(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022110545
(43)【公開日】2022-07-29
(54)【発明の名称】危急疾患における予後を判定するためのバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20220722BHJP
【FI】
G01N33/53 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021006020
(22)【出願日】2021-01-18
(71)【出願人】
【識別番号】599045903
【氏名又は名称】学校法人 久留米大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【弁理士】
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】古賀 靖敏
(57)【要約】
【課題】危急疾患における予後を判定するためのバイオマーカー、および危急疾患における予後を判定するための方法を提供すること。
【解決手段】危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルを測定し、GDF15レベルの基準値と比較することを含む、危急疾患における予後を判定するための方法、GDF15に特異的に結合する物質を含む、危急疾患における予後を判定するためのキット、およびGDF15を含む、危急疾患における予後を判定するためのバイオマーカー等が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルを測定し、GDF15レベルの基準値と比較することを含む、危急疾患における予後を判定するための方法。
【請求項2】
対象由来の試料中のGDF15レベルが基準値より高いことが、該対象の危急疾患における予後不良の指標とされる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記基準値より高い対象由来の試料中のGDF15レベルが6000pg/ml以上である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
GDF15レベルの測定がELISA法またはLATEX法によって実施される、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
危急疾患における予後を判定するためのデータの取得方法であって、危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルを測定することを含む、方法。
【請求項7】
危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、請求項6記載の方法。
【請求項8】
GDF15レベルの測定がELISA法またはLATEX法によって実施される、請求項6または7記載の方法。
【請求項9】
GDF15に特異的に結合する物質を含む、危急疾患における予後を判定するためのキット。
【請求項10】
危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、請求項9記載のキット。
【請求項11】
GDF15に特異的に結合する物質がGDF15に特異的に結合する抗体である、請求項9または10記載のキット。
【請求項12】
GDF15に特異的に結合する物質が、GDF15に特異的に結合する抗体で被覆されたラテックス微粒子である、請求項11記載のキット。
【請求項13】
GDF15に特異的に結合する物質を含む、危急疾患における予後を判定するための試薬。
【請求項14】
危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、請求項13記載の試薬。
【請求項15】
GDF15に特異的に結合する物質がGDF15に特異的に結合する抗体である、請求項13または14記載の試薬。
【請求項16】
GDF15に特異的に結合する物質が、GDF15に特異的に結合する抗体で被覆されたラテックス微粒子である、請求項15記載の試薬。
【請求項17】
GDF15を含む、危急疾患における予後を判定するためのバイオマーカー。
【請求項18】
危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、請求項17記載のバイオマーカー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、危急疾患における予後を判定するためのバイオマーカーとしてのGDF15、および該バイオマーカーを用いることを特徴とする危急疾患における予後を判定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
GDF15(Growth Differentiation Factor 15)は、細胞が障害された場合に誘導されるTGFβ(Transforming Growth Factor β)遺伝子ファミリーに属する生体内活性物質(サイトカイン)であり、これまでMIC1、TGF-PL、PDF、PLAB、PTGFBなどの多くの呼称で呼ばれていた。しかしながら、その生物学的意義はいまだ不明である。本願発明者は以前に、GDF15がミトコンドリア病の診断バイオマーカーとして有用であることを報告した(特許文献1、非特許文献1)。さらに、GDF15を測定するための、LATEX法を利用した自動汎用検査機器に搭載可能なLTIA(Latex-enhanced Turbidimetric Immunoassay)デバイスが開発された(非特許文献2)。該デバイスは、大量の検体を迅速に(10分以内)、全自動で、且つ、従来から利用されているELISA法よりも安価に、GDF15を測定することができる。
【0003】
一方、危急疾患発症者のトリアージにおいて、重症となる患者をより早期に判別して集中治療に結びつけることが喫緊の重要課題であることは知られている。また、初期には軽症者に属していた患者のなかでも重症化する兆候をいち早く察知し、その後の適切な医療に結びつけることも重要である。これまで、危急疾患の予後判定にはpH値や乳酸またはピルビン酸濃度等がマーカーとして用いられてきたが、これらはいずれも感度および特異度が低く、生命予後を網羅的に予測するものではなった。したがって、これまでに危急疾患における生命予後を判定できるサロゲートマーカーは存在しておらず、かかるサロゲートマーカーの開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Yatsuga S, Fujita Y, Ishii A, Fukumoto Y, Arahata H, Kakuma T, Kojima T, Ito M, Tanaka M, Saiki R, Koga Y,. "Growth differentiation factor 15 as a useful biomarker for mitochondrial disorders", Annals of neurology. 2015;78(5):814-23 . doi: 10.1002/ana.24506
【非特許文献2】Koga Y, Povalko N, Inoue E, Ishii A, Fujii K, Fujii T, Murayama K, Mogami Y, Hata I, Ikawa M, Fukami K, Fukumoto Y, Nomura M, Ichikawa K, Yoshida K., "A new diagnostic indication device of a biomarker growth differentiation factor 15 for mitochondrial diseases: From laboratory to automated inspection", J. Inherit Metab Dis. 2020;1-9, doi: 10.1002/jimd.12317
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、危急疾患における予後を判定するためのバイオマーカー、および危急疾患における予後を判定するための方法を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者は、鋭意研究の結果、GDF15が、ミトコンドリア病のような一次的なミトコンドリア機能不全の病態のみならず、溺水、感染症、有機酸血症の急性増悪期、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡などの二次的なミトコンドリア機能不全の病態でも高度に増加することを見出した。ミトコンドリア機能不全が起こると、それが重度であれば、確実に死の転帰に至ることは自然科学の摂理である。実際、ミトコンドリア病以外の危急疾患でも、GDF15の異常高値が持続する症例は、死亡リスクが高いことを見出した。かくして、本願発明者は、危急疾患における予後を判定するためのバイオマーカーとしてGDF15が有効であることを見出し、本願発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本願発明は、
[1]危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルを測定し、GDF15レベルの基準値と比較することを含む、危急疾患における予後を判定するための方法、
[2]対象由来の試料中のGDF15レベルが基準値より高いことが、該対象の危急疾患における予後不良の指標とされる、[1]記載の方法、
[3]前記基準値より高い対象由来の試料中のGDF15レベルが6000pg/ml以上である、[2]記載の方法、
[4]危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、[1]~[3]のいずれかに記載の方法、
[5]GDF15レベルの測定がELISA法またはLATEX法によって実施される、[1]~[4]のいずれかに記載の方法、
[6]危急疾患における予後を判定するためのデータの取得方法であって、危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルを測定することを含む、方法、
[7]危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、[6]記載の方法、
[8]GDF15レベルの測定がELISA法またはLATEX法によって実施される、[6]または[7]記載の方法、
[9]GDF15に特異的に結合する物質を含む、危急疾患における予後を判定するためのキット、
[10]危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、[9]記載のキット、
[11]GDF15に特異的に結合する物質がGDF15に特異的に結合する抗体である、[9]または[10]記載のキット、
[12]GDF15に特異的に結合する物質が、GDF15に特異的に結合する抗体で被覆されたラテックス微粒子である、[11]記載のキット、
[13]GDF15に特異的に結合する物質を含む、危急疾患における予後を判定するための試薬、
[14]危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、[13]記載の試薬、
[15]GDF15に特異的に結合する物質がGDF15に特異的に結合する抗体である、[13]または[14]記載の試薬、
[16]GDF15に特異的に結合する物質が、GDF15に特異的に結合する抗体で被覆されたラテックス微粒子である、[15]記載の試薬、
[17]GDF15を含む、危急疾患における予後を判定するためのバイオマーカー、
[18]危急疾患が、ウイルス性感染症、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症から選択される、[17]記載のバイオマーカー、
等を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、被検者由来の試料中のGDF15レベルを測定することにより、様々な危急疾患における予後を網羅的に判定することができる。その結果、危急疾患における医療現場の混乱を緩和でき、医療スタッフの精神的余裕、医療ケアの迅速な計画立案が可能となる。さらに、あらゆる危急疾患における迅速な重症者の選別や適切な医療環境の整備、医療資源の枯渇や医療崩壊を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】危急疾患ではない患者由来の試料中のGDF15レベルの測定結果を示す。
【
図2】危急疾患患者由来の試料中のGDF15レベルの測定結果を示す。
【
図3】危急疾患患者由来の試料中のGDF15レベルの経時的測定結果を示す。
【
図4】危急疾患患者由来の試料中のGDF15レベルの経時的測定結果を示す。
【
図5】危急疾患患者由来の試料中のGDF15レベルの経時的測定結果を示す。
【
図6】危急疾患患者由来の試料中のGDF15レベルの経時的測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
発明者は以前の研究で、ミトコンドリア病においてGDF15が増加することを見出した(例えば、特許文献1)。今回、GDF15は、ミトコンドリア病のような一次的なミトコンドリア機能不全の病態のみでなく、二次的なミトコンドリア機能不全の病態でも高度に増加することが分かった。このようなGDF15の増加は、細胞障害時やエネルギー不全時に核とミトコンドリア遺伝子間のネットワーク機構により活性化された結果と考えられる。細胞のエネルギー源となるミトコンドリアの機能不全が重篤であれば、細胞は速やかにATP不足となり、細胞死が惹起され、ひいては生体死につながる。GDF15の発現に影響を与える因子は数多く存在するが、GDF15測定値の絶対値の高さが死亡率に非常に相関することが明らかになった。したがって、GDF15は、一次的(直接的)ミトコンドリア機能不全のみならず、種々の二次的(間接的)に誘導されるミトコンドリア機能不全(すなわち、エネルギー不全)をも評価できるバイオマーカーであることから、種々の危急疾患での予後を網羅的に判定できるサロゲートマーカーとして機能する。
【0012】
1.用語
本願明細書において、「危急疾患」とは、死亡につながるような生命に重大な危機を及ぼすほどの重篤な病気・病態(例えば、多臓器不全につながる重篤な状態等)、および死の危険を推測させる病気・病態をいう。例えば、限定するものではないが、脳卒中、心筋梗塞、重症度や緊急度が高い外傷(例えば、重症交通外傷)、熱傷、中毒および腹痛(例えば、急性腹症)、溺水、けいれん重積、種々の臓器不全(例えば、心臓、腎臓、肝臓、悪性腫瘍)、真菌性、細菌性、およびウイルス性感染症(特に、重症感染症)、感染症に起因するサイトカインストーム、糖尿病性ケトアシドーシス(特に、重篤な糖尿病性ケトアシドーシス)、糖尿病性昏睡、有機酸血症(例えば、プロピオン酸血症、メチルマロン酸血症、ピルビン酸脱水素酵素欠損症など)、致死型心筋症の急性発作および急性転化等の疾患が挙げられる。ウイルス性感染症としては、例えば、限定するものではないが、インフルエンザウイルス、コロナウイルス(例えば、COVID-19)、ヘルペスウイルス、アデノウイルス、サイトメガロウイルス、エプスタイン・バーウイルス等の感染症が挙げられる。感染症には、脳炎・脳症(例えば、インフルエンザ脳炎・脳症、ヘルペスウイルス性脳炎・脳症、アデノウイルス脳炎・脳症、サイトメガロウイルスによる脳炎・脳症、エプスタイン・バーウイルス脳炎・脳症等のウイルス性脳炎・脳症)が包含される。好ましくは、危急疾患として、ウイルス性感染症(特に、ウイルス性重症感染症)、糖尿病性ケトアシドーシス(特に、重篤な糖尿病性ケトアシドーシス)、糖尿病性昏睡、有機酸血症、および致死型心筋症の急性発作および急性転化が挙げられる。
【0013】
本願明細書において、「危急疾患の症状」とは、危急疾患に特徴的ないずれかの症状であり、当業者に既知である。例えば、限定するものではないが、急性発作、発熱、意識障害、けいれん、異常呼吸・呼吸停止、脈の不正・心停止、血圧低下、ショック状態、乏尿等が挙げられる。例えば、インフルエンザ脳炎・脳症では、限定するものではないが、脳が腫れる、けいれん、または意識障害等の症状が挙げられる。例えば、有機酸血症では、限定するものではないが、有機酸の蓄積、脳が腫れる、循環器不全、または肝不全等の症状が挙げられる。例えば、致死型心筋症では、限定するものではないが、心臓のポンプ機能不全等が挙げられる。例えば、糖尿病性ケトアシドーシスまたは糖尿病性昏睡では、限定するものではないが、血液pHの異常な低下(pH7未満)等が挙げられる。
【0014】
本願明細書において、「対象」には、ヒトおよびヒト以外の動物が包含される。ヒト以外の動物としては、哺乳動物が好ましく、例えば、限定するものではないが、マウス、イヌ、サル、ウサギ、ウシ、ウマ、ネコ等が挙げられる。
【0015】
本願明細書において、「試料」とは、例えば生体試料であり、好ましくは体液である。例えば、限定するものではないが、血液、血清、血漿、脳脊髄液、尿、唾液、痰、胸水等が挙げられる。好ましくは、血液、血清または血漿が用いられる。
【0016】
「GDF15レベルの基準値」とは、危急疾患の症状を有しない対象由来の試料中のGDF15レベルである。「危急疾患の症状を有しない対象」とは、例えば、正常対象、または危急疾患の症状を有しないが、他の疾患に罹患している対象であってもよい。正常対象とは、例えば、肥満、高脂血症、耐糖能異常、呼吸器・心・腎臓の合併症がなく、通常の血液生化学的検査が正常で、かつ、薬物治療を行っていない対象をいう。
【0017】
「予後」とは、患者における病状の医学的な見通しをいい、本願明細書において「予後」には、生命予後、経過(悪化するのか、改善するのか)の予測、重症化の予測、重症度の推移、神経学的予後などが包含される。「生命予後」とは、生命が維持できるかどうかについての見通しをいう。また、「予後不良」には、死亡リスクがあること又は高いこと、病状悪化の予測、重症化リスクがあること又は高いこと、神経学的後遺症が残るリスクがあること又は高いことなどが包含される。
【0018】
なお、本願明細書中に示される数値は、特記しない限り、当該分野で許容され得る範囲の変動、例えば、±10%を含み得る。
【0019】
2.危急疾患における予後を判定するための方法および危急疾患における予後を判定するためのデータの取得方法
本発明においては、対象由来の試料中のGDF15を危急疾患における予後判定のためのバイオマーカーとして使用する。したがって、危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルを測定し、GDF15レベルの基準値と比較することを含む、危急疾患における予後を判定するための方法、および、危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルを測定することを含む、危急疾患における予後を判定するためのデータの取得方法が提供される。本発明の方法において、危急疾患の種類は同定されていなくてもよい。本発明によれば、いずれかの危急疾患の症状を有する対象において予後を判定することができ、または、予後を判定するためのデータを取得することができる。
【0020】
本発明の方法において、試料中のGDF15レベルの測定は、当該分野で既知の方法によって行うことができる。例えば、GDF15に特異的に結合する物質を試料に添加し、該試料中のGDF15に結合した物質の量に基づいて該試料中のGDF15タンパク質レベルを決定することができる。また別の例として、GDF15タンパク質の代わりにmRNAを測定してもよく、試料からRNAを抽出し、GDF15遺伝子配列に特異的なプライマーを用いてGDF15のmRNA量を測定し、該測定値に基づき試料中のGDF15の発現レベルを決定することができる。mRNA量の測定には、例えばRT-PCRなどの常法を用いることができる。
【0021】
GDF15に特異的に結合する物質の例としては、限定するものではないが、GDF15に特異的に結合する化合物、およびGDF15に特異的に結合する抗体または抗体断片が挙げられる。好ましくは、GDF15に特異的に結合する抗体または抗体断片が用いられる。GDF15に特異的に結合する物質は、その検出または定量を容易にするために標識されていてもよい。標識の例としては、限定するものではないが、色素、蛍光色素、発色色素、化学発光色素、呈色試薬、酵素、放射性同位体等が挙げられる。抗体は、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体のいずれであってもよい。
【0022】
抗体を用いてGDF15レベルを測定する方法としては、例えば、限定するものではないが、ELISA法(酵素結合免疫吸着アッセイ)、およびLATEX法(ラテックス凝集法)、ラジオイムノアッセイ、化学発光免疫アッセイ、蛍光免疫アッセイ等が挙げられる。好ましくは、ELISA法またはLATEX法が用いられる。ELISA法は、試料中に含まれる目的の抗原を、酵素標識した抗体および酵素反応を利用して検出する方法であり、直接法、間接法、サンドイッチ法、競合法等がある。LATEX法は、抗体をラテックス粒子に固相化し、試料中の抗原の存在下でラテックス粒子を凝集させ、該凝集を観察することにより抗原を検出する。本発明においては、新たに開発されたLATEX法のためのLTIA(Latex-enhanced Turbidimetric Immunoassay)デバイスを用いることにより、大量の試料におけるGDF15を短時間(10分以内)で、全自動で、かつ、安価に測定することができる(例えば、非特許文献2)。特に、LTIAデバイスは、測定にわずか10分程度しか要しないことから、急速に悪化する症例の予測が可能となり、医療現場における緊急対応時に有用である。
【0023】
GDF15レベルの基準値は、予め測定していてもよく、または危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルの測定と並行して測定してもよい。GDF15レベルの基準値は、危急疾患の症状を有しない複数の対象由来の試料中のGDF15レベルの測定値に基づいて決定してもよい(例えば、「測定値の平均値±標準偏差」で表される)。基準値は、数値範囲(または基準範囲)であってもよい。好ましくは、危急疾患の症状を有しない対象として正常対象を用いる。正常対象から得られるGDF15レベルの基準値は、例えば、約0~750 pg/mlの範囲であり、例えば、708 pg/ml以下である。肥満、高脂血症、耐糖能異常、呼吸器・心・腎臓の合併症がなく、通常の血液生化学的検査が正常で、かつ、薬物治療を行っていない正常対象から得られたGDF15レベルの基準値(正常基準値)としては、例えば、限定するものではないが、462.5±141.0 pg/ml(非特許文献1)が挙げられる。
【0024】
GDF15レベルの基準値は、対象の年齢および性差に影響されない。基準値は、対象における危急疾患以外の疾患の有無や対象の種などによって変化する場合があるが、当業者であれば、適当な母集団を適宜選択して、GDF15レベルを測定し、基準値を決定することができる。
【0025】
危急疾患における予後の判定は、危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルと、GDF15レベルの基準値とを比較することによって行う。危急疾患の症状を有する対象由来の試料中のGDF15レベルが、GDF15レベルの基準値よりも高い場合、好ましくはGDF15レベルの基準値よりも異常に高い場合、該対象の危急疾患における予後が悪い(予後不良)と判定される。ここで、「GDF15レベルの基準値よりも異常に高い」とは、例えば、GDF15レベルの基準値よりも少なくとも1000 pg/ml高いことをいい、または、GDF15レベルの基準値の少なくとも5倍、好ましくは少なくとも6倍、さらに好ましくは少なくとも7倍、さらに好ましくは少なくとも8倍、さらに好ましくは少なくとも9倍、さらに好ましくは少なくとも10倍高いレベルをいう。基準値よりも異常に高いGDF15レベルの具体例としては、6000 pg/ml以上が挙げられ、好ましくは7000 pg/ml以上、さらに好ましくは8000 pg/ml以上のレベルが挙げられる。
【0026】
本発明の方法は、危急疾患における予後、特に生命予後または重症化を予測することができる。例えば、本発明の方法は、危急疾患の急性期において予後を判定することができる。さらに、GDF15レベルの測定は経時的に行ってもよく、前後比較を行うことにより、対象の危急疾患における予後をより正確に予測することができる。かくして、本発明の方法を用いれば、専門家でなくとも、危急疾患の予後を判定することができる。
【0027】
さらに、本発明の方法を用いれば、危急疾患における重症度の定量化、または重症度の評価も可能である。例えば、本発明の方法は、糖尿病性ケトアシドーシス急性発作期または糖尿病性昏睡における重症度を定量的に評価することができる。
【0028】
上記の通り、本発明によれば、対象由来の試料中のGDF15レベルのみに基づき、危急疾患における予後を判定することができるが、予後の判定は、さらにGDF15レベル以外の他の指標と組み合わせて行ってもよい。他の指標としては、例えば、限定するものではないが、pH値、乳酸濃度、およびピルビン酸濃度、Glasgow Coma Scale等が挙げられる。その他、集中治療における重症度評価としてAPACHE(Acute Physiology and Chronic Health Evaluation)スコア、外傷における重症度評価として、解剖学的指標AIS(Abbreviated Injury Scale)、生理的指標RTS(Revised Trauma Score)、または救命の可能性TRISS(Trauma and Injury Severity Score)等が挙げられる。例えば、COVID-19等の感染症の予後判定(重症化予測)においては、GDF15レベルと組み合わせて、中核症状(発熱期間、酸素吸入期間、呼吸不全、人工呼吸器使用期間、腎不全、心不全、意識障害、脳内出血、神経学的後遺症など)の発現を指標としてもよい。例えば、糖尿病性ケトアシドーシスまたは糖尿病性昏睡における予後判定(重症度評価、神経学的後遺症、生命予後判定)においては、GDF15レベルと組み合わせて、細胞の過還元ストレス状態を調べるために細胞質の乳酸/ピルビン酸比およびミトコンドリアマトリックスのβヒドロキシブチレート/アセトアセテート比、さらに、乳酸、ピルビン酸、血ガス、アニオンギャップ等を指標としてもよい。例えば、けいれん重積、インフルエンザ脳症または溺水状態における予後判定(神経学的後遺症、生命予後判定)においては、GDF15レベルと組み合わせて、細胞の過還元ストレス状態を調べるために細胞質の乳酸/ピルビン酸比およびミトコンドリアマトリックスのβヒドロキシブチレート/アセトアセテート比、さらに、乳酸、ピルビン酸、血ガス、アニオンギャップ等を指標としてもよい。例えば、種々の臓器不全における予後判定(神経学的後遺症、生命予後判定)においては、GDF15レベルと組み合わせて、細胞の過還元ストレス状態を調べるために細胞質の乳酸/ピルビン酸比およびミトコンドリアマトリックスのβヒドロキシブチレート/アセトアセテート比、さらに、乳酸、ピルビン酸、血ガス、アニオンギャップ等を指標としてもよい。
【0029】
3.危急疾患における予後を判定するためのキットおよび危急疾患における予後を判定するための試薬
本発明は、危急疾患における予後を判定するためのキットおよび危急疾患における予後を判定するための試薬を提供する。該キットおよび試薬は、危急疾患の予後判定のためのバイオマーカーであるGDF15に特異的に結合する物質、またはGDF15遺伝子配列に特異的なプライマーを含む。GDF15に特異的に結合する物質については、上記「2.危急疾患における予後を判定するための方法および危急疾患における予後を判定するためのデータの取得方法」において記載したとおりである。上記のキットおよび試薬は、試料中のGDF15レベルを測定するために使用される。
【0030】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明は当該実施例に限定されるものではない。
【実施例0031】
実施例1:危急疾患急性期におけるGDF15レベルの測定
全1700症例(ミトコンドリア病、糖尿病、低身長症、神経・筋疾患、甲状腺疾患、危急疾患)の患者由来の血清試料中のGDF15レベルを、ヒトGDF15イムノアッセイ測定用ELISAキット(GDF15 Elisa Kit、R&D Systems製)を用いて常法により測定した。ELISAキットは、1検体につき2ウェル使用した(duplicate測定)。吸光度計は、BioTek社(USA)のSynergy HTを使用した。危急疾患については、急性期および寛解期の患者由来の試料を用いた。結果を
図1および
図2に示す。図中、縦軸は測定値(pg/ml)、横軸は経過日数を示す。
【0032】
図1および
図2から明らかなように、危急疾患ではない疾患(ミトコンドリア病、糖尿病、低身長症、神経・筋疾患、甲状腺疾患)患者由来の試料においてもGDF15は検出されたが(
図1)、危急疾患では異常な高値を示した(
図2)。病気を有する個体であっても、生命の危険を伴わない疾患状態では、GDF15は異常高値にはならないことが示された。したがって、これらの値を比較すれば、たとえ病気の専門家ではなくても、生命予後に関わる重要な病気(危急疾患)の有無を判断することができる。
【0033】
実施例2:危急疾患におけるGDF15レベルの経時的測定
危急疾患(インフルエンザ脳症、致死型心筋症、有機酸血症急性発作、意識障害を伴う糖尿病性ケトアシドーシス急性発作)の患者由来の血清試料中のGDF15レベルを、ヒトGDF15イムノアッセイ測定用ELISAキットを用いて経時的に測定した。有機酸血症患者は、プロピオン酸血症患者であった。簡単に言うと、患者から採取した血液を血清分離した後、-80℃に冷凍保存した。該血清試料をGDF15レベル測定前に溶解し、ヒトGDF15イムノアッセイ測定用ELISAキット(GDF15 Elisa Kit、R&D Systems製)を使用して、1検体につき2ウェル使用して(duplicate測定)GDF15レベルを測定した。吸光度計は、BioTek社(USA)のSynergy HTを使用した。結果を
図3~
図6に示す。図中、縦軸は測定値(pg/ml)を示し、横軸は経過日数を示す。
【0034】
図3から明らかなように、インフルエンザ脳症の患者(重症度の異なるインフルエンザ脳症患者3名:図中、系列1~3)では、最も重症型の患者(系列3)は急性期で高値を示し、回復と共にGDF15レベルは減少した。
図4から明らかなように、致死型心筋症の患者では、死亡する前に異常な高値を示した(17日目)。なお、該心筋症患者は18日目に死亡した。
図5から明らかなように、有機酸血症急性発作の患者では、発作時(1日目:救急搬送時)に異常な高値を示し、その2日後、回復と共にGDF15レベルは減少した。
図6から明らかなように、意識障害を伴う糖尿病性ケトアシドーシス発作を起こした患者は、発作時には正常値より異常に高いGDF15レベルを示したが、回復後には正常値(708pg/ml以下)範囲のGDF15レベルを示した。