(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022105226
(43)【公開日】2022-07-13
(54)【発明の名称】ミトコンドリアリボソームRNA変異検出用プライマーDNAセットを含むキット、ミトコンドリアリボソームRNA発現用核酸、前記核酸を封入してなる脂質膜構造体及びそれらの利用
(51)【国際特許分類】
C12N 15/88 20060101AFI20220706BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20220706BHJP
A61K 47/69 20170101ALI20220706BHJP
A61K 47/24 20060101ALI20220706BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20220706BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220706BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20220706BHJP
A61K 9/127 20060101ALI20220706BHJP
C12Q 1/6886 20180101ALI20220706BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220706BHJP
【FI】
C12N15/88 Z ZNA
A61K31/7088
A61K47/69
A61K47/24
A61K47/42
A61P43/00 105
A61K48/00
A61K9/127
C12Q1/6886 Z
G01N33/53 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2019089566
(22)【出願日】2019-05-10
(71)【出願人】
【識別番号】519165504
【氏名又は名称】ルカ・サイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】山田 勇磨
(72)【発明者】
【氏名】原島 秀吉
(72)【発明者】
【氏名】丸山 美菜子
【テーマコード(参考)】
4B063
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4B063QA17
4B063QA19
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR62
4B063QS25
4C076AA19
4C076AA95
4C076BB05
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4C076BB21
4C076BB26
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4C084MA24
4C084MA56
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4C084NA05
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4C084ZC541
4C084ZC542
4C086AA01
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4C086MA05
4C086MA24
4C086MA56
4C086MA60
4C086MA65
4C086MA66
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZB21
4C086ZC54
(57)【要約】 (修正有)
【課題】mt-12S rRNAの点変異を検出する方法、ミトコンドリア内でmt-rRNAを効率的に発現させるためのRNA又はDNA、及びこれらをミトコンドリアへ導入する方法の提供。
【解決手段】野生型検出用プライマーDNAセットと変異型検出用プライマーDNAセットとを含むミトコンドリアDNAの点変異又はこれに対応するミトコンドリアリボソームRNAの点変異を検出するためのキット、ミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列又はこれに相補的な塩基配列を含む核酸を封入してなるミトコンドリア指向性脂質膜構造体、当該核酸を有効成分として含有する医薬組成物、及び当該核酸をミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者に由来する細胞にインビトロで導入することを含むミトコンドリア病の治療及び/又は予防のための細胞製剤の製造方法に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAと配列番号3又は4に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる野生型検出用プライマーDNAセットと、
配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAと配列番号16、17又は20に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる変異型検出用プライマーDNAセット
とを含む、ミトコンドリアDNAの点変異A1555G又はこれに対応するミトコンドリア12SリボソームRNAの点変異を検出するためのキット。
【請求項2】
配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAが、配列番号1又は2に示される塩基配列からなるプライマーDNAである、請求項1に記載のキット。
【請求項3】
変異型検出用プライマーDNAセットのリバースプライマーDNAが、配列番号17に示される塩基配列からなるプライマーDNAである、請求項1又は2に記載のキット。
【請求項4】
以下のa)又はb)に示される核酸を封入してなるミトコンドリア指向性脂質膜構造体。
a)第一のミトコンドリアtRNAの塩基配列、ミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び第二のミトコンドリアtRNAの塩基配列をこの順番で含むRNA
b)プロモーターの塩基配列及びa)のRNAに相補的な塩基配列を含むDNA
【請求項5】
前記a)におけるミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び2つのミトコンドリアtRNAの塩基配列が連続している、請求項4に記載の脂質膜構造体。
【請求項6】
ミトコンドリアリボソームRNAが野生型の12SミトコンドリアリボソームRNAである、請求項4又は5に記載の脂質膜構造体。
【請求項7】
ジオレイルホスファチジルエタノールアミン及びスフィンゴミエリンを脂質膜の構成脂質として含有する、請求項4から6のいずれか一項に記載の脂質膜構造体。
【請求項8】
膜透過性ペプチドを脂質膜表面に有する、請求項4から7のいずれか一項に記載の脂質膜構造体。
【請求項9】
膜透過性ペプチドが連続した4~20個のアルギニン残基からなるポリアルギニンペプチドである、請求項8に記載の脂質膜構造体。
【請求項10】
配列番号23で示されるアミノ酸配列からなるペプチドを脂質膜表面に有する、請求項4から9のいずれか一項に記載の脂質膜構造体。
【請求項11】
以下のa)又はb)に示される核酸を有効成分として含有する、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防のための医薬組成物。
a)第一のミトコンドリアtRNAの塩基配列、ミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び第二のミトコンドリアtRNAの塩基配列をこの順番で含むRNA
b)プロモーターの塩基配列及びa)のRNAに相補的な塩基配列を含むDNA
【請求項12】
前記a)におけるミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び2つのミトコンドリアtRNAの塩基配列が連続している、請求項11に記載の医薬組成物。
【請求項13】
ミトコンドリアリボソームRNAが野生型の12SミトコンドリアリボソームRNAである、請求項11又は12に記載の医薬組成物。
【請求項14】
核酸がミトコンドリア指向性脂質膜構造体に封入されている、請求項11から13のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
ミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者に由来する細胞に、以下のa)又はb)に示される核酸をインビトロで導入することを含む、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防のための細胞製剤の製造方法。
a)第一のミトコンドリアtRNAの塩基配列、ミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び第二のミトコンドリアtRNAの塩基配列をこの順番で含むRNA
b)プロモーターの塩基配列及びa)のRNAに相補的な塩基配列を含むDNA
【請求項16】
前記a)におけるミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び2つのミトコンドリアtRNAの塩基配列が連続している、請求項15に記載の製造方法。
【請求項17】
ミトコンドリアリボソームRNAが野生型の12SミトコンドリアリボソームRNAである、請求項15又は16に記載の製造方法。
【請求項18】
核酸がミトコンドリア指向性脂質膜構造体に封入されている、請求項15から17のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミトコンドリアリボソームRNA(以下、mt-rRNAと表す。)である12SリボソームRNA(以下、mt-12S rRNAと表す。)の点変異を検出するためのプライマーDNAセットを含むキット、ミトコンドリア内でmt-rRNAを発現させるための核酸、これを封入してなるミトコンドリア指向性脂質膜構造体、並びに前記核酸及び前記脂質膜構造体の医薬組成物における及び細胞製剤の製造における使用に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞のオルガネラの1つであるミトコンドリアは、細胞核内の染色体から独立したミトコンドリアゲノムDNA(以下、mt-DNAと表す)を持つ。ミトコンドリアは、核ゲノムDNAから転写翻訳されてミトコンドリア内に移送されるミトコンドリアタンパク質(核DNA由来ミトコンドリアタンパク質)、mt-DNAにコードされ、ミトコンドリア内で転写翻訳されるミトコンドリアタンパク質(ミトコンドリアDNA由来ミトコンドリアタンパク質)、ミトコンドリアt-RNA(以下、mt-tRNAと表す)及びmt-rRNAを含む。これらのタンパク質やRNAをコードするゲノムDNAにおける変異と種々の疾患(脳筋症、神経変性疾患、癌、糖尿病、難聴等)との関連が多数報告されており、これらはミトコンドリア病と総称される。ミトコンドリア病に対する治療法はこれまでのところビタミン類などを補充する対症療法が主流であり、根本的治療法の開発が望まれている。以下、特に断らない限り、本発明はヒトのミトコンドリアを代表例として説明する。
【0003】
現在、研究開発が進められているミトコンドリア病の治療方法の1つは、治療効果が期待されるタンパク質、例えば変異したミトコンドリアタンパク質に対応する野生型タンパク質をミトコンドリア内に送り込むことを目的とした遺伝子治療である。遺伝子治療を実現するため、細胞核内で転写され、細胞質で翻訳された目的タンパク質をミトコンドリア内に移送させることができる外来遺伝子発現システムや、ミトコンドリア内で直接的に目的タンパク質を発現させることができる外来遺伝子発現システム等が提案されている。
【0004】
細胞質で発現させた目的タンパク質のミトコンドリア内への移送に関連して、多種多様な発現ベクターが開発されている。その多くは、核DNA由来ミトコンドリアタンパク質が有するミトコンドリア移行性シグナルペプチド(mitochondrial targeting signal peptide、MTS)を利用している。具体的には、MTSを上流に有する目的タンパク質(MTS付加タンパク質)をコードする発現ベクターを細胞核に送達し、細胞質においてMTS付加タンパク質を発現させ、ミトコンドリアに送達するというものである。
【0005】
この方法はある種の目的タンパク質においては有用であり得るが、ミトコンドリアDNA由来ミトコンドリアタンパク質に対する適用性が低いという問題を有する。ミトコンドリアDNA由来ミトコンドリアタンパク質の多くは細胞質内で不溶性であるために、細胞質で発現されたミトコンドリアDNA由来ミトコンドリアタンパク質が凝集し、ミトコンドリアへの移行が不十分となるからである。
【0006】
特許文献1は、水溶性を高めたMTSと特定のミトコンドリアDNA由来ミトコンドリアタンパク質とからなるMTS付加タンパク質をコードする発現ベクターを用いて、目的タンパク質の細胞質での凝集を抑える方法を開示している。しかし、ミトコンドリアDNA由来ミトコンドリアタンパク質は、ミトコンドリア以外の細胞内オルガネラにあると細胞毒性を示すことが多いので、特許文献1に記載された方法が利用可能な目的タンパク質の範囲は制限される。
【0007】
また、MTS付加タンパク質を利用した上記方法は、本来のミトコンドリアタンパク質の細胞内輸送に干渉する又はこれと競合することで細胞に致死的ダメージを与える可能性があり、遺伝子治療のツールとしては懸念が残る。
【0008】
一方、ミトコンドリア内で直接的に目的タンパク質を発現させることができる外来遺伝子発現システムの利用では、第一にミトコンドリア内における必要十分な量の目的タンパク質の転写発現が要求される。かかる目的に適合するように、mt-DNAに存在する遺伝子由来のプロモーター、例えばHSP(heavy strand promoter)を選択し、その制御下に目的タンパク質をコードするDNAを置いた発現ベクターが幾つか設計されている。この発現ベクターには、mt-DNAにおいて利用頻度の高いトリプレットコドンを使用するといった工夫も加えられている。しかし、これまでのところ、それら発現ベクターの発現レベルは疾患治療に必要十分な領域には達していない。
【0009】
例えば、非特許文献1には、MTSを付加した人工ウイルスベクターの内部にHSP制御下にあるミトコンドリア内で転写誘導されるDNAを封入し、ミトコンドリアに直接的にウイルスベクターを導入して目的タンパク質を発現させようとする方法が提唱されている。この方法は、導入されたウイルスベクターからの目的タンパク質の発現レベルが比較的高いという利点を有する一方、ウイルスベクターであることに起因する安全性の問題を伴うことに加え、目的タンパク質が期待通りにミトコンドリア内で発現しているかについての検証が完全にはなされていない。
【0010】
本発明者らは、ミトコンドリア内で直接的に目的タンパク質を発現させることができる外来遺伝子発現システムの一つとして、動物細胞の細胞核内で転写活性を示すプロモーター配列、及びトリプトファンに対応するコドンとして1つ又は複数のTGAを含む目的タンパク質をコードするコーディング領域を前記プロモーター配列の制御下に有する組換え発現ベクターを提案した(特許文献2)。この発現ベクターをミトコンドリア指向性脂質膜構造体を利用してミトコンドリア内に送達することで、細胞質内での望ましくない目的タンパク質の翻訳を回避し、さらにミトコンドリア内での目的タンパク質の発現量をより高めることが可能となる。
【0011】
上記の従来技術において、ミトコンドリア内に送達される核酸は専らDNAであったが、近年のRNA合成技術の進歩に伴い、DNAに代えてRNAを直接的にミトコンドリア内に送達することによる遺伝子治療戦略が提唱されている。これらの従来技術はいずれも、目的タンパク質の機能をミトコンドリア内で発揮させることを目的とした、当該タンパク質をコードする比較的短鎖の核酸をミトコンドリア内に送達する技術である。
【0012】
また、ミトコンドリア病であると適切に診断されず、有効な治療が施されないまま重症化する事例も存在しているなど、ミトコンドリア病の診断法の確立も重要な課題として残されている。例えば、mt-12S rRNA遺伝子をコードするmt-DNA塩基配列中に存在する点変異A1555Gはミトコンドリア病の一種である薬剤性難聴の原因であるが、この点変異に対しては現在DNA検査のみが実施されており、疾患の直接的原因となるmt-12S rRNAの変異を対象とした検査技術は確立されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Yu,H. et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 2012, 109: E1238-47
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】US2015/0225740
【特許文献2】WO2017/090763
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、mt-12S rRNAの点変異を検出する方法、ミトコンドリア内でmt-rRNAを効率的に発現させるためのRNA又はDNA、及びこれらをミトコンドリアへ導入する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、特定の塩基配列からなるプライマーDNAセットを用いることでmt-12S rRNAの点変異を検出及び定量することができること、及び塩基配列に一定の特徴を有する核酸をミトコンドリア内に送達することでミトコンドリア内でのmt-rRNAの効率的な発現が可能となることを見いだし、以下の発明を完成させた。
【0017】
(1)配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAと配列番号3又は4に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる野生型検出用プライマーDNAセットと、
配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAと配列番号16、17又は20に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる変異型検出用プライマーDNAセット
とを含む、ミトコンドリアDNAの点変異A1555G又はこれに対応するミトコンドリア12SリボソームRNAの点変異を検出するためのキット。
(2)配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAが、配列番号1又は2に示される塩基配列からなるプライマーDNAである、(1)に記載のキット。
(3)変異型検出用プライマーDNAセットのリバースプライマーDNAが、配列番号17に示される塩基配列からなるプライマーDNAである、(1)又は(2)に記載のキット。
(4)以下のa)又はb)に示される核酸を封入してなるミトコンドリア指向性脂質膜構造体。
a)第一のミトコンドリアtRNAの塩基配列、ミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び第二のミトコンドリアtRNAの塩基配列をこの順番で含むRNA
b)プロモーターの塩基配列及びa)のRNAに相補的な塩基配列を含むDNA
(5)前記a)におけるミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び2つのミトコンドリアtRNAの塩基配列が連続している、(4)に記載の脂質膜構造体。
(6)ミトコンドリアリボソームRNAが野生型の12SミトコンドリアリボソームRNAである、(4)又は(5)に記載の脂質膜構造体。
(7)ジオレイルホスファチジルエタノールアミン及びスフィンゴミエリンを脂質膜の構成脂質として含有する、(4)から(6)のいずれか一項に記載の脂質膜構造体。
(8)膜透過性ペプチドを脂質膜表面に有する、(4)から(7)のいずれか一項に記載の脂質膜構造体。
(9)膜透過性ペプチドが連続した4~20個のアルギニン残基からなるポリアルギニンペプチドである、(8)に記載の脂質膜構造体。
(10)配列番号23で示されるアミノ酸配列からなるペプチドを脂質膜表面に有する、(4)から(9)のいずれか一項に記載の脂質膜構造体。
(11)以下のa)又はb)に示される核酸を有効成分として含有する、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防のための医薬組成物。
a)第一のミトコンドリアtRNAの塩基配列、ミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び第二のミトコンドリアtRNAの塩基配列をこの順番で含むRNA
b)プロモーターの塩基配列及びa)のRNAに相補的な塩基配列を含むDNA
(12)
前記a)におけるミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び2つのミトコンドリアtRNAの塩基配列が連続している、(11)に記載の医薬組成物。
(13)ミトコンドリアリボソームRNAが野生型の12SミトコンドリアリボソームRNAである、(11)又は(12)に記載の医薬組成物。
(14)核酸がミトコンドリア指向性脂質膜構造体に封入されている、(11)から(13)のいずれか一項に記載の医薬組成物。
(15)ミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者に由来する細胞に、以下のa)又はb)に示される核酸をインビトロで導入することを含む、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防のための細胞製剤の製造方法。
a)第一のミトコンドリアtRNAの塩基配列、ミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び第二のミトコンドリアtRNAの塩基配列をこの順番で含むRNA
b)プロモーターの塩基配列及びa)のRNAに相補的な塩基配列を含むDNA
(16) 前記a)におけるミトコンドリアリボソームRNAの塩基配列及び2つのミトコンドリアtRNAの塩基配列が連続している、(15)に記載の製造方法。
(17)ミトコンドリアリボソームRNAが野生型の12SミトコンドリアリボソームRNAである、(15)又は(16)に記載の製造方法。
(18)核酸がミトコンドリア指向性脂質膜構造体に封入されている、(15)から(17)のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明のプライマーDNAセットは、これを用いたPCRを行うことにより、mt-DNAの点変異であるA1555G又はこれに対応するmt-12S rRNAの点変異を簡便に検出及び定量することができる。また、本発明の脂質膜構造体及び核酸は、ミトコンドリアにおいてより効率的に、かつ選択的にmt-rRNAを送達又は発現させることができることから、より安全でかつ効果の優れたミトコンドリア病治療用の医薬として、又は細胞製剤の製造において利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一態様であるtR
F-mt-12S rRNA-tR
Vの構造及び対応するDNAの塩基配列を表す図である。
【
図2】ミトコンドリアリボソームRNA遺伝子の点変異(A1555G)を検出するために設計されたプライマーDNAセットの1~16について、横軸に変異率の理論値を、縦軸に定量的PCRで実測した測定値から算出した変異率をプロットした検量線である。
【
図3】ミトコンドリアリボソームRNA遺伝子の点変異(A1555G)を検出するために設計されたプライマーDNAセットの17~32について、横軸に変異率の理論値を、縦軸に定量的PCRで実測した測定値から算出した変異率をプロットした検量線である。
【
図4】ミトコンドリアリボソームRNA遺伝子の点変異(A1555G)を検出するために設計されたプライマーDNAセットの33~48について、横軸に変異率の理論値を、縦軸に定量的PCRで実測した測定値から算出した変異率をプロットした検量線である。
【
図5】ミトコンドリアリボソームRNA遺伝子の点変異(A1555G)を検出するために設計されたプライマーDNAセットの49~64について、横軸に変異率の理論値を、縦軸に定量的PCRで実測した測定値から算出した変異率をプロットした検量線である。
【
図6】ミトコンドリアリボソームRNA遺伝子の点変異(A1555G)を検出するために設計されたプライマーDNAセットの65~80について、横軸に変異率の理論値を、縦軸に定量的PCRで実測した測定値から算出した変異率をプロットした検量線である。
【
図7】ミトコンドリアリボソームRNA遺伝子の点変異(A1555G)を検出するために設計されたプライマーDNAセットの81~96について、横軸に変異率の理論値を、縦軸に定量的PCRで実測した測定値から算出した変異率をプロットした検量線である。
【
図8】ミトコンドリアリボソームRNA遺伝子の点変異(A1555G)を検出するために設計されたプライマーDNAセットの97~108について、横軸に変異率の理論値を、縦軸に定量的PCRで実測した測定値から算出した変異率をプロットした検量線である。
【
図9】プライマーDNAセット14、24及び6について、横軸に変異率の理論値を、縦軸に3~4回の定量的PCRで実測した測定値から算出した変異率の平均値をプロットした検量線である。
【
図10】ミトコンドリア病患者由来の皮膚繊維芽細胞のミトコンドリアにtR
F-rRNA-tR
V/MITOを導入したときの、及び市販のRNA導入試薬を用いてtR
F-mt-12S rRNA-tR
Vを導入したときの、それぞれのmt-rRNAに相補的なcDNAにおけるA1555G変異率の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
点変異検出用プライマーDNAセット
本発明の第1の態様は、
配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAと配列番号3又は4に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる野生型検出用プライマーDNAセットと、
配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAと配列番号16、17又は20に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる変異型検出用プライマーDNAセット
とを含む、mt-DNAの点変異A1555G又はこれに対応するmt-12S rRNAの点変異を検出するためのキットに関する。なお、本明細書において、mt-DNAの塩基配列及びその配列中の塩基の位置は、NCBI Reference Sequence: NC_012920.1に登録されている塩基配列とその塩基番号で表される。
【0021】
点変異A1555Gは、ミトコンドリア病の一種である薬剤性難聴の原因とされる、mt-DNA塩基配列の1555番目のアデニンがグアニンに置換された遺伝子変異で、この遺伝子変異を有する患者は、アミノグリコシド系薬物を投与した際の難聴リスクが顕著に高いことが知られている(Sven N. Hobbie et al., Pro. Nat. Acad. Sci. USA, 2008, 105, 52, 20888-20893.;N.Raimundo et al., Cell, 148, 4, 17, 2012, 716-726)。したがって、この遺伝子変異又はこれに対応するmt-12S rRNA変異の検出は、アミノグリコシド系薬物投与による難聴発症リスクの判定に利用することができ、難聴の誘発又は重症化の抑制に寄与し得るものと期待される。特に、mt-12S rRNA変異の検出は、疾患の直接的原因となる最終産物における変異の検出であることから、より精度の高い薬剤性難聴発症リスクの判定につながるものと期待される。
【0022】
配列番号1に示される塩基配列を含むプライマーDNAと配列番号3又は4に示される塩基配列からなるプライマーDNAとの組み合わせからなる野生型検出用プライマーDNAセットは、検出対象のmt-DNA、又はmt-12S rRNAからの逆転写反応生成物であるcDNAを鋳型としたPCRを行うことにより、1555番目の塩基がアデニンであるmt-DNA又はこれに対応するmt-12S rRNAを特異的に検出することができる。
【0023】
また、配列番号1に示される塩基配列を含むフォワードプライマーDNAと配列番号16、17又は20に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる変異型検出用プライマーDNAセットは、検出対象のmt-DNA、又はmt-12S rRNAからの逆転写反応生成物であるcDNAを鋳型としたPCRを行うことにより、1555番目の塩基がグアニンであるmt-DNA又はこれに対応するmt-12S rRNAを特異的に検出することができる。
【0024】
配列番号1に示される塩基配列を含むプライマーDNAは、例えば、配列番号1に示される塩基配列からなるプライマーDNA、又は配列番号1に示される塩基配列の5'末端側及び/若しくは3'末端側に1若しくは複数個の塩基、例として1~10個、好ましくは1~5個、より好ましくは1~3個、特に1若しくは2個の塩基が付加された塩基配列からなるプライマーDNAであることができる。付加される塩基の種類は、検出対象のmt-DNA又はmt-12S rRNAからのcDNAを特異的に検出できるかぎり制限はないが、mt-DNA中の又はmt-12S rRNAからのcDNA中の対応する位置の塩基と相補的な塩基であることが好ましい。配列番号1に示される塩基配列を含むプライマーDNAは、好ましくは、配列番号1又は2に示される塩基配列からなるプライマーDNAである。
【0025】
変異型検出用プライマーDNAセットに含まれるリバースプライマーDNAは、配列番号16、17又は20に示される塩基配列からなるプライマーDNAであり、好ましくは配列番号17に示される塩基配列からなるプライマーDNAである。
【0026】
好ましい実施形態において、キットは、配列番号1に示される塩基配列からなるフォワードプライマーDNAと配列番号3又は4に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる野生型検出用プライマーDNAセットと、配列番号1に示される塩基配列からなるフォワードプライマーDNAと配列番号16、17又は20に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる変異型検出用プライマーDNAセットとを含む。
【0027】
より好ましい実施形態において、キットは、配列番号1に示される塩基配列からなるフォワードプライマーDNAと配列番号3に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる野生型検出用プライマーDNAセットと、配列番号1に示される塩基配列からなるフォワードプライマーDNAと配列番号17に示される塩基配列からなるリバースプライマーDNAとの組み合わせからなる変異型検出用プライマーDNAセットとを含む。
【0028】
野生型検出用プライマーDNAセット及び変異型検出用プライマーDNAセットを用いて、mt-DNA、又はmt-12S rRNAからの逆転写反応生成物であるcDNAを鋳型としたPCRを行うことにより、当該mt-DNA又はcDNA中に含まれる点変異A1555Gを有する分子の割合、すなわち変異率を定量することができる。当業者は、点変異を有する分子を特異的に増幅し、検出することができるPCR条件を適宜設定することができる。
【0029】
本発明において変異率とは、ミトコンドリア病をもたらす変異mt-DNAから転写されるmt-12S rRNAについての、mt-12S rRNA全分子中の変異型分子の割合を意味する。
【0030】
変異率は、遺伝子変異の定量に用いることができる公知の方法、例えばアレル特異的PCR法、インベーダー法、アレル特異的ハイブリダイゼーション法、次世代シーケンス法等を用いて定量することができる。これらの方法の中で好ましく用いられるものの1つは、定量的ARMS-PCR法(Amplification Refractory Mutation Systems PCR、例えばNewton,C.R. et al, Nucleic Acids Res. 1989, 17, 2503-2516;V. Venegas et al, Methods Mol. Biol. 2012, 837, 313-326、これらの文献は、その全体が参照として本明細書に取り込まれる)である。この方法では、検出対象となる点変異の塩基とその前後の塩基配列を基に、野生型配列を増幅するためのプライマーDNAセット(野生型検出用プライマーDNAセット)と点変異を含む配列を増幅するためのプライマーDNAセット(変異型検出用プライマーDNAセット)とを設計し、各プライマーDNAセットを用いて、測定対象のmt-rRNAの逆転写反応により得られたDNAを鋳型とした定量的PCRを行う。定量的PCRにより決定された野生型検出用プライマーDNAセットを用いた場合のC
T値(C
Twild)及び変異型検出用プライマーDNAセットを用いた場合のC
T値(C
Tmut)を、下記式にあてはめることで、変異率を算出することができる。
【数1】
【0031】
本態様のキットは、野生型検出用プライマーDNAセット及び変異型検出用プライマーDNAセットを含むものであればよいが、逆転写酵素、PCR反応用の試薬、バッファー等をさらに含んでもよい。
【0032】
核酸及びこれを封入した脂質膜構造体
本発明の別の態様は、以下のa)又はb)に示される核酸、及びこれを封入してなるミトコンドリア指向性脂質膜構造体に関する;
a)第一のミトコンドリアtRNAの塩基配列、mt-rRNAの塩基配列及び第二のミトコンドリアtRNAの塩基配列をこの順番で含むRNA
b)プロモーターの塩基配列及びa)のRNAに相補的な塩基配列を含むDNA
【0033】
a)のRNAは、第一のミトコンドリアtRNA(以下、mt-tRNAと表す)の塩基配列、mt-rRNAの塩基配列及び第二のmt-tRNAの塩基配列をこの順番で含む。
【0034】
a)のRNAにおいて、mt-tRNAの塩基配列は、ミトコンドリアゲノムに含まれるヒトでは計22種類のmt-tRNA遺伝子の塩基配列から任意に選択して使用することができる。また、第一及び第二のmt-tRNAの塩基配列は、互いに異なったものでもよく、また同じものでもよい。
【0035】
a)のRNAにおいて、mt-rRNAは、ミトコンドリア内で発現させる、言い換えればその機能を発揮させることが望まれるmt-rRNAであればよく、ミトコンドリア病の治療に有効であると期待されるmt-rRNAの他に、ミトコンドリア内で発現させることに学術的な関心が持たれるmt-rRNA等を挙げることができる。本発明においてmt-rRNAは、野生型の12SリボソームRNA(mt-12SrRNA)であることが好ましい。mt-12SrRNAは、ミトコンドリア翻訳に必須であり、mt-12SrRNAの機能不全は細胞機能を低下させ、難聴を発症させるものと考えられている。
【0036】
a)のRNAにおいて、第一のmt-tRNAの塩基配列、mt-rRNAの塩基配列及び第二のmt-tRNAの塩基配列は、介在配列、例えばミトコンドリアゲノムにおける各々の5'末端側及び3'末端側のフランキング配列等を介して連結されていてもよいが、介在配列が存在せずに直接的に連結されていること、すなわちmt-rRNAの塩基配列及び2つのmt-tRNAの塩基配列が連続していることが好ましい。介在配列が存在する場合、その長さは、1~10塩基程度、例えば1~6塩基、好ましくは1~3塩基である。また、a)のRNAは、第一のmt-tRNAの塩基配列の5'末端側及び第二のmt-tRNAの塩基配列の3'末端側に、上記のフランキング配列等を1~10塩基程度、例えば1~6塩基、好ましくは1~3塩基、さらに有していてもよい。
【0037】
なお、本態様において、a)のRNAは、mt-rRNAの塩基配列を複数個含み、かつ前記mt-rRNAの塩基配列の各々がその5'末端側及び3'末端側にミトコンドリアtRNAの塩基配列を有するRNAであってもよい。かかるRNAは、例えばmt-rRNAの塩基配列を2個含む場合、「第一のミトコンドリアtRNAの塩基配列、第一のmt-rRNAの塩基配列、第二のミトコンドリアtRNAの塩基配列、第二のmt-rRNAの塩基配列及び第三のミトコンドリアtRNAの塩基配列をこの順番で含むRNAと表すことができる。かかるRNAの詳細は、a)のRNAについて上で説明したとおりであり、含まれる複数個のmt-rRNAの塩基配列、及び複数個のミトコンドリアtRNAの塩基配列は、互いに異なったものであっても同じものであってもよい。
【0038】
b)のDNAは、プロモーターの塩基配列及びa)のRNAすなわち前記a)のRNAに相補的な塩基配列を含むDNAである。具体的には、b)のDNAは、プロモーターの塩基配列、第一のmt-tRNAの塩基配列に相補的な塩基配列、mt-rRNAの塩基配列に相補的な塩基配列及び第二のmt-tRNAの塩基配列に相補的な塩基配列をこの順番で含むDNAである。ここで、第一及び第二のmt-tRNAの塩基配列、mt-rRNAの塩基配列の各特徴は、a)のRNAについて説明したとおりである。
【0039】
プロモーター配列は、a)のRNAに相補的な塩基配列をその制御下に有する。プロモーター配列の制御下に有するとは、a)のRNAに相補的な塩基配列がプロモーター配列に転写可能に連結されていること、すなわちプロモーター配列の転写活性によって転写が開始される範囲内にa)のRNAに相補的な塩基配列が存在することを意味する。例としては、プロモーター配列の3'末端から概ね1~200塩基の範囲内に第一のmt-tRNAがある場合を挙げることができるが、そのような範囲はプロモーター配列の種類によって変化し、当業者によって適宜調節することができる。
【0040】
プロモーターは、転写活性すなわちmt-rRNAの転写誘導能を示すものであれば特に制限はないが、ミトコンドリアに送達された際により効率的かつ選択的なmt-rRNAを発現させるためには、特許文献WO2017/090763及びUS2018/0362999(これらの文献は、その全体が参照として本明細書に取り込まれる)に記載されるように、哺乳動物の細胞核内で転写活性を示すプロモーターが好ましい。哺乳動物の細胞核内で転写活性を示すプロモーターの例としては、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、シミアンウイルス(SV)40プロモーター、ラウスサルコーマウイルス(RSV)プロモーター、EF1αプロモーター、βアクチンプロモーター及びT7プロモーター等を挙げることができ、CMVプロモーター又はRSVプロモーターの利用が好ましい。またこれらは、転写活性が損なわれない限り、塩基配列に置換その他の変異が加わったものであってもよい。
【0041】
b)のDNAは一本鎖の形態にあってもよく、又はこれに相補する塩基配列からなるDNAとの二本鎖の形態にあってもよい。
【0042】
b)のDNAがミトコンドリアに送達されることにより、前記プロモーターが機能してa)のRNAがミトコンドリア内で転写合成されmt-rRNAが合成される。
【0043】
本態様におけるミトコンドリア指向性脂質膜構造体は、脂質膜の構成脂質としてスフィンゴミエリン(SM)を、好ましくはジオレイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE)とSMとを含む。
【0044】
ミトコンドリア指向性脂質膜構造体は、膜透過性ペプチドで修飾されていることが好ましい。膜透過性ペプチドとしては、ポリアルギニン、Trans-Activator of Transcription Protein(TAT;例えばH. Nagahara et al., Nat. Med. 4 (1998) 1449-1452及びV. P. Torchilin et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 98 (2001) 8786-8791を参照されたい。これらの文献は、その全体が参照として本明細書に取り込まれる)を挙げることができる。ポリアルギニンは、連続した4~20個のアルギニン残基からなるポリアルギニンペプチドであることが好ましく、オクタアルギニンであることが特に好ましい。
【0045】
加えて、ミトコンドリア指向性脂質膜構造体は、ミトコンドリア指向性分子で修飾されていることが好ましい。ミトコンドリア指向性分子としては、例えばMTSペプチド(Kong,BW. et al.,Biochimica et Biophysica Acta 2003, 1625, p.98-108)又はS2ペプチド(Szeto,H.H. et al.,Pharm.Res. 2011, 28, p.2669-2679)を挙げることができる。
【0046】
また、ミトコンドリア指向性脂質膜構造体は、脂質膜表面に配列番号23で示されるアミノ酸配列からなるペプチド(以下、KALAペプチドと表す)を有することも好ましい。KALAペプチドは、Shaheenら(Biomaterials, 2011, 32: 6342-6350)において、脂質膜同士の膜融合を促進する機能を有する脂質膜融合性ペプチドとして記載されている。KALAペプチドは、脂質膜構造体の表面に置かれることで脂質膜構造体を細胞内オルガネラであるミトコンドリアに選択的に送達させる能力を有する。
【0047】
ミトコンドリア指向性脂質膜構造体の好ましい具体例は、DOPEとSMとを脂質膜の構成脂質として含み、かつ脂質膜表面がオクタアルギニンペプチド、MTSペプチド及びS2ペプチドのうちの少なくとも1つで修飾された脂質膜構造体MITO-Porter(特許第5067733号;WO2006/095837;Yamada Y. et al.,Biochim Biophys Acta. 2008, 1778, p.423-432)及び多重型脂質膜構造体DF-MITO-Porter(Yamada,Y. et al., Mol.Ther., 2011, 19, p.1449-1456; Kawamura,E. et al.,Mitochondrion 2013, 13, p.610-614)、並びにWO2017/090763及びUS2018/0362999にその製造方法と共に詳細に記載された脂質膜構造体において、DOPEとSMとを脂質膜の構成脂質として含み、かつ脂質膜表面がKALAペプチドで修飾された脂質膜構造体等を挙げることができる。これらの文献は、その全体が参照として本明細書に取り込まれる。
【0048】
本態様において最も好ましい脂質膜構造体は、前記a)又はb)の核酸が封入され、脂質膜の構成脂質としてDOPEとSMとを含み、かつ脂質膜の表面にKALAペプチドを有する脂質膜構造体である。この脂質膜構造体は、WO2017/090763及びUS2018/0362999に記載された、KALAペプチドで修飾されDNAを封入した脂質膜構造体の製造法に準じて、DNAを前記a)又はb)の核酸にそれぞれ置き換えることで製造することができる。
【0049】
医薬組成物
本発明は、上記において説明したとおりの特徴を有するa)又はb)に示される核酸を有効成分として含有する、mt-rRNAの変異を原因とするミトコンドリア病(以下、特に断らない限り、単にミトコンドリア病と表す。)、特にmt-12S rRNAの変異を原因とする薬剤性難聴の治療及び/又は予防のための医薬組成物を、さらなる態様として提供する。かかる医薬組成物は、上記において説明したとおりの特徴を有するa)又はb)に示される核酸をそのまま含むものであってもよいが、上記ミトコンドリア指向性脂質膜構造体の形態にある核酸を有効成分として含む医薬組成物であることが特に好ましい。
【0050】
本態様の医薬組成物は、注射剤、点滴剤等の非経口製剤の形態で用いられることができる。また、このような非経口製剤に用いることができる担体としては、例えば、生理食塩水や、ブドウ糖、D-ソルビトール等を含む等張液といった水性担体が挙げられる。
【0051】
本態様の医薬組成物は、薬学的に許容される緩衝剤、安定剤、保存剤その他の添加剤といった成分を含んでもよい。薬学的に許容される成分は当業者において周知であり、当業者が通常の実施能力の範囲内で、例えば第十七改訂日本薬局方その他の規格書に記載された成分から製剤の形態に応じて適宜選択して使用することができる。
【0052】
本態様の医薬組成物の投与方法は特に制限されないが、非経口製剤である場合は、例えば点耳、鼓室内投与等の内耳投与、血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、腸管内投与、皮下投与等を挙げることができる。好ましい実施形態の一つにおいて、本発明の治療剤は、点耳又は鼓室内投与により生体に投与される。
【0053】
本態様の医薬組成物は、ミトコンドリア病の原因となるmt-rRNAの遺伝子異常に対応した野生型のmt-rRNAをミトコンドリア内に供給することにより、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防効果を示すものと期待される。
【0054】
本明細書において用いられる治療及び/又は予防は、疾患の治癒、一時的寛解又は予防等を目的とする医学的に許容される全てのタイプの治療的及び/又は予防的介入を包含する。すなわちミトコンドリア病の治療及び/又は予防は、ミトコンドリア病の進行の遅延又は停止、病変の退縮又は消失、発症の予防又は再発の防止等を含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0055】
本態様の医薬組成物は、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防に用いることができる。したがって本態様の医薬組成物の使用は、当該組成物を用いてミトコンドリア病を治療及び/又は予防する方法として表すこともでき、本発明はそのような方法の発明も提供する。
【0056】
さらに、本態様の医薬組成物をミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者に投与することにより、ミトコンドリア病を治療及び/又は予防することができることが期待される。このように、本発明は、本態様の医薬組成物の有効量をミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者に投与することによる、ミトコンドリア病を治療及び/又は予防する方法も提供する。ここで「有効量」とは、ミトコンドリア病を治療及び/又は予防するのに効果的な量を意味し、かかる量はミトコンドリア病の症状の程度その他の医学的要因によって適宜調節される。
【0057】
細胞製剤の製造方法
本発明は、ミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者に由来する細胞に、上記において説明したとおりの特徴を有するa)又はb)に示される核酸をインビトロで導入することを含む、ミトコンドリア病の治療及び/又は予防のための細胞製剤の製造方法を、さらなる別の態様として提供する。
【0058】
核酸を導入しようとするミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者由来の細胞は、ミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者から採取された体細胞であることが好ましい。このような体細胞としては、例えば、これらの者の心臓、脳、骨格筋、皮膚その他のミトコンドリア病によって障害を受けた若しくは受けるおそれがある組織から分離された細胞、又はかかる組織を構成する細胞に分化する能力を持つ細胞が挙げられる。
【0059】
ミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者由来の細胞に導入される核酸は、そのままの形態であってもよいが、導入効率の観点から、上記のミトコンドリア指向性脂質膜構造体の形態にあることが好ましい。
【0060】
上記において説明したとおりの特徴を有するa)又はb)に示される核酸を、ミトコンドリア病患者又はミトコンドリア病を発症するおそれのある者由来の細胞にインビトロで導入することで、ミトコンドリア病をもたらすmt-rRNAにおける変異率が低下した体細胞を製造することができる。当該細胞は、ミトコンドリア病を治療及び/又は予防するための細胞製剤として、又はかかる細胞製剤を製造するために利用することができる。変異率及びその測定方法は、第1の態様において説明した通りである。
【0061】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【実施例0062】
実施例1.ミトコンドリアRNAにおける点変異定量プロトコルの確立
1)mt-12S rRNAをコードするDNAの作製
制限酵素EcoRI及びEcoRVで開環したプラスミドpUC57-Ampに、以下の2種類の塩基配列の両端にEcoRI及びEcoRVサイトを付加したインサートをそれぞれ組み込んで、T7プロモーターによってmt-rRNAが転写されるプラスミドであるpT7-12S rRNA(WT)及びpT7-12S rRNA(MT)を作製した。
pT7-12S rRNA(WT):
pBluescript II SK (+) (Stratagene) 由来のT7プロモーター20bpと、ヒトmt-DNAの577-1670番目の領域1094bp(ミトコンドリアtRNAPhe、正常12SrRNA及びミトコンドリアtRNAValに対応する)とが連結された塩基配列(配列番号24)を有する。
pT7-12S rRNA(MT):
pBluescript II SK (+) (Stratagene) 由来のT7プロモーター20bpと、1555番目のアラニンをグリシンに置き換えたヒトmt-DNAの577-1670番目の領域1094bp(ミトコンドリアtRNAPhe、変異12SrRNA及びミトコンドリアtRNAValに対応する)とが連結された塩基配列(配列番号25)を有する。
【0063】
2)プライマー設計
表1に示される塩基配列からなるプライマーDNAをそれぞれ化学合成した。共通フォワードプライマーはmt-DNAの1450又は1451番目から1470番目までの領域に、野生型リバースプライマー及び変異型リバースプライマーはmt-DNAの1555番目から1574、1575、1576、1577又は1578番目までの領域に結合するように設計した。
【表1】
【0064】
3)定量的PCR
pT7-12S rRNA(WT)及びpT7-12S rRNA(MT)を定められた比で混合したDNA混合溶液を鋳型とし、表2に示される組み合わせからなるプライマーDNA(表中、数字は
図2~8中のグラフ番号を示し、(★)は共通フォワードプライマーとしてFl1を使用したこと、(★)が付いていないものは共通フォワードプライマーとしてFを使用したことを示す。)及びSYBR Green Realtime PCR Master Mix(TOYOBO)を用いて定量的PCRを行った。PCR条件は95°C /1 min → {95°C /15 sec → 60°C /1 min} の反応を40サイクル行った。
【表2】
【0065】
野生型検出用リバースプライマーを含むプライマーDNAセットを用いたPCRで得られたC
T値(C
Twild)及び変異型検出用リバースプライマーを含むプライマーDNAセットを用いたPCRで得られたC
T値(C
Tmut)を下記式にあてはめて、各DNA混合溶液における変異率を算出した。
【数2】
【0066】
横軸に変異率の理論値(正常型DNA及び変異型DNAの混合割合)、縦軸にC
T値から算出した変異率をプロットした(
図2~8)。その結果、いくつかのプライマーDNAセットについて、理論値と実測値との相関性が高いことが確認された。
【0067】
相関性の高かったプライマーDNAセットのうち、以下の3つのプライマーDNAセットについて3又は4回反復して試験を行ったところ、いずれも再現性の高い結果が得られた(
図9)。特にプライマーDNAセット14はすべての変異率において理論値と実測値との相関性が高く、再現性も良好であった。これらのプライマーDNAセットは、検量線を用いることなくA1555G変異率の定量に用いることが可能であることが確認された。
【0068】
プライマーDNAセット14
野生型検出用セット:フォワードプライマー F(配列番号1)
リバースプライマー WT1(配列番号3)
変異型検出用セット:フォワードプライマー F(配列番号1)
リバースプライマー MT1-s2(配列番号17)
プライマーDNAセット24
野生型検出用セット:フォワードプライマー F(配列番号1)
リバースプライマー WT1-l1(配列番号4)
変異型検出用セット:フォワードプライマー F(配列番号1)
リバースプライマー MT1-s1(配列番号16)
プライマーDNAセット6
野生型検出用セット:フォワードプライマー F(配列番号1)
リバースプライマー WT1(配列番号3)
変異型検出用セット:フォワードプライマー F(配列番号1)
リバースプライマー MT2-l2(配列番号20)
【0069】
実施例2.ミトコンドリア病患者由来細胞のA1555G変異率の定量
1)ミトコンドリア病患者由来細胞の調製
健常人(コントロール1)、ND3遺伝子の点変異(T10158C)を有するミトコンドリア病(Leigh脳症)患者(コントロール2)及びmt-12S rRNA遺伝子の点変異(A1555G)を有する難聴を発症したミトコンドリア病患者の各皮膚生検より繊維芽細胞を分離し、継代培養した後に凍結保存して、セルストックを調製した。
【0070】
セルストック1mLを37℃の水浴で溶解させ、DMEM(FBS+)9 mLを加え、遠心分離(160 g, 4℃, 3 min)した。上清を除去し、DMEM(FBS+)10 mLを加え細胞を懸濁させ、全量を10 cm dishに移し、インキュベーション(37℃, 5%CO2)して培養を行った。継代は80~90%コンフルエントになった際に行った。DishをPBS(-)5 mLで洗浄後、0.05%トリプシン溶液を加え10 minインキュベーション(37℃, 5%CO2)し、DMEM(FBS+)9 mLを加え、遠心分離(160g, 4℃, 3 min)した。セルカウント後10 cm dishに適当な濃度で播種した。
【0071】
2)ミトコンドリア画分及び定量用DNAの調製
皮膚繊維芽細胞(2×106 cells程度)をCell Scrub buffer 200μLに懸濁し、4℃で15 min振とう後、遠心分離(700 g, 4℃, 3 min)した。上清を除去後、MIB(EDTA+)500μLに懸濁した。シリンジ針(27G)により細胞を破砕したのち遠心分離(700 g, 4℃, 10 min)して上清を回収し、0.1 mg/mL RNase溶液を0.45μL添加して25℃で10 minインキュベーションした。遠心分離(700 g, 4℃, 10 min)し上清を回収し、60% percoll solutionの上に添加して遠心分離(20,400 g, 4℃, 10 min)し、境界面の溶液を200μL回収した。遠心分離(20,400 g, 4℃, 15 min)して上清を除去後、MIB(-)500μLを加えた。再度遠心分離(20,400 g, 4℃, 15 min)して上清を除去し、ミトコンドリア画分を得た。
【0072】
ミトコンドリア画分から、RNase mini kit(QIAGEN N.V)、RNase-Free DNase Set(QIAGEN N.V)を用いてRNAを抽出し、さらにHigh Capacity RNA-to-cDNA Kit(ABI)を用いてRNAの逆転写反応を行うことで、定量用cDNAを調製した。
【0073】
3)変異率の定量
実施例1のプライマーDNAセット14を用いて各皮膚繊維芽細胞の12S rRNAに相補的なcDNAにおけるA1555Gの変異率を定量した。結果を表3に示す。
【表3】
【0074】
A1555Gを有しないコントロール1及び2では、0.07%及び1.16%と実質的に0%であったことから、プライマーDNAセット14を用いたA1555G定量系は正常に機能していることが確認された。
【0075】
実施例3.ミトコンドリア病患者由来細胞への正常mt-12S rRNAの導入
1)mt-12S rRNAの調製
pT7-12S rRNA(WT)を制限酵素Eco RVで処理して直線化したプラスミドDNAを用意し、RiboMAX(商標)Large Scale RNA Production Systems-T7(PROMEGA)を用いたin vitro転写反応によって、T7プロモーターによって転写されるRNAを合成し、Nucleospin RNA clean-up and concentration of RNA XS kit(TAKARA BIO)を用いて精製した。
【0076】
2)mt-12S rRNAを封入したMITO-Porterの調製
0.12 mg/mLのprotamine/HEPES Buffer溶液に0.3 mg/mLの精製mt-12S rRNA/HEPES Buffer溶液の等量をボルテックスしながら添加し、核酸ナノ粒子溶液(N/P比0.6)を調製した。脂質溶液(DOPE:SM:STR-R8=9:2:1、DOPE 18μL、SM 8μL、STR-R8 20μL、EtOH 62μL)に核酸ナノ粒子溶液65μLをボルテックスしながら添加して、懸濁液を調製した。5 mLチューブ中のHEPES Buffer 630μLに懸濁液をボルテックスしながら添加した後、これをAmicon Ultra-4中のHEPES Buffer 4 mLに加え、遠心処理(1000 g、25℃、8 min)した。さらにHEPES Buffer 4 mLを加えて再度遠心処理(1000 g、25℃、12 min)して、mt-12S rRNAが封入されたリポソーム(mt-12S rRNA/MITO)を回収した。リポソームの粒子径及びゼータ電位(表面電位)を表4に示す。
【表4】
【0077】
3)mt-12S rRNAの導入
6 well plateに2 mL/wellのDMEM(FBS+)で24時間程度前培養したミトコンドリア病患者由来の皮膚繊維芽細胞又はヒト正常皮膚繊維芽NB1RGB細胞(1×105 cells/well)に、RNA量換算で1.2、12、120、240ng/dishとなるようにmt-12S rRNA/MITOをそれぞれ添加して3時間インキュベートした後、培地交換してさらに48時間インキュベートした。インキュベート終了後、実施例2と同様の操作を行って皮膚繊維芽細胞のミトコンドリア画分から定量用cDNAを調製し、プライマーDNAセット14を用いた定量的PCRを行って、mt-12S rRNAに相補的なcDNAにおけるA1555G変異率の変化を測定した。また、RNA量換算で同量のmt-12S rRNAを市販の核酸導入試薬であるリポフェクタミン i MAX(LFN iMAX、ThermoFisher Scientific)を用いて皮膚繊維芽細胞に導入して、上記と同様にして変異率の変化を測定した。
【0078】
市販の核酸導入試薬を用いてmt-rRNAを導入した場合の変異率と比較して、本発明の脂質膜構造体を用いてmt-rRNAを導入することで変異率が約15%まで大幅に低下することが確認された(表5、
図10)。
【表5】