(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022111749
(43)【公開日】2022-08-01
(54)【発明の名称】ストレス緩和剤及びストレス緩和剤の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23K 10/10 20160101AFI20220725BHJP
【FI】
A23K10/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021007382
(22)【出願日】2021-01-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年2月12日に開催された令和元年度広島大学生物生産学部動物生産科学コース卒業論文発表会において、公開した。 令和2年3月16日に発行された平成31年度地域適応コンソーシアム 中国四国地域事業委託業務 成果報告書において、本件発明に関連する事項について公開した。 令和2年6月10日に、以下のURLにおいて、前記成果報告書が公開された。 https://adaptation-platform.nies.go.jp/conso/adaptation/chugoku-shikoku/index.html https://adaptation-platform.nies.go.jp/conso/adaptation/pdf/chugokushikoku/chugokushikoku_Final Report_0502.pdf 令和2年6月10日に、以下のURLにおいて、前記成果報告書の要約である地域適応コンソーシアム事業成果集が公開された。 https://adaptation-platform.nies.go.jp/conso/index.html https://adaptation-platform.nies.go.jp/conso/pdf/final_report.pdf
(71)【出願人】
【識別番号】000223931
【氏名又は名称】株式会社フジワラテクノアート
(74)【代理人】
【識別番号】110003085
【氏名又は名称】特許業務法人森特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】妹尾 佐都子
(72)【発明者】
【氏名】深野 夏暉
(72)【発明者】
【氏名】豊後 貴嗣
【テーマコード(参考)】
2B150
【Fターム(参考)】
2B150AA02
2B150AA04
2B150AA08
2B150AB02
2B150AB03
2B150AB10
2B150AC16
2B150AE02
2B150BB05
2B150DD14
2B150DD15
2B150DD22
2B150DD26
2B150DF09
2B150DF14
(57)【要約】
【課題】
家畜に摂取させることにより、ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤と、ストレス緩和剤の製造方法とを提供する。
【解決手段】
家畜に経口摂取させるストレス緩和剤であり、糸状菌の固体培養物を含んでおり、ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤である。ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤の製造方法であり、該製造方法は、基質を糸状菌で固体培養する工程を含むストレス緩和剤の製造方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
家畜に経口摂取させるストレス緩和剤であり、
糸状菌の固体培養物を含んでおり、
ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤。
【請求項2】
摂取した家畜のストレスを緩和することでストレス負荷時における、
体重減少、飼料摂取量の低下、卵重量の低下、卵殻厚の低下、及び卵黄重量の低下のうち、一つ以上の家畜の生産性の低下を抑制する請求項1に記載のストレス緩和剤。
【請求項3】
前記糸状菌は、カビ毒非生産菌である請求項1又は2に記載のストレス緩和剤。
【請求項4】
前記カビ毒非生産菌は、Aspergillus oryzae、Aspergillus sojae、Aspergillus luchuensis、Aspergillus niger、又はAspergillus awamoriのうちカビ毒を生産しない糸状菌である請求項3に記載のストレス緩和剤。
【請求項5】
前記固体培養物は、菌糸を構成する多糖類を含む請求項1ないし4のいずれかに記載のストレス緩和剤。
【請求項6】
前記固体培養物は、活性を有する酵素を含むものである請求項1ないし5のいずれかに記載のストレス緩和剤。
【請求項7】
前記固体培養物は、糸状菌の生菌を含むものである請求項1ないし6のいずれかに記載のストレス緩和剤。
【請求項8】
ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤の製造方法であり、
該製造方法は、基質を糸状菌で固体培養する工程を含むストレス緩和剤の製造方法。
【請求項9】
基質を糸状菌で固体培養して得た固体培養物を単独でストレス緩和剤とする工程、又は基質を糸状菌で固体培養して得た固体培養物を給餌物に配合してストレス緩和剤とする工程をさらに含む請求項8に記載のストレス緩和剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ストレス緩和剤とストレス緩和剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下の特許文献1には、デオキシコール酸ナトリウムを添加した培地で良好に生育した特定のAspergillus Oryzae(IK-05074株)を選抜し、選抜したAspergillus Oryzae(IK-05074株)を玄米に接種して固体培養物を製造する方法が記載されている。この固体培養物においては、耐酸性α‐アミラーゼ、酸性プロテアーゼ、及び酸性カルボキシペプチダーゼの活性が、Aspergillus Kawachiiを培養して得られた培養物に比して、高まっており、雛の体重を増加させる効果があるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、家畜に対してストレスが加えられた際に、糸状菌の固体培養物が、ストレスを緩和して、家畜の生産性の低下を抑制することについては、記述がない。
【0005】
家畜に対してストレスが加えられた際には、飼料の摂取量が低下したり、家畜の体重が減少したりして、家畜の生産性が低下する。
【0006】
本発明は、家畜に経口摂取させることにより、ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤と、ストレス緩和剤の製造方法とを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
家畜に経口摂取させるストレス緩和剤であり、糸状菌の固体培養物を含んでおり、ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤により、上記の課題を解決する。
【0008】
また、ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤の製造方法であり、該製造方法は、基質を糸状菌で固体培養する工程を含むストレス緩和剤の製造方法により、上記の課題を解決する。
【0009】
上記のストレス緩和剤、及び上記ストレス緩和剤の製造方法により得られるストレス緩和剤は、摂取した家畜のストレスを緩和することでストレス負荷時における、体重減少、飼料摂取量の低下、卵重量の低下、卵殻厚の低下、及び卵黄重量の低下のうち、一つ以上の家畜の生産性の低下を抑制するものであることが好ましい。
【0010】
上記のストレス緩和剤、及び上記ストレス緩和剤の製造方法において、前記糸状菌は、カビ毒非生産菌であることが好ましい。また、上記のストレス緩和剤、及び上記ストレス緩和剤の製造方法において、前記カビ毒非生産菌は、Aspergillus oryzae、Aspergillus sojae、Aspergillus luchuensis、Aspergillus niger、又はAspergillus awamoriのうちカビ毒を生産しないものであることが好ましい。
【0011】
また、上記のストレス緩和剤、及び上記ストレス緩和剤の製造方法において、前記固体培養物は、菌糸を構成する多糖類を含むことが好ましい。また、上記のストレス緩和剤、及び上記ストレス緩和剤の製造方法において、前記固体培養物は、活性を有する酵素を含むことが好ましい。また、上記のストレス緩和剤、及び上記ストレス緩和剤の製造方法において、前記固体培養物は、糸状菌の生菌を含むことが好ましい。
【0012】
上記ストレス緩和剤の製造方法において、基質を糸状菌で固体培養して得た固体培養物を単独でストレス緩和剤とする工程、又は基質を糸状菌で固体培養して得た固体培養物を給餌物に配合する工程をさらに含むようにしてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、家畜に経口摂取させることにより、ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制するストレス緩和剤と、ストレス緩和剤の製造方法とを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】暑熱処理を開始した翌日(第1日)における体重の変化量(g)を示すグラフである。
【
図2】暑熱処理を開始した当日(第0日)から第7日の期間における体重(g)の変化を示すグラフである。
【
図3】暑熱処理経過後の日数と飼料の摂取量(g)との関係を示すグラフである。
【
図4】暑熱処理経過後の日数と卵重量(g)との関係を示すグラフである。
【
図5】暑熱処理経過後の日数と卵殻重量(g)との関係を示すグラフである。
【
図6】暑熱処理経過後の日数と卵黄重量(g)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、ストレス緩和剤の実施形態と、ストレス緩和剤の製造方法の実施形態について説明する。
【0016】
本発明のストレス緩和剤は、家畜に経口摂取させて用いるものであり、糸状菌の固体培養物を含んでいる。ストレス緩和剤を家畜に経口摂取させることで、家畜の生産性の低下を抑制する効果が得られる。
【0017】
上記の糸状菌は、カビ毒非生産菌であることが好ましい。カビ毒非生産菌であれば、家畜に摂取させても、安全である。カビ毒を生産しない糸状菌としては、例えば、Aspergillus oryzae、Aspergillus sojae、Aspergillus luchuensis、Aspergillus niger、又はAspergillus awamoriのうちカビ毒を生産しない糸状菌が挙げられる。これらの糸状菌は、発酵食品の醸造用の種菌として市販されているし、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター(NBRC)で分譲を受けることができる。上記の糸状菌は、遺伝子の改変を行っていない野生株でもよいし、後述するように遺伝子工学的な手法により遺伝子の改変を行ったものであってもよい。
【0018】
カビ毒としては、例えば、アフラトキシン、デオキシニバレノール、オクラトキシン、フモニシン、ゼアラレノン、パツリン、ステリグマトシスチン、又はフザリウム・トキシンなどが挙げられる。
【0019】
上記の糸状菌の固体培養物は、菌糸を構成する多糖類を含むものであることが好ましい。多糖類を含む上記培養物と共に糸状菌を家畜に摂取させるようにすれば、ストレスによる家畜の生産性の低下がより顕著に抑制される。詳細な機構は不明であるが、多糖類を摂取した家畜の免疫力が向上し、それによって、ストレスによる家畜の生産性の低下が抑制されるものと推測される。
【0020】
上記の糸状菌の固体培養物は、活性を有する酵素を含むものであることが好ましい。例えば、活性を有する酵素が、飼料の消化率を向上させるものであれば、家畜が摂取した飼料を家畜の体内で酵素により分解することで、家畜の体内に栄養分を取り込まれやすくして、飼料効率を向上させることができる。この分解作用は家畜の体内で行われ、家畜による飼料の消化を促進することができる。詳細な機構は不明であるが、家畜の体内に種々の栄養分が取り込まれやすくなることにより、ストレスによる家畜の生産性の低下が抑制されるものと推測される。上記の分解作用は、家畜の体外においても、飼料と糸状菌の固体培養物とを混合し、培養や酵素反応を行った場合にも得られる。
【0021】
上記の糸状菌の固体培養物は、糸状菌の生菌を含むものであることが好ましい。固体培養物が生菌を含むものであれば、例えば、上記の固体培養物に対して後述する基質を添加して、二次培養を行うことにより、簡単にストレス緩和剤を増産することができる。この方法によれば、種菌の分譲を受けたり、種菌を購入する必要がないので、極めて簡便にストレス緩和剤を得ることができる。
【0022】
酵素活性を有する固体培養物とするには、固体培養物を過度に加熱することなく、糸状菌の固体培養物をストレス緩和剤として使用すればよい。過度の加熱とは、酵素活性が失われる程度の加熱のことである。また、固体培養物が、糸状菌の生菌を含むようにするには、糸状菌が死滅するような過度の加熱を行うことなく、糸状菌の固体培養物をストレス緩和剤として使用すればよい。
【0023】
例えば、上記の酵素がセルラーゼやペクチナーゼなどの場合、飼料等に含まれるセルロースやペクチンなどを分解する反応を触媒する。セルロースやペクチンなどの多糖は、植物の細胞壁を構成する成分の一種である。植物の細胞壁を構成する多糖には色々な種類が知られており、その形態は様々であるが、その構成は複雑である。複雑な構造の細胞壁多糖を効率よく分解するためには、複数の分解酵素を段階的に作用させることが好ましい。例えば、セルラーゼやペクチナーゼなど複数の酵素でセルロースやペクチンなどを分解することにより、飼料に含まれる植物性の原料の細胞壁の分解効率が向上し、飼料が消化されやすくなる。
【0024】
例えば、酵素がタンナーゼの場合、タンナーゼは飼料等に含まれるタンニンを分解する反応を触媒する。タンニンは、たんぱく質などの高分子と強く結合し複合体を形成するものがある。また、タンニンは、植物の細胞壁を構成する成分と複雑に絡み合った状態で存在し、細胞壁の分解を阻害する可能性がある。タンナーゼでタンニンを分解することにより、飼料に含まれる植物性の原料の細胞壁の分解効率が向上し、飼料が消化しやすくなる。
【0025】
例えば、酵素がフィターゼの場合、フィターゼは飼料等に含まれるフィチン酸から無機態のリン酸を切り離す化学反応を触媒する。フィチン酸は、飼料等に含まれるカルシウムや亜鉛などのミネラルが飼料を摂取した動物の体内に吸収されるのを阻害するといわれている。このため、フィターゼでフィチン酸を分解することにより、ミネラルの吸収率が向上する。また、フィチン酸が分解して生じたリンも飼料を摂取した動物の体内に吸収させることができる。
【0026】
酵素としては、例えば、アミラーゼ、アルカリ性プロテアーゼ、酸性プロテアーゼ、中性プロテアーゼ、キシラナーゼ、β-グルカナーゼ、セルラーゼ、タンナーゼ、フィターゼ、ラクターゼ、リパーゼ、ポリガラクチュロナーゼなどのペクチナーゼ、キシラナーゼ・ペクチナーゼ複合酵素、及びセルラーゼ・プロテアーゼ・ペクチナーゼ複合酵素などからなる群より選ばれる酵素が挙げられる。これらの酵素は、いずれも、糸状菌のゲノムDNAからコードされるものであり、野生株の糸状菌が発現するものである。これらの酵素のうち2種類以上が糸状菌において高発現するように、遺伝子操作を行ってもよい。
【0027】
公知の遺伝子工学的な手法を利用して、形質転換されていない野生株の糸状菌に比して、糸状菌において上記の酵素が高発現するように形質転換してもよい。糸状菌においては、例えば、アミラーゼ(AmyB)のプロモーター、又はエノラーゼ(enoA)のプロモーターが、高い発現量を有することが知られている。これらの高発現用のプロモーターに、公知の手法を利用して、目的の酵素をコードする遺伝子とプロモーターに対応するターミネーター配列とを結合して、キメラ遺伝子を得る。このキメラ遺伝子を公知の方法により、糸状菌に導入すれば、目的の酵素を高発現させた糸状菌を得ることができる。糸状菌は、ゲノム配列の解析が既に終了しているものがあり、その配列がデータベースで公開されている。そのようなデータベースを利用して、高発現プロモーター、ターミネーター、及び目的の酵素をコードする遺伝子の配列を調べて、プライマーを設計する。設計したプライマーとcDNA、ゲノムDNAなどのテンプレートとを利用してPCRにより所望の遺伝子配列を増幅して、形質転換に利用することができる。形質転換に際しては、公知のゲノム編集の手法を用いて、ゲノムの目的の位置に上記のキメラ遺伝子が導入されるようにしてもよいし、キメラ遺伝子を糸状菌の細胞内に導入してゲノムの任意の位置に上記のキメラ遺伝子が導入されるようにしてもよい。形質転換された糸状菌を選択培養するには、例えば、niaD、ptrAなどの公知のマーカー遺伝子を利用すればよい。
【0028】
高発現させる遺伝子をクローニングする際には、形質転換する糸状菌と同一種の糸状菌のゲノムDNA、cDNAをテンプレートにすることが好ましい。形質転換する糸状菌に組み込む遺伝子が同一種に属する糸状菌に由来するようにすれば、外来遺伝子が組み込まれないので、糸状菌の安全性が担保される。このようなクローニング手法をセルフクローニングと呼ぶ。例えば、NBRC(独立行政法人製品評価技術基盤機構)で分譲を受けることができる麹菌の野生株(Aspergillus oryzae、RIB40)のゲノムDNAをテンプレートに所望の遺伝子をクローニングする。そして、酒造用の麹菌として市販されている酒造用の麹菌(Aspergillus oryzae、AOK11)に、クローニングした遺伝子を導入するといった手法を採用する方法である。
【0029】
糸状菌の固体培養物は、特に限定されないが、例えば、以下の方法により得ることができる。後述する固体の基質を蒸煮して冷却する。冷却した基質に種菌を植菌する。植菌した基質を培養装置の培養床に堆積し、基質の粒子の間を温度と湿度が管理された空気が通過するようにして、固体の基質に糸状菌が繁殖するように培養を行う。前記空気の温度は、特に限定されないが、例えば、20~45℃の範囲となるように管理する。前記空気の湿度は、特に限定されないが、例えば、相対湿度で50~99%となるように管理する。このような方法により、固体状の基質の表面と内部に糸状菌の菌糸が繁殖した固体培養物を得ることができる。
【0030】
上記の固体状の基質の表面と内部に糸状菌の菌糸が繁殖した固体培養物においては、基質を栄養源として糸状菌が旺盛に繁殖しているので、多量の活性を有する酵素、多量の菌糸を構成する多糖類が含まれる。このため、上記の固体培養物によれば、糸状菌の胞子を家畜に摂取させたり、糸状菌の胞子を家畜用の飼料に混ぜたりして経口摂取させる場合に比して、ストレスによる家畜の生産性の低下がより顕著に抑制される。
【0031】
糸状菌は固体の状態で培養すると、糸状菌を液体の状態で培養した場合に比して、より多くの種類の酵素が生産され、個々の酵素の生産量もより多くなる。このため、糸状菌を固体の状態で培養する工程を経て製造したストレス緩和剤を家畜に与えれば、糸状菌を液体の状態で培養したものを家畜に与える場合に比して、ストレスによる家畜の生産性の低下を抑制する効果がより大きくなる。ストレス緩和剤の製造に際しては、上述の理由により、糸状菌を固体の状態で培養する工程を経ることが好ましい。
【0032】
上記の基質としては、例えば、糸状菌が生育するのに適した固体の有機物であればよい。固体には、硬さのある固形分の他、スラリー状の物質、又は粉粒体も含まれるものとする。基質としては、例えば、大麦、小麦、小麦ふすま、米、豆、トウモロコシなどの穀物;ビートパルプ、油の搾り粕、醸造食品の搾り粕などの食品加工残渣;及び残飯などの食品残渣からなる群より選ばれる1種以上の有機物が挙げられる。油の搾り粕には、例えば、大豆の搾り粕、菜種の搾り粕、ゴマの搾り粕、トウモロコシの搾り粕などが挙げられる。
【0033】
ストレス緩和剤の剤型は、特に限定されない。例えば、基質を糸状菌で固体培養して得た固体培養物をそのままストレス緩和剤としてもよいし、前記固体培養物を粉砕することで粉状にしてもよいし、家畜に与える飼料が液状又はスラリー状である場合は、前記固体培養物に液分を配合することで液状若しくはスラリー状にしてもよい。前記固体培養物には、給餌物を混合してもよい。前記給餌物としては、飼料との混合性を高めるための嵩増材、ビタミン剤などの添加剤、公知の家畜用の飼料などの一般的に給餌されているもの、又はこれらの2種以上の混合物等が挙げられる。また、前記固体培養物を単独でストレス緩和剤としてもよい。前記固体培養物を単独でストレス緩和剤とする場合は、例えば、前記固体培養物に給餌物を添加せずに、検品、包装等して製品とする。
【0034】
前記固体培養物と、給餌物との配合割合は、特に限定されない。しかしながら、前記固体培養物を過剰に配合しても、ストレスを緩和する効果が飽和する傾向があり、コストが嵩む。このような傾向があるため、前記固体培養物の配合割合(%)は、例えば、0.05~5.0質量%が好ましく、0.05~4.0質量%がより好ましく、0.05~3.0質量%となるようにすることがさらに好ましい。前記固体培養物と給餌物とを混合しても、ストレス負荷時における家畜の生産性の低下を抑制する効果は得られる。前記固体培養物の配合割合は、例えば、0.05質量%と小さくてもストレスを緩和する効果は得られる。
【0035】
一般的な家畜の飼料は固体であることが多い。糸状菌の液体の培養物を、固体の飼料に混合した場合は、飼料の液分が多くなってしまう。これにより、固体の飼料に慣れている家畜においては、嗜好性が低下することがある。家畜が固体の飼料に慣れている場合には、ストレス緩和剤の剤型も固体にすることが好ましい。このようにすることにより、家畜の嗜好性が低下することを防止することができる。なお、前記固体培養物をそのままストレス緩和剤とすれば、加工が不要であるのでより好ましい。
【0036】
緩和されるストレスとしては、例えば、以下のようなものが挙げられる。家畜を密集させて飼育することによるストレス、ワクチン接種によるストレス、家畜を手で捕獲することによるストレス、家畜を拘束することによるストレス、家畜を輸送する際のストレス、屠畜場におけるストレス、孵卵期におけるストレス、嘴又は角を切る際のストレス、強制換羽によるストレス、早期離乳によるストレス、去勢によるストレス、分娩によるストレス、絶食によるストレス、給餌の制限によるストレス、家畜を暑熱環境に置くことによるストレス、家畜を寒冷環境に置くことによるストレス、騒音によるストレス、光線によるストレス、又は気象によるストレスなどである。
【0037】
ストレス緩和剤を摂取させる対象とする家畜は特に限定されない。例えば、鶏、牛、豚、馬、ロバ、ラクダ、ヤギ、羊、又は鯉若しくはニジマスなどの魚類などが挙げられる。家畜には、食肉を利用するもの、卵を利用するもの、乳、皮、毛皮、毛、若しくは羽毛を利用するものが含まれる。
【0038】
上記のストレス緩和剤には、家畜のストレスを緩和し、生産性の低下を抑制する効果がある。生産性の低下とは、家畜から得られる食肉、卵、乳、毛、皮などの利用物の生産量の低下、利用物の品質の低下のことをいう。生産量の低下には、飼料摂取量の低下も含まれる。例えば、生産性の低下としては、体重減少、飼料摂取量の低下、卵重量の低下、卵殻厚の低下、卵黄重量の低下、搾乳量の低下、毛の脱落、又は前記利用物の品質の低下などが挙げられる。
【実施例0039】
以下、ストレス緩和剤とその製造方法の実施例を挙げて、説明する。以下に示す実施例は、限られた例に過ぎず、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0040】
[実施例1]
小麦ふすま(小麦ブラン)に対して、加水して撹拌した後、0.2MPaの条件で小麦ふすまを蒸煮処理した。蒸煮した小麦ふすまを30℃前後になるまで冷却して、酒造用の麹菌として市販されており、カビ毒を生産しないAspergillus oryzae(AOK11)の種菌を一定量種付けして、均一になるように混合した。種付時の小麦ふすまの含水率は60%となるようにした。この原料を培養装置の培養床に盛り込んで、堆積された原料の厚みが一定になるように均してから培養を開始した。培養中は、温度及び湿度が管理された空気を堆積された原料に供給し、原料の粒の間を供給された空気が通過するようにした。この際、原料の品温が30~38℃の範囲となるように、供給する空気の温度を25~40℃、供給する空気の相対湿度を90~96%となるように管理を行った。培養中には、培養装置に備え付けられた撹拌装置を使用して、原料を撹拌した。培養は、小麦ふすまの粒子の表面を菌糸が覆うようになるまで、行った。この固形の培養物を加熱等により滅菌することなく、単独かつそのままの状態で、実施例1に係るストレス緩和剤とした。このストレス緩和剤は、Aspergillus oryzae(AOK11)の生菌を含んでおり、Aspergillus oryzae(AOK11)の有用な酵素の活性を維持した酵素を含むものである。
【0041】
[実施例2]
種菌として、タンナーゼ(tanA)、ペクチナーゼの一種であるペクチンリアーゼ(pelA)、フィターゼ(phyA)、及びペクチナーゼの一種であるポリガラクチュロナーゼ(pgaB)を高発現させたAspergillus oryzae(AOK11)を使用した点以外は、実施例1と同様にして、固形の小麦ふすまの培養物を得た。この固形の培養物を加熱等により滅菌することなく、単独かつそのままの状態で、実施例2に係るストレス緩和剤とした。このストレス緩和剤は、上記と同様に、生菌を含み、酵素活性を維持している。
【0042】
タンナーゼ(tanA)、ペクチンリアーゼ(pelA)、フィターゼ(phyA)、又はポリガラクチュロナーゼ(pgaB)の目的遺伝子は、公知の方法により、Aspergillus oryzae(AOK11)に組み込み、形質転換を行った。なお、目的遺伝子をクローニングする際には、Aspergillus oryzae(RIB40)のゲノムDNAをテンプレートにした。前記の各目的遺伝子は、高発現プロモーターであるアミラーゼのプロモーター(AmyBプロモーター)配列と、アミラーゼのターミネーター配列(AmyBターミネーター)配列との間に、組み込んだ。このようにして作製したプロモーター配列と、目的の遺伝子配列と、ターミネーター配列とのキメラ遺伝子である発現カセットは、プラスミドに組み込むことなく、Aspergillus oryzae(AOK11)に対して、クロロプラスト-PEG法により導入した。上記の遺伝子配列は、麹菌ゲノムデータベース(http://www.aspgd.org/)およびグルコシルハイドロラーゼのデータベースCAZy(http://www.cazy.org/fam/acc_GH.html)を利用して、調べることができる。
【0043】
[体重変化の観察]
14日齢の食肉用の複数羽の鶏(チャンキー種)を、以下の試験区1から試験区3に分けて、飼育し、暑熱ストレスが鶏の体重変化に及ぼす影響を観察した。
【0044】
[試験区1]
鶏用の飼料として、14日齢から20日齢までは市販の育雛用飼料(ブロイラー肥育前期用配合飼料パワーチキン、日和産業株式会社製)に、実施例2のストレス緩和剤が2.0質量%含まれるように、前記飼料と実施例2のストレス緩和剤とを混合して鶏に与えた。21日齢以降は後期飼料(大す名人、中部飼料株式会社)に、実施例2のストレス緩和剤が2.0質量%含まれるように、前記飼料と実施例2のストレス緩和剤とを混合して鶏に与えた。35日齢となった日(後述の第0日)に、暑熱環境の鶏舎に鶏を移動させて飼育を行った。暑熱環境とは、空気調和機による温度管理を行っていない無窓鶏舎での飼育であり、温度は26~32℃の範囲であった。なお、試験区1には4羽の鶏が含まれる。
【0045】
[試験区2]
試験区1で使用したのと同様の前期飼料又は後期飼料に実施例1のストレス緩和剤が2.0質量%含まれるように変更した点以外は、試験区1と同様にして鶏を暑熱環境で飼育した。なお、試験区2には6羽の鶏が含まれる。
【0046】
[試験区3]
試験区1で使用したのと同様の前期飼料又は後期飼料に糸状菌による固体培養を経ていない小麦ふすまが2.0質量%含まれるように変更した点以外は、試験区1と同様にして鶏を暑熱環境で飼育した。なお、試験区3には5羽の鶏が含まれる。
【0047】
[試験区4]
鶏用の飼料として、14日齢から20日齢までは市販の育雛用飼料(ブロイラー肥育前期用配合飼料パワーチキン、日和産業株式会社製)に、糸状菌による固体培養を経ていない小麦ふすまが2.0質量%含まれるように、前記飼料と小麦ふすまとを混合して鶏に与えた。21日齢以降は後期飼料(大す名人、中部飼料株式会社)に、糸状菌による固体培養を経ていない小麦ふすまが2.0質量%含まれるように、前記飼料と小麦ふすまとを混合して鶏に与えた。35日齢となった日(後述の第0日)に、熱的中性圏の鶏舎に鶏を移動させて飼育を行った。熱的中性圏とは、恒温動物にとって好適な温度範囲のことをいう。当該試験では鶏の飼育に適した温度である22℃に気温を管理した。なお、試験区4には6羽の鶏が含まれる。
【0048】
試験区1ないし4の試験では、鶏を暑熱環境又は熱的中性圏に移動させて飼育を開始した当日を第0日として、翌日を第1日、第1日の次の日を第2日というように記載する。
【0049】
第1日における体重(g)から、第0日の体重(g)を差し引いて、第1日における鶏の体重の変化を試験区ごとに記録した。結果を
図1のグラフに示す。
図1の結果は、各試験区に含まれる複数の鶏の体重を平均した結果を示す。後述する
図2ないし
図6の結果も同様に、平均値である。
【0050】
第0日から第7日まで、試験区ごとに鶏の体重を測定して記録して、暑熱処理経過後の日数と鶏の体重(g)との関係を記録した。結果を
図2のグラフに示す。
【0051】
図1及び
図2のグラフから明らかなように、実施例2のストレス緩和剤を与えた試験区1の鶏、又は実施例1のストレス緩和剤を与えた試験区2の鶏では、糸状菌を接種していない小麦ふすまを与えた試験区3の鶏に比して、暑熱ストレスが加えられた初期における暑熱ストレスによる体重の減少が抑えられていることがわかる。各種の酵素を高発現させたAspergillus oryzaeを含む実施例2のストレス緩和剤を与えた試験区1の鶏では、
図2のグラフに示したように、野生株のAspergillus oryzaeを含む実施例1のストレス緩和剤を与えた試験区2の鶏に比して、試験後半において、グラフの傾きが大きくなり、体重の増加がより早くなっていることがわかる。
【0052】
[卵生産量変化の観察]
259日齢の採卵用の複数羽の鶏(白色レグホーン種)を、以下の試験区5から試験区7に分けて、飼育し、暑熱ストレスが飼料摂取量の変化に及ぼす影響を観察した。
【0053】
[試験区5]
実施例2のストレス緩和剤が、鶏用の飼料に2.0質量%含まれるように、鶏用の飼料と実施例2のストレス緩和剤とを混合して鶏に与えた。鶏用の飼料として、市販の成鶏用配合飼料(ハイエッグ、日清丸紅飼料株式会社製)を使用した。飼料を変更した当日を第0日とする。第0日目から第4日目の午前中までは空気調和機によって25℃に温度管理がされた鶏舎で飼育して、第4日目の午後からは無窓鶏舎にて暑熱環境(28~36℃)で鶏の飼育を行った。なお、試験区5には7羽の鶏が含まれる。
【0054】
[試験区6]
糸状菌による固体培養物を含まない飼料(ハイエッグ、日清丸紅飼料株式会社製)のみを鶏に与えた。第0日目から第4日目の午前中までは空気調和機によって25℃に温度管理がされた鶏舎で鶏を飼育して、第4日目の午後から試験区5と同じ暑熱環境にした鶏舎で鶏を飼育した。なお、試験区6には5羽の鶏が含まれる。
【0055】
[試験区7]
糸状菌による固体培養物を含まない飼料(ハイエッグ、日清丸紅飼料株式会社製)のみを鶏に与えた。第0日目から第4日目の午前中までは空気調和機によって25℃に温度管理がされた鶏舎で飼育して、第4日目の午後から上記の試験区4と同様の熱的中性圏で飼育した。なお、試験区7には6羽の鶏が含まれる。
【0056】
第1日、第5日、第11日において、試験区ごとに飼料の摂取量を測定して記録して、暑熱処理経過後の日数と飼料の摂取量(g)との関係を
図3のグラフにまとめた。なお、飼料の摂取は、当日の15時から翌日の15時までと時間を制限した。飼料の摂取量は、給餌前と飼料摂取後の飼槽の重量を秤量し、その差から求めた。
【0057】
図3のグラフから明らかなように、実施例2のストレス緩和剤を与えた試験区5の鶏では、飼料のみを与えた試験区6の鶏に比して、第11日において飼料の摂取量が多くなっていることがわかる。実施例2のストレス緩和剤には、暑熱ストレスが加えられた際に、ストレスを緩和し、飼料摂取量の回復を早め、生産性の低下を抑制する効果があることがわかる。
【0058】
[卵の品質等の検査]
各試験区の鶏が産んだ卵を採取して第4日と第11日とにおける卵の品質等を検査した。検査した項目は、卵重量、卵殻重量、及び卵黄重量である。卵重量は、卵殻、卵白、及び卵黄を含む卵ひとつ全体の重量(g)である。卵殻重量は、卵ひとつ当たりの卵殻の重量(g)である。卵黄重量は、卵から分離した卵黄のみの重量(g)である。暑熱処理経過後の日数と卵重量、卵殻重量、又は卵黄重量との関係を、
図4ないし
図6のグラフに示した。
【0059】
図4ないし
図6のグラフから明らかなように、実施例2のストレス緩和剤を与えた試験区5の鶏では、飼料のみを与えた試験区6の鶏に比して、第11日において、卵重量、卵殻重量、及び卵黄重量、それぞれの低下が抑制されていることがわかる。実施例2のストレス緩和剤には、暑熱ストレスが加えられた際に、卵重量、卵殻重量、すなわち卵殻の厚み、及び卵黄重量など卵の品質が長期的に低下するのを抑制する効果があることがわかる。
【0060】
上記のように、ストレス緩和剤を家畜に与えると、ストレスが家畜に加えられた際に、卵を産む家畜であれば、ストレスが加えられた際における卵の生産量、又は卵の品質の低下などの生産性の低下を抑制することができる。また、例えば、卵を産まない家畜であれば、ストレスが加えられた際における食肉の生産量、又は食肉の品質の低下などの生産性の低下を抑制することができる。上記のストレス緩和剤には、皮、毛、若しくは乳の生産量の低下、又はそれらの品質の低下を抑制する効果も認められた。