(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022114217
(43)【公開日】2022-08-05
(54)【発明の名称】蛍光偏光測定方法および装置
(51)【国際特許分類】
G01N 21/64 20060101AFI20220729BHJP
【FI】
G01N21/64 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021010421
(22)【出願日】2021-01-26
(71)【出願人】
【識別番号】000232689
【氏名又は名称】日本分光株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【弁理士】
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(74)【代理人】
【識別番号】100188260
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 愼二
(72)【発明者】
【氏名】眞砂 央
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043AA06
2G043EA01
2G043HA07
2G043JA01
2G043LA02
2G043NA05
(57)【要約】
【課題】試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を短時間で、ノイズに対してもロバストに、かつ、高感度に測定できる測定装置、および、測定方法を提供すること。
【解決手段】光源からの光から直線偏光を取り出す励起側偏光子と、この直線偏光で励起される試料と、試料より放出される蛍光から所定方向の偏光成分を取り出す蛍光側検光子と、この偏光成分の光強度を検出する光検出器と、検出値に基づいて試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出する信号処理部と、を備える。蛍光側検光子は、蛍光の入射軸を中心に連続回転自在に設けられ、信号処理部は、連続回転に伴って周期変化する検出値に対して回転周波数に同期する参照信号を用いてロックイン検出を行って信号中の交流成分の振幅を取得し、また、光検出器からの信号中の直流成分を取得する。これらの値から信号の周期変化の最大値と最小値を読み取り、試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光源と、
前記光源からの光から直線偏光を取り出す励起側偏光子と、
前記励起側偏光子で取り出された直線偏光が内部の試料を励起するように配置されている試料セルと、
試料より放出される蛍光から所定方向の偏光成分を取り出す蛍光側検光子と、
前記蛍光側検光子で取り出された偏光成分の光強度を検出して光強度情報を持った電気信号に変換する光検出器と、
前記光検出器からの電気信号に基づいて試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出するように構成された信号処理部と、を備えた蛍光偏光測定装置において、
前記励起側偏光子または前記蛍光側検光子は入射軸を中心に連続回転自在に設けられ、
前記信号処理部は、連続回転に伴って周期変化する前記光検出器からの電気信号に対して回転周波数に同期する参照信号を使ってロックイン検出を行い、電気信号に含まれる交流成分の振幅を取得し、また、前記光検出器からの電気信号の直流成分を取得し、これら交流成分の振幅および直流成分から電気信号の周期変化の最大値と最小値を読み取って、試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出するように構成されていることを特徴とする蛍光偏光測定装置。
【請求項2】
蛍光性のある分子を励起側偏光子による直線偏光で励起し、前記分子より放出される蛍光から蛍光側検光子を用いて所定方向の偏光成分を取り出し、取り出された偏光成分の光強度を光検出器で検出して光強度情報を持った電気信号に変換し、前記電気信号に基づいて前記分子の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出する測定方法であって、
前記励起側偏光子または前記蛍光側検光子を入射軸を中心に連続回転させた状態で、蛍光から所定方向の偏光成分を取り出し、
前記励起側偏光子または前記蛍光側検光子の連続回転に伴って周期変化する前記電気信号に対して回転周波数に同期する参照信号を使ってロックイン検出を行うことにより前記電気信号に含まれる交流成分の振幅を取得し、
前記光検出器からの電気信号の直流成分を取得し、
これら交流成分の振幅および直流成分から前記電気信号の周期変化の最大値と最小値を読み取り、
0.25秒間以上、1分間以下の時間範囲で変化する蛍光分子の蛍光異方性または蛍光偏光度を連続測定することを特徴とする蛍光偏光測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蛍光物質の蛍光異方性(または蛍光偏光度)を測定するための蛍光偏光測定装置、特にその蛍光の偏光方向の切り換え機構の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光偏光測定の原理
従来、蛍光偏光測定装置を使って生体高分子と生体活性分子との会合や、生体膜の流動性などを調べる研究が行われてきた。蛍光偏光測定の原理を簡単に説明する。溶液中の蛍光物質が直線偏光により励起されると、その直線偏光の偏光方向と蛍光物質の遷移モーメントの向きとが一致するときにその蛍光物質が高い確率で励起されて蛍光を放出する。一方、直線偏光の偏光方向に対して蛍光物質の遷移モーメントの向きが直交するときにはその蛍光物質は励起されず蛍光を放出しない。励起された蛍光物質から放出される蛍光は、その蛍光物質の遷移モーメントの向きに応じた偏光性を有する。
【0003】
蛍光物質の遷移モーメントについて等方的な試料を取り扱う場合、溶液中には多数の蛍光物質がその遷移モーメントを様々な方向に向けて分散している。そのため、ある直線偏光で試料が励起されると、多数の蛍光物質から放出される蛍光の直線偏光の状態は、励起光の偏光方向に一致する方向に偏ることになる。これを蛍光異方性と呼ぶ。
【0004】
従来の蛍光偏光測定装置の構成
特許文献1に一般的な蛍光偏光測定装置の構成が示されている。この測定装置を用いて蛍光異方性を測定する方法を
図8を使って説明する。光源2から出た光は、偏光子4によって直線偏光となり、励起光L
1として試料セル6に満たされた試料を照射する。試料より放出された蛍光L
2は、検光子8により所定方向の直線偏光成分が取り出される。この直線偏光成分は、進行方向に設置された蛍光側分光器10に入り、ここで分光され、適当な波長区間の光成分が取り出される。蛍光側分光器10で分光された光は、さらに進行方向に設置された検出器12により、蛍光強度情報を持つ電気信号に変換される。
【0005】
ここで、蛍光異方性を得るため、偏光子4及び検光子8には、これらをメカニカルに90度回転、停止させる駆動機構14,16が設けられている。そして、偏光子4の偏光方向を垂直に固定し、検光子8の偏光方向を駆動機構16により垂直、水平に交互に切り換え、励起光と蛍光の偏光方向が同じときの蛍光強度(I//)と、互いに直交するときの蛍光強度(I⊥)とから、蛍光異方性を求めている。
【0006】
ここで、蛍光異方性rは一般的に次式で定義される。
r=(I//-I⊥)/(I//+2I⊥) …(1)
ただし、I//は、励起光L1の偏光方向に対して同じ方向に偏光した蛍光L2の偏光成分の強度である。また、I⊥は、励起光L1の偏光方向に対して直交する方向に偏光した蛍光L2の偏光成分の強度である。式(1)において、分母は放射される全蛍光強度に比例する値であり、分子は蛍光の垂直偏光成分と水平偏光成分の差である。
なお、蛍光異方性rの代わりに次式で定義される蛍光偏光度Pを測定する場合もある。
P=(I//-I⊥)/(I//+I⊥) …(2)
いずれも、2種類の蛍光強度(I//、I⊥)を使って定義される度合いであるので、ここでは、蛍光異方性や蛍光偏光度などを測定する装置を併せて蛍光偏光測定装置と呼ぶものとする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002-98638号公報(
図2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の蛍光偏光測定装置では、メカニカルな駆動機構を用いて検光子の偏光方向を90度ずつ回転、停止させることを行い、その偏光方向が水平または垂直になる状態を交互に作っていた。2通りの蛍光強度(I//,I⊥)を直接的に検出することに重点を置いていたので、検光子が完全に静止した状態で検出した強度信号だけを蛍光異方性の算出に用いた。回転中の強度信号を含めてしまうと、正確な蛍光強度が得られなかったからである。
【0009】
しかしながら、このような検光子の偏光方向の切り換えを精度良く実施するには、切り換えの時間だけで一秒から数秒程度掛かってしまう。そうすると、数秒程度の反応時間における物質の蛍光異方性の変化を捉えようとする場合に、検光子の切り換え作業によって、蛍光異方性の算出に利用できる信号が断続的になってしまうため、十分なSNが得られないという課題があった。実際に、単体で存在する蛋白質から、いくつかの蛋白質の複合体が形成されるような反応において、蛋白質の蛍光異方性の時間変化を観察したいというニーズがある。反応の前後で分子量が大きくなり、分子運動による蛍光異方性の回転緩和時間が長くなるような場合、その蛍光異方性の時間変化を測定して、反応の過程を正確に捉えようとするものである。検光子の切り換え時間が長くかかると、ほとんどの時間を検光子の回転、停止に費やすことになる。そうすると、実際に利用される強度信号はほんの一部だけになり、ほとんどの強度信号は利用されない。こうして必要な蛍光強度信号の取得時間が実質的に短縮されてしまい、反応の過程を十分な時間分解能で捉えることが困難になる。なお、偏光子の偏光方向を垂直、水平に交互に切り換えて、検光子の偏光方向を固定した状態で、蛍光異方性などを測定する場合にも、同様の課題が生じる。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであり、その目的は、試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を、従来よりも短時間で、ノイズに対してもロバストに、かつ、高感度に測定できる測定装置、および、測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明に係る蛍光偏光測定装置は、光源と、励起側偏光子と、試料セルと、蛍光側検光子と、光検出器と、信号処理部とを備える。
励起側偏光子は、光源からの光から直線偏光を取り出す。
試料セルは、前記励起側偏光子で取り出された直線偏光が内部の試料を励起するように配置されている。
蛍光側検光子は、試料より放出される蛍光から所定方向の偏光成分を取り出す。
光検出器は、前記蛍光側検光子で取り出された偏光成分の光強度を検出し、光強度情報を持った電気信号に変換する。
信号処理部は、前記光検出器からの電気信号に基づいて蛍光異方性または蛍光偏光度を算出するように構成されている。
ここで、前記励起側偏光子または前記蛍光側検光子は、入射軸を中心に連続回転自在に設けられている。
また、前記信号処理部は、連続回転に伴って周期変化する電気信号に対して回転周波数に同期する参照信号を用いてロックイン検出を行い、電気信号に含まれる交流成分の振幅を取得し、また、電気信号の直流成分を取得し、これら交流成分の振幅および直流成分から電気信号の周期変化の最大値と最小値を読み取って、試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出するように構成されていることを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係る蛍光偏光測定方法は、蛍光性のある分子を励起側偏光子による直線偏光で励起し、前記分子より放出される蛍光から蛍光側検光子を用いて所定方向の偏光成分を取り出し、取り出された偏光成分の光強度を光検出器で検出して光強度情報を持った電気信号に変換し、前記電気信号に基づいて前記分子の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出する測定方法であって、
前記励起側偏光子または前記蛍光側検光子を入射軸を中心に連続回転させた状態で、蛍光から所定方向の偏光成分を取り出し、
前記励起側偏光子または前記蛍光側検光子の連続回転に伴って周期変化する前記電気信号に対して回転周波数に同期する参照信号を用いてロックイン検出を行うことにより前記電気信号に含まれる交流成分の振幅を取得し、
前記光検出器からの電気信号の直流成分を取得し、
これら交流成分の振幅および直流成分から前記電気信号の周期変化の最大値と最小値を読み取り、
0.25秒間以上、1分間以下の時間範囲で変化する蛍光分子の蛍光異方性または蛍光偏光度を連続測定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、入射光軸を中心に励起側偏光子または蛍光側検光子を連続回転させるから、蛍光側検光子で取り出される蛍光の偏光成分の光強度は、その4分の1回転ごとに最大値と最小値とを交互に示すようになる。従って、本発明の蛍光偏光測定装置によれば、光検出器からの電気信号に対してロックイン検出を行って電気信号の最大値と最小値を読み取り、これらの数値に基づいて蛍光異方性または蛍光偏光度が算出されるようにしたので、励起側偏光子(または蛍光側検光子)を90度ずつ前後に回転、停止させる必要がない。そうすると、蛍光側検光子などの切り換え時間を気にしないで、蛍光側検光子などの回転速度に応じた極僅かな時間で、試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出することができる。
また、光検出器からの電気信号に対してロックイン検出を行っているので、検出される電気信号のすべてが蛍光異方性または蛍光偏光度の算出に利用される。そうすると、蛍光特性の算出に利用される電気信号が断続的にならずに済み、SNを稼ぐことができる。
以上のように、本発明によれば、短時間で、ノイズに対してロバストに、かつ、高感度に試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を測定することができる。特に、数秒程度で起こる分子の蛍光異方性または蛍光偏光度の変化などを、ノイズに対してロバストに、かつ、高感度に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】第一実施形態に係る蛍光偏光測定装置の概略構成を示す図である。
【
図2】蛍光側検光子に設けられたセンサーの動作を説明する図である。
【
図3】第二実施形態に係る蛍光偏光測定装置の概略構成を示す図である。
【
図4】本発明の実施例に係る位相信号を示すグラフ。
【
図5】前記実施例に係る交流成分信号ACの強度を示すグラフ。
【
図6】前記実施例に係る補正後の信号波形を示すグラフ。
【
図7】
図6の信号波形と正弦波とを重ね合わせたグラフ。
【
図8】従来の蛍光偏光測定装置の概略構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面に基づき本発明の好適な実施形態について説明する。
図1には本発明の第一実施形態にかかる蛍光偏光測定装置20の概略構成が示されている。
同図に示す蛍光偏光測定装置20は、励起光源22と、励起側偏光子24と、試料セル26と、蛍光側検光子28と、単色光手段30と、光検出器32と、信号処理手段34と、を含む。同図において、光源22からの光束の進行方向を便宜的にX軸とし、検出される蛍光の進行方向をY軸とする。蛍光偏光測定法には、試料に励起光束を連続照射する「連続励起法」と、パルス状に照射する「パルス励起法」とがあるが、本発明は連続励起法を前提としている。
【0016】
励起側偏光子24は、励起光源22の照射方向の前方に設置されている。励起側偏光子24は、偏光子自体が90度回転可能に設けられ、垂直(Z軸)または水平(Y軸)方向に偏光方向を変更できる。ここでは、偏光子24の偏光方向が垂直である場合について説明する。励起側偏光子24には光源22からの光束が入射して、この偏光子から所定の偏光方向の直線偏光が出射する。そして、直線偏光は励起光L1として前方に設置された試料セル26を照射する。
試料セル26には溶液試料が入れられており、励起側偏光子24を出た励起光L1は、この試料を連続励起する。そして励起により試料から蛍光L2が放出される。
【0017】
蛍光側検光子28は、試料から励起光L1の光軸(X軸)に直交する蛍光の光軸(Y軸)上に設置されている。検光子28の入射面は蛍光の光軸に対して直角に配置され、また、検光子28は入射軸を中心に連続回転自在に設けられている。検光子28の回転駆動機構34として例えばステッピングモータが設けられている。検光子28が1回転する間に、その偏光方向が励起側偏光子24の偏光方向と平行になる(Z軸方向になる)タイミングと、直交する(X軸方向)タイミングとが、2回ずつ生じる。試料からの蛍光L2の一部は検光子28に入射して、検光子28からはその回転位置に応じた偏光状態の直線偏光が出射する。
【0018】
単色光手段30は、
図1のように例えば蛍光分光器等よりなり、検光子28からの直線偏光はここで分光され、適当な波長区間の光成分が取り出される。または、蛍光分光器の変わりに、フィルタを配置してもよい。フィルタにより励起光L
1の散乱光を除去できる。単色光手段30を出た光は、例えば光増倍管(PMT)よりなる光検出器32に入り、光検出器32により蛍光強度情報を持つ電気信号に変換される。
蛍光側検光子28が連続回転することにより、励起側偏光子24の偏光方向と平行になるタイミングで光検出器32から最大の電気信号が出力され、直交するタイミングで最小の電気信号が出力される。従って、光検出器32からは、検光子28の回転周波数の2倍の周波数で変化する電気信号が出力される。
【0019】
以降、光検出器32からの電気信号をロックイン検出して、試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出する信号処理手段34について説明する。信号処理手段34の主要構成は、光検出器32からの電気信号から直流信号成分DCを取り出す手段(直流アンプ36)、交流信号成分ACを取り出す手段(交流アンプ38)、交流信号成分ACの振幅信号を取得する手段(ロックインアンプ40)、直流信号および振幅信号に基づいて蛍光異方性または蛍光偏光度を算出する演算手段(CPU42)である。
【0020】
光検出器32で得た電気信号は、プリアンプ44に入って増幅される。プリアンプ44を出た信号は、直流アンプ36に入り、直流アンプ36により直流信号成分DCのみが増幅され取り出される。この直流信号成分DCは、電気信号の時間平均値に相当する値であり、PMT印加電圧回路46に入る。PMT印加電圧回路46は、直流信号成分DCが一定の値で観測されるように光検出器32の印加電圧を調節することにより、光検出器32のゲインを制御することができる。
光検出器32からの電気信号は、プリアンプ44を介して交流アンプ38にも入ってその交流信号成分ACが増幅される。交流アンプ38を出た交流信号成分ACは、ロックインアンプ40に入る。
【0021】
ロックインアンプ40には、参照信号生成部48からの参照信号を使って、交流信号成分ACをロックイン検出する。参照信号生成部48は、検光子28の回転周波数fの2倍の周波数(2f)の正弦波信号をロックインアンプに出力している。なお、交流信号成分ACと参照信号の位相を一致させるため、本実施形態では蛍光側検光子28に、その回転位置を検出するセンサー(フォトインタラプタ)50を設けている。
【0022】
ここで、
図2は、検光子28の回転に伴うセンサー50の動作の説明図である。同図(A)に示すように、検光子28は回転円板52に保持されて一体で連続回転する。回転円板52に向かってセンサー50の検出面を配置して、回転円板52に1箇所形成された切欠54を検出するタイミングでトリガー信号が出力される。同図(B)はトリガー信号の出力と、検光子28の偏光方向の時間変化との関係図である。同図(B)中のIIで示すタイミングで、検光子28の偏光方向が水平(H)になり、センサー50が切欠54を検出してトリガー信号を出力する。III で示すタイミングでは、検光子28の偏光方向が垂直(V)になる。このように、次のトリガー信号の出力までの検光子の1回転間に、偏光方向は、H→右下がり斜め→V→右上がり斜め→H→右下がり斜め→V→右上がり斜め→Hと変化する。信号処理手段34は、検光子28の1回転間で取得する蛍光強度信号を2周期分として処理する。なお、同図(A)は、同図(B)中のI~ IIIで示すタイミングでの検光子28の回転位置とセンサーの位置関係を示す。
【0023】
図1に戻ると、参照信号生成部48はセンサー50からのトリガー信号を使って、交流信号成分ACの位相に一致した2倍の周波数の参照信号を出力する。なお、センサー50は、参照信号と交流信号成分ACとの同期を補償するためのものであり、参照信号生成部48が交流信号成分と同期する参照信号を別途作り出せる場合は、センサー50は不要となる。
【0024】
ロックインアンプ40では、交流信号成分ACと参照信号とが掛け合わせられ、ローパスフィルタなどを通じて直流電圧が得られる。この直流電圧から、交流信号成分ACの振幅信号が得られる。ロックインアンプ40を出た振幅信号は、アンプ56に入って増幅される。さらにA/D変換器58で数値データに変換される。数値データに変換された振幅信号は、I/Oを介してCPU42に取り込まれる。
【0025】
一方、直流アンプ36からの直流信号成分DCもまた、A/D変換器60で数値データに変換される。そして、数値データに変換された直流信号として、I/Oを介してCPU42に取り込まれる。CPU42は、振幅信号および直流信号成分の数値データに基づいて、2種類の蛍光強度(I
//,I
⊥)を算出し、式(1)より蛍光異方性を、または、式(2)より蛍光偏光度を算出する。
励起側の垂直偏光に対する蛍光側検光子28の偏光方向の角度をΦとすると、蛍光側の垂直偏光はΦ=0となる。Φを用いて光検出器からの蛍光強度をI(Φ)とすると、蛍光強度(I
//,I
⊥)との関係は次式のようになる。
【数1】
従って、検光子28を連続回転させた場合に得られる蛍光強度I(Φ)の直流信号成分DCが(I
//+I
⊥)となり、2倍の周波数(2Φ)の交流信号成分ACが(I
//-I
⊥)となる。
【0026】
なお、
図1に示すように、本実施形態の測定装置20には、回転駆動機構34の駆動制御および単色光手段30を駆動制御する駆動制御部62,64がそれぞれ設けられている。駆動制御部62,64によって、単色光手段30の波長走査速度が検光子28の回転速度に応じた速度に設定されることになり、実質的に同一波長の状態で検光子28が所定回数以上連続回転するようになっている。
【0027】
本実施形態のように蛍光偏光測定装置20を構成することにより、蛍光側検光子28が連続回転するので、蛍光側検光子28で取り出される蛍光の偏光成分の光強度は、その4分の1回転ごとに最大値と最小値とを交互に示すようになる。さらに光検出器32からの電気信号をロックイン検出するようにしたので、電気信号の最大値と最小値を読み取ることができる。最大値は、励起光と蛍光の偏光方向が同じときの蛍光強度(I//)であり、最小値は、励起光と蛍光の偏光方向が互いに直交するときの蛍光強度(I⊥)である。これらの数値に基づいて蛍光異方性(r)または蛍光偏光度(P)を算出することができる。その結果、蛍光側検光子を90度ずつ回転、停止させる必要がなくなった。蛍光側検光子28の切り換え時間を気にしないで、蛍光側検光子28の回転速度に応じた極僅かな時間で、試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出することができるようになった。
【0028】
また、光検出器32からの電気信号に対してロックイン検出を行っているので、検出される電気信号のすべてが蛍光異方性または蛍光偏光度の算出に利用される。そうすると、これら蛍光特性の算出に利用される電気信号が断続的にならずに済み、測定値のSNを稼ぐことができる。
以上のように、短時間で、ノイズに対してロバストに、かつ、高感度に試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を測定することができる。
【0029】
図3に、本発明の第二実施形態にかかる蛍光偏光測定装置120の概略構成を示す。励起光および蛍光の光学系を構成する各光学素子については、前述の実施形態に共通する。両者の違いは、光検出器32からの電気信号をロックイン検出する信号処理部の構成にある。前述の実施形態では
図1に示したように電気的(回路的)なロックイン検出の構成になっている。これに対して、本実施形態では
図3に示すように、ハード的な構成を単純化して、CPU142がロックイン検出を演算処理するように構成されている。
【0030】
つまり、本実施形態の信号処理部134では、光検出器32からの電気信号が、プリアンプ44で増幅され、A/D変換器60で数値データに変換された後、I/Oを介してCPU142に取り込まれる。また、CPU142は、検光子28の駆動制御部62および光検出器32のPMT印加電圧回路46と信号の授受をそれぞれ行っている。CPU142は、自身の基準信号などから同期信号を生成し、検光子28の回転駆動に同期した光検出器32の出力信号を数値データとして取得する。そして、CPU142は、取得した数値データから、蛍光強度I(Φ)の直流信号成分DCおよび交流信号成分ACを演算処理によって読み取って、試料の蛍光異方性または蛍光偏光度を算出することができる。
なお、CPUは、後述する蛍光側偏光特性の補正や位相同期データの取得に関する演算処理を実行することもできる。
【0031】
以上の各実施形態では、励起側偏光子24を固定して、蛍光側検光子28を回転駆動させた状態で検出された光検出器32の電気信号に基づいて、試料の蛍光異方性などを取得するケースを説明した。しかし、本発明の装置および測定方法は、
図1の駆動機構14によって励起側偏光子24を回転駆動させて、蛍光側検光子28を固定した状態で、光検出器32の電気信号を検出し、この信号に基づいて試料の蛍光異方性などを取得するケースにも適用できる。
図3においても、CPU142が、I/Oを介して励起側偏光子24の駆動制御部15と信号の授受を行うようにすれば、励起側偏光子24を回転駆動させて、蛍光側検光子28を固定した状態での蛍光検出が可能となる。
【0032】
(実施例)
図1中のCPU42として、プログラマブルロジックデバイスの一種であるFPGAを採用して、検光子の回転駆動および強度信号の取得を実行する例を示す。このFPGAは、検光子の半回転毎に、2種類の蛍光強度(I
//,I
⊥)を算出できる。また、ここでは、センサー50のトリガー信号のタイミングを有効に使って、ロックイン検出する方法について説明する。つまり、この実施例では、光検出器32のデータサンプリングを5msec間隔で実行し、検光子28の半回転で50個のデータを取得し、これを1周期分のデータとして処理する。これらのデータから、蛍光強度(I
//,I
⊥)を算出する。
【0033】
この実施例に係る測定装置の主な仕様を以下に示す。
ステッピングモータ :0.9度/ステップ(ハーフステップ駆動)
モータ駆動用クロック数 :3200Hz
検光子 :2回転/sec(2Hz)
サンプリング間隔 :5msec
ADコンバータの変換速度:40000Hz
【0034】
まず、上述の式(3)において、θ=2Φを定義すると、次式になる。
【数2】
ここで、センサー50がトリガーを切ったタイミングの位相と、蛍光強度信号が平均値をクロスするタイミングの位相との差をδ(ラジアン)とする。
【0035】
しかし、実際の蛍光強度信号I(Φ)は、蛍光側検出系の偏光依存性に起因する信号と、本来の測定対象である試料の蛍光異方性に起因する信号との積となる(次式参照)。
【数3】
ここで、蛍光側検出系の偏光依存性をαg,βgで示し、試料の蛍光異方性をαa,βaで示す。また、位相差δは、2種類の信号で同じになる。
【0036】
蛍光側偏光特性の補正
励起側偏光子24は、駆動機構14によりその偏光方向を垂直または水平方向に変更できる。そこで励起光を2通りの偏光方向にして、それぞれの蛍光強度(I
//,I
⊥)を取得することにより、蛍光側検出系の偏光依存性の補正を行う。
励起側偏光子24を水平(Y軸)にセットすると、蛍光の水平偏光強度(X軸)と垂直偏光強度(Z軸)は原理上一致する。この状態で検光子28を回転させた場合の信号Ig(Φ)は蛍光検出側(単色光手段30と光検出器32)の偏光特性だけになる。
【数4】
【0037】
本実施例では、1周期分(50点)の平均値がαgとなり、これに正弦波sin(θ+δ)を乗じて2倍した値がβgになる。1周期分のデータについて、センサー50がオフ→オンとなった時点の蛍光強度をI(0)として、1周期分の50個(j=0~49)の蛍光強度をI(j)で示すと、次式が得られる。
【数5】
上式のように、検光子28の前半の半回転分の50個(j=0~49)だけでなく、後半の半回転分の50個(j=50~99)のデータを用いても、同様にαg,βgを算出できる。
【0038】
ここで、Gファクタを、水平偏光励起時の垂直偏光蛍光強度(αg+βg,I
HV)に対する水平偏光励起時の水平偏光蛍光強度(αg-βg,I
HH)の比で定義する。Gファクタを補正に用いる場合、αgを1.0に正規化しておくとよい。
【数6】
式(5)の各値を(1+βgsin(θ+δ))で割ると、蛍光側偏光特性を補正した信号I
*sが得られる。ただし、βgは、αgを1.0として正規化した値とする。
【数7】
【0039】
式(9)において、補正された信号I
*sの1周期分(50点)の平均値がαaとなり、これに正弦波sin(θ+δ)を乗じて2倍した値がβaになり、次式で表わすことができる。
【数8】
【0040】
このようにして、αa,βaを求め、式(3)の関係から、蛍光強度(I
//,I
⊥)を算出できる。
【数9】
【0041】
次に、位相同期データの取得について説明する。
位相同期データ(位相差δ)を取得する際に、励起側の偏光が垂直の時を極大として、水平の時を極小として、取得する必要がある。これを行わないと、位相が180度ずれる原因になる。
本実施例では位相差δの単位はラジアンだが、実測は機械的な3.6度毎に、式(6)の角度では2倍の7.2度毎で測定される。よって、位相差δを7.2度で割ったデータ間隔単位Δを用いて説明する。
【0042】
位相同期データの取得のため、試料に加えて、励起波長と蛍光波長を指定する。
(1)試料としてローダミンBの希薄エチレングリコール溶液をセットする。
(2)励起波長を550nmとし、蛍光波長を620nmに設定する。
(3)励起側偏光子を垂直にする。
(4)センサー50からのトリガーにより5msec間隔で2000点測定する。
(5)式(7)の位相差δをΔ=-22(δ=7.2×Δ)を用いて、20回転分計算してβgを求めて、40個の平均をY(-22)とする。
(6)同様に、Δ=-21,-20,…,-4,-3,-2とし、Y(-21),Y(-20),…,Y(-4),Y(-3),Y(-2)を求める。
(7)YをΔの2次関数として、極大となるΔMAXを求める。
【数10】
ΔMAXより、ラジアン単位の位相δをδ=0.125663706ΔMAXとして求める。この係数は、1測定あたりの角度7.2度をラジアン単位に換算した値である。このようにして得られたδの値を式(7)のδとして用いる。
【0043】
式(6)で示す信号Ig(θ)は、検光子28の角度θの関数になる。また、信号の位相差とは、式(6)のδになる。δが正の場合は位相が進み、負の場合は位相が遅れる。
図4参照。実際の信号は、検光子のセンサー50がオフ→オンになるタイミングでトリガーされ、5msec間隔で100データを連続取得する。これは検光子28の1回転に相当する。この蛍光側信号をI(0),…,I(99)とすると、式(6)は次式で表わすことができる。
【数11】
【0044】
ここでδは、検光子のセンサー50と信号の位相差を角度で表わしたものであり、Δはセンサー50と信号の位相差をデータサンプリング周期で表わしたものである。センサー50の取り付け精度が±2.5度とすると、実際のトリガーは検光子28が水平角度±2.5度となるタイミングで得られる。δは-45±2.5度、Δは-12.5±0.7周期となるはずである。
この位相差はほとんどすれないものと考えられるので、再度この作業を行うまで同じ値を使用する。本実施例では
図5に示すように、ΔMAX=-11.4818が得られた。
【0045】
以上のようにして測定された位相同期データを用いて、式(10)に基づいてGファクタ(Gj)を求め、蛍光側偏光特性を補正した信号波形の一例を
図6に示す。同図の信号波形は、正弦波で良好にフィッティングすることができた。
図7に補正した信号波形と正弦波とを重ね合わせたグラフを示す。
図6の信号波形から得られるαa,βaは、αa=920.095,βa=366.863となった。これらの値より蛍光強度(I
//,I
⊥)を取得した結果、P値(蛍光偏光度)は0.398722903、r値(蛍光異方性)は0.306559346となり、同じ試料を従来の手作業で測定した値と良い一致を示した。
【0046】
(分子の蛍光異方性の変化)
特に、本実施形態の蛍光偏光測定装置20を用いれば、数秒程度で起こる分子(例えば、3000程度の分子量)の蛍光異方性の変化などを、ノイズに対してロバストに、かつ、高感度に測定することができる。蛍光偏光測定を例えば生体高分子などに用いる場合、多くは、蛋白質やその集合体などに結合した蛍光分子からの蛍光を測定する。このため、蛍光分子単独の測定では比較的に問題にならない「蛍光の異方性」が、高分子の測定では非常に重要になる。それは、蛍光分子が大きくなるほど、その回転緩和時間が長くなるし、蛍光分子に水分子が水素結合することによっても、その回転緩和時間が長くなる傾向があるからである。
【0047】
例えば、蛋白質などの高分子を測定対象とし、(1)溶液中での高分子の分子回転の速さをその蛍光異方性から解析して、高分子の流動性を把握することや、(2)抗原抗体反応などの反応前後における生体高分子の蛍光異方性または蛍光偏光度から、その回転緩和時間の変化を解析して、生成物が生成されたか否かを把握することなどができる。
【0048】
分子の流動性の変化や生体反応は、数秒程度で起きることが多く、従来の蛍光偏光測定装置ではこのような早い変化や反応における蛍光異方性を測定することが困難だった。この点、本実施形態の測定装置20を用いれば、数秒から数十秒程度(例えば、0.25秒間以上、1分間以下の時間範囲)で蛍光異方性または蛍光偏光度が変化するような場合であっても、測定値のSNを稼ぐことができ、時間分解能も良好な測定が可能になった。
【符号の説明】
【0049】
20、120 蛍光偏光測定装置
22 励起光源
24 励起側偏光子
26 試料セル
28 蛍光側検光子
32 光検出器
34、134 信号処理手段