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特開2022-112208好中球抑制剤、及びクローン性造血の予防又は治療用医薬組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022112208
(43)【公開日】2022-08-02
(54)【発明の名称】好中球抑制剤、及びクローン性造血の予防又は治療用医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20220726BHJP
   A61P 37/02 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 7/00 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 9/14 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 9/12 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 7/02 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 7/06 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220726BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20220726BHJP
   A61K 38/45 20060101ALI20220726BHJP
   A61K 47/68 20170101ALI20220726BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20220726BHJP
   A61K 31/4418 20060101ALI20220726BHJP
   A61K 31/519 20060101ALI20220726BHJP
   A61K 31/365 20060101ALI20220726BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20220726BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20220726BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20220726BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220726BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220726BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P37/02 ZNA
A61P35/00
A61P7/00
A61P9/14
A61P9/10 101
A61P9/12
A61P11/00
A61P7/02
A61P7/06
A61P43/00 105
A61P35/02
A61P43/00 111
A61K38/45
A61K47/68
A61K39/395 N
A61K31/4418
A61K31/519
A61K31/365
A01K67/027
C12N15/54
C12N15/12
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021007922
(22)【出願日】2021-01-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 〔公開1〕 公開日 :令和2年6月3日(水) 掲載アドレス :第5回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会ホームページ https://site2.convention.co.jp/5jphcs/ 第5回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会プログラム https://site2.convention.co.jp/5jphcs/program/program.html 〔公開2〕 公開日 :令和2年9月18日(金) 掲載アドレス :第4回日本循環器学会基礎研究フォーラムホームページ https://www.c-linkage.co.jp/bcvr2020/index.html 第4回日本循環器学会基礎研究フォーラム抄録集 https://www.c-linkage.co.jp/bcvr2020/program.html# 〔公開3〕 開催日 :令和2年10月10日(土) 集会名 :iHF seminar 開催場所 :大手町サンスカイルーム(東京都千代田区大手町2丁目6番地1号朝日生命大手町ビル24階) 〔公開4〕 公開日 :令和2年10月15日(木) 掲載アドレス :第24回日本心不全学会学術集会開催概要ページ http://www.congre.co.jp/jhfs2020/overview.html 第24回日本心不全学会学術集会抄録ページ http://web-abstract.jp/web/jhfs2020/abstract_detail/369 〔公開5〕 公開日 :令和2年11月9日(月) 掲載アドレス :米国心臓協会学術集会2020 プログラムホームページ https://eventpilotadmin.com/web/planner.php?id=AHA20 米国心臓協会学術集会2020 学会抄録ページ https://www.abstractsonline.com/pp8/#!/9144/presentation/39695
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.プルロニック
(71)【出願人】
【識別番号】509013703
【氏名又は名称】公立大学法人福島県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 和彦
(72)【発明者】
【氏名】三阪 智史
(72)【発明者】
【氏名】竹石 恭知
【テーマコード(参考)】
2G045
4C076
4C084
4C085
4C086
【Fターム(参考)】
2G045AA29
2G045AA40
2G045BA20
2G045BB60
2G045CA12
4C076AA94
4C076CC07
4C076CC11
4C076CC14
4C076CC15
4C076CC26
4C076CC27
4C076CC41
4C076EE41
4C076EE41M
4C076EE59
4C076EE59M
4C076FF31
4C084AA02
4C084AA03
4C084AA17
4C084BA41
4C084BA44
4C084CA18
4C084CA53
4C084CA56
4C084DC25
4C084NA14
4C084ZA361
4C084ZA362
4C084ZA421
4C084ZA422
4C084ZA441
4C084ZA442
4C084ZA451
4C084ZA452
4C084ZA511
4C084ZA512
4C084ZA541
4C084ZA542
4C084ZA551
4C084ZA552
4C084ZA591
4C084ZA592
4C084ZB071
4C084ZB072
4C084ZB211
4C084ZB212
4C084ZB261
4C084ZB262
4C084ZB271
4C084ZB272
4C084ZC201
4C084ZC202
4C085AA14
4C085BB36
4C085CC23
4C085EE01
4C085GG02
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA17
4C086BC17
4C086CB06
4C086GA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA36
4C086ZA42
4C086ZA44
4C086ZA45
4C086ZA51
4C086ZA54
4C086ZA55
4C086ZA59
4C086ZB07
4C086ZB21
4C086ZB26
4C086ZB27
4C086ZC20
(57)【要約】
【課題】骨髄系細胞の増殖を特異的に抑制し、クローン性造血(CH)及び骨髄増殖性腫瘍(MPN)を予防、又は発症後に治療するための、効果的で安全性の高い製剤及び医薬組成物を開発し、提供すること、並びに、心血管疾患を合併症として発症するクローン性造血モデルを提供することを課題とする。
【解決手段】ALK1阻害剤を有効成分として含む好中球抑制剤であって、前記好中球の活性化はJAK-STATシグナル経路を介したALK1の活性化に基づく、好中球抑制剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ALK1阻害剤を有効成分として含む好中球抑制剤であって、前記好中球の活性化はJAK-STATシグナル経路を介したALK1の活性化に基づく、前記抑制剤。
【請求項2】
前記ALK1の活性化がJAK2、カルレチクリン、又はトロンボポエチン受容体におけるいずれか1以上のタンパク質変異に起因する、請求項1に記載の好中球抑制剤。
【請求項3】
前記JAK2のタンパク質変異がJAK2V617F変異又はJAK2エクソン12における変異である、請求項2に記載の好中球抑制剤。
【請求項4】
前記ALK1阻害剤がK02288、LDN-212854、ML347、San78-130、PF-03446962、及びDalanterceptからなる群から選択される少なくとも1つを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の好中球抑制剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の好中球抑制剤を有効成分として含む、クローン性造血又は骨髄増殖性腫瘍の予防又は治療用医薬組成物。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の好中球抑制剤を有効成分として含む、活性化好中球による血管内膜肥厚の予防又は治療用医薬組成物。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか一項に記載の好中球抑制剤を有効成分として含む、活性化好中球による、白血球増多症、好中球減少症及び増多症、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、動脈及び静脈血栓症、骨髄性及びリンパ性白血病、骨髄異形成症候群、再生不良性貧血、発作性夜間血色素尿症、悪性リンパ腫、並びに多発性骨髄腫からなる群から選択される少なくとも1つの疾患の予防又は治療用医薬組成物。
【請求項8】
JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む血球細胞及び/又は骨髄系細胞を含み、かつ、低酸素環境下に曝露した哺乳動物。
【請求項9】
疾患モデルである哺乳動物であって、前記疾患は、活性化好中球による、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、並びに動脈及び静脈血栓症からなる群から選択される、請求項8に記載の哺乳動物。
【請求項10】
疾患の治療剤の単離方法であって、
請求項8又は9に記載の哺乳動物に候補薬剤を投与する投与工程、
前記投与工程を経た試験動物及び前記候補薬剤を投与していない請求項8又は9に記載の哺乳動物からなる対照動物において前記ALK1の活性化に基づく好中球の活性化を検出する検出工程、並びに、
前記好中球の活性化が、前記対照動物と比較して前記試験動物において有意に抑制された場合に、前記候補薬剤を前記治療剤として単離する単離工程を含み、
前記疾患は、活性化好中球による、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、並びに動脈及び静脈血栓症からなる群から選択される、前記方法。
【請求項11】
疾患の予防剤の単離方法であって、
JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む細胞を含む哺乳動物に候補薬剤を投与する投与工程、
前記投与工程を経た試験動物、及び前記候補薬剤を投与していないJAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む細胞を含む哺乳動物からなる対照動物を低酸素環境下に曝露する曝露工程、
前記試験動物及び対照動物において前記ALK1の活性化に基づく好中球の活性化を検出する検出工程、並びに、
前記好中球の活性化が、前記対照動物と比較して前記試験動物において有意に抑制された場合に、前記候補薬剤を前記予防剤として単離する単離工程を含み、
前記疾患は、活性化好中球による、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、並びに動脈及び静脈血栓症からなる群から選択される、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ALK1阻害剤を有効成分として含む好中球抑制剤、及びそれを用いたクローン性造血(CH)又は骨髄増殖性腫瘍の予防又は治療用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasms:以下、本明細書においてはしばしば「MPN」と略記する)は、成熟した骨髄系細胞の慢性的な増殖を特徴とする疾患群であり、真性多血症(PV)、本態性血小板血症(ET)、及び原発性骨髄線維症(MF)を含む。MPNはしばしば合併症として静脈及び動脈における心血管疾患を呈し、さらには急性白血病への進展の可能性もある難治性の疾患である。MPNの合併症として知られる心血管疾患には、心筋梗塞等の動脈血栓症、肝静脈閉塞症等の静脈性血栓症が含まれる。これら血栓症の原因の一つが、血管内膜への骨髄系細胞の浸潤及び/又はそこでの増殖であり、それによって血管の内膜肥厚や筋肉組織化が起きると考えられている。また、この他の一部の合併症に関しては、臓器の間質における骨髄系細胞の浸潤及び増殖も想定されている。しかしながら、血液疾患に伴う心血管疾患の発症機序を精査するための有用な動物モデルは数少なく、それら骨髄系細胞の組織内への浸潤の詳細な機序は明らかとなっていない。
【0003】
MPNの主な病因はJAK2、カルレチクリン、又はトロンボポエチン受容体におけるドライバー変異によるJAK-STATシグナル経路の恒常的な活性化であり、これにエピジェネティクス関連遺伝子変異等の異常が加わることで病態が進展する(非特許文献1)。
【0004】
ところが近年、それらの変異が血液疾患及び心血管疾患を有さない集団において高頻度に認められ、特に70歳以降では15%を超える個体で認められることが明らかになった(非特許文献2)。MPNと同様に、これらの患者の臓器の間質においても、前記変異を含む骨髄系細胞の増殖が多く見られ、このような病態がクローン性造血(clonal hematopoiesis:以下「CH」と略記する)と名付けられた。このCHでは、心血管疾患の発症リスクが高まると共に、一部がMPNへと進展する。したがって、重篤な血液学的病態に至る前の時点であっても、CH個体への治療的介入が望まれる。しかし、JAK-STATシグナル経路の活性化とクローン性造血の発症との因果関係もまた、不明な点が多かった。
【0005】
病因が分子レベルで明らかになっていないため、CH及びMPNに関連した心血管疾患の予防方法、及びそれらを根本的に改善する治療方法はまだ確立されておらず、発現した各症状への対症療法が主流となっている。数少ない治療方法の中で、造血幹細胞移植が、JAK2遺伝子等の体細胞変異を含む骨髄系細胞を除去することができる唯一の治療方法となっている。しかしながら、この治療方法によると、深刻な合併症のリスクが高まるだけでなく、予後不良もしばしば見られ、それによる死亡例も散見される(非特許文献3)。また、チロシンキナーゼ阻害剤によるJAK2の阻害療法も行われているが、骨髄抑制や免疫抑制等、がんや免疫異常の患者以外には許容しがたい副作用が見られると共に、変異の生じているシグナル経路への適用であることから、これらの阻害剤に抵抗性を示す個体も多い。このように既存の治療方法は副作用やリスクが大きく、重篤な血液学的病態を発症しない限り、CH個体及びMPN患者への適用はできなかった。そのため、まだ重篤な血液学的病態を呈していないMPN患者や血液疾患及び心血管疾患の前段階にあるCH個体にも適用可能で、安全性が高く、かつ効果的な血液疾患及び心血管疾患の予防方法及び治療方法が求められていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Vainchenker W. and Kralovics R. 2017, Blood, 129 (6): p.667-679.
【非特許文献2】Bejar R., 2017, Leukemia, 31 (9): p.1869-1871.
【非特許文献3】Gupta R, et al., 2019, Bone Marrow Transplant, 55: p.877-883.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、骨髄系細胞の増殖を特異的に抑制し、クローン性造血(CH)及び骨髄増殖性腫瘍(MPN)を予防、又は発症後に治療するための、効果的で安全性の高い製剤及び医薬組成物を開発し、提供すること、並びに、心血管疾患を合併症として発症するクローン性造血モデルを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明者らは、骨髄系細胞の一つである好中球の抑制に基づくクローン性造血の治療剤の開発を行った。本発明者らは、MPNのドライバー変異であるJAK2のV617F変異(本明細書では、しばしば「JAK2V617F変異」と表記する)を有するトランスジェニックマウスを、低酸素環境下に曝露すると、野生型のマウスと比べ、好中球が強く活性化され、その血管内膜への浸潤が有意に増加することを見出した。また、肺動脈の起始部である右心室において、収縮期圧が上昇し重量比が増加した。このことから、血液系疾患のモデルマウスと低酸素曝露を組み合わせることにより、合併症として心血管疾患を発症するモデルを作出できる事を見出した。そこで、本発明者らは、内在の造血幹細胞を死滅させた野生型マウスに、JAK2V617F変異を含むトランスジェニックマウス由来の骨髄由来の造血幹細胞を移植したところ、移植されたマウスは、低酸素曝露によって好中球の血管内膜への浸潤が強く誘導され、血管内膜肥厚、さらには、右心室における収縮期圧の上昇及び重量比の増加を引き起こした。遺伝子の発現量を解析した結果、浸潤したJAK2V617F変異を含む好中球において、ALK1の高発現が見出された。このALK1の産生は、JAK-STATシグナル経路の下流の転写因子であるSTAT3によって、直接的に調節されていることが明らかとなった。本発明は、当該新たな知見に基づくものであって以下を提供する。
【0009】
(1)ALK1阻害剤を有効成分として含む好中球抑制剤であって、前記好中球の活性化はJAK-STATシグナル経路を介したALK1の活性化に基づく、前記抑制剤。
(2)前記ALK1の活性化がJAK2、カルレチクリン、又はトロンボポエチン受容体におけるいずれか1以上のタンパク質変異に起因する、(1)に記載の好中球抑制剤。
(3)前記JAK2のタンパク質変異がJAK2V617F変異又はJAK2エクソン12における変異である、(2)に記載の好中球抑制剤。
(4)前記ALK1阻害剤がK02288、LDN-212854、ML347、San78-130、PF-03446962、及びDalanterceptからなる群から選択される少なくとも1つを含む、(1)~(3)のいずれかに記載の好中球抑制剤。
(5)(1)~(4)のいずれかに記載の好中球抑制剤を有効成分として含む、クローン性造血又は骨髄増殖性腫瘍の予防又は治療用医薬組成物。
(6)(1)~(4)のいずれかに記載の好中球抑制剤を有効成分として含む、活性化好中球による血管内膜肥厚の予防又は治療用医薬組成物。
(7)(1)~(4)のいずれかに記載の好中球抑制剤を有効成分として含む、活性化好中球による、白血球増多症、好中球減少症及び増多症、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、動脈及び静脈血栓症、骨髄性及びリンパ性白血病、骨髄異形成症候群、再生不良性貧血、発作性夜間血色素尿症、悪性リンパ腫、並びに多発性骨髄腫からなる群から選択される少なくとも1つの疾患の予防又は治療用医薬組成物。
(8)JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む血球細胞及び/又は骨髄系細胞を含み、かつ、低酸素環境下に曝露した哺乳動物。
(9)疾患モデルである哺乳動物であって、前記疾患は、活性化好中球による、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、並びに動脈及び静脈血栓症からなる群から選択される、(8)に記載の哺乳動物。
(10)疾患の治療剤の単離方法であって、
(8)又は(9)に記載の哺乳動物に候補薬剤を投与する投与工程、
前記投与工程を経た試験動物及び前記候補薬剤を投与していない(8)又は(9)に記載の哺乳動物からなる対照動物において前記ALK1の活性化に基づく好中球の活性化を検出する検出工程、並びに、
前記好中球の活性化が、前記対照動物と比較して前記試験動物において有意に抑制された場合に、前記候補薬剤を前記治療剤として単離する単離工程を含み、
前記疾患は、活性化好中球による、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、並びに動脈及び静脈血栓症からなる群から選択される、前記方法。
(11)疾患の予防剤の単離方法であって、
JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む細胞を含む哺乳動物に候補薬剤を投与する投与工程、
前記投与工程を経た試験動物、及び前記候補薬剤を投与していないJAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む細胞を含む哺乳動物からなる対照動物を低酸素環境下に曝露する曝露工程、
前記試験動物及び対照動物において前記ALK1の活性化に基づく好中球の活性化を検出する検出工程、並びに、
前記好中球の活性化が、前記対照動物と比較して前記試験動物において有意に抑制された場合に、前記候補薬剤を前記予防剤として単離する単離工程を含み、
前記疾患は、活性化好中球による、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、並びに動脈及び静脈血栓症からなる群から選択される、前記方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の好中球活性阻害剤によれば、好中球の血管内膜への浸潤や、それによる血管内膜肥厚を抑制することができる。また、本発明のモデルは、好中球の異常による肺高血圧症等の心血管疾患の解析モデルとなる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】JAK2V617F変異を含む(JAK2V617F)マウスと野生型(WT)マウスにおける、低酸素環境下への曝露が心臓に及ぼす影響を示す図である。右心室収縮期圧(A)と、中隔を含む左心室の重量で右心室の重量を除した値(右心室重量比:B)の定量解析の結果を示す。図中、ドットは各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図2】JAK2V617FマウスとWTマウスにおける、低酸素環境下への曝露が肺の血管に及ぼす影響を示す図である。各マウスの組織切片を抗α-平滑筋アクチン(αSMA)抗体による免疫染色及びElastica-Masson(EM)染色したときの定量解析の結果を示す。血管の内側壁厚(A)、筋肉組織化した遠位肺動脈の割合(B)を定量した。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図3】抗Ly6G抗体とDAPIで染色した肺切片の血管周囲領域におけるLy6G陽性細胞数の定量解析の結果を示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図4】WT及びJAK2V617Fマウス由来の肺におけるエラスターゼ活性の定量解析の結果を示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図5】JAK2V617Fマウス由来の骨髄細胞を移植したWTマウス(JAK2V617Fレシピエントマウス)における、末梢血中のJAK2V617F変異を含むアレル比率(%)を示す図である。JAK2V617Fレシピエントマウスは骨髄移植後4、8週目のマウスを使用した。図中、正常酸素分圧曝露群を白色円と破線で、低酸素曝露群を黒色円と実線で示す。
図6】JAK2V617FレシピエントマウスとWTマウス由来の骨髄細胞を移植された(WT)マウスにおける、低酸素環境下への曝露が心臓に及ぼす影響を示す図である。右心室収縮期圧(A)と右心室重量比(B)の定量解析の結果を示す。図中、ドットは各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図7】正常酸素分圧下又は低酸素環境下への曝露後のWTマウス由来の骨髄細胞を移植された(WTレシピエント)マウス及びJAK2V617Fレシピエントマウス由来の組織切片を抗αSMA抗体による免疫染色及びEM染色したときの定量解析の結果を示す図である。血管の内側壁厚(A)、筋肉組織化した遠位肺動脈の割合(B)を定量した。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図8】抗Ly6G抗体とDAPIで染色した肺切片の血管周囲領域におけるLy6G陽性細胞数の定量解析の結果を示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図9】WT及びJAK2V617Fレシピエントマウス由来の肺におけるエラスターゼ活性を示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図10】血管周囲へ浸潤した好中球が移植した骨髄細胞由来であることを示す図である。A:GFP標識されたJAK2V617Fマウス由来の骨髄細胞(JAK2V617F-GFP)を移植した野生型マウス又はGFP標識WTマウス由来の骨髄細胞(WT-GFP)を移植したマウスを正常酸素分圧下又は低酸素環境下に曝露後に採取した組織切片の蛍光免疫染色像である。染色は、抗αSMA抗体による免疫染色により行った。図中、白色矢印は血管周囲領域のGFP陽性細胞を示す。スケールバーは25μmを示す。B:血管周囲領域におけるGFP陽性細胞数の定量解析の結果を示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図11】正常酸素分圧下又は低酸素環境下に曝露したWTマウス及びJAK2V617Fマウスの肺抽出物における、ALK1をコードするAcvrl1遺伝子のmRNAの発現量を示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図12】肺におけるSMAD経路に関するウェスタンブロット解析の結果を、t-Smad1に対するp-Smad1/5/8の比で示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図13】肺におけるJAK2-STAT3経路に関するウェスタンブロット解析の結果を、t-STAT3に対するp-STAT3の比で示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図14】JAK2V617FマウスとWTマウスにおける、ALK1阻害剤(K02288)の投与の影響を示す図である。右心室収縮期圧(A)と右心室重量比(B)の定量解析の結果を示す。図中、ドットは各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図15】JAK2V617Fマウスにおける、ALK1阻害剤(K02288)の投与の影響を示す図である。溶媒(DMSO)又はK02288を投与した低酸素曝露後のWTマウス及びJAK2V617Fマウス由来の組織切片を、抗αSMA抗体による免疫染色及びEM染色したときの定量解析の結果を示す。血管の内側壁厚(A)、筋肉組織化した遠位肺動脈の割合(B)を定量した。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図16】抗Ly6G抗体とDAPIで染色した肺切片の血管周囲領域におけるLy6G陽性細胞数の定量解析の結果を示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図17】WT及びJAK2V617Fマウス由来の肺におけるエラスターゼ活性の定量解析の結果を示す図である。図中、白色円は各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
図18】JAK2V617F変異を含む細胞での、SMAD経路におけるALK1阻害剤(LDN-212854)の影響を、t-Smad1に対するp-Smad1/5/8の比で示す図である。溶媒のみを投与した対照群(0μM)を1として、LDN-212854を投与した群(0.01μM、0.1μM、1μM、10μM)における定量値を相対値で示す。
図19】JAK2V617FマウスとWTマウスにおける、ALK1阻害剤(LDN-212854)の投与の影響を示す図である。右心室収縮期圧(A)と右心室重量比(B)の定量解析の結果を示す。図中、ドットは各データの点を示し、*はp<0.05を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.好中球抑制剤
1-1.概要
本発明の第1の態様は好中球抑制剤である。本発明の好中球抑制剤は、ALK1阻害剤を有効成分として含み、JAK-STATシグナル経路を介したALKの活性化に基づく好中球の活性化を抑制する。本発明の好中球抑制剤は、クローン性造血(CH)又は骨髄増殖性腫瘍(MPN)の予防又は治療用医薬組成物の有効成分となり得る。
【0013】
1-2.定義
本明細書において「クローン性造血(CH)」とは、造血細胞のクローン性の増殖を指し、「未確定の潜在能をもつクローン性造血(clonal hematopoiesis of indeterminate potential:本明細書では「CHIP」と略記する)及び、「加齢に伴うクローン性造血(age-related clonal hematopoiesis;本明細書では「ARCH」と略記する)」を包含する。CHは血液疾患に罹患していると診断されていない患者において見られ、変異アレルの正常アレルに対する比率(変異アレル比率)によって、2%以上のものがCHIP、2%未満のものがARCHに分類される。実際に、変異アレル比率が0.1%程度であっても、MPNや心血管系疾患を発症する症例が報告されている(例えば、Perricone M, et al., Oncotarget, 2017及びLippert E, Haematologica, 2014を参照)。これらクローン性造血の他の主な特徴としては、血液細胞の形態学的変化がないこと、及び現在血液学的腫瘍に関連する症状(例えば、ガンモパチー及び/又は血球細胞数の増減)の診断基準を満たしていないことが挙げられ、この状態の患者は、血球細胞のクローン性の増殖が関与する血液疾患を発症する可能性が高いとされている。クローン性造血、CHIP及びARCHの三者の境界はあいまいであるが、本明細書では、これらを特に区別することなく、クローン性造血又はCHと表記する。
【0014】
本明細書において「血液疾患」とは、血液学的疾患と同義である。赤血球及び白血球の量や機能の異常、並びに血液凝固因子及び血小板の異常に起因する疾患を含むが、好ましくは、白血球の数や機能の異常である。異常の生じる部位としては、広く循環器系、血管組織、末梢血、及び骨髄が含まれるが、好ましくは、血管組織又は末梢血である。血液疾患の具体例には、白血球増多症、好中球減少症及び増多症、骨髄性及びリンパ性白血病、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成症候群、再生不良性貧血、発作性夜間血色素尿症、悪性リンパ腫、並びに多発性骨髄腫等が含まれる。
【0015】
「心血管疾患」とは、心臓又は循環器系において起こる障害又は疾患の総称である。通常、心臓若しくは血管組織の一部が変性し、又は血栓により、血圧や血流に異常が生じる疾患を意味する。具体的には、動脈及び静脈硬化症、大動脈瘤、高血圧症、肺高血圧症、肝静脈閉塞症を含む静脈血栓症、並びに脳梗塞及び心筋梗塞を含む動脈血栓症等が挙げられる。
【0016】
「骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasms:MPN)」とは、造血幹細胞の腫瘍化によって発症する疾患であり、骨髄系細胞の著しい増殖を特徴とする。MPNは、フィラデルフィア染色体の有無によって、フィラデルフィア染色体陽性の慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia:CML)と、フィラデルフィア染色体陰性MPNに大別される。さらに、フィラデルフィア染色体陰性MPNは、慢性好中球性白血病(chronic neutrophilic leukemia:CNL)、真性多血症(polycythemia vera:PV)、原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)、本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)、慢性好酸球性白血病(chronic eosinophilic leukemia:CEL)、環状鉄芽球と血小板増加を伴う骨髄異形成/骨髄増殖性腫瘍(myelodysplastic syndrome/myeloproliferative neoplasm with ring sideroblasts and thrombocytosis:MDS/MPN-RS-T)及び分類不能型骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasms, unclassifiable:MPN-U)等に分類される。特に、フィラデルフィア染色体陰性MPNのうち、PV、ET、及びPMFは、比較的頻度が高く古典的MPNとされる。発症初期には、分化能を有する骨髄細胞の過形成と、末梢血における顆粒球、赤血球、血小板の増加を示すが、全身性に悪化し、最終的には骨髄の線維化等へ至る。MPNは、成長因子非依存性又は過敏性、骨髄細胞過形成、髄外造血、脾臓及び肝腫大並びに血栓性及び/又は出血性素因を伴う。これらの疾患の診断方法は、当該技術分野において知られている(例えば、造血器腫瘍診療ガイドライン 2018年版補訂版、日本血液学会)。また、上記のように、CHを呈する患者の一部は、病態の進行に伴ってMPNを発症することが知られている。
【0017】
本明細書において「骨髄系細胞」とは、白血球、特に、単球並びに顆粒球(つまり、好酸球、好中球及び好塩基球)を生成しうる細胞を意味する。骨髄系細胞には正常な造血幹細胞が含まれるが、変異等の結果、上記血球細胞への分化能を獲得した異常な細胞も含む。骨髄系細胞の増殖及び血球細胞への分化は、正常個体では骨髄において行われるが、骨髄以外での増殖及び分化、つまり髄外造血を含む。
【0018】
本明細書において「血球細胞」とは、血液中に含まれる赤血球、血小板、白血球及び骨髄系細胞を意味する。血球細胞は精製されている必要はなく、複数種類の血球細胞の混合物であってもよいし、それ以外に血液成分等を含んでもよいが、好ましくは好中球又は骨髄系細胞を含む混合物である。本明細書において「血液」とは、全血、血漿及び血清を含む。全血の種類は問わず、例えば、静脈血、動脈血又は臍帯血等が挙げられる。
【0019】
「好中球」とは、白血球の50~60%を占め、細菌、真菌等の病原微生物に対する生体防御において重要な役割を果たす血球細胞である。例えば、細菌感染等により生体に異物が侵入したとき、主に血液中に存在する好中球は、生体の炎症反応等に起因する刺激によって活性化され、感染部位付近まで血液中を移動し、血管壁から血管内膜へと浸潤して、その後組織内を遊走して感染部位へと移動する。その際に異物を貪食すると共に、ケモカインや好中球エラスターゼを分泌する等、炎症作用を引き起こし、異物を排除する活性をもつようになる。ケモカインはマクロファージ等の浸潤を促進し、セリンプロテアーゼである好中球エラスターゼは炎症部位の滅菌を行う。このような活性をもつ状態になることを、本明細書において「好中球の活性化」と称する。ここで、好中球の活性化は、上記のように細胞外からの刺激によって引き起こされてもよいし、細胞内における何らかの異常によって引き起こされてもよい。活性化の結果として好中球がもつ各種作用の数や程度は問わない。好中球が過度に活性化すると好中球が過剰に組織へ浸潤し、特異性の低い好中球エラスターゼにより組織中のタンパク質が分解されることにより、正常組織にまで悪影響を及ぼすことがある。
【0020】
本明細書において「活性化好中球」とは、活性化した好中球を意味し、非活性状態である通常の好中球とは区別される。活性化していれば、その活性化状態の水準は問わない。
【0021】
本明細書において「好中球の抑制」とは、好中球の活性化の抑制、活性化好中球の不活性化、及び活性化好中球の作用の一部の抑制を含む。この抑制は完全である必要はなく、通常の好中球と比較した場合の活性化による上昇幅の少なくとも50%、少なくとも55%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも99%が抑制されていればよい。
【0022】
「浸潤」とは、炎症性細胞や腫瘍細胞が活動の場を広げ、隣接する領域、又は隣接する領域からさらにその周囲へと広がって行くことを意味する。本明細書においては特に、血液中から血管内膜へと好中球が侵入することを指す。例えば、血液中をローリングによって移動している好中球が血管内皮細胞の細胞膜上の接着分子を介して強く接着し、血管内皮細胞同士の間をすり抜けるようにして血管内膜へと浸潤する。ただし、浸潤の機序はこれに限定されず、例えば、血管内皮細胞の間をすり抜けるのではなく、血管内皮細胞を死滅させて浸潤してもよい。また、浸潤は組織中の炎症部位等から放出されるケモカイン等によって惹起されても、好中球の細胞内における異常によって惹起されてもよい。好中球は浸潤の後も血管内膜に留まっている必要はなく、血管のより外側の膜や血管以外の組織中に移動していてもよい。
【0023】
「血管内膜」とは、血管を構成する層の一つであり、内膜、中膜及び外膜からなる三層のうち最も内側に位置し、血液に接する層である。内膜は一層の内皮細胞と、血管の種類によっては結合組織、平滑筋及び内弾性板等を含む。また、主に平滑筋で構成される中膜並びに結合組織及び弾性線維等で構成される外膜とは異なり、内膜は大小全ての血管に含まれる。本明細書における血管には、動脈、静脈、及び毛細血管が含まれ、動脈及び静脈の大きさも、大中小いずれでもよく、細動脈及び細静脈も含まれる。本明細書において、血管内膜は、好ましくは、小型以上の動静脈の内膜である。
【0024】
「血管内膜肥厚」とは、通常、傷害された血管において、その修復のために起こる細胞増殖の結果、血管壁が厚くなり、管腔が狭くなる一連の反応を指す。この肥厚化は、中膜平滑筋細胞の増殖と内腔側への遊走、及び内膜における平滑筋の増殖によって引き起こされ、これにより、複数の層をなす平滑筋の層を含む分厚い内膜層が形成される。本明細書においては、血管の障害である場合に限らず、骨髄系細胞又は好中球等の血球細胞における異常である場合を含む。血管内膜肥厚は血管壁を硬化させ、管腔を狭小させるため、動脈及び静脈硬化、動脈及び静脈血栓症の初期病変とされている。肥厚化の度合いは特に限定しないが、好ましくは、通常と比較して血管壁が顕著に厚くなるか(例えば、20%以上、25%以上、30%以上、35%以上、40%以上、45%以上、50%以上)、又は有意に厚くなる。
【0025】
本明細書において、「有意」とは、統計学的に有意であることをいう。統計学的に有意とは、被験対象の測定値と対照値の差異を統計学的に処理したときに、両者間に有意差があることをいう。例えば、得られた値の危険率(有意水準)が小さい場合、具体的には5%より小さい場合(p<0.05)、1%より小さい場合(p<0.01)、0.1%より小さい場合(p<0.001)が挙げられる。ここに示す「p(値)」は、統計学的検定において、帰無仮説に基づいた分布の中で、検定統計量が偶然その値になる確率を示す。したがって「p」が小さいほど、検定統計量がその値となる確率は低く、帰無仮説が棄却されやすいことを意味する。統計学的処理の検定方法は、有意性の有無を判断可能な公知の検定方法を適宜使用すればよく、特に限定しない。例えば、スチューデントのt検定法、対応のあるスチューデントのt検定法、ウェルチのt検定法、ウィルコクソンの順位和検定、分散分析、Tukey事後検定等を用いることができるが、特に限定しない。
【0026】
「JAK-STATシグナル経路」とは、チロシンキナーゼであるJAKが細胞質側に結合しているチロシンキナーゼ共役型受容体にリガンドが結合することから始まるシグナル伝達経路である。通常、リガンドの結合によりJAKの自己及び受容体のチロシン残基がリン酸化される。その後、リン酸化チロシンに結合した転写活性化因子(STAT)が、JAKによってリン酸化されることで二量体を形成し、核内に移行して各種遺伝子の転写調節を行う。哺乳動物細胞において、JAKファミリーは4種類(JAK1、JAK2、JAK3及びTyk2)のメンバーからなり、STATファミリーは7種類(STAT1、2、3、4、5a、5b、6)のメンバーが知られている。本明細書においては、好ましくはJAK2-STAT3シグナル経路である。
【0027】
本明細書において「変異」とは、特段の断りがない限りMPNの病因となりうるヌクレオチド配列の又はアミノ酸配列の変異を指し、好ましくはJAK-STATシグナル経路を活性化する、JAK2-STAT3シグナル経路を活性化する変異である。この変異によって、ALK1が活性化する。したがって、この変異を、本明細書においては特に「JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異」と称する。JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異は、JAK-STATシグナル経路を活性化する変異であれば限定はされず、いずれの変異も包含される。本明細書において変異は、全身性に存在しても、一部の器官、組織、又は細胞に存在してもよい。また、変異は細胞内に一過的に存在してもよいし、また染色体中に組み込まれた状態等で安定的かつ継続的に存在してもよい。
【0028】
「JAK2」とは、Janus Kinase2タンパク質を指す。野生型ヒトJAK2のアミノ酸配列は、配列番号1で表わされる。本明細書において「JAK2の変異」には、617位のバリンがフェニルアラニンに置換した「JAK2V617F変異」、アミノ酸533-547を包含するJAK2遺伝子の44個のヌクレオチド領域内に存在する、「エクソン12における変異(置換、欠失、挿入及び重複変異を含む)」、並びにこの領域外で起きる変異を含む。好ましくは、JAK2V617F変異又はエクソン12における3~12個のヌクレオチドの小さなインフレーム欠失変異であり、より好ましくは、JAK2V617F変異である。
【0029】
「カルレチクリン(CALR)」とは、小胞体に存在する主要なCa2+結合性の分子シャペロンである。野生型ヒトCALRのアミノ酸配列は、配列番号2で表わされる。本明細書における「カルレチクリン(CALR)の変異」は、挿入及び/又は欠失(indel)変異であり、エクソン9において生じるフレームシフト変異である。この結果、小胞体への局在に重要なアミノ酸配列(KDEL配列)を欠く新規なC末端を有する変異タンパク質を生成する。具体的な例としては、CALRdel52/I型変異であるc.1092_1143del(L367 fs*46)又は5-bp挿入CALRins5/II型変異であるc1154_1155insTTGTC(K385 fs*47)等が挙げられる。
【0030】
「トロンボポエチン受容体(MPL)」とは、骨髄性白血病のがん原遺伝子の産物であるトロンボポエチン受容体タンパク質を指し、その病名の略称からMPLと呼ばれる。野生型ヒトMPLのアミノ酸配列は、配列番号3で表わされる。このタンパク質は、天然リガンドであるトロンボポエチンの結合によって活性化される膜タンパク質である。リガンドが結合すると、MPLの二量体化が誘導され、立体構造変化が起こって、JAK2キナーゼシグナル経路の活性化が誘導される。本明細書における「トロンボポエチン受容体(MPL)の変異」としては、MPLS505N変異、並びに、MPLW515L、MPLW515K、MPLW515A、PMLW515R及びMPLW515S変異が挙げられ、これらの変異によってMPLは恒常活性化型に変化する。
【0031】
1-3.構成
本発明の好中球抑制剤は必須の構成成分としてALK1阻害剤を含む。以下、具体的に説明する。
<ALK1阻害剤>
「アクチビン受容体様キナーゼ1(ALK1)」とは、Acvrl1遺伝子によってコードされるTGF-βスーパーファミリーの受容体に属する受容体型キナーゼである。野生型ヒトAcvrl1遺伝子のヌクレオチド配列は、配列番号4で、野生型ヒトALK1のアミノ酸配列は、配列番号5で表される。ALK1は主に血管内皮細胞に発現しているI型セリン/スレオニンキナーゼ受容体であり、リガンドが結合するとII型受容体と会合する。活性化したALK1によってSmad1/5/8がリン酸化され、リン酸化Smad1/5/8は核内に移行して各種遺伝子の転写調節を行う。
【0032】
本発明において、「ALK1阻害剤」とは、ALK1-Smad1/5/8シグナル経路の活性を阻害する剤である。特に限定されず、ALK1の発現阻害、機能阻害の他、ALK1の作用を阻害する任意の物質を含む。好ましくは、ALK1を特異的に阻害する物質を指す。
【0033】
本発明におけるALK1阻害剤としては、以下に限定するものではないが、公知の低分子化合物及びその塩、抗体及びその活性断片、並びに核酸医薬等が含まれ、さらに、これらはプロドラッグの形態であってもよい。ここでいう「プロドラッグ」は、生理学的条件下で化学変化を受け、結果的に活性形態である阻害剤に変化する低分子化合物である。
【0034】
ALK1阻害剤の具体例には、低分子化合物であれば、K02288(3-[6-アミノ-5-(3,4,5-トリメトキシフェニル)ピリジン-3-イル]フェノール)、LDN-212854(5-[6-[4-(ピペラジン-1-イル)フェニル]ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)、ML347(5-[6-(4-メトキシフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)、若しくはSan78-130((3S,8S,9S)-8,9,16-トリヒドロキシ-14-メトキシ-3-メチル-3,4,5,6,9,10,11,12-オクタヒドロ-1Hベンゾ[c][1]オクサシクロテトラデシン-1,7(8H)-ジオン)、及びその塩等が含まれる。
【0035】
本明細書において「その塩」とは、前記低分子化合物の塩である。薬学的に許容可能な塩であればよく、特に限定されないが、アルカリ金属塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等)、アルカリ土類金属塩(例えば、カルシウム塩、マグネシウム塩等)、アミン塩(例えば、トリ(n-ブチル)アミン塩、トリエチルアミン塩、ピリジン塩、アミノ酸塩等)が挙げられる。本発明において「ALK1阻害剤又はその塩」として、これらより選択される一又は複数を利用することができる。
【0036】
また、抗体であれば、ALK1を特異的に認識し、結合する抗ALK1抗体が挙げられる。抗ALK1抗体の具体例としては、PF-03446962及びDalantercept等が含まれる。
【0037】
本明細書において「抗体」とは、免疫グロブリン、キメラ抗体、ヒト化抗体又は合成抗体をいう。
【0038】
抗体が免疫グロブリンの場合、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体のいずれであってもよい。また、免疫グロブリンは、任意のクラス、例えば、IgG、IgE、IgM、IgA、IgD及びIgY、又は任意のサブクラス、例えば、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1、IgA2等とすることができる。
【0039】
「キメラ抗体」とは、ある抗体の定常領域を他の抗体の定常領域で置換した抗体である。本発明においては、ヒト以外を動物由来である抗ヒトALK1抗体の定常領域をヒト由来の適当な定常領域と置換した抗体を意味する。例えば、抗ヒトALK1マウスモノクローナル抗体の定常領域をヒト抗体の定常領域で置換した抗体が該当する。
【0040】
「ヒト化抗体」とは、ある抗体(通常、非ヒト抗体、例えば、マウス抗体)由来のCDR群(すなわち、CDR1、CDR2、CDR3)とヒト抗体のFR群(すなわち、FR1、FR2、FR3、FR4)及び定常領域とを人為的に組み合わせたモザイク抗体である。このようなヒト化抗体は、CDRグラフト抗体(Nature(1986) Vol.321, 522)とも呼ばれている。
【0041】
「合成抗体」とは、例えば、組換えDNA法を用いて新たに合成された抗体若しくは抗体断片をいう。具体的には、限定はしないが、本発明の抗体の一以上のVL及び一以上のVHを適当な長さと配列を有するリンカーペプチド等を介して人工的に連結させた一量体ポリペプチド分子又はその多量体ポリペプチドが該当する。一量体ポリペプチド分子としては、例えば、一本鎖Fv(scFv :single chain Fragment of variable region)(Pierce Catalog and Handbook, 1994-1995, Pierce Chemical Co., Rockford, IL参照)及びFc融合タンパク質が該当する。Fc融合タンパク質とは、高親和性IgE受容体α鎖及び免疫グロブリンのFcフラグメントを含む組換えタンパク質である。また前記多量体ポリペプチドとしては、例えば、ダイアボディ(diabody)、トリアボディ(triabody)又はテトラボディ(tetrabody)等が該当する。ダイアボディは、一本鎖Fvの二量体構造を基礎とする構造を有した分子である(Holliger et al., 1993, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:6444-6448)。二価の抗体断片であるダイアボディにおいて、各抗原結合部位は、同一エピトープと結合する必要はなく、それぞれが異なるエピトープを認識し、結合する二重特異性を有していても構わない。トリアボディ及びテトラボディは、ダイアボディと同様に一本鎖Fv構造を基本としたその三量体及び四量体構造を有する。それぞれ、三価及び四価の抗体断片であり、多重特異性抗体であってもよい。
【0042】
本明細書において「その活性断片」とは、上述した抗ALK1抗体の部分領域であって、当該抗体が有する抗原特異的結合活性と実質的に同等の活性を有するポリペプチド鎖又はその複合体をいう。例えば、少なくとも1つの軽鎖可変領域(VL)と少なくとも一つの重鎖可変領域(VH)を有するポリペプチド鎖又はその複合体が該当する。具体例としては、免疫グロブリンを様々なペプチダーゼで切断することによって生じる抗体断片等が挙げられる。より具体的な例としては、Fab、F(ab')2、Fab'等が該当する。
【0043】
抗体等は、グリコシル化、アセチル化、ホルミル化、アミド化、リン酸化、又はペグ(PEG)化等によって修飾されていてもよい。さらに、後述する複合体定量工程に記載のように、抗体等は、標識されていてもよい。
【0044】
本発明の抗体等は、哺乳動物及び鳥を含むあらゆる動物由来とすることができる。例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ロバ、ヒツジ、ラクダ、ウマ、ニワトリ又はヒト等が挙げられる。
【0045】
さらに、核酸医薬であれば、ALK1、又はAcvrl1遺伝子若しくはmRNAを特異的に認識し、結合する核酸アプタマー又はRNA干渉分子等が挙げられる。
【0046】
本明細書において、「核酸アプタマー」とは、ALK1に特異的に結合する、DNAアプタマー又はRNAアプタマーをいう。核酸アプタマーは、水素結合等を介した一本鎖核酸分子の二次構造、さらに三次構造に基づいて形成される立体構造によってALK1等と強固、かつ特異的に結合するリガンド分子をいう。核酸アプタマーがALK1の生理活性等の機能を特異的に阻害又は抑制する能力をもつ場合には、核酸アプタマーは、ALK1の機能阻害剤となり得る。
【0047】
「RNA干渉分子」とは、生体内においてRNA干渉(RNA interference:RNAi)を誘導し、標的とするAcvrl1遺伝子の転写産物の分解を介してその遺伝子の発現を抑制(サイレンシング)することができる物質をいう。例えば、miRNA(micro RNA)(pri-miRNA及びpre-miRNAを含む)、shRNA(short hairpin RNA)又はsiRNA(低分子干渉RNA:small interference RNA)が挙げられる。
【0048】
本明細書において、「miRNA」とは、生体内に存在し、Acvrl1遺伝子の発現を調節する長さ18~25塩基長の一本鎖ノンコーディングRNAである。このRNAは、Acvrl1遺伝子のmRNA及びALK1と結合して複合体を形成し、Acvrl1遺伝子の翻訳を阻害することが知られている。miRNAは、pri-miRNAと呼ばれる一本鎖の前駆体状態でゲノムから転写された後、核内でDroshaと呼ばれるエンドヌクレアーゼにより上記のpre-miRNAと呼ばれるさらなる一本鎖前駆体状態にプロセシングされ、核外でDicerと呼ばれるエンドヌクレアーゼの働きによってmiRNA鎖とmiRNAスター鎖からなる成熟型二本鎖miRNAとなり、そのうちmiRNA鎖がRISC(RNA-induced silencing complex)複合体に取り込まれて、成熟型一本鎖miRNAとなりAcvrl1遺伝子発現を抑制する(David P. Bartel, Cell, Vol. 116, 281-297, January 23, 2004)。
【0049】
本明細書において、「shRNA」とは、適当な配列を有する短いスペーサー配列によって下記のsiRNA又は成熟型二本鎖miRNAのセンス鎖及びアンチセンス鎖が連結された一本鎖RNAをいう。つまり、shRNAは、一分子内でセンス領域とアンチセンス領域が互いに塩基対合してステム構造を形成し、同時に前記スペーサー配列がループ構造を形成することによって、分子全体としてヘアピン型のステム-ループ構造を形成している。
【0050】
本明細書において、「siRNA」とは、Acvrl1遺伝子の一部に相当する塩基配列を有するセンス鎖(パッセンジャー鎖)、及びそのアンチセンス鎖(ガイド鎖)からなる小分子二本鎖RNAである。
【0051】
本発明の好中球阻害剤は、JAK-STATシグナル経路を介したALK1の活性化に基づく好中球の活性化を抑制できることを特徴とする。JAK-STATシグナル経路を介したALK1の活性化に基づく好中球の活性化とは、一般に、JAK-STATシグナル経路を活性化する変異の保持又はこの経路の活性化によって引き起こされることが知られている現象(例えば、血液中の血球細胞数の増加等)と好中球の活性化が認められればよく、実際に、JAK-STATシグナル経路及びALK1の活性化を確認することを要しない。
【0052】
2.クローン性造血(CH)又は骨髄増殖性腫瘍(MPN)の予防又は治療用医薬組成物
2-1.概要
本発明の第2の態様はクローン性造血(CH)又は骨髄増殖性腫瘍(MPN)の予防又は治療用医薬組成物である。本発明の医薬組成物は、必須の構成成分として有効成分を含み、任意選択可能な構成成分として溶媒及び薬学的に許容可能な担体を含む。本発明の組成物によれば、好中球の血管内膜への浸潤や、それによる血管内膜肥厚を抑制することができる。
【0053】
2-2.構成
2-2-1.構成成分
本発明のクローン性造血(CH)又は骨髄増殖性腫瘍(MPN)の予防又は治療用医薬組成物の構成成分について説明する。本発明の医薬組成物は、必須の構成成分として一種類以上の有効成分を含み、任意選択可能な構成成分として溶媒及び/又は担体を含む。以下、各構成成分について具体的に説明をする。
【0054】
(1)有効成分
本発明の医薬組成物は、必須の有効成分として第1態様に記載の好中球抑制剤を包含する。また、必要に応じて、一種類又は複数種類の血液疾患治療剤を包含していてもよい。
【0055】
好中球抑制剤の構成については、第1態様で詳述していることから、ここでの具体的な説明は省略する。本発明の医薬組成物は、一種類又は複数種類の好中球阻害剤を含むことができる。
【0056】
本発明の医薬組成物に含まれる有効成分の含有量は、特に限定はしない。一般に含有量は、有効成分の種類、剤形、並びに後述する他の構成成分である溶媒や担体の種類によって異なる。したがって、それぞれの条件を勘案して適宜定めればよい。単回適用量の本医薬組成物に有効量の有効成分が含有されていればよい。ただし、有効成分の薬理効果を得る上で対象に本医薬組成物を大量に投与する必要がある場合には、対象の負担軽減のために数回に分割して投与することもできる。この場合、有効成分の量は、総合量で有効量を含んでいればよい。「有効量」とは、有効成分としての機能を発揮する上で必要な量であって、かつそれを適用する対象に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、対象の情報、適用経路、及び適用回数等の様々な条件によって変わり得る。したがって、本医薬組成物を医薬として使用する場合、有効成分の含有量は、最終的には、医師又は薬剤師等の判断によって決定される。
【0057】
本明細書において「対象」とは、第1態様に記載の好中球抑制剤、又は本態様の医薬組成物の適用対象をいう。例えば、細胞(培養細胞を含む)、組織、器官、又は個体である。個体の場合、好ましくはヒト個体である。本発明において、対象は健常であっても、何らかの疾患に罹患していてもよいものとし、例えば、いずれかの細胞においてJAK-STATシグナル経路が活性化している個体、又は将来この経路の活性化が予想される個体等が含まれる。
【0058】
JAK-STATシグナル経路の活性化とは、この経路を活性化する変異を保持するか、又は血液中の血球細胞数の増加等、この経路の活性化によって引き起こされることが知られている現象が確認できればよい。また、以下の実施例に例示されるような好中球の活性化が認められた場合も、この経路が活性化していると判断してよい。一方、将来この経路の活性化が予想される個体の例として、親族に上記変異を含む個体が存在する場合や、CHである個体の割合が一定以上(例えば、1%以上、2%以上、3%以上、4%以上、5%以上、10%以上、15%以上、20%以上、25%以上、30%以上、40%以上、50%以上)認められる年齢層に属する等が挙げられる。
【0059】
本明細書において、「対象の情報」とは、対象の特徴や状態に関する様々な情報である。例えば、対象がヒト個体の場合には、年齢、体重、性別、全身の健康状態、疾患の有無、疾患の進行度や重症度、薬剤感受性、併用薬物の有無及び治療に対する耐性等が挙げられる。
【0060】
(2)溶媒
本発明の医薬組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な溶媒を含むことができる。「薬学的に許容可能な溶媒」とは、製剤技術分野において通常使用する溶媒をいう。例えば、水若しくは水溶液、又は有機溶剤が挙げられる。水溶液には、例えば、生理食塩水、ブドウ糖又はその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液が挙げられる。補助剤には、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。有機溶剤には、エタノールが挙げられる。
【0061】
(3)担体
本発明の医薬組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な担体を含むことができる。「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。
【0062】
賦形剤には、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック、カオリン、ケイ酸、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0063】
結合剤には、例えば、植物デンプンを用いたデンプン糊、ペクチン、キサンタンガム、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック、パラフィン、ポリビニルピロリドン又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0064】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0065】
充填剤としては、ワセリン、前記糖及び/又はリン酸カルシウムが例として挙げられる。
【0066】
乳化剤としては、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが例として挙げられる。
【0067】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが例として挙げられる。
【0068】
上記の他にも、必要であれば医薬組成物等において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、矯味矯臭剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0069】
担体は、対象の体内で酵素等による前記有効成分の分解を回避又は抑制する他、製剤化や投与方法を容易にし、剤形及び薬効を維持するために用いられるものであり、必要に応じて適宜使用すればよい。
【0070】
(4)薬剤送達系粒子(DDS粒子)
本発明の医薬組成物は、必要に応じてDDS粒子を含むことができる。DDS粒子は、その内部等に有効成分や他の担体等を包含して、標的部位にまで内容物、特に有効成分を分解させることなく送達し、また生体内での薬物分布を時間的に、量的に制御し得る粒子をいう。本発明の医薬組成物の有効成分はペプチド又は核酸であることから、投与後に生体内でプロテアーゼやヌクレアーゼによる分解から保護するためにも、DDS粒子の使用は好適である。DDS粒子の種類は問わない。例えば、リポソーム、高分子ミセル、ウイルス粒子等が挙げられる。
【0071】
2-2-2.剤形
本発明の医薬組成物の剤形は、特に限定しない。対象の体内で有効成分を失活させることなく目的の部位にまで送達される形態であればよい。
【0072】
具体的な剤形は、後述する適用方法によって異なる。適用方法は、非経口投与と経口投与に大別することができるので、それぞれの投与方法に適した剤形にすればよい。
【0073】
例えば、投与方法が非経口投与であれば、好ましい剤形は、対象部位への直接投与又は循環系を介した全身投与が可能な液剤である。液剤の好ましい例としては、注射剤が挙げられる。注射剤は、溶媒の他、前記賦形剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0074】
投与方法が経口投与であれば、好ましい剤形は、固形剤(錠剤、カプセル剤、ドロップ剤、トローチ剤を含む)、顆粒剤、粉剤、散剤、液剤(内用水剤、乳剤、シロップ剤を含む)が挙げられる。固形剤であれば、必要に応じて、当該技術分野で公知の剤皮を施した剤形、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠、多層錠にすることができる。
【0075】
なお、上記各剤形の具体的な形状、大きさについては、いずれもそれぞれの剤形において当該分野で公知の剤形の範囲内にあればよく、特に限定はしない。本発明の医薬組成物の製造方法については、当該技術分野の常法に従って製剤化すればよい。
【0076】
2-3.適用方法
本発明の医薬組成物の適用方法は、経口投与でも、非経口投与でもよい。一般に経口投与は全身投与となるが、非経口投与は、さらに全身投与と局所投与に細分できる。局所投与には、例えば、筋肉内投与、皮下投与、組織投与、及び器官投与が該当し、非経口投与の全身投与には、循環器内投与、例えば、静脈内投与(静注)、動脈内投与及びリンパ管内投与が挙げられる。本発明の医薬組成物を局所投与する場合には、注射等で肝臓に直接投与すればよい。また、全身投与する場合には、静注等の循環器内に投与すればよい。投与量は、有効成分が奏効する上で有効な量であればよい。有効量は、前述のように対象の情報に応じて適宜選択される。
【0077】
また、本発明の医薬組成物は、他に一種類以上の公知の血液疾患の予防又は治療剤を別個に併用することもできる。併用が考えられる血液疾患治療剤には、チロシンキナーゼ阻害剤、インターフェロン、抗がん剤、抗血小板剤、抗凝固剤、血栓溶解剤、及びその他各種分子標的薬が含まれる。
【0078】
3.哺乳動物
3-1.概要
本発明の第3の態様は哺乳動物である。本発明の哺乳動物は、JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む血球細胞及び/又は骨髄系細胞を含み、かつ、低酸素環境下に曝露されることを特徴とする。本発明の哺乳動物は、例えば、各種血液疾患及びそれに合併する心血管疾患のモデル動物として利用できる。
【0079】
3-2.構成
3-2-1.JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む血球細胞及び/又は骨髄系細胞を含む哺乳動物
本発明の哺乳動物は、JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異を含む血球細胞及び/又は骨髄系細胞(本明細書においては、しばしば「変異細胞」と表記する)を含む。JAK-STATシグナル経路を介してALK1を活性化させる変異、血球細胞及び骨髄系細胞に関しては、第1態様で詳述したことから、その説明を省略し、ここでは本態様の哺乳動物に特有の構成について説明する。
【0080】
本態様における変異細胞は、特に限定しないが、組織幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)又は人工多能性幹細胞(iPS細胞)等に由来する血球細胞又は骨髄系細胞であってもよい。また、変異細胞の種類は一種類でなくてもよく、複数種類の細胞の混合物であってもよい。例えば、骨髄系細胞又は血球細胞を含む混合物、具体的には、好中球を含む混合物等が挙げられる。
【0081】
本発明の哺乳動物は変異細胞を全身に有していてもよいし、一部の器官、組織又は細胞に有していてもよい。また、本発明の哺乳動物は、別個体由来の変異細胞を移植した個体であってもよい。その際、移植する細胞の全てが変異細胞である必要はない。移植後実験に使用するまでの期間も限定しない。実験に使用する場合、例えば、移植した細胞が骨髄系細胞又は血球細胞であれば、血中において、変異アレル比率が0.09%以上、0.1%以上、0.15%以上、0.2%以上、0.25%以上、0.5%以上、1.0%以上、2.0%以上、5%以上、10%以上、20%以上、23.5%以上、24.0%以上、24.5%以上、25.0%以上、又は25.5%以上であればよい。
【0082】
本明細書において「哺乳動物」とは、家畜家禽及びペット動物(例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ヤギ及びウサギ等)、並びに、げっ歯類及び霊長類等の実験動物(例えば、モルモット、マウス、ラット、チンパンジー及びマーモセット等)を含む、哺乳動物として分類される任意の動物を意味する。したがって、本明細書に記載の各遺伝子若しくはその変異遺伝子、又はタンパク質若しくはその変異タンパク質は、内因性の遺伝子若しくはその変異遺伝子、又はタンパク質若しくはその変異タンパク質であってもよく、その一部のヌクレオチド又はアミノ酸は、それぞれヒト由来のオルソログ遺伝子又はオルソログタンパク質を含む遺伝子(ヒト化遺伝子)又はタンパク質(ヒト化タンパク質)であってもよい。
【0083】
3-2-2.低酸素環境下への曝露
本発明の哺乳動物は、低酸素環境下へ曝露されることを特徴とする。
本明細書において「低酸素環境」とは、酸素レベルが大気中の酸素濃度(約21%)より低い状態が一定期間維持された環境を意味する。低酸素環境の例としては、気密室内や気密性容器(ケースや袋を含む)等の所定の空間内を低酸素状態にした場合が挙げられる。低酸素状態は、所定の空間内の酸素を低減させる既存の方法で調整すればよい。例えば、ガス置換法、脱酸素法、呼吸消費法、燃焼法、及びそれらの組み合わせが挙げられる。
【0084】
「ガス置換法」は、密閉空間内のガスを酸素濃度の低いガスと置換する方法である。この方法は、哺乳動物を短時間で所定の低酸素環境に晒すことができる点で優れている。置換に用いるガス(置換ガス)は、大気構成成分に近いガスが好ましい。例えば、窒素と酸素の混合ガス、及び、窒素と空気の混合ガス等が挙げられる。ガス置換は、例えば、弁を有する排気口と吸気口を備えた密閉空間内において、両弁を開いて置換ガスを吸気口より取り込むと共に、排気口より容器内のガスを排出すればよい。
【0085】
「脱酸素法」は、密閉空間内に脱酸素剤を投入する方法である。脱酸素剤の投入量で密閉空間内の酸素量を調整できる点で便利である。脱酸素剤には、酸化反応を利用して酸素を吸収する還元剤等が利用される。還元剤には、例えば、鉄粉、硫化鉄等の鉄化合物、銅粉等が利用できる。
【0086】
「呼吸消費法」は、密閉空間内の酸素を生物呼吸により消費をさせる方法である。酸素消費に用いる生物の種類は限定しない。酵母等のように、使用する哺乳動物に直接の有害性のない微生物が便利であるが、他生物を使用しなくても、使用する哺乳動物を比較的高密度で密閉空間内に封入してもよい。
【0087】
「燃焼法」は、物を燃焼させて密閉容器内の酸素を消費する方法である。
【0088】
いずれの方法も、容器内又は室内の酸素濃度が、8~19%、9~15%、9~12%、9~11%、又は9.5%~10.5%の範囲内となるように調整する。期間は特に限定しないが、5日以上、1週間以上、10日以上、12日以上、2週間以上、15日以上、20日以上、3週間以上、4週間以上、30日以上、31日以上、40日以上、50日以上、又は60日以上の長期低酸素環境下に曝露するのが好ましい。
【0089】
4.血液疾患の治療剤の単離方法
4-1.概要
本発明の第4の態様は血液疾患の治療剤の単離方法である。本態様の方法は、投与工程、検出工程、及び単離工程を必須工程として含み、前処理工程を任意工程として含む。本態様の方法によれば、各種血液疾患の治療剤の候補薬剤から、実際に治療効果の期待できる血液疾患治療剤を単離することができる。
【0090】
4-2.構成
4-2-1.前処理工程
必須工程の具体的な内容は後述するが、まず、任意工程である前処理工程について説明する。
本方法では、投与工程の前に、前処理を行うことができる。具体的な前処理の内容については、特に限定はしない。目的に応じて、当技術分野に知られている適当な前処理を採用することができる。「前処理」の具体例としては、例えば、馴化を目的とした刺激(例えば、投与刺激、ケージ交換等の環境変化を伴う刺激等)を対象個体に付与してもよいし、好中球における活性化の変化量を算出するため、投与工程前の活性化量の値の取得を目的として、後の検出工程と同様の好中球の活性化の検出を行ってもよい。前処理を行う場合には、単離工程において比較に供される全ての個体に対して同様の処理が行われることが好ましい。
【0091】
4-2-1.投与工程
「投与工程」は、第3態様の哺乳動物に候補薬剤を投与する工程である。
「候補薬剤」とは、目的とする血液疾患の治療効果を奏し得、その治療組成物の有効成分となる可能性を有する薬剤である。本方法においては、血液疾患治療剤となり得る可能性を有する薬剤が該当する。候補薬剤は、低分子化合物、核酸、ペプチド、細胞又はその組み合わせのいずれであってもよい。
候補薬剤の投与量、使用する溶媒及び/又は担体、投与剤形、及び投与方法については第2態様の記載に準じて行えばよい。
【0092】
本工程で使用する第3態様の哺乳動物は、低酸素環境下への曝露後の個体である。しかし、本工程は曝露後に限られず、曝露中、すなわち、第3態様の哺乳動物の調整中に行ってもよく、その回数及び期間は限定されない。例えば、低酸素曝露中に一度だけ投与を行ってもよく、曝露開始から曝露後まで複数回断続的に又は連続的に投与を行ってもよい。複数回行う場合には、全て同じ投与方法を使用する必要はなく、必要に応じて異なる投与方法を行うことができる。
【0093】
本工程では、後の工程における対照用として、一部の動物には候補薬剤の投与がなされない。その方法は限定しないが、例えば、候補薬剤を含まない、又は十分に含まない溶媒を投与することができる。以下、本明細書では、候補薬剤を投与された哺乳動物を「試験動物」、投与されていない哺乳動物を「対照動物」と称する。
【0094】
4-2-2.検出工程
「検出工程」は、前記投与工程の間又は後に、試験動物及び対照動物において、ALK1の活性化に基づく好中球の活性化を検出する工程である。
【0095】
ALK1の活性化に基づく好中球の活性化は、公知の方法で検出することができる。これに限定されるものではないが、組織サンプルを用いた好中球の組織への浸潤の検出、組織中に放出されるケモカイン若しくは好中球エラスターゼ活性の検出、並びに、血液サンプルを用いた好中球の細胞質における空胞変性、活性酸素種の測定、及び活性化好中球のマーカーの検出等、又はこれらの組み合わせが挙げられる。
【0096】
本工程は、投与工程中又は投与工程後に一度だけ行ってもよいし、複数回断続的に又は連続的に行ってもよい。複数回行う場合には、全て同じ検出方法を使用する必要はなく、必要に応じて異なる検出方法を行うことができる。例えば、投与工程中等、動物に対する処置が完了していない時点での検出には、より侵襲性の低い血液サンプルを用いた検出を選択し、全ての処置が完了した後に行う検出には、より確実性の高い組織サンプルを用いた検出を選択することもできるが、これに限定しない。
【0097】
4-2-3.単離工程
「単離工程」は、検出工程における検出結果に基づいて、対照動物と試験動物間の好中球の活性化量を比較し、試験動物において有意に抑制された場合に、投与した候補薬剤を治療剤として単離する工程である。
【0098】
本工程においては、第1態様に記載の任意の統計手法を用いることができる。
また例えば、好中球の活性化の変化量の算出を目的とした前処理を行った場合には、対照動物と試験動物において好中球の活性化量の上昇幅を比較する等、目的に応じた比較を行うことができる。この場合には例えば、試験動物においてその好中球の活性化量の上昇が、対照動物と比較して有意に抑制された場合に、候補薬剤を治療剤として単離することも可能である。
【0099】
本工程は検出結果に基づいて行われるが、検出工程が全て終了した後に行う必要はない。例えば、複数回の検出を行う場合、その一回目で本工程を行い、その後も検出を継続することができる。
【0100】
5.血液疾患の予防剤の単離方法
5-1.概要
本発明の第5の態様は血液疾患の治療剤の単離方法である。本態様の方法は、投与工程、曝露工程、検出工程、及び単離工程を含む。本態様の方法によれば、各種血液疾患の予防剤の候補薬剤から、実際に予防効果の期待できる薬剤を単離することができる。
【0101】
5-2.構成
5-2-1.前処理
本態様の「前処理」は第4態様の前処理と同じである。したがって、本工程は、第4態様の前処理に準じて行えばよい。
【0102】
5-2-2.投与工程
本態様の「投与工程」は、候補薬剤として予防剤の候補薬剤を用いる点を除けば第4態様の投与工程と同じである。したがって、本工程は、第4態様の投与工程に準じて行えばよい。
【0103】
5-2-3.曝露工程
「曝露工程」は、投与工程を経た哺乳動物を低酸素環境下へ曝露する工程である。基本的には、第3態様の低酸素環境下への曝露に準じて行えばよい。したがって、ここでは、第3態様の低酸素環境下への曝露と異なる点についてのみ説明をする。
【0104】
本工程は投与工程の間又は後に行うことができる。特に、低酸素環境による好中球の活性化が起こる前に候補薬剤の作用が起こっていれば、投与工程と同時又はそれより前に本工程が開始してもよい。また、投与工程と本工程はどちらが先に終了してもよいが、本工程が終わると同時、又はそれより前に投与工程が終わるのが好ましい。
【0105】
5-2-4.検出工程
本態様の「検出工程」は、直前の工程が曝露工程である点を除けば第4態様の検出工程と同じである。したがって、本工程は、第4態様の検出工程に準じて行えばよい。
【0106】
5-2-5.単離工程
本態様の「単離工程」は、単離するものが予防剤である点を除けば第4態様の単離工程と同じである。したがって、本工程は、第4態様の単離工程に準じて行えばよい。
【実施例0107】
<実施例1:JAK2V617Fマウスにおける低酸素曝露に反応した血管内膜肥厚モデルの作製>
(目的)
MPNのドライバー変異として知られるJAK2V617F変異を含むマウスにおいて、血管内膜肥厚のモデルを確立する。
【0108】
(方法)
JAK2V617Fマウスには、C57BL/6Jのバックグラウンドを有するトランスジェニックJAK2V617Fマウス(8~10週齢の雌)を用いた。対照には野生型(WT)の同腹仔を用いた。全ての動物試験は、福島県立医科大学動物研究委員会(承認番号; 2019084)により承認された。
【0109】
低酸素環境下への曝露のために、これらのマウスは、換気室において2週間、正常酸素分圧下(21% O2)又は低酸素環境下(10% O2)に曝露された。低酸素環境の維持には、空気と窒素の混合物(帝人株式会社)を使用した。
【0110】
正常酸素分圧下又は低酸素環境下への曝露後、マウスに2,2,2-トリブロモエタノール(0.25mg/g/体重)を腹腔内注射して麻酔した。右心室圧は、右頸静脈より1.2Fマイクロマノメーターカテーテル(Transonic Scisense社)を挿入して測定した(n = 7~11)。さらに、右心室収縮期圧をLabScribe3ソフトウエア(IWORX)により盲検的に解析し、10回の連続拍動における値を平均化した。右心室と、中隔を含む左心室とを分離し、右心室の重量を左心室の重量で除することにより算出した比を右心室重量比とした。ここで、右心室重量比の値が大きい程、右心室が肥大していることを示す。
【0111】
組織学的解析のためには、各酸素条件への曝露後のマウスから肺サンプルを採取し、4%パラホルムアルデヒド溶液で固定して、パラフィン切片を作製した。凍結した肺組織をO.C.T.コンパウンド(Tissue-Tek社)に包埋した。パラフィン包埋切片をHE染色及びElastica-Masson(EM)染色し、その後免疫染色に用いた。免疫染色には、抗α-平滑筋アクチン抗体(αSMA:Santa Cruz Biotechnology社)を用い、免疫蛍光染色では、パラフィン包埋組織切片を、抗Ly6G抗体(ab25377、Abcam社)と共にインキュベートした。この後、Alexa Fluor 594標識ウサギ抗ラットIgG抗体(cross-adsorbed)(A-21211、Thermo Fisher Scientific社)を含む二次抗体溶液と共にインキュベートした。最後に、DAPI含有マウンティングメディア(Fluoro Gel II、Electron Microscopy Science社)を用いて封入した。その後、Keyence BZ II Viewerソフトウェア(Keyence社)を用いて顕微鏡(BZ-X700、Keyence社)により画像を取得した。
【0112】
血管壁の厚さの測定には、EM染色切片を用い(n = 6~8)、径が100μm未満の肺動脈内外板の内側壁面積を測定し、ImageJソフトウエア(国立衛生研究所)を用いて内側壁面積を血管面積で除して壁厚の割合を算出した。
【0113】
筋肉組織化した肺血管の割合の測定にはαSMAで染色した切片を用い(n = 6~9)、直径が50μm未満の肺動脈を、非筋性、部分的筋性及び完全筋性の3群に分類し、部分的及び完全な筋肉血管の合計を総血管数で除して算出した。
【0114】
血管周囲領域への細胞浸潤の定量には、Ly6Gで染色した切片を用い(n = 3)、直径が50~100μmの遠位肺動脈周囲において、浸潤したLy6G陽性細胞の数を計数した。
【0115】
エラスターゼアッセイは、肺組織において、EnzChekエラスターゼキット(Molecular Probes社)を用いて行った(n = 3)。凍結した肺試料(20mg)をホモジェナイズし、NaAc及びNaアジドを含有する抽出緩衝液と混合し、次いで、4℃で一晩遠心分離した。その後、(NH4)2SO4緩衝液を添加することにより、ペレットを再抽出した。一晩沈殿させた後に遠心して得たペレットを、50mMのTris-HClアッセイ緩衝液(pH 8.0)に再懸濁してエラスターゼを再活性化した。次いで、ウシDQ-エラスチンを蛍光発生基質としてウェル中に添加することによって、エラスターゼ活性を測定した。測定は二連で行った。測定結果の解析には、正常酸素分圧下におけるWTマウスの平均値を1とした、相対値を用いた。
【0116】
統計解析は、Tukey事後検定を伴う一元配置分散分析により行った。有意水準はp=0.05とした。
【0117】
(結果)
結果を図1~4に示す。
JAK2V617F変異タンパク質を発現するマウス(JAK2V617Fマウス)と野生型マウス(WTマウス)の心臓に関して解析を行った結果、WTマウスとJAK2V617Fマウスでは、肺動脈の起始部である右心室の収縮期圧及び重量比には有意な差が見られなかった(図1)。そこで、マウスにおいて肺における高血圧症を誘導する手法として十分に確立されている低酸素(10% O2)曝露に供したところ、WTマウスと比較してJAK2V617Fマウスにおいて、右心室収縮期圧が低酸素環境下への曝露に反応して有意に上昇した(図1A)。また、JAK2V617Fマウスの右心室重量比はWTマウスよりも有意に大きく、低酸素曝露JAK2V617Fマウスにおける肺高血圧症に起因した、より重度の右心室肥大が引き起こされることが示された(図1B)。さらに、肺動脈においては、血管壁厚及び筋肉組織化した血管の割合が、JAK2V617Fマウスにおいて有意に増加した(図2)。また、正常酸素分圧曝露及び低酸素曝露JAK2V617Fマウスのいずれにおいても、HE染色で肺動脈周囲への細胞浸潤の増加が認められた。
【0118】
また、この浸潤について詳細に調べたところ、WTマウス及びJAK2V617Fマウスの両方において、血管周囲領域へのLy6G陽性好中球の浸潤が低酸素環境下への曝露によって顕著に増加することが分かり、定量的解析により、その上昇幅がJAK2V617Fマウスにおいて有意に高いことが示された(図3)。また、好中球の活性化の指標の一つであるエラスターゼ活性を肺組織において測定したところ、低酸素環境下への曝露によって、WTマウスでも小幅な増加が見られるものの、JAK2V617Fマウスにおいては有意に大幅な増加が見られた(図4)。
【0119】
以上のデータから、JAK2V617F変異は、正常酸素分圧下での自然発生的な血管壁の肥厚及び肺高血圧症の発症を促進するのではなく、低酸素曝露に反応して、肺動脈構造的リモデリングを伴う血管壁の肥厚化及び肺高血圧症の発症を促進したこと、並びにこのリモデリングにおいて、血管周囲領域へ浸潤した活性化好中球が重要な役割を果たす可能性が示唆された。
【0120】
<実施例2:骨髄由来細胞のみJAK2V617F変異を含むマウスにおける低酸素曝露に反応した血管内膜肥厚モデル>
(目的)
JAK2V617F変異を含む造血細胞クローンが、JAK2V617Fマウスの肺組織ではなく、WTマウスの肺組織においても血管周囲領域への浸潤し、肺高血圧に寄与するかを明らかにする。
【0121】
(方法)
骨髄移植は以下の方法で行った。8~10週齢の野生型C57BL/6J雌マウス(Charles River Japan社)をレシピエントとし、骨髄移植の24時間前に総線量9.0Gyの紫外線を照射し、内在の骨髄を死滅させた。実施例1と同様に入手したWTマウス及びJAK2V617Fマウスをドナーとし、大腿骨及び脛骨から全骨髄細胞を採取した。細胞をPBSで洗浄し、5.0×106の骨髄細胞を尾静脈を介してレシピエントマウスに注入した。
【0122】
また、正常酸素分圧下又は低酸素環境下への曝露は実施例1と同様の方法で、骨髄移植後5週目から8週目までの3週にわたって行い、移植後4週及び8週(実験終了時)に変異アレル比率を解析した。
【0123】
正常酸素分圧下又は低酸素環境下へ曝露したJAK2V617Fレシピエントマウス(各n = 8)において、変異アレル比率を解析した。末端静脈から採取した血液から、QuickGene DNA全血キット(KURABO社)を用いてDNAを単離し、THUNDERBIRD SYBR qPCR Mixを用いて定量的PCRを行った。この際、以下のプライマーを用いた:ドナー及びレシピエントマウス用のフォワードプライマー、5'-CTTTCTTCGAAGCAGCAAGCATGA-3'(配列番号6);レシピエントマウス用のリバースプライマー、5'-CTGGCTTTACTTACTCTCCTCTCCACAGAC-3'(配列番号7);ドナーマウス用のリバースプライマー、5'-AACCAGAATGTTCTCCTCTCCACAGAA-3'(配列番号8)。JAK2V617FレシピエントマウスにおけるJAK2V617F変異を含むアレル比率を推定するために、ΔCt(Ctdonor- Cttotal)を算出した。統計解析は、対応のあるt検定により行った。
【0124】
その他の解析は実施例1と同様の方法で行った。サンプル数は以下の通り:
・右心室収縮期圧の測定、n = 7~11;
・右心室重量比の測定、n = 7~11;
・血管の内側壁厚の測定、n = 6~8;
・筋肉組織化した遠位肺動脈の割合の測定、n = 6;
・Ly6G陽性細胞の計数、n = 3;
・エラスターゼ活性の測定、n = 3。
【0125】
(結果)
結果を図5~9に示す。JAK2V617F骨髄細胞を移植されたマウス(JAK2V617Fレシピエントマウス)の末梢血における白血球中のJAK2V617F変異アレルの比率は、正常酸素分圧曝露群では、移植後4週と8週において25.5±1.1%から34.9±6.7%に増加し、低酸素環境下では24.5±0.8%から51.1±5.4%にそれぞれ有意に増加した(図5、両群共にp<0.01)。しかしながら、JAK2V617Fマウスと異なり、JAK2V617Fレシピエントマウスの血球細胞数は、正常酸素分圧下での野生型骨髄細胞を移植されたマウス(WTレシピエントマウス)と比較して有意な上昇を示さなかった。これは、JAK2V617F変異を含む造血幹/前駆細胞が移植されたレシピエントマウスが、しばしばMPN様の表現型を示さないという、従来の知見と一致した。
【0126】
心臓における解析では、右心室の収縮期圧及び重量比は、正常酸素分圧下においては、野生型骨髄細胞を移植されたマウス(WTレシピエントマウス)とJAK2V617Fレシピエントマウス間で差は無かった。しかし、3週間の低酸素曝露に反応して、WTレシピエントマウスと比較して、JAK2V617Fレシピエントマウスにおいて右心室の収縮期圧及び重量比の両方が有意に増加した(図6)。
【0127】
同様に、組織サンプルにおける解析では、肺動脈の内側壁厚及び筋肉組織化血管の比率は、正常酸素分圧下においても、野生型骨髄細胞を移植されたマウス(WTレシピエントマウス)に比べ、JAK2V617Fレシピエントマウス肺動脈の内側壁厚及び筋肉組織化血管の割合は増加傾向にあったが、低酸素曝露後にさらに有意に増加した(図7)。また、実施例1の場合と同様に、好中球の血管周囲領域への浸潤及びエラスターゼ活性のどちらも、JAK2V617Fレシピエントマウスを低酸素環境下に曝露した場合、WTレシピエントマウスに比べ、その上昇幅は大きかった(図8,9)。
【0128】
以上のデータから、骨髄由来細胞のみJAK2V617F変異を含むマウスにおいても、JAK2V617Fマウスと同様の好中球の活性化が起こることが示された。以上の結果は、低酸素環境下への曝露に反応した肺動脈の肥厚化、及び肺高血圧症の発症は、JAK2V617F変異を含む骨髄系細胞の存在に起因することを示す。
【0129】
<実施例3:血管周囲領域に浸潤した細胞の由来>
(目的)
JAK2V617Fレシピエントマウスにおいて血管周囲領域へ浸潤した好中球の由来を明らかにする。
【0130】
(方法)
実施例2と同様の方法で骨髄移植を行った。C57BL/6JバックグラウンドのCAG-EGFPレポーターマウスを日本SLCから購入した。JAK2V617FマウスをCAG-EGFPマウスと交配し、JAK2V617F/CAG-EGFP二重トランスジェニックマウス(JAK2V617F-GFPマウス)を作製した。
【0131】
JAK2V617F-GFPマウス、また対照として野生型同腹仔(WT-GFPマウス)をドナーとして用いて、実施例2と同様の方法で骨髄移植を行った。低酸素環境下に3週間曝露した後、実施例1と同様の方法で肺の組織切片を用いて蛍光免疫染色を行った。一次抗体には、抗GFP抗体(NBP2-22111、Novus Biologicals社)及び抗α-平滑筋アクチン抗体(αSMA:19245、Cell Signaling Technology社)を用い、二次抗体にはAlexa Fluor 488標識ロバ抗マウスIgG抗体(ab150105、Abcam社)及びAlexa Fluor 594標識ロバ抗ウサギIgG ReadyProbes抗体(R37119、Thermo Fisher Scientific社)を用いた。統計解析は、対応のないt検定により行った。
【0132】
(結果)
結果を図10に示す。JAK2V617F-GFPマウス由来の骨髄細胞を移植したレシピエントマウスでは、矢印で示すように肺動脈領域にGFP陽性細胞が顕著に蓄積していたが、WT-GFPマウス由来の骨髄細胞を移植したレシピエントマウスでは、肺のGFP陽性細胞が少なかった。
【0133】
以上から、浸潤したLy6G陽性の好中球は、JAK2V617F変異を含む骨髄細胞から分化し、肺動脈領域へと移動してきたことが示唆された。また、増殖細胞核抗原(PCNA)を用いた解析によって、血管周囲領域に蓄積した好中球は増殖状態にないことが示唆されたため、好中球の浸潤は主に分化済みの好中球によってのみ起こると考えられた。
【0134】
<実施例4:JAK2V617F変異による、好中球分化過程における遺伝子プロファイリングの変化>
(目的)
JAK2V617F変異を含む分化後の好中球が浸潤しやすい原因をタンパク質レベルで明らかにする。
【0135】
(方法)
製造者のプロトコール(Thermo Fisher Scientific社)に従って、Trizol試薬を用いてマウス肺から全RNAを抽出した(n = 5~6)。抽出したRNAは、さらにRNeasy Fibrous Tissue Mini Kit(Qiagen社)を用いて精製し、ReverTra Ace qPCR R Master Mix(東洋紡株式会社)を用いてcDNAを合成した。Acvrl1遺伝子のmRNA発現は、CFX Connect real-time PCR System(Bio-Rad社)のTHUNDERBIRD SYBR qPCR Mix(東洋紡株式会社)を用いた定量的PCRによって測定した。テンプレートを連続希釈して作成した標準曲線を適用し、データは18s rRNA量で標準化し、対照に対する倍数として表した。
【0136】
瞬間凍結したJAK2V617Fマウス及びWTマウスの肺試料(n = 3~6)を、まずプロテアーゼインヒビターカクテル(BDバイオサイエンス社)を含むリシスバッファー(Cell Signaling Technology社)中でホモジェナイズした。タンパク質濃度はPierce BCAタンパク質アッセイキット(Thermo Fisher Scientific社)を用いて測定した。タンパク質のアリコートをSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけ、ポリビニリデンジフルオリド膜(Merck Millipore社)上に移し、以下の一次抗体でプローブした:抗リン酸化STAT3抗体(p-STAT3;9145、Cell Signaling Technology社)、抗STAT3抗体(t-STAT3;4904、Cell Signaling Technology社)、抗リン酸化Smad1/Smad5/Smad8抗体(p-Smad1/Smad5/Smad8;AB3848-I、Merck Millipore社)、抗Smad1抗体(t-Smad;9743、Cell Signaling Technology社)及び抗GAPDH抗体(ローディング対照;60004-1-Ig、Proteintech社)。続いて、ヤギ抗ウサギ抗体又はマウス西洋ワサビペルオキシダーゼ結合抗体(Santa Cruz Biotechnology社)でインキュベートした。免疫反応性バンドをAmersham ECLシステム(Amersham Pharmacia Biotech UK社)により可視化し、シグナルをImageQuant LAS-4000デジタルイメージングシステム(GE Healthcare社)で検出した。ImageJソフトウエアを用いて個々のバンドの光学密度を解析した。統計解析はTukey事後検定を伴う一元配置分散分析により行った。
【0137】
(結果)
結果は図11~13に示す。遺伝子エンリッチメント解析の結果、JAK2V617Fマウス由来の末梢血と肺のLy6G+好中球においてJAK-STAT3経路で最もアップレギュレートされた遺伝子は、ALK1をコードするAcvrl1遺伝子であることが明らかとなった。一方、JAK2V617Fマウス由来の骨髄のLy6G陽性好中球においては、Acvrl1遺伝子の発現はわずかに上昇しているにすぎなかった。
【0138】
RNAシークエンスの結果と一致して、JAK2V617Fマウスの肺由来のAcvrl1遺伝子のmRNA発現レベルは、正常酸素分圧WTマウスよりも高く、低酸素環境下への曝露に反応してさらに増加した(図11)。同様に、低酸素曝露後において、ALK1の下流にあるSmad1/5/8のリン酸化レベルは、WTマウスの肺と比較してJAK2V617Fマウスの肺で有意に上昇した(図12)。一方、STAT3のリン酸化レベルもまた、正常酸素分圧下ではWTマウス肺と比較してJAK2V617Fマウス肺で有意に増加していた。そして、低酸素環境下への曝露後、JAK2V617Fマウス肺におけるSTAT3のリン酸化レベルは、他の群と比較してさらにアップレギュレートされた(図13)。
【0139】
以上から、低酸素環境下でJAK2によるSTAT3のリン酸化が促進され、このSTAT3の過剰リン酸化の結果、Acvrl1遺伝子の発現量が上昇し、産生されたALK1の下流のシグナル経路が活性化することにより、好中球が活性化することが示唆された。
【0140】
<実施例5:ALK1阻害剤による、JAK2V617F変異による好中球活性化の抑制>
(目的)
本発明のALK1阻害剤による好中球の抑制を検証する。
(方法)
マウスは実施例1と同様のものを用いた。ALK1阻害剤にはK02288(Selleck Chemicals社)及びLDN-212854(Selleck Chemicals社)を用いた。溶媒にはDMSOを用い、2週間の低酸素環境下への曝露の前日から、WTマウス及びJAK2V617Fマウスに所定の用量(K02288:12mg/kg体重;LDN-212854:9mg/kg体重)で週2回、2週間にわたって腹腔内注射によって投与した。対照として、DMSOのみの投与を行った。
【0141】
また、ALK1阻害剤にLDN-212854を用いて、Smad1/5/8のリン酸化レベルの解析を行った。この解析には、JAK2V617FノックインHCT116細胞(Horizon Discovery社)を用いた。細胞の培養は、10% FBS及び100mg/mLのストレプトマイシン及び100IU/mLのペニシリンを添加したRPMI 1640培地(Sigma社:2mMのL-グルタミン及び25mMの重炭酸ナトリウム含有)中で、5% CO2の存在下、37℃で行った。LDN-212854は0.01μM、0.1μM、1μM、又は10μMの濃度で週2回、2週間にわたって培地中に投与した。対照として、DMSOのみの投与を行った。
【0142】
その他、組織における解析は実施例1と同様の方法で行い、Smad1/5/8のリン酸化レベルの解析は実施例4と同様に行った。サンプル数は以下の通り:
・右心室収縮期圧の測定、n = 6~8;
・右心室重量比の測定、n = 6~8;
・血管の内側壁厚の測定、n = 6;
・筋肉組織化した遠位肺動脈の割合の測定、n = 6;
・Ly6G陽性細胞の計数、n = 3;
・エラスターゼ活性の測定、n = 3;
・Smad1/5/8のリン酸化レベルの解析、n = 2。
【0143】
(結果)
結果は図14~19に示す。ALK1阻害剤であるK02288の投与によって、低酸素環境下への曝露後に対照JAK2V617Fマウスと比較して、JAK2V617Fマウスの右心室の収縮期圧及び肥大は有意に減少した。対照的に、低酸素曝露WTマウスでは、K02288を投与しても、右心室の収縮期圧及び重量比に有意な変化は起こらなかった(図14)。
【0144】
ALK1阻害剤としてK02288を投与したJAK2V617Fマウスの肺動脈では、対照マウスと比較して、内側壁厚及び筋肉組織化の有意な低下が認められ、野生型マウスと同等にまで低下した(図15)。また、血管周囲領域のLy6G陽性好中球の数は、対照マウスの肺と比較して、K02288投与JAK2V617Fマウスの肺で有意に減少した(図16)。さらに、K02288投与によってJAK2V617Fマウスの肺におけるエラスターゼ活性は有意に低下し、野生型マウスとの有意差は見られなかった(図17)。
【0145】
ALK1阻害剤としてLDN-212854を投与した場合、JAK2V617F変異を含む細胞において、ALK1の下流にあるSmad1/5/8のリン酸化レベルがLDN-212854の濃度依存的に抑制された(図18)。また、ALK1阻害剤としてK02288を投与した場合と同様に、低酸素曝露後の右心室の収縮期圧及び重量比は、JAK2V617Fマウスにおいて有意に抑制された(図19)。
【0146】
以上から、ALK1阻害剤によってALK1が抑制され、それによって、JAK2V617F変異に起因する好中球の活性化が顕著に抑制されるのみならず、低酸素曝露後の血管壁における肥厚化及び低酸素曝露によって誘導される肺高血圧症の発症をも完全に抑制できることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
【配列表】
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