(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022106159
(43)【公開日】2022-07-19
(54)【発明の名称】メタノール低生成性の改質麹、及びこれを用いる醸造食品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/14 20060101AFI20220711BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20220711BHJP
C12G 3/022 20190101ALN20220711BHJP
【FI】
C12N1/14 101
A23L5/00 J
C12N1/14 A
C12G3/022
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021000952
(22)【出願日】2021-01-06
(71)【出願人】
【識別番号】391011700
【氏名又は名称】宮崎県
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水谷 政美
(72)【発明者】
【氏名】山本 英樹
(72)【発明者】
【氏名】祝園 秀樹
【テーマコード(参考)】
4B035
4B065
4B115
【Fターム(参考)】
4B035LC09
4B035LG34
4B035LG50
4B035LP42
4B065AA60X
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA30
4B065BC32
4B065CA42
4B115AG02
(57)【要約】
【課題】メタノール低生成性の改質麹、及びその製造方法を提供することを課題とする。また、当該改質麹を用いた醸造食品の製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】含水させた固体麹を60℃以上の温度条件下で加熱処理する工程を有する、改質麹の製造方法。当該製造方法で得られる、固体形状を有するメタノール低生成性の改質麹。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
含水させた固体麹を60℃以上の温度条件下で加熱処理する工程を有する、改質麹の製造方法。
【請求項2】
前記麹の含水率が35~50質量%、加熱処理温度が60~80℃である、請求項1に記載する製造方法。
【請求項3】
前記麹が白麹、黒麹、及び黄麹からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載する製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載される製造方法で得られる、固体形状を有するメタノール低生成性の改質麹。
【請求項5】
醸造食品製造用麹である、請求項4に記載する改質麹。
【請求項6】
請求項4又は5に記載する改質麹を用いる、醸造食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタノール低生成性の改質麹、及びその製造方法に関する。また本発明は、当該改質麹を用いた醸造食品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
焼酎、酒、味噌、醤油及び甘酒は麹を用いた日本の伝統的な発酵食品である。これらの製造には、麹が用いられる。発酵工程で、麹由来の酵素によって糖やアミノ酸が生成し、それが発酵食品の味や色、香りの醸成に重要な役割を担うことが知られている。
【0003】
以前より、優良麹菌が開発提供されてきているものの、ペクチンを含む発酵原材料では、麹由来の酵素(ペクチンメチルエステラーゼ)の作用により、ペクチンから毒性を有するメタノールが生成し、発酵食品に残留することが問題となっている。そのため、日本では、酒類に含まれるメタノール量が制限されており、食品衛生法で1,000mg/l未満と定められている。また、海外でも規制値を定めているところもあり、特に中国の規制値は、日本よりも厳しいため、酒類を日本から輸出する際の障壁となっている。このため、メタノール生成能が低い安全性の高い麹が求められている。また、消費者の嗜好の多様化に伴い、醸造食品についても香味の多様化が求められている。
【0004】
なお、麹の改質方法に関する先行文献の例示として、下記の特許文献1及び非特許文献1~2等を挙げることができる。
特許文献1には、麹を100~350℃の範囲で0.1~数時間加熱処理することが記載されており、こうして処理した麹を蒸留酒や清酒の原料の一部に用いることで、HDMF(4-ヒドロキシ-2,5ジメチル-3(2H)-フラノン)が増量され、香味良好で風味に優れたアルコール飲料が得られることが記載されている。
非特許文献1には、米麹を40℃で2時間乾燥させた後に80、90、又は100℃で1~3時間加熱処理することが記載されており、こうして処理することで、麹菌が産生するタンパク質分解酵素の一つである酸性カルボキシペプチダーゼの単位重量あたりの酵素活性を大きく低下させることなく、一般生菌数が顕著に低減した麹が得られることが記載されている。
非特許文献2には、麹の加熱処理として、芋焼酎の発酵工程の一次仕込みにおいて、麹と水を混合した後、30~60℃で10分間加熱処理を行うことが記載されており、当該加熱処理して得られた一次もろみを芋焼酎の発酵に使用することで、エタノールの生成量及び香気成分の生成量に影響を及ぼすことなく、メタノールの生成が低減できることが記載されている。しかし、当該方法は、焼酎製造において、加熱・冷却に時間やエネルギーを要するとともに温度制御が困難であること、また加熱処理した麹は粥状で元の固体形状を保持していないため取り扱い性が低く、また保存性が悪い等の課題があり、実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「麹菌を利用した大豆発酵食品の開発」、山形県工業技術センター報告No49(2017)
【非特許文献2】「焼酎の酒質向上に関する研究」、水谷政美、宮崎県工業技術センター・宮崎県食品開発センター研究報告No52(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、メタノール低生成性の改質麹、及びその製造方法を提供することを課題とする。また本発明は、当該改質麹を用いた醸造食品の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、かかる課題を解決するため、検討を重ねたところ、麹に、元の形態を維持した状態、つまり固体状態で水を含ませ、これを60℃以上の温度条件下で加熱処理することで、ペクチンを含む発酵原材料からメタノールを生成する能力が低い改質麹(メタノール低生成性の改質麹)が得られること見出した。また当該改質麹は、改質前のエタノール生成能を維持していることが確認された。さらに、前記の加熱処理によれば、麹が生成する香気成分の割合を変化させることができ、醸造物に良好な香味を付与することができることを見出した。またさらに、当該方法で得られる改質麹は、元の固体形態を維持しており、しかもその後乾燥処理しても前記の特性を維持していることから、取り扱い性に優れていることを確認した。
【0009】
本発明はこれらの知見に基づいて完成したものであり、下記の実施形態を有する。
(I)改質麹の製造方法
(I-1)含水させた固体麹を60℃以上の温度条件下で加熱処理する工程を有する、改質麹の製造方法。
(I-2)前記麹の含水率が35~50質量%、好ましくは40~45質量%;加熱処理温度が60~80℃、好ましくは65~70℃である、(I-1)に記載する製造方法。
(I-3)前記加熱処理工程後に、乾燥処理工程を有する、(I-1)又は(I-2)に記載する製造方法。
(I-4)前記麹が白麹、黒麹、及び黄麹からなる群より選択される少なくとも1種である、(I-1)~(I-3)のいずれかに記載する製造方法。
【0010】
(II)改質麹
(II-1)前記(I-1)~(I-4)のいずれか1項に記載される製造方法で得られる、固体形状を有するメタノール低生成性の改質麹。
(II-2)醸造食品製造用麹である、(II-1)に記載する改質麹。
(II-3)前記醸造食品が、ペクチンを含有する原料を用いて製造される食品である(II-1)又は(II-2)に記載する改質麹。
(II-4)前記原料が、ペクチンを含有する芋、野菜、果物、及び種実からなる群より選択される少なくとも1種である(II-1)又は(II-2)に記載する改質麹。
【0011】
(III)醸造食品の製造方法
(III-1)(II-1)~(II-4)のいずれか1項に記載する改質麹を用いる、醸造食品の製造方法。
(III-2)前記醸造食品がペクチンを含有する原料を用いて製造される食品である(III-1)に記載する製造方法。
(III-3)前記原料が、ペクチンを含有する芋、野菜、果物、及び種実からなる群より選択される少なくとも1種である(III-1)又は(III-2)に記載する製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法により、エタノールの生成能を妨げることなく、ペクチンを含む原料からメタノールを生成する能力が低い改質麹(メタノール低生成性の改質麹)を製造し、提供することができる。また本発明の方法によれば、発酵工程で生成する香気成分の割合を変化させる改質麹を調製することができ、醸造物に応じて良好な香味を付与することができる。またさらに、本発明の方法で得られる改質麹は、元の固体形態を維持しており、しかもその後乾燥処理しても前記の特性を維持していることから、取り扱い性に優れている。
このように本発明が提供する改質麹は、麹の形状を維持し従来と同じ取り扱いができ、メタノール生成の低減化や香気成分の多様化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】甘藷(コガネセンガン)を用いて、改質麹(白麹、黄麹)及び非改質麹(白麹、黄麹)を用いて芋焼酎を製造し、発酵熟成もろみ中のメタノール含量(mg/l)を測定した結果を示す(実験例5)。
【
図2】甘藷としてアケムラサキを用いた上記結果を示す(実験例5)。
【
図3】甘藷としてタマアカネを用いた上記結果を示す(実験例5)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の改質麹の製造方法は、含水させた固体麹を60℃以上の温度条件下で加熱処理する工程を有することを特徴とする。
本発明が対象とする固体麹は、醸造食品の製造に使用される麹であり、醸造食品の製造に通常使用される麹菌から調製された種麹を、固体状のタンパク質及び/又は炭水化物原料に接種して、通常の方法によって製麹して得られるものである。
【0015】
麹菌としては、前述するように醸造食品の製造に通常使用される菌類であればよく、例えばアスペルギルス・ルチェンシス(Aspergillus luchensis)、アスペルギルス・オリゼ(A.oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(A.sojae)、アスペルギルス・カワチ(A.kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(A.awamori)等のアスペルギルス属;モナスカス・プルプレウス(Monascus purpureus)等のモナスカス属;リゾプス(Rhizopus)属の菌類を挙げることができる。なかでも好ましくは、アスペルギルス属の麹菌であり、黒麹菌、白麹菌、及び黄麹菌は、当該アスペルギルス属の麹菌に含まれる。より好ましくは、制限されないものの、アスペルギルス・ルチェンシス(白麹菌)、及びアスペルギルス・オリゼ(黄麹菌)である。
【0016】
製麹に使用される固体状のタンパク質及び/又は炭水化物原料としては、米、小麦、大麦、コーンなどの穀類;大豆、エンドウ豆、空豆などの豆類;各種魚介類などを挙げることができ、これらは目的とする醸造食品の種類に応じて、定法に従って選択使用することができる。制限されないものの、例えば、焼酎の製造には、タンパク質及び/又は炭水化物原料として、定法に従って蒸煮した米が用いられる。製麹も、製造する醸造食品の種類に応じて、定法に従って行うことができる。
【0017】
本発明は、かかる製麹により得られる固体麹を、その固体形状を維持した状態でメタノール低生成能を有するように改質する方法であり、当該方法は、前記固体麹を含水させた状態で60℃以上の温度条件下で加熱処理する工程を含む。以下、便宜上、麹をメタノール低生成能を有するように改質することを「低MeOH化」と略称する。
麹の改質処理は、麹を、含水率30~50質量%の状態に調整し、この状態で60℃以上、好ましくは60~80℃の温度条件で加熱することで行うことができる。
【0018】
含水率が30質量%よりも著しく低い場合は十分な低MeOH化効果が得られない。一方、含水率が50質量%よりも著しく高い場合は、低MeOH化効果は得られるものの、糊化が進行して固体麹が半液状~液状になり、取り扱い性が低下する。含水率として好ましくは35~50質量%、より好ましくは40~48質量%、特に好ましくは40~45質量%である。
なお、固体麹の含水率は、乾燥減量法を用いて測定することができる。具体的には、固体麹5gを104℃の恒温槽(常圧)にいれて2時間加熱乾燥し、2時間後に測定した減量(乾燥質量)から、乾燥前の固体麹に含まれる含水率を求めることができる。
【0019】
加熱温度は、60℃よりも著しく低い場合は、十分な低MeOH化効果が得られないか、加熱処理に長時間要する。一方、加熱温度が80℃よりも著しく高い場合は、低MeOH化効果は得られるものの、麹に含まれる酵素が失活し麹としての機能を失う。このため、エタノール生成能が低下する。加熱温度として好ましくは65~80℃、より好ましくは65~75℃、特に好ましくは65~70℃である。
【0020】
固体麹の処理時間は、固体形状を維持し、エタノール生成能に著しく悪影響を及ぼすことなく、メタノール低生成能を有するように、麹を改質する時間であればよい。制限されないものの、前記の条件で0.5時間以上、好ましくは0.5~4時間の範囲を例示することができる。例えば、75℃以下の加熱温度を採用する場合1~4時間の範囲で加熱することが好ましく、75℃より高い加熱温度を採用する場合は0.5時間以内で加熱することが好ましい。
【0021】
このように固体麹を、含水率を調整した状態で加熱処理することで、固体麹をもとの固体形状を維持した状態で、メタノール低生成能を有するように改質することができる(低MeOH化)。ここでメタノール生成能とは、ペクチンを原料としてそれからメタノールを生成する能力・特性を意味し、メタノール低生成能(メタノール低生成性)とは、その能力・特性が低いことを意味する。本発明の方法で製造される改質麹は、改質前の麹と比較して、メタノール生成能が低いことを特徴とする。改質麹のメタノール生成能の評価は、ペクチンを含有する原料を発酵して、生成するメタノール含量を改質前の麹のそれと比較することで実施することができる。例えば、ペクチンを含有する原料として甘藷を用いた例を、後述する実験例に記載する。
【0022】
なお、ペクチンを含有する原料は甘藷に限られず、ペクチンを含有する可食性のものであればよい。例えばペクチンを含有する芋(例えば、ジャガイモ、甘藷)、野菜(例えば、南瓜、人参、パプリカ、なすび、大根、キャベツ等)、果物(例えば、林檎、柑橘類、アボガド、イチジク、カリン、バナナ、柿、イチゴ、キーウイ、マンゴ、パパイア、梅、梨、プラム、桃、ぶどう、スイカ等)、及び種実(例えば、クルミ、落花生、栗)などを例示することができる。
【0023】
また本発明の方法で製造される改質麹は、エタノール生成能を維持しており、改質前の麹とほぼ同等であることを特徴とする。改質麹のメタノール生成能の評価は、ペクチンを含有する原料を発酵して、生成するエタノール含量を改質前の麹のそれと比較することで実施することができる。例えば、ペクチンを含有する原料として甘藷を用いた例を、後述する実験例に記載する。
【0024】
本発明の改質麹は、乾燥処理してもその特性を維持しているため、乾燥麹として利用することができる。本発明の改質麹は、そのままの状態または乾燥させた状態で、食用に供する原材料を加え、発酵食品(醸造食品)の製造に使用することができる。
醸造食品としては、特に限定されず、例えば焼酎(焼酎甲類、焼酎乙類、焼酎甲類・乙類混和)、スピリッツ、甘酒、蒸留酒類、果汁含有アルコール飲料等を挙げることができる。前記焼酎には、芋焼酎、米焼酎、麦焼酎、そば焼酎、黒糖焼酎、泡盛が含まれる。好ましくはペクチンを含有する原料を用いて製造される醸造食品である。こうした醸造食品には、制限されないものの、例えば、芋焼酎、じゃがいも焼酎、栗焼酎、かぼちゃ焼酎、にんじん焼酎、フルーツスピリッツ、フルーツ味噌、及びフルーツ甘酒などが、制限なく含まれる。これらの醸造食品は、従来の固体麹に代えて、本発明の改質麹を用いる以外は、醸造食品の種類に応じて、定法に従って製造することができる。
【実施例0025】
以下、本発明を、実験例を例に挙げて説明する。但し、本発明は下記の実験例に限定されるものではない。なお、下記の記載において、特に言及しない限り、「%」は質量%を意味する。また、実験例は、記載しない限り、室温、大気圧条件下で行った。また、下記実験例において、麹の含水率(%)は、麹を104℃で2時間乾燥処理した前後の質量を測定し、減少した質量(乾燥減量)を麹の含水量とみなして計算した。
【0026】
下記の実験例では、種麹として下記の焼酎用白麹(Aspergillus luchuensis)、及び日本酒用黄麹(Aspergillus oryzae)を使用した。
・L型白麹:河内源一郎商店より入手
・白麹:河内源一郎商店より入手。以下、「河内白麹」と称する。
・黄麹:ひかみ吟醸A.oryzae((株)樋口松之助商店より入手)
【0027】
実験例1 L型白麹を用いた改質麹の評価(1)
種麹としてL型白麹を用い、これを蒸米に接種して常法に従い製麹して、米麹(含水率32.1%)を得た。
得られた米麹の水分含量を、加水又は40℃の通風乾燥にて含水率が15%~55%になるように調整し、密封できるポリエチレン製袋内に入れてこの水分含量を維持した状態で、2時間放置後、60℃で3時間、送風恒温器で加熱処理した(改質処理)。得られた改質麹、また水分調整及び加熱処理のいずれも行わなかった麹(対照麹)を用いて焼酎製造を行った。
【0028】
焼酎製造に際して、一次もろみは、改質麹または対照麹10gに、5mlの水と0.2mlの焼酎酵母(宮崎酵母:Saccharomyces cerevisiae)を添加し、28℃で4日間発酵させた。その後、40mlの水と50gの甘藷(コガネセンガン)を加え、28℃で7日間発酵させた。なお、甘藷は、予め蒸煮(蒸煮時間50分)して、試料間のバラツキをなくすために、1cm幅に輪切り後、さらに8~12等分、扇状に細断したものを使用した。
【0029】
得られた発酵熟成もろみを、ろ紙(No.2)でろ過した後、0.45μmのメンブランフィルターでろ過し、2倍希釈した後、ガスクロマトグラフ(アジレント・テクノロジー(株)製HP6890、カラムDB-WAX(φ0.53mm×30m)、検出器(FID))を用いて、当該もろみ中のメタノール及びエタノールを分析定量した。
【0030】
結果を表1に示す。結果は3検体の平均値である。なお、表1中、メタノール含量は、発酵熟成もろみ中に含まれる濃度(mg/l)を、エタノール含量は発酵熟成もろみ中に含まれる含有割合(V/V%)を示す。表1には、焼酎製造に使用した際の麹(改質麹、対照麹)の形状、及び得られた発酵熟成もろみの性状を合わせて示す。
【0031】
【0032】
表1に示すように、焼酎製造に、水分調整と加熱処理した改質麹を用いることで、エタノールの生成量に影響を与えることなく、メタノール生成量を有意に低減させることができることが確認された。特に、改質麹として、含水率30%以上の水を含んだ状態で加熱処理した麹を用いることで、メタノール生成量が有意に減少し始め、含水率45%でピークに達し、それ以上含水率を増やしても変わらなかった。しかし、含水率が50%以上になると、麹が糊化し始め、取り扱い性が低下した。このため、メタノール生成能と麹の形状保持の点から、加熱処理する際の麹の含水率は30%以上50%未満、好ましくは45%以下に調整することが好ましいことが確認された。
【0033】
実験例2 L型白麹を用いた改質麹の評価(2)
種麹としてL型白麹を用い、これを蒸米に接種して常法に従い製麹して、米麹(水分32.1%)を得た。
得られた米麹の含水率を40%に調整し、実験例1に記載する方法で、当該含水率を維持した状態で、表2に示すように、50℃~90℃、0.5~4時間加熱処理した後(改質処理)、焼酎製造に供した。焼酎の製造は、実験例1と同様にして行った(宮崎酵母、コガネセンガン[蒸煮]を使用)。なお、改質処理を行わなかった麹を、前記の「改質麹」に対して、「対照麹」として用いた。得られた発酵熟成もろみ中のメタノール及びエタノール、並びに低沸点香気成分(イソアミルアルコール、ノルマルプロピルアルコール)の含量を、実験例1に記載する方法に従って、ガスクロマトグラフを用いて分析定量した。
【0034】
その結果を表2に示す。表2中、メタノール含量は発酵熟成もろみ中に含まれる濃度(mg/l)を、エタノール含量は、対照麹を用いて製造した発酵熟成もろみ中のエタノール含量を100とした相対値を示す。「A/P」は、「イソアミルアルコール/ノルマルプロピルアルコール」の比率を意味する。
【0035】
【0036】
表2に示すように、60℃以上の加熱処理でメタノール生成量の減少が認められた。この効果は、65℃以上の加熱処理、特に65℃以上では1時間以上、70℃以上では0.5時間以上の加熱処理で顕著に認められた。但し、エタノール生成量を損なわないためには60℃以上80℃以下が好ましく、80℃で加熱する場合は加熱時間を0.5時間以内にすることが望ましいことが確認された。また、表2に示すように、麹の加熱温度を65℃以上に高くするにつれて、低沸点香気成分であるノルマルプロピルアルコールに対するイソアミルアルコールの割合(A/P)が増える傾向が認められた。このことから、加熱処理条件を選ぶことにより焼酎の香気(酒質)を変えることができることが確認された。以上のことから、麹を改質するうえで、水分含量に加えて、加熱処理温度と処理時間の選択の有用性が確認できた。
【0037】
実験例3 各種麹を用いた改質麹の評価(1)
種麹として、焼酎用麹(L型白麹、河内白麹)及び日本酒用黄麹を用い、これを蒸米に接種して常法に従い製麹して、各種の米麹(L型白麹、河内白麹、黄麹)を得た。
得られた米麹の含水率を40%に調整し、実験例1に記載する方法で、当該含水率を維持した状態で、65℃条件下で2時間加熱処理した後(改質処理)、焼酎製造に供した。焼酎の製造は、実験例1と同様にして行った(宮崎酵母、コガネセンガン[蒸煮]を使用)。なお、水分調整及び加熱処理を行わなかった各種麹(含水率:L型白麹31.5%、河内白麹27.7%、黄麹27.7%)を、前記の「改質麹」に対して、「対照麹」として用いた。
得られた発酵熟成もろみ中のメタノール及びエタノールの含量を、実験例1に記載する方法に従って、ガスクロマトグラフを用いて分析定量した。
【0038】
その結果を表3に示す。表3中、メタノール含量は発酵熟成もろみ中に含まれる濃度(mg/l)を、エタノール含量は、対照麹を用いて製造した発酵熟成もろみ中のエタノール含量を100とした相対値を示す。
【0039】
【0040】
表3から明らかなように、麹を、含水率40%に調整した状態で、65℃下で2時間加熱処理することで、麹の種類を問わず、エタノール生成量に影響を与えることなく、メタノール生成量を59~70%程度低減することができた。このことから、麹の水分調整下での加熱処理は、麹の種類に関係なく、メタノール生成量を低減させる処理として、言い換えると、麹をメタノール低生成性の麹に改質する処理として有効であることが確認できた。
【0041】
実験例4 加熱処理が異なる原料甘藷を用いた改質麹の評価
焼酎製造に使用する甘藷の加熱処理として、蒸煮(蒸煮時間50分)と電子レンジ(600W、4分)を各々採用し、実験例3と同様に芋焼酎を製造して、改質麹のメタノール及びエタノール生成能を評価した。
【0042】
種麹として、河内白麹、黄麹を用い、これを蒸米に接種して常法に従い製麹して、各種の米麹(河内白麹、黄麹)を得た。得られた米麹10gの含水率を40%に調整し、実験例1に記載する方法で、当該含水率を維持した状態で、65℃下で2時間加熱処理した後(改質処理)、焼酎製造に供した。焼酎の製造は、原料として使用する甘藷の加熱処理に、前記の蒸煮処理と電子レンジ処理を採用する以外は、実験例1と同様にして行った(宮崎酵母、コガネセンガンを使用)。なお、甘藷は、蒸煮処理後または電子レンジ処理前に、1cm幅に輪切りしさらに8~12等分に扇形状に細断したものを使用した。なお、水分調整及び加熱処理を行わなかった各種麹(含水率:河内白麹27.7%、黄麹27.7%)を、前記の「改質麹」に対して、「対照麹」として用いた。得られた発酵熟成もろみ中のメタノール及びエタノールの含量を、実験例1に記載する方法に従って、ガスクロマトグラフを用いて分析定量した。
【0043】
その結果を表4に示す。表4中、メタノール含量は発酵熟成もろみ中に含まれる濃度(mg/l)を、エタノール含量は、対照麹と蒸煮甘藷を用いて製造した発酵熟成もろみ中のエタノール含量を100とした相対値で示す。
【0044】
【0045】
表4から明らかなように、改質処理した麹を使用することで、焼酎製造原料として使用する甘藷の加熱処理方法の別に拘わらず、エタノール生成量に影響することなく、メタノール生成量が顕著に低減できることが認められた。特に、その効果は、甘藷を電子レンジで加熱処理することで高まることが認められた。このことから、水分調整と加熱による麹の改質処理は、焼酎の製造原料として使用する甘藷の加熱方法に関係なく、メタノール生成量を低減させる処理として有効であることが確認できた。
【0046】
実験例5 品種の異なる原料甘藷を用いた改質麹の評価
品種の異なる3種の甘藷(コガネセンガン、アケムラサキ、タマアカネ)を用いて、実験例1と同様の方法で芋焼酎を製造し、発酵熟成もろみ中のメタノール及びエタノール含量を測定して、改質麹のメタノール及びエタノール生成能を評価した。
【0047】
種麹として、河内白麹、及び黄麹を用い、これを蒸米に接種して常法に従い製麹して、各種の米麹(河内白麹、黄麹)を得た。得られた米麹10gの含水率を40%に調整し、実験例1に記載する方法で、当該含水率を維持した状態で、65℃下で2時間加熱処理した後(改質処理)、焼酎製造に供した。焼酎の製造は、実験例1と同様にして行った(宮崎酵母、蒸煮甘藷[蒸煮時間50分]を使用)。なお、水分調整及び加熱処理を行わなかった各種麹(含水率:河内白麹27.7%、黄麹27.7%)を、前記の「改質麹」に対して、「対照麹」として用いた。得られた発酵物(二次もろみ)中のメタノール含量及びエタノール含量をガスクロマトグラフにて測定した。
【0048】
結果を、用いた原料甘藷毎にそれぞれ
図1(コガネセンガン)、
図2(アケムラサキ)、
図3(タマアカネ)に示す。
図1~3から明らかなように、改質麹を使用することで、焼酎製造原料として使用する甘藷の品種の別に拘わらず、エタノール生成量に影響することなく、メタノール生成量を顕著に低減できることが認められた。このことから、水分調整と加熱による麹の改質処理は、焼酎の製造原料として使用する甘藷の品種に関係なく、メタノール生成量を低減させる処理として有効であることが確認できた。
【0049】
実験例6 リンゴを用いたフルーツ麹試作による改質麹の評価
種麹として、河内白麹、及び黄麹を用い、これを蒸米に接種して常法に従い製麹して、各種の米麹(河内白麹、黄麹)を得た。得られた米麹10gの含水率を40%に調整し、実験例1に記載する方法で、当該含水率を維持した状態で、65℃下、2時間加熱処理した後、フルーツ麹試作に供した。
【0050】
フルーツ麹は、前記の水分調整及び加熱処理した麹(改質麹)10g、リンゴ20g、水30mlを混合し、60℃で3時間加熱して作製した。なお、リンゴとして、加熱処理及び非加熱処理したものを使用し、加熱処理は、電子レンジ(600W)にて2分間処理することで実施した。
作製したフルーツ麹をよく撹拌後、ろ紙(No2)でろ過した後、0.45μmのメンブランフィルターでろ過し、2倍希釈して得られた液中のメタノール含量をガスクロマトグラフにて測定した。なお、水分調整及び加熱処理を行わなかった麹(含水率:河内白麹27.7%、黄麹27.7%)を用いて製造したフルーツ麹を、前記の「改質麹」に対して、「対照麹」として用いた。
その結果を表5に示す。
【0051】
【0052】
表5に示すように、改質麹を使用することで原料リンゴの加熱処理の有無に拘わらず、メタノール生成量の減少が認められた。このことから、水分調整と加熱による麹の改質処理は、リンゴ等の果物を用いたフルーツ麹のメタノール生成の抑制にも有効であること、言い換えると、フルーツ麹を、メタノール低生成性のフルーツ麹に改質する処理としても有効であることが確認できた。
【0053】
実験例7 乾燥改質麹の評価
種麹として河内白麹及び黄麹を用いて製麹した米麹(河内白麹、黄麹)を、含水率40%に調整して65℃で2時間加熱処理して改質した。得られた改質麹を、シャーレに広げ、40℃条件下で4時間通風乾燥して、乾燥改質麹(河内白麹、黄麹)を得た。これらの乾燥改質麹を、実験例3に記載する方法と同様に、焼酎製造に供した(宮崎酵母、コガネセンガン[蒸煮]を使用)。なお、水分調整及び加熱処理を行わなかった麹(未改質麹)の乾燥物を、前記の「乾燥改質麹」に対して、「対照麹」として用いた。得られた発酵熟成もろみ中のメタノール及びエタノールの含量、並びに低沸点香気成分(イソアミルアルコール、ノルマルプロピルアルコール)の含量を、実験例1に記載する方法に従って、ガスクロマトグラフを用いて分析定量した。
【0054】
結果を表6に示す。表6中、メタノール含量(mg/l)は発酵熟成もろみ中に含まれる濃度を、エタノール含量は、対照麹を用いて製造した発酵熟成もろみ中のエタノール含量を100とした相対値を示す。「A/P」は、「イソアミルアルコール/ノルマルプロピルアルコール」の比率を意味する。
【0055】
【0056】
表6に示すように、水分調整と加熱処理により改質した麹は、その後乾燥処理した後も、エタノール生成能が低減することなく、メタノール低生成能が維持されていた。また改質麹の低沸点香気成分生成能(ノルマルプロピルアルコールに対してイソアミルアルコールの生成が高まる傾向)も維持していた。この結果から、本発明の改質麹は、乾燥麹として利用できると考えられる。
ペクチンを含む醸造原料に本発明の改質麹を用いることで、エタノールの生成量に悪影響を及ぼすことなく、醸造物中に含まれる有害なメタノールを低減することが可能になる。なお、平成30年度熊本国税局酒類鑑評会に出品された25度のコガネセンガン製芋焼酎の平均メタノール含量は、常圧266mg/l、減圧281mg/lと報告されている(平成30酒造年度焼酎調査書(熊本国税局)、41(2020))。本発明の改質麹を用いることで、前記よりも低いメタノール含量の芋焼酎を製造することが可能になりえる。また、本発明の改質麹によれば、味と香りのよい醸造物を安定して製造することができる。つまり、当該改質麹により醸造することで、メタノール量の低減化による安全性向上と輸出拡大、さらには品質向上に繋げることができる。