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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022113564
(43)【公開日】2022-08-04
(54)【発明の名称】微生物分析方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20220728BHJP
   G01N 1/36 20060101ALI20220728BHJP
   G01N 27/62 20210101ALN20220728BHJP
   C12M 1/00 20060101ALN20220728BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01N1/36
G01N27/62 G
C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021009881
(22)【出願日】2021-01-25
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福山 裕子
【テーマコード(参考)】
2G041
2G052
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041FA12
2G052AA36
2G052AB18
2G052AD29
2G052AD52
2G052DA06
2G052EB02
2G052FA01
2G052GA24
4B029AA07
4B029BB00
4B029CC03
4B029FA01
4B063QA18
4B063QQ05
4B063QR90
4B063QS40
4B063QX10
(57)【要約】
【課題】MALDI-MSを用いた微生物の分析において、撥水性ウェルを備えたサンプルプレートを用いた場合における試料/マトリックス混合結晶の剥離を防止する。
【解決手段】撥水性ウェル13を備えたサンプルプレート10の前記撥水性ウェルに、第1のマトリックス物質の水溶液(又は有機溶媒含有水溶液)であるプリコート液20を滴下して乾燥させることによってプリコート層21を形成し、その上に、分析対象微生物の構成成分と前記第1のマトリックス物質と同種又は異種のマトリックス物質である第2のマトリックス物質とを含む試料/マトリックス混合液30を滴下して乾燥させることによって試料/マトリックス混合結晶40を形成し、該試料/マトリックス混合結晶40を、マトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置を用いて分析する。プリコート液20は、有機溶媒を含まない又は有機溶媒を75%以下の濃度で含むものとする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
撥水性ウェルを備えたサンプルプレートの前記撥水性ウェルに、第1のマトリックス物質の水溶液又は前記第1のマトリックス物質の有機溶媒含有水溶液であるプリコート液を滴下し、
前記プリコート液を乾燥させてプリコート層を形成し、
前記プリコート層の上に、分析対象微生物の構成成分と、前記第1のマトリックス物質と同種又は異種のマトリックス物質である第2のマトリックス物質とを含む試料/マトリックス混合結晶を形成し、
該試料/マトリックス混合結晶を、マトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置を用いて分析するものであって、
前記プリコート液が、有機溶媒を含まない又は有機溶媒を75%以下の濃度で含むものである微生物分析方法。
【請求項2】
前記プリコート層の上に、前記分析対象微生物の構成成分と前記第2のマトリックス物質とを含む試料/マトリックス混合液を滴下して乾燥させることによって前記試料/マトリックス混合結晶を形成する請求項1に記載の微生物分析方法。
【請求項3】
前記プリコート層の上に、前記分析対象微生物の構成成分を含む試料液と、前記第2のマトリックス物質を含む第2マトリックス溶液と、をそれぞれ滴下して乾燥させることによって前記試料/マトリックス混合結晶を形成する請求項1に記載の微生物分析方法。
【請求項4】
前記プリコート層の上に、前記分析対象微生物を塗布した上で前記第2のマトリックス物質を含む第2マトリックス溶液を滴下して乾燥させることによって前記試料/マトリックス混合結晶を形成する請求項1に記載の微生物分析方法。
【請求項5】
前記サンプルプレートとして、前記基板がステンレス鋼よりも導電性の低い素材から成るものを用いる請求項1~4のいずれかに記載の微生物分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置を用いた微生物の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析におけるイオン化法の1つであるマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI:Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)法は、レーザ光を吸収しにくい物質やレーザ光で損傷を受けやすい物質を分析するために、レーザ光で吸収しやすく且つイオン化しやすいマトリックス物質を分析対象物質と混合し、これにレーザ光を照射することで分析対象物質をイオン化する手法である。一般にマトリックス物質は溶液として分析対象物質と混合され、このマトリックス溶液が分析対象物質を取り込む。そして、乾燥させることによって溶液中の溶媒が気化し、分析対象物質を含んだ結晶が形成される。これにレーザ光を照射すると、マトリックス物質がレーザ光のエネルギーを吸収して急速に加熱され、気化する。その際、分析対象物質もマトリックス物質と共に気化し、その過程で分析対象物質がイオン化される。
【0003】
こうしたMALDI法を利用した質量分析装置(MALDI-MS)は、タンパク質などの高分子化合物をあまり解離させることなく分析することが可能であり、しかも微量分析にも好適であることから、近年、生命科学の分野で広く利用されている。
【0004】
例えば特許文献1には、分析対象微生物を質量分析して得られたマススペクトルパターンに基づいて微生物の同定を行う方法が記載されている。この方法では、まず、分析対象微生物から抽出したタンパク質を含む溶液や分析対象微生物の懸濁液等とマトリックス溶液を混合し、乾燥させた後、MALDI-MSによって分析する。そして、得られたマススペクトルパターンを、予めデータベースに収録された多数の既知微生物のマススペクトルパターンと照合することにより同定を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-184020号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Stefan Bugovsky, et. al., Molecular and Cellular Probes, Volume 28, Issues 2-3, (2014), p.p. 99-105
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
MALDI-MSによる分析に際しては、一般的に、被検試料とマトリックス物質の混合液をサンプルプレートとよばれる金属製のプレート上に所定量塗布又は滴下して乾燥させるか、あるいは別々に調製した被検試料の溶液(又は懸濁液)とマトリックス溶液とをサンプルプレートの同一箇所にそれぞれ塗布又は滴下して乾燥させることによって、被検試料とマトリックス物質の混合結晶(試料/マトリックス混合結晶)を形成させ、前記サンプルプレートをMALDI-MSにセットして質量分析を行う。ところが、前記被検試料を微生物とし、且つ前記サンプルプレートとして表面に撥水性のコーティングが施されたものを用いた場合に、サンプルプレートから前記混合結晶が剥がれやすくなるという問題があった。
【0008】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、MALDI-MSによる微生物の分析において、撥水性コーティングが施されたサンプルプレートを用いた場合における試料/マトリックス混合結晶の剥離を防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る微生物分析方法は、
撥水性ウェルを備えたサンプルプレートの前記撥水性ウェルに、第1のマトリックス物質の水溶液又は前記第1のマトリックス物質の有機溶媒含有水溶液であるプリコート液を滴下し、
前記プリコート液を乾燥させてプリコート層を形成し、
前記プリコート層の上に、分析対象微生物の構成成分と、前記第1のマトリックス物質と同種又は異種のマトリックス物質である第2のマトリックス物質とを含む試料/マトリックス混合結晶を形成し、
該試料/マトリックス混合結晶を、マトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置を用いて分析するものであって、
前記プリコート液が、有機溶媒を含まない又は有機溶媒を75%以下の濃度で含むものである。
【発明の効果】
【0010】
上記本発明に係る微生物分析方法によれば、MALDI-MSによる微生物の分析において、撥水性ウェルを備えたサンプルプレートを用いた場合における試料/マトリックス混合結晶の剥がれを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態に係る微生物分析方法の概略を説明するための模式図。
図2】本実施形態に係る微生物分析方法の別の例を示す模式図。
図3】本実施形態に係る微生物分析方法の更に別の例を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態に係る微生物分析方法について説明する。本実施形態に係る微生物分析方法は、撥水性ウェルを備えたサンプルプレートの該撥水性ウェルに、予め有機溶媒の含有率が0~75%であるマトリックス溶液(プリコート液)を滴下して乾燥させることによってプリコートを施すものである。なお、前記「撥水性ウェルを備えたサンプルプレート」とは、試料滴下位置を示すウェルを備えたサンプルプレートであって、少なくとも前記ウェル内の領域が、MALDI-MS分析に一般的に用いられているステンレス製プレート(コーティングのないもの)の表面よりも高い撥水性を有するものを意味している。このような「撥水性ウェルを備えたサンプルプレート」としては、例えば、表面にウェルが設けられた基板と、該基板の表面に設けられた撥水性コーティング層とを有するものを用いることができる。ここで、前記基板は、金属(例えばステンレス鋼)又はプラスチック(例えば、導電性ポリマー)等から成るものとすることができ、前記撥水性コーティング層は、例えば、金属(ステンレス鋼等)によるナノコーティングから成るものなどとすることができる(例えば、非特許文献1を参照)。また、撥水性コーティング層は、このような金属によるナノコーティングに限らず、フッ素系撥水剤又はシリコーン系撥水剤等の撥水剤を、基板に塗布することによって構成されたものであってもよい。なお、撥水性コーティング層は、ウェルの部分のみに設けられていてもよく、基板の表面の全域に設けられていてもよい。また、「撥水性ウェルを備えたサンプルプレート」としては、前記のような撥水性コーティング層を設ける代わりに、基板自体を、上記MALDI-MS分析に一般的に用いられるステンレス製プレートよりも撥水性の高い素材で構成したものを用いることもできる。
【0013】
上記本実施形態に係る微生物分析方法によれば、サンプルプレートの撥水性ウェル上に上記のようなプリコートを施すことにより、その上に形成される試料/マトリックス混合結晶がサンプルプレートから剥離するのを防止することができる。これは、前記プリコート液に含まれるマトリックス物質がサンプルプレート上で適度な大きさに結晶化し、その結晶粒が、その上に形成される試料/マトリックス混合結晶をサンプルプレート上に繋ぎ止めるアンカーとして機能するためと考えられる。
【0014】
なお、試料/マトリックス混合結晶の剥離は、前記撥水性ウェルを備えたサンプルプレートとして、プレート本体(すなわち基板)が上記一般的なMALDI-MS用サンプルプレートに用いられているステンレス鋼よりも導電性が低く静電気を生じやすい素材から成るものを用いた場合、分析対象微生物として比較的粘性の高い菌を用いた場合、及び空気中の湿度が低い状態で試料/マトリックス混合結晶を形成させたり、該混合結晶を形成したサンプルプレートを低湿度下で保存したりした場合などに発生しやすいため、本実施形態に係る微生物分析方法は、このような条件下において特に有用である。
【0015】
図1は、本実施形態に係る微生物分析方法の概略を説明するための模式図である。本実施形態で使用されるサンプルプレート10は、試料を滴下(又は塗布)する位置を示す目印となる複数のウェル13が形成された基板11と、基板11の表面(ウェル13が設けられている側の面)に設けられた撥水性コーティング層12とを備えている。なお、各ウェル13は、図1に示すような窪み(凹部)であってもよいが、基板11の表面に試料滴下位置の目印となる円形又は矩形の刻印を複数設け、各刻印で囲まれた領域をウェル13としてもよい。また、撥水性コーティング層12は基板11の表面全域に設けてもよいが、各ウェル13内の領域のみに設けてもよい。本実施形態に係る方法では、まず、サンプルプレート10のウェル13に、プリコート用マトリックス溶液20(本発明における「プリコート液」に相当)を滴下してこれを乾燥させることにより、プリコート層21を形成させる。プリコート用マトリックス溶液20は、マトリックス物質(本発明における「第1のマトリックス物質」に相当)の水溶液又はマトリックス物質の有機溶媒含有水溶液である。なお、該プリコート用マトリックス溶液は、有機溶媒を含まないもの、又は有機溶媒を75%以下の濃度で含有するものとする。サンプルプレート10に滴下したプリコート用マトリックス溶液20が乾燥したら、その上(すなわちプリコート層21の上)に、分析対象微生物の構成成分とマトリックス物質(本発明における「第2のマトリックス物質」に相当)とを含有する試料/マトリックス混合液30を滴下して乾燥させる。これにより、サンプルプレート10上には、分析対象微生物の構成成分とマトリックス物質との混合結晶である試料/マトリックス混合結晶40が形成された状態となる。
【0016】
以上により試料/マトリックス混合結晶40が形成されたサンプルプレート10は、MALDI-MSのイオン化室にセットされる。MALDI-MSでは、試料/マトリックス混合結晶40にレーザ光を照射することで前記分析対象微生物の構成成分がイオン化され、生じたイオンが質量(厳密にはm/z)に応じて分離されて検出される。
【0017】
なお、上記の試料/マトリックス混合液30の滴下に代えて、分析対象微生物の構成成分を含む試料液31と、マトリックス物質(本発明における「第2のマトリックス物質」に相当)を含む混合結晶用マトリックス溶液32(本発明における「第2マトリックス溶液」に相当)とを、それぞれ滴下するようにしてもよい。具体的には、図2に示すように、まず、サンプルプレート10のウェル13上にプリコート用マトリックス溶液20を滴下して乾燥させることによってプリコート層21を形成し、その上に、試料液31と混合結晶用マトリックス溶液32とをこの順又は逆の順で滴下して乾燥させることによって試料/マトリックス混合結晶40を形成させる。ここで、試料液31又は混合結晶用マトリックス溶液32のいずれか一方を滴下した後は、その液滴を乾燥させた後に、他方を滴下するようにしてもよく、前記液滴を乾燥させることなく他方を滴下するようにしてもよい。
【0018】
あるいは、図3に示すように、サンプルプレート10のウェル13にプリコート用マトリックス溶液20を滴下して乾燥させることによってプリコート層21を形成した後、その上に白金耳50等を用いて分析対象微生物33を塗布し、更にその上から混合結晶用マトリックス溶液32を滴下して乾燥させることによって、試料/マトリックス混合結晶40を形成させるようにしてもよい。
【0019】
プリコート用マトリックス溶液20における有機溶媒濃度が高すぎると、前記混合結晶の剥離防止効果が得られない。これは、有機溶媒濃度が高いと、サンプルプレート10上でプリコート用マトリックス溶液20が急速に揮発してしまい前記結晶粒が十分な大きさにならないためと考えられる。そこで、プリコート用マトリックス溶液20中における有機溶媒濃度は75%以下(より望ましくは60%以下)とすることが好ましい。なお、プリコート用マトリックス溶液20は、有機溶媒を含まないものであってもよいが、有機溶媒はマトリックス物質の溶解を促進すると共に、サンプルプレート10上での液滴の揮発を早める効果があるため、有機溶媒濃度が低すぎる場合には、前記結晶粒が、プリコート用マトリックス溶液20を滴下した領域の一部に局所的に形成されてしまい、剥離防止効果が得られる範囲が狭くなるおそれがある。そのため、プリコート用マトリックス溶液20は、有機溶媒を10%以上(より望ましくは25%以上)含むものとすることが好ましい。これにより、適度な大きさの結晶粒が滴下した領域内に局在することなく一様に分散したプリコート層を得ることができる。本実施形態における有機溶媒の種類は特に限定されるものではないが、例えば、エタノール、アセトニトリル、メタノール等を用いることができる。なお、図1で示した方法における試料/マトリックス混合液30、又は図2又は図3で示した方法における混合結晶用マトリックス溶液32中における有機溶媒の濃度は特に限定されるものではない(有機溶媒を含んでいなくてもよい)が、マトリックス物質の溶解を促進すると共に、良好な試料/マトリックス混合結晶を形成させるという観点から、従来のMALDI法で用いられるマトリックス溶液と同様に、50%程度(具体的には40%~60%程度)の有機溶媒を含むものとすることが望ましい。
【0020】
前記マトリックス物質としては、MALDI法におけるマトリックスとして用いられる化合物全般を使用することができる。このような化合物としては、例えば、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(α-cyano-4-hydroxycinnamic acid、略称CHCA)、シナピン酸(3,5-dimethoxy-4-hydroxycinnamic acid、略称SA)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-dihydroxybenzoic acid、略称DHB)等を挙げることができる。なお、調製作業を簡略化するため、プリコート用マトリックス溶液20に含まれるマトリックス物質(本発明における「第1のマトリックス物質」)と、試料/マトリックス混合液30又は混合結晶用マトリックス溶液32に含まれるマトリックス物質(本発明における「第2のマトリックス物質」)とは、同種の化合物を用いることが望ましいが、互いに異なる化合物であってもよい。更に、図1で示した方法において、プリコート用マトリックス溶液20と同一組成の液体を、分析対象微生物の構成成分と混合することによって試料/マトリックス混合液30を調製したり、図2又は図3で示した方法において、プリコート用マトリックス溶液20と同一組成の液体を混合結晶用マトリックス溶液32としても用いたりすることにより、これらの溶液又は混合液の調製を一層省力化することができる。
【0021】
なお、プリコート用マトリックス溶液20におけるマトリックス物質の濃度は1mg/mL~60mg/mL、望ましくは5mg/mL~30mg/mLとすることが好ましい。一方、試料/マトリックス混合液30及び混合結晶用マトリックス溶液32に含まれるマトリックス物質の濃度は、従来のMALDI法において用いられる濃度とすればよく、特に限定されるものではないが、例えば1mg/mL~60mg/mL程度とすることが望ましく、10~30mg/mL程度とすることがより好ましい。
【0022】
図1で示した方法における試料/マトリックス混合液30は、分析対象微生物の菌体そのものをマトリックス物質の溶液に懸濁したものであってもよく、分析対象微生物の菌体を破砕又は溶解して得られた破砕物若しくは溶解物、又は該破砕物若しくは溶解物から抽出された特定の成分(タンパク質、脂質、核酸、又は糖鎖など)をマトリックス物質の溶液に懸濁又は溶解したものであってもよい。同様に、図2で示した方法における試料液31も、分析対象微生物の菌体そのものを所定の液体(例えば、水など)に懸濁したものであってもよく、分析対象微生物の菌体を破砕又は溶解して得られた破砕物若しくは溶解物、又は該破砕物若しくは溶解物から抽出された前記特定の成分を、前記所定の液体に懸濁又は溶解したものであってもよい。
【0023】
なお、従来法における試料/マトリックス混合結晶の剥離は、特に、高粘性のコロニーを形成する微生物を分析対象微生物とした場合に発生しやすいため、本実施形態に係る方法は、このような微生物、例えば、アシネトバクター属又はバチルス属の比較的粘性の高い菌種(微生物)、具体的には、アシネトバクター・ノソコミアリス(Acinetobacter nosocomialis)、バチルス・サフェンシス(Bacillus safensis)、又はバチルス・シンプレクス(Bacillus simplex)等の分析に好適に適用することができる。ただし、本実施形態の方法における分析対象微生物の種類はこれらに限定されるものではない。
【実施例0024】
<手順>
(1) アシネトバクター・ノソコミアリス(Acinetobacter nosocomialis、NBRC112592)を、802寒天培地(「ダイゴ」、富士フィルム和光純薬株式会社)上で、37℃にて、24時間培養した。
(2) 50%のアセトニトリル(ACN)と1%のトリフルオロ酢酸(TFA)を含む水溶液(有機溶媒含有水溶液)に、シナピン酸(SA、GLC社)を15mg/mLで含むように溶解して、マトリックス溶液を調製した。
(3) (1) で得られたコロニーを、マイクロチューブ(容量1.5mL)に取り、50%ACN水溶液に懸濁することによって試料懸濁液を調製した。
(4) 実施例として、撥水性ウェルを備えたサンプルプレート、具体的には、MALDI-MS(「MALDI 8020」、島津製作所)用のディスポーザブルプレート(株式会社島津製作所)上の4つのウェルに、それぞれ前記マトリックス溶液を1μL滴下して乾燥させることによってプリコートを行い、その後、該4つのウェルにそれぞれ前記試料懸濁液を1μL滴下して乾燥させ、更に、前記マトリックス溶液を1μL滴下して乾燥させることによって、各ウェル上に試料/マトリックス混合結晶を形成した。以下、このディスポーザブルプレートを「実施例のプレート」とよぶ。
(5) 比較例として、上記同様のMALDI-MS(「MALDI 8020」、島津製作所)用のディスポーザブルプレート(株式会社島津製作所)上の4つのウェルに、それぞれ前記試料懸濁液を1μL滴下して乾燥させた後、更に、該4つのウェルの各々に前記マトリックス溶液を1μL滴下して乾燥させることによって、各ウェル上に試料/マトリックス混合結晶を形成した。以下、このディスポーザブルプレートを「比較例のプレート」とよぶ。
(6) 実施例のプレート及び比較例のプレートの端をそれぞれ卓上で叩いて、剥がれる結晶を落とした後、各プレート上に残った結晶を確認した。
【0025】
<結果>
比較例のプレートでは、前記4つのウェル中の3つのウェルで結晶が完全に剥がれ落ち、プレート上に結晶が残ったのは1つのウェルのみであった。一方、実施例のプレートでは、前記4つのウェルの全てにおいて結晶の剥がれは発生しなかった。なお、事前にプレ-トから剥がれる結晶を落としてから当該プレートをMALDI-MS装置にセットすれば、装置内で結晶の剥離は殆ど発生しないことが確認できている。
【実施例0026】
<手順>
(1) バチルス・サフェンシス(Bacillus safensis、NBRC 100822)及びバチルス・シンプレクス(Bacillus simplex、NBRC 104473)を、802寒天培地(「ダイゴ」、富士フィルム和光純薬株式会社)上で、37℃にて、24時間培養した。
(2) 50%のアセトニトリル(ACN)と1%のトリフルオロ酢酸(TFA)を含む水溶液(有機溶媒含有水溶液)に、シナピン酸(SA、GLC社)を15mg/mLで含むように溶解して、マトリックス溶液を調製した。
(3) (1) で得られたコロニーをマイクロチューブ(容量1.5mL)に取り、蒸留水300μLを加えて1分程度攪拌した。その後、エタノールを900μL加えて1分ほど攪拌し、13000 rpmで2分間遠心分離した後、上清をできるだけ取り除いた。そして、得られた沈殿に70%ギ酸を加え、更に、70%ギ酸と同量のアセトニトリルを加えて十分に懸濁することによって試料懸濁液を調製した(エタノール/ギ酸抽出法)。
(4) 実施例として、上記同様のMALDI-MS(「MALDI 8020」、島津製作所)用のディスポーザブルプレート(株式会社島津製作所)上の4つのウェルに、それぞれ (2) のマトリックス溶液を1μL滴下して乾燥させることによりプリコートを行い、その後、各ウェルに (3) の試料懸濁液を1μL滴下して乾燥させ、更に、(2) のマトリックス溶液を1μL滴下して乾燥させることによって、各ウェル上に試料/マトリックス混合結晶を形成した。以下、このディスポーザブルプレートを「実施例のプレート」とよぶ。
(5) 比較例として、別のMALDI-MS(「MALDI 8020」、島津製作所)用のディスポーザブルプレート(株式会社島津製作所)上の4つのウェルに、それぞれ (3) の懸濁液を1μL滴下し、乾燥後に (2) のマトリックス溶液を1μL滴下して乾燥させることにより、各ウェル上に試料/マトリックス混合結晶を形成した。以下、このディスポーザブルプレートを「比較例のプレート」とよぶ。
(6) 実施例のプレート及び比較例のプレートの端をそれぞれ卓上で叩いて、剥がれる結晶を落とした後、各プレートに残った結晶を確認した。
【0027】
<結果>
バチルス・サフェンシス(Bacillus safensis、NBRC 100822)について、比較例のプレートでは、前記4つのウェル中の2つのウェルで結晶が完全に剥がれ落ち、残りの2つのウェルでプレート上に結晶が残留していた。一方、実施例のプレートでは、前記4つのウェルの全てにおいて結晶の剥がれは発生しなかった。また、バチルス・シンプレクス(Bacillus simplex、NBRC 104473)について、比較例のプレートでは、前記4つのウェル中の1つのウェルで結晶が完全に剥がれ落ち、残りの3つのウェルでプレート上に結晶が残留していた。一方、実施例のプレートでは前記4つのウェルの全てにおいて結晶の剥がれは発生しなかった。
【実施例0028】
<手順>
(1) バチルス・プミラス(Bacillus pumilus、NBRC 3813)を、802寒天培地(「ダイゴ」、富士フィルム和光純薬株式会社)上で、37℃にて、24時間培養した。
(2) 0%、25%、50%、75%、90%、又は100%のアセトニトリル(ACN)と1%のトリフルオロ酢酸(TFA)を含む水溶液(有機溶媒含有水溶液)に、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(CHCA、GLC社)を15mg/mLで含むように溶解して、プリコート用のマトリックス溶液を調製した。
(3) 更に、50%のアセトニトリル(ACN)と1%のトリフルオロ酢酸(TFA)を含む水溶液(有機溶媒含有水溶液)に、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(CHCA、GLC社)を15mg/mL含むように溶解して、試料/マトリックス混合結晶用のマトリックス溶液を調整した。
(4) (1) で得られたコロニーをマイクロチューブ(容量1.5mL)に取り、50%ACN水溶液に懸濁することにより、試料懸濁液を調製した。
(5) (2) で調製した有機溶媒(ACN)濃度の異なる6種類のプリコート用マトリックス溶液を、各濃度につき、MALDI-MS(「MALDI 8020」、島津製作所)用のディスポーザブルプレート(株式会社島津製作所)上の4つのウェルに1μLずつ滴下して乾燥させることによりプリコートを行い、その後、各ウェルに(4)で調製した試料懸濁液を1μL滴下して乾燥させ、更に、各ウェルに(3)で調製した試料/マトリックス混合結晶用のマトリックス溶液を1μL滴下して乾燥させることにより、各ウェル上に試料/マトリックス混合結晶を形成した。
(6) 上記サンプルプレートの端を卓上で叩いて、剥がれる結晶を落とした後、各プレートに残った結晶を確認した。
【0029】
<結果>
プリコート用マトリックス溶液の有機溶媒濃度を90%又は100%としたものでは、4つのウェルの一部で、結晶の剥がれが生じた。一方、その他の有機溶媒濃度(0%、25%、50%、又は75%)としたものでは、4つのウェル全てで、結晶の剥がれは生じなかった。
【0030】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0031】
(第1項)本発明の一態様に係る微生物分析方法は、
撥水性ウェルを備えたサンプルプレートの前記撥水性ウェルの上に、第1のマトリックス物質の水溶液又は前記第1のマトリックス物質の有機溶媒含有水溶液であるプリコート液を滴下し、
前記プリコート液を乾燥させてプリコート層を形成し、
前記プリコート層の上に、分析対象微生物の構成成分と、前記第1のマトリックス物質と同種又は異種のマトリックス物質である第2のマトリックス物質とを含む試料/マトリックス混合結晶を形成し、
該試料/マトリックス混合結晶を、マトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置を用いて分析するものであって、
前記プリコート液が、有機溶媒を含まない又は有機溶媒を75%以下の濃度で含むものである。
【0032】
(第2項)第1項に記載の微生物分析方法は、前記プリコート層の上に、前記分析対象微生物の構成成分と前記第2のマトリックス物質とを含む試料/マトリックス混合液を滴下して乾燥させることによって前記試料/マトリックス混合結晶を形成するものであってもよい。
【0033】
(第3項)第1項に記載の微生物分析方法は、前記プリコート層の上に、前記分析対象微生物の構成成分を含む試料液と、前記第2のマトリックス物質を含む第2マトリックス溶液と、をそれぞれ滴下して乾燥させることによって前記試料/マトリックス混合結晶を形成するものであってもよい。
【0034】
(第4項)第1項に記載の微生物分析方法は、前記プリコート層の上に、前記分析対象微生物を塗布した上で前記第2のマトリックス物質を含む第2マトリックス溶液を滴下して乾燥させることによって前記試料/マトリックス混合結晶を形成するものであってもよい。
【0035】
(第5項)第1項~第4項に記載の微生物分析方法は、前記サンプルプレートとして、前記基板がステンレス鋼よりも導電性の低い素材から成るものを用いるものであってもよい。
【0036】
第1項~第5項に記載の微生物分析方法によれば、MALDI-MSを用いた微生物の分析において、撥水性ウェルを備えたサンプルプレートを用いた場合における試料/マトリックス混合結晶の剥離を防止することができる。
【符号の説明】
【0037】
10…サンプルプレート
11…基板
12…撥水性コーティング層
13…ウェル
20…プリコート用マトリックス溶液
21…プリコート層
30…試料/マトリックス混合液
31…試料液
32…混合結晶用マトリックス溶液
33…菌体
40…試料/マトリックス混合結晶
図1
図2
図3