(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022115448
(43)【公開日】2022-08-09
(54)【発明の名称】がん幹細胞様細胞の分画方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/095 20100101AFI20220802BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220802BHJP
C07K 16/18 20060101ALI20220802BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20220802BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20220802BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220802BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20220802BHJP
A61K 47/68 20170101ALI20220802BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220802BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220802BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220802BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20220802BHJP
【FI】
C12N5/095 ZNA
C12Q1/02
C07K16/18
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
A61P35/00
A61K39/395 T
A61K39/395 E
A61K47/68
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N15/09 Z
C12N15/113 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021012049
(22)【出願日】2021-01-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、次世代がん医療創生研究事業「臨床検体由来がんモデルの1細胞解析による新規治療標的因子の同定」産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】後藤 典子
(72)【発明者】
【氏名】西村 建徳
(72)【発明者】
【氏名】李 梦嬌
(72)【発明者】
【氏名】岡本 康司
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
4C076
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045CB02
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
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4B063QQ52
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4B063QR35
4B063QR48
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4C076AA95
4C076CC27
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4C085AA13
4C085AA14
4C085AA26
4C085EE01
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA50
4H045CA40
4H045DA75
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】がんの転移・再発を防ぎ、根治するための、がん幹細胞様細胞を標的とする新規な治療方法の提供。
【解決手段】がん細胞を有する細胞集団から、ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現に基づいてがん幹細胞様細胞を取得し、取得されたがん幹細胞様細胞について、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現を検出し、FXYD3の発現が高い休眠性がん幹細胞様細胞と、FXYD3の発現が低い増殖性がん幹細胞様細胞とに分画する方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん幹細胞様細胞の分画方法であって、
がん細胞を有する細胞集団を個々の細胞に分離し、
ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現と、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現とを検出し、
FXYD3の発現が高い休眠性がん幹細胞様細胞と、FXYD3の発現が低い増殖性がん幹細胞様細胞とに分画する方法。
【請求項2】
がん細胞を有する細胞集団を個々の細胞に分離した後に、
ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現に基づいてがん幹細胞様細胞を取得し、次いで
取得されたがん幹細胞様細胞について、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現を検出する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)を発現し、かつFXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)を高発現することを特徴とする、休眠性がん幹細胞様細胞を含有する細胞集団。
【請求項4】
休眠性がん幹細胞様細胞に対して細胞傷害活性を有する薬剤のスクリーニング方法であって、請求項3記載の細胞集団を候補薬剤と接触させ、該細胞集団に対する該候補薬剤の細胞傷害活性を検出することを含む、上記方法。
【請求項5】
休眠性がん幹細胞様細胞に対する薬剤の有効性を評価する方法であって、請求項3記載の細胞集団を該薬剤と接触させ、該細胞集団に対する該薬剤の細胞傷害活性を検出することを含む、上記方法。
【請求項6】
休眠性がん幹細胞様細胞が、パクリタキセル抵抗性である、請求項4又は5記載の方法。
【請求項7】
休眠性がん幹細胞様細胞に対する細胞傷害活性を有する抗がん剤であって、FXYD3の発現を阻害することを特徴とする、抗がん剤。
【請求項8】
FXYD3タンパク質に対する抗体である、請求項7記載の抗がん剤。
【請求項9】
抗体が細胞傷害性薬剤との複合体である、請求項8記載の抗がん剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん幹細胞様細胞の分画方法に関し、具体的には、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現を指標として、がん幹細胞様細胞を、休眠性の細胞集団と増殖性の細胞集団とに分画する方法に関する。本発明はまた、該本発明の方法によって取得される細胞集団、及びこの細胞集団を用いる薬剤のスクリーニング方法、並びに抗がん剤に関する。
【背景技術】
【0002】
がん組織を構成するがん細胞は、患者によって特性が異なることはよく知られている(inter-tumor heterogeneity)。そして、一人のがん患者においても、がん組織は一様な細胞集団ではなく、異なる遺伝子変異及び/又は異なる特性を有する細胞の集合体であり(intra-tumor heterogeneity)、更に、がん細胞の中に幹細胞様の細胞と非幹細胞様の細胞とが存在し、幹細胞様の細胞から非幹細胞様の細胞が生じることも知られている(intra-clone heterogeneity、非特許文献1及び2)。
【0003】
がんの治療において、近年では分子標的治療という考え方が広がってきている。例えば、成人女性に多くみられる乳がんは、現在では細胞表面又は核内の受容体の有無等に基づいて、いくつかのサブタイプに分類され、それによって治療の選択も異なるようになってきている。このうち、HER2(Human epidermal growth factor receptor 2)陽性の乳がんは、抗HER2抗体であるトラスツズマブ等の投与により、良好な治療効果があることが報告されている。従って、乳がんの治療には、その患者の乳がんのサブタイプによって、外科的手術、放射線治療の他に、ホルモン療法、抗がん剤療法、トラスツズマブ等の抗HER2療法等が選択されている。
【0004】
一方、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)については、甲状腺乳頭がんを診断するためのマーカーの1つ、及び大腸がんのリンパ節転移マーカーの1つであり得ることが報告されている(特許文献1及び2)が、がん幹細胞中での発現については全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5629894号公報
【特許文献2】特開2007-175021号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Tominaga K.等, Oncogene, 36: 1276-1286, 2017
【非特許文献2】Tominaga K.等, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 116: 625-630, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
医学の発展により、早期に発見されたがんでは生存率は非常に高くなってきているが、リンパ節等への転移や、再発の可能性もある。このことは、がん細胞を根絶できていないことを意味する。
【0008】
また、抗がん剤には、正常細胞よりも増殖能が高いがん細胞を標的とするメカニズムに基づくものが多いが、例えば乳がんではサブタイプによってその増殖能力に違いがあり、またがん幹細胞様細胞(cancer stem-like cells、CSCs)自体は増殖能が低いため、増殖能の高い細胞を標的とする療法では効果が十分でない場合があり、その結果再発につながる可能性が高くなる。
【0009】
従って、初発がんの治療だけでなく、がんの転移・再発を防ぎ、根治するためには、がん幹細胞様細胞を標的とし、がん幹細胞様細胞を死滅させる治療を行わなければならない。しかし、このような治療のために有効な治療薬は、現時点ではほとんど得られていない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は先に、ニューロピリン1(NRP1)ががん幹細胞様細胞の機能的細胞膜のマーカーであることを報告している(Tominaga K.等, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 116: 625-630, 2019)。がん幹細胞様細胞を標的とする薬剤は、効果的に抗がん作用を発揮し得るものであり、本発明者等のグループでは既にがん幹細胞様細胞を標的とする抗がん剤について開示している(特許第6778848号)。
【0011】
本発明者等は更に、がん幹細胞様細胞の中にも異なる特性を有する細胞が存在し得るとの仮説を立て、がん患者から単離された腫瘍組織を小さな組織片にし、更に単細胞に分離して、がん幹細胞様細胞の集団について、一細胞レベルで解析を行った。
【0012】
その結果、NRP1陽性、又はNRP1と同様にがん幹細胞様細胞のマーカーとなり得るインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)陽性の細胞において、特性の異なる複数の細胞集団が存在することを見出し、その知見に基づいて本発明に到った。
【0013】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1. がん幹細胞様細胞の分画方法であって、
がん細胞を有する細胞集団を個々の細胞に分離し、
ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現と、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現とを検出し、
FXYD3の発現が高い休眠性がん幹細胞様細胞と、FXYD3の発現が低い増殖性がん幹細胞様細胞とに分画する方法。
2. がん細胞を有する細胞集団を個々の細胞に分離した後に、
ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現に基づいてがん幹細胞様細胞を取得し、次いで
取得されたがん幹細胞様細胞について、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現を検出する、上記1記載の方法。
3. ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)を発現し、かつFXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)を高発現することを特徴とする、休眠性がん幹細胞様細胞を含有する細胞集団。
4. 休眠性がん幹細胞様細胞に対して細胞傷害活性を有する薬剤のスクリーニング方法であって、上記3記載の細胞集団を候補薬剤と接触させ、該細胞集団に対する該候補薬剤の細胞傷害活性を検出することを含む、上記方法。
5. 休眠性がん幹細胞様細胞に対する薬剤の有効性を評価する方法であって、上記3記載の細胞集団を該薬剤と接触させ、該細胞集団に対する該薬剤の細胞傷害活性を検出することを含む、上記方法。
6. 休眠性がん幹細胞様細胞が、パクリタキセル抵抗性である、上記4又は5記載の方法。
7. 休眠性がん幹細胞様細胞に対する細胞傷害活性を有する抗がん剤であって、FXYD3の発現を阻害することを特徴とする、抗がん剤。
8. FXYD3タンパク質に対する抗体である、上記7記載の抗がん剤。
9. 抗体が細胞傷害性薬剤との複合体である、上記8記載の抗がん剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、がん幹細胞様細胞を、更に増殖能が異なる細胞集団に分画することができる。増殖能がより低い休眠性のがん幹細胞様細胞を標的とすることで、これまでの抗がん剤では困難であったがん細胞の根治を可能とする薬剤の提供が可能となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図2】FXYD3 mRNAが乳がん幹細胞様細胞で高発現していることを示す。A:NRP1陰性細胞よりもNRP1陽性細胞において、またIGF1R陰性細胞よりもIGF1R陽性細胞において、FXYD3の発現が有意に高い。K66-NPR1:K66細胞のNPR1陽性細胞集団、No68-NPR1:No68細胞のNPR1陽性細胞集団、No68-IGF1R:No68細胞のIGF1R陽性細胞集団。NRP1又はIGF1R陰性細胞における発現を1とした場合の相対発現レベルを示す。***:P<0.05。B:接着培養の細胞よりもスフェア培養の細胞においてFXYD3の発現が有意に高い。接着培養での発現を1とした場合の相対発現レベルを示す。***:P<0.001。
【
図3】FXYD3 蛋白量は、乳がん幹細胞様細胞に多いことを示す。BT20-Ad:BT20細胞の接着培養、BT20-Sp:BT20細胞のスフェア培養、MCF7-Ad:MCF7細胞の接着培養、MCF7-Sp:MCF7細胞のスフェア培養、MM231-Ad:MM231細胞の接着培養、MM231-Sp:MM231細胞のスフェア培養、No68-Ad:No68細胞の接着培養、No68-Sp:No68細胞のスフェア培養におけるIGF1R、NRP1、FXYD3、及びACTBタンパク質の発現をウェスタンブロットの結果で示す。
【
図4】A及びBは、K66細胞(A)及びNo.68細胞(B)において分画したNRP1-、NRP1+FXYD3-、及びNRP1+FXYD3+細胞集団におけるNRP1及びFXYD3のmRNAの発現レベルをそれぞれ示す。*P <0.05, **P <0.01, ***P <0.001, Multiple t-test。C及びDは、K66細胞(C)及びNo.68細胞(D)において分画したNRP1-、NRP1+FXYD3-、及びNRP1+FXYD3+細胞集団におけるMKI67のmRNAの発現レベルをそれぞれ示す。いずれもNRP1-細胞集団における発現を1とした場合の相対発現レベルを示す。***P <0.001, Multiple t-test。
【
図5】HCC38スフィア細胞(A)及びK66細胞(B)から分画されたNRP1-、NRP1+FXYD3-、及びNRP1+FXYD3+細胞集団の増殖能を調べた結果を示す。結果は、4日間の培養後のNRP1-細胞集団の細胞数を1とした場合の相対細胞数で示す。**P <0.01, ***P <0.001, Multiple T-test。
【
図6】HCC38スフィア細胞(A)及びK66細胞(B)から分画されたNRP1-、NRP1+FXYD3-、及びNRP1+FXYD3+細胞集団のパクリタキセル耐性を調べた結果を示す。結果は、それぞれの細胞集団において、パクリタキセル0.0001μM存在下での細胞生存率を100として示す。*P <0.05, **P <0.01, ***P<0.001, Student T-test。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者等は、NRP1及びIGF1Rががん 幹細胞様細胞のマーカーとなり得るとの先の知見に基づいて、がん患者から得た細胞に対してシングルセルRNAシークエンスを行い、その解析結果より、膜タンパク質であるFXYD3の発現の有無によってNRP1陽性のがん幹細胞様細胞群をさらに分画し、休眠状態のがん幹細胞様細胞を濃縮できることを見出した。
【0017】
<がん幹細胞様細胞の分画方法>
従って、本発明は、がん幹細胞様細胞の分画方法であって、
がん細胞を有する細胞集団を個々の細胞に分離し、
ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現と、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現とを検出し、
FXYD3の発現が高い休眠性がん幹細胞様細胞と、FXYD3の発現が低い増殖性がん幹細胞様細胞とに分画する方法を提供する。
【0018】
本発明の方法は、先ず、がん細胞を有する細胞集団を個々の細胞に分離するステップを有する。「がん細胞を有する細胞集団」は、例えば被験者(患者等)由来のがん組織、動物に移植されたがん組織、オルガノイド及びスフェロイド等のin vitroで三次元培養若しくは二次元培養された細胞集団のいずれであっても良く、特に限定するものではない。
がん細胞を含む細胞集団は、物理的に小さな組織片等にした後、コラゲナーゼ等の酵素処理によって個々の細胞まで分離することができる。
【0019】
次いで、分離した細胞のそれぞれについて、ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現と、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現とを検出する。ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現の検出と、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現の検出とは、同時に行っても、別個に行っても良く、特に検出順序は限定されない。
【0020】
例えば、一実施形態では、がん細胞を有する細胞集団を個々の細胞に分離した後に、
ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現に基づいてがん幹細胞様細胞を取得し、次いで
取得されたがん幹細胞様細胞について、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現を検出することができる。
【0021】
NRP1及び/又はIGF1Rについて陽性のがん幹細胞様細胞を取得するステップは、特に限定するものではないが、例えばTominaga K.等, Oncogene, 36: 1276-1286, 2017及びTominaga K.等, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 116: 625-630, 2019に記載の方法を用いて行うことができる。NRP1タンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列は、例えば米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)のデータベースでそれぞれAccession No.:O14786及びGene ID:8829として入手することができる。IGF1Rタンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列は、例えばNCBIのデータベースでそれぞれAccession No.:AAI43722及びGene ID:3480として入手することができる。
【0022】
次いで、上記ステップで得られたがん幹細胞様細胞について、FXYD3の発現を検出する。FXYD3は、FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレータータンパク質のファミリー(FXYD1~FXYD7)に属する膜貫通型のタンパク質であり、Na+-K+ポンプの酸化的阻害(酸化ストレス)に抵抗する機能を有することが知られている。FXYD3タンパク質のアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列は、例えばNCBIのデータベースでそれぞれAccession No.:CAG33226及びGene ID:5349として入手することができる。
【0023】
各細胞におけるFXYD3の発現は、当分野において通常用いられる方法で検出することができ、特に限定するものではないが、例えばRT-PCR、ウェスタンブロット等を用いて検出することができる。タンパク質の発現に基づく細胞集団の分画は、限定するものではないが、例えばタンパク質に対して特異的に結合する抗体とフローサイトメーターを用いたソーティングによって行うことができる。あるいは、例えば固相支持体に固定した抗体に対する結合の有無により、細胞集団を分離することもできる。当業者であれば、本明細書の記載及び当分野における技術常識に基づいて、本発明の方法を実施するための更なる具体的な手段を選択することができる。
【0024】
本発明の方法のこの実施形態について、乳がんの例で
図1に模式的に示す。乳がん患者から取得された乳がん組織中には、乳がん幹細胞様細胞(Breast cancer stem-like cells、BCSCs)と非乳がん幹細胞様細胞(非BCSCs)が混在している。この細胞集団に対してNRP1の発現を指標とした分画を行うと、NRP1陽性(NRP1+)細胞と、NRP1陰性(NRP1-)細胞とに分けることができる。次いで、得られたNRP1陽性(NRP1+)細胞の集団に対してFXYD3の発現を指標とした分画を行うと、NRP1陽性FXYD3陰性(NRP1+FXYD3-)細胞集団と、NRP1陽性FXYD3陽性(NRP1+FXYD3+)細胞集団とに分けることができる。このNRP1陽性FXYD3陰性(NRP1+FXYD3-)細胞集団は、乳がん幹細胞様細胞の中で相対的に増殖能が高い「増殖性」BCSCsに相当し、NRP1陽性FXYD3陽性(NRP1+FXYD3+)細胞集団は、増殖能が非常に低い「休眠性」BCSCsに相当することが見出された。
【0025】
別の実施形態では、がん細胞を有する細胞集団を個々の細胞に分離した後に、
FXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)の発現を検出し、
次いで、ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)の発現を検出することができる。
【0026】
本発明の方法を用い、がん幹細胞様細胞を、FXYD3、NRP1又はIGF1Rの発現が高い細胞(細胞集団)と、FXYD3、NRP1又はIGF1Rの発現が低い細胞(細胞集団)とに分画することができる。本明細書において、FXYD3、NRP1又はIGF1Rの「発現が高い(FXYD3、NRP1又はIGF1R陽性)」及びFXYD3、NRP1又はIGF1Rの「発現が低い(FXYD3、NRP1又はIGF1R陰性)」との表現は、相対的な発現について説明するためのものであり、細胞株によっても発現レベルが異なり得ること、実験系によって結果にばらつきが生じること等を考慮すると、絶対的な発現レベルを用いて記載することは困難である。本発明の方法は、FXYD3、NRP1又はIGF1Rの発現の程度を指標としてがん幹細胞様細胞を更に分画して、抗がん剤等に対して特に耐性を有する細胞集団を濃縮することを目的とするものであって、こうした相対的な表現で十分理解されるべきである。従って、本明細書において、2つの細胞集団において発現を比較する場合に、FXYD3、NRP1又はIGF1Rを「発現する」細胞集団と、「発現しない」細胞集団として記載する場合がある。
【0027】
また、元の細胞集団を、「発現が高い」細胞集団と、「発現が低い」細胞集団のみに分画するのではなく、元の細胞集団のうち、特に発現が高い細胞集団と、特に発現が低い細胞集団と、発現がその中間レベルである第三の細胞集団(又はそれ以上の細胞集団)とに分画することもできる。例えば、細胞集団をフローサイトメトリー等で発現強度に基づいてソーティングして、発現が高い方から5~15%の細胞集団(「陽性細胞」と表現し得る)と、発現が低い方から5~15%の細胞集団(「陰性細胞」と表現し得る)とに分画することができる。
【0028】
また、2つの細胞集団を比較する場合に、例えばMultiple t-test若しくはstudent t-testにより統計的に有意な差がある場合に、「発現が高い細胞集団」と「発現が低い細胞集団」と記載し得る。
【0029】
更に、タンパク質の発現の場合は、ウェスタンブロッティングの結果、バンドの濃いサンプルと薄いサンプルとで「発現が高い」及び「発現が低い」と表現することができる。
【0030】
当業者であれば、本願明細書の記載、並びに当分野における技術常識に基づき、本発明における「発現が高い(陽性、発現する)」及び「発現が低い(陰性、発現しない)」の意図するところを理解するであろう。
【0031】
上記の本発明の方法で分画されたFXYD3の発現が高い細胞は、実施例で実証される通り、増殖能が低く、従って本明細書において「休眠性(quiescent)がん幹細胞様細胞」と記載する。また、上記の本発明の方法で分画されたFXYD3の発現が低い細胞は、休眠性がん幹細胞様細胞と比較して増殖能が高く、従って本明細書において「増殖性(cycling)がん幹細胞様細胞」と記載する。尚、いずれの細胞集団も、がん幹細胞様細胞の亜集団であり、非がん幹細胞様細胞と比較すると増殖能はかなり低いことは理解されるべきである。
【0032】
<FXYD3を発現する細胞集団>
本発明はまた、ニューロピリン1(NRP1)又はインスリン様増殖因子1受容体(IGF1R)を発現し、かつFXYDドメイン含有イオン輸送レギュレーター3(FXYD3)を発現することを特徴とする、休眠性がん幹細胞様細胞を含有する細胞集団を提供する。本発明の細胞集団は、休眠性がん幹細胞様細胞を50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上の比率で含有し得る。細胞集団における休眠性がん幹細胞様細胞の比率は、細胞集団に含まれるがん幹細胞様細胞集団におけるFXYD3の発現を、例えばフローサイトメトリーによって測定することで確認することができる。
【0033】
<薬剤のスクリーニング/評価方法>
本発明は更に、休眠性がん幹細胞様細胞に対して細胞傷害活性を有する薬剤のスクリーニング方法であって、上記本発明細胞集団を候補薬剤と接触させ、該細胞集団に対する該候補薬剤の細胞傷害活性を検出することを含む、上記方法を提供する。
【0034】
上記の方法は、in vitroにおいて、がん幹細胞様細胞に対する細胞傷害活性を有することが期待される薬剤について、休眠性がん幹細胞様細胞に対する活性を検出するものである。候補薬剤は、限定するものではなく、タンパク質、ペプチド、糖類、脂質、抗生物質、合成化合物等であり得る。細胞傷害活性の検出は、特に限定するものではなく、当分野で通常用いられる方法を適宜使用することができる。
【0035】
本発明はまた、休眠性がん幹細胞様細胞に対する薬剤の有効性を評価する方法であって、上記本発明の細胞集団を該薬剤と接触させ、該細胞集団に対する該薬剤の細胞傷害活性を検出することを含む、上記方法を提供する。
【0036】
上記の方法は、スクリーニング方法とは異なり、従来抗がん剤として使用されてきた薬剤、又は上記のスクリーニング方法で効果が確認された薬剤について、休眠性がん幹細胞様細胞に対する薬剤の細胞傷害活性の有無を確認するために評価するものである。
【0037】
上記の通り、本発明の細胞集団は、休眠性のがん幹細胞様集団であることが見出された。従って、この細胞集団を対象とする薬剤のスクリーニング方法及び評価方法は、通常の抗がん剤及び抗がん治療では死滅させることが困難ながん幹細胞様集団に対して有効な薬剤を見出すことを可能とする。
【0038】
一実施形態において、上記の本発明の方法において、休眠性がん幹細胞様細胞は、限定するものではないが、例えばパクリタキセル、オラパリブ、ドキソルビシン等の抗がん剤に対して抵抗性である。すなわち、本発明の方法によって、パクリタキセル、オラパリブ、ドキソルビシン等の抗がん剤抵抗性のがんに対して有効な薬剤を見出すことが可能である。
【0039】
<抗がん剤>
本発明は更に、休眠性がん幹細胞様細胞に対する細胞傷害活性を有する抗がん剤であって、FXYD3の発現を阻害することを特徴とする、抗がん剤を提供する。
【0040】
本発明の抗がん剤が有効であり得るがんは、休眠性がん幹細胞様細胞を有し得るがんであればいずれでも良く、特に限定するものではないが、固形がん、例えば胃がん、肺がん、食道がん、大腸がん、肝臓がん、膵臓がん、乳がん、子宮がん、卵巣がん、前立腺がん、膀胱がん、頭頸部がん、脳腫瘍等であり得る。
【0041】
本発明の抗がん剤は、限定するものではないが、例えばFXYD3に対して、特にFXYD3の細胞外領域に対して特異的に結合し得る抗体又はその抗原結合性断片であり得る。
【0042】
抗原が特定される場合、これに対して特異的に結合し得る抗体は、当業者であれば、当分野における技術常識に基づいて作製することができる。あるいは、抗体は、市販されている抗体を適宜使用することもできる。抗体は、モノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよく、ヒト抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体等のいずれであっても良いが、ヒトに対して投与することが意図される場合は、ヒトに対して投与可能なヒト抗体又はヒト化抗体とすることが好ましい。抗原結合性断片としては、特に限定するものではないが、例えばモノクローナル抗体を使用する場合、Fab、Fab'、F(ab')2断片、また重鎖可変領域(VH)及び軽鎖可変領域(VL)をリンカーで連結した一本鎖抗体(scFv)断片、scFv-Fc、sc(Fv)2、Fv、ダイアボディー等を使用することができる。scFv、scFv-Fc、及びsc(Fv)2はリンカーで可変領域を連結した合成ポリペプチドであり、この場合、リンカーとしては、当分野で通常使用されるものであればいずれでも良く、特に限定するものではないが、例えば5~25個、好ましくは10~20個のアミノ酸残基からなるペプチドリンカー、例えばGSリンカー等を好適に使用することができる。
【0043】
本発明の抗がん剤はまた、siRNA又はshRNAであり得る。siRNA及びshRNAは、RNA干渉と呼ばれるメカニズムにより、特定のmRNAを標的として、その翻訳を阻止することが知られている。標的配列の塩基数は特に限定されず、15~500塩基の範囲で選択され得る。siRNAは、短鎖二本鎖RNA分子であり、shRNAは、生体内でダイサーによってプロセシングされてsiRNAを生成することができるヘアピン型RNAである。siRNA及びshRNAは、例えばリポフェクタミン等のトランスフェクション試薬と共に、in vitro又はin vivoで細胞内に導入することができる。あるいはまた、siRNA及びshRNAは、細胞内でこれらを生成することができるようにDNAの形態でベクターに組み込んで細胞内に導入することができる。
【0044】
一態様において、抗体、siRNA又はshRNAは、例えば更なる細胞傷害性薬剤との複合体として使用することができる。細胞傷害性薬剤は、当分野において用いられるものを適宜使用することができ、特に限定するものではない。
【0045】
本発明の抗がん剤は、単独又は他の有効成分と組み合わせて、医薬組成物の形態とすることができる。本発明の抗がん剤又は医薬組成物は、局所投与又は全身投与することができ、投与形態を限定するものではないが、例えば乳がん治療の場合には、患部若しくは患部の近辺に注射又は注入により投与することが好ましい。医薬組成物には、本発明の抗がん剤及び他の有効成分の他に、投与形態に応じて、当分野で通常使用される担体、賦形剤、緩衝剤、安定化剤等を含めることができる。本発明の抗がん剤の投与量は、患者の体重、年齢、疾患の重篤度等に応じて変動するものであり、特に限定するものではないが、例えば0.0001~1mg/kg体重の範囲で1日1回~数回、2日毎、3日毎、1週間毎、2週間毎、毎月、2カ月毎、3カ月毎に投与することが可能である。
【実施例0046】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
[実施例1 乳がん幹細胞様細胞におけるFXYD3の発現の検出]
乳がん患者由来の初代培養細胞K66とNo.68を用いてFXYD3の発現を検出した。K66細胞は、HER2陽性でトラスツズマブ-エムタンシン(T-DM-1)及びパクリタキセル耐性の乳がん組織由来、No.68細胞はいわゆるトリプルネガティブタイプの乳がん組織由来の培養細胞である。
【0048】
臨床検体の初代培養は、以下のように行った。腫瘍組織は、3mm3にカットし、Accumax(Innova Technologies Inc.)を用いて10分間分散させた。機械的に分散させるシステム(Medimachine, Becton Dickinson)を用いて、シングルセルにまで細胞を分散させた。シングルセル分散液は、100mmのセルストレーナー(BD Falcon)に通し、Ca2+,Mg2+-不含リン酸緩衝生理食塩水(PBS)にて洗った。血球マーカーを発現しない(Lineage negative)乳がん細胞を分離するため、ビオチンコンジュゲート抗体混合物にて処理した。この抗体混合物には、MACS(登録商標)細胞分離キット(MACS lineage kit)として、以下の抗体が含まれる:CD2、CD3、CD11b、CD14、CD15、CD56、CD16、CD19、CD123、CD235a(Miltenyi Biotec)、CD31(eBioscience)、CD140b(Biolegend)。分離した乳がん細胞は、無血清ヒト乳房上皮細胞増殖培地(serum-free human mammary epithelial cell growth medium)(HuMEC、GIBCO)にて培養した。
【0049】
ストックにして冷凍保存した初代培養細胞を、解凍してコラーゲンコート培養ディッシュ(IWAKI)に播種し、オルガノイド培地(表1)にて培養した。培地は、3-4日ごとに交換した。
【0050】
【0051】
K66細胞とNo.68細胞のそれぞれについて5x106個の細胞を回収し、PEを結合させたCD221(IGF1受容体)抗体(BD Pharmingen)と4℃で30分間インキュベートしたのち、FACSバッファー(phosphate buffered saline (PBS)に2mM EDTAと0.5% 牛血清アルブミンを混和)にて2度洗った。細胞生存溶液(20μL/チューブ, BD Pharmingen)は、死細胞除去のために使用した。CD221によって標識された細胞は、次にフローサイトメーター(BD FACS Aria III セルソーター)にてソートした。1~2x104個のニューロピリン1(NRP1)+/-もしくはIGF1R+/-細胞をそれぞれ回収した。
【0052】
全RNAを、RNeasy Mini Kit (QIAGEN)にて分離し、High Capacity cDNA Reverse Transcription Kit (Applied Biosystems)にてcDNAに逆転写した。定量PCR(qPCR)は、Applied Biosystems Prism 7900 system (Applied Biosystems)にてFast SYBR Green Master Mid Kit (Applied Biosystems)を用いて行った。プライマーの配列は以下である。
【0053】
FXYD3(Forward: 5'-GGCCAGAAGTCCGGTCA-3'(配列番号1), Reverse: 5'-AACGGTCCTCCACCCAATTTC-3'(配列番号2))
【0054】
アクチンB(ACTB)(Forward: 5'-AAGTCCCTTGCCATCCTAAAA-3'(配列番号3), Reverse: 5'-ATGCTATCACCTCCCCTGTG-3'(配列番号4))
【0055】
その結果、
図2Aに示す通り、FXYD3のmRNAの量は、NRP1+もしくはIGF1R+で濃縮される乳がん幹細胞様細胞の方が、NRP1-もしくはIGF1R-の通常のがん細胞より有意に多かった(P<0.05, Student T-test)。
【0056】
[実施例2 接着培養及びスフェア培養したがん細胞におけるFXYD3の発現の検出1]
American Type Culture Collection (ATCC)より購入した乳がん細胞株BT20、MCF7、及びMDA-MB-231細胞を、Dulbecco's modified Eagle's medium (DMEM) (Nacalai Tesque)に10%の牛血清(Gibco, Life Technologies)、100 U/mlペニシリン、及び100μg /ml ストレプトマイシン(Nacalai Tesque)を混和した培地で接着培養した。乳がん患者由来細胞No.68は、EpiCult-C medium (Stem Cell Technologies)にて接着培養した。細胞が80-90%のコンフルエンシーになった時に、それぞれの細胞について全RNAを抽出した。
【0057】
スフェア培養するためには、それぞれ3x105個の細胞を60mmの超低接着培養ディッシュ(Corning, USA)に播種した。培地は、DMEM/F12培地に、20 ng/mLのepidermal growth factor (EGF) (Merck Millipore)、10ng/mLのbasic fibroblast growth factor (bFGF)(Wako)、B27 supplement (Thermo Fisher Scientific)、4μg /ml ヘパリン (Stem Cell Technologies)と100 U/ml ペニシリン、及び100μg/ml ストレプトマイシンを混和して用いた。
【0058】
5-7日間培養すると、スフェアの長径が>75mmになった。全RNAを、RAeasy Mini Kit (QIAGEN)にて分離し、High Capacity cDNA Reverse Transcription Kit (Applied Biosystems)にてcDNAに逆転写した。定量PCR(qPCR)は、Applied Biosystems Prism 7900 system (Applied Biosystems)にてFast SYBR Green Master Mid Kit (Applied Biosystems)を用いて実施例1と同様にして行った。
【0059】
その結果、
図2Bに示す通り、FXYD3のmRNAの発現は、いずれの細胞株においても、接着培養の場合と比較して、がん幹細胞様細胞が濃縮されるスフェア培養の場合に著明に上昇した(***P <0.001, Student t-test)。
【0060】
[実施例3 接着培養及びスフェア培養したがん細胞におけるFXYD3の発現の検出2]
接着培養とスフェア培養の条件で、FXYD3の蛋白量の発現の違いをウェスタンブロットにて調べた。
実施例2で得られた接着培養とスフェア培養の細胞を回収し、RIPAバッファー(Pierce)と脱りん酸化酵素阻害剤のカクテルにて可溶化した。全タンパク質濃度は、quick start bovine serum albumin standard (BIO-RAD)で定量した。それぞれサンプルごとに同量のタンパク質(1レーンあたり10~20μg)をSDS-PAGE電気泳動にて分離し、ポリフッ化ビニリデン (PVDF) 膜 (Millipore)に電気的に転写した。PVDF膜は、5% 脱脂粉乳にて非特異的吸着をブロックし、以下の一次抗体:抗IGF1R抗体 (1:500, Cell Signaling)、抗ニューロピリン1抗体 (1:500, Abcam)、抗FXYD3抗体(1:1000, Abcam)、及び対照として抗β-アクチン抗体 (Merck Millipore)、並びにホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)に結合させた二次抗体を用いた。タンパク質を示す膜上のバンドは、化学発光試薬 (Millipore)にて検出した。
【0061】
その結果、
図3に示すように、FXYD3タンパク質の発現も、いずれの細胞株においてもスフェア培養の場合に接着培養の場合より上昇していることが確認された。
【0062】
[実施例4 NRP陽性かつFXYD3陽性細胞の分画]
抗NRP1抗体及び抗FXYD3抗体を用い、フローサイトメーター(BD FACS Aria III cell sorter)を用いて、細胞を分画した。
具体的には、実施例1で用いたK66細胞もしくはNo.68細胞の5x106個の細胞を回収し、抗FXYD3抗体(1:100, abcam)と4℃で30分間インキュベートした。その後、FACSバッファーにて2回洗浄した。次に、Alexa Fluor 647を結合させた抗ウサギIgG(H+L) 二次抗体 (1:1000, Cell signaling) とPEを結合させた抗ヒトニューロピリン1抗体 (10μL/test, R&D systems Inc.) と4℃で30分間インキュベートし、FACSバッファーで2回洗浄した。1~2 x104個のNRP1-, NRP1+FXYD3- またはNRP1+FXYD3+の細胞を回収し、全RNA量を分離、逆転写を行ってqPCRを行った。また、細胞増殖の指標となるMKI67の発現をK66細胞及びNo.68細胞にて調べた。使用したプライマーの配列は以下である。
【0063】
NRP1(Forward: 5’-TACCCTGAGAATGGGTGGAC-3’(配列番号5), Reverse: 5’-CGTGACAAAGCGCAGAAG-3’(配列番号6))
【0064】
FXYD3(Forward: 5'-GGCCAGAAGTCCGGTCA-3'(配列番号1), Reverse: 5'-AACGGTCCTCCACCCAATTTC-3'(配列番号2))
【0065】
MKI67 (Forward: 5’- TGACCCTGATGAGAAAGCTCAA-3’(配列番号7), Reverse: 5’- CCCTGAGCAACACTGTCTTTT-3’(配列番号8))
【0066】
FACSによってソーティングした細胞についてqPCRにて確認したところ、
図4A及び4Bに示す通り、NRP1-細胞より、NRP1+FXYD3+もしくはNRP1+FXYD3-細胞のNRP1 mRNA量が高かった。NRP1+FXYD3+細胞のFXYD3 mRNA量は、NRP1+FXYD3- もしくは NRP1- 細胞より高かった(*P <0.05, **P <0.01, ***P <0.001, Multiple t-test)。
【0067】
さらに、
図4C及び4Dに示す通り、NRP1+FXYD3-細胞に比較して、NRP1+FXYD3+は、MKI67の発現が低かった(*P <0.05, **P <0.01, ***P<0.001, Multiple t-test)。
以上より、NRP1陽性細胞として濃縮される乳がん幹細胞様細胞群の中で、FXYD3+細胞は、休眠状態の細胞を濃縮できることが示された。
【0068】
[実施例5 FXYD3陽性細胞集団の細胞増殖活性の測定]
American Type Culture Collection (ATCC)より購入した乳がん細胞株HCC38のスフィア細胞を低接着培養ディッシュで培養し、K66細胞をコラーゲンコートのディッシュでオルガノイド培地にて培養した。
【0069】
培養した細胞に対して、抗NRP1抗体と抗FXYD3抗体とを用いてセルソーティングを行った。最初に抗FXYD3抗体(1:100, abcam)と共にインキュベートさせ、次にAlexa Fluor 647 ヤギ抗ウサギ二次抗体 (1:1000, Cell signaling) とPEと結合させた抗NRP1抗体 (10μL/test, R&D systems Inc.)とインキュベートさせた。Cell viability solution (20μL/test, BD Pharmingen)は、死細胞の除去に用いた。セルソーティングを行い、それぞれの分画の細胞を96ウェルのディッシュに、HCC38は1ウェルあたり300個、K66は1ウェルあたり800個を播種した。
【0070】
4日間の培養後、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay (Promega)を用いて増殖活性を測定した。
【0071】
その結果、
図5に示すように、いずれの細胞株においても、NRP1+FXYD3+細胞集団は、NRP1+FXYD3-細胞集団に比較して、増殖活性が低いことが確認された(**P <0.01, ***P <0.001, Multiple T-test)。
【0072】
[実施例6 FXYD3発現細胞におけるパクリタキセル耐性]
実施例5で用いたHCC38スフィア細胞及びK66細胞をセルソーティングによりNRP1-、NRP1+FXYD3-及びNRP1+FXYD3+細胞に分画し、HCC38スフィア細胞は300個/ウェル、K66細胞は800個/ウェルの細胞密度で96ウェルディッシュに播種した。
【0073】
24時間培養した後、培地にパクリタキセルを混和した(0.0001、0.001、0.01、0.1又は1μM)。72時間インキュベーションした後、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay (Promega)にてそれぞれの細胞の生存を測定した。尚、パクリタキセル0.0001μMの存在下では、細胞の生存に対する影響はパクリタキセル不在下(溶媒のみ)と同程度であることを確認している。
【0074】
その結果、
図6に示す通り、いずれの細胞株においても、NRP1+FXYD3+細胞集団は、NRP1+FXYD3-細胞集団及びNRP1-細胞集団と比較して、パクリタキセルに対して耐性を有することが示された(*P <0.05, **P <0.01, ***P<0.001, Student T-test)。