(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022114322
(43)【公開日】2022-08-05
(54)【発明の名称】植物の生育阻害の抑制又は緩和剤
(51)【国際特許分類】
A01N 37/44 20060101AFI20220729BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20220729BHJP
A01G 7/00 20060101ALI20220729BHJP
【FI】
A01N37/44
A01P21/00
A01G7/00 604Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021010577
(22)【出願日】2021-01-26
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(71)【出願人】
【識別番号】000105567
【氏名又は名称】コスモ石油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金丸 研吾
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 史弥
【テーマコード(参考)】
4H011
【Fターム(参考)】
4H011AB03
4H011AB04
4H011BB06
4H011DA13
(57)【要約】
【課題】実際に植物の栽培環境下で使用できる、酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和剤を提供すること。
【解決手段】5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を有効成分とする、酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を有効成分とする、酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和剤。
【請求項2】
酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも4/5以下に減少した環境である請求項1記載の抑制又は緩和剤。
【請求項3】
酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも4/5以下に減少した環境である請求項1記載の抑制又は緩和剤。
【請求項4】
酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、強光下、高温下及び乾燥下から選ばれる環境である請求項1~3のいずれか1項に記載の抑制又は緩和剤。
【請求項5】
5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を施用することを特徴とする、酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和方法。
【請求項6】
酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも4/5以下に減少した環境である請求項5記載の抑制又は緩和方法。
【請求項7】
酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも4/5以下に減少した環境である請求項5記載の抑制又は緩和方法。
【請求項8】
酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、強光下、高温下及び乾燥下から選ばれる環境である請求項5~7のいずれか1項に記載の抑制又は緩和方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和剤に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は、強光、乾燥、高温、高塩濃度、冠水(低酸素状態)など通常の生育環境条件を超える様々なストレス環境下で生育阻害が生じる。これら生育阻害の主原因のひとつは、光合成で消費できなくなった光エネルギーが植物葉緑体の光合成色素や電子伝達系で処理しきれず、周囲で活性酸素種を生じて、酸化ストレスとなるからである。植物には、活性酸素消去機構として、アスコルビン酸/グルタチオン経路、ポリフェノールやカロテノイドなどの抗酸化物質、SODなどの酵素が備わっているものの、消去しきれない活性酸素種はタンパク質や脂質など生体成分にダメージを与え、植物の生育阻害を引き起こす。
【0003】
このような酸化ストレスによる生育阻害を回避する技術として、活性酸素の消去能力(例えばパラコート耐性)を向上させたALDH過剰発現植物(非特許文献1)、水素濃度の高い水溶液を植物の根から吸収させる植物の光酸化障害を回避させる方法(特許文献1)、ギ酸、メタノールを植物に投与する方法(特許文献2)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011-193851号公報
【特許文献2】特開2000-312531号公報
【特許文献3】特開2002-284750号公報
【特許文献4】特開2003-88393号公報
【特許文献5】国際公開第2014/136863号
【特許文献6】特開2019-151577号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Plant,Cell and Environment (2006)29,1033-1048
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1記載の手段では、水素ガス発生装置を必要とし、実用的ではない。また、特許文献2で使用するギ酸やメタノールは、ヒトに対する安全性を考慮すると、実用的ではない。
従って、本発明の課題は、実際に植物の栽培環境下で使用できる、酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、強光など酸化ストレス条件下で植物を栽培して生育阻害を引き起こし、種々の成分を施用して当該生育阻害に及ぼす作用を検討したところ、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩が、当該酸化ストレスによる植物の生育阻害を抑制又は緩和することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の発明[1]~[8]を提供するものである。
[1]5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を有効成分とする、酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和剤。
[2]酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも4/5以下に減少した環境である[1]記載の抑制又は緩和剤。
[3]酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも4/5以下に減少した環境である[1]記載の抑制又は緩和剤。
[4]酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、強光下、高温下、高塩濃度下、冠水下及び乾燥下から選ばれる環境である[1]~[3]のいずれかに記載の抑制又は緩和剤。
[5]5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を施用することを特徴とする、酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和方法。
[6]酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも4/5以下に減少した環境である[5]記載の抑制又は緩和方法。
[7]酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも4/5以下に減少した環境である[5]記載の抑制又は緩和方法。
[8]酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境が、強光下、高温下及び乾燥下から選ばれる環境である[5]~[7]のいずれかに記載の抑制又は緩和方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を施用することにより、強光、高温、乾燥、高塩濃度、冠水等による酸化ストレス環境下における植物の生育阻害が顕著に抑制又は緩和される。従って、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を施用すれば、酸化ストレス環境下に植物を栽培した場合に、十分な成長及び収穫が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】植物における主要な活性酸素消去系の一つであるアスコルビン酸/グルタチオン経路を示す。定常状態では還元型のグルタチオンやアスコルビン酸が多いが、酸化ストレスに晒されると酸化型が増え、それが戻ることでストレスは緩和、解消される。
【
図2】酸化ストレス(強光)による生育阻害と、それに対する5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸の濃度依存的効果を示す図である。s-HAVA:5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、NL:通常光(70μE)、HL:強光(1000μE)
【
図3】酸化ストレス(強光)によるグルタチオン/酸化型グルタチオン比(GSH/GSSG)の低下と、それに対する5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸の改善効果(及びGSSGの減少効果)を示す図である。HAVA:5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、NL:通常光(70μE)、HL:強光(1000μE)
【
図4】酸化ストレス(強光)によるアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比(AsA/DHA)の低下と、それに対する5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸の改善効果(及びDHAの減少効果)を示す図である。HAVA:5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、NL:通常光(70μE)、HL:強光(1000μE)
【
図5】植物中における主要な活性酸素消去系であるアスコルビン酸/グルタチオン経路中のカタラーゼ(CAT)、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)に対する5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸の活性上昇効果を示す図である。HAVA:5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、NL:通常光(70μE)、HL:強光(1000μE)
【
図6】植物における主要な活性酸素消去系であるアスコルビン酸/グルタチオン経路中のモノデヒドロアスコルビン酸リダクターゼ(MDAR)、デヒドロアスコルビン酸リダクターゼ(DHAR)に対する5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸の活性上昇効果を示す図である。HAVA:5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、NL:通常光(70μE)、HL:強光(1000μE)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の酸化ストレスによる植物の生育阻害の抑制又は緩和剤の有効成分は、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩である。
5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩は、医薬品の製造中間体として(特許文献3、4)知られている他、通常の栽培環境下における植物の成長を促進すること(特許文献5)、植物の病原菌感染を抑制すること(特許文献6)が知られているが、酸化ストレス環境下における生育阻害に対する作用については全く知られていない。
【0012】
5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸エステルにおけるエステル残基としては、炭素数1~10の炭化水素基が挙げられる。炭素数1~10の炭化水素基としては、例えば炭素数1~10の飽和脂肪族炭化水素基、炭素数2~10の不飽和脂肪族炭化水素基、炭素数3~10の脂環式炭化水素基、炭素数4~10の脂環式-脂肪族炭化水素基、炭素数6~10の芳香族炭化水素基、炭素数7~10の芳香族-脂肪族炭化水素基等である。好ましい炭化水素基は、飽和脂肪族炭化水素基である。
【0013】
上記飽和脂肪族炭化水素基の例としては、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、tert-ペンチル、2-メチルブチル、n-ヘキシル、イソヘキシル、3-メチルペンチル、エチルブチル、n-ヘプチル、2-メチルヘキシル、n-オクチル、イソオクチル、tert-オクチル、2-エチルヘキシル、3-メチルヘプチル、n-ノニル、イソノニル、1-メチルオクチル、エチルヘプチル、n-デシル、及び1-メチルノニルなどが挙げられ、好ましい飽和脂肪族炭化水素基としてメチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、及びn-ヘキシルなどの炭素数1~6の直鎖又は分岐鎖アルキル基が挙げられる。
【0014】
前記不飽和脂肪族炭化水素基の適当な具体例としては、例えばビニル、アリル、イソプロペニル、2-ブテニル、2-メチルアリル、1,1-ジメチルアリル、3-メチル-2-ブテニル、3-メチル-3-ブテニル、4-ペンテニル、n-ヘキセニル、n-オクテニル、n-ノネニル、及びn-デセニルなどが挙げられ、好ましい不飽和脂肪族炭化水素基としてビニル、アリル、イソプロペニル、2-ブテニル、2-メチルアリル、1,1-ジメチルアリル、3-メチル-2-ブテニル、3-メチル-3-ブテニル、4-ペンテニル、及びn-ヘキセニルなどの炭素数2~6の直鎖又は分岐鎖アルケニル基が挙げられる。
【0015】
前記脂環式炭化水素基の適当な具体例としては、例えばシクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル、3-メチルシクロヘキシル、4-メチルシクロヘキシル、4-エチルシクロヘキシル、2-メチルシクロオクチル、シクロプロペニル、シクロブテニル、シクロペンテニル、シクロヘキセニル、シクロペンテニル、シクロオクテニル、4-メチルシクロヘキセニル、4-エチルシクロヘキセニルなどが挙げられ、好ましい脂環式炭化水素基としてシクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロプロペニル、シクロブテニル、シクロペンテニル、及びシクロヘキセニルなどの炭素数3~6のシクロアルキル又はシクロアルケニル基が挙げられる。
【0016】
前記脂環式-脂肪族炭化水素基の適当な具体例としては、例えばシクロプロピルエチル、シクロブチルエチル、シクロペンチルエチル、シクロヘキシルメチル、シクロヘキシルエチル、シクロヘプチルメチル、シクロオクチルエチル、3-メチルシクロヘキシルプロピル、4-メチルシクロヘキシルエチル、4-エチルシクロヘキシルエチル、シクロプロペニルブチル、シクロブテニルエチル、シクロペンテニルエチル、シクロヘキセニルメチル、シクロヘプテニルメチル、シクロオクテニルエチル、及び4-メチルシクロヘキセニルプロピルなどが挙げられ、好ましい脂環式-脂肪族炭化水素基としてシクロプロピルエチル、シクロブチルエチルなどの炭素数4~6のシクロアルキル-アルキル基が挙げられる。
【0017】
前記芳香族炭化水素基の適当な具体例としては、例えばフェニル、ナフチルなどのアリール基;4-メチルフェニル、3,4-ジメチルフェニル、3,4,5-トリメチルフェニル、2-エチルフェニル、n-ブチルフェニル、及びtert-ブチルフェニルなどのアルキル置換フェニル基などが挙げられ、好ましい芳香族炭化水素基としてフェニルが挙げられる。
【0018】
前記芳香族-脂肪族炭化水素基の具体的な例としては、例えばベンジル、1-フェニルエチル、2-フェニルエチル、2-フェニルプロピル、3-フェニルプロピル、4-フェニルブチルなどの炭素数7~10のフェニルアルキル基が挙げられる。
【0019】
5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸又はそのエステルの塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、リン酸塩、メチルリン酸、エチルリン酸、亜リン酸塩、次亜リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、グリコール酸塩、メタンスルホン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩等の酸付加塩、及びナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等の金属塩、アンモニウム塩、アルキルアンモニウム塩等が挙げられる。なお、これらの塩は使用時において水溶液又は粉体として用いられる。
【0020】
上述の5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩は、水和物又は溶媒和物を形成していてもよく、またいずれかを単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。また、光学活性体を使用してもよく、ラセミ体を使用してもよい。
【0021】
5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩は、化学合成、微生物による生産、酵素による生産のいずれの方法によっても製造することができ、例えば、特許文献3、4等に記載の方法に準じて製造することができる。このようにして製造された5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩の精製前の化学反応溶液や発酵液は、有害な物質を含まない限り、分離精製することなくそのまま用いることができる。また市販品なども使用することができる。
【0022】
前述のように本発明者は、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩が、酸化ストレスによる植物の生育阻害に対して抑制又は緩和作用を示すことを見出した。
植物に酸化ストレスがかかると、主に光合成で消費できなくなった光エネルギーが植物葉緑体の光合成色素や電子伝達系で処理しきれず、周囲に活性酸素種を生じる。植物には、活性酸素消去機構として、アスコルビン酸/グルタチオン経路(
図1参照)、ポリフェノールやカロテノイドなどの抗酸化物質、SODなどの酵素が備わっているものの、消去しきれない活性酸素種はタンパク質や脂質など生体成分にダメージを与え、植物の生育阻害を引き起こす。5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩は、このような酸化ストレスによる植物の生育阻害を顕著に抑制又は緩和する。
【0023】
本発明の抑制又は緩和剤は、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を成分として、植物を酸化ストレスがかかった環境下で栽培する場合に施用すると、酸化ストレスを緩和・解消することで植物の生育阻害を抑制又は緩和する作用を示すことができる。
ここで、酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境は、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも4/5以下に減少した環境、又は酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも4/5以下に減少した環境である。このような環境では、酸化ストレスにより、アスコルビン酸/グルタチオン経路が活性酸素を消去できていない状態になっているからである。
本発明における酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境の一態様は、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも4/5以下に減少した環境であるが、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも3/4以下に減少した環境において、本発明の抑制又は緩和剤を施用するのが好ましく、当該アスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも2/3以下に減少した環境において、本発明の抑制又は緩和剤を施用するのがより好ましく、当該アスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも2/5以下に減少した環境において、本発明の抑制又は緩和剤を施用するのがより好ましい。
本発明における酸化ストレスによる植物の生育阻害が生じる環境の一態様は、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも4/5以下に減少した環境であるが、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも3/4以下に減少した環境において、本発明の抑制又は緩和剤を施用するのが好ましく、当該グルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも2/3以下に減少した環境において、本発明の抑制又は緩和剤を施用するのがより好ましく、当該グルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも2/5以下に減少した環境において、本発明の抑制又は緩和剤を施用するのが特に好ましい。
【0024】
また、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも4/5以下に減少した環境、又は酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも4/5以下に減少した環境としては、植物の栽培環境が強光、高温、乾燥、高塩濃度及び冠水下から選ばれる環境であるのが好ましく、強光下がより好ましい。
このような植物体の酸化ストレスと抗酸化システムにおける植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比、グルタチオン/酸化型グルタチオン比は、例えば、Plant, Cell and Environment (2016)39,1140-1160の記載に基づいて求めることができる。
【0025】
5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩は、酸化ストレスによる植物の生育阻害を顕著に抑制又は緩和する。酸化ストレスによる植物の生育阻害は、草丈の成長抑制、分けつ抑制及び地上部や根の重量低下等を生じるので、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を酸化ストレス環境下の植物に施用すれば、これらの生育阻害が抑制又は緩和される。
また、植物に前記のような酸化ストレスがかかると、酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比が少なくとも4/5以下に減少した状態、又は酸化ストレスのない通常育成条件と比較して植物中のグルタチオン/酸化型グルタチオン比が少なくとも3/4以下に減少した状態になるが、このような環境下において植物に5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を施用すれば、前記アスコルビン酸/グルタチオン経路の活性酸素消去系が作用し、アスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比、及びグルタチオン/酸化型グルタチオン比が改善し、カタラーゼ(CAT)、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)、モノデヒドロアスコルビン酸リダクターゼ(MDAR)、デヒドロアスコルビン酸リダクターゼ(DHAR)活性も増加する(
図1参照)。
【0026】
本発明の抑制又は緩和剤の適用対象となる植物としては、特に限定されないが、穀類及び野菜類が挙げられ、具体的には、例えば、穀類としてはイネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、ソバ、ダイズ、アズキ、エンドウ、エダマメ、マメなど、葉果菜類としては、トマト、ナス、ピーマン、パプリカ、キュウリ、シシトウ、オクラ、イチゴ、メロン、スイカ、カボチャ、ウリ、キャベツ、メキャベツ、ハクサイ、コマツナ、ホウレンソウ、シュンギク、ミズナ、レタス、パセリ、ニラなど、茎花菜類としては、アスパラガス、ナガネギ、タマネギ、ニンニク、ワケギ、ブロッコリー、カリフラワー、食用菊、ミョウガなど、根菜・芋類としてはダイコン、カブ、ハツカダイコン、ニンジン、レンコン、ゴボウ、ラッキョ、サツマイモ、ジャガイモ、サトイモなどを挙げることができる。
【0027】
本発明において、抑制又は緩和剤は、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩が含まれていればよいが、これら以外に、必要により植物生長調節剤、糖類、含窒素化合物、酸類、アルコール類、ビタミン類、微量要素、金属塩、キレート剤、防腐剤、防黴剤、展着剤等を配合することができる。
【0028】
ここで用いられる植物生長調節剤としては、例えば、エピブラシノライド等のブラシノライド類、塩化コリン、硝酸コリン等のコリン剤、インドール酪酸、インドール酢酸、エチクロゼート剤、1-ナフチルアセトアミド剤、イソプロチオラン剤、ニコチン酸アミド剤、ヒドロキシイソキサゾール剤、過酸化カルシウム剤、ベンジルアミノプリン剤、メタスルホカンブ剤、オキシエチレンドコサノール剤、エテホン剤、クロキンホナック剤、ジベレリン、ストレプトマイシン剤、ダミノジット剤、ベンジルアミノプリン剤、4-CPA剤、アンシミドール剤、イナペンフィド剤、ウニコナゾール剤、クロルメコート剤、ジケブラック剤、メフルイジド剤、炭酸カルシウム剤、ピペロニルブトキシド剤等を挙げることができる。
【0029】
糖類としては、例えばグルコース、シュクロース、キシリトール、ソルビトール、ガラクトース、キシロース、マンノース、アラビノース、マジュロース、スクロース、リボース、ラムノース、フラクトース、マルトース、ラクトース、マルトトリオースなどが挙げられる。
【0030】
含窒素化合物としては、例えばアミノ酸(アスパラギン、グルタミン、ヒスチジン、チロシン、グリシン、アルギニン、アラニン、トリプトファン、メチオニン、バリン、プロリン、ロイシン、リジン、グルタミン酸、アスパラギン酸、イソロイシン等)、尿素、アンモニアなどが挙げられる。
【0031】
酸類としては、例えば有機酸(ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、シュウ酸、フタル酸、安息香酸、乳酸、クエン酸、酒石酸、マロン酸、リンゴ酸、コハク酸、グリコール酸、マレイン酸、カプロン酸、カプリル酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、ピルビン酸、α-ケトグルタル酸、レブリン酸等)、亜硫酸、硫酸、硝酸、亜リン酸、リン酸、ポリリン酸などが挙げられる。
【0032】
アルコール類としては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、グリセロールなどが挙げられる。
【0033】
ビタミン類としては、例えばニコチン酸アミド、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンB5、ビタミンC、ビタミンB13、ビタミンB1、ビタミンB3、ビタミンB2、ビタミンK3、ビタミンA、ビタミンD2、ビタミンD3、ビタミンK1、α-トコフェロール、β-トコフェロール、γ-トコフェロール、σ-トコフェロール、p-ヒドロキシ安息香酸、ビオチン、葉酸、ニコチン酸、パントテン酸、α-リポニック酸等を挙げることができる。
【0034】
微量要素としては、例えばホウ素、マンガン、亜鉛、銅、鉄、モリブデン、塩素などが挙げられる。
【0035】
金属塩としては、例えばカルシウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、リン酸塩などが挙げられる。
【0036】
キレート剤としては、例えば、アミノカルボン酸系キレート剤(エチレンジアミンテトラ酢酸、ニトリロトリ酢酸、ヒドロキシエチルイミノジ酢酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミントリ酢酸、ジエチレントリアミンペンタ酢酸、トリエチレンテトラアミンヘキサ酢酸、ジカルボキシメチルグルタミン酸、ジヒドロキシエチルグリシン、1,3-プロパンジアミンテトラ酢酸、1,3-ジアミノ-2-ヒドロキシプロパンテトラ酢酸など)やホスホン酸系キレート剤(ヒドロキシエチリデンジホスホン酸、メチレンホスホン酸、ホスホノブタントリカルボン酸など)などが挙げられる。これらキレート剤は金属塩として用いても良い。
【0037】
本発明の抑制又は緩和剤は、茎葉散布処理、土壌散布又は潅注処理、水耕潅注処理のいずれの方法で施用しても良い。また、植物の定植前又は挿し木を行う前等に、吸収処理させても良い。
【0038】
本剤を茎葉散布処理にて施用する場合、前記5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を0.0001~100ppm、前記、特に0.005~1ppmの濃度で含有せしめ、これを10アール当たり10~1000L、特に50~300L使用するのが好ましい。単子葉植物など葉面に薬剤が付着しにくい植物に対しては展着剤を用いることができるが、その種類及び使用量については、特に制限されない。
【0039】
本剤を土壌散布若しくは潅注処理または水耕潅注処理にて施用する場合、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩を0.0001~100ppm、特に0.01~1ppmの濃度で含有せしめ、圃場栽培においてはこれを10アール当たり10~1000L、特に50~300L用いるのが好ましく、鉢植え栽培においてはこれを1株あたり10mL~2L、特に10mL~1L用いるのが好ましい。
【0040】
本剤を用いて定植前又は挿し木を行う前等に吸収処理させる場合、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩をつけ込んで吸収させればよく、つけ込む液の5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸、そのエステル又はそれらの塩の濃度は0.0001~100ppm、さらに0.00001~10ppm、特に0.001~0.1ppmであることが望ましい。つけ込み時間は1秒~1週間、特に1分~1日間が望ましい。
【0041】
処理は1回でも十分な効果は得られるが、複数回処理することにより、更に効果を高めることもできる。この場合には、先の各方法を組合せることもできる。
【実施例0042】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、これらは単に例示の目的で掲げられるものであって、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0043】
実施例1
シロイヌナズナをJiffy-7(園芸家用無土壌システム、Jiffy Products International BV社製)に播種して栽培した。個体数は、1個体/Jiffy-7、8ポット/区とした。基肥はJiffy-7にもともと添加されている分だけで追肥はしていない。温度は23℃、光度は70μE(通常光)とした。
播種後に冷蔵庫で春化処理を2日行い、栽培4週間後、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸を終濃度1μM、3μM又は5μMとなるよう投与し、コントロール区は70μE(通常光)、試験区は1000μE(強光)の条件で継続栽培した。2週間後に収穫して湿重量を測定し、50℃で1日間乾燥して乾燥重量を測定した。
その結果、
図2に示すように、通常光(70μE)下で栽培した場合に比べて、強光(1000μE)下で栽培すると、生育阻害が生じた。一方、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸を施用すると、その生育阻害が顕著に抑制されており、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸が強光下という酸化ストレスによる生育阻害を顕著に抑制していることがわかった。
【0044】
実施例2
シロイヌナズナ種子を滅菌し、Murashige-Skoog培地の入ったシャーレに播種して栽培した。種子数は、64粒/シャーレとした。温度は23℃、光度は70μE(通常光)とした。
播種後に冷蔵庫で春化処理を2日間行い、栽培10日間後、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸を終濃度5μMで投与し、コントロール区は70μE(通常光)、試験区は1000μE(強光)下で栽培した。3日後、シロイヌナズナを収穫し、植物体中のグルタチオン、酸化型グルタチオン、アスコルビン酸、デヒドロアスコルビン酸を測定した。
結果を、
図3及び
図4に示す。
図3には、グルタチオン/酸化型グルタチオン比を、
図4にはアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比を示した。
図3より、強光(1000μE)下の栽培により、グルタチオン/酸化型グルタチオン比は通常光(70μE)下の栽培に比べて約2/3に低下し、酸化ストレスがかかっていることがわかる。この強光(1000μE)下の栽培によるグルタチオン/酸化型グルタチオン比の低下を、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸の施用は、顕著に回復させ、酸化ストレスを解消した。
図4より、強光(1000μE)下の栽培により、アスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比は通常光(70μE)下の栽培に比べて約2/3に低下し、酸化ストレスがかかっていることがわかる。この強光(1000μE)下の栽培によるアスコルビン酸/デヒドロアスコルビン酸比の低下を、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸の施用は、顕著に回復させ、酸化ストレスを解消した。
【0045】
実施例3
実施例2と同様のプロトコールで、シロイヌナズナを栽培した。3日後、シロイヌナズナを収穫し、植物体中のカタラーゼ(CAT)、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)、モノデヒドロアスコルビン酸リダクターゼ(MDAR)、デヒドロアスコルビン酸リダクターゼ(DHAR)を測定した。酵素活性は、非特許文献1(総説)のPlant, Cell and Environment (2016) 39, 1140-1160 及び当該論文内の引用文献に記載された試薬と方法で測定した。
その結果を、
図5及び
図6に示す。
図5及び
図6より、5-アミノ-4-ヒドロキシペンタン酸の施用により、植物中における活性酸素消去系であるアスコルビン酸/グルタチオン経路のカタラーゼ(CAT)、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)、モノデヒドロアスコルビン酸リダクターゼ(MDAR)、デヒドロアスコルビン酸リダクターゼ(DHAR)活性がいずれも増加していることがわかった。