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特開2022-110307モータ制御装置およびそれを備えた駆動システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022110307
(43)【公開日】2022-07-29
(54)【発明の名称】モータ制御装置およびそれを備えた駆動システム
(51)【国際特許分類】
   H02P 6/185 20160101AFI20220722BHJP
   H02P 6/182 20160101ALI20220722BHJP
   H02P 27/06 20060101ALI20220722BHJP
   H02P 21/18 20160101ALI20220722BHJP
【FI】
H02P6/185
H02P6/182
H02P27/06
H02P21/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021005622
(22)【出願日】2021-01-18
(71)【出願人】
【識別番号】000103792
【氏名又は名称】オリエンタルモーター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】特許業務法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】海野 晃
【テーマコード(参考)】
5H505
5H560
【Fターム(参考)】
5H505BB09
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE52
5H505EE55
5H505GG01
5H505GG02
5H505GG04
5H505GG06
5H505HA09
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ23
5H505JJ25
5H505LL14
5H505LL16
5H505LL20
5H505LL22
5H505LL41
5H560BB04
5H560BB07
5H560BB12
5H560DA14
5H560DA16
5H560DB20
5H560DC12
5H560EB01
5H560TT15
5H560UA05
5H560XA02
5H560XA04
5H560XA05
5H560XA06
5H560XA12
5H560XA13
(57)【要約】
【課題】ロータ位置を高速に推定することができ、それにより、応答性に優れた制御を実現できるモータ制御装置、およびそれを備える駆動システムを提供する。
【解決手段】モータ制御装置は、ロータ位置センサを用いないセンサレス制御によって交流同期モータを制御する。モータ制御装置は、固定座標系上でのモータのロータの位置を第1推定方法に従って推定する第1位置推定器151と、固定座標系上でのモータのロータの位置を第1推定方法とは異なる推定方法に従って推定する第2位置推定器152とを含み、それらの推定結果に基づいて、交流同期モータを駆動する。一つの実施形態において、第1推定方法は、交流同期モータに位置検出電圧ベクトルを印加した際に生じる電流リプルに基づいてインダクタンスの変化を捉えてロータの位置を推定する。また、第2推定方法は、拡張誘起電圧推定値に基づいてロータの位置を推定する。
【選択図】図2A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロータ位置センサを用いないセンサレス制御によって交流同期モータを制御するモータ制御装置であって、
固定座標系上での前記交流同期モータのロータの位置を第1推定方法に従って推定する第1位置推定器と、
固定座標系上での前記交流同期モータのロータの位置を前記第1推定方法とは異なる第2推定方法に従って推定する第2位置推定器と、
前記第1位置推定器および前記第2位置推定器の推定結果に基づいて、前記交流同期モータを駆動する駆動制御手段と、
を含む、モータ制御装置。
【請求項2】
前記第1推定方法および前記第2推定方法は、いずれも、ロータ位置の誤差の推定を行うことなく、ロータの位置を推定する、請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記第1推定方法および前記第2推定方法は、いずれも、ロータ位置の誤差がゼロとなるようにロータの推定速度を出力するPLL(フェーズ・ロック・ループ)制御を用いることなく、ロータの位置を推定する、請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記第1位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して2周期の変動を持つ推定位置信号を出力し、
前記第2位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ推定位置信号を出力する、
請求項1~3のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記第1位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して2周期の変動を持つ推定位置信号を出力し、
前記第2位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ推定位置信号を出力し、
前記モータ制御装置が、前記第1位置推定器の推定位置信号を、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ周期信号の推定位置信号に変換する周期変換器をさらに含む、請求項1~3のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記第1位置推定器が、前記交流同期モータに位置検出電圧ベクトルを印加した際に当該交流同期モータの巻線電流に生じる電流リプルに基づいて当該交流同期モータのインダクタンスの変化を捉えてロータの位置を推定する、請求項1~5のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記第2位置推定器が、拡張誘起電圧推定値に基づいてロータの位置を推定する、請求項1~6のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項8】
前記第1位置推定器が出力する推定位置信号である第1推定位置信号と、前記第2位置推定器が出力する推定位置信号である第2推定位置信号とを、前記ロータの回転速度または拡張誘起電圧ベクトル長に応じて、切り換えるか、または重み付けして合成して、合成推定位置を生成する推定位置合成器をさらに含み、
前記駆動制御手段は、前記推定位置合成器が生成する前記合成推定位置に従って前記交流同期モータを駆動する、請求項7に記載のモータ制御装置。
【請求項9】
モータ電流およびロータ回転速度に応じて前記第1推定位置信号および前記第2推定位置信号をそれぞれ補償する第1補償器および第2補償器をさらに含むか、または、
モータ電流およびロータ回転速度に応じて前記合成推定位置を補償する合成推定位置補償器をさらに含む、請求項8に記載のモータ制御装置。
【請求項10】
前記第1位置推定器が、前記交流同期モータに位置検出電圧ベクトルを印加した際に当該交流同期モータの巻線電流に生じる電流リプルに基づいて当該交流同期モータのインダクタンスの変化を捉えてロータの位置を推定するものであり、
前記推定位置合成器は、ロータの回転速度が所定値以上となる高速度域において、前記第1推定位置信号を用いずに前記合成推定位置を生成し、
前記高速度域において、前記位置検出電圧ベクトルの印加を停止する、請求項8または9に記載のモータ制御装置。
【請求項11】
交流同期モータと、
前記交流同期モータに交流電流を供給するインバータと、
前記インバータを制御する、請求項1~10のいずれか一項に記載のモータ制御装置と、
を含む、駆動システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、センサレス制御によって交流同期モータを制御するモータ制御装置、およびそれを備えた駆動システムに関する。
【背景技術】
【0002】
交流同期モータとは、ロータに永久磁石を内蔵し、交流電流の供給を受けて作動するように構成された電動モータをいい、ブラシレスDCモータ、ステッピングモータなどを含む。端的には、直流電流の供給を受け、整流子を用いて巻線電流の方向を変化させる構成以外の電動モータは、交流モータの範疇に含まれ、ロータに永久磁石を内蔵している電動モータは同期モータの範疇に含まれる。
【0003】
交流同期モータのための典型的なモータ制御装置は、直流を交流に変換するインバータを制御し、そのインバータから電動モータに交流電流を供給する。インバータを適切に制御するためには、ロータ位置の情報が必要である。そこで、ロータの回転位置を検出するロータ位置検出器の出力を用いてインバータが制御される。
ロータ位置検出器を用いる代わりに、ロータ位置を推定し、推定したロータ位置に基づいてインバータを制御することによって交流モータを駆動する方式が知られている。このような制御方式は、「位置センサレス制御」、あるいは単に「センサレス制御」と呼ばれている。ロータ位置検出器を省くことにより、ロータ位置検出器の実装位置精度およびロータ位置検出器に関連する配線を考慮する必要がなくなる。加えて、センサレス制御は、物理的にロータ位置検出器の配置が不可能なモータや、ロータ位置検出器が使用環境に耐えられない用途のモータにも適用できる利点がある。
【0004】
典型的なセンサレス制御におけるロータ位置の推定は、誘起電圧法による。誘起電圧法とは、電圧指令および電流検出値を用い、モータモデルに基づく演算によって誘起電圧を求め、その誘起電圧を用いてロータ位置を推定する方法である。より具体的には、ロータと同期して回転するdq回転座標系のdq軸に対してΔθの軸誤差を持ったγδ回転座標系を想定する。そのγδ回転座標系のγδ軸上で誘起電圧の推定を行い、Δθがゼロとなるように推定速度を出力するPLL(フェーズ・ロック・ループ)制御を行う(特許文献1)。このほか、dq軸上で適応オブザーバを用いて回転子磁束位置を推定し、回転子磁束のd軸成分がゼロになるように速度推定を行う方法も知られている(特許文献2)。これらの方法は、比較的大きな誘起電圧が生じる中高速域において適用可能である。
【0005】
ゼロ速度を含む低速域では誘起電圧が小さいので、誘起電圧の推定が困難であるから、別の方法が用いられる。具体的には、dq軸上で電圧指令に対して高周波電圧指令を重畳し、その高周波電圧指令に対する電流の応答を検出することで、モータインダクタンスに含まれるロータ位置の情報を演算する。それにより、軸誤差Δθを得て、軸誤差Δθがゼロになるように速度推定を行う(特許文献3)。
【0006】
全速度域でセンサレス制御を行う手法として、前述の2つの手法を組み合わせることが提案されている。具体的には、低速域では高周波電圧指令を重畳する後者の手法を用いる。中高速では、高周波重畳電圧を小さくし、適応磁束オブザーバで推定位置を得る前者の手法を用いる (特許文献4)。また、双方の推定方法で得られる推定位置を重み付けし、負荷がかかっていても制御の切換えをスムーズに行える手法も公開されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008-011616号公報、段落0007~0016
【特許文献2】再表02-091558号公報、式(18)
【特許文献3】特開2002-058294号公報、段落0076、数8
【特許文献4】再表2010-109528号公報、請求項5,6
【特許文献5】再表2014-128887号公報、段落0063、図6
【特許文献6】特開2006-158046号公報、段落0005
【特許文献7】特開平8-256496号公報
【特許文献8】特開平10-94298号公報、段落0001,0042
【非特許文献1】Z. Chen他3名、「An Extended Electromotive Force Model for Sensorless Control of Interior Permanent-Magnet Synchronous Motors」、IEEE TRANSACTIONS ON INDUSTRIAL ELECTRONICS, VOL. 50, NO. 2, APRIL 2003、 p.288~295
【非特許文献2】T. Aihara他4名、「Sensorless Torque Control of Salient-Pole Synchronous Motor at Zero-Speed Operation」、IEEE TRANSACTIONS ON POWER ELECTRONICS, VOL. 14, NO. 1, JANUARY 1999、p.202~208
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ゼロ速度から高速域までの全速度域で安定に高応答で駆動する位置センサレス制御の実現は難しい。それは、低速域での制御手法から中速域での制御手法に遷移するときの制御切換えの問題と、低速域での位置推定の応答性の悪さとに起因する。
高周波電圧を重畳する方法は、特許文献6においても指摘されているように、高周波電流に起因する振動の問題が起きる。加えて、高周波電圧の周波数はせいぜい数百Hz未満であるため、位置演算の周期が長い。しかも、さほど高くない周波数の高周波電圧指令をdq軸上での電流の応答に復調処理することで、位置演算の応答は更に下がる。したがって、高周波重畳方式を用いる限り、低速領域での位置演算の応答性はその制限を受ける。
【0009】
さらに、dq回転座標系のdq軸上での推定を行う場合、演算ができる量は、ロータ位置そのものではなく、位置誤差Δθである。ロータ位置を求めるためには、前記のPLL制御を用いて速度を出力し、その速度を積分することで、ステータに固定されたαβ固定座標系上での位置θを演算する必要がある。しかし、PLL制御器の応答性には限界がある。また、Δθの演算には、推定回転座標系(γδ回転座標系)での電流値等を使用することから、急加減速や急負荷によってΔθが大きくなると推定精度が悪化する。したがって、低速域と中高速域とでそれぞれで演算されるΔθに偏差が生まれる。そのため、低速域のための推定(低速推定)と中高速域のための推定(中高速推定)との切換え領域で推定位置が暴れたり、チャタリングを引き起こしたりする。
【0010】
これらによって引き起こされる実用上の問題の例は次の通りである。たとえばモータが高速域で運転中に、急負荷によりモータが停止させられるような状況では、中高速推定から低速推定へと切り換わる。このとき、モータが脱調したり、指令方向とは逆方向に暴走したりする場合がある。急加減速でも同様の問題が起こる。
このように、センサレス制御で交流同期モータの制御を行う場合、応答性の悪さに起因する障害が生じていた。
【0011】
そこで、この発明の一実施形態は、ロータ位置を高速に推定することができ、それにより、応答性に優れた制御を実現できるモータ制御装置、およびそれを備える駆動システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明の一実施形態は、ロータ位置センサを用いないセンサレス制御によって交流同期モータを制御するモータ制御装置を提供する。このモータ制御装置は、固定座標系上での前記交流同期モータのロータの位置を第1推定方法に従って推定する第1位置推定器と、固定座標系上での前記交流同期モータのロータの位置を前記第1推定方法とは異なる第2推定方法に従って推定する第2位置推定器と、前記第1位置推定器および前記第2位置推定器の推定結果に基づいて、前記交流同期モータを駆動する駆動制御手段と、を含む。
【0013】
この構成によれば、第1推定方法および第2推定方法は、いずれも固定座標系上でのロータの位置を推定するので、第1位置推定器および第2位置推定器は、いずれも位置推定を高速に行える。したがって、第1位置推定器および第2位置推定器の推定結果に基づく交流同期モータの制御は、優れた応答性を有する。
この発明の一実施形態では、前記第1推定方法および前記第2推定方法は、いずれも、ロータ位置の誤差の推定を行うことなく、ロータの位置を推定する。この構成により、ロータ位置の誤差の推定を経ることなく、ロータの位置を高速に推定できるので、優れた応答性で交流同期モータを制御できる。
【0014】
この発明の一実施形態では、前記第1推定方法および前記第2推定方法は、いずれも、ロータ位置の誤差がゼロとなるようにロータの推定速度を出力するPLL(フェーズ・ロック・ループ)制御を用いることなく、ロータの位置を推定する。この構成により、高速な位置推定が可能であるので、優れた応答性で交流同期モータを制御できる。
この発明の一実施形態では、前記第1位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して2周期の変動を持つ推定位置信号を出力し、前記第2位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ推定位置信号を出力する。
【0015】
この発明の一実施形態では、前記第1位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して2周期の変動を持つ推定位置信号を出力し、前記第2位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ推定位置信号を出力し、前記モータ制御装置が、前記第1位置推定器の推定位置信号を、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ周期信号の推定位置信号に変換する周期変換器をさらに含む。
【0016】
この構成により、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ周期信号からなる2種類の推定位置信号が得られるので、それらを容易に合成して、妥当な推定位置信号を得ることができる。
この発明の一実施形態では、前記第1位置推定器は、前記交流同期モータに位置検出電圧ベクトルを印加した際に当該交流同期モータの巻線電流に生じる電流リプルに基づいて当該交流同期モータのインダクタンスの変化を捉えてロータの位置を推定する。このような第1位置推定器は、ゼロ速度を含む低速域におけるロータ位置の推定に適している。
【0017】
この発明の一実施形態では、前記第2位置推定器は、拡張誘起電圧推定値に基づいてロータの位置を推定する。このような第2位置推定器は、有意な誘起電圧が生じる中高速域におけるロータ位置の推定に適している。
この発明の一実施形態では、前記第1位置推定器が出力する推定位置信号である第1推定位置信号と、前記第2位置推定器が出力する推定位置信号である第2推定位置信号とを、前記ロータの回転速度または拡張誘起電圧ベクトル長に応じて、切り換えるか、または重み付けして合成して、合成推定位置を生成する推定位置合成器をさらに含む。そして、前記駆動制御手段は、前記推定位置合成器が生成する前記合成推定位置に従って前記交流同期モータを駆動する。
【0018】
この構成によれば、第1推定位置信号および第2推定位置信号とを切り換えるか、または重み付けして合成することにより、適切な合成推定位置を得ることができる。第1および第2推定位置信号の切り換えまたは重み付け合成は、ロータの回転速度または拡張誘起電圧ベクトル長に応じて行われるので、広い回転速度域で正確にロータ位置を表す合成推定位置を生成できる。それにより、交流同期モータを適切に制御できる。
【0019】
なお、前記第1位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して2周期の変動を持つ推定位置信号を出力し、前記第2位置推定器が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ推定位置信号を出力する場合には、前記第1位置推定器の推定位置信号を、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ周期信号の推定位置信号に変換する周期変換器を備え、この周期変換器が生成する推定位置信号を前記第1推定位置信号として用いることが好ましい。この場合、第1および第2推定位置信号は、いずれも、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ周期信号であるので、それらを容易に合成して、妥当な合成推定位置を得ることができる。この場合、合成推定位置もまた、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ周期信号となる。
【0020】
この発明の一実施形態では、前記モータ制御装置は、モータ電流およびロータ回転速度に応じて前記第1推定位置信号および前記第2推定位置信号をそれぞれ補償する第1補償器および第2補償器をさらに含む。また、別の実施形態では、前記モータ制御装置は、モータ電流およびロータ回転速度に応じて前記合成推定位置を補償する合成推定位置補償器をさらに含む。これらの構成により、より正確にロータ位置を推定できるので、交流同期モータをさらに適切に制御することができる。
【0021】
この発明の一実施形態では、前記第1位置推定器は、前記交流同期モータに位置検出電圧ベクトルを印加した際に当該交流同期モータの巻線電流に生じる電流リプルに基づいて当該交流同期モータのインダクタンスの変化を捉えてロータの位置を推定するものである。そして、前記推定位置合成器は、ロータの回転速度が所定値以上となる高速度域において、前記第1推定位置信号を用いずに前記合成推定位置を生成する。さらに、前記高速度域において、前記位置検出電圧ベクトルの印加が停止される。
【0022】
この構成によれば、高速度域では誘起電圧によって正確な位置推定が可能であるので、第1推定位置信号を用いることなく合成推定位置が生成される。それにより、正確な推定位置に基づいて、交流同期モータを適切に制御できる。加えて、高速度域では、位置検出電圧ベクトルの印加を停止することで、交流同期モータの駆動への影響を抑制でき、かつ、振動等の抑制を図ることができる。
【0023】
この発明の一実施形態は、交流同期モータと、前記交流同期モータに交流電流を供給するインバータと、前記インバータを制御する前述のモータ制御装置と、を含む、駆動システムを提供する。この構成により、優れた応答性で交流同期モータを駆動できる。
【発明の効果】
【0024】
この発明によれば、ロータ位置を高速に推定することができ、それにより、応答性に優れた制御を実現できるモータ制御装置、およびそれを備える駆動システムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1A図1Aは、この発明の一実施形態に係るモータ制御装置を備えた駆動システムの構成を説明するためのブロック図である。
図1B図1Bは、前記モータ制御装置が備えるコントローラの機能的な構成を説明するためのブロック図である。
図2A図2Aは、前記コントローラの重み付け位置推定器の構成例を示すブロック図である。
図2B図2Bは、前記コントローラの重み付け位置推定器の他の構成例を示すブロック図である。
図3図3は、前記モータ制御装置が備えるインバータの構成例を説明するための電気回路図である。
図4A-4B】図4Aおよび図4Bは、インバータの8つの状態に対応する電圧ベクトルを示す。
図5図5は、交流モータのモデルを示す電気回路図であり、Δ結線された3相モータモデルを示す。
図6A図6Aは、交流モータMの低速回転時(停止状態を含む)における電圧、電流および電流微分の波形図例を示す。
図6B図6Bは、交流モータMの低速回転時(停止状態を含む)における電圧、電流および電流微分の他の波形図例を示す。
図7図7は、交流モータのモデルを示す電気回路図であり、Y結線された3相モータモデルを示す。
図8図8は、UVW固定座標上の理想的な正弦波のインダクタンスの一例を示す。
図9A-9C】図9A図9Bおよび図9Cは、理想的な正弦波のインダクタンスに関して、αβ固定座標系上のインダクタンスLα,Lβ,Mαβ、dq回転座標系上のインダクタンスLd,Lq,Mdq、およびインダクタンスのm,n,s成分を計算してプロットした例を示す。
図10A-10C】図10A図10Bおよび図10Cは、理想的な正弦波のインダクタンスから、3種の電圧ベクトルを印加したときの電流微分値を計算した例を示す。
図11A-11C】図11A図11Bおよび図11Cは、磁気解析にて、3相の表面磁石型モータに対して、モータのq軸電流がゼロの状態で、前記の3種の電圧ベクトルを入力し、ロータ位置を電気角1周期回転させた場合の電流微分値を示す。
図11D-11E】図11Dは、位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図11Eは、αβ固定座標系上での位置推定用2相信号αs,βs、ならびにそれらに基づいて求められた推定位置を示す。
図12A-12B】図12Aおよび図12Bは、図11A図11Eが得られた状態のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイルの鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。
図13A-13D】図13Aおよび図13Bは、q軸電流が正のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイルの鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。図13Cおよび図13Dは、q軸電流が負のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイルの鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。
図14A-14D】図14Aは、q軸電流が正の場合の位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図14Bは、q軸電流が負の場合の位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図14Cは、q軸電流が正および負の各場合について演算した推定位置を示す。図14Dは、q軸電流が正および負の各場合について、理想推定角度に対する推定位置の誤差を示す。
図15A-15B】図15Aは、並進補正後の推定位置を示す。図15Bは、並進補正後の推定位置の誤差を示す。
図16A-16B】図16Aは、高調波補正後の推定位置を示す。図16Bは、高調波補正後の推定位置の誤差を示す。
図17A-17C】図17Aおよび図17Bは、図12Aに示したUVW固定座標上でのインダクタンスをαβ固定座標系およびdq回転座標系でのインダクタンスに変換した結果をそれぞれ示す。図17Cは、対応する成分m,n,sを示す。
図18A-18C】図18A図18Bおよび図18Cは、モータ電流がゼロで3種の電圧ベクトルを使用して得た電流微分値をそれぞれ示す。
図18D-18E】図18Dは、同相の電流微分値の差分で構成した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図18Eは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsから演算した推定位置を示す。
図19A-19C】図19A図19Bおよび図19Cは、モータ線に、U相がゼロ、V相が正、W相が負の電流を固定相励磁で印加し、外部から強制的にモータを回転したときの電流微分値の取得結果を示す。
図20A-20B】図20Aは、図18A図18Bおよび図18Cの電流微分値の結果から2種の電圧ベクトルのみを使用して構成した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図20Bは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを用いて推定位置を演算した結果を示す。
図21A-21B】図21Aは、図18A図18Bおよび図18Cの電流微分値の結果から位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを同相の差分により構成した例を示す。図21Bは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを用いて推定位置を演算した結果を示す。
図22A-22B】図22Aは、図21Aの信号Vs,Wsを2倍して演算し直した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図22Bは、それらを用いて推定位置を演算した結果を示す。
図23図23は、パルス印加を用いる第1推定方法により生成される2周期信号と、拡張誘起電圧を用いる第2推定方法により生成される1周期信号とを示す。
図24図24は、2周期信号を1周期信号に変換する周期変換器による処理を説明するためのフローチャートである。
図25図25は、図24の処理による周期変換結果の例を示す。
図26図26は、推定位置合成器による第1および第2推定位置信号の重み付け合成または切り換え合成の例を示すフローチャートである。
図27図27は、図26の処理による重み付け合成または切り換え合成の処理結果の例を示す。
図28図28は、急加速動作に関する実験結果を示す。
図29図29は、急停止動作に関する実験結果を示す。
図30図30は、推定位置に対する補償(補正)を加えて、急停止動作の実験を行った結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下では、従来の技術では、低速域と中高速域での推定演算がともに位置誤差Δθを出力するため、推定位置θを得るには別途PLL制御が必要になるという問題を解消し、全速度域で高応答なセンサレス制御を実現する実施形態を説明する。この実施形態は、いずれもαβ固定座標系でのロータ推定位置を演算する第1推定方法および第2推定方法を用いる。第1および第2推定方法は、いずれも、回転座標系における位置誤差Δθの推定を経ることなく、固定座標系上でのロータの位置を推定する。さらに言えば、第1および第2推定方法は、いずれも、回転座標系におけるロータの位置誤差Δθがゼロとなるようにロータの推定速度を出力するPLL制御を用いることなく、固定座標系上でのロータの位置を推定する。したがって、高速な位置推定が可能であるので、応答性に優れたモータ制御を実現できる。
【0027】
第1推定方法は、具体的には、PWM制御周期毎に印加される電圧により生じる電流リプルを元にαβ固定座標系での推定位置を得る方法であり、低速域でのロータ位置推定に適した推定方法である。第2推定方法は、拡張誘起電圧の演算に最小次元オブザーバを適用してαβ固定座標系での推定位置を得る方法であり、中高速域でのロータ位置推定に適した推定方法である。第2推定方法としては、たとえば非特許文献1および特許文献7に記載されている方法を採用できる。
【0028】
この実施形態は、第1および第2推定方法の双方の推定結果を、推定速度または拡張誘起電圧ベクトル長を基に切り換え、または重みを付けて合成することにより、最終的な推定位置(合成推定位置)とする。それにより、PLL制御を用いることなく、モータ停止時も含む全速度域において、高応答で滑らかなセンサレス制御が実現できる。
第1推定方法および第2推定方法でそれぞれ求められる推定位置が異なる問題については、それぞれの推定位置が真の位置に近づくように補償をかけることで解決される。
【0029】
たとえば、電流リプル検出を用いる第1推定方法による推定位置(第1推定位置)はモータ電流によって大きな誤差を生じる。そこで、モータ電流に依存して第1推定位置を補償する。第1推定方法において、電流リプル検出のS/N比(信号対雑音比)によってはデジタルフィルタを使用せざるを得ない場合もあり、速度に応じて推定位置演算の遅れも発生する。そこで、第1および第2推定方法による推定結果に対して、真の推定値に近づくように、電流および速度による補償を加えた後に、重み付けをして最終的な推定位置(合成推定位置)とする。これにより、モータが高速回転中に急負荷がかかりモータが停止させられるような場合でも、負荷や速度による推定位置誤差が小さくなり、安定に制御の遷移(推定方法の遷移)ができるようになる。
【0030】
こうして、停止から高速も含む全速度域のセンサレス駆動において、モータが瞬時停止するような急負荷や、急加減速が行われた場合でも、安定で高応答なモータ制御装置が得られる。
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1Aは、この発明の一実施形態に係るモータ制御装置を備えた駆動システムの構成を説明するためのブロック図である。モータ制御装置100は、交流モータM(交流同期モータ)を駆動するための装置(交流モータ制御装置)である。より具体的には、モータ制御装置100は、交流モータMのロータの位置を検出するロータ位置検出器(ロータ位置センサ)を用いることなく、交流モータMを制御する、いわゆるセンサレス制御によって、交流モータMを駆動する。交流モータMは、ロータに永久磁石を内蔵した同期モータであり、より具体的には、表面磁石型同期モータ(SPMSM)であってもよい。交流モータMは、この実施形態では、3相永久磁石同期モータであり、U相巻線5u、V相巻線5vおよびW相巻線5wを有している。以下、これらの巻線を総称するときには、「巻線5uvw」という。図1Aには、巻線5uvwをY結線した例を示してあるが、後述のとおり、巻線5uvwはΔ結線されていてもよい。
【0031】
モータ制御装置100は、この例では、位置制御ループ、速度制御ループおよび電流制御ループを備えたフィードバック系を有しており、位置指令に応じて交流モータMのロータ位置を制御する位置サーボ制御を行うように構成されている。電流制御に関しては、ベクトル制御を採用している。外部からの指令は、位置指令に限らず、速度指令であってもよいし、トルク指令(電流指令)であってもよい。速度指令が与えられるときには、位置制御ループは用いられない。トルク指令が与えられるときには、電流制御ループのみが用いられ、位置制御ループおよび速度制御ループは用いられない。
【0032】
ロータ位置は、ロータ位置検出器を用いず、電流微分検出器4uvwによって得た信号を用いて推定される。より具体的には、電流微分値に基づいて、交流モータMの各相巻線のインダクタンスの変動を表す位置推定用信号を作成し、その位置推定用信号に基づいてロータ位置が推定される。表面磁石型同期モータは、原理上、突極性がないので、インダクタンス変化を用いた磁極検出はできないとされているが、ネオジウム磁石などの磁力の強い磁石を用いる場合には、鉄心の磁気飽和によってインダクタンスは若干変化する。
【0033】
具体的な構成について説明すると、モータ制御装置100は、コントローラ1と、電流検出器3u,3v,3w,と、電流微分検出器4u,4v,4wとを含み、インバータ2を制御するように構成されている。インバータ2は、直流電源7から供給される直流電流を交流電流に変換して、交流モータMの巻線5uvwに供給する。モータ制御装置100と、インバータ2と、交流モータMとにより、駆動システムが構成されている。
【0034】
インバータ2と交流モータMとは、U相、V相およびW相に対応した3本の電流ライン9u,9v,9w(以下、総称するときには「電流ライン9uvw」という。)で接続されている。これらの電流ライン9uvwのそれぞれに、電流検出器3u,3v,3wおよび電流微分検出器4u,4v,4wが配置されている。電流検出器3u,3v,3w(以下、総称するときには「電流検出器3uvw」という。)は、対応する相の電流ライン9uvwを流れる線電流、すなわち、U相線電流Iu、V相線電流IvおよびW相線電流Iw(以下、総称するときには「線電流Iuvw」という。)をそれぞれ検出する。電流微分検出器4u,4v,4w(以下、総称するときには「電流微分検出器4uvw」という。)は、対応する相の電流ライン9uvwを流れる線電流の時間変化、すなわち、U相、V相およびW相の電流微分値dIu,dIv,dIw(以下、総称するときには「電流微分値dIuvw」という。)を検出する電流微分値検出手段である。
【0035】
交流モータMの巻線5uvwがY結線されているときには、線電流Iuvwは各相の巻線5uvwに流れる相電流iu,iv,iw(以下、総称するときには「相電流iuvw」という。)に等しい。交流モータMの巻線5uvwがΔ結線されているときには、線電流Iuvwと相電流iuvwとの関係は、後述の式(3)に示すとおりとなる。
線電流および相電流は、交流モータMの巻線5uvwに流れる巻線電流に対応する値を有する。
【0036】
コントローラ1は、位置指令θcmdに基づいて、インバータ2を制御する。コントローラ1は、コンピュータとしての形態を有しており、プロセッサ(CPU)1aと、プロセッサ1aが実行するプログラムを記録した記録媒体としてのメモリ1bとを含む。
図1Bは、コントローラ1の機能的な構成を説明するためのブロック図である。コントローラ1は、プロセッサ1aがプログラムを実行することによって、複数の機能処理部の機能を実現するように構成されている。複数の機能処理部は、位置制御器11、速度制御器12、電流制御器13、PWM生成器14、重み付け位置推定器15および速度推定器16を含む。電流制御器13は、dq電流制御器131と、逆dq変換器132と、2相3相変換器133と、3相2相変換器134と、dq変換器135とを含む。
【0037】
重み付け位置推定器15は、電流微分検出器4uvwが出力する信号、すなわち電流微分値dIuvwと、3相2相変換器134から供給される検出電流値Iα,Iβとを用いて、交流モータMのロータの位置を推定する演算を行い、推定位置θ(=θnew)を位置制御器11にフィードバックする。位置制御器11は、推定位置θに基づき、ロータ位置を位置指令θcmdに一致させるための速度指令ωcmdを生成して、速度制御器12に供給する。このようにして、位置制御ループが構成されている。
【0038】
ロータの推定位置θは、速度推定器16にも供給される。速度推定器16は、推定位置θの時間変化を求めてロータ速度を推定する演算を行い、推定速度ω(=ωnew)を速度制御器12に供給する。速度制御器12は、推定速度ωに基づき、ロータ速度を速度指令ωcmdに一致させるための電流指令Idcmd,Iqcmdを生成して、電流制御器13に供給する。このようにして、速度制御ループが構成されている。
【0039】
電流制御器13には、電流検出器3uvwで検出される線電流Iuvw(正確には線電流Iuvwの検出値)が供給される。電流制御器13は、線電流Iuvwを電流指令Idcmd,Iqcmdに整合させるためのU相電圧指令Vu、V相電圧指令VvおよびW相電圧指令Vw(以下、総称するときには「電圧指令Vuvw」という。)を生成して、PWM生成器14に供給する。このようにして、電流制御ループが構成されている。
【0040】
PWM生成器14は、電圧指令Vuvwに応じたPWM制御信号(パルス幅変調信号)を生成してインバータ2に供給するパルス幅変調信号生成手段である。PWM生成器14により、電圧指令Vuvwに応じた電圧が、電流ライン9uvwを介して、交流モータMの巻線5uvw間に印加される。
速度制御器12は、dq回転座標系に従うd軸電流指令Idcmdおよびq軸電流指令Iqcmdを生成して、電流制御器13に供給する。dq回転座標系は、交流モータMのロータの磁束方向をd軸とし、それに直交する方向をq軸として定義され、ロータの回転角(電気角)に応じて回転する回転座標系である。3相2相変換器134は、電流検出器3uvwが検出する3相の線電流Iuvwを、2相固定座標系であるαβ座標系の2相電流値Iα,Iβに変換する。dq変換器135は、αβ座標系の2相電流値Iα,Iβを座標変換してdq回転座標系のd軸電流値Idおよびq軸電流値Iqに変換する。このdq回転座標系の電流値Id,Iqがdq電流制御器131に供給される。dq電流制御器131は、d軸電流値Idおよびq軸電流値Iqをd軸電流指令Idcmdおよびq軸電流指令Iqcmdにそれぞれ一致させるようにdq回転座標系の電圧指令であるd軸電圧指令Vdcmdおよびq軸電圧指令Vqcmdを生成する。この電圧指令Vdcmd,Vqcmdが、逆dq変換器132において、αβ座標系の電圧指令Vαcmd,Vβcmdに座標変換される。さらに、このαβ座標系の電圧指令Vαcmd,Vβcmdが、2相3相座標変換器133によって、3相の電圧指令Vuvwに座標変換される。この3相の電圧指令VuvwがPWM生成器14に供給される。
【0041】
重み付け位置推定器15は、推定位置θ(=θnew)を、逆dq変換器132およびdq変換器135に供給する。推定位置θは、dq回転座標系とαβ座標系との間の座標変換演算のために用いられ、かつ速度推定器16での速度推定演算に用いられる。速度推定器16は、重み付け位置推定器15が生成する今演算周期の推定位置θ(=θnew)と前演算周期の推定位置θ(=θold)との差分θnew-θoldをロータ回転速度ω(=ωnew)として生成する。
【0042】
電流制御器13は、重み付け位置推定器15から供給される推定位置θに従って交流モータMを駆動するためにPWM生成器14を制御する駆動制御手段である。
図2Aは、重み付け位置推定器15の構成例を説明するためのブロック図である。重み付け位置推定器15は、第1位置推定器151と、第2位置推定器152とを含む。重み付け位置推定器15は、さらに、推定位置合成器153を含む。第1位置推定器151は、固定座標系であるαβ座標系上でのロータ位置(角度)を第1推定方法に従って推定する。第2位置推定器152は、αβ座標系上でのロータ位置(角度)を第2推定方法に従って推定する。第1推定方法および第2推定方法は、互いに異なる位置推定方法である。第1位置推定器151は、この実施形態では、電流微分検出器4uvwによって検出される電流微分値dIuvwに基づいて、交流モータMのロータの推定位置を演算する。第2位置推定器152は、この実施形態では、αβ電圧指令値Vαcmd,Vβcmdおよびαβ電流検出値Iα,Iβに基づいて、交流モータMのロータの推定位置θを演算する。
【0043】
第1位置推定器151は、この実施形態では、交流モータMのステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して2周期の変動を持つ推定位置信号を出力する。第2位置推定器152は、この実施形態では、交流モータMのステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ推定位置信号を出力する。そこで、重み付け位置推定器15は、第1位置推定器151が生成する推定位置信号θ1preを、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ第1推定位置信号θに変換する周期変換器154をさらに含む。
【0044】
推定位置合成器153は、第1推定位置信号θと、第2位置推定器152が生成する推定位置信号である第2推定位置信号θとを合成して、合成推定位置信号θ(=θnew)を生成する。より具体的には、推定位置合成器153は、第1推定位置信号θと第2推定位置信号θと切り換えるか、または重み付けして合成して、合成推定位置信号θ(=θnew)を生成する。
【0045】
重み付け位置推定器15は、さらに、第1補償器161および第2補償器162を含む。第1補償器161は、dq座標系のモータ電流Id,Iqおよびロータ回転速度ω(=ωold(前演算周期に演算されたロータ回転速度))に応じて、第1推定位置信号θを補償(補正)する。第2補償器162は、dq座標系のモータ電流Id,Iqおよびロータ回転速度ω(=ωold)に応じて、第2推定位置信号θを補償(補正)する。推定位置合成器153は、この実施形態では、第1補償器161で補償された第1推定位置信号θ1Cおよび第2補償器162で補償された第2推定位置信号θ2Cを合成して、合成推定位置信号θ(=θnew)を生成する。この合成推定位置信号θ(=θnew)が、重み付け位置推定器15の出力、すなわち、推定位置θとなる。
【0046】
第1推定位置信号θおよび第2推定位置信号θを第1補償器161および第2補償器162でそれぞれ補償する代わりに、図2Bに示すように、第1推定位置信号θおよび第2推定位置信号θを補償することなく推定位置合成器153で合成し、その合成された合成推定位置信号に対して、合成位置補償器163(合成推定位置補償器)によって、モータ電流Id,Iqおよびロータ回転速度ω(=ωold)に応じた補償を施してもよい。この補償後の合成推定位置信号θnewが、重み付け位置推定器15の出力、すなわち、推定位置θとなる。
【0047】
図3は、インバータ2の構成例を説明するための電気回路図である。直流電源7に接続された一対の給電ライン8A,8Bの間に3相分のブリッジ回路20u,20v,20wが並列に接続されている。一対の給電ライン8A,8Bの間には、さらに、平滑化のためのコンデンサ26が接続されている。
各ブリッジ回路20u,20v,20w(以下、総称するときには「ブリッジ回路20uvw」という。)は、上アームスイッチング素子21u,21v,21w(以下、総称するときには「上アームスイッチング素子21uvw」という。)と、下アームスイッチング素子22u,22v,22w(以下、総称するときには「下アームスイッチング素子22uvw」という。)との直列回路で構成されている。各ブリッジ回路20uvwにおいて、上アームスイッチング素子21uvwと下アームスイッチング素子22uvwとの間の中点23u,23v,23wに、交流モータMの対応する巻線5uvwとの接続のための電流ライン9uvwが接続されている。
【0048】
スイッチング素子21uvw,22uvwは、典型的には、パワーMOSトランジスタであり、直流電源7に対して逆方向に接続される寄生ダイオード24u,24v,24w;25u,25v,25wを内蔵している。
電流微分検出器4uvwは、各相の電流ライン9uvwに流れる線電流Iuvwの時間微分値である電流微分値dIuvwを検出するように構成されている。
【0049】
コントローラ1から供給されるPWM制御信号は、スイッチング素子21uvw,22uvwのゲートに入力され、それにより、スイッチング素子21uvw,22uvwがオン/オフする。各ブリッジ回路20uvwの上アームスイッチング素子21uvwおよび下アームスイッチング素子22uvwの対は、一方がオンのときに他方がオフになるように制御される。上アームスイッチング素子21uvwがオンで下アームスイッチング素子22uvwがオフの状態に制御するPWM制御信号値を「1」と定義し、上アームスイッチング素子21uvwがオフで下アームスイッチング素子22uvwがオンの状態に制御するPWM制御信号値を「0」と定義する。すると、PWM制御信号は、3次元のベクトルによって表現できる8つのパターン(状態)を取り得る。この8つのパターン(状態)は、(1,0,0),(1,1,0),(0,1,0),(0,1,1),(0,0,1),(1,0,1),(0,0,0),(1,1,1)のように成分表記することができる。これらのうちの、はじめの6つのパターン(1,0,0),(1,1,0),(0,1,0),(0,1,1),(0,0,1),(1,0,1)は、交流モータMの巻線5uvw間に電圧が印加される状態に相当する。残りの2つのパターン(0,0,0),(1,1,1)は、巻線5uvw間に電圧が印加されない状態に相当する。
【0050】
図4Aは、上記の8つのパターン(状態)に対応する電圧ベクトルV0~V7を示す。巻線間に電圧が印加される6つのパターンに対応する電圧ベクトルV1(1,0,0),V2(1,1,0),V3(0,1,0),V4(0,1,1),V5(0,0,1),V6(1,0,1)は、図4Bに示すように、電気角360度の区間を6等分する6つの電圧ベクトルによって表現することができる。電圧ベクトルV0(0,0,0)およびV7(1,1,1)は、巻線5uvw間に電圧が印加されない零電圧ベクトルである。
【0051】
以下では、記述を簡素化するためにベクトルの成分を区切る句点(コンマ)を省略して記述する場合がある。また、以下の説明において、「電圧ベクトルを印加する」などの表現は、当該電圧ベクトルで表される状態にインバータ2が制御され、それに応じた電圧が交流モータMに印加されることを意味する。
第1位置推定器151は、ロータ回転速度が低い低速域(停止状態を含む)におけるロータ位置を、第1推定方法に従って推定する。第2位置推定器152は、ロータ回転速度が比較的高い中高速域におけるロータ位置を、第2推定方法に従って推定する。以下では、まず、低速域でのロータ位置推定に用いられる第1推定方法について説明し、その後に、中高速域でのロータ位置推定に用いられる第2推定方法について説明する。
【0052】
図5は、交流モータMのモデルを示す電気回路図であり、Δ結線された3相モータモデルを示す。このモデルの電圧方程式は、次式(1)のとおりである。
【0053】
【数1】
【0054】
ここでは、低速域での位置推定を想定し、モータの回転速度が十分に低いときには誘起電圧の項は無視でき、インダクタンスの時間変化成分は電流の時間変化に比べて十分に小さいため、インダクタンスの時間微分の項は無視できると仮定した。下記のとおり、UVW座標系上のインダクタンス行列をMuvwと置いて、その逆行列M-1uvwを求め、これを用いて相電流微分値を記述すると、次式(2)が得られる。
【0055】
【数2】
【0056】
Δ結線のモータで検出できるのは、前述のとおり、線電流Iuvwである。線電流Iuvwと、各相巻線の相電流iuvwとの関係、およびそれらの時間微分の関係は、次式(3)のとおりである。
【0057】
【数3】
【0058】
これを用いて上式(2)を変形し、電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)が印加されるときの線電流Iuvwの時間tに関する微分値を記述すれば、次式(4)のとおりである。ただし、各相巻線5uvwの電気抵抗R(相抵抗)による電圧降下を表す項(上記式(2)の第2項)については、電圧ベクトル(000)または(111)を印加する期間の線電流微分値を検出することによってほぼ同等の値を取得でき、それを差し引くことによって実質的にキャンセルできるので、ここでは無視している。より具体的には、次に説明する位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを線電流微分値に基づいて構成するときに、巻線抵抗Rの電圧降下の項を省いても差し支えないので、説明を簡単にするために、ここでは電圧降下の項を予め省いた線電流微分値を示す。
【0059】
【数4】
【0060】
3種の電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)を印加するときの電流微分値を用いる場合の位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを次式(5)のように定義する。次式(5)において、gu,gv,gwは各線電流の電流微分検出ゲインである。次式(5)は、同相の電流微分の差を各相のゲインgu,gv,gwを括り出すように位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを定義したものである。
【0061】
【数5】
【0062】
PWM電圧Vu,Vv,Vw(上アームスイッチング素子がオンのときに各相に印加される端子電圧)は3相間で実質的に等しいので、V=Vu=Vv=Vwとして、式(4)を式(5)に代入すると、位置推定用3相信号は次式(6)のようにサイクリックな対称式となる。このような位置推定用3相信号は、高トルク発生時にモータが磁気飽和してインダクタンスが変動しても、その影響が3相に等価的に現れるように定義されているので、位置検出誤差が抑制される。
【0063】
【数6】
【0064】
位置検出のための3種の電圧ベクトルは、V1(100),V3(010),V5(001)に限らず、たとえばV2(011),V6(101),V4(110)の3種の電圧ベクトルを使用した場合も、同様にして、位置推定用3相信号を導くことができる。
2種の電圧ベクトルを用いて位置推定用3相信号を作成することもできる。具体的には、2種の電圧ベクトルV1(001),V3(010)を印加するときの電流微分値を用いる場合、たとえば、位置推定用3相信号を次式(7)のように定義することができる。各相の電流微分検出ゲインが異なる場合には、位置推定用3相信号は式(8)のようになる。電流微分検出ゲインが等しい場合(g=gu=gv=gw)は、式(9)となり、式(6)において検出ゲインが全て同じときと等価な式となる。
【0065】
【数7】
【0066】
2種の電圧ベクトルを印加するときの電流微分値を用いる場合は、位置推定用3相信号のうち2相分を異なる相の信号を差し引きして生成する必要があるため、電流微分検出器4uvwのゲインを括ることができない。したがって、高電流で磁性体が飽和してゲインが減少するような構成の電流微分検出器4uvw(カレントトランス等)を使用する場合には適用が難しい。しかし、電流微分検出器4uvwのゲインが全ての相で等しく、電流値による変動もない場合は有効であり、位置検出のための電圧ベクトルの種類数を減らせることで、位置検出の応答性が上がるメリットがある。上記の式(4)から自明なように、次式(10)の関係があるので、項を入れ替えることによって、別の2種の電圧ベクトルを印加するときの電流微分値で位置推定用3相信号を同様に定義することができる。
【0067】
【数8】
【0068】
いずれにしても、位置検出のために2種の電圧ベクトルを用いる場合は、位置推定用3相信号のいずれかの相を異なる相の差分により生成する必要があるため、電流微分検出器4uvwのゲインによる影響を受ける。
電流微分の検出を2相についてのみ行い、全相の電流和がゼロとなる関係を用いて、残りの1相の電流微分を演算によって求めてもよい。
【0069】
このようにして求めた位置推定用3相信号を3相2相変換し、逆正接をとることで、次式(11)のようにロータ推定位置を求めることができる。
【0070】
【数9】
【0071】
各相の規格化した自己インダクタンスLu,Lv,Lwを、モータ電気角θおよび規格化されたインダクタンス振幅αを用いて、次式(12)のようにおく。ここで、表面磁石型モータ等を対象とし、相互インダクタンスが小さいと仮定した。規格化された自己インダクタンスLu,Lv,Lwは、インダクタンスのオフセットL0で規格化したものである。オフセットL0は、dq回転座標系でのインダクタンスLd,Lqにより、L0=(Ld+Lq)/2で表され、各相のインダクタンス振幅L1は、L1=(Ld-Lq)/2で表される。規格化されたインダクタンス振幅αは、α=L1/L0で表すことができ、オフセットL0に対するインダクタンス振幅L1の比である。
【0072】
【数10】
【0073】
3種の電圧ベクトルを用いる場合の位置推定用3相信号を、上記の式(6)を用いて計算すると、次式(13)となる。α<<1として、αの2乗以上の項を無視すると式(14)に近似でき、3相正弦波の信号が得られる。
このように、電気角1周期に対して2周期の変動を持つ推定位置が得られる。2種の電圧ベクトルを用いる場合も、同様である。
【0074】
【数11】
【0075】
図6Aおよび図6Bは、交流モータMの低速回転時(停止状態を含む)における電圧、電流および電流微分の波形図例を示す。図6Aおよび図6Bの(a)は、U相電流ライン9uに印加されるU相線電圧の波形を示す。図6Aおよび図6Bの(b)は、V相電流ライン9vに印加されるV相線電圧の波形を示す。図6Aおよび図6Bの(c)は、W相電流ライン9wに印加されるW相線電圧の波形を示す。さらに、図6Aおよび図6Bの(d)(e)(f)は、電流検出器3uvwがそれぞれ出力するU相線電流Iu、V相線電流IvおよびW相線電流Iwの変化を示している。図6Aおよび図6Bの(g)(h)(i)は、U相、V相およびW相の線電流の時間微分値、すなわちU相電流微分値dIu、V相電流微分値dIvおよびW相電流微分値dIwの変化をそれぞれ示しており、電流微分検出器4uvwの出力に相当する。
【0076】
図3に示したとおり、インバータ2は、6個のスイッチング素子21uvw,22uvwで構成された3相インバータであり、交流モータMのU相、V相およびW相の巻線5uvwに接続された3つの端子を電源電圧Vdc(PWM電圧)またはグランド電位(0V)のいずれかに接続する。前述のように、電源電圧Vdcに接続された状態(上アームスイッチング素子21uvwがオンの状態)を「1」、0Vに接続された状態(上アームスイッチング素子21uvwがオフの状態)を「0」と表現する。すると、生成される電圧ベクトルは、図4Aに示したとおり、V0(0,0,0)~V7(1,1,1)の8種類である。これらのうち、V0(0,0,0)およびV7(1,1,1)は、全ての巻線端子が同電位となり、巻線5uvw間にかかる電圧が零となる零電圧ベクトルである。残りの6つの電圧ベクトルV1~V6は、巻線5uvw間に電圧が印加される非零電圧ベクトルである。
【0077】
PWM生成器14は、電流制御器13から出力される各相電圧指令Vuvwと三角波キャリア信号との比較により、インバータ2のスイッチング素子21uvw,22uvwをオン/オフするPWM制御信号を生成する。たとえば、PWM周波数(三角波キャリア信号の周波数)は、14kHzであり、これは約70μ秒周期に相当する。低速回転時は、相電圧指令Vuvwが低いので、巻線5uvw間に電圧がかからない零電圧ベクトルV0,V7の期間が長くなる。図6Aおよび図6Bには、零電圧ベクトルV0の期間T0および零電圧ベクトルV7の期間T7をPWM周期のほぼ半分ずつとして、交流モータMを停止させている状態の波形が示されている。
【0078】
PWM生成器14は、PWM制御信号を生成する機能に加えて、零電圧ベクトルV0またはV7の期間に、ロータ位置検出のための電圧ベクトルV1,V3,V5(位置検出電圧ベクトル)を印加する機能を有している。位置検出電圧ベクトルを印加する時間は、PWM周期(たとえば約70μ秒)に比較して十分に短く、さらにPWM周期の半分に比較して十分に短い。より具体的には、位置検出電圧ベクトルを印加する時間は、PWM周期の10%以下、より好ましくは5%以下が好ましい。
【0079】
位置検出電圧ベクトルV1,V3,V5の印加による影響を最小化するために、各位置検出電圧ベクトルの印加直後に、当該位置検出電圧ベクトルを反転した反転電圧ベクトルV4(011),V6(101),V2(110)を位置検出電圧ベクトルと同じ時間だけ印加し、位置検出電圧ベクトルによる電流を相殺することが好ましい。図6Aは、このような反転電圧ベクトルを印加する例を示し、図6Bは、反転電圧ベクトルを印加しない例を示している。
【0080】
PWM周期ごとにU相、V相、W相に順に位置検出電圧ベクトルV1,V3,V5およびそれを相殺する反転電圧ベクトルV4,V6,V2が印加される。それにより、位置検出のための電圧ベクトル印加の影響が3相で均等になるようにしている。
図6Aおよび図6Bの(d)(e)(f)および図6Aおよび図6Bの(g)(h)(i)に表れているように、位置検出電圧ベクトルの印加に応じて(図6Aの場合はさらに反転電圧ベクトルの印加に応じて)、U相,V相およびW相電流が変化し、かつU相,V相およびW相電流微分検出電圧が変化している。カレントトランス等の電流微分検出器を用いて電流微分値を直接的に検知することにより、位置検出電圧ベクトルが印加されると、各相の電流微分検出電圧が瞬時に変化する。したがって、実質的に、位置検出電圧ベクトルの印加時間(たとえば3μ秒)で電流微分値を検出できる。位置検出電圧ベクトルの印加に対応したタイミングが電流微分値をサンプリングすべき電流微分値取得タイミング(シンボル「★」で示す。)となる。なお、各相の電流値については、モータ駆動のための電圧ベクトルが印加されている期間中の電流値取得タイミング(シンボル「●」で示す。)において、電流検出器3uvwの出力がサンプリングされる。
【0081】
このようにして検出された電流微分値を式(5)に代入することにより、位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを得ることができる。さらに、式(11)の演算を行うことによって、モータ電気角θを得ることができる。このような演算が第1位置推定器151(図2Aおよび図2B参照)によって行われる。2種の電圧ベクトルを用いる場合には、式(5)の代わりに式(7)の演算を行って位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを得ることができる。
【0082】
巻線抵抗における電圧降下による項(式(2)の第2項)をキャンセルする場合は、電圧ベクトルがV7(111)またはV0(000)の状態の電流微分値も取得し、位置検出電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)を印加したときに取得される電流微分値から差し引けばよい。
前述の式の展開は図5のようなΔ結線のモデルで考えたものであるが、Y結線の場合も同様であることを以下に示す。図7のようなモデルを考え、中点電位Vnを用いて電圧方程式を式(15)のように置く。
【0083】
【数12】
【0084】
式(2)と同様にインダクタンス行列の逆行列を用いて電流微分を表すと式(16)となる。
【0085】
【数13】
【0086】
式(4)の導出と同様に位置検出電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)を印加するときの線電流(Y結線では相電流に等しい)の微分値を表すと式(17)となる。
【0087】
【数14】
【0088】
ここで、次式(18)を用いて式(16)を中点電位Vnについて解くと、式(19)となる。
【0089】
【数15】
【0090】
位置推定用3相信号を式(5)のように同相の差分で定義すると式(20)が得られ、式(6)と同様に電流微分のゲインが括られたサイクリックな対称式となる。したがって、Y結線もΔ結線と同様に、高トルク発生時にモータが磁気飽和してインダクタンスが変動しても、その影響が3相に等価的に現れるので、位置検出誤差が抑制される。位置検出電圧ベクトルとしてV4(011),V6(101),V2(110)を使用した場合も同様である。2種の位置検出電圧ベクトルを用いた場合に、電流微分検出器4uvwのゲインの影響を受けることもΔ結線の場合と同様である。
【0091】
【数16】
【0092】
UVW固定座標系からαβ固定座標およびdq回転座標系へ移るときのインダクタンス行列の変換について以下に説明する。
UVW固定座標系からαβ固定座標系への変換行列Tαβおよび一般逆行列T+ αβを次式(21)のように定義する。
【0093】
【数17】
【0094】
さらに、αβ固定座標系からdq回転座標系への変換行列Tdqと逆行列T-1dqを次式(22)のように定義する。
【0095】
【数18】
【0096】
それぞれの変換行列とその逆行列の積は次式(23)となる。
【0097】
【数19】
【0098】
UVW固定座標系の相の電圧方程式はモータ誘起電圧eを用いて次式(24)のようになる。これに左から式(21)のαβ変換行列Tαβをかけて、インダクタンス行列と電流の間に単位行列を挿入することにより、式(25)のようにαβ固定座標系上での電圧方程式を定義できる。
【0099】
【数20】
【0100】
ここで、iu+iv+iw=0より、次式(26)が成り立つので、式(23)第1式の第1項のみが残ることから、αβ変換行列の積T+ αβαβが単位行列となることを用いた。
【0101】
【数21】
【0102】
同様にαβ固定座標系の相の電圧方程式である式(25)の左からdq変換行列Tdq(式(22))をかけて、単位行列(式(23)の第2式参照)を挿入することにより、次式(27)に示すように、dq回転座標系での電圧方程式が得られる。
【0103】
【数22】
【0104】
式(25),(27)の導出より、それぞれの座標系でのインダクタンス行列Mαβ,Mdqは次式(28)のように定義できる。
【0105】
【数23】
【0106】
ここで、UVW座標系のインダクタンス成分で構成された次式(29)の量m,n,sを定義する。
【0107】
【数24】
【0108】
式(28)より、各座標系でのインダクタンス行列を計算し、式(29)のm,n,sを用いてαβ固定座標系またはdq回転座標系上のインダクタンスを表すと、次式(30),(31)となる。
【0109】
【数25】
【0110】
また、αβ固定座標系からdq回転座標系へのインダクタンス変換は、次式(32)により表される。
【0111】
【数26】
【0112】
図8は、UVW固定座標上の理想的な正弦波のインダクタンスの一例を示す。この例では、自己インダクタンスおよび相互インダクタンスの振幅をそれぞれ0.1,0.02、とし、オフセットをそれぞれ1.3,-0.11として、相間で120°位相ずれの正弦波を仮定している。
このような理想的な正弦波のインダクタンスに関して、式(29),(30),(31)を用いて、αβ固定座標系上のインダクタンスLα,Lβ,Mαβ、dq回転座標系上のインダクタンスLd,Lq,Mdq、およびm,n,s成分を計算してプロットすると、図9A図9Bおよび図9Cのようになる。一般に知られているように、dq回転座標系上のインダクタンスLd,Lqは、いずれもロータ位置への依存性はなく、この例では、Lq=1.34、Ld=1.48となる。また、突極比Lq/Ld=1.10となる。
【0113】
また、図8に示す理想的な正弦波のインダクタンスから式(4)を用いて電流微分値を計算した結果を図10A図10Bおよび図10Cに示す。図10Aは電圧ベクトルV1(100)を印加したときの電流微分値を示し、図10Bは電圧ベクトルV3(010)を印加したときの電流微分値を示し、図10Cは電圧ベクトルV5(001)を印加したときの電流微分値を示す。いずれも、ロータ電気角に対するU相、V相およびW相の電流微分値の変化を示している。なお、検出ゲインおよび電圧は、1とした。
【0114】
例として磁気解析にて、3相の表面磁石型モータに対して、モータのq軸電流がゼロの状態で、前記の3種の電圧ベクトルを入力し、ロータ位置を電気角1周期回転させた場合の電流微分値と、式(5)および式(11)を用いて演算した位置推定の結果を図11A図11Eに示す。図11Aは電圧ベクトルV1(100)を印加したときの電流微分値を示し、図11Bは電圧ベクトルV3(010)を印加したときの電流微分値を示し、図11Cは電圧ベクトルV5(001)を印加したときの電流微分値を示す。図11Dは、式(5)により演算した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。さらに、図11Eは、式(11)により演算した、αβ固定座標系上での位置推定用2相信号αs,βs、ならびにそれらに基づいて求められた推定位置θを示す。位置推定用3相信号Us,Vs,Wsは高調波が重畳した波形となっているが、概ね正弦波とみなすことができ、推定位置θを演算できていることが分かる。
【0115】
図12Aおよび図12Bは、図11A図11Eが得られた状態のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイル(巻線)の鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。図8との比較から、インダクタンスが理想的な正弦波からずれていること、および式(13)が示すようにインダクタンスのオフセット量とその振幅との比α(規格化されたインダクタンス振幅)の高次の項が存在することが、図11Dの位置推定用3相信号Us,Vs,Wsが理想的な正弦波でなくなる理由であることがわかる。
【0116】
次に、モータのq軸電流が正または負の状態で同様の解析をかけた結果を図13A図13B図13Cおよび図13Dに示す。図13Aおよび図13Bは、q軸電流が正のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイル(巻線)の鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。図13Cおよび図13Dは、q軸電流が負のときのモータインダクタンスLu,Lv,Lw,Muv,Mvw,Mwuと各相コイル(巻線)の鎖交磁束とを磁気解析で求めた結果をそれぞれ示す。これらの図において、ロータ電気角度の正負の定義は、無負荷でq軸電流が正の場合にロータ電気角度がプラスに進む方向(進角方向)に定義した。換言すれば、q軸電流が正のときに発生するトルクの方向をロータ電気角度の正方向とした。
【0117】
コイルの鎖交磁束は、電流ゼロのときと比べて、q軸電流正の状態では進角方向(トルク発生方向)に、負の状態では遅れ角方向(トルク発生方向)にずれることがわかる。インダクタンスについては、d軸正方向または負方向の磁気抵抗の違いによって振幅が変化したり、スロットコンビネーションによる高調波が含まれたりする。しかし、本質的には自己インダクタンスLu,Lv,Lwおよび相互インダクタンスMuv,Mvw,Mwuの位相は、いずれも、コイルの鎖交磁束の位相シフトと同方向にシフトすると考えてよい。
【0118】
図14A図14Bおよび図14Cに、q軸電流が印加された場合の位置推定用3相信号と推定位置との解析結果を示す。図14Aは、q軸電流が正の場合について、式(5)により演算した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図14Bは、q軸電流が負の場合について、式(5)により演算した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。図14Cは、q軸電流が正および負の各場合について、式(11)により演算した推定位置θを示す。また、図14Cには、解析に使用したロータ電気角を(解析上の真値)を理想推定角度として併せて示してある。さらに、図14Dには、q軸電流が正および負の各場合について、理想推定角度に対する推定位置の誤差(推定角度誤差)を示す。
【0119】
インダクタンスの位相シフトに伴って、推定位置θは理想推定角度に比べて、q軸電流が正のときは推定位置が正方向(トルク発生方向)に、負のときには負方向(トルク発生方向)にシフトすることがわかる。推定位置θの理想推定角度からのずれが大きくなると、トルクが減少し、最悪の場合はモータが脱調するおそれがある。
そこで、q軸電流の関数で表される補正量を導入する。一例として、比例定数k(k>0)をq軸電流値Iqに乗じて補正量C1(C1=k・Iq)とし、この補正量C1を補正前の推定位置θから差し引く並進補正(第1補正)を行う。この並進補正は、トルク発生方向へ補正量C1(第1補正量)の絶対値分だけ推定位置θをずらす操作である。q軸電流が正および負の各場合について、並進補正後の推定位置θC1(=θ-C1)を図15Aに示す。さらに、並進補正後の推定位置θC1の理想推定角度に対する推定角度誤差を図15Bに示す。
【0120】
補正前には±50°程度あった推定角度誤差(図14D参照)は、±20°以内に抑えられており、q軸電流の増加(絶対値の増加)に伴うインダクタンスの位相シフトによる推定誤差は、この補正で解決できることがわかる。
この例ではq軸電流の関数として比例式を用いたが、q軸電流に関するより高次の項を含む関数を用いた補正量を導入して並進補正を行えば、q軸電流の変化に対してより理想推定値に近い値が得られる。
【0121】
このような並進補正後の推定位置θC1を算出した後に、さらに高調波補正(第2補正)を行って推定角度誤差を小さくする。
たとえば、高調波補正量として、推定位置θに対してn倍(nは2以上の自然数。たとえばn=3)の高調波を持つ補正量C2を導入する。より具体的には、q軸電流値Iqを振幅とするn倍高調波として、次式(33)の高調波補正量C2(第2補正量)を導入する。高調波補正量C2は、推定位置θおよびq軸電流値Iqの関数であり、より詳しくは、推定位置θ(並進補正後の推定位置θC1ということもできる。)を位相に用いた高調波成分とq軸電流値の関数との積である。q軸電流値の関数は、次式(33)では、q軸電流値自体であるが、たとえばq軸電流値に比例定数を乗じた関数であってもよいし、より高次の項を含む関数であってもよい。
【0122】
C2=Sin(nθC1+δ)×Iq ・・・(33)
この高調波補正量C2を、並進補正後の推定位置θC1からさらに差し引く。それにより、高調波補正後の推定位置θC2は、次式(34)のとおりとなる。
θC2=θC1-Iq・Sin(nθC1+δ)=θ-C1-Iq・Sin(n(θ-C1)+δ) ・・・(34)
n=3の場合、補正後の推定位置θC2および推定角度誤差は、図16Aおよび図16Bにそれぞれ示すとおりとなる。ここで、位相オフセットδは推定誤差を小さくするように選べばよい。
【0123】
図16Bに表れているとおり、並進補正に加えて高調波補正を行うことで、推定位置誤差は±8°未満に抑えられている。それにより、推定位置誤差によるトルクリップルを低減することができる。図16Aおよび図16Bの例の高調波補正では、3次の高調波のみを低減したが、さらに高次の高調波補正を行ってもよいし、並進補正と同様に、q軸電流に関してより高次の項を含む補正量によって補正を行えば、推定位置誤差をより少なくできる。
【0124】
また、q軸電流によるインダクタンス位相シフトが小さい場合には、並進補正を省いて、高調波補正のみを行ってもよい。この場合は、C1=0であるので、補正後の推定位置θC2は、次式(35)のとおりとなる。
θC2=θ-Iq・Sin(nθ+δ) ・・・(35)
また、高調波補正を省いて、並進補正のみを行ってもよい。
【0125】
また、上記の例では、q軸電流値Iqと補正前の推定位置θに対して、関数を用いて補正量C1,C2を定めているが、関数を用いる代わりに、事前に補正量をテーブル化しておいてもよい。さらに、補正量を関数やテーブルを用いて生成する代わりに、対応する補正後の推定位置自体をテーブル化しておいてもよい。
このような並進補正および/または高調波補正が、第1補償器161(図2A参照)によって行われ、補正後の推定位置θ1Cが生成される。すなわち、推定位置θ1C=θC2とすればよい。並進補正のみを行う場合は、推定位置θ1C=θC1である。
【0126】
上記の例では、表面磁石型モータについて説明したが、埋め込み磁石型モータを用いた場合でも、程度の差はあれ、コイルの鎖交磁束がシフトすることによるインダクタンスの波形のシフトが生じ、かつ推定値に高調波が重畳することは同様である。
図17Aおよび図17Bは、図12Aに示したUVW固定座標上でのインダクタンスを、式(29),(30),(31)を用いてαβ固定座標系およびdq回転座標系でのインダクタンスに変換した結果をそれぞれ示す。図17Cは、対応する成分m,n,sを示す。
【0127】
図12Aのインダクタンス変化が完全な正弦波形状ではないため、dq回転座標系でのインダクタンスLd,Lqには、いずれにもロータ位置依存性が現れる。加えて、dq軸の干渉成分である相互インダクタンスMdqがゼロでないことがわかる。図17Aの結果から求めると、ロータ電気角に対する平均的なインダクタンスは、それぞれ、Ld=1.4、Lq=1.5、平均的な突極比Lq/Ld=1.07となる。
【0128】
これにより、無励磁時の突極比が平均7%程度、さらにロータ電気角によっては1%程度になるような、突極比が小さい表面磁石型モータでも十分な精度で位置推定が可能であることがわかる。
前記の解析と同条件の実機のモータとして3相表面磁石型モータを準備し、このモータに前記のPWMパターンを印加し、電流の大きさによる磁性体の飽和によってゲインが変動するカレントトランスを電流微分検出器4uvwに用いて電流微分値の取得および位置推定を行った結果を以下に示す。
【0129】
図18A図18Bおよび図18Cは、モータ電流がゼロで3種の電圧ベクトルV1(100),V3(010),V5(001)を使用して得た電流微分値をそれぞれ示す。図18Dは、同相の電流微分値の差分から式(5)に従って構成した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを示す。そして、図18Eは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsから式(11)に従って演算した推定位置を示す。電流がゼロのときは、解析結果と同様に推定位置が演算できていることがわかる。
【0130】
図19A図19Bおよび図19Cは、モータ線に、U相がゼロ、V相が正、W相が負の電流を固定相励磁で印加し、外部から強制的にモータを回転したときの電流微分値の取得結果を示す。図19A図19Bおよび図19Cは、電圧ベクトルV1(100),V3(010,V5(001)をそれぞれ印加して電流微分値を取得した結果を示している。横軸のロータ電気角度と励磁角位相との関係は、ロータ電気角度0°でd軸励磁、90°でq軸励磁、180°で逆d軸励磁となる。
【0131】
たとえば、本来、同レベルの信号値が得られるはずである電圧ベクトルV1(100)のパターンのU相信号(図19A参照)と、電圧ベクトルV3(010)のパターンのV相信号(図19B参照)および電圧ベクトルV5(001)のパターンのW相信号(図19C参照)とを比べると分かるように、V相とW相の信号が、電流微分検出器4uvwのカレントトランスを構成する磁性体の飽和の影響によって、半分程度に減衰している。
【0132】
図20Aは、図18A図18Bおよび図18Cの電流微分値の結果から2種の電圧ベクトルV5(001),V3(010)のみを使用する式(7)を用いて、位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを構成した結果を示す。そして、図20Bは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを用いて、式(11)により推定位置θを演算した結果を示す。
式(7)のとおり、信号Vsと信号Wsとは異なる相の差分で構成される信号であるため、ゲインが異なる信号の差分で構成されている。ゲインの異なる信号が差し引かれることによって、3相信号をうまく演算できず、推定位置を正しく演算できていない。
【0133】
位置推定用3相信号は単純なオフセットをしているように見える。また、この例では、V相およびW相の電流の絶対値を等しくしているので、V相とW相とのゲインが等しく、オフセットが発生する場合と似た振る舞いであるといえる。しかし、現実には、UVW相の電流は時間とともに変化し、各相のゲインも特別な拘束無く振る舞う。したがって、実際には、式(8)のゲインの和や差分によって現れる項によって、位置推定用3相信号は、モータ電流に応じて複雑に変化する。そのため、補正を行うことが難しい。
【0134】
したがって、ロータ位置検出のために2種の電圧ベクトルを用いる場合には、磁性体の飽和を回避できる構造の素子を用いた電流微分検出器を用いることが好ましい。たとえば、空芯コイルを用いたカレントトランス等の素子を用いることが好ましい。
図21Aは、図18A図18Bおよび図18Cの電流微分値の結果から、式(5)を用いて、位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを同相の差分により構成した例を示し、図21Bは、その位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを用いて、式(11)により推定位置を演算した結果を示す。同相の信号を差し引くことで、電流微分検出器4uvwのゲインの影響を抑えて、推定位置を演算できていることが分かる。推定位置の歪みは、式(6)に現われる、式全体を括るゲインgu,gv,gwに起因する。具体的には、ゲインgv,gwがゲインguのほぼ半分となるため、位置推定用3相信号VsとWsの振幅が位置推定用3相信号Usのほぼ半分となることが、推定位置の歪みの原因である。
【0135】
これを補正することは容易であり、電流に応じたゲインを位置推定用3相信号にそれぞれかけるだけでよい。図21Aの信号Vs,Wsを2倍して演算し直した位置推定用3相信号Us,Vs,Wsを図22Aに示し、それらを用いて式(11)により推定位置を演算した結果を図22Bに示す。位置推定用3相信号は、3相が対称な形となり、推定位置の歪みもなくなっていることがわかる。
【0136】
電流に応じたゲインを位置推定用3相信号に乗じる補正は、電流微分検出ゲインgu,gv,gw(以下まとめて「guvw」と記す場合がある。)を電流に応じて可変させる演算に置き換えてもよい。たとえば、モータの各相の線電流Iuvwの絶対値|Iuvw|に基づいて、各相のゲインguvwを次式(36)の関数に従って定めてもよい。式(36)の関数によれば、各相の線電流Iuvwの絶対値が第1定数I(I>0)以下のときは、当該相のゲインguvwが一定の第1ゲインg(g>0)となり、各相の線電流Iuvwの絶対値が第2定数I(I>I)よりも大きいときは当該相のゲインguvwが一定の第2ゲインg(g>g)となる。そして、各相の線電流Iuvwの絶対値が、第1定数Iよりも大きく、第2定数I以下のときには、当該相のゲインguvwは、第1ゲインgと第2ゲインgとの間で、当該相の線電流Iuvwの絶対値に応じて線形に変動する。
【0137】
【数27】
【0138】
事前にモータ電流に対する電流微分検出のゲインを測定し、式(36)でフィッティングして定数I,I,g,gを定めてもよい。また、フィッティングした結果をテーブル化しておき、テーブルの参照によって、電流に応じた各相のゲインguvwを定めてもよい。
また、式(36)により高次の項を加えた関数によって、ゲインguvwを定めてもよい。
【0139】
信号振幅が変化するのは電流微分検出器4uvwのゲインの影響ではない。電気角0°ではd軸励磁となり磁石の磁束を強め、電気角180°では逆d軸励磁となり磁石の磁束を弱める方向の励磁となる。磁石の磁束を弱めると磁石が無い状態に近づき、コアの飽和によって生じていたインダクタンスの位置依存性が消失していくため、信号振幅が変化する。
【0140】
電流に応じたゲインを位置推定用3相信号に乗じる補正を行うことで、電流リプルが微小な場合でも、カレントトランスのような磁性体で構成される検出素子を電流微分検出器4uvwに使用できるようになる。それにより、高感度に電流微分値を検出可能になる。
カレントトランス等の電流微分検出素子を使わない場合でも、一般にUVW相全ての電流微分検出ゲインを完全に同一にすることは難しい。3相の電流微分検出ゲインが異なる場合にこの演算処理を用いることで位置推定誤差を低減することができる。
【0141】
なお、上記のような推定位置を用いるセンサレス制御では、モータ電気角1周期に対して推定位置が2周期現れることによる不定性がある。そのため、初期励磁位置が逆位相になるおそれがある。これが問題になる場合には、たとえば、磁気飽和を利用した初期位置推定方法(たとえば、非特許文献2を参照)を併用して、初期励磁位置を決定すればよい。この実施形態では、推定位置はαβ固定座標上で得られるため、初期励磁位置が逆位相になることによる初期励磁の励磁位相ずれが問題にならないのであれば、推定位置の2周期信号を1周期信号に変換して、dq変換の座標系に直接使用することで、初期位置推定を行わなくても、モータを同期して回転させることができる。
【0142】
次に、第2位置推定器152による位置推定(第2推定方法)の具体例について説明する。
第2位置推定器152は、この実施形態では、αβ座標系上で、拡張誘起電圧オブザーバによって、ロータの位置を推定する。この方法は、非特許文献1および特許文献7などに詳説されている方法であるので、ここでは概説にとどめる。
【0143】
αβ座標系でのモータの電圧方程式は微分演算子p(時間微分演算子)を用いて次式(37)のように書ける。
【0144】
【数28】
【0145】
αβ座標系でのインダクタンスLα,Lβ,Lαβをdq座標系でのインダクタンスLd,Lqを用いて式(39)のように表現する。さらに、dq座標系での電流id,iq(=Id,Iq)も用いて式(37)を変形すると、式(38)となる。dq座標系でのインダクタンスの角度依存性はないとし、インダクタンスLd,Lqの時間微分が零であると仮定した。式(38)の第2項にモータ位置θに依存する項がまとまっており、これを、拡張誘起電圧ベクトルeと定義する(式(40))。なお、式中の記号“”は、作用範囲が当該変数のみ(式(38)においてはiqのみ)の一階時間微分を表す微分演算子である。以下、同じ。
【0146】
【数29】
【0147】
式(38)を変形して、状態方程式を導出すると、式(41),(42)を得る。拡張誘起電圧の時間微分である式(42)の導出に当たり、d軸電流idの一階時間微分およびq軸電流iqの二階時間微分ならびに角速度ωの一階時間微分をいずれも零に近似した。
【0148】
【数30】
【0149】
拡張誘起電圧推定値e^(ただし、記号“^”は推定値を表す。以下同じ。)を求める最小次元状態オブザーバ(拡張誘起電圧オブザーバ)は、式(43),(44)となる。オブザーバゲインGは、たとえば、速度の絶対値に比例するように定めればよい。
【0150】
【数31】
【0151】
式(44)に式(43)を代入して、GJ=JGであることに注意して変形すると、式(45)となる。
【0152】
【数32】
【0153】
電流微分検出値を消去するために、媒介変数ξ=e^+Giを導入して変換を行うと、式(46)となり、ξの一階時間微分を、電流検出値iおよび電圧検出値vにより、求めることができる。
【0154】
【数33】
【0155】
そこで、式(46)を時間積分することでξを得ることができ、式(47)のように再び変数変換を行うことにより、拡張誘起電圧推定値e^を得ることができる。
推定位置は、拡張誘起電圧の偏角を取ることで、式(48)のように与えられる。
【0156】
【数34】
【0157】
第2位置推定器152(図2A図2B参照)は、3相2相変換器134(図1B参照)からαβ固定座標系の電流検出値Iα,Iβを得て式(46)中の電流iとして用い、逆dq変換器132(図1B参照)からαβ固定座標系の電流指令値Vαcmd,Vβcmdを得て、式(46)の電圧検出値vとして用いる。それにより、第2位置推定器152は、式(47)により誘起電圧推定値e^(e^α,e^β)を求め、さらに式(48)によりロータ推定位置θを求める。
【0158】
次に、第1位置推定器151(図2A図2B参照)が生成する推定位置信号の周期変換、すなわち、周期変換器154の作用について説明する。
第1位置推定器151は、ロータの回転に伴うインダクタンスの変動に基づいて、換言すれば、インダクタンスがロータの回転位置に依存することを利用して、位置推定を行う。そのため、第1位置推定器151が生成する推定位置信号は、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して2周期の変動を持つ。そこで、前述のように、周期変換器154(図2Aおよび図2B参照)により、第1位置推定器151が生成する推定位置信号が、ステータの1電気角周期に相当するロータの回転に対して1周期の変動を持つ第1推定位置信号に変換する。
【0159】
低速域では電流リプルを検出することでモータインダクタンスに含まれる位置の情報を演算する第1位置推定器151により、式(11)(14)などで示されるように電気角1周期で2周期変動する信号が得られる。中高速域では拡張誘起電圧オブザーバによる式(47)(48)に従って推定位置を演算する第2位置推定器152により、電気角1周期で1周期変動する信号が得られる。
【0160】
具体例として、定格回転速度3000[r/min]の表面磁石型同期モータを、160[r/min]の無負荷の条件で回転させ、前記の2種類の推定方法を使用して位置推定を行い、電気角2周期分プロットした結果を図23に示す。拡張誘起電圧での位置推定(第2位置推定器152による第2推定方法)ではロータの1電気角の回転に対して1周期の推定位置が得られるのに対して、パルス印加での位置推定(第1位置推定器151による第1推定方法)では、ロータの1電気角の回転に対して2周期の推定位置が得られていることがわかる。
【0161】
パルス印加での位置推定(第1推定方法)では、1電気角に2周期の信号となるため、1周期への変換が必要になる。この周期変換が、周期変換器154(図2Aおよび図2B参照)によって行われる。
図24は、周期変換器154による周期変換のための処理例を示す。この処理は、所定の演算周期で繰り返し実行される。以下の説明において、「1周期信号」とは、電気角の1周期に対応して、下限値(具体的には0)から上限値msk(電気角の1周期に対応する値。たとえば2048)まで、ロータ位置に応じて単調増加する変化を反復する信号をいう。また、「2周期信号」とは、電気角の2分の1周期に対応して、下限値から上限値msk/2(電気角の1周期に対応する値の2分の1)まで、ロータ位置に応じて単調増加する変化を反復する信号をいう。すなわち、1周期信号は電気角の1周期中に1周期を有する信号であり、2周期信号は電気角の1周期中に2周期を有する信号である。図23に表れているように、拡張誘起電圧を用いる第2推定方法は1周期信号を生成し、パルス印加を用いる第1推定方法は2周期信号を生成する。図23から理解されるとおり、2周期信号は、1周期信号と一致する区間と、1周期信号に対して電気角の2分の1の分だけ値がずれる区間とを有する。
【0162】
図24に記載の手順に従うと、ある時刻に1度でも正しい1周期信号が得られれば、各演算周期における現在の2周期信号(当該演算周期における2周期信号)のみで1周期の信号を連続的に生成することができる。
具体的に説明すると、前回(前演算周期)の1周期信号値1cyc_t-1と今回(現演算周期)の2周期信号値2cyc_tとの差分の絶対値wk1が求められる(ステップS1)。その差分の絶対値wk1が、1電気角の値msk(たとえば2048)の4分の1未満かどうかを判定する(ステップS2。第1の判定)。wk1<msk/4であれば(ステップS2:YES)、周期が合っていると判定し、2周期信号値2cyc_tをそのまま今回の1周期信号値1cyc_tとして仮に用いる(ステップS3)。wk1≧msk/4であれば(ステップS2:NO)、半周期ずれていると判定し、2周期信号値2cyc_tに1電気角の値mskの2分の1の分を加算した2cyc_t+msk/2を今回の1周期信号値1cyc_tとして仮に用いる(ステップS4)。
【0163】
この第1の判定に基づく処理だけでは、前回の1周期信号値1cyc_t-1と今回の2周期信号値2cyc_tとがどちらも周期境界である0付近の値の場合、測定ノイズによって正しく処理できない場合がある。たとえば、1電気角の値msk=2048の場合で、ロータ位置が0にあるときの理想的な信号値は、1cyc_t-1=2cyc_t=0であるが、ノイズによって1cyc_t-1=2038、2cyc_t=10のような信号値が得られたとする。このとき、今回の1周期信号値1cyc_t=10となれば望ましい。しかし、前記の第1の判定に基づく処理を行うと、wk1=2028(=2038-10)となり、wk1<512(=msk/4)を満たさないので(ステップS2:NO)、1周期信号値1cyc_t=10+1024=1034となって(ステップS4)、半周期ずれた値を出力してしまう。
【0164】
これを回避するために、前記の第1の判定(ステップS2)に基づく処理(ステップS3,S4)を行って得られた1周期信号値1cyc_tと、前演算周期の1周期信号1cyc_t-1との差分の絶対値wk2を求めて(ステップS5)、さらに第2の判定を行う(ステップS6)。すなわち、msk/4<wk2<3*msk/4であれば(ステップS6:YES)、第1の判定(ステップS2)に基づいて得られた1周期信号値1cyc_t(ステップS3,S4)が半周期ずれていると判定して、1cyc_t=1cyc_t-msk/2のように値を修正して出力する(ステップS7)。ステップS6の判断が否定であれば、第1の判定に基づく処理(ステップS2,S3,S4)によって求めた1周期信号値1cyc_tが正しい値であるので、ステップS7の修正は行わない。
【0165】
前記の例の場合、第1の判定に基づく処理(ステップS2,S3,S4)だけでは、1周期信号値1cyc_t=1034と判定されていたが、第2の判定に基づく処理(ステップS6,S7)を加えることで、wk2=|2038-1034|=1004となり、512(=msk/4)以上かつ1536(=3*msk/4)以下を満たす。したがって、1周期信号値1cyc_t=1034-1024=10と正しい位置に修正され、測定値にノイズを含んでいても、正しい1周期信号値が得られる。
【0166】
得られた1周期信号値1cyc_tには、さらに電気角1周期の値mskによる剰余演算(Mod演算(演算子%))が行われ(ステップS8)、0~msk(=2048)の範囲の1周期信号値1cyc_tが出力される。電気角1周期の値mskを2の累乗(すなわち、2(ただし、nは自然数))としておき、Mod演算を、論理積(AND)のビット演算に置き換えてもよい。
【0167】
ある時刻に与えられるべき正しい1周期信号は、たとえば、鉄心の飽和を利用した初期位置推定法(非特許文献2参照)等を用いて得ることができる。
図25は、モータが図23と同様の駆動状態のときに、電流リプルにより推定位置を得る第1推定方法で得た2周期信号を、図24の手順に従って1周期信号に変換した結果を示す。1電気角の値mskは2048とした。良好な1周期信号が生成されることが分かる。
【0168】
こうして、αβ固定座標系上での電気角1周期のロータの回転に対して1周期を有する2種類の推定位置信号が第1推定方法および第2推定方法によって得られる。そこで、推定速度または拡張誘起電圧ベクトル長によって、使用する推定位置信号を切り換えるか、または2種類の推定位置信号を重み付けして合成する。それにより、全速度域で確からしい推定位置を求めることができ、したがって、全速度域でのセンサレス制御が可能になる。
【0169】
図26は、推定位置合成器153(図2Aおよび図2B参照)による処理の一例を示す。推定位置合成器153は、図2Aの構成では、第1および第2補償器161,162でそれぞれ補償された後の第1および第2推定位置信号θ1C,θ2Cを重み付けして合成し、図2Bの構成では、補償前の第1および第2推定位置信号θ,θを重み付けして合成する。ここでは、パルス印加を用いる第1推定方向による第1推定位置信号θ1C,θが表すロータ推定位置をまとめて「第1推定位置θPWM」という。同様に、拡張誘起電圧を用いる第2推定方法による第2推定位置信号θ2C,θが表すロータ推定位置をまとめて「第2推定位置θEMF」ということにする。
【0170】
推定位置の重み付けは、ノコギリ波状の重み付け計算である。具体的には、第1推定位置θPWMに対する第2推定位置θEMFの差分difが求められる(ステップS11)。この差分difが、1電気角周期の値msk(たとえば2048)の半分の範囲外かどうかが調べられる。すなわち、dif<-msk/2かどうか(ステップS12)、およびdif>msk/2かどうか(ステップS14)が調べられる。dif<-msk/2であれば(ステップS12:YES)、変数wk3に、1電気角周期の値mskに差分difを加算した値msk+difが代入される(ステップS13)。dif>msk/2であれば(ステップS14:YES)、変数wk3に、1電気角周期の値mskから差分difを差し引いた値msk-difが代入される(ステップS15)。差分difが、1電気角周期の値mskの半分の範囲内(-msk/2≦dif≦msk/2)であれば(ステップS12,S14の両方でNO)、変数wk3に差分difが代入される(ステップS16)。そして、次式(49)に従い、重み付け係数ρ(0≦ρ≦1)によって変数wkに重み付けした値ρ・wk3が第1推定位置θPWMに加算され、それに対して1電気角の値mskによる剰余演算Mod(演算子%)を行って、重み付け合成された合成推定位置θWTが求められる(ステップS17)。
【0171】
θWT=(θPWM+ρ×wk3)%msk …(49)
wk3=difの場合(ステップS16)の場合には、θPWM+ρ×wk3=θPWM+ρ(θEMF-θPWM)=(1-ρ)θPWM+ρθEMFとなり、第1推定位置θPWMおよび第2推定位置θEMFが重み付けされて合成されていることが分かる。剰余演算Mod(演算子%)は、合成結果を0~mskの範囲でノコギリ波状に周期変化する推定位置信号とするための演算である。
【0172】
たとえば真のロータ位置の値が「5」であるときに、第1推定位置θPWM=2038および第2推定位置θEMF=20が求められたとする。重み付け係数ρ=0.5とするとき、重み付け後の合成推定位置θWT=5という演算結果が得られるのが適当である。このような結果を得るために、2つの推定位置θPWM,θEMFの差分difを求めて(ステップS11)、その差分difが±msk/2以内であればその値を、msk/2を超えていれば1電気角値mskから差分difを差し引いた値を、差分difが-msk/2よりも小さければ1電気角値mskに差分difを足した値を、2つの推定位置間の距離を表す変数wk3として用いる(ステップS12~S16)。その変数に重み付け係数ρをかけた後に、どちらかの推定位置θPWM,θEMF図26の例では第1推定位置θPWM)に足し込めば良い。
【0173】
前記の例の場合、差分dif=-2018(=20-2038)となるので、変数wk3=2048-2018=30となる。したがって、合成推定位置θWT=(2038+0.5×30)%2048=5となり、正しい重み付け結果が得られることがわかる。
図26の手順では分岐処理を用いているが、Mod演算またはビットシフト演算で高速に処理をする方法を式(50)に示す。演算結果は図26の手順に従う場合と等価である。
【0174】
式(50)の変数wkは、図26のwk3と等価な演算結果となり、ρ=0でθWT=θPWM、ρ=1でθWT=θEMFとなるような重み付け結果を得ることができる。
【0175】
【数35】
【0176】
例として、θPWMおよびθEMFがそれぞれ一定量のノイズを持ち、かつθEMFをθPWMに対して+512だけオフセットさせた場合に、0≦ρ≦1の範囲でρを変化させたときの合成推定位置θWTについて、式(50)を用いて演算した結果を図27に示す。θWTはρ=0のときにθPWMに一致し、ρ=1のときはθEMFに一致する。さらに、θWTは、ρが0と1との間の値のときは、ノイズの大きさも含めてρの変化に伴って滑らかに重み付けができていることがわかる。この例では、視覚的にわかりやすくするためにθEMFをオフセットさせているが、実際にはθEMFとθPWMとは概ね同じ値を示す。むろん、その場合でも、式(50)を用いれば、正しく重み付けして合成することが可能である。
【0177】
重み付け係数ρを推定速度または拡張誘起電圧ベクトルe(式(40)参照)のベクトル長に応じて遷移させることで、第1推定方法と第2推定方法とをロータの回転速度に応じて適切に重み付けでき、推定方法を滑らかに遷移させることができる。一例を式(51)に示す。式(51)では、推定速度をω、重み付け開始速度をω、重み付け終了速度をωとし、重み付け係数ρを推定速度ωに対して比例で(線形に)変化させている。重み付け開始速度ω未満の低速度域ではρ=0であり、第1推定方法による推定結果のみが用いられる。同様に、重み付け終了速度ωを超える高速度域ではρ=1であり、第2推定方法による推定結果のみが用いられる。
【0178】
【数36】
【0179】
推定速度ωの代わりに拡張誘起電圧のベクトル長|e|を用いてもよいし、比例(線形)ではなく別の関数(非線形関数)で重み付け係数ρを定義してもよい。
式(51)において、ω≒ωと設定すると、速度ωで、重み付け係数ρが0から1に切り換わる。これは、実質的には、重み付けをする代わりに、特定の速度で推定方法が切り換わること、すなわち切り換え合成に相当する。
【0180】
図2Aの構成による重み付け合成を数式で表すと、式(52)の第1行のとおりである。式中、Δθは、第1補償器161による補償量を表しており、θ1C=θ+Δθである。同様に、Δθは、第2補償器162による補償量を表しており、θ2C=θ+Δθである。式(52)の第1行は、同式第3行のように変形できる。これは、図2Bの構成による重み付け合成の表現となっている。同式第3行の第1項は、補償前の重み付け合成を表す、同式第3行の第2項は、重み付け合成後の補償を表している。したがって、図2Aおよび図2Bのいずれの構成によっても、実質的に等価な処理が可能である。
【0181】
θnew=(1-ρ)θ1C+ρθ2C
=(1-ρ)(θ+Δθ)+ρ(θ+Δθ
=(1-ρ)θ+ρθ+{(1-ρ)Δθ+ρΔθ} …(52)
なお、第1補償器161による補償(補正)は、前述の図15および図16を参照して説明した処理であってもよい(式(34)(35)参照)。
【0182】
実施例として、式(51)の重み付け開始速度ω=600[r/min]、重み付け終了速度ω=1200[r/min]として、重み付けした合成推定位置θnewを演算するようにコントローラ1(図1A参照)を設計(プログラム)した。ただし、補償器161,162,163(図2Aおよび図2B参照)は省いた。このコントローラ1により交流モータMの速度制御を行い、0~1600[r/min]まで30[ms(ミリ秒)]で急加速した。このときの、重み付け係数ρの推移、推定速度ωの時間変化、ならびに合成推定位置θnewをプロットした結果を図28に示す。
【0183】
重み付け係数ρは600~1200[r/min]の間で速度に応じて線形に変化しており、急加速時においても重み付け後の合成推定位置θnewが大きな変動なく滑らかに変化していることがわかる。
たとえば、特許文献8には、磁極位置検出器を必要とすることなく、低速域と高速域との間での急激かつ不断の加速減速性能を実現する、同期電動機の制御方法が開示されている。この特許文献8には、±1300[r/min]の正転逆転を1.5[s]という加速レートでの実験結果が示されている。上記の実施例における加速レートは、特許文献8の加速レートの30倍程度である。
【0184】
重み付けの速度域ω~ωを狭くすることも可能であるが、その場合は低速と中高速での推定位置の誤差が十分に小さくないと、推定方法切り換えの速度域ω~ωでチャタリングを引き起こし、制御が不安定になる場合がある。重み付けの開始速度ωと終了速度ωとは、パルス印加を用いる第1推定方法が適用できる速度の上限と、拡張誘起電圧推定を用いる第2推定方法の精度が十分に得られる速度の下限とに基づいて定めればよい。
【0185】
別の実験として、前記の実施例のように設定したコントローラ1を用いて交流モータMを3000[r/min]の指令速度で速度制御している状態で、急負荷を与えて30[ms]程度の減速時間で交流モータMを急停止させた。この場合の重み付け係数ρ、推定速度ω、重み付け合成推定位置θnew、およびq軸電流iqの時間変化を図29に示す。
中高速域から低速域への遷移時、すなわち、第2推定方法から第1推定方法への遷移の期間に、参照符号PEで示すように、電気角で30度程度の大きな誤差が合成推定位置に発生している。これは、第1および第2推定方法による2つの推定結果に大きな偏差が生じている場合に起こり、合成推定位置の誤差が更に大きくなると脱調する場合がある。これは、パルス印加を用いる第1推定方法において、q軸電流iqが印加されることによってモータのインダクタンス位相が変化することで推定位置がずれることや(前述の図14Aおよび図14B参照)、拡張誘起電圧を用いる第2推定方法のために使用するフィルタ等に起因する遅れ(速度に対する推定値の遅れ)の影響である。
【0186】
この問題は、第1および第2補償器161,162(図2A参照)の働きによって解決できる。すなわち、第1および第2推定方法で得た第1および第2推定位置信号θ,θに対して、dq軸電流id,iqと推定速度ωとに応じて補償を加え、その補償を加えた第1および第2推定位置信号θ1C,θ2Cを重み付けして合成する。第1および第2推定位置信号θ,θに対して、q軸電流iqおよび推定速度ωの1次結合a・iq+b・ω(ただし、a,bは定数)に比例するような補償を加えて、図29の実験例と同様の運転条件での実験を行った結果を図30に示す。急負荷による急停止で第1および第2推定方法が遷移する期間においても、合成推定位置には実質的な誤差が発生せず、滑らかな合成推定位置が得られている。
【0187】
この実験例は急負荷による急停止の場合を再現したものであるが、上記の補償は、外部負荷による大きなq軸電流iqが流れている状態で、位置推定方法が遷移する場合にも、同様の効果を発揮する。
補償の度合いは、予め行う調整によって設定することができる。たとえば、モータに位置検出用のエンコーダー等を取り付けて理想位置(真の位置)を検出し、任意のdq軸電流や速度において、推定位置と理想位置とのずれが小さくなるように、補償の度合いを定めればよい。このような調整を行って補償度合いを関数化やテーブル化しておけば、その後は、位置検出器は不要となる。
【0188】
上記のような補償は、位置推定器151,152がモータ固定座標系上での推定位置を出力するから行えることである。モータ回転座標系上で位置誤差Δθを出力するような位置推定器を用いた場合、推定位置を直接補正することはできず、位置誤差Δθを演算するためのモータパラメータを調整して、真の推定位置が得られるようにする必要があり、困難である。
【0189】
以上のように、固定座標系上での推定位置を電流リプルによる推定(第1推定方法)と拡張誘起電圧による推定(第2推定方法)の2種で行い、それらを遷移させることで、高応答で安定なセンサレス制御ができることが示された。拡張誘起電圧による推定(第2推定方法)を行う速度領域(中高速域)においては、急激な減速に対応する場合を除いて、本質的には電流リプルによる位置推定(第1推定方法)は不要である。
【0190】
第1推定方法のために印加される電圧ベクトルパターンは、モータを駆動するための駆動電圧を印加するために用いることのできる時間幅(PWM制御周期中で駆動用の電圧が印加される時間)を狭める問題と、電圧ベクトルパターンの個数とPWM制御周期との積の周期で電流が振動することにより発生する高周波騒音の問題を引き起こす。これらを防ぐために、拡張誘起電圧の推定(第2推定方法)のみの結果を用いる速度域(重み付け終了速度ωを超える高速度域)では、図6Aおよび図6Bの位置検出電圧ベクトルパターンを印加しないようにPWM生成器14(図1B参照)を制御することが好ましい。
【0191】
以上、この発明の実施形態について説明してきたが、この発明は、さらに他の形態で実施することができる。
たとえば、前述の図1Bには、指令位置を外部から与えて位置制御を行う構成を示してあるが、位置制御器11を省き、速度制御器12に指令速度を外部から与えて速度制御を行ってもよい。さらに、速度制御器12を省き、dq電流制御器131に指令電流を外部から与えてトルク制御を行ってもよい。
【0192】
また、dq電流制御器131の出力に速度起電力を補償する電圧を加えることで、dq軸の非干渉制御を行ってもよいし、速度に応じて弱め界磁制御を加えてもよい。
他の変更として、前記の実施形態の説明で用いた拡張誘起電圧の推定には式(43),(44)で表されるオブザーバを使用したが、式(40)で示される拡張誘起電圧ベクトルをそのまま使用してもよい。また、位置誤差Δθの推定を経ることなくモータ固定座標系上での推定位置が演算できる他の位置推定器を用いて、重み付け位置推定器15を構成してもよい。
【0193】
また、重み付け位置推定器15は、モータ固定座標系上での推定位置を出力する位置推定器を3つ以上備え、それらによる推定位置を合成するように構成されていてもよい。たとえば、固定座標系上での推定位置を出力する位置推定器として、電流リプルを使用する位置推定器、拡張誘起電圧を使用する位置推定器、磁束オブザーバを使用する位置推定器の3つの位置推定器を使用し、それらによる推定位置を重み付けして合成する構成としてもよい。これにより、より高精度な位置推定器を構成できる。
【0194】
また、図1Bには、電流微分検出器4uvwによって電流リプル(電流微分値)を直接的に検出しているが、電流微分検出器4uvwを備える代わりに、電流の変化量(変分)を検出してもよい。たとえば、位置検出電圧ベクトルの印加の前後の電流値をそれぞれ検出し、それらの差分を、電流リプルを表す値として用いてもよい。
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0195】
1 :コントローラ
2 :インバータ
3uvw :電流検出器
4uvw :電流微分検出器
5uvw :巻線
11 :位置制御器
12 :速度制御器
13 :電流制御器
14 :PWM生成器
15 :重み付け位置推定器
16 :速度推定器
100 :モータ制御装置
131 :dq電流制御器
132 :逆dq変換器
135 :dq変換器
151 :第1位置推定器
152 :第2位置推定器
153 :推定位置合成器
154 :周期変換器
161 :第1補償器
162 :第2補償器
163 :合成位置補償器
図1A
図1B
図2A
図2B
図3
図4A-4B】
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9A-9C】
図10A-10C】
図11A-11C】
図11D-11E】
図12A-12B】
図13A-13D】
図14A-14D】
図15A-15B】
図16A-16B】
図17A-17C】
図18A-18C】
図18D-18E】
図19A-19C】
図20A-20B】
図21A-21B】
図22A-22B】
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30