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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022115690
(43)【公開日】2022-08-09
(54)【発明の名称】歯車の設計方法及び歯車
(51)【国際特許分類】
   C21D 1/06 20060101AFI20220802BHJP
   F16H 1/36 20060101ALI20220802BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20220802BHJP
【FI】
C21D1/06 A
F16H1/36
C21D9/32 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021012403
(22)【出願日】2021-01-28
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】特許業務法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】春山 朋彦
(72)【発明者】
【氏名】原田 康平
(72)【発明者】
【氏名】浅見 健二
(72)【発明者】
【氏名】中村 康文
(72)【発明者】
【氏名】山下 拓宏
(72)【発明者】
【氏名】串▲崎▼ 健二
(72)【発明者】
【氏名】津田 拓也
(72)【発明者】
【氏名】安藤 淳二
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼柳 直人
(72)【発明者】
【氏名】ケイロン アントワン
(72)【発明者】
【氏名】フランカート ピエール
【テーマコード(参考)】
3J027
4K042
【Fターム(参考)】
3J027FA37
3J027GA01
3J027GB10
3J027GC14
3J027GC22
3J027GD02
3J027GD09
3J027HA01
3J027HA03
3J027HB02
4K042AA18
4K042BA09
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA06
(57)【要約】
【課題】歯車のモジュールに応じた適切な有効浸炭深さを容易に求めることが可能な歯車の設計方法、及び剪断応力によって発生する損傷を抑制しながら残留圧縮応力を高めてピッチングやフレーキングを抑制することが可能な歯車を提供する。
【解決手段】歯先面の摺動によって摩擦抵抗力を発生させながら回転する、浸炭熱処理が施された歯車の設計方法は、表面から所定の深さまでの平均硬さと残留圧縮応力ならびに引張強度との関係を示す第1特性情報8を参照し、所望の残留圧縮応力及び引張強度が得られる平均硬さの範囲である適正範囲を求める第1ステップと、ピッチ円径を歯数で除した歯直角モジュールごとに平均硬さと有効浸炭深さとの関係を示す第2特性情報9を参照し、第1ステップで求めた適正範囲に対応する有効浸炭深さの範囲を求める第2ステップとを有する。また、歯車は、歯先の残留圧縮応力を歯底の残留圧縮応力で除した値が0.8以上1.3以下である。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯先面の摺動によって摩擦抵抗力を発生させながら回転する、浸炭熱処理が施された歯車の設計方法であって、
表面から所定の深さまでの平均硬さと、残留圧縮応力ならびに引張強度との関係を示す第1特性情報を参照し、所望の残留圧縮応力及び引張強度が得られる前記平均硬さの範囲である適正範囲を求める第1ステップと、
ピッチ円径を歯数で除した歯直角モジュールごとに前記平均硬さと有効浸炭深さとの関係を示す第2特性情報を参照し、前記適正範囲に対応する有効浸炭深さの範囲を求める第2ステップと、
を有する歯車の設計方法。
【請求項2】
前記第1特性情報は、前記平均硬さと、歯先の残留圧縮応力及び歯底の残留圧縮応力ならびに引張強度との関係を示すものであり、
前記適正範囲は、所望の前記歯先の残留圧縮応力及び前記歯底の残留圧縮応力ならびに引張強度が得られる前記平均硬さの範囲である、
請求項1に記載の歯車の設計方法。
【請求項3】
前記歯車は、ハウジングに入力された車両の駆動力を一対のサイドギヤから差動を許容して出力する差動装置において前記一対のサイドギヤの一方に噛み合うピニオンギヤであり、前記歯先面が前記ハウジングに形成されたボアの内面を摺動することによって摩擦抵抗力を発生させる、
請求項1又は2に記載の歯車の設計方法。
【請求項4】
歯先面の摺動によって摩擦抵抗力を発生させながら回転する、浸炭熱処理が施された歯車であって、
歯先の残留圧縮応力を歯底の残留圧縮応力で除した値が0.8以上1.3以下である、
歯車。
【請求項5】
ハウジングに入力された車両の駆動力を一対のサイドギヤから差動を許容して出力する差動装置において前記一対のサイドギヤの一方に噛み合うピニオンギヤとして用いられ、前記歯先面が前記ハウジングに形成されたボアの内面を摺動することによって摩擦抵抗力を発生させる、
請求項4に記載の歯車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯車の設計方法及び歯車に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、歯先面の摺動によって摩擦抵抗力を発生させながら回転する歯車が、例えば車両の差動装置(ディファレンシャル装置)のピニオンギヤとして用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載された差動装置は、車両の駆動源の駆動力を受けて回転するデフケースと、デフケースと相対回転自在に支持された一対のサイドギヤと、デフケースに形成された収納孔内に摺動回転自在に支持された複数(例えば8個)のピニオンギヤとを備えている。複数のピニオンギヤは、互いに噛み合わされた二つのピニオンギヤからなる複数組(例えば4組)のピニオンギヤ組を構成し、収納孔内で各組のピニオンギヤ同士が互いに噛み合うと共に、各組の二つのピニオンギヤが一対のサイドギヤにそれぞれ別個に噛み合っている。動力伝達時には、デフケースからピニオンギヤに伝達される駆動力、及びサイドギヤとピニオンギヤとの噛合い反力により、各ピニオンギヤの歯先面が収納孔の内面に押し付けられて回転する。この際に各ピニオンギヤの歯先面と収納孔の内面との間に発生する摩擦抵抗力により、一対のサイドギヤの差動制限がなされる。各ピニオンギヤには、強度と耐摩耗性を向上させて耐久性を高めるため、浸炭熱処理(浸炭、焼入れ、焼戻し)が施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10-47457号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
歯車への浸炭深さは、一般に、ビッカース硬さが550HVとなる部位の表面からの距離(深さ)である有効硬化層深さによって表される。また、歯車には、ピッチング(局部的に生じる侵食あるいは腐食)やフレーキング(表面が鱗状に剥れる現象)のように繰り返しの高面圧によって発生する損傷を防ぐと共に、亀裂などの剪断応力によって発生する損傷を防ぐことができる強度が求められる。剪断応力によって発生する損傷を防ぐためには、有効硬化層深さを深くして引張強度を高めることが有効である。また、ピッチングやフレーキングを防ぐためには、浸炭熱処理による残留圧縮応力を高めることが望ましい。さらに、この残留圧縮応力は、剪断応力によって発生する損傷の抑制にも有効である。
【0006】
残留圧縮応力は、有効浸炭深さを深くし過ぎると低下してしまう場合があるため、剪断応力によって発生する損傷を抑制しながら残留圧縮応力を高めるためには、例えば有効浸炭深さが異なる複数の歯車を試作して実験や測定を行い、適切な有効浸炭深さを見出すことが必要となる。しかしながら、車両の差動装置は、要求される駆動力伝達容量が車種によって異なるため、ピニオンギヤのモジュール(ピッチ円径/歯数)や個数、サイドギヤの大きさが様々である。このため、新たに開発する差動装置のピニオンギヤやサイドギヤの適切な有効浸炭深さの範囲を見出すためには、多くのコストと時間を要してしまう。
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、歯車のモジュールに応じた適切な有効浸炭深さを容易に求めることが可能な歯車の設計方法、及び剪断応力によって発生する損傷を抑制しながら残留圧縮応力を高めてピッチングやフレーキングを抑制することが可能な歯車を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の目的を達成するため、歯先面の摺動によって摩擦抵抗力を発生させながら回転する、浸炭熱処理が施された歯車の設計方法であって、表面から所定の深さまでの平均硬さと、残留圧縮応力ならびに引張強度との関係を示す第1特性情報を参照し、所望の残留圧縮応力及び引張強度が得られる前記平均硬さの範囲である適正範囲を求める第1ステップと、ピッチ円径を歯数で除した歯直角モジュールごとに前記平均硬さと有効浸炭深さとの関係を示す第2特性情報を参照し、前記適正範囲に対応する有効浸炭深さの範囲を求める第2ステップと、を有する歯車の設計方法を提供する。
【0009】
また、本発明は、上記の目的を達成するため、歯先面の摺動によって摩擦抵抗力を発生させながら回転する、浸炭熱処理が施された歯車であって、歯先の残留圧縮応力を歯底の残留圧縮応力で除した値が0.8以上1.3以下である、歯車を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、歯車の歯直角モジュールに応じた適切な有効浸炭深さを容易に求めることが可能な歯車の設計方法、及び剪断応力によって発生する損傷を抑制しながらも残留圧縮応力を高めてピッチングやフレーキングを抑制することが可能な歯車を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施の形態に係る歯車がピニオンギヤとして用いられた差動装置の構成例を示す断面図である。
図2】差動装置の分解斜視図である。
図3図1のA-A線断面図である。
図4】(a)及び(b)は、第1のピニオンギヤの断面図及び側面図である。
図5】(a)及び(b)は、第1のピニオンギヤにおける歯先付近及び歯底付近の断面における組織観察写真である。
図6】歯車の設計方法に用いられる第1特性情報及び第2特性情報を表すグラフである。
図7】(a)は、有効浸炭深さを歯直角モジュールで除した値と歯先及び歯底の残留圧縮応力との関係を示すグラフである。(b)は、有効浸炭深さを歯直角モジュールで除した値と歯先の残留圧縮応力を歯底の残留圧縮応力で除した値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[実施の形態]
本発明の実施の形態について、図1乃至図7を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0013】
図1は、本発明の実施の形態に係る歯車がピニオンギヤ(後述する第1のピニオンギヤ3及び第2のピニオンギヤ4)として用いられた差動装置の構成例を示す断面図である。図2は、差動装置の分解斜視図である。図3は、図1のA-A線断面図である。図4(a)及び(b)は、第1のピニオンギヤ3の断面図及び側面図である。
【0014】
差動装置1は、ハウジング2に入力された車両の駆動力を一対のサイドギヤ5,6から差動を許容して出力する。駆動源は、例えばエンジンや電動モータであり、一対の出力軸は、例えば左右のドライブシャフトである。また、差動装置1は、トランスミッションケース内に封入された潤滑油に一部が浸かるように油浴して配置される。
【0015】
差動装置1は、複数のボア(空洞)20が形成されたハウジング2と、複数のボア20のそれぞれに収容された複数の第1及び第2のピニオンギヤ3,4と、複数の第1のピニオンギヤ3に噛み合わされた第1のサイドギヤ5と、複数の第2のピニオンギヤ4に噛み合わされた第2のサイドギヤ6と、第1のサイドギヤ5と第2のサイドギヤ6との間に配置されたセンタワッシャ70と、第1及び第2のサイドギヤ5,6とハウジング2との間に配置されたエンドワッシャ71,72とを備えている。
【0016】
第1のピニオンギヤ3及び第2のピニオンギヤ4は、歯筋が軸方向に対して傾斜したヘリカルギヤであり、第1のサイドギヤ5及び第2のサイドギヤ6との噛み合いによって軸方向のスラスト力を発生させる。また、第1のピニオンギヤ3及び第2のピニオンギヤ4は、同一の工程で製造され、同じ歯直角モジュールを有しているが、歯筋の傾斜方向が互いに逆向きであり、ハウジング2のボア20内での軸方向の配置も互いに逆向きとなっている。
【0017】
ハウジング2ならびに第1及び第2のサイドギヤ5,6は、共通の回転軸線Oを中心として相対回転可能である。ハウジング2は、ハウジング本体21とハウジング蓋体22とによって構成されている。ハウジング本体21は、有底円筒状であり、円筒状に形成された円筒部211と、円筒部211の一端部を閉塞する円盤状の底部212と、円筒部211の他端部の外周に設けられたフランジ部213とを一体に有している。ハウジング蓋体22は、円盤状の円盤部221と、円盤部221の外周に設けられたフランジ部222とを一体に有している。
【0018】
ハウジング本体21のフランジ部213と、ハウジング蓋体22のフランジ部222とは、互いに付き合わされることにより、それぞれのボルト挿通孔213a,222a同士が連通する。このボルト挿通孔213a,222aには、図略のリングギヤを固定するためのボルトが挿通される。ハウジング2は、このリングギヤから駆動源の駆動力が入力され、回転軸線Oを中心として回転する。なお、ハウジング2にリングギヤを溶接によって固定してもよい。
【0019】
ハウジング本体21の円筒部211には、円筒部211を径方向に貫通する複数の貫通孔211aが形成されており、これらの貫通孔211aから円筒部211内に供給される潤滑油により、第1及び第2のピニオンギヤ3,4同士、及び第1及び第2のピニオンギヤ3,4と第1及び第2のサイドギヤ5,6との噛み合いが潤滑される。
【0020】
ハウジング本体21の円筒部211には、ハウジング蓋体22側の端部から底部212に向かって回転軸線Oと平行に延びる複数のボア20が形成されている。本実施の形態では、円筒部211に五つのボア20が周方向等間隔に形成されており、各ボア20に第1のピニオンギヤ3及び第2のピニオンギヤ4がそれぞれ一つずつ収容されている。第1及び第2のピニオンギヤ3,4は、ハウジング2の回転軸線Oを公転軸とし、かつ回転軸線Oに平行な自転軸を中心としてボア20内で自転可能に保持されている。
【0021】
第1のピニオンギヤ3は、円柱状の軸部30と、軸部30の一端部に設けられた長ギヤ部31と、軸部30の他端部に設けられた短ギヤ部32とを一体に有している。同様に、第2のピニオンギヤ4は、円柱状の軸部40と、軸部40の一端部に設けられた長ギヤ部41と、軸部40の他端部に設けられた短ギヤ部42とを一体に有している。第1及び第2のピニオンギヤ3,4は、長ギヤ部31,41の軸方向長さが短ギヤ部32,42の軸方向長さよりも長く形成されている。第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31は、第2のピニオンギヤ4の短ギヤ部42と噛み合わされ、第1のピニオンギヤ3の短ギヤ部32は、第2のピニオンギヤ4の長ギヤ部41と噛み合わされている。
【0022】
第1のサイドギヤ5は、複数の外歯511(図3に示す)からなるギヤ部51を有しており、このギヤ部51が第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31に噛み合わされている。また、第1のサイドギヤ5の中心部には、スプライン嵌合孔52が設けられており、このスプライン嵌合孔52に一方の出力軸(例えば左車輪のドライブシャフト)が相対回転不能に連結される。同様に、第2のサイドギヤ6は、複数の外歯からなるギヤ部61を有しており、このギヤ部61が第2のピニオンギヤ4の長ギヤ部41に噛み合わされている。第2のサイドギヤ6の中心部には、スプライン嵌合孔62が設けられており、このスプライン嵌合孔62に他方の出力軸(例えば右車輪のドライブシャフト)が相対回転不能に連結される。
【0023】
ボア20は、図3に示すように、ハウジング本体21の円筒部211の径方向内方に開口しており、ボア20から突出した第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31の一部と第1のサイドギヤ5のギヤ部51とが噛み合い、ボア20から突出した第2のピニオンギヤ4の長ギヤ部41の一部と第2のサイドギヤ6のギヤ部61とが噛み合っている。第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31は、軸方向の一部が第1のサイドギヤ5のギヤ部51と噛み合うと共に、軸方向の他の一部が第2のピニオンギヤ4の短ギヤ部42と噛み合っている。同様に、第2のピニオンギヤ4の長ギヤ部41は、軸方向の一部が第2のサイドギヤ6のギヤ部61と噛み合うと共に、軸方向の他の一部が第1のピニオンギヤ3の短ギヤ部32と噛み合っている。
【0024】
図3では、第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31と第1のサイドギヤ5のギヤ部51との噛み合い部の周辺を示している。図4(a)では、第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31の断面をピッチ円PCと共に示し、図4(b)では、長ギヤ部31の一部の側面を歯幅Sと共に示している。この歯幅Sは、歯筋に対して垂直な方向におけるピッチ円PC上の歯幅(歯直角での幅)である。図4(a)は、図4(b)のB-B線断面にあたる。なお、詳細な図示は省略しているが、第2のピニオンギヤ4の長ギヤ部41と第2のサイドギヤ6のギヤ部61及び第1のピニオンギヤ3の短ギヤ部32との噛み合い部も同様に構成されている。
【0025】
第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31は、歯底円よりも内側の基部311と、基部311から径方向外方に突出して設けられた複数の歯312とを有している。同様に、第2のピニオンギヤ4の短ギヤ部42は、歯底円よりも内側の基部421と、基部421から径方向外方に突出して設けられた複数の歯422とを有している。
【0026】
本実施の形態では、第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31に五つの歯312が設けられており、第2のピニオンギヤ4の短ギヤ部42にも同数の歯422が設けられている。また、第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31のピッチ円径(PCD)と第2のピニオンギヤ4の短ギヤ部42のピッチ円径とは同一であり、それぞれのモジュール(ピッチ円径/歯数)も同一である。以下、第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31の歯312を第1の歯312といい、第2のピニオンギヤ4の短ギヤ部42の歯422を第2の歯422という。
【0027】
ボア20の内面200には、第1の歯312の歯先面312aが摺動する第1の摺動面200a、及び第2の歯422の歯先面422aが摺動する第2の摺動面200bが含まれる。第1の摺動面200a及び第2の摺動面200bは、ハウジング本体21の軸方向視において、それぞれ円弧状に形成されている。
【0028】
第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31は、ハウジング2から第1のピニオンギヤ3に伝達される駆動力、ならびに第1のサイドギヤ5のギヤ部51及び第2のピニオンギヤ4の短ギヤ部42との噛み合い反力により、第1の歯312の歯先面312aがボア20の第1の摺動面200aに押し付けられる。また、第2のピニオンギヤ4の短ギヤ部42は、ハウジング2から第2のピニオンギヤ4に伝達される駆動力、ならびに第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31との噛み合い反力により、第2の歯422の歯先面422aがボア20の第2の摺動面200bに押し付けられる。
【0029】
車両の左右輪間に回転差が発生し、第1のサイドギヤ5と第2のサイドギヤ6との間に差動(相対回転)が発生すると、第1の歯312と第2の歯422とが噛み合いながら、第1のピニオンギヤ3及び第2のピニオンギヤ4がボア20内で回転する。この際、第1のピニオンギヤ3は、歯先面312aの摺動によってハウジング2との間に摩擦抵抗力を発生させながら回転し、第2のピニオンギヤ4は、歯先面422aの摺動によってハウジング2との間に摩擦抵抗力を発生させながら回転する。また、第1のピニオンギヤ3の短ギヤ部32及び第2のピニオンギヤ4の長ギヤ部41においても同様に、歯先面の摺動によってハウジング2との間に摩擦抵抗力が発生する。これらの摩擦抵抗力は、第1のサイドギヤ5及び第2のサイドギヤ6の差動を抑制する差動制限力となる。
【0030】
第1のピニオンギヤ3及び第2のピニオンギヤ4には、耐摩耗性を向上させて耐久性を高めるため、浸炭熱処理が施されている。浸炭熱処理は、鋼材の表面に炭素を浸入拡散させた後、焼き入れ及び焼き戻しを行う処理である。ビッカース硬さが550HVとなる部位の表面からの距離である有効硬化層深さ(ECD:Effective Case Depth)は、浸炭温度や浸炭時間によって変化する。なお、歯先及び歯底における有効硬化層深さは、中心軸線に対して垂直な径方向の深さである。歯面における有効硬化層深さは、歯面に対して垂直な方向の深さである。
【0031】
図5(a)は、第1のピニオンギヤ3における第1の歯312の歯先31a付近(図4(a)のA部)の断面における組織観察写真である。図5(b)は、第1のピニオンギヤ3の長ギヤ部31の歯底31b付近(図4(a)のB部)の断面における組織観察写真である。図5(a)及び(b)では、浸入している炭素の割合が高い部位ほど色が薄くなっている。また、図5(a)及び(b)では、鋼材の表面における点Pと、点Pにおける表面に対して垂直な深さ方向において硬度が550HVとなる点Pとの距離である有効硬化層深さ(ECD)を示している。
【0032】
ところで、トラック等の大型車に搭載される差動装置と普通乗用車等に搭載される差動装置とでは、同様の構造であっても、強度確保のため歯諸元が異なる場合がある。このため、ある車種に搭載される差動装置1の第1及び第2のピニオンギヤ3,4の有効硬化層深さをそのまま他の差動装置のピニオンギヤに適用しても、要求される強度や耐久性が満たされない場合がある。特に、ピニオンギヤは、歯先面で摩擦抵抗力を発生させながら回転してサイドギヤに駆動力を伝達するため負担が大きく、損傷が発生しやすい部品である。このため、従来は、新たな差動装置を開発する度に、有効浸炭深さが異なる複数のピニオンギヤを試作して試験を行い、適切な有効浸炭深さを見出すことが必要であったが、これには多大なコストと時間を要していた。
【0033】
以下に説明する歯車の設計方法は、このような事情に鑑みて、歯車のモジュールに応じた適切な有効浸炭深さを容易に求めることを可能としたものである。この設計方法は、浸炭熱処理後の歯車の残留圧縮応力及び引張強度と平均硬さとの間には、モジュールが異なってもある程度共通性のある所定の相関関係が存在すること、及び、平均硬さと有効硬化層深さとの間には、モジュール毎に異なる所定の比例関係が存在することを見出し、これらの知見に基づいて創案されたものである。ここで、平均硬さとは、表面から所定の深さまでの範囲における平均の硬度をいう。本実施の形態では、この所定の深さを、歯筋に対して垂直な方向における歯直角での歯幅Sの半値(S/2)とする。
【0034】
次に、この歯車の設計方法について、具体例に基づいて詳細に説明する。以下の説明では、歯筋が軸方向に対して傾斜したヘリカルギヤ(斜歯歯車)を設計の対象とし、モジュールの値として歯直角モジュールを用いる。歯直角モジュールmは、下記式(1)で求められる。
=D・cosβ/n …(1)
ただし、Dはピッチ円径、βはねじれ角、nは歯数である。
なお、歯直角モジュールmと軸直角モジュールmとの間には、下記式(2)の関係があり、歯筋が軸方向に対して平行な平歯車であれば、βがゼロとなるため歯直角モジュールと軸直角モジュールが同じ値となる。
=m/cosβ …(2)
【0035】
(歯車の設計方法)
本実施の形態に係る歯車の設計方法は、平均硬さと残留圧縮応力ならびに引張強度との関係を示す第1特性情報を参照し、所望の残留圧縮応力及び引張強度が得られる平均硬さの適正範囲(硬さ範囲)を求める第1ステップと、歯車の歯直角モジュールごとの平均硬さと有効浸炭深さとの関係を示す第2特性情報を参照し、第1ステップで求めた硬さ範囲に対応する有効浸炭深さの範囲(深さ範囲)を求める第2ステップとを有する。また、本実施の形態では、第1特性情報として、平均硬さと、歯先の残留圧縮応力及び歯底の残留圧縮応力ならびに引張強度との関係を示すものを用い、第1ステップにおいて、所望の歯先の残留圧縮応力及び歯底の残留圧縮応力ならびに引張強度が得られる平均硬さの範囲を適正範囲として求める。
【0036】
図6は、第1特性情報8を表すグラフ及び第2特性情報9を表すグラフを上下に並べて示している。上側の第1特性情報8のグラフは、横軸が平均硬さであり、左縦軸が残留圧縮応力、右縦軸が引張強度である。下側の第2特性情報9のグラフは、横軸が平均硬さであり、縦軸が有効浸炭深さである。
【0037】
第1特性情報8は、歯直角モジュールが2.0~2.5の複数の差動装置用ピニオンギヤで浸炭熱処理の条件を様々に変更して行った実験結果に基づいて得られたものであり、550から700HVまでの平均硬さと歯先及び歯底の残留圧縮応力ならびに引張強度との関係を示している。平均硬さは、歯筋に対して垂直な歯直角面におけるピッチ円径上の歯幅をSとし、このピッチ円径上の歯面(深さゼロ)から歯幅Sの半分までの深さの間の複数の測定箇所における硬度を平均して求めてもよく、例えばビッカース硬さが550HVの位置と700HVの位置の深さに基づいて深さに応じた硬度を表す近似関数を生成し、この近似関数における深さ0から歯幅の半値までの積分値を歯幅の半値で除して求めてもよい。残留圧縮応力は、X線回折法による原子間距離の測定結果によって求められる。引張強度は、金属材料の硬さと引張強度との一般的な関係に基づき、上記のように求めた平均硬さをこの関係に当てはめて求めることができる。なお、金属材料の引張強度は、JIS Z2241に規定された金属材料引張試験方法によって測定される。
【0038】
第1特性情報8のグラフに示すように、歯底の残留圧縮応力は、平均硬さが増大するに連れて低くなる。歯先の残留圧縮応力は、平均硬さが625HV付近で極大値(約525MPa)となり、平均硬さが625HVから増減すると歯先の残留圧縮応力が極大値から徐々に小さくなる。また、引張強度は、平均硬さが増大するに連れて高くなる。
【0039】
図6に示す第2特性情報9では、歯直角モジュールが2.2及び2.4の場合について、平均硬さと有効浸炭深さとの関係を示している。平均硬さと有効浸炭深さとは略正比例する関係にあり、歯直角モジュールが大きくなると平均硬さに対する有効浸炭深さが大きく(深く)なる。なお、差動装置のピニオンギヤの歯数は、5~7が一般的である。
【0040】
例えば、必要な歯先及び歯底の残留圧縮応力が400MPa以上で引張強度が1900MPa以上である場合、第1特性情報8を参照して得られる平均硬さの適正範囲は、図6に示すように、約585~635HVである。また、第2特性情報9を参照して得られる平均硬さの適正範囲に対応する有効浸炭深さの範囲は、歯直角モジュールが2.4である場合、図6に示すように約0.9~1.3mmである。したがって、有効浸炭深さが例えば1.1±0.2mmとなるように浸炭熱処理を行えば、所望の残留圧縮応力及び引張強度が得られることとなる。このように、本実施の形態に係る歯車の設計方法によれば、歯直角モジュールに応じた適切な有効浸炭深さを容易に求めることが可能である。
【0041】
なお、図6において二点鎖線で示すように、平均硬さの適正範囲の上限値を例えば660HVまで拡張してもよい。剪断応力に対する耐久性向上のためには、引張強度を高めることが特に有効だからである。なお、平均硬さを高くすると、特に歯底の残留圧縮応力が小さくなるが、歯数が5~7である差動歯車装置用のピニオンギヤでは、一般的な歯車と比較して歯直角モジュールが大きく、また圧力角が大きいため、残留圧縮応力の低下による歯底付近でのピッチングやフレーキングが発生しにくい傾向がある。このため、歯底の残留圧縮応力が小さくなることによる悪影響が発生しにくく、平均硬さを高めることにより、歯先の残留圧縮応力を高い値で確保したまま、剪断応力に対する耐久性が高いピニオンギヤが得られる。図6において平均硬さを660HVとした場合の有効浸炭深さは、約1.55mmである。
【0042】
(歯車の歯先及び歯底の適切な残留圧縮応力比)
図7(a)は、有効浸炭深さを歯直角モジュールで除した値(横軸)と歯先及び歯底の残留圧縮応力(縦軸)との関係を示すグラフである。図7(b)は、有効浸炭深さを歯直角モジュールで除した値(横軸)と歯先の残留圧縮応力を歯底の残留圧縮応力で除した値(縦軸)との関係を示すグラフである。
【0043】
図6に示すように、歯先の残留圧縮応力と歯底の残留圧縮応力とは、平均硬さが約585HVであるときに等しくなり、その前後の範囲では歯先の残留圧縮応力と歯底の残留圧縮応力とが共に高い値となる。換言すれば、歯先の残留圧縮応力と歯底の残留圧縮応力との差が大きい範囲では、歯先及び歯底の何れかの残留圧縮応力が小さくなって歯車(例えば差動装置用のピニオンギヤ)の最弱部位となり、損傷が発生しやすくなってしまう。
【0044】
このため、図7(b)に示す歯底の残留圧縮応力に対する歯先の残留圧縮応力の割合(以下、この割合(歯先残留圧縮応力/歯底残留圧縮応力)を残留圧縮応力比という)は、0.8以上1.3以下であることが望ましい。また、この範囲であれば、剪断応力によって発生する損傷を防ぎ得る程度の引張強度を確保することができる。したがって、残留圧縮応力比が0.8以上1.3以下である歯車によれば、剪断応力によって発生する損傷を抑制しながらも、残留圧縮応力を高めてピッチングやフレーキングを抑制することが可能となる。
【0045】
また、差動装置用のピニオンギヤは、差動トルク(一方のサイドギヤに伝達されるトルクと他方のサイドギヤに伝達されるトルクの差)によって発生するボア内での傾きや、差動トルクが発生している状態でのハウジングのボアの内面との摩擦摺動により、特に歯先部分が高負荷となるため、歯先の残留圧縮応力が歯底の残留圧縮応力よりも高いことが望ましく、すなわち残留圧縮応力比が1.0よりも大きいことが望ましい。なお、残留圧縮応力比は、例えば有効浸炭深さを調整することで増減させることができ、例えば図6に示す例では、歯先及び歯底の残留圧縮応力が共に400MPa以上でかつ歯先の残留圧縮応力が歯底の残留圧縮応力よりも高い範囲(約595~635HV)を適正範囲として対応する有効浸炭深さを求めることで、歯先の残留圧縮応力が歯底の残留圧縮応力よりも高い歯車を得ることができる。
【0046】
なお、上記の歯車の設計方法では、主として差動装置のピニオンギヤを対象とした場合について説明したが、ピニオンギヤについて求めた有効浸炭深さの範囲を、そのまま差動装置のサイドギヤに適用してもよい。サイドギヤは、ピニオンギヤよりもピッチ円径が大きくて歯数も多いので、ピニオンギヤよりも強度及び耐摩耗性を確保しやすく、ピニオンギヤにおいて必要な強度と耐摩耗性が得られていれば、同様の浸炭処理をサイドギヤに施しても、差動歯車全体としての強度及び耐摩耗性を損なうことがない。また、ピニオンギヤ及びサイドギヤに対する浸炭処理を共通にすることで、浸炭処理にかかるコストを低減することが可能となる。
【0047】
(付記)
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、この実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、一部の構成を省略し、あるいは構成を追加もしくは置換して、適宜変形して実施することが可能である。またさらに、上記した複数の実施の形態の一部の構成を互いに組み合わせることも可能であると共に、例えば下記のように変形することも可能である。
【0048】
上記の実施の形態では、差動装置1の第1及び第2のピニオンギヤ3,4がそれぞれ長ギヤ部31,41及び短ギヤ部32,42を有する場合について説明したが、差動装置の構成としてはこれに限らず、様々な構成の差動装置のピニオンギヤ及びその設計に、本発明を適用することが可能である。例えば、ハウジングの複数のボアのそれぞれに軸方向の長さが異なる複数のピニオンギヤを収容し、このうち軸方向長さが長い一方のピニオンギヤを大径のサイドギヤに噛み合わせると共に、軸方向の長さが短い他方のピニオンギヤを一方のピニオンギヤ及び小径のサイドギヤに噛み合わせる構成の差動装置のピニオンギヤに本発明を適用してもよい。また、内歯歯車と外歯歯車との間に配置された環状の保持器の複数の収容穴にそれぞれピニオンギヤを収容し、これらのピニオンギヤを内歯歯車及び外歯歯車に噛み合わせる構成の差動装置のピニオンギヤに本発明を適用してもよい。この場合には、ピニオンギヤの歯先面が保持器の収容穴の内面を摺動して摩擦抵抗力を発生させる。
【符号の説明】
【0049】
1…差動装置 2…ハウジング
20…ボア 200…内面
3…第1のピニオンギヤ(歯車) 312a…歯先面
4…第2のピニオンギヤ(歯車) 422a…歯先面
5…第1のサイドギヤ 6…第2のサイドギヤ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7