(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022107886
(43)【公開日】2022-07-25
(54)【発明の名称】金属被覆マグネシウム線及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 3/56 20060101AFI20220715BHJP
B21C 1/00 20060101ALI20220715BHJP
B21F 19/00 20060101ALI20220715BHJP
【FI】
C01B3/56 Z
B21C1/00 Z
B21F19/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021002553
(22)【出願日】2021-01-12
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費受託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000231556
【氏名又は名称】日本精線株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【弁理士】
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100156225
【弁理士】
【氏名又は名称】浦 重剛
(74)【代理人】
【識別番号】100168549
【弁理士】
【氏名又は名称】苗村 潤
(74)【代理人】
【識別番号】100200403
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 幸信
(72)【発明者】
【氏名】秋月 孝之
(72)【発明者】
【氏名】瀬尾 尚之
(72)【発明者】
【氏名】▲まつ▼本 教介
(72)【発明者】
【氏名】近藤 亮太
【テーマコード(参考)】
4E070
4E096
4G140
【Fターム(参考)】
4E070AA02
4E070AC01
4E070BG07
4E070FA02
4E096EA02
4E096EA06
4E096EA08
4E096EA24
4E096FA01
4E096GA22
4E096HA22
4G140FA06
4G140FB03
4G140FC02
4G140FD04
4G140FE01
(57)【要約】
【課題】 水素吸蔵材料として好適に利用可能な金属被覆マグネシウム線及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 金属被覆マグネシウム線1であって、芯材2と、芯材2の外周面を被覆する金属製の外装層3とを含む。外装層3は、大気圧下において水素を透過する性能を有する。芯材2は、複数の被覆フィラメント4の集合体からなる。被覆フィラメント4のそれぞれは、マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメント本体41が被覆層42で被覆されたものである。被覆層42は、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有する。被覆層42は、フィラメント本体41との間で相互拡散しない金属材料からなる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属被覆マグネシウム線であって、
芯材と、前記芯材の外周面を被覆する金属製の外装層とを含み、
前記外装層は、大気圧下において水素を透過する性能を有し、
前記芯材は、複数の被覆フィラメントの集合体からなり、
前記被覆フィラメントのそれぞれは、マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメント本体が被覆層で被覆されたものであり、
前記被覆層は、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有し、
前記被覆層は、前記フィラメント本体との間で相互拡散しない金属材料からなる、
金属被覆マグネシウム線。
【請求項2】
前記フィラメント本体の横断面は非円形である、請求項1に記載の金属被覆マグネシウム線。
【請求項3】
前記被覆層は、鉄、チタン、クロム及びバナジウムのいずれか1種類の金属材料である、請求項1又は2に記載の金属被覆マグネシウム線。
【請求項4】
前記フィラメント本体の外径は1~100μmであり、前記被覆層の厚さが0.1~20μmである、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の金属被覆マグネシウム線。
【請求項5】
前記外装層の厚さが、20~80μmである、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の金属被覆マグネシウム線。
【請求項6】
前記フィラメント本体の1本当りの断面積は、前記フィラメント本体を覆う前記被覆層の断面積の1~3倍の範囲である、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の金属被覆マグネシウム線。
【請求項7】
水素吸蔵モジュール用である、請求項1ないし6のいずれか1項に記載の金属被覆マグネシウム線。
【請求項8】
金属被覆マグネシウム線の製造方法であって、
マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメント本体の外周面を被覆層で覆うことにより被覆フィラメントを形成する第1工程であって、前記被覆層が、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有し、かつ、前記フィラメント本体との間で相互拡散しない金属材料からなる前記第1工程と、
前記被覆フィラメントの複数本からなる集合体を外装層で被覆することにより一次線材を形成する第2工程であって、前記外装層が、大気圧下において水素を透過する性能を有する前記第2工程と、
前記一次線材を所望の外径に伸線することにより金属被覆マグネシウム線を得る第3工程とを含む、
金属被覆マグネシウム線の製造方法。
【請求項9】
前記被覆層は、鉄、チタン、クロム及びバナジウムのいずれか1種類の金属材料である、請求項8に記載の金属被覆マグネシウム線の製造方法。
【請求項10】
前記第3工程は、前記フィラメント本体の外径が1~100μm、かつ、前記被覆層の厚さが0.1~20μmになるように前記伸線を繰り返す、請求項8又は9に記載の金属被覆マグネシウム線の製造方法。
【請求項11】
前記第3工程は、前記外装層の厚さが20~80μmになるように前記伸線を繰り返す、請求項8ないし10のいずれか1項に記載の金属被覆マグネシウム線の製造方法。
【請求項12】
前記第3工程は、前記フィラメント本体の1本当りの断面積が、前記フィラメント本体を覆う前記被覆層の断面積の1~3倍になるように前記伸線を行う、請求項8ないし11のいずれか1項に記載の金属被覆マグネシウム線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、水素吸蔵材料として好適に利用可能な金属被覆マグネシウム線及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素はクリーンな二次エネルギーとして注目されている。これに伴い、近年では、水素を固体として輸送・貯蔵するために、種々の水素吸蔵材料が開発されている。例えば、下記特許文献1では、水素吸蔵能の高い高水素吸蔵能材料(マグネシウム及びマグネシウム合金)を含むコア部と、水素解離能の高い高水素解離能材料(パラジウム及びパラジウム合金)を含むシェル部とからなる水素貯蔵材料が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の水素吸蔵材料は、コア部のマグネシウムと、シェル部のパラジウムとを含む。これらの金属材料は、安定な化合物相(例えば、MgPd)を生成するため、コア部とシェル部との界面で相互拡散が生じる可能性がある。このような相互拡散は、マグネシウム表面を変質させ、ひいては、マグネシウム本来の水素吸蔵ないし解離能力を低下させるという問題がある。また、特許文献1のコア部で使用されている高水素吸蔵能材料は、粉末状のものであることから伝熱性が低く反応性が劣る問題もある。
【0005】
また、水素の吸蔵は、マグネシウムの表面側で顕著に生じ、この表面から遠ざかる材料内部への水素の進入は比較的遅い。このことから、水素吸蔵の役割を果たすマグネシウムの表面積を大きくする一方、マグネシウムの内部(表面に露出していない部分)の体積を小さくすることが水素吸蔵性能を向上させる上で重要である。
【0006】
本発明は、以上のような問題点に鑑み案出なされたもので、マグネシウム水素吸蔵能力を向上しうる金属被覆マグネシウム線及びその製造方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、金属被覆マグネシウム線であって、芯材と、前記芯材の外周面を被覆する金属製の外装層とを含み、前記外装層は、大気圧下において水素を透過する性能を有し、前記芯材は、複数の被覆フィラメントの集合体からなり、前記被覆フィラメントのそれぞれは、マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメント本体が被覆層で被覆されたものであり、前記被覆層は、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有し、前記被覆層は、前記フィラメント本体との間で相互拡散しない金属材料からなる、金属被覆マグネシウム線である。
【0008】
本発明の他の態様では、前記フィラメント本体の横断面は非円形であっても良い。
【0009】
本発明の他の態様では、前記被覆層は、鉄、チタン、クロム及びバナジウムのいずれか1種類の金属材料であっても良い。
【0010】
本発明の他の態様では、前記フィラメント本体の外径は1~100μmであり、前記被覆層の厚さが0.1~20μmであっても良い。
【0011】
本発明の他の態様では、前記外装層の厚さが、20~80μmであっても良い。
【0012】
本発明の他の態様では、前記フィラメント本体の1本当りの断面積は、前記フィラメント本体を覆う前記被覆層の断面積の1~3倍の範囲であっても良い。
【0013】
本発明の他の態様では、水素吸蔵モジュール用であっても良い。
【0014】
本発明の他の態様は、金属被覆マグネシウム線の製造方法であって、マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメント本体の外周面を被覆層で覆うことにより被覆フィラメントを形成する第1工程であって、前記被覆層が、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有し、かつ、前記フィラメント本体との間で相互拡散しない金属材料からなる前記第1工程と、前記被覆フィラメントの複数本からなる集合体を外装層で被覆することにより一次線材を形成する第2工程であって、前記外装層が、大気圧下において水素を透過する性能を有する前記第2工程と、前記一次線材を所望の外径に伸線することにより金属被覆マグネシウム線を得る第3工程とを含む、金属被覆マグネシウム線の製造方法である。
【0015】
上記製造方法の発明の他の態様では、前記被覆層は、鉄、チタン、クロム及びバナジウムのいずれか1種類の金属材料であっても良い。
【0016】
上記製造方法の発明の他の態様では、前記第3工程は、前記フィラメント本体の外径が1~100μm、かつ、前記被覆層の厚さが0.1~20μmになるように前記伸線を繰り返しても良い。
【0017】
上記製造方法の発明の他の態様では、前記第3工程は、前記外装層の厚さが20~80μmになるように前記伸線を繰り返しても良い。
【0018】
上記製造方法の発明の他の態様では、前記第3工程は、前記フィラメント本体の1本当りの断面積が、前記フィラメント本体を覆う前記被覆層の断面積の1~3倍になるように前記伸線を行っても良い。
【発明の効果】
【0019】
本発明の金属被覆マグネシウム線は、上記の構成を採用したことにより、水素吸蔵能力を向上することができる。また、本発明の金属被覆マグネシウム線の製造方法は、上記の工程を採用したことにより、水素吸蔵能力を向上しうる金属被覆マグネシウム線を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態を示す金属被覆マグネシウム線の断面図である。
【
図4】被覆フィラメントを束ねた芯材の断面図である。
【
図5】芯材に外装層を被覆する工程を示す斜視図である。
【
図6】伸線工程中の金属被覆マグネシウム線の断面図である。
【
図7】伸線工程後の金属被覆マグネシウム線の断面図である。
【
図8】実施例の被覆フィラメントの水素の放出-吸蔵能力を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
図面は、本発明の理解を助けるために、実際の構造の寸法比とは異なる表現が含まれていることが理解されなければならない。また、実施形態及び図面に表された具体的な構成は、本発明の内容理解のためのものであって、本発明は、図示されている具体的な構成に限定されるものではない。
【0022】
[金属被覆マグネシウム線の基本構成]
図1は、本発明の一実施形態を示す金属被覆マグネシウム線1の1本の断面図である。本実施形態の金属被覆マグネシウム線1は、芯材2と、芯材2の外周面を被覆する金属製の外装層3とを含む。
【0023】
外装層3は、大気圧下において水素を透過する性能を有する。
【0024】
図2は、芯材2の要部拡大図である。
図1及び2に示されるように、芯材2は、複数の被覆フィラメント4の集合体43である。被覆フィラメント4のそれぞれは、マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメント本体41が被覆層42で被覆されている。被覆層42は、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有し、かつ、フィラメント本体41との間で相互拡散しない金属材料からなる。
【0025】
[本実施形態の作用]
本実施形態の金属被覆マグネシウム線1では、水素が、外装層3及び被覆層42を透過して各々のフィラメント本体41で吸着・吸収される。したがって、本実施形態の金属被覆マグネシウム線1は、フィラメント本体41に水素を吸蔵できる。
【0026】
また、被覆層42は、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有する。このような被覆層42は、フィラメント本体41の表面酸化を長期に亘って抑制することができる。
【0027】
さらに、被覆層42は、フィラメント本体41との間で相互拡散しない金属材料からなるため、被覆層42とフィラメント本体41との界面で、相互拡散による新たな化合物の生成が抑制される。したがって、本実施形態の金属被覆マグネシウム線1は、フィラメント本体41の表面が、拡散によっても変質することがなく、ひいては水素吸蔵能力を長期に亘って安定的に維持することができる。
【0028】
以上のように、本実施形態の金属被覆マグネシウム線1は、水素吸蔵能力を長期に亘って向上することができる。以下、本発明のさらに好ましい実施形態が説明される。
【0029】
[金属被覆マグネシウム線の線径等]
本実施形態の金属被覆マグネシウム線1は、横断面が円形状の線材である。他の態様では、金属被覆マグネシウム線1は、楕円や矩形、多角形をはじめその他不定形な横断面の形状を備えていても良い。
【0030】
本実施形態の金属被覆マグネシウム線1の線径は、特に限定されるものではないが、例えば数ミリないし数十ミリ程度とされ、より好ましくは1.0mm以下程度とされる。このような線径を有する金属被覆マグネシウム線1では、芯材2中のそれぞれのフィラメント本体41の線径もより小さくかつ密集配置が可能になり、高い水素吸蔵能力を発揮することができる。
【0031】
[外装層]
本実施形態の外装層3は、例えば、芯材2の外周面を全周に亘って被覆している。すなわち、外装層3は、環状に形成され、金属被覆マグネシウム線1の外表面の全範囲を形成している。外装層3は、芯材2の外周面を覆うことにより、複数の被覆フィラメント4を外傷から保護することができる。また、外装層3は、複数の被覆フィラメント4を互いに密着させた状態で安定的に保持するのにも役立つ。
【0032】
上述のような観点より、外装層3の厚さt1は、例えば20μm以上、好ましくは30μm以上が望ましく。また、芯材2への水素透過抵抗を低下させるために、外装層3の厚さt1は、例えば80μm以下、好ましくは70μm以下であるのが望ましい。
【0033】
外装層3は、大気圧下において水素を透過する性能を有するものであれば、種々の金属材料を採用することができる。具体的には、外装層3は、大気圧下かつ温度0~500℃の範囲において、水素が、外装層3の外側と内側との間で透過できる性能を有していれば良い。好ましい態様では、外装層3には、例えば、鉄やステンレス鋼等の金属材料が好適である。
【0034】
[芯材]
芯材2は、被覆フィラメント4の集合体43からなる。本実施形態の芯材2は、被覆フィラメント4が、その長手方向を互いに引き揃えて隙間なく密集配置されている。本実施形態では、芯材2の全体の横断面は、略円形状とされている。他の態様では、芯材2の全体の横断面は、三角形状、楕円状、多角形状等、様々な形状であっても良い。
【0035】
[被覆フィラメント]
被覆フィラメント4のそれぞれは、マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメント本体41が被覆層42で被覆されている。マグネシウム及びマグネシウム合金は、チタン系や希土類元素系の水素吸蔵合金よりも優れた水素吸蔵性能を備える点で好ましい。また、マグネシウム又はマグネシウム合金は、比重が小さいため、本実施形態の被覆フィラメント4は、金属被覆マグネシウム線1を軽量化し、ひいては、可搬性や輸送性を向上させるのに役立つ。
【0036】
フィラメント本体41を構成するマグネシウム合金としては、例えば、マグネシウム-ニッケル合金、マグネシウム-銅合金、マグネシウム-亜鉛合金、マグネシウム-アルミ合金等が挙げられる。これらの合金についても、純マグネシウムと遜色ない水素吸蔵性能を期待することができる。
【0037】
なお、マグネシウム及びマグネシウム合金には、水素吸蔵-放出に適した温度が存在するため、水素吸蔵-放出時には、被覆フィラメント4は、適宜、最適な温度に保たれる。例えば、純マグネシウムの場合、大気圧下において、例えば300~400℃、好ましくは300~350℃が適温である。同様に、Mg2Niの場合は170~270℃、より好ましくは220~270℃であり、Mg2Cuの場合は150~260℃、より好ましくは210~260℃であり、Mg51Zn20の場合は280℃~400℃、より好ましくは300℃~380℃であり、Mg2Al3の場合は300℃~400℃、より好ましくは320℃~370℃がそれぞれ適温である。
【0038】
マグネシウム及びマグネシウム合金は、例えば、外装層3で覆った状態においては外装層3が緩衝材としての役割も担うことから、伸線加工によって断線を防止しつつ容易に細径加工ができる。したがって、細径化された被覆フィラメント4を複数用いた芯材2は、水素吸蔵表面積を増加させ、ひいては、水素吸蔵性能を高めることができる。
【0039】
図1に示されるように、本実施形態において、各被覆フィラメント4の横断面は、非円形とされている。具体的には、各被覆フィラメント4の横断面形状はそれぞれ不規則である。これは、芯材2中に、より多くの被覆フィラメント4を密集配置するのに役立つ。他の態様では、被覆フィラメント4の横断面は、円形とされても良い。
【0040】
好ましい態様では、フィラメント本体41の直径は、例えば1~100μm、好ましくは1~50μmとされる。ここで、フィラメント本体41の横断面が本実施形態のように非円形の場合、その直径は、当該断面形状の断面積と等しい断面積を有する真円の直径(いわゆる等価線径)として特定される。また、金属被覆マグネシウム線1は、その横断面中に、例えば20本以上、より好ましくは30本以上、さらに好ましくは40本以上の被覆フィラメント4を含むことが望ましい。
【0041】
[被覆層]
図2に示されるように、被覆層42は、複数のフィラメント本体41を被覆している。本実施形態において、被覆層42は、それぞれのフィラメント本体41の外周面(例えば、外周面全周)を覆うように形成されている。このため、本実施形態の金属被覆マグネシウム線1では、複数のフィラメント本体41は、被覆層42を介して互いに隣接している。被覆層42が存在することにより、複数のフィラメント本体41同士は、互いに直接接触することが防止される。
【0042】
被覆層42の厚さt2は、特に限定されないが、例えば、隣接するフィラメント本体41同士の直接的な接触を防ぐために、例えば0.1μm以上とされるのが望ましい。一方、被覆層42の厚さt2が大きくなると、フィラメント本体41への水素透過抵抗が大きくなるために、好ましくない。このような観点より、被覆層42の厚さt2は、例えば20μm以下、好ましくは10μm以下とされるのが望ましい。
【0043】
なお、被覆層42の厚さt2を調整すること等により、フィラメント本体41の1本当りの断面積は、このフィラメント本体41を覆う被覆層42の断面積の1~3倍の範囲であるのが望ましい。例えば、フィラメント本体41の1本当りの断面積が被覆層42の断面積の1倍未満の場合、後述する製造工程時の伸線加工において、被覆層42に偏って加工が進む傾向があり、フィラメント本体41への加工が進み難い。逆に、フィラメント本体41の1本当りの断面積が被覆層42の断面積の3倍を超えると、被覆層42が部分的に薄くなり、フィラメント本体41の表面の変質及び断線の原因となるおそれがある。
【0044】
本実施形態において、被覆層42は、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有し、かつ、フィラメント本体41との間で相互拡散しない金属材料であれば、種々のものが採用可能である。具体的には、水素を透過できる性能として、被覆層42は、大気圧下かつ温度0~500℃の範囲において、水素が、被覆層42の外側と内側との間で透過できる性能を有していれば良い。また、酸素を透過しない性能としては、被覆層42は、大気圧下かつ温度0~500℃の範囲において、酸素が、被覆層42の外側と内側との間で透過できない性能を有していれば良い。好ましい態様では、被覆層42には、例えば、鉄、チタン、クロム及びバナジウムのいずれか1種類の金属材料が好適である。このような被覆層42を備えることにより、従来ではフィラメント本体41の表面が酸化し、酸化した被膜を除去する工程が必要となるが、本発明ではこの工程が不要となるので、従来と比較して水素吸蔵-放出ができる状態を短時間で作ることが可能となる。
【0045】
[本実施形態の用途]
本実施形態の金属被覆マグネシウム線1は、例えば、水素吸蔵モジュール用として好適に利用され得る。水素吸蔵モジュールは、例えば、水素を吸蔵する部分として機能的にまとまった装置ないしユニットである。水素吸蔵モジュールは、例えば、本実施形態の金属被覆マグネシウム線1の数十ないし数百本を平行に引き揃えた集合体として構成され得る(図示省略)。また、水素吸蔵モジュールは、前記集合体又は金属被覆マグネシウム線が巻回されてコイル状とされても良い。
【0046】
[本実施形態の製造方法]
次に、本実施形態の金属被覆マグネシウム線1の製造方法が詳細に説明される。本実施形態の製造方法は、第1ないし第3工程を含む。
【0047】
[第1工程]
本実施形態の第1工程は、
図3に示されるような被覆フィラメント4を1又は複数本形成する工程を含む。被覆フィラメント4は、マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメント本体41の外周面を金属製の被覆層42で覆うことにより形成される。本実施形態の被覆フィラメント4は、マグネシウム又はマグネシウム合金からなるフィラメントワイヤを、被覆層42を形成するための被覆材で包むことにより形成されたいわゆるクラッドワイヤとして形成されている。
【0048】
また、被覆層42は、上で述べたように、大気圧下において水素を透過するが酸素を透過しない性能を有し、かつ、フィラメント本体41との間で相互拡散しない金属材料からなる。また、本実施形態の第1工程では、被覆層42として、鉄、チタン、クロム及びバナジウムのいずれか1種類の金属材料が好適に用いられる。被覆層42は、例えば、薄板状の部材でフィラメント本体41を包み込むことにより形成される。
【0049】
[第2工程]
本実施形態の第2工程は、
図4に示されるように、被覆フィラメント4の複数本からなる集合体43を外装層3で被覆することにより一次線材10を形成する工程を含む。本実施形態の集合体43は、複数本の被覆フィラメント4を互いに平行に引き揃え、かつ、全体として、略円形状の横断面を有するように束ねられることにより形成されている。
【0050】
本明細書において、「被覆フィラメント4の複数本からなる集合体43」の「複数本」とは、一次線材10の横断面において、複数本の被覆フィラメント4が含まれていれば良いことを意味する。したがって、例えば、集合体43は、1本の長い被覆フィラメント4をその長手方向の第1位置及び第2位置でそれぞれ180°曲げる加工を繰り返すことで被覆フィラメント4の複数本の束として形成されても良い。
【0051】
外装層3は、上で述べたように、大気圧下において水素を透過する性能を有する金属材料が用いられる。また、本実施形態の第2工程では、外装層3として、上で述べた金属材料が好適に用いられる。
【0052】
本実施形態の外装層3は、例えば、
図5に示されるように、集合体43の横断面の円周長と略等しい幅Wを有する長尺な薄板31として準備される。次に、薄板31は、集合体43の外周面を包むように曲げ加工され、その後、薄板31の幅方向の両側の縁31e、31eが互いに接合される。これにより、一次線材10が得られる。上記接合は、例えば、アーク溶接、レーザー溶接、抵抗溶接等が好適である。他の態様では、摩擦攪拌接合が採用されても良い。
【0053】
なお、マグネシウムを含むフィラメント本体41は燃えやすい性質を有するが、本実施形態のフィラメント本体41は、被覆層42で覆われており、直接フィラメント表面に露出していない。このため、上記の溶接時においても、溶融金属とフィラメント本体41との直接接触を防ぐことができ、ひいては、フィラメント本体41の燃焼等の不具合を防止することができる。このように、本実施形態の製造方法では、加工が困難なマグネシウムを安全かつ容易に線材加工することが可能となる。
【0054】
[第3工程]
本実施形態の第3工程は、一次線材10を所望の外径に伸線することにより金属被覆マグネシウム線1を得る工程を含む。本実施形態の第3工程では、第2工程で得られた一次線材10をダイスに通して引き抜きによる伸線加工が行われる。伸線加工は、通常、ダイス径を小さくしながら複数回行われる。第3工程により、外装層3及び芯材2が組成変形し、それぞれ細径化される。特に、フィラメント本体41は、外装層3及び被覆層42を介して圧縮組成変形し、
図1に示したような不規則な横断面形状へと変化し、外装層3の中で密に配置される。
【0055】
第3工程は、さらに、熱処理工程を含んでも良い。熱処理工程は、伸線工程の前、途中、最後のいずれかにおいて行うことができる。熱処理工程は、伸線加工性を高める他、線材の金属組織を調整することができる。熱処理温度としては、例えば、200℃以下が望ましい。
【0056】
第3工程は、さらに、スウェージング加工を含んでも良い。スウェージング加工により、一次線材10の表面形状、ひいては、フィラメント本体41の横断面の輪郭形状を、よりいびつなものにすることができる。これは、フィラメント本体41のそれぞれの水素吸蔵に寄与する表面積を大きくするのに役立つ。
【0057】
第3工程での伸線加工率は、特に限定されるものではないが、フィラメント本体41の外径が1~100μmであり、被覆層42の厚さが0.1~20μmであり、外装層3の厚さt1が20~80μmになるように、伸線が繰り返されるのが望ましい。同様に、第3工程において、フィラメント本体41の1本当りの断面積が、フィラメント本体41を覆う被覆層42の断面積の1~3倍になるように前記伸線を行うことが望ましい。
【0058】
以上、本発明の実施形態が詳細に説明されたが、本発明は、上記の具体的な開示に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範囲内において、種々変更して実施することができる。
【実施例0059】
以下、本発明のより具体的かつ非限定的な実施例が説明される。
第1工程では、線径約0.7mmの断面円形の被覆フィラメントが複数本製造された。この被覆フィラメントは、それぞれ線径0.5mmの純マグネシウム線からなるフィラメント本体と、純鉄からなる0.1mmの厚さの被覆層42とを備えるものとした。
【0060】
第2工程では、第1工程で得られた被覆フィラメント76本を、厚さ約1.0mmの純鉄からかる外装材で包むように被覆し、その後、外装材の両側の縁がアーク溶接で接合された。その後、スウェージングにより、被覆フィラメント同士を互いに密着させた。これにより、線径約9.1mmの一次線材が得られた。
図6には、その横断面写真を示す。
【0061】
第3工程では、第2工程で得られた一次線材をダイスに通し、引き抜きによる伸線加工が複数回行われた。これにより、金属被覆マグネシウム線が得られた。
図7には、金属被覆マグネシウム線の横断面写真を示す。金属被覆マグネシウム線の線径は約0.5mm、フィラメント本体の線径は約20~40μm、フィラメント本体間の被覆層厚さは約6μm、外装層3の厚さは約60μmであった。
【0062】
次に、上記の被覆フィラメントの水素貯蔵能力が、水素雰囲気下でのDSC(示差走査熱量計)によって評価された。評価は、水素圧力0.2MPaで、温度473~673Kまでの昇降温を10サイクル繰り返す試験とした。評価前の試料は、大気圧下で、ニッパーや高速カッター(SiC切断砥石)で被覆フィラメントを所定長さに切断して準備された。
【0063】
図8には、被覆フィラメントに対して水素放出-吸蔵に伴う昇降温試験を繰り返し行った結果を示す。
図8において、縦軸は、みかけの熱量、横軸は温度を示す。水素放出反応時の吸熱ピークが630K、水素吸蔵反応時の発熱ピークが560Kでそれぞれ観察された。
図8に示すとおり、被覆フィラメントは、昇降温の各サイクルにおいて、吸熱ピークや発熱ピークを含めほぼ同じ軌跡を描いていることから、水素の放出-吸蔵性能に大きな変化がなく繰り返し安定した性能を示すことが認められた。
【0064】
水素貯蔵量に関してはジーベルツ法(容積法)によって評価され、10mm、20mmの長さにそれぞれ切断した試料を水素圧力3.1MPa、温度673K(400℃)の状態を20ks保持した時の圧力変動を計測した。10mm長さで切断した試料ではMgの89.5mol%、20mm長さで切断した試料では87.0mol%が水素貯蔵に利用されており、試料の長さによって単位体積当たりの水素吸蔵量に大きな変化は無いことが確認できた。
【0065】
以上のことから、本発明の金属被覆マグネシウム線は、水素の放出-吸蔵を繰り返し行っても性能が大きく変化せず、長期の使用にも適しているものであることが確認できた。
【0066】
また、本発明の金属被覆マグネシウム線は、線材という比較的サイズの大きな吸蔵体であることから、粉末とは異なって取り扱いも容易であり、熱管理性に優れるメリットも有する。