(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022105412
(43)【公開日】2022-07-14
(54)【発明の名称】パーキンソン病と多系統萎縮症の鑑別診断
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20220707BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220707BHJP
G01N 33/536 20060101ALI20220707BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20220707BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
G01N33/536 D
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021000188
(22)【出願日】2021-01-04
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(71)【出願人】
【識別番号】504205521
【氏名又は名称】国立大学法人 長崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】服部 信孝
(72)【発明者】
【氏名】波田野 琢
(72)【発明者】
【氏名】奥住 文美
(72)【発明者】
【氏名】松本 弦
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CA26
2G045DA36
2G045FB03
2G045FB12
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ79
4B063QR66
4B063QS33
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】パーキンソン病と多系統萎縮症の鑑別診断方法の提供。
【解決手段】変異型α-シヌクレインを恒常的に発現する培養細胞に、被検者由来の血液試料中の抗αシヌクレイン抗体反応物に対するRT-QuIC産物をシードとして導入し、当該細胞内の凝集体の密度を測定することを特徴とする、パーキンソン病と多系統萎縮症の鑑別診断に関連する異常α-シヌクレインの測定方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異型α-シヌクレインを恒常的に発現する培養細胞に、被検者由来の血液試料中の抗αシヌクレイン抗体反応物に対するRT-QuIC産物をシードとして導入し、当該細胞内の凝集体の密度を測定することを特徴とする、パーキンソン病と多系統萎縮症の鑑別診断に関連する異常α-シヌクレインの測定方法。
【請求項2】
前記変異型α-シヌクレインを恒常的に発現する培養細胞が、標識タンパク質を融合した変異型α-シヌクレインを安定発現させた培養細胞である請求項1記載の測定方法。
【請求項3】
前記RT-QuIC産物が、被験者由来の血清試料に抗αシヌクレイン抗体を反応させて得られる免疫沈降物に対してRT-QuICを行って得られたα-シヌクレイン凝集体である請求項1又は2記載の測定方法。
【請求項4】
前記標識タンパク質が、蛍光標識タンパク質である請求項2又は3記載の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パーキンソン病と多系統萎縮症の鑑別診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病(Parkinson’S disease;PD)および多系統萎縮症(Multiple system atrophy;MSA)は共にα-シヌクレイン(AS)の凝集体沈着を伴う進行性の難病である。このようなAS凝集体の沈着を共通病理とする疾患をα-シヌクレイノパチーと呼ぶ。PDが緩徐に病状が進行するのに対し、MSAは急速に進行するが、両疾患の初期症状での鑑別はしばしば困難を伴う。PDの診断の遅れは対症療法の効果を半減させ予後へ影響を及ぼす。また、MSAは進行に伴い多様な運動症状と自律神経機能障害が出現するため、診断が正確にできない場合は生活の質の著しい低下をまねく。
【0003】
これらのα-シヌクレイノパチーの早期診断方法としては、遺伝子検査、心筋MIBGシチグラフィー、DATスキャン、髄液中の異常α-シヌクレイン濃度をRT-QuIC(Real-time quaking-induced conversion)
やHANABI(Handai Amyloid Burst Inducer:交差型超音波発生装置とマイクロプレートリーダーを一体化した全自動蛋白質凝集検出装置)で測定する方法が報告されている(非特許文献1、2)。また、本発明者は、被検血液試料に抗α-シヌクレイン抗体を反応させて免疫沈降した試料に対して、RT-QuICを行う被検血液中の異常α-シヌクレイン濃度の測定方法を報告した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ann Clin Transl Neurol 2016;3:812-818
【非特許文献2】J Biol Chem. 2014;289:27290-27299.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、いずれの検査も早期におけるPDとMSAの鑑別は依然困難であった。PDとMSAは進行及び重症度が異なるため、初期より正確に診断をすることが治療に重要である。しかしながら、両疾患の鑑別は初期には非常に困難であり、採血などによる簡便な診断バイオマーカーはなく、詳細な神経学的診察を行う神経内科専門医でさえも苦慮する。神経画像は診断の参考になると言われているが、専門医以外では読影は難しく、簡便に判断できる診断方法は確立されていない。PDの診断の遅れは対症療法効果を半減させ予後へ影響を及ぼす。また、MSAは進行とともに多様な運動症状と自律神経機能障害を呈するが、診断が正確にできない場合は生活の質の著しい低下をもたらす。
従って、本発明の課題は、簡便でかつ早期からPDとMSAの鑑別診断を可能とする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、検体として血液試料を使用すること、処理が簡便であることを考慮して、種々検討した結果、変異型ASを恒常的に発現する培養細胞を作製し、その培養細胞に被検者由来の血液試料中の抗AS抗体反応物に対するRT-QuIC産物をシードとして導入し、当該細胞内の異常ASの凝集体の密度を測定すれば、PDとMSAとが明確に鑑別診断できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の発明[1]~[4]を提供するものである。
[1]変異型α-シヌクレインを恒常的に発現する培養細胞に、被検者由来の血液試料中の抗αシヌクレイン抗体反応物に対するRT-QuIC産物をシードとして導入し、当該細胞内の凝集体の密度を測定することを特徴とする、パーキンソン病と多系統萎縮症の鑑別診断に関連する異常α-シヌクレインの測定方法。
[2]前記変異型α-シヌクレインを恒常的に発現する培養細胞が、標識タンパク質を融合した変異型α-シヌクレインを安定発現させた培養細胞である[1]記載の測定方法。
[3]前記RT-QuIC産物が、被験者由来の血清試料に抗αシヌクレイン抗体を反応させて得られる免疫沈降物に対してRT-QuICを行って得られたα-シヌクレイン凝集体である[1]又は[2]記載の測定方法。
[4]前記標識タンパク質が、蛍光標識タンパク質である[2]又は[3]記載の測定方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、血液試料を検体とするため患者への負担が少なく、簡便な操作で、正確にPDとMSAの早期鑑別診断が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】培養細胞内で形成されたAS-GFPの凝集体を持つ細胞の上端から下端までを0.33μmの幅でZ方向に撮像し、最大値投影法で可視化した図である。
【
図2】PDとMSAにおける、形成された細胞内凝集体の密度の差を示す図である。
【
図3】PDとMSAの各群から得られた細胞内凝集体密度の平均値とその標準偏差の値をそれぞれ縦軸と横軸にプロットして求めた95%予測区間を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のPDとMSAの鑑別診断に関連する異常ASの測定方法は、変異型ASを恒常的に発現する培養細胞に、被検者由来の血液試料中の抗AS抗体反応物に対するRT-QuIC産物をシードとして導入し、当該細胞内の凝集体の密度を測定することを特徴とする。
【0012】
「変異型ASを恒常的に発現する」とは、変異型ASを一過的又は恒久的に発現することを言い、シードを導入されたときに変異型ASを発現していればよい。
変異型ASとしては、ASのアミノ酸配列の一部が変異しているものであればよく、特に制限されないが、例えばA53T変異、A30P変異、E46K変異、H50Q変異、G51D変異又はA53E変異を有するASが挙げられる。
【0013】
また、変異型ASは、最終的に培養細胞内で形成された凝集体を観察するために、標識タンパク質を融合させた融合タンパク質として用いるのが好ましい。標識タンパク質としては、蛍光タンパク質、発光タンパク質が挙げられる。
蛍光タンパク質としては、励起光を照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質であれば、天然型及び非天然型のいずれであってもよい。具体的には、例えば、GFP(EGFP、3xP3-EGFP等の派生物を含む)、CFP、RFP、DsRed(3xP3-DsRedのような派生物を含む)、YFP、PE、PerCP、APC等が挙げられる。
発光タンパク質としては、励起光を必要とすることなく発光することのできる基質タンパク質又はその基質タンパク質の発光を触媒する酵素であればよく、例えば、発光基質としてのルシフェリン、酵素としてのルシフェラーゼなどが用いられる。
【0014】
変異型ASを安定的に発現する培養細胞としては、ヒト由来もしくは神経系の培養細胞が好ましく、例えばHEK293、HeLa、SHSY-5Y、Neuro2a、MEF、PC12、SK-MEL28、CHO、HepG2、MRC-5などを用いることができる。
【0015】
変異型ASを恒常的に発現する培養細胞としては、標識タンパク質を融合した変異型ASを安定発現させた培養細胞が好ましく、蛍光標識タンパク質を融合した変異型ASを安定発現させた培養細胞が好ましい。具体的には、GFPを融合した変異型ASを安定発現させたヒト由来の培養細胞が好ましい。
【0016】
本発明では、前記の培養細胞に、被検者由来の血液試料中の抗AS抗体反応物に対するRT-QuIC産物をシードとして導入する。
被検者とは、PD又はMSAの患者、あるいはPD又はMSAが疑われる患者である。本発明に用いられる検体は、ヒト体液であればよく、血液、髄液、唾液、涙液、剖検脳などを用いることができるが、好ましくはヒト血液であり、より好ましくはヒト血清である。
【0017】
血液試料中の抗AS抗体反応物は、血液試料に抗AS抗体を反応させて得られる成分であり、具体的には血液試料に抗AS抗体を反応させて得られる免疫沈降物である。
抗AS抗体としては、ASに対する特異的でかつモノマー、オリゴマー、凝集体のすべての構造を認識する抗体であれば、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよく、既に市販されているものを使用することができる。免疫沈降は、通常の免疫沈降法を行えばよく、例えば、血液試料に抗AS抗体を反応させ、ビーズ又は磁気ビーズを加えて免疫反応混合物とビーズ又は磁気ビーズとの結合物を得、その後結合物から免疫反応混合物を回収する方法が挙げられる。
【0018】
次に、前記抗AS抗体反応物に対してT-QuICを行う。
RT-QuICは異常構造型のタンパク質を増幅反応の核(seed)として凝集反応を連続的に試験管内で行い、試料中の異常構造型タンパク質を増幅して検出する。またこの増幅過程をβシート構造のタンパク質に特異的に結合し蛍光を発するチオフラビンT(ThT)の蛍光強度を測定することで異常構造型タンパク質の存在の有無をリアルタイムに測定するシステムである。
増幅反応は、(1)試料中の正常型ASと異常構造型ASを共凝集させる段階と、(2)共凝集を促進して正常型ASから異常構造型ASへの変換をもたらす段階を経てThTで検出する。異常構造型ASの共凝集を促進するため、正常型ASを反応液に添加するのが好ましい。この共凝集及び構造変換反応は、pH6~7.9の反応液条件で行うのが好ましい。
ASは酸性で凝集する傾向が強く、反応液がpH6未満の強酸性の条件下では健常人にも内在性ASがあり、PDやMSA患者と同等に凝集反応を生じる。一方pH8.0のアルカリ性の条件下ではPD、MSA及び健常人の試料において凝集反応が起こりにくい。反応液がpH6~7.9であるとPDやMSAの試料は、蛍光強度が最大の26万RFUまで上昇し、凝集反応を認めるが、健常人の試料においては凝集反応を認めず両者を区別することが可能である。好ましい反応pHは6.5~7.9であり、より好ましくは6.5~7.8であり、さらに好ましくは7.5である。
【0019】
T-QuICにより、シードとして用いることができる異常AS凝集体が得られる。
この異常AS凝集体を、前記変異型ASを安定的に発現する培養細胞に導入し、細胞内で標識された異常AS凝集体を形成させ、その密度を測定する。
前記培養細胞への凝集体の導入手段としては、リポフェクション法、ポリカチオン法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。リポフェクション法においては、Lipofectamine3000、マルチフェクタム、X-tremeGENE9、FuGENE6、リポフェクチンなどを用いることができる。
細部内の密度の測定は、標識タンパク質の標識量の測定で行うことができる。MSAでは、PDに比べて有意に密度が高く、両者を高い感度および特異度で鑑別診断することができる。
【実施例0020】
次に実施例を挙げて、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0021】
実施例1(変異型ASを恒常的に発現する培養細胞の作製)
ASのC末端にGFPが融合した、AS凝集能がより高いA53T変異をもつASをCMVプロモーター下にクローニングしたプラスミドをHEK293細胞に遺伝子導入し、ネオマイシン(G418)耐性となる細胞を選択することで安定発現させた細胞株(HEK293-AS-GFP)を作製した。安定発現株の中から、GFPの蛍光強度が強いものをサブクローニングすることで、AS-GFPの発現量が均一な単一クローン由来の細胞株を作製した。
【0022】
実施例2(RT-QuIC産物の形成)
(1)ヒト血清に対して磁気ビーズを用いた免疫沈降を行った。
最初に磁気ビーズと抗AS抗体をオーバーナイトで反応させ、その後被検血液試料を3時間反応させる。免疫反応混合物の溶出には、0.1Mグリシン(pH2.5~3)を用いる。数秒反応させて溶出させたのち、速やかにpH7.5に調整する。
【0023】
(2)RT-QuIC
増幅反応は(i)反応液とIP-血清をインキュベートして反応混合物中に存在する正常型ASと構造異常型ASの共凝集を可能にする段階、(ii)共凝集を促進して正常型ASから構造異常型への変換をもたらす段階を経る。共凝集の促進、構造変換においては200rpm,1min shake,14min restの振盪を120時間連続して行った。反応液の組成は100mmol/L phosphate buffer(pH7.5),10μmol/L thioflavin Tを用いた。基質ASは10μg使用している。シードはIP-血清を使用している。BCA assayを行い、タンパク質濃度を1mg/mLに合わせた血清100μLをIPし、シードとして5μL使用している。
【0024】
実施例3(シードの導入と観察)
HEK293-AS-GFP細胞株DMEM high glucose+10
%FBS培地で培養し、シード導入の前日に24ウェルプレートに1X104個の細胞を播種した。大腸菌からHis6-tagを使って精製したAS(1mg/mL;30mM TrisHCl pH8.0+150mM NaCl)50μLにRT-QuICで患者血清から増幅したシードを2μL添加し、37℃で1週間静置して増幅させた。増幅したシードを超音波破砕処理(バスソニケーターで1分間程度)した後、5μLを20μLのOPTI-MEMで希釈し、P3000 Reagent 試薬1μLを加え、25μLのOPTI-MEMに1μL Lipofectamine 3000 Reagentを加えたものと混合して、10分間静置後に細胞に添加した。リポフェクション後48時間で細胞を10%中性ホルマリン(ホルマリン含量4%)で固定し、50mM TrisHCl pH8.0+DAPI(0.1μg/mL)で核染色し、ProLong-Diamondを用いてスライドにマウントした。
【0025】
観察においては、構造化照明を用いた超解像顕微鏡法(Zeiss Elyra)により、細胞内で形成されたAS-GFPの凝集体を持つ細胞の上端から下端までを0.1μmの幅でZ方向に撮像し、最大値投影法で可視化した(
図1)。また、Keyence BZ-H4XF/Sectioning Module を用いて100個以上の凝集を持つ細胞をランダムに観察し、ハイブリッドセルカウントにより細胞内AS-GFP凝集体の密度を解析した。その結果、密度が濃いものはMSA由来であり、蜜度が低いものはPD由来であった。細胞数はPD及びMSA由来各々で計100個解析を行った(感度94%、特異度92%、カットオフ値45.5、AUC:0.96)。患者一人当たり細胞12~13個について凝集体の密度の平均値を求めたところ、PDとMSAそれぞれ8症例について感度・特異度・100%(カットオフ値46.1)で鑑別することが可能であった(
図2)。
PDとMSAの細胞内凝集体の密度の測定値は、その平均値からの偏差に潜在的な分布が存在する。PDとMSAでそれぞれの細胞内凝集体の密度平均のばらつき、すなわち標準偏差の値を評価することで、新しく得られる症例における細胞内凝集体密度の平均値が、PDとMSAを判別するために十分な信頼性を有しているかを判定できる。PD群内での細胞内凝集体密度平均の標本標準偏差は7.031であるのに対し(
図3下側オレンジ)、MSA群内での細胞内凝集体密度平均の標本標準偏差は2.767であった(
図3上側青; 有意水準5%, p=0.025)。
図3に、PDとMSAの各群から得られた細胞内凝集体密度の平均値とその標準偏差の値をそれぞれ縦軸と横軸にプロットして求めた95%予測区間を示した。95%予測区間とは新しく得られた標本が95%の確率で存在しうる区間を意味する。
図3から、新しく得られる症例の細胞内凝集体密度平均の標準偏差が9.021以下の95%予測区間内であれば、PDとMSAを高精度に判別することが可能であるといえる。