(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022115929
(43)【公開日】2022-08-09
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20220802BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20220802BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022074744
(22)【出願日】2022-04-28
(62)【分割の表示】P 2021539368の分割
【原出願日】2020-12-09
(31)【優先権主張番号】P 2020001525
(32)【優先日】2020-01-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐野 謙太
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
(72)【発明者】
【氏名】松川 倫子
(72)【発明者】
【氏名】月原 望
(57)【要約】 (修正有)
【課題】耐剥離性に優れる切削工具を提供すること。
【解決手段】基材と、上記基材上に設けられた被膜とを含む切削工具であって、上記被膜は、第一単位層と第二単位層とを有する多層構造層を含み、上記多層構造層において、上記第一単位層及び上記第二単位層は、それぞれが交互に1層以上積層されている。上記多層構造層における(200)面、(111)面及び(220)面それぞれのX線回折強度を、I
(200)、I
(111)及びI
(220)とした場合、以下の式1 0.6≦I
(200)/{I
(200)+I
(111)+I
(220)}式1を満たし、上記第一単位層は、c軸方向の面間隔d
1cがa軸方向の面間隔d
1aよりも大きいNaCl様構造であり、上記第二単位層は、c軸方向の面間隔d
2cがa軸方向の面間隔d
2aよりも小さいNaCl様構造である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に設けられた被膜とを含む切削工具であって、
前記被膜は、第一単位層と第二単位層とを有する多層構造層を含み、
前記多層構造層において、前記第一単位層及び前記第二単位層は、それぞれが交互に1層以上積層されており、
前記多層構造層における(200)面、(111)面及び(220)面それぞれのX線回折強度を、I(200)、I(111)及びI(220)とした場合、以下の式1
0.6≦I(200)/{I(200)+I(111)+I(220)} 式1
を満たし、
前記第一単位層は、c軸方向の面間隔d1cがa軸方向の面間隔d1aよりも大きいNaCl様構造であり、
前記第二単位層は、c軸方向の面間隔d2cがa軸方向の面間隔d2aよりも小さいNaCl様構造であり、
以下の式2、式3及び式4
1≦d1a/d2a≦1.02 式2
1.01≦d1c/d2c≦1.05 式3
d1a/d2a<d1c/d2c 式4
を満たし、
前記a軸方向の面間隔は、前記第一単位層及び前記第二単位層の積層方向に対して垂直な方向における格子面間隔であり、
前記c軸方向の面間隔は、前記第一単位層及び前記第二単位層の積層方向に対して平行な方向における格子面間隔である、切削工具。
【請求項2】
前記第一単位層における1層あたりの厚みは、5nm以上50nm以下である、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記第二単位層における1層あたりの厚みは、5nm以上50nm以下である、請求項1又は請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記多層構造層の厚みは、10nm以上10μm以下である、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の切削工具。
【請求項5】
前記第一単位層は、チタン、アルミニウム、クロム、ケイ素、ニオブ、タングステン、バナジウム、タンタル、ハフニウム、ジルコニウム及びモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種の第一元素と、ホウ素、炭素、窒素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の第二元素とを構成元素として含む化合物からなる、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の切削工具。
【請求項6】
前記第二単位層は、チタン、アルミニウム、クロム、ケイ素、ニオブ、タングステン、バナジウム、タンタル、ハフニウム、ジルコニウム及びモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種の第三元素と、ホウ素、炭素、窒素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の第四元素とを構成元素として含む化合物からなり、
前記第二単位層は、前記第一単位層と組成が異なる、請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。本出願は、2020年1月8日に出願した日本特許出願である特願2020-001525号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な切削条件下において優れた工具寿命を示す切削工具が求められている。工具材料の要求性能として、工具寿命に直結する耐摩耗性および耐欠損性の向上が一段と重要になっている。そこで、これらの特性を向上させるため、基材の表面に互いに性質が異なる2種類の層を交互に積層した切削工具が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平08-127862号公報
【特許文献2】特開2018-202533号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示に係る切削工具は、
基材と、上記基材上に設けられた被膜とを含む切削工具であって、
上記被膜は、第一単位層と第二単位層とを有する多層構造層を含み、
上記多層構造層において、上記第一単位層及び上記第二単位層は、それぞれが交互に1層以上積層されており、
上記多層構造層における(200)面、(111)面及び(220)面それぞれのX線回折強度を、I(200)、I(111)及びI(220)とした場合、以下の式1
0.6≦I(200)/{I(200)+I(111)+I(220)} 式1
を満たし、
上記第一単位層は、c軸方向の面間隔d1cがa軸方向の面間隔d1aよりも大きいNaCl様構造であり、
上記第二単位層は、c軸方向の面間隔d2cがa軸方向の面間隔d2aよりも小さいNaCl様構造であり、
以下の式2、式3及び式4
1≦d1a/d2a≦1.02 式2
1.01≦d1c/d2c≦1.05 式3
d1a/d2a<d1c/d2c 式4
を満たし、
上記a軸方向の面間隔は、上記第一単位層及び上記第二単位層の積層方向に対して垂直な方向における格子面間隔であり、
上記c軸方向の面間隔は、上記第一単位層及び上記第二単位層の積層方向に対して平行な方向における格子面間隔である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、切削工具の一態様を例示する斜視図である。
【
図2】
図2は、本実施形態の一態様における切削工具の模式断面図である。
【
図3】
図3は、本実施形態の他の態様における切削工具の模式断面図である。
【
図4】
図4は、本実施形態の別の他の態様における切削工具の模式断面図である。
【
図5】
図5は、従来の多層構造層における2つの層の界面の状態を説明する模式断面図である。
【
図6】
図6は、本実施形態の多層構造層における2つの層の界面の状態を説明する模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
2種類の層を単純に基材の表面に交互に積層した場合、それぞれの層における結晶格子が異なっていると、2つの層の界面において結晶格子が不整合となる(
図5参照)。そのため、2つの層の界面における密着力が低下する傾向があり改善の余地があった。
【0007】
上述の結晶格子の不整合を改善するために、様々な提案がなされている。例えば、特開平08-127862号公報(特許文献1)には、周期律表IVa、Va、VIa族元素、Al、Si、およびBから選択される1種以上の元素(第1元素)と;B、C、N、およびOから選択される1種以上の元素(第2元素)とを主成分とし、互いに異なる組成を有する少なくとも2種の化合物層からなり、該各層間で1周期以上連続した結晶格子を有する積層部と、該積層部の基材側に配置された層であって、周期律表IVa、Va、およびVIa族元素から選択される1種以上の元素(第3元素)と;C、N、およびOから選択される1種以上の元素(第4元素)とからなる中間層とを含み、該中間層と前記積層部の少なくとも最も基材側の層とが、連続した格子を有することを特徴とする積層体が開示されている。
【0008】
また、特開2018-202533号公報(特許文献2)には、基材と、前記基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、前記被膜は、A層、B層及びC層がこの順で繰返し積層された積層構造を含み、前記A層、前記B層及び前記C層のそれぞれは、互いに組成が異なり、かつ、周期律表の4族元素、5族元素、6族元素、Al、Si、B及びYからなる群より選ばれる少なくとも2種以上の元素の窒化物であり、前記A層の格子定数LA、前記B層の格子定数LB及び前記C層の格子定数LCは、所定の式の関係を満たし、前記A層と前記C層との格子定数差は0.1100Å以上0.1500Å以下であり、前記A層、前記B層及び前記C層のそれぞれは、立方晶型結晶構造を有する、表面被覆切削工具が開示されている。
【0009】
しかし、特許文献1に記載の積層体、及び特許文献2に記載の被膜は、2つの層の界面における結晶格子の不整合が解消されているものの、大きな圧縮残留応力が生じており、高効率な切削加工(送り速度が大きい切削加工等)へ適用する際には更なる性能(例えば、耐欠損性、耐剥離性等)の向上が求められる。
【0010】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐剥離性に優れる切削工具を提供することを目的とする。
【0011】
[本開示の効果]
上記によれば、耐剥離性に優れる切削工具を提供することが可能になる。
【0012】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
[1]本開示に係る切削工具は、
基材と、上記基材上に設けられた被膜とを含む切削工具であって、
上記被膜は、第一単位層と第二単位層とを有する多層構造層を含み、
上記多層構造層において、上記第一単位層及び上記第二単位層は、それぞれが交互に1層以上積層されており、
上記多層構造層における(200)面、(111)面及び(220)面それぞれのX線回折強度を、I(200)、I(111)及びI(220)とした場合、以下の式1
0.6≦I(200)/{I(200)+I(111)+I(220)} 式1
を満たし、
上記第一単位層は、c軸方向の面間隔d1cがa軸方向の面間隔d1aよりも大きいNaCl様構造であり、
上記第二単位層は、c軸方向の面間隔d2cがa軸方向の面間隔d2aよりも小さいNaCl様構造であり、
以下の式2、式3及び式4
1≦d1a/d2a≦1.02 式2
1.01≦d1c/d2c≦1.05 式3
d1a/d2a<d1c/d2c 式4
を満たし、
上記a軸方向の面間隔は、上記第一単位層及び上記第二単位層の積層方向に対して垂直な方向における格子面間隔であり、
上記c軸方向の面間隔は、上記第一単位層及び上記第二単位層の積層方向に対して平行な方向における格子面間隔である。
【0013】
上記切削工具における上記多層構造層は、上記第一単位層におけるa軸方向の面間隔d
1aと、上記第二単位層におけるa軸方向の面間隔d
2aとがほぼ等しい(式2)。そのため、面内方向(積層方向に垂直な方向)で上記第一単位層における結晶格子と上記第二単位層における結晶格子とが整合し(
図6参照)、上記第一単位層と上記第二単位層との密着性に優れる。すなわち、上記切削工具は、上述のような構成を備えることによって、優れた耐剥離性を有することが可能になる。「耐剥離性」とは、上記第一単位層と上記第二単位層との界面における剥離に対する耐性を意味する。
【0014】
[2]上記第一単位層における1層あたりの厚みは、5nm以上50nm以下である。このように規定することで、上記切削工具は更に優れた耐剥離性を有することが可能になる。
【0015】
[3]上記第二単位層における1層あたりの厚みは、5nm以上50nm以下である。このように規定することで、上記切削工具は更に優れた耐剥離性を有することが可能になる。
【0016】
[4]上記多層構造層の厚みは、10nm以上10μm以下である。このように規定することで、上記切削工具は優れた耐剥離性に加えて、優れた耐摩耗性を有することが可能になる。
【0017】
[5]上記第一単位層は、チタン、アルミニウム、クロム、ケイ素、ニオブ、タングステン、バナジウム、タンタル、ハフニウム、ジルコニウム及びモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種の第一元素と、ホウ素、炭素、窒素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の第二元素とを構成元素として含む化合物からなる。このように規定することで、上記切削工具は優れた耐剥離性を有することに加えて、優れた耐摩耗性を有することが可能になる。
【0018】
[6]上記第二単位層は、チタン、アルミニウム、クロム、ケイ素、ニオブ、タングステン、バナジウム、タンタル、ハフニウム、ジルコニウム及びモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種の第三元素と、ホウ素、炭素、窒素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の第四元素とを構成元素として含む化合物からなり、
上記第二単位層は、上記第一単位層と組成が異なる。このように規定することで、上記切削工具は優れた耐剥離性を有することに加えて、優れた耐境界摩耗性を有することが可能になる。
【0019】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す。)について説明する。ただし、本実施形態はこれに限定されるものではない。本明細書において「A~Z」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上Z以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Zにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とZの単位とは同じである。さらに、本明細書において、例えば「TiC」等のように、構成元素の組成比が限定されていない化学式によって化合物が表された場合には、その化学式は従来公知のあらゆる組成比(元素比)を含むものとする。このとき上記化学式は、化学量論組成のみならず、非化学量論組成も含むものとする。例えば「TiC」の化学式には、化学量論組成「Ti1C1」のみならず、例えば「Ti1C0.8」のような非化学量論組成も含まれる。このことは、「TiC」以外の化合物の記載についても同様である。
【0020】
≪切削工具≫
本開示に係る切削工具は、
基材と、上記基材上に設けられた被膜とを含む切削工具であって、
上記被膜は、第一単位層と第二単位層とを有する多層構造層を含み、
上記多層構造層において、上記第一単位層及び上記第二単位層は、それぞれが交互に1層以上積層されており、
上記多層構造層における(200)面、(111)面及び(220)面それぞれのX線回折強度を、I(200)、I(111)及びI(220)とした場合、以下の式1
0.6≦I(200)/{I(200)+I(111)+I(220)} 式1
を満たし、
上記第一単位層は、c軸方向の面間隔d1cがa軸方向の面間隔d1aよりも大きいNaCl様構造であり、
上記第二単位層は、c軸方向の面間隔d2cがa軸方向の面間隔d2aよりも小さいNaCl様構造であり、
以下の式2、式3及び式4
1≦d1a/d2a≦1.02 式2
1.01≦d1c/d2c≦1.05 式3
d1a/d2a<d1c/d2c 式4
を満たす。ここで、上記a軸方向の面間隔は、上記第一単位層及び上記第二単位層の積層方向に対して垂直な方向における格子面間隔であり、上記c軸方向の面間隔は、上記第一単位層及び上記第二単位層の積層方向に対して平行な方向における格子面間隔である。
【0021】
本実施形態に係る切削工具は、例えば、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等であり得る。
【0022】
図1は、切削工具の一態様を例示する斜視図である。このような形状の切削工具は、例えば、刃先交換型切削チップとして用いられる。上記切削工具10は、すくい面1と、逃げ面2と、すくい面1と逃げ面2とが交差する刃先稜線部3とを有する。すなわち、すくい面1と逃げ面2とは、刃先稜線部3を挟んで繋がる面である。刃先稜線部3は、切削工具10の切刃先端部を構成する。このような切削工具10の形状は、上記切削工具の基材の形状と把握することもできる。すなわち、上記基材は、すくい面と、逃げ面と、すくい面及び逃げ面を繋ぐ刃先稜線部とを有する。
【0023】
<基材>
本実施形態の基材は、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。例えば、上記基材は、超硬合金(例えば、炭化タングステン(WC)基超硬合金、WCの他にCoを含む超硬合金、WCの他にCr、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加した超硬合金等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム等)、立方晶型窒化硼素焼結体(cBN焼結体)及びダイヤモンド焼結体からなる群から選ばれる1種を含むことが好ましい。
【0024】
これらの各種基材の中でも、特に超硬合金(特にWC基超硬合金)、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。その理由は、これらの基材が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、上記用途の切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
【0025】
基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素又はη相と呼ばれる異常相を含んでいても本実施形態の効果は示される。なお、本実施形態で用いる基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。例えば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、cBN焼結体の場合には表面硬化層が形成されていてもよく、このように表面が改質されていても本実施形態の効果は示される。
【0026】
上記切削工具が、刃先交換型切削チップ(旋削加工用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ等)である場合、基材は、チップブレーカーを有するものも、有さないものも含まれる。刃先の稜線部分の形状は、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与した形状)、ネガランド(面取りをした形状)、ホーニングとネガランドを組み合わせた形状の中で、いずれの形状も含まれる。
【0027】
<被膜>
本実施形態に係る被膜は、上記基材上に設けられている。「被膜」は、上記基材の少なくとも一部(例えば、すくい面の一部)を被覆することで、切削工具における耐剥離性、耐欠損性、耐摩耗性等の諸特性を向上させる作用を有するものである。上記被膜は、上記基材の全面を被覆することが好ましい。しかしながら、上記基材の一部が上記被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。上記被膜は、第一単位層と第二単位層とを有する多層構造層を含む。
【0028】
上記被膜の厚みは、10nm以上10μm以下であることが好ましく、10nm以上5μm以下であることがより好ましく、1μm以上3μm以下であることが更に好ましい。ここで、被膜の厚みとは、被膜を構成する層それぞれの厚みの総和を意味する。「被膜を構成する層」としては、例えば、上記多層構造層、後述する下地層、中間層及び表面層等の他の層が挙げられる。上記被膜の厚みは、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルにおける任意の10点を測定し、測定された10点の厚みの平均値をとることで求めることが可能である。このときの測定倍率は、例えば10000倍である。上記断面サンプルとしては、例えば、イオンスライサ装置で上記切削工具の断面を薄片化したサンプルが挙げられる。上記多層構造層、上記下地層、上記中間層及び上記表面層等のそれぞれの厚みを測定する場合も同様である。透過型電子顕微鏡としては、例えば、日本電子株式会社製のJEM-2100F(商品名)が挙げられる。
【0029】
(多層構造層)
本実施形態に係る多層構造層20は、第一単位層21と、第二単位層22とを含む(
図2)。上記多層構造層20において、上記第一単位層21及び上記第二単位層22は、それぞれが交互に1層以上積層されている(
図2、
図3、
図4)。上記多層構造層20は、本実施形態に係る切削工具が奏する効果を維持する限り、上記基材11の直上に設けられていてもよいし(
図2、
図3)、下地層31等の他の層を介して上記基材11の上に設けられていてもよい(
図4)。上記多層構造層20は、切削工具が奏する効果を維持する限り、その上に表面層32等の他の層が設けられていてもよい(
図4)。また、上記多層構造層20は、上記被膜40の表面に設けられていてもよい。
【0030】
本実施形態の一側面において、上記切削工具が奏する効果を維持する限り、上記多層構造層は複数設けられていてもよい。例えば、上記被膜が第一の多層構造層と第二の多層構造層とを含む場合、上記被膜は上記第一の多層構造層と上記第二の多層構造層との間に設けられている中間層を更に備えていてもよい。
【0031】
上記多層構造層は、上記基材の逃げ面を被覆することが好ましい。上記多層構造層は、上記基材のすくい面を被覆していてもよい。上記多層構造層は、上記基材の全面を被覆することがより好ましい。しかしながら、上記基材の一部が上記多層構造層で被覆されていなかったりしていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。
【0032】
上記多層構造層の厚みは、10nm以上10μm以下であることが好ましく、1μm以上5μm以下であることがより好ましく、1μm以上3μm以下であることが更に好ましい。このようにすることで、上記切削工具は優れた耐剥離性を有することに加えて、優れた耐摩耗性を有することが可能になる。当該厚みは、例えば、上述したような上記切削工具の断面を透過型電子顕微鏡を用いて倍率10000倍で観察することで測定可能である。
【0033】
上記多層構造層における(200)面、(111)面及び(220)面それぞれのX線回折強度を、I(200)、I(111)及びI(220)とした場合、以下の式1
0.6≦I(200)/{I(200)+I(111)+I(220)} 式1
を満たす。ここで、「(200)面のX線回折強度I(200)」とは、(200)面に由来するX線回折ピークのうち、最も高いピークにおける回折強度(ピークの高さ)を意味する。「(111)面のX線回折強度I(111)」及び「(220)面のX線回折強度I(220)」についても同様である。
【0034】
具体的には、後述する実施例に記載の条件で上記多層構造層における任意の3点それぞれに対して、θ/2θ法によるX線回折測定(XRD測定)を行い、所定の結晶面のX線回折強度を求め、求められた3点のX線回折強度の平均値を当該所定の結晶面のX線回折強度とする。このとき、(200)面のX線回折強度は、2θ=43~44°付近におけるX線回折強度に対応し、(111)面のX線回折強度は、2θ=37~38°付近におけるX線回折強度に対応する。また、(220)面のX線回折強度は、2θ=63~65°付近におけるX線回折強度に対応する。
上記X線回折測定に用いる装置としては、たとえば、株式会社リガク製の「SmartLab」(商品名)、パナリティカル製の「X’pert」(商品名)等が挙げられる。
【0035】
上述のI(200)/{I(200)+I(111)+I(220)}における上限は、例えば1以下であってもよいし、1未満であってもよいし、0.95以下であってもよいし、0.8以下であってもよい。
【0036】
本実施形態の一側面において、上記多層構造層の残留応力は、-3GPa以上0GPa以下であってもよい。ここで、「多層構造層の残留応力」とは、多層構造層に存在する内部応力(固有ひずみ)を意味する。多層構造層の残留応力のうち、負の値(マイナスの値)で表される残留応力を「圧縮残留応力」という。すなわち、本実施形態の一側面において、上記多層構造層の圧縮残留応力は、0GPa以上3GPa以下であってもよい。後述するように本実施形態における多層構造層(すなわち、第一単位層及び第二単位層)は、積層方向における圧縮残留応力の発生が抑制されている。そのため、上記多層構造層の圧縮残留応力は、上述の範囲をとることが可能になる。上記残留応力は、X線を用いた2θ-sin2ψ法(側傾法)によって求めることが可能である。
【0037】
上記多層構造層の残留応力が-3GPa以上0GPa以下である場合、c軸方向の面間隔(d1c、d2c)は、単一の層を形成した場合におけるNaCl構造の面間隔(d1、d2)に対して近い値をとっていると本発明者らは考えている。c軸方向の面間隔がこのような値をとることによって、第一単位層及び第二単位層それぞれが有する本来の性質(例えば、硬度、靱性、強度等)が発揮されると本発明者らは考えている。
【0038】
(第一単位層)
本実施形態において、第一単位層は、c軸方向の面間隔d1cがa軸方向の面間隔d1aよりも大きいNaCl様構造である。ここで、「NaCl様構造」とは、塩化ナトリウム型の結晶構造においてa軸方向の面間隔とc軸方向の面間隔とが異なっている結晶構造を意味する。本実施形態において「a軸方向の面間隔」とは、上記第一単位層及び後述する第二単位層の積層方向に対して垂直な方向における格子面間隔を意味する。本実施形態において「c軸方向の面間隔」とは、上記第一単位層及び後述する第二単位層の積層方向に対して平行な方向における格子面間隔を意味する。
【0039】
本実施形態において、第一単位層及び後述する第二単位層のうち、対象の層を構成する化合物で単一の層を形成した場合におけるNaCl構造の面間隔が大きい方を「第一単位層」とする。すなわち、上記第一単位層を構成する化合物で単一の層を形成した場合におけるNaCl構造の面間隔d1(nm)は、上記第二単位層を構成する化合物で単一の層を形成した場合におけるNaCl構造の面間隔d2(nm)よりも大きい。
【0040】
第一単位層におけるa軸方向の面間隔d1a(nm)に対するc軸方向の面間隔d1c(nm)の比d1c/d1aは、1を超えて1.05以下であることが好ましく、1.01以上1.03以下であることがより好ましい。
【0041】
面間隔は、次のようにして求められる。まず、基材の表面の法線方向に平行な断面を含む測定試料を作製する。次に、当該断面における観察対象である層(例えば、第一単位層、第二単位層)を走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)で観察し、観察画像をフーリエ変換することで測定可能である。本実施形態においてSTEMにおける分析は、以下の条件で行うものとする。
<STEM分析条件>
測定機器:日本電子製、商品名:JEM-2100f(Cs)
加速電圧:200kV
倍率:20万~800万倍
ビーム径:0.13μm
【0042】
上記第一単位層における1層あたりの厚みは、5nm以上50nm以下であることが好ましく、10nm以上30nm以下であることがより好ましく、10nm以上20nm以下であることが更に好ましい。当該厚みは、例えば、上述したような上記切削工具の断面を透過型電子顕微鏡を用いて倍率10000倍で観察することで測定可能である。
【0043】
上記第一単位層は、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、クロム(Cr)、ケイ素(Si)、ニオブ(Nb)、タングステン(W)、バナジウム(V)、タンタル(Ta)、ハフニウム(Hf)、ジルコニウム(Zr)及びモリブデン(Mo)からなる群より選ばれる少なくとも1種の第一元素と、ホウ素(B)、炭素(C)、窒素(N)及び酸素(O)からなる群より選ばれる少なくとも1種の第二元素とを構成元素として含む化合物からなることが好ましい。上記第一単位層の組成は、上述の断面サンプルをTEMに付帯のエネルギー分散型X線分光法(TEM-EDX)で、第一単位層の全体を元素分析することによって求めることが可能である。このときの観察倍率は、例えば、20000倍である。
【0044】
上記第一単位層を構成する化合物としては例えば、TiAlN、TiAlSiN、TiAlNbN等が挙げられる。
【0045】
(第二単位層)
本実施形態において、上記第二単位層は、c軸方向の面間隔d2c(nm)がa軸方向の面間隔d2a(nm)よりも小さいNaCl様構造である。
【0046】
第二単位層におけるa軸方向の面間隔d2aに対するc軸方向の面間隔d2cの比d2c/d2aは、0.95以上1未満であることが好ましく、0.96以上0.995以下であることがより好ましい。
【0047】
上記第二単位層における1層あたりの厚みは、5nm以上50nm以下であることが好ましく、10nm以上20nm以下であることがより好ましい。当該厚みは、例えば、上述したような上記切削工具の断面を透過型電子顕微鏡を用いて倍率10000倍で観察することで測定可能である。
【0048】
上記第二単位層は、チタン、アルミニウム、クロム、ケイ素、ニオブ、タングステン、バナジウム、タンタル、ハフニウム、ジルコニウム及びモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種の第三元素と、ホウ素、炭素、窒素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の第四元素とを構成元素として含む化合物からなることが好ましい。ここで、上記第二単位層は上記第一単位層と組成が異なる。上記第二単位層の組成は、上述の断面サンプルをTEMに付帯のエネルギー分散型X線分光法(TEM-EDX)で、第二単位層の全体を元素分析することによって求めることが可能である。このときの観察倍率は、例えば、20000倍である。
【0049】
上記第二単位層を構成する化合物としては例えば、AlCrN、AlCrSiN、AlCrNbN、AlCrBN等が挙げられる。
【0050】
(第一単位層の面間隔と第二単位層の面間隔)
本実施形態において、第一単位層におけるa軸方向の面間隔d1aと第二単位層におけるa軸方向の面間隔d2aとは、以下の式2を満たす。
1≦d1a/d2a≦1.02 式2
【0051】
上記面間隔d
1aと上記面間隔d
2aとが式2を満たすことで、上記第一単位層と上記第二単位層との界面において両層の結晶格子が整合する(
図6参照)。そのため、上記第一単位層と上記第二単位層との界面の強度が向上し、ひいては両層間の密着力が向上する。
【0052】
上述のd1a/d2aは、1以上1.01以下であることが好ましく、1以上1.005以下であることがより好ましい。
【0053】
本実施形態において、第一単位層におけるc軸方向の面間隔d1cと第二単位層におけるc軸方向の面間隔d2cとは、以下の式3を満たす。
1.01≦d1c/d2c≦1.05 式3
【0054】
上記面間隔d1cと上記面間隔d2cとが式3を満たすことで、耐剥離性に優れる切削工具となる。
【0055】
上述のd1c/d2cは、1.02以上1.05以下であることが好ましく、1.03以上1.05以下であることがより好ましい。
【0056】
また、本実施形態において、上述のd1a/d2aと上述のd1c/d2cとは、以下の式4を満たす。
d1a/d2a<d1c/d2c 式4
【0057】
以上説明したように、上記多層構造層を構成する第一単位層及び第二単位層は、面内方向(a軸方向)の面間隔(d1a、d2a)が互いに整合している。一方で、上記第一単位層及び第二単位層それぞれは、積層方向(c軸方向)の面間隔(d1c、d2c)が、面内方向の面間隔と比較して、単一の層を形成した場合におけるNaCl構造の面間隔(d1、d2)に近い面間隔となっている。そのため、第一単位層及び第二単位層それぞれが有する本来の性質(例えば、硬度、靱性、強度等)を損なうことなく、両層間の密着性を向上させることが可能になったと本発明者らは考えている。
例えば、第一単位層がTiAlNからなり、第二単位層がAlCrNからなる場合、耐摩耗性に優れ、かつ切削加工時における加工面粗度が良好な多層構造層とすることが可能になる。
【0058】
(他の層)
本実施形態の効果を損なわない限り、上記被膜は、他の層を更に含んでいてもよい。上記他の層としては、例えば、上記基材と上記多層構造層との間に設けられている下地層及び上記多層構造層上に設けられている表面層等が挙げられる。また、上記被膜が第一の多層構造層と第二の多層構造層とを含む場合における上記第一の多層構造層と上記第二の多層構造層との間に設けられている中間層が挙げられる。
【0059】
上記下地層は、例えば、AlCrNで表される化合物からなる層であってもよい。上記表面層は、例えば、TiNで表される化合物からなる層であってもよい。上記中間層は、例えば、TiAlNで表される化合物からなる層であってもよい。上記他の層の組成は、上述の断面サンプルをTEMに付帯のエネルギー分散型X線分光法(TEM-EDX)で、当該他の層の全体を元素分析することによって求めることが可能である。このときの観察倍率は、例えば、20000倍である。
【0060】
上記他の層の厚みは、本実施形態の効果を損なわない範囲において、特に制限はないが例えば、0.1μm以上2μm以下が挙げられる。当該厚みは、例えば、上述したような上記切削工具の断面を透過型電子顕微鏡を用いて倍率10000倍で観察することで測定可能である。
【0061】
≪切削工具の製造方法≫
本実施形態に係る切削工具の製造方法は、
上記基材を準備する工程(以下、「第1工程」という場合がある。)と、
物理的蒸着法を用いて、上記基材上に第一単位層と第二単位層とを交互にそれぞれ1層以上積層することで上記多層構造層を形成する工程(以下、「第2工程」という場合がある。)と、を含む。
【0062】
物理蒸着法とは、物理的な作用を利用して原料(「蒸発源」、「ターゲット」ともいう。)を気化し、気化した原料を基材等の上に付着させる蒸着方法である。物理的蒸着法としては、例えば、スパッタ法、アークイオンプレーティング法等が挙げられる。特に、本実施形態で用いる物理的蒸着法は、アークイオンプレーティング法を用いることが好ましい。
【0063】
アークイオンプレーティング法は、装置内に基材を設置するとともにカソードとしてターゲットを設置した後、このターゲットに高電流を印加してアーク放電を生じさせる。これにより、ターゲットを構成する原子を蒸発させイオン化させて、負のバイアス電圧を印可した基材上に堆積させて被膜を形成する。
【0064】
<第1工程:基材を準備する工程>
第1工程では基材を準備する。例えば、基材として超硬合金基材、又は立方晶窒化ホウ素焼結体が準備される。超硬合金基材及び立方晶窒化ホウ素焼結体は、市販の基材を用いてもよく、一般的な粉末冶金法で製造してもよい。例えば、一般的な粉末冶金法で超硬合金を製造する場合、まず、ボールミル等によってWC粉末とCo粉末等とを混合して混合粉末を得る。当該混合粉末を乾燥した後、所定の形状に成形して成形体を得る。さらに当該成形体を焼結することにより、WC-Co系超硬合金(焼結体)を得る。次いで当該焼結体に対して、ホーニング処理等の所定の刃先加工を施すことにより、WC-Co系超硬合金からなる基材を製造することができる。第1工程では、上記以外の基材であっても、この種の基材として従来公知のものであればいずれも準備可能である。
【0065】
<第2工程:多層構造層を形成する工程>
第2工程では、物理的蒸着法を用いて、上記基材上に第一単位層と第二単位層とを交互にそれぞれ1層以上積層することで上記多層構造層を形成する。その方法としては、形成しようとする多層構造層の組成に応じて、各種の方法が用いられる。例えば、Ti、Cr及びAl等の粒径をそれぞれ変化させた合金製ターゲットを使用する方法、それぞれ組成の異なる複数のターゲットを使用する方法、成膜時に印可するバイアス電圧をパルス電圧とする方法、成膜時にガス流量を変化させる方法、又は、成膜装置において基材を保持する基材ホルダの回転速度を調整する方法等を挙げることができる。
【0066】
例えば、第2工程は、次のようにして行なうことができる。まず、成膜装置のチャンバ内に、基材として任意の形状のチップを装着する。例えば、基材を、成膜装置のチャンバ内において中央に回転可能に備え付けられた回転テーブル上の基材ホルダの外表面に取り付ける。次に、第一単位層形成用の蒸発源と第二単位層形成用の蒸発源とを、上記基材ホルダを挟むように対向して配置する。基材ホルダには、バイアス電源を取り付ける。第一単位層形成用の蒸発源と第二単位層形成用の蒸発源とには、それぞれアーク電源を取り付ける。上記基材をチャンバ内の中央で回転させた状態で、反応ガスとして窒素ガス等を導入する。さらに、基材を温度400~500℃に、反応ガス圧を2~10Paに、バイアス電源の電圧を20~50V(直流電源)の範囲にそれぞれ維持しながら、第一単位層形成用の蒸発源及び第二単位層形成用の蒸発源に80~100Aのアーク電流を交互に供給する。これにより、第一単位層形成用の蒸発源及び第二単位層形成用の蒸発源から金属イオンを発生させ、上記基材が第一単位層形成用の蒸発源に対向しているときは第一単位層が形成され、上記基材が第二単位層形成用の蒸発源に対向しているときは第二単位層が形成される。所定の時間が経過したところでアーク電流の供給を止めて、基材の表面上に多層構造層(第一単位層及び第二単位層)を形成する。このとき、上記基材の回転速度を調節することにより、第一単位層及び第二単位層それぞれの厚みを調整する。また、成膜時間を調節することにより、多層構造層の厚みが所定範囲になるように調整する。上記第2工程は、切削加工に関与する部分(例えば、切れ刃付近のすくい面)に加えて、切削加工に関与する部分以外の上記基材の表面上に多層構造層が形成されていてもよい。本実施形態に係る製造方法は、従来の方法よりも低い温度で、第一単位層形成用の蒸発源及び第二単位層形成用の蒸発源にアーク電流を交互に供給している。このようにすることで、面内方向の面間隔の整合を維持しながら積層方向には面間隔の異なる成膜が実施可能になる。
【0067】
(第一単位層の原料)
上記第2工程において、第一単位層の原料は、チタン、アルミニウム、クロム、ケイ素、ニオブ、タングステン、バナジウム、タンタル、ハフニウム、ジルコニウム及びモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種の第一元素を含むことが好ましい。上記第一単位層の原料の配合組成は、目的とする第一単位層の組成に応じて適宜調整が可能である。上記第一単位層の原料は、粉末状であってもよいし、平板状であってもよい。
【0068】
(第二単位層の原料)
上記第2工程において、第二単位層の原料は、チタン、アルミニウム、クロム、ケイ素、ニオブ、タングステン、バナジウム、タンタル、ハフニウム、ジルコニウム及びモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種の第三元素を含むことが好ましい。上記第二単位層の原料の配合組成は、目的とする第二単位層の組成に応じて適宜調整が可能である。上記第二単位層の原料の配合組成は、上記第一単位層の原料の配合組成と異なることが好ましい。上記第二単位層の原料は、粉末状であってもよいし、平板状であってもよい。
【0069】
本実施形態において、上述した反応ガスは、上記多層構造層の組成に応じて適宜設定される。上記反応ガスとしては、例えば、窒素ガス、メタン等が挙げられる。
【0070】
<その他の工程>
本実施形態に係る製造方法では、上述した工程の他にも、第1工程と第2工程との間に、上記基材の表面をイオンボンバードメント処理する工程、基材と上記多層構造層との間に下地層を形成する工程、上記多層構造層の上に表面層を形成する工程、第一の多層構造層と第二の多層構造層との間に中間層を形成する工程及び、表面処理する工程等を適宜行ってもよい。
【0071】
上述の下地層、中間層及び表面層等の他の層を形成する場合、従来の方法によって他の層を形成してもよい。
【実施例0072】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0073】
≪切削工具の作製≫
<基材の準備>
被膜を形成させる対象となる基材として、以下の手順で立方晶窒化ホウ素焼結体(cBN焼結体)を準備した(第1工程:基材を準備する工程)。まず、cBNの原料粉末と結合材の原料粉末とを均一に混合した後、Mо(モリブデン)製カプセルに充填して所定の形状に成形し、成形体を得た。次に得られた成形体を1300~1800℃の温度で、5~7GPaの圧力で、10~60分保持することで、cBNの焼結体を得た。得られた焼結体を超硬合金製の基材にロウ付けし、所定の形状(ISO規格:DNGA150408)に成型した。このようにして、切れ刃部分が複合焼結体からなる基材を準備した。
【0074】
<イオンボンバードメント処理>
後述する被膜の作製に先立って、以下の手順で上記基材の表面にイオンボンバードメント処理を行った。まず、上記基材をアークイオンプレーティング装置にセットした。次に、以下の条件によってイオンボンバードメント処理を行った。
ガス組成 : Ar(100%)
ガス圧 : 0.5Pa
バイアス電圧: 600V(直流電源)
処理時間 : 60分
【0075】
<被膜の作製>
イオンボンバードメント処理を行った上記基材の表面上に、表1に示される多層構造層を形成することによって、被膜を作製した。なお、後述する試料No.3においては、多層構造層を形成する前に、公知の物理的蒸着法によって上記基材の表面上に下地層を形成した。以下、多層構造層の作製方法について説明する。
【0076】
(多層構造層の作製)
試料No.1~7においては、基材をチャンバ内の中央で回転させた状態で、反応ガスとして窒素ガスを導入した。さらに、基材を温度500℃に、反応ガス圧を4Paに、バイアス電源の電圧を35V(直流電源)にそれぞれ維持して第一単位層形成用の蒸発源及び第二単位層用の蒸発源にそれぞれ150Aのアーク電流を交互に供給した。これにより、第一単位層形成用の蒸発源及び第二単位層形成用の蒸発源から金属イオンを発生させ、基材上に表1に示す組成の多層構造層を形成した(第2工程:多層構造層を形成する工程)。
以上の工程によって、試料No.1~7の切削工具を作製した。
【0077】
【0078】
≪切削工具の特性評価≫
上述のようにして作製した試料No.1~7の切削工具を用いて、以下のように、切削工具の各特性を評価した。なお、試料No.1~3の切削工具は実施例に対応し、試料No.4~7の切削工具は比較例に対応する。
【0079】
<被膜の厚み(多層構造層の厚み)の測定>
被膜の厚み(第一単位層、第二単位層及び多層構造層の厚み、並びに下地層の厚み等)は、透過型電子顕微鏡(TEM)(日本電子株式会社製、商品名:JEM-2100F)を用いて、基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルにおける任意の10点を測定し、測定された10点の厚みの平均値をとることで求めた。このときの観察倍率は、10000倍であった。また、以下の式から上記多層構造層における第一単位層及び第二単位層の繰返し数を求めた。結果を表1に示す。(第一単位層及び第二単位層の繰返し数)=多層構造層の合計厚み/(第一単位層の1層あたりの厚み+第二単位層の1層あたりの厚み)
【0080】
<多層構造層のX線回折分析>
多層構造層についてX線回折分析法(XDR分析法)による分析を行って、(200)面、(111)面及び(220)面それぞれのX線回折強度を求めた。X線回折分析の条件を以下に示す。求められたX線回折強度I(200)、I(111)、I(220)、及びI(200)/{I(200)+I(111)+I(220)}を表1に示す。
X線回折分析の条件
走査軸:2θ-θ
X線源:Cu-Kα線(1.541862Å)
検出器:0次元検出器(シンチレーションカウンタ)
管電圧:45kV
管電流:40mA
入射光学系:ミラーの利用
受光光学系:アナライザ結晶(PW3098/27)の利用
ステップ:0.03°
積算時間:2秒
スキャン範囲(2θ):10°~120°
【0081】
<STEMによる第一単位層及び第二単位層の分析>
第一単位層及び第二単位層について以下の手順でSTEMによる分析を行った。上述の断面サンプルにおける第一単位層及び第二単位層それぞれをSTEMで観察し、観察画像をフーリエ変換することで第一単位層及び第二単位層それぞれにおけるa軸方向の面間隔(d1a、d2a)及びc軸方向の面間隔(d1c、d2c)を求めた。上記STEMにおける分析は、以下の条件で行った。結果を表2に示す。
<STEM分析条件>
測定機器:日本電子製、商品名:JEM-2100f(Cs)
加速電圧:200kV
倍率:20万~800万倍
ビーム径:0.13μm
【0082】
≪切削試験≫
得られた切削工具を用いて、以下に示す切削条件にて切削加工(切削距離:150m)を行った。その後、光学顕微鏡を用いて、多層構造層の剥離の有無を観察した。多層構造層の剥離が確認されなかった切削工具は、耐剥離性に優れると評価できる。結果を表2に示す。
(切削条件)
被削材:高硬度鋼 SUJ2(HRC62)
(直径85mm×長さ200mm)
切削速度:V=150m/min.
送り:f=0.15mm/rev.
切込み:ap=0.5mm
湿式/乾式:湿式
【0083】
【0084】
<結果>
表1及び表2の結果から、上述の式1~式4を満たす試料No.1~試料No.3の切削工具は、上記切削試験において多層構造層の剥離が確認されなかった。一方、上述の式2~式4を満たさない試料No.4及び5の切削工具、上述の式1を満たさない試料No.6の切削工具、並びに、上述の式3を満たさない試料No.7の切削工具は、上記切削試験において、多層構造層の剥離が確認された。
以上の結果から、実施例に係る試料No.1~試料No.3の切削工具は、耐剥離性に優れることが分かった。
【0085】
以上のように本発明の実施形態及び実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態及び各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0086】
今回開示された実施の形態及び実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態及び実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
1 すくい面、 2 逃げ面、 3 刃先稜線部、 10 切削工具、 11 基材、 20 多層構造層、 21 第一単位層、 22 第二単位層、 31 下地層、 32 表面層、 40 被膜