(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022111840
(43)【公開日】2022-08-01
(54)【発明の名称】摺動ナットおよびすべりねじ装置
(51)【国際特許分類】
F16H 25/24 20060101AFI20220725BHJP
F16H 25/20 20060101ALI20220725BHJP
B29C 45/00 20060101ALI20220725BHJP
【FI】
F16H25/24 F
F16H25/24 E
F16H25/20 Z
B29C45/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021007511
(22)【出願日】2021-01-20
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】福澤 覚
【テーマコード(参考)】
3J062
4F206
【Fターム(参考)】
3J062AA22
3J062AA28
3J062AA36
3J062AB21
3J062BA17
3J062BA23
3J062BA32
3J062CD02
3J062CD27
3J062CD33
3J062CD54
4F206AA32
4F206AG21
4F206AH06
4F206JA07
(57)【要約】
【課題】既存の材料からなる摺動ナットであっても容易に低摩擦化可能な摺動ナット、および該摺動ナットを用いたすべりねじ装置を提供する。
【解決手段】摺動ナット3は、すべりねじ装置において、ねじ軸の回転に伴い、該ねじ軸の軸上を摺動しながら相対的に移動する、筒状部4を備える摺動ナットであって、筒状部4の中心軸Oに、ねじ軸に螺合するめねじが形成されたねじ穴3aを有するとともに、筒状部4の外周面とねじ穴3aとを貫通する貫通穴6を有しており、貫通穴6は、ねじ穴3aに形成されためねじの軸方向中央位置Pを中心としてめねじ全長Lの1/2の範囲内に形成され、ねじ穴3aの軸方向に直交する方向における貫通穴6の長さが、ねじ穴3aの内径φHの50%~100%である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
すべりねじ装置において、ねじ軸の回転に伴い、該ねじ軸の軸上を摺動しながら相対的に移動する、筒状部を備える摺動ナットであって、
前記摺動ナットは、前記筒状部の中心軸に、前記ねじ軸に螺合するめねじが軸方向に沿って形成されたねじ穴を有するとともに、前記筒状部の外周面と前記ねじ穴とを貫通する貫通穴を有しており、
前記貫通穴は、前記ねじ穴に形成された前記めねじの軸方向中央位置を中心として前記めねじの全長の1/2の範囲内に形成され、前記ねじ穴の軸方向に直交する方向における前記貫通穴の長さが、前記ねじ穴の内径の50%~100%であることを特徴とする摺動ナット。
【請求項2】
前記貫通穴は、前記筒状部の周方向に略均等に離間して複数形成されていることを特徴とする請求項1記載の摺動ナット。
【請求項3】
前記摺動ナットは、前記筒状部の一端側にフランジ部を有していることを特徴とする請求項1または請求項2記載の摺動ナット。
【請求項4】
前記摺動ナットの軸方向から見た場合の前記フランジ部の形状が長手方向と短手方向とを有する形状であり、前記貫通穴は、前記フランジ部の短手方向に平行に形成された2つの貫通穴からなることを特徴とする請求項3記載の摺動ナット。
【請求項5】
前記摺動ナットは樹脂組成物の射出成形体であることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載の摺動ナット。
【請求項6】
ねじ軸と、このねじ軸の回転に伴い、該ねじ軸の軸上を摺動しながら相対的に移動する摺動ナットとを備えるすべりねじ装置であって、
前記摺動ナットが、請求項1から請求項5までのいずれか1項記載の摺動ナットであることを特徴とするすべりねじ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動ナットおよび該摺動ナットを用いたすべりねじ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
回転運動を直線運動に変換する送りねじ装置は、産業機械の送り装置や位置決め装置などに多用されている。そのなかで樹脂製ナットを用いたすべりねじ装置は、近年光学測定機器、半導体製造装置、医療機器など用途が拡大するとともに、それぞれの装置に応じた仕様や特性が要求されるようになってきている。特に、省エネルギー化のため、低電力で運転可能なすべりねじ装置の要求が高くなっており、摺動ナットとねじ軸の低摩擦化が重要となる。
【0003】
このような要求性能に対して、従来の摺動ナットとして、ねじ軸との摺動面が合成樹脂で形成されているものが知られている。例えば、ねじ軸に螺合するねじ溝部が、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂に少なくともポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂と280℃で非溶融の有機樹脂粉末とを配合してなるPPS樹脂組成物から形成された摺動ナットが提案されている(特許文献1)。また、このような摺動ナットは実際に市販されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、低摩擦化の更なる向上は、摺動ナットを形成する樹脂組成物の摩擦特性に依存されるため、同じ使用条件では達成が困難である。例えば、無潤滑用の摺動ナットを低摩擦化するために潤滑油を塗布して使用すると、初期の低摩擦化は期待できるが、摩耗粉が潤滑油に捕捉されるため、アブレッシブ摩耗が発生するおそれがある。その結果、トルク上昇や位置決め精度の低下などの不具合を招き、長期的に低摩擦性を維持することは困難となる。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、既存の材料からなる摺動ナットであっても容易に低摩擦化可能な摺動ナット、および該摺動ナットを用いたすべりねじ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の摺動ナットは、すべりねじ装置において、ねじ軸の回転に伴い、該ねじ軸の軸上を摺動しながら相対的に移動する、筒状部を備える摺動ナットであって、上記摺動ナットは、上記筒状部の中心軸に、上記ねじ軸に螺合するめねじが軸方向に沿って形成されたねじ穴を有するとともに、上記筒状部の外周面と上記ねじ穴とを貫通する貫通穴を有しており、上記貫通穴は、上記ねじ穴に形成された上記めねじの軸方向中央位置を中心として上記めねじの全長の1/2の範囲内に形成され、上記ねじ穴の軸方向に直交する方向における上記貫通穴の長さが、上記ねじ穴の内径の50%~100%であることを特徴とする。本発明において、ねじ穴の内径とは、めねじにおけるねじ谷の直径を指す。
【0008】
上記貫通穴は、上記筒状部の周方向に略均等に離間して複数形成されていることを特徴とする。
【0009】
上記摺動ナットは、上記筒状部の一端側にフランジ部を有していることを特徴とする。
【0010】
上記摺動ナットの軸方向から見た場合の上記フランジ部の形状が長手方向と短手方向とを有する形状であり、上記貫通穴は、上記フランジ部の短手方向に平行に形成された2つの貫通穴からなることを特徴とする。
【0011】
上記摺動ナットは樹脂組成物の射出成形体であることを特徴とする。
【0012】
本発明のすべりねじ装置は、ねじ軸と、このねじ軸の回転に伴い、該ねじ軸の軸上を摺動しながら相対的に移動する摺動ナットとを備えるすべりねじ装置であって、上記摺動ナットが、本発明の摺動ナットであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の摺動ナットは、筒状部において、めねじの軸方向中央位置を中心とするめねじの全長の1/2の範囲内に、ねじ穴の軸方向に直交する方向における長さがねじ穴の内径の50%~100%の貫通穴が形成されているので、摺動ナットの摺動面積が小さくなり、面圧が高くなることによって摺動面での摩擦力を小さくできる。この結果、すべりねじ装置における運転時のトルクを低減でき、省エネルギー化に寄与できる。具体的には、貫通穴の形成位置が、めねじの軸方向中央位置を中心としてめねじの全長の1/2の範囲内にあるので、貫通穴の形成に伴う摺動ナットの強度低下を防止できる。また、ねじ穴の軸方向に直交する方向の貫通穴の大きさがねじ穴の内径の50%~100%の長さであるので、運転時のトルクの低減と摺動ナットの強度低下の防止を両立できる。
【0014】
貫通穴は、筒状部の周方向に略均等に離間して複数形成されているので、強度的なバランスに優れる。
【0015】
摺動ナットは、筒状部の一端側に、長手方向と短手方向とを有する形状のフランジ部を有しており、貫通穴は、フランジ部の短手方向に平行な2つの貫通穴からなるので、例えばフランジ部の長手方向に平行な2つの貫通穴を形成する場合に比べて、少量生産において貫通穴をタップ加工などで後加工によって形成する場合に加工が容易となる。
【0016】
本発明のすべりねじ装置は、ねじ軸と、このねじ軸の回転に伴い、該ねじ軸の軸上を摺動しながら相対的に移動する本発明の摺動ナットとを備えるので、低摩擦化に優れ、ひいては送り精度や低摩擦特性の維持や耐久性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図2】本発明の摺動ナットの一例を示す斜視図である。
【
図3】
図2の摺動ナットの平面図および側面図などである。
【
図5】本発明の摺動ナットの他の例を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のすべりねじ装置の一形態を
図1により説明する。
図1はすべりねじ装置の斜視図である。すべりねじ装置1は、ねじ軸2と、このねじ軸2のおねじに螺合し、このねじ軸上を摺動しながら相対的に移動する摺動ナット3とから構成される。ねじ軸2の回転運動が、摺動ナット3の直線運動に変換される。その他に、摺動ナット3を同じ位置で回転させることにより、ねじ軸2に直線運動を付与する使い方もできる。
【0019】
ねじ軸2としては、ステンレス鋼、炭素鋼など、もしくはこれらに亜鉛メッキ、ニッケルメッキ、鋼質クロムメッキなどを施した鉄系金属、アルミニウム合金などの金属軸や、ポリイミド樹脂、フェノール樹脂などの樹脂軸を用いることができる。ステンレス鋼やアルミニウム合金などの合金類などの耐蝕性金属類または樹脂類は、錆が発生しないので好ましく、防錆処理を省略できる点からも好適である。本発明においては、寸法精度を確保でき、耐久性に優れている耐蝕性金属類が好ましく、ステンレス鋼が最も好ましい。
【0020】
すべりねじ装置1は低摩擦化が図られており、無潤滑での使用が可能である。また、メンテナンスフリーよりも更に低摩擦性を重視する場合は、潤滑油またはグリースなどの潤滑剤を、ねじ軸2と摺動ナット3との摺動面に塗布してもよい。この場合、すべりねじ装置1では、例えば、
図3(c)に示すように、摺動ナット3の筒状部4をめねじの軸方向中央位置P(
図3(b)参照)で径方向に沿って切断した断面図において、貫通穴6の内径側開口部の円弧r
1よりも外径側開口部の円弧r
2が大きくなるように貫通穴6の内壁6a、6aに勾配を設けることが好ましい。つまり、
図3(c)の断面図において、内壁6a、6aはX軸方向に対して平行に形成されていない。潤滑油などを使用するすべりねじ装置において、
図3(c)に示す摺動ナット3を採用することで、潤滑油などで捕捉された摩耗粉が貫通穴6を伝いねじ軸の表面から離れるようになり、アブレッシブ摩耗を好適に抑えることができる。
【0021】
図1において、摺動ナット3は樹脂製のフランジ付きナットである。この摺動ナット3の筒状部4の側面には貫通穴6が形成されている。貫通穴6は、筒状部の外周面とねじ穴とを貫通しており、この貫通穴6を介して内部のねじ軸2が露出している。貫通穴6を形成することで、ねじ軸2のおねじとの摺動面積を減少させることができる。以下には、摺動ナット3について詳細に説明する。
【0022】
図2は、摺動ナットの斜視図を示す。
図2に示すように、摺動ナット3は、円筒形の筒状部4と、その軸方向の一方の端部に形成されたフランジ部5とから構成されている。フランジ部5には、複数の取り付け穴5aが軸方向に沿って形成されている。また、摺動ナット3には、軸方向に沿ってねじ穴3aが形成されており、ねじ穴3aの内周面にめねじ(
図4参照)が設けられている。摺動ナット3では、めねじがねじ穴3aの全長にわたって設けられており、めねじの全長はねじ穴3aや摺動ナット3の全長と等しくなっている。この摺動ナット3には、筒状部4の側面に貫通穴が対向するように2つ形成されている。
【0023】
図3(a)は、摺動ナットの筒状部を軸方向から見た平面図を示す。
図3(a)に示すように、ねじ穴3aは、摺動ナット3の中心軸Oを中心にして形成されている。フランジ部5の形状は、長手方向と短手方向とを有する略矩形状である。具体的には、長手方向の端部が一対の曲面部で形成され、短手方向の端部が一対の平面部で形成されている。
図3(a)において、フランジ部5の長手方向がY軸方向であり、フランジ部5の短手方向がX軸方向である。
【0024】
図3(b)は、摺動ナットをX軸方向から見た側面図を示す。
図3(b)に示すように、筒状部4の側面には、径方向中央部に円形の貫通穴6がX軸方向に沿って形成されている。本発明において、貫通穴6は、めねじの軸方向中央位置Pを中心としてめねじ全長Lの1/2の範囲内に形成されることを特徴としている。言い換えると、摺動ナット3のめねじ全長Lを4等分したとき、貫通穴6は少なくとも両側のめねじ全長Lの1/4の範囲外に形成される。つまり、
図3(b)において、摺動ナット3の筒状部4側およびフランジ部5側の両端面のめねじの形成箇所からそれぞれL/4の範囲には貫通穴は形成されない。また、貫通穴6は、フランジ部5にかからないように形成される。
【0025】
また、ねじ穴3aの軸方向に直交する方向における貫通穴6の大きさは、ねじ穴3aの内径φHの50%~100%の長さであり、好ましくは内径φHの80%~100%の長さである。貫通穴6のこの大きさは、摺動ナット3の軸方向に直交する方向(
図3(b)ではY軸方向)における貫通穴の最大長さをいい、摺動ナット3では貫通穴6の直径φhがこれに相当する。貫通穴6のこの長さがねじ穴の内径φHの50%未満の場合は低トルク効果が小さく、100%をこえる場合は摺動ナットの強度が低下する懸念がある。なお、ねじ穴3aの内径φHは、
図4に示すように、めねじ3bにおけるねじ谷の直径(谷径)を指す。
図4は、
図3に示す摺動ナットをY軸に沿って切断した断面図であり、めねじ3bが軸方向に沿ってねじ穴3aの全長にわたって形成されている。
【0026】
例えば、ねじ穴の内径φHが12mmの場合、貫通穴の径方向長さは6mm~12mmの範囲となる。この場合、貫通穴として、直径φ6mmや直径φ12mmの円形の貫通穴を形成してもよく、
図5のように径方向長さが6mm(半円弧の曲率半径3mm)、軸方向長さが12mmの長穴の貫通穴を形成してもよい。
【0027】
摺動ナット3において、貫通穴6は、めねじの軸方向中央位置Pを中心とするめねじ全長Lの1/2の範囲内に形成され、ねじ穴3aの軸方向に直交する方向の長さが、内径φHの50%~100%であれば、その形成位置や形状、数などは、特に限定されない。例えば、
図3に示すように、摺動ナット3の軸方向における貫通穴6の中心(例えば貫通穴6が円形の場合はその円中心)がめねじ全長Lの軸方向中央位置Pに一致するように形成してもよい。また、貫通穴6を軸方向中央位置Pから筒状部4のめねじの端面寄りにずらした状態で形成してもよく、貫通穴6を軸方向中央位置Pからフランジ部5のめねじの端面寄りにずらした状態で形成してもよい。これらの中でも、貫通穴6の中心がめねじ全長Lの軸方向中央位置Pに一致するように形成することが好ましい。
【0028】
貫通穴の形状は、
図3に示すような円形でもよく、
図5に示すような長穴でもよい。
図5の摺動ナットは、貫通穴の形状を除いて
図3の摺動ナットと同じ構成である。
図5に示すように、貫通穴10は、長手方向と短手方向とを有する形状であり、具体的には、平面視で一対の半円弧と一対の直線とで構成されている。
図5では、貫通穴10の長手方向が摺動ナット7の軸方向と一致するように形成されている。貫通穴10をこのように形成することで、放熱効果を高めることができる。摺動ナット7においても、貫通穴10は、めねじの軸方向中央位置Pを中心としてめねじ全長Lの1/2の範囲内に形成され、ねじ穴の軸方向に直交する方向における貫通穴10の大きさは、ねじ穴の内径φHの50%~100%の長さになっている。
【0029】
なお、貫通穴の形状は、その他に正方形や長方形などの多角形でもよい。ただし、多角形の場合は、割れ防止のために多角形の頂点となる隅部をアール状に形成することが好ましい。アールの大きさは曲率半径2mm以上であることがより好ましい。
【0030】
筒状部に形成される貫通穴の数は、特に限定されず、1つでも複数でもよい。貫通穴が複数の場合、強度的なバランスや放熱効果の観点から、筒状部の周方向に略均等に離間して形成されることが好ましい。例えば、
図3の摺動ナット3では2つの貫通穴6、6が対向して配置されており(
図3(c)参照)、筒状部4の周方向に180°間隔で貫通穴6、6が形成されている。なお、貫通穴を複数形成する場合、各貫通穴の大きさや形状は互いに同じでも異なっていてもよい。
【0031】
本発明の摺動ナットでは、貫通穴を形成することでねじ穴におけるめねじ形成面が減少するが、その減少率は50%以下とすることが好ましい。めねじ形成面の減少率が50%を超えると、摺動ナットの摩耗特性が低下するおそれがある。めねじ形成面の減少率は、以下の式(1)で算出できる。なお、下記式(1)の各面積はめねじの山谷を考慮していない面積である。
減少率(%)=(ねじ穴の内周面に開口した貫通穴の合計面積/貫通穴が形成されていないと仮定した場合のねじ穴の内周面全体の面積)×100・・・(1)
例えば、ねじ穴の長さ25mm、内径φHが12mmで、直径φ12mmの円形の貫通穴を2つ形成すると、めねじ形成面の減少率は38%になる。
【0032】
上記のように、本発明の摺動ナットは貫通穴を設けることで、摺動ナットの摺動面積の減少により低摩擦化を図ることができる。また、貫通穴は、摺動ナットに発生する摩擦熱の放熱効果も有するため、摺動ナットの摩耗特性の向上にも寄与することができる。
【0033】
本発明の摺動ナットの形態は、上記
図1~
図5の形態に限られない。上記では、めねじが摺動ナットの全長にわたって形成されているが、必ずしもめねじは摺動ナットの全長に形成されていなくてもよい。めねじは、少なくとも筒状部の内周面に形成されることが好ましい。例えば、ひけ防止のためにフランジ部の内周面に肉抜き部が設けられた構成では、該肉抜き部においてめねじが省略される。この場合、めねじ全長は、摺動ナットの全長とは異なり、該めねじが形成された箇所の軸方向一方の端部から他方の端部までの距離となる。
また、貫通穴の断面の形状は、
図3(c)の形状に限らず、例えば、貫通穴6が、内壁6a、6aがX軸方向に対して平行になるように形成されていてもよい。
【0034】
また、筒状部の側面に対する貫通穴の形成方向(貫通方向)は、X軸方向(
図3(a)参照)に限定されず、Y軸方向も可能であり、その他の方向でもよい。ただし、中心軸Oを通る直線上に一対の貫通穴が形成されることが好ましい。また、上記では、摺動ナットが筒状部の軸方向の一端にフランジ部を有する構成としたが、フランジ部は省略してもよい。
【0035】
本発明の摺動ナットは、ベース樹脂を含む樹脂組成物の射出成形体である。ベース樹脂としては、潤滑特性に優れた合成樹脂が好ましい。このような合成樹脂としては、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリエーテルケトン(PEK)樹脂などのポリエーテルケトン(PEK)系樹脂、ポリアセタール(POM)樹脂、PPS樹脂、射出成形可能な熱可塑性ポリイミド(PI)樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリアミド(PA)樹脂、射出成形可能なフッ素樹脂などが挙げられる。これらの合成樹脂は単独で使用してもよく、2種類以上混合したポリマーアロイであってもよい。
【0036】
上記樹脂組成物は、ベース樹脂に潤滑性を付与した樹脂組成物であることが好ましい。潤滑性の付与は、ベース樹脂にPTFE樹脂や黒鉛などの固体潤滑剤を配合して行われる。固体潤滑剤を配合することで、低摩擦化が図れ、摩擦発熱が軽減され、高負荷でも摩擦摩耗特性に優れる。PTFE樹脂としては、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよい。再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。
【0037】
樹脂組成物としては、特に、樹脂組成物がベース樹脂とPTFE樹脂を含み、PTFE樹脂が、樹脂組成物全体に対して10質量%~30質量%含まれることが好ましい。なお、この発明の効果を阻害しない程度に、ベース樹脂に対して、炭素粉末、酸化鉄、酸化チタンなどの着色剤、黒鉛、金属酸化物粉末などの熱伝導性向上剤などの樹脂用添加剤が配合できる。
【0038】
以上の諸原材料を混合し、混練する手段は、特に限定するものではなく、粉末原料のみをヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダー、レディゲミキサー、ウルトラヘンシェルミキサーなどにて乾式混合し、さらに二軸押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレット(顆粒)を得ることができる。また、充填材の投入は、二軸押出し機などで溶融混練する際にサイドフィードを採用してもよい。そして、成形方法としては、押出し成形、射出成形、加熱圧縮成形などを採用することができるが、製造効率などの点で射出成形が特に好ましい。また、めねじはコスト的に成形によって形状を出すことが好ましいが、特に精度を有する場合などは機械加工によるものであってもよい。さらに、成形品に対して物性改善のためにアニール処理などの処理を採用してもよい。
【実施例0039】
PPS樹脂60質量%とPI樹脂粉末15質量%とPTFE樹脂粉末25質量%を含む樹脂組成物を射出成形して、実施例および比較例に用いる摺動ナットを製造した。実施例の摺動ナットは、まず、フランジ部を含めた全長18mm、筒状部の直径φ14mm、めねじ下穴付きの射出成形体を成形し、摺動ナットの全長の軸方向中央位置の筒状部の側面にボール盤にて摺動ナットの軸方向に直交する向きで直線状に貫通させて、φ8の円形の貫通穴を2つ設けた。その後、めねじ下穴にめねじの内径φ8mm、リード24mm、条数6、ピッチ4のめねじをタップ加工して製造した。実施例の摺動ナットでは、貫通穴は、めねじの軸方向中央位置を中心としてめねじの全長の1/2の範囲に形成され、ねじ穴の軸方向に直交する方向の貫通穴の長さはねじ穴の内径の100%である。なお、比較例の摺動ナットは、実施例と同じ射出成形体を用い、貫通穴を設けずに、実施例と同じタップを用いてタップ加工して製造した。
【0040】
実施例および比較例の摺動ナットを用い、各摺動ナットに15gの錘を載せ、SUS304製のねじ軸に対して、測定長さ400mmにおける摺動ナットの自重落下に要した時間を測定した。結果を表1に示す。
【0041】
【0042】
表1に示すとおり、実施例の摺動ナットは、従来品である比較例の摺動ナットよりも落下時間が短くなっており、従来品よりも低摩擦化されていることが判明した。これにより、本発明の摺動ナットは、簡易な方法で従来の摺動ナットの低摩擦化が達成できることが明らかとなった。
本発明の摺動ナットは、材料に依らずに容易に低摩擦化可能であることから、摺動ナットとして広く利用できる。また、本発明の摺動ナットを備えたすべりねじ装置は、摺動ナットの筒状部の側面に貫通穴が形成されており、その部分にめねじが形成されないため、ねじ軸との摺動面積が小さくなり低摩擦化される。