(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022109792
(43)【公開日】2022-07-28
(54)【発明の名称】水性二相分離液、及び当該水性二相分離液を用いた有機物の分離方法
(51)【国際特許分類】
C07B 61/00 20060101AFI20220721BHJP
C07C 37/72 20060101ALI20220721BHJP
C07C 39/04 20060101ALI20220721BHJP
C07C 39/08 20060101ALI20220721BHJP
C07C 51/48 20060101ALI20220721BHJP
C07C 59/52 20060101ALI20220721BHJP
C07C 45/80 20060101ALI20220721BHJP
C07C 49/255 20060101ALI20220721BHJP
C07C 245/08 20060101ALI20220721BHJP
C07C 323/64 20060101ALI20220721BHJP
C07C 319/28 20060101ALI20220721BHJP
C07D 473/08 20060101ALI20220721BHJP
C07D 473/12 20060101ALI20220721BHJP
C07D 219/10 20060101ALI20220721BHJP
C07D 311/30 20060101ALI20220721BHJP
C07K 1/14 20060101ALN20220721BHJP
【FI】
C07B61/00 B
C07C37/72
C07C39/04
C07C39/08
C07C51/48
C07C59/52
C07C45/80
C07C49/255 Z
C07C245/08
C07C323/64
C07C319/28
C07D473/08
C07D473/12
C07D219/10
C07D311/30
C07K1/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021005313
(22)【出願日】2021-01-15
(71)【出願人】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(71)【出願人】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000134637
【氏名又は名称】株式会社ナード研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】甲元 一也
(72)【発明者】
【氏名】北村 武大
(72)【発明者】
【氏名】山本 真史
(72)【発明者】
【氏名】郷田 慎
【テーマコード(参考)】
4C062
4H006
4H045
【Fターム(参考)】
4C062EE50
4H006AA01
4H006AA02
4H006AB80
4H006AD16
4H045GA01
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、有機物の分離を効率的に行うことができる水性二相分離液、及び当該水性二相分離液を用いた有機物の分離方法を提供することである。
【解決手段】一般式(1)に示すカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)に示すアミンN-オキシドと、水溶性塩とを含む水溶液は、二相に分離する相分離能に優れ、二相分離後のカルボキシベタイン相における有機物の分配係数が高く、有機物の分離、回収に有用である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は下記一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと、水溶性塩とを含む、水性二相分離液。
【化1】
[一般式(1)において、R
1、R
2、及びR
3は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR
1、R
2、及びR
3のアルキル基の合計炭素数が9~15であり、R
4は、炭素数1~5のアルキレン基である。]
【化2】
[一般式(2)において、R
5、R
6、及びR
7は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR
5、R
6、及びR
7のアルキル基の合計炭素数が9~15である。]
【請求項2】
前記一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である、請求項1に記載の水性二相分離液。
【請求項3】
前記一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、炭素数5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である、請求項1又は2に記載の水性二相分離液。
【請求項4】
前記一般式(2)において、R5、R6、及びR7が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基である、請求項1に記載の水性二相分離液。
【請求項5】
前記一般式(2)において、R5、R6、及びR7が、炭素数5のアルキル基である、請求項1又は4に記載の水性二相分離液。
【請求項6】
前記水溶性塩を構成する陰イオンが、炭酸イオン、炭酸水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、リン酸イオン、リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、又は酢酸イオンであり、且つ前記水溶性塩を構成する陽イオンが、グアニジウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、リチウムイオン、又はナトリウムイオンである、請求項1~5のいずれかに記載の水性二相分離液。
【請求項7】
前記水溶性塩が、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、リン酸三ナトリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、酢酸ナトリウム、酢酸マグネシウム、及び酢酸カルシウムよりなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~5のいずれかに記載の水性二相分離液。
【請求項8】
有機物の分離に使用される、請求項1~7のいずれかに記載の水性二相分離液。
【請求項9】
下記第1工程及び第2工程を含む、有機物の分離方法:
有機物を含む被処理物と、下記一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は下記一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと、水溶性塩とを含む水性二相分離液を調製して混合する第1工程、
【化3】
[一般式(1)において、R
1、R
2、及びR
3は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR
1、R
2、及びR
3のアルキル基の合計炭素数が9~15であり、R
4は、炭素数1~5のアルキレン基である。]
【化4】
[一般式(2)において、R
5、R
6、及びR
7は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR
5、R
6、及びR
7のアルキル基の合計炭素数が9~15である。]並びに、
前記第1工程で得られた混合液を、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相と、水溶性塩を含む水相に二相分離させ、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相を回収する第2工程。
【請求項10】
前記有機物のオクタノール/水分配係数が-7~14である、請求項9に記載の有機物の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボキシベタイン及び/又はアミンN-オキシドを使用した水性二相分離液に関する。また、本発明は、当該水性二相分離液を用いた有機物の分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、有機物を分離、回収する手法の一つとして分液法が知られている。分液法では、相間における種々の有機物の分配係数の違いを利用して、有機物を分離、回収する。分液法では、一般に油水二相系を用いることが多く、油相には有機溶媒が使用されるが、引火性や毒性等による安全面の問題や揮発性による環境面の問題等が懸念されている。
【0003】
一方、ポリエチレングリコール(PEG)、スルホベタイン、テトラアルキルアンモニウム塩等の添加剤と水溶性塩を使用することにより、有機溶媒を使用せずとも水性二相系を形成できることが知られている(例えば、非特許文献1~3)。水性二相系は、有機溶媒を使用しないため、溶媒の揮発による環境問題も生じず、更に引火等の心配もないため、安全面での有用性も高い。しかしながら、水性二相系については、分配挙動が十分に解明されておらず、更に前記添加剤を使用した水性二相系では、有機物に対する分配係数が低いという欠点もあり、従来、産業分野では水性二相系は現時点では実用化されていないのが現状である。
【0004】
このような従来技術を背景として、有機物に対する分配係数が高く、有機物の分離を効率的に行うことができる水性二相系の開発が切望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sara C. Silverio, Oscar Rodriguez, Jose A. Teixeira, and Eugenia A. Macedo、J.Chem.Eng.Data.,58,3528-3535(2013)
【非特許文献2】Ana M.Ferreira,Helena Passos,Akiyoshi Okafuji,Mara G.Freire,Joao A.P.Coutinho and Hiroyuki Ohno,Green Chem.,19,4012-40(2017)
【非特許文献3】Yoshifumi Akama,Ahat Sali,Talanta,57,681-686(2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、有機物の分離を効率的に行うことができる水性二相分離液、及び当該水性二相分離液を用いた有機物の分離方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、特定の構造のカルボキシベタイン及び/又はアミンN-オキシドと水溶性塩とを含む水溶液は、二相に分離する相分離能に優れ、二相分離後のカルボキシベタイン相における有機物の分配係数が高く、有機物の分離、回収に有用であることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0008】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 下記一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は下記一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと、水溶性塩とを含む、水性二相分離液。
【化1】
[一般式(1)において、R
1、R
2、及びR
3は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR
1、R
2、及びR
3のアルキル基の合計炭素数が9~15であり、R
4は、炭素数1~5のアルキレン基である。]
【化2】
[一般式(2)において、R
5、R
6、及びR
7は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR
5、R
6、及びR
7のアルキル基の合計炭素数が9~15である。]
項2. 前記一般式(1)において、R
1、R
2、及びR
3が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基であり、且つR
4がメチレン基である、項1に記載の水性二相分離液。
項3. 前記一般式(1)において、R
1、R
2、及びR
3が、炭素数5のアルキル基であり、且つR
4がメチレン基である、項1又は2に記載の水性二相分離液。
項4. 前記一般式(2)において、R
5、R
6、及びR
7が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基である、項1に記載の水性二相分離液。
項5. 前記一般式(2)において、R
5、R
6、及びR
7が、炭素数5のアルキル基である、項1又は4に記載の水性二相分離液。
項6. 前記水溶性塩を構成する陰イオンが、炭酸イオン、炭酸水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、リン酸イオン、リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、又は酢酸イオンであり、且つ前記水溶性塩を構成する陽イオンが、グアニジウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、リチウムイオン、又はナトリウムイオンである、項1~5のいずれかに記載の水性二相分離液。
項7. 前記水溶性塩が、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、リン酸三ナトリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、酢酸ナトリウム、酢酸マグネシウム、及び酢酸カルシウムよりなる群から選択される少なくとも1種である、項1~5のいずれかに記載の水性二相分離液。
項8. 有機物の分離に使用される、項1~7のいずれかに記載の水性二相分離液。
項9. 下記第1工程及び第2工程を含む、有機物の分離方法:
有機物を含む被処理物と、下記一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は下記一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと、水溶性塩とを含む水性二相分離液を調製して混合する第1工程、
【化3】
[一般式(1)において、R
1、R
2、及びR
3は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR
1、R
2、及びR
3のアルキル基の合計炭素数が9~15であり、R
4は、炭素数1~5のアルキレン基である。]
【化4】
[一般式(2)において、R
5、R
6、及びR
7は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR
5、R
6、及びR
7のアルキル基の合計炭素数が9~15である。]並びに、
前記第1工程で得られた混合液を、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相と、水溶性塩とを含む水相に二相分離させ、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相を回収する第2工程。
項10. 前記有機物のオクタノール/水分配係数が-7~14である、項9に記載の有機物の分離方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、特定の構造のカルボキシベタイン及び/又はアミンN-オキシドと水溶性塩とを使用することにより、有機物を効率的に分離できる水性二相系を形成できるので、油水二相系の場合に問題になる環境問題や安全面での懸念がない分液法として有用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】PEG600及びカルボキシベタイン1~5の水溶液に、硫酸ナトリウムを溶けなくなるまで添加し、硫酸ナトリウムが溶けなくなった直後の相分離の様子を示した写真画像である。
【
図2】カルボキシベタイン4、5又はPEG600と硫酸ナトリウムのバイノーダル曲線を示す図である。
図2において、硫酸ナトリウム濃度の単位(%)は質量%である。
【
図3】陽イオンをナトリウムに固定し、陰イオンを変えた場合のカルボキシベタイン5と種々の水溶性塩とのバイノーダル曲線の比較を示す図である。
図3において、塩濃度の単位(%)は質量%である。
【
図4】陰イオンを硫酸イオン又は硝酸イオンに固定し、陽イオンを変えた場合のカルボキシベタイン5と種々の水溶性塩とのバイノーダル曲線の比較を示す図である。
図3において、塩濃度の単位(%)は質量%である。
【
図5】カルボキシベタイン5と、リン酸三ナトリウム、リン酸三カリウム、又はリン酸水素二カリウムとのバイノーダル曲線の比較を示す図である。
【
図6】カルボキシベタイン5又はPEG600と硫酸ナトリウムの水性二相系における各種有機物の分配係数を示す図である。
【
図7】カルボキシベタイン5又はPEG600と硫酸ナトリウムの水性二相系において、アゾベンゼンを添加した場合の外観を観察した写真画像である。
【
図8】カルボキシベタイン5及び硫酸ナトリウムの濃度が、カフェイン、クマル酸、又はフラボンの分配係数に及ぼす影響を比較した結果を示す図である。
【
図9】カルボキシベタイン5と各種塩が形成する水性二相系において、水溶性塩の種類、カルボキシベタイン5と水溶性塩の濃度が、カフェインの分配係数に及ぼす結果を示す図である。
【
図10】カルボキシベタイン5、PEG600又はスルホベタイン5と硫酸ナトリウムの水性二相系において、ウシ血清アルブミンの分配係数を示す図である。
【
図11】
図10の実験におけるBSAの分配の様子を表した写真である。
【
図12】カルボキシベタイン5、PEG600又はスルホベタイン5と硫酸ナトリウムの水性二相系において、サケ精子DNAの分配係数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.水性二相分離液
本発明の水性二相分離液は、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと、水溶性塩とを含むことを特徴とする。以下、本発明の水性二相分離液について詳述する。
【0012】
[カルボキシベタイン及び/又はアミンN-オキシド]
本発明で使用されるカルボキシベタインは、下記一般式(1)で示される構造の化合物である。
【化5】
【0013】
一般式(1)において、R1、R2、及びR3は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数が9~15である。本発明において、「R1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数」とは、R1のアルキル基の炭素数とR2のアルキル基の炭素数とR3のアルキル基の炭素数の合計値である。R1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数が前記範囲を満たすカルボキシベタインを使用することにより、水溶性の無機塩及び/又は有機酸塩との共存によって、水性二相系を形成させることが可能になる。より一層優れた相分離能を具備させるという観点から、R1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数として、好ましくは11~15、より好ましくは12~15、更に好ましくは13~15、より一層好ましくは14又は15、特に好ましくは15が挙げられる。
【0014】
R1、R2、及びR3のアルキル基のそれぞれの炭素数としては、合計炭素数が前記範囲を満たすことを限度として特に制限されないが、例えば、1~8、好ましくは2~7、より好ましくは3~6、更に好ましくは3~5、より一層好ましくは4又は5、特に好ましくは5が挙げられる。
【0015】
R1、R2、及びR3のアルキル基の炭素数が3以上である場合、当該アルキル基は直鎖状又は分岐状のいずれであってもよいが、好ましくは直鎖状が挙げられる。
【0016】
一般式(1)において、R4は、炭素数1~5のアルキレン基である。R4として、好ましくは炭素数1~3のアルキレン基、より好ましくはメチレン基(-CH2-)又はエチレン基(-CH2-CH2-)、更に好ましくはメチレン基が挙げられる。
【0017】
一般式(1)で示されるカルボキシベタインの好適な例として、一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である化合物;より好ましくは、一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、それぞれ同一又は異なって、炭素数4又は5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である化合物;更に好ましくは、一般式(1)において、R1、R2、及びR3が炭素数5のアルキル基(好ましくは直鎖状のペンチル基)であり、且つR4がメチレン基である化合物が挙げられる。
【0018】
一般式(1)で示されるカルボキシベタインの製造方法については、例えば、特開2009-96766号公報等で公知であり、公知の有機合成法から導き出すことができる。
【0019】
本発明で使用されるアミンN-オキシドは、下記一般式(2)で示される構造の化合物である。
【化6】
【0020】
一般式(2)において、R5、R6、及びR7は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR5、R6、及びR7のアルキル基の合計炭素数が9~15である。本発明において、「R5、R6、及びR7のアルキル基の合計炭素数」とは、R5のアルキル基の炭素数とR6のアルキル基の炭素数とR7のアルキル基の炭素数の合計値である。R5、R6、及びR7のアルキル基の合計炭素数が前記範囲を満たすカルボキシベタインを使用することにより、水溶性の無機塩及び/又は有機酸塩との共存によって、水性二相系を形成させることが可能になる。より一層優れた相分離能を具備させるという観点から、R5、R6、及びR7のアルキル基の合計炭素数として、好ましくは11~15、より好ましくは12~15、更に好ましくは13~15、より一層好ましくは14又は15、特に好ましくは15が挙げられる。
【0021】
R5、R6、及びR7のアルキル基のそれぞれの炭素数としては、合計炭素数が前記範囲を満たすことを限度として特に制限されないが、例えば、1~8、好ましくは2~7、より好ましくは3~6、更に好ましくは3~5、より一層好ましくは4又は5、特に好ましくは5が挙げられる。
【0022】
R5、R6、及びR7のアルキル基の炭素数が3以上である場合、当該アルキル基は直鎖状又は分岐状のいずれであってもよいが、好ましくは直鎖状が挙げられる。
【0023】
一般式(2)で示されるアミンN-オキシドの好適な例として、一般式(2)において、R5、R6、及びR7が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基である化合物;より好ましくは、一般式(2)において、R5、R6、及びR7が、それぞれ同一又は異なって、炭素数4又は5のアルキル基である化合物;更に好ましくは、一般式(2)において、R5、R6、及びR7が炭素数5のアルキル基(好ましくは直鎖状のペンチル基)である化合物が挙げられる。
【0024】
一般式(2)で示されるアミンN-オキシドの製造方法については、公知の有機合成法から導き出すことができる。
【0025】
本発明の水性二相分離液において、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び一般式(2)で示されるアミンN-オキシドの中から、1種の構造のものを単独で使用してもよく、また2種以上の構造のものを組み合わせて使用してもよい。
【0026】
[水溶性塩]
本発明で使用される水溶性塩は、水溶性無機塩又は水溶性有機酸塩のいずれであってもよい。
【0027】
本発明で使用される水溶性塩を構成する陰イオンの種類については、特に制限されないが、例えば、硫酸イオン、硫酸水素イオン、リン酸イオン、リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、硝酸イオン、炭酸イオン、炭酸水素イオン、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、水酸化物イオン、次亜塩素酸イオン、亜塩素酸イオン、塩素酸イオン、過塩素酸イオン、次亜臭素酸イオン、亜臭素酸イオン、臭素酸イオン、過臭素酸イオン、次亜ヨウ素酸イオン、亜ヨウ素酸イオン、ヨウ素酸イオン、過ヨウ素酸イオン、亜硫酸イオン、亜硫酸水素イオン、チオ硫酸イオン、チオ硫酸水素イオン、硫化物イオン、硫化水素イオン、チオシアン酸イオン、テトラヒドロキシドアルミン酸イオン、テトラクロリド金(III)イオン、テトラヒドロキシホウ酸イオン、ホウ酸二水素イオン、ホウ酸水素イオン、ホウ酸イオン、メタホウ酸イオン、四ホウ酸イオン、テトラヒドロホウ酸イオン等の無機イオン;ギ酸イオン、酢酸イオン、プロピオン酸イオン、酪酸イオン、乳酸イオン、酒石酸イオン、マロン酸イオン、コハク酸イオン、フマル酸イオン、リンゴ酸イオン、ピルビン酸イオン、シュウ酸イオン、クエン酸イオン、アジピン酸イオン、イタコン酸イオン、グルコン酸イオン、グルクロン酸イオン、ガラクツロン酸イオン、サッカリン酸イオン、グリセリン酸イオン、キシロン酸イオン、アスコルビン酸イオン、ノイラミン酸イオン、アスパラギン酸イオン、グルタミン酸イオン、キナ酸イオン、グリコール酸イオン、クマル酸イオン、コーヒー酸イオン、クロロゲン酸イオン、オロト酸イオン、サリチル酸イオン、安息香酸イオン等の有機酸イオンが挙げられる。これらの陰イオンの中でも、ホフマイスター系列においてコスモトロープ性が強いほど、より一層優れた相分離能を具備させることができるので、水溶性塩を構成する陰イオンとして、コスモトロープ性が強い陰イオンが好適である。コスモトロープ性が強い陰イオンとして、具体的には、炭酸イオン、炭酸水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、リン酸イオン、リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、酢酸イオン等が挙げられる。陰イオンのカオトロープ性、コスモトロープ性に関する序列はよく知られており、例えば、文献(Satoshi Nihonyanagi, Shoichi Yamaguchi, and Tahei Tahara、J.Am.Chem.Soc.,136,6155-6158(2014))に記されている。
【0028】
本発明で使用される水溶性塩を構成する陽イオンの種類については、特に制限されないが、例えば、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属イオン;マグネシウムイオン、カルシウムイオン等のアルカリ土類金属イオン;アルミニウムイオン等の13属、銅イオン、鉄イオン、ニッケルイオン、マンガンイオン、クロムイオン、亜鉛イオン等の遷移金属イオン、アンモニウムイオン、グアニジウムイオン、ピリジニウムイオン、イミダゾリウムイオン、テトラゾリウムイオン、スルホニウムイオン、ホスホニウムイオン等の有機イオン等が挙げられる。これらの陽イオンの中でも、ホフマイスター系列においてカオトロープ性が強いほど、より一層優れた相分離能を具備させることができるので、水溶性塩を構成する陽イオンとして、カオトロープ性が強い陽イオンが好適である。カオトロープ性が強い陽イオンとして、具体的には、グアニジウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、リチウムイオン、ナトリウムイオン等が挙げられる。陽イオンのカオトロープ性、コスモトロープ性に関する序列はよく知られており、例えば、文献(Satoshi Nihonyanagi, Shoichi Yamaguchi, and Tahei Tahara、J.Am.Chem.Soc.,136,6155-6158(2014))に記されている。
【0029】
本発明で使用される水溶性塩の具体例としては、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、硫酸水素ナトリウム、硫酸アンモニウム、リン酸三ナトリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸アンモニウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸アンモニウム、硝酸マグネシウム等が挙げられる。
【0030】
前述の通り、水溶性塩を構成する陰イオンはコスモトロープ性が強いほど相分離能が向上し、また、水溶性塩を構成する陽イオンはカオトロープ性が強いほど相分離能が向上するので、本発明で使用される水溶性塩の好適な例として、コスモトロープ性が強い陰イオンとカオトロープ性が強い陽イオンから構成されている水溶性塩が挙げられる。このような水溶性塩として、具体的には、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、リン酸三ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、酢酸ナトリウム、酢酸マグネシウム、酢酸カルシウム等が挙げられる。
【0031】
本発明で使用される水溶性塩は、無水物の形態であってもよく、また水和物等の溶媒和物の形態であってもよい。
【0032】
また、本発明の水性二相分離液において、水溶性塩は、1種のものを単独で使用してもよく、また2種以上のものを組み合わせて使用してもよい。
【0033】
[一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと水溶性塩の濃度]
本発明の水性二相分離液は、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと、水溶性塩とを水に溶解させることにより調製される。
【0034】
本発明の水性二相分離液において、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと水溶性塩の濃度は、当該カルボキシベタイン及び/又はアミンN-オキシドの種類や水溶性塩の種類等に応じて、二相を形成できる範囲で適宜設定すればよい。具体的には、二相を形成できる濃度範囲は、使用するカルボキシベタイン及び/又はアミンN-オキシドと水溶性塩の種類毎に作成したバイノーダル曲線を用いることにより設定できる。バイノーダル曲線は、均一相から二相に変わる(相分離を起こす)添加剤と水溶性塩の濃度の関係を示す曲線であり、添加剤と水溶性塩の濃度を種々代えて、二相を形成できる条件と均一相になる条件の境界を求めることにより作成できる。バイノーダル曲線は、添加剤(一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシド)の濃度を縦軸、水溶性塩の濃度を横軸した場合、バイノーダル曲線の右上の領域が二相を形成できる範囲、左下の領域が均一相になる範囲となる。
【0035】
本発明の水性二相分離液において、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと水溶性塩の濃度は、前述の通り、使用するカルボキシベタイン及び水溶性の種類に応じてバイノーダル曲線を作成して設定すればよいが、例えば、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドの濃度は、0.1~86質量%、好ましくは10~50質量%、より好ましくは15~40質量%の範囲内で設定すればよく、水溶性塩の濃度は、0.1~50質量%、好ましくは1~40質量%、より好ましくは5~35質量%の範囲内で設定すればよい。
【0036】
[特性・用途]
本発明の水性二相分離液は、撹拌して静置すると、上層に一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相と、下層に水溶性塩を含む水相とからなる二相に分離した分離液になる。
【0037】
本発明の水性二相分離液は、有機物に対する分配係数が高く、有機物の分離のための分液法に好適に使用される。本発明の水性二相分離液を使用した有機物の分離方法については後述する通りである。
【0038】
2.有機物の分離方法
本発明の分離方法は、水性二相分離液を使用して有機物を分離する方法である。具体的には、本発明の分離方法は、有機物を含む被処理物と、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと、水溶性塩とを含む水性二相分離液を調製して混合する第1工程、並びに、得られた混合液を、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相と、水溶性塩を含む水相に二相分離させ、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相を回収する第2工程を含むことを特徴とする。以下、本発明の分離方法について、詳述する。
【0039】
[有機物]
本発明の分離方法では、有機物を含む被処理物から有機物を分離する。本発明において、分離対象となる有機物は、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相に対して溶解性を示すことを限度として特に制限されないが、例えば、オクタノール/水分配係数(logP)が-7~14の範囲内である有機物が挙げられる。分離対象となる有機物として、オクタノール/水分配係数が、好ましくは-2~14、より好ましくは-1~14の範囲内であるものが挙げられる。オクタノール/水分配係数とは、1-オクタノールと水の2相システムにおいて化合物が1-オクタノール相に溶解している濃度と水に溶解している濃度の比であり、化合物の親水性又は疎水性の程度指標として用いられる値である。オクタノール/水分配係数は、日本工業規格JIS 7260-107:200「分配係数(1-オクタノール/水)の測定-フラスコ振とう法」に記載の方法で測定することができる。
【0040】
分離対象となる有機物の種類については、特に制限されないが、例えば、脂肪族化合物、芳香族化合物、脂環式化合物、単糖、オリゴ糖、多糖、核酸(RNA、DNA)、ペプチド、タンパク質、合成高分子(合成高分子、合成繊維)、機能性有機色素(有機半導体)及びその錯体、微生物等が挙げられる。
【0041】
分離対象となる有機物として、より具体的には、デンプン、セルロース、キチン、キトサン、ペクチン、イヌリン、アガロース、カラギーナン、キサンタンガム、グアガム、アルギン酸のような多糖;酪酸、吉草酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、アラキジン酸、アラキドン酸等の脂肪酸;脂肪酸とグリセリンがトリグリセリド、ジグリセリド又はモノグリセリド結合した油脂;グリカナーゼ、ヌクレアーゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、ホスホターゼ、オキシダーゼ、リダクターゼ、キナーゼ、セルラーゼ、ポリメラーゼ、リアーゼ、イソメラーゼ、シンセターゼ、転写調節因子、受容体(アドレナリン受容体、グルコース受容体、ドーパミン受容体、アンギオテンシン受容体、セロトニン受容体、オピオイド受容体、アセチルコリン受容体等)、ルビスコ、成長因子(EGF、IGF、TGF、BDNF、VEGF、EPO、TPO等)、抗体、サイトカイン(インターフェロン、インターロイキン等)、バイオ医薬品(インスリン、ソマトロピン、エリスロポエチン等)等のタンパク質;細菌(大腸菌、ブドウ球菌、サルモネラ菌、緑膿菌、レンサ球菌、結核菌、コレラ菌、ボツリヌス菌等)真菌(白癬菌、カンジダ菌等)、ファージ、ウイルス(インフルエンザウイルス、コロナウイルス、肝炎ウイルス、エイズウイルス、風疹ウイルス、麻疹ウイルス等)等の微生物;フェノール、カテキン、アントシアニン、フラバノン、フラボノール、クロロゲン酸、クマリン、リグニン、クマル酸、フェルラ酸、タンニン、ヒドロキノン、クルクミン、フラボン、イソフラボン、トコフェロール、ルチン、リモネン、リグナン、セサミン、ルテイン、キサントフィル、フコキサンチン、アスタキサンチン、リコペン、β―カロテン、レチノール、レチノイン酸、カフェイン、テオフィリン、メラニン等の低分子化合物;ポルフィリン系色素、フタロシアニン系色素、インジゴ系色素、シアニン系色素、スチルベン系色素、アゾ系色素、ロイコ系色素、アニリン系色素等の合成色素;ポリチオフェン、ポリエステル、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリル酸及びそのエステル、ポリメタクリル酸及びそのエステル、ポリシリコーン、ポリウレタン等の合成高分子;PEDOT・PSS、アントラキノン、スクリアリウム、[トリス(2―フェニルピリジン)イリジウム(III)]、トリス(8―キノリノラト)アルミニウム等の機能性色素及びその錯体等が挙げられる。
【0042】
本発明の分離方法において、処理対象である「有機物を含む被処理物」とは、有機物を含み、有機物の分離が求められているものである。有機物を含む被処理物は、液状、ペースト状、固体状等のいずれであってもよい。有機物を含む被処理物の種類については、特に制限されないが、例えば、植物、生体組織、細胞等の抽出物;微生物、細胞等の培養物;酵素反応、化学反応等の反応物、汚水等の水処理等が挙げられる。
【0043】
[第1工程]
第1工程では、有機物を含む被処理物と、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと、水溶性塩とを含む水性二相分離液を調製して混合する。
【0044】
水性二相分離液に添加される一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドと水溶性塩の種類や濃度等については、前記「1.水性二相分離液」の欄に記載の通りである。
【0045】
有機物を含む被処理物の添加量については、分離対象となる有機物の種類等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、水性二相分離液中で分離対象となる有機物の濃度が0.001~30質量%程度、好ましくは0.01~20質量%程度、より好ましくは0.1~15質量%程度となるように設定すればよい。
【0046】
斯くして有機物を含む水性二相分離液を調製して混合した後に、後述する第2工程に供する。
【0047】
[第2工程]
第2工程では、前記第1工程で得られた混合液を、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相と、水溶性塩を含む水相に二相分離させ、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相を回収する。
【0048】
前記第1工程で得られた混合液を、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相と、水溶性塩を含む水相に二相分離させるには、当該混合液を静置すればよい。また、相分離を早める場合には遠心分離を行ってもよい。
【0049】
二相分離によって、上層に一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相と、下層に水溶性塩を含む水相とからなる二相に分離した分離液になる。分離対象となる有機物は、一般式(1)で示されるカルボキシベタイン及び/又は一般式(2)で示されるアミンN-オキシドを含む水相(すなわち上層)に分配されるので、当該水相を回収することにより、有機物が分離、回収される。
【0050】
また、第2工程後には、必要に応じて、回収した水相中の有機物を濃縮、精製等の処理に供してもよい。
【実施例0051】
以下に、実施例等を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0052】
製造例:各種カルボキシベタインの製造
以下に示すカルボキシベタイン1~5を特開2009-96766号公報に記載の方法を参考にして合成した。カルボキシベタイン1は一般式(1)においてR
1~R
3がメチル基であり、R
4がメチレン基である化合物、カルボキシベタイン2は一般式(1)においてR
1~R
3がエチル基であり、R
4がメチレン基である化合物、カルボキシベタイン3は一般式(1)においてR
1~R
3がプロピル基であり、R
4がメチレン基である化合物、カルボキシベタイン4は一般式(1)においてR
1~R
3がブチル基であり、R
4がメチレン基である化合物、カルボキシベタイン5は一般式(1)においてR
1~R
3がペンチル基であり、R
4がメチレン基である化合物である。
【化7】
【0053】
実施例1:カルボキシベタインと水溶性塩との水性二相系の形成の確認
水性二相系の形成能(相分離を生じさせる特性)について、1.0Mの濃度で調製したカルボキシベタイン1~5水溶液に固体の硫酸ナトリウム(Na2SO4)(富士フイルム和光純薬製、型番197-03345)を溶けなくなるまで添加することで確認した。また、比較添加物として、非特許文献1において硫酸ナトリウムの添加によって相分離を起こすことが明らかとなっているPEG600(東京化成工業製、型番P0903)(質量パーセント濃度:28.5%)を用いた。
【0054】
結果を
図1に示す。
図1は硫酸ナトリウムが溶けなくなった直後の相分離の様子を示した写真画像である。PEG600は既に報告されているように相分離を起こした。一方、カルボキシベタイン1~5では次のようになった。カルボキシベタイン1及び2では相分離は確認されなかったが、カルボキシベタイン3~5ではPEG600と同様に相分離を起こすことが確認された。
【0055】
実施例2:カルボキシベタインと硫酸ナトリウムのバイノーダル曲線の比較
実施例1において相分離が確認されたカルボキシベタイン3~5の相分離能を、バイノーダル曲線を用いて比較した。比較添加剤としてPEG600を用いた。水溶性塩として硫酸ナトリウムを用いた。バイノーダル曲線は均一相から二相に変わる(相分離を起こす)添加剤と塩濃度の関係を示す曲線であり、曲線の右上の領域が二相、左下の領域が均一相となる。カルボキシベタインやPEGのような添加剤の相分離能の高さは、より少ない添加剤または塩濃度で相分離を起こすことと考えることができ、バイノーダル曲線が原点に近づく(左下に寄る)ほど相分離能が高いと言える。
【0056】
結果を
図2に示す。
図2はカルボキシベタイン4、5又はPEG600と硫酸ナトリウムのバイノーダル曲線を示している(カルボキシベタイン3は測定中に、沈殿が析出してしまいバイノーダル曲線を描くことができなかった。つまり、相分離能はカルボキシベタイン4、5よりも低いと考えられる)。バイノーダル曲線を比較すると、カルボキシベタイン4、PEG600、カルボキシベタイン5の順に原点方向へ曲線が近づいていった。つまり、カルボキシベタイン5の相分離能が他の2つの添加剤よりも高いことがわかった。その相分離能を比較してみると、例えば、硫酸ナトリウム濃度が10質量%では、PEG600及びカルボキシベタイン4はそれぞれ、15質量%及び20質量%の添加剤濃度で相分離を起こしたのに対し、カルボキシベタイン5ではわずか3.6質量%の添加濃度(他の添加剤と比較して5分の1から4分の1の添加濃度)で相分離を起こした。すなわち、これらの結果からカルボキシベタイン5に格段に優れた相分離能があることが示された。
【0057】
実施例3:カルボキシベタイン5と水溶性塩との組み合わせによる相分離能の比較
実施例2においてカルボキシベタイン5に優れた相分離能があることが示された。そこで、硫酸ナトリウム以外の水溶性塩との組み合わせによって相分離能に違いが生じるか、バイノーダル曲線の比較を行った。水溶性塩として、炭酸ナトリウム(Na2CO3、富士フイルム和光純薬製、型番199-01585)、硫酸ナトリウム(Na2SO4)、リン酸三ナトリウム・12水和物(Na3PO4、富士フイルム和光純薬製、型番191-02885)、リン酸三カリウム(K3PO4、富士フイルム和光純薬製、型番161-04325)、リン酸水素二カリウム(K2HPO4、富士フイルム和光純薬製、型番164-04295)、クエン酸三ナトリウム二水和物(C(OH)(CH2COONa)2COONa、林純薬工業製、型番19001975)酢酸ナトリウム(CH3COONa、富士フイルム和光純薬製、型番192-01075)、塩化ナトリウム(NaCl、富士フイルム和光純薬製、型番198-01675)、硝酸ナトリウム(NaNO3、富士フイルム和光純薬製、型番195-02545)、臭化ナトリウム(NaBr、富士フイルム和光純薬製、型番193-01505)、無水硫酸マグネシウム(MgSO4、富士フイルム和光純薬製、型番132-00435)、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4、富士フイルム和光純薬製、型番019-03435)、及び硝酸マグネシウム六水和物(Mg(NO3)2、関東化学製、型番25015-30)を用いた。
【0058】
硫酸ナトリウム(Na2SO4)、リン酸三ナトリウム(Na3PO4)、クエン酸三ナトリウム(C(OH)(CH2COONa)2COONa)、酢酸ナトリウム(CH3COONa)、塩化ナトリウム(NaCl)、硝酸ナトリウム(NaNO3)、及び臭化ナトリウム(NaBr)は陽イオンをナトリウムイオンに固定し、陰イオンの違いによる相分離能の違いを評価するために用いた。
【0059】
また、硫酸ナトリウム(Na2SO4)、硫酸マグネシウム(MgSO4)、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)、硝酸ナトリウム(NaNO3)、及び硝酸マグネシウム(Mg(NO3)2)は陰イオンを硫酸イオンもしくは硝酸イオンに固定し、陽イオンの違いによる相分離能の違いを評価するために用いた。
【0060】
更に、陽イオン、陰イオンの相分離効果の序列が陰イオンのコスモトロープ性や陽イオンのカオトロープ性の序列と相関があるかを検証するために、リン酸三ナトリウム(Na
3PO
4)に対して、陽イオンのカオトロープ性がナトリウムより弱いリン酸三カリウム(K
3PO
4)を用いた場合と、そのリン酸三カリウムに対して陰イオンのコスモトロープ性のやや弱いリン酸水素二カリウム(K
2HPO
4)を用いた場合について、カルボキシベタイン5とのバイノーダル曲線をそれぞれ作成し、相分離能を比較した。結果を
図3~5に示す。
【0061】
図3は、陽イオンをナトリウムイオンに固定し、陰イオンを炭酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、クエン酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、又は硝酸イオンにした際のバイノーダル曲線を比較している。陰イオンを変えると、バイノーダル曲線は大きく変化した。陰イオンによる相分離能の高さの序列は、炭酸イオン>リン酸イオン>硫酸イオン>クエン酸イオン>酢酸イオン>塩化物イオン>硝酸イオン>臭化物イオンであった。この序列はホフマイスター系列の序列(コスモトロープ>カオトロープ)と一致していた(Satoshi Nihonyanagi, Shoichi Yamaguchi, and Tahei Tahara、J.Am.Chem.Soc.,136,6155-6158(2014))。
【0062】
図4は、陰イオンを硫酸イオンもしくは硝酸イオンに固定し、陽イオンをナトリウムイオン、アンモニウムイオン、又はマグネシウムイオンに変えた時のバイノーダル曲線を比較している。コスモトロープ性の強い硫酸イオンに対して陽イオンを変えてもバイノーダル曲線は変化しなった。一方、陰イオンをコスモトロープ性がそれほど強くない硝酸イオンとした場合は、マグネシウムイオン>ナトリウムイオンの序列が確認された。これは、陰イオンで確認されたホフマイスター系列の序列と逆の関係(カオトロープ>コスモトロープ)を示し、陽イオンと陰イオンが、添加剤であるカルボキシベタイン5に作用する仕方が異なることを示唆する。また、陰イオンが強いコスモトロープ性を示すと、陽イオンの違いはバイノーダル曲線には現れないことも示された。
【0063】
図5は、リン酸三ナトリウムとリン酸三カリウム、又はリン酸水素二カリウムのバイノーダル曲線を比較している。リン酸三ナトリウムに対して陽イオンのカオトロープ性の弱いカリウムに置換したリン酸三カリウムを用いた場合、バイノーダル曲線は右上にシフトし、相分離能が弱まったことが分かった。また、リン酸三カリウムのリン酸イオンのコスモトロープ性が弱いリン酸水素イオンに置換したリン酸水素二カリウムは更に右上にシフトした。
【0064】
以上のことから、カルボキシベタイン5と水溶性塩による相分離能は、水溶性塩の陽イオン、陰イオンの種類とそれらの組み合わせによって変わることが明らかとなった。陽イオンと陰イオンを比較すると、陰イオンの方が相分離能に強い影響を及ぼすことが明らかとなった。また、陰イオンとして好ましいものは、ホフマイスター系列においてコスモトロープ性が強いイオンであった。一方、陽イオンとして好ましいものはカオトロープ性が強いイオンであった。
【0065】
実施例4:カルボキシベタイン、アミンN―オキシドと、スルホベタイン、テトラアルキルアンモニウム塩における相分離能の比較
【0066】
相分離能が確認される添加剤として、スルホベタイン、テトラアルキルアンモニウム塩がある(非特許文献2及び3参照)。それらと比較して本発明で使用するカルボキシベタインが相分離能力において優位性があるか比較した。また、カルボキシベタインと同様に水和を介して酵素活性化を起こすこと(Takuma Aoki,Yuichi Nakagawa,Ryutaro Genjima,Kazuya Koumoto,Bioprocess Biosys.Eng.,43,541-548(2020))が知られているアミンN-オキシドも用いた。カルボキシベタインの比較として用いた、スルホベタイン4及び5、テトラアルキルアンモニウム塩4及び5、並びにアミンN―オキシド5の構造を以下に示す。
【化8】
【化9】
【化10】
【0067】
具体的には、カルボキシベタイン5を57質量%含むカルボキシベタイン5溶液、及びカルボキシベタイン5以外の各添加剤(アミンN―オキシド5、PEG600、スルホベタイン4及び5、並びにテトラアルキルアンモニウム塩4及び5)を60質量%含む添加剤溶液を調製した。また、別途、各水溶性塩の飽和水溶液を調製した。添加剤溶液100μLと水溶性塩の飽和水溶液100μLを混合し、相分離が生じるか否かを調べた。実験に使用した水溶性塩は硫酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、酢酸ナトリウム、塩化ナトリウム、臭化ナトリウムの5種類の水溶性塩を用いた。
【0068】
結果を表1に示す。相分離が確認されたものは「○」、確認されなかったものは「×」と表記している。既存の添加剤として知られるPEG600を添加剤とした場合、硫酸ナトリウムと硫酸アンモニウムで相分離を起こしたが、他の3種類の水溶性塩では相分離を起こさなかった。一方、本発明に従うカルボキシベタイン5は用いた5種類の水溶性塩すべてで相分離を起こした。また、アミンN―オキシド5もカルボキシベタイン5と同様に用いた5種類の水溶性塩すべてで相分離を起こし、高い相分離能があることが確認された。
【0069】
スルホベタインでは、スルホベタイン4でPEG600やカルボキシベタイン4と同様の結果を、スルホベタイン5では酢酸ナトリウムを含む3種類の水溶性塩で相分離を起こした。アニオン性官能基がカルボキシ基からスルホン酸基に変わると相分離を起こす力が弱まることが明らかとなった。
【0070】
またテトラアルキルアンモニウム塩では、テトラアルキルアンモニウム塩4で硫酸ナトリウムと硫酸アンモニウム、臭化ナトリウムの3種、テトラアルキルアンモニウム塩5で硫酸ナトリウムと硫酸アンモニウム、酢酸ナトリウム、塩化ナトリウムの4種で相分離を起こした。いずれもカルボキシベタイン5と比較して相分離能が低いことが確認された。
【0071】
【0072】
実施例5:カルボキシベタイン5と硫酸ナトリウムが形成する水性二相系を利用した有機物の分配
添加剤の中で最も相分離能が高かったカルボキシベタイン5と硫酸ナトリウムが形成する水性二相系による有機物の分配挙動について調べた。分配挙動を評価した有機物は、以下に示すテオフィリン(富士フイルム和光純薬製、型番209-09932)(logP=-1.12)、カフェイン(富士フイルム和光純薬製、型番161-0125)(logP=0.07)、ヒドロキノン(富士フイルム和光純薬製、型番085-01212)(logP=1.25)、フェルラ酸(東京化成工業製、型番H0267)(logP=1.42)、フェノール(富士フイルム和光純薬製、型番031-06792)(logP=1.46)、クマル酸(東京化成工業製、型番C0393)(logP=1.54)、クルクミン(東京化成工業製、型番C2302)(logP=2.74)、9-アミノアクリジン(東京化成工業製、型番A2905)(logP=2.56)、フラボン(東京化成工業製、型番F0015)(logP=3.07)、アゾベンゼン(東京化成工業製、型番A0565)(logP=3.22)、及びプロブコール(SIGMA-ALDRICH製、型番P9672-1)(logP=11.62)の11種を用いた。それぞれの化合物は親水性及び疎水性の指標として用いられるlogP(オクタノール/水分配係数)が-1~12の範囲の親水性又は疎水性の化合物である(logPが大きいほど疎水性が高いとされる)。
【化11】
【0073】
抽出実験に使用する水性二相系を形成させるために、添加剤:硫酸ナトリウム=24.2:8.6(質量パーセント濃度の比、
図2のバイノーダル曲線における二相領域)とした。また比較添加剤としてPEG600を用いた。
【0074】
1.0mlシェルバイアルに2.0Mカルボキシベタイン5水溶液0.42g又は60質量%PEG600水溶液0.40gを、22質量%硫酸ナトリウム水溶液0.39g、有機物1.0mg及び蒸留水(カルボキシベタイン5の場合は0.18g、PEG600の場合は0.20g)と混ぜ、ボルテックスミキサーで溶解しうる限り、撹拌した。その溶液を遠心分離操作(5000rpm、5分間、C1612、Benchmark scientific)で二相に分離させ、1時間室温で静置した。それぞれの相(上層:ベタイン(又はPEG600)相、下層:硫酸ナトリウム相)に含まれる有機物の吸光度を紫外可視分光光度計で測定し、分配係数(上層の吸光度/下層の吸光度)を求めた。
【0075】
結果を
図6に示す。
図6は、各有機物における分配係数をカルボキシベタイン5とPEG600で比較している。フェノール及びアゾベンゼンでは有機物は下層(水溶性塩相)の吸光度がゼロで分配係数は無限大となったため、棒グラフは示されていない。また、PEG600を用いた場合、*で表記されたクルクミン、9―アミノアクリジン、フラボン、及びアゾベンゼンでは有機物が上層及び下層のどちらの相にも溶けず、溶け残っていた(例としてアゾベンゼンの分配、沈殿の様子を
図7に示す)。このような不溶物はカルボキシベタイン5を用いた水性二相系では一切確認されなかった。また、有機物の分配係数(上層への分配)は、カルボキシベタイン5の方がPEG600よりもすべての有機物で高い値を示した。すなわち、カルボキシベタイン5は、親水性、疎水性の様々な物質を沈殿させることなく、上層(カルボキシベタイン相)に抽出することができる優れた水性二相系を作り出すことができることが明らかとなった。
【0076】
実施例6:水性二相系を利用した有機物の分配平衡に及ぼすカルボキシベタイン5及び硫酸ナトリウム濃度の影響
水性二相系を形成できる添加剤濃度及び塩濃度は変えることができ、その影響が有機物の分配にも影響を及ぼす可能性がある。そこで、カルボキシベタイン5:硫酸ナトリウム=24.2:8.6(
図2のバイノーダル曲線における二相領域)以外に、カルボキシベタイン5:硫酸ナトリウム=21.0:6.0、26.9:9.8の2つの異なる濃度で同様の抽出実験を行った。実験操作は実施例5と同じ方法で行い、logP値が異なる3種の有機物(カフェイン、クマル酸、及びフラボン)を用いた。なお、「カルボキシベタイン5:硫酸ナトリウム=X:Y」との記載形式は、カルボキシベタイン5がX質量%且つ硫酸ナトリウムがY質量%であることを指す。
【0077】
結果を
図8に示す。
図8では、3種類の有機物における組成と分配係数の関係を表している。
図8から分かるように、どの有機物においてもカルボキシベタイン5と硫酸ナトリウムの濃度が上昇すると、分配係数が上昇していた。つまり、カルボキシベタイン5と水溶性塩の濃度が高いほど有機物は上層へ分配されることを意味する。また、すべての有機物で同様の傾向が現れたことから、カルボキシベタイン5と塩濃度が分配係数に及ぼす関係性は、種々の有機物にも同様に当てはまると考えられる。
【0078】
実施例7:カルボキシベタイン5と種々の水溶性塩が形成する水性二相系を利用したカフェインの分配挙動の確認
図3に示すようにカルボキシベタイン5は水溶性塩との組み合わせによってバイノーダル曲線が変化した。そこで、硫酸ナトリウム(Na
2SO
4)、酢酸ナトリウム(CH
3COONa)、塩化ナトリウム(NaCl)、硝酸ナトリウム(NaNO
3)、臭化ナトリウム(NaBr)を用い、水性二相系を形成させ、カフェインを有機物とした抽出実験を実施例5と同様の方法で行った。
【0079】
水性二相系はそれぞれ、カルボキシベタイン5:硫酸ナトリウム=24:2及び26.9:9.8、カルボキシベタイン5:CH3COONa=10:16及び11:17、カルボキシベタイン5:NaCl=11:17及び12:18、カルボキシベタイン5:NaNO3=10:28及び11:29、カルボキシベタイン5:NaBr=10:33及び11:34の条件で形成させた。なお、「カルボキシベタイン5:水溶性塩=X:Y」との記載形式は、カルボキシベタイン5がX質量%且つ水溶性塩がY質量%であることを指す。
【0080】
結果を
図9に示す。
図9は各水溶性塩とその組成で形成された水性二相系におけるカフェインの分配係数を示している。相分離能の高い硫酸ナトリウムから相分離能の低い臭化ナトリウムにかけて分配係数が小さくなっていることがわかる。即ち、相分離能が高い条件の方が上層へのカフェインの抽出効率が高いことを意味している。また、カルボキシベタイン5と水溶性塩の添加濃度が高い方が、分配係数が高いことは前記実施例6と同様の結果であった。つまり、カルボキシベタイン5と水溶性塩が作る水性二相系において有機物を分配させる場合には、相分離能の高くなる水溶性塩(陽イオンにカオトロープ、陰イオンにコスモトロープ)を用い、カルボキシベタイン5と水溶性塩の濃度が高い条件の方が、有機物がより多く上層(ベタイン相)に抽出される。
【0081】
実施例8:カルボキシベタイン5を含む水相への有機物溶解度の確認
実施例5~7で示したように、低分子の有機物に関してカルボキシベタイン5は優れた分配特性及び溶解性を示すことが明らかとなった。そこで、ベタイン相にどの程度の有機物が分配することが可能か、フラボンを例にその溶解度を調べた。
【0082】
室温条件下で57質量%カルボキシベタイン5水溶液にフラボンを少量ずつ添加し、ボルテックスミキサーで撹拌し、溶解させた。この操作をフラボンが溶解しなくなるまで繰り返すことでフラボン飽和溶液を調製した。紫外可視分光光度計を用いフラボンの濃度検量線を作成し、この検量線をもとにフラボン飽和溶液の濃度を、飽和溶液を希釈して求めたところ、12.99質量%であった。
【0083】
前記実施例5では吸収スペクトル測定を行うために低濃度(0.1質量%)の有機物濃度で実験を行ったが、13質量%程度まで高めても同様の抽出が行えることが確認された。
【0084】
実施例9:カルボキシベタイン5と硫酸ナトリウムが形成する水性二相系を利用したタンパク質及び核酸の分配挙動の確認
実施例5~7で示したように、低分子の有機物に関してカルボキシベタイン5は優れた分配特性及び溶解性を示すことが明らかとなった。そこで、高分子化合物にも同様の抽出能力が現れるか調べるために、生体高分子であるタンパク質と核酸の抽出に及ぼす影響を、ウシ血清アルブミン(BSA)(SIGMA製、型番A7030-109)、サケ精子DNA(富士フイルム和光純薬製、型番049-17321)を用い、実施例5と同様の方法で調べた。また、相分離条件としてはカルボキシベタイン5を24.2質量%且つ硫酸ナトリウムを8.6質量%の条件で行った。また、比較添加剤としてPEG600及びタンパク質の抽出に最適とされる報告のあるスルホベタイン5(非特許文献2参照)、及びPEG600を用いた。
【0085】
BSAの抽出に関する実験結果を
図10及び11に示す。
図10に示すようにカルボキシベタイン5を用いると、BSAの分配係数はPEG600の12倍、スルホベタイン5の1.7倍高かった。また、
図11のようにPEG600及びスルホベタイン5では界面に沈殿が生じていることが確認された。一方でカルボキシベタイン5では沈殿は確認されなかった。即ち、タンパク質の抽出能力が高いとされるスルホベタイン5と比較して、カルボキシベタイン5は、ベタイン相における有機物の溶解性、及び水溶性塩相との間での分配係数のいずれにおいても高い優位性が実証された。また、PEG600はPEG相の体積が大きくなるため、有機物の分配でも濃縮性の観点から見ると、カルボキシベタイン5に劣る。また、それほど大きなPEG相をもってしてもBSAを完全に溶解させることはできなかった。
【0086】
また、DNAの抽出に関する実験結果を
図12に示す。
図12に示すようにカルボキシベタイン5を用いると、サケ精子DNAの分配係数はPEG600の4.8倍、スルホベタイン5の3.6倍高かった。タンパク質に対する抽出特性と同様に、DNAにおいてもカルボキシベタイン5は優れた有機物(生体高分子)に対する抽出特性を示した。