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特開2022-108281窒化皮膜形成装置及び窒化皮膜形成方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022108281
(43)【公開日】2022-07-25
(54)【発明の名称】窒化皮膜形成装置及び窒化皮膜形成方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/24 20060101AFI20220715BHJP
   B23K 26/354 20140101ALI20220715BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20220715BHJP
   B23K 26/08 20140101ALI20220715BHJP
【FI】
C23C8/24
B23K26/354
C23C8/26
B23K26/08 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022002934
(22)【出願日】2022-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2021002658
(32)【優先日】2021-01-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504238806
【氏名又は名称】国立大学法人北見工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100202913
【弁理士】
【氏名又は名称】武山 敦史
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(72)【発明者】
【氏名】大津 直史
(72)【発明者】
【氏名】三浦 公陽
【テーマコード(参考)】
4E168
4K028
【Fターム(参考)】
4E168AC01
4E168CB03
4E168CB07
4E168CB08
4E168DA24
4E168DA40
4E168DA43
4E168FB05
4E168JA02
4E168JA03
4E168JA05
4K028AA02
4K028AB01
4K028AB02
(57)【要約】
【課題】簡便な手法で金属表面に選択的に窒化皮膜を形成可能な窒化皮膜形成装置及び窒化皮膜形成方法を提供する。
【解決手段】窒化皮膜形成装置1は、金属材料表面に窒化皮膜を形成する装置である。窒化皮膜形成装置1は、金属材料表面に照射されたパルスレーザ光が金属材料表面周辺の大気中にプラズマを生成することにより金属材料表面を局所的に溶融させると共に大気中に活性化した窒素を発生させるように1パルスあたりのエネルギー密度が設定されているパルスレーザ光を繰り返し出射するパルスレーザ光源11を備える。窒化皮膜形成装置1は、パルスレーザ光源11の出射側に設けられ、パルスレーザ光源11から出射されたパルスレーザ光を金属材料表面に集光することにより、金属材料表面周辺の大気中にプラズマを生成させる集束光学系12を備えてもよい。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料表面に窒化皮膜を形成する窒化皮膜形成装置であって、
前記金属材料表面に照射されたパルスレーザ光が前記金属材料表面周辺の大気中にプラズマを生成することにより前記金属材料表面を局所的に溶融させると共に大気中に活性化した窒素を発生させるように1パルスあたりのエネルギー密度が設定されているパルスレーザ光を繰り返し出射するパルスレーザ光源を備える、
窒化皮膜形成装置。
【請求項2】
前記窒化皮膜形成装置は、前記パルスレーザ光源の出射側に設けられ、前記パルスレーザ光源から出射されたパルスレーザ光を前記金属材料表面に集光することにより、前記金属材料表面周辺の大気中にプラズマを生成させる集束光学系をさらに備える、
請求項1に記載の窒化皮膜形成装置。
【請求項3】
前記窒化皮膜形成装置は、前記集束光学系の出射側に設けられ、前記集束光学系で集束されたレーザ光の焦点位置に前記金属材料表面が配置されるように前記金属材料を保持する保持手段をさらに備える、
請求項1又は2に記載の窒化皮膜形成装置。
【請求項4】
前記保持手段は、前記集束光学系に対して前記金属材料を移動させる移動ステージであり、
前記窒化皮膜形成装置は、前記金属材料表面に照射されるパルスレーザ光が所定の軌跡を描くように前記移動ステージの動作を制御する制御手段をさらに備える、
請求項3に記載の窒化皮膜形成装置。
【請求項5】
前記窒化皮膜形成装置は、
前記パルスレーザ光源及び前記集束光学系を移動可能に支持するロボットアームと、
前記金属材料表面に照射されるパルスレーザ光が所定の軌跡を描くように前記ロボットアームの動作を制御する制御手段と、をさらに備える、
請求項2又は3に記載の窒化皮膜形成装置。
【請求項6】
前記金属材料表面に照射されるパルスレーザ光の1パルスあたりのエネルギー密度は、1000J/mm~6000J/mmの範囲内である、
請求項1から5のいずれか1項に記載の窒化皮膜形成装置。
【請求項7】
前記窒化皮膜形成装置は、
前記パルスレーザ光源から出射されたパルスレーザ光の照射経路を挟むように配置された一対の電極と、
前記一対の電極にそれぞれ接続され、前記パルスレーザ光源から出射されたパルスレーザ光が前記金属材料表面に照射されることにより発生したプラズマの輝度を増大させる電界を前記一対の電極の間に生じさせる電圧源と、をさらに備える、
請求項1から6のいずれか1項に記載の窒化皮膜形成装置。
【請求項8】
前記金属材料は、チタン材料、鉄鋼材料、アルミニウム材料、ニオブ材料及びジルコニウム材料のいずれか1つである、
請求項1から7のいずれか1項に記載の窒化皮膜形成装置。
【請求項9】
金属材料表面に窒化皮膜を形成する窒化皮膜形成方法であって、
前記金属材料表面に照射されたパルスレーザ光が前記金属材料表面周辺の大気中にプラズマを生成することにより前記金属材料表面を局所的に溶融させると共に大気中に活性化した窒素を発生させるように1パルスあたりのエネルギー密度が設定されているパルスレーザ光を繰り返し出射する工程を含む、
窒化皮膜形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化皮膜形成装置及び窒化皮膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面に窒化皮膜が形成された金属材料は、耐磨耗性や耐食性に優れ、機械部品に好適な材料として知られている。窒化皮膜の形成には、アンモニア雰囲気中でチタン材料を加熱するガス窒化法やグロー放電を利用したプラズマ窒化法が用いられている。これらの方法は、金属材料の表面全体に窒化皮膜を形成するため、金属材料表面の一部に選択的に窒化皮膜を形成する手法が要望されている。例えば、特許文献1には、チタン材料に窒素ガスを吹き付けた状態でレーザを照射することで、チタン材料表面のレーザ照射部分に選択的に窒化皮膜を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6-212395号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の方法では、窒化皮膜の形成時に窒素ガスを吹き付けるため、ガス吹き付け設備や大量の窒素ガスを事前に用意する必要があり、窒化皮膜が形成された金属部品の量産には不向きである。このことから、窒素ガスを吹き付けずとも金属表面に選択的に窒化皮膜を形成できる手法が要望されている。このような問題は、チタン材料表面に窒化皮膜を形成する場合のみならず、他の金属材料表面に窒化皮膜を形成する場合にも存在している。
【0005】
本発明は、このような背景に基づいてなされたものであり、簡便な手法で金属表面に選択的に窒化皮膜を形成可能な窒化皮膜形成装置及び窒化皮膜形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る窒化皮膜形成装置は、
金属材料表面に窒化皮膜を形成する窒化皮膜形成装置であって、
前記金属材料表面に照射されたパルスレーザ光が前記金属材料表面周辺の大気中にプラズマを生成することにより前記金属材料表面を局所的に溶融させると共に大気中に活性化した窒素を発生させるように1パルスあたりのエネルギー密度が設定されているパルスレーザ光を繰り返し出射するパルスレーザ光源を備える。
【0007】
前記窒化皮膜形成装置は、前記パルスレーザ光源の出射側に設けられ、前記パルスレーザ光源から出射されたパルスレーザ光を前記金属材料表面に集光することにより、前記金属材料表面周辺の大気中にプラズマを生成させる集束光学系をさらに備えてもよい。
【0008】
前記窒化皮膜形成装置は、前記集束光学系の出射側に設けられ、前記集束光学系で集束されたレーザ光の焦点位置に前記金属材料表面が配置されるように前記金属材料を保持する保持手段をさらに備えてもよい。
【0009】
前記保持手段は、前記集束光学系に対して前記金属材料を移動させる移動ステージであり、
前記窒化皮膜形成装置は、前記金属材料表面に照射されるパルスレーザ光が所定の軌跡を描くように前記移動ステージの動作を制御する制御手段をさらに備えてもよい。
【0010】
前記窒化皮膜形成装置は、
前記パルスレーザ光源及び前記集束光学系を移動可能に支持するロボットアームと、
前記金属材料表面に照射されるパルスレーザ光が所定の軌跡を描くように前記ロボットアームの動作を制御する制御手段と、をさらに備えてもよい。
【0011】
前記金属材料表面に照射されるパルスレーザ光の1パルスあたりのエネルギー密度は、1000J/mm~6000J/mmの範囲内であってもよい。
【0012】
前記窒化皮膜形成装置は、
前記パルスレーザ光源から出射されたパルスレーザ光の照射経路を挟むように配置された一対の電極と、
前記一対の電極にそれぞれ接続され、前記パルスレーザ光源から出射されたパルスレーザ光が前記金属材料表面に照射されることにより発生したプラズマの輝度を増大させる電界を前記一対の電極の間に生じさせる電圧源と、をさらに備えてもよい。
【0013】
前記金属材料は、チタン材料、鉄鋼材料、アルミニウム材料、ニオブ材料及びジルコニウム材料のいずれか1つであってもよい。
【0014】
上記目的を達成するために、本発明の第2の観点に係る窒化皮膜形成方法は、
金属材料表面に窒化皮膜を形成する窒化皮膜形成方法であって、
前記金属材料表面に照射されたパルスレーザ光が前記金属材料表面周辺の大気中にプラズマを生成することにより前記金属材料表面を局所的に溶融させると共に大気中に活性化した窒素を発生させるように1パルスあたりのエネルギー密度が設定されているパルスレーザ光を繰り返し出射する工程を含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、大気中であってもパルスレーザ光を照射するだけで金属材料表面に窒化皮膜を形成できる。このため、簡便な手法で金属表面に選択的に窒化皮膜を形成可能な窒化皮膜形成装置及び窒化皮膜形成方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施の形態に係る窒化皮膜形成装置の構成を示す図である。
図2】本発明の実施の形態に係る大気中におけるチタン材料の窒化処理のメカニズムを説明する模式図である。
図3】本発明の実施の形態に係るパルスレーザ光の軌跡の一例を示す平面図である。
図4】本発明の実施の形態に係るパルスレーザ光の軌跡の他の一例を示す平面図である。
図5】本発明の第1の変形例に係る窒化皮膜形成装置の構成を示す図である。
図6】本発明の第2の変形例に係る窒化皮膜形成装置の構成を示す図である。
図7】本発明の第3の変形例に係る窒化皮膜形成装置の構成を示す図である。
図8】実施例1における1パルスあたりのエネルギー密度が300J/mmのパルスレーザ光が照射されたチタン材料のX線回折パターンを示すグラフである。
図9】実施例1における1パルスあたりのエネルギー密度が5000J/mmのパルスレーザ光が照射されたチタン材料のX線回折パターンを示すグラフである。
図10】実施例2におけるパルスレーザ光の照射回数が20回であるチタン材料のX線回折パターンを示すグラフである。
図11】実施例3におけるパルスレーザ光の集光の有無によるチタン材料のX線回折パターンの違いを示すグラフである。
図12】実施例3におけるチタン材料を撮影した走査電子顕微鏡画像を示す図である。
図13】(a)、(b)は、いずれも実施例4におけるチタン材料を撮影した走査電子顕微鏡画像を示す図である。
図14】(a)、(b)は、いずれも実施例4におけるチタン材料を撮影したレーザ顕微鏡画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態に係る金属材料の窒化皮膜形成装置及び窒化皮膜形成方法を、図面を参照しながら詳細に説明する。実施の形態では、金属材料として板状のチタン材料の表面に窒化皮膜を形成する場合を例に説明する。
【0018】
図1は、実施の形態に係る窒化皮膜形成装置の構成を示す図である。窒化皮膜形成装置1は、チタン材料表面に窒化皮膜を形成する装置である。窒化皮膜は、一つの成分として窒素を含有する表面層ではなく、少なくとも窒化物化合物を主成分とする表面層である。以下、図1の左右方向をX軸方向、図1に垂直な方向をY軸方向とし、X軸方向及びY軸方向のいずれにも垂直な方向をZ軸方向(上下方向)とする直交座標系を用いる。以下、チタン材料の表面はXY平面上に配置されるものとする。
【0019】
窒化皮膜形成装置1は、パルスレーザ光を出射するパルスレーザ光源11と、パルスレーザ光源11からのレーザ光を集束させる集束光学系12と、集束光学系12で集束されたレーザ光が集光する位置(焦点位置)にチタン材料表面が配置されるようにチタン材料を保持した状態で、集束光学系12に対してチタン材料を移動させる移動ステージ13と、チタン材料表面で集束するレーザ光が所定の軌跡を描くように移動ステージ13の動作を制御する制御装置14と、を備える。移動ステージ13及び制御装置14は、有線又は無線の通信回路を介して互いに通信可能に接続されている。
【0020】
パルスレーザ光源11は、一定の周波数及びパルス幅でパルス状のレーザ光(パルスレーザ光)を繰り返し発振するパルスレーザ光源である。パルスレーザ光源11は、例えばNd:YAG(Yttrium Aluminum Garnet)レーザを備える。また、パルスレーザ光源11の発振器内には、例えば、Qスイッチ(シャッター)が設けられている。
【0021】
パルスレーザ光源11には、パルスレーザ光源11を発振するための信号を発生する信号発生器11aが接続され、パルスレーザ光源11は、信号発生器11aからの電流のオンオフによりレーザ光をパルス状に出射する。信号発生器11aでは、ユーザからの指示に基づいて、パルスレーザ光源11から出射されるパルスレーザ光の各種パラメータが設定される。なお、パルスレーザ光源11からパルス波形を得るには、レーザ光源から連続発振されたレーザ光を変調器又はシャッターでオンオフするように構成してもよい。
【0022】
集束光学系12は、パルスレーザ光源11から受け取ったパルスレーザ光をチタン材料の表面上に集束させる。集束光学系12は、例えば、一つ又は複数の集光レンズを備える。集光レンズは、例えば、凸レンズである。パルスレーザ光源11及び集束光学系12は、吊り下げ器具15に接続され、移動ステージ13の上方に配置されている。集束光学系12がパルスレーザ光を集光することで、パルスレーザ光の焦点位置における単位面積あたりのエネルギー(エネルギー密度)を増加させる。
【0023】
図2は、大気中におけるチタン材料の窒化処理のメカニズムを説明する模式図である。チタン材料は、酸素と優先的に結びつき易いため、大気中でチタン材料表面に向けて連続発振レーザを照射しても、化学的に安定な酸化皮膜が形成される。他方、パルス状に出射されたレーザ光を集束光学系12で集光してチタン材料表面に照射すると、チタン表面付近にある大気中の窒素分子がチタン材料内に取り込まれ、チタン原子と結びつき、チタン材料表面に窒化皮膜が形成される。
【0024】
詳細に説明すると、集光によりエネルギー密度が増加したパルスレーザ光がチタン材料表面に照射され、レーザエネルギーが時間的及び空間的に集中すると、照射領域周辺の空気中に窒素、酸素及び金属材料成分からなるプラズマが局所的に発生する。このプラズマからのエネルギー付与により、もともとあった酸化皮膜を含む金属材料表面が瞬間的に溶融し、溶融チタンの対流が発生する。この対流によって空気中の活性化した窒素成分が溶融チタンに優先的に取り込まれるため、金属材料表面に窒化皮膜が形成される。なお、他の金属材料においても、同様のメカニズムにより窒化皮膜の形成を実現できる。
【0025】
大気中のプラズマによりチタン材料表面を溶融させるには、パルスレーザ光の周波数は、例えば、10Hz以下であることが好適であり、パルス幅は、数ナノ秒程度、例えば、1ナノ秒~5ナノ秒の範囲内であることが好適である。また、パルス幅を数ナノ秒程度とした場合、パルスレーザ光の1パルスあたりのエネルギーであるパルスエネルギー密度は、チタン材料表面に照射されたパルスレーザ光がチタン材料表面周辺の大気中でプラズマを生成することによりチタン材料表面を局所的に溶融させると共に大気中に活性化した窒素を発生させる程度に設定すればよい。
【0026】
パルスエネルギー密度は、少なくとも1000J/mmであることが好ましく、例えば、1000J/mm~6000J/mmの範囲内であることがより好ましく、1000J/mm~5000J/mmの範囲内であることがより一層好ましい。パルスレーザ光のパルスエネルギー密度は、チタン材料の窒化皮膜の膜厚を考慮して最適な数値を予め実験で求めておけばよい。また、パルスレーザ光の周波数及びパルス幅は、パルスレーザ光のパルスエネルギー密度、ビーム断面積及び移動ステージの移動速度に基づいて設定すればよい。
【0027】
図1に戻り、移動ステージ13は、集束光学系12によりパルスレーザ光が集束された位置にチタン材料表面が配置されるようにチタン材料を保持する保持手段の一例である。移動ステージ13は、加工対象のチタン材料を保持した状態で、集束光学系12からのパルスレーザ光がチタン材料表面上で設定された軌跡を描くようにチタン材料をX軸方向及びY軸方向に移動させる。
【0028】
移動ステージ13は、基台と、基台に対してX軸方向に移動する第1の移動部材と、基体に対して第1の移動部材を移動させる第1のモータと、第1の移動部材に対してY軸方向に移動する第2の移動部材と、第1の移動部材に対して第2の移動部材を移動させる第2のモータと、を備える。第1のモータ及び第2のモータは、いずれもモータドライバに接続され、モータドライバは制御装置14に接続されている。
【0029】
移動ステージ13の移動経路は、チタン材料表面において窒化皮膜を形成する加工領域の形状及びサイズ、並びに集束したパルスレーザ光の断面形状及びサイズを考慮して設定される。移動ステージ13の移動経路は、例えば、チタン材料に照射されるパルスレーザ光がチタン材料表面における窒化皮膜を形成する加工領域をもれなく塗りつぶすように設定される。以下、パルスレーザ光のビーム断面形状を円形とし、パルスレーザ光の軌跡の具体例を説明する。
【0030】
図3は、実施の形態に係るパルスレーザ光の軌跡の一例を示す平面図である。図3のパルスレーザ光の軌跡では、窒化皮膜を形成する矩形状の加工領域の一端から他端に向けてパルスレーザ光の焦点を+X方向に移動させる。次に、パルスレーザ光の直径に相当する距離だけ-Y方向に移動させる。次に、他端から一端に向けて-X方向に移動させる。次に、パルスレーザ光の直径に相当する距離だけ再び-Y方向に移動させる。上記の工程を軌跡が加工領域を満たすまで繰り返す。パルスレーザ光の軌跡をY方向に移動させる場合は、Y方向の移動が終了するまでパルスレーザ光の照射を停止させることが好ましい。
【0031】
図4は、実施の形態に係るパルスレーザ光の軌跡の他の一例を示す平面図である。図4のパルスレーザ光の軌跡は、円形状の加工領域において中心点が同一で径が異なる複数の円を順次描くような軌跡である。パルスレーザ光を径方向に移動させる場合は、径方向の移動が完了するまでパルスレーザ光の照射を停止させることが好ましい。なお、円形状の加工領域においては、パルスレーザ光が螺旋状の軌跡を描くように設定してもよい。
【0032】
移動ステージ13の移動速度は、パルスエネルギー密度、周波数及びパルス幅といったパルスレーザ光の各種特性を考慮して設定されるが、例えば、0.1mm/s~2mm/sの範囲内である。なお、移動ステージ13の移動は、連続的に走査してもよく、断続的に移動・停止を繰り返してもよい。例えば、加工領域に互いに隣接する複数のスポットを設定し、移動ステージ13を停止させた状態で1つのスポットにパルスレーザ光を照射し、その後、隣接するスポットにパルスレーザ光を照射できるように移動ステージ13を移動させてもよい。また、周波数が比較的大きい場合であれば、パルスレーザ光の照射の時間間隔が長くなるため、移動ステージ13を連続的に走査したとしても、次の照射タイミングまでに移動ステージ13の移動を完了させることができる。
【0033】
照射回数は、チタン材料表面の同一箇所をパルスレーザ光で照射する回数であり、チタン材料表面上に例えば図3又は図4のような軌跡を描く回数でもある。照射回数は、パルスレーザ光のパルスエネルギー密度に応じて任意に設定されるが、例えば、1回~20回の範囲内であることが好ましい。パルスエネルギー密度が比較的大きい場合には1回の照射が好ましく、パルスエネルギー密度が比較的小さい場合には、複数回の照射、例えば5回~10回程度の照射が好ましい。
【0034】
図1に戻り、制御装置14は、例えば、メモリ及びプロセッサを備える汎用コンピュータである。制御装置14は、メモリに記憶されたプログラムをプロセッサで実行することで、パルスレーザ光源11及び移動ステージ13の動作を制御する制御手段の一例である。
【0035】
制御装置14は、パルスレーザ光のパルスエネルギー密度、周波数、パルス幅及び照射回数、並びに移動ステージ13の移動経路及び移動速度に関するユーザの指示を受け付ける。ユーザの指示を受け付けると、制御装置14は、設定されたパルスレーザ光のパルスエネルギー密度、周波数及びパルス幅でパルスレーザ光源11が発振するようにパルスレーザ光源11の動作を制御する。また、制御装置14は、設定されたパルスレーザ光の照射回数、並びに移動ステージ13の移動経路及び移動速度に従って移動ステージ13が移動するように移動ステージ13の第1のモータ及び第2のモータの動作を制御する。
以上が、窒化皮膜形成装置1の構成である。
【0036】
次に、実施の形態に係る窒化皮膜形成装置1を用いて実行されるチタン材料の窒化皮膜形成方法の流れを説明する。
【0037】
まず、窒化皮膜の形成対象であるチタン材料を移動ステージ13に保持させる。
【0038】
次に、ユーザが制御装置14の操作部を操作し、パルスレーザ光のパルスエネルギー密度、周波数、パルス幅及びパルスレーザ光の照射回数、並びに移動ステージ13の移動経路及び移動速度(以下、これらをまとめて「加工条件」と言う。)を指示する。制御装置14は、加工条件に関するユーザの指示を受け付けると、加工条件に関する情報をメモリに記憶させる。
【0039】
次に、ユーザが制御装置14の操作部を操作してレーザ照射の開始を指示すると、制御装置14は、メモリに記憶された加工条件に基づいて、パルスレーザ光源11からパルスレーザ光を照射させると共に、移動経路の始点から移動ステージ13を移動させる。このとき、窒化皮膜形成装置1が移動経路上の各スポットでパルスレーザ光源11からパルスレーザ光が出射される工程(出射工程)と、出射工程で出射されたパルスレーザ光をチタン材料表面の1つのスポットに集光させる工程(集光工程)とを繰り返すことで、チタン材料表面の経路上に順次窒化皮膜が形成される。
【0040】
次に、制御装置14は、メモリに記憶された移動経路の終点に到着すると、パルスレーザ光源11からのパルスレーザ光の照射を終了させる。
以上が、チタン材料の窒化皮膜形成方法の流れである。
【0041】
以上説明したように、実施の形態に係る窒化皮膜形成装置1は、パルスレーザ光を出射するパルスレーザ光源11と、パルスレーザ光源11の出射側に設けられ、パルスレーザ光源11から出射されたパルスレーザ光をチタン材料表面に集束させる集束光学系12と、を備える。また、パルスレーザ光源11では、パルスレーザ光が大気中で窒素プラズマを生成することでチタン材料表面を局所的に溶融させると共に大気中に活性化窒素を発生させるように1パルスあたりのエネルギー密度が設定されている。したがって、大気中であってもレーザエネルギーを時間的及び空間的に集中させることでチタン材料表面に窒化皮膜を形成できる。また、大気中で窒化皮膜を形成できるため、窒化皮膜の形成対象の大きさを制限する必要もない。さらに、パルスレーザ光が照射された領域にのみ窒化皮膜が形成されるため、チタン材料表面の一部に選択的に窒化皮膜を形成できる。
【0042】
また、実施の形態に係る窒化皮膜形成装置1は、パルスレーザ光源11から出射される1パルスあたりのエネルギー密度が好ましくは1000J/mm~6000J/mmの範囲内である。このため、チタン材料表面の大きな変形や機械的強度の低下を抑制できる。また、集束光学系12でパルスレーザ光を集束すると、上記のエネルギー密度は1パルスあたりのエネルギーが100mJ~500mJ程度のパルスレーザ光源11で実現でき、このようなパルスレーザ光源11は安価に入手できるため、窒化皮膜形成装置1の製造コストを抑制できる。
【0043】
本発明は上記実施の形態に限られず、以下に述べる変形も可能である。
【0044】
(変形例)
上記実施の形態では、窒化皮膜形成装置1にパルスレーザ光源11及び集束光学系12が1つずつ設けられていたが、本発明はこれに限られない。例えば、パルスレーザ光源11及び集束光学系12からなる組を複数設けることで、チタン材料表面に対して迅速に窒化皮膜を形成してもよい。
【0045】
上記実施の形態では、集束光学系12に対して移動ステージ13を移動させることで、集光されたパルスレーザ光に対してチタン材料表面を相対的に移動していたが、本発明はこれに限られない。例えば、図5に示すように、パルスレーザ光源11及び集束光学系12をロボットアーム16の先端部に支持させ、ロボットアーム16の先端部をX軸方向及びY軸方向に移動させるように構成してもよい。この場合、移動機構を有しない保持具17でチタン材料を保持してもよい。
【0046】
上記変形例によれば、窒化皮膜形成装置1を製造ラインの任意の位置に配置でき、製造ラインの途中で部品や製品への窒化皮膜の形成を実現できる。なお、窒化皮膜形成装置1を用いて後付けで部品又は製品に窒化皮膜を形成したり、部品又は製品の補修や補強のために窒化皮膜を形成したりしてもよい。
【0047】
上記実施の形態では、加工対象のチタン材料が板状部材であり、集束光学系12と移動ステージ13とのZ軸方向の距離は一定であったが、本発明はこれに限られない。例えば、チタン材料表面に凹凸が存在する場合であれば、チタン材料表面と集束光学系12との間のZ軸方向の距離を一定に保持するように、集束光学系12又は移動ステージ13の動作を制御してもよい。
【0048】
具体的には、図6に示すように、集束光学系12とチタン材料との距離を測定する距離センサ18をさらに設け、距離センサ18からの信号に基づいて保持具17に保持されたチタン材料表面と集束光学系12との間の距離を一定に保持するように、ロボットアーム16の動作を制御してもよい。上記の具体的な処理としてはPID(Proportional-Integral-Differential)制御を実行すればよい。
【0049】
また、移動ステージ13をZ軸方向にも移動可能に構成し、距離センサ18からの信号に基づいて移動ステージ13に保持されたチタン材料表面と集束光学系12との間の距離を一定に保持するように、移動ステージ13のZ軸方向の動きを制御してもよい。
【0050】
上記実施の形態では、パルスレーザ光源11の信号発生器11aに制御装置14が接続され、信号発生器11aは、制御装置14からの信号に基づいて電流をオンオフしていたが、本発明はこれに限られない。例えば、ユーザが信号発生器11aを直接操作して、パルスレーザ光のパルスエネルギー密度、周波数、パルス幅といったパラメータを設定するように構成してもよい。
【0051】
上記実施の形態では、板状のチタン材料表面に窒化皮膜を形成していたが、本発明はこれに限られない。チタン材料の形状は任意であり、例えば、箱状、球状、凹状であってもよい。
【0052】
上記実施の形態では、大気中においてチタン材料に窒化皮膜を形成していたが、本発明はこれに限られない。例えば、同一又は同等の手法で鉄鋼材料、アルミニウム材料、ニオブ材料、ジルコニウム材料のような他の金属材料に窒化皮膜を形成してもよい。
【0053】
上記実施の形態では、金属材料表面にパルスレーザ光を照射するだけで大気中にプラズマを生成していたが、本発明はこれに限られない。例えば、パルスレーザ光により発生したプラズマの輝度を増強するためにプラズマに電界を印加してもよい。大気中に生成されるプラズマの輝度を増強すると、瞬間的な溶融範囲がより深部へ到達するため、窒化皮膜の膜厚を増大させることができる。プラズマに電界を印加するため、窒化皮膜形成装置1は以下のように構成されてもよい。
【0054】
図7に示すように、窒化皮膜形成装置1は、集束光学系12により集光されるレーザ光の照射経路を挟むように配置された一対の電極19aと、一対の電極19aにそれぞれ接続され、一対の電極19aの間に発生したプラズマを増大させる電界を生じさせる電圧源19bと、をさらに備える。各電極19aは、任意の形状及び材料のものを用いることができるが、例えば、ロッド状の電極であり、タングステンで形成されている。各電極19aの間隔は、例えば、0.5cm~2cmの範囲内であり、好ましくは1cm程度である。電圧源19bは、直流電圧(例えば、数kV程度)を発生させる高圧電圧源である。電圧源19bが空間上に発生させる電界値は、例えば、500kV/m以上であることが好ましい。
【0055】
一対の電極19aの間に発生させる電界は、少なくともレーザ照射に伴うプラズマ発生時に印加する必要があり、この条件を満たすことができれば連続電界であってもよくパルス電界であってもよい。パルス電界を印加する場合には、パルス電界のパルス幅は、プラズマの持続時間を考慮すると、例えば、1msec~100msecの範囲内であることが好ましい。また、電圧源19bを制御装置14に接続し、制御装置14にパルス電界を発生させるタイミングを制御させることで、一対の電極19aの間に発生させるパルス電界をパルスレーザ光源11からのパルスレーザ光の出射と同期させてもよい。具体的には、例えば、パルスレーザ光の周波数と同一の周波数で、かつパルスレーザ光の出射直前からパルスレーザ出射直後までの期間を含むパルス幅でパルス電界を印加すればよい。
【0056】
上記実施の形態では、パルスレーザ光源11と別体の集束光学系12がパルスレーザ光源11からのパルスレーザ光を集光していたが、本発明はこれに限られない。例えば、パルスレーザ光源11の内部に配置され、発振器の透過型ミラーから出射されたパルスレーザ光を集光する集束光学系(例えば、凸レンズ)を設けてもよい。また、パルスレーザ光源11の発振器の透過性ミラーから出射されたビームを取り出し窓で絞って取り出すことで、レーザエネルギーを空間的に高密度にしてもよい。
【0057】
上記実施の形態は例示であり、本発明はこれらに限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した発明の趣旨を逸脱しない範囲でさまざまな実施の形態が可能である。実施の形態や変形例で記載した構成要素は自由に組み合わせることが可能である。また、特許請求の範囲に記載した発明と均等な発明も本発明に含まれる。
【0058】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0059】
(実施例1)
実施例1では、チタン材料の各試料に対して集光したパルスレーザ光を繰り返し照射し、試料表面に形成された皮膜に対してX線回折分析(X-ray Diffraction:XRD)を実施した。XRDは、試料に照射したX線のうち試料表面で反射した反射X線を検出し、反射X線のうちどの角度に反射したものが強め合っているかを確認することで、試料の材料に含まれる化合物を同定する手法である。実施例1では、各試料に照射するパルスレーザ光の照射回数をそれぞれ変化させ、試料の同一箇所にパルスレーザ光を繰り返し照射することで、試料表面にどのような変化が生じるかを検証した。パルスレーザ光のパルスエネルギーは25mJとした。パルスエネルギー密度に換算すると300J/mmである。
【0060】
図8を参照して実験の結果を示す。図8の縦軸は反射X線の強度(カウント数)であり、横軸は角度2θである。図8に示すように、照射回数によらず、どの試料でもTiN及びTiNに対応する角度2θにおけるピークの存在を確認できた。また、照射回数が5回の場合にTiN及びTiN皮膜が最も厚くなり、それ以上照射回数を増やしてもTiN及びTiN皮膜は厚くならなかった。以上から、パルスエネルギー密度が比較的小さい場合には、ある程度の膜厚のTiN及びTiN皮膜を得るために、パルスレーザ光の照射を複数回繰り返すことが好ましいことが理解できる。
【0061】
次に、試料に照射するパルスレーザ光のパルスエネルギーを400mJ(パルスエネルギー密度に換算すると5000J/mm)とし、その他の条件を変更せずに試料にパルスレーザ光を照射した。その結果、図9に示すように、照射回数によらず、どの試料にもTiN及びTiN皮膜が形成されていることが確認できた。また、照射回数が1回である場合にTiN及びTiN皮膜が最も厚くなり、それ以上照射回数を増やしてもTiN及びTiN皮膜が厚くならないことが確認できた。これは、パルスエネルギー密度が5000J/mmの場合、1回の照射で形成された窒化皮膜の一部が2回目以降の照射で吹き飛ばされるためと考えられる。以上から、パルスエネルギー密度が比較的大きい場合には、1パルスのレーザ照射で最も厚いTiN及びTiN皮膜を形成でき、繰り返しのレーザ照射が不要であることが理解できる。
【0062】
(実施例2)
実施例2では、パルスレーザ光の照射回数を一定とし、パルスレーザ光のパルスエネルギー密度を変化させることで、試料の皮膜にどのような変化が生じるかを検証した。照射回数は20回とし、パルスエネルギーは25mJ、100mJ、200mJ、300mJ及び400mJの5パターンとした。パルスエネルギー密度に換算すると、それぞれ300J/mm、1250J/mm、2500J/mm、3750J/mm、5000J/mmである。その結果、図10に示すように、パルスエネルギー密度によらず、どの試料にもTiN及びTiN皮膜が形成されていることを確認できた。
【0063】
(実施例3)
実施例3では、パルスレーザ光の集光の有無により、試料の皮膜にどのような違いが生じるかを検証した。パルスレーザ光のパルスエネルギーは400mJであり、集光した場合のパルスエネルギー密度は5000J/mm、集光しない場合のパルスエネルギー密度は0.005J/mmである。それぞれ照射回数は1回とした。その結果、図11に示すように、パルスレーザ光の集光ありの場合には、試料表面にTiN及びTiN皮膜が形成されたのに対し、パルスレーザ光の集光なしの場合には、試料表面にTiO皮膜が形成された。
【0064】
その後、各試料の断面を走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)で観察した。その結果、図12のSEM画像に示すように、パルスレーザ光の集光ありの場合には、膜厚が2.2μm、5.3μm、6.7μmのTiN及びTiN皮膜が形成されていた。他方、集光なしの場合には、膜厚が約0.51μm、0.59μmのTiO皮膜が形成されていた。以上から、パルスレーザ光を集光させた場合にのみ、大気中におけるTiN及びTiN皮膜の形成を実現できることが確認できた。
【0065】
(実施例4)
実施例4では、パルスレーザ光の集光の有無により試料表面にどのような違いが生じるかを検証した。パルスエネルギー密度は300J/mm又は5000J/mmであり、パルスの周波数は10Hz、パルス幅は5±1nsである。その他の条件は実施例1の場合と同一である。パルスレーザ光の照射後にSEM及びレーザ顕微鏡をそれぞれ用いて試料表面を撮影し、試料表面の状態を観察した。
【0066】
図13(a)は、集光しないパルスレーザ光を照射した試料表面のSEM画像であり、図13(b)は、集光したパルスレーザ光を照射した試料表面のSEM画像である。いずれもパルスエネルギー密度は5000J/mmである。パルスレーザ光を集光しない場合には、マイクロメータスケールの多数の孔が形成されているものの全体としてはフラットであった。他方、パルスレーザ光を集光した場合には、特徴的な波形構造及び多数の微細クラックがランダムに形成されていた。この波形構造や微細クラックは、チタンが溶融した痕跡である。また、パルスレーザ光を集光した場合には、パルスエネルギー密度が300J/mmのパルスレーザ光でもなだらかな波形構造が形成されたが、微細クラックは発生しなかった。この違いは、1パルスあたりのエネルギー密度が300J/mmのパルスレーザ光では、表面部分だけが溶融し、深さ方向に溶融領域が広がらないためであると考えられる。
【0067】
図14(a)は、集光しないパルスレーザ光を照射した試料表面のレーザ顕微鏡画像であり、図14(b)は、集光したパルスレーザ光を照射した試料表面のレーザ顕微鏡画像である。パルスレーザ光を集光しない場合には、試料表面がほぼフラットであるのに対し、パルスレーザ光を集光した場合には、溝及びスポット状の凹状部分が形成されていた。集光しないパルスレーザ光が照射された場合には、試料表面が固体のままであるため、通常の熱反応が生じて酸化層が生成され、急速に焼き入れされた結果として試料表面に多数の空孔が形成されると考えられる。他方、集光されたパルスレーザ光が照射される場合には、試料表面が瞬間的に溶融し、ラジカル化した窒素が溶融チタンに優先的に浸透することで、反応場の窒素の量に応じてTiN皮膜又はTiN皮膜が形成されると考えられる。
【符号の説明】
【0068】
1 窒化皮膜形成装置
11 パルスレーザ光源
11a 信号発生器
12 集束光学系
13 移動ステージ
14 制御装置
15 吊り下げ器具
16 ロボットアーム
17 保持具
18 距離センサ
19a 電極
19b 電圧源


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14