(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022107869
(43)【公開日】2022-07-25
(54)【発明の名称】電着塗装設備における膜厚推定システム
(51)【国際特許分類】
C25D 13/14 20060101AFI20220715BHJP
C25D 13/22 20060101ALI20220715BHJP
C25D 21/12 20060101ALI20220715BHJP
【FI】
C25D13/14 Z
C25D13/22 304A
C25D13/22 304B
C25D21/12 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021002522
(22)【出願日】2021-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】000110343
【氏名又は名称】トリニティ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【弁理士】
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】金子 悠児
(57)【要約】
【課題】塗膜の厚さに関連する因子を遅滞なく調整することにより、車体の表面に形成される塗膜を狙った厚さ範囲にすることができるとともに、電着塗料のロスを少なくすることができる、電着塗装設備における膜厚推定システムを提供すること。
【解決手段】本発明の膜厚推定システム1は、電着塗装設備10において、車体W1の部位ごとの電着塗料P1の膜厚を推定するシステムである。膜厚推定システム1は、学習部55、記憶部54及び推定部56を備える。学習部55は、電着塗料P1の組成条件因子に関するデータ、膜厚に関するデータ、及び、電着塗装設備10の調整因子に関するデータを関連付けて学習する。記憶部54は、学習部55で関連付けたデータを学習済データとして記憶する。推定部56は、学習済データに基づいて、車体W1の部位ごとの膜厚を推定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電着塗料を貯留するとともに前記電着塗料に車体が浸された状態で搬送される電着槽と、前記電着槽内に配置される複数の電極と、前記車体を搬送する搬送手段とを備える電着塗装設備において、前記車体の部位ごとの前記電着塗料の膜厚を推定するシステムであって、
前記電着塗料の組成条件因子に関するデータ、前記膜厚に関するデータ、及び、前記電着塗装設備の調整因子に関するデータを関連付けて学習する学習部と、
前記学習部で関連付けたデータを学習済データとして記憶する記憶部と、
前記学習済データに基づいて、前記車体の部位ごとの前記膜厚を推定する推定部と
を備えることを特徴とする電着塗装設備における膜厚推定システム。
【請求項2】
前記電着塗料の組成条件因子は、酸濃度(MEQ)、NV(ノンボラタイルコンテント)、灰分、塗料電導度及びクーロン効率から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項1に記載の電着塗装設備における膜厚推定システム。
【請求項3】
前記電着塗装設備の調整因子は、前記車体に印加される電流の電流値、前記電着塗料の液温並びに前記電極の通電時間から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項1または2に記載の電着塗装設備における膜厚推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電着塗装設備において、車体の部位ごとの電着塗料の膜厚を推定する膜厚推定システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、電着槽内の電着塗料に浸された車体に対して、電着槽内に配置された複数の電極から電流を印加することにより、車体に対する電着塗装を行う電着塗装設備が知られている(例えば、特許文献1参照)。このような電着塗装設備による電着塗装は、防錆性能を付与することを目的として、車体の塗装の下地工程で広く採用されている。しかし、電着塗装では、車体の内板部の膜厚を確保するために過剰な電圧が印加されるため、エネルギーや塗料のロスが発生し、余剰な膜厚が生じてしまう。このため、車体の表面に形成される塗膜を狙った厚さ範囲にする手法が種々考えられている。
【0003】
なお、塗膜の厚さに関連する因子としては、例えば、電極の通電条件、電着塗料(浴液)の組成等が挙げられる。これらの因子に関するデータは、通常、
図6に示す作業を経て取得され、帳票100(紙)に記録されて管理される。具体的に言うと、まず、各因子(例えば、電着槽101内の電着塗料102の酸濃度、電着槽101内に配置された電極103から車体104に印加される電流の電流値等)を個別に監視する監視作業を行う。次に、電着槽101外に搬出された後に乾燥炉(図示略)で乾燥した車体104に対して、膜厚計105を用いて膜厚を測定し、測定した膜厚を各因子と比較する比較作業を行う。なお、各因子と膜厚とを関連付けたデータは、過去データとして帳票100に記録される。その後、監視作業及び比較作業を何度も繰り返し行いながら、各因子を過去データに基づいてトライ・アンド・エラーで調整していく。このようにすれば、塗膜を狙った厚さ範囲に近付けることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-132903号公報(
図1,
図4等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、膜厚や各因子のデータは、上述のように、帳票100に過去データとして記録されることで管理される。しかし、データを取得する間隔は、毎日であったり数日おきであったりするために一定ではない。しかも、因子の種類が多いため、調整すべき因子もトライ・アンド・エラーで決定する必要があり、因子の決定に時間がかかってしまう。
【0006】
なお、電着塗料102の組成は、設備が最適な条件下で運転されている場合であっても、時間経過に伴って刻々と変化する。このため、調整すべき因子を決定し、決定した因子を過去データに基づいて調整したとしても、塗膜を狙った厚さ範囲に近付けることができないという問題がある。また、実際の設備では、電着塗料102の組成の変化を見越して、例えば、電着槽101内に電着塗料102を多めに入れるなどした状態で運転するため、電着塗料102の使用量などにロスが発生するおそれもある。
【0007】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、塗膜の厚さに関連する因子を遅滞なく調整することにより、車体の表面に形成される塗膜を狙った厚さ範囲にすることができるとともに、電着塗料のロスを少なくすることができる、電着塗装設備における膜厚推定システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、電着塗料を貯留するとともに前記電着塗料に車体が浸された状態で搬送される電着槽と、前記電着槽内に配置される複数の電極と、前記車体を搬送する搬送手段とを備える電着塗装設備において、前記車体の部位ごとの前記電着塗料の膜厚を推定するシステムであって、前記電着塗料の組成条件因子に関するデータ、前記膜厚に関するデータ、及び、前記電着塗装設備の調整因子に関するデータを関連付けて学習する学習部と、前記学習部で関連付けたデータを学習済データとして記憶する記憶部と、前記学習済データに基づいて、前記車体の部位ごとの前記膜厚を推定する推定部とを備えることを特徴とする電着塗装設備における膜厚推定システムをその要旨とする。
【0009】
請求項1に記載の発明では、学習部が、電着塗料の組成条件因子に関するデータ、膜厚に関するデータ、及び、電着塗装設備の調整因子に関するデータを関連付けて学習し、推定部が、学習部で関連付けたデータ(学習済データ)に基づいて、車体の部位ごとの膜厚を推定している。この場合、データを関連付けてからの時間的な遅れが殆どない状態で膜厚を推定できるため、膜厚を推定する前に電着塗料の組成が大きく変化することが防止される。その結果、時間経過に伴って電着塗料の組成が変化する場合であっても、車体の表面に形成される塗膜を狙った厚さ範囲にすることができるため、車体の塗装品質が向上する。しかも、電着塗料の組成の変化を見越して、電着槽内に電着塗料を多めに入れたりしなくても済むため、電着塗料のロスを少なくすることができる。
【0010】
なお、電着塗料としては、カチオン電着塗料やアニオン電着塗料が挙げられるが、防錆の観点から言えば、カチオン電着塗料を用いることが好ましい。
【0011】
また、電着塗料の組成条件因子は、酸濃度(MEQ)、NV(ノンボラタイルコンテント)、灰分、塗料電導度及びクーロン効率から選択される少なくとも1つであることが好ましく(請求項2)、特には酸濃度であることが好ましい。本願発明者らが鋭意研究を行った結果、電着塗料の組成条件因子のうち、特に、酸濃度が塗膜の厚さに対する相関が高いことが確認されたからである。しかし、酸濃度はリアルタイムに測定できないため、本願発明者らが酸濃度に連動するパラメータであって、リアルタイムに測定可能なものを探したところ、車体に印加される電流の電流値が酸濃度に連動することを新たに確認した。このことから、電流値の変動を測定すれば、電着塗料の酸濃度、ひいては塗膜の厚さを推測することができる。
【0012】
さらに、電着塗装設備の調整因子は、車体に印加される電流の電流値、電着塗料の液温並びに電極の通電時間から選択される少なくとも1つであることが好ましい(請求項3)。
【発明の効果】
【0013】
以上詳述したように、請求項1~3に記載の発明によると、塗膜の厚さに関連する因子を遅滞なく調整することにより、車体の表面に形成される塗膜を狙った厚さ範囲にすることができるとともに、電着塗料のロスを少なくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本実施形態における電着塗装設備を示す概略断面図。
【
図3】酸濃度(MEQ)及び電流値の推移を示すグラフ。
【
図6】従来技術における膜厚の調整方法を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に基づき詳細に説明する。
【0016】
図1に示されるように、本実施形態の膜厚推定システム1は、電着塗装設備10において、車体W1の部位(例えば、ドア外板部やドア内板部など)ごとの電着塗料P1の膜厚を推定するシステムである。電着塗装設備10は、電着塗料P1を貯留する電着槽11を備えている。電着槽11では、車体W1が電着塗料P1に浸された状態で搬送されるようになっている。電着槽11は、同電着槽11の天井部を構成する槽上部12と、電着槽11の床部を構成する槽底部13と、2つの側壁14とによって構成されている。また、電着槽11には、同電着槽11内に車体W1を搬入するための搬入口15と、電着槽11外に車体W1を搬出するための搬出口16とが開口されている。なお、本実施形態の電着塗料P1は、例えば、陽イオン電解性樹脂をビヒクルの主体として用いた塗料である。
【0017】
また、電着塗装設備10は、搬送方向(
図1では右方向)に車体W1を搬送するコンベア21(搬送手段)を備えている。コンベア21は、車体W1を下降させながら搬入口15を介して電着槽11内に搬入するとともに、車体W1を上昇させながら搬出口16を介して電着槽11外に搬出するようになっている。なお、コンベア21は、搬送方向に延びるレール22と、レール22に設けられ車体W1を懸架して搬送する複数のハンガーレール23とを備えている。さらに、個々のハンガーレール23には、周期的にパルス信号を発信するパルス発信機24が設けられている。
【0018】
図1に示されるように、電着槽11内には複数の電極31が配置されている。各電極31は、電着槽11の側壁14に設置される側部電極32,33と、電着槽11の槽底部13に設置される底部電極34とからなる。側部電極32は、上下方向に延びる帯板状をなしており、車体W1の搬送方向に沿って間隔を空けて配置されている。また、側部電極33及び底部電極34は、搬送方向に延びる帯板状をなしており、搬送方向に沿って間隔を空けて配置されている。なお、各電極31にはケーブル35(
図2参照)が接続されている。そして、各ケーブル35は、電着槽11外に引き出される。
【0019】
図2に示されるように、電着塗装設備10は、添加剤添加手段41及び液体成分減少手段44をさらに備えている。添加剤添加手段41は、電着塗料P1に対して添加剤42を添加するためのものである。なお、本実施形態の添加剤42は、クエン酸、アスコルビン酸、酒石酸等の有機酸である。また、添加剤添加手段41は、電着槽11内に連通する添加剤供給管(図示略)上に、タンク(図示略)、添加剤供給バルブ(図示略)及び添加剤供給ノズル43を設置してなる。タンクは、添加剤42を送り出すようになっている。添加剤供給バルブは、タンクの下流側に配置されており、添加剤供給管を開状態または閉状態に切り替えるようになっている。添加剤供給バルブは、開状態に切り替えられた際に、タンクから送り出された添加剤42を電着槽11内に供給可能とするようになっている。また、添加剤供給ノズル43は、電着槽11の上方に配置されており、添加剤42を電着槽11内に供給するようになっている。
【0020】
図2に示されるように、液体成分減少手段44は、電着塗料P1の液体成分を減少させるためのものである。液体成分減少手段44は、両端が電着槽11内に連通する循環用配管45上に、電着塗料排出口46、電着塗料排出バルブ47、濾過装置48及び電着塗料供給口49を設置してなる。電着塗料排出口46は、電着槽11の槽底部13に配置されており、電着塗料P1を電着槽11外に排出するようになっている。電着塗料排出バルブ47は、電着塗料排出口46の下流側に配置されており、循環用配管45を開状態または閉状態に切り替えるようになっている。電着塗料排出バルブ47は、開状態に切り替えられた際に、電着槽11外に電着塗料P1を排出可能とするようになっている。濾過装置48は、電着塗料排出バルブ47の下流側に配置されており、電着塗料P1から濾液を分離するフィルターを備えている。なお、本実施形態のフィルターは、UF(ultrafiltration membrane)膜である。また、濾液の分離により、電着塗料P1の液体成分が減少し、電着塗料P1から分離された濾液は廃棄される。そして、電着塗料供給口49は、濾過装置48の下流側に配置されており、濾液が分離された電着塗料P1を電着槽11内に供給するようになっている。
【0021】
次に、電着塗装設備10の電気的構成について説明する。
【0022】
図1に示されるように、電着塗装設備10はパソコン50を備えており、パソコン50は、設備全体を統括的に制御するための制御装置51を備えている。制御装置51は、CPU52、ROM53、RAM54、入出力回路等により構成されている。なお、CPU52は、学習部55及び推定部56としての機能を有している。また、CPU52には、パソコン50のキーボード57、及び、パソコン50のディスプレイ58が電気的に接続されている。さらに、CPU52は、コンベア21、各パルス発信機24、添加剤供給バルブ及び電着塗料排出バルブ47に電気的に接続されており、各種の駆動信号によってそれらを制御する。なお、本実施形態では、制御装置51に各電極31をケーブル35を介して接続することにより、CPU52に各電極31が電気的に接続される。また、CPU52には、各パルス発信機24から出力されたパルス信号が周期的に入力されるようになっている。さらに、ROM53には、各車体W1の電着塗装の作業時間を示す生産タクトタイム情報が予め設定(記憶)されている。また、ROM53には、電着槽11の搬入口15付近にある基準位置S1から側部電極32までの距離を示す電極距離情報が、複数の側部電極32ごとに記憶されている。
【0023】
次に、電着塗装設備10による電着塗装方法を説明する。
【0024】
まず、CPU52は、コンベア21に駆動信号を出力し、搬入口15を介して電着槽11内に車体W1(ハンガーレール23)を連続的に搬入させるとともに、搬出口16を介して電着槽11外に車体W1を連続的に搬出させる。そして、電着槽11内に搬入された車体W1が電着塗料P1に浸されると、電着槽11内に配置された各電極31から車体W1に電流が印加され、車体W1に対する電着塗装が行われる。その結果、車体W1の表面に塗膜が形成される。
【0025】
なお、塗膜が狙った厚さ範囲内にあれば、特に調整作業を行うことなく、電着塗装を継続する。しかし、電着塗料P1の組成は、時間経過に伴って刻々と変化するため、電着塗装を継続すると、塗膜の厚さが変動して狙った厚さ範囲外にずれる可能性がある。このため、CPU52は、車体W1の部位ごとの電着塗料P1の膜厚を推定する処理を行う。なお、膜厚の推定は、定期的に(本実施形態では、毎日)行われる。
【0026】
具体的に言うと、まず、CPU52は、電着塗料P1に浸されている複数(ここでは6つ)の車体W1の現在位置を算出する。詳述すると、CPU52は、ROM53に記憶されている生産タクトタイム情報を取得する。また、CPU52は、車体W1(ハンガーレール23)が基準位置S1(
図1参照)から現在位置に移動するまでの間に、対応するパルス発信機24から出力されたパルス信号の数(パルス数)をカウントする。なお、パルス数のカウントは、電着塗料P1に浸されている全ての車体W1において行われる。そして、CPU52は、カウントしたパルス数に基づいて、基準位置S1からの各車体W1の移動距離、即ち、各車体W1の現在位置をそれぞれ算出する。さらに、CPU52は、各車体W1の現在位置に基づいて、電着槽11内での各車体W1の滞留時間(電着塗料P1に浸されている時間)をそれぞれ算出する。
【0027】
次に、CPU52は、電極31(側部電極32)から各車体W1に印加される電流の電流値をそれぞれ測定(モニタリング)する(
図2参照)。具体的に言うと、CPU52は、電着塗料P1に浸されている複数の車体W1の中から1つの車体W1を選択する。次に、CPU52は、ROM53に記憶されている複数の電極距離情報のうち、基準位置S1から側部電極32までの距離が、選択した車体W1の移動距離に最も近い距離となる電極距離情報を選択する。そして、CPU52は、電流計(図示略)に駆動信号を出力し、選択した電極距離情報に対応する側部電極32から車体W1に印加される電流の電流値を測定する。その後、電流値の測定は、電着塗料P1に浸されている他の車体W1においても同様に行われる。なお、電流値に関するデータは、車体W1ごとにRAM54に記憶される。
【0028】
また、CPU52は、測定した電流値の変動に基づいて、電着塗料P1の酸濃度(MEQ)を推測(モニタリング)する(
図2参照)。なお、本願発明者らは、電流値の変動と酸濃度の変動とが同期することを新たに確認した(
図3参照)。このため、CPU52は、電流値の変動が分かれば、電着塗料P1の酸濃度を推測することができる。なお、酸濃度に関するデータは、車体W1ごとにRAM54に記憶される。
【0029】
そして、酸濃度が推測され、かつ電着塗装が終了した車体W1は、電着槽11外に搬出された後、乾燥炉(図示略)で乾燥される。その後、膜厚計61(
図2参照)によって、車体W1の部位ごとの電着塗料P1の膜厚が測定(モニタリング)される。なお、本実施形態の電着塗装設備10における車両(車体W1)の生産台数は、年間数十万台にも及ぶため、全ての車体W1の部位ごとの膜厚を測定することは困難である。そこで、本実施形態では、膜厚の測定日に塗装される複数の車体W1の中から先頭の車体W1(最初に塗装される車体W1)を選択し、選択した車体W1の部位ごとの膜厚を測定する。即ち、膜厚の測定は、全ての測定日において同じタイミング(例えば、塗装開始してからN台目、あるいは、塗装開始してからN分後)で行われる。なお、膜厚計61は、特に限定される訳ではないが、例えば、電磁式膜厚計、過電流式膜厚計、赤外線膜厚計、超音波膜厚計、分光干渉式膜厚計等の中から適宜選択して用いることができる。また、膜厚計61は、ケーブル(図示略)を介してパソコン50に接続されている。このため、測定した膜厚に関するデータは、ケーブルを介してパソコン50に送信され、車体W1の部位ごとにRAM54に記憶される。
【0030】
そして、CPU52の学習部55は、電着塗料P1の組成条件因子である酸濃度に関するデータ(酸濃度データ)、膜厚に関するデータ(膜厚データ)、及び、電着塗装設備10の調整因子である電流値に関するデータ(電流値データ)を関連付けて学習する。具体的に言うと、まず、学習部55は、RAM54に記憶された膜厚データを、同じくRAM54に記憶された電流値データ及び酸濃度データに統合する。
【0031】
なお、
図4は、管理データを示す表である。この表は、「ID」、「生産日時」、「目的変数」の欄を有する。「ID」の欄には、各車体W1に付与された製造番号が表示され、「生産日時」の欄には、各車体W1に対する電着塗装が完了した日時(具体的には、車体W1が電着槽11外に搬出された日時)が表示されている。また、「ID」及び「生産日時」の欄には、1週間で生産された約1万台分の車体W1のデータ(電流値データ及び酸濃度データ)が対応付けられている。さらに、「目的変数」の欄の一部には、膜厚データが記録されている。例えば、2020年3月5日の膜厚データが得られた場合には、その日付の先頭(IDが「1」)の「目的変数」の欄に、膜厚データ(目的変数A0)が記録される。これにより、膜厚データが電流値データ及び酸濃度データに統合される。
【0032】
なお、電流値データ及び酸濃度データは、車体W1の生産数と同数だけ存在するものの、膜厚データは、約1万台のうちの7台分程度であるため、これらの膜厚データだけで、学習部55による学習を精度良く行うことはできない。そこで、学習部55は、入力された膜厚データに対して欠損値を補間する処理を行う。具体的に言うと、新たな膜厚データ(例えば、
図4に示す目的変数A1)が得られる度に、学習部55は、
図5に示すグラフ上において、新たな膜厚データ(目的変数A1)と、同目的変数A1の1日前に入力された膜厚データ(目的変数A0)とを繋ぐ線分L1を引く処理を行う。これにより、目的変数A0と目的変数A1との間の欠損値(具体的には、IDが2~1429となる車体W1の膜厚データ)が補間される。なお、膜厚データと観測データ(電流値データ及び酸濃度データ)との間に明確な相関性がある場合には、統計的手法による従来公知の回帰式を用いて欠損値を補間する。
【0033】
その後、膜厚データと観測データとを比較していくことにより、学習部55は、「電流値及び酸濃度をどの程度にすれば、膜厚が狙った厚さになるか」についてのデータを新たに得ることができる。そして、学習部55は、得られたデータを学習済データ(過去データ)としてRAM54に記憶する。即ち、RAM54は、『記憶部』としての機能を有している。
【0034】
また、学習済データがRAM54に記憶された後、観測データ(電流値データ)に含まれる電流値に一定範囲外となるもの(例えば、
図3のE1を参照)があれば、CPU52は、その電流値を異常値(外れ値)として除去する。これに伴い、異常値が含まれる学習済データも除去される。本実施形態では、コンベア21の停止により、車体W1に通常よりも長く電流が印加された場合や、ハンガーレール23が、車体W1が懸架されていない空ハンガーである場合や、車体W1に印加される電流値の積算量が、電着塗装設備10の不調により平均の40%以下である場合に、データに含まれる電流値を異常値として除去する。即ち、CPU52は、電流異常値判定除去手段としても機能する。
【0035】
一方、電流値に異常値がなければ、CPU52は、ROM53に予め設定されている学習済モデルに基づいて、膜厚や酸濃度の推測結果をディスプレイ58に表示させる制御を行う。なお、本実施形態では、単に膜厚や酸濃度の現在値(推測値)だけでなく、これまでの推移が表示される。そして、推測結果の表示は、学習済データがRAM54に記憶される度にリアルタイムに更新される。
【0036】
次に、CPU52の推定部56は、RAM54に記憶されている学習済データに基づいて、車体W1の部位ごとの膜厚を推定する。具体的に言うと、まず、推定部56は、側部電極32から車体W1に印加される適切な電圧値を推定する。なお、適切な電圧値は、RAM54に記憶されている学習済データ(具体的には、学習済データに含まれる電流値データ及び膜厚データ)から決定される。また、推定部56は、電着塗料P1の適切な酸濃度を推定する。なお、適切な酸濃度は、RAM54に記憶されている学習済データ(具体的には、学習済データに含まれる酸濃度データ及び膜厚データ)から決定される。
【0037】
その後、CPU52は、塗膜を狙った厚さ範囲にするための、側部電極32や電着塗料P1の推奨設定条件をディスプレイ58に表示させる制御を行う。具体的に言うと、ディスプレイ58には、車体W1の部位ごとの膜厚の予測値が表示される。また、ディスプレイ58には、側部電極32から車体W1に印加される電圧値の推奨値、酸濃度の推奨値、添加剤42の投入量の推奨値、濾液の廃棄量の推奨値が表示される。
【0038】
その後、CPU52は、決定した適切な電圧値に基づいて、側部電極32から車体W1に電圧を印加させる。その結果、車体W1の表面に形成される塗膜が狙った厚さ範囲に近付くように調整される。なお、一般的に、電圧値が高くなるのに伴って、膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、電圧値と膜厚との間には、正の相関関係があると言うことができる。
【0039】
また、CPU52は、電着塗料P1を、決定した適切な酸濃度となるように調整する。例えば、酸濃度が低くなって酸が減少した場合には、電着塗料P1に含まれる塗料粒子同士の反発が弱まり、凝集しやすくなる。その結果、酸濃度が高い場合と比べると、クーロン効率(1クーロン当りの析出量)が高くなるため、少ない電気量で車体W1の表面に電着塗料P1を析出させやすくなる。よって、同じ通電条件であれば、余剰な膜厚が生じてしまう。従って、酸濃度と膜厚との間には、負の相関関係があると言うことができる。
【0040】
そこで、CPU52は、酸濃度が低い場合に、酸濃度が高くなるように調整する。具体的に言うと、CPU52は、添加剤添加手段41を作動させて酸濃度を調整する。詳述すると、まず、CPU52は、添加剤供給バルブに駆動信号を出力する。これにより、添加剤供給バルブが開状態に切り替わり、タンク内の添加剤42が、添加剤供給管を通過し、添加剤供給ノズル43から電着槽11内に充填される。即ち、酸濃度を高くする調整作業は、電着槽11内の電着塗料P1に対して添加剤42を自動的に添加(投入)する作業である。
【0041】
一方、酸濃度が高くなって酸が増加した場合には、析出に多くの電流量が必要となる。その結果、電気分解が増加し、ガスが多く発生する。また、電着塗料P1の析出に多くの電流量が必要になるため、クーロン効率が低下する。この場合、析出に時間がかかるため、膜厚を確保しにくくなる。
【0042】
そこで、CPU52は、酸濃度が高いと推測された場合に、酸濃度が低くなるように調整する。具体的に言うと、CPU52は、液体成分減少手段44を作動させて電着塗料P1の液体成分を減少させることにより、酸濃度を低くする。詳述すると、まず、CPU52は、電着塗料排出バルブ47に駆動信号を出力する。これにより、電着塗料排出バルブ47が開状態に切り替わり、電着塗料P1が、電着塗料排出口46から電着槽11外に排出され、循環用配管45を通過して濾過装置48に導かれる。そして、濾過装置48は、電着塗料P1から濾液を分離する。なお、濾液の分離により、電着塗料P1の液体成分が減少し、電着塗料P1から分離された濾液は廃棄される。その後、濾液が分離された電着塗料P1は、電着塗料供給口49から電着槽11内に供給される。即ち、酸濃度を低くする調整作業は、電着塗料P1の液体成分を自動的に減少させる作業である。
【0043】
従って、本実施形態によれば以下のような効果を得ることができる。
【0044】
(1)本実施形態では、学習部55が、電着塗料P1の組成条件因子である酸濃度に関するデータ、膜厚に関するデータ、及び、電着塗装設備10の調整因子である電流値に関するデータを関連付けて学習し、推定部56が、学習部55で関連付けたデータ(学習済データ)に基づいて、車体W1の部位ごとの膜厚を推定している。この場合、データを関連付けてからの時間的な遅れが殆どない状態で膜厚を推定できるため、膜厚を推定する前に電着塗料P1の組成が大きく変化することが防止される。その結果、時間経過に伴って電着塗料P1の組成が変化する場合であっても、車体W1の表面に形成される塗膜を狙った厚さ範囲にすることができるため、車体W1の塗装品質が向上する。しかも、学習部55による学習機会を多くすれば、車体W1の部位ごとの膜厚が最適化されていくため、塗装品質がいっそう安定する。また、電着塗料P1の組成の変化を見越して、電着槽11内に電着塗料P1を多めに入れたりしなくても済むため、電着塗料P1のロスを少なくすることができる。
【0045】
(2)本実施形態では、電着塗料P1の酸濃度が高い場合に、CPU52が、学習済データに基づいて電着塗料P1の液体成分を減少させる制御を行うことにより、酸濃度が低くなるように調整している。その結果、酸濃度が低くなって酸が減少するため、電着塗料P1の析出に必要な電流量が減少し、電気分解が減少する。これにより、ガスの発生が減少するため、塗膜内でのガスピン(ガスピンホール)の発生を防止することができ、塗装品質が向上する。
【0046】
(3)なお、電着塗装は、多数(例えば、1週間で約1万台)の車体W1に対して行われる。このため、それぞれの車体W1に対して各部位の膜厚を測定することは、多大な労力がかかるため、現実的ではない。そこで、本実施形態では、膜厚の測定日において最初に塗装される車体W1のみに対して膜厚を測定し、新たな膜厚が測定される度に、新たな膜厚(例えば目的変数A1)と、前回測定された膜厚(例えば目的変数A0)との間の欠損値(膜厚)を自動で補間している(
図4,
図5参照)。つまり、膜厚を測定していない車体W1に対しても、自動で膜厚のデータが与えられるため、電着塗装が多数の車体W1に対して行われたとしても、全ての車体W1の膜厚を容易に推定することができる。
【0047】
(4)本実施形態では、電流計(図示略)が測定した電流値に一定範囲外となるもの(
図3のE1参照)がある場合に、CPU52(学習部55)が、その電流値を、本来あり得ないかけ離れた異常値であるとして除去したうえで、残りの電流値(電流値データ)を得ている。その結果、推定部56は、電流値データを含む学習済データに基づいて、車体W1の部位ごとの膜厚を正確に推定することができる。
【0048】
なお、上記実施形態を以下のように変更してもよい。
【0049】
・上記実施形態において、学習済データに含まれる電着塗料P1の組成条件因子は、酸濃度(MEQ)であった。しかし、組成条件因子は、NV(ノンボラタイルコンテント)、灰分、塗料電導度及びクーロン効率などの別のものであってもよい。なお、一般的に、NVが高くなるのに伴って、乾燥時に塗膜に残る樹脂成分が増えるため、膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、NVと膜厚との間には、正の相関関係があると言うことができる。また、灰分が高くなるのに伴って、電着塗料P1の顔料分が増加して膜抵抗が増加し、付き廻り性が向上するため、膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、灰分と膜厚との間にも、正の相関関係があると言うことができる。さらに、塗料電導度が高くなるのに伴って、塗膜が形成されやすくなるため、膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、塗料電導度と膜厚との間にも、正の相関関係があると言うことができる。また、クーロン効率が高くなるのに伴って、少ない電気量で車体W1の表面に電着塗料P1を析出させやすくなるため、膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、クーロン効率と膜厚との間にも、正の相関関係があると言うことができる。なお、組成条件因子として、酸濃度、NV、灰分、塗料電導度及びクーロン効率の中から2つ以上を選択して用いてもよい。
【0050】
しかしながら、上記の組成条件因子のうち、NV、灰分、塗料電導度及びクーロン効率は、電着槽11から電着塗料P1のサンプルを採取し、外部機関において、採取したサンプルの成分分析を行うことではじめて得られるものであるため、結果が出るまでに時間がかかってしまう。なお、塗料電導度は、電導度計を用いれば測定が可能であるが、電導度計を電着塗装設備10に常設すると、センサの汚染等により、安定した測定値が得られなくなる。よって、組成条件因子は酸濃度であることが好ましい。
【0051】
・上記実施形態において、学習済データに含まれる電着塗装設備10の調整因子は、車体W1に印加される電流の電流値であった。しかし、調整因子は、電着塗料P1の液温や側部電極32の通電時間などの別のものであってもよい。なお、一般的に、液温が高くなるのに伴って、膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、液温と膜厚との間には、正の相関関係があると言うことができる。また、通電時間が長くなるのに伴って、膜厚は大きくなる傾向にあることが知られている。従って、灰分と膜厚との間にも、正の相関関係があると言うことができる。なお、調整因子として、電流値、液温及び通電時間の中から2つ以上を選択して用いてもよい。
【0052】
・上記実施形態では、電流値データが、車体W1に印加される電流を電流計で測定することにより得られ(RAM54に記憶され)、酸濃度データが、電流値の変動から推測することにより得られ、膜厚データが、膜厚計61を用いて電着塗料P1の膜厚を測定することにより得られるものであった。しかし、これらのデータは、帳票(紙)に記録されて管理され、作業者がキーボード57で手入力することにより、RAM54に記憶されるものであってもよい。
【0053】
・上記実施形態では、電流値データ、酸濃度データ及び膜厚データが、毎日取得されていたが、これらのデータは数日おきに取得されるものであってもよい。また、膜厚データは、膜厚の測定日において最初に塗装される車体W1の膜厚を測定することにより得られるものであったが、測定日において2番目以降に塗装される車体W1の膜厚を測定することにより得られるものであってもよい。さらに、膜厚データは、1日に1つだけ得られるものであったが、1日に2つ以上得られるものであってもよい。
【0054】
・上記実施形態では、濾過装置48を用いて電着塗料P1から濾液を分離することにより、電着塗料P1の液体成分を減少させていたが、他の手法によって液体成分を減少させてもよい。例えば、電着塗料P1の液体成分を蒸発させることによって、液体成分を減少させてもよいし、遠心分離機を用いて電着塗料P1から濾液を分離することにより、液体成分を減少させてもよい。また、上記実施形態では、電着塗料P1の液体成分を減少させることにより、酸濃度が低くなるように調整していたが、電着塗料P1に対してアルカリ分を添加することにより、酸濃度が低くなるように調整してもよい。
【0055】
次に、特許請求の範囲に記載された技術的思想のほかに、前述した実施形態によって把握される技術的思想を以下に列挙する。
【0056】
(1)請求項1乃至3のいずれか1項において、前記膜厚に関するデータは、前記膜厚の測定日に塗装される複数の前記車体の中から特定の前記車体を選択し、選択した前記車体の膜厚を測定することにより得られるものであることを特徴とする電着塗装設備における膜厚推定システム。
【0057】
(2)請求項1乃至3のいずれか1項において、前記学習部は、前記膜厚に関するデータが新たに得られる度に、今回得られた前記膜厚に関するデータと、前回得られた前記膜厚に関するデータとの間の欠損値を補間する処理を行うことを特徴とする電着塗装設備における膜厚推定システム。
【0058】
(3)請求項3において、前記電着塗装設備の調整因子は、前記車体に印加される電流の電流値であり、前記電着塗装設備の調整因子に関するデータに含まれる前記電流値に一定範囲外となるものがある場合に、前記一定範囲外にある電流値を異常値であるとして除去する電流異常値判定除去手段を備えることを特徴とする電着塗装設備における膜厚推定システム。
【0059】
(4)請求項1乃至3のいずれか1項において、前記搬送手段は、レールと、前記レールに設けられ前記車体を懸架して搬送する複数のハンガーレールとを備え、個々の前記ハンガーレールに、周期的にパルス信号を発信するパルス発信機が設けられ、前記パルス発信機から発信された前記パルス信号の数に基づいて、前記ハンガーレールに懸架された前記車体の基準位置からの移動距離を算出することを特徴とする電着塗装設備における膜厚推定システム。
【0060】
(5)請求項1乃至3のいずれか1項において、前記電着塗料の組成条件因子は酸濃度であり、前記電着塗料に対して添加剤を添加する添加剤添加手段と、前記電着塗料の液体成分を減少させる液体成分減少手段とを備え、前記酸濃度を高くする調整作業は、前記電着塗料に対して前記添加剤を添加する作業であり、前記酸濃度を低くする調整作業は、前記電着塗料の液体成分を減少させる作業であることを特徴とする電着塗装設備における膜厚推定システム。このようにした場合、添加剤添加手段や液体成分減少手段を作動させ、電着塗料に対して添加剤を添加する作業や電着塗料の液体成分を減少させる作業を自動的に行う。よって、作業者自身が添加剤を添加する作業や液体成分を減少させる作業を行わなくても済むため、作業者の作業負荷が軽減される。
【符号の説明】
【0061】
1…膜厚推定システム
10…電着塗装設備
11…電着槽
21…搬送手段としてのコンベア
31…電極
54…記憶部としてのRAM
55…学習部
56…推定部
P1…電着塗料
W1…車体