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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022110667
(43)【公開日】2022-07-29
(54)【発明の名称】磁気バレル研磨方法
(51)【国際特許分類】
   B24B 31/112 20060101AFI20220722BHJP
【FI】
B24B31/112
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021006211
(22)【出願日】2021-01-19
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日:令和2年9月3日 掲載アドレス:http://www.scoop-japan.com/kaigi/abtec/ 開 催 日:令和2年9月11日 集 会 名:2020年度砥粒加工学会学術講演会(ABTEC2020)
(71)【出願人】
【識別番号】391017849
【氏名又は名称】山梨県
(71)【出願人】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097043
【弁理士】
【氏名又は名称】浅川 哲
(74)【代理人】
【識別番号】100197996
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 武彦
(72)【発明者】
【氏名】林 善永
(72)【発明者】
【氏名】宮川 和博
(72)【発明者】
【氏名】小松 利安
(72)【発明者】
【氏名】有泉 直子
(72)【発明者】
【氏名】平 晋一郎
【テーマコード(参考)】
3C158
【Fターム(参考)】
3C158AA02
3C158CB01
3C158DA11
(57)【要約】
【課題】 貴金属装身具などに用いられる硬い金属材料に対しても十分に研磨加工することができる磁気バレル研磨方法を提供することである。
【解決手段】 永久磁石7が配置された回転盤4の上方に加工液9、磁性体メディア10及びワーク11が入った容器6を配置し、回転盤4を回転させることで磁束密度変化を与えて加工液9中の磁性体メディア10を駆動し、前記ワーク11を研磨する磁気バレル研磨方法であって、前記容器6の内壁面6aに隣接する領域の加工液の流速が-0.2~0.4m/sの範囲内でワーク11を研磨する磁気バレル研磨方法。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石が配置された回転盤の上方に加工液、磁性体メディア及びワークが入った容器を配置し、回転盤を回転させることで磁束密度変化を与えて加工液中の磁性体メディアを駆動し、前記ワークを研磨する磁気バレル研磨方法であって、前記容器の内壁面に隣接する領域の加工液の流速が-0.2~0.4m/sの範囲内でワークを研磨する磁気バレル研磨方法。
【請求項2】
前記容器の底面全体に相当する領域において、容器の内壁面上にある第1同心円と、第1同心円と中心を同じくする第1同心円よりも半径の小さい第2同心円を描き、該第1同心円と第2同心円との間に磁束密度がBz≧50mTの領域と、磁束密度がBz≦-50mTの領域と、磁束密度がBxy≧50mTの領域と、磁束密度がB<50mTの領域とを含み、且つ磁束密度がBxy≧50mTの領域を第2同心円の内側にも含む時に、前記第1同心円と第2同心円との間にあって前記磁束密度がBz≧50mT又はBz≦-50mTの領域から磁束密度がB<50mTの領域に向かう線上に磁束密度がBxy≧50mTの領域を含まない方向とは逆方向に回転盤を回転させる請求項1に記載の磁気バレル研磨方法。
【請求項3】
前記容器の内壁面に隣接する磁束密度がB<50mTの領域が容器の底面全体に相当する領域の面積の3.1~12.6%を占める請求項1又は2に記載の磁気バレル研磨方法。
【請求項4】
磁性体メディアは、前記容器の内壁面に隣接する領域では回転盤の回転方向に沿って公転運動をし、前記容器の内壁面に隣接する領域を除く中心部付近の領域では水かき運動をする請求項1に記載の磁気バレル研磨方法。
【請求項5】
前記容器の内壁面に隣接する領域とは、容器の内壁面の内側に形成される幅約15mmのリング状の領域である請求項1乃至4のいずれかに記載の磁気バレル研磨方法。
【請求項6】
前記容器は直径が85mmより大きく120mm以下の円筒形状からなる請求項1乃至5のいずれかに記載の磁気バレル研磨方法。
【請求項7】
前記回転盤の回転数は700~1200rpmである請求項1、2、4のいずれかに記載の磁気バレル研磨方法。
【請求項8】
前記磁性体メディアの量は80~170gである1又は4に記載の磁気バレル研磨方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気バレル研磨方法に係り、特に貴金属装身具などに用いられる硬質金属の研磨に有用な研磨方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気バレル研磨とは、磁気を利用したバレル研磨技術の一種であり、容器内に加工液、磁性体メディア、ワークを入れ、外部から磁束密度変化を与えることで磁性体メディアを駆動し、ワークに衝突させることで磨く研磨方法である。この研磨方法は、小さなピン形状の磁性体メディアを用いることで複雑な形状のワークを研磨することができるため、宝飾業界などにおいてロストワックス精密鋳造した貴金属装身具の表面を研磨する方法として広く用いられている。
【0003】
従来、容器の中に多数の磁性素材からなる研磨用小片を被研磨金属と共に装入し、この容器の下面においてS極ゾーンとN極ゾーンを交互に配置した円盤を回転させ、容器をS極とN極が相互に激しく変換する磁場に置くことにより、研磨用小片が激しく回転して攪乱した状態になり、研磨用小片が被研磨金属の細部にまで勢いよく浸入して、全体を均一に研磨する方法が知られている(特許文献1)。
【0004】
また、研磨容器の底面の中心点より外れた位置に高さ方向に延びる補助部材を設け、研磨液と研磨材の真円状の旋回流を崩して、研磨材の移動を直径方向においても生じるようにすることにより、被研磨物との接触作用を拡大して研磨効果の著しい向上を図るようにした研磨方法が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平04-26981
【特許文献2】特開2001-179598
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の研磨方法は、指輪、指輪の枠、精密機械の部品など小型の金属製品を効率よく、且つ高精度に美しく研磨するものである。一般に貴金属装身具として用いられる材料は、銀(SV925)、金(K18)、プラチナ(Pt900)などであり、これらのロストワックス精密鋳造品のビッカース硬さは60~140HV程度である。しかし、近年の宝飾業界では従来よりも硬い200HV以上の材料を用いた装身具が増加傾向にあり、上記の研磨方法はこのような硬い材料に対して十分に研磨できないといった課題がある。
【0007】
また、特許文献2に記載の研磨方法は、研磨液と研磨材の真円状の旋回流を崩すことにより、被研磨物との接触作用を拡大して研磨効果の向上を図るものであるが、200HV以上の材料を用いた装身具に対しては、研磨効果が必ずしも十分とは言えなかった。
【0008】
一般に磁気バレル研磨では磁性体メディアの運動によって容器内の加工液に水流が生じる。また、磁性体メディアの運動エネルギーが大きい方が加工性能は高いと考えられるため、経験的に水流が激しく発生する条件が良いものとされてきた。ところが、貴金属装身具のように小さなワークは、加工液に流されながら磁性体メディアとの相対的な衝突運動によって加工されることから、水流の発生が加工性能に何らかの影響を及ぼしていると考えられる。硬いワークを加工するには、ワークと磁性体メディアとが激しく衝突する必要があるが、水流の中でのワークの流され方によっては磁性体メディアが高速で運動したとしても、ワークとは激しく衝突していない可能性がある。
【0009】
そこで、本発明者は、水流がワークの加工性能に与える影響を鋭利研究し、加工液の流速を制御することで、従来の貴金属装身具より硬い貴金属材料を用いた装身具についても研磨可能な条件を見つけるに至った。すなわち、本願発明は、貴金属装身具などに用いられる硬い金属材料に対しても十分に研磨加工することができる磁気バレル研磨方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明に係る磁気バレル研磨方法では、永久磁石が配置された回転盤の上方に加工液、磁性体メディア及びワークが入った容器を配置し、回転盤を回転させることで磁束密度変化を与えて加工液中の磁性体メディアを駆動し、前記ワークを研磨する磁気バレル研磨方法であって、前記容器の内壁面に隣接する領域の加工液の流速が-0.2~0.4m/sの範囲内でワークを研磨する。
【0011】
また、本発明に係る磁気バレル研磨方法では、容器の底面全体に相当する領域において、容器の内壁面上にある第1同心円と、第1同心円と中心を同じくする第1同心円よりも半径の小さい第2同心円を描き、該第1同心円と第2同心円との間に磁束密度がBz≧50mTの領域と、磁束密度がBz≦-50mTの領域と、磁束密度がBxy≧50mTの領域と、磁束密度がB<50mTの領域とを含み、且つ磁束密度がBxy≧50mTの領域を第2同心円の内側にも含む時に、前記第1同心円と第2同心円との間にあって前記磁束密度がBz≧50mT又はBz≦-50mTの領域から磁束密度がB<50mTの領域に向かう線上に磁束密度がBxy≧50mTの領域を含まない方向とは逆方向に回転盤を回転させる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る磁気バレル研磨方法によれば、容器の内壁面に隣接する領域では磁性体メディアの公転運動により発生する「順水流」と、容器の中央部付近の領域での磁性体メディアの水かき運動により発生する「逆水流」とが互いに打ち消し合い加工液の流速がゼロ付近になることで、磁気バレル研磨による加工性能が上がり、硬い金属材料に対しても十分に研磨加工することできる。なお、「隣接」とは、近傍であり、かつ接している状態を指す。
【0013】
また、本発明に係る磁気バレル研磨方法によれば、回転盤を適切な方向に回転させることによって、磁性体メディアの水かき運動により発生する「逆水流」を容器の中央部付近の領域に適切に生じさせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の磁気バレル研磨方法で用いられる磁気バレル研磨装置の概念図である。
図2】回転盤の上面に設けられた永久磁石の配置を示す平面図である。
図3】容器内に発生する2つの水流によって合流点で淀みが発生する模式図である。
図4】容器底面に相当する天板領域の磁束密度を示す平面図である。
図5】単純化したモデルによる磁性体メディアの水かき運動の模式図である。
図6】容器内の磁束密度の様子と磁性体メディアの倒れる方向を示した模式図である。
図7】加工液の流速測定手段の一例を示す概念図である。
図8】メディア量による流速の変化と加工性能を評価した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る磁気バレル研磨方法の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、図面は、本発明の磁気バレル研磨方法で使用される磁気バレル研磨装置などを模式的に表している。これらの実物の寸法は、図面上の寸法と必ずしも一致していない。また、重複説明は適宜省略させることがあり、同一部材には同一符号を付与することがある。また、本発明の技術的範囲は以下で説明する各実施の形態には限定されず、特許請求の範囲に記載された発明とその均等物に及ぶ点に留意されたい。
【0016】
図1には本発明の磁気バレル研磨方法で用いられる磁気バレル研磨装置が示されている。この磁気バレル研磨装置1は、ケーシング2と、ケーシング2内に配置されたモータ3の駆動によって回転する回転盤4と、ケーシング2の上部に配置された天板5と、天板5上に載置された容器6とを備える。
【0017】
前記回転盤4の上面には複数の永久磁石7が配置されている。永久磁石7は、例えば図2に示されるように、円形状のN極永久磁石7aとS極永久磁石7bとが回転盤4の同心円周上に沿って複数配置されている。この実施形態では回転盤4の回転中心8の周囲にN極永久磁石7aとS極永久磁石7bが交互に2個ずつ配置され、また、その外側を取り囲むようにN極永久磁石7aとS極永久磁石7bが交互に2個ずつ配置され、さらにその外側を取り囲むようにN極永久磁石7aとS極永久磁石7bが4個ずつ配置されている。なお、最も外側に配置されたN極永久磁石7aとS極永久磁石7bは、回転盤4のほぼ外周縁に沿って同一極の磁石が2つ並んで配置されている。このように、回転盤4の上面にはN極永久磁石7aとS極永久磁石7bが3列に配列されている。また、同一円周上では同じ極の永久磁石同士が回転盤4の回転中心8を挟んで対向する位置に配置されている。このように複数の永久磁石7が配置された回転盤4を回転させることで磁束密度変化が与えられ、容器6中の磁性体メディアが駆動されることになる。
【0018】
前記ケーシング2の天板5上に載置された容器6は円筒形状をしている。容器6を天板5の上に載置する際、容器6の底面の中心が回転盤4の回転中心8から20mm以内に位置するように容器6を配置するのが好ましい。10mm以内であればより好ましく、5mm以内であればさらに好ましい。容器6の底面の中心が回転盤4の回転中心8から20mmより大きく離れると、容器6内には図3に示すような2つの水流wf1、wf2を生じてしまうことがある。そのような場合、2つの水流wf1、wf2の合流点15で流れの淀みが生じてワーク11が姿勢を変えられず、局所的な研磨となってしまうからである。
【0019】
容器6内には加工液となる水9、磁性体メディア10及びワーク11が入っている。磁性体メディア10としては、例えば直径0.5mm、長さ5.0mmのステンレス鋼製のピンが利用される。ワーク11は、貴金属装身具として用いられる銀(SV925)、金(K18)、プラチナ(Pt900)の他、200HV以上の硬い貴金属材料や精密機械の小型金属部品などである。
【0020】
図4に示されるように、前記容器6が載置される天板5上の容器の底面全体に相当する領域では、磁束密度が50mT未満の領域13a、すなわち図6に示されるように磁束密度がB<50mTの領域a4と、磁束密度が50mT以上の領域13b、すなわち図6に示されるように磁束密度がBz≧50mTの領域a1、Bz≦-50mTの領域a2及びBxy≧50mTの領域a3と、を含む。特にこの実施形態では容器6の内壁面6aに隣接する磁束密度50mT未満の領域13aが、容器6の底面全体の面積の3.1~12.6%を占めている。3.1%より小さいと磁性体メディア10の公転運動が十分に行われず、逆に12.6%より大きいと磁性体メディア10の公転運動が優勢になり過ぎるからである。いずれの場合にも容器6の内壁面6aに隣接する領域において、実質的な無水流を生じさせることが難しいからである。
【0021】
容器6の大きさは、上述したように上記容器6の内壁面6aに隣接する磁束密度50mT未満の領域13aが、容器6の底面全体の面積の3.1~12.6%となるような大きさが望ましい。この条件を満たす容器の大きさとしては、容器底面の直径が85mmより大きく120mm以下の大きさが好ましい。また、容器6の内壁面6aに隣接する領域とは、図4に斜線で示したように、容器6の内壁面6aとその内側に描いた円6bとの間に形成される幅約15mmのリング状の領域tを指す。
【0022】
容器6に加工液としての水9を入れた時の水面の高さは容器6内に堆積する磁性体メディア10の厚みの1.5倍以上が好ましい。2倍以上であればより好ましく、2.5倍以上であればさらに好ましい。水の量が1.5倍未満であると、水が少なすぎて水中でワークが反転しにくい。一方、作業性の点から水の量は容器6の高さの8割以下に抑えることが望ましい。
【0023】
本発明では、磁性体メディア10によるワーク11の研磨が実質的に行われるのは容器6の内壁面6aに隣接する領域であり、前述したように容器6の内壁面6aの内側に形成される幅約15mmのリング状の領域tで研磨が行われる。したがって、容器6の内壁面6aに隣接する領域では水流が生じない状態で磁気バレル研磨することが望ましい。上述したような天板5上の磁束密度において、内壁面6aに隣接する領域では回転盤4の回転に追従して磁性体メディア10が回転盤4の回転軸回りに回転する公転運動によって発生する「順水流」と、回転盤4の回転によって生じる磁束密度変化に追従して磁性体メディア10がその傾きを変化させる容器の中央部付近での水かき運動によって発生する「逆水流」とが互いに打ち消し合うことによって、容器6の内壁面6aに隣接する領域での加工液を実質的に無水流とすることができる。
【0024】
図5には単純化したモデルによる磁性体メディアの水かき運動の模式図が示されている。図中において、磁性体メディア10内に記した矢印Aは磁性体メディア10の磁気モーメントの向きを、破線で記した矢印Bは磁力線を、矢印Cは永久磁石7の移動方向を、矢印Dは磁性体メディア10の移動方向をそれぞれ示している。この図に示されるように、水かき運動とは磁性体メディア10が、磁石の移動方向とは逆向きに左傾斜から右傾斜へと姿勢を変えて移動していくことをいう。このような水かき運動の機構は以下のように考えられる。磁性体メディア10には、その磁気モーメントの向きが磁力線の向きと一致するようにトルクが働くため、磁性体メディア10は磁力線に沿って配列する。永久磁石7が移動するとトルクが働き、磁性体メディア10の姿勢が変化して、図5に示されるように永久磁石7の移動方向とは逆向きに倒れながら水かき運動するためである。
【0025】
磁性体メディア10が水かき運動をする場合、立っている磁性体メディア10が磁束密度の弱い場所に向かって倒れることはない。すなわち、立っている磁性体メディア10が倒れようとする先に、磁束密度の強い場所と弱い場所がある場合には、磁束密度の強い場所に向かって倒れようとする。例えば、図6に示されるように、容器の底面全体に相当する領域において、容器の内壁面上にある第1同心円と、第1同心円と中心を同じくする第1同心円よりも半径の小さい第2同心円を描いたときに、該第1同心円と第2同心円との間に磁束密度がBz≧50mTの領域a1と、Bz≦-50mTの領域a2と、Bxy≧50mTの領域a3と、B<50mTの領域a4と、を含み且つBxy≧50mTの領域を第2同心円の内側にも含んでいるとする。これら磁束密度の領域a1,a2,a3,a4は、第1同心円及び第2同心円の各円周上の磁束密度を時計回り又は反時計回りに連続的に一周測定したときの値である。ここで、Bzとは、磁束密度Bの鉛直方向成分であり、鉛直上向きが正である。したがって、領域a1、a2では磁性体メディア10を起こす力が強くなる。また、Bxyとは、磁束密度Bの水平方向成分である。したがって、領域a3では磁性体メディアを倒す力が強くなる。一方、領域a4では磁性体メディアを集める力が弱くなる。なお、BとBzとBxyには、B=√(Bz+Bxy)の関係がある。このように、各領域によって磁性体メディアに作用する力が異なることから、第1同心円c1と第2同心円c2との間にあっては、領域a1内又は領域a2内で立っている磁性体メディアは、回転盤の回転方向によって水かき運動に違いが生じることになる。
【0026】
すなわち、図6において回転盤が時計回り方向d1に回転した場合、領域a1又は領域a2で立っている磁性体メディアは反時計回り方向に倒れて水かき運動を行う。この時、磁性体メディアは、第1同心円c1と第2同心円c2との間で円周方向に倒れる(磁性体メディアの倒れる方向を矢印d1’で示す)。一方、回転盤が反時計回り方向d2に回転した場合、領域a1又は領域a2で立っている磁性体メディアは、時計回り方向に倒れて水かき運動を行うが、この時は磁性体メディアが第2同心円c2の円周上よりやや内側のBxy≧50mTの領域a3に向かって倒れる(磁性体メディアの倒れる方向を矢印d2’で示す)。これは、領域a4の磁束密度が領域a3に比べて小さいために、磁性体メディアは倒す力が領域a4よりも強い領域a3に向かって倒れようとするからである。上記のように磁性体メディアが矢印d1’方向に倒れるのは、領域a1又は領域a2から領域a4に向かう線上e1に領域a3を含む場合に起こり易く、磁性体メディアが矢印d2’方向に倒れるのは、図6に示したように、領域a1又は領域a2から領域a4に向かう線上e2に領域a3を含まない場合に起こり易くなる。なお、この実施形態では、領域a1又は領域a2から領域a4に向かう線上e1及びe2は、前記第1同心円c1の線上にあるが、これに限定されることなく、第1同心円c1と第2同心円c2との間で、領域a1又は領域a2から領域a4に向かう線上であってもよい。
【0027】
上記の理由によって、回転盤4の回転方向によって水かき運動に違いが生じる。とくに、容器6の内壁面6aに隣接する領域にある磁性体メディア10がやや内側に向かって倒れる場合には、内壁面6a付近にある磁性体メディア10の公転運動を妨害しないため、内壁面6a付近での公転運動と、中心部付近での水かき運動が同時に行われることとなり、磁性体メディアの公転運動により発生する「順水流」と、容器の中央部付近の領域での磁性体メディアの水かき運動により発生する「逆水流」とが互いに打ち消し合って、容器6の内壁面6aに隣接する領域での流速をゼロに近づけることができる。したがって、磁性体メディアが時計回り方向に倒れて水かき運動を行う場合の方が反時計回り方向に倒れる場合よりも、容器の中央部付近の領域での磁性体メディアの水かき運動により発生する「逆水流」を生じやすくなるため、回転盤4は反時計回り方向d2に回転させるのが望ましい。
【0028】
容器6に入れる磁性体メディア10の量も順水流又は逆水流のなり易さに影響する。すなわち、メディア量が少ないほど順水流になり易く、多いほど逆水流になり易い。そのため、適切なメディア量を選択する必要がある。メディア量の選択手段として、例えば図7に示されるように、天板5からの高さ20mmの位置において容器6の内壁面6aに隣接する領域にピトー管12を設置し、磁気バレル研磨装置を稼働させ、磁性体メディアを順次追加していったときの内壁面に平行な方向の水の流速を計測しながら、好ましいメディア量を選択することができる。好ましいメディア量は回転盤の回転方向を正としたとき、-0.2m/s~0.4m/sとなるときのメディア量である。また、-0.14m/s~0.3m/sとなるときのメディア量がより好ましく、-0.07m/s~0.2m/sとなるときのメディア量がさらに好ましい。この範囲の流速だと、壁面における上昇流が発生しないため、ワークが浮き上がる現象を抑えられ、研磨力の低下が生じない。-0.2m/sよりも負の流速が大きいと水かき運動をする磁性体メディアがワークを容器の内壁面に押さえ付けてしまい、ワークの片面しか研磨されない場合がある。一方、0.4m/sよりも正の流速が大きいと、順水流の割合が大きくなり、それに伴う上昇流の発生によってワークが浮いてしまうため、研磨力の低下が生じてしまう。なお、ワークが浮き上がって高い位置にあるほど研磨力が低いのは、高い位置では磁束密度が弱いためである。
【0029】
また、回転盤4の回転数は、小さいほど水の流速を小さくできるが、低回転数では加工力が弱くなってしまう。そのため、200rpm以上が好ましい。より好ましくは600rpm以上であり、さらに好ましくは800rpm以上である。一方、回転数が大きすぎると順水流になってしまうため、1200rpm以下が好ましい。
【0030】
[実施例1]
この実施例では、加工性能に及ぼす影響を調べるために、メディア量によって流速を変化させた時の加工性能を評価した。鏡面加工されたワークに対して、磁気バレル研磨装置(イマハシ製作所製MBF-300)を用いて粗面化し、その表面粗さによって加工性能を評価した。ワークの条件は以下の通りである。ワークの材質:SUS316L、ワークの形状:一辺15mm、厚さ0.3mmの四角片、ワークの硬さ:157HV、試験前のワークの表面粗さ:Ra0.04μmである。磁気バレル研磨装置の天板の中心に内径100mmの円筒形状の容器を載置し、容器内に上記のワーク(0.6g)の他に、直径0.5mm、長さ5mmのSUS304のピンメディア120g、水300mlを入れた。回転盤を平面視で反時計回り方向(以下、CCWという。)に1000rpmで15分間回転させた時の水の流速を計測すると共に、ワークの表面に粗面化加工を施して表面粗さを増加させ、粗面化後の表面粗さRaの大きさで加工性能を評価した。また、前記したように容器の内壁面に隣接する領域の水の流速をピトー管によって計測した。ピトー管は、内径6mm、鼻管15mm、元管210mmのポリプロピレン製L字管を全圧測定用ピトー管として用いた。容器の内壁面に隣接する領域の水面の水位とピトー管内の水位の差Δh[m]を測定し、v=√(2gΔh)より流速vを求めた。ここで、v[m/s]は流速、g[m/s]は重力加速度である。さらに、表面粗さ計は、小坂研究所製のsurfcorder DSF1000を使用した。表面粗さの評価方法は、JIS B 0601:2013に基づいたものである。ここで、基準長さは0.8mm、評価長さは4mmとした。なお、測定はワーク両面の各3ヶ所(計6ヶ所)で行った。実施例1の結果を、以下の実施例2-4及び比較例1-5と合わせて表1及び図8に示す。なお、図8において、エラーバーは最大値と最小値を示している。
【0031】
[実施例2]
メディア量を80gとしたこと以外は実施例1と同様として、水の流速を計測すると共にワークの表面に粗面化加工を施し、粗面化後の表面粗さRaを評価した。
【0032】
[実施例3]
メディア量を100gとしたこと以外は実施例1と同様として、水の流速を計測すると共にワークの表面に粗面化加工を施し、粗面化後の表面粗さRaを評価した。
【0033】
[実施例4]
メディア量を150gとしたこと以外は実施例1と同様として、水の流速を計測すると共にワークの表面に粗面化加工を施し、粗面化後の表面粗さRaを評価した。
【0034】
[比較例1]
メディア量を50gとしたこと以外は実施例1と同様として、水の流速を計測すると共にワークの表面に粗面化加工を施し、粗面化後の表面粗さRaを評価した。
【0035】
[比較例2]
メディア量を50gとしたこと及び回転方向を時計回り方向(以下、CWという。)としたこと以外は実施例1と同様として、水の流速を計測すると共にワークの表面に粗面化加工を施し、粗面化後の表面粗さRaを評価した。
【0036】
[比較例3]
メディア量を80gとしたこと及び回転方向をCWとしたこと以外は実施例1と同様として、水の流速を計測すると共にワークの表面に粗面化加工を施し、粗面化後の表面粗さRaを評価した。
【0037】
[比較例4]
メディア量を100gとしたこと及び回転方向をCWとしたこと以外は実施例1と同様として、水の流速を計測すると共にワークの表面に粗面化加工を施し、粗面化後の表面粗さRaを評価した。
【0038】
[比較例5]
メディア量を150gとしたこと及び回転方向をCWとしたこと以外は実施例1と同様として、水の流速を計測すると共にワークの表面に粗面化加工を施し、粗面化後の表面粗さRaを評価した。
【0039】
【表1】
【0040】
上記の結果より、容器の内壁面に隣接する領域では、水の流速がゼロ付近である時に粗面化後の表面粗さが各比較例より大きく、また表面粗さのばらつきも各比較例より小さいことから、加工性能が高くなることが分かった。これは、流速が小さいと、壁面における上昇流が抑えられてワークの浮き上がり現象が発生しないために、加工性能が低下しないものと考えられる。
【0041】
[実施例5]
この実施例では、指輪形状の試料の表面粗さをどれだけ小さくできるかを評価した。厚さ0.3mmのSUS316Lの板を#600のエメリー紙で挟み、加工率が10%になるように圧延して、表面粗さと硬さを調整した。表面粗さはRa1.07μm、ビッカース硬さは204HVであった。その板を銀(SV925)製の指輪(内径16mm)の外周面に粘着テープで貼り付け、指輪形状の試料とした。回転盤の回転数は1000rpm、回転方向はCCWとし、メディア量120gの条件で磁気バレル研磨を行い、水の流速を計測するとともに試料の表面粗さを測定した。実施例5の結果を、比較例6と合わせて表2に示す。
【0042】
[比較例6]
メディア量を50gとしたこと以外は実施例5と同様として、磁気バレル研磨を行った。
【0043】
【表2】
【0044】
上記の結果より、水の流速がゼロ付近となるような適切なメディア量を選択することで、表面粗さを小さくできることが分かった。これも、粗面化加工の場合と同様に、流速が小さいと、壁面における上昇流が抑えられてワークの浮き上がり現象が発生しないために、研磨力が低下しないものと考えられる。
【0045】
[実施例6-12]
この実施例では、使用する容器の大きさを変えることで容器内の磁束密度分布を変化させ、その時の容器の内壁面に隣接する磁束密度が50mT未満の領域の面積の割合と水の流速との関係を調べた。本実施例では容器の直径を95mm、100mm、120mmと変えた時に、容器の内壁面に隣接する磁束密度が50mT未満の領域の面積の合計は、容器底面の全面積の3.1~12.6%の範囲にあった。メディア量は80~170gの範囲であり、回転盤の回転数は700~1200rpmの範囲である。いずれの容器においても水の流速がゼロになることを確認した。実施例6-12の結果を、比較例7-15及び比較例16-24と合わせて表3に示す。
【0046】
[比較例7-15]
使用する容器の大きさを直径85mmとした場合の容器の内壁面に隣接する磁束密度が50mT未満の領域の面積の割合と水の流速との関係を調べた。メディア量と回転盤の回転数は、実施例6-12と同様である。この場合には容器内壁面近傍の磁束密度が50mT未満の領域の面積の合計は、容器底面の全面積の2.2%であり、水の流速をゼロとすることができなかった。
【0047】
[比較例16-24]
使用する容器の大きさを直径150mmとした場合の容器の内壁面に隣接する磁束密度が50mT未満の領域の面積の割合と水の流速との関係を調べた。メディア量と回転盤の回転数は、実施例6-12と同様である。容器の内壁面に隣接する磁束密度が50mT未満の領域の面積の合計は、容器底面の全面積の25.6%であり、この場合には水の流速をゼロとすることができなかった。
【0048】
【表3】
【符号の説明】
【0049】
1 磁気バレル研磨装置
2 ケーシング
3 モータ
4 回転盤
5 天板
6 容器
6a 容器の内壁面
6b 容器の内壁面より約15mm内側を示す円
7 永久磁石
7a N極永久磁石
7b S極永久磁石
8 回転中心
9 水(加工液)
10 磁性体メディア
11 ワーク
12 ピトー管
13 容器の底面全体に相当する天板領域
13a 磁束密度50mT未満の領域
13b 磁束密度50mT以上の領域
15 合流点
A 磁性体メディアの磁気モーメントの向き
B 磁力線
C 磁石の移動方向
D 磁性体メディアの移動方向
a1 磁束密度Bz≧50mTの領域
a2 磁束密度Bz≦-50mTの領域
a3 磁束密度Bxy≧50mTの領域
a4 磁束密度B<50mTの領域
c1 第1同心円
c2 第2同心円
d1 回転盤の時計回り方向
d1’ 回転盤が時計回り方向に回転した時の磁性体メディアの倒れる方向
d2 回転盤の反時計回り方向
d2’ 回転盤が反時計回り方向に回転した時の磁性体メディアの倒れる方向
e1 磁束密度がBz≧50mT又はBz≦-50mTの領域からB<50mTの領域に反時計回り方向に向かう線上
e2 磁束密度がBz≧50mT又はBz≦-50mTの領域からB<50mTの領域に時計回り方向に向かう線上
wf1,wf2 水流

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8