbar muscular atrophy)、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)、多発性硬化症(multiple sclerosis)、原発性側索硬化症(primary lateral sclerosis)または進行性球麻痺(progressive bulbar palsy)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0074】
前記脳のニューロン損傷もしくは死滅、脊髄損傷または末梢神経損傷を誘発する神経変性疾患または神経疾患は、損傷した脳または脊髄のニューロン、末梢神経の回復により疾患を予防または治療することができる。このような神経変性疾患または神経疾患の例としては、アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)、認知症(dementia)、多発梗塞性認知症(multi-infact dementia;mid)、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia)、レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies)、軽度認知障害(mild cognitive impairment)、大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration)、パーキンソン病(Parkinson's disease;PD)、うつ病(depression)、代謝性脳疾患(metabolic brain disease)、多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)、ハンチントン病(Huntington's disease)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy;PSP)、てんかん(epilepsy)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubropallidoluysian atrophy;DRPLA)、脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia)、緑内障(glaucoma)、脳卒中(stroke)、脳虚血(brain ischemia)、脳炎後パーキンソニズム(post-encephalitic parkinsonism)、トゥレット障害(Tourette's syndrome)、むずむず脚症候群(restless legs syndrome)または注意欠陥多動性障害(attention deficit disorders with hyperactivity)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0075】
前記筋肉変性疾患または筋肉疾患は、筋細胞損傷または筋細胞死を誘発する。このような筋肉変性疾患または筋肉疾患の例としては、ミオパチー(myopathy)、先天性ミオパチー(congenital myopathy)、先天性筋ジストロフィー(congenital muscular dystrophy)、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)、ベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy)、肢帯型筋ジストロフィー(Limb Girdle muscular dystrophy)、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(Facioscapulohumeral muscular dystrophy)、眼咽頭型筋ジストロフィー(oculopharyngeal muscular atrophy)、遠位型筋ジストロフィー(distal muscular dystrophy)、エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー(Emery-Dreifuss muscular dystrophy)、筋強直性ジストロフィー(Myotonic dystrophy)、バース症候群(Barth syndrome)、心不全(heart failure)、サルコペニア(sarcopenia)またはX連鎖性拡張型心筋症(X-linked dilated cardiomyopathy)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0076】
本発明によれば、HN及びFタンパク質を過剰発現する細胞において、HN及びFタンパク質により他の細胞との細胞融合能力が高まり、損傷した細胞との融合により正常遺伝子が伝達されて発現し、細胞損傷を回復させる遺伝子の発現が調節されることが確認された。また、細胞損傷に関連する様々な疾患モデルにおいて、HN及びFタンパク質過剰発現細胞が損傷した細胞または遺伝子異常が誘発された細胞と細胞融合し、正常細胞に回復することが確認された。よって、前記HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターまたはそれで形質転換された細胞は、筋肉変性疾患または筋肉疾患を予防または治療するのに有用である。
【0077】
また、本発明は、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用組成物として用いるための、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターの用途を提供する。
【0078】
さらに、本発明は、筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用組成物として用いるための、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターで形質転換された細胞の用途を提供する。
【0079】
本発明における前記ベクター、前記ベクターで形質転換された細胞、その投与方法、投与量などについては、前記ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)及びF(fusion)タンパク質をコードする遺伝子を含むベクター、前記ベクターで形質転換された細胞、それを含む薬学的組成物の投与方法、投与量などについての説明と同様であるので、その具体的な説明を省略する。また、前記疾患については、前記筋肉変性疾患または筋肉疾患の予防または治療用薬学的組成物についての説明と同様であるので、その具体的な説明を省略する。
【0080】
本発明によれば、HN及びFタンパク質を過剰発現する細胞において、HN及びFタンパク質により他の細胞との細胞融合能力が高まり、損傷した細胞との融合により正常遺伝子が伝達されて発現し、細胞損傷を回復させる遺伝子の発現が調節されることが確認された。また、細胞損傷に関連する様々な疾患モデルにおいて、HN及びFタンパク質過剰発現細胞が損傷した細胞または遺伝子異常が誘発された細胞と細胞融合し、正常細胞に回復することが確認された。よって、前記HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターまたはそれで形質転換された細胞は、筋肉変性疾患または筋肉疾患を予防または治療するのに有用である。
【0081】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。しかしながら、これらの実施例は本発明を例示するものにすぎず、本発明がこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0082】
細胞培養
K-STMECELL IRB(Institutional review board)の同意及び了解の下に得たヒト脂肪由来の間葉系幹細胞(human adipose tissue-derived mesenchymal stem cells;hATMSCs)は、抗生剤を添加したRKCM培養培地(10%FBS添加、K-STEMCELLにより提供)で培養した。マウス運動ニューロン細胞株(NSC34 Motor Neuron-Like Hybrid Cell line、CEDARLANE、USA)は、抗生剤を添加したDMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)培養培地(10%FBS添加)で培養した。マウス神経芽細胞腫細胞株(N2A cell line、ATCC)は、抗生剤を添加したEMEM(Eagle's Minimum Essential Medium)培養培地(10%FBS添加)で培養した。ヒト子宮頸癌細胞株(HeLa cell line、ATCC)は、抗生剤を添加したEMEM(Eagle's Minimum Essential Medium)培養培地(10%FBS添加)で培養した。マウス筋芽細胞株(C2C12 muscle myoblast cell line、ATCC)は、抗生剤を添加したDMEM培養培地(10%FBS添加)で培養した。ラット心筋芽細胞株(H9c2 heart myoblast cell line、ATCC)は、抗生剤を添加したDMEM培養培地(10%FBS添加)で培養した。
【0083】
また、正常なヒトから同意の下に血液の提供を受けて作製したヒト人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem Cells;iPSCs)は、bFGFを含まないhES cell培養培地(ThermoFisher)の入った培養プレートに浮遊状態で4日間培養した。次に、Retinoic acid(RA、5×10-7M)の入ったhES cell培養培地で4日間培養し、neurobasal medium[EGF(20ng/ml)、bFGF(10ng/ml)、B27(2%)、LIF(10ng/ml)、heparin sodium(2μg/ml)を含む無血清DMEM/F12(1:1)培養培地]で7日間培養した。凝集状態のcoloniesから離れた浮遊状態の細胞をneurobasal mediumの入ったポリ-l-オルニチン(poly-l-ornithine)(10mg/ml)/ラミニン(laminin)(5μg/ml)コーティング培養プレートで7日間培養し、5~7日ごとにアキュターゼ(accutase)で処理して細胞を継代培養することにより、人人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞(induced Pluripotent Stem Cells-derived neural stem cells;iPSCs-NSCs)を得た。
【0084】
前記細胞は、全て5%COを供給して37℃の条件下で培養した。
【実施例0085】
死滅中の運動ニューロン細胞株と脂肪由来の間葉系幹細胞の細胞融合による運動ニューロン細胞株の細胞死抑制効果の分析
細胞トラッカー(tracker)CM-DiI(Thermofisher)で標識した運動ニューロン細胞株NSC34細胞を細胞死誘導因子であるタプシガルギン(thapsigargin)2.5μMで処理して24時間培養した。アネキシン(Annexin)V染色後に、アネキシンV抗体を用いたフローサイトメトリー(flow cytometry)によりアネキシンV陽性NSC34細胞を分離した。緑色染料(cell-stalkerTM、Biterials)で標識したhATMSCsとアネキシンV陽性NSC34細胞をセンダイウイルス(HVJ)Envelope Cell fusion Kit(GenomONETM-CF EX Sendai virus(HVJ)Envelope Cell Fusion Kit、COSMO BIO、Japan)でメーカーの示す方法に従って細胞融合し、その後フローサイトメトリーによりV陽性細胞を分析した。図1に示すように、hATMSCsとの細胞融合が起こっていないNSC34細胞群において、99.5%のアネキシンV陽性細胞が確認され、hATMSCsとの細胞融合が起こったNSC34細胞群において、32.9%のアネキシンV陽性細胞が確認された。これらの結果は、hATMSCsとの細胞融合によりNSC34運動ニューロン細胞株の死滅を抑制できることを示すものである。
【0086】
また、死滅抑制効果を分子レベルで確認した。要約すると、hATMSCsとの細胞融合が起こったNSC34細胞群をフローサイトメトリーにより分離し、その後逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Reverse Transcription polymerase chain reaction;RT-PCR)及び定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(quantitative RT-PCR)によりpro-apoptotic遺伝子であるBaxとanti-apoptotic遺伝子であるBcl-xLの発現を分析した。図2に示すように、hATMSCsとの細胞融合が起こっていないNSC34細胞群に比べて、hATMSCsとの細胞融合が起こったNSC34細胞群において、Bax mRNAの発現は大幅に減少し、Bcl-xL mRNAの発現は大幅に増加した。
【0087】
これらの結果は、死滅中のNSC34運動ニューロン細胞株がhATMSCsと細胞融合を起こすと、pro-apoptotic遺伝子であるBaxの発現減少及びanti-apoptotic遺伝子であるBcl-xLの発現増加により、細胞死が抑制されることを意味するものである。
【実施例0088】
ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)/F(fusion)タンパク質を過剰発現するヒト脂肪由来の間葉系幹細胞(HN/F-hATMSCs)の作製
センダイウイルスゲノムを鋳型とし、表1のプライマーを用いてヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(HN)及びFタンパク質(F)遺伝子をPCRにより増幅した。増幅したDNAをpcDNA3.1発現ベクターにそれぞれ挿入し、E.coli strain DH5αにクローニングして配列を確認した(結果は提示せず)。クローニングしたHN及びFタンパク質は、それぞれ公開されている配列GenBnak Accesssion No.AAB06288.1及びAAC82300.1と同一である。
【0089】

【0090】
クローニング後に得られたクローン(clone)は、LB液体培地で24時間増殖培養し、プラスミド(plasmid)抽出キット(Midiprep kit)(Invitrogen、USA)を用いてプラスミドを抽出し、その後リポソーム(liposome)(lipofectamine 3000、Invitrogen)でメーカーの示す方法に従ってhATMSCsに形質導入し、HN/F遺伝子を導入したhATMSCs(HN/F-hATMSCs)を得た。形質導入した細胞株から全RNAを抽出し、RT-PCR及びリアルタイム定量RT-PCRによりHN及びF遺伝子の発現を分析した。対照群としてhATMSCsを用いた。部分(partial)HN及びFプライマーは、RT-PCR及びリアルタイム定量PCRを用いたHNまたはF mRNAにおける発現確認用に用いた。
【0091】
発現分析の結果、図4に示すように、HN及びF遺伝子の過剰発現が確認された。これらの結果は、リポソームトランスフェクション(liposomal transfection)によりHN及びF遺伝子を同時に過剰発現させることに成功したこと意味するものである。
【0092】
また、表1に示すように、HN遺伝子の増幅のための正方向プライマーにmycタンパク質をコードする塩基配列を連結し、F遺伝子の増幅のための正方向プライマーにヒスチジンをコードする塩基配列を連結したので、mycタンパク質とヒスチジンに対する抗体(Santcruz Biotechnology、USA)を用いて、HN/F-hATMSCsにおいて共焦点レーザ顕微鏡(Nicon、Japan)によりHNとFタンパク質の発現を分析した。
【0093】
画像解析の結果、図5に示すように、HN/F-hATMSCsの細胞表面にHNとFタンパク質が発現することが確認された。これらの結果は、HNとFタンパク質を過剰発現するヒト脂肪由来の間葉系幹細胞を作製することに成功したことを意味するものである。
【実施例0094】
HN/F-hATMSCsにおける幹細胞のマーカーに対する発現の評価
脂肪由来の間葉系幹細胞の陽性マーカーであるCD29、CD44及びCD90と、陰性マーカーであるCD34、CD45及びHLA-DRに対する抗体(Santcruz Biotechnology、USA)を用いて、フローサイトメトリーによりHN/F-hATMSCsにおける脂肪由来の間葉系幹細胞のマーカーに対する発現を分析した。対照群としてhATMSCsを用いた。発現分析の結果、図6に示すように、対照群と比較して、陽性マーカーであるCD29、CD44及びCD90と、陰性マーカーであるCD34、CD45及びHLA-DRにおける発現差がないことが確認された。このような免疫表現型解析(Immunophenotyping)を行った結果は、HN及びF遺伝を導入したhATMSCsが幹細胞としての特性を維持することを意味するものである。
【実施例0095】
HN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株の細胞融合能力に関する評価
実施例2で作製したHN/F-hATMSCsの細胞融合能力を評価するために、緑色染料で標識したHN/F-hATMSCsと細胞トラッカーCM-DiIで標識したNSC34運動ニューロン細胞株に対して融合分析(fusion assay)を行った。2種類の細胞を細胞数1:1の比で1.5ml試験管に混合し、4℃の条件下で5分間反応させ、その後37℃の細胞培養器で15分間反応させた。抗生剤を添加したDMEM培養培地(10%FBS添加)を入れた6ウェルプレートに移し、その後5%COを供給して37℃の条件下で16時間培養した。細胞を回収し、フローサイトメトリーによりHN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株の細胞融合率を分析した。対照群としてhATMSCsを用いた。分析の結果、図7に示すように、対照群に比べて、HN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株の細胞融合率が3.5倍以上に増加することが確認された。これらの結果は、HN/F-hATMSCsにおいてNSC34運動ニューロン細胞株に対する細胞融合率が向上したことを意味するものである。
【0096】
また、図7に示すように、共焦点レーザ顕微鏡を用いた画像解析により、緑色蛍光を示すHN/F-hATMSCsと赤色蛍光を示すNSC34運動ニューロン細胞株が融合した細胞の画像が確認された。
【実施例0097】
HN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株が融合した細胞におけるhATMSCsのマーカー及び運動ニューロンのマーカーの発現分析
実施例4の融合細胞において、運動ニューロンのマーカーであるコリンアセチルトランスフェラーゼ(choline acetyltransferase;ChAT)と脂肪由来の間葉系幹細胞のマーカーであるCD105に対する抗体(Santcruz Biotechnology、USA)を用いて、共焦点レーザ顕微鏡により脂肪由来の間葉系幹細胞のマーカーであるChATとCD105の発現を分析した。分析の結果、図8に示すように、HN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株が融合した細胞において、運動ニューロンのマーカーであるChATと脂肪由来の間葉系幹細胞のマーカーであるCD105の発現が確認された。
【0098】
これらの結果は、HN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株が融合したことを示し、融合した細胞において、脂肪由来の間葉系幹細胞と運動ニューロン細胞株で発現するマーカータンパク質が全て発現することを意味するものである。
【実施例0099】
死滅中のNSC34運動ニューロン細胞株とHN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株が融合した細胞のプロテオミクス分析
死滅中の運動ニューロンとHN/F-hATMSCsの細胞融合による細胞損傷回復機序を調べるために、実施例2のアネキシンV陽性NSC34運動ニューロン細胞株及び実施例4の融合細胞に対するプロテオミクス分析(proteomics analysis)をESI-LTQ-Orbitrap(Termo Fiher)及びnanoHPLC(RSLC、Dionex)により行い、ヒートマップ分析(heatmap analysis)をMeV softwareにより行った。対照群としてNSC34運動ニューロン細胞株を用いた。分析の結果、図9及び図10に示すように、細胞修復(cell repair)に関連する5つの遺伝子(DDB1、HMGB1、MSH2、NONO及びPCNA)が死滅中のNSC34運動ニューロンにおいては減少するのに対して、HN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株が融合した細胞においては増加することが確認されたので、前記5つの遺伝子を細胞損傷回復標的遺伝子として選択した。
【0100】
また、実施例2のアネキシンV陽性NSC34運動ニューロン細胞株及び実施例4の融合細胞において、前記細胞修復に関連する5つの遺伝子(DDB1、HMGB1、MSH2、NONO及びPCNA)のうちDDB1、HMGB1及びMSH2の発現変化が確認された。要約すると、実施例2のアネキシンV陽性NSC34運動ニューロン細胞株及び実施例4の融合細胞において、RT-PCR及び定量RT-PCRによりDDB1、HMGB1及びMSH2の発現を分析した。対照群としてNSC34運動ニューロン細胞株を用いた。図11に示すように、死滅中のNSC34運動ニューロンにおいてはDDB1、HMGB1及びMSH2 mRNAの発現が減少するのに対して、HN/F-hATMSCsとNSC34運動ニューロン細胞株が融合した細胞においては大幅に増加した。
【0101】
これらの結果は、HNとFタンパク質を過剰発現するhATMSCsが死滅中のNSC34運動ニューロン細胞株と融合して細胞損傷が回復する過程において、DDB1、HMGB1及びMSH2が関与することを意味するものである。
【実施例0102】
死滅中のC2C12筋芽細胞株とヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)/F(fusion)タンパク質を過剰発現する人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞(HN/F-NSCs)の細胞融合によるC2C12筋芽細胞株細胞死抑制効果の分析
HNとFタンパク質を過剰発現する細胞において細胞融合能力が発揮されるか否かを調べるために、HNとFタンパク質を過剰発現する人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞(HN/F-NSCs)を作製した。要約すると、実施例2でクローニングしたHN及びFタンパク質をそれぞれ挿入したpcDNA3.1発現ベクターをリポソーム(lipofectamine 3000、Invitrogen)でメーカーの示す方法に従って人工多能性幹細胞由来の神経幹細胞(iPSCs-NSCs)に形質導入し、HN/F遺伝子を導入したiPSCs-NSCs(HN/F-NSCs)を得た。形質導入した細胞株から全RNAを抽出し、RT-PCR及びリアルタイム定量RT-PCRによりHN及びF遺伝子の発現を分析した(結果は提示せず)。
【0103】
次に、細胞トラッカーCM-DiIで標識したC2C12筋芽細胞株を細胞死誘導因子であるタプシガルギン2.5μg/mlで処理して24時間培養した。アネキシンV染色後に、アネキシンV抗体を用いたフローサイトメトリーによりアネキシンV-C2C12筋芽細胞株を分離した。前記HN/F-NSCsを緑色染料で標識し、実施例1と同様にアネキシンV-C2C12筋芽細胞株と細胞融合し、その後細胞を回収してフローサイトメトリーによりV陽性細胞を分析した。分析の結果、図12に示すように、HN/F-NSCsとの細胞融合が起こっていないC2C12細胞群において、72.3%のアネキシンV陽性細胞が確認され、HN/F-NSCsとの細胞融合が起こったC2C12細胞群において、21.6%のアネキシンV陽性細胞が確認された。
【0104】
これらの結果は、HNとFタンパク質を過剰発現するiPSCs-NSCsが死滅中のC2C12筋芽細胞株と融合すると細胞損傷が回復することを意味するものである。
【実施例0105】
N2A神経芽細胞腫細胞株とヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)/F(fusion)タンパク質を過剰発現するHeLa細胞株(HN/F-HeLa)の細胞融合能力の評価
HNとFタンパク質を過剰発現する一般の細胞株においても細胞融合能力を発揮するか否かを調べるために、HNとFタンパク質を過剰発現するHeLa細胞株(HN/F-HeLa)を作製した。要約すると、GFP-pcDNA3.1発現ベクター及び実施例2で得たHNタンパク質遺伝子クローンを用いて、GFP-HNを挿入したpcDNA3.1発現ベクターをクローニングした。また、RFP-pcDNA3.1発現ベクター及び実施例2で得たFタンパク質遺伝子クローンを用いて、RFP-Fタンパク質を挿入したpcDNA3.1発現ベクターをクローニングした。次に、リポソーム(lipofectamine 3000、Invitrogen)でメーカーの示す方法に従ってHeLa細胞に形質導入し、HN/F遺伝子を導入したheLa(HN/F-HeLa)を得た。形質導入した細胞株から全RNAを抽出し、RT-PCR及びリアルタイム定量RT-PCRによりHN及びF遺伝子の発現を分析した。対照群としてheLa細胞株を用いた。発現分析の結果、図13に示すように、HN及びF遺伝子の過剰発現が確認された。
【0106】
前述したように作製したHN/F-HeLaの細胞融合能力を評価するために、HN/F-HeLaとDAPIで標識したN2A神経芽細胞腫細胞株を実施例4と同様に細胞融合し、その後細胞を回収してフローサイトメトリー及び共焦点レーザ顕微鏡によりHN/F-HeLaとN2A神経芽細胞腫細胞株の細胞融合率を分析した。対照群として、GFPを形質導入したN2A神経芽細胞腫細胞株とmCherryを形質導入したHeLa細胞株を実施例4と同様に細胞融合し、その後細胞を回収して共焦点レーザ顕微鏡により細胞融合率を比較分析した。分析の結果、図14に示すように、HN/F-HeLaとN2A神経芽細胞腫細胞株において細胞融合が起こり、対照群に比べて、HN/F-HeLaとN2A神経芽細胞腫細胞株の細胞融合率が7倍以上に増加することが確認された。
【0107】
これらの結果は、細胞に関係なく、HNとFタンパク質により細胞融合が起こることを意味するものである。
【実施例0108】
C2C12筋芽細胞株とヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(hemagglutinin neuraminidase;HN)/F(fusion)タンパク質を過剰発現するHeLa細胞株の細胞融合能力の評価
様々なベクターによりHNとFタンパク質を過剰発現するHeLa細胞株の細胞融合能力を評価するために、pcDNA3.1発現ベクターまたはpcDNA3.1-P2A発現ベクターを用いて、ヘマグルチニン・ノイラミニダーゼ(HN)とF(fusion)タンパク質遺伝子をHeLa細胞株に導入した。要約すると、図15に示すように、pcDNA3.1-P2A発現ベクターと実施例2で得たHNタンパク質遺伝子及びFタンパク質遺伝子クローンを用いて、HN及びFタンパク質を挿入したpcDNA3.1-P2A発現ベクターをクローニングした。次に、リポソーム(lipofectamine 3000、Invitrogen)でメーカーの示す方法に従ってHeLa細胞株に形質導入し、HN/F遺伝子を導入したHeLa細胞株(F-P2A-HN-HeLa)を得た。また、実施例2でクローニングしたHN及びFタンパク質をそれぞれ挿入したpcDNA3.1発現ベクターを前述したようにHeLa細胞株に形質導入し、HN/F遺伝子を導入したHeLa細胞株(HN/F-HeLa)を得た。形質導入した細胞株から全RNAを抽出し、RT-PCR及びリアルタイム定量RT-PCRによりHN及びF遺伝子の発現を分析した(結果は提示せず)。
【0109】
次に、細胞融合能力を評価するために、前述したように得たHeLa細胞株のそれぞれをGFPで標識し、実施例4と同様にRFPで標識したC2C12筋芽細胞株と細胞融合し、その後細胞を回収してフローサイトメトリーによりHeLa細胞株とC2C12筋芽細胞株の細胞融合率を分析した。対照群として、GFPで標識したHeLa細胞株とRFPで標識したC2C12筋芽細胞株を実施例4と同様に細胞融合し、その後細胞を回収してフローサイトメトリーにより細胞融合率を比較分析した。分析の結果、図16に示すように、F-P2A-HN-HeLaの細胞融合率は26.9%、HN/F-HeLaの細胞融合率は50.1%であったので、対照群に比べて、細胞融合がそれぞれ約4倍、7倍に増加することが確認された。
【0110】
これらの結果は、様々なベクターにより細胞にHNとFタンパク質が過剰発現し、HN及びFタンパク質を過剰発現する細胞において、他の細胞との細胞融合能力が高まることを意味するものである。
【実施例0111】
N2A神経芽細胞腫細胞株とHeLa細胞株が融合した細胞における細胞修復に関連する遺伝子発現の分析
HN及びFタンパク質による細胞融合の際の細胞損傷回復機序を確認するために、実施例6で選択した細胞修復に関連する遺伝子DDB1のプロモーター部位(promoter region)をスクリーニングしたところ、図17のように転写調節因子(transcriptional factor;TF)であるTDP-43(TAR DNA-binding protein 43)の結合モチーフ(binding motif)がDDB1のプロモーター部位に存在することが確認された。
【0112】
よって、HN及びFタンパク質による細胞融合の際のTDP-43の増加に伴ってDDB1の発現が増加するか否かを確認するために、図18のようにマウスDDB1(mDDB1)に特異的に結合するプライマーを作製し、それを用いてN2A神経芽細胞腫細胞株とHeLa細胞株から全DNAを抽出し、PCRによりマウス特異的DDB1遺伝子を確認した。DDB1の発現がTDP-43により調節されることを確認するために、N2A神経芽細胞腫細胞株にTDP-43を過剰発現させ、その後RNAを抽出して定量RT-PCRにより分析した。次に、N2A神経芽細胞腫細胞株とGFPを形質導入したHeLa細胞株、及びN2A神経芽細胞腫細胞株とGFP-TDP-43を形質導入したHeLa細胞株のそれぞれをセンダイウイルス(HVJ)Envelope Cell fusion Kit(GenomONETM-CF EX Sendai virus(HVJ)Envelope Cell Fusion Kit、COSMO BIO、Japan)でメーカーの示す方法に従って細胞融合し、その後fusion GFP抗体(Rockland)を用いてChIP(Chromatin immunoprecipitation)assay(Millipore)を行った。その結果、図19に示すように、N2A神経芽細胞腫細胞株とGFP-TDP-43を形質導入したHeLa細胞株が融合した細胞株において融合時間に応じてmDDB1が増加し、mDDB1プロモーター部位においてTDP-43のoccupancyが4倍以上に増加することが確認され、TDP-43の増加に応じてDDB1の発現が調節されることが確認された。
【0113】
また、HN及びFタンパク質による細胞融合の際にTDP-43が受容細胞(recipient cell)の核内に転座(translocation)されたか否かを確認するために、CM-DiIで標識したN2A神経芽細胞腫細胞株とGFP-TDP-43を形質導入したHeLa細胞株を前述した方法と同様に細胞融合し、DAPI染色後に共焦点レーザ顕微鏡によりTDP-43の転座を分析し、N2A神経芽細胞腫細胞株にNucBlue(ThermoFisher)を用いて染色し、GFP-TDP-43を形質導入したHeLa細胞株と前述した方法と同様に細胞融合し、その後human nuclei抗体(abcam)により免疫染色を行って共焦点レーザ顕微鏡により分析した。分析の結果、図20に示すように、GFP-TDP-43を形質導入したHeLa細胞株のTDP-43がN2A神経芽細胞腫細胞株の核に転座されたことが確認された。
【0114】
これらの結果は、HN及びFタンパク質による細胞融合の際の細胞修復に関連する遺伝子DDB1の発現増加は、ドナー細胞(donor cell)のTDP-43が受容細胞(recipient cell)の核内に転座され、その後mDDB1のプロモーター部位に結合することにより発現が調節されて行われることを意味するものである。また、図21に示すように、細胞損傷に関連する疾患において、HN/Fタンパク質過剰発現細胞が損傷した細胞との融合によりHN/Fタンパク質過剰発現細胞内の転写調節因子を損傷した細胞の核内に伝達し、伝達した転写調節因子により損傷した細胞内の細胞修復に関与する遺伝子の発現が調節され、損傷した細胞が回復するので、細胞損傷に関連する疾患を治療することができることを意味する。
【実施例0115】
アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)細胞モデルにおけるHN/F-hATMSCsの細胞融合を用いた治療効果の分析
細胞損傷に関連する疾患であるアルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)において、HN/Fタンパク質を過剰発現する細胞による細胞融合を用いた治療効果を確認するために、AD細胞モデルを作製した。要約すると、Jackson laboratoryからAD動物モデルであるTG2576マウス(生後80日)の提供を受けた。次に、TG2576マウスの脳室下帯(subventricular zone)を分離し、分離した組織からトリプシンにより幹細胞を分離及び濾過した。次に、B27 supplementを含むDMEM培養培地にEGF及びFGFをそれぞれ20ng/ml添加して球状に4日間培養した。4日後にウェルプレートに移し、5%FBS及びB27 supplementを含むDMEM培養培地で7日間培養してADマウス由来の神経幹細胞の分化を誘導した。
【0116】
次に、実施例2で得たHN/F-hATMSCsと前述したように得たADマウス由来の神経幹細胞を実施例4と同様に細胞融合した。細胞融合の24時間後にアネキシンV抗体を5μl添加して常温で15分間反応させ、その後フローサイトメトリーによりV陽性細胞を分析した。分析の結果、図22に示すように、ADマウス由来の神経幹細胞において、50.7%のアネキシンV陽性細胞が確認され、HN/F-hATMSCsとの細胞融合が起こったADマウス由来の神経幹細胞において、15.9%のアネキシンV陽性細胞が確認された。
【0117】
これらの結果は、HNとFタンパク質を過剰発現するhATMSCsにおけるHN及びFタンパク質によるADニューロンとの融合により、ハンチントン病ニューロンにおいて現れる細胞損傷が回復することを意味するものである。
【実施例0118】
ハンチントン病(Huntington's disease)疾患細胞モデルにおけるHN/F-hATMSCsの細胞融合を用いた治療効果の分析
細胞損傷に関連する疾患であるハンチントン病(Huntington's disease)において、HN/Fタンパク質を過剰発現する細胞による細胞融合を用いた治療効果を確認するために、ハンチントン病細胞モデルを作製した。要約すると、Jackson laboratoryからハンチントン病動物モデルであるR6/2 Tgマウス(生後80日)の提供を受けた。次に、R6/2マウスの脳室下帯(subventricular zone)を分離し、分離した組織からトリプシンにより幹細胞を分離及び濾過した。次に、B27 supplementを含むDMEM培養培地にEGF及びFGFをそれぞれ20ng/ml添加して球状に4日間培養し、その後ウェルプレートに移し、5%FBS及びB27 supplementを含むDMEM培養培地で7日間培養してハンチントン病マウス由来の神経幹細胞の分化を誘導した。
【0119】
次に、実施例2で得たHN/F-hATMSCsと前述したように得たハンチントン病マウス由来の神経幹細胞を実施例4と同様に細胞融合した。細胞融合の24時間後にアネキシンV抗体を5μl添加して常温で15分間反応させ、その後フローサイトメトリーによりV陽性細胞を分析した。分析の結果、図23に示すように、ハンチントン病マウス由来の神経幹細胞において、37.5%のアネキシンV陽性細胞が確認され、HN/F-hATMSCsとの細胞融合が起こったハンチントン病マウス由来の神経幹細胞において、11.1%のアネキシンV陽性細胞が確認された。
【0120】
これらの結果は、HNとFタンパク質を過剰発現するhATMSCsにおけるHN及びFタンパク質によるハンチントン病ニューロンとの融合により、ハンチントン病ニューロンにおいて現れる細胞損傷が回復することを意味するものである。
【実施例0121】
心不全(heart failure)疾患細胞モデルにおけるHN/F-hATMSCsの細胞融合を用いた治療効果の分析
細胞損傷に関連する疾患である心不全(heart failure)疾患において、HN/Fタンパク質を過剰発現する細胞による細胞融合を用いた治療効果を確認するために、心不全疾患細胞モデルを作製した。要約すると、細胞トラッカーCMDFA(Invitrogen)で標識したH9c2心筋芽細胞株を過酸化水素(H)200μMで処理し、その後3時間培養して酸化ストレスを誘導することにより、心不全疾患細胞モデルを得た。
【0122】
次に、実施例2で得たHN/F-hATMSCsをCM-DiIで標識し、前述したように得た心不全疾患細胞モデルを実施例4と同様に細胞融合し、その後細胞を回収した。回収した細胞をアネキシンVで染色してフローサイトメトリーによりアネキシンV陽性細胞を分離し、その後分離した細胞のうちの緑色蛍光陽性細胞を分析した。分析の結果、図24に示すように、心不全疾患細胞モデルにおいて、29%のアネキシンV陽性細胞が確認され、HN/F-hATMSCsとの細胞融合が起こった心不全疾患細胞モデルにおいて、13.4%のアネキシンV陽性細胞が確認された。
【0123】
これらの結果は、HNとFタンパク質を過剰発現するhATMSCsにおけるHN及びFタンパク質による心不全が誘導された細胞との融合により、細胞損傷が回復することを意味するものである。
【実施例0124】
筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)疾患動物モデルにおけるHN/F-hATMSCsの細胞融合を用いた治療効果の分析
細胞損傷に関連する疾患である筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)疾患において、HN/Fタンパク質を過剰発現する細胞による細胞融合を用いた治療効果を確認するために、Jackson laboratoryからALS疾患動物モデルであるG93A SOD1 Tgマウス(生後80日)の提供を受けた。次に、G93A SOD1 Tgマウスを対照群(Tg-saline)、Tg-MSC及びTg-fusogenic MSC群に分け、図25に示すように、脊髄内注入(intra-spinal cord injection)方法により、対照群には塩類溶液(saline)を、Tg-MSC群にはhATMSCsを、Tg-fusogenic MSC群には実施例2で作製したHN/F-hATMSCsを0.5~2×10の細胞数で注入してロータロッド試験(rota rod test)を行った。その結果、図26に示すように、HN/F-hATMSCsを注入したTg-fusogenic MSC群において、HN/Fタンパク質によるHN/F-hATMSCsとニューロンの融合が確認され、ニューロン損傷の回復により運動性が向上することが確認された。
【実施例0125】
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy;DMD)疾患細胞モデルにおけるHN/F-hATMSCsの細胞融合を用いた治療効果の分析
細胞損傷に関連する疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)疾患において、HN/Fタンパク質を過剰発現する細胞による細胞融合を用いた治療効果を確認するために、DMD疾患細胞モデルを作製した。要約すると、DMD疾患は筋肉線維のジストロフィン欠乏により発症する筋肉疾患であるので、ジストロフィンに特異的なsiRNA(siジストロフィン、GenePharma)を入手し、それをメーカーの示す方法に従ってC2C12筋芽細胞に導入し、ジストロフィン発現が抑制されたC2C12筋芽細胞株を作製した。DMD疾患の病理症状によりジストロフィン及びCTGF発現を確認するために、ジストロフィン及びCTGFに特異的に結合するプライマーを作製し、前記siジストロフィンを導入したC2C12筋芽細胞株から全RNAを抽出し、定量RT-PCRによりジストロフィン及びCTGF遺伝子発現を分析した。また、CTGF抗体(Abcam)を用いたウェスタンブロット(western blot)によりCTGFタンパク質発現を分析した。対照群としてC2C12細胞株を用いた。発現分析の結果、図27に示すように、siジストロフィンを導入したC2C12筋芽細胞株において、DMD疾患細胞モデルのジストロフィンの遺伝子発現が減少し、CTGFの遺伝子及びタンパク質発現が増加することが確認された。
【0126】
前述したように作製したDMD疾患細胞モデルにおいて、HN/Fタンパク質を過剰発現する細胞による細胞融合を用いた治療効果を確認するために、実施例2のように作製したHN/F-hATMSCsと前述したように作製したDMD疾患細胞モデルを実施例4と同様に細胞融合し、その後細胞を回収して定量RT-PCR及びウェスタンブロットによりジストロフィン及びCTGFの発現を分析した。分析の結果、図28に示すように、DMD疾患細胞モデルにおいて、ジストロフィン発現が減少し、CTGF発現が増加するのに対して、HN/F-hATMSCsとDMD疾患細胞モデルが融合した細胞において、ジストロフィン発現が大幅に増加し、CTGF発現が大幅に減少することが確認された。
【0127】
これらの結果は、HNとFタンパク質を過剰発現する細胞がDMD疾患細胞モデルと細胞融合し、細胞融合したDMD疾患細胞モデルが正常細胞に回復することを意味するものである。また、細胞融合したDMD疾患細胞モデルに正常なジストロフィン遺伝子が伝達され、ジストロフィンの発現が回復することを意味するものである。
【実施例0128】
DMD疾患動物モデルにおけるHN/F-hATMSCsの細胞融合を用いた治療効果の分析
DMD疾患において、HN/Fタンパク質を過剰発現する細胞による細胞融合を用いた治療効果を確認するために、Jackson laboratoryからDMD疾患動物モデルであるmdxマウス(生後2~4週間)の提供を受けた。mdxマウスから骨格筋を分離し、ジストロフィン抗体(abcam)を用いて免疫組織化学を行ったところ、図29に示すように、ジストロフィンが減少することが確認された。次に、mdxマウスを対照群(saline)、MSC及びfMSC群に分け、図25に示すように、脊髄内注入方法により、対照群には塩類溶液(saline)を、MSC群には緑色染料で標識したhATMSCsを、fMSC群には緑色染料で標識した実施例2のHN/F-hATMSCsを0.5~2×10の細胞数で注入し、1週間後に骨格筋(skeletal muscle)を分離した。次に、hNuclei抗体(abcam)で染色し、摘出した骨格筋において共焦点レーザ顕微鏡により生着能を分析した。また、注入して3週間後または15週間後に骨格筋を分離し、ジストロフィン抗体(abcam)を用いて免疫組織化学を行った。さらに、注入して1週間後に骨格筋を分離し、分離した骨格筋から全RNAを抽出して定量RT-PCRによりCTGF遺伝子発現を分析した。
【0129】
その結果、図30に示すように、MSC群及びfMSC群のそれぞれにおいて、hATMSCs及びHN/F-hATMSCsの生着能が緑色染料で確認された。また、図31に示すように、fMSC群において、注入3週間後及び注入15週間後にヒト正常ジストロフィンタンパク質発現が大幅に増加し、ジストロフィンタンパク質発現が持続することが確認された。さらに、図32に示すように、fMSC群において、注入1週間後にCTGF遺伝子発現が大幅に減少することが確認された。
【0130】
これらの結果は、mdxマウスの筋肉でジストロフィンを正常に発現する細胞において、HN及びFタンパク質によりジストロフィンが欠乏した筋細胞との細胞融合が高まり、細胞融合した筋細胞において、正常な筋細胞に回復することを意味するものである。
【0131】
これらの結果は、HN及びFタンパク質過剰発現細胞がHN及びFタンパク質により損傷した細胞と融合し、損傷した細胞との融合によりHN及びFタンパク質過剰発現細胞内の転写調節因子を損傷した細胞の核内に伝達し、損傷した細胞において細胞修復に関与する遺伝子の発現が調節されることにより損傷した細胞が回復するので、HN及びFタンパク質を用いた細胞融合技術により細胞損傷に関連する神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患を治療することができることを意味するものである。また、HN/Fタンパク質過剰発現細胞がHN/Fタンパク質により遺伝子異常のある細胞と融合し、細胞融合により正常遺伝子が伝達されて発現するので、HN及びFタンパク質を用いた細胞融合技術が遺伝子治療(gene therapy)の送達ツール(delivery tool)として用いられることを意味するものである。
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明は、細胞融合技術を用いた遺伝子及び細胞治療剤、並びにその用途に関し、具体的にはHN及びFタンパク質による細胞融合技術により細胞損傷を回復させて正常遺伝子を導入することができるので、HN及びFタンパク質をコードする遺伝子を含むベクターまたはそれで形質転換された細胞を、細胞損傷に関連する疾患、より具体的には神経変性疾患、神経疾患、筋肉変性疾患または筋肉疾患の治療に有効に用いることができる。
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