(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022111482
(43)【公開日】2022-08-01
(54)【発明の名称】成熟軟骨細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20220725BHJP
【FI】
C12N5/077
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021006928
(22)【出願日】2021-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】514235444
【氏名又は名称】株式会社リジェネシスサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(72)【発明者】
【氏名】矢永 博子
(72)【発明者】
【氏名】矢永 茄津
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC12
4B065BB06
4B065BB08
4B065BB19
4B065CA44
(57)【要約】 (修正有)
【課題】移植に適した成熟軟骨細胞の製造方法を提供する。
【解決手段】第1の培養用培地を用いて軟骨を培養し,成熟軟骨細胞を得る軟骨培養工程を含む,成熟軟骨細胞の製造方法であって,第1の培養用培地は,ドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地である成熟軟骨細胞の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の培養用培地を用いて軟骨を培養し,成熟軟骨細胞を得る軟骨培養工程を含む,成熟軟骨細胞の製造方法であって,
第1の培養用培地は,
ドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地である
成熟軟骨細胞の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の成熟軟骨細胞の製造方法であって,
前記軟骨は耳介軟骨である,方法。
【請求項3】
請求項1に記載の成熟軟骨細胞の製造方法であって,
前記軟骨培養工程は,2%以上15%以下の炭酸ガス及び1%以上10%以下の酸素ガスの環境下において前記軟骨を培養する工程を含む,
方法。
【請求項4】
第1の培養用培地を用いて軟骨を培養し,成熟軟骨細胞を得る軟骨培養工程と,
前記成熟軟骨細胞と,前記軟骨養工程を経て得られる馴化培地(conditioned medium)とを含む成熟軟骨細胞を含む組成物を得る成熟軟骨細胞含有組成物取得工程とを含む,
成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法であって,
第1の培養用培地は,
ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地である
成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法であって,
前記軟骨培養工程は,2%以上15%以下の炭酸ガス及び1%以上10%以下の酸素ガスの環境下において前記軟骨を培養する工程を含む,
成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法。
【請求項6】
請求項4に記載の成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法であって,
前記馴化培地は,インターロイキン8(IL-8),成長関連遺伝子(GRO),単球走化性因子-1(MCP-1),及びVEGFを含む,方法。
【請求項7】
請求項4に記載の成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法であって,
前記成熟軟骨細胞含有組成物は,軟骨再生の為の移植に用いられる組成物である,方法。
【請求項8】
請求項4に記載の成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法であって,
前記成熟軟骨細胞含有組成物は,
耳介形成,外耳道形成,鼻形成,下顎形成,頬骨の硬組織陥凹形成術,頭蓋の硬組織陥凹形成術,気管,漏斗胸などの硬組織陥凹形成術に用いられる組成物である,方法。
【請求項9】
血管再生促進剤の製造方法であって,
前記血管再生促進剤は,血管誘導因子と,VEGFR2陽性細胞とを含む,成熟軟骨細胞含有組成物を含み,
請求項4に記載の成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法により,前記成熟軟骨細胞含有組成物を製造する工程を含む,方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は成熟軟骨細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
外科領域の手術では,骨・軟骨移植による再建術は数多く行われている。ドナーとして使用される部位は,頭蓋骨・肋骨・肋軟骨・腸骨などが使用されてきた。しかしながら,軟骨を大量に採取すればドナーの採骨後の機能的問題や変形が生じる可能性について拒むことはできない。複数回の再建手術を要する症例では,多くの採骨部の犠牲を伴う事が多い。また,採取量にも限界がある。
【0003】
そこで,Vacantiらは動物の軟骨組織を酵素処理して得られた限られた数の軟骨細胞から軟骨を再生させるtissue engineering法を発明した。この方法は,軟骨細胞を人工的に合成された分解性ポリマーで作られた網の目構造の足場(scaffold)に播種し,足場に細胞が付着増殖して軟骨組織が再生されるという発明である[1,2]。しかし,軟骨組織が足場の中に軟骨が均一に生成されなかったため,臨床的に適用できる結果はいまだ得られていない。さらに,足場の合成ポリマーは,生体内で吸収されると炎症を誘発し,再生軟骨の吸収を引き起こすことがわかった[3-4]。後にVacantiらによって報告されたように。大量の細胞を含む人工軟骨構造は,通常,その成長と増殖のために高酸素環境を必要とする。したがって,軟骨が構造の中心まで形成されない場合,軟骨膜は形成されない [5]。したがって,それらの血液と栄養素の供給はかなり制限された。これは,細胞死と人工構築物の不可避の壊死を引き起こし,その後,形状と機能が失われることがわかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Vacanti CA, Langer R, Schloo B, Vacanti JP. Synthetic polymers seeded with chondrocytes provide a template for new cartilage formation. Plast Reconstr Surg. 1991; 88:753-759
【非特許文献2】Cao Y, Vacanti JP, Paige KT, Upton J, Vacanti CA. Transplantation of Chondrocytes Utilizing a Polymer-Cell Construct to Produce Tissue-Engineered Cartilage in the Shape of a Human Ear. Plast Reconstr Surg. 1997; 100: 297-302
【非特許文献3】Santavirta S, Konttinen YT, Saito T, et al. Immune response to polyglycolic acid implants. J Bone Joint Surg Br.1990; 72:597-600.
【非特許文献4】Neidel J, Zeidler U. Independent effects of interleukin 1 on proteoglycan synthesis and proteoglycan breakdown of bovine articular cartilage in vitro. Agents Actions. 1993; 39:82-90.
【非特許文献5】Vacanti CA. The history of tissue engineering. J Cell Mol Med 2006; 10: 569-576.
【非特許文献6】Yanaga H., Imai K., Koga M., Yanaga K. Cell-engineered human elastic chondrocytes regenerate natural scaffold in vitro and neocartilage with neo-perichondrium in the human body post-transplantation. Tissue Eng. Part A. 2012; 18:2020-2029
【非特許文献7】Yanaga H., Imai K., Fujimoto T., Yanaga K. Generating ears from cultured autologous auricular chondrocytes by using two-stage implantation in treatment of microtia. Plast Reconstr Surg. 2009; 124:817-825
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで培養軟骨細胞を移植しても,十分な量の大きさが得られないため,臨床応用することが難しかった。この発明は,移植に適した成熟軟骨細胞の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この明細書に記載される最初の発明は,成熟軟骨細胞の製造方法に関する。この成熟軟骨細胞は,例えば後述するように軟骨再生術などに用いることができる。
この成熟軟骨細胞の製造方法は,第1の培養用培地を用いて軟骨を培養し,成熟軟骨細胞を得る軟骨培養工程を含む。
そして,第1の培養用培地は,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地である。
【0007】
軟骨の例は耳介軟骨である。軟骨は細断された軟骨(微小軟骨)であってもよい。
【0008】
軟骨培養工程は,例えば,2%以上15%以下の炭酸ガス及び1%以上10%以下の酸素ガスの環境下において軟骨を培養する工程を含む。軟骨培養工程は,初代培養と継代培養とで別の培地を用いてもよい。例えば,初代培養には,自己血清及びFGF-2を含む培地を用いてもよい。また,例えば一定期間,軟骨又は成熟軟骨細胞を凍結保存後に培養する場合は,自己血清およびFBS,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地を用いてもよい。
【0009】
この明細書に記載される上記とは別の発明は,成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法に関する。
この方法は,
第1の培養用培地を用いて軟骨を培養し,成熟軟骨細胞を得る軟骨培養工程と,
成熟軟骨細胞と,軟骨養工程を経て得られる馴化培地(conditioned medium)とを含む成熟軟骨細胞を含む組成物を得る成熟軟骨細胞含有組成物取得工程とを含む。
そして,第1の培養用培地は,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地である。
【0010】
軟骨の例は耳介軟骨である。軟骨は細断された軟骨であってもよい。
【0011】
軟骨培養工程は,例えば,2%以上15%以下の炭酸ガス及び1%以上10%以下の酸素ガスの環境下において軟骨を培養する工程を含む。軟骨培養工程は,初代培養と継代培養とで別の培地を用いてもよい。例えば,初代培養には,自己血清及びFGF-2を含む培地を用いてもよい。また,例えば一定期間,軟骨又は成熟軟骨細胞を凍結保存後に培養する場合は,FBS,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地を用いてもよい。
【0012】
馴化培地は,例えば,インターロイキン8(IL-8),成長関連遺伝子(GRO),単球走化性因子-1(MCP-1),及びVEGFを含む。
【0013】
成熟軟骨細胞含有組成物は,軟骨再生の為の移植に用いられる組成物である。
成熟軟骨細胞含有組成物は,耳介形成,外耳道形成,鼻形成,下顎形成,頬骨の硬組織陥凹形成術,頭蓋の硬組織陥凹形成術,気管,漏斗胸などの硬組織陥凹形成術に用いられる組成物である。
【0014】
この明細書に記載される上記とは別の発明は,血管再生促進剤の製造方法に関する。
血管再生促進剤は,管誘導因子と,VEGFR2陽性細胞とを含む,成熟軟骨細胞含有組成物を含む。
そして,この方法は,上記した成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法により,成熟軟骨細胞含有組成物を製造する工程を含む。
【発明の効果】
【0015】
この発明によれば,移植に適した成熟軟骨細胞の製造方法を提供することができる。例えば,培養軟骨細胞と馴化培地(例えば成熟軟骨細胞の上清液)を移植時に同時に加えて移植することにより,軟骨周囲の血管再生を上げて,軟骨細胞移植の生着率を向上させ,移植軟骨の大きさを拡大し長期生存を可能にすることができる。このことにより移植された再生軟骨は血液と栄養素の供給が十分行われることにより,細胞死と壊死を抑制し,その後,形状と機能が保たれる。また,軟骨に栄養が供給されるため,大量の軟骨細胞が生着し,軟骨吸収が抑制され,これまで得られなかった大きな再生軟骨が得られるようになった。
【0016】
培養軟骨細胞とその細胞が産生する上清液を移植時に同時に加えて,軟骨形成を促進し再生軟骨を大きく増大させて,移植を成功させることができる。軟骨細胞と上清液(condition medium)と共に移植すると軟骨周囲に血管新生が起こり高い移植率が達成できた。そこで,培養細胞からどんな因子があるかを確認したところ,幾つかの高濃度の血管誘導を起こすサイトカイン/ケモカインが特異的に見出された。成熟軟骨細胞とその成熟軟骨細胞が産生する血管形成を促進する特異的なサイトカイン/ケモカインの中で特にGRO,IL8, MCP-1,VEGFを含む上清液(CM: conditioned medium)を軟骨細胞に添加し,移植後の吸収を抑制し生着率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は,実施例1の軟骨細胞の位相差顕微鏡写真を示す図面に代わる写真である。
【
図2】
図2は,培養成熟軟骨細胞を培養した際に得られた馴化培地(Conditioned Medium)に含まれるサイトカイン及びケモカインの分析結果を示す図面に代わるグラフである。
【
図3】
図3は,移植1年後,腹部から採取された再生軟骨を示す図面に代わる写真である。
【
図4】
図4は,病理組織学的解析の結果を示す図面に代わる写真である。
【
図5】
図5は,継代における培養軟骨細胞のVEGFR2の変化を示す図面に代わる写真である。
【
図6】
図6は,軟骨細胞の継代可能数とPDLを示す図面に代わるグラフである。
【
図7】
図7は,20歳女性の培養成熟軟骨細胞(P=13)を示す図面に代わる写真である。
【
図8】
図8は,63歳女性の培養成熟軟骨細胞(P=13)を示す図面に代わる写真である。
【
図9】
図9は,37歳女性の培養成熟軟骨細胞(P=14)を示す図面に代わる写真である。
【
図10】
図10は,29歳女性の培養成熟軟骨細胞(P=14)を示す図面に代わる写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下,図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は,以下に説明する形態に限定されるものではなく,以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜修正したものも含む。
【0019】
この明細書に記載される最初の発明は,成熟軟骨細胞の製造方法に関する。この成熟軟骨細胞は,例えば後述するように軟骨再生術などに用いることができる。
この成熟軟骨細胞の製造方法は,第1の培養用培地を用いて軟骨を培養し,成熟軟骨細胞を得る軟骨培養工程を含む。
そして,第1の培養用培地は,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地である。この培地は,自己血清およびFBSのいずれか又は両方を含んでもよい。
【0020】
軟骨の例は耳介軟骨である。軟骨は細断された軟骨(微小軟骨)であってもよい。軟骨を細断し,洗浄後,血液成分を除去されたものであってもよい。
【0021】
軟骨培養工程は,例えば,2%以上15%以下の炭酸ガス及び1%以上10%以下の酸素ガスの環境下において軟骨を培養する工程を含む。軟骨培養工程は,初代培養と継代培養とで別の培地を用いてもよい。例えば,初代培養には,自己血清及びFGF-2を含む培地を用いてもよい。また,例えば一定期間,軟骨又は成熟軟骨細胞を凍結保存後に培養する場合は,自己血清およびFBS,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地を用いてもよい。
【0022】
この明細書に記載される上記とは別の発明は,成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法に関する。成熟軟骨細胞含有組成物は,軟骨再生の為の移植に用いられる組成物である。成熟軟骨細胞含有組成物は,耳介形成,外耳道形成,鼻形成,下顎形成,頬骨の硬組織陥凹形成術,頭蓋の硬組織陥凹形成術,気管,漏斗胸などの硬組織陥凹形成術に用いられる組成物である。
【0023】
軟骨培養工程
軟骨培養工程は,第1の培養用培地を用いて軟骨を培養し,成熟軟骨細胞を得るための工程である。軟骨培養工程は,採取した軟骨を(洗浄後)そのまま培養してもよい。また,軟骨培養工程は,裁断した微小軟骨を培養する工程であってもよいし,細断ろ過した微小軟骨を培養する工程であってもよい。以下,細断ろ過した微小軟骨を培養する工程に基づいて説明する。
【0024】
第1の培養用培地は,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地である。この培地は,自己血清およびFBSのいずれか又は両方を含んでもよい。第1の培養用培地は,自己血清,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地であるか,FBS,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地であることが好ましい。
【0025】
培地には,基本培地に適宜必要な要素を添加すればよい。基本培地の例は,α-MEM培地,イーグル基礎培地,及びDMEMである。試薬は,培地に用いる公知のものを適宜添加すればよい。試薬の例は,ウシ胎児血清(FBS),HC(ヒドロコルチゾン),FGF2,IGF(インスリン様増殖因子),インスリン,PDGF(platelet derived growth factor),ACTH(副腎皮質刺激ホルモン),LIF(白血病阻害因子),TGFβ,BMP,ステロイド,軟骨酸,大豆トリプシン阻害剤,アスコルビン酸,ヒアルロン酸,プロリン,デキサメタゾン,インスリン,トランスフェリン,亜セレン酸である。アスコルビン酸などを培地に添加する場合,2-リン酸塩など塩の形のものを添加してもよい。それぞれ培地に0.1ng/mL以上20μg/mL以下(又は0.2ng/mL以上10μg/mL以下)となるように添加すればよい。これらは精製の程度や必要量に応じて適宜調整して添加すればよい。FBSにかえて,自己血清を添加してもよい。また,無血清培地をもちいてもよい。いずれにせよ培地には,HC(ヒドロコルチゾン),及びFGF-2を添加することが好ましい。
【0026】
培養用培地の例はα-MEM培地に1~10%ウシ胎児血清(FBS), 20ng/ml以上100ng/ml以下のヒドロコルチゾン(Hydrocortisone), 5ng/ml以上20ng/ml(又は50ng/ml)のFGF2(Fibroblast Growth Factor 2)を添加したものである。1~10%ウシ胎児血清(FBS)とともに又はこれと代えて,1~10%自己血清を添加してもよい。これらの量は適宜調整してもよい。例えば,FBS及び自己血清は,培地に0.1%~20%含ませてもよい。
【0027】
微小軟骨を通常の培養条件で培養・増殖させてもよい。細胞量は10%前後から100%コンフルエントな状態まで可能であり,また,100%コンフルエントを超えるような高密度,重層状態での培養も可能である。移植後すぐに,あるいはしばらく静置した後,低酸素状態に移行させてもよい。低酸素培養は,例えば市販の窒素ガスなどを混合し,酸素分圧を低下させるタイプの低酸素インキュベーターを用いることもできるし,適当な空間に窒素ガスなどを吹き込んで酸素分圧を下げるなどして培養してもよい。
【0028】
軟骨培養工程は,例えば,2%以上15%以下の炭酸ガス及び1%以上10%以下の酸素ガスの環境下において軟骨を培養する工程を含む。軟骨培養工程は,初代培養と継代培養とで別の培地を用いてもよい。例えば,初代培養には,自己血清及びFGF-2を含む培地を用いてもよい。また,例えば一定期間,軟骨又は成熟軟骨細胞を凍結保存後に培養する場合は,FBS,ヒドロコルチゾン及びFGF-2を含む培地を用いてもよい。
【0029】
成熟軟骨細胞含有組成物取得工程
成熟軟骨細胞含有組成物取得工程は,成熟軟骨細胞と,軟骨培養工程を経て得られる馴化培地(conditioned medium)とを含む成熟軟骨細胞含有組成物を得るための工程である。成熟軟骨細胞含有組成物は,成熟軟骨細胞と培養上清を含むものであってもよい。
【0030】
成熟軟骨細胞の好ましい例は,ケモカイン/サイトカインであるインターロイキン8(IL-8),成長関連遺伝子(GRO),単球走化性因子-1(MCP-1),及びVEGFを,それぞれIL-6よりも4倍以上発現する細胞である。IL-8,GRO及びMCP-1のいずれか又は2種以上をIL-6よりも10倍以上発現するものであってもよいし,IL-6よりも20倍以上発現するものであってもよいし,IL-6よりも20倍以上発現するものであってもよい。このように血管再生促進能が高く炎症性の少ないサイトカイン/ケモカインを含むことで,成熟軟骨細胞含有組成物は,移植した際に,炎症を惹き起こさずに高い血管促進能を発揮するため,移植に適している。この成熟軟骨細胞含有組成物は,特に移植を行う患者から採取した軟骨を含む物が好ましい。
【0031】
成熟軟骨細胞の好ましい例は,インターロイキン8(IL-8),成長関連遺伝子(GRO),単球走化性因子-1(MCP-1),及びVEGFのいずれか又は2種以上を,TNF-αに比べて10倍以上発現するものであり,TNF-αに比べて50倍以上発現するものが好ましく,TNF-αに比べて100倍以上発現するものが好ましく,TNF-αに比べて500倍以上発現するものが好ましい。
【0032】
成熟軟骨細胞の好ましい例は,インターロイキン8(IL-8),成長関連遺伝子(GRO),単球走化性因子-1(MCP-1),及びVEGFのいずれか又は2種以上を,IL-1-βに比べて10倍以上発現するものであり,IL-1-βに比べて50倍以上発現するものが好ましく,IL-1-βに比べて100倍以上発現するものが好ましく,IL-1-βに比べて500倍以上発現するものが好ましい。
【0033】
成熟軟骨細胞の好ましい例は,インターロイキン8(IL-8),成長関連遺伝子(GRO),単球走化性因子-1(MCP-1),及びVEGFのいずれか又は2種以上を,INF-γに比べて10倍以上発現するものであり,INF-γに比べて50倍以上発現するものが好ましく,INF-γに比べて100倍以上発現するものが好ましく,INF-γに比べて500倍以上発現するものが好ましい。
【0034】
成熟軟骨細胞含有組成物は,目的に応じて適切な量の成熟軟骨細胞や馴化培地(又は培養上清)を含めばよい。また,この組成物は,通常の組成物と同様に必要な容器に収容し,必要に応じて利用できるようにすればよい。成熟軟骨細胞の量は,例えば,1回用途当たり1×104 細胞以上1×1010細胞でもよいし,1回用途当たり1×105 細胞以上1×108細胞でもよい。
【0035】
培養上清を有効成分として含む剤は,例えば,特開2013-18756号公報,特許第5139294号,及び特許第5526320号公報に開示されるとおり公知である。したがって,馴化培地を含む組成物を,公知の方法を用いて製造することができる。
【0036】
成熟軟骨細胞の培養上清の例は,遠心分離により培養上清を固液分離して得られる上清成分である培養上清を,凍結乾燥により水分を除去して得られる処理物,エバポレーター等を用いて培養上清を減圧濃縮して得られる処理物,限外ろ過膜等を用いて培養上清を濃縮して得られる処理物,又はフィルターを用いて培養上清を固液分離して得られる処理物,もしくは,上述のような処理をする前の培養上清の原液である。また,例えば,本発明の成熟軟骨細胞を培養した上澄みを,遠心分離(例えば,1,000×g,10分)した後,硫安(例えば,65%飽和硫安)で分画し,沈殿物を適切な緩衝液で懸濁した後に透析処理を行い,シリンジフィルター(例えば,0.2μm)で濾過し,無菌的な培養上清を得てもよい。採取した培養上清を,そのまま用いても,また凍結保存しておき使用時に解凍して用いることもできる。また薬剤学的に許容される担体を加えて,取り扱いやすい液量となるように滅菌容器に分注してもよい。さらに,感染性病原体リスクの対策として,培養上清をウイルスクリアランスフィルターや紫外線照射により処理してもよい。成熟軟骨細胞含有組成物は,培養上清を1投与単位として1mL以上1,000mL以下含むことが好ましく,さらに好ましくは,30mL以上300mL以下である。
【0037】
培養軟骨細胞と馴化培地(例えば成熟軟骨細胞の上清液)を移植時に同時に加えて移植することにより,軟骨周囲の血管再生を上げて,軟骨細胞移植の生着率を向上させることにより再生軟骨を大きく増大させて,移植を成功させることができる。この組成物は,例えば,耳介形成,鼻形成,下顎形成,頬骨の硬組織陥凹形成術,頭蓋の硬組織陥凹形成術,漏斗胸の硬組織陥凹形成術に用いられる。
【0038】
この明細書に記載される上記とは別の発明は,血管再生促進剤に関する。この血管再生促進剤は,例えば,上記したいずれかの成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法によって得られた成熟軟骨細胞含有組成物を含む。つまりこの血管再生促進剤は,上記した成熟軟骨細胞含有組成物と同様である。血管再生促進剤は,例えば注射剤であってもよい。注射器内に,上記した成熟軟骨細胞含有組成物を含有させておき,必要に応じて患者の組織と混合し,患者の必要個所に移植すればよい。血管再生促進剤は,管誘導因子と,VEGFR2陽性細胞とを含む,成熟軟骨細胞含有組成物を含む。そして,この方法は,上記した成熟軟骨細胞含有組成物の製造方法により,成熟軟骨細胞含有組成物を製造する工程を含む。
【実施例0039】
1平方センチメートルの耳介軟骨が患者の耳の残骸から採取した。破片を細かく刻み,抗生物質を補充したリン酸緩衝生理食塩水(Ca-)でリンスした。次に,それらを0.3%コラゲナーゼ(Worthington Biochemical,Freehold,NJ)/ PBSで処理し,スターラーで37℃,4~6時間回転させた後,軟骨細胞を単離した。初代培養では軟骨細胞を1×103 cells / cm2の細胞密度で播種し,10%自家血清,FGF-2(5~10ng / ml,FIBRAST(登録商標),Kaken Pharmaceuticals,東京)を添加したDMEM培地で初代培養した。継代培養では,軟骨細胞を175cm2培養フラスコあたり1X103 cells / cm2で播種した。つぎに継代培養細胞を播種し,軟骨細胞およびCMを含む移植材料を最終産物(1 × 107 cells / 1 cc CM)として得た。培地はHigh glucose-DME培地に5%FBS(Fetal Bovine Serum), 40ng/ml Hydrocortisone, 10ng/ml Fibroblast Growth Factor 2を添加してものを使用した.培養条件は,5~10%炭酸ガス下で行った.初代培養12日目に2~3x106 cellsの培養細胞を回収した.この細胞の一部を凍結し,他の細胞を4~5x104/cm2の密度で播種し,14日間培養した.15日後にPBS(-)で3回洗浄し,2日間上記の培地成分からFBSを除いた培地にて培養した.この培地を馴化培地(Conditioned Medium)として分析に用いた.
【0040】
培地組成
培地はHigh glucose-DME培地培地に5%ウシ胎児血清(FBS:Fetal Bovine Serum), 40ng/ml ヒドロコルチゾン(Hydrocortisone), 10ng/ml FGF2(Fibroblast Growth Factor 2)を添加したものを使用した.培養条件は,10%炭酸ガス,5%酸素ガス下で行った.
図1は,実施例1の軟骨細胞の位相差顕微鏡写真を示す図面に代わる写真である。
抗体固体化磁気ビーズ法(Antibody-Immobilized Magnetic Beads法)で培養成熟軟骨細胞の馴化培地(Conditioned Medium)のサイトカイン/ケモカイン分析を行った. 馴化培地(Conditioned Medium)サンプルを13,000 G,4℃で5分間遠心して得られた上清を測定に使用した。馴化培地(Conditioned Medium)内の40の標的タンパク質の濃度を,Luminex(登録商標)システムを使用して測定した。前処理されたサンプルをウェルあたり25μLで使用し,測定を3回行った。標準液をマニュアルに基づいて1点追加し,5倍希釈系列を7点用意し,3回測定した。対象タンパク質40品目は,EGF,FGF-2,エオタキシン,TGF-α,G-CSF,Flt-3L,GM-CSF,フラクタルカイン,IFNα2, IFNg, GRO, IL-10, MCP-3, IL- 12P40, MDC, IL-12P70, PDGF-AA, IL-13, PDGF-AB / BB, IL-15, sCD40L, IL-17A, IL-1RA, IL-1α, IL-9, IL-1b, IL-2, IL-3, IL-4, IL-5, IL-6, IL-7, IL-8, IP-10, MCP-1, MIP-1α, MIP-1b, RANTES, TNFα, TNFb, 及びVEGFであった。