(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022105712
(43)【公開日】2022-07-14
(54)【発明の名称】被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20220707BHJP
【FI】
C12Q1/06
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022085987
(22)【出願日】2022-05-26
(62)【分割の表示】P 2018513206の分割
【原出願日】2017-04-19
(31)【優先権主張番号】P 2016083947
(32)【優先日】2016-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】凸版印刷株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】塚本 圭
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
(72)【発明者】
【氏名】入江 新司
(57)【要約】
【課題】被検化合物の脈管新生阻害活性を評価するに際して、動物モデルを用いることなく、より信頼性の高い評価を行うことができる評価方法の提供。
【解決手段】(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分と強電解質高分子とを混合して混合物を得る工程と、(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、(c)前記工程(b)の後、当該細胞培養容器中に細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程と、により、脈管網構造を備える細胞構造体を製造した後、当該細胞構造体を被検化合物の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中の脈管の状態を指標として、前記被検化合物が、脈管新生阻害活性を有するか否かを評価する評価工程と、を有する、被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分と高分子電解質とを混合して混合物を得る工程と、
(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、
(c)前記工程(b)の後、当該細胞培養容器中に細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程と、
により、脈管網構造を備える細胞構造体を製造した後、
前記細胞構造体を、被検化合物の存在下で培養する培養工程と、
前記培養工程後の前記細胞構造体中の脈管の状態を指標として、前記被検化合物が、脈管新生阻害活性を有するか否かを評価する評価工程と、
を有し、
前記評価工程において、前記被検化合物の非存在下で培養した場合と比較して、前記細胞構造体中の脈管を構成する細胞数が少ない場合、又は前記細胞構造体中の脈管網構造が損傷を受けている場合に、前記被検化合物が脈管新生阻害活性を有すると評価し、
前記細胞構造体が、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞からなる群より選択される1種以上と繊維芽細胞とを含み、
前記細胞構造体中の血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞の総細胞数が、繊維芽細胞の細胞数の0.1%以上であり、
前記細胞外マトリックス成分は、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、プロテオグリカン、およびそれらの組み合わせからなる群から選択され、
前記高分子電解質は、グリコサミノグリカン、デキストラン硫酸、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ポリアクリル酸、ならびにそれらの組み合わせからなる群から選択され、
前記混合物中の前記細胞外マトリックス成分の濃度が、0.025mg/mL以上1.0mg/mL未満であり、
前記混合物中の前記高分子電解質の濃度が、0.025mg/mL以上1.0mg/mL未満である、
被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法。
【請求項2】
前記工程(a)において、前記混合物は、前記細胞構造体を構成する全ての細胞を含む、請求項1に記載の被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法。
【請求項3】
前記細胞構造体が、さらに、神経細胞、樹状細胞、マクロファージ、及び肥満細胞からなる群より選択される1種以上を含む、請求項1又は2に記載の被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法。
【請求項4】
前記工程(a)の後、前記工程(b)の前に、(a’-1)得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る工程、及び(a’-2)細胞集合体を溶液に懸濁する工程を行う、請求項1~3のいずれか一項に記載の被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物モデルを用いることなく、in vitroの系で被検化合物の脈管新生阻害活性を評価する方法に関する。
本願は、2016年4月19日に日本に出願された特願2016-083947号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年のがん化学療法においては、がん細胞自体を標的とする化学療法だけではなく、がんの周辺の微小環境を標的とした治療法も開発されている。そのひとつが、血管新生阻害剤を単剤で投与する、又は一般的な細胞障害性を有する抗がん剤と併用投与する療法である。血管やリンパ管等の脈管の新生は、がん(腫瘍)の成長や、浸潤、転移等の悪性化及び進行に深く係わっていることが知られている。
【0003】
血管新生阻害剤は、血管形成に必須となる因子やその受容体等血管形成に必須となるタンパク質シグナルパスウェイを阻害することによって血管新生を抑制、阻害する薬剤である。代表的なものとしては、2004年に米国で承認されたAvastin(登録商標)(Genentech社製、別名ベバシズマブ)等があり、それ以降、EYLEA(登録商標)(Bayer Yakuhin社製、別名アフリベルセプト)、Suchibaga(登録商標)(Bayer Yakuhin社製、別名レゴラフェニブ)等の様々な薬剤が開発され、臨床現場に導入されている。
【0004】
血管新生には遅れをとっているが、リンパ管新生についても同様に、がん化学療法の標的とされている。特にリンパ節転移などの患者の予後因子としてリンパ管新生は重要視されており、リンパ管新生阻害剤の開発も進んでいる。
【0005】
現在これら脈管新生阻害剤の評価系としては、基本的には免疫不全マウス等のin vivoモデルを用いるのが一般的である。in vitroの評価系としては、ガラス、プラスチック等の基材上に内皮細胞と繊維芽細胞とを有する単層の細胞層を形成し、この細胞層に脈管を形成させる系に、被検化合物を添加し、脈管新生能を評価する方法(特許文献1参照)や、ガラス、プラスチック等の基材上に微細加工を施して脈管の骨格を作り、当該骨格中で内皮細胞を成長させて脈管を形成させる系に、被検化合物を添加し、脈管新生能を評価する方法や、細胞外マトリックスなどの生体内試料のゲル内で内皮細胞を成長させて脈管を形成させる系に、被検化合物を添加し、脈管新生能を評価する方法(非特許文献1参照。)等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Goodwin, NIH Public Access Microvasc Research,2007,vol.74(2-3),p.172-183.
【非特許文献2】Nishiguchi et al., Macromol Bioscience,2015,vol.15(3),p.312-317.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
薬剤の薬効評価をin vitroの評価系で行う場合、得られる評価の信頼性が問題となる。すなわち、当該評価系での評価が、実際に当該薬剤を生体に投与した場合に得られる薬効を反映していることが重要であり、当該評価系での評価と生体に投与して得られる効果とが一致する確率が高い評価系が、信頼性の高い評価系である。
【0009】
特許文献1や非特許文献1に記載のin vitroの評価系では、間質細胞等の脈管の周辺組織がない状態の脈管を利用しているため、実際の生体内を正しく再現できる評価系とはいえない。このため、これらの評価系で脈管新生阻害活性を有すると評価された化合物であっても、実際に生体に投与された場合には適切な脈管新生阻害活性が奏されない場合も多い。
【0010】
本発明は、被検化合物の脈管新生阻害活性を評価するに際して、動物モデルを用いることなく、より信頼性の高い評価を行うことができる評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第一態様に係る被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法は、脈管網構造を備える細胞構造体を、被検化合物の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中の脈管の状態を指標として、前記被検化合物が、脈管新生阻害活性を有するか否かを評価する評価工程と、を有し、前記評価工程において、前記被検化合物の非存在下で培養した場合と比較して、前記細胞構造体中の脈管を構成する細胞数が少ない場合、又は前記細胞構造体中の脈管網構造が損傷を受けている場合に、前記被検化合物が脈管新生阻害活性を有すると評価する。
上記第一態様において、前記細胞構造体が、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞からなる群より選択される1種以上を含んでいてもよい。
上記第一態様において、前記細胞構造体が、さらに、繊維芽細胞、神経細胞、樹状細胞、マクロファージ、及び肥満細胞からなる群より選択される1種以上を含んでいてもよい。
上記第一態様において、前記細胞構造体が、繊維芽細胞を含み、前記細胞構造体中の血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞の総細胞数が、繊維芽細胞の細胞数の0.1%以上であってもよい。
本発明の第二態様に係る脈管新生阻害活性評価用キットは、上記第一態様に係る被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法を行うためのキットであって、脈管網構造を備える細胞構造体と、前記細胞構造体を収容する細胞培養容器とを備える。
上記第二態様において、前記細胞構造体が、繊維芽細胞層に挟まれた脈管網構造を備えていていもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の上記態様に係る被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法は、in vitroの評価系であって、生体内の状態により近い脈管網構造を含む細胞構造体を用い、当該細胞構造体内の脈管形成に対する影響を指標として被検化合物の脈管新生阻害活性を評価する方法である。このため、当該評価方法を用いることにより、近年がん化学治療薬として注目されている血管新生阻害剤及びリンパ管新生阻害剤の候補化合物の脈管新生阻害活性について、動物モデルを用いることなく信頼性の高い評価を得ることができる。
また、本発明に係る脈管新生阻害活性評価用キットを用いることにより、前記評価方法をより簡便に実施することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態に係る被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法を説明する。本実施形態に係る被検化合物の脈管新生阻害活性の評価方法(以下、「本実施形態に係る評価方法」ということがある。)は、脈管網構造を備える細胞構造体を、被検化合物の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中の脈管の状態を指標として、前記被検化合物が、脈管新生阻害活性を有するか否かを評価する評価工程と、を有する。本実施形態に係る評価方法は、三次元構造内に脈管網構造を備える細胞構造体を用い、この細胞構造体内の脈管形成に対する影響を指標として被検化合物の脈管新生阻害活性を評価する。このように、実際の生体内の環境に近似した状態で形成された脈管に対する影響を指標とするため、本実施形態に係る評価方法により信頼性の高い評価が得られる。なお、本発明及び本願明細書において、「脈管網構造」とは、生体組織における血管網やリンパ管網のような、網状の構造を指す。
【0014】
<細胞構造体>
本発明及び本願明細書において、「細胞構造体」とは、複数の細胞層が積層された3次元構造体である。本実施形態において用いられる細胞構造体は、脈管網構造を備えており、脈管を構成する内皮細胞と、脈管を構成していない細胞(内皮細胞以外の細胞)と、により構成される。すなわち、本実施形態において用いられる細胞構造体(以下、「本実施形態に係る細胞構造体」ということがある。)は、脈管を形成していない細胞の積層体の内部に、リンパ管及び/又は血管等の脈管網構造が三次元的に構築され、より生体内に近い組織を構築している。脈管網構造は、細胞構造体の内部にのみ形成されていてもよく、少なくともその一部が細胞構造体の表面又は底面に露出されるように形成されていてもよい。
【0015】
本実施形態に係る細胞構造体に含まれる内皮細胞としては、血管内皮細胞であってもよく、リンパ管内皮細胞であってもよい。また、血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞の両方を含んでいてもよい。
【0016】
本実施形態に係る細胞構造体に含まれる内皮細胞以外の細胞の細胞種としては、内皮細胞が脈管網を形成することを阻害しないものであれば特に限定されるものではなく、評価対象となる被検化合物の種類や、目的の脈管新生阻害活性が奏される生体内の環境等を考慮して、適宜選択することができる。本実施形態に係る細胞構造体中の内皮細胞以外の細胞としては、内皮細胞が本来の機能及び形状を保持する脈管網を形成しやすいことから、生体内において脈管の周辺組織を構成する細胞であることが好ましい。このような細胞としては、例えば、繊維芽細胞、神経細胞、樹状細胞、マクロファージ、肥満細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。細胞構造体に含まれる内皮細胞以外の細胞は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。本実施形態に係る細胞構造体としては、内皮細胞以外の細胞として少なくとも繊維芽細胞を含む細胞構造体が好ましく、血管内皮細胞と繊維芽細胞とを含む細胞構造体、リンパ管内皮細胞と繊維芽細胞とを含む細胞構造体、又は血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞と繊維芽細胞とを含む細胞構造体がより好ましい。なお、細胞構造体に含まれる内皮細胞以外の細胞としては、内皮細胞と同種の生物種由来の細胞であってもよく、異種の生物種由来の細胞であってもよい。
【0017】
本実施形態に係る細胞構造体中の内皮細胞の数は、脈管網構造が形成されるのに充分な数であれば特に限定されるものではなく、細胞構造体の大きさ、内皮細胞や内皮細胞以外の細胞の細胞種等を考慮して適宜決定することができる。例えば、本実施形態に係る細胞構造体を構成する全細胞に対する内皮細胞の存在比(細胞数比)を0.1%以上に設定することによって、脈管網構造が形成された細胞構造体を調製できる。内皮細胞以外の細胞として繊維芽細胞を用いる場合、本実施形態に係る細胞構造体における内皮細胞数は、繊維芽細胞数の0.1%以上であることが好ましく、0.1~10.0%であることがより好ましく、0.1~5.0%であることがさらに好ましい。内皮細胞として血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞との両方を含む場合、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞の総細胞数が、繊維芽細胞数の0.1%以上であることが好ましく、0.1~10.0%であることがより好ましく、0.1~5.0%であることがさらに好ましい。
【0018】
本実施形態に係る細胞構造体は、内皮細胞以外の細胞として、生体内において脈管の周辺組織を構成する細胞以外の細胞を含んでいてもよい。当該細胞としては、例えば、がん細胞等が挙げられる。
【0019】
がん細胞とは、体細胞から派生して無限の増殖能を獲得した細胞である。がん細胞の由来となるがんとしては、例えば、乳がん(例えば、浸潤性乳管がん、非浸潤性乳管がん、炎症性乳がん等)、前立腺がん(例えば、ホルモン依存性前立腺がん、ホルモン非依存性前立腺がん等)、膵がん(例えば、膵管がん等)、胃がん(例えば、乳頭腺がん、粘液性腺がん、腺扁平上皮がん等)、肺がん(例えば、非小細胞肺がん、小細胞肺がん、悪性中皮腫等)、結腸がん(例えば、消化管間質腫瘍等)、直腸がん(例えば、消化管間質腫瘍等)、大腸がん(例えば、家族性大腸がん、遺伝性非ポリポーシス大腸がん、消化管間質腫瘍等)、小腸がん(例えば、非ホジキンリンパ腫、消化管間質腫瘍等)、食道がん、十二指腸がん、舌がん、咽頭がん(例えば、上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん等)、頭頚部がん、唾液腺がん、脳腫瘍(例えば、松果体星細胞腫瘍、毛様細胞性星細胞腫、びまん性星細胞腫、退形成性星細胞腫等)、神経鞘腫、肝臓がん(例えば、原発性肝がん、肝外胆管がん等)、腎臓がん(例えば、腎細胞がん、腎盂と尿管の移行上皮がん等)、胆嚢がん、胆管がん、膵臓がん、肝がん、子宮内膜がん、子宮頸がん、卵巣がん(例、上皮性卵巣がん、性腺外胚細胞腫瘍、卵巣性胚細胞腫瘍、卵巣低悪性度腫瘍等)、膀胱がん、尿道がん、皮膚がん(例えば、眼内(眼)黒色腫、メルケル細胞がん等)、血管腫、悪性リンパ腫(例えば、細網肉腫、リンパ肉腫、ホジキン病等)、メラノーマ(悪性黒色腫)、甲状腺がん(例えば、甲状腺髄様がん等)、副甲状腺がん、鼻腔がん、副鼻腔がん、骨腫瘍(例えば、骨肉腫、ユーイング腫瘍、子宮肉腫、軟部組織肉腫等)、転移性髄芽腫、血管線維腫、隆起性皮膚線維肉腫、網膜肉腫、陰茎癌、精巣腫瘍、小児固形がん(例えば、ウィルムス腫瘍、小児腎腫瘍等)、カポジ肉腫、AIDSに起因するカポジ肉腫、上顎洞腫瘍、線維性組織球腫、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、慢性骨髄増殖性疾患、白血病(例えば、急性骨髄性白血病、急性リンパ芽球性白血病等)等が挙げられ、これらに限定されない。
【0020】
本実施形態に係る細胞構造体を構成する細胞の種類は特に限定されず、動物から採取された細胞であってもよく、動物から採取された細胞を培養した細胞であってもよく、動物から採取された細胞に各種処理を施した細胞であってもよく、培養細胞株であってもよい。動物から採取された細胞の場合、採取部位は特に限定されず、骨、筋肉、内臓、神経、脳、皮膚、血液などに由来する体細胞であってもよく、生殖細胞であってもよく、胚性幹細胞(ES細胞)であってもよい。また、本実施形態に係る細胞構造体を構成する細胞が由来する生物種は特に限定されるものではなく、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の動物に由来する細胞を用いることができる。動物から採取された細胞を培養した細胞としては、初代培養細胞であってもよく、継代培養細胞であってもよい。また、各種処理を施した細胞としては、誘導多能性幹細胞細胞(iPS細胞)や、分化誘導後の細胞が挙げられる。また、本実施形態に係る細胞構造体は、同種の生物種由来の細胞のみから構成されていてもよく、複数種類の生物種由来の細胞により構成されていてもよい。
【0021】
本実施形態に係る細胞構造体の大きさや形状は、脈管網構造が形成可能な構成であれば特に限定されない。より生体内の組織に形成された脈管と近い状態の脈管網構造が形成可能であることから、当該細胞構造体の厚さは、5μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましく、50μm以上がさらに好ましく、100μm以上がよりさらに好ましい。当該細胞構造体の厚さとしては、また、500μm以下が好ましく、400μm以下がより好ましく、300μm以下がさらに好ましい。本実施形態に係る細胞構造体の細胞層の数としては、2~60層程度が好ましく、5~60層程度がより好ましく、10~60層程度がさらに好ましい。
【0022】
なお、細胞構造体を構成する細胞層数は、三次元構造を構成する細胞の総数を、1層当たりの細胞数(1層を構成するために必要な細胞数)で除することにより測定される。1層当たりの細胞数は、細胞構造体を構成させる際に使用する細胞容器に、予め細胞をコンフルエントになるように平面的に培養して調べることができる。具体的には、ある細胞容器に形成された細胞構造体の細胞層数は、当該細胞構造体を構成する全細胞数を計測し、当該細胞容器の1層当たりの細胞数で除することにより算出できる。
【0023】
一般的に、本実施形態に係る細胞構造体は、細胞培養容器中に構築される。当該細胞培養容器としては、細胞構造体の構築が可能であり、かつ構築された細胞構造体の培養が可能な容器であれば特に限定されない。当該細胞培養容器としては、具体的には、ディッシュ、セルカルチャーインサート(例えば、Transwell(登録商標)インサート、Netwell(登録商標)インサート、Falcon(登録商標)セルカルチャーインサート、Millicell(登録商標)セルカルチャーインサート等)、チューブ、フラスコ、ボトル、プレート等が挙げられる。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、当該細胞構造体を用いた被検化合物の評価をより適正に行うことができるため、ディッシュ又は各種セルカルチャーインサートが好ましい。
【0024】
本実施形態に係る細胞構造体は、脈管網構造が形成された多層の細胞から構成される構造体であればよく、その構築方法は特に限定されない。例えば、一層ずつ構築して順次積層させて構築する方法であってもよく、2層以上の細胞層を一度に構築する方法であってもよく、両構築方法を適宜組み合わせて多層の細胞層を構築する方法であってもよい。また、本実施形態に係る細胞構造体は、各細胞層を構成する細胞種が層ごとに異なる多層構造体であってもよく、各細胞層を構成する細胞種が、構造体の全層で共通する多層構造体であってもよい。例えば、細胞種毎に層を形成し、この細胞層を順次積層させることによって構築する方法であってもよく、複数種類の細胞を混合した細胞混合液を予め調製し、この細胞混合液から多層構造の細胞構造体を一度に構築する方法であってもよい。
【0025】
一層ずつ構築して順次積層させて構築する方法としては、例えば、日本国特許第4919464号公報に記載されている方法、すなわち、細胞層を形成する工程と、形成された細胞層をECM(細胞外マトリックス)の成分を含有する溶液に接触させる工程と、を交互に繰り返すことにより、連続的に細胞層を積層する方法が挙げられる。例えば、当該方法を行うに際し、予め、細胞構造体を構成する全ての細胞を混合した細胞混合物を調製しておき、この細胞混合物によって各細胞層を形成することによって、構造体全体に脈管網構造が形成されている細胞構造体が構築できる。また、各細胞層を、細胞種ごとに形成することによって、内皮細胞から形成される層にのみ脈管網構造が形成されている細胞構造体が構築できる。
【0026】
2層以上の細胞層を一度に構築する方法としては、例えば、特許第5850419号公報に記載されている方法が挙げられる。すなわち、予め細胞の表面全体をインテグリンが結合するアルギニン-グリシン-アスパラギン酸(RGD)配列を含む高分子と、前記RGD配列を含む高分子に対する相互作用をする高分子と、によって被覆しておき、この接着膜で被覆された被覆細胞を細胞培養容器に収容した後、遠心処理等によって被覆細胞同士を集積させることにより、多層の細胞層から形成される細胞構造体を構築する方法が挙げられる。例えば、当該方法を行うに際し、予め、細胞構造体を構成する全ての細胞を混合した細胞混合物を調製しておき、この細胞混合物に接着性成分を添加することによって調製された被覆細胞を用いる。これにより、1度の遠心処理によって、構造体全体に脈管網構造が形成されている細胞構造体が構築できる。また、例えば、内皮細胞を被覆した被覆細胞と、繊維芽細胞を被覆した被覆細胞とを、それぞれ別個に調製し、繊維芽細胞の被覆細胞から構成される多層を形成した後、その上に内皮細胞の被覆細胞から形成された1層を積層させ、さらにその上に繊維芽細胞の被覆細胞から形成された多層を積層させる。これにより、厚みのある繊維芽細胞層に挟まれた脈管網構造を備える細胞構造体が構築できる。
【0027】
本実施形態に係る細胞構造体は、下記(a)~(c)の工程を有する方法により構築することもできる。
(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分とを混合して混合物を得る工程と、
(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、
(c)前記工程(b)の後、前記細胞培養容器中の細胞混合物から液体成分を除去し、当該細胞培養容器中に細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程。
【0028】
本発明においては、工程(a)において、細胞を、カチオン性物質を含む緩衝液および細胞外マトリックス成分と混合し、この細胞混合物から細胞集合体を形成することにより、内部に大きな空隙が少ない立体的細胞組織を得ることができる。また、得られた立体的細胞組織は、比較的安定であるため、少なくとも数日間の培養が可能であり、かつ培地交換時にも組織が崩壊し難い。
また、本発明においては、工程(b)において、細胞培養容器内に播種した細胞混合物を当該細胞培養容器内に沈降させることを含み得る。細胞混合物の沈降は、遠心分離等によって積極的に細胞を沈降させてもよいし、自然沈降させてもよい。
【0029】
工程(a)において、細胞をさらに強電解質高分子と混合することが好ましい。細胞をカチオン性物質、強電解質高分子および細胞外マトリックス成分と混合することにより、工程(b)において遠心分離等の細胞を積極的に集合させる処理を要することなく、自然沈降させた場合であっても、空隙が少なく厚みのある立体的細胞組織が得られる。
【0030】
前記カチオン性緩衝液としては、例えば、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス-緩衝液、又はHEPES等が挙げられる。当該カチオン性緩衝液中のカチオン性物質(例えば、トリス-塩酸緩衝液におけるトリス)の濃度及びpHは、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中のカチオン性物質の濃度は、10~100mMとすることができ、40~70mMであることが好ましく、50mMであることがより好ましい。また、当該カチオン性緩衝液のpHは、6.0~8.0とすることができ、6.8~7.8であることが好ましく、7.2~7.6であることがより好ましい。
【0031】
前記強電解質高分子としては、例えば、ヘパリンや、コンドロイチン硫酸(例えば、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸)、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸等のグリコサミノグリカン;デキストラン硫酸や、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、及びポリアクリル酸等、又はこれらの誘導体等が挙げられる。工程(a)において調製される混合物には、強電解質高分子を1種類のみ混合させてもよく、2種類以上を組み合わせて混合させてもよい。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、高分子電解質はグリコサミノグリカンであることが好ましい。また、ヘパリンデキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸、及びデルマタン硫酸の少なくともいずれか1つを用いることが好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質はヘパリンであることがさらに好ましい。前記カチオン性緩衝液に混合する強電解質高分子の量は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中の強電解質高分子の濃度は、0mg/mL超1.0mg/mL未満とすることができ、0.025~0.1mg/mLであることが好ましく、0.05~0.1mg/mLであることがより好ましい。また、本実施形態の一態様としては、前記強電解質を混合せずに前記混合物を調整し、細胞構造体の構築の行うこともできる。
【0032】
前記細胞外マトリックス成分としては、例えば、コラーゲンや、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、プロテオグリカン、又はこれらの改変体若しくはバリアント等が挙げられる。プロテオグリカンには、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカン等が挙げられる。工程(a)において調製される混合物には、細胞外マトリックス成分を1種類のみ混合させてもよく、2種類以上を組み合わせて混合させてもよい。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンを用いることが好ましく、コラーゲンを用いることがより好ましい。前記カチオン性緩衝液に混合する細胞外マトリックス成分の量は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中の細胞外マトリックス成分の濃度は、0mg/mL超1.0mg/mL未満とすることができ、0.025~0.1mg/mLであることが好ましく、0.05~0.1mg/mLであることがより好ましい。
【0033】
前記カチオン性緩衝液に混合する強電解質高分子と細胞外マトリックス成分との配合比は、1:2~2:1である。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、強電解質高分子と細胞外マトリックス成分との配合比が、1:1.5~1.5:1であることが好ましく、1:1であることがより好ましい。
【0034】
工程(a)~(c)を繰り返す、具体的には、工程(c)で得られた細胞構造体の上に、工程(b)として、工程(a)で調製した混合物を播種した後、工程(c)を行うことを繰り返すことにより、充分な厚みの細胞構造体を構築することができる。工程(c)で得られた細胞構造体の上に新たに播種する混合物の細胞組成は、既に構築されている細胞構造体を構成する細胞組成と同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0035】
例えば、まず、工程(a)において細胞としては繊維芽細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器に10層の繊維芽細胞層から形成される細胞構造体を得る。次いで、工程(a)として細胞として血管内皮細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器内の10層の繊維芽細胞層の上に1層の血管内皮細胞層を積層させる。さらに、工程(a)として細胞として繊維芽細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器内の血管内皮細胞層の上に、10層の繊維芽細胞層を積層させる。これにより、繊維芽細胞層10層―血管内皮細胞層1層―繊維芽細胞層10層と細胞種毎に順番に層状に積層された細胞構造体が構築できる。工程(b)において播種される細胞数を調節することにより、工程(c)において積層される細胞層の厚みを調整できる。工程(b)において播種される細胞数が多いほど、工程(c)において積層される細胞層の数が多くなる。また、工程(a)において、繊維芽細胞層20層分の繊維芽細胞と血管内皮細胞層1層分の血管内皮細胞を全て混合した混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行うことにより、21層分の厚みを有し、血管網構造が構造体内部に散在している細胞構造体が構築できる。
【0036】
がん細胞を含む細胞構造体を構築する場合、例えば、細胞としてがん細胞のみを含む混合物を調製し、前述の通りに構築された繊維芽細胞層10層-血管内皮細胞層1層-繊維芽細胞層10層から形成される細胞構造体にさらにがん細胞層を積層させることができる。また、工程(a)において、繊維芽細胞と血管内皮細胞とがん細胞との全てを混合した混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行うことにより、がん細胞と血管網構造との両方が構造体内部にそれぞれ独立して散在している細胞構造体が構築できる。
【0037】
がん細胞の増殖に脈管新生は重要な役割を果たしている。細胞構造体ががん細胞を含む場合、被検化合物が脈管新生阻害活性を有する場合には、脈管新生が阻害される。その結果、当該細胞構造体中のがん細胞の増殖が抑制され、被検化合物非存在下で培養した場合よりもがん細胞数が少なくなる。
【0038】
工程(a)~(c)を繰り返す場合に、工程(c)の後、工程(b)を行う前に、得られた細胞構造体を培養してもよい。培養に用いる培養培地の組成、培養温度、培養時間、培養時の大気組成等の培養条件は、当該細胞構造体を構成する細胞の培養に適した条件で行う。培養培地としては、例えば、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等が挙げられる。
【0039】
工程(a)の後に、(a’-1)得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る工程、および(a’-2)細胞集合体を溶液に懸濁する工程を行い、工程(b)へ進んでも良い。
また、工程(a)の後に、前記工程(b)に代えて、下記工程(b’-1)及び(b’-2)を行ってもよい。本発明及び本願明細書において、「細胞粘稠体」とは、非特許文献2に記載されるようなゲル様の細胞集合体を指す。
(b’-1)工程(a)で得られた混合物を細胞培養容器内に播種した後、混合物から液体成分を除去し細胞粘稠体を得る工程と、
(b’-2)細胞培養容器内に細胞粘稠体を溶媒に懸濁する工程。
上述の工程(a)~(c)を実施することで所望の組織体を得ることができるが、工程(a)の後に(a’-1)および(a’-2)を実施し、工程(b)を実施することで、より均質な組織体を得ることができる。
【0040】
細胞懸濁液を調製するための溶媒としては、細胞に対する毒性がなく、増殖性や機能を損なわないものであれば特に限定されるものではなく、水、緩衝液、細胞の培養培地等を用いることができる。当該緩衝液としては、例えば、リン酸生理食塩水(PBS)、HEPES、Hanks緩衝液等が挙げられる。培養培地としては、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等が挙げられる。
【0041】
前記工程(c)に代えて、下記工程(c’)を行ってもよい。
(c’)播種した混合物から液体成分を除去し、基材上に細胞の層を形成する工程。
【0042】
工程(c)及び(c’)における液体成分の除去処理の方法は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されず、液体成分と固体成分の懸濁物から液体成分を除去する方法として当業者に公知の手法により適宜行うことができる。当該手法としては、例えば、遠心分離処理、磁性分離処理、またはろ過処理等が挙げられる。
例えば、細胞培養容器としてセルカルチャーインサートを用いた場合には、混合物を播種したセルカルチャーインサートを、10℃、400×gで1分間の遠心分離処理に供することによって、液体成分を除去することができる。
【0043】
<被検化合物>
本実施形態に係る評価方法において、評価対象となる被検化合物は、脈管新生阻害活性を有することが期待される化合物であればよく、既知の脈管新生阻害剤であってもよく、新規な脈管新生阻害剤の候補化合物であってもよい。既知の脈管新生阻害剤としては、Avastin、EYLEA、Suchibaga、CYRAMZA(登録商標)(Eli Lilly社製、別名ラムシルマブ)、BMS-275291(Bristol-Myers社製)、Celecoxib(Pharmacia/Pfizer社製)、EMD121974(Merck社製)、Endostatin(EntreMed社製)、Erbitaux(ImCloneSystems社製)、Interferon-α(Roche社製)、LY317615(Eli Lilly社製)、Neovastat(Aeterna Laboratories社製)、PTK787(Abbott社製)、SU6688(Sugen社製)、Thalidomide(Celgene社製)、VEGF-Trap(Regeneron社製)、Iressa(登録商標)(Astrazeneca社製、別名ゲフィチニブ)、Caplerusa(登録商標)(Astrazeneca社製、別名パンデタニブ)、Recentin(登録商標)(Astrazeneca社製、別名セディラニブ)VGX―100(Circadian Technologies社製)、VD1andcVE199、VGX-300(Circadian Technologies社製)、sVEGFR2、hF4-3C5、Nexavar(登録商標)(Bayer Yakuhin社製、別名ソラフェニブ)、Vortrient(登録商標)(GlaxoSmithKline社製、別名パゾパニブ)、Sutent(登録商標)(Pfizer社製、別名スニチニブ)、Inlyta(登録商標)(Pfizer社製、別名アキシチニブ)、CEP-11981(Teva Pharmaceutical Industries社製)、AMG-386(Takeda Yakuhin社製、別名トレバナニブ)、anti-NRP2B(Genentech社製)、Ofev(登録商標)(boehringer-ingelheim社製、別名ニンタテニブ)、AMG706(Takeda Yakuhin社製、別名モテサニブ)等が挙げられる。
【0044】
<培養工程>
本実施形態に係る評価方法では、まず、培養工程として、脈管網構造を備える細胞構造体を、被検化合物の存在下で培養する。具体的には、被検化合物を混合した培養培地中で、細胞構造体を培養する。培養培地に混合する被検化合物の量は、細胞構造体を構成する細胞の種類や数、培養培地の種類、培養温度、培養時間等の培養条件を考慮して実験的に決定することができる。培養時間は、特に限定されるものではなく、例えば、24~96時間とすることができ、48~96時間であることが好ましく、48~72時間であることがより好ましい。また、培養環境を著しく変化させない限度において、必要に応じて還流等の流体力学的な付加を加えてもよい。
【0045】
<評価工程>
前記培養工程後の細胞構造体中の脈管の状態を指標として、前記被検化合物が、脈管新生阻害活性を有するか否かを評価する。具体的には、被検化合物の非存在下で培養した場合と比較して、被検化合物存在下で培養した場合に、細胞構造体中の脈管を構成する細胞数が少ない場合、又は細胞構造体中の脈管網構造が損傷を受けている場合に、当該被検化合物が脈管新生阻害活性を有すると評価する。一方で、被検化合物存在下で培養した場合に、被検化合物非存在下での培養と同様に脈管新生が生じていた場合、すなわち、脈管を構成する細胞数の減少が確認されない場合や、脈管網構造に損傷が確認されない場合には、当該被検化合物は脈管新生阻害活性を有さないと評価できる。
【0046】
脈管新生の有無や脈管網構造の損傷の有無は、例えば、脈管を構成する細胞をその他の細胞と区別するように標識し、当該標識からのシグナルを指標として調べることができる。例えば、脈管を構成する細胞を蛍光標識することにより、細胞構造体中の脈管を直接観察することができる。また、画像解析技術を用いて、被検化合物存在下で培養した細胞構造体の蛍光画像と、被検化合物非存在下で培養した細胞構造体の蛍光画像とを比較し、被検化合物により脈管網構造が損傷を受けたかどうかや、脈管新生が起こったかどうかを調べることができる。なお、脈管を構成する細胞の蛍光標識は、例えば、脈管を構成する細胞の細胞表面に特異的に発現している物質に対する抗体を一次抗体とし、当該一次抗体と特異的に結合する蛍光標識二次抗体を用いる免疫染色法等の公知の手法で行うことができる。
【0047】
脈管を構成する細胞数も同様に、脈管を構成する細胞を標識し、当該標識からのシグナルを指標として調べることができる。例えば、脈管を構成する細胞を蛍光標識した場合には、細胞構造体の蛍光画像における総蛍光強度又は蛍光発光領域面積は、脈管を構成する細胞数に依存する。脈管を構成する細胞数が少ない場合には、総蛍光強度は小さくなり、蛍光発光領域面積は少なくなる。そこで、被検化合物存在下で培養した細胞構造体の蛍光画像と被検化合物非存在下で培養した細胞構造体の蛍光画像とについて、蛍光強度又は蛍光発光領域面積を比較することにより、脈管を構成する細胞数を比較することができる。
その他、脈管を構成する細胞を標識した後の細胞構造体の立体構造を破壊した後、FACS(fluorescence activated cell sorting)等により標識された細胞のみを直接計数することもできる。
【0048】
本実施形態に係る評価方法は、実際の生体内における脈管構造に近い脈管網構造を備える細胞構造体を用いる。そのため、被検化合物の脈管形成に対する作用効果について、信頼性の高い評価を行うことができる。本実施形態に係る評価方法により、脈管新生阻害活性があると評価された被検化合物は、生体内に投与した場合でも有効な脈管新生阻害活性を示すことが期待できる。このため、本実施形態に係る評価方法は、新規な脈管新生阻害剤の評価やスクリーニングに応用することができる。
【0049】
また、がん患者から採取された内皮細胞や繊維芽細胞、がん細胞を用いて形成された細胞構造体を用い、既知の様々な脈管新生阻害剤について本実施形態に係る評価方法により評価することができる。これにより、当該がん患者に実際に投与された場合に有効な脈管新生阻害活性を示すことができる脈管新生阻害剤を選択することができる。
【0050】
本実施形態に係る評価方法に用いられる細胞構造体と当該細胞構造体を収容する細胞培養容器とは、キットを構成することができる。このような脈管新生阻害活性評価用キットを用いることにより、本実施形態に係る評価方法をより簡便に実施することができる。当該キットには、細胞構造体に代えて、細胞構造体を構成する内皮細胞と内皮細胞以外の細胞とを備えることもできる。
【0051】
当該キットは、さらに、当該評価方法において用いられるその他の物質を備えることもできる。当該その他の物質としては、例えば、細胞構造体の培養培地、内皮細胞により形成される脈管細胞を標識するための標識物質、細胞構造体を構築する際に使用する物質(例えば、カチオン性緩衝液、強電解質高分子、細胞外マトリックス成分等)などが挙げられる。
【実施例0052】
以下、実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0053】
[実施例1]脈管構造を有する細胞構造体の作製
繊維芽細胞と血管内皮細胞から形成され、血管網構造を備える細胞構造体を作製し、血管網構造を観察した。
血管網構造を含む細胞構造体としては、ヒト新生児由来皮膚線維芽細胞(Lonza社製、CC-2509、Normal Human Dermal Fibroblasts:NHDF)、ヒト臍帯静脈内皮細胞(Lonza社製、CC-2517A、Human Umbilical Vein Endothelial Cell:HUVEC)の2種の2種類の細胞から形成された細胞構造体を用いた。また、細胞培養容器としては、トランズウェルセルカルチャーインサート(Corning社製、製品番号:#3470)を用い、培養培地としては、10容量%ウシ血清(System Biosciences社製、EXO-FBS-50A-1)及び1容量%ペニシリン/ストレプトマイシン(和光純薬社製、製品番号:168-23191)含有D-MEM(和光純薬社製、製品番号:043-30085)を用いた。評価対象となる血管新生阻害剤はベバシズマブ(R&D Systems社製、製品番号:MAB293)を用いた。
【0054】
<細胞構造体の構築>
まず、2×106個のNHDFとNHDF細胞数の0.05、0.1、0.25、0.5、1.0、1.5、5.0%のHUVECを、ヘパリンとコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.1mg/mL ヘパリン、0.1mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁し、細胞懸濁液を調製した(NHDF数に対するHUVEC 数の割合:5%)(工程(a))。この細胞懸濁液を、室温、400×gで1分間、遠心処理し、上清を取り除いた後、適量の培養培地で再懸濁した(工程(a’-1)(a’-2))。次いで、この細胞懸濁液を、トランズウェルセルカルチャーインサート内に播種した後(工程(b))、当該トランズウェルセルカルチャーインサートを室温、400×gで1分間、遠心処理した。その後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに、適量の培養培地を追加した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて96時間培養した(工程(c))。
【0055】
<血管を構成する細胞の蛍光標識及び評価>
培養後の細胞構造体に対して、anti-CD31抗体(DAKO社製、製品番号:JC70A M082329)と二次抗体(Invitrogen社製、製品番号:A-11001)を用いた蛍光免疫染色を行い、当該構造体中の血管を緑色蛍光標識した。この蛍光標識された細胞構造体を直接観察して血管網形成有無を確認した。
【0056】
【0057】
表1よりNHDF数の0.05%のHUVECを含有する場合を除いた全ての条件で血管網構造の形成を確認できた。
【0058】
[実施例2]
繊維芽細胞と血管内皮細胞とから形成され、血管網構造を備える細胞構造体を用い、血管新生阻害剤ベバシズマブの血管新生阻害活性を評価した。
血管網構造を含む細胞構造体の構成細胞としては、ヒト新生児由来皮膚線維芽細胞(Normal Human Dermal Fibroblasts:NHDF)(Lonza社製、製品番号:CC-2509)、ヒト臍帯静脈内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cell:HUVEC)(Lonza社製、製品番号:CC-2517A)の2種類を用いた。細胞培養容器としては、トランズウェルセルカルチャーインサート(Corning社製、製品番号:#3470)を用いた。培養培地としては、10容量%ウシ血清(Corning社製、製品番号:#35-010-CV)及び1容量%ペニシリン/ストレプトマイシン(和光純薬社製、製品番号:168-23191)含有D-MEM(和光純薬社製、製品番号:043-30085)を用いた。評価対象となる血管新生阻害剤は、ベバシズマブ(R&D Systems社製、製品番号:MAB293)を用いた。
【0059】
<細胞構造体の構築>
まず、2×106個のNHDFと3×104個のHUVECとを、ヘパリン及びコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.1mg/mL ヘパリン、0.1mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁し、細胞懸濁液を調製した(工程(a))。この細胞懸濁液を、室温、400×gで1分間、遠心処理し、上清を取り除いた後、適量の培養培地で再懸濁した(工程(a’-1)(a’-2))。次いで、この細胞懸濁液を、トランズウェルセルカルチャーインサート内に播種した後(工程(b))、当該トランズウェルセルカルチャーインサートを室温、400×gで1分間、遠心処理し、液体成分を除去した。その後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに、適量の培養培地を追加した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて24時間培養した(工程(c))。培養終了後、血管網構造を備えた細胞構造体(NHDF(20層分)とHUVEC(1層分)との混合層(21層))が得られた。
【0060】
<ベバシズマブ存在下での培養>
得られた細胞構造体を、トランズウェルセルカルチャーインサートの1ウェル当たりのベバシズマブ添加量が0、1、又は2μgである培養培地中で、37℃、5%CO2にて72時間培養した。
【0061】
<血管を構成する細胞の蛍光標識及び評価>
培養後の細胞構造体に対して、anti-CD31抗体(DAKO社製、製品番号:JC70A M082329)と二次抗体(Invitrogen社製、製品番号:A-11001)を用いた蛍光免疫染色を行い、当該構造体中の血管を緑色蛍光標識した。この蛍光標識された細胞構造体を直接観察し、さらに撮像した蛍光画像に対して画像解析を行い、当該蛍光画像における蛍光発光領域の占有面積を計測した。血管を構成する細胞が多いほど、蛍光発光領域の占有面積は大きくなる。各濃度について、繰り返し3回ずつ測定した。測定結果を表2に示す。
【0062】
【0063】
直接観察の結果、ベバシズマブ終濃度0μg/ウェルに対して、終濃度1μg/ウェル、2μg/ウェルの方が、血管網形成が有意に阻害されていることがわかった(図示せず。)。また、蛍光発光領域の占有面積についても、終濃度0μg/ウェルでは158.0×105μm2であったのに対して、終濃度1μg/ウェルでは106.6×105μm2、終濃度2μg/ウェルでは47.5×105μm2であり、ベバシズマブ添加により蛍光発光領域の占有面積は顕著に減少していた。これらの結果から、ベバシズマブは血管新生阻害作用を有すると評価された。ベバシズマブは既知の血管新生阻害剤であることから、本発明に係る評価方法により、被検化合物の血管新生阻害作用を評価できることが確認できた。
【0064】
[実施例3]
繊維芽細胞、血管内皮細胞、及びがん細胞から形成され、血管網構造を備える細胞構造体を用い、血管新生阻害剤ベバシズマブの血管新生阻害活性を評価した。
血管網構造を含む細胞構造体の構成細胞としては、実施例2で用いたNHDFとHUVECとに加えて、ヒト結腸直腸腺がん細胞株であるHT29(ATCC番号:HTB-38TM)の3種類を用い、細胞培養容器、培養培地、及びベバシズマブは実施例2で使用した物と同じものを用いた。
【0065】
<細胞構造体の構築>
細胞懸濁液として、2×106個のNHDF及び3×104個のHUVECのみを含む懸濁液に代えて、2×106個のNHDFと3×104個のHUVECと2×104個のがん細胞とを含む懸濁液を用いたこと以外は、実施例2と同様にして血管網構造を備えた細胞構造体を得た。HUVEC細胞は、予め、蛍光標識(SIGMA社製、製品番号PKH26GL)しておいたものを用いた。
【0066】
<ベバシズマブ存在下での培養>
得られた細胞構造体を、トランズウェルセルカルチャーインサートの1ウェル当たりのベバシズマブ添加量が0、1、又は2μgである培養培地中で、37℃、5%CO2にて72時間培養した。
【0067】
<細胞構造体の分散>
次に、当該トランズウェルセルカルチャーインサートにトリス緩衝溶液(50mM,pH7.4)を適量添加し、その後、液体成分を除去した。この一連の工程を繰り返し3回実施した。次いで、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに0.25%トリプシン‐EDTA溶液(Invitrogen社製、)を300μL添加し、CO2インキュベータ(37℃,5%CO2)で15分間インキュベートした。その後、溶液全量を回収し、あらかじめ0.25%トリプシン‐EDTA溶液(Invitrogen社製、)が300μL添加された回収用1.5mLチューブに移した。次いで、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに0.25%トリプシン‐EDTA溶液(Invitrogen社製、)を100μL添加し、回収用1.5mLチューブと共にCO2インキュベータ(37℃,5%CO2)で5分間インキュベートした。その後、溶液全量を回収し、回収用1.5mLチューブに移し、更に0.25%トリプシン‐EDTA溶液(Invitrogen社製、)を300μL添加し、CO2インキュベータ(37℃,5%CO2)で5分間インキュベートし、細胞構造体分散液を得た。
【0068】
<生細胞数解析及び評価>
得られた細胞構造体の分散液をトリパンブルー溶液に浸漬させてトリパンブルー染色した後、蛍光を発しておりかつトリパンブルー染色されていない細胞を、生きているHUVECとして計数した。細胞の計数は、セルカウンター「CountessII」(ライフテクノロジーズ社製)の蛍光モードを使用して行った。HUVECの生細胞数の計数結果と、算出した生存率(ベバシズマブ0μgの生細胞数を100%とした場合の生細胞数の割合)(%)を表3に示す。
【0069】
【0070】
血管新生が阻害されていないベバシズマブ終濃度0μg/ウェルに対して、実施例2において血管新生の阻害が確認されている終濃度1μg/ウェル、2μg/ウェルの方が、HUVECの生細胞数は顕著に少なくなっており、ベバシズマブ添加により、HUVECの生存率が低下すること、が確認された。ベバシズマブによる血管新生阻害効果が高いウェルほど、HUVECの生存率が低いことから、HUVECの生存率からも、被検化合物の血管新生阻害作用の有無を評価できるといえる。
【0071】
[実施例4]肺由来の間質細胞で構成された細胞構造体を用いた場合
繊維芽細胞と血管内皮細胞から形成され、血管網構造を備える細胞構造体を用い、血管新生阻害剤ベバシズマブで評価した。
血管網構造を含む細胞構造体としては、ヒト肺線維芽細胞(Normal Human Pulomonary Fibroblasts:NHPF)(Promocell社製、製品番号:C-12360)、及びヒト肺微小血管内皮細胞(Human Dermal Microvascular Endothelial Cell:HMVEC-L)(Lonza社製、製品番号:CC-2527)の2種類の細胞から形成された細胞構造体を用いた。また、細胞培養容器としては、トランズウェルセルカルチャーインサート(Corning社製、製品番号:#3470)を用い、培養培地としては、10容量%ウシ血清(System Biosciences社製、EXO-FBS-50A-1)及び1容量%ペニシリン/ストレプトマイシン(和光純薬社製、製品番号:168-23191)含有D-MEM(和光純薬社製、製品番号:043-30085)を用いた。評価対象となる血管新生阻害剤はベバシズマブ(R&D Systems社製、製品番号:MAB293)を用いた。
【0072】
<細胞構造体の構築>
まず、2×106個のNHPF及び1×105個のHMVEC―Lを、ヘパリン及びコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.1mg/mL ヘパリン、0.1mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁し、細胞懸濁液を調製した(NHPF数に対するHMVEC―L数の割合:5%)(工程(a))。この細胞懸濁液を、室温、400×gで1分間、遠心処理し、上清を取り除いた後、適量の培養培地で再懸濁した(工程(a’-1)(a’-2))。次いで、この細胞懸濁液を、トランズウェルセルカルチャーインサート内に播種した後(工程(b))、当該トランズウェルセルカルチャーインサートを室温、400×gで1分間、遠心処理した。その後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに、適量の培養培地を追加した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて24時間培養した(工程(c))。
【0073】
<ベバシズマブ存在下での培養>
得られた細胞構造体を、トランズウェルセルカルチャーインサートの1ウェル当たりのベバシズマブ添加量が0、1、又は2μgである培養培地中で、37℃、5%CO2にて144時間培養した。
【0074】
<血管を構成する細胞の蛍光標識及び評価>
培養後の細胞構造体に対して、anti-CD31抗体(DAKO社製、製品番号:JC70A M082329)及び二次抗体(Invitrogen社製、製品番号:A-11001)を用いた蛍光免疫染色を行い、当該構造体中の血管を緑色蛍光標識した。この蛍光標識された細胞構造体を直接観察し、さらに撮像した蛍光画像に対して画像解析を行い、当該蛍光画像における蛍光発光領域の占有面積を計測した。結果を表4に示す。血管を構成する細胞が多いほど、蛍光発光領域の占有面積は大きくなる。各濃度について、繰り返し3回ずつ測定した。
【0075】
【0076】
この結果、終濃度0μg/ウェルでは252×105μm2であったのに対して、終濃度1μg/ウェルでは178×105μm2、終濃度2μg/ウェルでは131×105μm2であり、ベバシズマブ添加により蛍光発光領域の占有面積は顕著に減少していた。これらの結果から、肺由来の線維芽細胞、血管内皮細胞を用いた場合でもベバシズマブは血管新生阻害作用を有すると評価された。