(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022116608
(43)【公開日】2022-08-10
(54)【発明の名称】プレス成形方法およびプレス成形金型
(51)【国際特許分類】
B21D 22/26 20060101AFI20220803BHJP
B21D 22/21 20060101ALI20220803BHJP
【FI】
B21D22/26 D
B21D22/21
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021012865
(22)【出願日】2021-01-29
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】仲本 平
【テーマコード(参考)】
4E137
【Fターム(参考)】
4E137AA11
4E137BA01
4E137BB01
4E137BC01
4E137CA09
4E137EA03
4E137GA03
4E137GB01
4E137HA08
(57)【要約】
【課題】曲げ癖を矯正する工程を追加することなく、プレス成形部材の曲げ癖高さを低くできるプレス成形方法を提供する。
【解決手段】天板部と、天板部の両端から連続し、天板部に対し傾斜する縦壁部と、縦壁部の下端から曲面部を介して連続するフランジ部と、を有するハット断面形状のプレス成形部材のフランジ部を曲げ戻して縦壁部とするプレス成形方法であって、天板部を支持する上面と、上面から下方に向けて広がるようにプレス成形方向から傾斜した2つの傾斜面と、を有するパンチにプレス成形部材を装着し、パンチの2つの傾斜面のそれぞれに対向し、対向するパンチの傾斜面と同じ傾斜角度で傾斜する側面を有する2つのダイを、プレス成形方向に移動させるとともにパンチから離合する方向にも移動させて、ダイの側面とパンチの傾斜面との垂直方向距離を一定に保持してフランジ部を曲げ戻す。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
天板部と、前記天板部の両端から連続し、前記天板部に対し傾斜する縦壁部と、前記縦壁部の下端から曲面部を介して連続するフランジ部と、を有するハット断面形状のプレス成形部材の前記フランジ部を曲げ戻して縦壁部とするプレス成形方法であって、
前記天板部を支持する上面と、前記上面から下方に向けて広がるようにプレス成形方向から傾斜した2つの傾斜面と、を有するパンチに前記プレス成形部材を装着し、
前記パンチの2つの傾斜面のそれぞれに対向し、対向する前記パンチの傾斜面と同じ傾斜角度で傾斜する側面を有する2つのダイを、プレス成形方向に移動させるとともに前記パンチから離合する方向にも移動させて、前記ダイの側面と前記パンチの傾斜面との垂直方向距離を一定に保持して前記フランジ部を曲げ戻す、プレス成形方法。
【請求項2】
前記パンチの傾斜面と前記2つのダイの側面のそれぞれとのクリアランスが下記(1)式を満足する、請求項1に記載のプレス成形方法。
0%≦クリアランス≦50%・・・(1)
(1)式におけるクリアランスとは、前記パンチの傾斜面と前記2つのダイの側面のそれぞれの垂直方向距離から前記縦壁部における板厚を減じるとともに前記板厚で除して100を乗じて算出される値(%)である。
【請求項3】
天板部と、前記天板部の両端から連続し、前記天板部に対し傾斜する縦壁部と、前記縦壁部の下端から曲面部を介して連続するフランジ部と、を有するハット断面形状のプレス成形部材の前記フランジ部を曲げ戻して縦壁部とするプレス成形に用いられるプレス成形金型であって、
前記プレス成形金型は下金型および上金型を有し、
前記下金型は、前記天板部を支持する上面と、前記上面から下方に向けて広がるようにプレス成形方向から傾斜した2つの傾斜面と、を有するパンチを有し、
前記上金型は、前記パンチの2つの傾斜面のそれぞれに対向し、前記パンチの傾斜面と同じ傾斜角度で傾斜する側面を有する2つのダイと、前記2つのダイのそれぞれを前記パンチから離合する方向に移動可能に支持する上支持台と、を有し、
前記2つのダイは、前記2つのダイの側面と前記パンチの傾斜面との垂直方向距離を一定に保持してプレス成形方向に移動する、プレス成形金型。
【請求項4】
前記パンチの傾斜面と前記2つのダイの側面のそれぞれとのクリアランスが下記(1)式を満足する、請求項3に記載のプレス成形金型。
0%≦クリアランス≦50%・・・(1)
(1)式におけるクリアランスとは、前記パンチの傾斜面と前記2つのダイの側面のそれぞれの垂直方向距離から前記縦壁部における板厚を減じるとともに前記板厚で除して100を乗じて算出される値(%)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形部材のプレス成形方法および当該プレス成形に用いられるプレス成形金型に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品の大部分は金属板をプレス成形することで製造される。近年、車体の軽量化と衝突安全性を両立するために、より高強度の金属板が自動車部品に採用されるようになっている。このような自動車用のプレス成形品として、
図1(a)に示すコの字断面形状のプレス成形部材、または、
図1(b)に示すハット断面形状のプレス成形部材がある。このようなプレス成形部材は、フォーム成形(曲げ成形)やドロー成形(絞り成形)により製造される。
【0003】
特に縦壁部が長く、成形部材の成形高さが高いコの字断面形状のプレス成形部材またはハット断面形状のプレス成形部材を成形する場合、一工程で行うと縦壁部の反りが大きくなって目標形状から大きく乖離するので、一般に複数工程で成形が行われる。すなわち、
図2(a)に示すように、先ず1工程目で、成形高さh
1が比較的低いハット断面形状のプレス成形部材30を成形した後、
図2(b)に示す2工程目でフランジ部を曲げ戻して所望の成形高さh
2のプレス成形部材40に成形する。
【0004】
ところが、2工程目でフランジ部が曲げ戻される際、平坦に曲げ戻されずに、
図3(a)に示すように、局所的な凹凸状の形状不良である曲げ癖10が縦壁部に残留する。特に、440MPa級を超える板厚1.0mm以上の高強度鋼板で顕著となる。ここで、
図3(b)に示すように、曲げ癖10の大きさを定量的に評価する指標として、縦壁部の内側板表面から曲げ癖10の凸部先端までの高さを、曲げ癖高さ12とする。
【0005】
このような、曲げ癖10が残存すると、
図4に示すように、縦壁部に平坦な部品を組み付ける際の抵抗スポット溶接が困難となる。すなわち、抵抗スポット溶接は、縦壁部14と他の平坦な部品16を重ね合わせ、電極18で両側から圧力を加えながら挟み込み、大電流を短時間流して溶接部(ナゲット)20を作り金属同士を接合させる。しかしながら、縦壁部14に曲げ癖10が残存すると、縦壁部14と対向して溶接接合される部品16との間に間隙が生じ、電流が流れにくくなるので溶接が困難になる。
【0006】
こうした問題に対し、特許文献1には、板金に形成された凸状であってR形状の曲げ癖を矯正する曲げ矯正装置が開示されている。特許文献1では、所定間隔で並設された3つの第1凸状部を有する第1曲げ成形部を備えたパンチと、第1曲げ成形部に形成される2つの凹状の成形空間に対向配置される2つの第2凸状部を有する第2曲げ成形部を備えたダイとを用いて、局所的に小変形を与えることでプレス成形品の曲げ癖を矯正している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、プレス成形品を成形する工程に加え、特殊なプレス設備を用いる曲げ癖を矯正する工程が追加になるという課題があった。本発明は、かかる課題を解決するためのものであり、曲げ癖を矯正する工程を追加することなく、プレス成形品の曲げ癖高さを従来よりも低くできるプレス成形方法および当該プレス成形に用いられるプレス成形金型を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための手段は、以下の通りである。
[1]天板部と、前記天板部の両端から連続し、前記天板部に対し傾斜する縦壁部と、前記縦壁部の下端から曲面部を介して連続するフランジ部と、を有するハット断面形状のプレス成形部材の前記フランジ部を曲げ戻して縦壁部とするプレス成形方法であって、前記天板部を支持する上面と、前記上面から下方に向けて広がるようにプレス成形方向から傾斜した2つの傾斜面と、を有するパンチに前記プレス成形部材を装着し、前記パンチの2つの傾斜面のそれぞれに対向し、対向する前記パンチの傾斜面と同じ傾斜角度で傾斜する側面を有する2つのダイを、プレス成形方向に移動させるとともに前記パンチから離合する方向にも移動させて、前記ダイの側面と前記パンチの傾斜面との垂直方向距離を一定に保持して前記フランジ部を曲げ戻す、プレス成形方法。
[2]前記パンチの傾斜面と前記2つのダイの側面のそれぞれとのクリアランスが下記(1)式を満足する、[1]に記載のプレス成形方法。
0%≦クリアランス≦50%・・・(1)
(1)式におけるクリアランスとは、前記パンチの傾斜面と前記2つのダイの側面のそれぞれの垂直方向距離から前記縦壁部における板厚を減じるとともに前記板厚で除して100を乗じて算出される値(%)である。
[3]天板部と、前記天板部の両端から連続し、前記天板部に対し傾斜する縦壁部と、前記縦壁部の下端から曲面部を介して連続するフランジ部と、を有するハット断面形状のプレス成形部材の前記フランジ部を曲げ戻して縦壁部とするプレス成形に用いられるプレス成形金型であって、前記プレス成形金型は下金型および上金型を有し、前記下金型は、前記天板部を支持する上面と、前記上面から下方に向けて広がるようにプレス成形方向から傾斜した2つの傾斜面を有するパンチと、を有し、前記上金型は、前記パンチの2つの傾斜面のそれぞれに対向し、前記パンチの傾斜面と同じ傾斜角度で傾斜する側面を有する2つのダイと、前記2つのダイのそれぞれを前記パンチから離合する方向に移動可能に支持する上支持台と、を有し、前記2つのダイは、前記2つのダイの側面と前記パンチの傾斜面との垂直方向距離を一定に保持してプレス成形方向に移動する、プレス成形金型。
[4]前記パンチの傾斜面と前記2つのダイの側面のそれぞれとのクリアランスが下記(1)式を満足する、[3]に記載のプレス成形金型。
0%≦クリアランス≦50%・・・(1)
(1)式におけるクリアランスとは、前記パンチの傾斜面と前記2つのダイの側面のそれぞれの垂直方向距離から前記縦壁部における板厚を減じるとともに前記板厚で除して100を乗じて算出される値(%)である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、曲げ癖を矯正する工程を追加することなく曲げ癖高さの低いプレス成形部材を製造できる。これにより、縦壁部に平坦な部品を組み付ける際に、抵抗スポット溶接が容易で接合強度を高く保持でき、且つ、プレス成形部材の生産性の低下も抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】プレス成形部材(コの字断面形状、ハット断面形状)の斜視図である。
【
図2】ハット断面形状からコの字断面形状を成形する方法を説明する模式図である。
【
図3】曲げ癖および曲げ癖高さを説明する模式図である。
【
図4】曲げ癖を有する部材と平坦な部品との抵抗スポット溶接を説明する模式図である。
【
図5】本実施形態に係るプレス成形方法に用いられる一例としてのプレス成形金型100の斜視図である。
【
図6】ハット断面形状のプレス成形部材30を示す断面図である。
【
図7】プレス成形前の型開き状態のプレス成形金型100を示す断面図である。
【
図8】ダイ66、68の先端がハット断面部材のフランジ部36に当接したプレス成形開始時点の状態のプレス成形金型100を示す断面図である。
【
図9】成形下死点に到達した状態のプレス成形金型100を示す断面図である。
【
図10】プレス成形後の型開き状態のプレス成形金型100を示す断面図である。
【
図11】成形下死点に到達した状態のプレス成形金型100を示す断面拡大図である。
【
図12】プレス成形開始直後のフランジ部36を曲げ戻す状況を説明する断面模式図である。
【
図13】本実施形態に係るプレス成形方法に用いられる他の一例としてのプレス成形金型110の斜視図である。
【
図14】プレス成形前の型開き状態のプレス成形金型110を示す断面図である。
【
図15】ダイ73、75の先端がフランジ部36に当接したプレス成形開始時点の状態のプレス成形金型110を示す断面図である。
【
図16】成形下死点に到達した状態のプレス成形金型110を示す断面図である。
【
図17】本実施形態に係るプレス成形方法に用いられる他の一例としてのプレス成形金型120の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を本発明の実施形態を通じて説明する。
図5は、本実施形態に係るプレス成形方法に用いられる一例としてのプレス成形金型100の斜視図である。プレス成形金型100は、少なくとも上金型60とパンチ86とを有する。上金型60は、少なくとも上支持台62と、2つのダイ66、68とを有する。本実施形態に係るプレス成形方法では、長手方向に直線状に成形されたハット断面形状のプレス成形部材30をパンチ86に装着した状態で上金型60をプレス成形方向に移動させ、上金型60とパンチ86とを相対移動させることで当該プレス成形部材30のフランジ部36を曲げ戻して縦壁部とするプレス成形を実施する。これにより、成形高さの高いコの字断面形状のプレス成形部材40が得られる。
【0013】
図6は、ハット断面形状のプレス成形部材30を示す断面図である。ハット断面形状のプレス成形部材30は、
図6に示すように、天板部32と、天板部32の両端から曲面部33を介して連続し、天板部32に対して傾斜した縦壁部34と、当該縦壁部34の下端から曲面部35を介して連続するフランジ部36を有する。
【0014】
図7は、プレス成形前の型開き状態のプレス成形金型100を示す断面図である。
図7~10に示す断面図は、
図5におけるB断面の断面図である。上金型60の上支持台62は、ダイ66、68をパンチ86から離合する方向(
図7のX方向)に移動可能に支持する。なお、上支持台62にパッド72を設けてプレス成形方向に移動可能とし、プレス成形時にプレス成形部材30の天板部32を押さえてもよい。
【0015】
パンチ86は、プレス成形部材30の天板部32を支持する上面87と、上面87の両端から連続し、下方に向けて広がるように傾斜した傾斜面88、89とを有する凸状の金型(下金型)である。当該傾斜面88、89のプレス成形方向に対する角度(θ1)は1~5°程度がよい。
【0016】
ダイ66は、プレス成形時に対向するパンチ86の傾斜面88と同じ傾斜角度で傾斜する側面67を有する。ダイ68もプレス成形時に対向するパンチ86の傾斜面89と同じ傾斜角度で傾斜する側面69を有する。
【0017】
図8は、ダイ66、68の先端がハット断面部材のフランジ部36に当接したプレス成形開始時点の状態のプレス成形金型100を示す断面図である。上金型60が
図7の状態からプレス成形方向に移動すると、ダイ66、68はプレス成形方向に移動しながらパンチ86から離れる方向にも移動する。このようにして、ダイ66、68は対向する傾斜面88、89との垂直方向距離を一定に保持しながら同じ傾斜方向に移動し、フランジ部36に当接する。なお、この際、パンチ86の傾斜面88、89とダイ66、68の側面67、69との垂直方向距離を一定に保持するため、ダイ66、68の傾斜している側面67、69の反対側の外面70、71にシリンダー等を設け、プレス成形方向への移動に対応させてダイ66、68をパンチ86から離れる方向にそれぞれ移動させてもよい。
【0018】
なお、パッド72を設けた金型では、ダイ66、68がフランジ部36に当接する以前に、プレス成形部材30の天板部32の上面に当接し、天板部32をパンチ86の上面87に所定の付勢力で押さえつける。これにより、プレス成形部材30の揺動が抑制され、プレス成形を安定して実施できてよい。
【0019】
図9は、成形下死点に到達した状態のプレス成形金型100を示す断面図である。上金型60が
図8の状態からプレス成形方向にさらに移動すると、ダイ66、68は、傾斜面88、89との垂直方向距離を一定に保持しながら当該傾斜面と同じ傾斜方向にフランジ部36を曲げ成形し、その後、成形下死点に到達する。この状態において、プレス成形部材30のフランジ部36は曲げ戻され、成形高さの高いコの字断面形状のプレス成形部材40が製造される。
【0020】
図10は、プレス成形後の型開き状態のプレス成形金型100を示す断面図である。成形下死点に到達後、上金型60はパンチ86から離れる方向に相対移動され、
図7に示した位置まで上昇される。この状態で、プレス成形部材40が取り出される。
【0021】
図11(a)は、成形下死点に到達した状態のプレス成形金型100を示す断面拡大図である。成形下死点に到達した状態におけるパンチ86の傾斜面89とダイ68の側面69との垂直方向距離Lは、製造されるプレス成形部材40に求められる寸法精度によって定められる。ダイ68の側面69を延長した線がダイ68の下面位置と交わる点94を基準とすると、従来のプレス成形方法では、
図11(b)に示すようにダイ68が上支持台62と一体化したままダイ68をプレス成形方向に移動させてプレス成形していたので、プレス成形開始時点ではパンチ86とダイ68が傾斜しているため、これらの垂直方向距離Lは成形下死点に到達した時点よりも長くなることがわかる。このため、ダイ68とフランジ部36とが当接する時点では、当該フランジ部36を曲げ戻す際のパンチ86の傾斜面89とダイ68の側面69との垂直方向距離Lは、成形下死点での当該垂直方向距離に比べて長くなる。
【0022】
図12は、プレス成形開始直後のフランジ部36を曲げ戻す状況を説明する断面模式図である。
図12に示すように、フランジ部36が曲げ戻される際に、曲面部35の曲げを戻す変形とともに、プレス成形部材30の曲面部35の前後の部位38、39が曲面部35の曲率方向(パンチ86側に凸)に対して逆方向(パンチ86側に凹)に曲げ変形する。このときパンチ86の傾斜面89とダイ68の側面69との垂直方向距離Lが長いと、自由に変形できる空間があるため当該逆方向の曲げ変形が大きくなり、これにより高さのある曲げ癖が生じていた。これに対し、本実施形態に係るプレス成形方法では、ダイ66、68をプレス成形方向に移動させるとともにパンチ86から離合する方向に移動させて、ダイ66、68の側面67、69とパンチ86の傾斜面88、89との垂直方向距離を一定に保持してダイ66、68をパンチ86の傾斜面88、89の傾斜方向に移動させてプレス成形するので、プレス成形中のパンチ86の傾斜面89とダイ68の側面69との垂直方向距離はプレス成形開始時点と成形下死点に到達した時点とで変わらない。このため、本実施形態のプレス成形開示時点におけるパンチ86の傾斜面89とダイ68の側面69との垂直方向距離Lは、従来のプレス成形方法よりも短くなり、自由に変形できる空間が狭くなる。この結果、上述した曲面部35の前後の部位38、39におけるプレス成形開始直後の逆方向の曲げ変形が小さくなり、曲げ癖高さ12の低いプレス成形部材40が製造される。このように、本実施形態に係るプレス成形方法を実施することで、従来のような曲げ癖を矯正する工程を追加することなく曲げ癖高さの低いプレス成形部材を製造できる。これにより、縦壁部に平坦な部品を組み付ける際に、抵抗スポット溶接が容易で接合強度を高く保持できて、且つ、プレス成形部材の生産性の低下も抑制できる。
【0023】
さらに、パンチ86の傾斜面88、89とダイ66、68の側面67、69とのクリアランスは下記(1)式を満足することが好ましい。
【0024】
0%≦クリアランス≦50%・・・(1)
上記(1)式におけるクリアランス(%)は、パンチ86の傾斜面88、89とダイ66、68の側面67、69との垂直方向距離L(
図11(a)参照)からプレス成形部材30の縦壁部34の板厚tを減じるとともに、当該板厚tで除して100を乗じて算出される値((L-t)/t)×100である。
【0025】
クリアランスが0%未満になると、プレス成形部材の板厚よりも減少するため、プレス成形がいわゆる「しごき加工」となり、縦壁部34やフランジ部36に「かじり」といった疵や摩耗が発生するので好ましくない。また、クリアランスが50%より広くなると、パンチ86の傾斜面88、89とダイ66、68の側面67、69との距離が広くなり過ぎ、製造されるプレス成形部材40の寸法バラツキが大きくなるので好ましくない。
【0026】
さらに、本実施形態に係るプレス成形方法では、ハット断面形状のプレス成形部材30をプレス成形してコの字断面形状のプレス成形部材40を製造する例を示したが、ハット断面形状のプレス成形部材30をプレス成形して成形高さの高いハット断面形状の成形部材を製造してもよい。この場合において、従来のプレス成形と同様に、ダイ66、68の下面を用いてフランジ部をプレス成形するとよい。
【0027】
次に、本実施形態のプレス成形方法に用いられる他の金型の例について説明する。
図13は、本実施形態に係るプレス成形方法に用いられる他の一例としてのプレス成形金型110の斜視図である。
【0028】
図14は、プレス成形前の型開き状態のプレス成形金型110を示す断面図である。
図14~16に示す断面図は、
図13におけるC断面の断面図である。プレス成形金型110は、上金型61と下金型81とを有する。上金型61の上支持台62は、ダイ73、75をパンチ84から離合する方向に移動可能に支持する。ダイ73、75のそれぞれは、ダイ73、75の先端部から延在する第1の案内面74、76をそれぞれ有する。第1の案内面74、76の傾斜角度(θ2)は、パンチ84の傾斜面95、96のプレス成形方向に対する角度と同じである。
【0029】
下金型81は、下支持台82とパンチ84とを有する。下支持台82は、幅方向の両端部に第2の案内面90、91を有する。第2の案内面90、91の傾斜角度(θ2)は、パンチ84の傾斜面95、96のプレス成形方向に対する角度と同じである。このように、プレス成形金型110は、第1の案内面74、76および第2の案内面90、91を有し、これらがそれぞれ係合することで、上金型61がプレス成形方向に移動すると、ダイ73、75はプレス成形方向に移動するとともにパンチ84から離れる方向にも移動する。このようにして、ダイ73、75は対向するパンチ84の傾斜面95、96の傾斜方向にダイ73、75の側面77、78とパンチ84の傾斜面95、96との垂直方向距離を一定に保持して移動できる。なお、パンチ84の傾斜面95、96とダイ73、75の側面77、78との垂直方向距離を一定に保持するため、ダイ73、75の傾斜している側面77、78の反対側の外面70、71をバネやシリンダー等によりパンチ84の方向にそれぞれ付勢力で押さえてもよい。
【0030】
図15は、ダイ73、75の先端がフランジ部36に当接したプレス成形開始時点の状態のプレス成形金型110を示す断面図である。上金型61がプレス成形方向にさらに移動すると、第1の案内面74、76および第2の案内面90、91との係合により、ダイ73、75は傾斜面95、96の傾斜方向にダイ73、75の側面77、78とパンチ86の傾斜面95、96との垂直方向距離を一定にして移動される。
【0031】
図16は、成形下死点に到達した状態のプレス成形金型110を示す断面図である。上金型61がプレス成形方向にさらに移動すると、第1の案内面74、76および第2の案内面90、91の係合により、ダイ73、75は対向する傾斜面95、96と同じ傾斜角度方向にさらに移動し、成形下死点に到達する。
【0032】
図17は、本実施形態に係るプレス成形方法に用いられる他の一例としてのプレス成形金型120の斜視図である。
図17に示したプレス成形金型120は、プレス成形金型100とプレス成形金型110とを組み合わせた金型構造となっている。プレス成形金型120のうち、領域Dがプレス成形領域である。領域Dのパンチ140にプレス成形部材30が装着される。領域Dにおける上金型121のダイ130、132には、第1の案内面74、76に対応する形状が設けられていない。同様に、領域Dにおける下金型122の下支持台144には、第2の案内面に対応する形状が設けられていない。
【0033】
一方、プレス成形金型120のうち領域E、Fはプレス成形に関与しない位置決め領域であり、領域E、Fのパンチ140にはプレス成形部材30が装着されない。領域E、Fにおけるダイ130、132には、プレス成形金型110における第1の案内面74、76と同じ形状が設けられている。同様に、領域E、Fにおける下支持台144には第2の案内面90、91と同じ形状が設けられている。このため、プレス成形金型120におけるG断面形状は、
図14に示した断面図と同じ断面形状となる。
【0034】
このような金型構造にすることで、上金型121がプレス成形方向に移動すると、ダイ130、132は、対向するパンチ140の傾斜面141、142の傾斜方向にダイ130、132の側面131、133とパンチ140の傾斜面141、142との垂直方向距離を一定に保持して移動できる。また、成形領域における第130、132には第1の案内面が設けられていないので、長いフランジ部36を有するハット断面形状のプレス成形部材を用いて成形高さの高いコの字断面形状のプレス成形部材をプレス成形できる。
【実施例0035】
次に、有限要素法によるCAE解析を用いて、
図7~10に示すプレス成形金型100により、ハット断面形状のプレス成形部材を成形高さの高いコの字断面形状の成形物にプレス成形するプレス成形解析を行い、本実施形態に係るプレス成形方法の効果を確認した結果を実施例1として説明する。プレス成形には、板厚1.2mm、引張強度1180MPa級の冷延鋼板からなるハット断面形状のプレス成形部材を用いた。ハット断面形状のプレス成形部材の各寸法は、天板部の幅が50mmであり、縦壁部の長さが50mmであり、フランジ部の長さが50mmである。また、天板部と縦壁部および縦壁部とフランジ部は、それぞれ曲率半径10mmの曲面部で接続されている。
【0036】
パンチの上面部およびパッドの幅は50mmであり、パンチの傾斜面の長さは120mmであり、2つの傾斜面のプレス成形方向に対する傾斜角度はそれぞれ3°とした。また、2つのダイの側面のプレス成形方向に対する傾斜角度もそれぞれ3°とした。2つのダイのそれぞれの側面の下端には曲率半径10mmの曲面部が設けられている。このようなプレス成形部材とプレス成形金型とを用い、ダイの移動方向および成形下死点におけるパンチの傾斜面とダイの側面との垂直方向距離を変えて上記(1)式で定義されるクリアランスを変更しながらプレス成形解析し、各条件において成形されるプレス成形部材の曲げ癖高さを求めた。ダイの移動方向、(1)式で定義される成形下死点におけるクリアランスおよび曲げ癖高さの結果を下記表1に示す。なお、曲げ癖高さは
図3(b)に示す高さ12とした。
【0037】
【0038】
表1の発明例1~4に示すように、ダイの移動方向をパンチの傾斜面の傾斜角度である3°とし、パンチ傾斜面とダイ側面との垂直方向距離を一定とすると曲げ癖高さは低くなった。また、移動方向がプレス成形方向に対して1°傾斜させ、クリアランスを変化させた比較例1は、曲げ癖高さは高かった。さらに、パンチ傾斜面とダイ側面の垂直方向距離を一定とすることにより、ダイをプレス成形方向に移動させていた従来例1および2よりも曲げ癖高さを大幅に低くできることが確認された。
【0039】
一方、(1)式で定義されるクリアランスに着目すると、クリアランスが小さくなるほど曲げ癖高さが低くなり、成形下死点におけるパンチとダイとのクリアランスは小さい方が好ましいことが確認されたが、クリアランスがマイナスになると、プレス成形中にかじりが発生し(比較例2)、問題であった。これらの結果から、本実施形態に係るプレス成形方法を用いてフランジ部を曲げ戻すことで、曲げ癖を矯正する工程を追加することなく、曲げ癖高さの低いプレス成形部材を製造できることが確認された。
このプレス成形部材をプレス成形して、天板部の幅が50mmであり、縦壁部の長さが80mmであり、フランジ部の幅が20mmのハット断面形状のプレス成形部材を製造した。パンチの上面部の幅は50mmであり、パンチの傾斜面の長さは100mmであり、2つの傾斜面のプレス成形方向に対する傾斜角度はそれぞれ5°とした。また、2つのダイの側面のプレス成形方向に対する傾斜角度もそれぞれ5°とした。2つのダイのそれぞれの側面の下端には曲率半径10mmの曲面部が設けられている。このプレス成形解析においてもダイの移動方向および(1)式で定義される成形下死点におけるクリアランスを変更し、各条件において成形されるハット断面形状のプレス成形部材の曲げ癖高さを求めた。ダイの移動方向、(1)式で定義される成形下死点におけるクリアランスおよび曲げ癖高さの結果を下記表2に示す。
表2の発明例11、12に示すように、ダイの移動方向をパンチの傾斜面の傾斜角度である5°にすることで、従来例11のようにプレス成形方向にダイを移動させたものよりも曲げ癖高さは低くなった。また、クリアランスを狭くすることで、プレス成形部材の曲げ癖高さは低くなり、これらの傾向は、表1に示した結果と同じであった。これらの結果から、プレス成形により製造されるプレス成形部材がハット断面形状であってもコの字断面形状の結果と同様に、曲げ癖高さを低くできることがわかった。