(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022106330
(43)【公開日】2022-07-20
(54)【発明の名称】生理学的モデルによるヒト血漿中濃度推移の予測のためのコンピュータプログラム及びシミュレーション装置、並びにヒトの肝臓における化合物消失速度を予測する方法
(51)【国際特許分類】
G16H 10/00 20180101AFI20220712BHJP
G16Y 10/60 20200101ALI20220712BHJP
G16Y 20/40 20200101ALI20220712BHJP
G16Y 40/20 20200101ALI20220712BHJP
【FI】
G16H10/00
G16Y10/60
G16Y20/40
G16Y40/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021001220
(22)【出願日】2021-01-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001926
【氏名又は名称】塩野義製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 康
(74)【代理人】
【識別番号】100132241
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 博史
(74)【代理人】
【識別番号】100135703
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 英隆
(72)【発明者】
【氏名】眞弓 慶
【テーマコード(参考)】
5L099
【Fターム(参考)】
5L099AA22
(57)【要約】
【課題】ヒトの血漿中化合物濃度推移の予測(シミュレーション)を確度良く行う技術を提供する。
【解決手段】コンピュータプログラムは、コンピュータに、ヒトの血漿中化合物濃度推移を予測させる。コンピュータプログラムはコンピュータに、生理学的薬物速度論(PBPK)に関する連立微分方程式を構成する各微分方程式に所定のパラメータを設定する処理と、連立微分方程式を解かせて、ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出させる処理とを実行させる。肝臓のコンパートメントの微分方程式は、肝臓における代謝によって化合物が消失する速度を示す項を有する。当該項は、(i)肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合、及び(ii)肝臓における化合物の組織移行性、に基づいて求められる。
【選択図】
図13
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータに、ヒトの血漿中化合物濃度推移を予測させるコンピュータプログラムであって、
前記コンピュータプログラムは前記コンピュータに、
生理学的薬物速度論(PBPK)に関する連立微分方程式を構成する各微分方程式に所定のパラメータを設定する処理と、
前記連立微分方程式を解かせて、ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出させる処理と
を実行させ、
前記各微分方程式は、ヒトの体内を、肝臓のコンパートメントを含む複数のコンパートメントに分けたときのコンパートメントごとに導出される、各コンパートメント内の化合物の濃度の時間変化に関する式であり、
前記肝臓のコンパートメントの微分方程式は、前記肝臓における代謝によって前記化合物が消失する速度を示す項(Velim)であって、
(i)前記肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)、及び
(ii)前記肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)、
に基づいて求められる、コンピュータプログラム。
【請求項2】
前記化合物が消失する速度を示す項(Velim)は、さらに
(iii)前記肝臓における化合物の濃度(Cliver)、及び
(iv)前記肝臓における代謝クリアランス(CLUint)
に基づいて求められる、請求項1に記載のコンピュータプログラム。
【請求項3】
前記コンピュータプログラムは前記コンピュータに、
下記の式:
Velim = (fu,p-ls,app / Kp,liver) * Cliver * CLUint
によって、前記化合物が消失する速度を計算させる、請求項2に記載のコンピュータプログラム。
【請求項4】
前記(i)の割合(fu,p-ls,app)は、
肝細胞内外のアルブミン濃度比(PLR)、
アルブミン-A/G結合分率(ABR)、及び、
血漿中の、タンパク質に結合していない化合物の見かけの割合(fu,p-app)
の関数として表され、
肝細胞内外の前記アルブミン濃度比(PLR)は既知の生理学値であり、
前記アルブミン-A/G結合分率(ABR)及び前記見かけの割合(fu,p-app)は、前記化合物に固有の値である、請求項1から3のいずれかに記載のコンピュータプログラム。
【請求項5】
前記肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない前記化合物の割合(fu,p-ls)は、
肝細胞内外のアルブミン濃度比(PLR)、
アルブミン-A/G結合分率(ABR)、及び、
血漿中に存在する化合物のうち、前記血漿中のタンパク質に結合していない化合物の割合(fu,p)
の関数として表され、
前記(i)の割合(fu,p-ls,app)は、
前記関数における、前記肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない前記化合物の割合(fu,p-ls)を、前記(i)の割合(fu,p-ls,app)に置換することによって得られる、請求項1から3のいずれかに記載のコンピュータプログラム。
【請求項6】
前記アルブミン-A/G結合分率(ABR)は、前記化合物とA/G結合型化合物との濃度比(KA/G)と、前記化合物とアルブミン結合型化合物との濃度比(KAL)との比であり、
前記A/G結合型化合物は、α1-酸性糖タンパク質及びγグロブリンを含むタンパク質と結合可能な化合物である、請求項5に記載のコンピュータプログラム。
【請求項7】
前記化合物、前記アルブミン結合型化合物及び前記A/G結合型化合物を含む環境において、前記アルブミン結合型化合物及び前記A/G結合型化合物と前記化合物との結合が平衡状態にあり、前記血漿中のタンパク質に結合していない前記化合物の濃度が均一である場合において、
前記アルブミン-A/G結合分率(ABR)は、前記化合物の前記アルブミンへの結合分率と、前記化合物の前記タンパク質A/Gへの結合分率との比によって計算される、請求項1から6のいずれかに記載のコンピュータプログラム。
【請求項8】
前記アルブミン結合型化合物、前記A/G結合型化合物、及び、アルブミン及びタンパク質A/Gの両方に結合する代謝消失型化合物のうちから選択された化合物について、前記アルブミン-A/G結合分率(ABR)が、定数として予め格納されている、請求項1から7のいずれかに記載のコンピュータプログラム。
【請求項9】
前記化合物は、前記体内の組織への経時的な移行性が増大しない性質を有する、請求項1から8のいずれかに記載のコンピュータプログラム。
【請求項10】
前記複数のコンパートメントのうちの少なくとも1つのコンパートメントについて、
前記化合物が、
血液から、前記少なくとも1つのコンパートメントに含まれる組織への経時的な移行性が線形的に増加する性質を有する、または
リポタンパク質への結合性を有する
場合において、
前記体内の組織への移行性(Kptissue)は、組織移行性算出式:
Kptissue=傾き・(化合物投与後の時間)+時刻0における組織移行性(Kptissue|t=0)
によって表され、
前記傾きは、前記経時的な移行性が線形的に増加する場合の傾きであり、
前記時刻0における組織移行性(Kptissue|t=0)は、前記傾きを利用して算出される、時刻0における外挿値であり、
前記コンピュータプログラムは前記コンピュータに、前記所定のパラメータとして、
算出した前記体内の組織への移行性(Kptissue)を、前記少なくとも1つのコンパートメントに関する微分方程式中の、前記組織への移行性を示す値として設定させる、
請求項1から8のいずれかに記載のコンピュータプログラム。
【請求項11】
前記複数のコンパートメントの各々について、前記体内の組織への移行性(Kptissue)は、前記組織移行性算出式を用いて算出され、
前記コンピュータプログラムは前記コンピュータに、前記所定のパラメータとして、
算出した前記体内の組織への移行性(Kptissue)を、前記各コンパートメントに関する微分方程式中の、前記各組織への移行性を示す値として設定させる、
請求項10に記載のコンピュータプログラム。
【請求項12】
前記化合物は環状ペプチドである、請求項10または11に記載のコンピュータプログラム。
【請求項13】
前記複数のコンパートメントは、肺、皮膚、脂肪、腎臓、筋肉、前記肝臓、腸管の各コンパートメントを含む、請求項1~12のいずれかに記載のコンピュータプログラム。
【請求項14】
静脈内投与、経口投与、皮下投与、筋肉内投与、直腸/経腸投与、口腔内/舌下投与、及び鼻腔/吸入投与のうちから選択された1以上の投与方法によって投与されて前記ヒトの血漿中に分布する前記化合物の濃度推移を前記コンピュータに予測させる、請求項1から13のいずれかに記載のコンピュータプログラム。
【請求項15】
請求項1から14のいずれかに記載のコンピュータプログラムを格納したメモリと、
コンピュータである制御回路であって、前記コンピュータプログラムを実行して前記ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出する制御回路と
を有するシミュレーション装置。
【請求項16】
表示装置をさらに備え、
前記化合物がリポタンパク質への結合性を有する場合において、
前記表示装置は、前記制御回路が実行して算出した、前記ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移の結果を示すグラフまたは数値列を表示する、請求項15に記載のシミュレーション装置。
【請求項17】
生理学的薬物速度論(PBPK)を用いて、ヒトの肝臓における化合物が消失する速度を予測する方法であって、
前記肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)を算出すること、
前記肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)を算出すること、及び
前記割合(fu,p-ls,app)及び前記割合(fu,p-ls,app)に基づいて、ヒトの肝臓における代謝によって化合物が消失する速度(Velim)を求めること
を包含する、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、生理学的モデルによるヒト血漿中濃度推移の予測のためのコンピュータプログラム及びシミュレーション装置、並びにヒトの肝臓における化合物消失速度を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
創薬の現場では、医薬品の種となる新規物質の発見からヒトにおける有効性の確認まで非常に長い年月を要する。ヒトに医薬候補品を投与する臨床試験までの間、有効性や安全性は動物 (in vivo) や試験管内での実験 (in vitro) に代表される非臨床試験により医薬候補品としての妥当性が検討される。創薬の研究開発を加速させ、良質な医薬品を少しでも早く患者様に届けるためには、非臨床試験からヒトでの有効性及び安全性を確度高く予測することが極めて重要となる。有効性や安全性は、生体内に投与された化合物量によって左右されるため、ヒトの生体内における化合物量を確度高く見極めるは、医薬品開発の加速に直結すると考えられる。
【0003】
生体内における化合物の継時的な量的変化を解析する研究領域を薬物動態pharmacokinetic(以下「PK」)と呼ぶ。一般的にPKは、ADME(A: 吸収、D: 分布、M: 代謝、E: 排泄)を把握することで概ね理解できる。動物やヒトに投与された化合物は、消化管等から吸収された後、全身血液を介し各組織に分布し、肝臓などの消失臓器で代謝を受けることで排泄されやすい形に変換された後に、糞便または尿を介して生体外に排泄される。非臨床試験では、実験動物における化合物のPKを把握することは可能であるが、ヒトと実験動物間では血流速度や組織の大きさ、代謝活性などに種差が認められるため、実験動物で得られたPKをそのままヒトのPKとすることはできない。そこで、実験動物からヒトPKを予測するための方法が存在する。
【0004】
実験動物からヒトのPKを予測する方法の一つとして、アニマルスケールアップが広く認知されている。この方法では、ラット、イヌまたはサルに化合物を投与後、血漿中濃度推移を継時的に評価し、体重や脳重量などの種差を補正係数として経験的にヒトPKを予測する。この予測方法は、動物やヒトでの代謝活性が概ね同程度であり、かつ組織分布の一端を担う血漿中タンパク結合率に種差がない場合、ヒトPKの予測確度は高い。一方で、アニマルスケールアップでは、高次に進化したイヌやサルを必要とする点、また代謝活性や血漿中タンパク結合率に種差が認められる場合は、ヒトPKの予測確度が低下するといった課題が認められる。
【0005】
この課題を解決するために、1990年代の中頃から生理学的薬物速度論(PBPK:physiologically based pharmacokinetics)という概念が定着してきた。この方法は、生体の主要組織及びその組織構成成分や組織の血流速度といった生理学的素因を基にした生体モデルをコンピュータ上で発生させ、代謝活性やタンパク結合率といったパラメータをこの生体モデルに入力することでPKを予測できる。ヒトPKを予測する場合は、in vitro試験でヒト肝細胞などを用いた代謝活性や血液中のタンパク結合率などを評価しコンピュータ上の生体モデルに入力することとなる。したがって、アニマルスケールアップのように実験動物とヒトの代謝活性などの種差は予測確度に対して影響しない。近年、このPBPKは、理論的にPKや薬物間相互作用(DDI)を予測できると期待されているため、極めて議論が活発となっている。International Consortium for Innovation & Quality in Pharmaceutical Development (IQ) PBPK working group では、ヒトPKの実測と予測の乖離度が2倍以内という目標が掲げられた。一方で、PBPKを用いたヒトPK予測に関する報告では、多くの化合物を用いて予測確度が検証されているが、IQ PBPK working groupが掲げる目標を十分には達成できていない。その原因は、2点あると考えられる。一つは人種差や個人差などの予測対象に関する問題、もう一つはPKの予測過程の問題である。前者は、代謝活性等を考慮することで、人種差や個人差までを含めてヒトPKを予測可能とする方法論が報告されている。後者は、生体をコンピュータ上でモデル化し、迅速かつ簡便に予測可能とする上で、多くの数理学的な仮定を導入している点が課題である。これにより、我々が考えるに、ヒトにおける化合物の分布容積や血中から肝臓への移行性並びに肝臓での代謝量を的確に予測できていない。このことから、特定の性質を示す化合物群では、PBPKによるヒトPK予測時に、化合物の消失速度を過小評価してしまう傾向が認められる。
【0006】
非臨床試験結果のみを基にしたPBPK法(bottom-up PBPK法)では、ヒトPKの予測確度に対して高い信頼性を置くことが困難である。したがって,新規医薬品の当局申請や相談時に根拠資料として用いるケースはほぼ無い。一方、臨床試験結果とPBPKを統合的に活用して、薬物間相互作用 (DDI) を確度高く予測することは可能とされている。この解析では、phase2試験におけるDDI試験の実施意義を議論し、臨床試験の加速化を目的として活用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】JOURNAL OF PHARMACEUTICAL SCIENCES, VOL. 96, NO. 2, FEBRUARY 2007
【非特許文献2】Journal of Pharmaceutical Sciences 108 (2019) 2718-2727
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記課題に鑑み、本開示は、確度よく、ヒトPKを予測(シミュレーション)することができるコンピュータプログラム及びシミュレーション装置、並びにヒトの肝臓における化合物消失速度を予測する方法を提供することを目的とする。本開示は、ヒトの血漿中化合物濃度推移を確度良く計算できる方法及び装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、非臨床試験におけるヒトPK予測の予測確度向上を目的として、PBPKの活用を模索してきた結果、in vitro試験や最小限のin vivo試験より得た種々のパラメータを用いて、これまでPBPKに活用報告が無い概念を基にした生体モデルを用いて、高確度でヒトPK予測を可能とする以下の方法を考案した。
【0011】
本発明の例示的な第一の態様において、コンピュータに、ヒトの血漿中化合物濃度推移を予測させるコンピュータプログラムが提供される。コンピュータプログラムはコンピュータに、生理学的薬物速度論(PBPK)に関する連立微分方程式を構成する各微分方程式に所定のパラメータを設定する処理と、連立微分方程式を解かせて、ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出させる処理とを実行させる。各微分方程式は、ヒトの体内を、肝臓のコンパートメントを含む複数のコンパートメントに分けたときのコンパートメントごとに導出される、各コンパートメント内の化合物の濃度の時間変化に関する式である。肝臓のコンパートメントの微分方程式は、肝臓における代謝によって化合物が消失する速度を示す項(Velim)を含む。項(Velim)は、(i)肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)、及び(ii)肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)に基づいて求められる。
【0012】
本発明の例示的な第二の態様において、第一の態様のコンピュータプログラムを格納したメモリと、コンピュータである制御回路であって、コンピュータプログラムを実行してヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出する制御回路とを有するシミュレーション装置が提供される。
【0013】
本発明の例示的な第三の態様において、生理学的薬物速度論(PBPK)を用いて、ヒトの肝臓における化合物が消失する速度を予測する方法が提供される。方法は、肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)を算出すること、肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)を算出すること、及び割合(fu,p-ls,app)及び割合(fu,p-ls,app)に基づいて、ヒトの肝臓における代謝によって化合物が消失する速度(Velim)を求めることを包含する。
【発明の効果】
【0014】
本開示のコンピュータプログラム及び装置、並びに方法によれば、ヒトPK予測の確度又はヒトの肝臓における化合物消失速度の予測の確度を向上することができる。これにより、ヒトの血漿中化合物濃度推移を確度よく計算することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】PK予測の対象とするヒトの生体モデルを示した図
【
図2B】Kpu算出のために使用される生理学的パラメータを示す図
【
図2C】Kpu算出のために使用される生理学的パラメータを示す図
【
図4】消失臓器(肝臓)に対する化合物濃度の関係を説明した図
【
図5】非消失臓器に対する化合物濃度の関係を説明した図
【
図6】血管内の血液(血漿)2、細胞膜3及び肝細胞4の横断面を示す図
【
図7】アルブミンの濃度勾配を説明するための模式図
【
図8】領域R内のアルブミン及びα1酸性糖タンパク質等(A/G)と、化合物1との結合/非結合の関係を模式的に示す図
【
図9】3連結平衡透析を行い、遊離状態にある化合物1の濃度が平衡状態になったときの様子を示す図
【
図12】シミュレーション装置の構成を示すブロック図
【
図13】シミュレーション装置による、ヒトの血漿中化合物濃度推移のシミュレーション処理を示すフローチャート
【
図14】シミュレーション装置における計算条件の入力画面の一例を示す図
【
図15】ステップS30(
図13)の詳細な処理の手順を示すフローチャート
【
図16A】種々の化合物に対する静脈における血漿中濃度(Ca)の時間推移のシミュレーション結果を示すグラフの一覧を示す図
【
図16B】シルデナフィル(Sildenafil)を化合物としたときの、静脈における血漿中濃度(Ca)の時間推移のシミュレーション結果を示すグラフ
【
図17A】本開示にかかるPBPK理論によるシミュレーションの結果を示す図
【
図17B】これまでのPBPK理論によるシミュレーションの結果を示す図
【
図18A】実測値を基準としたときの、絶対平均フォールドエラー(AAFE)の大きさを示す図
【
図18B】6つの指標の各々について実測比2倍以内に入る割合(percentage within 2-fold error)を示す図
【
図19】シクロスポリンAをラットの静脈内に投与した後の、経時的な見かけの組織移行性を示すグラフ
【
図20】9種の化合物の組織移行性の検証結果を示す図
【
図21】ヒトにおける、化合物ごとの精製タンパク結合率と血漿タンパク結合率との関係を示す図
【
図22A】ある組織について、化合物の経時的な組織移行性が線形的に変化する例を示す図
【
図22B】肝臓及び腎臓に関する時刻0におけるそれぞれの外挿値を示す図
【
図22C】ある化合物の定常状態の決定方法を説明するための図
【
図23】ステップS30(
図13)の詳細な処理の手順を示すフローチャート
【
図24】本開示の検証方法A及び既存の検証方法Cの概要を示す図
【
図25】本開示の検証方法Aによる血漿中濃度推移の予測結果と実測値とを示す図
【
図26】既存の検証方法Cによる血漿中濃度推移の予測結果と実測値とを示す図
【
図27A】実測値を基準としたときの、絶対平均フォールドエラー(AAFE)の大きさを示す図
【
図27B】6つの指標の各々について実測比2倍以内に入る割合を示す図
【
図27C】6つの指標の各々について実測比3倍以内に入る割合を示す図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、適宜図面を参照しながら、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0017】
<パラメータの定義>
以下の開示において使用するパラメータを下記のように定義する。
pKa(acid): 酸性化合物の酸解離定数。pKaが小さいほど強い酸であることを示す。
pKa(base): 塩基性化合物の酸解離定数。pKaが大きいほど強い塩基であることを示す。
logP: 疎水性を示す分配係数。特に、溶媒としてn-オクタノールと水を用いたときの分配係数を意味する。
pHBC: 血球における水素イオン指数
pHIW: 細胞内液における水素イオン指数
pHP: 血漿における水素イオン指数
fEX: 組織のうち細胞外液が占める容積の割合
fIW: 組織のうち細胞内液が占める容積の割合
fNL: 組織のうち中性脂肪が占める容積の割合
fNP: 組織のうち中性リン脂質が占める容積の割合
[AP]T: 組織Tにおけるacidic phospholipids(酸性を示すリン脂質)の濃度
[PR]T: 組織Tにおける細胞外アルブミンまたはリポプロテインの濃度
ABR(Albumin to A/G Binding Ratio): アルブミン-A/G結合分率
PLR(plasma-to-liver concentration ratio): 肝細胞内外のアルブミン濃度比。ヒトのPLRは「13.3」という生理学値を取ることが知られている。
KA/G: 化合物とA/G結合型化合物との濃度比
KAL: 化合物とアルブミン結合型化合物との濃度比
GFR: 糸球体濾過速度
X: 化合物の投与量(Dose)。投与方法は問わず、例えば、経口投与、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、直腸/経腸投与、口腔内/舌下投与、及び鼻腔/吸入投与等が挙げられる。化合物は、これらのいずれかのうちから選択された1以上の投与方法によって投与され得る。
Rateinf: 定速静脈内投与における投与速度 (急速静注の場合は0)
t:添字で使用された場合、組織を意味する(r:腎臓, m:筋肉, gi:腸管, h:肝臓, a:動脈, v:静脈, ad:脂肪, s:皮膚, lu:肺)。微分演算子で使用された場合、時間を意味する。ただし肝臓の場合、liverという表記も用いられ得る(例:Kp,liver, Cliver)。
【0018】
Ct: 組織中化合物濃度 (=C,tissue)
Cr: 腎臓における化合物濃度
Cm: 筋肉における化合物濃度
Cgi: 腸管における化合物濃度
Cliver: 肝臓における化合物濃度
Ca: 組織に流入する動脈における化合物濃度
Cv: 組織から出る静脈における化合物濃度
Cad: 脂肪における化合物濃度
Cs: 皮膚における化合物濃度
Clu: 肺における化合物濃度
Ce: 細胞外液における化合物濃度(=C,e)
Cp: 血漿における化合物濃度
CLUint: タンパク非結合型化合物の肝代謝固有クリアランス(肝細胞代謝安定性や肝ミクロソーム代謝安定性評価より得られる固有クリアランス)。クリアランスとは、速度を濃度で除した値で定義される。固有クリアランスとは、組織が持つ真の化合物の処理能力を意味する。
CLint,in vivo:肝固有クリアランス
CLUint,in vivo: 肝固有クリアランスCLint,in vivoを、fuinc(代謝安定性評価において、タンパク質に結合していない化合物の割合)で除した値。すなわち、CLUint,in vivo = CLint,in vivo/fuinc
fu,b: 血液中に存在する化合物のうち、血液中タンパク質に結合していない化合物の割合(=fu,blood)
fu,t: 組織中に存在する化合物のうち、組織中タンパク質に結合していない化合物の割合(=fu,tissue)
fu,liver:肝臓中に存在する化合物のうち、肝臓中タンパク質に結合していない化合物の割合
fu,p: 血漿中に存在する化合物のうち、血漿中のタンパク質に結合していない化合物の割合
fu,p-app: 血漿中 (血中) においてタンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合
fu,p-ls: 血漿中に存在する化合物のうち、肝臓表面の細胞膜近傍においてタンパク質に結合していない化合物の割合(血漿中タンパク非結合率)
fu,p-ls,app: 肝臓表面の細胞膜近傍においてタンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合
Kpu: タンパク質に結合していない化合物の組織への移行のし易さ(組織移行性)
Kp,t,calculation:
図2Aのテーブル中の計算式により得られたラットの組織への移行のし易さ(組織移行性)。なお、
図2Aにおいて、特定の化合物について、少なくとも1つのpKa(base) が7.0以上を示す場合にはその化合物を「塩基性化合物」と定義し、その他のpKaを示す化合物を「酸性・中性化合物」と定義した。
Kp,t: 実測のラットVdssとVdss,rat,calculationの比によりKp,t,calculationを補正したときのラット組織における化合物の移行のし易さ(組織移行性)
Kp,t,human: ヒトにおける化合物の組織への移行し易さ(組織移行性)
Kp: 化合物の組織への移行し易さ(組織移行性)
Kptissue:体内への化合物の組織移行性
Kp,r: 腎臓における化合物の組織移行性
Kp,m: 筋肉における化合物の組織移行性
Kp,gi: 腸管における化合物の組織移行性
Kp,liver: 肝臓における化合物の組織移行性
Kp,a: 動脈における化合物の組織移行性
Kp,v: 静脈における化合物の組織移行性
Kp,ad: 脂肪における化合物の組織移行性
Kp,s: 皮膚における化合物の組織移行性
Kp,lu: 肺における化合物の組織移行性
Q: 各組織における血流速度(=Qt)
Qr: 腎臓における血流速度
Qm: 筋肉における血流速度
Qgi: 腸管における血流速度
Qh: 肝臓における血流速度
Qa: 動脈における血流速度
Qv: 静脈における血流速度
Qad: 脂肪における血流速度
Qs: 皮膚における血流速度
Qlu: 肺における血流速度
Vdss,rat,calculation: Table中の計算式由来のラット定常状態における分布容積。分布容積とは、化合物が瞬時に血漿中と等しい濃度で各組織に分布すると仮定したときに求められる容積(L/kgまたはmL/kg)をいう。
Vdss: 生体内において、化合物の組織移行が定常状態となった時の、化合物の分布容積
V: 組織容積。組織tの容積(大きさ)を指すときは「Vt」と記述する。
Vr: 腎臓の組織容積
Vm: 筋肉の組織容積
Vgi: 腸管の組織容積
Vh: 肝臓の組織容積
Va: 動脈の組織容積
Vv: 静脈の組織容積
Vad: 脂肪の組織容積
Vs: 皮膚の組織容積
Vlu: 肺の組織容積
【0019】
以下、本発明者が考案した新規PBPK理論について説明する。
本発明者は、特許文献1において、探索動態評価 (in vitro試験,in vivo試験) の結果を基に、理論的にヒト血漿中濃度推移 (PK profile) を予測する手法を提案した(下記項目1)。
【0020】
このたび本発明者は、上記予測手法を改良し、新規の評価手法と組み合わせてヒトPK profileを確度高く予測可能な手法を開発した(下記項目2)。検証の結果、当該手法は主に低分子化合物の動態予測に非常に有効であることが分かった(下記項目3)。
【0021】
本発明者はさらに、下記項目2の予測手法に加えて適用可能な、低分子化合物に限られない化合物についてのヒトの組織移行性(PK)プロファイルを予測する手法を開発した(下記項目4)。ここでいう「化合物」は、特定の生体内挙動を示す化合物であり、少なくとも以下の2種類のいずれかの性質を有する。すなわち、血液から組織への経時的な移行性が線形的に増加する性質を有する化合物、または、リポタンパク質への結合性を有する化合物である。そのような化合物の一例は、環状ペプチドである。検証の結果、当該手法は主に血液から組織への経時的な移行性が線形的に増加する性質を有する化合物、または、リポタンパク質への結合性を有する化合物の動態予測に非常に有効であることが分かった(下記項目5)。
【0022】
以下、項目1においてこれまでの予測方法を説明し、項目2及び3において本発明者によって改良された、化合物のヒト体内における動態の予測方法を説明する。そして項目4において、PBPKシミュレーションを行うための装置の構成等を説明する。
【0023】
1.本発明者によるこれまでのPBPK理論
PBPK理論は、ヒトの生理学的パラメータ(血流速度や臓器の大きさ等)と化合物特性(タンパク結合や組織への移行のしやすさ等)を基に、化合物の経時的な体内動態を予測する方法である。一般には、
図1に示すように、生体全体を薬物処理系として捉え、生体内をいくつかの処理区画に分けて考える(コンパートメントモデル)。例えば、胃や腸を吸収区画、血液全体を分布区画、肝臓を代謝区画、腎臓を排泄区画と考える。区画毎に、薬物の物質量の変化速度を微分方程式で記述する。なお、
図1に示すコンパートメントモデルは一例である。以下に説明するPBPK理論は
図1に示すモデルのみならず、種々のコンパートメントモデルに適用することができる。例えば、すい臓、脾臓、脳、骨のうちの1つ以上の区画が追加されたコンパートメントモデルに対しても、各区画について化合物の物質量の変化速度を微分方程式で記述することにより、PBPK理論を適用することができる。
【0024】
体内動態の予測は、各区画について記述された連立微分方程式を解くことにより行う。このためには、各微分方程式に代入するパラメータを決定する必要がある。このパラメータは、大きく分けて2種類ある。1つは生理学的パラメータであり、既知の値である。もう1つは化合物由来のパラメータであり、タンパク非結合型化合物の肝代謝固有クリアランス(CLUint)や組織移行性(Kp,t)等である。
【0025】
本発明者が考案したこれまでのPBPK理論は、それ以前のPBPK理論に対して2つの点が異なる。第1の差異は、分布過程における組織移行性の予測方法であり、第2の差異は、消失過程における肝移行し代謝を受ける化合物の種類である。以下、それぞれの差異について説明する。
【0026】
1.1 分布過程
従来の予測法では、化合物由来の値とヒト組織構成成分より、化合物のヒト組織への移行のし易さ(組織移行性)であるヒトKp,tを予測している。このKp,tの確からしさ(予測確度)は、Kp,tを基に計算可能な定常状態の分布容積(Vdss)の値を基に検証できる。従来の予測法では,実測と予測Vdss値にかい離が生じる場合があった。そこで、本発明者はより高い確度で予測可能な方法を考案した。
【0027】
具体的には、従来のように直接ヒトKp,tを予測するのではなく、まず、ラットKp,tを予測し(ステップ1)、この数値からラットVdssを得て(ステップ2)、その後、ラットとヒトの種差を加味してヒトKp,tを得る(ステップ3)。以下にその詳細を示す。
【0028】
(ステップ1)
ラットKp,tは次のようにして予測する。まず、ラットの各組織(t)について、化合物の物性値とvitroデータから下式によりラットのKp,tの計算値(Kp,t,calculation)を得る(
図2A~
図2C参照)。
Kp,t,calculation = Kpu * fu,p ・・・(1.1)
【0029】
(ステップ2)
次に、ラットのVdssの計算値(Vdss,rat,calculation)を下式により算出する。
Vdss,rat,calculation = Σ(Kp,t,calculation * Vt) + 血管容積 ・・・(1.2)
【0030】
(ステップ3)
以上のようにして求めたラットのKp,tの計算値Kp,t,calculationを、ラットVdssの計算値と実測値(Vdss,rat)の関係(比率)に基づいて補正することで、ラットKp,tであるKp,t,ratの予測値を得る(下式参照)。
Kp,t,rat = Vdss,rat / Vdss,rat,calculation * Kp,t,calculation ・・・(1.3)
【0031】
以上のようにして、ラットKp,t,ratが得られる。そして、ラットKp,t,ratから、ヒトとラットの種差を考慮して、ヒトのKp,tであるKp,t,humanを求める。
【0032】
具体的には、上記のようにして得たラットKp,t,ratと、Vt,rat、Vt,human、fu,b,rat及びfu,b,humanの実測値とから、下記関係に基づき、Kp,t,humanを得る。
C,t * fu,t = C,e * fu,b ・・・(1.4)
式(1.4)から次式が得られる。
Kp = C,t / Ce = fu,b/fu,t ・・・(1.5)
【0033】
式(1.5)から次式が得られる。
fu,t = fu,b / Kp ・・・(1.6)
【0034】
ここでSaの相関関係を有する。
Vt,human / fu,t,human = 1.0 * (Vt,rat / fu,t,rat)0.951 ・・・(1.7)
【0035】
式(1.6)、(1.7)から、次式が得られる。
【数1】
【0036】
以上のようにして、ヒトとラットの種差を考慮してラットKp,t(Kp,t,rat)からヒトKp,t(Kp,t,human)を求める。以上の方法により、従来の予測方法のようなVdssの予測確度が悪いケースが無くなり、このようにして得たヒトKp,tをRbで除し,PBPKの連立微分方程式に入力することで、高い予測確度でヒト血漿中濃度推移を予測することが可能になった。なお、式(1.7),(1.8)においては例としてべき乗の指数の値を0.951としたが、指数の値は0.951に限定されるものではない。理論によっては他の値をとり得ることもある。
【0037】
1.2 消失過程
化合物が代謝を受ける主な臓器は肝臓であり、代謝を受けるためには、血液中から肝臓に化合物が移行する必要がある。本発明者によるPBPK理論以前のPBPK理論では、肝細胞に発現するトランスポーターの寄与が無い場合、血液中から肝臓への化合物移行は、受動拡散による膜透過のみが考慮されていた。しかし、この考え方では、生体内の化合物の挙動を十分に説明できておらず、その結果、ヒト血漿中濃度の予測結果が実測と異なるケースがあった。
【0038】
そこで、本発明者は、血液中に存在するアルブミンに結合する化合物が、促進的に肝臓へ移行し代謝されるという状況証拠(circumstance evidence)に着目した。そして本発明者は、化合物がアルブミンから解離して肝臓に移行するという、アルブミン媒介性の肝移行機構(albumin-mediated uptake) を見出し、PBPK理論に適用した。これにより、血漿中濃度推移を予測する際に、特に消失相(消失過程)を高確度で予測可能となった。
【0039】
また、従来、薬物代謝を受ける化合物として、肝臓中に存在する化合物のうち、タンパク質に結合していない化合物(タンパク非結合型化合物)が使用されたモデル計算式が多数報告されている。しかし、このヒト血漿中濃度の計算結果が実測値と大きく異なる場合があった。
【0040】
これに対して、本発明者は、肝臓で代謝を受ける化合物として、タンパク非結合型化合物に加えて、非イオン型化合物もモデル計算式に含めた。これにより、ヒト血漿中濃度の計算結果の確度を向上することができた。
【0041】
具体的には、肝臓に移行し、肝臓で代謝を受ける化合物として、アルブミン結合型の化合物及びα1酸性糖タンパク結合型化合物も含める(
図3参照)。
【0042】
以下、アルブミン結合型の化合物及びα1酸性糖タンパク結合型化合物についての代謝消失過程の導出について説明する。
【0043】
(1)アルブミン結合型化合物の代謝消失過程の導出
組織からの化合物消失速度(velim)は下記式で表される(
図4参照)。
velim = Q * (Ca - Cv) = Cv * fu,b * CLUint ・・・(2.1)
組織からの経時的な化合物消失速度は下記式で表される。
Vt * dCt/dt = Q * (Ca - Ce) - velim
= Q * (Ca - Ce) - Cv * fu,b * CLUint ・・・(2.2)
ここで、Kp = Ct/Ce, Ce = Cvから、式(2.2)より下式が得られる。
Vt * dCt/dt = Q * (Ca - Ct/Kp) - (Ct/Kp) * fu,b * CLUint ・・・(2.3)
【0044】
受動拡散の場合、組織内化合物濃度に対して以下の式が成り立つ。
Ce * fu,b = Ct * fu,t ・・・(2.4)
【0045】
よって次式が成り立つ。
Ct/Ce = fu,b/fu,t(=Kp) ・・・(2.5)
式(2.3)の最後の項に式(2.5)を代入し、次式が得られる。
Q * (Ca - Ct/Kp) - Ct * (fu,t/fu,b) * fu,b * CLUint
= Q * (Ca - Ct/Kp) - Ct * fu,t * CLUint ・・・(2.6)
肝臓について考えると次式が得られる。
Vliver * dCliver/dt = Q * (Ca - Cliver/Kp) - Cliver * fu,liver * CLUint ・・・(2.7)
【0046】
よって、velimは次式となる。アルブミン結合型化合物の代謝消失過程のvelimは下記のとおりである。
velim = Cliver * fu,liver * CLUint ・・・(2.8)
【0047】
ここで、上式におけるfu,liverは下記式に基づき求められる。
fu,liver = PLR * fu,p-app/{1 + (PLR - 1) * fu,p-app} ・・・(2.9)
【0048】
(2)α1酸性糖タンパク結合型化合物の代謝消失過程の導出
前述のように下式が成り立つ。
velim = Cliver * fu,liver * CLUint ・・・(2.10)
血漿中から組織への化合物移行において、血漿中(血中)非イオン化化合物で受動拡散が成り立つ場合、free理論より下式が成り立つ。
Cv * fu,p-app = Ct * fu,t ・・・(2.11)
Ct/Cv = fu,p-app / fu,t ・・・(2.12)
【0049】
ここで、Kp = Ct / Cvであるから、Kp = fu,p-app / fu,tである。
よって次式が得られる。
fu,t = fu,p-app / Kp ・・・(2.13)
式(2.13)の組織(t)を肝臓(liver)として式(2.10)に代入すると、α1酸性糖タンパク結合型化合物の消失速度に関する次式を得る。
velim = Cliver * fu,p-app * CLUint / Kp,liver ・・・(2.14)
【0050】
(3)非消失臓器におけるPBPKの基本式
単位時間あたりに組織(t)に分布する化合物量は次式で表される(
図5参照)。
Vt * Ct = Q * (Ca - Ce) ・・・(3.1)
【0051】
Kp = Ct / Cv = Ct / Ceであるから次式が得られる。
Ce = Ct / Kp ・・・(3.2)
よって、式(3.2)を式(3.1)に代入し次式が得られる。
Vt * Ct = Q * (Ca - Ct / Kp,t) ・・・(3.3)
上式を時間tで微分し次式を得る。
Vt * dCt/dt = Q * (Ca - Ct / Kp,t) ・・・(3.4)
【0052】
非消失臓器についてのPBPKの式は基本的に上式(3.4)に基づき得られる。
【0053】
1.3 薬物速度論に関する連立微分方程式
以上の考え方にしたがい、
図1に示すコンパートメントモデルに対して薬物速度論に関する連立微分方程式として下記式が得られる。
【0054】
【0055】
上式(4.4)は肝臓の代謝速度論に関する微分方程式であり、ヒトの肝臓中化合物濃度の時間変化を算出するための式である。式(4.4)は、肝臓におけるタンパク非結合型の化合物の割合(fu,liver, fu,p-app)を含む消失速度(velim)の項を有する。消失速度velimは、式(2.8)または式(2.14)から得られ、肝臓で代謝を受ける化合物としてタンパク非結合型化合物及び非イオン型化合物を考慮したものである。
【0056】
PBPK理論に基づくPK予測方法では、上記の連立微分方程式を数値解析するにあたり、まず、ラットKp,tからヒトKp,tを算出し、その値を連立微分方程式(4.1)~(4.9)に代入(設定)する。そして、コンピュータを用いて連立微分方程式を数値解析して、ヒトの各組織中(血漿中)の化合物濃度の推移を算出する。
【0057】
以上説明したPBPK理論によれば、分散過程において、動物(例えば、ラット)のKp,tから動物の種差を考慮してヒトKp,tを予測し、その値を用いてヒト血漿中濃度推移を予測する。また、消失過程において、肝臓で代謝を受ける化合物として、タンパク非結合型化合物に加えて非イオン型化合物もモデル計算式に含めた。これにより、従来の方法より確度良く、血漿中濃度推移を予測することが可能になった。
【0058】
2.本発明者による新たなPBPK理論
本発明者によるこれまでのPBPK理論では、化合物が、アルブミンと結合すると仮定し(式(2.8))、または、α1酸性糖タンパク質等と結合すると仮定した(式(2.14))。その上で、タンパク質と結合していない化合物が肝臓に移行する仕組みを定性的に考慮し、化合物の肝臓からの消失速度velimを算出していた。このような仮定は、化合物が、アルブミンのみと結合する場合、または、α1酸性糖タンパク質等のみと結合する場合には、化合物の代謝消失を有効に予測することができた。
【0059】
例えば
図6は、血管内の血液(血漿)2、細胞膜3及び肝細胞4の横断面を示している。化合物1がアルブミンに媒介されて肝臓に移行する仕組みは以下の通りである。
化合物1はアルブミンの特定の部位に結合し得る。アルブミンと一旦結合した化合物1が当該アルブミンから解離した状態で、またはアルブミンと結合していない状態で血液(血漿)2中に存在するとき、非イオン化型の化合物1は、肝細胞の細胞膜3を介して細胞質4に移行する。これまでのPBPK理論では、肝代謝固有クリアランス、肝細胞内外のアルブミン濃度比、非イオン化型化合物のタンパク非結合率、及び肝臓における化合物濃度を利用して、消失速度velimを算出していた。「アルブミン結合型化合物」については、当該化合物が血漿中において結合するタンパクは全てアルブミンである、と仮定しており、当該化合物が他のタンパク質 (α1酸性糖タンパク質等) と結合することは考慮されていなかった。
【0060】
そのため、例えばシルデナフィル(Sildenafil)のような、アルブミン及びα1酸性糖タンパク質等の両方と結合し得る化合物について消失速度velimを推定する場合には、消失速度velimの確度をより向上させる余地があった。消失速度velimの確度をより向上させることができれば、化合物の血漿中濃度推移の予測結果をより改善し得る。
【0061】
そこで本発明者は、化合物がアルブミン及びα1酸性糖タンパク質等の両方と結合し得る場合に、それぞれがどの程度アルブミンと結合するかを定量的に判断する手法を検討した。その結果、そのような化合物について、定量的な判断に基づいて消失速度velimの精度をより向上させ、血漿中濃度推移の予測結果をより改善することを可能にした。以下、詳細に説明する。なお、「α1酸性糖タンパク質等」とは、α1酸性糖タンパク質の他、γグロブリン等を含む。以下では、これらを「A/G」と記述することがある。
【0062】
まず、本発明者は、化合物がアルブミンに媒介されて肝臓に移行する仕組みが、アルブミンの濃度勾配によって実現されるのではないかと推測した。
図7は、アルブミンの濃度勾配を説明するための模式図である。本発明者は、血液(血漿)2中におけるアルブミンの濃度勾配(濃度差)を考慮した。アルブミンの濃度勾配は、アルブミンを肝細胞4に輸送するための駆動力として働くと考えられる。すなわち、アルブミンが細胞膜3を経て肝細胞4に輸送される受動輸送の速度は濃度勾配に比例すると考えられる。アルブミンの濃度は、肝細胞の細胞膜3に近いほど高く、遠いほど低い。
図7では、アルブミンの濃度をパターンの濃度によって模式的に表現している。なお、α1酸性糖タンパク質等については、濃度勾配は存在しないとして取り扱った。
【0063】
化合物が肝細胞4に移行する量を評価する場合、タンパク結合率が化合物の移行性に大きく影響を与える。そのため、薬物の体内動態を考えるに当たっては化合物のタンパク結合能を評価する必要がある。換言すれば、血漿中に存在する化合物のうち、肝臓表面の細胞膜近傍においてタンパク質に結合していない化合物の割合(血漿中タンパク非結合率)を評価すればよい。
【0064】
そこで、
図7に示す領域Rの詳細を、
図8を参照しながら説明する。領域Rは、血液(血漿)2、細胞膜3及び肝細胞4の横断面内に定義される領域である。
【0065】
図8は、領域R内のアルブミン及びα1酸性糖タンパク質等(A/G)と、化合物1との結合/非結合の関係を模式的に示している。種々の形態で存在する全ての化合物1のうち、アルブミン及びA/Gと結合していない非イオン化型(分子型)の化合物が、肝細胞の細胞膜3を介して細胞質4に移行することは
図6の例と同じである。
本発明者は、複数の論文を精読し、化合物がアルブミンに媒介されて肝臓に移行する仕組みについてさらに考察を進めた。そして、イン・ビトロ(in vitro)の実験結果より、当該仕組みは、アルブミンに結合していた化合物が肝臓の細胞膜(肝細胞膜)とイオン性の間で発生する強い相互作用に起因する、というより強い推測を得るに至った。当該相互作用はアルブミンに結合していた化合物の構造変化を生じさせ、化合物のアルブミンからの解離を促進させる。その結果、肝細胞膜表面では、もともと遊離して存在していた化合物に加え、アルブミンから解離した化合物も存在することになり、血漿中で化合物が存在する状態とは異なる平衡解離状態が発生する。肝細胞膜表面近傍に遊離する化合物、すなわち非イオン型・非タンパク結合型化合物は、肝細胞膜を透過し、肝細胞に取り込まれて肝細胞内に拡散する。そして、タンパク非結合型化合物の肝代謝固有クリアランス(CLUint)に基づいて化合物が分解 (代謝)される。
上述の平衡解離状態が発生することにより、肝細胞膜表面近傍の化合物濃度が、血漿中の化合物濃度と相違するという現象が発生する。当該現象が、肝細胞膜表面の化合物濃度がより高くなる、という濃度勾配を引き起こしていると考えられる。そのため、アルブミンの細胞内および細胞外の濃度勾配に着目した説明が概ね可能であったと推測される。ただし、アルブミンの濃度勾配を根拠とした機序の説明では、アルブミン結合型と定義した化合物は血漿中ではアルブミンのみと結合すると仮定しており、他のタンパク質 (α1酸性糖タンパク質等) と結合することは考慮されていなかった。シルデナフィル(Sildenafil)のように、血漿中でアルブミン及びα1酸性糖タンパクに結合する化合物にはそのような仮定が成り立たないため、予測確度の向上の余地があった。
【0066】
このような推測・検討を経て、本発明者は、血漿中の、肝細胞近傍のタンパク非結合率を求めると以下の3つの場合を考慮した化合物の肝移行の機序に基づく化合物の体内動態を緻密に予測できることを見出した。
(i)アルブミンと結合していた化合物1が、例えば肝細胞近傍でアルブミンから遊離して肝細胞4に移行する場合
(ii)A/Gと結合していた化合物1が、例えば肝細胞近傍でA/Gから遊離して肝細胞4に移行する場合
(iii)タンパク質と結合していなかった状態、または遊離した状態の化合物1が、肝細胞4に移行する場合
【0067】
以下では、肝細胞近傍のタンパク非結合率を「fu,p-ls」と記述する。添え字中の「ls」は"liver surface"(肝臓の表面)を表している。つまり、「近傍」は概ね肝臓の表面近傍ということができる。
【0068】
以下、肝細胞近傍のタンパク非結合率を「fu,p-ls」の算出方法を説明する。
まず、JOURNAL OF PHARMACEUTICAL SCIENCES, VOL. 96, NO. 2, FEBRUARY 2007のBEREZHKOVSKIYによる論文に記載の式(6)及び(7)を、それぞれ式(5.1)及び(5.2)として引用する。
Ki = R × Pi / Ci・・・(5.1)
fu = 1 / (1 + Σ(Pi / Ki))・・・(5.2)
式(5.1)及び(5.2)中の記号の意味は下記の通りである。
Ki:任意のタンパク質iに対する化合物の親和性(平衡解離定数)
R:結合していない化合物の濃度
Pi:化合物と結合していない(自由な)のタンパク質iの濃度
Ci:化合物と結合したタンパク質i(化合物とタンパク質iとの複合体)の濃度
fu:血漿中のタンパク質に結合していない化合物の割合
k = Pi / Kiとおくと、式(5.1)及び式(5.2)はそれぞれ以下のように変形できる。
k = Pi / Ki = Ci / R・・・(5.1a)
fu = 1 / (1 + Σk)・・・(5.2a)
【0069】
タンパク質がアルブミンである場合の濃度比kを「kAL」と記述し、タンパク質がA/Gである場合の濃度比kを「kA/G」と記述する。式(5.1a)によれば、kALは、化合物とアルブミン結合型化合物の濃度比(drug-to-complex of drug and albumin ratio)と定義でき、kA/Gは化合物とA/G結合型化合物の濃度比(drug to complex of drug and A/G ratio)と定義できる。A/G結合型化合物は、α1-酸性糖タンパク質及びγグロブリンを含むタンパク質と結合可能な化合物である。
【0070】
いま、血漿において、アルブミン及びA/Gが主結合タンパク質とする。すると式(5.2a)におけるΣkは、kAL + kA/Gとなる。よってこの場合、式(5.2a)から式(5.3)が得られる。
fu,p = 1 / ( 1 + kAL + kA/G) ・・・(5.3)
【0071】
次に、アルブミンの濃度勾配を考慮する。Mayumiらが発表した、Journal of Pharmaceutical Sciences 108 (2019) 2718-2727の論文によると、アルブミンの濃度勾配を考慮した場合の、肝臓表面の細胞膜近傍においてタンパク質に結合していない化合物の割合fu,p-lsは、以下の式(5.4)として得られる。
fu,p-ls = 1 / (1 + kAL/PLR + kA/G) ・・・(5.4)
【0072】
上記<パラメータの定義>の項において説明したように、式(5.4)中のPLRは、肝細胞内外のアルブミン濃度比を表す。ヒトの場合、PLRの値は13.3であることが知られている。
【0073】
式(5.4)からfu,p-lsを算出するため、本発明者は、新たなパラメータ「ABR」を導入した。「ABR」は、アルブミン-A/G結合分率("Albumin to A/G Binding Ratio")であり、下記の式(5.5)によって定義される。
ABR = kAL / kA/G ・・・(5.5)
【0074】
式(5.5)の導出方法は以下のとおりである。
まず、式(5.1a)から、濃度比kAL及びkA/Gは以下のように記述できる。
kAL = CAL / RAL・・・(5.1a-1)
kA/G = CA/G / RA/G・・・(5.1a-2)
式(5.1a-1)及び(5.1a-2)から、kAL及びkA/Gの比は以下のように表される。
kAL/kA/G =(CAL/RAL)/(CA/G/RA/G) ・・・(5.1a-3)
【0075】
ここで、後述の3連結平衡透析法による分析結果により、濃度RAL及びRA/Gが等しくなる。すると、式(5.1a-3)は以下の式(5.1a-4)に示すように表される。
kAL/kA/G =CAL/CA/G ・・・(5.1a-4)
式(5.1a-4) によれば、アルブミン結合型化合物及びA/G結合型化合物と化合物との結合が平衡状態にあるとき、kALとkA/Gとの比が、アルブミン結合型化合物の濃度とA/G結合型化合物の濃度との比として表されることが理解される。そこで式(5.1a-4)によって表される「比」を、本発明者は式(5.5)に示すように、「アルブミン-A/G結合分率ABR」として定義した。
【0076】
アルブミン-A/G結合分率ABRを利用して式(5.4)を書き換えると式(5.4a)が得られる。
fu,p-ls=1 / (1 + kAL / PLR + kAL / ABR)・・・(5.4a)
【0077】
fu,p-lsを求めるためには、式(5.4a)からk
ALを消去する必要がある。そこで、式(5.5)を変形して得られたk
A/Gを式(5.3)に代入し、k
ALを求める。なお、式(5.3)は肝臓表面に限られない、血漿中のタンパク質に結合していない化合物の割合であるから、式(5.3)と式(5.4)とは両立し得る。そのため、式(5.4)及び(5.4a)とは別個独立の式として式(5.3)を利用してk
ALを求めることが可能である。k
ALは下記の式(5.6)として得ることができる。
【数3】
式(5.6)を式(5.4a)に代入すると式(5.7)が得られる。
【数4】
【0078】
式(5.7)の左辺fu,p-lsを求めるためには、式(5.7)右辺中のABRの値を得る必要がある。本発明者は、アルブミン及びA/Gの種類の異なるタンパク質を含む環境下で3連結平衡透析を行い、ABRを評価した。
【0079】
図9は、3連結平衡透析を行い、遊離状態にある化合物1の濃度が平衡状態になったときの様子を示している。遊離状態にある化合物の濃度は「化合物のフリー濃度」と呼ばれることがある。
【0080】
本発明者らは、3つのセルA~Cを有する平衡透析デバイス7を用意した。平衡透析デバイス7では、セルAとセルBとの間、及び、セルBとセルCとの間はそれぞれ半透膜(平衡透析膜)で隔てられている。セルAには化合物1及びアルブミン5を入れ、セルCには化合物1及びA/G6を入れた。アルブミン5は、ヒト精製4%アルブミンである。A/G6は、ヒト精製0.08%α1酸性糖タンパク質及び1%γグロブリンである。アルブミン、α1酸性糖タンパク質及びγグロブリンの各濃度は、ヒトの生体内の濃度に概ね一致させた。セルBには溶媒としてpH7.4のリン酸緩衝食塩水(PBS)を入れた。この状態で、24時間インキュベートし、平衡状態にさせた。化合物1はアルブミン5と結合可能であり、かつ、α1酸性糖タンパク質及びγグロブリンとも結合可能である。24時間のインキュベート後には、アルブミン結合型化合物及びA/G結合型化合物と化合物との結合が平衡状態にある。また、平衡状態では、タンパク質に結合していない化合物の濃度は均一である。本発明者は、24時間後の化合物濃度は120rpmで、かつ平衡状態にあることを確認した。併せて再現性があることも確認した。
【0081】
本発明者は、平衡状態における、アルブミン-A/G結合分率ABRを以下の式(5.8)によって求めた。
ABR=(ピーク領域A-ピーク領域B)/(ピーク領域C-ピーク領域B)・・・(5.8)
【0082】
ここでいう「ピーク領域」とは、クロマトグラフのピークを含む領域の面積を表す。例えば「ピーク領域A」とは、セルA由来の化合物、すなわち、アルブミンと結合した化合物及び遊離した化合物、のクロマトグラフのピークを含む領域の面積を表す。「ピーク領域B」及び「ピーク領域C」も同様である。
【0083】
ピーク領域A~Cの定義によれば、式(5.8)の分子(ピーク領域A-ピーク領域B)は、セルAに含まれる遊離した化合物の影響が排除された、アルブミンと結合した化合物の結合分率を示している。同様に、式(5.8)の分母(ピーク領域C-ピーク領域B)は、セルCに含まれる遊離した化合物の影響が排除された、α1酸性糖タンパク質及びγグロブリンと結合した化合物の結合分率を示している。
【0084】
つまり、化合物のフリー濃度が等しい平衡状態では、アルブミン-A/G結合分率ABRは、以下の式(5.9)によって求めることができる。
ABR=(化合物のアルブミンへの結合分率)/(化合物のA/Gへの結合分率)・・・(5.9)
【0085】
アルブミンへの結合分率は、化合物とアルブミン結合型化合物との濃度比(KAL)である。またA/Gへの結合分率は、化合物とA/G結合型化合物との濃度比(KA/G)である。すなわち平衡状態において、ABRは濃度比(KA/G)と濃度比(KAL)との比として算出可能であると言える。
【0086】
なお、上述のABRの算出方法は一例であり、種々の変形例を採用し得る。例えば、添加するタンパク質の濃度及び種類を変えること、使用するリン酸緩衝食塩水(PBS)の塩濃度を変えること、平衡透析のインキュベート時間を変えること、使用する平衡透析デバイス7を変えること、及び測定条件を変えること、が考えられる。測定条件については、上述の例ではピーク面積を用いたが、化合物濃度の定量値を用いてもよい。結果的に上述のABRを算出することが可能である限り、任意の方法を採用し得る。
【0087】
アルブミンへの結合分率及びA/Gへの結合分率は、化合物ごとに予め導出しておくことが可能である。それらに基づいて各化合物のABRも予め求めておき、定数として記憶装置21に予め記憶させておくことが可能である。そして、ABRとともに、既知のPLRを式(5.7)に代入することにより、肝臓表面の細胞膜近傍においてタンパク質に結合していない化合物の割合fu,p-lsを算出できる。
【0088】
本発明者は、アルブミンおよびA/Gのいずれか、または両方と結合可能な代謝消失型化合物を選抜し、ABRを求めた。具体的には以下の化合物を選抜した。
・フェニトイン(Phenytoin)
・キニジン(Quinidine)
・シルデナフィル(Sildenafil)
・トルブタミド(Tolbutamide)
・トラマドール(Tramadol)
・ドンペリドン(Domperidone)
・ハロペリドール(Haloperidol)
・ニカルジピン(Nicardipine)
・タムスロシン(Tamsulosin)
・リネゾリド(Linezolid)
・メロキシカム(Meloxicam)
・アルプラゾラム(Alprazolam)
・シクロスポリンA(Cyclosporin A,環状ペプチド)
【0089】
図10及び
図11は、上述の各化合物の特性を示している。
図10及び
図11から理解されるように、これらの化合物は、多様な特性を有している。特性の一例として、
図10及び
図11には、主結合タンパク質、化合物の極性(pKa(acid)及びpKa(base))、脂溶性(分配係数LogP)、タンパク結合(fup)、肝固有クリアランス(CLint, in vivo)、アルブミンへの結合分率、A/Gへの結合分率が示されている。
【0090】
上述の式(5.9)に、アルブミンへの結合分率、及びA/Gへの結合分率を代入するとアルブミン-A/G結合分率ABRを求めることができる。求めたABR及び既知のPLRをさらに式(5.9)に代入することにより、肝臓表面の細胞膜近傍においてタンパク質に結合していない化合物の割合fu,p-lsを求めることができる。
図11の最右欄には、当該割合fu,p-lsの値が示されている。このようにして求められた非結合化合物の割合fu,p-lsの値が、PBPKモデルへの入力値として利用される。
【0091】
なお、PBPKモデルを用いたシミュレーションでは、肝臓内の化合物の分布及び代謝を考慮して化合物の消失速度を評価する。その際、非結合化合物の割合fu,p-lsだけでなく、非イオン型で、かつ非結合化合物の割合(本明細書では"fu,p-ls,app"と記述する。)が利用される。その理由は、肝臓には、肝臓表面の細胞膜近傍においてタンパク質に結合していない化合物の全てが移行し得るのではなく、非イオン型で存在する化合物が移行し得るからである。非イオン型で、かつ非結合化合物の割合fu,p-ls,appの算出方法は、後の項目3において説明する。
【0092】
3.新たなPBPK理論を利用したシミュレーションの検証結果
3.1 シミュレーション装置
以下、上述した新規PBPK理論に基づくPK予測方法を実施し、ヒトの各組織中(血漿中)の化合物濃度の推移を予測(シミュレーション)するシミュレーション装置を説明する。
【0093】
図12は、シミュレーション装置10の構成例を示す。シミュレーション装置10は、例えばPCまたはパーソナルコンピュータを用いて構成される。シミュレーション装置10は、上記の式(4.1)~(4.9)の連立微分方程式を数値解析して、ヒトの各組織(tissue)中における化合物濃度(C,tissue)の推移を算出する。このとき、消失速度velimの算出にあたって上述した非結合化合物の割合fu,p-lsを算出し、後述の非イオン型かつ非結合化合物の割合fu,p-ls,appを算出する。
【0094】
シミュレーション装置10は、制御回路11と、ディスプレイ17と、入力装置19と、記憶装置21と、インタフェース装置25とを備える。シミュレーション装置10は例えばPC等を利用して実現され得る。
【0095】
まず、シミュレーション装置10の各構成要素を概説する。制御回路11は、シミュレーション装置10の全体動作を制御する。制御回路11は、例えば汎用的なコンピュータプログラム(以下「プログラム」と略記する。)を実行可能なCPUまたはMPUであり得る。制御回路11は、キャッシュメモリ、RAMなどの記憶装置を備えていてもよい。コンピュータプログラムが実行される際には、コンピュータプログラムはRAM上に展開され、制御回路11によって読み出されながら実行される。
【0096】
ディスプレイ17は文字、画像等を表示パネル上に表示する表示装置である。表示パネルは、例えば液晶ディスプレイ、または有機ELディスプレイであり得る。入力装置19は、ユーザからの指示を受け付けるハードウェアデバイスである。入力装置19は、例えばキーボード、マウスおよび/またはタッチパネルであり得る。記憶装置21は、データやプログラムを記憶するハードウェアデバイスである。記憶装置21は、例えばハードディスク(HDD)、SSD、半導体メモリ等のストレージであり得る。インタフェース装置25は、シミュレーション装置10が外部機器やネットワークと接続するための接続端子である。インタフェース装置25は、例えばUSB端子またはイーサネット(登録商標)端子などの有線接続端子、Wi-Fi(登録商標)規格、Bluetooth(登録商標)規格等の無線通信を行う無線通信回路(無線インタフェース装置)であり得る。
【0097】
以下、本開示にかかる処理に関連して各構成要素を説明する。
記憶装置21は、予めシミュレーションプログラムを格納している。記憶装置21はさらに、シミュレーションのための薬物動態モデルに関する情報(連立微分方程式、パラメータ)及び各種パラメータを算出するための数式(式(1.1)~(3.4))に関する情報を格納している。
【0098】
制御回路11は、記憶装置21からシミュレーションプログラム、薬物動態モデルに関する情報及び数式に関する情報を読み出してRAM上に展開する。入力装置19は、ユーザによって入力されたPBPKシミュレーションに必要なパラメータを受け付ける。制御回路11は、入力されたパラメータを利用して当該シミュレーションプログラムを実行することにより、PBPKシミュレーションの機能を実現する。記憶装置21は、PBPKシミュレーションの結果を示すデータを格納する。プログラムは、インタフェース装置25が接続されている通信回線を通じて、又は図示されない光ディスクや半導体メモリ等の記録媒体を介して外部からシミュレーション装置10に提供されてもよい。なお、制御回路11は、所定の機能を実現するよう設計された専用のハードウェア回路で構成されてもよい。
【0099】
3.2 シミュレーション動作
以下、シミュレーション装置10による、新規PBPK理論に基づくPK予測動作(PBPKシミュレーション)を説明する。
図13は、シミュレーション装置10(制御回路11)により実行される、PBPKシミュレーションの処理を示すフローチャートである。このPBPKシミュレーションにより、ヒトの血漿中における化合物濃度推移が求められる。
【0100】
図13において、シミュレーション装置10(制御回路11)は、まず、PK予測のための種々の情報(パラメータ)を受け付ける(S10)。そのため、シミュレーション装置10は、PK予測に必要な情報をユーザが入力するための入力画面を表示装置17に表示する。シミュレーション装置10は、入力画面上で設定された情報を読み込む。
【0101】
図14は、PK予測のための種々の情報を入力するための入力画面の一例を示す。
図14に示すように、入力画面60は、情報を入力するための入力エリア61~65を備える。入力エリア61はPK予測の対象動物種を指定する領域であり、本例では「ヒト」または「ラット」を選択できるようになっている(
図12では「ヒト」が選択されている)。入力エリア62は、化合物の物性に関する値を入力する領域である。ここでは、実測値を入力するが、予測確度が高ければ、予測値を入力してもよい。入力エリア63は、代謝関連のパラメータを入力する領域である。入力エリア64は、ヒト又はラット(モデル動物の一例)の体内動態試験から得られる化合物のインビボ測定値を入力する領域である。入力エリア65は、PK予測に必要なその他のパラメータ(例えば、薬物投与量(Dose)を入力する領域である。
【0102】
以下に、本開示のPBPKモデルに入力され得る1次パラメータを例示する。
【表1】
【0103】
また、PBPK モデルで使用される、予め値が規定されている生理学的パラメータを下記の表2に例示する。
【表2】
【0104】
次に、シミュレーション装置10は、入力画面60から入力したパラメータに基づきPK予測に必要なパラメータを算出する(S20)。具体的には、シミュレーション装置10は、入力画面60から入力したパラメータと、上述した数式等とを用いてPK予測に必要な2次パラメータ(fu,p-ls, fu,p-ls,app, Kptissue)を算出する。
図14の例では、対象動物種として「ヒト」が指定されており、ヒトに対するfu,p-ls, fu,p-ls,app, Kptissueが算出される。
2次パラメータを下記の表2に例示する。
【表3】
【0105】
ここで、非イオン型かつ非結合化合物の割合fu,p-ls,app、及びKptissueを説明する。
血漿と組織との間にfree理論が成り立つと仮定した場合、血漿における化合物濃度Cp, 組織中化合物濃度Ct, 血漿中に存在する化合物のうち血漿中のタンパク質に結合していない化合物の割合fu,p、及び、組織中に存在する化合物のうち組織中タンパク質に結合していない化合物の割合fu,tを用いると、以下の式(6.1)が成り立つ。
Cp × fu,p = Ct × fu,t・・・(6.1)
【0106】
式(6.1)を変形すると、式(6.1a)及び式(6.1b)が得られる。
Ct / Cp = fu,p / fu,t・・・(6.1a)
= Kptissue・・・(6.1b)
【0107】
アルブミン媒介性の肝移行は能動輸送ではないため、肝臓移行性 (Kpliver) は、肝臓中に存在する化合物のうち、肝臓中のタンパク質に結合していない化合物の割合fu,liverを用いて下記の式(6.2)のように表される。
Kp,liver = fu,p-ls / fu,liver・・・(6.2)
【0108】
式(6.2)におけるKp,liverは,以下のようにして求められる。
まず,Rodgersらの下記論文が報告する数式より,組織毎のラットKp,tissueを予測する。加えて、各組織のKp,tissueに組織容積を乗じた値 (Kp,t,rat*Vrat) を加算することで、ラットVssを予測する。ここで「各組織」とは11の組織であり、具体的には、脂肪、骨、脳、消化管、心臓、腎臓、肝臓、肺、筋肉、皮膚及び脾臓である。
Rodgersら、"Mechanistic approaches to volume of distribution predictions: Understanding the processes."(Pharm Res 2007;24(5):918-33.)
ラット体内動態試験より得た実測ラットVssと上述の予測ラットVssの解離を補正係数として、Rodgersらが提唱する式より得たラットKp,tissueを補正する。
上述の式(1.7)であるヒト及びラットにおける組織容積を組織中タンパク非結合率で除した値の相関関係を基に、ラットKp,tissueからヒトKp,tissueを計算する。
【0109】
補正係数は各組織及び血中でのイオン化分率を含むことから,fu,t (ここでのfu,liver) はイオン化分率を含む値である。採用すべきfu,liverは、下記の式(6.2a)のように、pH分配仮説を加味した非イオン型かつ非結合化合物の割合fu,p-ls,appを用いて定義する必要がある。
fu,liver = fu,p-ls,app / Kp,liver・・・(6.2a)
【0110】
PBPKモデルの肝臓コンパートメントにおける代謝にかかわる項 (velim) は、肝臓における化合物濃度Cliver、肝代謝固有クリアランスCLUint、及び割合fu,liverを用いて以下の式(6.3)のように表される。
velim = fu,liver × Cliver × CLUint・・・(6.3)
【0111】
式(6.2a)を式(6.3)に代入すると、式(6.4)が得られる。
velim = fu,p-ls,app / Kp,liver × Cliver × CLUint・・・(6.4)
【0112】
なお、上述のpH分配仮説とは、単純拡散による細胞膜の透過に関する仮説である。化合物の生体膜(細胞膜)通過に関し、pH分配仮説では、分子型(非イオン型)で存在する化合物は脂溶性が高く生体膜のリン脂質二重層を透過可能であり、イオン型で存在する化合物は脂溶性が低くリン脂質二重層を透過不可能であると仮定している。
【0113】
ここで、Mayumiらが発表した上述の論文(Journal of Pharmaceutical Sciences 108 (2019) 2718-2727)によれば、上記式(6.4)のfu,p-ls,appは、Poulinらによって報告された、Henderson-Hasselbalchの式から以下のように求めることができる。すなわち、論文中の式(10)により、fupをfup-appに置換することが可能であるため、式(5.7)の左辺のfu,p-lsをfu,p-ls,appに置換し、式(5.7)の右辺のfu,pをfu,p-appに置換すればよい。その結果、fu,p-ls,appは下記式(6.5)によって算出され得る。
【数5】
なお、式(6.5)中のfu,p-appは、例えば式(2.9) 、式(2.14)等に含まれているように、化合物に固有の既知の値として予め取得され得る。
【0114】
式(6.5)によって求めたfu,p-ls,appを式(6.4)に代入することにより、消失速度Velimを計算することができる。
【0115】
式(6.4)及び式(6.5)によれば、肝臓のコンパートメントの微分方程式に含まれる、肝臓における代謝によって化合物が消失する速度を示す項(Velim)は、(i)肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)、及び、(ii)肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)、に基づいて求められる。具体的には、項(Velim)はfu,p-ls,app / Kp,liver を含む。
【0116】
さらに式(6.4)によれば、化合物が消失する速度を示す項(Velim)は、(iii)肝臓における化合物の濃度(Cliver)、及び(iv)肝臓における代謝クリアランス(CLUint)にも基づいて求められる。
【0117】
上述の(i)の割合(fu,p-ls,app)は、肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物の割合(fu,p-ls)と、単純拡散による細胞膜の透過に関するpH分配仮説に従う、非イオン型で存在する化合物の割合とに基づいて算出される。
【0118】
制御回路11は、例えば、入力エリア61~64に入力された値を用いて、fu,p-ls, fu,p-ls,app, Kptissueのパラメータを算出する。
【0119】
また、入力エリア62に入力されるpKa及びlogP(すなわち、P)はラットKp,tからヒトKp,tを得る際のKpuの算出に使用される。さらにpKa及びlogPはfuincの算出にも使用される。入力エリア63で入力されたアルブミンへの結合分率及びA/Gへの結合分率は、velimに該当する項目を計算させるために使用しており、入力エリア64で入力されたfu,p及びRBPはラットKpuを計算するために使用している。なお、入力エリア63における「肝ミクロソーム」は、肝細胞等でもよい。肝ミクロソームまたは肝細胞等は、化合物の代謝安定性を評価するために利用される。
【0120】
表2に記載されているVt(組織容積),Qt(血流速度)等のヒトや動物固有の生理学的パラメータ(
図2B、
図2C参照)は既知の値であるため、シミュレーション装置10の記憶装置21に予め格納されている。PK予測に必要なその他のパラメータについても記憶装置21に予め格納されている。
【0121】
ステップS20において、シミュレーション装置10は、入力したパラメータに基づきラットKp,t及びKpuを求め(式(1.1)~(1.3)、
図2A参照)、それらの値を用いてヒトKp,tを算出する(式(1.4)参照)。
【0122】
次に、シミュレーション装置10は、算出したパラメータを用いてPBPKシミュレーションを実行する(S30)。
【0123】
図15は、ステップS30(
図13)の詳細な処理の手順を示すフローチャートである。
ステップS301において、制御回路11は、算出したパラメータ(ヒトKp等)を、連立微分方程式を構成する各微分方程式(式(4.1)~(4.9))に設定する。
ステップS302において、制御回路11は、肝臓のコンパートメントの微分方程式に関し、(i)肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)、及び(ii)肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)を計算して取得する。
【0124】
ステップS303において、制御回路11は、上述の式(6.4)に従って、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)及び肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)等に基づいて、肝臓における代謝によって化合物が消失する速度を示す項(Velim)を算出する。
ステップS304において、制御回路11は、化合物の消失速度項(Velim)を、式(4.4)に記載された肝臓のコンパートメントの微分方程式に設定する。
ステップS305において、制御回路11は、連立微分方程式を解いて、ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出する。連立微分方程式は、例えばルンゲグッタ法を用いて解くことができる。
【0125】
再び
図13を参照する。PBPKシミュレーションが完了すると、シミュレーション装置10はシミュレーション結果を記憶装置21に記録する、または表示装置17に表示する(S40)。シミュレーション結果としては、ヒトの各組織における化合物濃度の推移(時間的変化)を示すデータが得られる。例えば、シミュレーション装置10の制御回路11は、ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移の結果を示すグラフまたは数値列を表示装置17に表示させる。
【0126】
下記の表4は、シミュレーション装置10から出力されるデータ(パラメータ)の例を示している。
【表4】
【0127】
3.3 検証結果
上述した本開示にかかるPBPK理論を適用してシミュレーションを行い、これまでのPBPK理論に基づくシミュレーション結果と比較及び検証を行った。
【0128】
図16Aは、種々の化合物に対する静脈における血漿中濃度(Ca)の時間推移のシミュレーション結果を示すグラフの一覧である。また
図16Bは、シルデナフィル(Sildenafil)を化合物としたときの、静脈における血漿中濃度(Ca)の時間推移のシミュレーション結果を示すグラフである。各グラフにおいて、横軸は時間、縦軸は血漿中濃度を示す。また、「○」シンボルは実測値データを示し、実線は本開示による新たなPBPK理論によるシミュレーション結果を示し、破線は本発明者によるこれまでのPBPK理論によるシミュレーション結果を示している。
【0129】
図16A(a)~(j)の各グラフ(実線)と、これまでのPBPK理論によるシミュレーション結果の各グラフ(破線)とを比較する。実測値データとの関係では、例えば
図16A(c)のトルブタミド(Tolbutamide)、
図16A(d)のトラマドール(Tramadol)、
図16A(f)のドンペリドン(Domperidone)及び
図16A(g)のハロペリドール(Haloperidol)については、より確度のよいシミュレーション結果が得られている。特に、前三者については確度が非常に向上していることが理解される。他の化合物については、
図16A(b)のシクロスポリンA(Cyclosporin A)を除き、本開示にかかるPBPK理論によるシミュレーション結果はこれまでのPBPK理論によるシミュレーション結果と概ね同じである。つまり、本開示にかかるPBPK理論によれば、これまでのPBPK理論と同じかそれ以上の確度を確保することができたと言える。
【0130】
図16Bに示すシルデナフィル(Sildenafil)のシミュレーション結果は、本開示にかかるPBPK理論によるシミュレーション結果が、これまでのPBPK理論によるシミュレーション結果よりも特に大きく確度を改善できたことを示す例である。上述のように、これまでのPBPK理論では、化合物が、アルブミンと結合すると仮定し(式(2.8))、または、α1酸性糖タンパク質等と結合すると仮定した(式(2.14))。
図16Bの2本の破線による曲線は、化合物がアルブミン結合型化合物と結合したと仮定した場合、及び、α1酸性糖タンパク結合型化合物と結合したと仮定した場合に対応する。その結果、シルデナフィル(Sildenafil)のような、アルブミン及びα1酸性糖タンパク質等の両方と結合し得る化合物については、いずれの破線も、実測値のデータからは比較的大きくずれていた。
【0131】
一方、本開示にかかる新たなPBPK理論では、化合物のアルブミンへの結合分率を定量的に評価することにより、実線が実測値のデータと比較的よく一致する結果を得ることができた。これは、アルブミン及びα1酸性糖タンパク質等の両方と結合し得る化合物について消失速度velimをより精度高く推定することが可能になったことを意味する。
【0132】
次に、
図17A及び
図17Bを参照しながら、化合物全般について、本開示によるシミュレーション結果の確度が、これまでのPBPK理論によるシミュレーション結果の確度よりも高いことを説明する。指標として、全身クリアランス(CLtot)、時間0から最終採血時間まで算出した血中薬物濃度-時間曲線下面積(AUCall)及び次の投与直前の時点における化合物の濃度(Ctrough)を採用した。
【0133】
図17Aは、本開示にかかるPBPK理論によるシミュレーションの結果を示している。一方、
図17Bは、これまでのPBPK理論によるシミュレーションの結果を示している。いずれの図も、横軸が予測値であり、縦軸が実測値である。縦軸及び横軸は対数目盛である。実線は傾き1の直線を示している。シミュレーションと実測値が一致した場合には、点が実線上にプロットされる。つまり、実線に近い位置のプロットが多いほど、推定精度が高いことを意味する。実線を挟む2本の破線は、実測値を基準とした一定の幅を規定する範囲を示している。
【0134】
図17Aを参照すると、全身クリアランス(CLtot)及び化合物の濃度(Ctrough)においてそれぞれ1つずつ2本の破線の範囲から外れるプロットが存在するが、他は当該範囲内に入る。一方、
図17Bを参照すると、全身クリアランス(CLtot)において3カ所、血中薬物濃度-時間曲線下面積(AUCall)において1カ所、及び化合物の濃度(Ctrough)において5カ所、2本の破線の範囲から外れるプロットが存在する。したがって、本開示にかかるPBPK理論によるシミュレーションの結果の方が、これまでのPBPK理論によるシミュレーションの結果よりも稿確度で予測が可能であることが理解される。なお、
図17Aは、比較的精度が低かったシルデナフィル(Sildenafil)のシミュレーション結果(
図16B)も含む。
【0135】
図18Aは、実測値を基準としたときの、絶対平均フォールドエラー(absolute average fold error;AAFE)の大きさを示している。予測対象として、上述の3つの指標(CLtot, AUCall及びCtrough)に加え、さらに3つの指標、すなわち投与後0~t時間までの血漿中濃度曲線下面積(AUC0-t)、見かけ上の定常状態の分布容積(Vss)及び消失半減期(t1/2)、が追加されている。実測値(基準値)は1.00である。実線および/または破線が1.00に近いほど、予測値のずれ(誤差)が小さいことを意味する。実線及び破線は、それぞれ、本開示にかかるPBPK理論及びこれまでのPBPK理論によるシミュレーションの結果を示している。これまでのPBPK理論では、平均で約2~2.5倍以内に抑えられていたが、本開示によるPBPK理論では、平均で約1.5倍以内に抑えられることが確認された。
【0136】
なお、
図18Aの、全身クリアランス(CLtot)及び見かけ上の定常状態の分布容積(Vss)の指標に関して、それぞれ「4.6」及び「2.1」の評価値がプロットされている。この評価値は、既存の解析ソフトウェアを用いたときの評価結果であり、下記の論文のデータを使用している。
Horiuchiら、"Improved human pharmacokinetic prediction of hepatically metabolized drugs with species-specific systemic clearance."(J Pharm Sci 2018;107(5):1443-53.)
本開示による評価方法の精度は、既存の解析ソフトウェアの精度よりも遙かに向上していることが理解される。
また
図18Bは、6つの指標の各々について実測比2倍以内に入る割合(percentage within 2-fold error)を示している。実測比2倍以内に入る割合が多いほど、確度がより高いと言える。
図18Bに示すように、実線の方が破線よりも外側に位置している。これまでのPBPK理論では、約60%以上が2倍以内に入っていたが、本開示によるPBPK理論では、約80%以上が2倍以内に入ることが確認された。
【0137】
図18Bの、全身クリアランス(CLtot)及び見かけ上の定常状態の分布容積(Vss)の指標に関しても、それぞれ既存の解析ソフトウェアを用いたときの評価結果である「18.8」及び「56.3」の評価値がプロットされている。これらの評価値もまた、上記Horiuchiらの論文のデータを使用している。
本開示による評価方法の精度は、既存の解析ソフトウェアの精度よりも遙かに向上していることが理解される。
【0138】
図18A及び
図18Bに示すように、本開示にかかるPBPK理論の方が総じて確度が高いことが確認された。本発明者は、化合物の肝移行過程において、血漿中アルブミンと化合物の結合分率を見積もり、アルブミン媒介性肝移行のプロセスを定量的に見積もる実験方法及び予測方法を構築した。その結果、従来のPBPK理論によるヒト体内動態予測法と比較して、血漿中濃度推移及びPKパラメータの予測確度が改善したことを確認することができた。
【0139】
4.特定の生体内挙動を示す化合物についてのヒトの組織移行性(PK)プロファイルを予測する手法
4.1 組織移行性が経時的に増大する化合物の検討
図16A(l)のシクロスポリンA(Cyclosporin A)に関しては、上述した本開示に係るPBPK理論では、依然として確度を向上させる余地がある。本発明者は、シクロスポリンAに関する血漿中濃度推移の予測確度と実測値との誤差が比較的大きくなった理由を検討した。
【0140】
シクロスポリンAは免疫抑制剤であり、例えば臓器移植者において拒絶反応を抑えるために利用される。シクロスポリンAは環状ペプチドであり、中分子化合物に分類される。
図19は、シクロスポリンAをラットの静脈内に投与した後の、経時的な見かけの組織移行性を示すグラフである。このグラフは下記論文から引用した。
R Kawaiら、"Physiologically based pharmacokinetics of cyclosporine A: extension to tissue distribution kinetics in rats and scale-up to human,"(J Pharmacol Exp Ther. 1998 Nov;287(2):457-68.)
図19の横軸は時間(H)であり、縦軸は、化合物の組織移行性(Tissue-to-Blood Ratio)である。確認した臓器の数が多く縦軸のスケールが異なるため、見やすさのため3つに分けて記載している。
図19によれば、シクロスポリンAは時間の経過に伴って肝臓、腎臓、肺、脾臓、腸管、心臓、脂肪、胸腺等に移行し、その濃度が線形的に増加していることが分かった。
【0141】
本発明者は、受動拡散以外でシクロスポリンAの組織移行性が経時的に増大する要因を検討し、以下の仮説を立てた。
(1)シクロスポリンAが血漿中で、LDL(low-density lipoprotein)コレステロールなどのリポタンパク質と結合する。
(2)レセプター介在性エンドサイトーシスにより、組織にシクロスポリンAが蓄積される。
(3)シクロスポリンAの血漿中濃度推移にも影響する。
【0142】
上述の仮説が正しければ、シクロスポリンA以外の化合物であっても、リポタンパク質と結合する化合物であれば、同様の機序により、経時的組織移行性が増大すると推測される。なおリポタンパク質とは、脂質が血漿中に存在する態様である。
【0143】
そこで本発明者は、種々の化合物を選抜し、組織移行性を測定することにより、仮説の検証を行った。まず、本発明者は、『2018年版 世界のペプチド医薬品開発の方向性とビジネス展望』(BBブリッジ社) 収載の市販ペプチドのうちから、(i)環状ペプチドで、(ii)ヒト静脈内投与後の血漿中濃度推移の情報がある化合物で、かつ(iii)入手可能な化合物、を基準として以下の9種類の化合物を選抜した。
・シクロスポリンA(Cyclosporin A)
・オクトレオチド(Octreotide)
・デスモプレシン(Desmopressin)
・ランレオチド(Lanreotide)
・ファンギゾン(Fungizone;アムホテリシンB (Amphotericin B)のデオキシコオール酸製剤である))
・ダプトマイシン(Daptomycin)
・カスポファンギン(Caspofungin)
【0144】
図20は、9種の化合物の組織移行性の検証結果を示している。
図20の各化合物に関するグラフの横軸は時間(H)であり、 縦軸は体内の組織への移行性を示す組織-血漿間分配係数(Kptissue)である。各グラフは、各化合物が時刻0で投与され、投与後24時間が経過するまでの経時的な組織移行性の変化を示している。24時間後の組織内の化合物の濃度がKptissue値に応じて変化している。いま、24時間後の数値が高い臓器に注目する。
【0145】
シクロスポリンAに関し、24時間後に数値が高い上位4臓器は、高い方から順に、肝臓、腎臓、脂肪及び皮膚である。同様に、カスポファンギンに関し、24時間後に数値が高い上位2臓器は、高い方から順に、肝臓及び腎臓である。MTS-0814207Aの数値が高い上位1臓器は、脂肪である。ファンギゾンの数値が高い上位1臓器は腎臓である。ダプトマイシン(Daptomycin)の数値が高い上位1臓器は、肺である。MTS-0814212Aの数値が高い上位1臓器は、肝臓である。なお、残りの3臓器は消失が速やかなため評価はできなかった。
【0146】
4.2 組織移行性が経時的に増大する化合物と結合するタンパク質の種類の検討
本発明者は、上述の化合物のうちの経時的組織移行性が増大する化合物が、どのようなタンパク質と結合するかを評価した。
図21は、ヒトにおける、化合物ごとの精製タンパク結合率と血漿中のタンパク結合率との関係を示している。「精製タンパク結合率」は、アルブミン、A/G及びγグロブリン(GG)である「精製タンパク質」に対する化合物の結合率を意味する。精製タンパク質には主に低分子化合物が結合する。
【0147】
グラフ中に実線で示された、傾き1の直線は、「精製タンパク結合率」と「血漿中のタンパク結合率」とが等しいことを意味する。この直線上またはこの直線近傍にプロットされた化合物は、概ね全て、精製タンパク質と結合すると言える。逆に言えば、傾き1の直線から離れた位置にプロットされた化合物ほど、精製タンパク質以外のタンパクと結合していることが示唆されていると言える。精製タンパク質以外のタンパク質とは、主として血漿中のリポタンパク質であるが、厳密にはリポタンパク質以外のタンパク質、例えばγグロブリン以外のグロブリン(αグロブリン、βグロブリン、Φフィブリノーゲン)、も含まれ得る。しかしながら本開示においては、リポタンパク質以外のタンパク質が何であるかを具体的に特定しない。そのようなタンパク質を特定することは、当該タンパク質が化合物の血漿中濃度の推移にどのような影響を与えるかを解析する際の参考にはなり得る。しかしながら、以下に説明するように、本開示では経時的な組織移行性の傾向(プロファイル)を利用して血漿中濃度推移を予測するため、プロファイルを取得できれば十分である。
【0148】
図21では、理解のしやすさのため、傾き1の直線から離れた位置にプロットされた化合物を枠で囲んでいる。なお、当該直線から比較的離れていても、
図20で評価不能と説明したオクトレオチド及びデスモプレシンには枠は設けていない。枠を設けた化合物はペプチドの化合物である。ペプチドの化合物は、血漿中でアルブミン、α1-酸性糖タンパク質及びγグロブリン以外のタンパク質、つまりリポタンパク質、と結合することが示唆された。
【0149】
4.3 組織移行性の経時的な変化を考慮したPBPKモデルの構築
本発明者は、経時的な組織移行性が線形的に変化する化合物について、そのような変化を考慮したPBPKモデルの構築を行った。
図22Aは、ある組織について、化合物の経時的な組織移行性が線形的に変化する例を示している。横軸は、化合物が投与されてからの時刻(t)を示し、縦軸は組織移行性(Kptissue)を示している。この例では、時刻t=0において投与された化合物の組織移行性は、時刻t1までは減少し、時刻t1以降は、少なくとも時刻t2までは線形的に増加する。
【0150】
本発明者は、以下の式(7.1)により、組織移行性を算出することとした。
Kptissue(t) = S・t + Kptissue|t=0 ・・・(7.1)
ここで「S」は傾きである。Kptissue|t=0は、時刻0における組織移行性の値である。なお本明細書では、時刻t=TにおけるKptissueの値を、Kptissue|t=Tのように記述する。
【0151】
傾きSは、組織移行性の線形的な変化が定常状態にある時区間[t1,t2]における組織移行性Kptissueの傾きを意味する。すなわちSは以下の式(7.2)によって求められる。
S = (Kptissue|t=t2 - Kptissue|t=t1) / (t2 - t1)・・・(7.2)
また、Kptissue|t=0は以下の式(7.3)によって求められる。
Kptissue|t=0 = Kptissue|t=t1
- t1 × (Kptissue|t=t2 - Kptissue|t=t1) / (t2 - t1) ・・・(7.3)
【0152】
式(7.2)及び式(7.3)から理解されるように、Kptissue|t=0 は、傾きSを利用して算出される、時刻0における外挿値である。
式(7.1)に、式(7.2)及び式(7.3)で求めた傾きS及び時刻0における外挿値を代入すると、化合物の各組織への移行性を算出することができる。
【0153】
例えば
図22Bは、肝臓(liver)及び腎臓(kidney)に関する時刻0における外挿値Kp,liver|t=0、及び、Kp,r|t=0を示している。概ねt=6時間から24時間の期間の定常状態における直線を、時刻0に至るまで延長したときのKp,liver及びKp,rが、それぞれの時刻0における外挿値である。このとき式(7.1)~式(7.3)には、肝臓及び腎臓の外挿値及び傾きが代入され、肝臓及び腎臓の各組織移行性が算出される。
【0154】
組織移行性が経時的に増大する傾向を示す化合物は、治験等によって予め知ることができる。さらに、化合物ごとに、そのような傾向に、人種、性別、体格、年齢等のカテゴリに応じた個体差が存在するかもまた、治験等によって予め知ることができる。上述した定常状態を規定する時刻t1及びt2、傾き、及び、組織ごとの時刻0におけるKp外挿値はカテゴリごとに予め用意され、記憶装置21に記憶されていてもよい。ヒト血漿中濃度推移の予測を行う場合、制御回路11は、PK予測のために入力された被験者の種々の情報に応じて、その被験者が該当するカテゴリを特定し、特定されたカテゴリに対応する定常状態を規定する時刻t1及びt2、傾き、及び、組織ごとの時刻0におけるKp外挿値を読み出して上述の式(7.1)~(7.3)に適用してもよい。
【0155】
本発明者は、ラットの臓器における血漿中濃度推移を利用して、化合物の定常状態を判断することとした。具体的には、本発明者は、ラットの種々の臓器における血漿中濃度推移を予め取得し、各血漿中濃度推移を片対数グラフで表したときの、消失相の傾きが直線的になった時刻t以降を、定常状態であると判断することとした。例えば
図22Cは、ある化合物の定常状態の決定方法を説明するための図である。上述のとおり、消失相の傾きが直線的になった時刻t以降に定常状態に遷移したと判断する。
【0156】
図20に示されるように、ある化合物の組織移行性が、ある臓器においては経時的に増大する傾向を示すが、他の臓器においては経時的に増大する傾向を示さない場合がある。上述の式(7.1)~式(7.3)は、そのような化合物と、経時的に増大する傾向を示す臓器との組み合わせに関して適用することは可能である。しかしながら上述の式(7.1)~式(7.3)は、そのような化合物と、経時的に増大する傾向を示さない臓器との組み合わせに関して適用してもよい。経時的に増大しない場合、例えば傾きがほぼ0の場合、上記方法によって算出された時刻0における外挿値は、実質的に、化合物投与時点の組織移行性を表していると言えるからである。したがって、PBPKシミュレーション時には、複数のコンパートメントのうち、化合物の組織移行性が経時的に変化する少なくとも1つのコンパートメントについて、上述の式(7.1)~式(7.3)を利用して組織移行性を求めてもよい。あるいは、化合物の組織移行性が経時的に変化しないコンパートメントを含む全てのコンパートメントについて上述の式(7.1)~式(7.3)を利用して組織移行性を求めてもよい。
【0157】
以上のようにして組織ごとに得られたKp値を、式(4.1)~式(4.9)等のKp値として採用することにより、経時的な組織移行性が線形的に変化する場合であってもその変化を考慮したPBPKモデルの構築を行うことができる。これにより、血漿中の化合物濃度の推移を予測することができる。
【0158】
以下、シミュレーション装置10によって実行される具体的な処理を説明する。処理は、
図13に従って行われ、ステップS30におけるPBPKシミュレーションの内容が先の
図15の処理とは異なる。
【0159】
図23は、ステップS30(
図13)の詳細な処理の手順を示すフローチャートである。
ステップS311において、制御回路11は、算出したパラメータ(ヒトKp等)を、連立微分方程式を構成する各微分方程式(式(4.1)~(4.9))に設定する。
【0160】
ステップS312において、制御回路11は、化合物が、血液から組織への経時的移行性が線形的に増加する性質、または、リポタンパク質への結合性を有する性質を有する場合、当該組織ごとに、
・経時的な移行性が線形的に増加する場合の傾き、及び、
・当該傾きを利用した、時刻0における組織移行性の外挿値(Kptissue|t=0)
を算出する。
【0161】
なお、上述のように、傾き及び外挿値の組は、人種、性別、体格、年齢等のカテゴリに応じて異なる、組織移行性が経時的に増大する傾向ごとに複数用意されていてもよい。制御回路11は、予め入力された被験者の情報に基づいて、いずれの組を採用するかを決定してもよい。
【0162】
ステップS313において、制御回路11は、算出した傾き、及び、時刻0における組織移行性の外挿値を利用して、下記の式により、化合物の各組織への移行性(Kptissue)を算出する:
Kptissue=傾き・(化合物投与後の時間)
+時刻0における組織移行性(Kptissue|t=0)
【0163】
ステップS314において、制御回路11は、算出した移行性(Kptissue)を、当該組織の微分方程式に含まれる、化合物の当該組織への移行性を示す値として設定する。
ステップS315において、制御回路11は、連立微分方程式を解いて、ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出する。
【0164】
組織移行性が経時的に増加する場合の変化の考慮の仕方として、上述の例では一次関数(線形関数)を利用して説明したが、線形関数を用いることは必須ではない。例えば、時間-Kptissue平面上の複数の点を非線形のN次関数(N:2以上の整数)またはスプライン関数によってフィッティングしてもよい。使用する関数に応じて、その関数が時刻0において取り得る値を外挿値として算出すればよい。
【0165】
4.4 ヒト血漿中濃度推移の予測及び予測結果の検証
本発明者は、組織移行性の経時的な変化を考慮する上述の方法(本開示の検証方法A)と、従来、低分子のヒトPK予測で汎用される経験的予測手法であるデッドリック法(既存の検証方法C)とをそれぞれ用いて、ヒトの血漿中濃度推移を予測し比較した。
【0166】
図24は、本開示の検証方法A及び既存の検証方法Cの概要を示している。本発明者は、ヒトにおける経時的な組織移行性の変化は、ラットにおける経時的な組織移行性の変化との間には種差は無いと仮定し、ラットを利用して評価した。つまり、ラット血漿中濃度推移をもとにヒト血漿中濃度推移を予測した。本開示の検証方法Aでは、血漿中で結合するタンパク質の種類を考慮した。
【0167】
本開示の検証方法Aは、組織分布に応じて、組織の組成に基づく方程式を採用すること(式(4.1)~(4.9))に加えて、経時的組織移行性を考慮する(式(7.1)~(7.3))。また肝臓内のタンパク質に結合していない肝臓内の化合物の割合についても、結合可能なタンパク質を考慮している(式(6.4)、(6.5))。一方の既存の検証方法Cは、組織分布、及び肝臓内の化合物がどのようなタンパク質と結合するかについて考慮しない。
【0168】
図25は、本開示にかかる検証方法Aによる血漿中濃度推移の予測結果と実測値とを示している。「血漿中」であるから、特定の組織(臓器)についてではなく、体全体を対象とした化合物ごとの体内動態を示していることに留意されたい。
【0169】
図25の(c)の化合物(ダプトマイシン)を除く化合物については、予測結果(実線)は実測値(○)に近い値を取りながら実測値に沿って推移していることが理解される。つまり、概ね良好な確度で予測ができていると言える。なお、
図25の(c)の化合物については、極端な腎移行性の増大が認められた影響で、予測結果は実測値よりも低い値になったと推測される。
【0170】
図26は、既存の検証方法Cによる血漿中濃度推移の予測結果と実測値とを示している。
図26の(b)のシクロスポリンA及び(d)のデスモプレシンを除く化合物については、予測結果(実線)は実測値(○)に近い値を取りながら実測値に沿って推移している。
【0171】
図27Aは、実測値を基準としたときの、絶対平均フォールドエラー(absolute average fold error;AAFE)の大きさを示している。予測対象は
図18Aの例と同じである。実測値(基準値)は1.00である。実線が1.00に近いほど、予測値とのずれ(誤差)が小さいことを表している。「●」は本開示(本開示の検証方法A)による予測結果を示し、「▲」は既存の検証方法Cによる予測結果を示している。全ての指標について、本開示の検証方法Aによる予測結果の精度は、既存の検証方法Cによる予測結果の精度よりも高いことが理解される。
【0172】
図27B及び
図27Cは、それぞれ、6つの指標の各々について実測比2倍以内に入る割合(percentage within 2-fold error)及び3倍以内に入る割合(percentage within 3-fold error)を示している。「●」は本開示の検証方法Aによる予測結果を示し、「▲」は既存の検証方法Cによる予測結果を示している。実測比2倍または3倍以内に入る割合が多いほど、確度がより高いと言える。
【0173】
図27B及び
図27Cに示すように、本開示の検証方法Aの評価結果の方が既存の検証方法Cの評価結果よりも外側に位置している。したがって、本開示の検証方法Aの評価結果の方が高い予測確度を示していると言える。
【0174】
図27A~
図27Cに示すように、本開示にかかる検証方法Aの方が、ラットを用いたデッドリック法による検証方法Cよりも総じて確度が高いことが確認された。
【0175】
以上、本項目では、経時的組織移行性の増加が認められる化合物は、血漿で、アルブミン、A/G及びγグロブリン(GG)以外のタンパク質、例えばリポタンパク質、との結合が疑われるという仮説を立てた。そのような化合物は、典型的には環状ペプチド関連化合物群であり、レセプター介在性エンドサイトーシスにより組織内に取り込まれ、蓄積されると考えられる。このような仮説にしたがい構築された環状ペプチド関連化合物群のPKプロファイル予測には、経時的な組織移行性を考慮したPBPKモデルが有用である。ペプチドPBPKの予測確度は、実測比平均1.5-3倍であった。比較例としての、ラットを用いたデッドリック法の予測確度は、実測比平均2-3倍であった。したがって本開示によれば、ラットを用いたデッドリック法よりも予測確度を向上させることができた。
【0176】
上述した、
図15に示す処理、及び
図23に示す処理は、二者択一で実行される必要はなく、両方が実行されてもよい。例えば、
図15に示す処理が実行された後、
図23に示す処理が実行されてもよい。または、組織移行性が増大することが既に分かっている化合物を対象とする場合には、
図23の処理が追加的に実行されてもよい。組織移行性が増大することが既に分かっている化合物を記載したリストは予め作成されて記憶装置21に記憶され得る。制御回路11は当該リストを参照して、評価を行う化合物がリストに存在しない場合には
図15の処理を実行し、リストに存在する場合には
図23の処理を追加的に実行してもよい。
【0177】
既に述べたように、化合物の組織移行性が経時的に変化しないコンパートメントに対しても、上述の式(7.1)~式(7.3)を利用して組織移行性を求め、血漿中の、すなわち全身の化合物濃度を算出することが可能である。これは、上述の式(7.1)~式(7.3)が、化合物がいわゆる低分子化合物であるか、環状ペプチドであるか、あるいはリポタンパク質への結合性を有するかどうかに依存することなく適用可能であることを意味する。仮に化合物が低分子化合物である場合、上記項目2(「本発明者による新たなPBPK理論」)の方法によって化合物濃度の推移を予測し、かつ本項目4(特定の生体内挙動を示す化合物についてのヒトの組織移行性(PK)プロファイルを予測する手法)の方法によって化合物濃度の推移を予測すると、概ね同じ結果を得ることができる。一方、化合物が環状ペプチドの場合またはリポタンパク質への結合性を有する場合には、上記項目2の方法と本項目4の方法とによってそれぞれ求めた化合物濃度の推移の予測結果は異なる。そのため上記項目2の方法と本項目4の方法とを両方実行し、予測結果が同じであれば低分子化合物であると推定し、異なれば低分子化合物ではない(または環状ペプチドの場合またはリポタンパク質である)と推定することもできる。
【0178】
(本開示)
以上のように上記の実施形態は以下に示すコンピュータプログラム、シミュレーション装置及び方法を開示している。
【0179】
(1)コンピュータプログラムは、コンピュータに、ヒトの血漿中化合物濃度推移を予測させる。コンピュータプログラムはコンピュータに、生理学的薬物速度論(PBPK)に関する連立微分方程式(例えば、式(4.1)~(4.9))を構成する各微分方程式に所定のパラメータを設定する処理と、連立微分方程式を解かせて、ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出させる処理とを実行させる。各微分方程式は、ヒトの体内を、肝臓のコンパートメントを含む複数のコンパートメントに分けたときのコンパートメントごとに導出される、各コンパートメント内の化合物の濃度の時間変化に関する式である。肝臓のコンパートメントの微分方程式(例えば、式(4.4))は、肝臓における代謝によって化合物が消失する速度を示す項(Velim)を有する。当該項(Velim)は、(i)肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)、及び(ii)肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)、に基づいて求められる。
【0180】
上記コンピュータプログラムによれば、肝臓における化合物が消失する速度をより正確に算出することが可能である。これにより、高い予測確度でヒトPK、具体的には、ヒト血漿中濃度の推移を予測することが可能になる。
【0181】
(2)(1)のコンピュータプログラムでは、化合物が消失する速度を示す項(Velim)は、さらに(iii)肝臓における化合物の濃度(Cliver)、及び(iv)肝臓における代謝クリアランス(CLUint)に基づいて求められる。
【0182】
(3)(2)のコンピュータプログラムは、コンピュータに、Velim = (fu,p-ls,app / Kp,liver) * Cliver * CLUint によって、化合物が消失する速度を計算させる。
【0183】
上記(2)及び(3)のコンピュータプログラムによれば、消失過程を高確度で予測することが可能となり、結果として、血漿中濃度推移を確度よく予測することが可能となる。
【0184】
(4)(1)~(3)のいずれかのコンピュータプログラムにおいて、(i)の割合(fu,p-ls,app)は、
肝細胞内外のアルブミン濃度比(PLR)、
アルブミン-A/G結合分率(ABR)、及び、
血漿中の、タンパク質に結合していない化合物の見かけの割合(fu,p-app)
の関数として表される。肝細胞内外のアルブミン濃度比(PLR)は既知の生理学値である。アルブミン-A/G結合分率(ABR)及び見かけの割合(fu,p-app)は、化合物に固有の値である。
【0185】
(5)(1)~(3)のいずれかのコンピュータプログラムにおいて、肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物の割合(fu,p-ls)は、
肝細胞内外のアルブミン濃度比(PLR)、
アルブミン-A/G結合分率(ABR)、及び、
血漿中に存在する化合物のうち、血漿中のタンパク質に結合していない化合物の割合(fu,p)
の関数として表される。(i)の割合(fu,p-ls,app)は、関数における、肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物の割合(fu,p-ls)を、(i)の割合(fu,p-ls,app)に置換することによって得られる。
【0186】
(6)(5)のコンピュータプログラムにおいて、アルブミン-A/G結合分率(ABR)は、化合物とA/G結合型化合物との濃度比(KA/G)と、化合物とアルブミン結合型化合物との濃度比(KAL)との比である。A/G結合型化合物は、α1-酸性糖タンパク質及びγグロブリンを含むタンパク質と結合可能な化合物である。
【0187】
(7)(1)~(6)のいずれかのコンピュータプログラムにおいて、化合物、アルブミン結合型化合物及びA/G結合型化合物を含む環境において、アルブミン結合型化合物及びA/G結合型化合物と化合物との結合が平衡状態にあり血漿中のタンパク質に結合していない化合物の濃度が均一である場合において、アルブミン-A/G結合分率(ABR)は、化合物のアルブミンへの結合分率と、化合物のタンパク質A/Gへの結合分率との比によって計算される。
【0188】
(8)(1)~(7)のいずれかのコンピュータプログラムにおいて、アルブミン結合型化合物、A/G結合型化合物、及び、アルブミン及びタンパク質A/Gの両方に結合する代謝消失型化合物のうちから選択された化合物について、アルブミン-A/G結合分率(ABR)が、定数として予め格納されている。
【0189】
(9)(1)~(8)のいずれかのコンピュータプログラムにおいて、化合物は、体内の組織への経時的な移行性が増大しない性質を有する。
【0190】
(10)(1)~(8)のいずれかのコンピュータプログラムにおいて、複数のコンパートメントのうちの少なくとも1つのコンパートメントについて、化合物が、血液から、少なくとも1つのコンパートメントに含まれる組織への経時的な移行性が線形的に増加する性質を有する、またはリポタンパク質への結合性を有する場合において、体内の組織への移行性(Kptissue)は、組織移行性算出式:
Kptissue=傾き・(化合物投与後の時間)+時刻0における組織移行性(Kptissue|t=0)
によって表される。傾きは、経時的な移行性が線形的に増加する場合の傾きである。時刻0における組織移行性(Kptissue|t=0)は、傾きを利用して算出される、時刻0における外挿値である。コンピュータプログラムはコンピュータに、所定のパラメータとして、算出した体内の組織への移行性(Kptissue)を、少なくとも1つのコンパートメントに関する微分方程式中の、組織への移行性を示す値として設定させる。
【0191】
(11)(10)のコンピュータプログラムにおいて、複数のコンパートメントの各々について、体内の組織への移行性(Kptissue)は、組織移行性算出式を用いて算出される。コンピュータプログラムはコンピュータに、所定のパラメータとして、算出した体内の組織への移行性(Kptissue)を、各コンパートメントに関する微分方程式中の、各組織への移行性を示す値として設定させる。
【0192】
(12)(10)または(11)のコンピュータプログラムにおいて、化合物は環状ペプチドである。
【0193】
(13)(1)~(12)のいずれかのコンピュータプログラムにおいて、複数のコンパートメントは、肺、皮膚、脂肪、腎臓、筋肉、肝臓、腸管の各コンパートメントを含む。
【0194】
(14)(1)~(13)のいずれかのコンピュータプログラムは、静脈内投与、経口投与、皮下投与、筋肉内投与、直腸/経腸投与、口腔内/舌下投与、及び鼻腔/吸入投与のうちから選択された1以上の投与方法によって投与されてヒトの血漿中に分布する化合物の濃度推移をコンピュータに予測させる。
【0195】
(15)上記の実施形態は、(1)~(14)のいずれかのコンピュータプログラムを格納したメモリと、コンピュータである制御回路であって、コンピュータプログラムを実行してヒトの血漿中化合物濃度の時間推移を算出する制御回路とを有するシミュレーション装置を開示する。
【0196】
(16)(15)のシミュレーション装置は表示装置をさらに備えている。化合物がリポタンパク質への結合性を有する場合において、表示装置は、制御回路が実行して算出した、ヒトの血漿中化合物濃度の時間推移の結果を示すグラフまたは数値列を表示する。
【0197】
(17)方法は、生理学的薬物速度論(PBPK)を用いて、ヒトの肝臓における化合物が消失する速度を予測する。方法は、肝臓の表面近傍における血漿中の、タンパク質に結合していない化合物のうち、非イオン型で存在する化合物の割合(fu,p-ls,app)を算出すること、肝臓における化合物の組織移行性(Kp,liver)を算出すること、及び割合(fu,p-ls,app)及び割合(fu,p-ls,app)に基づいて、ヒトの肝臓における代謝によって化合物が消失する速度(Velim)を求めることを包含する。
【0198】
上述の実施形態は、本開示における技術を例示する目的で説明された。当業者は、特許請求の範囲またはその均等の範囲において種々の変更、置き換え、付加、省略などを行うことができる。
【符号の説明】
【0199】
10 シミュレーション装置
11 制御回路
17 表示装置
19 入力装置
21 記憶装置
25 インタフェース装置