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特開2022-109793有機化学反応に使用される水系反応溶媒
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022109793
(43)【公開日】2022-07-28
(54)【発明の名称】有機化学反応に使用される水系反応溶媒
(51)【国際特許分類】
   C07B 61/00 20060101AFI20220721BHJP
   C07C 211/50 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 209/68 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 67/08 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 69/157 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 39/14 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 37/62 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 33/20 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 29/14 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 49/76 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 45/46 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 43/20 20060101ALI20220721BHJP
   C07C 41/16 20060101ALI20220721BHJP
【FI】
C07B61/00 B
C07C211/50
C07C209/68
C07C67/08
C07C69/157
C07C39/14
C07C37/62
C07C33/20
C07C29/14
C07C49/76 A
C07C45/46
C07C43/20 D
C07C41/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021005314
(22)【出願日】2021-01-15
(71)【出願人】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(71)【出願人】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000134637
【氏名又は名称】株式会社ナード研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】甲元 一也
(72)【発明者】
【氏名】北村 武大
(72)【発明者】
【氏名】山本 真史
(72)【発明者】
【氏名】郷田 慎
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AC22
4H006AC41
4H006AC42
4H006AC43
4H006AC44
4H006AC48
4H006AD17
4H006BA09
4H006BA25
4H006BA37
4H006BA48
4H006BB31
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、有機化学反応を効率的に行うことができる水系反応溶媒を提供することである。
【解決手段】一般式(1)に示すカルボキシベタインを含む水溶液を反応溶媒として使用することにより、有機化学反応の反応効率が高まる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示されるカルボキシベタインを含む水溶液を含有する、有機化学反応用の反応溶媒。
【化1】
[一般式(1)において、R1、R2、及びR3は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数が9~15であり、R4は、炭素数1~5のアルキレン基である。]
【請求項2】
前記一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である、請求項1に記載の反応溶媒。
【請求項3】
前記一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、炭素数4又は5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である、請求項1又は2に記載の反応溶媒。
【請求項4】
水溶液中での一般式(1)で示されるカルボキシベタインの濃度が0.01~3Mである、請求項1~3のいずれかに記載の反応溶媒。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の反応溶媒を用いて有機化学反応を行う、有機化学反応方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化学反応を効率的に行うことができる水系反応溶媒に関する。また、本発明は、当該水系反応溶媒を使用して有機化学反応を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、有機化学反応の溶媒として、有機溶媒が広く使用されている。特に、製薬業界では、製品1kgを製造するにあたって25~100kgの廃棄物が複製されるとされ、そのうち80%は有機溶媒が占めているといわれている(非特許文献1)。仮に、有機化学反応に使用される有機溶媒を水に置き換えることができれば、環境面及び経済面でプラス効果がでることが期待される。
【0003】
一方、水は、安価、不燃性、無毒、環境適合性等の特性があり、魅力的な溶媒であるが、基質の溶解性や有機化学反応の反応性の点では難があり、有機化学反応の溶媒としては制限が大きい。従来、有機化学反応の溶媒として、界面活性剤を含む水系溶媒を使用できることが報告されている。界面活性剤を含む水系溶媒を使用して有機化学反応を行う場合、水系溶媒中で大きなミセルが形成することが良いことと考えられており、そのようなミセルを形成するのに最適な界面活性剤として、TPGS-750-MやNOKが報告されている(非特許文献2及び3)。しかしながら、TPGS-750-MやNOKを含む水系溶媒を使用して、有機化学反応を行っても、反応効率が高くなかったり、撹拌をともなる反応中に界面活性剤特有の泡立ちが生じたりするという欠点がある。特に、反応中に泡立ちが生じると、大きなスケールで合成する場合には泡の体積が反応容器の大きさに影響を及ぼすため、製造効率の低下を招いてしまう。
【0004】
このような従来技術を背景として、有機化学反応を効率的に行うことができる水系反応溶媒の開発が切望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kevin H. Shaughnessy et al.,Current Organic Chemistry,2005,9,585-604
【非特許文献2】B.H.Lipshutz et al.,J.Org.Chem.,2011,76,4379-4391
【非特許文献3】P.Klumphu,B.H.,Lipshutz,J.Org.Chem.,2014,79,888-900
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、有機化学反応を効率的に行うことができる水系反応溶媒を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、特定の構造のカルボキシベタインを含む水溶液を反応溶媒として使用することにより、有機化学反応の反応効率が高まることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0008】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 下記一般式(1)で示されるカルボキシベタインを含む水溶液を含有する、有機化学反応用の反応溶媒。
【化1】
[一般式(1)において、R1、R2、及びR3は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数が9~15であり、R4は、炭素数1~5のアルキレン基である。]
項2. 前記一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である、項1に記載の反応溶媒。
項3. 前記一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、炭素数4又は5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である、項1又は2に記載の反応溶媒。
項4. 水溶液中での一般式(1)で示されるカルボキシベタインの濃度が0.01~3Mである、項1~3のいずれかに記載の反応溶媒。
項5. 項1~4のいずれかに記載の反応溶媒を用いて有機化学反応を行う、有機化学反応方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明よれば、有機化学反応の反応溶媒として、特定の構造のカルボキシベタイン水溶液を使用することにより、反応効率を高めることができる。更に、本発明によれば、有機化学反応の反応溶媒として水系溶媒を使用しているので、有機溶媒を使用した有機化学反応で問題となる環境問題や安全面での懸念を払拭できる。また、従来の水系溶媒では、TPGS-750-MやNOK等の界面活性剤を使用しており、反応中に泡立ちが生じるという欠点があったが、本発明の反応溶媒では、反応中の泡立ちを抑制できるので、大きなスケールで有機化学反応を行っても、泡立ちによる製造効率の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】2wt%ベタイン5水溶液、2wt%TPGS-750-M水溶液、及び2wt%NOK水溶液を反応溶媒として使用した鈴木-宮浦カップリング反応において、反応中の外観を観察した写真画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.反応溶媒
本発明の反応溶媒は、有機化学反応に使用される反応溶媒であって、一般式(1)で示されるカルボキシベタインを含む水溶液を含有することを特徴とする。以下、本発明の反応溶媒について詳述する。
【0012】
[反応溶媒の組成]
本発明の反応溶媒には、下記一般式(1)で示されるカルボキシベタインを含む。このような特定のカルボキシベタインを水系反応溶媒に含有させることにより、有機化学反応の反応効率を高めることが可能になる。
【化2】
【0013】
一般式(1)において、R1、R2、及びR3は、それぞれ同一又は異なるアルキル基を示し、且つR1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数が9~15である。本発明において、「R1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数」とは、R1のアルキル基の炭素数とR2のアルキル基の炭素数とR3のアルキル基の炭素数の合計値である。R1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数が前記範囲を満たすカルボキシベタインを使用することにより、有機化学反応の反応効率を高めることが可能になる。有機化学反応の反応効率をより一層向上させるという観点から、R1、R2、及びR3のアルキル基の合計炭素数として、好ましくは10~15、より好ましくは11~15、更に好ましくは12~15、より一層好ましくは12又は15が挙げられる。
【0014】
1、R2、及びR3のアルキル基のそれぞれの炭素数としては、合計炭素数が前記範囲を満たすことを限度として特に制限されないが、例えば、1~8、好ましくは2~7、より好ましくは3~6、更に好ましくは3~5、より一層好ましくは4又は5が挙げられる。
【0015】
1、R2、及びR3のアルキル基の炭素数が3以上である場合、当該アルキル基は直鎖状又は分岐状のいずれであってもよいが、好ましくは直鎖状が挙げられる。
【0016】
一般式(1)において、R4は、炭素数1~5のアルキレン基である。R4として、好ましくは炭素数1~3のアルキレン基、より好ましくはメチレン基(-CH2-)又はエチレン基(-CH2-CH2-)、更に好ましくはメチレン基が挙げられる。
【0017】
一般式(1)で示されるカルボキシベタインの好適な例として、一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、それぞれ同一又は異なって、炭素数3~5のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である化合物;より好ましくは、一般式(1)において、R1、R2、及びR3が、それぞれ同一又は異なって、炭素数4又は5(好ましくは直鎖状のブチル基又はペンチル基)のアルキル基であり、且つR4がメチレン基である化合物が挙げられる。
【0018】
本発明の反応溶媒において、一般式(1)で示されるカルボキシベタインは、1種の構造のものを単独で使用してもよく、また2種以上の構造のものを組み合わせて使用してもよい。
【0019】
一般式(1)で示されるカルボキシベタインの製造方法については、例えば、特開2009-96766号公報等で公知であり、公知の有機合成法から導き出すことができる。
【0020】
本発明の反応溶媒において、一般式(1)で示されるカルボキシベタインの濃度については、採用するカルボキシベタインの構造や有機化学反応の種類に応じて適宜設定すればよいが、例えば、0.01~3Mが挙げられる。有機化学反応の反応効率をより一層向上させるという観点から、本発明の反応溶媒における一般式(1)で示されるカルボキシベタインの濃度として、好ましくは、0.05~3Mより好ましくは0.1~2M、更に好ましくは0.1~1M、より一層好ましくは0.25~1M、特に好ましくは0.5~1Mが挙げられる。
【0021】
本発明の反応溶媒は、水系溶媒であるので水が含まれる。また、本発明の反応溶媒は、本発明の効果を喪失させない範囲であれば、必要に応じて、界面活性剤等の添加剤が含まれていてもよい。
【0022】
[反応溶媒の用途]
本発明の反応溶媒は、適用される有機化学反応の種類については特に制限されず、いかなる有機化学反応に適用してもよい。本発明の反応溶媒が適用される有機化学反応として、例えば、鈴木-宮浦カップリング、ウルマンカップリング、ヘック反応、スティルカップリング、薗頭カップリング、檜山カップリング、熊田クロスカップリング、マクマリーカップリング、ウィッティヒ反応、アセチル化反応(アミン、アルコール、フェノール、チオール、チオフェノール等)、芳香族の求電子置換反応(ハロゲン化、ニトロ化、ニトロソ化、スルホン化、ジアゾ化、フリーデル・クラフツ アシル化、フリーデル・クラフツ アルキル化、ホルミル化(フィルスマイヤー反応、ガッターマン反応、ダフ反応、ライマー・チーマン反応等)等)、ヒドリド還元反応(アルデヒド、カルボン酸、エステル、ケトン等の還元反応)、金属還元反応(ニトロ、ケトン、アルデヒド、アルケン等(クレメンゼン還元、バーチ還元、ボルフ・キッシュナー還元等)、オゾン酸化(アルケン等)、塩素酸・次亜塩素酸酸化、過酸酸化(アルケン、1級水酸基等)、スワン酸化、デーキン酸化、デスマーチン酸化、ワッカー酸化、金属酸化反応(過マンガン酸カリウム、酸化マンガン、二クロム酸カリウム、ジョーンズ酸化等)、O-アルキル化反応(ウイリアムソンエーテル合成反応等)、N-アルキル化反応、S-アルキル化反応、加水分解反応(ニトリル、アミド、エステル、チオエステル、グリコシド、エーテル、アセタール、ケタール、カルバメート、リン酸エステル等)、ディールズアルダー反応、レトロディールズアルダー反応、転位反応(ピナコール・ピナコロン転位、アリル転位、ウルフ転位、ベンジル・ベンジル酸転位、ファボルスキー転位、プメラー転位、ループ転位、マイヤー・シュスター転位、フリッツ・バッテンバーグ・ビーチェル転位、スマイルス転位、フリース転位、ベックマン転位、クルチウス転位、ロッセン転位、ホフマン転位、シュミット反応、バイヤー・ビリーガー酸化、デーキン反応、ジエノン・フェノール転位、スティーブンス転位、ソムレ・ハウザー転位、ウィテッヒ転位、クライゼン転位、コープ転位、ベンジジン転位、チャン転位、ジムロート転位、パイン転位等)、脱炭酸反応、ラジカルハロゲン化、ハロゲン化水素又はハロゲンのラジカル付加反応、ヒドロホウ素化反応、ハロヒドリン反応、グリニャール反応、アルドール縮合、向山アルドール縮合、クライゼン縮合、ベンゾイン縮合、ディークマン縮合、シュトッベ縮合、クレーンケピリジン合成、マイケル付加、ザンドマイヤー反応、光延反応、マンニッヒ反応、アマドリ反応、ロビンソン環化、ワートン開裂、ガブリエル合成、アジド化反応、オレフィンメタセシス反応、ホフマン脱離、クック反応、不斉合成反応(シャープレス不斉アミノ化、ヤコブセン・香月不斉エポキシ化、ラウシュ不斉アリル化等)、重合反応(ラジカル重合、カチオン重合、アニオン重合、配位重合、開環重合、連鎖縮合重合、重縮合、重付加、付加縮合、リビングラジカル重合、リビングカチオン重合、リビングアニオン重合、リビング配位重合等)等が挙げられる。
【0023】
これらの化学反応は周知であり、当業者であれば、これらの化学反応の反応機構は、周知技術に基づいて理解し得る。
【0024】
例えば、鈴木-宮浦カップリングとは、有機ホウ素化合物とハロゲン化アリールをクロスカップリングさせてビフェニル誘導体を得る化学反応である。
【0025】
ウィッティヒ反応とは、リンイリドとカルボニル化合物を反応させてアルケンを得る化学反応である。
【0026】
アセチル化反応とは、水酸基、アミノ基及び/又はチオール基を有する化合物と、無水酢酸等のアセチル化剤とを反応させて、当該水酸基及び/又はアミノ基の水素原子をアセチル基に置換する化学反応である。
【0027】
芳香族の求電子置換反応の内、例えば、ハロゲン化反応とは、原料化合物にハロゲン化剤を反応させて、ハロゲン化物を得る化学反応である。本発明において、ハロゲン化反応には、フッ素化、塩素化、臭素化、ヨウ素化等が含まれる。
【0028】
芳香族の求電子置換反の内、例えば、フリーデル・クラフツ アシル化反応とは、ルイス酸存在下で、芳香環化合物に酸ハライド又は酸無水物を作用させて、芳香環化合物をアシル化する化学反応である。
【0029】
ヒドリド還元反応とは、求核剤としての水素供与体を使用して化合物の還元を行う化学反応である。
【0030】
O-アルキル化反応の内、例えば、ウイリアムソンエーテル合成反応とは、強塩基存在下で、アルコールと、ハロゲン化物やスルホン酸エステル等脱離基を有する化合物を反応させてエーテルを合成する化学反応である。
【0031】
N-アルキル化反応とは、アミノ基を有する化合物にハロゲン化アルキル基を有する化合物を反応させて、当該アミノ基をアルキル化する化学反応である。
【0032】
加水分解反応の内、例えば、ニトリルの加水分解反応とは、酸又は塩基の存在下でシアノ基を有する化合物のシアノ基をアミド基又はカルボキシル基に変換する化学反応である。
【0033】
また、本発明の反応溶媒を使用した有機化学反応に供される基質の構造についても特に制限されず、例えば、非環式化合物、単素単環式化合物、単素多環式化合物、複素単環式化合物、複素多環式化合物等のいずれであってもよい。
【0034】
本発明の反応溶媒を使用した有機化学反応において、基質濃度、使用する触媒、反応温度、反応時間等の反応条件は、当業者であれば、周知技術等に基づいて適宜設定可能である。
【0035】
2.有機化学反応方法
本発明の有機化学反応方法は、前記反応溶媒を用いて、有機化学反応を行う方法である。本発明の有機化学反応方法における有機化学反応の種類、使用する基質等については、前記「1.反応溶媒」の欄に記載の通りである。
【実施例0036】
以下に、実施例等を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0037】
製造例:各種カルボキシベタインの製造
以下に示すカルボキシベタイン1~5を特開2009-96766号公報に記載の方法を参考にして合成した。カルボキシベタイン1は一般式(1)においてR1~R3がメチル基であり、R4がメチレン基である化合物、カルボキシベタイン2は一般式(1)においてR1~R3がエチル基であり、R4がメチレン基である化合物、カルボキシベタイン3は一般式(1)においてR1~R3がプロピル基であり、R4がメチレン基である化合物、カルボキシベタイン4は一般式(1)においR1~R3がブチル基であり、R4がメチレン基である化合物、カルボキシベタイン5は一般式(1)においてR1~R3がペンチル基であり、R4がメチレン基である化合物である。
【化3】
【0038】
実施例1:カルボキシベタイン5水溶液中での鈴木-宮浦カップリング反応
10mLのネジ口試験管に4-ブロモ-N,N-ジメチルアニリン(東京化成工業製、型番B0585-25G)50.2mg(0.25mmol)、4-(4,4,5,5-テトラメチル-1,3,2-ジオキサボロラン-2-イル)アニリン(東京化成工業製、型番T1951-5G)55.1mg(0.25mmol)、Pd(PPh34(Colonial Metals製、型番5094)14.4mg(0.0125mmol、0.7mol%)、炭酸カリウム(富士フイルム和光純薬製、型番162-03495)173.3mg(1.25mmol)、2.0Mカルボキシベタイン5水溶液1.5ml又は蒸留水1.5mlを加え、60℃、窒素雰囲気下で1時間加熱撹拌して、鈴木-宮浦カップリング反応を行った。反応溶液を放冷後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル(富士シリシア製、型番PSQ100AB))、クロロホルム(富士フイルム和光純薬製、型番033-02617):ヘキサン(富士フイルム和光純薬製、型番080-00427)=2:1)で精製し、減圧乾燥後、赤茶色の固体を得た。
【化4】
【0039】
生成物(赤茶色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表1)。
【0040】
【表1】
【0041】
生成物の収量及び収率を表2に示す。蒸留水中で鈴木-宮浦カップリング反応を行った場合の収率は38%であるのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中で鈴木-宮浦カップリング反応を行うと収率が63%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して25%も収率が上昇した。
【0042】
【表2】
【0043】
実施例2:カルボキシベタイン5水溶液中での1-ナフトールのアセチル化反応
10mLのネジ口試験管に1-ナフトール(富士フイルム和光純薬製、型番148-00215)14.4mg(0.1mmol)、無水酢酸(富士フイルム和光純薬製、型番017-00273)94.5μl(1mmol)、2.0Mカルボキシベタイン5水溶液1.0ml又は蒸留水1.0mlを加え、60℃で20時間加熱撹拌し、1-ナフトールのアセチル化反応を行った。反応溶液を放冷後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、クロロホルム:ヘキサン=1:3)で精製し、減圧乾燥後、白色の固体を得た。
【化5】
【0044】
生成物(白色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表3)。
【0045】
【表3】
【0046】
生成物の収量及び収率を表4に示す。蒸留水中で1-ナフトールのアセチル化反応を行っても全く反応が進行しなかったのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中で1-ナフトールのアセチル化反応を行うと収率が83%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して収率が格段に上昇した。
【0047】
【表4】
【0048】
実施例3:カルボキシベタイン5水溶液中での芳香族臭素化反応
10mLのネジ口試験管に1-ナフトール(富士フイルム和光純薬製、型番148-00215)14.4mg(0.1mmol)、N-ブロモスクシンイミド(富士フイルム和光純薬製、型番025-07235)17.8mg(0.1mmol)、2.0Mカルボキシベタイン5水溶液1.0ml又は蒸留水1.00mlを加え、60℃で6時間加熱撹拌し、1-ナフトールの臭素化反応を行った。反応溶液を放冷後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、クロロホルム:ヘキサン=2:1)で精製し、減圧乾燥後、黄色の固体を得た。
【化6】
【0049】
生成物(黄色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表5)。
【0050】
【表5】
【0051】
生成物の収量及び収率を表6に示す。蒸留水中で1-ナフトールの臭素化反応を行うと収率が19%であったのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中で1-ナフトールの臭素化反応を行うと収率が31%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して収率が12%も上昇した。
【0052】
【表6】
【0053】
実施例4:カルボキシベタイン5水溶液中でのアルデヒドの還元反応
10mLのネジ口試験管にo-ブロモベンズアルデヒド(富士フイルム和光純薬製、型番020-13172)18.5mg(0.1mmol)、NaBH4(富士フイルム和光純薬製、型番192-01472)37.8mg(0.1mmol)、2.0Mカルボキシベタイン5水溶液1.0ml又は蒸留水1.0ml加え、30℃、で3時間撹拌し、アルデヒドの還元反応を行った。反応終了後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、クロロホルム:メタノール(富士フイルム和光純薬製、型番136-01837)=20:1)で精製し、減圧乾燥後、白色の固体を得た。
【化7】
【0054】
生成物(白色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表7)。
【0055】
【表7】
【0056】
生成物の収量及び収率を表8に示す。蒸留水中でアルデヒドの還元反応を行うと収率が23%であったのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中でアルデヒドの還元反応を行うと収率が54%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して収率が31%も上昇した。
【0057】
【表8】
【0058】
実施例5:カルボキシベタイン5水溶液中での芳香族Friedel-crafts アシル化反応
10mLのネジ口試験管にトルエン(富士フイルム和光純薬製、型番204-01866)10.6μl(0.1mmol)、AlCl3(富士フイルム和光純薬製、型番013-01892)13.3mg(0.1mmol)、2.0Mカルボキシベタイン5水溶液1.0ml又は蒸留水1.0mlを加え、80℃、窒素雰囲気下で8時間加熱撹拌し、フリーデル・クラフツ アシル化反応を行った。反応溶液を放冷後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、クロロホルム:ヘキサン=1:2)で精製し、減圧乾燥後、白色の固体を得た。
【化8】
【0059】
生成物(白色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表9)。
【0060】
【表9】
【0061】
生成物の収量及び収率を表10に示す。蒸留水中でフリーデル・クラフツ アシル化反応を行っても反応が全く進行しなかったのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中でフリーデル・クラフツ アシル化反応を行うと収率が14%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して収率が格段に上昇した。
【0062】
【表10】
【0063】
実施例6 カルボキシベタイン水溶液中でのWilliamsonエーテル合成反応
10mLのネジ口試験管に2-ナフトール(富士フイルム和光純薬製、型番149-00245)14.4mg(0.1mmol)、p-トルエンスルホン酸メチル(富士フイルム和光純薬製、型番T0269-500G)18.6mg(0.1mmol)、2.0Mカルボキシベタイン5水溶液1.0ml又は蒸留水1.0ml加え、80℃で8時間加熱撹拌し、ウイリアムソンエーテル合成反応を行った。反応溶液を放冷後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、クロロホルム:ヘキサン=1:5)で精製し、減圧乾燥後、白色の固体を得た。
【化9】
【0064】
生成物(白色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表11)。
【0065】
【表11】
【0066】
生成物の収量及び収率を表12に示す。蒸留水中でアルデヒドのウイリアムソンエーテル合成反応を行うと収率が12%であったのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中でウイリアムソンエーテル合成反応を行うと収率が100%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して収率が88%も上昇した。
【0067】
【表12】
【0068】
実施例7:カルボキシベタイン5水溶液中でのN-アルキル化反応
10mLのネジ口試験管にアニリン(東京化成工業製、型番A0463-500G)36.5μl(0.4mmol)、塩化ベンジル(富士フイルム和光純薬製、型番020-01386)12.7mg(0.1mmol)、2.0Mカルボキシベタイン5水溶液1.0ml又は蒸留水1.0mlを加え、80℃で4時間加熱撹拌し、アニリンのN-アルキル化反応を行った。反応溶液を放冷後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、クロロホルム:ヘキサン=1:1)で精製し、減圧乾燥後、白色の固体を得た。
【化10】
【0069】
生成物(白色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表13)。
【0070】
【表13】
【0071】
生成物の収量及び収率を表14に示す。蒸留水中で、アニリンのN-アルキル化反応を行うと収率が24%であったのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中でアニリンのN-アルキル化反応を行うと収率が46%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して収率が22%も上昇した。
【0072】
【表14】
【0073】
実施例8:カルボキシベタイン5水溶液中でのウィッティヒ反応
10mLのネジ口試験管に(1-ナフチルメチル)トリフェニルホスホニウムクロリド(東京化成工業製、型番N0700-5G)43.9mg(0.1mmol)、ベンズアルデヒド(富士フイルム和光純薬製、型番025-12206)10.2μl(0.1mmol)、2.0Mベタイン5水溶液1.0ml又は蒸留水1.0mlを加え、60℃で4時間加熱撹拌し、ウィッティヒ反応を行った。反応溶液を放冷後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、クロロホルム:ヘキサン=1:3)で精製し、減圧乾燥後、白色の固体を得た。
【化11】
【0074】
生成物(白色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表15)。
【0075】
【表15】
【0076】
生成物の収量及び収率を表16に示す。蒸留水中で、ウィッティヒ反応を行うと収率が29%であったのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中でウィッティヒ反応を行うと収率が55%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して収率が26%も上昇した。
【0077】
【表16】
【0078】
実施例9:カルボキシベタイン5水溶液中でのニトリルの加水分解反応
10mLのネジ口試験管に4-アミノベンゾニトリル(富士フイルム和光純薬製、型番014-10651)11.8mg(0.1mmol)、NaOH(富士フイルム和光純薬製、型番198-13765)40.0mg(1mmol)、2.0Mベタイン5水溶液1.0ml又は蒸留水1.0mlを加え、60℃で4時間加熱撹拌し、ニトリルの加水分解反応を行った。反応溶液を放冷後、溶媒を減圧留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、クロロホルム:ヘキサン=1:2)で精製し、減圧乾燥後、白色の固体を得た。
【化12】
【0079】
生成物(白色の固体)について、1H NMRにて同定を行い、目的通りの構造の生成物が得られたことを確認した(表17)。
【0080】
【表17】
【0081】
生成物の収量及び収率を表18に示す。蒸留水中で、ニトリルの加水分解反応を行うと収率が22%であったのに対して、カルボキシベタイン5水溶液中でニトリルの加水分解反応を行うと収率が100%であり、カルボキシベタイン5水溶液では蒸留水と比較して収率が78%も上昇した。
【0082】
【表18】
【0083】
[実施例1~9のまとめ]
実施例1~9に示すように、様々な有機化学反応において一般式(1)に示すカルボキシベタインを含む水溶液を反応溶媒として用いることにより、反応収率が向上することが示された。つまり、一般式(1)に示すカルボキシベタインを含む水溶液は、各種有機化学反応の反応溶媒として有効に機能することが証明された。
【0084】
実施例10:鈴木-宮浦カップリング反応に利用する原料基質が収率に及ぼす影響
鈴木-宮浦カップリング反応に利用する原料物質の化学構造の影響を考察するため、4-ブロモ-N,N-ジメチルアニリンを多環構造、複素環構造、同一置換基の位置異性体、異なる官能基構造等を持つ原料基質(表19)に変えて、反応条件を60℃、21時間に設定したこと以外は、実施例1と同様の操作で鈴木-宮浦カップリング反応を行い、反応収率を算出した。
【0085】
結果を表19に示す。カルボキシベタイン5水溶液中で鈴木-宮浦カップリング反応を行うと、いずれの原料基質においても水中と比較して収率が上昇することが示された。つまり、カルボキシベタイン5水溶液を溶媒とする反応における収率の向上は、原料基質の構造の影響は受けないことが分かった。
【0086】
【表19】
【0087】
実施例11:カルボキシベタインの化学構造の違いが鈴木-宮浦カップリング反応の収率に及ぼす影響
反応溶媒として用いるカルボキシベタインの濃度を変えず(2.0M)、添加するカルボキシベタインの種類をカルボキシベタイン1~4に変えて、実施例1と同様の操作で鈴木-宮浦カップリング反応を行い、反応収率を算出した。
【0088】
結果を表20に示す。カルボキシベタイン水溶液での反応は、カルボキシベタインの構造によって違いが生じた。蒸留水と比較して、カルボキシベタイン1及び2では、収率の上昇は5%以下であったが、カルボキシベタイン3~5では収率の上昇は10%以上であった。
【0089】
【表20】
【0090】
実施例12:カルボキシベタイン5の濃度の違いが鈴木-宮浦カップリング反応の収率に及ぼす影響
反応溶媒として用いるカルボキシベタイン5水溶液の濃度を0Mから2.0Mの範囲で変えに変えて、実施例1と同様の操作で鈴木-宮浦カップリング反応を行い、反応収率を算出した。
【0091】
結果を表21に示す。カルボキシベタイン5水溶液での反応収率は、カルボキシベタイン5の濃度によって違いが生じた。カルボキシベタイン5を0.10Mの濃度で含む水溶液では32%、0.25Mでは36%、0.50Mでは52%、1.00Mでは52%、2.00Mでは25%収率が上昇した。カルボキシベタイン濃度によって差があり、この反応条件(60℃、1時間)ではカルボキシベタイン5の濃度が0.50~1.00Mで収率が最大となった。ただし、反応時間を変えると収率がさらに上昇することが確認されており(反応時間1時間で63%、反応時間21時間で78%)、カルボキシベタイン5の濃度は収率ではなく、反応速度に影響するものと考えられる。即ち、実施例11においてカルボキシベタイン5の収率がカルボキシベタイン4と比較して低かったが、カルボキシベタイン5の濃度を0.50Mから1.00Mの範囲とすれば収率はカルボキシベタイン4と同等の値となることから、使用する濃度を適切に選択すれば、カルボキシベタイン4及びカルボキシベタイン5は同等の能力を持つものと考えられる。
【0092】
【表21】
【0093】
比較例1:鈴木-宮浦カップリング反応において反応溶媒に界面活性剤水溶液を用いた場合との収率の比較
水中で化学反応を行うために界面活性剤が用いられる報告がある。界面活性剤を用いる反応では大きなミセルが形成することが良いことと考えられており、そのようなミセルを形成するのに最適な界面活性剤として、TPGS-750-M、NOKがある(非特許文献2及び3参照)。それらの最適濃度は2wt%と報告されており、本実験ではカルボキシベタイン5、TPGS-750-M(シグマアルドリッチ製、型番763896-1G)、2wt%NOK水溶液(シグマアルドリッチ製、型番776033-50ML)を2wt%に希釈した水溶液をそれぞれ調製し、反応溶媒とした。反応としては鈴木-宮浦カップリング反応を用い、反応条件を60℃、4時間に変えて、実施例1と同様の操作で鈴木-宮浦カップリング反応を行い、反応収率を算出した。
【0094】
結果を表22に示す。カルボキシベタイン5水溶液で反応を行うと、界面活性剤で有効と報告されるTPGS-750-MやNOKと比較して、9~20%も高い収率となることが明らかとなった。即ち、既存の界面活性剤水溶液と比較して、一般式(1)に示すカルボキシベタインを含む水溶液中での反応の方が、収率が高いことを示している。
【0095】
【表22】
【0096】
加えて、反応中の反応溶液の様子を観察すると界面活性剤とベタインでは大きな違いがあることが分かった。図1は反応中の溶液の写真画像を示している。TPGS-750-MやNOKを含む水溶液では界面活性剤特有の泡立ちが確認できる。特に、NOKでは溶液の4倍もの体積の泡が生じることが確認され、TPGS-750-Mでも2倍の体積の泡が発生している。一方でベタイン5を含む水溶液では泡はほとんど確認されなかった。大きなスケールで合成する場合には泡の体積が反応容器の大きさに影響を及ぼすため、ベタイン5を含む水溶液はその点においても界面活性剤水溶液を用いる場合と比較して優位性を示すものといえる。
図1