(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022112565
(43)【公開日】2022-08-03
(54)【発明の名称】保護処理方法、不活化機能搭載方法、シート材、構造体
(51)【国際特許分類】
A61L 2/10 20060101AFI20220727BHJP
B32B 27/00 20060101ALI20220727BHJP
B32B 27/30 20060101ALI20220727BHJP
B32B 27/18 20060101ALI20220727BHJP
E04F 13/07 20060101ALI20220727BHJP
E04F 13/02 20060101ALI20220727BHJP
A61L 9/20 20060101ALI20220727BHJP
D06N 7/04 20060101ALN20220727BHJP
【FI】
A61L2/10
B32B27/00 B
B32B27/30 D
B32B27/18 A
E04F13/07 B
E04F13/02 A
A61L9/20
D06N7/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021008397
(22)【出願日】2021-01-22
(71)【出願人】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】特許業務法人 ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 貴之
【テーマコード(参考)】
4C058
4C180
4F055
4F100
【Fターム(参考)】
4C058AA23
4C058BB06
4C058DD16
4C058EE26
4C058KK02
4C180AA07
4C180DD03
4C180HH11
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4F100AH05A
4F100AK15A
4F100AK17B
4F100BA02
4F100BA07
4F100BA10B
4F100CA07B
4F100GB08
4F100JD09B
(57)【要約】
【課題】主成分が塩素系樹脂からなるシート材が配置された又は配置される予定の対象空間に対して、シート材の変色や劣化の進行を抑制しながらも、紫外線を用いて不活化処理を行うことを可能にするための、保護処理方法を提供する。
【解決手段】対象空間は190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源が既に配置されているか又は配置が予定された空間である。この保護処理方法は、対象空間の内装面又は対象空間内に配置された物体表面に主成分が塩素系樹脂からなる基材を取り付ける工程と、基材の表面に紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜を形成する工程とを有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
菌又はウイルスの不活化が行われる対象空間に対する保護処理方法であって、
前記対象空間は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源が既に配置されているか又は配置が予定された空間であり、
前記対象空間の内装面又は前記対象空間内に配置された物体表面に、主成分が塩素系樹脂からなる基材を取り付ける工程と、
前記基材の表面に、前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜を形成する工程とを有することを特徴とする、保護処理方法。
【請求項2】
菌又はウイルスの不活化が行われる対象空間に対する保護処理方法であって、
前記対象空間は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源が既に配置されているか又は配置が予定された空間であり、
主成分が塩素系樹脂からなる基材と、前記基材の表面に形成された前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜とを有してなる、特定材を準備する工程と、
前記対象空間の内装面又は前記対象空間内に配置された物体表面に前記特定材を取り付ける工程とを有することを特徴とする、保護処理方法。
【請求項3】
菌又はウイルスの不活化が行われる対象空間に対する保護処理方法であって、
前記対象空間は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源が既に配置されているか又は配置が予定された空間であり、
前記対象空間の内装面又は前記対象空間内に配置された物体表面に取り付けられた、主成分が塩素系樹脂からなる基材の表面に、前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜を塗布する工程を有することを特徴とする、保護処理方法。
【請求項4】
前記光源は、前記基材に対して1mW/cm2以下の照度で前記紫外線を照射することで、前記対象空間内の菌又はウイルスの不活化を行うことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の保護処理方法。
【請求項5】
前記保護膜は、フッ素系樹脂を主成分とすることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の保護処理方法。
【請求項6】
前記保護膜は、前記フッ素系樹脂内に紫外線吸収剤が含有されてなることを特徴とする、請求項5に記載の保護処理方法。
【請求項7】
前記保護膜は、400nm~600nmの波長帯域の可視光に対する透過率が50%以上であることを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載の保護処理方法。
【請求項8】
前記内装面は、前記対象空間の内壁面、床面、又は天井面であることを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項に記載の保護処理方法。
【請求項9】
対象空間に対して、菌又はウイルスの不活化機能を搭載する不活化機能搭載方法であって、
前記対象空間内に、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源を配置する工程と、
請求項1~8のいずれか1項に記載の保護処理方法を実行する工程とを有することを特徴とする、不活化機能搭載方法。
【請求項10】
菌又はウイルスの不活化が行われる対象空間内に取り付けられる、保護用のシート材であって、
主成分が塩素系樹脂からなる基材と、
前記基材の表面に形成され、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜とを有することを特徴とする、シート材。
【請求項11】
前記保護膜は、フッ素系樹脂を主成分とすることを特徴とする、請求項10に記載のシート材。
【請求項12】
前記保護膜は、前記フッ素系樹脂内に紫外線吸収剤が含有されてなることを特徴とする、請求項11に記載のシート材。
【請求項13】
菌又はウイルスの不活化機能が搭載された構造体であって、
190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源と、
前記紫外線の照射可能領域内に配置された、前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜と、
前記保護膜の下層に配置された、主成分が塩素系樹脂からなる基材とを有することを特徴とする、構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線を用いて菌やウイルスの不活化処理が行われる対象空間に対する保護処理方法に関する。また、本発明は、前記保護処理を包含した、対象空間に対する不活化機能搭載方法に関する。また、本発明は、前記保護処理方法の実現に適したシート材に関する。更に、本発明は、前記保護処理及び前記不活化機能が搭載された、構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
空間中又は物体表面に存在する菌(細菌や真菌等)やウイルスは、人や人以外の動物に対して感染症を引き起こすことがあり、感染症の拡大によって生活が脅かされることが懸念される。特に、医療施設、学校又は役所等の頻繁に人が集まる施設や、自動車、電車、バス、飛行機、又は船等の乗物においては、感染症が蔓延しやすいことから、菌やウイルス(以下、「菌等」と総称することがある。)を不活化させる有効な手段が必要とされている。
【0003】
従来、菌等の不活化を行う方法として、紫外線を照射する方法が知られている。DNAは波長260nm付近に最も高い吸収特性を示す。そして、低圧水銀ランプは、波長254nm付近に高い発光スペクトルを示す。このため、低圧水銀ランプを用いて殺菌を行う技術が広く利用されている。
【0004】
しかし、この波長帯の紫外線は、人間に照射されると人体に影響を及ぼすリスクがあることが知られている。皮膚は、表面に近い部分から表皮、真皮、その深部の皮下組織の3つの部分に分けられ、表皮は、更に表面に近い部分から順に、角質層、顆粒層、有棘層、基底層の4層に分けられる。波長254nmの紫外線が人体に照射されると、角質層を透過して、顆粒層や有棘層、場合によっては基底層に達し、これらの層内に存在する細胞のDNAに吸収される。この結果、皮膚がんのリスクが発生する。よって、このような波長帯の紫外線は、人が存在し得る場所で積極的に利用することは難しい。
【0005】
下記特許文献1には、波長240nm以上の紫外線(UVC光)は人体に対して有害であること、及び、波長240nm未満の紫外線は波長240nm以上の紫外線と比べて人体への影響度が抑制されることが記載されている。また、具体的に、波長207nm及び222nmの照射実験の結果が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、建物内の部屋、乗物、通路といった人間が存在する可能性のある空間(以下、「対象空間」と呼ぶ。)に対して、波長240nm未満の紫外線、より具体的には190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を用いて、菌やウイルスの不活化処理を行うことにつき、鋭意検討を行った。その結果、下記の課題を新たに見出した。
【0008】
建物内の部屋や通路の内壁、天井、床面には、壁紙や床材といった建築シート(シート材)が配設されているのが一般的である。また、自動車や飛行機等の乗物においても、内装部分には何らかの保護用のシート材が配設されることが一般的である。更に、部屋、通路、乗物内に設置された物品(例えば机、椅子、各種装置等)の表面にも、保護用のシート材が設けられている場合がある。
【0009】
これまでのところ、波長240nm未満の紫外線、より具体的には190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線が、上述したシート材に照射された場合に、シート材に対してどのような影響を及ぼすかについては、検討されていなかった。この点につき、本発明者が鋭意検討したところ、前記紫外線がシート材に照射されると、その照度が1mW/cm2以下という低い照度水準であっても、シート材がポリ塩化ビニル(PVC)に代表される塩素系樹脂で構成される場合には、その変色や劣化の速度が速いことを見出した。PVCは、壁紙や床材等の建築シートに一般的に利用される材質であるため、建物の部屋等で菌やウイルスの不活化のために前記紫外線を照射すると、建築シートに対して経時的に変色を生じさせるおそれがある。
【0010】
建築シートは、通常の使用によっても、経年に伴って変色・劣化することが想定されるが、前記紫外線が照射されると、その変色・劣化の速度が上昇してしまう。この結果、施設の管理者や所有者に対して、前記紫外線を用いた対象空間に対する不活化処理の導入を躊躇させるおそれがある。
【0011】
また、PVCは、表面保護用のフィルムとしても一般的に利用される材質であるところ、建築シート以外の用途としても利用される場合が想定される。よって、対象空間内に設置された物品の表面についても、劣化や変色の速度が上昇するおそれが懸念される。
【0012】
本発明は、上記の課題に鑑み、主成分が塩素系樹脂からなるシート材が配置された又は配置される予定の対象空間に対して、前記シート材の変色や劣化の進行を抑制しながらも、紫外線を用いて不活化処理を行うことを可能にするための、保護処理方法を提供することを目的とする。また、本発明は、このようなシート材の変色や劣化の進行を抑制した保護処理を内包した、対象空間に対する不活化機能搭載方法を提供することを別の目的とする。
【0013】
本発明は、紫外線を用いた不活化処理が行われる対象空間内に設置されても、変色や劣化の進行が抑制されるシート材を提供することを更に別の目的とする。また、本発明は、紫外線を用いた不活化処理が行われる対象空間内に設置されても、表面に対する変色や劣化の進行が抑制される構造体を提供することを更に別の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、菌又はウイルスの不活化が行われる対象空間に対する保護処理方法であって、
前記対象空間は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源が既に配置されているか又は配置が予定された空間であり、
前記対象空間の内装面又は前記対象空間内に配置された物体表面に、主成分が塩素系樹脂からなる基材を取り付ける工程と、
前記基材の表面に、前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜を形成する工程とを有することを特徴とする。
【0015】
本明細書において、「不活化」とは、菌やウイルスを死滅させる又は感染力や毒性を失わせることを包括する概念を指し、「菌」とは、細菌や真菌(カビ)等の微生物を指す。以下においても、「菌又はウイルス」を「菌等」と総称することがある。
【0016】
本明細書において、「主成分」とは、質量基準で含有率が最大となる成分を意味する用語として用いられる。典型的には「主成分」とは40質量%以上を示す成分を指し、50質量%以上を示す成分であるのがより典型的であり、60質量%以上を示す成分であるのが特に典型的である。
【0017】
上述した特許文献1の記載によれば、240nmよりも短い波長帯域の紫外線で、人体への影響度を抑制させている。本発明に係る保護処理方法が適用される対象空間は、190~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線が照射されることで、人体への影響を抑制しながらも、菌又はウイルスの不活化処理が行われることが予定された空間である。
【0018】
前記紫外線は、発光スペクトルにおいて、190nm~235nmの光出力の積分値に対する、240nm~300nmの光出力の積分値の比率が、1%未満であるのが好ましい。このような紫外線が用いられることで、人体への影響を抑制しながらも、菌又はウイルスの不活化処理を行うことができる。このような紫外線を発する光源としては、KrCl、KrBr、ArFといった発光ガスが封入されたエキシマランプや、LED、レーザダイオードといった固体光源を採用できる。なお、この場合、前記紫外線のピーク波長が190nm~235nmの範囲内に位置するものとして構わない。
【0019】
前記紫外線は、より好ましくは、200~230nmの波長帯域に光出力を示す。これにより、人体への安全性をより担保しつつ高い不活化効果が実現される。この波長域の紫外線によれば、比較的長時間にわたって照射されても、人体への影響がほとんどないと考えられている。
【0020】
塩素系樹脂としては、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩素化ポリエチレン、塩素化ポリプロピレン等が挙げられる。これらはいずれもC-Cl結合を有している。
【0021】
塩素系樹脂に対して、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線が照射されると、前記紫外線の有する光エネルギーによってC-Cl結合が切断される可能性がある。このC-Cl結合が切断される量や速度は、紫外線の照度や照射時間(すなわち照射線量)に依存する。このため、例えば塩素系樹脂からなる壁紙が内装面に配置された対象空間に対して前記紫外線が照射されると、紫外線の照射がない場合に比べて壁紙の変色や劣化が促進してしまう。
【0022】
これに対し、上記保護処理方法によれば、前記対象空間の内装面又は前記対象空間内に配置された物体表面に、主成分が塩素系樹脂からなる基材が配置され、当該基材の表面に前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜が形成される。このため、前記紫外線が対象空間の内装面や対象空間内に配置された物体表面に照射された場合であっても、内装面や物体表面に取り付けられた基材の表面に形成された保護膜の存在により、紫外線が基材側に導かれることが抑制される。これにより、基材の変色や劣化の進行を抑制できる。
【0023】
前記内装面としては、例えば、前記対象空間の内壁面、床面、又は天井面等が挙げられる。
【0024】
また、本発明は、菌又はウイルスの不活化が行われる対象空間に対する保護処理方法であって、
前記対象空間は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源が既に配置されているか又は配置が予定された空間であり、
主成分が塩素系樹脂からなる基材と、前記基材の表面に形成された前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜とを有してなる、特定材を準備する工程と、
前記対象空間の内装面又は前記対象空間内に配置された物体表面に前記特定材を取り付ける工程とを有することを別の特徴とする。
【0025】
上記の方法によれば、前記対象空間の内装面又は前記対象空間内に配置された物体表面に、主成分が塩素系樹脂からなる基材と、当該基材の表面に形成された前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜とを含む特定材が形成される。このため、上述した発明と同様に、前記紫外線が対象空間の内装面や対象空間内に配置された物体表面に照射された場合であっても、内装面や物体表面に配置された基材の表面に形成された保護膜の存在により、紫外線が基材側に導かれることが抑制される。これにより、基材の変色や劣化の進行を抑制できる。
【0026】
また、本発明は、菌又はウイルスの不活化が行われる対象空間に対する保護処理方法であって、
前記対象空間は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源が既に配置されているか又は配置が予定された空間であり、
前記対象空間の内装面又は前記対象空間内に配置された物体表面に取り付けられた、主成分が塩素系樹脂からなる基材の表面に、前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜を塗布する工程を有することを更に別の特徴とする。
【0027】
上記の方法によれば、対象空間内に、壁紙や表面保護用のシート材等の主成分が塩素系樹脂からなる基材が、既に取り付けられている場合であっても、その基材の上面に保護膜が塗布される。これにより、上述した発明と同様に、前記紫外線が対象空間の内装面や対象空間内に配置された物体表面に照射された場合であっても、内装面や物体表面に取り付けられた基材の表面に形成された保護膜の存在により、紫外線が基材側に導かれることが抑制される。これにより、基材の変色や劣化の進行を抑制できる。
【0028】
なお、この方法は、例えば、前記紫外線に対する耐性を示す材料を所定の溶媒に溶解させた後、この溶媒をスプレー等によって基材の表面に吹き付けることで実施できる。
【0029】
前記保護膜は、フッ素系樹脂を主成分とするのが好適である。フッ素系樹脂としては、特に限定されないが、PCTFE(ポリクロロトリフルオロエチレン)、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)等が挙げられる。本発明者の鋭意研究によれば、ガラスコーティングやチタンコーティングと比べて、フッ素系樹脂によるコーティングによって変色や劣化の進行を抑制できる効果が高いことが確認された。また、フッ素系樹脂によれば、可視光に対する透過性が高いため、下層に存在する基材(壁紙や床材等)の色味や装飾に対して影響を及ぼすことがない。
【0030】
前記保護膜は、前記フッ素系樹脂内に紫外線吸収剤が含有されて構成されるのが、より好適である。
【0031】
フッ素系樹脂の中には、前記紫外線を一定割合で透過させる性質を示すものが存在する。この場合、フッ素系樹脂を主成分とする保護膜が基材の表面に形成されていても、紫外線の一部が保護膜を透過して下層の基材に照射されることで、通常使用時と比べて変色や劣化の速度が速まってしまう可能性がある。
【0032】
これに対し、上記の構成によれば、前記保護膜が前記フッ素系樹脂内に紫外線吸収剤が含有されてなるため、仮に、紫外線がフッ素系樹脂内を進行したとしても、当該樹脂内に含有された紫外線吸収剤によって吸収される結果、基材に対して照射される紫外線量を大幅に低減できる。これにより、基材の変色や劣化の進行が大幅に抑制される。
【0033】
紫外線吸収剤としては、例えば、ベンゾフェノン系、ベンゾトリアゾール系、サリチル酸エステル系、アクリロニトリル誘導体系等の紫外線吸収性を示す材料が好適に利用される。これらは、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。なお、この紫外線吸収剤は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線に対する透過率が、30%未満であるのが好ましく、20%未満であるのがより好ましく、10%未満であるのが特に好ましい。
【0034】
この紫外線吸収剤は、フッ素樹脂材料100質量部に対して、0.1質量部~10質量部程度配合するのが好ましく、0.5質量部~5質量部程度配合するのが特に好ましい。
【0035】
前記光源は、前記基材に対して1mW/cm2以下の照度で前記紫外線を照射することで、前記対象空間内の菌又はウイルスの不活化を行うものとしても構わない。
【0036】
上記のような低い照度で前記紫外線を照射した場合であっても、対象空間内に存在する菌やウイルスの不活化を行うことができる。
【0037】
ところで、上述したように、紫外線は人間に対して照射されると人体への影響が生じることが知られている。本願出願日の時点では、人体に対して1日(8時間)あたりの紫外線照射量に関して、ACGIH(American Conference of Governmental Industrial Hygienists:米国産業衛生専門家会議)やJIS Z 8812(有害紫外放射の測定方法)等によって、波長ごとの許容限界値(TLV:Threshold Limit Value)が定められている。つまり、人間が存在する環境下で紫外線が利用される場合には、所定の時間内に照射される紫外線の積算照射量がTLVの基準値以内となるように、紫外線の照度や照射時間を決定することが推奨されている。
【0038】
上記のような低い照度で紫外線が照射される構成であれば、人間が存在する時間帯であっても、TLVの基準値以内に積算照射量を留めながら不活化を行うことが実現しやすい。
【0039】
そして、このような低い照度で前記紫外線が照射される場合であっても、照射時間が長くなり積算照射量が高まると、塩素系樹脂に対する変色や劣化という課題が顕在化する可能性がある。これに対し、上記方法によれば、主成分が塩素系樹脂からなる基材の表面に保護膜が形成されているため、低照度の紫外線が数ヶ月~数年といった長期間にわたって照射されることで積算照射量が高まったとしても、基材の変色や劣化の速度が抑制される。なお、「数ヶ月~数年といった長期間にわたって照射される」とは、1日を構成する24時間にわたって常時照射された状態が数ヶ月や数年継続されることを必ずしも意味するものではない。24時間内に紫外線が照射される時間帯と照射されない時間帯とが含まれた態様が、数ヶ月~数年継続されるものとしても構わない。また別の例として、数ヶ月~数年の間には、全く紫外線が照射されない日が1日は複数日、含まれていても構わない。
【0040】
前記保護膜は、400nm~600nmの波長帯域の可視光に対する透過率が50%以上であるのが好ましい。これによれば、可視光に対する透過性が高いため、下層に存在する基材(壁紙や床材等)の色味や装飾に対して影響を及ぼすことがない。なお、前記保護膜は、前記可視光に対する透過率が、60%以上であるのがより好ましく、75%以上であるのが特に好ましい。
【0041】
また、本発明は、対象空間に対して、菌又はウイルスの不活化機能を搭載する不活化機能搭載方法であって、
前記対象空間内に、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源を配置する工程と、
上述した保護処理方法を実行する工程とを有することを特徴とする。
【0042】
上記方法によれば、塩素系樹脂を主成分とする基材が配置された対象空間内に対して、当該基材の変色や劣化の進行を抑制しながらも、菌やウイルスの不活化を行うことのできる機能を付与することができる。
【0043】
また、本発明は、菌又はウイルスの不活化が行われる対象空間内に取り付けられる、保護用のシート材であって、
主成分が塩素系樹脂からなる基材と、
前記基材の表面に形成され、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜とを有することを特徴とする。
【0044】
かかるシート材によれば、菌又はウイルスの不活化処理の目的で前記紫外線を発する光源が配置される対象空間内の内装面や、前記対象空間内に配置された物体表面の保護用シートとして用いられても、前記紫外線が照射されることによる変色や劣化の進行が抑制できる。
【0045】
また、本発明は、菌又はウイルスの不活化機能が搭載された構造体であって、
190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線を発する光源と、
前記紫外線の照射可能領域内に配置された、前記紫外線に対する耐性を示す材料を含む保護膜と、
前記保護膜の下層に配置された、主成分が塩素系樹脂からなる基材とを有することを特徴とする。
【0046】
かかる構造体としては、建物内の部屋、乗物、通路といった人間が存在する可能性のある空間がその例として挙げられる。
【発明の効果】
【0047】
本発明によれば、主成分が塩素系樹脂からなるシート材(基材)を対象空間内に用いながらも、当該基材の変色や劣化の進行を抑制しながら、対象空間内における菌やウイルスの不活化処理が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【
図1】本発明に係る菌又はウイルスの不活化処理の実施が想定される場面の一例を模式的に示す図面である。
【
図2】光源の一例としてのエキシマランプの構造を示す模式的な図面である。
【
図3】光源から出射される紫外線のスペクトルの一例を示す図面である。
【
図4】壁紙に対して光源から紫外線が照射される様子を模式的に示す図面である。
【
図5】PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)の透過スペクトルを示すグラフである。
【
図6A】紫外線が照射される前の各サンプルの写真である。
【
図6B】紫外線が照射された後の各サンプルの写真である。
【
図7A】低照度の紫外線によって菌を不活化する作用を奏することを説明するための検証結果である。
【
図7B】低照度の紫外線によってウイルスを不活化する作用を奏することを説明するための検証結果である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
本発明に係る保護処理方法、不活化機能搭載方法、シート材、及び構造体の実施形態につき、適宜図面を参照して説明する。なお、以下では「菌又はウイルスの不活化処理」を単に「不活化処理」と略記することがある。
【0050】
図1は、本発明に係る不活化処理の実施が想定される場面の一例を模式的に示す図面である。
図1に示す例では、会議室などの部屋50に、紫外線L1を出射する光源1が配置されている状況が図示されている。光源1は、部屋50に対して菌等の不活化処理を行う目的で配置されている。すなわち、
図1に示す例では、部屋50が「対象空間」に対応する。より詳細には、光源1は、部屋50内に存在する机51、椅子52、壁紙53、及び部屋50の空間自体に対する不活化処理を行う目的で配置されている。
【0051】
そして、この
図1は、本発明に係る保護処理方法及び/又は不活化機能搭載方法が実施された状態の部屋50を図示した図面に対応している。上記各方法を実施するための工程については、追って説明される。
【0052】
光源1は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線L1を発する構成である。一例として、光源1はエキシマランプで構成される。より詳細な具体例としてのエキシマランプ10は、
図2に模式的に図示されるように、発光ガスG13が封入された発光管13と、発光管の外表面に接触するように配置された一対の電極(15,16)とを含む。
【0053】
発光ガスG13は、エキシマ発光時に190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線L1を出射する材料からなる。一例として、発光ガスG13としては、KrCl、KrBr、ArFが含まれる。
【0054】
例えば、発光ガスG13にKrClが含まれる場合には、エキシマランプ10からピーク波長が222nm近傍の紫外線L1が出射される。発光ガスG13にKrBrが含まれる場合には、エキシマランプ10からピーク波長が207nm近傍の紫外線L1が出射される。発光ガスG13にArFが含まれる場合には、エキシマランプ10からピーク波長が193nm近傍の紫外線L1が出射される。なお、発光管13の管壁に蛍光体が塗布されることで、エキシマ光の波長に対して長波長の紫外線L1を発する構成としてもよい。
図3は、発光ガスG13にKrClが含まれるエキシマランプ10から出射される紫外線L1のスペクトルの一例を示す図面である。
図3に示すスペクトルによれば、190nm~235nmの光出力の積分値に対する、240nm~300nmの光出力の積分値の比率は、1%未満である。
【0055】
ただし、光源1としては、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線L1を発する構成であれば、その態様は限定されない。すなわち、光源1は、エキシマランプ10に代えて、LEDやレーザダイオード等の固体光源で構成されていても構わない。また、光源1がエキシマランプ10を含む場合であっても、そのエキシマランプ10は
図2に示した形状に限定されない。
【0056】
上述したように、光源1は、紫外線L1を部屋50内に照射することで、部屋50内の物品(机51、椅子52、壁紙53等)及び部屋50の空間内に対して、菌等の不活化処理を行う。
図1の例では、壁紙53の表面が「対象空間の内装面」に対応し、机51や椅子52の表面が「対象空間内に配置された物体表面」に対応する。
【0057】
菌等の不活化処理が行われるに際し、好ましくは1mW/cm2以下の照度で光源1から紫外線L1が照射される。このような低い照度であっても、菌等の不活化機能が実現できることは、後述される。
【0058】
特に、1mW/cm2以下といった低い照度で紫外線L1が部屋50内に照射されることで、仮に部屋50内に人間が存在する場合であっても、TLVの基準値以内に積算照射量を留めながら不活化処理を行うことが可能となる。
【0059】
図4は、壁紙53に対して光源1からの紫外線L1が照射される様子を模式的に示す図面である。本発明において、壁紙53は、基材2と保護膜3とを有する。保護膜3は、基材2の表面(より詳細には、部屋50の内部空間側の表面)に形成されている。保護膜3が形成されることで、基材2の表面は内部空間に露出していない。
【0060】
基材2は、主成分が塩素系樹脂からなる。塩素系樹脂としては、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩素化ポリエチレン、塩素化ポリプロピレン等が挙げられ、特にポリ塩化ビニルが典型的に利用される。
【0061】
本実施形態において、保護膜3は、主成分をフッ素系樹脂とし、紫外線吸収剤が含有されてなる。典型的には、紫外線吸収剤がフッ素系樹脂内に分散されている。
【0062】
フッ素系樹脂としては、例えば、PCTFE(ポリクロロトリフルオロエチレン)、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)等が利用可能である。特に、400nm~600nmの波長帯域の可視光に対する透過率が50%以上である材料であるのが好ましい。
図5は、フッ素系樹脂の一例としてのPTFEの透過スペクトルを示すグラフである。この
図5に示す透過スペクトルは、光源に対向してPTFEからなる樹脂を配置し、この樹脂を介して透過された光を受光器で受光すると共に、光源から出射された光強度に対する受光強度の比率を波長ごとに分解することで作成された。
図5によれば、PTFEは、400nm~600nmの波長帯域の可視光に対する透過率が70%を超えていることが確認される。
【0063】
紫外線吸収剤としては、例えば、ベンゾフェノン系、ベンゾトリアゾール系、サリチル酸エステル系、アクリロニトリル誘導体系等の紫外線吸収性を示す材料が利用可能である。紫外線吸収剤は、フッ素系樹脂に混在・分散可能であって、特に190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線L1に対する透過率の低い材料であるのが好ましい。この透過率は、30%未満であるのが好ましく、20%未満であるのがより好ましく、10%未満であるのが特に好ましい。なお、この紫外線吸収剤は、400nm~600nmの波長帯域の可視光に対する透過率が50%以上を示す材料であるのが好ましい。
【0064】
保護膜3は、例えば、PTFE等のフッ素系樹脂に対してベンゾフェノン系材料等の紫外線吸収剤を練り込み加工することで製造可能である。また、別の方法として、フッ素系樹脂の構成材料と紫外線吸収剤の構成材料を共に、酢酸ブチル、ジメチルエーテル等の溶媒に溶解させるものとしても構わない。この溶媒を基材2の上面に塗布し、溶媒を揮発させることで、基材2の上面に保護膜3が形成される。
【0065】
基材2の表面に保護膜3が形成されていることで、光源1から壁紙53に向かって紫外線L1が照射された際、保護膜3において紫外線L1の進行が制限されるため、その下層に位置する基材2に対して照射される紫外線L1の線量が大幅に低下される。この結果、基材2の構成材料に含まれるC-Cl結合が、紫外線L1由来の光エネルギーによって切断されにくくなる。よって、基材2の変色や劣化の進行が抑制される。
【0066】
また、保護膜3は、可視光に対する透過率が高いため、基材2の表面に保護膜3が形成されていても、下層に位置する基材2の色味や装飾に対して影響を及ぼすことがない。つまり、壁紙53本来の色味や装飾は活かしながらも、紫外線L1が照射されることによる変色や劣化の進行を抑えることができる。
【0067】
なお、上記実施形態では、壁紙53が基材2と保護膜3とを有して構成される場合を例に挙げて説明した。しかし、
図1の例の場合では、机51や椅子52においても、その表面に保護用の部材が設けられる場合が想定される。かかる場合においては、この保護用の部材が、基材2と保護膜3とを含む構成とするのが好適である。これにより、壁紙53の場合と同様に、机51や椅子52の色味や装飾に影響を与えることなく、紫外線L1が照射されることによる変色や劣化の進行を抑えることができる。
【0068】
以下、本発明に係る保護処理方法及び不活化機能搭載方法(以下、「本発明方法」と略記する。)の実施手順について説明する。本発明方法の実施においては、以下の2つの態様が可能である。いずれも、
図1に示す部屋50を例に挙げて説明する。
【0069】
(第一の態様)
第一の態様は、主として部屋50を新設する場合が想定され、以下の各工程を経て実行される。
【0070】
[工程S1]
部屋50の内壁に、内装用としての壁紙53を取り付ける。この壁紙53は、
図4を参照して上述したように、基材2の表面に保護膜3が形成されて構成されている。なお、壁紙53を取り付ける際には、基材2を設置した後、基材2の上面に保護膜3を設けるものとしても構わないし、既に保護膜3が形成された状態の基材2(「特定材」に対応する。)を取り付けるものとしても構わない。
【0071】
なお、部屋50の床面に対しても、この壁紙53と同様に、基材2の表面に保護膜3が形成されてなる床材を取り付けるものとしても構わない。また、部屋50の天井面についても、上記と同様の壁紙53を取り付けるものとしても構わない。
【0072】
基材2を取り付けた後に保護膜3を取り付ける際には、シート状に形成された保護膜3を基材2の上面に貼り合わせるものとしても構わないし、フッ素系樹脂と紫外線吸収剤とが溶解された溶媒を、基材2の表面に塗布するものとしても構わない。前者の場合、貼り合わせ時に用いられる接着剤は、紫外線L1に対する耐性が高い材料が好適に使用される。
【0073】
[工程S2]
紫外線L1を発する光源1を部屋50の所定の箇所に配置する。
図1の例の場合には、光源1は部屋50の天井面に配置される。なお、工程S2と工程S1の順番は適宜入れ替えが可能である。
【0074】
上記工程S1~S2により、新設の部屋50に対して、菌等の不活化機能が搭載されると共に、壁紙53等の基材2に対して紫外線L1からの保護処理が施される。なお、先に工程S2が実行されていることで、光源1が既に部屋50に配置されている場合には、上記工程S1が実行されることで、部屋50の内装面等に紫外線L1に対する保護処理が施される。
【0075】
(第二の態様)
第二の態様は、主として既設の部屋50に対して、不活化処理用の光源1を設置する場合が想定される。
【0076】
[工程S1a]
既設の部屋50の内装面には、通常、壁紙としての基材2が既に配置されている。そこで、この基材2の表面に保護膜3を取り付ける。この場合には、第一の態様でも上述したように、シート状に形成された保護膜3を基材2の上面に貼り合わせるものとしても構わないし、フッ素系樹脂と紫外線吸収剤とが溶解された溶媒を、基材2の表面に塗布するものとしても構わない。ただし、この第二の態様の場合には、作業性に鑑みて後者の方法が好適である。特に、フッ素系樹脂と紫外線吸収剤とが溶解された溶媒を、圧縮ガスを用いてエアゾールとして噴霧するのが好適である。
【0077】
なお、部屋50の床面に対しても、既存の床材の表面に保護膜3を取り付けるものとしても構わない。部屋50の天井面についても、上記と同様に既存の壁紙としての基材2の表面に保護膜3を取り付けるものとしても構わない。
【0078】
[工程S2]
第一の態様と同様、工程S1の実行前後に、紫外線L1を発する光源1を部屋50の所定の箇所に配置する。これにより、既存の部屋50に対して、菌等の不活化機能が搭載されると共に、壁紙等の基材2に対する保護処理が施される。
【0079】
以下、検証結果について説明する。
【0080】
(検証1)
図6Aは、サンプル61~64の検証実験前の写真である。サンプル61は、塩素系樹脂としての一例であるポリ塩化ビニル(PVC)のプレートである。サンプル62~64は、いずれもサンプル61の表面に処理を施したものである。詳細には、以下の通りである。
【0081】
サンプル62は、サンプル61の表面にガラスコーティング処理を施したものである。具体的には、サンプル61の表面に、アクリル樹脂とガラスビーズが溶解されたキシレン、エチルベンゼン等の揮発性溶媒をスプレー噴射することで生成された。。
【0082】
サンプル63は、サンプル61の表面にチタンコーティング処理を施したものである。具体的には、サンプル61の表面に、酸化チタン0.85%の水溶液を噴霧して乾燥させることで生成された。。
【0083】
サンプル64は、サンプル61の表面にフッ素コーティング処理を施したものである。具体的には、サンプル61の表面に、フッ素系樹脂としてのPTFEが溶解されたジメチルエーテル等の揮発性溶媒をスプレー噴霧することで生成された。サンプル62~64は、サンプル61の表面にそれぞれ処理が施されているが、いずれも、サンプル61と同程度の可視光透過性を示しており、見た目はほぼ同じである。
【0084】
図6Bは、サンプル61~64に対して、KrClエキシマランプから出射されたピーク波長222nmの紫外線L1を、0.44mW/cm
2の照度で644時間にわたって照射し続けた後の写真である。この積算照射量は、波長222nmの紫外線に対するTLVの1日あたりの基準値である22mJ/cm
2に換算すると、127年に相当する。ただし、人間の不在時には紫外線を照射しても問題ないため、実際の運用上は、127年よりも短い期間でこの積算照射量に達する可能性も考えられる。
【0085】
図6Bによれば、フッ素系樹脂がコーティングされたサンプル64については変色がほとんど認められなかったのに対し、未処理であるサンプル61、ガラスコーティング処理が施されたサンプル62、及びチタンコーティングが施されたサンプル63は、いずれも変色が認められた。この結果、フッ素系樹脂を主成分とする保護膜3によれば、紫外線L1に対する耐性が高く、下層に形成された基材2を模擬したポリ塩化ビニル(PVC)の変色や劣化が抑制できることがわかる。
【0086】
なお、
図6Bに示す実験では、ガラスコーティング処理が行われたサンプル62、及びチタンコーティング処理が行われたサンプル63については、基材2(ここではポリ塩化ビニル)に対する紫外線L1への変色や劣化に対する効果がほとんど見られないことが確認された。これらの処理の場合、いずれも基材2の表面には紫外線L1に対する耐性が低い膜が形成されたことで、未処理のサンプル61と同様に、紫外線L1の照射線量が高まることで変色が進行したものと推定される。言い換えれば、この検証1では、フッ素系樹脂によるコーティングが施されたサンプル64のみにおいて変色が抑制されていたが、紫外線L1に対する耐性を示す他の材料からなるコーティングが基材2の表面に施された場合であっても、サンプル64と同様に変色や劣化の進行が抑制できるものと推定される。
【0087】
ただし、フッ素系樹脂は、190nm~235nmの範囲内に属する特定波長域に光出力を示す紫外線L1を一定量透過する。このため、保護膜3がフッ素系樹脂のみで構成されている場合には、紫外線L1の照射線量が増加するに伴って、保護膜3がない場合よりはその速度は遅いものの、基材2の変色や劣化が進行する可能性はある。かかる観点から、保護膜3には、フッ素系樹脂に加えて紫外線吸収剤が混在されているのが好ましい。
【0088】
例えば、サンプル64に代えて、サンプル61の表面に対して、フッ素系樹脂としてのPTFEと紫外線吸収剤としてのヒドロキシべンゾフェノン系材料が溶解されたジメチルエーテル等の揮発性溶媒をスプレー噴霧してコーティングすることで、サンプル64よりも更に基材2の変色や劣化の進行を抑制することが可能になる。
【0089】
(検証2)
基材2として、ポリカーボネイト(PC)樹脂、ABS樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂、及びPVC樹脂の4種類を準備し、それぞれの樹脂に対してピーク波長222nmの紫外線L1を、0.04mW/cm2の照度で照射し、樹脂の変色を確認した。
【0090】
照射を開始してから、58.1時間(1日あたりのTLV基準値である22mJ/cm2に換算すると、約1年に相当する。)に達した時点で、PVC樹脂は茶色を帯びた色に変色し、目視でも明らかに変色が確認できた。これに対し、PC樹脂、ABS樹脂、及びPET樹脂については、紫外線L1の照射前の状況と比較して、目視では色の相違があまり生じていなかった。更に、紫外線L1の照射を継続すると、PVC樹脂は更に茶色が濃く帯びるように変色が進行した。
【0091】
PVC樹脂は、PC樹脂、ABS樹脂、及びPET樹脂と異なり、C-Cl結合を有する物質である。かかる観点から、PVC樹脂は、紫外線L1の照射によってC-Cl結合が切断された結果、樹脂の劣化と変色が進行したものと推定される。一方、PC樹脂、ABS樹脂、及びPET樹脂は、C-Cl結合を有しないことから、PVC樹脂と比べて紫外線L1に対する耐性が元々高い樹脂であったと推定される。
【0092】
(検証3)
1mW/cm2以下といった低い照度で紫外線L1が部屋50内に照射された場合であっても、部屋50内の菌やウイルスの不活化処理に効果がある点につき、実験結果を参照して説明する。
【0093】
φ35mmのシャーレに、濃度106/mL程度の黄色ブドウ球菌を1mL入れ、シャーレの上方から、KrClエキシマランプから出射されたピーク波長222nmの紫外線L1を、異なる照度条件下で照射した。その後、紫外線L1の照射後のシャーレ内の溶液を、生理食塩水で所定の倍率に希釈し、希釈後の溶液0.1mLを標準寒天培地に播種した。そして、温度37℃、湿度70%の培養環境下で24時間培養し、コロニー数をカウントした。
【0094】
図7Aは、上記実験結果をグラフ化したものであり、横軸が紫外線L1の照射量、縦軸が黄色ブドウ球菌の生存率に対応する。なお、縦軸は、紫外線L1の照射前の時点における黄色ブドウ球菌のコロニー数を基準としたときの、照射後の黄色ブドウ球菌のコロニー数の比率のLog値に対応する。
【0095】
図7Aによれば、紫外線L1の照度が0.001mW/cm
2と極めて低い場合であっても、黄色ブドウ球菌の不活化が実現できていることが確認される。なお、紫外線L1によって、セレウス菌や枯草菌等、他の菌に対しても不活化の作用があることが確認されている。
【0096】
なお、別の検証として、インフルエンザウイルスに対して同様の検証を行った結果を
図7Bに示す。この結果によれば、紫外線L1によってウイルスの不活化が行えることも確認される。なお、例えば、紫外線L1の照射量を3mJ/cm
2とするには、照度0.001mW/cm
2の場合には50分間の照射によって実現され、照度0.01mW/cm
2の場合には5分間の照射によって実現される。
図7Bによれば、紫外線L1によって、ウイルスの不活化も実現できることが確認される。なお、紫外線L1によって、ネココロナウイルス等の他のウイルスに対しても不活化の作用があることが確認されている。
【0097】
以上により、光源1から1mW/cm2以下といった低い照度で紫外線L1が部屋50内に照射される場合においても、部屋50内の菌やウイルスの不活化効果があることがわかる。なお、菌やウイルスの不活化効果の大小は、照射される紫外線L1の積算照射量(ドーズ量)に依存する。
【符号の説明】
【0098】
1 :光源
2 :基材
3 :保護膜
10 :エキシマランプ
13 :発光管
50 :部屋
51 :机
52 :椅子
53 :壁紙
61 :サンプル
62 :サンプル
63 :サンプル
64 :サンプル
G13 :発光ガス
L1 :紫外線