(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022011655
(43)【公開日】2022-01-17
(54)【発明の名称】積雪安定度の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01W 1/10 20060101AFI20220107BHJP
G01N 3/24 20060101ALI20220107BHJP
【FI】
G01W1/10 P
G01N3/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020112943
(22)【出願日】2020-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100189348
【弁理士】
【氏名又は名称】古都 智
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 亮太
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 大介
【テーマコード(参考)】
2G061
【Fターム(参考)】
2G061AA11
2G061AB01
2G061AC04
2G061BA01
2G061CA16
2G061DA11
2G061EA01
2G061EA02
2G061EB03
(57)【要約】
【課題】全層雪崩の安定度を評価する積雪安定度の評価方法を提供する。
【解決手段】地面10上で支持された積雪15に発生する全層雪崩の安定度を評価する積雪安定度の評価方法であって、地面10上で積雪15の移動を抑制する支持力F2として、積雪15の最下層のせん断強度を用い、地面10上で積雪15を移動させる駆動力F1が、積雪15全体に作用する重力に関係するとし、駆動力F1に対する支持力F2の比に基づいて、全層雪崩の安定度を評価する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
地面上で支持された積雪に発生する全層雪崩の安定度を評価する積雪安定度の評価方法であって、
前記地面上で前記積雪の移動を抑制する支持力として、前記積雪の最下層のせん断強度を用い、
前記地面上で前記積雪を移動させる駆動力が、前記積雪全体に作用する重力に関係するとし、
前記駆動力に対する前記支持力の比に基づいて、前記全層雪崩の安定度を評価する積雪安定度の評価方法。
【請求項2】
前記せん断強度を、前記積雪の密度、前記積雪の含水率、及び前記積雪の硬度に基づいて求めることを特徴とする請求項1に記載の積雪安定度の評価方法。
【請求項3】
前記含水率を、前記積雪に含まれる水のうち、前記積雪から基準時間当たりに流れ出る水の割合を表す流出率に基づいて求める請求項2に記載の積雪安定度の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積雪安定度の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、表層雪崩を対象にして、積雪の安定度を評価する方法が知られている(例えば、非特許文献1参照)。例えば、表層雪崩は、既に積もった雪の上に新雪が積もり、新雪に作用する重力により、既に積もった雪に対して新雪が滑ることによって発生する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】水津重雄、「激しい降雪による乾雪表層雪崩危険度モデル」、日本雪氷学会誌、雪氷、2002年1月、64巻1号、p.15-24
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これに対して、全層雪崩は、例えば、傾斜した地面上で支持された積雪全体が、地面に対して滑ることによって発生する。全層雪崩に対しては、全層雪崩の安定度を評価する積雪安定度の評価方法が検討されていない。ここで言う安定度とは、全層雪崩が発生するか否かを判別するための指標のことを意味する。
【0005】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、全層雪崩の安定度を評価する積雪安定度の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
本発明の積雪安定度の評価方法は、地面上で支持された積雪に発生する全層雪崩の安定度を評価する積雪安定度の評価方法であって、前記地面上で前記積雪の移動を抑制する支持力として、前記積雪の最下層のせん断強度を用い、前記地面上で前記積雪を移動させる駆動力が、前記積雪全体に作用する重力に関係するとし、前記駆動力に対する前記支持力の比に基づいて、前記全層雪崩の安定度を評価することを特徴としている。
【0007】
この発明によれば、発明者は、全層雪崩では、積雪全体が地面に対して滑ること、及び、積雪に作用する駆動力の主な要因は重力であること等から、鋭意検討の結果、以下のことを見出した。すなわち、全層雪崩が発生するときの支持力が、積雪の最下層のせん断強度に関係する。そして、全層雪崩が発生するときの駆動力が、積雪全体に作用する重力に関係することを見出した。
このため、全層雪崩の安定度として、駆動力に対する支持力の比に基づいた指標を用いることで、地面上で支持された積雪に発生する全層雪崩の安定度を評価することができる。
【0008】
また、前記積雪安定度の評価方法において、前記せん断強度を、前記積雪の密度、前記積雪の含水率、及び前記積雪の硬度に基づいて求めてもよい。
この発明によれば、発明者は、鋭意検討の結果、積雪のせん断強度が、積雪の密度、含水率、及び硬度に基づいて精度良く求められることを見出した。また、これら密度、含水率、及び硬度は、例えば日本国の気象庁がアメダス(AMeDAS)として提供する気象データから得られる。このため、日本の各地域において、各時刻等における積雪のせん断強度を、容易かつ精度良く求めることができる。
【0009】
また、前記積雪安定度の評価方法において、前記含水率を、前記積雪に含まれる水のうち、前記積雪から基準時間当たりに流れ出る水の割合を表す流出率に基づいて求めてもよい。
この発明によれば、流出率を考慮して、積雪の含水率を精度良く求めることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の積雪安定度の評価方法によれば、全層雪崩の安定度を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態の積雪安定度の評価方法が適用される積雪モデルの断面図である。
【
図2】時間に対する駆動力及び支持力の変化の一例を説明する図である。
【
図3】時間に対する駆動力及び支持力の変化の他の例を説明する図である。
【
図4】同積雪安定度の評価方法に用いられる積雪性状モデルの説明図である。
【
図5】同積雪安定度の評価方法を示すフローチャートである。
【
図6】同積雪安定度の評価方法の算出工程を示すフローチャートである。
【
図7】積雪表面における熱収支を説明する図である。
【
図8】積雪表面における融雪が生じない場合での、損失熱量を考慮した積雪表面融雪量の算出の概念図である。
【
図9】積雪表面における融雪が生じる場合での、損失熱量を考慮した積雪表面融雪量の算出の概念図である。
【
図10】各積雪層の構成と水の鉛直浸透の概念図である。
【
図11】積雪の密度に対する流出率の関係を表す図である。
【
図12】積雪の硬度及びせん断強度の測定状況を説明する写真である。
【
図13】積雪底面における密度とせん断強度との関係を示す図である。
【
図14】せん断強度の観測値とせん断強度の推定値との関係を示す図である。
【
図15】同積雪モデルを用いて、具体的な駆動力を説明する図である。
【
図17】小型盛土の形状の概要を示す、一部を破断した斜視図である。
【
図18】大型盛土の形状の概要を示す、一部を破断した斜視図である。
【
図19】平地積雪の密度と斜面積雪の密度との関係を示す図である。
【
図20】時間に対する積雪深の変化を説明する図である。
【
図22】斜面積雪深の観測値と斜面積雪深の推定値との関係を説明する図である。
【
図23】駆動力の観測値と駆動力の推定値との関係を説明する図である。
【
図24】支持力の観測値と支持力の推定値との関係を説明する図である。
【
図25】安定度SIの観測値と安定度SIの推定値との関係を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る積雪安定度の評価方法の一実施形態を、
図1から
図25を参照しながら説明する。
なお、本明細書中で、「*1」等として引用する文献を、7章にまとめて示す。文献*3)は、前記非特許文献1と同一である。
【0013】
〔1.はじめに〕
積雪地域では、春先になると積雪の表面で多量の融雪水が生じる。このため、傾斜した地面上の積雪(以下、斜面積雪とも言う)が不安定化し(*1)、全層雪崩等の災害が発生しやすくなる。そのような災害に対して、積雪地域に営業線を持つ鉄道事業者は、雪崩巡回警備や、運転規制といったソフト対策を実施している。しかし、これらの対策では、災害履歴等の経験的な判断に基づいている場合が多い。このようなソフト対策を客観的基準に基づいてより有効かつ効率的に実施するためには、積雪の安定度を逐次評価することが可能な手法を確立することが重要である。
【0014】
積雪の安定度を、
図1に示す積雪モデルを用いて説明する。積雪モデルでは、地面10上で、積雪15が支持されている。地面10は、水平面に対して傾斜している。
図1中に、駆動力F1及び支持力F2を示す。駆動力F1は、地面10上で積雪15を移動させる力(積雪15の上載荷重)を意味する。支持力F2は、地面10上で積雪15の移動を抑制する力(積雪15の機械的強度)を意味する。
このとき、積雪15の安定度(積雪安定度)は、駆動力F1及び支持力F2の力学的バランスで評価できる。積雪15の安定度を表す指標には、SI(stability index)(例えば*1,2)が広く用いられている。以下では、この指標SIを、安定度SIとも言う。安定度SIは、
図1に示す積雪モデルにおいて、駆動力F1に対する支持力F2の比(F2/F1)で表わされる。本発明は、積雪15に発生する全層雪崩を対象としている。
【0015】
この考え方に基づけば、
図2に示すように、積雪15は、多量の降雪等により積雪15の駆動力F1が時間の経過とともに増加して、支持力F2を上回った場合に、安定度SIが低下し、雪崩が発生しやすい状態となる。なお、
図2及び後述する
図3では、横軸は時間を表し、縦軸は力の大きさを表す。
また、
図3に示すように、融雪量の増加等で積雪15の支持力F2が時間の経過とともに低下して、駆動力F1を下回った場合に、安定度SIが低下し、雪崩が発生しやすい状態となる。
積雪15の駆動力F1は、降水量(上載荷重)、地面10の傾斜角度等の、比較的容易に入手できるデータから求まる。一方、積雪15の支持力F2は、積雪15の密度や硬度、含水率等の物性値の影響を大きく受ける。このため、容易に入手可能な気象データ等から、支持力F2を直接算出することは難しい。従って、積雪15の物性値を推定するモデルを作成し、推定した物性値をもとに積雪15の支持力F2を求める必要がある。
【0016】
本発明では、積雪安定度の評価方法の確立のために、積雪15の物性値を推定可能なモデル(以降、積雪性状モデルとする)の作成に取り組んだ。積雪性状モデルを、延長の長い鉄道沿線へ適用することを考慮すると、入力データが多い、もしくは入手が困難な気象データを用いることは望ましくない。したがって、比較的容易に入手可能な気象データ(例えば、日本の全国で気象観測を行っている気象庁のアメダス(AMeDAS)の気象データ等)から、積雪の物性値を推定することが望まれる。本発明では、既往の研究成果のレビュー、積雪及び気象観測を実施して、それらの結果から1時間等の基準時間ごとに積雪15の物性値を推定可能な積雪性状モデルを作成した。
【0017】
〔2.積雪性状モデルの概要と計算フロー〕
〔2.1.積雪性状モデルの概要〕
積雪性状モデルにおいて、積雪層が形成される概念を、
図4に示す。
図4において、横軸は時間を表し、縦軸は積雪深を表す。積雪性状モデルでは、所定の時刻から例えば1時間という基準時間ごとに、その基準時間内に降雪があった時間に、1つの積雪層(t,j)を形成する。tは基準時間番号を表し、jは積雪層の層番号を表す。なお、以下では、積雪層(t,j)を、単に積雪層と記載する場合がある。後述する積雪表層(t,j
max)等においても、同様に記載する。
例えば、所定の時刻が1月1日の午前0時で、基準時間が1時間の場合で説明する。1月1日の午前0時から降雪が続いた場合、1月1日の午前0時から午前1時の間(t=1)に積雪層(1,1)が形成される。例えば、基準時間番号1に対応する時刻は、この基準時間の開始時の、1月1日の午前0時である。1月1日の午前1時から午前2時の間(t=2)に、新たに積雪層(2,2)が形成される。積雪層(1,1)が積雪層(2,1)になり、積雪層(2,2)の下に配置される。例えば、基準時間番号2に対応する時刻は、1月1日の午前1時である。
なお、基準時間は1時間に限定されず、2時間等でもよい。
計算は任意の基準時間番号nまで行うことができ、基準時間番号tにおける最も大きい層番号j(j
max)に対応する積雪層(t,j)が、積雪表層(t,j
max)となる。形成した各積雪層(t,j)について、表1に示すように積雪15の物性値を計算する。
【0018】
【0019】
例えば、表1において、積雪15の密度(物性値)は、単位が「kg/m3」となり、公知の粘性圧縮理論から推定できることを意味する。
【0020】
〔2.2.積雪安定度の評価方法のフローチャート〕
図5及び
図6に、積雪性状モデルを用いた、積雪安定度の評価方法(以下、単に評価方法とも言う)Sのフローチャートを示す。なお、ここでは各ステップにおける概要を示し、詳細は追って説明する。評価方法Sは、全層雪崩の後述する安定度SIを評価する方法である。
まず、ステップS1において、気象データを読み込む。例えば、気象データには、1時間という基準時間毎の降水量等が、複数組含まれる。すなわち、基準時間番号tが1から、2以上のnまでのデータが含まれるとする。
続いて行われるステップS2からステップS19は、基準時間番号tが1のデータに対して行われる。次に、ステップS2において、降水が雨か雪かを判別(判断)する。具体的には、ステップS3において、降水が雪(降雪)と判別された場合(YES)には、ステップS4に移行する。一方、ステップS3において、降水が雨(降雨)と判別された場合(NO)には、ステップS6に移行する。
【0021】
次に、ステップS4において、積雪表層(t,jmax)を形成する。積雪表層(t,jmax)の雪温は、気温と同値とする。積雪表層(t,jmax)以外の積雪層の雪温については、上下の積雪層と基準時間前の雪温の平均値から求める(*3)。なお、積雪表層(t,jmax)の質量は、降雪量から求める。
次に、ステップS5において、積雪表層(t,jmax)の初期密度を、気温の関数で算出する。一方、積雪表層(t,jmax)以外の積雪層については、上載荷重による粘性圧縮理論(*5,6)に基づいて、圧密現象を考慮した密度を推定する。
ステップS5が終了すると、ステップS10に移行する。
【0022】
ステップS6では、下層に積雪層がある、すなわち、既に積雪層が形成されているか否かが判断される。ステップS6において、下層に積雪層があると判定された場合(YES)には、ステップS10に移行する。一方、ステップS6において、下層に積雪層が無いと判定された場合(NO)には、ステップS2に移行する。
【0023】
次に、
図6に示す算出工程(ステップS10)において、ステップS11を行う。
ステップS11では、積雪表層(t,j
max)における融雪熱量を計算する。基準時間番号tが1である基準時間の融雪熱量のうち、複数の積雪層内に雪温が0℃未満の積雪層がある場合には、を0℃へ上昇させるための損失熱量(*4)を考慮した融雪熱量相当の質量が、積雪表面融雪量となる。
次に、ステップS12において、積雪表層(t,j
max)から水の浸透を計算する。水の浸透を計算した後で、ステップS13において、各積雪層の雪温を計算する。次に、ステップS14において、再度各積雪層の質量を計算する。求めた質量から上載荷重を計算し、各積雪層の密度を計算する。
次に、ステップS15において、各積雪層の含水率、硬度等の物性値を計算する。ステップS16において、各積雪層の層厚等を求めることで、積雪深を計算する。
【0024】
次に、ステップS17において、安定度SIを計算する。ステップS18において、各積雪層の計算結果を出力する。ステップS19において、積雪表面融雪量等を出力する。
算出工程S10が終了すると、
図5に示すステップS25に移行する。
【0025】
ステップS25では、入力データの計算が終了したか否かを判断する。ステップS25において、入力データの計算が終了したと判定された場合(YES)には、評価方法Sの全工程が終了する。一方、ステップS25において、入力データの計算が終了していないと判定された場合(NO)には、ステップS2に移行する。
気象データが、基準時間番号tが2のデータを含む場合には、ステップS25においてNOと判断され、ステップS2に移行する。
【0026】
次に、基準時間番号tが2のデータに対して、同様にステップS2からステップS19が行われる。そして、気象データが含む最も大きな基準時間番号nに対応するデータに対してステップS2からステップS19が行われる。この後で、ステップS25に移行すると、ステップS25においてYESと判断され、評価方法Sの全工程が終了する。
【0027】
〔3.各物性値の計算方法〕
〔3.1.雨雪判別及び降雪量Ps(t)、初期質量W(t,j)の推定方法〕
基準時間番号tにおける降水量P(t)[mm]に対して、気温Ta(t)[℃]=1を閾値として雨雪判別を行う。式(10)に示すように、基準時間番号tにおける気温Ta(t)が1℃以上だった場合は、降雪量Ps(t)が0で、降雨量Pr(t)が降水量P(t)に等しいとする。一方、基準時間番号tにおける気温Ta(t)が1℃未満だった場合は、降雪量Ps(t)が降水量P(t)に等しいとし、降雨量Pr(t)が0だとする。
Ta(t)≧1のとき
Ps(t)=0, Pr(t)=P(t)
Ta(t)<1のとき
Ps(t)=P(t), Pr(t)=0 ・・(10)
【0028】
ここで、単位面積[m2]当たりの降水量1mmは、水の密度ρw=1000kg/m3としたときに、質量1kgに相当する。本積雪性状モデルにおいては、単位面積を1m2とし、以下よりP(t)[kg/m2]から初期質量W0(t,jmax)[kg/m2]に換算する。
式(11)に示すように、降雪量Ps(t)>0の場合には、積雪表層の初期質量W0(t,jmax)[kg/m2]は、降雪量Ps(t)で与える。一方、降雪量Ps(t)=0のときには、W0(t,jmax)=0であり、本積雪性状モデル上では積雪層を形成しない。
Ps(t)>0のとき
W0(t,jmax)=Ps(t)
Ps(t)=0のとき
W0(t,jmax)=0 ・・(11)
【0029】
なお、積雪表層(t,jmax)よりも下の積雪層(t,j)の初期質量W0(t,j)は、基準時間前の同じ積雪層(t-1,j)の質量W(t-1,j)で与える。
【0030】
〔3.2.初期雪温Ts0(t,j)の推定方法〕
積雪層(t,j)の初期雪温Ts0(t,j)は、積雪表層(t,jmax)と、積雪最下層(t,1)と、それら以外の積雪層(t,j)とに区別し、既往の研究成果(*3)を参考にして式(12)で与えた。
積雪表層(t,jmax)のとき
Ts0(t,jmax)=Ta(t)
積雪最下層(t,1)のとき
Ts0(t,1)=(Ts0(t,2)+Ts(t-1,1)+Tg(t))/3
それら以外の積雪層(t,j)のとき
Ts0(t,j)=(Ts0(t,j+1)+Ts0(t,j-1)
+Ts(t-1,j))/3 ・・(12)
ここで、Ta(t)は基準時間番号tに対応する基準時間での気温[℃]、Tg(t)は基準時間番号tに対応する基準時間における土中温度[℃]を表す。本実施形態では、土中温度Tg(t)は、一律0℃とした。
【0031】
〔3.3.初期密度ρinitial(t,j)の推定方法〕
基準時間番号tに対応する基準時間における降雪量Ps(t)>0の場合には、積雪表層(t,jmax)を新雪層と判断する。そして、初期密度ρinitial(t,jmax)を式(13)で与える。
ただし、eはネイピア数(=2.718‥)である。
【0032】
【0033】
なお、積雪表層(t,jmax)以外の積雪層(t,j)の初期密度ρinitial(t,j)は、密度ρ(t-1,j)で与えることとする。
【0034】
〔3.4.融雪熱量Q
M(t)及び損失熱量Q
A(t,j)の計算〕
本積雪性状モデルでは、積雪表面における融雪量を融雪量解析で広く用いられている熱収支法(*1)に基づいて、融雪熱量を計算する。熱収支法は、
図7に示すように、積雪表面における熱収支から融雪熱量Q
M(t)を求める手法である。各基準時間番号tに対応する基準時間における融雪熱量Q
Mは、式(16)で表現される。
Q
M=Q
R+Q
H+Q
L+Q
P+Q
C・・(16)
ここで、Q
Rは正味放射量、Q
Hは顕熱輸送量、Q
Lは潜熱輸送量、Q
Pは降雨伝達熱量、Q
Cは雪中伝導熱量である。式(16)では、積雪表面を基準面として、基準面へ入る熱量を正、基準面から出る熱量を負とした。熱量は、単位面積、単位時間当たりの大きさW/m
2で表す。式(16)で得られた融雪熱量Q
M(W/m
2)を、0℃の氷の融解潜熱(=0.334×10
6J/kg)で除することで、積雪表面融雪量M
S(mm)に換算する。
【0035】
本来、熱収支法を用いて積雪表面融雪量を推定するには、多くの気象データを必要とする。しかし、鉄道沿線への適用を考えた場合、入力データは極力少ない方が望ましい。そこで本積雪性状モデルでは、熱収支式の一部を定式化する等して与えることで、アメダスデータ(気温、降水量、風速、日照時間、積雪深)等を入力値として積雪表面融雪量を推定する(*2)。
以下に、本積雪性状モデルにおける式(16)に示す各熱量の算出式を示す。なお、熱量は全て基準時間番号tにおけるものであることから、「(t)」の表記を省略する。
【0036】
〔3.4.1.正味放射量QR〕
正味放射量QRは、式(19)で求まる。
QR=Kd+Ku+Ld+Lu ・・(19)
Kd等については、後で説明する。
まず、式(20)が成り立つ。
Kd/S0=a1+a2(n/60)+a3(n/60)2 ・・(20)
ここで、Kdは下向短波放射量(W/m2)であり、S0は大気上端における水平面日射量(W/m2)である。nは日照時間[min]、a1~a3は地域による係数である。新潟県南魚沼市及び北海道岩見沢市における2冬期間の全天日射量の観測値に基づいて、これらの係数のフィッティングを行った。その結果、a1=0.20,a2=0.80,a3=-0.21とした。
【0037】
雪面に入射した下向短波放射量Kdのうち、雪面で反射する量(反射量Ku)は、Kdと反射率(アルベド)αの積で表すことができる。ここで、反射率αは、主に積雪の水分量と汚れにより変化することが知られている(*7)。反射率αを、下向短波放射量Kdと同様に、新潟及び北海道の観測結果から式(21)で算出した。
α=f1Ta+f2PS+f3Kd+f4PST+f5 ・・(21)
【0038】
ここで、Taは気温(℃)、PSは降雪量(mm)、PSTは降雪からの経過時間(h)である。f1~f4はそれぞれ対応する係数、f5は定数項である。重回帰分析の結果、以下の係数が得られた。
厳冬期(新潟) :f1=-0.01858,f2=0.02905,f3=-0.00017,f4=0.00005,f5=0.85517
厳冬期(北海道):f1=-0.00526,f2=0.01898,f3=-0.00027,f4=-0.00035,f5=0.92487
融雪期(新潟) :f1=-0.01294,f2=0.06514,f3=-0.00008,f4=-0.00035,f5=0.75238
融雪期(北海道):f1=-0.01985,f2=-0.02012,f3=-0.00011,f4=-0.00114,f5=0.92007
【0039】
大気中の雲及び水蒸気から雪面に与えられる熱量(下向き長波放射量)Ldは、気温Taと日照時間Sから式(22)で推定した(*8)。
Ld=σT4(1-(1-Ldf/σT4))×C ・・(22)
ここで、Tは気温[K]、σはステファン-ボルツマン定数(=5.67×10-8Wm-2K-4)、Ldfは快晴時に大気中の水蒸気のみから与えられる長波放射量[W/m2]、Cは雲の効果を表す係数である。なお、Tは、(273.15+Ta)の式による値に等しい。LdfとCは、それぞれ式(23)及び式(24)から推定した(*2)。
Ldf=(0.74×0.19x×0.77x2)σT4
x=log10Wtop ・・(23)
C=0.826(n/60)3-1.234(n/60)2+1.135(n/60)
+0.298
ただし、日照時間n=0のとき C=0.2235 ・・(24)
ここで、Wtopは有効水蒸気量の全量(新潟:30mm、北海道:10mmとした)である。
雪面から大気へ向けて射出される熱量(上向き長波放射量)Luは、雪温Ts1から式(25)で推定した(*4)。
Lu=σTs1
4 ・・(25)
【0040】
なお、雪温Ts1は、新潟県に位置する塩沢雪害防止実験所における気象要素・融雪の観測の結果から、以下の(1)~(3)で与える値とした。
(1)気温Taが0℃以下のとき、気温Taと雪温Tsは等しいものとする。
(2)気温Taが0℃以上のとき、雪温Tsは0℃とする。
(3)現地観測による長波放射量の値から、雪温度の時間変化を推定した。その結果、夜間から早朝にかけて放射冷却が生じたときに、雪温は気温より約3℃低い値を示した。そこで、日没から早朝にかけて、3時間毎の気温変化がマイナスとなったとき、雪温Ts1は気温Taより3℃低いものとする。
【0041】
〔3.4.2.顕熱輸送量QH及び潜熱輸送量QL〕
顕熱輸送量QH及び潜熱輸送量QLは、バルク法(例えば*3,4)を用いて、中立大気の条件を仮定することで式(28),(29)より求まる.
QH=CHρairCP(Ta-TS)uz ・・(28)
QL=CEρairl(0.622 /AP)(ez-e0)uz ・・(29)
ここで、CHとCEはそれぞれ顕熱輸送、潜熱輸送に対するバルク輸送係数1.74×10-3[無次元]、ρairは空気密度[kg/m3]、CPは空気の定圧比熱1005[J/kg/K]、Taは気温[℃]、TSは雪面温度[℃]、uzは雪面からの高さz[m]での風速[m/s]、lは水の蒸発潜熱2.5×106[J/kg]、APは観測地点の気圧[hPa]、ezは雪面からの高さz[m]の水蒸気圧[Pa]、e0は雪面温度における飽和水蒸気圧[hPa]である。
式(28),(29)で使用する空気密度ρは、気温Ta、相対湿度rh、現地気圧APから推定した(*8~10)。相対湿度rhについては、気象4要素から推定することが困難であったことと、相対湿度rhが伝達熱に与える影響が小さいことから、豪雪地帯の気象官署10箇所(札幌、青森、秋田、盛岡、山形、仙台、新潟、長野、富山、金沢)における過去5冬期(2008~2012年度)の観測データを基に、表2の値とした。
【0042】
【0043】
表2に示すように、例えば、気象条件として降雨量Pr>0のとき、相対湿度rhを90%とした。
風速uzは既往研究(*11)を参考にして、雪面からの高さzを2mに設定し、雪面からの高さamに設置した風速計の測定値(ua)を、風速の鉛直分布に関する対数則(*3)を用いて換算した。また、現地気圧APは、本モデルでは一律1000hPaとした。また、水蒸気圧ezは、気温Taと相対湿度rhから(*9)推定した。さらに、雪面温度における飽和水蒸気圧e0は、Tetensの近似式(*8)を用いて観測地点のTaから推定した。
【0044】
〔3.4.3.降雨伝達熱量QP〕
降雨からの伝達熱量QP(W/m2)は、式(30)より求まる(*9)。
QP=ρwCwTwPr ・・(30)
ここで、ρwは水の密度1000[kg/m3]、Cwは水の比熱4.186[J/kg/K]、Twは湿球温度[℃]、Prは降雨量[mm/h]を示す。湿球温度Twは、Sprungの式(*10)を用いて観測地点の気温Ta、相対湿度rh、気圧APから算出した。
【0045】
〔3.4.4.雪中伝導熱量Q
C〕
雪中伝導熱量Q
Cは、積雪層内の温度勾配によって生じる熱量である。積雪全層が0℃の状態では、Q
Cを無視することができる(*4)。また、積雪層内に温度勾配があった場合も、その量は他の要素に比べて小さいことから、本実施形態ではQ
Cを一律0W/m
2として与えた。
以上の推定式によって、基準時間番号tに対応する時刻における融雪熱量を求める。
積雪層(t,j)内において、雪温が0℃未満の積雪層を0℃まで上昇させるために必要な熱量である損失熱量Q
A(t,j)[W/m
2]を、式(31)より求める。
Q
A(t,j)=C
iW
0(t,j)T
s0(t,j) ・・(31)
ここで、C
iは氷の比熱(2.1×10
3J/℃/kg)である。
積雪表面における融雪熱量と積雪層内における損失熱量の差分から(
図8及び
図9参照)、基準時間番号tに対応する時刻における積雪表面融雪量を推定する。
なお、
図8の場合には、計算の結果、ΣQ
A>Q
Mとなり、積雪表面における融雪は生じない。一方、
図9の場合には、計算の結果、ΣQ
A<Q
Mとなり、積雪表面における融雪が、200W/m
2相当生じる。
【0046】
〔3.5.含水率W
c(t,j)の推定方法〕
図10に示すように、積雪層(t,j)は、氷、水、及び空気から構成されている。
なお、
図10において、積雪表層(t,j
max)では、日射により氷の一部が、M
sだけ融解し、積雪表層(t,j
max)中の水に取り込まれる。
各積雪層(t,j)の含水率(重量含水率)W
c(t,j)[%]は、式(34)で算出される。
W
c(t,j)=mw(t,j)/(mw(t,j)+mi(t,j))×100
・・(34)
ここで、mw(t,j)は各積雪層(t,j)の水の質量[kg/m
2]、mi(t,j)は各積雪層(t,j)の氷の質量[kg/m
2]である。
各積雪層(t,j)の水は時間とともに鉛直浸透し、最終的には積雪底面から地表面へと流出する。従って、
図10に示すように、各積雪層(t,j)の含水率W
c(t,j)を計算するためには、積雪表面で生じた融雪水(及び降雨)に対して、各積雪層(t,j)における水の鉛直浸透を考慮して、各積雪層(t,j)の水の質量mw(t,j)及び氷の質量mi(t,j)を推定する必要がある。
【0047】
融雪水(及び降雨)の鉛直浸透量は、各積雪層(t,j)の空隙率pに依存するものとして考える。積雪の空隙率は、式(35)で算出される。
p=1-ρ
dry/ρ
ice ・・(35)
ここで、ρ
dryは雪の乾き密度、ρ
iceは氷の密度(917kg/m
3)を表す。本積雪性状モデルでは、各積雪層(t,j)の空隙率pを、密度ρ(t,j)で置き換える。そして、各積雪層(t,j)の密度と流出率f
r(t,j)(積雪層内の水量のうち下層に流出する水量の割合)の関係を、塩沢雪害防止実験所における積雪観測の結果から求め、
図11に基づいて式(36)で与える。
f
r(t,j)=4.0e
0.005ρ(t,j) ・・(36)
例えば、流出率f
r(t,j)が50%の場合には、積雪層(t,j)のに含まれる水の50%が、基準時間の間に積雪層(t,j-1)に流出することを意味する。
なお、
図11において、横軸は積雪15の密度(kg/m
3)を表し、縦軸は流出率(%)を表す。流出率f
rは、積雪層(t,j)(積雪)に含まれる水のうち、積雪層(t,j)から基準時間当たりに流れ出る水の割合を表す。
【0048】
ここで、
図10に示すように、基準時間番号tに対応する時刻における積雪表面融雪量を、M
s(t)とする。各積雪層(t,j)の水の質量mw(t,j)及び氷の質量mi(t,j)は、式(37)となる。なお、空気の質量は、水や氷の質量に比べて非常に小さいことから本積雪性状モデルでは考慮しないこととする。
【0049】
【0050】
流出率fr(t,j)と積雪層の密度ρ(t,j)との間には、式(36)の関係がある。式(36)及び式(37)を式(34)に代入することで、含水率Wc(t,j)を流出率fr(t,j)に基づいて求めることができる。
以上の方法を用いることで、1時間(基準時間)前の密度の推定値から鉛直浸透量を求め、式(37)から水の鉛直浸透量及び積雪層の質量を求めることができる。なお、積雪最下層からの流出量が、積雪底面流出量Mb(t)[mm/h]である。
【0051】
〔3.6.密度ρ(t,j)及び上載荷重の推定方法〕
積雪表層(t,jmax)よりも下の積雪層(t,j)は、自重及び上載荷重によって圧密され、時間経過に伴い密度が大きくなる。上載荷重による各積雪層(t,j)の圧密に関しては、積雪の粘性圧縮理論(*5)を参考にして、1時間前の密度ρ(t-1,j)が200kg/m3より大きい場合と、それ以下の場合とに区別し、式(38)で与える。なお、密度ρ(t,j)の単位は、(kg/m3)である。
【0052】
【0053】
ここで、ρ(t,j)は当該基準時間番号tに対応する時刻における積雪層(t,j)の密度、L(t,j)は当該時刻に積雪層(t,j)にかかる上載荷重である。1時間毎に物性値を求める本積雪性状モデルでは、上載荷重L(t,j)は1時間あたりの積算値を用いることとする(*6)。上載荷重L(t,j)[N/m2]は、式(39)で推定する。
【0054】
【0055】
ここで、9.81は重力加速度[m/s2]であり、W(t,j)/2は、積雪層(t,j)における自重が寄与する荷重である。
【0056】
〔3.7.硬度H(t,j)の推定方法〕
積雪15の硬度Hは、密度や含水率に大きく影響を受けると考えた。積雪15の硬度Hは、デジタル荷重計と、直径約15mmの円板状のアタッチメントを用いた公知の方法で測定される。なお、硬度Hの単位は、[kN/m2]である。
そして、塩沢雪害防止実験所における積雪観測で得られた硬度を目的変数、密度、含水率を説明変数とした重回帰分析を行った。サンプル数n=462とし、1月~4月の観測結果のうち、含水率5%以上の積雪層を対象とした。その結果、式(42)を得た。
H(t,j)=0.36ρ(t,j)-0.57Wc(t,j)-128
(Wc≧5%) ・・(42)
【0057】
〔3.8.せん断強度の推定方法〕
これまで、積雪底面におけるせん断強度を観測した事例は少ない。そこで、塩沢雪害防止実験所(裸地及び草地)における積雪観測の際に、
図12に示すようにシアフレーム20とデジタル荷重計21を用いてせん断強度の測定を行った。積雪底面のせん断強度の測定値は、1.1kN/m
2~4.4kN/m
2であった。この測定値は、例えば前野ら(*1)が示している表層雪崩が起きた際の滑り面のせん断強度0.1kN/m
2~10kN/m
2(平均1kN/m
2)と比較して、オーダーとしては一致する結果である。
図13に示すように、積雪観測で得られたせん断強度と、積雪底面(積雪深2cm)における密度の観測値との関係を調べたところ、明瞭な関係は得られなかった。
図13において、横軸は積雪底面の密度(kg/m
3)を表し、縦軸はせん断強度(kN/m
2)を表す。
明瞭な関係は得られなかった理由は、積雪底面の密度は圧密現象の結果、同程度の密度となる場合が多いにも関わらず、せん断強度は他の要素に影響を受けて変化するためと考えられる。
【0058】
既往の研究から、積雪層のせん断強度は密度、含水率、及び硬度の影響を受けることが知られている(例えば*2,10)。そこで、本実施形態では積雪底面のせん断強度も積雪層におけるせん断強度と同様に、積雪底面の密度、含水率、硬度に依存すると考えた。そして、せん断強度を目的変数、積雪底面における密度、含水率、硬度を説明変数とした重回帰分析(n=11、1月~3月の観測結果)によって、積雪底面におけるせん断強度と密度、含水率、硬度との関係を、式(43)のように求めた。
τ(t,j)=0.0059ρ(t,j)-0.020Wc(t,j)+0.0155H(t,j) ・・(43)
ここで、τは積雪底面におけるせん断強度[kN/m2]、ρは密度[kg/m3]、Wcは含水率[%]、Hは硬度[kPa]である。[kPa]の単位は、前記[kN/m2]の単位に等しい。積雪底面であるため、jは1である。
すなわち、積雪15の密度をρ、積雪15の含水率をWc、積雪15の硬度をHとしたときに、せん断強度τは、式(43a)のように表せる。
τ=0.0059ρ-0.020Wc+0.0155H ・・(43a)
【0059】
図14に示すように、積雪底面における積雪の密度、含水率、硬度の観測値を用いて、せん断強度の推定精度を調べた。
図14において、横軸はせん断強度の観測値(kN/m
2)を表し、縦軸は式(43)によるせん断強度の推定値(kN/m
2)を表す。
その結果、特にせん断強度が小さい領域(せん断強度が2kN/m
2以下の領域)でばらつきはあるものの、せん断強度の観測値の推定が可能である見通しを得た。
式(43)において、積雪の密度ρ(t,1)は、式(38)を用いて求める。積雪の含水率W
c(t,1)は、式(34)を用いて求める。積雪の硬度H(t,1)は、式(42)を用いて求める。
すなわち、せん断強度τ(t,1)を、積雪底面における積雪15の密度ρ(t,1)、積雪15の含水率W
c(t,1)、及び積雪15の硬度H(t,1)に基づいて求める。
【0060】
〔3.9.層厚h(t,j)及び積雪深Hs(t)の推定方法〕
積雪深Hs(t)[m]を算出するためには、基準時間番号tに対応する時刻における各積雪層(t,j)の層厚h(t,j)[m]を算出する必要がある。本積雪性状モデルでは、各積雪層(t,j)の層厚h(t,j)は式(44)から求める。
h(t,j)=W(t,j)/ρ(t,j) ・・(44)
式(44)から得られる層厚h(t,j)をj=1からj=jmaxまで積算することで、積雪深Hs(t)を式(45)のように求めることが出来る。
【0061】
【0062】
〔4.斜面積雪の駆動力の推定方法〕
図15に示すように、積雪15の駆動力F1は、積雪深H
sと密度ρ、地面10の水平面に対する傾斜角度θを用いて、式(48)のように計算できる。
F1=ρH
sgsinθ ・・(48)
ここで、gは重力加速度(m/s
2)である。すなわち、駆動力F1が、積雪15全体に作用する重力に関係するとして、駆動力F1を式(48)により計算している。
従って、3章に示した本積雪性状モデルからの出力値から、駆動力F1を推定可能となる。しかし、本積雪性状モデルは平地積雪を対象に作成した。そのため、平地積雪と斜面積雪による密度及び積雪深の違いを整理し、それらを本積雪性状モデルに組み込む必要がある。後述する4.1節及び4.2節に示す方法により、斜面積雪の密度と積雪深を、本積雪性状モデルから推定する。
【0063】
〔4.1.斜面積雪の全層平均密度の推定〕
本積雪性状モデルは平地積雪を対象として作成したものであるため、斜面積雪への適用性を検討した。
ここで、
図16を用いて、塩沢雪害防止実験所に設けられた2つの盛土25,26について説明する。
図16中には、方位記号を示している。盛土25,26は、斜面長が互いに異なる相似形状に形成されている。このため、
図16では、盛土25,26の形状の概要を示すため、盛土25,26を重ねて示している。盛土25,26のうち、斜面長が短い方を、小型盛土25とも言う。盛土25,26のうち、斜面長が長い方を、大型盛土26とも言う。
【0064】
盛土25,26には、南東の方角を向く南東斜面25a,26a、北西の方角を向く北西斜面25b,26bがそれぞれ形成されている。以下では、小型盛土25の南東斜面25aを、小型南東斜面25aとも言い、小型盛土25の北西斜面25bを、小型北西斜面25bとも言う。大型盛土26の南東斜面26aを、大型南東斜面26aとも言い、大型盛土26の北西斜面26bを、大型北西斜面26bとも言う。
図17に示すように、小型盛土25の小型南東斜面25a及び小型北西斜面25bの水平面に対する傾斜角度は、それぞれ20°である。小型南東斜面25a及び小型北西斜面25bの斜面長(斜面に沿った長さ)は、それぞれ8mである。
図18に示すように、大型盛土26の大型南東斜面26a及び大型北西斜面26bの水平面に対する傾斜角度は、それぞれ35°である。大型南東斜面26a及び大型北西斜面26bの斜面長は、それぞれ13mである。
【0065】
平地積雪と斜面積雪の密度の違いを把握するために、塩沢雪害防止実験所の平地と、小型南東斜面25a、小型北西斜面25b、大型南東斜面26a、大型北西斜面26bとにおける同じ積雪深の密度を比較した。実験結果を、
図19に示す。
図19において、横軸は平地積雪の密度(kg/m
3)を表し、縦軸は斜面積雪の密度(kg/m
3)を表す。
その結果、若干のばらつきはあるものの、平地積雪と斜面積雪とでは密度に明瞭な違いがないことがわかった。よって、本実施形態では、斜面積雪の全層平均密度は、本積雪性状モデルの推定値を用いることとした。
【0066】
〔4.2.斜面積雪の積雪深の推定〕
図20に示す積雪観測より、積雪深は平地積雪と斜面積雪とで大きく異なることがわかった。
図20において、横軸は時間(日付)を表し、縦軸は積雪深(m)を表す。平地における積雪深よりも、各斜面積雪の積雪深が浅いことが分かった。
この原因としては、単位面積当たりの融雪熱量と降水量が平地積雪と斜面積雪とで違いがあるためと考えられる。斜面積雪における融雪熱量と降水量の与え方について以下に示す。
【0067】
日射量は、融雪熱量への寄与率が大きいことが知られている(*7)。斜面積雪が受ける日射量は、斜面の方位や角度によって変化することから、積雪表面における融雪熱量の日最大値や時間変化は、平地積雪とは異なる。そこで、本実施形態では既往の研究(*8,9)を参考に検討した、斜面積雪の融雪熱量推定方法を用いることとした。
斜面積雪と平地積雪の単位面積当たりの降水量の違いは、斜面の投影面積を考慮した。
図21に示すように、平地における降水量[mm]の単位面積は1m
2であるが、斜面(傾斜した地面10)について考えると、傾斜角度θの斜面の単位面積は、投影面積の1/cosθm
2となる。従って、斜面ではこの比率分だけ単位面積あたりの降水量が平地よりも少なくなる。そこで本実施形態では、斜面の傾斜角度θによる投影面積を用いて平地における降水量を補正した値を、斜面の降水量として使用した。
【0068】
以上の方法を本積雪性状モデルに適用して、塩沢雪害防止実験所構内の小型南東斜面25a、小型北西斜面25b、大型南東斜面26a、大型北西斜面26bの積雪深を推定した。観測値と本積雪性状モデルによる推定値を比較した。その結果、
図22に示すように、推定値は観測値をやや過小評価する傾向にあるものの、ばらつきは小さく、斜面方位や角度によらず良い精度で推定できることがわかった。
4.1節、4.2節に示す方法から、小型南東斜面25a、小型北西斜面25b、大型南東斜面26a、大型北西斜面26bの積雪底面における上載荷重[kg/m
2]を計算した。そして、斜面傾斜を考慮することで、斜面方向への積雪15の駆動力F1[kN/m
2]を、式(48)を用いて計算した。
図23に示すように、積雪観測の結果から算出した斜面積雪の駆動力(これを観測値とする)と本モデルによる推定値とを比較した。その結果、推定値は観測値をやや過小評価するものの、斜面積雪の駆動力を推定出来ていることがわかった。
【0069】
〔5.斜面積雪の支持力の推定方法〕
斜面積雪の安定度を表す指標SIを用いて、全層雪崩を対象とした斜面積雪の安定度を評価するためには、
図1に示す斜面積雪の支持力F2を、式(43)に示す積雪底面のせん断強度τ(t,1)として推定することとなる。
すなわち、支持力F2として、最も下の積雪層(t,1)(積雪15の最下層)のせん断強度τ(t,1)を用いて、安定度SIを評価する。
【0070】
〔5.1.積雪底面の支持力の推定結果〕
これまでに示した方法から、積雪底面における密度、含水率、硬度を算出し、式(43)に代入することで積雪底面の支持力(せん断強度)を推定した。支持力の観測値と支持力の推定値とを比較した結果を、
図24に示す。その結果、支持力の推定値は、特に観測値が3kN/m
2より大きいときに観測値を過小評価するものの(図中で点線で囲んだ範囲R1)、せん断強度の観測値を再現できる見通しが得られた。
従って、密度のみを指標として積雪底面のせん断強度を推定するよりも、密度、含水率、硬度を指標とする方がせん断強度の再現性が高いことがわかった。3kN/m
2以上における推定値の過小評価は、密度及び硬度の過小評価等が原因として考えられるが、今後データ解析を進めることで推定精度向上を図る。
以上のように、積雪性状モデルと積雪底面の物性値から、推定精度に課題は残るものの、斜面積雪の駆動力(上載荷重)と支持力(積雪底面のせん断強度)を推定することが出来た。そこで、6章ではこれらの結果を用いて、斜面積雪の安定度評価を試みた結果について示す。
【0071】
〔6.SIに基づく斜面積雪の安定度評価の試み〕
本章では、塩沢雪害防止実験所構内に作成した盛土の斜面積雪を対象として、積雪15の全層雪崩の安定度SIの推定を試みた結果についてまとめる。
これまでに示した斜面積雪の支持力及び駆動力の計算方法に基づいて、式(51)により積雪15の安定度SIの推定を行った。
SI=F2/F1 ・・(51)
すなわち、安定度SIは、
図1に示す積雪モデルにおいて、駆動力F1に対する支持力F2の比である。評価方法Sでは、安定度SIに基づいて、全層雪崩の安定度を評価している。
【0072】
さらに、2015年1月21日、2月18日、3月10日、3月20日、4月2日に行った積雪観測時の密度及び積雪深、シアフレームによるせん断強度の観測値をもとに、安定度SIを算出した。
図25に示すように、安定度SIの観測値と推定値とを比較した。
その結果、本積雪性状モデルによる安定度SIの推定値は、観測から算出した安定度SIの観測値に対して、ややばらつきはあるものの、概ね観測値を再現できることがわかった。以上の結果より、本実施形態で作成した本積雪性状モデルをベースに、積雪安定度を評価できる見通しを得た。
【0073】
〔7.文献〕
1) 前野紀一、福田正巳、「雪崩と吹雪、基礎雪氷学講座III」、古今書院,pp.13-81,2000
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3) 水津重雄、「激しい降雪による乾雪表層雪崩危険度モデル」、日本雪氷学会誌、雪氷、2002年1月、64巻1号、p.15-24
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9) 新太陽エネルギー利用ハンドブック編集委員会編、「新太陽エネルギー利用ハンドブック」、2000
10) 前野紀一、福田正巳、「雪氷の構造と物性、基礎雪氷学講座I」、古今書院、pp.156-198,1986
11) Francesca Pellicciotti, Jakob Helbing Andres Rivera Vincent Favier Javier Corripio, Jose Araos Jean-Emmanuel Sicart and Marco Carenzo1, “A study of the energy balance and melt regime on Juncal Norte Glacier, semiarid Andes of Central Chile, using melt models of different complexity”, Hydrological Processes 22, 3980-3997 (2008), Published online 16 July 2008 in Wiley InterScience
【0074】
以上説明したように、本実施形態の評価方法Sによれば、発明者は、全層雪崩では、積雪15全体が地面10に対して滑ること、及び、積雪15に作用する駆動力F1の主な要因は重力であること等から、鋭意検討の結果、以下のことを見出した。すなわち、全層雪崩が発生するときの支持力F2が、積雪15の最下層のせん断強度に関係する。そして、全層雪崩が発生するときの駆動力F1が、積雪15全体に作用する重力に関係することを見出した。
このため、全層雪崩の安定度として、駆動力F1に対する支持力F2の比に基づいた指標である安定度SIを用いることで、地面10上で支持された積雪15に発生する全層雪崩の安定度を評価することができる。
【0075】
せん断強度を、積雪15の密度、積雪15の含水率、及び積雪15の硬度に基づいて求める。発明者は、鋭意検討の結果、積雪15のせん断強度が、積雪15の密度、含水率、及び硬度に基づいて精度良く求められることを見出した。また、これら密度、含水率、及び硬度は、例えば日本国の気象庁がアメダスとして提供する気象データから得られる。このため、日本の各地域において、各時刻等における積雪15のせん断強度を、容易かつ精度良く求めることができる。
含水率Wc(t,j)を、流出率fr(t,j)に基づいて求める。従って、流出率fr(t,j)を考慮して、積雪15の含水率Wc(t,j)を精度良く求めることができる。
【0076】
以上、本発明の一実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更、組み合わせ、削除等も含まれる。
【符号の説明】
【0077】
10 地面
15 積雪
F1 駆動力
F2 支持力
S 評価方法(積雪安定度の評価方法)