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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022010974
(43)【公開日】2022-01-17
(54)【発明の名称】滑り免震装置及び橋梁
(51)【国際特許分類】
   E01D 19/04 20060101AFI20220107BHJP
【FI】
E01D19/04 Z
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020111806
(22)【出願日】2020-06-29
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2020-10-07
(71)【出願人】
【識別番号】306022513
【氏名又は名称】日鉄エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】山崎 伸介
(72)【発明者】
【氏名】野呂 直以
(72)【発明者】
【氏名】田村 康行
【テーマコード(参考)】
2D059
【Fターム(参考)】
2D059AA33
2D059GG12
(57)【要約】
【課題】地震時における上沓と下沓の間の相対的な水平変位及び鉛直変位を、ともに抑制することのできる滑り免震装置と、この滑り免震装置を可動支承に備えている橋梁を提供すること。
【解決手段】上沓41と、下沓43と、摺動体45とを有する滑り免震装置40であり、上沓41と下沓43に跨る一対の移動方向規制治具47がいずれか一方の沓に対して固定され、他方の沓に対して固定されておらず、他方の沓の所定方向への水平変位が移動方向規制治具47により規制され、移動方向規制治具47は鍵部47bを備え、鍵部47bが他方の沓の端部の上面もしくは下面に配設されることにより、他方の沓の鉛直変位が規制されており、他方の沓の下面もしくは上面には、摺動体45の摺動範囲を規定するストッパーリング41dと、ストッパーリング41dの内側にある凹球状で平面視円形の第一摺動面41cが設けられている。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上沓及び下沓と、該上沓及び該下沓の間でスライド自在な摺動体とを有する滑り免震装置であって、
前記上沓と前記下沓に跨る一対の移動方向規制治具が、前記上沓と前記下沓のいずれか一方の沓に対して固定され、前記上沓もしくは前記下沓の他方の沓に対して固定されておらず、該他方の沓の所定方向への水平変位が該移動方向規制治具により規制され、
前記移動方向規制治具は鍵部を備え、該鍵部が前記他方の沓の端部の上面もしくは下面に配設されることにより、該他方の沓の鉛直変位が規制されており、
前記他方の沓の下面もしくは上面には、前記摺動体の摺動範囲を規定するストッパーリングと、該ストッパーリングの内側にある凹球状で平面視円形の第一摺動面が設けられていることを特徴とする、滑り免震装置。
【請求項2】
前記他方の沓の端部には前記鍵部が配設される係合溝が設けられ、
前記係合溝と前記鍵部の間に少なくとも鉛直方向の隙間が設けられ、
前記摺動体は凸球状の第二摺動面を備えており、
前記第二摺動面の上を前記他方の沓の前記第一摺動面が摺動した際に、前記隙間が解消されて前記係合溝が前記鍵部に係合することを特徴とする、請求項1に記載の滑り免震装置。
【請求項3】
前記第二摺動面には摩擦材が取り付けられ、
前記第一摺動面には、平面視円形の相手材が取り付けられており、
前記相手材は、前記ストッパーリング内の前記第一摺動面における中心を通る弧の長さ以上の直径を有しており、該相手材が前記ストッパーリング内に嵌め込まれていることにより、該ストッパーリング内において該相手材はその径方向に圧縮力を有する状態となっていることを特徴とする、請求項2に記載の滑り免震装置。
【請求項4】
前記移動方向規制治具は、前記一方の沓に対してボルトにて固定されており、
以下二種類のいずれかの構成を有していることを特徴とする、請求項3に記載の滑り免震装置。
(1)前記隙間が解消される水平力以上の大きさの水平力が前記滑り免震装置に作用した際に、前記ボルトが破断するようにボルトの破断強度が設定されており、該ボルトが破断した際に前記摺動体は前記ストッパーリングまで到達しておらず、該ボルトが破断し、該摺動体がさらに摺動することにより該摺動体が該ストッパーリングに到達するようになっている、
(2)前記隙間が解消される水平力以上の大きさの水平力が前記滑り免震装置に作用した際に、前記移動方向規制治具の少なくとも一部が破断するように該移動方向規制治具が構成されており、該移動方向規制治具の少なくとも一部が破断した際に前記摺動体は前記ストッパーリングまで到達しておらず、該移動方向規制治具の少なくとも一部が破断し、該摺動体がさらに摺動することにより該摺動体が該ストッパーリングに到達するようになっている。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の滑り免震装置と、
前記滑り免震装置が可動支承として介在する上部構造体及び下部構造体と、を有し、
対向する一対の前記移動方向規制治具が、前記下部構造体もしくは前記上部構造体の橋軸直角方向に配設されていることを特徴とする、橋梁。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、滑り免震装置と滑り免震装置を備えた橋梁に関する。
【背景技術】
【0002】
地震国であるわが国においては、ビルや橋梁、高架道路、戸建の住宅といった様々な構造物に対して、地震力に抗する技術、構造物に入る地震力を低減する技術など、様々な耐震技術、免震技術及び制震技術が開発され、各種構造物に適用されている。中でも免震技術は、構造物に入る地震力そのものを低減する技術であることから、地震時の構造物の振動は効果的に低減される。この免震技術を概説すると、下部構造体と上部構造体との間に免震装置を介在させ、地震による下部構造体の振動の上部構造体への伝達を低減し、上部構造体の振動を低減して構造安定性を保証するものである。
【0003】
免震装置には、鉛プラグ入り積層ゴム支承装置や高減衰積層ゴム支承装置、積層ゴム支承とダンパーを組み合わせた装置、滑り免震装置など、様々な形態の装置が存在している。その中で、滑り免震装置には平面滑り免震支承と球面滑り免震支承があり、平面滑り免震支承は復元力を有しないが、球面滑り免震支承は復元力を有し、地震時のセルフセンタリング機能を有する。ここで、球面滑り免震支承の一例を取り上げてその構成を説明すると、曲率を有する摺動面を備えた上沓および下沓と、上沓と下沓の間に配設されてそれぞれの沓の摺動面と接し、それぞれの沓と同一の曲率を有する上面および下面を備えた摺動体(スライダー)と、から構成されており、この種の滑り免震装置はダブルコンケイブ式の免震装置(二面滑り支承の滑り免震装置)と称されることもある。また、他の形態として、例えば上沓に対して摺動体が固定され、上沓及び摺動体が下沓に対して摺動する構成の滑り免震装置もあり、この種の滑り免震装置はシングルコンケイブ式の免震装置(片面滑り支承の滑り免震装置)と称されることもある。
【0004】
ところで、地震の規模(レベル)には、近い将来に発生する確率は高いが被害は中小規模に留まるレベル1、発生する確率は高くないが大被害となる可能性があるレベル2がある。また、最近では、発生する確率は極めて低いが甚大な被害の出る可能性のあるレベル2より大きな地震も想定されている。尚、レベル1地震とレベル2地震はそれぞれ中地震と大地震に相当し、レベル2より大きな地震は設計基準に規定はないものの、万一の最悪の事態を検討する際に設定される最大級の地震レベルとして位置付けられている。尚、以下、本明細書では、レベル2より大きな地震を大地震と称することもあるし、レベル2地震とレベル2より大きな地震の双方の地震を大地震と称することもある。
【0005】
仮にレベル1地震までを想定して滑り免震装置が設計されている場合はレベル2地震が想定外の地震となり、レベル2地震までを想定して滑り免震装置が設計されている場合はレベル2より大きな地震が想定外の地震となるが、このように想定外の地震が発生した場合、従来の滑り免震装置では、下部構造体と上部構造体の水平方向の相対変位量が限界変形量を超える可能性がある。下部構造体と上部構造体の相対変位量が限界変形量を超える場合、例えば下沓から上沓及び上部構造体が脱落したり、上沓から上部構造体が脱落する等の恐れがある。このような課題に対して、想定外の地震の際に、摺動体が滑り面上を滑動しつつ、下沓と上沓とが水平方向に大きく相対変位し、下沓または上沓にリング状のストッパーが水平方向の外側から当接することにより、下沓と上沓との更なる相対変位を規制する滑り支承が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-209730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の滑り支承によれば、想定外の地震が発生した際に、下沓と上沓との水平方向の相対変位量をストッパーにより規制することができるため、滑り支承にフェールセーフ機能を付加することができ、下部構造体と上部構造体の水平方向への過度な相対変位を抑制して、上沓からの上部構造体の脱落等を解消することができる。
【0008】
ここで、特許文献1には、鈑桁橋の橋脚(下部構造体)と橋桁(上部構造体)の間に上記滑り支承を設ける実施形態が記載されている。この記載例では橋軸直角方向の移動例を示しているが、一般には、上部構造体の回転のみを吸収する固定支承と、上部構造体の回転と伸縮を吸収する可動支承があり、橋軸方向に離間して配設される複数の橋脚(橋台を含む)において、それぞれ可動支承と固定支承が設置されて各支承に橋桁が支持されている。この構成により、主桁を含む上部構造体の温度変化や活荷重に起因する橋軸方向の伸縮に対しては可動支承が対応しながら、固定支承と可動支承の組み合わせにより橋梁の常時供用時の性能を担保している。
【0009】
ところで、地震の際に、上沓に支持される上部構造体には水平力と上方への上揚力が作用し、上部構造体は水平力により水平方向に変位するとともに、上揚力により上方に変位し得る。しかしながら、特許文献1には、例えば上沓の過度な水平変位に対するフェールセーフ機能となるリング状のストッパーに関する記載はあるものの、上揚力による上方への変位(浮き上がり)を抑制する手段の開示がないため、地震時における上沓の水平変位と鉛直変位をともに抑制することは難しい。
【0010】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、地震時における上沓と下沓の間の相対的な水平変位及び鉛直変位をともに抑制することのできる滑り免震装置と、この滑り免震装置を可動支承に備えている橋梁を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成すべく、本発明による滑り免震装置の一態様は、
上沓及び下沓と、該上沓及び該下沓の間でスライド自在な摺動体とを有する滑り免震装置であって、
前記上沓と前記下沓に跨る一対の移動方向規制治具が、前記上沓と前記下沓のいずれか一方の沓に対して固定され、前記上沓もしくは前記下沓の他方の沓に対して固定されておらず、該他方の沓の所定方向への水平変位が該移動方向規制治具により規制され、
前記移動方向規制治具は鍵部を備え、該鍵部が前記他方の沓の端部の上面もしくは下面に配設されることにより、該他方の沓の鉛直変位が規制されており、
前記他方の沓の下面もしくは上面には、前記摺動体の摺動範囲を規定するストッパーリングと、該ストッパーリングの内側にある凹球状で平面視円形の第一摺動面が設けられていることを特徴とする。
【0012】
本態様によれば、上沓と下沓のいずれか一方の沓に一対の移動方向規制治具が固定され、上沓と下沓のいずれか他方の沓には一対の移動方向規制治具が固定されず、当該一対の移動方向規制治具をガイドとして水平方向の変位(移動)が自在となっていることにより、上沓と下沓の水平方向の相対移動のうち、所定方向の移動を規制(制限)することができる。本態様は、橋梁や高架道路、住宅等、いずれの構造物に対しても適用可能であるが、本態様が橋梁の可動支承に適用される場合、上記する「所定方向」として、例えば橋軸直角方向が一例となり、例えば上沓の橋軸方向への移動が許容され、橋軸直角方向への移動が規制される。例えば、上記するレベル2以下の地震(レベル1地震とレベル2地震)においては、例えば下沓に対して上沓を橋軸方向に自由に水平変位させることが許容される。
【0013】
さらに、本態様では、移動方向規制治具が鍵部を備え、当該移動方向規制治具が固定されていない他方の沓の端部の上面(上沓の上面)もしくは下面(下沓の下面)に鍵部が配設されていることにより、他方の沓の鉛直変位(上下変位)を規制することができる。従って、例えば、上沓にレベル2以上の地震(レベル2地震とレベル2より大きな地震)に起因する上揚力が作用した際に、上沓が移動方向規制治具の鍵部に接触し、上沓の浮き上がり(鉛直変位の一例)等を抑制することができる。このような上沓の浮き上がりの抑制により、下部構造体から上沓及び上部構造体が脱落することを防止できる。
【0014】
本態様はさらに、移動方向規制治具が固定されない他方の沓における、摺動体が摺動する第一摺動面において、摺動体の摺動範囲を規定するストッパーリングを備えている。このストッパーリングにより、想定外の地震による水平力(レベル2地震までを想定していた際に、レベル2より大きな地震が作用する場合等)が例えば上沓に作用した際に、上沓の過度な水平変位をストッパーリングにて抑制することが可能になる。ここで、ストッパーリングの一例として、移動方向規制治具が固定されていない他方の沓のうち、摺動体が摺動する面に開設された円柱状の溝からなる形態が挙げられ、この円柱状の溝のストッパーリングの内側に、湾曲状の第一摺動面が設けられる。また、ストッパーリングの他例として、他方の沓のうち、摺動体が摺動する面に設けられているリング状の突起からなる形態が挙げられ、このリング状の突起の内側に、湾曲状の第一摺動面が設けられる。
【0015】
このように、本態様の滑り免震装置は、上沓もしくは下沓の一方に対して第一のフェールセーフ機構である移動方向規制治具が固定され、上沓もしくは下沓の他方(第一のフェールセーフ機構が固定されていない沓)に対して第二のフェールセーフ機構であるストッパーリングが設けられている。これらの構成により、移動方向規制治具が固定されていない沓の水平面内における移動方向を移動方向規制治具にて規制しながら、上揚力による浮き上がり等の鉛直変位を移動方向規制治具にて抑制でき、さらには、移動方向規制治具が固定されていない沓であってストッパーリングが設けられている沓の過度な水平変位を、摺動体が当該ストッパーリングに当接することにより抑制することができる。
【0016】
また、本発明による滑り免震装置の他の態様において、前記他方の沓の端部には前記鍵部が配設される係合溝が設けられ、
前記係合溝と前記鍵部の間に少なくとも鉛直方向の隙間が設けられ、
前記摺動体は凸球状の第二摺動面を備えており、
前記第二摺動面の上を前記他方の沓の前記第一摺動面が摺動した際に、前記隙間が解消されて前記係合溝が前記鍵部に係合することを特徴とする。
【0017】
本態様によれば、移動方向規制治具が固定されていない他方の沓の端部の係合溝に対して、当該移動方向規制治具の有する鍵部が鉛直方向の隙間を備えた状態で配設され、例えば、地震時に摺動体の上を他方の沓(例えば上沓)が摺動し、当該他方の沓の摺動に応じて隙間が解消された際に係合溝が鍵部に係合することにより、上沓の過度の浮き上がりが下沓に固定されている移動方向規制治具にて抑制される。
【0018】
すなわち、常時や例えばレベル1地震のような規模の小さな地震の際には、係合溝と鍵部の間の鉛直方向の隙間は維持され、双方が係合することはない。また、設計思想として、レベル2地震までを想定地震とし、最大規模の想定地震の際に鉛直方向の隙間が解消されて係合溝と鍵部が係合するように、当該隙間の長さを設定することができる。また、最大規模の想定地震により係合溝と鍵部が係合した状態であっても、摺動体の凸球状の第二摺動面を摺動している他方の沓の備えるストッパーリングの壁面まで当該摺動体が到達していないように、隙間の長さとストッパーリングの位置を設定してもよい。ここで、「少なくとも鉛直方向の隙間が設けられており」とは、係合溝と鍵部の間に、鉛直方向の隙間のみが存在する形態の他に、水平方向の隙間がさらに存在する形態を含んでいる。
【0019】
また、本発明による滑り免震装置の他の態様において、前記第二摺動面には摩擦材が取り付けられ、
前記第一摺動面には、平面視円形の相手材が取り付けられており、
前記相手材は、前記ストッパーリング内の前記第一摺動面における中心を通る弧の長さ以上の直径を有しており、該相手材が前記ストッパーリング内に嵌め込まれていることにより、該ストッパーリング内において該相手材はその径方向に圧縮力を有する状態となっていることを特徴とする。
【0020】
本態様によれば、移動方向規制治具が固定されていない他方の沓(例えば上沓)が、ストッパーリング内の第一摺動面における中心を通る弧の長さ以上の直径を有している相手材を備え、当該相手材が湾曲に変形してストッパーリング内に嵌め込まれていることにより、この嵌め込まれている状態において、相手材は弾性変形して収縮し、その径方向に圧縮力を有する状態となる。相手材がその径方向に圧縮力を有する状態でストッパーリング内に嵌め込まれていることにより、径方向の圧縮力の反力がストッパーリングの内周面に作用することになり、ストッパーリングに対して相手材が強固に取り付けられる。また、相手材を第一摺動面に密着させて取り付けることができるため、第一摺動面に対する相手材の取り付けに際して、接着剤等は一切不要になる。尚、この「弾性変形」は、原則的には相手材が完全に弾性変形していることを意味しているが、その他、弾性変形に加えて塑性変形が多少進んでいる状態も含むものとする。
【0021】
ここで、相手材は例えばステンレス製の相手材であり、相手材の厚みを1mm以上に設定できる。ステンレス製の相手材の厚みが1mm以上であることにより、相手材を湾曲に弾性変形させて第一摺動面に嵌め込む際に、当該相手材に発生し得る皺を抑制できる。また、滑り免震装置の供用後、第一摺動面に嵌め込まれた相手材に沿って摺動体が繰り返し摺動する過程においても、相手材に発生し得る皺を抑制できる。
【0022】
一つの設計例を挙げると、第一摺動面の直径を2000mm、曲率半径を2500mmとした場合、相手材の直径は2057mmとなり、従って、直径2000mmのストッパーリングの内周の直径よりも相手材の直径が57mm大きく設定される。また、第一摺動面の直径を500mm、曲率半径を4500mmとした場合、相手材の直径は500.25mmとなり、直径500mmのストッパーリングの内周の直径よりも相手材の直径が0.25mm大きく設定される。このように湾曲に変形してストッパーリング内に嵌め込まれた平面視円形の相手材には、その径方向に圧縮力が作用しており、その反力がストッパーリングの内周面に作用することから、ストッパーリング内に相手材を湾曲に変形させて嵌め込むことにより、ストッパーリングに対して相手材を強固に取り付けることができる。
【0023】
ここで、ストッパーリングの内壁面は、垂直な壁面であってもよいし、テーパー状の壁面であってもよいし、垂直面とテーパー面が組み合わされた壁面であってもよい。ここで、例えば片面滑り免震装置を形成する本態様の滑り免震装置においては、相手材が嵌め込まれる沓は上沓もしくは下沓のいずれか一方となる。
【0024】
また、本発明による滑り免震装置の他の態様において、前記移動方向規制治具は、前記一方の沓に対してボルトにて固定されており、以下二種類のいずれかの構成を有しているものであり、
(1)前記隙間が解消される水平力以上の大きさの水平力が前記滑り免震装置に作用した際に、前記ボルトが破断するようにボルトの破断強度が設定されており、該ボルトが破断した際に前記摺動体は前記ストッパーリングまで到達しておらず、該ボルトが破断し、該摺動体がさらに摺動することにより該摺動体が該ストッパーリングに到達するようになっている、
(2)前記隙間が解消される水平力以上の大きさの水平力が前記滑り免震装置に作用した際に、前記移動方向規制治具の少なくとも一部が破断するように該移動方向規制治具が構成されており、該移動方向規制治具の少なくとも一部が破断した際に前記摺動体は前記ストッパーリングまで到達しておらず、該移動方向規制治具の少なくとも一部が破断し、該摺動体がさらに摺動することにより該摺動体が該ストッパーリングに到達するようになっている。
【0025】
本態様によれば、例えば、レベル2地震までを想定地震とした際に、それよりも規模の大きなレベル2より大きな地震の際には、摺動体の凸球状の第二摺動面に対して他方の沓(例えば上沓とする)の凹球状の第一摺動面がさらに摺動する結果、例えば上沓が上方に持ち上げられ、係合溝と鍵部の間の隙間が解消(ゼロになる)される。そして、さらに上沓が移動することにより、移動方向規制治具を固定しているボルトが破断したり、移動方向規制治具の一部(例えば鍵部等)が破断する結果、移動方向規制治具は下沓から外れ、移動方向規制治具による上沓の拘束を解除することができ、上沓の水平360度の自由な方向への水平変位が許容される。尚、この段階でも、ストッパーリングの壁面まで摺動体は到達していない。そして、地震時の水平力により、摺動体に対して上沓がさらに水平変位することになるが、水平変位した摺動体がストッパーリングの内壁に到達することにより、上沓のそれ以上の水平変位(過度な水平変位)が抑制される。このように、第一摺動面の平面寸法(もしくは、第一摺動面の中心からストッパーリングまでの距離)と、摺動体の第二摺動面の平面寸法と、ボルトの破断強度等を、想定地震と想定外地震に応じて適切に設定することにより、例えばレベル2地震等の想定地震の際の上沓等の水平変位の抑制と浮き上がりの抑制が保証される。さらに、想定外地震であるレベル2より大きな地震の際の上沓等の過度な水平変位の抑制が保証される。
【0026】
また、本発明による橋梁の一態様は、
前記滑り免震装置と、
前記滑り免震装置が可動支承として介在する上部構造体及び下部構造体と、を有し、
対向する一対の前記移動方向規制治具が、前記下部構造体もしくは前記上部構造体の橋軸直角方向に配設されていることを特徴とする。
【0027】
本態様によれば、本発明の滑り免震装置が可動支承を形成することにより、例えば常時や想定地震の際の上沓等の水平変位の抑制と浮き上がりの抑制が保証され、さらに、想定外地震の際の上沓等の過度な水平変位の抑制が保証され、もって、あらゆる規模の地震に対して十分な制振性能を発揮し得る橋梁を提供することができる。
【発明の効果】
【0028】
以上の説明から理解できるように、本発明の滑り免震装置及び橋梁によれば、地震時における上沓と下沓の間の相対的な水平変位及び鉛直変位を、ともに抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】実施形態に係る橋梁の一例の側面図である。
図2】実施形態に係る滑り免震装置の一例が橋脚の天端に固定されている状態を示す斜視図である。
図3図2のIII-III矢視図であって、橋脚の天端に固定されている滑り免震装置の一例の縦断面図である。
図4】実施形態に係る滑り免震装置の一例の分解斜視図である。
図5】実施形態に係る滑り免震装置が、可動支承として上部構造体と下部構造体の間に介在している状態を橋軸方向から見た縦断面図である。
図6】実施形態に係る滑り免震装置に対して橋軸方向に水平力が作用した際に、上沓の浮き上がりを移動方向規制治具が抑制している状態を橋軸方向から見た模式図である。
図7】実施形態に係る滑り免震装置に対して橋軸方向に水平力が作用した際に、上沓の過度な水平変位をストッパーリングが抑制している状態を橋軸直角方向から見た模式図である。
図8】実施形態に係る滑り免震装置に対して橋軸直角方向に水平力が作用した際に、上沓の過度な水平変位をストッパーリングが抑制している状態を橋軸方向から見た模式図である。
図9】実施形態に係る滑り免震装置を構成する上沓の製作方法の一例を説明する斜視図である。
図10】実施形態に係る滑り免震装置を構成する上沓の製作方法の一例を説明する縦断面図である。
図11図9に続いて、滑り免震装置を構成する上沓の製作方法の一例を説明する斜視図である。
図12図11に続いて、滑り免震装置を構成する上沓の製作方法の一例を説明する縦断面図であって、ストッパーリングの内周面に沿って相手材が徐々に押し込まれている状態をともに示す図である。
図13】実施形態に係る滑り免震装置を構成する上沓の一例の斜視図であって、相手材においてその径方向に圧縮力が作用している状態をともに示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、実施形態に係る橋梁と、橋梁の可動支承を形成する実施形態に係る滑り免震装置について、滑り免震装置を構成する上沓の製作方法とともに添付の図面を参照しながら説明する。尚、本明細書及び図面において、実質的に同一の構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省く場合がある。
【0031】
[実施形態に係る橋梁と滑り免震装置]
はじめに、図1乃至図8を参照して、実施形態に係る橋梁の一例と、実施形態に係る滑り免震装置の一例について説明する。ここで、図1は、実施形態に係る橋梁の一例の側面図である。また、図2は、実施形態に係る滑り免震装置の一例が橋脚の天端に固定されている状態を示す斜視図であり、図3は、図2のIII-III矢視図であって、橋脚の天端に固定されている滑り免震装置の一例の縦断面図であり、図4は、実施形態に係る滑り免震装置の一例の分解斜視図である。また、図5は、実施形態に係る滑り免震装置が、可動支承として上部構造体と下部構造体の間に介在している状態を橋軸方向で見た縦断面図である。
【0032】
図1に示すように、橋梁100は、橋軸方向に間隔を置いて配設される、例えば鉄筋コンクリート製の複数の橋脚20(下部構造体)に対して、固定支承である滑り免震装置30と可動支承である滑り免震装置40を介して上部構造体10が支持されることにより形成されている。尚、図示例は、連続する1基の上部構造体10が5基の橋脚20にて支持され、5基の橋脚20のうち、1基の橋脚20の天端に固定支承30が配設され、他の4基の橋脚20の天端に可動支承40が配設されているが、1基の上部構造体10を支持する橋脚20の基数や固定支承30等の数は多様に存在する。
【0033】
図2乃至図4に示すように、橋梁100の可動支承を形成する滑り免震装置40は、上沓41(他方の沓の一例)と、下沓43(一方の沓の一例)と、下沓43に対して回動自在な摺動体45とを有し、摺動体45に対して上沓41がスライド自在に構成されている片面滑り支承の滑り免震装置である。尚、図示を省略するが、滑り免震装置は、図示例の形態以外にも、摺動体45が上沓41に対して回動自在に配設され、摺動体45に対して下沓43がスライド自在に構成されている片面滑り支承の滑り免震装置であってもよい。
【0034】
上沓41と下沓43はともに、溶接鋼材用圧延鋼材(SM490A、B、C、もしくはSN490B、C、もしくはS45C)、あるいはSUS材や鋳鋼材、鋳鉄等から形成され、相互に平面寸法の異なる平面視矩形を呈している。図示例では、下沓43の平面寸法が相対的に大きくなっている。
【0035】
上沓41の上面は、上部構造体を支持する平坦な構造体支持面41aである。この構造体支持面41aのうち、一対の端辺には係合溝41bが設けられている。また、下沓43の上面には、ブロック状の本体部47aと、本体部47aの上部において上沓41側に突出する鍵部47bとを備える二つの移動方向規制治具47が設けられている。そして、それぞれの移動方向規制治具47の有する鍵部47bが、対応する係合溝41bに対して遊嵌されている。図3からも明らかなように、上沓41の係合溝41bと移動方向規制治具47の鍵部47bとの間には隙間があり、鍵部47bの下面と係合溝41bの底面の間には鉛直方向の長さt1の隙間41fが設けられ、本体部47aと上沓41の外周面との間には水平方向の長さt2の隙間41gが設けられている。図3に示すように、常時においては、左右一対の移動方向規制治具47と上沓41は相互に隙間41f,41gを有した状態で完全に縁切りされており、従って、図2に示すように、上部構造体(図示せず)を支持する上沓41は橋軸方向に移動自在となっている。
【0036】
一方、図3及び図4に示すように、上沓41の下面には、円柱状の溝からなるストッパーリング41dが設けられ、このストッパーリング41dの内側には、湾曲状の第一摺動面41cが設けられている。そして、第一摺動面41cには、ステンレス製で平面視円形の相手材42(滑り板)が嵌め込まれている。また、相手材42の摺動面には鏡面仕上げ加工が施されている。相手材42は、ストッパーリング41d及び第一摺動面41cの平面視寸法よりも大きな平面視寸法を有しており、相対的に平面視寸法の大きな相手材42がストッパーリング41dを介して第一摺動面41cに嵌め込まれていることにより、相手材42にはその径方向に圧縮力が生じ、この圧縮力の反力がストッパーリング41dを径方向外側へ押し込むことにより、第一摺動面41cに対して相手材42が強固に固定されている。尚、この製作方法に関しては以下で詳説する。
【0037】
図4に示すように、下沓43の上面には、凹球面44aを備えている球座44が複数のボルト49により固定されており、下沓43は、球座44が着脱自在に固定される受け台となっている。ここで、球座44も上沓41や下沓43と同様の素材により形成されている。
【0038】
また、図4に示すように、下沓43には、橋脚20の天端から上方に突出する複数のアンカーボルト22(図2及び図3参照)が挿通される複数のアンカーボルト孔43aと、移動方向規制治具47の有する複数のボルト孔47cに対応する複数のボルト孔43bが設けられている。図2及び図3に示すように、アンカーボルト22が下沓43のアンカーボルト孔43aに挿通され、下沓43の上面から突出するアンカーボルト22をナット23にて締め付けることにより、下沓43が橋脚20の沓座21の上面に固定される。尚、下沓43の下面と沓座21の上面の間には、不図示のモルタル等が充填され、これらの間に生じ得る隙間が解消されている。
【0039】
球座44の凹球面44aには、摺動体45の有する下方の凸球面45bが回動自在に収容されている。摺動体45は、その上方に上沓41の第一摺動面41cと同様の曲率を有する第二摺動面45aを有し、その下方に上記する凸球面45bを有している。第二摺動面45aには、摩擦材46が取り付けられている。
【0040】
ここで、摩擦材46は、例えば、少なくともPTFEを素材とする摩擦材である。摩擦材46は二重織物により形成され、二重織物は、PTFE繊維(polytetrafluoroethylene、ポリテトラフルオロエチレン)と、PTFE繊維よりも引張強度の高い繊維(高強度繊維)とにより形成される。ここで、「PTFE繊維よりも引張強度の高い繊維」としては、ナイロン6・6、ナイロン6、ナイロン4・6などのポリアミドやポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステルやパラアラミドなどの繊維を挙げることができる。また、メタアラミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ガラス、カーボン、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、LCP、ポリイミド、PEEKなどの繊維を挙げることができる。また、さらに、熱融着繊維や綿、ウールなどの繊維を適用してもよい。その中でも、耐薬品性、耐加水分解性に優れ、引張強度の極めて高いPPS繊維が望ましい。
【0041】
尚、少なくともPTFEを素材とする摩擦材46としては、二重織物以外のPTFE繊維を含む織物でもよく、また、PTFEのみを素材とする摩擦材、PTFEと他の樹脂の複合素材からなる摩擦材、PTFEを素材とする摩擦材と他の樹脂を素材とする摩擦材との積層構造の摩擦材などであってもよい。
【0042】
図2乃至図4に示すように、下沓43の上面に固定されている球座44に摺動体45が回動自在に収容され、摺動体45の天端の摩擦材46に対して、第一摺動面41cに嵌め込まれている相手材42が当接するようにして上沓41が配設される。この状態で、上沓41の左右の係合溝41bに鍵部47bが遊嵌するようにして、断面視逆L型の一対の移動方向規制治具47が、複数のボルト48により下沓43に固定され、可動支承を構成する滑り免震装置40が形成される。ここで、移動方向規制治具47も、上沓41や下沓43と同様の素材により形成される。尚、図示を省略するが、図1に示す固定支承は、例えば、図2に示す移動方向規制治具47の鍵部47bと上沓41の係合溝41bがボルト固定等された構成を有しており、この構成により、常時における橋軸方向の上沓の移動が規制される。
【0043】
図3に示すように、移動方向規制治具47の鍵部47bと上沓41の係合溝41bの底面との間に、鉛直方向の長さt1の隙間41fが存在するものの、例えば、大地震時において上沓41が水平変位する過程で上方に持ち上げられた際に、上方にある鍵部47bがストッパーとなることにより、上部構造体を支持する上沓41の過度な上方への浮き上がりが抑制される。
【0044】
図5に示すように、可動支承40において上沓41を橋軸方向に移動可能とした状態で下沓43に固定される一対の移動方向規制治具47は、下部構造体である橋脚20の天端の沓座21の上面において、下沓43を介して橋軸直角方向に配設されている。尚、一対の移動方向規制治具47が上沓41に固定される形態であってもよく、この形態では、一対の移動方向規制治具47は、上部構造体の下面において、上沓41を介して橋軸直角方向に配設されている。
【0045】
上部構造体10は、上下のフランジとウエブを有するI形鋼により形成される鋼製の主桁11と、左右の主桁11のウエブ同士を繋ぐ鋼製の横桁12により構成されている。尚、ウエブから補強リブ(図示せず)が張り出し、補強リブと横桁12がスプライスプレート(図示せず)を介してボルト接合されていてもよいし、主桁11には、その長手方向に間隔を置いて補強リブが取り付けられていてもよい。また、上部構造体10は、図示例のI形鋼からなる主桁11と横桁12の組み合わせに限らず、トラス構造の主桁や箱桁、あるいはコンクリート桁等により形成されてもよい。
【0046】
可動支承40では、上沓41が一対の移動方向規制治具47に固定されず、一対の移動方向規制治具47をガイドとして、下沓43に対する上沓41の橋軸方向への相対移動が許容されている。そのため、主桁11を含む上部構造体10の温度変化に起因する橋軸方向への伸縮の際に、下沓43に対して上沓41が橋軸方向へ相対移動することにより、この上部構造体10の橋軸方向への伸縮に対応することができる。
【0047】
図5に示すように、地震時の水平力が可動支承40に作用し得る。また、鉛直方向の地震動やそれに伴うたわみ振動、さらには、例えば曲線桁のように重心が偏芯箇所となることに起因する橋脚20の天端における転倒モーメント等により、可動支承40には上揚力が作用し得る。図示する可動支承40においては、断面形状が逆L型を呈している一対の移動方向規制治具47の鍵部47bが、上沓41の左右の端部にある係合溝41bに対して隙間を有した状態で配設されていることから、これら様々な要因にて作用し得る上揚力に対して、下沓43から上沓41が過度に浮き上がり、脱落する危険性を抑止することができる。
【0048】
次に、図6及び図7を参照して、橋軸方向に例えばレベル2地震やレベル2より大きな地震(想定外の規模の地震)が作用した際の滑り免震装置40の作用の一例について説明し、図8を参照して、橋軸直角方向に例えばレベル2より大きな地震が作用した際の滑り免震装置40の作用の一例について説明する。ここで、図6は、実施形態に係る滑り免震装置に対して橋軸方向に水平力が作用した際に、上沓の浮き上がりを移動方向規制治具が抑制している状態を橋軸方向から見た模式図であり、図7は、同様に橋軸方向に水平力が作用した際に、上沓の過度な水平変位をストッパーリングが抑制している状態を橋軸直角方向から見た模式図である。また、図8は、滑り免震装置に対して橋軸直角方向に水平力が作用した際に、上沓の過度な水平変位をストッパーリングが抑制している状態を橋軸方向から見た模式図である。尚、図示例と反対方向に地震時の水平力が作用した際には、上部構造体(図示せず)を支持する上沓41の水平変位方向や摺動体45の回動方向が図示例とは逆になることは勿論のことである。
【0049】
まず、上部構造体を支持する滑り免震装置40に、レベル2地震による橋軸方向の水平力が作用した場合、摺動体45が回動するとともに、上部構造体を支持する上沓41は水平力の作用方向に水平変位する。想定される最大地震であるレベル2地震が作用した場合は、図6に示すように、上沓41が橋軸方向に水平変位する過程で上方へX1方向に持ち上げられる。そして、上沓41の左右の係合溝41bと移動方向規制治具47の鍵部47bの間の鉛直方向の隙間41f(図3参照)が無くなって双方が接触し、上沓41のそれ以上の上方への浮き上がりが抑止される。尚、滑り免震装置40に対してレベル1地震による橋軸方向の水平力が作用した場合は、隙間41fが無くなる程の上沓41の水平変位は生じない。
【0050】
これに対して、レベル2より大きな地震による橋軸方向の水平力が同様に作用した場合は、図6に示すように上沓41の係合溝41bと移動方向規制治具47の鍵部47bが接触し、上沓41の浮き上がりが抑止される。しかしながら、レベル2より大きな地震ゆえに過大な水平力に起因して上沓41の係合溝41bが移動方向規制治具47の鍵部47bを上方に押し込むことにより、移動方向規制治具47を下沓43に固定していたボルトが破断したり、当該ボルトが引き抜かれたり、あるいは、移動方向規制治具47(の例えば鍵部47b)が塑性変形等することにより破壊され得る。
【0051】
そして、図7に示すように、上沓41は橋軸方向へX2方向にさらに水平変位し得るが、上沓41の下面にストッパーリング41dが設けられていることにより、摺動体45がストッパーリング41dに当接し、上沓41のそれ以上の過度な水平変位を抑制することができる。
【0052】
一方、上部構造体を支持する滑り免震装置40に対して、レベル2地震(レベル1地震を含んでもよい)による橋軸直角方向の水平力が作用した場合、上沓41が橋軸直角方向に水平変位することにより、移動方向規制治具47の本体部47aと上沓41の外周面との間の水平方向の隙間41g(図3参照)が無くなって双方が接触し、上沓41のそれ以上の水平変位が抑制される。
【0053】
これに対して、レベル2より大きな地震による橋軸直角方向の水平力が同様に作用した場合は、上沓41が移動方向規制治具47を橋軸直角方向にさらに押し込むことにより、移動方向規制治具47を下沓43に固定していたボルトが破断したり、当該ボルトが引き抜かれたり、あるいは移動方向規制治具47が塑性変形等することにより破壊され得る。
【0054】
そして、図8に示すように、上沓41は橋軸直角方向へX3方向にさらに水平変位し得るが、上沓41の下面にストッパーリング41dが設けられていることにより、摺動体45がストッパーリング41dに当接し、上沓41のそれ以上の過度な水平変位を抑制することができる。
【0055】
このように、滑り免震装置40が移動方向規制治具47を有することにより、例えばレベル2地震のような想定される大地震の際の上沓41の過度な浮き上がりを効果的に抑制することができる。さらに、滑り免震装置40がストッパーリング41dを有することにより、例えばレベル2より大きな地震のような想定外の大地震の際の上沓41の過度な水平変位を効果的に抑制することができる。すなわち、滑り免震装置40が二種類のフェールセーフ機構を有することにより、過度の鉛直変位(特に浮き上がり)と過度の水平変位の双方を抑制することができ、想定される地震に対しては勿論のこと、想定外の規模の地震に対しても支承の有する制振性能を保証することができる。
【0056】
[上沓の製作方法の一例]
次に、図9乃至図13を参照して、可動支承40を形成する滑り免震装置を構成する上沓の製作方法の一例について説明する。ここで、図9図11図12は順に、実施形態に係る滑り免震装置を構成する上沓の製作方法の一例を説明する斜視図である。また、図10は、実施形態に係る滑り免震装置を構成する上沓の製作方法の一例を説明する縦断面図であり、図13は、実施形態に係る滑り免震装置を構成する上沓の一例の斜視図であって、相手材においてその径方向に圧縮力が作用している状態をともに示す図である。
【0057】
図9に示すように、滑り免震装置40(図2乃至図4参照)を構成する上沓41は、凹球状の第一摺動面41cを備える沓本体と、第一摺動面41cに設置される相手材42(滑り板)とを有する。この相手材42は、摺動体45(図3及び図4参照)の凸球状の第二摺動面45aに取り付けられている、摩擦材46の相手材である。
【0058】
上沓41の一方の広幅面には、摺動体の摺動範囲を規定する平面視円形で円筒状の溝からなるストッパーリング41dが設けられており、このストッパーリング41dの内側に、平面視円形の第一摺動面41cが設けられている。
【0059】
相手材42は、ステンレス材(SUS材)により形成されており、その厚みは1mm以上である。ステンレス製の相手材42の厚みが1mm以上であることにより、以下で説明するように、相手材42を湾曲に弾性変形させて第一摺動面41cに嵌め込む際に、相手材42に皺が発生するのを抑制できる。また、滑り免震装置40の供用後、第一摺動面41cに嵌め込まれた相手材42に沿って摺動体45が繰り返し摺動する過程においても、相手材42に皺が発生するのを抑制できる。
【0060】
図10に明りょうに示すように、ストッパーリング41dの底の根元(第一摺動面41cとの界面)には、周方向に連続した切り欠き41eが設けられている。
【0061】
図9及び図10に示すように、平面視円形の相手材42は、ストッパーリング41dの内周の直径よりも大きな直径を有しており、より詳細には、ストッパーリング41d内の第一摺動面41cにおける中心O1を通る弧の長さL1以上の長さL2の直径(相手材42の中心O2を通る直径)を有している。ここで、長さL2は長さL1と同じか、長さL1に比べて僅かに長く設定されている。より詳細には、相手材42が湾曲に弾性変形してストッパーリング41d内に嵌め込まれた際に、相手材42は弾性変形して収縮した状態となるが、この弾性変形範囲内にある長さ分だけ長さL1よりも直径の長さL2が長く設定されている。
【0062】
上沓の製作方法においては、上記するようにストッパーリング41d内の第一摺動面41cにおける中心O1を通る弧の長さL1以上の長さL2の直径を有する相手材42を用意し、相手材42をストッパーリング41dに対してY1方向に載置して双方を同心に位置合わせする。
【0063】
次に、図11に示すように、押し付け治具50により、ストッパーリング41d上に載置されている相手材42を第一摺動面41c側へY2方向に押し付けていく。
【0064】
ここで、図11及び図12に示すように、押し付け治具50は、第一摺動面41cと同じ曲率の押し付け面53を有する複数の押し付け片52を、中心軸51を中心に放射状に備えている線状体である。尚、図示を省略するが、複数の押し付け片52の表面に、第一摺動面41cと同じ曲率を有する面材が取り付けられている形態であってもよい。また、押し付け治具の他の形態として、第一摺動面と同じ曲率を有する中空もしくは中実なブロック体であってもよい。
【0065】
図12に示すように、押し付け治具50により相手材42をY2方向に押し付けていくと、ストッパーリング41dに沿って相手材42が湾曲状に弾性変形していき、ストッパーリング41dの根元の切り欠き41eに嵌り込む。押し付け治具50を、例えば5t(≒50kN)乃至10t(≒100kN)程度の押圧力にて押し付けることにより、相手材42を湾曲状に弾性変形させてストッパーリング41d内に嵌め込むことができる。
【0066】
図13に示すように、相手材42が湾曲に弾性変形してストッパーリング41d内に嵌め込まれて、上沓が形成された状態において、相手材42には、その径方向に圧縮力Q1が作用している。そして、この径方向の圧縮力Q1により、径方向外側の反力Q2が生じてストッパーリング41dの内周面(切り欠き41eの内周面)に作用し、ストッパーリング41d内に湾曲に弾性変形した相手材42がこの反力Q2にて強固に取り付けられる。この際、ストッパーリング41dの内周面の根元に設けられている周方向に連続した切り欠き41eに相手材42の端部が嵌まり込んでいることにより、湾曲に変形した相手材42が外側に膨らんで元に戻ろうとして、ストッパーリング41dから係脱するのを防止することができる。
【0067】
尚、図示例のように切り欠きが設けられている形態以外にも、ストッパーリングの内周面の下方位置(第一摺動面41cよりも僅かに上方の位置)に、ストッパーリングの周方向に間隔を置いて複数のボルトが径方向内側に突出する態様で取り付けられている形態であってもよい。この形態では、複数のボルトに相手材が係止されることにより、ストッパーリングから相手材が係脱するのを防止することができる。また、ストッパーリング41dの内周面の根元に切り欠き等が設けられていない形態であってもよい。
【0068】
このように、押し付け治具50にて相手材42を第一摺動面41c側に押し付け、相手材42を湾曲に弾性変形させてストッパーリング41d内に嵌め込むことにより、手間のかからない製作方法にて上沓を製作することができる。そして、第一摺動面41cと同じ曲率の押し付け面53を有する複数の押し付け片52を放射状に備えている押し付け治具50を適用することにより、簡易な構成の押し付け治具50にて、平面視円形の相手材42の全面を可及的均一で、かつ効率的に上沓41の沓本体の第一摺動面41cに押し付けることができる。
【0069】
尚、図示例とは逆の形態、すなわち、上沓の下面に球座が固定され、下沓の上面にストッパーリングが設けられ、このストッパーリングの内部に第一摺動面が設けられている形態では、図9乃至図13に示す製作方法により、相手材が下沓のストッパーリング内に嵌め込まれることにより、下沓が製作される。
【0070】
[沓の第一摺動面と相手材の設計例]
次に、沓の第一摺動面と、第一摺動面に嵌め込まれる相手材の設計例について説明する。沓の第一摺動面の曲率半径を4500mmとした場合、第一摺動面の投影面の直径(第一摺動面の球面に対する弦の長さ)は669mmとなり、第一摺動面の弧の長さ(平面視円形の第一摺動面の中心を通る弧の長さ)は670.6mmとなる。そして、第一摺動面の中心(弧の中心)と投影面の中心の間の距離(第一摺動面の中心の深さ)は、12.47mmとなる。
【0071】
これに対して、本発明者等は、直径が670.6mmの相手材をコンピュータ内でモデル化し、その直径が669.0mmになるまで、相手材の外周においてその径方向に半径0.8mmの強制変位を付与する解析を行った。
【0072】
解析の結果、相手材モデルは湾曲に弾性変形し、その中心は鉛直方向に14.96mm変位することが分かり、上記する12.47mm以上変位することから、湾曲状に弾性変形した相手材は、第一摺動面に対して圧力を付与しながら密着することが検証されている。
【0073】
尚、上記実施形態に挙げた構成等に対し、その他の構成要素が組み合わされるなどした他の実施形態であってもよく、ここで示した構成に本発明が何等限定されるものではない。この点に関しては、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することが可能であり、その応用形態に応じて適切に定めることができる。
【符号の説明】
【0074】
10:上部構造体
11:主桁
12:横桁
20:下部構造体(橋脚)
21:沓座
22:アンカーボルト
23:ナット
30:滑り免震装置(固定支承)
40:滑り免震装置(可動支承)
41:上沓(他方の沓)
41a:構造体支持面
41b:係合溝
41c:第一摺動面
41d:ストッパーリング
41e:嵌まり溝
41f、41g:隙間
42:相手材
43:下沓(一方の沓)
43a:アンカーボルト孔
43b:ボルト孔
44:球座
44a:凹球面
45:摺動体
45a:第二摺動面
45b:凸球面
46:摩擦材
47:移動方向規制治具
47a:本体部
47b:鍵部
48,49:ボルト
50:押し付け治具
51:中心軸
52:押し付け片
53:押し付け面
100:橋梁
O1:第一摺動面の中心
O2:相手材の中心
L1:第一摺動面の弧長
L2:相手材の直径
Q1:径方向の圧縮力
Q2:反力
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【手続補正書】
【提出日】2020-08-05
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上沓及び下沓と、該上沓及び該下沓の間でスライド自在な摺動体とを有する滑り免震装置であって、
前記上沓と前記下沓に跨る一対の移動方向規制治具が、前記上沓と前記下沓のいずれか一方の沓に対して固定され、前記上沓もしくは前記下沓の他方の沓に対して固定されておらず、該他方の沓の所定方向への水平変位が該移動方向規制治具により規制され、
前記移動方向規制治具は鍵部を備え、該鍵部が前記他方の沓の端部の上面もしくは下面に配設されることにより、該他方の沓の鉛直変位が規制されており、
前記他方の沓の下面もしくは上面には、前記摺動体の摺動範囲を規定するストッパーリングと、該ストッパーリングの内側にある凹球状で平面視円形の第一摺動面が設けられており、
前記他方の沓の端部には前記鍵部が配設される係合溝が設けられ、
前記係合溝と前記鍵部の間に少なくとも鉛直方向の隙間が設けられ、
前記摺動体は凸球状の第二摺動面を備えており、
前記第二摺動面の上を前記他方の沓の前記第一摺動面が摺動した際に、前記隙間が解消されて前記係合溝が前記鍵部に係合するようになっており、
前記第二摺動面には摩擦材が取り付けられ、
前記第一摺動面には、平面視円形の相手材が取り付けられており、
前記相手材は、前記ストッパーリング内の前記第一摺動面における中心を通る弧の長さ以上の直径を有しており、該相手材が前記ストッパーリング内に嵌め込まれていることにより、該ストッパーリング内において該相手材はその径方向に圧縮力を有する状態となっていることを特徴とする、滑り免震装置。
【請求項2】
前記移動方向規制治具は、前記一方の沓に対してボルトにて固定されており、
以下二種類のいずれかの構成を有していることを特徴とする、請求項に記載の滑り免震装置。
(1)前記隙間が解消される水平力以上の大きさの水平力が前記滑り免震装置に作用した際に、前記ボルトが破断するようにボルトの破断強度が設定されており、該ボルトが破断した際に前記摺動体は前記ストッパーリングまで到達しておらず、該ボルトが破断し、該摺動体がさらに摺動することにより該摺動体が該ストッパーリングに到達するようになっている、
(2)前記隙間が解消される水平力以上の大きさの水平力が前記滑り免震装置に作用した際に、前記移動方向規制治具の少なくとも一部が破断するように該移動方向規制治具が構成されており、該移動方向規制治具の少なくとも一部が破断した際に前記摺動体は前記ストッパーリングまで到達しておらず、該移動方向規制治具の少なくとも一部が破断し、該摺動体がさらに摺動することにより該摺動体が該ストッパーリングに到達するようになっている。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の滑り免震装置と、
前記滑り免震装置が可動支承として介在する上部構造体及び下部構造体と、を有し、
対向する一対の前記移動方向規制治具が、前記下部構造体もしくは前記上部構造体の橋軸直角方向に配設されていることを特徴とする、橋梁。