(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022105367
(43)【公開日】2022-07-14
(54)【発明の名称】ヘテロ元素含有化合物の回収方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/00 20060101AFI20220707BHJP
B01J 20/283 20060101ALI20220707BHJP
B01J 20/284 20060101ALI20220707BHJP
B01J 20/285 20060101ALI20220707BHJP
G01N 30/26 20060101ALI20220707BHJP
G01N 30/84 20060101ALI20220707BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20220707BHJP
【FI】
G01N30/00 B
B01J20/283
B01J20/284
B01J20/285 T
B01J20/285 M
G01N30/26 A
G01N30/84 J
G01N30/88 C
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021000087
(22)【出願日】2021-01-04
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-07-14
(71)【出願人】
【識別番号】591011410
【氏名又は名称】小川香料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】庄司 靖隆
(72)【発明者】
【氏名】落合 秀美
(72)【発明者】
【氏名】熊沢 賢二
(57)【要約】
【課題】飲食品等に含まれるヘテロ元素含有化合物を、分子構造等によらず網羅的かつ簡便に回収できる方法を提供すること。
【解決手段】ヘテロ元素含有化合物を含有する試料を、金属を担持した担体に接触させて、前記ヘテロ元素含有化合物を前記担体に結合させる結合工程と、前記結合工程の後、前記担体から、チオ硫酸イオンを用いて前記ヘテロ元素含有化合物を分離して回収する回収工程と、を有する、ヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘテロ元素含有化合物を含有する試料を、金属を担持した担体に接触させて、前記ヘテロ元素含有化合物を前記担体に結合させる結合工程と、
前記結合工程の後、前記担体から、チオ硫酸イオンを用いて前記ヘテロ元素含有化合物を溶出させて回収する回収工程と、
を有する、ヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項2】
さらに、前記回収工程で回収されたヘテロ元素含有化合物を含む溶出液を、有機溶媒と接触させてチオ硫酸イオンとヘテロ元素含有化合物を分離させる分離工程と、
を有する、請求項1に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項3】
前記ヘテロ元素含有化合物が、硫黄原子及び窒素原子からなる群より選択される1種以上を含む化合物である、請求項1又は2に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項4】
前記ヘテロ元素含有化合物が、1個以上の硫黄原子を含む化合物である、請求項1~3のいずれか一項に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項5】
前記ヘテロ元素含有化合物が、チオール類である、請求項1~4のいずれか一項に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項6】
前記金属が、鉄、ニッケル、コバルト、銅、亜鉛、ルテニウム、パラジウム、銀、イリジウム、白金、金、及び水銀からなる群より選択される1種以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項7】
前記試料が、動植物に由来する成分を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項8】
前記試料が、飲食品である、請求項1~7のいずれか一項に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項9】
前記試料が、香粧品である、請求項1~8のいずれか一項に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項10】
前記試料が、香料である、請求項1~9のいずれか一項に記載のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
【請求項11】
ヘテロ元素含有化合物を含有する試料を、金属を担持した担体に接触させた後に前記担体を除去した金属処理済試料を調製し、
前記試料と、前記金属処理済試料との香味及び香気を比較することにより、前記試料の香気又は香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度を評価する、香気又は香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度の評価方法。
【請求項12】
前記試料が、飲食品、香粧品、又は香料から調製された試料である、請求項11に記載の香気又は香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品、香粧品等に含まれている微量の揮発性含硫化合物等のヘテロ元素含有化合物を、網羅的かつ簡便に回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
揮発性含硫化合物等のヘテロ元素含有化合物は、一般に匂いの閾値が低く、極微量でも飲食品や香粧品の香味・香気に重要な役割を果たしている場合が多い。特に揮発性チオール類のような含硫化合物は、特徴的な香気特性と閾値の低さから、飲食品の香味等を特徴づける香気成分である場合や、オフフレーバーや劣化臭の原因となっている場合が少なくない。このため、微量のヘテロ元素含有化合物を、飲食品や香粧品から分離して精製し、その構造を特定して、飲食品・香粧品の香味・香気への影響を明らかにすることは、意義がある。
【0003】
食品等の検体からチオール類を分離、分析する方法としては、例えば、液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー等を用いてチオール類を分離し、マレイミド等のチオールと特異的に反応する試薬(例えば、非特許文献1参照。)や質量分析器を用いてチオール類を検出する方法(例えば、特許文献1参照。)が報告されている。しかし、これらの方法は、検体中に微量存在するチオール類を検出して定量することはできるが、チオール類を濃縮された状態で検体から分離して精製することは困難である。このため、チオール類が飲食品等の香味・香気にどのように寄与しているかを評価することには適していない。
【0004】
近年、銀などの特定の金属を担持させたシリカゲル等の担体を用いて、金属と結合する性質が強いオレフィン化合物やヘテロ元素含有化合物を検体から回収する方法が提案されている(例えば、特許文献2、非特許文献2、非特許文献3参照。)。金属を担持した担体と検体を接触させると、当該検体中のヘテロ元素含有化合物は、当該担体中の金属と結合する。このため、当該検体と当該担体を分離した後に、当該担体から、システイン、塩酸、チオグリセロール等の水溶液等を溶離液として用いて、ヘテロ元素含有化合物のみを回収することができる。金属を担持した担体を充填したカラムは各種市販されており、当該方法は、簡便な操作でヘテロ元素含有化合物を回収・分析できる点で優れている。しかし、溶離液として用いられているシステインは、ヘテロ元素含有化合物の種類によって回収能力が異なり、回収率を高めるためにはチオール類等の誘導体化を行う必要がある。また、チオグリセロールは、回収したヘテロ原子含有化合物含有溶液からの除去が困難である。このため、この金属を担持した担体を用いる方法は、飲食品等に含まれるヘテロ元素含有化合物の単離精製を目的とした分離・濃縮法としては満足できるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000-329758号公報
【特許文献2】特開2014-211433号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】高橋裕明ら、分析化学、1981年、第30巻、第339~341ページ。
【非特許文献2】Lobodin et al, Energy & Fuels, 2015, vol.29(10), p.6177-6186.
【非特許文献3】Takazumi et al, Analytical Chemistry, 2017, vol.89(21), p.11598-11604.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、飲食品、香粧品等に含まれるヘテロ元素含有化合物を、分子構造等によらず網羅的に回収できる簡便な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、金属を担持した担体を用いたヘテロ元素含有化合物の分離、濃縮方法について検討を行った結果、溶離液としてチオ硫酸イオンを含む溶液を用いると、ヘテロ元素含有化合物を網羅的かつ簡便に回収できることを見出した。さらに、飲食品等の検体と、金属を担持した担体を用いて当該検体からヘテロ元素含有化合物が分離除去された検体との香気・香味を比較することにより、飲食品等に含まれるヘテロ元素含有化合物の香気・香味への寄与度を評価できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] ヘテロ元素含有化合物を含有する試料を、金属を担持した担体に接触させて、前記ヘテロ元素含有化合物を前記担体に結合させる結合工程と、
前記結合工程の後、前記担体から、チオ硫酸イオンを用いて前記ヘテロ元素含有化合物を溶出させて回収する回収工程と、
を有する、ヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[2] さらに、前記回収工程で回収されたヘテロ元素含有化合物を含む溶出液を、有機溶媒と接触させてチオ硫酸イオンとヘテロ元素含有化合物を分離させる分離工程と、
を有する、前記[1]のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[3] 前記ヘテロ元素含有化合物が、硫黄原子及び窒素原子からなる群より選択される1種以上を含む化合物である、前記[1]又は[2]のヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[4] 前記ヘテロ元素含有化合物が、1個以上の硫黄原子を含む化合物である、前記[1]~[3]のいずれかのヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[5] 前記ヘテロ元素含有化合物が、チオール類である、前記[1]~[4]のいずれかのヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[6] 前記金属が、鉄、ニッケル、コバルト、銅、亜鉛、ルテニウム、パラジウム、銀、イリジウム、白金、金、及び水銀からなる群より選択される1種以上である、前記[1]~[5]のいずれかのヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[7] 前記試料が、動植物に由来する成分を含む、前記[1]~[6]のいずれかのヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[8] 前記試料が、飲食品である、前記[1]~[7]のいずれかのヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[9] 前記試料が、香粧品である、前記[1]~[8]のいずれかのヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[10] 前記試料が、香料である、前記[1]~[9]のいずれかのヘテロ元素含有化合物の回収方法。
[11] ヘテロ元素含有化合物を含有する試料を、金属を担持した担体に接触させた後に前記担体を除去した金属処理済試料を調製し、
前記試料と、前記金属処理済試料との香味及び香気を比較することにより、前記試料の香気又は香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度を評価する、香気又は香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度の評価方法。
[12] 前記試料が、飲食品、香粧品、又は香料から調製された試料である、前記[11]の香気又は香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度の評価方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る回収方法によれば、飲食品、香粧品等に微量含まれているヘテロ元素含有化合物を、分子構造等の相違によらず、網羅的かつ簡便に回収することができる。特に、回収に用いた溶離液は、有機溶媒によって簡便に除去可能であり、回収されたヘテロ元素含有化合物は、さらなる濃縮処理や、個々のヘテロ元素含有化合物の単離・精製にも適している。
また、本発明に係る評価方法により、飲食品等に含まれているヘテロ元素含有化合物の、香味や香気に対する寄与度を簡便に評価できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明を実施の形態に即して詳細に説明する。
【0012】
[1]ヘテロ元素含有化合物の回収方法
本発明に係るヘテロ元素含有化合物の回収方法は、ヘテロ元素含有化合物を含有する試料を、金属を担持した担体に接触させて、前記ヘテロ元素含有化合物を前記担体に結合させる結合工程と、前記結合工程の後、前記担体から、チオ硫酸イオンを用いて前記ヘテロ元素含有化合物を分離して回収する回収工程と、を有する。ヘテロ元素含有化合物は、金属と結合する。このため、試料を、金属を担持した担体に接触させることにより、当該試料中のヘテロ元素含有化合物を網羅的に当該担体に結合させることができる。また、チオ硫酸イオンは、ヘテロ元素含有化合物の構造にかかわらず、ヘテロ元素含有化合物を金属から分離させることができる。このため、金属を担持した担体に結合させた様々な構造のヘテロ元素含有化合物は、チオ硫酸イオンによって、当該担体から効果的に回収することができる。
【0013】
(1)ヘテロ元素含有化合物
本発明及び本願明細書において、ヘテロ元素含有化合物とは、少なくとも1個のヘテロ原子を含む化合物である。ヘテロ原子としては、酸素、窒素、硫黄、リン、ハロゲン等が挙げられる。ヘテロ元素含有化合物中のヘテロ原子は、イオンの状態であってもよい。ヘテロ元素含有化合物の構造は、特に限定されるものではなく、脂肪族化合物であってもよく、芳香族化合物であってもよい。
【0014】
本発明において試料からの回収や、飲食品等の香気・香味への寄与度を評価する対象のヘテロ元素含有化合物(以下、単に「本発明に係るヘテロ元素含有化合物」ということがある。)としては、揮発性で香りのある化合物、例えば、25℃で蒸発しやすく、ヒトが特有の香りを認識し得る化合物が好ましい。中でも、飲食品や香粧品の香気成分となり得る化合物がより好ましい。
【0015】
一般に、含窒素化合物及び含硫化合物は、特異的な香調を有し、飲食品や香粧品の香気成分として重要であり、かつ閾値が低い。このため、本発明に係るヘテロ元素含有化合物としては、含窒素化合物及び含硫化合物が好ましい。特にチオール類は閾値が低く、飲食品等の香気・香味の重要な寄与成分となっている場合が多いため、本発明に係るヘテロ元素含有化合物として特に好ましい。飲食品等の香気成分はこれまでに多数報告されているが、閾値の低い未知の含硫化合物や含窒素化合物が飲食品等の香味に極めて重要な役割を果たしている場合もある。本発明は、そのような未知のヘテロ元素含有化合物の探索にも活用することができる。
【0016】
含窒素化合物としては、1個以上の窒素原子を含む化合物であれば、特に限定されるものではなく、アミン類、ニトリル類、ピロール類、ピリジン類、キノリン類、ピラジン類等の化合物が挙げられる。含硫化合物としては、1個以上の硫黄原子を含む化合物であれば、特に限定されるものではなく、チオール類、チオエーテル類(スルフィド類、ジスルフィド類、トリスルフィド類)、チオフェン類、チオカルボン酸及びそのエステル類等の化合物が挙げられる。
【0017】
本発明に係るヘテロ元素含有化合物は、2種類以上のヘテロ元素を含む化合物であってもよい。2種類以上のヘテロ元素を含む化合物としては、含窒素化合物や含硫化合物として挙げられた化合物のエステル類、エーテル類、オキサゾール類、チアゾール類等の化合物が挙げられる。
【0018】
(2)ヘテロ元素含有化合物を含有する試料
ヘテロ元素含有化合物を含有する試料は、ヘテロ元素含有化合物が含有されているものであれば特に限定されるものではない。当該試料としては、例えば、ヘテロ元素含有化合物を香気・香味成分として含有する飲食品、香粧品、及び、飲食品や香粧品の原材料として用いられる香料等が挙げられる。飲食品としては、そのまま飲食に供する野菜や果実及びその加工品;イネ科植物の種子、雑穀、豆類等の穀物;畜肉、乳、卵等の畜産物;魚介、海藻等の水産物;穀物、畜産物、水産物等を原材料とした加工食品全般;飲料;酒類、茶、コーヒー等の嗜好品;酢、醤油、各種ソース類、みりん等の調味料;等を例示することができる。香粧品としては、各種化粧品;石けん、ヘアケア商品、浴用剤、ボディシャンプー等のトイレタリー製品;洗剤、柔軟剤、芳香・消臭剤等の家庭用品;等を例示することができる。香料としては、精油、エキス、リカバリー、アブソリュート、コンクリート、オレオレジン、チンキ、ガム、レジン、バルサム等を例示することができる。
【0019】
ヘテロ元素含有化合物を含有する試料としては、動植物に由来する成分を含むものであってもよい。動植物に由来する成分を含むものとしては、動植物の細胞、組織、体液、分泌物等を含むものが挙げられる。中でも、飲食品や香料の原料となる動物の分泌物、植物の花、樹皮、葉、根、茎等が好ましい。
【0020】
ヘテロ元素含有化合物を含む試料が、液状であって、そのまま金属を担持した担体と接触させることが可能な場合には、そのまま本発明に係る回収方法の検体とすることができる。ヘテロ元素含有化合物を含む試料が、固形状、ペースト状等であり、そのまま金属を担持した担体と接触させることができない場合や、液状であっても夾雑物が多く、そのまま担体と接触させることが困難な場合には、予め、当該試料を前処理して、当該試料に含まれているヘテロ元素含有化合物を金属を担持した担体と接触させることが可能な状態に調製しておく。当該前処理としては、例えば、当該試料からヘテロ元素含有化合物を分離して、有機溶媒等に溶解させる処理が挙げられる。当該試料からヘテロ元素含有化合物を分離する方法は特に制限はなく、単蒸留、精密蒸留、水蒸気蒸留、薄膜蒸留、気液向流接触蒸留等の蒸留法;溶媒抽出、二酸化炭素等を用いた超臨界流体抽出等の抽出法;カラム、薄層等を用いたクロマトグラフィー;等の各種分離手段を用いることができる。その他、当該前処理としては、例えば、当該試料に適切な溶媒等を混合して希釈する処理、当該試料に適切な溶媒等を添加してホモジナイズし、固形分を除去する処理等も好ましい。これらの処理は常法により行うことができる。
【0021】
(3)金属を担持した担体
本発明に係る回収方法では、金属を担持した担体を、ヘテロ元素含有化合物を含む試料と接触させることにより、当該試料中に含まれるヘテロ元素含有化合物を金属と結合させて分離する。当該金属としては、ヘテロ元素含有化合物中のヘテロ原子と結合可能なものであれば特に制限はないが、具体的には、鉄、ニッケル、コバルト、銅、亜鉛、ルテニウム、パラジウム、銀、イリジウム、白金、金、水銀等を挙げることができる。ヘテロ原子の種類によって金属との結合のしやすさに違いがあることから、対象となるヘテロ元素含有化合物に応じて金属を適宜選択することにより、回収率を高めることができる。含窒素化合物、含硫化合物は、前記で例示したいずれの金属とも結合し得るが、汎用性と毒性の有無等の扱いやすさを考慮すると、金属として銀を用いることが好ましい。
【0022】
金属を担持する担体としては、シリカゲル、アルミナ、ポリジビニルスチレン等の合成樹脂、フロリジル、セルロース等が用いられる。
【0023】
金属は、試料と接触させる際やその後の溶出の際に担体から解離しない状態で担持されていればよく、金属を担体に担持させる方法は、特に限定されるものではない。例えば、共有結合、配位結合、イオン結合、水素結合等によって、担体と金属が直接結合していてもよく、担体と金属が間接的に結合していてもよい。担体と金属を間接的に結合させる方法としては、例えば、担体の表面をキレート化合物で修飾し、この担体表面のキレート化合物に金属をキレートさせる方法が挙げられる。
【0024】
金属を担持した担体は、そのまま試料と接触させることもできるが、カラム等に担体を充填したものを用いると操作性が高まり、好ましい。カラムやカートリッジに担体を充填したものが各種市販されているので、目的に応じて市販品を使用すると操作をより簡便に行うことができる。金属を担持した担体の市販品としては、硝酸銀コーティングシリカゲル(スペルコ社)等が挙げられる。金属を担持した担体を充填したカラムの市販品としては、Discovery Ag-Ion SPE(スペルコ社)、MetaSEP IC-Ag(GLサイエンス社)等が挙げられる。
【0025】
担体を充填したカラムやカートリッジを用いる場合は、試料と接触させる前に必要に応じてコンディショニングを行う。コンディショニングは、水や、メタノール、アセトニトリル等の有機溶媒を、カラムやカートリッジに通液することにより行う。コンディショニング後、試料をカラムやカートリッジに負荷する。試料が、ヘテロ元素含有化合物が溶解されている液体である場合は、そのままカラム等に負荷することができる。試料が液体ではない場合には、当該試料に含まれているヘテロ元素含有化合物を金属を担持した担体と接触させることが可能な状態に前処理して調製した検体を、カラム等に負荷する。試料やこれを前処理した検体を、金属を担持した担体を充填したカラムに負荷すると、試料中のヘテロ元素含有化合物は担体に保持され、ヘテロ元素含有化合物が除去された試料がカラム等から溶出する。カラム内に夾雑物が残存している場合は、夾雑物は溶出させるが担体に保持されたヘテロ元素含有化合物は溶出させない溶媒を用いて洗浄を行う。このような処理を行うことにより、カラム内の担体にヘテロ元素含有化合物が選択的に保持された状態となる。
【0026】
(4)溶離液
金属を担持した担体に保持されたヘテロ元素含有化合物は、溶離液を用いて当該担体から溶出させる。本発明では、溶離液として、チオ硫酸イオンを含む溶液を用いることにより、担体に保持されたヘテロ元素含有化合物の種類によらず、網羅的に溶出させることができる。溶出は、チオ硫酸イオンを含む溶離液をカラム等に通液することにより行う。ヘテロ元素含有化合物が溶離液に溶解しない場合は、併せて有機溶媒を通液することにより、ヘテロ元素含有化合物を有機溶媒に溶解した溶液として回収することができる。
【0027】
チオ硫酸イオンの給源となる物質としては、溶液状態でチオ硫酸イオンを生じるものであれば、特に制限なく用いることができる。本発明において用いられるチオ硫酸イオンとしては、好ましくは中性、弱アルカリ性状態で安定なチオ硫酸のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等が挙げられるが、入手しやすさなどの点で、チオ硫酸ナトリウムの水溶液を用いることが好ましい。
【0028】
ヘテロ元素含有化合物は一般的に有機溶媒に溶解しやすいが、チオ硫酸イオンは有機溶媒には溶解しない。このため、回収工程で回収されたヘテロ元素含有化合物を含む溶出液を、有機溶媒と接触させて、前記有機溶媒にヘテロ元素含有化合物を溶解させることにより、チオ硫酸イオンとヘテロ元素含有化合物を分離させることができる(分離工程)。例えば、金属を担持させた担体を充填したカラムに、試料を負荷し、次いでチオ硫酸イオンを含む溶離液でヘテロ元素含有化合物を溶出させた後、さらに当該カラムにジクロロメタン等の有機溶媒を通液することで、先に溶出させたヘテロ元素含有化合物を含有する溶出液に有機溶媒を混合することができる。この混合物のうち、有機溶媒層を回収することによって、チオ硫酸イオンを含まないヘテロ元素含有化合物を回収できる。当該有機溶媒としては、チオ硫酸イオンが溶解せず、かつ目的のヘテロ元素含有化合物が溶解可能なものであれば特に限定されるものではなく、ジクロロメタン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、クロロホルム、酢酸エチル、ヘキサン、トルエン等の汎用されている有機溶媒を用いることができる。
【0029】
チオ硫酸イオン以外の溶離剤を含む溶離液を用いた場合、ヘテロ元素含有化合物の種類や分子構造の違いにより化合物を溶出させる能力(溶離能)が異なるため、目的とする化合物が十分回収できない場合がある。また、溶離剤も一緒に溶出するため、溶出したヘテロ元素含有化合物を含む溶液から溶離剤を除去することが困難となる場合が多く、ヘテロ元素含有化合物を単離・精製することを目的とした場合は好ましくない。これに対して、チオ硫酸イオンを含む溶液を用いると、ヘテロ元素含有化合物を、その構造にかかわらず網羅的に回収できる。加えて、ヘテロ元素含有化合物を含有する溶出液を有機溶媒で抽出することによって、ヘテロ元素含有化合物とチオ硫酸イオンを容易に分離できる。このため、本発明に係る回収方法は、ヘテロ元素含有化合物の単離・精製を目的とする場合、従来の方法に比べて極めて優れた方法である。
【0030】
[2]ヘテロ元素含有化合物の寄与度の評価方法
本発明に係る香気又は香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度の評価方法は、試料を、金属を担持した担体に接触させた後に前記担体を除去した金属処理済試料を調製し、前記試料と、前記金属処理済試料との香味及び香気を比較することにより、前記試料の香気又は香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度を評価する方法である。前記の回収方法により、前記試料から分離してヘテロ元素含有化合物が回収されると共に、ヘテロ元素含有化合物が除去された試料が得られる。このヘテロ元素含有化合物が除去された試料の香気・香味と、ヘテロ元素含有化合物が分離される前の試料の香気・香味とを比較することにより、除去されたヘテロ元素含有化合物の当該試料における香気・香味に与える影響を簡便に評価することができる。評価方法には特に制限はないが、一般的には、訓練された一定人数の評価者(パネル)による官能評価が用いられる。
【0031】
ヘテロ元素含有化合物を分離した後の試料の香気・香味が、分離する前の試料に比べて著しく劣る場合は、当該試料の香気・香味に対するヘテロ元素含有化合物の寄与度が大きいと評価し、分離前後の試料の香気・香味の変化が小さい場合は、ヘテロ元素含有化合物の寄与度が小さいと評価することができる。また、ヘテロ元素含有化合物を分離した後の試料の香気・香味が、分離前の試料よりも好ましくなっている場合は、分離されたヘテロ元素含有化合物は、当該試料の香気・香味に好ましくない影響を与えていた成分と評価することができる。
【0032】
寄与度が大きい場合や好ましくない影響を与えている場合には、分離したヘテロ元素含有化合物を、個々の化合物に単離、精製し、化合物自体の香気特性や飲食品等への添加効果を評価することにより、新規香料素材の開発やオフフレーバー成分の特定に繋げることができる。
【0033】
本発明に係る評価方法によって評価される対象の試料は、香気を有するものであれば特に制限なく適用することができる。当該試料としては、例えば、動植物、飲食品、香粧品、香料を挙げることができる。これらがそのまま試料として本発明に係る評価方法を行うことができる場合には、これらの試料をそのまま使用する。一方で、試料がそのまま金属を担持した担体に接触させられない場合には、前記のような前処理を行う。一般的には、香気成分を分離し、必要に応じて溶媒に溶解させた溶液状態の試料を調製して評価を行うことができる。
【0034】
本発明に係る評価方法によって評価される対象の試料としては、具体的には、前記の本発明に係る回収方法に供される試料として例示されたものを用いることができる。さらに、動物に由来する成分を含む試料としては、ムスク、シベット、カストリウム、アンバーグリス等の香料原料となる動物の分泌物;等が挙げられる。植物に由来する成分を含む試料としては、ローズ、バイオレット、シクラメン、フリージア、ヘリオトロープ、ハニーサックル、ヒヤシンス、ジャスミン、ライラック、リリー、スズラン、マリーゴールド、ミモザ、ネロリ、オレンジフラワー、スイートピー、チュベローズ、イランイラン、ラベンダーなど等の香料原料としても用いられる花;ハッカ、ペパーミント、スペアミント、バジル、ゼラニウム、ディル、レモングラス、レモンバーム、マジョラム、タラゴン、ローズマリー、月桂樹、タイム、セージ、オレガノ、チコリ、クレソン、ロケット、カモミール等の香料原料としても用いられるハーブ;等が挙げられる。
【実施例0035】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。また、特に記載がない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0036】
[実施例1、比較例1~6]
構造の異なる4種のチオール化合物を混合したチオール混合液を試料とし、当該試料を銀を担持した担体に接触させて当該担体に各チオール化合物を結合させた後、各種の溶離液を用いて回収した。
【0037】
用いたチオール化合物を表1に示す。これらの4種のチオール化合物をそれぞれ50ppm含むエタノール溶液をチオール混合液とし、これを試料として用いた。
また、銀を担持した担体としては、銀イオンを固定化した市販の銀イオン固定化カラム(Discovery Ag-Ion SPE 6 ml/750mg:スペルコ社製)を用いた。
【0038】
用いた溶離液を表2に示す。なお、チオ硫酸ナトリウムは関東化学社製のものを、システインと亜硫酸ナトリウムは富士フイルム和光純薬社製のものを、システアミン塩酸塩と塩酸とチオグリセロールは東京化成工業社製のものを、それぞれ用いた。
【0039】
【0040】
【0041】
銀イオン固定化カラムに、前記チオール混合液を1mL負荷し、ジクロロメタン10mLで洗浄した。次いで、当該銀イオン固定化カラムに、表2の各溶離液を5mL通液させた後、ジクロロメタンを5mL通液させた。その後、下層のジクロロメタン溶液を別容器にとり、硫酸ナトリウムで乾燥させた。
【0042】
当該カラムから溶出したジクロロメタン溶液について、ガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)を行い、溶離液ごとの各チオール化合物の回収率を算出した。溶出液中のチオール化合物は、内部標準物質としてテトラデカノールを用い、チオール化合物とテトラデカノールのガスクロマトグラムのピーク面積比から含有量を計算した。溶離剤ごとの回収率を表3に示す。なお、GC-MSの測定条件は下記の通りとした。
【0043】
GC-MSの測定条件
分析機器:7890B GC、5977A MSD(アジレント・テクノロジー社製)
カラム:DB-1(長さ30m、内径0.25mm、膜厚0.25μm、アジレント・テクノロジー株式会社製)
オーブン温度:40℃(0分間)→3℃/分→64℃(0分間)→10℃/分→300℃(0分間)
注入量:1μL(スプリット比10:1)
注入口温度:250℃
【0044】
【0045】
チオ硫酸ナトリウムを溶離剤として使用した実施例1では、試料中の4種のチオール化合物がいずれも50%以上回収された。また、溶出液中へのチオ硫酸ナトリウムの混入は認められず、試料中に含まれるチオール化合物を容易に濃縮することが可能であった。一方、システイン(比較例1)、システアミン塩酸塩(比較例2)、亜硫酸ナトリウム(比較例3)では、チオ硫酸ナトリウムに比べて回収率が低く、また、チオール化合物の構造の違いによって回収率が大きく異なり、チオール化合物を網羅的に回収するには適していなかった。塩酸(比較例4)では、塩化銀が析出してカラムが詰まり、チオール化合物の回収を行うことができなかった。チオグリセロール(比較例5)では、チオ硫酸ナトリウムと同等の回収率を示したが、溶出液にチオグリセロールが混入し、チオール化合物との分離が困難であったため、試料中のチオール化合物を選択的に回収した上で濃縮する方法としては適していなかった。
【0046】
[実施例2]
バレンシアオレンジコールドプレスオイル(市販品)と実施例1等で試料として使用したチオール混合液を1:1(質量比)で混合した溶液を試料とし、銀イオン固定化カラム(Discovery Ag-Ion SPE 6 ml/750mg:スペルコ社製)を用いて、当該試料からチオール化合物を回収した。
まず、試料を銀イオン固定化カラムに負荷し、ジクロロメタン20mLで洗浄した後、10% チオ硫酸ナトリウム水溶液2mL、次いでジクロロメタン5mLで溶出した。下層のジクロロメタン溶液を別容器にとり、硫酸ナトリウムで乾燥した後、実施例1と同様の方法でGC-MS測定によりチオール化合物の回収率(%)を算出した。なお、オレンジオイルのGC-MS分析では、表1のチオール化合物は検出されなかったため、回収率は、チオール混合溶液中の各化合物含有量を基に算出した。各チオール化合物の回収率の測定結果を表4に示す。
【0047】
[実施例3]
コーヒープレスオイル(市販品)と試験例1のチオール混合溶液を1:1(質量比)で混合した溶液を、ジエチルエーテルで分液抽出し、次いで塩酸で酸分画した後、エーテル層を硫酸ナトリウムで乾燥させた。得られた抽出液を試料とし、銀イオン固定化カラム(Discovery Ag-Ion SPE 6 ml/750mg:スペルコ社製)を用いて、当該試料からチオール化合物を回収した。
まず、試料を銀イオン固定化カラムに負荷し、ジクロロメタン10mLで洗浄した後、10% チオ硫酸ナトリウム水溶液2mL、次いでジクロロメタン5mLで溶出した。下層のジクロロメタン溶液を別容器にとり、硫酸ナトリウムで乾燥した後、実施例1と同様の方法でGC-MS測定によりチオール化合物の回収率(%)を算出した。なお、コーヒーオイルのGC-MS分析では、表1のチオール化合物は検出されなかったため、回収率は、チオール混合溶液中の各化合物含有量を基に算出した。各チオール化合物の回収率の測定結果を表4に示す。
【0048】
[実施例4]
コーヒーエキス(市販品)と試験例1のチオール混合溶液を1:1(質量比)で混合した溶液を、ジエチルエーテルで分液抽出した後、エーテル層を硫酸ナトリウムで乾燥させた。得られた抽出液を試料とし、銀イオン固定化カラム(Discovery Ag-Ion SPE 6 ml/750mg:スペルコ社製)を用いて、当該試料からチオール化合物を回収した。
試料からのチオール化合物の回収と回収率の算出は、実施例3と同様にして行った。なお、コーヒーエキスのGC-MS分析では、表1のチオール化合物は検出されなかったため、回収率は、チオール混合溶液中の各化合物含有量を基に算出した。各チオール化合物の回収率の測定結果を表4に示す。
【0049】
[実施例5]
コーヒーリカバリー(小川香料株式会社製)と試験例1のチオール混合溶液を1:1(質量比)で混合した溶液を、ジクロロメタンで分液抽出した後、ジクロロメタン層を硫酸ナトリウムで乾燥させた。得られた抽出液を試料とし、銀イオン固定化カラム(Discovery Ag-Ion SPE 6 ml/750mg:スペルコ社製)を用いて、当該試料からチオール化合物を回収した。
試料からのチオール化合物の回収と回収率の算出は、実施例3と同様にして行った。なお、コーヒーリカバリーのGC-MS分析では、表1のチオール化合物は検出されなかったため、回収率は、チオール混合溶液中の各化合物含有量を基に算出した。各チオール化合物の回収率の測定結果を表4に示す。
【0050】
【0051】
表4に示したように、試料の水溶性や油溶性、夾雑成分の種類にかかわらず、チオール化合物を回収できた。
【0052】
[実施例6]
試料を金属固定化カラムで処理し、当該カラム処理前の試料と当該カラム処理後の試料とを比較し、当該試料中のヘテロ元素含有化合物の香味・香気に対する寄与度を評価した。
【0053】
(1)試料調製
レモンコールドプレスオイル(市販品)10mLを、銀イオン固定化カラム(Discovery Ag-Ion SPE 6 ml/750mg:スペルコ社製)に負荷し、出始めのフラクション1mLを廃棄した後、残りの9mLを回収し、レモンコールドプレスオイルの銀イオン固定化カラム処理品を得た。同様の手順で、グレープフルーツコールドプレスオイル(市販品)10mLを、銀イオン固定化カラム(Discovery Ag-Ion SPE 6 ml/750mg:スペルコ社製)で処理し、グレープフルーツオイルの銀イオン固定化カラム処理品9mLを得た。
【0054】
(2)官能評価
以下の条件で官能評価を行った。結果を表5に示した。
評価生地:スクロース5%
添加量:未処理品と銀イオン固定化カラム処理品の両方共に10ppm
パネル:10人
評価基準:風味の好ましいほうを選択(ブラインド)
評価1:レモンオイル(未処理品)とレモンオイル銀イオン固定化カラム処理品の比較
評価2:グレープフルーツオイル(未処理品)とグレープフルーツオイル銀イオン固定化カラム処理品の比較
【0055】
【0056】
表5に示す通り、レモンオイルはカラム処理の有無で風味に差がなかった。これに対して、グレープフルーツでは、10人のパネルのうち8人、未処理品の方が好ましい風味を有すると評価しており、嗜好性や風味に顕著な差がみられた。未処理の方が風味にボリュームがあり、果実の全体感を想起させるといったコメントがあったことから、グレープフルーツオイルにはこれらに寄与するヘテロ元素含有化合物が含まれていることが示唆された。このように、本発明に係る評価方法を用いることによって、ある試料中のヘテロ元素含有化合物が風味に寄与するか否かを簡便に判定することができた。