(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022107646
(43)【公開日】2022-07-22
(54)【発明の名称】アデノ随伴ウイルス(AAV)キャプシドタンパク質の変異体
(51)【国際特許分類】
C12N 15/35 20060101AFI20220714BHJP
C07K 14/015 20060101ALI20220714BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20220714BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20220714BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220714BHJP
C12N 7/01 20060101ALI20220714BHJP
【FI】
C12N15/35
C07K14/015 ZNA
C12N1/15
C12N1/19
C12N5/10
C12N7/01
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022080954
(22)【出願日】2022-05-17
(62)【分割の表示】P 2018564682の分割
【原出願日】2018-01-29
(31)【優先権主張番号】P 2017014377
(32)【優先日】2017-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 医療分野研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム 「AAV中空粒子を用いる臓器特異的DDSの臨床応用に向けた開発」 委託事業 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】500557048
【氏名又は名称】学校法人日本医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】510147776
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
(71)【出願人】
【識別番号】302019245
【氏名又は名称】タカラバイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【弁理士】
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】岡田 尚巳
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩典
(72)【発明者】
【氏名】喜納 裕美
(72)【発明者】
【氏名】榎 竜嗣
(72)【発明者】
【氏名】西江 敏和
(72)【発明者】
【氏名】峰野 純一
(57)【要約】
【課題】組換えAAVによる標的細胞への遺伝子導入効率の向上及び/又は遺伝子発現効率の向上のために、AAVキャプシドタンパク質の変異体を提供すること。
【解決手段】アデノ随伴ウイルス(AAV)キャプシドタンパク質の変異体であって、該変異体は、野生型のAAVキャプシドタンパク質のアミノ酸配列と比べてPLA2ドメインに少なくとも1つのアミノ酸置換を含み、該変異体は、AAV2以外のAAV(但し、マーモセット由来のAAVを除く)の変異体であり、該少なくとも1つのアミノ酸置換は、配列番号2で示される野生型のAAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における(1)3位、(2)6位、および(3)68位に対応する位置にアミノ酸置換を含み、該アミノ酸置換がそれぞれ、(1)セリンまたはトレオニンへの置換、(2)リシン、アルギニンまたはヒスチジンへの置換、および(3)バリン、ロイシンまたはイソロイシンへの置換である、AAVキャプシドタンパク質の変異体が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アデノ随伴ウイルス(AAV)キャプシドタンパク質の変異体であって、該変異体は、野生型のAAVキャプシドタンパク質のアミノ酸配列と比べてPLA2ドメインに少なくとも1つのアミノ酸置換を含み、
該変異体は、AAV2以外のAAV(但し、マーモセット由来のAAVを除く)の変異体であり、
該少なくとも1つのアミノ酸置換は、配列番号2で示される野生型のAAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における(1)3位、(2)6位、および(3)68位に対応する位置にアミノ酸置換を含み、該アミノ酸置換がそれぞれ、(1)セリンまたはトレオニンへの置換、(2)リシン、アルギニンまたはヒスチジンへの置換、および(3)バリン、ロイシンまたはイソロイシンへの置換である、AAVキャプシドタンパク質の変異体。
【請求項2】
配列番号2で示される野生型のAAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における(1)3位、(2)6位、および(3)68位に対応する位置のアミノ酸置換がそれぞれ、(1)トレオニンへの置換、(2)ヒスチジンへの置換、および(3)バリン、ロイシンまたはイソロイシンへの置換である、請求項1に記載のAAVキャプシドタンパク質の変異体。
【請求項3】
請求項1または2に記載のAAVキャプシドタンパク質の変異体をコードする核酸。
【請求項4】
請求項3に記載の核酸を含む細胞。
【請求項5】
請求項4に記載の細胞を培養して組換えAAV粒子を産生させる工程を包含する、組換えAAV粒子の製造方法。
【請求項6】
AAV Repタンパク質をコードする核酸、AAV粒子形成に必要なアデノウイルス由来要素をコードする核酸およびAAVゲノムDNAの塩基配列を有する核酸をさらに含む請求項4に記載の細胞を培養する工程を包含する、請求項5に記載の組換えAAV粒子の製造方法。
【請求項7】
請求項1または2に記載のAAVキャプシドタンパク質の変異体を含む組換えAAV粒子。
【請求項8】
請求項7に記載の組換えAAV粒子を含む組成物。
【請求項9】
請求項7に記載の組換えAAV粒子を標的細胞に接触させる工程を含む、標的細胞へのイン・ビトロ遺伝子導入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アデノ随伴ウイルス(AAV)キャプシドタンパク質の変異体に関する。本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体は、特に標的細胞への遺伝子の導入及び/又は標的細胞での導入遺伝子の発現に有用である。
【背景技術】
【0002】
アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated virus:AAV)は、ヒトや霊長目などの哺乳動物に感染する直径約20nmの非エンベロープウイルスで、パルボウイルス科、ディペンドウイルス属に分類される。現在までに、多数のAAVの血清型が同定されており(例えば、非特許文献1)、血清型によって感染する動物種や細胞種が異なることが知られている。
【0003】
AAVゲノムはおよそ4.7kbの一本鎖DNA(single stranded DNA:ssDNA)で、両端にはそれぞれ約145塩基の逆方向末端反復(inverted terminal repeat:ITR)配列がある。ITR配列はそれ自身がワトソン-クリック塩基対を形成し、AAVゲノムの複製やパッケージングに必要なシスエレメントを含むT型のヘアピン構造を形成する。AAVゲノムのITR配列に挟まれた領域には、2つのオープンリーディングフレーム(open reading frame:ORF)が存在する。片方のORF(rep遺伝子とも呼ばれる)は4種のRepタンパク質(Rep78、Rep68、Rep52及びRep40)をコードし、もう片方のORF(cap遺伝子とも呼ばれる)は3種のキャプシドタンパク質(VP1、VP2及びVP3)及び集合活性化タンパク質(assembly-activating protein:AAP)をコードする。Repタンパク質はヘリカーゼ活性をもち、外殻形成を引き起こすために必要であるとともに、AAVゲノムが宿主細胞の染色体へ組込まれるためにも必要である。一方、VP1、VP2及びVP3は、1:1:10の比率で合計60の分子が集合し、正二十面体のAAV外殻を形成する。VP1、VP2及びVP3の主な違いはN末端領域で、例えば、VP1のN末端にはホスホリパーゼA2(phospholipase A2:PLA2)ドメインが存在する。PLA2ドメインはVP1にのみ存在するため、VP1のN末端領域はVP1特異領域(VP1 unique region:VP1u)とも呼ばれる。PLA2ドメインは、通常はAAV粒子の内側に存在するが酸性条件下ではAAV粒子の外側に露出することが知られており、細胞内に侵入したAAVがエンドソームから回避し核移入する際などに必要であると考えられている(非特許文献2)。なお、AAPはAAV外殻の形成に必要なタンパク質である。
【0004】
自然界でのAAVの複製はアデノウイルスやヘルペスウイルスなどのヘルパーウイルスの存在に左右される。すなわち、ヘルパーウイルスが存在する場合、AAVゲノムは宿主細胞内で複製され、AAVゲノムを含む完全なAAV粒子が形成され、AAV粒子は宿主細胞から放出される。一方、ヘルパーウイルスが存在しない場合、AAVゲノムはエピソームに維持されるか又は宿主染色体に組込まれ、潜伏状態となる。
【0005】
AAVはヒトを含む広範な種の細胞に感染可能で、血球、筋、神経細胞などの分化を終えた非分裂細胞にも感染すること、ヒトに対する病原性がないため副作用の心配が低いこと、ウイルス粒子が物理化学的に安定であることなどから、先天性遺伝子疾患の治療の他、癌や感染症の治療を目的とした遺伝子治療法に用いる遺伝子導入用のベクターとしての利用価値が、近年注目されている。
【0006】
遺伝子組換えAAV(以下、組換えAAV)の製造は、通常、AAV粒子形成に必須な要素を核酸構築物の形で細胞に導入することにより、ウイルスを産生する能力を有する細胞(以下、ウイルス産生細胞)を作製し、当該細胞を培養してAAV粒子形成に必須な要素を発現させることで行われる。一般的には、前記AAV粒子形成に必須な要素のうち、シス供給を要するものとトランス供給可能なものとをそれぞれ別の核酸構築物として細胞に導入することで、野生型AAVの産生、及び組換えAAVの感染先での自立複製を防ぐ方法が取られる。
【0007】
すなわち、一般的には、以下の3種のプラスミドを細胞に導入することにより、ウイルス産生細胞を作製する。1)両端のITR配列を残し、rep遺伝子とcap遺伝子を除去し、代わりに所望の異種ポリヌクレオチド(導入遺伝子と記載する場合もある)を搭載した組換えAAVゲノム、を供給するためのプラスミド(以下、ベクタープラスミド)、2)Repタンパク質とキャプシドタンパク質とを供給するためのプラスミド(以下、パッケージングプラスミド)、3)アデノウイルス由来要素のうち、AAV粒子形成に必須な要素のみを供給するためのプラスミド(以下、ヘルパープラスミド)。
【0008】
所望の異種ポリヌクレオチドを搭載した組換えAAV粒子を使用することで、さまざまな標的細胞または標的臓器に長期的に安定した遺伝子導入が可能である。現在までに、骨格筋細胞、肝細胞(肝臓)、心筋細胞(心臓)、神経細胞、膵腺細胞、膵島細胞に遺伝子を導入できることが示されている。更に組換えAAVは、ヒト臨床試験において使用された実績を有する。
【0009】
一方で、キャプシドタンパク質を改変することにより、AAVの細胞指向性を変化させたり(特許文献1)、遺伝子導入効率を向上させたりする試み(例えば、特許文献2や特許文献3)が行われている。例えば、特許文献2には、AAVの外殻表面に存在にする抗原性の残基を別のアミノ酸に置換することにより、中和抗体によるAAV粒子の除去を回避することでAAVは長時間生体内で存在可能となり、結果として遺伝子導入効率が向上することが記載されている。また、特許文献3には、AAVの外殻表面に存在にするチロシン残基を別のアミノ酸(例えば、フェニルアラニン)に置換することにより、細胞内でのチロシンのユビキチン化が阻害され、AAVはユビキチン-プロテアソーム系加水分解を回避することにより長時間生体内で存在可能となり、結果として遺伝子導入効率が向上することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第WO2014/103957号パンフレット
【特許文献2】国際公開第WO2014/194132号パンフレット
【特許文献3】国際公開第WO2008/124724号パンフレット
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Vandenberghe et al.、Human Gene Therapy、第21巻、1251-1257頁、2010年
【非特許文献2】Kronenberg et al.、Journal of Virology、第79巻、5296-5303頁、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述のように、これまでに、AAVキャプシドタンパク質を改変することにより、遺伝子導入効率を向上させる試みが行われてきた。しかし、組換えAAVによる遺伝子導入効率の向上及び/又は遺伝子発現効率の向上には、未だ改善の余地がある。すなわち、標的細胞へのAAVの感染及び導入遺伝子の発現は複数のステップを経るため、各ステップを改善することにより、相乗的に、遺伝子導入効率の向上及び/又は遺伝子発現効率の向上が可能であると考えられる。
【0013】
本発明の目的は、組換えAAVによる標的細胞への遺伝子導入効率の向上及び/又は遺伝子発現効率の向上のために、AAVキャプシドタンパク質の変異体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意努力した結果、新規のAAVキャプシドタンパク質の変異体を利用することにより、高効率で標的細胞に所望の遺伝子を導入し、該細胞内で該遺伝子を強く発現させることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0015】
すなわち、本発明は
[1]アデノ随伴ウイルス(AAV)キャプシドタンパク質の変異体であって、該変異体は野生型のAAVキャプシドタンパク質のアミノ酸配列と比べてPLA2ドメインに少なくとも1つのアミノ酸置換を含み、当該アミノ酸置換は、AAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における
(1)3位のアラニン、
(2)6位のチロシン、
(3)68位のアラニン、
(4)87位のアスパラギン酸、
(5)91位のロイシン、
(6)149位のセリン、
(7)150位のプロリン、および
(8)156位のセリン
からなる群より選択される1以上の位置、またはAAV2以外のAAVのVP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における上記(1)~(8)に対応する1以上の位置にある、AAVキャプシドタンパク質の変異体、
[2]アミノ酸置換が、AAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における
(1)3位のアラニンからトレオニンへの置換(A3T)、
(2)6位のチロシンからヒスチジンへの置換(Y6H)、
(3)68位のアラニンからバリンへの置換(A68V)、
(4)87位のアスパラギン酸からアスパラギンへの置換(D87N)、
(5)91位のロイシンからプロリンへの置換(L91P)、
(6)149位のセリンからチロシンへの置換(S149Y)、
(7)150位のプロリンからヒスチジンへの置換(P150H)、および
(8)156位のセリンからチロシンへの置換(S156Y)
からなる群より選択される1以上のアミノ酸置換、またはAAV2以外のAAVのVP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における上記(1)~(8)に対応する1以上のアミノ酸置換である、[1]に記載のAAVキャプシドタンパク質の変異体、
[3]アミノ酸置換が、AAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における
(1)3位のアラニンからトレオニンへの置換(A3T)、
(2)6位のチロシンからヒスチジンへの置換(Y6H)、および
(3)68位のアラニンからバリンへの置換(A68V)
からなる群より選択される1以上のアミノ酸置換、またはAAV2以外のAAVのVP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における上記(1)~(3)に対応する1以上のアミノ酸置換である、[1]に記載のAAVキャプシドタンパク質の変異体、
[4]AAV2キャプシドタンパク質の変異体である、[1]~[3]のいずれかに記載の変異体、
[5][1]~[4]のいずれかに記載のAAVキャプシドタンパク質の変異体をコードする核酸、
[6][5]に記載の核酸を含む細胞、
[7][6]に記載の細胞を培養して組換えAAV粒子を産生させる工程を包含する、組換えAAV粒子の製造方法、
[8]AAV Repタンパク質をコードする核酸、AAV粒子形成に必要なアデノウイルス由来要素をコードする核酸およびAAVゲノムDNAの塩基配列を有する核酸をさらに含む[6]に記載の細胞を培養する工程を包含する、[7]に記載の組換えAAV粒子の製造方法、
[9][1]~[4]のいずれかに記載のAAVキャプシドタンパク質の変異体を含む組換えAAV粒子、
[10][9]に記載の組換えAAV粒子を含む組成物、および
[11][9]に記載の組換えAAV粒子を標的細胞に接触させる工程を含む、標的細胞への遺伝子導入方法
に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、標的細胞への遺伝子導入に有用な遺伝子導入システムが提供される。本発明の組換えAAV粒子は、高効率で標的細胞に遺伝子を導入し、標的細胞内に導入した遺伝子を高効率で転写させ、強く発現させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図2】実施例3の蛍光顕微鏡観察の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本明細書において「アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated virus:AAV)」とは、パルボウイルス科、ディペンドウイルス属に分類される、ヒトを含む霊長目の動物やその他の哺乳類に感染する小型のウイルスを指す。AAVはエンベロープを持たない正20面体の外殻とその内部に一本鎖ゲノムDNAを有する。本明細書において、特に記載する場合を除き、AAVは野生型ウイルス及びその派生物を含み、また、全ての血清型及びクレードを含む。なお、本明細書においてAAV粒子の血清型について述べる場合、キャプシドの由来となる血清型を基準とする。すなわち、組換えAAV粒子の調製時に使用されるcap遺伝子の由来に基づいてその組換えAAV粒子の血清型を決定するものとし、組換えAAV粒子中に封入されているAAVゲノムの血清型には依存しないものとする。例えば、キャプシドタンパク質がAAV6由来で、組換えAAV粒子中に封入されているAAVゲノム中のITR配列がAAV2由来の場合は、本明細書中では当該組換えAAV粒子は血清型6とする。
【0019】
本明細書において「キャプシドタンパク質」とは、ウイルスのゲノムに存在するcap遺伝子にコードされるタンパク質で、ウイルスの外殻を構成するタンパク質を意味する。野生型AAVゲノムまたはcap遺伝子は、3種類のキャプシドタンパク質(VP1、VP2及びVP3)をコードする。本明細書においては、VP1、VP2及びVP3のいずれもがキャプシドタンパク質に含まれる。
【0020】
本明細書において「AAV粒子」とは、完全な外殻構造を持つ粒子を意味する。外殻の内側にAAVゲノムを含んでいてもよいし、AAVゲノムを含んでいなくてもよい。すなわち、本明細書において、組換えAAVゲノムを含むAAV粒子(AAVベクターと呼ぶこともある)も、AAVゲノムを含んでいないAAV様粒子(例えば、AAV中空粒子:国際公開第2012/144446号パンフレット)もAAV粒子の範疇である。
【0021】
本明細書において「組換え」とは、遺伝子組換え技術を用いて作製することを意味する。すなわち、例えば、組換えAAV粒子とは遺伝子組換え技術を用いて作製されたAAV粒子を意味し、組換えDNAとは遺伝子組換え技術を用いて作製されたDNAを意味する。
【0022】
本明細書において「野生型」とは、種の中で、野生の集団に最も多くみられる型を意味する。突然変異型に対して、野生型は基本と考えられる表現型またはその個体を指す。野生型は、別名として「正常型」とも呼ばれる。一方、本明細書において「変異体」とは、変異を起こした遺伝子が形質的な変化として現れているタンパク質、ウイルス、細胞、個体などを意味する。また、本明細書において「変異体」とは、変異を起こした遺伝子自体を指すこともある。
【0023】
本明細書において「アミノ酸置換」とは、非同義な(non-synonymous)変異により、タンパク質分子中のあるアミノ酸が別のアミノ酸に変わることを意味する。アミノ酸置換は種間や個体差に起因して天然に生ずるものであってもよく、また、人工的に誘発されたものであってもよい。人工的な誘発は公知の方法により行えばよく、特に限定はないが、例えば、公知の手法により、ポリペプチドをコードする核酸に塩基の置換、欠失、付加もしくは挿入を導入することにより、当該ポリペプチドのアミノ酸配列に1もしくは数個のアミノ酸置換を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドを製造することができる。
【0024】
本発明を以下に詳細に説明する。
(I)AAVキャプシドタンパク質の変異体
本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体は、AAVキャプシドタンパク質のアミノ酸配列において少なくとも1つのアミノ酸が別のアミノ酸に置換されることにより、作製される。当該AAVキャプシドタンパク質の変異体を利用することにより、高効率で標的細胞に遺伝子を導入し、該細胞内で該遺伝子を強く発現させることができる。
【0025】
本発明で使用できるAAVキャプシドタンパク質の血清型や由来は特に限定はなく、公知のいずれの血清型または由来のAAVのキャプシドタンパク質も使用できる。本発明で使用できるAAVキャプシドタンパク質として、特に限定されないが、1型AAV(AAV1)、2型AAV(AAV2)、3型AAV(AAV3aおよびAAV3b)、4型AAV(AAV4)、5型AAV(AAV5)、6型AAV(AAV6)、7型AAV(AAV7)、8型AAV(AAV8)、9型AAV(AAV9)、10型AAV(AAV10)、11型AAV(AAV11)、12型AAV(AAV12)、13型AAV(AAV13)などの霊長類由来のAAV、およびトリAAV、ウシAAV、イヌAAV、ウマAAV、ヒツジAAV、ヤギAAVなどの霊長類以外の動物由来のAAVなど、任意のAAVのキャプシドタンパク質が例示される。また、公知のいずれの血清型のAAVから派生したAAVキャプシドタンパク質や、公知のいずれの組換えAAVのキャプシドタンパク質も本発明で使用できる。例えば、遺伝子導入効率及び/又は遺伝子発現効率が向上することが知られている公知の変異と、本発明で同定されたアミノ酸置換とを同時にAAVキャプシドタンパク質に導入することにより、該キャプシドタンパク質を有するAAVによる遺伝子導入効率及び/又は遺伝子発現効率を相乗的に増加させることができる可能性がある。さらに、本発明は安定性や細胞指向性を変化させる公知の変異と組み合わせてもよい。本発明においては、AAV2のキャプシドタンパク質が好適に使用できる。野生型AAV2 VP1のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0026】
AAV2のキャプシドタンパク質のアミノ酸配列の各アミノ酸位置に対応する、AAV2以外の血清型またはクレードのAAVのキャプシドタンパク質のアミノ酸配列における位置を、当業者は容易に特定することができる。例えば、Gaoら、米国科学アカデミー紀要(Proc.Natl.Acad.Sci.U S A.)、第99巻、第18号、11854-11859頁、2002年に記載されるVP1のアミノ酸配列のアライメントを参照することができる。
【0027】
本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体におけるアミノ酸置換の位置は、野生型AAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における(1)3位のアラニン、(2)6位のチロシン、(3)68位のアラニン、(4)87位のアスパラギン酸、(5)91位のロイシン、(6)149位のセリン、(7)150位のプロリン、および(8)156位のセリンから選択されるか、またはAAV2以外のAAVのVP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における上記(1)~(8)に対応する位置から選択される。本明細書において、「AAV2以外のAAV」とは、AAV2以外の血清型またはクレードのAAVを意味し、例えば、限定するものではないが、AAV1、AAV3(AAV3aおよびAAV3b)、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、AAV12、AAV13、ならびにトリAAV、ウシAAV、イヌAAV、ウマAAV、ヒツジAAV、およびヤギAAVなどの霊長類以外の動物由来のAAVが含まれる。本明細書において、「対応する位置」または「対応する1以上の位置」とは、本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体がAAV2キャプシドタンパク質変異体である場合は、上記(1)~(8)で示されたアミノ酸位置であり、本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体がAAV2以外の血清型またはクレードのAAVのキャプシドタンパク質変異体である場合は、当該血清型またはクレードのAAVのVP1キャプシドタンパク質アミノ酸配列における上記(1)~(8)に相当する位置を意味する。このようなAAV2以外の血清型またはクレードのAAVのVP1キャプシドタンパク質アミノ酸配列における対応する位置は、上記したように、当業者により容易に特定される。
【0028】
前記アミノ酸置換の位置は、すべてPLA2ドメインに存在する。PLA2ドメインはVP1には存在するが、VP2やVP3には存在しない。すなわち、本発明で使用できるキャプシドタンパク質は、VP1など、PLA2ドメインを含むタンパク質が好適である。PLA2ドメインを含むタンパク質として、特に限定されないが、全長VP1、VP1フラグメント、PLA2ドメイン、PLA2ドメインと別のタンパク質との融合蛋白質、などが例示される。
【0029】
本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体では、所望の機能が得られるのであれば、置換後のアミノ酸残基は特に限定されない。また、所望の機能が得られるのであれば、置換後のアミノ酸残基は、天然のアミノ酸でもよいし、人工のアミノ酸でもよい。一部の特殊なものを除き、天然には20種類のアミノ酸が存在するが、それらのアミノ酸は構造によって、いくつかの群に分類される。特に限定されないが、例えば、A群.グリシン、アラニン; B群.バリン、ロイシン、イソロイシン; C群.アスパラギン酸、グルタミン酸; D群.アスパラギン、グルタミン; E群.セリン、トレオニン; F群.リシン、アルギニン、ヒスチジン; G群.フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン; H群.システイン、メチオニン; I群.プロリン、である。同一群に含まれるアミノ酸残基は同様の性質を示すため、相互に置き換えることが可能であると予想される。
【0030】
特に限定はされないが、アミノ酸置換として、例えば、AAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における(1)3位のアラニンからトレオニンへの置換(A3T)、(2)6位のチロシンからヒスチジンへの置換(Y6H)、(3)68位のアラニンからバリンへの置換(A68V)、(4)87位のアスパラギン酸からアスパラギンへの置換(D87N)、(5)91位のロイシンからプロリンへの置換(L91P)、(6)149位のセリンからチロシンへの置換(S149Y)、(7)150位のプロリンからヒスチジンへの置換(P150H)、および(8)156位のセリンからチロシンへの置換(S156Y)、またはAAV2以外のAAVのVP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における上記(1)~(8)に対応するアミノ酸置換が例示される。本明細書において、「対応するアミノ酸置換」または「対応する1以上のアミノ酸置換」とは、本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体がAAV2キャプシドタンパク質変異体である場合は、上記(1)~(8)で示されたアミノ酸置換であり、本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体がAAV2以外の血清型またはクレードのAAVのキャプシドタンパク質変異体である場合は、当該血清型またはクレードのAAVのVP1キャプシドタンパク質アミノ酸配列における上記(1)~(8)に示されるアミノ酸位置に相当する位置における同様のアミノ酸置換を意味する。上記したように、AAV2以外の血清型またはクレードのAAVのVP1キャプシドタンパク質アミノ酸配列における対応するアミノ酸位置は、当業者により容易に特定される。
【0031】
好適には、アミノ酸置換として、AAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における(1)3位のアラニンからトレオニンへの置換(A3T)、(2)6位のチロシンからヒスチジンへの置換(Y6H)、および(3)68位のアラニンからバリンへの置換(A68V)からなる群より選択される1以上のアミノ酸置換、またはAAV2以外のAAVのVP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における上記(1)~(3)に対応するアミノ酸置換の群より選択される1以上のアミノ酸置換が例示される。
【0032】
さらに好適には、アミノ酸置換として、AAV2 VP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における(1)3位のアラニンからトレオニンへの置換(A3T)、(2)6位のチロシンからヒスチジンへの置換(Y6H)、および(3)68位のアラニンからバリンへの置換(A68V)からなる3つのアミノ酸置換、またはAAV2以外のAAVのVP1キャプシドタンパク質のアミノ酸配列における上記(1)~(3)に対応するアミノ酸置換からなる3つのアミノ酸置換が例示される。例えば、野生型AAV2のVP1に3つのアミノ酸置換(A3T/Y6H/A68V)を導入することにより得られる、配列番号6で表されるタンパク質は、本発明の一例である。
【0033】
(II)AAVキャプシドタンパク質の変異体をコードする核酸
本発明は、AAVキャプシドタンパク質の変異体をコードする核酸を提供する。本発明の核酸は、前記(I)のAAVキャプシドタンパク質の変異体をコードする。本発明の核酸は、AAVキャプシドタンパク質をコードする核酸(cap遺伝子)の核酸配列において少なくとも1つの塩基が別の塩基に置換されることにより、作製される。
【0034】
本発明の核酸は、DNAの形態で存在し得るが、場合によってはRNAの形態や、DNAとRNAとのキメラであってもよい。また、本発明の核酸には、相補的な核酸(例えば、cDNA)も含まれる。本発明の核酸は、一本鎖であってもよいし、二本鎖であってもよいが、好ましくは二本鎖である。
【0035】
本発明で使用できるAAVのcap遺伝子の血清型や由来は特に限定はなく、公知のいずれの血清型のAAVのcap遺伝子も使用できる。本発明で使用できるAAVの血清型として、特に限定されないが、1型AAV(AAV1)、2型AAV(AAV2)、3型AAV(AAV3aまたはAAV3b)、4型AAV(AAV4)、5型AAV(AAV5)、6型AAV(AAV6)、7型AAV(AAV7)、8型AAV(AAV8)、9型AAV(AAV9)、10型AAV(AAV10)、11型AAV(AAV11)、12型AAV(AAV12)、13型AAV(AAV13)、トリAAV、ウシAAV、イヌAAV、ウマAAV、ヒツジAAV、ヤギAAVなど、任意のAAVが例示される。また、公知のいずれの血清型のAAVから派生したAAVのcap遺伝子や、公知のいずれの組換えAAVのcap遺伝子も本発明で使用できる。本発明においては、AAV2のcap遺伝子が好適に使用できる。野生型AAV2のcap遺伝子の核酸配列(VP1をコードする核酸配列)を配列番号1に示す。
【0036】
AAVキャプシドタンパク質の変異体をコードする核酸として、特に限定されないが、AAV2 VP1(A68V)をコードする核酸配列(配列番号3)やAAV2 VP1(A3T/Y6H/A68V)をコードする核酸配列(配列番号5)が例示される。
【0037】
本発明の核酸は、適切な制御配列と作動可能に連結してもよい。制御配列には、プロモーター配列、ポリアデニル化シグナル、転写終止配列、上流の調節ドメイン、内部リボソーム進入部位(internal ribosome entry sites:IRES)、エンハンサーなどが含まれる。プロモーター配列には、誘導性プロモーター配列、構成的プロモーター配列が含まれる。制御配列はキャプシドタンパク質の由来となるAAVに固有のものであっても外来性のものであってもよく、天然配列であっても合成配列であってもよい。本発明の核酸を含む、AAVキャプシドタンパク質の変異体を発現可能な組換えDNAも本発明に包含される。
【0038】
前記組換えDNAは、試験管内、生体外及び生体内の細胞へ本発明の核酸を送達し、当該細胞にAAVキャプシドタンパク質の変異体を発現する能力を付与するのに有用である。そして、本発明の核酸が送達された細胞は組換えAAV粒子を製造するのにも有用である。当該組換えDNAは特に、真核細胞、好ましくは動物細胞、より好ましくは哺乳類細胞へ本発明の核酸を送達又は導入するのに用いることができる。
【0039】
本発明では、ベクターとして使用されているDNAに本発明の核酸を保持させて組換えDNAを作製することができる。例えば、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、コスミド、エピソーマルDNA、ウイルスゲノムなどが使用できる。
【0040】
例えば、プラスミドに、本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体をコードする核酸(cap遺伝子)を保持させることにより、パッケージングプラスミドを作製することができる。パッケージングプラスミドは、更にRepタンパク質をコードする核酸(rep遺伝子)など、任意の核酸配列を含んでもよい。
【0041】
公知のパッケージングプラスミドに搭載されたcap遺伝子の核酸配列において、PLA2ドメインコーディング領域における少なくとも1つの塩基を別の塩基に置換することによっても、本発明の核酸を含む組換えDNAを作製することができる。前記パッケージングプラスミドとして、特に限定はされないが、cap遺伝子を搭載したパッケージングプラスミド、好適にはcap遺伝子とrep遺伝子とを搭載したパッケージングプラスミド、が例示される。pAAV-Ad-ACG2(配列番号7)は、cap遺伝子とrep遺伝子とを搭載したパッケージングプラスミドの一例である。
【0042】
核酸に塩基の置換を導入する方法は、公知の方法により行えばよく、特に限定はないが、市販の試薬、例えばMutagenesis Basal Kit(タカラバイオ社製)を使用して、キットに付属の説明書に従ってPCRを行うことにより、達成できる。
【0043】
(III)本発明の核酸を含む細胞
本発明はまた、本発明の核酸、具体的には前記(II)の組換えDNAを含む細胞、例えば単離された細胞を提供する。単離された細胞は、例えばインビトロで維持されている細胞株である。本発明の細胞は、以下に説明するように本発明の組換えAAV粒子の製造に有用である。本発明の細胞がウイルス粒子を製造するために使用される場合、該細胞は「ウイルス産生細胞」と称される(パッケージング細胞、又はプロデューサー細胞と称されることもある)。本発明の細胞は、前記(II)記載の本発明の組換えDNAがゲノムに組み込まれても良く、AAVキャプシドタンパク質変異体を一過性に発現するように前記の組換えDNAが細胞内に保持されていても良い。
【0044】
本発明の核酸を含む組換えDNA(核酸構築物)を細胞に導入する方法としては、一過性、又は恒常的な導入方法が例示される。一過性に導入する方法には特に限定はなく、公知の一過性導入方法、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAEデキストラン法、ポリエチレンイミン法、エレクトロポレーション法等が使用可能である。また市販の試薬、例えばTransIT(登録商標)-293 Reagent、TransIT(登録商標)-2020(以上、Mirus)、Lipofectamine(登録商標) 2000 Reagent、Lipofectamine(登録商標) 2000CD Reagent(以上、ThermoFisher社製)、FuGene(登録商標) Transfection Reagent(Promega社製)等を用いてもよい。また、バキュロウイルスを用いて昆虫細胞に核酸構築物を導入することもできる。
【0045】
また恒常的に導入する方法には特に限定はなく、公知の恒常的導入方法、例えばレトロウイルスベクターを用いる方法、プラスミドを上記の一過性導入方法で導入し、染色体に組み込まれた細胞を選択する方法等が使用可能である。レトロウイルスベクターを用いる方法においては、市販の試薬、例えばRetorovirus Constructive System(タカラバイオ社製)を用いてもよい。
【0046】
このような確立された技術を用いて、本発明の組換えDNAは細胞に安定的に、又は一過性に導入される。安定した形質転換のために、選択マーカー、例えばネオマイシン耐性遺伝子(ネオマイシンホスホトランスフェラーゼをコードしている)やハイグロマイシンB耐性遺伝子(アミノグリコシドホスホトランスフェラーゼをコードしている)などの周知の選択マーカーを本発明の組換えDNAに連結することができる。
【0047】
本発明の核酸を導入する細胞には、例えば、げっ歯類細胞及び霊長類細胞(例えば、ヒト細胞)などを含む哺乳類細胞や、昆虫細胞などの、様々な真核細胞が使用できる。本発明の核酸を導入する細胞は、初代培養細胞であっても細胞株であってもよい。適当な細胞株として、293細胞(ATCC CRL-1573)、293T細胞、293F細胞、293FT細胞、293EB細胞、COS細胞、HeLa細胞、Vero細胞、3T3マウス線維芽細胞、C3H10T1/2線維芽細胞、CHO細胞、Sf9細胞(ATCC CRL-1711)、AAV293細胞(Stratagene社製)やこれら細胞から派生した細胞などが挙げられる。また、例えば、前記293細胞等はアデノウイルスE1タンパク質を恒常的に発現するが、このような、組換えAAVの産生に必要なタンパク質の1つ又はいくつかを一過的もしくは恒常的に発現するように改変した細胞は本発明に好適である。
【0048】
(IV)組換えAAV粒子および組換えAAV粒子の製造方法
本発明の組換えAAV粒子は、AAVキャプシドタンパク質の変異体を含む組換えAAV粒子である。当該組換えAAV粒子は、前記(III)に記載される細胞により製造することができる。本発明の組換えAAV粒子は、標的細胞への遺伝子導入に有用である。本発明の組換えAAV粒子により導入された遺伝子は、前記標的細胞で強く発現される。
【0049】
組換えAAV粒子は、AAV粒子の製造に必要ないくつかの成分を含む細胞をウイルス産生細胞として利用して製造することができる。第1の成分は、細胞内で複製され、AAV粒子にパッケージングされ得る「組換えAAVゲノム」である。組換えAAVゲノムは、所望の異種ポリヌクレオチドと、その両側に、すなわち5’及び3’側に2つの逆方向末端反復(inverted terminal repeat:ITR)配列が位置する。所望の異種ポリヌクレオチドは、組換えAAV粒子が感染した細胞において発現が望まれる遺伝子と、その発現のための制御配列を有しうる。ITR配列の塩基配列は公知であり、例えば、AAV2のITR配列については、Kotin R.Mら、ヒューマン ジーン セラピー(Human Gene Therapy)、第5巻、793-801頁、1994年を参照することができる。さらに、ITR配列として、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV7など、様々なAAV血清型のいずれかに由来するITR配列を使用することができる。本発明において使用されるITR配列は、野生型AAV由来の配列でも良く、ヌクレオチドの挿入、欠失又は置換により変更されていても良い。ITR配列は、Repタンパク質の存在下で、組換えAAVゲノムの複製を可能にし、AAV粒子形成の際にキャプシド粒子内への組換えAAVゲノムのパッケージングを可能にする。
【0050】
組換えAAVゲノムに搭載可能な所望の異種ポリヌクレオチドは、一般にサイズが約5キロベース(kb)未満である。例えば、レシピエントに欠損した又は失われた所望のタンパク質をコードする遺伝子、所望の生物学的又は治療的作用(例えば、抗菌、抗ウイルス又は抗腫瘍作用)を有するタンパク質をコードする遺伝子、有害な又は望ましくないタンパク質の産生を阻害又は低下させるRNAをコードする所望のヌクレオチド配列、抗原性タンパク質をコードするヌクレオチド配列、マーカータンパク質(例えば、EGFP、ルシフェラーゼ、LacZ)をコードする遺伝子など、目的に応じた異種ヌクレオチドを、組換えAAVゲノムに搭載することができる。
【0051】
本発明の一態様として、組換えAAVゲノムは、cap遺伝子領域及び/又はrep遺伝子領域を欠いており、この態様の組換えAAVゲノムがパッケージングされたAAV粒子は、感染した細胞内で単独で再度AAV粒子に複製されない。
【0052】
特に限定されないが、プラスミドを用いて細胞に第1の成分(組換えAAVゲノム)を導入してもよい。第1の成分をプラスミドによって細胞に導入する場合、該プラスミドのことをベクタープラスミドと称する。
【0053】
組換えAAV粒子の製造に必要な第2の成分は、「パッケージング機能を提供する核酸構築物」である。この核酸構築物は、AAV粒子の形成のために必要なタンパク質を提供するAAV由来の遺伝子をコードしている。すなわち、AAVの主要なORFであるrep遺伝子領域及びcap遺伝子領域の一方又は両方を含む。本発明の組換えAAV粒子を製造するために、本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体をコードする核酸がcap遺伝子として使用される。この変異体を発現する能力を有している、前記(III)に記載されるウイルス産生細胞をAAV粒子の製造に使用することができる。AAV粒子の外殻は多数のキャプシドタンパク質分子VP1、VP2およびVP3が集合して形成されたものであるが、本発明の組み換えAAV粒子において、全てのキャプシドタンパク質VP1が変異体であっても良く、またはAAV粒子の外殻を構成する複数のキャプシドタンパク質VP1の一部が変異体で残りが野生型のキャプシドタンパク質VP1でもあっても良い。さらに、本発明の組み換えAAV粒子の外殻を構成するキャプシドタンパク質VP2およびVP3もまた、変異を有していてもよい。さらに、本発明の組換えAAV粒子に含まれるキャプシドタンパク質変異体は1種類の変異体であっても良く、複数種の変異体であっても良い。
【0054】
AAVのrep遺伝子は、4種のRepタンパク質(Rep78、Rep68、Rep52及びRep40)をコードする。これらのRepタンパク質は、AAVゲノムのDNA複製起点の認識、結合及びニッキング、DNAヘリカーゼ活性及びAAV由来プロモーターの転写の変更など、多くの機能を有することが示されている。
【0055】
特に限定されないが、プラスミドを用いて細胞に第2の成分(パッケージング機能を提供する核酸構築物)を導入してもよい。第2の成分をプラスミドによって細胞に導入する場合、該プラスミドのことをパッケージングプラスミドと称する。
【0056】
AAV粒子の製造に必要な第3の成分は、AAV複製のための「ヘルパーウイルス機能(アクセサリー機能とも呼ばれる)」である。ヘルパーウイルス機能の導入には、ウイルスを使用することもできるし、核酸構築物を使用することもできる。ウイルスを使用する場合、一般的にアデノウイルスが使用されるが、例えば1型又は2型単純ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルスなどのウイルスも使用することができる。ウイルスを使用する場合は、前記第1の成分及び第2の成分が導入された細胞にウイルスをヘルパーウイルスとして感染させる。AAV粒子のパッケージングには、アデノウイルスの初期遺伝子の発現のみが必要なので、例えば、後期遺伝子発現を呈さないアデノウイルスを用いてもよい。後期遺伝子発現を欠損するアデノウイルス変異体(例えば、ts100K又はts149アデノウイルス変異体)を使用することができる。一方、核酸構築物を使用する場合は、ヘルパーウイルスから単離したヘルパーウイルス機能に必要な核酸から、ヘルパーウイルス機能を提供する核酸構築物を作製して、該構築物を細胞に導入する。ヘルパーウイルス機能を提供する核酸構築物は、1種又は複数のヘルパーウイルス機能を提供するヌクレオチド配列を含み、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、コスミド又は他のウイルスの形で細胞に提供される。
【0057】
特に限定されないが、プラスミドを用いて細胞に第3の成分(ヘルパーウイルス機能)を導入してもよい。第3の成分をプラスミドによって細胞に導入する場合、該プラスミドのことをヘルパープラスミドと称する。市販のヘルパープラスミド、例えばpHelper Vector(タカラバイオ社製)を用いてもよい。
【0058】
AAV粒子を製造するために、前記1)第1の成分である組換えAAVゲノムを細胞に導入する工程、2)第2の成分であるパッケージング機能を提供する核酸構築物を細胞に導入する工程、3)第3の成分であるヘルパーウイルス機能を細胞に導入する工程、を実施する。これらの工程は同時に実施されても良く、順番に実施されても良い。工程1)~3)の順番はどのような順番であっても良い。このようにして作製されたウイルス産生細胞を培養する。ウイルス産生細胞内で、rep遺伝子の発現産物は組換えAAVゲノムを切出し、複製させる。発現されたキャプシドタンパク質は外殻を形成し、組換えAAVゲノムが外殻にパッケージングされてAAV粒子が産生される。ウイルス産生細胞がAAVキャプシドタンパク質の変異体を発現する場合、産生されたAAV粒子の外殻にはAAVキャプシドタンパク質の変異体が含まれている。なお、第1~第3の成分を導入する細胞は、上記(III)に記載した「本発明の核酸を導入する細胞」と同様である。
【0059】
ウイルス産生細胞の培養は公知の培養条件で行うことができる。例えば、温度30~40℃、好ましくは温度37℃での培養、湿度90~99%、好ましくは湿度95%での培養、CO2濃度2~10%、好ましくはCO2濃度5%での培養、が例示されるが、本発明はこのような条件に限定されるものではない。所望のウイルス産生細胞の増殖、組換えAAVの産生が達成できるのであれば前記の範囲以外の温度、湿度、CO2濃度で実施してもよい。また、培養時間は特に限定はなく、例えば12~150時間、好適には48~120時間である。ウイルス産生細胞の培養に使用される培地は、細胞の培養に必要な成分を含んでいればよく、例えば、DMEM、IMDM、DMEM:F-12等の基本合成培地や、必要に応じてこれらの基本合成培地にウシ胎児血清、成長因子類、ペプチド類を添加した培地や、アミノ酸類を増量した培地などが挙げられる。
【0060】
ウイルス産生細胞内で形成された組換えAAV粒子は、細胞内に留まるか、又は培養上清に放出される。AAVの血清型によって、ウイルス産生細胞内と培養上清中とでの組換えAAV粒子の存在比が異なることが知られている(Adachi et al.、Gene Therapy and Regulation、第5巻、31-55頁、2010年)。ウイルス産生細胞から組換えAAV粒子を精製する場合、公知の方法で細胞を破砕するか、又は、細胞と酸性の溶液とを接触させることで(国際公開第WO2015/005430号パンフレット)、組換えAAV粒子を含むサンプルを調製する。このようにして調製したサンプルを、精製工程に供する。一方、培養上清から組換えAAV粒子を精製する場合、培養上清をそのまま精製工程に供してもよいし、培養上清を濃縮してから精製工程に供してもよい。公知の方法で培養上清を濃縮してもよいし、市販の試薬、例えばAAVpro(登録商標) Concentrator(タカラバイオ社製)を用いて、培養上清を濃縮することができる。
【0061】
AAV粒子の精製法として、特に限定はされないが、CsCl勾配超遠心、クロマトグラフィー、及び限外ろ過などの様々な精製法が例示される。これらの精製法を適宜用いることにより、組換えAAV粒子を含むサンプルから、AAV粒子を単離、精製することができる。市販の試薬、例えばAAVpro(登録商標) Purification Kit (All Serotypes)(タカラバイオ社製)を用いて、AAV粒子を精製することもできる。
【0062】
前記3)工程(第3の成分であるヘルパーウイルス機能を細胞に導入する工程)にヘルパーウイルスが使用される場合、例えば、AAV粒子とヘルパーウイルスとを、サイズに基づいて分離する工程を加えてもよい。また、ヘパリンに対する親和性の差に基づいて、AAV粒子をヘルパーウイルスから分離することもできる。さらに、残存するヘルパーウイルスは、公知の方法を用いて失活させることができる。例えばアデノウイルスは、約60℃の温度で、例えば20分間又はそれ以上加熱することにより失活させることができる。AAV粒子は熱に極めて安定であるため、この処置はヘルパーウイルスとして使用したアデノウイルスの選択的除去に有効である。
【0063】
組換えAAV粒子の量は、組換えAAV粒子の力価等を用いて示される。組換えAAV粒子の力価は、特に限定はないが、一定量の試料中の(a)AAVゲノムの個数(ゲノム力価)、(b)実験的に測定されるAAVの細胞への感染能力(感染力価)、又は(c)AAVを構成するタンパク質量(あるいはタンパク質純度)のいずれかでによって表され、本明細書において必要に応じて明示される。
【0064】
上記(a)を測定する方法としては、AAV粒子を含有する試料中のAAVゲノムのコピー数(genome copy:g.c.)をPCR法で測定する方法が例示される。特に限定はされないが、例えば、ゲノム力価測定には、AAVpro(登録商標) Titration Kit(for Real Time PCR) Ver.2(タカラバイオ社製)を使用し、取扱説明書に記載された方法でゲノム力価を算出することができる。また、上記(b)を測定する方法としては、例えばAAV粒子を含有する試料の希釈系列液を適当な標的細胞に接触させ、細胞の形状変化(細胞変性)を検出する方法、導入遺伝子の発現を検出する方法、細胞に導入されたAAVゲノムのコピー数を測定する方法等が例示される。さらに上記(c)を測定する方法としては、例えば当該タンパク質をSDS-PAGEで解析する方法あるいは免疫学的手法で定量する方法等が例示される。
【0065】
(V)組換えAAV粒子を標的細胞に接触させる工程を含む、標的細胞への遺伝子導入方法
精製された本発明の組換えAAV粒子は、遺伝子治療やその他の目的で、所望の異種ポリヌクレオチドの標的細胞への送達のために使用される。一般にAAV粒子は、インビボ又はインビトロのいずれかで標的細胞へ所望の遺伝子を導入させる。インビトロで遺伝子導入する場合、生体より取得された細胞にAAV粒子を接触させる。この細胞を生体に移植することもできる。細胞を生体に移植する場合は、薬学的組成物として製剤化し、筋肉内、静脈内、皮下及び腹腔内投与などの様々な技術が利用できる。インビボで遺伝子導入する場合は、AAV粒子を薬学的組成物として製剤化し、一般に非経口投与する(例えば、筋肉内、皮下、腫瘍内、経皮、髄腔内などの投与経路に投与する)。AAV粒子を含む薬学的組成物は、薬剤として許容される担体、及び必要に応じて他の薬剤、医薬品、安定化剤、緩衝液、担体、アジュバント、希釈液などを含む。
【0066】
標的細胞には、例えば、げっ歯類細胞及び霊長類細胞(例えば、ヒト細胞)などを含む哺乳類細胞や、昆虫細胞などの、様々な真核細胞が使用できる。標的細胞は、初代培養細胞であっても細胞株であってもよい。特に限定されないが、標的細胞としてCHO細胞、好適にはCHO-K1細胞が例示される。
【0067】
本発明において、「遺伝子導入効率」とは、遺伝子導入に供された細胞数あたりの、AAVゲノムを獲得した細胞数を意味する。また、標的細胞あたりの所望の異種ヌクレオチドの導入の程度、すなわち、1細胞あたりのAAVゲノムのコピー数、を指標として遺伝子導入効率を推定することが可能である。導入されたAAVゲノムは、標的細胞の染色体に組込まれてもよいし、エピソームに維持されてもよい。本発明の組換えAAV粒子を使用する場合、従来の組換えAAV粒子を用いる場合と比較して同等か又は高い遺伝子導入効率を達成することが可能である。
【0068】
本発明において、「遺伝子発現効率」とは、標的細胞あたりの所望の異種ヌクレオチドの発現の程度、を意味する。発現産物(タンパク質)量を測定する代わりに、転写産物(mRNA)量を測定した場合でも、本明細書では「遺伝子発現効率」という名称を用いる。本発明の組換えAAV粒子を使用する場合、従来の組換えAAV粒子を用いる場合と比較して、2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上又は10倍以上の遺伝子発現効率を達成することが可能である。
【実施例0069】
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によって限定されないものとする。
【0070】
実施例1 マーモセットAAVの単離
老齢のコモンマーモセット(10歳以上、衰弱死)の脳、心臓及び骨格筋からそれぞれゲノムDNAを採取した。各ゲノムDNA、pAd5(Agilent Technologies社製)、pSV3neo-LargeT及びpE1Δ55(WO2012/144446)を293EB細胞にトランスフェクションし、細胞を培養した。細胞を回収し、細胞の溶解物(lysate)を調製した。該溶解物とアデノウイルス5型(Ad5)とを293細胞にトランスフェクションし、細胞を培養した。細胞を回収し、細胞の溶解物を調製した。該溶解物を鋳型として、AAVの保存性の高い領域に設計したプライマーセット、及びTks Gflex(商標) DNA polymerase(タカラバイオ社製)を用いて、98℃で10秒、61℃で15秒を1サイクルとした50サイクルでPCRを行った。PCR増幅産物をアガロースゲルにロードして電気泳動したところ、脳由来ゲノムDNAをトランスフェクションした293EB細胞に由来するサンプルから、AAVに対応する増幅産物のバンドが確認された(
図1)。該バンドから抽出したDNA断片をクローニングし、その核酸配列を決定した。その結果、複数のマーモセットAAVクローンが得られた。
【0071】
実施例2 AAV2とマーモセットAAVとの比較
AAV2のVP1のアミノ酸配列(配列番号2)と、実施例1で決定したマーモセットAAVのVP1のアミノ酸配列とを比較したところ、AAV2のVP1のアミノ酸配列とは異なるアミノ酸が11箇所で見出された(A3T、Y6H、A68V、D87N、L91P、S149Y、P150H、S156Y、Y444F、Y500F、Y730F)。
【0072】
このうち、N末端側の8箇所のアミノ酸残基(3位のトレオニン、6位のヒスチジン、68位のバリン、87位のアスパラギン、91位のプロリン、149位のチロシン、150位のヒスチジン、156位のチロシン)は他のAAV血清型で知られていないアミノ酸残基であり、すべてVP1特異領域(VP1 unique region:VP1u)に位置する。
【0073】
一方、C末端側の3箇所のアミノ酸残基(444位、500位、730位のフェニルアラニン)は他のAAV血清型で知られているアミノ酸残基であり、VP1、VP2及びVP3の共通領域に位置する。
【0074】
実施例3 AAV2変異体の作製
AAV2のcap遺伝子に変異を導入し、VP1のアミノ酸配列の一部がマーモセットAAVのVP1に由来するアミノ酸配列に置換された2種類のAAV2変異体、すなわちAAV2(A68V)とAAV2(A3T/Y6H/A68V)とを作製した。各AAV2変異体のVP1について、それをコードするcap遺伝子の核酸配列と、VP1全長のアミノ酸配列とを表1に示す。
【0075】
【0076】
これらのAAV2変異体は、ウイルスゲノム上にEGFP遺伝子が搭載されており、細胞に感染するとEGFPを発現することができる。これらのAAV2変異体の作製方法を以下に示す。
【0077】
(1)パッケージングプラスミド変異体の作製
pAAV-Ad-ACG2(配列番号7)はAAV2のrep遺伝子とAAV2のcap遺伝子とを含むパッケージングプラスミドである。pAAV-Ad-ACG2を鋳型として、mutant-1Fプライマー(配列番号8)とmutant-1Rプライマー(配列番号9)、及びPrimeSTAR(登録商標) Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ社製)を使用して、キットに付属の説明書に従ってPCRを行うことにより、パッケージングプラスミド変異体であるpAAV-Ad-ACG2(A68V)を作製した。本変異体プラスミド上にあるcap遺伝子はVP1コード領域に配列番号3に示される塩基配列を含んでいる。さらに、上記pAAV-Ad-ACG2(A68V)を鋳型として、mutant-2Fプライマー(配列番号10)とmutant-2Rプライマー(配列番号11)とを使用して、同様にPCRを行うことにより、pAAV-Ad-ACG2(A3T/Y6H/A68V)を更に作製した。本変異体プラスミド上にあるcap遺伝子はVP1コード領域に配列番号5に示される塩基配列を含んでいる。
【0078】
(2)293EB細胞へのプラスミド導入
実施例3-(1)で作製したそれぞれのパッケージングプラスミド変異体、ヘルパープラスミド(pHelper Vector、タカラバイオ社製)、及びベクタープラスミド(pAAV-CB-EGFP、配列番号12)を、Polyethylenimine(コスモバイオ社製)を用いたトランスフェクション法で、293EB細胞に導入した。293EB細胞を、1/100容量のGlutaMax(Gibco社製)を含むDMEM培地中で37℃、5%CO2で3日間培養した。
【0079】
(3)AAV2変異体の精製
実施例3-(2)で培養した293EB細胞と培養上清とから、それぞれAAV2変異体を精製した。すなわち、293EB細胞からは、AAVpro(登録商標) Purification Kit (All Serotypes)(タカラバイオ社製)を用いて、キットに付属の説明書に従って、AAV2変異体を精製した。一方、培養上清からは、AAVpro(登録商標) Concentrator(タカラバイオ社製)を用いて、キットに付属の説明書に従って、AAV2変異体を精製した。293EB細胞から精製したAAV2変異体と培養上清から精製したAAV2変異体とを混合し、以下の実験に用いた。なお、2種のAAV2変異体はそれぞれAAV2(A68V)、AAV2(A3T/Y6H/A68V)と命名した。
【0080】
(4)AAV2変異体の力価測定
実施例3-(3)で得られたAAV2変異体の溶液5μL、リン酸緩衝生理食塩水(PBS) 84.5μL、20mM MgCl2 10μL、250U/μL Benzonase 0.5μLを混合し、室温で1時間インキュベートし、遊離のゲノムDNAやプラスミドDNAを分解した。次に、PBS 100μLを加えた後、DNeasy Blood & Tissue Kit(Qiagen社製)を用いて、キットに付属の説明書に従って、AAVのゲノムDNAを精製した。このAAVのゲノムDNAを鋳型として、ITR-Fプライマー(配列番号13)とITR-Rプライマー(配列番号14)、及びSYBR(登録商標) Premix DimerEraser(商標) (Perfect Real Time)(タカラバイオ社製)を使用して、キットに添付の説明書に従い、定量的PCRを行った。一方、標準品として、制限酵素SacIで消化し、線状化したベクタープラスミドを用いた同条件での定量的PCRを実施し、検量線を作成した。こうして、実施例3-(3)で得られたAAV2変異体のゲノム力価を測定した。
【0081】
実施例4 AAV2変異体の感染
実施例3-(3)で得られたそれぞれのAAV2変異体を、CHO-K1細胞(2x10
4cell)に対して5x10
5g.c./cellで感染させた(n=3)。また、対照として野生型のAAV2を同じ条件でCHO-K1細胞に感染させた。これらのCHO-K1細胞をコラーゲンでコーティングされた96ウェルプレート上で、37℃、5%CO
2で48時間培養した後、EGFPの発現を蛍光顕微鏡で観察した(
図2)。
【0082】
CHO-K1細胞にLysis Buffer(ThermoFisher社製)を100μL/wellで添加し、75℃で10分間インキュベートすることにより、DNAとRNAの混合物を抽出した。DNAとRNAの混合物は使用するまで-80℃で保存し、以下の3通りの試験を実施した。
【0083】
まず、混合物中のDNAを鋳型として、hamster-actin-Fプライマー(配列番号15)とhamster-actin-Rプライマー(配列番号16)、及びSYBR(登録商標) Premix Ex Taq(商標) (Tli RNaseH Plus)(タカラバイオ社製)を使用した定量的PCRを行った。PCRの操作はキットに添付の説明書に従った。この結果より各ウェルの細胞数(cell)を求めた。次に、混合物中のDNAを鋳型として、ITR-Fプライマー(配列番号13)とITR-Rプライマー(配列番号14)、及びSYBR(登録商標) Premix DimerEraser(商標) (Perfect Real Time)(タカラバイオ社製)を使用した定量的PCRを行った。PCRの操作はキットに添付の説明書に従った。この結果より、各ウェルに存在するAAVのゲノムコピー数(genome copy:g.c.)を求めた。これらの値より、一細胞あたりのAAVゲノムコピー数(g.c./cell)を計算した。
【0084】
さらに、混合物中のRNAを鋳型として、High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(ThermoFisher社製)、及びEGFP-Fプライマー(配列番号17)とEGFP-Rプライマー(配列番号18)を使用した定量的RT-PCRを行った。RT-PCRの操作はキットに添付の説明書に従った。この結果より、各ウェルにおけるEGFP遺伝子の転写量(EGFP)を求めた。EGFPの転写量(EGFP)と細胞数(cell)とから、一細胞あたりのEGFP転写量(EGFP/cell)を計算した。
【0085】
一細胞あたりのAAVゲノムコピー数(g.c./cell)と一細胞あたりのEGFP転写量(EGFP/cell)とから、一ゲノムコピーあたりのEGFP転写量(EGFP/g.c.)を計算した。野生型AAV2を1としたときの結果を表2に示す。
【0086】
【0087】
一細胞あたりのAAVゲノムコピー数(g.c./cell)については、それぞれのAAV2変異体は野生型AAV2の2倍以内の値を示し、それほど大きな差は見られなかった。この結果は、AAVの感染効率や遺伝子の導入効率は、野生型AAV2とAAV2変異体ではあまり変わらないことを示唆する。
【0088】
しかし、一細胞あたりのEGFP転写量(EGFP/cell)と一ゲノムコピーあたりのEGFP転写量(EGFP/g.c)については、野生型AAV2と比べて、AAV2(A68V)とAAV2(A3T/Y6H/A68V)は、共に、高い値を示した。特にAAV2(A3T/Y6H/A68V)は、一細胞あたりのEGFP転写量(EGFP/cell)が18.0倍、一ゲノムコピーあたりのEGFP転写量(EGFP/g.c)が16.8倍という非常に高い値を示した。この結果は、標的細胞に導入された遺伝子からの転写効率が高く、その結果、一細胞あたりの外来遺伝子の転写量も高くなることを示す。すなわち、例えばAAV2(A3T/Y6H/A68V)を用いることにより、標的細胞で効率的に外来遺伝子を転写・発現できることを示唆する。
本発明により、アデノ随伴ウイルス(AAV)キャプシドタンパク質の変異体が提供される。本発明のAAVキャプシドタンパク質の変異体は、特に標的細胞への遺伝子の導入及び/又は標的細胞での導入遺伝子の発現に有用である。