(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022011412
(43)【公開日】2022-01-17
(54)【発明の名称】溶剤組成物及びそれを用いた物品の洗浄方法
(51)【国際特許分類】
C11D 7/50 20060101AFI20220107BHJP
C23G 5/036 20060101ALI20220107BHJP
C23G 5/028 20060101ALI20220107BHJP
B08B 3/08 20060101ALI20220107BHJP
【FI】
C11D7/50
C23G5/036
C23G5/028
B08B3/08 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020112537
(22)【出願日】2020-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】000109657
【氏名又は名称】ディップソール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100196405
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 邦光
(72)【発明者】
【氏名】橋本 章
(72)【発明者】
【氏名】井上 学
(72)【発明者】
【氏名】藤森 貴大
【テーマコード(参考)】
3B201
4H003
4K053
【Fターム(参考)】
3B201AA46
3B201AB01
3B201BB02
3B201BB11
3B201BB82
3B201BB95
3B201CB15
3B201CC11
4H003CA18
4H003DA05
4H003DA09
4H003ED26
4H003ED31
4K053PA02
4K053PA06
4K053PA10
4K053QA04
4K053RA04
4K053RA08
4K053RA37
4K053RA40
4K053RA41
4K053RA51
4K053SA06
4K053TA13
4K053TA19
4K053TA22
(57)【要約】
【課題】本発明は、被洗浄物又は洗浄装置における錆の発生が抑制された1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンを含む溶剤組成物を提供することを目的としている。
【解決手段】本発明の溶剤組成物は、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンとニトロメタンとを含んでおり、前記ニトロメタンの含有量が、前記溶剤組成物の全質量に対して0.6~3質量%である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンとニトロメタンとを含む溶剤組成物であって、
前記ニトロメタンの含有量が、前記溶剤組成物の全質量に対して0.6~3質量%である、溶剤組成物。
【請求項2】
物品の洗浄のための、請求項1に記載の溶剤組成物。
【請求項3】
前記物品が、鉄、銅、アルミ、及びそれらの合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属、及び/又は、酸化物、窒化物、若しくは炭化物のセラミックを含む、請求項2に記載の溶剤組成物。
【請求項4】
物品を洗浄する方法であって、
1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンとニトロメタンとを含む溶剤組成物を用意する工程と、
前記物品を洗浄槽内で前記溶剤組成物に浸漬する工程と
を含み、
前記ニトロメタンの含有量が、前記溶剤組成物の全質量に対して0.6~3質量%である、方法。
【請求項5】
前記洗浄槽が、温浴槽及び冷浴槽を含み、前記浸漬工程が、前記物品を前記温浴槽内で前記溶剤組成物に浸漬する工程と、その後に前記物品を前記冷浴槽内で前記溶剤組成物に浸漬する工程とを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記溶剤組成物から前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンの蒸気を発生させ、前記浸漬工程後の前記物品を前記蒸気に曝す工程をさらに含む、請求項4又は5に記載の方法。
【請求項7】
前記蒸気を冷却して前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンを回収する工程と、回収した1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンに混入している水がある場合にはそれを分離除去する工程とをさらに含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記物品が、鉄、銅、アルミ、及びそれらの合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属、及び/又は、酸化物、窒化物、若しくは炭化物のセラミックを含む、請求項4~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記洗浄槽に、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンを含む補給液を補給する工程をさらに含む、請求項4~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
請求項1~3のいずれか一項に記載の溶剤組成物と、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンを含む補給液とを含む、洗浄用溶剤組合せ製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶剤組成物及びそれを用いた物品の洗浄方法、並びに、当該溶剤組成物を含む洗浄用溶剤組合せ製品に関する。
【背景技術】
【0002】
精密金属加工部品、光学部品、電子部品、半導体製造装置、及びメッキ部品などの物品の製造工程、組立工程、及び最終仕上げ工程などにおいては、当該物品に付着した油類やほこりなどの汚れを有機溶剤により洗浄して除去している。そのような洗浄に用いられる有機溶剤として、不燃性であり、人体への影響が少なく、かつ、地球温暖化係数及びオゾン破壊係数が低いフルオロオレフィン系有機溶剤が使用されている(特許文献1~4)。フルオロオレフィン系有機溶剤は、地球環境への影響が小さい反面、分解されやすいことが知られている。例えば、特許文献1~3では、フルオロオレフィン系有機溶剤の1種である1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペン(以下、「HCFO-1233yd」ということもある。)を安定化することのできる添加剤が記載されている。
【0003】
また、フルオロオレフィン系有機溶剤は高価であるため、例えば、蒸気槽を備える洗浄装置で物品を洗浄する場合には、当該蒸気槽で気化された有機溶剤を冷却して回収することで再利用している。一方、冷却時に空気中の水分が混入すると、被洗浄物又は洗浄装置に錆が発生するという問題が生じるが、特許文献4には、フルオロオレフィン系有機溶剤の1種である1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペンを含む洗浄液に水が混入した場合でも、錆の発生を抑制することができる添加剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2017/122801号
【特許文献2】国際公開第2017/122802号
【特許文献3】国際公開第2017/122803号
【特許文献4】特開2018-9113号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-1-プロペンは地球環境への影響が小さい等の利点を有しているものの、沸点がZ異性体39℃、E異性体21℃と低いので蒸気洗浄温度を高く設定することができず、蒸気洗浄において効率的な洗浄効果を得るために、より沸点の高いフルオロオレフィン系有機溶剤の使用が求められている。HCFO-1233ydは、沸点が48~54℃と高く、蒸気洗浄を行う場合、より高温で洗浄できるために洗浄効果は高いが、温度が高い分、洗浄液に混入した水による錆の発生対策がより重要となる。しかしながら、フルオロオレフィン系有機溶剤は、その種類によって物性が異なるため、どのフルオロオレフィン系有機溶剤を使用しても被洗浄物における錆の発生を抑制することができる添加剤は知られていなかった。そこで、本発明は、被洗浄物又は洗浄装置における錆の発生が抑制されたHCFO-1233ydを含む溶剤組成物を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、HCFO-1233ydを含む溶剤組成物にニトロメタンを添加すると、錆の発生が抑制されることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、以下に示す溶剤組成物及びそれを用いた物品の洗浄方法、並びに、当該溶剤組成物を含む洗浄用溶剤組合せ製品を提供するものである。
〔1〕1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンとニトロメタンとを含む溶剤組成物であって、
前記ニトロメタンの含有量が、前記溶剤組成物の全質量に対して0.6~3質量%である、溶剤組成物。
〔2〕物品の洗浄のための、前記〔1〕に記載の溶剤組成物。
〔3〕前記物品が、鉄、銅、アルミ、及びそれらの合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属、及び/又は、酸化物、窒化物、若しくは炭化物のセラミックを含む、前記〔2〕に記載の溶剤組成物。
〔4〕物品を洗浄する方法であって、
1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンとニトロメタンとを含む溶剤組成物を用意する工程と、
前記物品を洗浄槽内で前記溶剤組成物に浸漬する工程と
を含み、
前記ニトロメタンの含有量が、前記溶剤組成物の全質量に対して0.6~3質量%である、方法。
〔5〕前記洗浄槽が、温浴槽及び冷浴槽を含み、前記浸漬工程が、前記物品を前記温浴槽内で前記溶剤組成物に浸漬する工程と、その後に前記物品を前記冷浴槽内で前記溶剤組成物に浸漬する工程とを含む、前記〔4〕に記載の方法。
〔6〕前記溶剤組成物から前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンの蒸気を発生させ、前記浸漬工程後の前記物品を前記蒸気に曝す工程をさらに含む、前記〔4〕又は〔5〕に記載の方法。
〔7〕前記蒸気を冷却して前記1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンを回収する工程と、回収した1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンに混入している水がある場合にはそれを分離除去する工程とをさらに含む、前記〔6〕に記載の方法。
〔8〕前記物品が、鉄、銅、アルミ、及びそれらの合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属、及び/又は、酸化物、窒化物、若しくは炭化物のセラミックを含む、前記〔4〕~〔7〕のいずれか一項に記載の方法。
〔9〕前記洗浄槽に、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンを含む補給液を補給する工程をさらに含む、前記〔4〕~〔8〕のいずれか一項に記載の方法。
〔10〕前記〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の溶剤組成物と、1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペンを含む補給液とを含む、洗浄用溶剤組合せ製品。
【発明の効果】
【0007】
本発明に従えば、HCFO-1233ydを含む溶剤組成物にニトロメタンを添加することにより、たとえ当該溶剤組成物に水が混入しても、被洗浄物又は洗浄装置における錆の発生を抑制することができる。したがって、被洗浄物又は洗浄装置に錆が発生することを心配せずに、気化したHCFO-1233ydを安心して冷却回収することができる。特に鉄系素材の被洗浄物は、洗浄剤に含まれた水分による錆が発生する可能性が他の金属素材よりも高いので、上記溶剤組成物は、鉄系素材の錆対策に特に有効である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本明細書に記載の「溶剤組成物」とは、溶剤及び添加剤を含んでいる組成物のことをいう。本発明の溶剤組成物は、HCFO-1233ydとニトロメタンとを含んでいる。前記溶剤組成物の用途は特に制限されないが、例えば、前記溶剤組成物は、物品の洗浄のための洗浄剤などとして使用することができる。
【0009】
前記HCFO-1233ydは、フルオロオレフィン系有機溶剤の1種であり、位置異性体として、Z異性体(以下、「HCFO-1233yd(Z)」ということもある。)及びE異性体(以下、「HCFO-1233yd(E)」ということもある。)が存在している。HCFO-1233yd(Z)の沸点は約54℃であり、HCFO-1233yd(E)の沸点は約48℃である。本発明の溶剤組成物には、HCFO-1233yd(Z)、HCFO-1233yd(E)、及びそれらの混合物のいずれを採用しもよい。例えば、前記溶剤組成物を洗浄剤として使用する場合には、沸点の高いHCFO-1233yd(Z)を採用すると、蒸気洗浄温度を高くすることができるため、油分などの洗浄効果が高くなると期待される。このため、沸点の高いHCFO-1233yd(Z)を洗浄剤の主成分とすることが好ましい。
【0010】
前記HCFO-1233ydの含有量は、特に制限されないが、例えば前記溶剤組成物の全質量に対して約97質量%以上であってもよく、好ましくは約98質量%以上である。また、前記HCFO-1233ydの含有量は、例えば前記溶剤組成物の全質量に対して約99.4質量%以下であってもよく、好ましくは約99.3質量%以下である。
【0011】
前記ニトロメタンは、溶剤の添加剤として使用され得るニトロアルカンの1種である。前記ニトロメタンを、前記HCFO-1233ydを含む溶剤組成物に添加すると、たとえ当該溶剤組成物に水が混入しても、被洗浄物又は洗浄装置における錆の発生を抑制することができるという効果が発揮される。このような有利な効果は、溶剤及び添加剤のどのような組合せにおいても発揮されるものではなく、前記HCFO-1233ydと前記ニトロメタンとの関係で特に顕著に発揮される。前記ニトロメタンの含有量は、錆の発生抑制効果が発揮される限り特に制限されないが、例えば前記溶剤組成物の全質量に対して約0.6質量%以上であってもよく、好ましくは約0.7質量%以上である。また、前記ニトロメタンの含有量は、例えば前記溶剤組成物の全質量に対して約3質量%以下であってもよく、好ましくは約2質量%以下である。前記ニトロメタンは、引火性又は爆発性を有することが知られている。さらに、本発明の溶剤組成物を洗浄剤として蒸気洗浄に用いると、使用条件によっても違いはあるが、多くの場合、その蒸気洗浄中に前記HCFO-1233ydの一部が蒸発し、ニトロメタン濃度が1質量%程度上昇することが実験によって確認されている。特に横型三槽式洗浄装置の蒸気槽では、HCFO-1233ydの蒸発ロスにより、蒸気槽中のニトロメタン濃度が上昇することが具体的に確認されているので、そのような濃度上昇分を考慮してニトロメタンの含有量を調整すれば、洗浄剤中に混入した水による錆の発生を効果的に抑制しつつ、安全性を保つことができる。
【0012】
ある態様では、本発明の溶剤組成物は、物品の洗浄のために用いられる。洗浄の対象となる物品(すなわち被洗浄物)は、特に限定されないが、例えば、鉄、銅、アルミ、及びそれらの合金からなる群から選択される少なくとも1種の金属、及び/又は、酸化物、窒化物、若しくは炭化物のセラミックを含んでいてもよい。鉄を主として含む材料(鉄系素材)は、他の金属を主として含む金属素材と比較して水による錆に弱いので、特に鉄系素材から形成された物品の洗浄においては、本発明の溶剤組成物による錆の発生抑制効果が特に有用である。さらに、洗浄装置の洗浄槽の表面も、通常は鉄系素材の金属を含み得る。例えば、洗浄装置は通常ステンレス等の耐食性金属が用いられるが、長時間に渡り継続的に使用されるため水により錆が発生する場合がある。本発明の溶剤組成物を使用すれば、たとえ被洗浄物又は洗浄装置に鉄系素材の金属が含まれていても、錆の発生を心配せずに洗浄作業を行うことができる。
【0013】
本発明の溶剤組成物は、コ・ソルベント洗浄においても使用することができる。コ・ソルベント洗浄では、洗浄工程に炭化水素系、グリコールエーテル系、及び高級アルコール系など、特定の汚れ物質の洗浄に強い溶剤が使われるが、これらの溶剤は乾燥性が悪いため、表面に汚れ物質が残留することがある。このような溶剤を本発明の溶剤組成物に混合して洗浄工程で使用すれば、汚れ物質の残留が抑制され得る。すなわち、ある態様では、本発明の溶剤組成物は、追加の洗浄成分をさらに含んでおり、前記追加の洗浄成分は、特に限定されないが、例えば、炭化水素系、グリコールエーテル系、及び高級アルコール系などからなる群から選択される少なくとも1種であってもよい。また、本発明の溶剤組成物は、コ・ソルベント洗浄のリンス工程で使用することもできる。例えば、本発明の溶剤組成物を用いて蒸気洗浄を行うことにより、高い清浄性が要求される分野への対応も可能である。
【0014】
本発明の溶剤組成物は、本発明の目的を損なわない限り、当技術分野で通常使用される任意の添加剤、又は安定剤をさらに含んでもよい。前記安定剤としては、当技術分野で通常使用されるものを特に制限されることなく採用することができるが、例えば、前記安定剤は、エーテル類(tert-ブチルメチルエーテル及びジオキサンなど)、ニトロアルカン類(ニトロエタンなど)、ケトン類(メチルエチルケトン)、エポキシ化合物、フェノール類、イミダゾール類、アミン類、リン化合物類、硫黄化合物類、炭化水素類、及びアルコール化合物などからなる群から選択される少なくとも1種であってもよい。特定の理論に拘束されるものではないが、例えば、フェノール類や炭化水素類は酸化防止作用によりHCFO-1233ydの分解を抑制すると推測される。そして、エポキシ化合物は一部のHCFO-1233ydが分解して発生した酸性物質や塩素イオンを捕捉することにより、また、アミン類は当該酸性物質を中和することにより、それぞれ酸性物質によるHCFO-1233ydのさらなる分解を抑制すると推測される。これらのことから、必要に応じて2種類以上の安定剤を使用することにより、各安定剤による相乗的な安定化効果が得られると期待される。前記安定剤の含有量は、特に制限されないが、例えば前記溶剤組成物の全質量に対して約0.5質量%以下であってもよい。微量の添加により、例えば前記HCFO-1233ydの洗浄効果を低下させずに、その分解抑制効果が発揮される。
【0015】
別の態様では、本発明は物品を洗浄する方法にも関しており、当該洗浄方法は、
HCFO-1233ydとニトロメタンとを含む溶剤組成物を用意する工程と、
前記物品を洗浄槽内で前記溶剤組成物に浸漬する工程と
を含んでいる。ある態様では、前記洗浄槽は、温浴槽及び冷浴槽を含み、前記浸漬工程は、前記物品を前記温浴槽(例えば約30~約50℃)内で前記溶剤組成物に浸漬する工程と、その後に前記物品を前記冷浴槽(例えば約20~約30℃)内で前記溶剤組成物に浸漬する工程とを含んでもよい。前記温浴槽においては、例えば、前記物品に超音波を当てるなどして洗浄効率を高めてもよい。前記冷浴槽における浸漬は、物品の冷却以外にすすぎの役割を含んでいる。
【0016】
ある態様では、前記溶剤組成物から前記HCFO-1233ydの蒸気を発生させ、前記浸漬工程後の前記物品を前記蒸気に曝す工程をさらに含む。この工程は、いわゆる蒸気洗浄と呼ばれるものであり、蒸気槽で気化された蒸気雰囲気内で行われる。前記物品は、前記浸漬工程を経た結果、前記HCFO-1233ydの沸点以下の温度となっているため、その蒸気に曝されると、当該物品の表面で前記HCFO-1233ydが凝縮して流れ落ちる。このようにして、前記物品の洗浄が行われる。
【0017】
本発明の物品を洗浄する方法は、本発明の目的を損なわない限り、当技術分野で通常使用される任意の洗浄工程又は乾燥工程をさらに含んでもよい。例えば、前記物品(被洗浄物)に大量の油汚れが付着している場合には、本発明の方法は、前処理として、前記物品を炭化水素系溶剤で粗洗浄する工程を含んでもよい。また、前記被洗浄物の構造が入り組んでいるなどの理由で乾燥しにくい場合には、本発明の方法は、後処理として、前記被洗浄物に温風乾燥又は真空乾燥を施す工程を含んでもよい。
【0018】
本発明の溶剤組成物及び本発明の物品を洗浄する方法が適用される洗浄装置は、特に限定されないが、例えば、前記洗浄槽の上部の空間を前記蒸気槽として活用する縦型二槽式洗浄装置であってもいいし、前記温浴槽(浸漬槽と呼ばれることもある。)、前記冷浴槽、及び前記蒸気槽を備える横型三槽式洗浄装置であってもよい。一般的には、蒸気槽内で生じた蒸気が当該蒸気槽の外に漏れ出すことを防ぐため、その開口部に冷却水の流れるパイプが設置されている。前記HCFO-1233ydの蒸気が開口部を通過しようとすると、冷却水による冷却を受けて凝縮するため、前記HCFO-1233ydは液体として回収される。回収された前記HCFO-1233ydは、水分離機を経た後に前記洗浄槽に戻されて再利用され得る。このとき、空気中の水分が、冷却された前記HCFO-1233ydに混入し得るが、すべての水分が水分離機によって除去できるわけではない。そのような場合であっても、本発明の溶剤組成物には前記ニトロメタンが含まれているため、被洗浄物又は洗浄装置における錆の発生を抑制することができる。なお、横型三槽式洗浄装置においては、前記冷浴槽中から前記溶剤組成物が溢れると、前記温浴槽(浸漬槽)及び前記蒸気槽に流入するような構造となっていることがあり、このような場合には、回収した前記HCFO-1233ydを前記冷浴槽に戻すことにより、きれいな溶剤を効率的に再利用できる。
【0019】
また別の態様では、本発明は洗浄用溶剤組合せ製品にも関しており、当該組合せ製品は、HCFO-1233ydとニトロメタンとを含む溶剤組成物と、HCFO-1233ydを含む補給液とを含んでいる。蒸気槽を備える洗浄装置を用いて、前記溶剤組成物で洗浄を行う場合、蒸気槽で気化させた前記HCFO-1233ydを完全に回収することは難しい。また、前記ニトロメタンの沸点(100~103℃)は、前記HCFO-1233ydの沸点よりも高いし、蒸気洗浄時の温度では共沸しないため、前記蒸気槽の内の下部で液状に溜まっている洗浄剤では、前記ニトロメタンの濃度が上昇する傾向にある。多くの場合、ニトロメタン濃度は1質量%程度の上昇は見られるものの、その後は定常状態となることが多いが、前記ニトロメタンの濃度が高くなりすぎると危険である。そのため、前記ニトロメタンの濃度が必要以上に上昇した場合には、前記補給液により前記ニトロメタンの濃度を適正な範囲に保つことができる。
【0020】
また、前記補給液は、蒸気洗浄により蒸発した前記溶剤組成物の量を適量に保つために定期的に行うものである。前記補給液の組成は、前記溶剤組成物と同じ組成の場合と、ニトロメタンを含まないHCFO-1233ydだけの場合と、その中間の場合(ニトロメタンを含むが前記溶剤組成物中のニトロメタンよりも少ない場合)とがあり得る。すなわち、前記補給液は、前記ニトロメタンをさらに含んでもよく、その含有量は、前記溶剤組成物中の含有量と同じであってもいいし、それより低くてもよい。どのような補給液を使用するかは、実際の洗浄装置で洗浄作業を実験したうえで決めることが望ましい。
【0021】
前記補給液の使用方法は、特に制限されないが、例えば、前記補給液を、洗浄槽(存在する場合には冷却槽)に添加してもいいし、蒸気槽の蒸気発生部位に添加してもよい。
【0022】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例0023】
〔試験例1〕
試験の前処理として、SPCC冷間圧延鋼板(15mm×50mm)をアルカリ性脱脂剤(ディップソール社製、脱脂剤LC-34)に浸漬してブラッシング洗浄した後に水洗し、よく乾燥させて、水分や油分などの汚れがない状態とした。これを以降の試験の試料板として使用した。
【0024】
密閉できる容器に、HCFO-1233yd(AGC社製、AMOLEA(R)AS-300)及び各種添加剤を、後掲の表1又は表2に記載の濃度となるように入れた。この容器のふたをしっかりと閉め、毎秒2回の速度で100回転倒混和(180度回転)してよく混合し、試験液(溶剤組成物)を調製した。
【0025】
スクリュー管瓶(ねじ口瓶;No.7、100mL)を試験容器として用意した。ここに、調製した試験液を40mL入れ、さらにイオン交換水を5g添加した。この試験容器のふたをしっかりと閉め、100回転倒混和してよく混合した。
【0026】
試験液及びイオン交換水の入った試験容器を静置し、その試験液と水が完全に分離した後に、当該試験容器に試料板を入れた。なお、分離した水は上部(試験容器内の溶液全体の1割ほどの高さ)に溜まっているが、試料板は試験液に完全に浸かった状態となっていた。ここに超音波を1分間加えて脱泡し、試験板の表面を試験液で十分に濡らした。浸漬状態の試料板を20℃の恒温槽内で放置し、試料板の表面に時間の経過に伴って発生する錆の有無を、目視により観察して以下のように判定した。結果を表1及び表2に示す。
○:錆なし
△:試験液が変色
×:錆あり
【0027】
【0028】
【0029】
試料板をHCFO-1233yd単独で洗浄すると、試験液内部に混入している水分の影響で錆が発生してしまう(比較例1)。一方、HCFO-1233ydと組み合わせてニトロメタンを配合すると、たとえ試験液内部に水分が混入していても錆は発生しない(実施例1~7)。このような有利な効果は、他の添加剤を含む試験液では確認されなかった(比較例4~15)。
【0030】
〔試験例2〕
安定剤を含む実施例8~11の溶剤組成物(表3)を試験液として使用した以外は試験例1と同様にして、試料板の表面に時間の経過に伴って発生する錆の有無を、目視により観察した。結果を表3に示す。
【0031】
【0032】
各種安定剤を追加で含む実施例8~11の溶剤組成物を使用しても、錆は発生しなかった。一般に、HCFO-1233ydを沸点より低い温度で保管すると、分解されて塩素イオンなどのハロゲンイオンが発生することがあるが、これらの実施例の溶剤組成物は、安定剤を含んでいるため、そのようなハロゲンイオンの発生を抑制することができる。当該ハロゲンイオンは、酸を生じさせて金属の腐食の原因となり得るため、実施例8~11の溶剤組成物は、錆の発生だけでなく金属の腐食も抑制できるという追加の効果を有する。
【0033】
以上より、HCFO-1233ydを含む溶剤組成物にニトロメタンを添加することにより、たとえ当該溶剤組成物に水が混入しても、被洗浄物又は洗浄装置における錆の発生を抑制できることが分かった。したがって、被洗浄物又は洗浄装置に錆が発生することを心配せずに、気化したHCFO-1233ydを安心して冷却回収することができる。