(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022113932
(43)【公開日】2022-08-05
(54)【発明の名称】塗料組成物及びその硬化被膜
(51)【国際特許分類】
C09D 1/00 20060101AFI20220729BHJP
C09D 183/06 20060101ALI20220729BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20220729BHJP
C09D 7/43 20180101ALI20220729BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20220729BHJP
A01N 59/16 20060101ALI20220729BHJP
A61L 2/232 20060101ALI20220729BHJP
A61L 101/02 20060101ALN20220729BHJP
A61L 101/12 20060101ALN20220729BHJP
A61L 101/42 20060101ALN20220729BHJP
【FI】
C09D1/00
C09D183/06
C09D7/61
C09D7/43
A01P1/00
A01N59/16 Z
A61L2/232
A61L101:02
A61L101:12
A61L101:42
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021009960
(22)【出願日】2021-01-26
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】521039426
【氏名又は名称】株式会社キュー・アールシステム
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】砂田 香矢乃
(72)【発明者】
【氏名】金子 範義
(72)【発明者】
【氏名】金子 竜三
【テーマコード(参考)】
4C058
4H011
4J038
【Fターム(参考)】
4C058AA01
4C058BB07
4C058DD04
4C058DD05
4C058DD07
4C058JJ06
4C058JJ23
4H011AA04
4H011BB18
4H011BC18
4H011BC19
4H011DA07
4H011DA08
4H011DD05
4H011DH10
4J038AA011
4J038BA042
4J038DL051
4J038DM021
4J038HA216
4J038HA446
4J038JA18
4J038JC38
4J038KA06
4J038KA08
4J038NA27
(57)【要約】
【課題】高い抗ウイルス性を備え、基体との密着性や耐屈曲性に優れ、消毒用アルコールを含浸させた布でこすることに対する耐久性を有する被膜を形成することができる新規な塗料組成物、及び該塗料組成物を基体表面に塗布し、硬化させることにより得られる硬化被膜を提供すること。
【解決手段】 塗料組成物は、三酸化モリブデン粉末と、特定のアルコキシシラン化合物の部分加水分解物と、特定のアルコキシチタンと、有機溶剤と、を含み、105℃で120分間加熱した後の残存固形分106重量部とした場合に、前記残存固形分中に占める三酸化モリブデン粉末の重量が5重量部以上であり、かつ、前記残存固形分中に占めるアルコキシチタンの重量が、TiO2換算で2重量部~6重量部であり、加熱することにより硬化する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
三酸化モリブデン粉末と、
下記一般式[I]:
R1
nSi(OR2)4-n [I]
(一般式[I]中、R1は、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアミノアルキル基並びにアルキル部分の炭素数が1~6の、グリシジルオキシアルキル基及びグリシジルアルキル基から成る群より選ばれる少なくとも1種であり、R1が複数ある場合には各R1は同一でも異なっていてもよく、R2は、炭素数1~6のアルキル基であり、R2が複数ある場合には各R2は同一でも異なっていてもよく、nは0~3の整数を表す)
で表されるアルコキシシラン化合物の部分加水分解物と、
下記一般式[II]:
Ti(OR3)4
(一般式[II]中、R3は炭素数1~6のアルキル基を表し、4個のR3は同一でも異なっていてもよい)
で表されるアルコキシチタンと、
有機溶剤と、
を含み、105℃で120分間加熱した後の残存固形分106重量部とした場合に、前記残存固形分中に占める三酸化モリブデン粉末の重量が5重量部以上であり、かつ、前記残存固形分中に占めるアルコキシチタンの重量が、TiO2換算で2重量部~6重量部である、加熱することにより硬化する、塗料組成物。
【請求項2】
増粘剤をさらに含む、請求項1記載の塗料組成物。
【請求項3】
前記増粘剤が、表面疎水化処理を施したフュームドシリカ及びエチルセルロースから成る群より選ばれる少なくとも1種である、請求項2記載の塗料組成物。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の塗料を硬化させて成る被膜。
【請求項5】
請求項4記載の被膜により被覆されたフィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス性の塗料組成物及び該塗料組成物を硬化させて得られる抗ウイルス性の硬化被膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、Cu2O等の一価銅化合物が抗ウイルス活性を有することが知られている。しかしながら、空気中の水分等により、空気中で経時的に二価に酸化されてしまい、一価銅の高い抗ウイルス性が失われるという問題がある。さらにCu2Oは赤色であるので、添加剤として種々の材料に添加すると、その材料が赤みを帯びてしまうという問題もある。
【0003】
また、銀や銀化合物も抗ウイルス活性を有することが知られている。しかしながら、銀が抗ウイルス活性を発揮するためには、銀イオンとして溶け出す必要があり、固体のままでは抗ウイルス活性はほとんど発揮されない。また、銀イオンとして溶け出したとしても、エンベロープをもたないウイルスに対しては、抗ウイルス活性が低いという問題がある。
【0004】
これらに鑑み、本願発明者らは、酸化モリブデンのようなモリブデン化合物が、エンベロープを有するウイルスにも有さないウイルスにも高い抗ウイルス活性を発揮し、かつ、固体状態のままで抗ウイルス活性を発揮することを見出し、既に出願している(特許文献1)。特許文献1には、光触媒活性を持つ二酸化チタン上でモリブデン化合物が持つ抗ウイルス活性が高まることも開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高い抗ウイルス性を備え、基体との密着性や耐屈曲性に優れ、消毒用アルコールを含浸させた布でこすることに対する耐久性を有する被膜を形成することができる新規な塗料組成物、及び該塗料組成物を基体表面に塗布し、硬化させることにより得られる硬化被膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、特許文献1に記載されている抗ウイルス性成分である、三酸化モリブデンの粉末を、特定の成分と共に含む、硬化可能な塗料を硬化させて得られる被膜が、三酸化モリブデンの高い抗ウイルス活性を示し、かつ、基体との密着性や耐屈曲性に優れ、消毒用アルコールを含浸させた布でこすることに対する耐久性を有することを見出し、本願発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
【0009】
(1)
三酸化モリブデン粉末と、
下記一般式[I]:
R1
nSi(OR2)4-n [I]
(一般式[I]中、R1は、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアミノアルキル基並びにアルキル部分の炭素数が1~6の、グリシジルオキシアルキル基及びグリシジルアルキル基から成る群より選ばれる少なくとも1種であり、R1が複数ある場合には各R1は同一でも異なっていてもよく、R2は、炭素数1~6のアルキル基であり、R2が複数ある場合には各R2は同一でも異なっていてもよく、nは0~3の整数を表す)
で表されるアルコキシシラン化合物の部分加水分解物と、
下記一般式[II]:
Ti(OR3)4
(一般式[II]中、R3は炭素数1~6のアルキル基を表し、4個のR3は同一でも異なっていてもよい)
で表されるアルコキシチタンと、
有機溶剤と、
を含み、105℃で120分間加熱した後の残存固形分106重量部とした場合に、前記残存固形分中に占める三酸化モリブデン粉末の重量が5重量部以上であり、かつ、前記残存固形分中に占めるアルコキシチタンの重量が、TiO2換算で2重量部~6重量部である、加熱することにより硬化する、塗料組成物。
(2) 増粘剤をさらに含む、(1)記載の塗料組成物。
(3) 前記増粘剤が、表面疎水化処理を施したフュームドシリカ及びエチルセルロースから成る群より選ばれる少なくとも1種である、(2)記載の塗料組成物。
(4) (1)~(3)のいずれか1項に記載の塗料を硬化させて成る被膜。
(5) (4)記載の被膜により被覆されたフィルム。
【発明の効果】
【0010】
本発明の塗料組成物を硬化させて形成された被膜は、優れた抗ウイルス活性を示し、基体との密着性や耐屈曲性に優れ、消毒用アルコールを含浸させた布でこすることに対する耐久性を有する。したがって、本発明の塗料組成物は、フィルムをはじめ様々な物体の表面上に抗ウイルス性の被膜を付与することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の塗料組成物は、三酸化モリブデンの粉末を含む。三酸化モリブデンは、特許文献1に記載されているとおり、抗ウイルス活性を発揮する物質である。本発明で用いる三酸化モリブデンは、粉末状であればよく、粒度は限定されない。三酸化モリブデン粉末は、触媒用のものが市販されているので、市販品をそのまま利用することができる。市販品を機械的にさらに粉砕微粉化してもよい。三酸化モリブデン粉末の純度は、できるだけ高いものが好ましく、99%以上のグレードを用いることが好ましいが、これに限定されるものではない。塗料組成物中の三酸化モリブデンの含有量は、105℃で120分間加熱した後の残存固形分102~106重量部に対して5重量部以上であり、好ましくは、5重量部以上20重量部以下、さらに好ましくは7重量部以上15重量部以下である。この量が5重量部未満では、抗ウイルス性が不十分となる。なお、本発明の塗料組成物を105℃で120分間加熱すると、有機溶剤が蒸発し、アルコキシシラン化合物のアルコキシ基がアルカノールとなって離脱し、残りが残存固形分となる。
【0012】
本発明の塗料組成物はさらに、前記一般式[I]:で示されるアルコキシシラン化合物の部分加水分解物を含む。
【0013】
一般式[I]中、R1は、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアミノアルキル基並びにアルキル部分の炭素数が1~6の、グリシジルオキシアルキル基及びグリシジルアルキル基から成る群より選ばれる少なくとも1種であり、R1が複数ある場合には各R1は同一でも異なっていてもよく、R2は、炭素数1~6のアルキル基であり、R2が複数ある場合には各R2は同一でも異なっていてもよく、nは0~3の整数を表す。
【0014】
一般式[I]中のR1の好ましい例として、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、アミノエチル基、グリシジルオキシプロピル基等、また、R2としては、メチル基、エチル基等を例示することができる。なお、グリシジルオキシプロピル基(グリシドキシプロピル基)は、以下の化学式3で表される基である。
【0015】
【0016】
アルコキシシラン化合物としては、単独の化合物を用いることもできるし、複数の化合物を組み合わせて用いることもできる。一般式[I]中、nが0、1又は2のもの、すなわち、アルコキシ基が複数存在するアルコキシシラン化合物は、縮合反応すると架橋し、三次元構造が形成されるため、被膜の耐久性、密着性が向上するので好ましい。また、同様に、R1としてグリシジル部分を含むアルコキシシラン化合物は、グリシジル部分の開環縮重合により架橋を形成するので好ましい。グリシジル部分を含むアルコキシシラン化合物の配合量は、特に限定されないが、アルコキシシラン化合物の全量に対し、モル基準で、通常、27モル%~36モル%程度、好ましくは29モル%~34モル%程度である。
【0017】
アルコキシシラン化合物の部分加水分解物とは、アルコキシシラン化合物中の全アルコキシ基を加水分解により離脱させるために必要な化学量論量よりも少ない水でアルコキシシラン化合物を加水分解したものである。用いる水の量は、通常、完全加水分解に必要な化学量論量の水の20%~80%程度、好ましくは30%~60%程度である。加水分解反応の温度は、水が液体の状態にある温度範囲であれば特に限定されないが、室温下で十分反応が進行するので、室温下で加水分解反応を行うことが簡便であり、コストもかからず好ましい。加水分解反応は、発熱を伴うので、発熱しなくなったら反応完了である。室温下で反応を行う場合、通常、20分~90分程度で部分加水分解反応が完了する。部分加水分解反応と同時に、縮合反応も自発的に進行し、大部分は、ダイマー、トリマー、テトラマー等のオリゴマーとなる。
【0018】
本発明の塗料組成物は、下記一般式[II]:
Ti(OR3)4
(一般式[II]中、R3は炭素数1~6のアルキル基を表し、4個のR3は同一でも異なっていてもよい)
で表されるアルコキシチタンを含む。R3の例として、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等を挙げることができ、これらのうち、反応速度の観点から、プロピル基及びブチル基が好ましい。アルコキシチタンの含有量は、塗料組成物を105℃で120分間加熱した後の残存固形分を106重量部とした場合に、該残存固形分中に占めるアルコキシチタンの重量が、TiO2換算で2重量部~6重量部となる量である。
【0019】
本発明の塗料組成物は、さらに有機溶剤を含む。有機溶剤の好ましい例としては、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、1-ブタノール、2-ブタノール、ジアセトンアルコール、酢酸ブチル、酪酸ブチル、プロピレングルコールモノメチルエーテル、ジアセトンアルコール、ブチルカルビトール、ブチルカルビトールアセテート、乳酸ブチル、エチルカルビトール、エチルカルビトールアセテート、イソホロン、ジプロピレングリコールメチルエーテル、ジプロピレングリコールn-プロピルエーテル、プロピレングリコールn-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、3-メトキシブタノール、3-メトキシブチルアセテート等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。これらの有機溶剤は単独で用いることもできるし、複数種類を組み合わせて用いることもできる。塗料組成物中の有機溶剤の含有量は、塗料組成物全体の重量を基準として、30重量%以上、60重量%以下が好ましい。有機溶剤の含有量が60重量%以上であると、硬化時間が短くなり塗布に要する時間がとりにくくなる可能性があり、一方、30重量%未満であると、被膜が薄くなり、安定した被膜の形成が困難になる可能性がある。
【0020】
本発明の塗料組成物は、さらに増粘剤を含んでいてもよい。増粘剤は、三酸化モリブデン粉末の液中での沈降を抑制するのに有効である。すなわち、三酸化モリブデン粉末は、比重が4.7であり、微粉化した場合でも組成物中で短時間で沈降して凝集してしまうが、増粘剤を添加して、三酸化モリブデン粉末の沈降と凝集を抑制することができる。なお、塗料組成物の調製直後に塗布する場合には、増粘剤を添加しなくても使用可能である。
【0021】
増粘剤としては、被膜の透明性を可能な限り減少させず、かつ、被膜の耐溶剤性を損なわないものが望まれる。これらの要求を満たすことができる増粘剤として、表面疎水化処理したフュームドシリカ(アエロジル)及びエチルセルロースを見出した。なお、メチルセルロースやヒドロキシプロピルセルロース等の水溶性セルロースは、硬化被膜の耐溶剤性が低下することがあるので好ましくない。これらの増粘剤は、単独で用いることもできるし、複数種類のものを組み合わせて用いることもできる。表面疎水化処理したフュームドシリカとしては、表面をジメチルジクロロシランやヘキサメチルジシラザン等で疎水化したものを用いることができる。特にヘキサメチルジシラザン処理品が、増粘効果が高く、有用である。また、一次粒子の平均径が20nm以下のものが好ましい。これらの要件を満たすフュームドシリカは市販されているので、市販品を用いることができる。一方、エチルセルロースは、粉末状のものが市販されているので、粉末状の市販品を使用することができる。市販品としては、例えば、米国ハーキュレス社のN-タイプ(無水グルコース一単位あたりのエトキシ基置換度2.41から2.51のもの)を好適に使用することができる。N-タイプのうち粘度別グレードでは、N-50、N-100が特に、溶解性と被膜品質のバランスの観点から好ましい。
【0022】
増粘剤の含有量は、所望の増粘効果が達成され、得られる被膜に不都合が生じない範囲で適宜設定することができる。例えば、増粘剤が表面疎水化処理したフュームドシリカの場合には、アルコキシシラン化合物の加水分解物100重量部に対して6重量部以上、12重量部以下が好ましい。6重量部未満では、増粘効果が不十分であり、12重量部を超えると、後述のサブB液と混合した混合液の貯蔵中の粘度上昇が速くなったり、被膜に小径の粒が発生しやすくなり実用上好ましくない。一方、エチルセルロースの場合、アルコキシシラン化合物の加水分解物100重量部に対して5重量部以上、10重量部以下が好ましい。5重量部未満では、増粘効果が不十分であり、10重量部を超えると、硬化被膜の耐溶剤性が低下する。
【0023】
本発明の塗料組成物は、調製すると、アルコキシシラン化合物の部分加水分解物とアルコキシチタンとが反応し、硬化する。これは、アルコキシシラン化合物の部分加水分解物とアルコキシチタンとが反応する際に、脱アルコールして、Si-O-Ti結合ないしSi-O-Si結合が生じ、三次元網目構造の重合体になるからである。さらに、アルコキシチタンの一部からTiO2が生成していると考えられ、下記実施例に示されるとおり、これが光触媒作用を発揮して抗ウイルス性を高めていると考えられる(光照射下の方が、暗所よりも抗ウイルス活性が高くなる)。
【0024】
本発明の塗料組成物は、調製直後からある程度の硬化が始まるので、調製直後に塗布することが望まれる。このため、保存が可能なように、組成物を複数のサブ液に分けて調製しておき、塗布の直前に各サブ液を混合して本発明の塗料組成物を調製することが実用的である。
【0025】
この場合、例えば、サブA液として、上記した三酸化モリブデン粉末と、アルコキシシラン化合物の部分加水分解物と、有機溶剤を含むもの、サブB液として、アルコキシチタンと有機溶剤を含むもの、の2液系とすることができる。この場合、サブA液とサブB液中の有機溶剤は、自由に混じり合うものであれば、同一のものでも異なっていてもよいが、同一のものとすることが簡便である。また、上記増粘剤は、サブA液とサブB液のいずれか一方又は両方に添加することができる。
【0026】
あるいは、三酸化モリブデン粉末を有機溶剤中に分散させたサブC液と、アルコキシシラン化合物の部分加水分解物と有機溶剤を含むサブD液と、上記サブB液の3液系とすることもできる。この場合、各サブ液中の有機溶剤は、自由に混じり合うものであれば、同一のものでも異なっていてもよいが、同一のものとすることが簡便である。また、上記増粘剤は、少なくとも1つのサブ液に添加することができるが、三酸化モリブデン粉末の沈殿を防止するために、少なくともサブC液に添加することが好ましい。3液系の場合、3液を同時に混合して本発明の塗料組成物を調製してもよいし、任意の2液を混合し、最後に3液目を混合してもよい。三酸化モリブデン粉末をよく分散させるために、三酸化モリブデン粉末を含むサブ液は、特によく撹拌することが望まれるが、三酸化モリブデン粉末の分散液であるサブC液を包含する3液系とする場合には、サブC液のみを特によく撹拌することができるため、撹拌に要する操作時間が短縮化され、エネルギーコストも小さくなるので好ましい。
【0027】
各サブ液は、例えば次のようにして調製することができる。各サブ液を、プロペラ型又は櫂型の回転翼を有する撹拌槽で、各粉末が液体に充分に練りこなれるまで撹拌混合する。当然、この方式以外の撹拌方式を使用することもできる。この時の混合温度は40℃以下が好ましい。40℃を越えると、各サブ液混合後の塗料組成物に皮張り(液の表面に生成する薄い膜状のもの)等が発生しやすくなり好ましくない。更に、必要に応じて、ボールミルや3本ロール等に移し、粉末が充分に分散するまで混合、混練する。この際、前述と同じ理由で、混合、混練時の液温は40℃以下が好ましい。
【0028】
次に、各サブ液を混合して塗料組成物を調製する。各サブ液を、プロペラ型あるいは櫂型の回転翼を有する撹拌槽で、各サブ液が充分に混合されるまで、一般に10分間以上撹拌する。この時の撹拌液温度は30℃以下が好ましい。30℃を越えると被膜外観に不均一な斑点等が発生し好ましくない。
【0029】
なお、塗料組成物の調製に当たっては、各サブ液の粘度を混合直前に互いにほぼ同じ粘度とするのが好ましい。これは、例えば、前記増粘剤の添加量を各サブ液に割り振るなどすることにより行うことができる。また、各サブ液を混合すると、直ちに反応し硬化を始めるので、各サブ液を混合した後は、長時間放置することなく、速やかに対象物に塗布するのがよい。また、各サブ液を混合した塗料組成物は、残さずに使い切るのがよい。塗料組成物が残った場合は、廃棄し再使用しないことが奨められる。
【0030】
次に、得られた塗料組成物を、基体上に塗布して被膜を形成する。好ましい例として、フィルム上に被膜を形成する方法について説明する。
【0031】
フィルムに被膜を形成するには、塗料組成物をフィルムに塗布し、乾燥、熱処理する。フィルムは耐熱性やコストの関係から二軸延伸されたPETフィルムなどが適当であるがこれに限定されるものではない。フィルム表面に塗料組成物を塗工する方法としては、ワンバッチで数千m2の原反ロール状のフィルムに連続塗工が可能な、コーティングロールやバーコーターが併設された所謂ロールtoロール方式の連続塗工方式が適用できる。更に具体的にはグラビアコート印刷法が適用できる。
【0032】
フィルム表面に塗工された被膜の乾燥、硬化は、最高で140℃、最低で100℃の範囲で、少なくとも5m以上の区画内で段階的に昇温する様設定されたドライヤーゾーンで連続的に乾燥、硬化することが好ましい。昇温のプロファイルはフィルムの厚さや被膜の厚さ等により品質や生産性を考慮して決定する。最高温度が140℃を越えると、フィルムの熱劣化や内部応力の発生により好ましくない。また最高温度が100℃未満では、本発明の塗料組成物の硬化(乾燥)が実用上必要な時間で終了しないので好ましくない。なお、乾燥、硬化時間は、通常、1分間~3分間程度である。
【0033】
硬化後の被膜の厚さは、量産歩留まり上の塗工ムラなどを考慮して3μm以上が好ましい。3μm未満では量産塗工されたフィルム上の被膜外観上濃淡が目立ちだすため、好ましくない。また、被膜の厚さの上限は特にないが、透明性や可撓性の観点から20μm以下が好ましいが、透明性を要求されず、基体に求められる可撓性が異なる用途などであればこの限りではない。
【0034】
なお、本発明の塗料組成物を塗布する基体は、フィルムに限られるものではなく、硬化のために100℃~140℃の熱風を1~3分間程度吹き付けることができる基体であれば、どのような基体でもよい。例えば、机、テーブル、椅子等の家具類、各種食器類、各種調理器具、各種容器、各種家電、タッチパネル、スマートホン、手すりや電車のつり革等、人の手が触れるものを好ましい例として挙げることができる。
【0035】
本発明の被膜は、重量で80%以上が無機物で構成されるため、耐久性に優れており、長期間の屋内外使用にも耐える耐水性、耐候性、耐光性や、消毒用アルコールによるラビングへの耐性も示す。
【実施例0036】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0037】
実施例1 塗料組成物の調製(その1)
ジメチルジメトキシシラン2000g、メチルトリメトキシシラン4000g及びグリシドキシプロピルトリメトキシシシラン1000gからなるアルコキシシラン混合物を、純水1000gと酢酸100gの混合液中に滴下し、室温で反応させた。反応は発熱を伴って進行し、数十分間で終了した。これに、メタノール:イソプロピルアルコール(IPA)=9:1の混合溶媒1000gを加え、アルコキシシラン化合物の加水分解物の溶液を得た。なお、前記混合溶媒の添加量は、アルコキシシラン化合物の加水分解物の溶液を105℃で120分間乾燥した後の固形分基準で、40重量%になる量であった。
【0038】
次いで、前記加水分解物の溶液96gに対して三酸化モリブデン粉末4gを加え、液温20℃から30℃で30分間プロペラ型回転翼を有する撹拌槽で撹拌した。次いで、この混合液をボールミルに移し、120分間混合した。混合時の液温が20℃から30℃になるように制御した。ボールミルの途中簡単に脱泡した。このようにしてサブA液を調製した。サブB液として、テトラブトキシチタンのプロピレングリコールモノメチルエーテルの50重量%溶液を調製した。サブA液にサブB液13.67gを加え、プロペラ型撹拌機で25℃で15分間混合し、液状の塗料組成物とした。なお、サブB液の添加量は、サブA液にサブB液を加えた混合液を105℃で120分間乾燥した後の固形物106gに対してテトラブトキシチタン溶液のTiO2分換算で約4gとなる割合であった。また、前記三酸化モリブデン粉末投入量4gは、前記サブA液とサブB液の混合液から得られる最終硬化物を106gとした場合に、硬化物重量に占める割合に換算すると10gとなった。
【0039】
実施例2 塗料組成物の調製(その2)
実施例1に記載した部分加水分解物の溶液96gに、三酸化モリブデン粉末4gを、更に表面疎水化処理済のフュームドシリカ粉末4gを加え、液温20℃から30℃で30分間プロペラ型回転翼を有する撹拌槽で撹拌した。次いで、この混合液をボールミルに移し、120分間混合した。混合時の液温が20℃から30℃になるように制御した。ボールミルの途中簡単に脱泡した。このようにしてサブA液を調製した。サブB液として、テトラブトキシチタンのプロピレングリコールモノメチルエーテルの50重量%溶液を調製した。サブA液にサブB液13.67g加え、プロペラ型撹拌機で25℃で15分間混合し、液状の塗料組成物とした。前記フュームドシリカ粉末投入量4gは、前記サブA液とサブB液の混合液から得られる最終硬化物を106gとした場合に、硬化物重量に占める割合に換算すると10gとなった。
【0040】
実施例3 塗料組成物の調製(その3)
実施例1に記載した部分加水分解物の溶液92.8gに、三酸化モリブデン粉末4g、更にエチルセルロース粉末3.2gを加え、液温20℃から30℃で30分間プロペラ型回転翼を有する撹拌槽で撹拌した。次いで、この混合液をボールミルに移し、120分間混合した。混合時の液温が20℃から30℃になるように制御した。ボールミルの途中簡単に脱泡した。このようにしてサブA液を調製した。サブB液として、テトラブトキシチタンのプロピレングリコールモノメチルエーテルの50重量%溶液を調製した。サブA液にサブB液13.67g加え、プロペラ型撹拌機で25℃で15分間混合し、液状の塗料組成物とした。前記エチルセルロース粉末投入量3.2gは、前記サブA液とサブB液の混合液から得られる最終硬化物を106gとした場合に、硬化物重量に占める割合に換算すると8gとなった。
【0041】
実施例4
実施例1~3で得られた各塗料について、密封容器に保存の上、常温環境で3時間静置して、容器底部に発生する沈降凝集状態を確認した。評価は容器底部の沈降物の確認と、3時間静置後に、機械撹拌による再分散を施した際の再分散性について確認をした。
【0042】
実施例5 塗料組成物の調製(その4)
実施例1に記載した部分加水分解物の溶液92.8gに、三酸化モリブデン粉末4g、更にエチルセルロース粉末3.2g(同8重量部となる割合)を加え、液温20℃から30℃で30分間プロペラ型回転翼を有する撹拌槽で撹拌した。次いで、この混合液をボールミルに移し、120分間混合した。混合時の液温が20℃から30℃になるように制御した。ボールミルの途中簡単に脱泡した。このようにしてサブA液を調製した。サブB液として、テトラブトキシチタンのプロピレングリコールモノメチルエーテルの50重量%溶液を調製した。サブA液にサブB液5.47g、6.83g、13.67g、20.5g又は21.87g(サブB液の添加量は、サブA液にサブB液を加えた混合液(本発明の塗料組成物)を105℃で120分間乾燥した後の固形物106gに対してテトラブトキシチタン溶液のTiO2分換算で約1.6、2.0、4.0、6.0又は6.4gとなる割合)加え、プロペラ型撹拌機で25℃で15分間混合し、液状の塗料組成物とした。
【0043】
実施例6 塗料の被膜形成
実施例1および5の塗料を、厚み16μmの二軸延伸PETフィルム上にアプリケーター塗工し、最高温度140℃の温度で全乾燥時間で20分間熱風乾燥し、その後乾燥炉から取り出して室温まで冷却した。塗膜の厚みは乾燥後厚みで平均4.5μmとなるように調整した。
【0044】
実施例7 被膜の抗ウイルス活性評価
[方法]
抗ウイルス評価は、JIS R 1756に沿って行い、バクテリオファージQβ を対象に行った。光照射は、白色蛍光灯を用いて、TypeB(N169:380nm以下の波長をカット)のフィルター下、1000 lxの照度で行った。
【0045】
[結果]
抗ウイルス評価結果を表1に示す。ここでは、抗ウイルス活性値(VD, VB-1000)は、塗膜をもたない無加工フィルムの感染価との比較で、対数値で求めた(式1)。また、光照射効果(ΔV)は、光照射下と暗所下での抗ウイルス活性値の差で示した(式2)。
【0046】
抗ウイルス活性値(暗所): VD=log(BD)- log(CD)
抗ウイルス活性値(明所): VB-1000=log(BB-1000)- log(CB-1000)
B : 無加工フィルムの感染価、C:抗ウイルス性フィルムの感染価、D:暗所、B-1000:シャープカットフィルタの種類(B)と可視光照度(1000 lx)
光照射効果: ΔV= VB-1000 - VD
VB-1000 : 光照射下での抗ウイルス活性値、VD : 暗所下での抗ウイルス活性値
【0047】
【0048】
上記の通り実施例1の三酸化モリブデンを含んだ被膜はバクテリオファージQβ に対して有意な光触媒能を示した。
【0049】
実施例8 実施例1、6、比較例1から得られた被膜のインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス効果
実施例6から得られた実施例1の被膜と比較例1の被膜についての抗ウイルス評価を、実ウイルスであるエンベロープをもつインフルエンザウイルスを対象に行った。
【0050】
[方法]
サンプルは実施例7と同様に作製した上で、SIAA耐光区分1の処理方法に則りサンシャインカーボンアークランプ(JIS A1415WS型)を8時間照射した。また、抗ウイルス評価も、実施例7と同様に行い、対象のウイルスをバクテリオファージQβから、A型インフルエンザウイルス((H3N2)A/Hong Kong/8/68株)に変えて行った。評価は暗所のみで行いn=3で試験を行った。
【0051】
[結果]
実施例7と同様に、無加工フィルムの感染価との比較で抗ウイルス活性値(V)
を対数値で求め、結果を表2にまとめた。
【0052】
【表2】
* 数値は、いずれも小数点2桁目を切り捨て、小数点以下1桁で表示
「<6.3」の「<」は検出限界以下を示している。
【0053】
比較例1
実施例1に記載した部分加水分解物溶液100gに対して三酸化モリブデン粉末1.0gと表面疎水化処理済のフュームドシリカ粉末4gを加え、液温20℃から30℃で30分間プロペラ型回転翼を有する撹拌槽で撹拌した。次いで、この混合液をボールミルに移し、120分間混合した。混合時の液温が20℃から30℃になるように制御した。ボールミルの途中簡単に脱泡した。このようにしてサブA液を調製した。サブB液として、テトラブトキシチタンのプロピレングリコールモノメチルエーテルの50重量%溶液を調製した。サブA液にサブB液13.67gを加え、プロペラ型撹拌機で25℃で15分間混合し、液状の塗料組成物とした。
【0054】
次いでこの塗料を、厚み16μmの二軸延伸PETフィルム上にアプリケーター塗工し、最高温度140℃の温度で全乾燥時間で20分間熱風乾燥し、その後乾燥炉から取り出して室温まで冷却した。塗膜の厚みは乾燥後厚みで平均4.5μmとなるように調整し、実施例8と同様の試験方法で抗ウイルス試験を実施した。結果を表3に示す。
【0055】
【0056】
表2 に示されるように、実ウイルスであるエンベロープをもつインフルエンザウイルスを対象とした場合でも、バクテリオファージQβと同様に高い抗ウイルス活性を示した。また、表3で示される三酸化モリブデン量の少ない比較例1の被膜では、抗ウイルス活性値は、有意な値としては確認されず、被膜中の三酸化モリブデン濃度と抗ウイルス活性値の値に相関性が見られた。
【0057】
次に実施例1~3で得た塗料について、実施例4で液剤の沈降凝集性を確認する試験を行った。結果を実施例4については表4に示す。また、同じく実施例6から得られたPETフィルム上の被膜について、被膜の耐溶剤性、耐屈曲性、耐クロスカット性を確認する試験として性能試験を行った。結果を表5に示す。また、表中の各性能試験の評価方法は、別途示した通りである。
【0058】
【0059】
実施例1は増粘剤目的の添加物として表面疎水化処理フュームドシリカ(アエロジル)、エチルセルロースを使用していない例、実施例2は添加物としてアエロジルを添加した系、実施例3は添加物としてエチルセルロース粉末を添加した系である。上記の実施例1~3の塗料について常温環境にて液剤の凝集沈降性について確認したところ、表4に示される様に静置後3時間の段階で、増粘作用のあるアエロジル、エチルセルロースを添加していない実施例1では三酸化モリブデン粉末の容器底部への沈降が見られ、かつ沈降物の性状は粘土質状となっており、再分散性に難があった。一方で増粘作用のあるアエロジル、エチルセルロースを添加した系である実施例2と実施例3の塗料については、3時間経過後にわずかに沈降は見られるものの、攪拌にて容易に解れる性状の沈降物であり、塗料として良好な状態を保っていた。
【0060】
実施例5はアルコキシチタン溶液の添加量の差異による各種被膜物性を比較する為の実施例であり、実施例6にて得られた各種の被膜について比較をしたところ、表5に見られる通りTiO2換算量にて2.0以上で耐溶剤性が良好な結果を示し、6.0以下にて良好な耐屈曲性と密着性が得られた。このことから上記の範囲が適正なTiO2換算量であることが判る。
【0061】
【0062】
実施例7は実施例1からなる塗料を実施例6の条件にてPETフィルム上に形成した被膜であるが、実施例1は良好な抗ウイルス性を示す三酸化モリブデン量として十分と考えられる三酸化モリブデン量を含んでおり、また、光触媒能を示す二酸化チタン構造を被膜の一部に有することから、実施例6で得られた実施例1の被膜について可視光条件でのファージ(Qβ)を用いた抗ウイルス性試験を実施したところ、結果は表1に示される通り、4時間で光照射下での抗ウイルス活性値ΔV=1.3を示し、明確な光触媒能を表す結果となった。
【0063】
実施例8は実施例1からなる塗料を実施例6の条件にてPETフィルム上に形成した被膜であるが、実施例1は良好な抗ウイルス性を示す三酸化モリブデン量として十分と考えられる三酸化モリブデン量を含んでおり、実施例6で得られた実施例1の被膜について実ウイルスであるエンベロープ系インフルエンザウイルスにて抗ウイルス性試験を実施したところ、結果は表2に示される通り、24hrで99.9%のウイルスを低減する良好な結果となった。また、三酸化モリブデン粉末の投入量を減らした比較例1については、表3に示される通り抗ウイルス性能が著しく低下しており、三酸化モリブデン量の多寡が抗ウイルス性能に大きく影響を与えていることが確認された。
【0064】
各表中における各性能試験における、試験方法は以下の通りである。
エタノールラビング試験:99.5%エタノール含浸布による500g荷重/cm2のラビング50往復を実施後、外観上塗膜の剥離溶解が無きことを確認する。
密着性試験:JISK5600の試験方法に従い。評価は被膜の剥離で評価する。碁盤目カット部のテープ剥離後箇所で100/100にて合格とする。
耐屈曲性:JISK5600の試験方法に従い。評価は被膜の割れ、剥離で評価する。円筒形マンドレル2mmφでの屈曲後、被膜の剥離、割れの無い状態で合格とする。
抗ウイルス性試験(バクテリオファージQβ):JISR1756:2020参考試験
抗ウイルス性試験(インフルエンザウイルス):ISO21702参考試験