(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022011525
(43)【公開日】2022-01-17
(54)【発明の名称】エンドトキシン検出方法及びエンドトキシン検出装置、精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/579 20060101AFI20220107BHJP
【FI】
G01N33/579
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020112719
(22)【出願日】2020-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】000245531
【氏名又は名称】野村マイクロ・サイエンス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】502350504
【氏名又は名称】学校法人上智学院
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木本 洋
(72)【発明者】
【氏名】飯山 真充
(72)【発明者】
【氏名】橋本 剛
(72)【発明者】
【氏名】早下 隆士
(57)【要約】
【課題】リムルス試験によらず、また、電気化学的な方法によらずに、簡便かつ迅速に、低濃度でも定量可能なエンドトキシンの検出方法及びその検出装置、精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法の提供。
【解決手段】蛍光部位と認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を用いて被験対象の試料からエンドトキシンを検出するエンドトキシン検出方法であって、前記認識部位はエンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光部位と認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を用いて被験対象の試料からエンドトキシンを検出するエンドトキシン検出方法であって、
前記認識部位はエンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する、エンドトキシン検出方法。
【請求項2】
前記蛍光物質における前記スペーサは炭素数1~10で、前記蛍光部位から前記スペーサを経て前記認識部位までの間を直鎖として連結する化学結合は単結合のみである、請求項1に記載のエンドトキシン検出方法。
【請求項3】
前記蛍光物質は、前記認識部位として金属イオン(M
n+:ただしnは自然数)が配位されたジピコリルアミノ基を有し、前記蛍光部位として7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸を有し、かつ前記スペーサの炭素数が1である、下記式に示すdpa-HCCであり、
前記特定部位はエンドトキシンのリン酸基である、請求項2に記載のエンドトキシン検出方法。
【化1】
【請求項4】
前記金属イオンは、銅イオン(Cu2+)、ニッケルイオン(Ni2+)又はコバルトイオン(Co2+)である、請求項3に記載のエンドトキシン検出方法。
【請求項5】
前記蛍光物質は、前記認識部位としてフェニルボロン酸を有し、前記蛍光部位としてピレンを有し、かつ前記スペーサがアミド結合を有する、下記式に示すC1-APBであり、
前記特定部位はエンドトキシンの糖鎖部分である、請求項2に記載のエンドトキシン検出方法。
【化2】
【請求項6】
被験対象の試料が導入される試料導入部と、
蛍光部位と、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を前記試料に供給する供給部と、
前記試料と前記蛍光物質とが反応する反応部と、
前記反応を被った前記蛍光物質の発光又は発色を検出する検出部と、
を備える、エンドトキシン検出装置。
【請求項7】
前記蛍光物質における前記スペーサは炭素数1~10で、前記蛍光部位から前記スペーサを経て前記認識部位までの間を直鎖として連結する化学結合は単結合のみである、請求項6に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項8】
前記蛍光物質は、前記認識部位として金属イオン(M
n+:ただしnは自然数)が配位されたジピコリルアミノ基を有し、前記蛍光部位として7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸を有し、かつ前記スペーサの炭素数が1である、下記式に示すdpa-HCCであり、
前記特定部位はエンドトキシンのリン酸基である、請求項7に記載のエンドトキシン検出装置。
【化3】
【請求項9】
前記金属イオンは、銅イオン(Cu2+)、ニッケルイオン(Ni2+)又はコバルトイオン(Co2+)である、請求項8に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項10】
前記蛍光物質は、前記認識部位としてフェニルボロン酸を有し、前記蛍光部位としてピレンを有し、かつ前記スペーサがアミド結合を有する、下記式に示すC1-APBであり、
前記特定部位はエンドトキシンの糖鎖部分である、請求項7に記載のエンドトキシン検出装置。
【化4】
【請求項11】
前記試料は、精製水製造設備で製造された精製水又は注射用水製造設備で製造された注射用水から採取される、請求項6から請求項10までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出装置。
【請求項12】
原水を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により前記原水から精製水を得る精製水製造部と、
前記精製水から前記被験対象の試料を採取する試料採取部と、
請求項6から請求項11までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出装置と、
を備える精製水製造設備。
【請求項13】
原水を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により前記原水から精製水を得る精製水製造部と、
前記精製水をろ過する高分子膜ろ過装置又は前記精製水を蒸留する蒸留器により前記精製水から注射用水を得る注射用水製造部と、
前記注射用水を加熱した状態で維持して貯留する注射用水タンクと、
前記注射用水タンクに備えられている前記注射用水を所定の使用場所へ送出する送出ラインと、
前記注射用水から前記被験対象の試料を採取する試料採取部と、
請求項6から請求項11までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出装置と、
を備える注射用水製造設備。
【請求項14】
前記試料採取部は、前記注射用水製造部より下流側でかつ前記注射用水タンクより上流側において、前記注射用水タンクから直接、又は、前記送出ラインから、前記試料を採取する、請求項13に記載の注射用水製造設備。
【請求項15】
原水を逆浸透ろ過及びイオン交換のうちの少なくとも一方により処理して精製水を得て、
前記精製水から採取された前記被験対象の試料を、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出方法に供することを特徴とする精製水製造方法。
【請求項16】
原水を逆浸透ろ過及びイオン交換のうちの少なくとも一方により処理して精製水を得て、
前記精製水の高分子膜ろ過によるろ過により、又は、前記精製水の蒸留により、前記精製水から注射用水を得て、
前記注射用水から採取された前記被験対象の試料を、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載のエンドトキシン検出方法に供することを特徴とする注射用水製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験対象の試料中のエンドトキシン検出方法及びエンドトキシン検出装置に関し、さらに精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精製水とは、常水を蒸留、イオン交換樹脂塔又は電気式脱塩装置(EDI)等によるイオン交換、逆浸透若しくは限外ろ過、紫外線照射装置(UV)又はそれらの組み合わせにより精製したもので、製剤の原料のみでなく、試薬の調製などにも使用される。この精製水を滅菌した滅菌精製水は、発熱性物質(エンドトキシン)の確認なしでは注射液の製造に用いられる注射用水(WFI、Water for Injection)の製造には使用できない。WFIは、精製水を滅菌したのち、所定のエンドトキシン試験に適合したものである。
【0003】
WFI製造設備の一例として、下記特許文献1記載の技術が挙げられる。WFIの製造には、精製水製造設備で製造された精製水から、蒸留器又は高分子膜ろ過装置(好ましくは限外ろ過膜装置)のようなエンドトキシン除去設備によってエンドトキシンを高度に除去することが必須である。
【0004】
エンドトキシンとは、グラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖であり、生活環境に偏在する代表的な発熱物質である。エンドトキシンが血液中に入ると発熱、敗血症性ショック、多臓器不全、頻脈等などの作用が起こることから、医薬品や医療機器、特に生体内へ直接導入される液体や、製薬用水、注射器、人工臓器、透析膜などの医療機器の製造においては、厳重な管理が必要となる。たとえば、「日本薬局方(JP17)品質適合試験」における注射用水の管理基準では、0.25EU/mL未満と定められている。
【0005】
エンドトキシンの検出は、カブトガニの血球成分がエンドトキシンにより凝固することを利用したリムルス試験で行われている。リムルス試験では、カブトガニの血液から抽出されたライセート試薬を用いて行うのが現在では標準であるが、試験結果が出るのに1~2時間を要する。さらに、リムルス試験を用いたオンライン測定装置も考案されているが、実用的な定量下限を得ることが難しく、定量性や再現性が乏しい。たとえば、試薬自体が生物由来であるため、その性能は試薬のロットによっても異なる場合がある。このことから、より迅速に試験結果を得られ、かつオンライン測定を実用的な精度で行うことができる検出方法が望まれていた。また、ライセート試薬を得るためにはカブトガニという野生生物を捕獲して採血を行う必要があるため、動物愛護の観点からも、カブトガニの血液を使用しない代替手段の開発が望まれていた。
【0006】
たとえば、下記特許文献2及び特許文献3のように、電気化学的な方法によるエンドトキシンの検出も試みられてきた。しかし、電気化学的な方法によるエンドトキシンの検出は、特に実用的な定量下限を得るためには、検出に用いる電極の作製技術若しくは量産性、要求されるメンテナンス頻度、又は測定の精度や迅速性など課題が多く、実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-025456号公報
【特許文献2】特開2016-151482号公報
【特許文献3】特開2007-093378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
エンドトキシン除去設備において、エンドトキシン除去能力に異常が発生すると、容易にWFI中のエンドトキシン濃度が増大し、注射液の製造には不適となる。特に近年は、エネルギー消費量の削減のため、このような設備として従来の蒸留器に代えて高分子膜ろ過装置を採用する傾向が強まっている。しかし、高分子膜ろ過装置では高分子膜として樹脂材料が使われているため、たとえば、加熱殺菌を行うたびに樹脂材料が損傷を受けるなど、蒸留器と比較して異常が起きやすいという懸念がある。この懸念が、エンドトキシン除去設備に高分子膜ろ過装置を採用することを妨げる要因となっている。
【0009】
したがって、安定的に要求水質のWFIを製造するためには、エンドトキシン除去設備において異常が発生した際には、高分子膜などの部品を直ちに交換又は修理するなどのメンテナンスを行う必要がある。しかし、エンドトキシン除去能力の異常を迅速に検出できる方法は、まだ実現できていない。
【0010】
本発明は、リムルス試験によらず、また、電気化学的な方法によらずに、簡便かつ迅速に、低濃度でも定量可能なエンドトキシンの検出方法及びその検出装置、精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示のエンドトキシン検出方法は、蛍光部位と認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を用いて被験対象の試料からエンドトキシンを検出する方法であって、前記認識部位はエンドトキシンの分子構造の特定部位を認識するものである。
【0012】
ここで、前記蛍光物質における前記スペーサは炭素数1~10で、前記蛍光部位から前記スペーサを経て前記認識部位までの間を直鎖として連結する化学結合は単結合のみであることが望ましい。この場合、直鎖の途中には窒素、酸素、硫黄など炭素以外の原子が介在してもよく、また、直鎖の途中からの分岐があってもよい。
【0013】
また、前記蛍光物質は、前記認識部位として金属イオン(Mn+:ただしnは自然数)が配位されたジピコリルアミノ基を有し、前記蛍光部位として7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸を有し、かつ前記スペーサの炭素数が1である、下記式(1)に示すdpa-HCCであってもよく、この場合、前記特定部位はエンドトキシンのリン酸基である。
【0014】
【0015】
なお、上記式(1)における金属イオンは、銅イオン(Cu2+)、ニッケルイオン(Ni2+)又はコバルトイオン(Co2+)であることが望ましく、これらのうちでは銅イオンが最も望ましい。
【0016】
さらに、前記蛍光物質は、前記認識部位としてフェニルボロン酸を有し、前記蛍光部位としてピレンを有し、かつ前記スペーサがアミド結合を有する、下記式(2)に示すC1-APBであってもよく、この場合、前記特定部位はエンドトキシンの糖鎖部分である。
【0017】
【0018】
本開示のエンドトキシン検出装置は、被験対象の試料が導入される試料導入部と、蛍光部位と、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を前記試料に供給する供給部と、前記試料と前記蛍光物質とが反応する反応部と、前記反応を被った前記蛍光物質の発光又は発色(これ以降、まとめて「発光」という)を検出する検出部と、を備える。
【0019】
ここで、前記蛍光物質における前記スペーサは炭素数1~10で、前記蛍光部位から前記スペーサを経て前記認識部位までの間を直鎖として連結する化学結合は単結合のみであることが望ましい。この場合、直鎖の途中には窒素、酸素、硫黄など炭素以外の原子が介在してもよく、また、直鎖の途中からの側鎖があってもよい。
【0020】
また、前記蛍光物質は、前記認識部位として金属イオン(Mn+:ただしnは自然数)が配位されたジピコリルアミノ基を有し、前記蛍光部位として7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸を有し、かつ前記スペーサの炭素数が1である、前記式(1)に示すdpa-HCCであってもよく、この場合、前記特定部位はエンドトキシンのリン酸基である。なお、前記式(1)における金属イオンは、銅イオン(Cu2+)、ニッケルイオン(Ni2+)又はコバルトイオン(Co2+)であることが望ましく、これらのうちでは銅イオンが最も望ましい。
【0021】
さらに、前記蛍光物質は、前記認識部位としてフェニルボロン酸を有し、前記蛍光部位としてピレンを有し、かつ前記スペーサがアミド結合を有する、前記式(2)に示すC1-APBであってもよく、この場合、前記特定部位はエンドトキシンの糖鎖部分である。
【0022】
また、前記試料は、精製水製造設備で製造された精製水又は注射用水製造設備で製造された注射用水から採取されることとしてもよい。
【0023】
本開示の精製水製造設備は、原水を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により前記原水から精製水を得る精製水製造部と、前記精製水から前記被験対象の試料を採取する試料採取部と、前記エンドトキシン検出装置と、を備える。
【0024】
本開示の注射用水製造設備は、原水を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により前記原水から精製水を得る精製水製造部と、前記精製水をろ過する高分子膜ろ過装置又は前記精製水を蒸留する蒸留器により前記精製水から注射用水を得る注射用水製造部と、前記注射用水を加熱した状態で維持して貯留する注射用水タンクと、前記注射用水タンクに備えられている前記注射用水を所定の使用場所へ送出する送出ラインと、前記注射用水から前記被験対象の試料を採取する試料採取部と、前記エンドトキシン検出装置と、を備える。なお、前記試料採取部は、前記注射用水製造部より下流側でかつ前記注射用水タンクより上流側において、前記注射用水タンクから直接、又は、前記送出ラインから、前記試料を採取することが望ましい。
【0025】
本開示の精製水製造設備は、原水を逆浸透ろ過及びイオン交換のうちの少なくとも一方により処理して精製水を得て、前記精製水から採取された前記被験対象の試料を、前記エンドトキシン検出方法に供することを特徴とする。
【0026】
本開示の注射用水製造方法は、原水を逆浸透ろ過及びイオン交換のうちの少なくとも一方により処理して精製水を得て、前記精製水の高分子膜ろ過によるろ過により、又は、前記精製水の蒸留により、前記精製水から注射用水を得て、前記注射用水から採取された前記被験対象の試料を、前記エンドトキシン検出方法に供することを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
上述のとおり、本発明により、リムルス試験によらず、また、電気化学的な方法によらずに、簡便かつ迅速(たとえば、1回の検出につき30分以内)に、かつ低濃度でも安定して定量可能なエンドトキシンの検出方法及びその検出装置、精製水製造設備及び注射用水製造設備、並びに精製水製造方法及び注射用水製造方法提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】エンドトキシン検出方法で用いられる蛍光物質の概略構成を模式図で示す。
【
図2】エンドトキシン検出装置の構成を模式図で示す。
【
図4】注射用水製造設備の概略構成を模式図で示す。
【
図5】dpa-HCCにエンドトキシンを加えたときの蛍光スペクトル変化をグラフで示す。
【
図6】dpa-HCCによるエンドトキシンの定量性をグラフで示す。
【
図7】dpa-HCCによるリピドAの定量性をグラフで示す。
【
図8】C1-APBにエンドトキシンを加えたときの蛍光スペクトル変化をグラフで示す。
【
図9】C1-APBによるエンドトキシンの定量性をグラフで示す。
【
図10】FIAを利用したエンドトキシン検出装置によるエンドトキシンの分析結果をグラフで示す。
【
図11】FIAを利用したエンドトキシン検出装置によるエンドトキシンの定量性をグラフで示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、図面は概略図又は模式図であり、実際の寸法比率とは必ずしも一致しない。
【0030】
<エンドトキシン検出方法>
本開示のエンドトキシン検出方法は、蛍光部位と認識部位とがスペーサで連結された構造を有する蛍光物質を用いてエンドトキシンを検出する方法である。蛍光物質における認識部位は、エンドトキシンの分子構造の特定部位を認識する。
【0031】
蛍光物質10は、
図1の模式図に示すような概略構成を有する。すなわち、エンドトキシン50を認識する認識部位40と、発光する蛍光部位20とがスペーサ30で連結されている。認識部位40には化学構造に応じて金属イオンが配位される場合もある。
【0032】
エンドトキシン50は、親水性の部位である糖鎖と、疎水性の部位であるアシル酸とが2分子のグルコサミンを介して結合した構造を有する。グルコサミンにはそれぞれリン酸が結合している(棚本憲一「エンドトキシンと医薬品の品質管理」Bull.Natl.Inst.Health Sci.,126,19-33(2008))。エンドトキシン50のうち、アシル酸が結合したグルコサミンが2個結合した部分はリピドAと称され、エンドトキシン50の生物活性の多くはこの部分に由来する。
【0033】
認識部位40は、その分子構造に応じて、エンドトキシン50の特定部位を認識する。換言すると、認識部位40は、エンドトキシン50の所定の部位又は官能基と物理的又は化学的に相互作用する官能基であり、より好ましくは、エンドトキシン50の特定の部位と特異的に相互作用する官能基のうち、認識した場合にその情報(以下、「認識情報」とする。)を蛍光部位20に伝達することができるものである。ここでいう認識情報とは、たとえば、認識部位40の化学構造内部における電子の配位状態の変化である。
【0034】
また、認識部位40が金属錯体を形成し得る化学構造の場合、認識部位40を構成する官能基と、エンドトキシンの所定の部位又は官能基と物理的又は化学的に相互作用する錯体を形成し得る金属イオンを添加することが望ましい。後述する蛍光部位20の発光及び消光の機構が光誘起電子移動(Photo-induced Electron Transfer、PET)に依存する場合、この金属イオンとしてd軌道が閉殻でない遷移金属イオン(たとえば、銅イオン(Cu2+)、ニッケルイオン(Ni2+)又はコバルトイオン(Co2+))を認識部位40に配位させることが望ましい。そうすることで、エンドトキシン50が存在しない場合に蛍光部位が消光するため、S/N比とともに検出感度を高めることができる。
【0035】
また、錯体が配位すると蛍光部位20の発光量が著しく増加するので、発光量の減少としてエンドトキシンを検出可能な場合もある。このような金属イオンとしては、たとえば、亜鉛イオン(Zn2+)、カドミウムイオン(Cd2+)がある。
【0036】
たとえば、下記式(3)に示すジピコリルアミノ基に金属イオン(Mn+:ただしnは自然数)が配位された化学構造が認識部位40となる場合であって、この金属イオンが銅イオン、ニッケルイオン又はコバルトイオン、亜鉛イオン、カドミウムイオンであるとき、この認識部位40は、エンドトキシン50のグルコサミンに結合したリン酸を認識する。
【0037】
【0038】
また、下記式(4)に示すフェニルボロン酸が認識部位40となる場合、この認識部位40は、エンドキシンの糖鎖を認識する。
【0039】
【0040】
この他、認識部位40となり得る化学構造は、たとえば、イミノ二酢酸及びグアニジノ基がある。
【0041】
認識部位40は、特定部位を認識すると、化学構造内で電子の配位状態が変化する。この電子の配位状態の変化が、認識情報として後述する蛍光部位20に伝達される。認識情報が伝達された蛍光部位20では電子の配位状態が変化することで、蛍光部位20の発光強度を変化(増大又は減衰)させ、これにより認識部位40が特定部位を認識していることが可視化される。
【0042】
蛍光部位20は、発光する性質の物質であって、認識部位40における認識情報を受け取ることで発光特性が変化するものである。ここで、「発光」とは、蛍光又は燐光が発生することをいう。なお、大きい光量を得ることでエンドトキシンの検出感度をよくする観点からは、蛍光の発生がより好ましい。このような物質としては、共役多重結合を有するものが好ましく、構造の一部は環状であることが好ましい。なお、共役多重結合の部位には炭素原子以外の物質が含まれる複素化合物でもよい。たとえば、下記式(5)に示すクマリン、下記式(6)に示すビフェニル、下記式(7)に示すピレン、下記式(8)に示すスチルベン及び下記式(9)に示すアントラセン並びにこれらの誘導体、有機エレクトロルミネセンス用色素、並びに蛍光蛋白質が蛍光部位20として利用可能である。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
蛍光部位20として利用可能なクマリン誘導体としては、クマリン1、クマリン6、クマリン7、クマリン30、7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸及び8-(2,2’-ジピコリルアミノメチル)-7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸等が挙げられるが、7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸が最も好ましい。
【0049】
蛍光部位20として利用可能なビフェニル誘導体としては、4-ビフェニルカルボン酸、2-(4’-t-ブチルフェニル)-5-(4’-ビフェニル)1,3,4-オキサジアゾール、2,5-ビス-(2-(4-ビフェニル)エテニル)ピラジン及び4,4’-ビス(2,2-ジフェニルビニル)ビフェニル等が挙げられるが、検出感度の面から、4-ビフェニルカルボン酸が最も好ましい。
【0050】
蛍光部位20として利用可能なピレン誘導体としては、アルキニルピレンが挙げられるが、検出感度の面から、上記式(7)に示すピレンが最も好ましい。
【0051】
蛍光部位20として利用可能なスチルベン誘導体としては、1,1,4,4-テトラフェニル-1,3-ブタジエン、4,4’-ビス(2,2-ジフェニルビニル)ビフェニル及びシアノスチルベン等が挙げられるが、検出感度の面から、上記式(8)に示すスチルベンが最も好ましい。
【0052】
蛍光部位20として利用可能なアントラセン誘導体としては、10-[2-(9アントラセニル)エチル]フェノキサジン、10-[2-(9-アントラセニル)エチル]フェノチアジン及び2-(9-アントラセニル)エチルジフェニルアミン等が挙げられるが、検出感度の面から、上記式(9)に示すアントラセンが最も好ましい。
【0053】
蛍光部位20として利用可能な蛍光蛋白質としては、GFP(Green Fluorescent Protein)、BFP(Blue Fluorescent Protein)、CFP(Cyan Fluorescent Protein)、EGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)、EYFP(Enhanced Yellow Fluorescent Protein)及びPA-GFP(Photoactivatable Green Fluorescent Protein)等が挙げられるが、GFPが最も好ましい。
【0054】
スペーサ30とは、蛍光部位20と認識部位40との結合を仲介する物質である。より好ましくは、認識部位40から蛍光部位20への認識情報の受け渡しが効率的に行われる大きさ及び構造を有する物質である。具体的には、炭素数1~10のアルキル直鎖若しくはこのようなアルキル直鎖の途中に炭素以外の原子(たとえば、酸素、窒素又は硫黄)が介在したもの、又はこれらに側鎖が結合した誘導体が望ましい。ただし、認識部位40から蛍光部位20までを連結する直鎖の化学結合は単結合のみであることが望ましい。
【0055】
蛍光部位20は疎水性を示す場合が多く、認識部位40は親水性を示す場合が多い。したがって、たとえば、スペーサ30の種類を適切なものにして、蛍光物質10に十分な親水性を持たせることにより蛍光物質10が水溶性を持つこととなり、たとえば有機溶媒等に溶かして使用する等の必要がなく、検出精度を高くすることが可能である。スペーサ30の種類を適切なものにする方法としては、たとえば、スペーサ30の炭素数を調整したり、水溶性の側鎖を導入したり、窒素等の元素を導入する方法が考えられる。なお、同様の調整を、蛍光部位20や認識部位40に対して行うことも可能である。
【0056】
具体的な蛍光物質の例としては、前記式(3)に示す、金属イオンが配位されたジピコリルアミノ基と、前記式(5)に示すクマリンの誘導体である7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸とが、炭素数1のスペーサを介して結合された、前記式(1)に示すdpa-HCCが挙げられる。
【0057】
dpa-HCCの蛍光部位20である7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸は、単体では、たとえば396nmの励起波長に対し、448nmに蛍光強度のピークを示す。この7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸にスペーサ30(-CH2-)を介してジピコリルアミノ基が結合されたdpa-HCCでは、ジピコリルアミノ基の分岐窒素原子の非共有電子対が電子供与部として蛍光部位へPETにより移動し、蛍光が一部抑制されている。さらにこのdpa-HCCに、前記化学式3に示す金属イオンとして銅イオン、ニッケルイオン又はコバルトイオン(以下、「銅イオン等」とする。)が配位されると、蛍光部位20である7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸から、銅イオン等の空いたd軌道へ電子が流れ込むLMCT(Ligand to Metal Charge Transfer)によって蛍光が減衰した状態となる。
【0058】
ところが、エンドトキシン50の存在下では、dpa-HCCは、減衰していた蛍光が復活する。つまり、ジピコリルアミノ基に配位している銅イオン等にエンドトキシン50のリン酸基が配位すると、銅イオン等とdpa-HCCとの化学結合が弱められることで、減衰していた7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸の蛍光が復活するものと考えられる。すなわち、蛍光物質10としてのdpa-HCCの認識部位40が認識する特定部位は、エンドトキシン50のリン酸基である。
【0059】
具体的な蛍光物質の別の例としては、前記式(4)に示すフェニルボロン酸と、前記式(7)に示すピレンとが、スペーサ30としてのアミド結合で連結された、前記式(2)に示すC1-APBが挙げられる。
【0060】
このC1-APBは、エンドトキシン50のない状態では、蛍光部位20であるピレンから、フェニルボロン酸へ電子が流れ込むPETによって蛍光が減衰した状態となる。一方、エンドトキシン50がある状態では、C1-APBは蛍光を発する。つまり、フェニルボロン酸とエンドトキシン50の糖鎖部分に存在するヒドロキシル基との相互作用によって、フェニルボロン酸の電子受容性が減少し、減衰していたピレンの蛍光が復活するものと考えられる。すなわち、蛍光物質10としてのC1-APBの認識部位40が認識する特定部位は、エンドトキシン50の糖鎖部分である。
【0061】
なお、本開示のエンドトキシン検出方法では、異なる特定部位を認識する認識部位40を有する複数の蛍光物質10を用いてもよい。これにより、エンドトキシンの多点認識が可能となり、より特異性及び検出感度が増す。たとえば、上述のdpa-HCCとC1-APBとを混合したものを蛍光試薬として試料に添加し、蛍光強度を2波長で検出することができる。さらに、複数の認識部位40を持つ蛍光物質10、もしくは、複数の蛍光部位20を持つ蛍光物質10を用いても、同様の効果が得られる。この場合、スペーサ30として、側鎖を持ったものを用いたり、スペーサ30を複数使用すればよい。
【0062】
<エンドトキシン検出装置>
図2は、本開示のエンドトキシン検出装置100の一例を模式図で示すものである。本開示のエンドトキシン検出装置100は、被験対象の試料960が導入される試料導入部200と、上述の蛍光物質10を前記試料に供給する供給部300と、前記試料960と前記蛍光物質10とが反応する反応部400と、前記反応を被った前記蛍光物質10の蛍光を検出する検出部500と、を備える。本例のエンドトキシン検出装置100はフローインジェクション分析法(FIA、Flow Injection Analysis)を利用して構成されている。
【0063】
試料導入部200は、試料960を搬送する液体としてのキャリアを貯留するキャリア貯留槽210と、キャリアを送液するキャリア送液ポンプ220と、キャリアが流動するキャリア送液路230と、キャリア送液路230に試料960が導入される試料導入部240とを備えている。キャリアは、試料960を搬送することのできる液体であれば特に限定はなく、試料960及び蛍光物質10の性状に応じて、たとえば純水又は各種緩衝液を適宜使用することができる。試料960は、エンドトキシン50を含有しているかどうかが検証される被験対象の液体であり、たとえば、注射剤、輸液、透析液などの溶媒となる精製水又は注射用水等の液体製品や、血液、唾液、尿等の生体液又はその希釈液等が試料960となり得る。試料導入部240には、上記した液体製品の製造ライン(特に、精製水製造設備や注射用水製造設備)に設けられた試料採取部700から採取された試料960が直接、連続的に導入されることが望ましいが、測定の都度、採取された試料960が試料導入部240から導入されることとしてもよい。
【0064】
供給部300は、蛍光物質10を含有する試薬溶液を貯留する試薬貯留槽310と、試薬を送液する試薬送液ポンプ320と、試薬が流動する試薬送液路330と、キャリア送液路230に合流する混合部340とを備えている。混合部340では、蛍光物質10が試薬溶液として試料960に供給され、そして混合される。蛍光物質10は、上述のように、蛍光部位20と、エンドトキシン50の分子構造の特定部位51を認識する認識部位40とがスペーサ30で連結された構造を有している。蛍光部位20、認識部位40及びスペーサ30の意義については上述したとおりである。
【0065】
反応部400では、試料960にエンドトキシン50が含有されている場合、試薬中の蛍光物質10とエンドトキシン50との反応が発生し、蛍光物質10から発光が生ずる。反応部400としては、一般の検出システムで採用される反応コイルが用いられるが、単純なキャピラリ管を反応部400としてもよい。
【0066】
検出部500では、上述の反応を被った蛍光物質10の発光が光学的に検出される。検出部500としては、一般の発光検出器を使用可能である。
【0067】
なお、本開示のエンドトキシン検出装置100は、上述のFIAを利用した構成に限定されず、たとえば、CFA(連続流れ分析法)、SIA(逐次注入分析法)、r-FIA(リバースフローインジェクション分析法)を含めたFCA(液体流れ分析法)を利用した構成でも実現可能である。
【0068】
本開示のエンドトキシン検出装置100においては、そして、蛍光物質10として、特定部位51としてのリン酸基と反応するdpa-HCC(前記式(1))、又は、特定部位51としての糖鎖部分と反応するC1-APB(前記式(2)))を用いることが望ましい。
【0069】
<精製水製造設備>
図3は、本開示の精製水製造設備600の一例の概略構成を模式図で示すものである。本開示の精製水製造設備600は、原水900から精製水920を得る精製水製造部610と、精製水920から被験対象の試料960を採取する試料採取部700と、前記のエンドトキシン検出装置100と、を備える。
【0070】
精製水製造部610は、たとえば、原水900を逆浸透ろ過する逆浸透膜装置、及び、原水をイオン交換するイオン交換装置のうちの少なくとも一方により、原水900から不純物を除去して、精製水920を製造する設備である。イオン交換装置には、たとえば、電気式脱塩装置や、混床式イオン交換樹脂装置を用いることができる。
【0071】
試料採取部700は、精製水製造部610の下流側で、精製水920の搬送ラインの途中に設けられる。試料採取部700により採取された精製水920は、被験対象の試料960として、前記した試料導入部240(
図2参照)からエンドトキシン検出装置100に導入される。エンドトキシン検出装置100の詳細は上述のとおりである。これにより、精製水920から採取された被験対象の試料960が、上述のエンドトキシン検出方法に供されることになる。
【0072】
上記の構成により、本開示の精製水製造設備600では、製造された精製水920から随時試料960を採取して、エンドトキシン検出装置100によりリアルタイムでエンドトキシン50を検出することが可能となる。そして、エンドトキシン50の濃度が所定の基準値を超えた場合には、たとえば即時に精製水製造設備600を停止して、部品交換又は修理等の適切な処置を講じることができる。
【0073】
<注射用水製造設備>
図4は、本開示の注射用水製造設備800の一例の概略構成を模式図で示すものである。本開示の注射用水製造設備800は、原水900から精製水920を得る精製水製造部610と、精製水920から注射用水940を得る注射用水製造部810と、注射用水940を加熱した状態で維持して貯留する注射用水タンク820と、注射用水タンク820に備えられている注射用水940を所定の使用場所850へ送出する送出ライン830と、注射用水940から被験対象の試料960を採取する試料採取部700と、前記のエンドトキシン検出装置100と、を備える。
【0074】
精製水製造部610については、前記の精製水製造設備600で説明したとおりである。
【0075】
注射用水製造部810では、高分子膜ろ過装置(好ましくは限外ろ過膜装置)により、精製水920をろ過することでエンドトキシン50等の不純物を高度に除去して、注射用水940が製造される。なお、高分子膜ろ過装置の代わりに、蒸留器を用いてもよい。
【0076】
なお、この精製水製造部610にエンドトキシン検出装置100が設けられており精製水920のエンドトキシン濃度が分かっている場合、それに合わせて注射用水製造部810の運転条件を調整してもよい。たとえば、精製水920のエンドトキシン濃度が十分に低いと分かっている場合は、そのぶんだけエンドトキシン除去能力を下げて高分子膜ろ過装置の透過水量を上げ、注射用水940の生産量を増やしてもよい。
【0077】
注射用水タンク820には、たとえば熱交換器のような加熱装置が装着され、注射用水940中の細菌等の増殖を防ぎ、清潔な状態を保つために、たとえば60℃以上、望ましくは70℃以上の温度状態が維持される。なお、この温度状態を維持しつつ、注射用水940の滞留を防ぐために、循環配管を用いてこの注射用水タンク820を構成することが望ましい。
【0078】
送出ライン830は、随時、又は必要に応じて、注射用水タンク820に貯留されている注射用水940を、所定の使用場所850へ送出する。ここでいう所定の使用場所850とは、たとえば、注射用水940の梱包設備、又は、注射液の製造設備等、注射用水940の用途に応じた様々な設備が想定される。
【0079】
試料採取部700は、注射用水製造設備800において、注射用水製造部810の下流側の所定の箇所に設けられる。試料採取部700により採取された精製水920は、被験対象の試料960として、前記した試料導入部240(
図2参照)からエンドトキシン検出装置100に導入される。エンドトキシン検出装置100の詳細は上述のとおりである。試料採取部700が設けられる箇所としては、
図4に示すように、注射用水製造部810より下流側でかつ注射用水タンク820より上流側か、注射用水タンク820に直接(たとえば、循環配管の途中)か、又は送出ライン830の途中かの、いずれに設けてもよい。いずれの場合も、注射用水940から採取された被験対象の試料960が、上述のエンドトキシン検出方法に供されることになる。
【0080】
試料採取部700を注射用水製造部810より下流側でかつ注射用水タンク820より上流側に設ける場合、注射用水製造部810で製造された直後の注射用水940のエンドトキシン濃度が、たとえば日本薬局方に記載の基準(0.25EU/mL)を満たしているかどうかを、実質的に常時確認することができる。そして、万一この基準を満たしていない場合は、すぐに下流への注射用水940の供給を止めることで、その時点で下流の注射用水タンク820に貯留されている基準を満たした状態の注射用水940へのコンタミネーションを防ぐことができる。なお、実質的に常時とは、たとえば、繰り返し測定時間を30分以内、好ましくは10分以内とする測定をいう。下流側の装置の保有水量及び装置の造水量を考慮すると、これらの頻度で測定を繰り返すことにより、トラブルによる水質悪化によるコンタミネーションにより、注射用水の製造を止めることなく運転できる。
【0081】
試料採取部700を注射用水タンク820に直接設ける場合、循環貯留されている注射用水940が上記基準を満たしているかどうかを実質的に常時モニターすることができる。そして、たとえば上記基準を満たしていることが確認されているときのみ注射用水940を送出ライン830に供給し、万一上記基準を満たしていないときは図示していない返送ラインを用いて注射用水940を注射用水製造部810の上流側に戻し、注射用水製造部810で再処理するようにしてもよい。
【0082】
本発明のエンドトキシン検出装置100は十分な測定精度があるため、実質的に常時モニターすることにより、前段の装置の不具合だけでなく、不具合の予兆も確認できる。たとえば、製造される注射用水940のエンドトキシン測定値が、エンドトキシンの基準値を満たすものの、わずかな上昇傾向を示した場合、これは前段の装置の性能悪化の予兆であることも多く、これをそのまま放置すると、製造される注射用水940がエンドトキシンの基準値を満たさなくなる場合もある。すなわち、注射用水製造装置の不具合を事前に検出する事で、トラブルを回避することが可能である。たとえば、前段の装置の運転条件を変更したり、メンテナンスを行うことにより対応可能である。
【0083】
試料採取部700を送出ライン830に設ける場合、実際に使用される時点での注射用水940のエンドトキシン濃度を直接モニターすることができる。また、たとえば、使用場所850の直前にタンクを設置し、タンク内に注射用水を貯留して、これを使用場所850に供給し、タンクが空になったら再度注射用水を貯留するというバッチ式の使用も考えられる。そして、タンク内の注射用水のエンドトキシン濃度をエンドトキシン検出装置100で各バッチ毎に確認することで、エンドトキシン濃度が管理基準を満たす注射用水の使用を保障することができる。
【0084】
以上述べた、3箇所はいずれも試料採取部700を設置する利点がありいずれも好ましい設置箇所であるが、注射用水940のエンドトキシン50汚染を最も早期に検出できる点で、注射用水製造部810より下流側でかつ注射用水タンク820より上流側に設けるのが最も好ましい。また、可能であれば3箇所のうち2箇所以上に試料採取部700を設置することとしてもよい。
【0085】
上記の構成により、本開示の注射用水製造設備800では、製造された注射用水940から随時試料960を採取して、エンドトキシン検出装置100によりリアルタイムでエンドトキシン50を検出することが可能となる。そして、エンドトキシン50の濃度が所定の基準値を超えた場合には、即時に注射用水製造設備800を停止して、部品交換又は修理等の適切な処置を講じることができる。これにより、要求水質の注射用水940を安定的に製造できるようになる。
【0086】
また、本開示の注射用水製造設備800では、試料960となる注射用水940の不純物濃度は十分に小さくなっており、他の不純物による影響が最小限にすることができるため、特にエンドトキシン濃度を精度よく測定することができる。また、試料960となる注射用水940の粘性は十分に低いため、特にキャリア溶液等で希釈する必要がなく、エンドトキシン検出装置100へ直接送液することができる。これにより、キャリア溶液が不要となり、試料960を不必要にキャリアで希釈することがなくなるという利点もある。
【0087】
なお、試料採取部700を、注射用水タンク820に直接、又は、送出ライン830に設置する場合、試料960は加熱された状態で採取されることになる。このような高温の試料960は、エンドトキシン検出装置100に供給される前に、熱交換器等で常温に冷却することが好ましい。
【実施例0088】
(1)dpa-HCCによるエンドトキシンの測定
dpa-HCCを用いてエンドトキシンの測定を試みた。実験方法は以下のとおりとした。
【0089】
測定サンプルとして、下記表1に示す組成のサンプル1及びサンプル2を、10mLメスフラスコで調製した。
【0090】
【0091】
上記サンプル1及びサンプル2を、光路長1cmの石英セルに取り、蛍光分光光度計で蛍光スペクトルを測定した。測定条件は以下のとおりとした。
励起波長:358nm
開始波長:380nm
終了波長:600nm
【0092】
本測定条件により、いずれのサンプルの測定も5分以内に終えることができた。
【0093】
上記サンプル1(実線)及びサンプル2(破線)の蛍光スペクトルは、
図5に示すとおりである。
図5の縦軸は蛍光強度を、横軸は波長(nm)をそれぞれ示す。サンプル1及びサンプル2はいずれも波長443nmで蛍光強度のピークを示した。そして、エンドトキシン(図中ではETと表す。以降の図でも同様。)が添加されたサンプル2(破線)では、エンドトキシンが添加されていないサンプル1(実線)の約1.6倍の蛍光強度を示した。以上により、エンドトキシンは、銅イオンが配位されたdpa-HCCの蛍光を増強することが示された。なお、dpa-HCCの蛍光部位である、7-ヒドロキシクマリン-3-カルボン酸は、単体では、たとえば396nmの励起波長に対し、448nmに蛍光強度のピークを示すが、dpa-HCCを用いてエンドトキシンを測定する場合には、励起波長358nmとして、波長443nmのピークの強度を測定した方が定量性等が良好であった。
【0094】
図6は、上記サンプル2の組成において、エンドトキシン濃度を0.01~10EUに変化させた各サンプルの測定結果を示すグラフである。サンプルの調製には、コントロールスタンダードエンドトキシン(富士フィルム和光純薬製293-16541(E.Coli UKTB株由来))を用いた。
図6の横軸はエンドトキシン濃度(EU/mL)の対数を示し、縦軸は蛍光スペクトル変化(エンドトキシンを添加したサンプルの波長443nmの蛍光強度(F)から、エンドトキシンが添加されていないサンプル1の波長443nmの蛍光強度(F
0)を差し引いた値)の対数を示す。このグラフから、波長443nmの蛍光強度の対数は、エンドトキシン濃度の対数と強い正の相関関係があることが推認される。よって、銅イオンが配位されたdpa-HCCによって、0.01~10EUという低濃度のエンドトキシンが測定し得ると考えられた。
【0095】
なお、
図7は、エンドトキシンに変えてリピドAの濃度を0.01~10EUに変化させた各サンプルの測定結果を示すグラフである。
図7の横軸及び縦軸については
図6と同様である。ここで、一般的に10pMのエンドトキシンの力価は1EU/mLに相当するため、同様に10pMのリピドAを1EU/mLと換算している。このグラフから、波長443nmの蛍光強度の対数は、リピドA濃度の対数と強い正の相関関係があることが推認される。以上、
図6のエンドトキシンを測定したグラフが、エンドトキシンの生物活性の中心と考えられるリピドAのグラフとほぼ同様の挙動を示したことから、
図6のエンドトキシンの測定は、銅イオンが配位されたdpa-HCCによってエンドトキシンのグルコサミンに結合するリン酸基の認識に依存していることが推察された。
【0096】
なお、上記と同様の手順で、エンドトキシンの代わりに各種リン酸アニオンを添加し、蛍光スペクトル変化を測定した結果を下記表2に示す。なお、エンドトキシン濃度は1.3nM、その他のリン酸アニオン濃度は1.0mMとした。ここで、一般的に100pgのエンドトキシンの力価は1EUに相当するため、100EU/mLを1nMと換算している。
【0097】
【0098】
以上の結果より、銅イオンが配位されたdpa-HCCは、同じリン酸化合物でもエンドトキシンに対する選択性が最も高く、エンドトキシンの生物活性中心であるリピドAを認識することが推測された。
【0099】
(2)C1-APBによるエンドトキシンの測定
C1-APBを用いてエンドトキシンの測定を試みた。実験方法は以下のとおりとした。
【0100】
測定サンプルとして、下記表3に示す組成のサンプル3及びサンプル4を、10mLメスフラスコで調製した。
【0101】
【0102】
上記サンプル3及びサンプル4を、光路長1cmの石英セルに取り、蛍光分光光度計で蛍光スペクトルを測定した。測定条件は以下のとおりとした。
励起波長:328nm
開始波長:350nm
終了波長:500nm
【0103】
本測定条件により、いずれのサンプルの測定も5分以内に終えることができた。
【0104】
上記サンプル3及びサンプル4の蛍光スペクトルは、
図8に示すとおりである。
図8の縦軸は蛍光強度を、横軸は波長(nm)をそれぞれ示す。サンプル3及びサンプル4はいずれも波長376nm及び396nmで蛍光強度のピークを示した。そして、エンドトキシンが添加されたサンプル4(実線)では、エンドトキシンが添加されていないサンプル3(点線)の約3倍の蛍光強度を示した。以上により、エンドトキシンは、C1-APBの蛍光を増強することが示された。
【0105】
図9は、上記サンプル4の組成において、エンドトキシン濃度を0.01~10EUに変化させた各サンプルの測定結果を示すグラフである。
図9の横軸はエンドトキシン濃度(EU/mL)の対数を示し、縦軸は蛍光スペクトル変化(エンドトキシンを添加したサンプルの波長376nmの蛍光強度(F)から、エンドトキシンが添加されていないサンプル3の波長376nmの蛍光強度(F
0)を差し引いた値)の対数を示す。このグラフから、波長376nmの蛍光強度の対数は、エンドトキシン濃度の対数と強い正の相関関係があることが推認される。よって、C1-APBによって、0.01~10EUという低濃度のエンドトキシンが測定し得ると考えられた。
【0106】
C1-APBがエンドトキシンの糖鎖を特異的に認識することを確かめるために、エンドトキシンの代わりに各種糖を添加し、蛍光スペクトル変化を測定した結果を下記表4に示す。なお、エンドトキシン濃度は1.3nM、その他の糖濃度は30mMとした。ここで、一般的に100pgのエンドトキシンの力価は1EUに相当するため、100EU/mLを1nMと換算している。
【0107】
【0108】
以上より、C1-APBは、同じ糖化合物でもエンドトキシンに対する選択性が最も高いことが推測された。
【0109】
(5)FIAによるエンドトキシンの定量性
前記
図2に示すような、FIAを利用したエンドトキシン検出装置によるエンドトキシンの定量性を検証した。具体的な検証方法は以下のとおりである。
【0110】
キャリアには超純水を使用した。蛍光物質としてはdpa-HCCを使用し、試薬は以下の組成で調製したのち、pHを7.4に調整した。
dpa-HCC:0.02mM
NaNO3:200mM
HEPES:10mM
Cu(NO3)2:0.02mM
【0111】
被験対象としてのエンドトキシンを含有する試料として、標準エンドトキシンを、0.2EU/mL、2EU/mL、20EU/mL及び200EU/mLに希釈した水溶液を調整した。この試料を、試料導入部よりシリンジでキャリアへ添加した。
【0112】
測定条件は以下のとおりとした。
キャリア流速:0.5mL/min
試薬流速:0.5mL/min
励起波長:358nm
蛍光波長:443nm
【0113】
その測定結果を
図10に示す。
図10の縦軸は蛍光強度を、横軸は試料添加後の時間(s)をそれぞれ示す。いずれのエンドトキシン濃度の試料でも、試料の添加から40秒で蛍光強度がピークとなった。この結果から、FIAを利用したエンドトキシン検出装置によって、経時的なエンドトキシン濃度の測定が可能となることが推察される。
【0114】
また、
図10に示すこのピーク時において、エンドトキシン濃度と蛍光スペクトル変化との関係をプロットした
図11のグラフ(縦軸及び横軸については前記
図6及び
図7と同様)に示すように、エンドトキシン濃度の対数と、蛍光強度との間には強い正の相関関係があることが推認される。以上の結論として、FIAを利用したエンドトキシン検出装置によってエンドトキシンの経時的な定量的測定が可能となることが推察された。また、試料1サンプルを3分以内と迅速にオンラインで測ることが可能となった。すなわち、本実施例で用いたエンドトキシン濃度0.2EU/mL~200EU/mLの試料は、本実施例で選択した測定条件によって測定可能であることが確認できた。
【0115】
本開示のエンドトキシン検出方法によれば、試料等の性状に応じて、励起波長、蛍光波長、蛍光物質量、反応時間等の測定条件を適切に選択することで、注射用水のエンドトキシンの管理基準である0.25EU/mL未満を予防的に管理するのに十分な濃度である0.01EU/mL~10EU/mLを定量可能になる。また、0.01EU/mL以上のエンドトキシン濃度を、5分以内、条件次第では3分以内で測定することが可能になる。
【0116】
また、エンドトキシン検出装置の試料導入部の直前に、たとえば試料濃縮装置を必要に応じて設置して、目的の倍率に濃縮させてから試料を導入させてもよい。こうすることで、エンドトキシンがより低濃度である試料を評価できるようになる。試料濃縮装置としては、たとえば、限外ろ過膜装置(UF)や逆浸透膜装置(RO)を用いることができる。