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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022118463
(43)【公開日】2022-08-15
(54)【発明の名称】圧電膜積層体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/187 20060101AFI20220805BHJP
   H03H 3/08 20060101ALI20220805BHJP
   H03H 9/25 20060101ALI20220805BHJP
   H03H 9/17 20060101ALI20220805BHJP
   H03H 3/02 20060101ALI20220805BHJP
   H01L 41/319 20130101ALI20220805BHJP
   H01L 41/43 20130101ALI20220805BHJP
   H01L 41/113 20060101ALI20220805BHJP
【FI】
H01L41/187
H03H3/08
H03H9/25 C
H03H9/17 F
H03H3/02
H01L41/319
H01L41/43
H01L41/113
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021015022
(22)【出願日】2021-02-02
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】520124752
【氏名又は名称】株式会社ミライズテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】勅使河原 明彦
(72)【発明者】
【氏名】榎本 哲也
【テーマコード(参考)】
5J097
5J108
【Fターム(参考)】
5J097AA01
5J097BB11
5J097FF02
5J097HA03
5J097KK09
5J097KK10
5J108BB08
5J108CC04
5J108CC11
5J108EE03
5J108KK01
5J108MM08
(57)【要約】
【課題】tanδが低く抑えられたScAlN膜を備える圧電膜積層体を提供する。
【解決手段】圧電膜積層体10は、下地材11と、下地材11の表面上に形成されたScAlN膜12と、を備える。ScAlN膜12の不対電子密度は、1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電膜積層体であって、
下地材(11、25、27、32、34、41、54)と、
前記下地材の表面上に形成されたScAlN膜(12、24、31、42、53)と、を備え、
前記ScAlN膜の不対電子密度は、1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下である、圧電膜積層体。
【請求項2】
前記ScAlN膜において、Scの原子数とAlの原子数との総量100原子%に対してのScの原子数が占める割合であるSc濃度は、30原子%以上、45原子%以下である、請求項1に記載の圧電膜積層体。
【請求項3】
圧電膜積層体の製造方法であって、
下地材(11)を用意すること(S1)と、
前記下地材の表面上にScAlN膜(12)を成膜すること(S2)と、
前記ScAlN膜に対してアニールすること(S3)と、を含み、
前記アニールすることにおいては、前記ScAlN膜を成膜するときの成膜温度よりも高いアニール温度で、前記ScAlN膜を加熱することで、前記ScAlN膜の不対電子密度を1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下とする、圧電膜積層体の製造方法。
【請求項4】
前記アニール温度は、前記成膜温度よりも30℃以上高い温度である、請求項3に記載の圧電膜積層体の製造方法。
【請求項5】
前記アニール温度は、400℃以上の温度である、請求項3に記載の圧電膜積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電膜と下地材とが積層された圧電膜積層体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に、下地材と、圧電膜であるScAlN膜と、を備える圧電膜積層体が開示されている。ScAlN膜は、AlN膜よりも圧電性が高いという特性を持つ。このため、ScAlN膜を備える圧電膜積層体の各種デバイスへの応用が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-1456677号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ScAlN膜を備える圧電膜積層体を各種デバイスに応用する際、ScAlN膜のtanδが低いことが望まれる。tanδは、誘電正接と呼ばれる電気的特性の一つであり、損失係数とも呼ばれる。より詳細には、tanδは、誘電体に交流電場が加わったときに誘電体の中で電気エネルギーの一部が熱になって損失する程度を表す数値である。
【0005】
本発明は上記点に鑑みて、tanδが低く抑えられたScAlN膜を備える圧電膜積層体およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明によれば、
圧電膜積層体は、
下地材(11、25、27、32、34、41、54)と、
下地材の表面上に形成されたScAlN膜(12、24、31、42、53)と、を備え、
ScAlN膜の不対電子密度は、1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下である。
【0007】
また、請求項3に記載の発明によれば、
圧電膜積層体の製造方法は、
下地材(11)を用意すること(S1)と、
下地材の表面上にScAlN膜(12)を成膜すること(S2)と、
ScAlN膜に対してアニールすること(S3)と、を含み、
アニールすることにおいては、ScAlN膜を成膜するときの成膜温度よりも高いアニール温度で、ScAlN膜を加熱することで、ScAlN膜の不対電子密度を1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下とする。
【0008】
ここで、本発明者は、ScAlN膜のtanδの支配要因が不対電子密度であり、ScAlN膜の不対電子密度を1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下とすることで、ScAlN膜のtanδを低く抑えられることを見出した。
【0009】
よって、請求項1に記載の発明によれば、tanδが低く抑えられたScAlN膜を備える圧電膜積層体を提供することができる。請求項3に記載の発明によれば、tanδが低く抑えられたScAlN膜を備える圧電膜積層体の製造方法を提供することができる。
【0010】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】第1実施形態における圧電膜積層体の断面図である。
図2】第1実施形態における圧電膜積層体の製造手順を示すフローチャートである。
図3】本発明者が製造した複数の圧電膜積層体についての不対電子密度とtanδとの関係を示す図である。
図4】本発明者が製造した複数の圧電膜積層体についてのアニール温度とtanδとの関係を示す図である。
図5】第2実施形態におけるマイクロフォンの断面図である。
図6】第3実施形態におけるBAW共振器の斜視図である。
図7】第4実施形態におけるSAWデバイスの斜視図である。
図8】第5実施形態におけるMEMS共振器の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0013】
(第1実施形態)
図1に示すように、本実施形態の圧電膜積層体10は、下地材11と、ScAlN膜12と、を備える。下地材11とScAlN膜12とは、積層されている。
【0014】
下地材11は、ScAlN膜12の下地として用いられる。下地材11は、ScAlN膜12に接しており、ScAlN膜12を支えている。下地材11を構成する材料として、電極用材料や電極用材料以外の材料が用いられる。電極用材料としては、半導体材料、金属材料、導電性セラミックス材料等が挙げられる。
【0015】
下地材11を構成する半導体材料としては、Siが挙げられる。すなわち、下地材11として、Si基板を用いることができる。Si基板が用いられる場合、Si基板の比抵抗は、用途に応じて、任意の大きさに設定される。
【0016】
下地材11を構成する金属材料としては、後述する圧電膜積層体10の製造の際のアニール時に、結晶性等が変化しないものが望ましく、融点の高いものが望ましい。また、下地材11を構成する金属材料としては、MEMSを含む半導体プロセスで使用実績が多いものが望ましい。このような要件を満たす金属材料としては、Mo、Ti、Pt、Ru等が挙げられる。
【0017】
下地材11を構成する導電性セラミックス材料としては、TiN等のチタン化合物が挙げられる。TiNは、半導体プロセスで電極用材料として多用されている。
【0018】
下地材11として、1つの部材が用いられる場合に限らず、複数の部材が用いられてもよい。すなわち、下地材11としての複数の部材のそれぞれの表面上にわたって、ScAlN膜12が形成されてもよい。
【0019】
ScAlN膜12は、ScAlN(すなわち、スカンジウム含有窒化アルミニウム)で構成された圧電膜である。ScAlN膜12は、下地材11の表面上に形成されている。
【0020】
ScAlN膜12のSc濃度は、0原子%よりも大きく、45原子%以下のいずれの濃度でもよい。Sc濃度とは、Scの原子数とAlの原子数との総量100原子%に対してのScの原子数が占める割合である。原子%は、原子数百分率を指している。Sc濃度は、RBSによって測定される。RBSは、Rutherford Backscattering Spectrometry(すなわち、ラザフォード後方散乱分光)の略称である。本明細書に示すSc濃度は、下記の装置を用いて、下記の測定条件で測定された値である。
【0021】
装置名:National Electrostatics Corporation製 Pelletron 3SDH
測定条件
RBS測定
入射イオン: 4He++
入射エネルギー: 2300keV
入射角: 0deg
散乱角: 160deg
試料電流: 13nA
ビーム径: 2mmφ
面内回転: 無
照射量: 70μC
【0022】
また、ScAlN膜12の不対電子密度は、1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下である。不対電子密度は、ダングリングボンド密度、電子スピン密度とも呼ばれる。不対電子密度は、電子スピン共鳴法によって測定される。本明細書に示すScAlN膜12の不対電子密度の値は、下記のESR装置を用いて、下記の測定条件で測定された値である。ESRは、Electron Spin Resonance(すなわち、電子スピン共鳴)の略称である。
【0023】
装置名: Elexsys E580 (BRUKER 社製)
付属装置 : ER036TM ガウスメーター (BRUKER 社製)
測定条件
測定温度 : 20 K
中心磁場 : 3362 G 付近
磁場掃引範囲 : 1000 G
変調 : 100 kHz, 5 G
マイクロ波 : 9.42 GHz, 0.01 mW
掃引時間 : 167.77 s×4 times
時定数 : 327.68 ms
データポイント数 : 2048 points
キャビティー : super-high-Q
【0024】
例えば、電子スピン密度の測定の対象となるScAlN膜12の上面に上部電極が存在する場合がある。また、電子スピン密度の測定の対象となるScAlN膜12の下面に下部電極が存在し、さらに、下部電極の下面に基板が存在する場合がある。これらの場合、上部電極または下部電極が存在した状態でのScAlN膜の電子スピン密度の測定は、困難である。
【0025】
そこで、上部電極が存在する場合では、エッチングなどにより上部電極を除去する。これにより、電子スピン密度の測定が可能となる。また、ScAlN膜の下面側に下部電極、基板が存在する場合では、ScAlN膜の上面側を他の基板に固定した状態で、ScAlN膜の下面側の基板を機械加工やエッチングを用いて除去する。さらに、下部電極をエッチングによって除去する。これにより、電子スピン密度の測定が可能となる。
【0026】
次に、本実施形態の圧電膜積層体10の製造方法について説明する。圧電膜積層体10の製造方法は、図2に示すように、下地材用意工程S1と、成膜工程S2と、アニール工程S3とを含む。
【0027】
下地材用意工程S1では、下地材11を用意することが行われる。下地材用意工程S1においては、上記のいずれかの材料で構成された下地材11を用意する。
【0028】
成膜工程S2では、下地材11の表面上にScAlN膜12を成膜することが行われる。成膜工程S2においては、成膜装置に下地材11を設置し、反応性スパッタ法によって、所定の成膜温度で、ScAlN膜12を成膜する。ScAlN膜12の成膜後であって、アニール前のScAlN膜12の不対電子密度は、1.1×1019(個/cm)よりも大きい。
【0029】
アニール工程S3では、ScAlN膜12に対してアニールすることが行われる。アニール工程S3においては、成膜温度よりも高いアニール温度で、ScAlN膜12を加熱する。これにより、アニール前と比較して、ScAlN膜12の不対電子密度を低下させる。具体的には、ScAlN膜12の不対電子密度を、1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下とする。不対電子密度をこのような大きさとするためのアニール温度としては、後述の通り、成膜温度よりも30℃以上高い温度、または、400℃以上の温度が挙げられる。アニール温度は、下地材11とScAlN膜12のそれぞれの融点よりも低い温度であればよい。
【0030】
アニール工程S3の手順の一例を示すと、下地材11の表面上にScAlN膜12が形成された圧電膜積層体10を、成膜装置からアニール装置の内部に移動させる。その後、アニール装置によって、所定のアニール温度で、圧電膜積層体10を加熱する。なお、圧電膜積層体10を成膜装置からアニール装置へ移動させずに、成膜装置の内部で圧電膜積層体を加熱してもよい。この場合、ScAlN膜12を成膜した後に、成膜装置による加熱温度を成膜温度からアニール温度まで上昇させる。これに限らず、成膜装置による加熱温度を成膜温度よりも低下させた後、アニール温度まで上昇させてもよい。
【0031】
ScAlN膜12に対してアニールするときのアニール雰囲気は、ScAlNにとって不活性な雰囲気であることが望ましい。具体的には、アニール雰囲気は、不活性ガス雰囲気または真空状態であることが望ましい。不活性ガスとしては、窒素、アルゴン、水素またはそれらの混合ガスが挙げられる。
【0032】
ここで、表1に、本発明者が製造したサンプル1~10の圧電膜積層体10の電子スピン密度およびtanδの測定結果を示す。サンプル1~10は、表1中のサンプル番号1~10に対応する。
【0033】
【表1】
【0034】
サンプル4~10は、上記した本実施形態の製造方法によって製造された実施例である。サンプル1は、上記した本実施形態の製造方法に対してアニール工程S3が省略された製造方法によって製造された比較例である。サンプル2、3は、上記した本実施形態の製造方法に対してアニール工程S3の条件が異なる製造方法によって製造された比較例である。電子スピン密度の測定は、本実施形態に記載の測定方法で行われた。tanδは、1kHzのときの値である。
【0035】
サンプル1~10の圧電膜積層体10の製造において、成膜工程S2では、本発明者は、反応性スパッタ装置を用いて、プラズマ放電を行って、下地材11としてのSi基板の表面上にScAlN膜12を成膜した。このときのScAlN膜12の成膜条件は、次の通りである。Si基板温度がScAlN膜12を成膜するときの成膜温度である。
【0036】
ターゲットの種類:ScAlターゲット
ターゲットサイズ:直径100mm
Si基板とターゲットとの間の距離:200mm
DCパワー:800W
パルス周波数:20kHz
パルス長:4μs
ガス流量 N:28sccm、Ar:28sccm
ガス圧力:0.2Pa
Si基板温度:370℃
Si基板の比抵抗:≧1×10Ω・cm
【0037】
ScAlN膜12の成膜に用いたScAlターゲットのSc濃度は、40原子%であった。成膜されたScAlN膜12のSc濃度は、30原子%であった。
【0038】
サンプル1は、ScAlN膜12に対してアニールをしなかったものである。サンプル2、3は、ScAlN膜12に対して380℃でアニールしたものである。サンプル4~10は、400℃以上の表1に記載の各アニール温度で、ScAlN膜12に対してアニールしたものである。
【0039】
アニール工程S3では、本発明者は、アニール装置として、石英管炉を用いた。待機温度200℃の状態であるアニール装置の中に、サンプルを投入した。その後、Si基板およびScAlN膜12の温度が各アニール温度となるように設定された設定温度まで、アニール装置の内部温度を上昇させ、その温度を60分維持した。その後、アニール装置の内部温度を200℃まで下降させ、サンプルを取り出した。アニールするときでは、アニール装置の内部の雰囲気ガスとして、Nを用いた。アニール装置の内部の圧力を80kPaとした。
【0040】
図3は、表1のサンプル1~10において、ScAlN膜12のtanδと電子スピン密度(すなわち、不対電子密度)との関係を示すグラフである。図3に示すように、tanδと不対電子密度とは、不対電子密度が大きいほどtanδが大きくなるという関係を有する。
【0041】
より詳細には、サンプル4の不対電子密度が1.1×1019(個/cm)のときを境界として、tanδの変化の割合が異なる関係を有する。tanδの変化の割合は、不対電子密度の増加量に対するtanδの増加量の割合である。サンプル4~10の不対電子密度が1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下の範囲でのtanδの変化の割合は、サンプル1~3の不対電子密度が1.1×1019(個/cm)よりも大きな範囲でのtanδの変化の割合よりも小さい。
【0042】
すなわち、サンプル4~10の不対電子密度が1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下の範囲では、tanδは0.001以下である。これに対して、サンプル1~3の不対電子密度が1.1×1019(個/cm)よりも大きな範囲では、tanδは0.001よりも大きく、不対電子密度が大きくなるにつれて、tanδが急激に大きくなる。
【0043】
表1に示すように、サンプル4~10のアニール温度は、400℃以上800℃以下である。図4は、表1のサンプル1~10において、ScAlN膜12のtanδとアニール温度との関係を示すグラフである。図4に示すように、サンプル4~10のアニール温度が400℃以上、800℃以下の範囲内のとき、tanδは0.001以下である。
【0044】
このように、ScAlN膜12のtanδの支配要因が、ScAlN膜12の不対電子密度であることを、本発明者は見出した。ScAlN膜12のtanδの要因はリーク電流であり、リーク電流の要因は膜中の欠陥、特にダングリングボンドであると考えられる。このため、ダングリングボンド密度(すなわち、不対電子密度)がtanδの支配因子となると考えられる。
【0045】
そして、ScAlN膜12の不対電子密度を1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下の範囲内とすることで、tanδを低く抑えられることを、本発明者は見出した。よって、本実施形態の圧電膜積層体10によれば、ScAlN膜12の不対電子密度は1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下の範囲内であるので、ScAlN膜12のtanδを低く抑えることができる。
【0046】
ところで、Sc濃度が30原子%以上であるScAlN膜のtanδは、0.001よりも高いことが下記の文献等に開示されている。
【0047】
・JOURNAL OF APPLIED PHYSICS 122, 035301 (2017)
・Proc. SPIE 9517, Smart Sensors, Actuators, and MEMS VII; and Cyber Physical Systems, 95171C (21 May 2015)
・APL MATERIALS 3, 116102 (2015)
・APPLIED PHYSICS LETTERS 97, 112902 2010
【0048】
これに対して、本実施形態の圧電膜積層体10によれば、ScAlN膜12のSc濃度が30原子%以上、45原子%以下である場合におけるScAlN膜12のtanδを、0.001以下にすることができる。
【0049】
また、本実施形態の圧電膜積層体10の製造方法は、下地材用意工程S1と、成膜工程S2と、アニール工程S3とを含む。アニール工程S3においては、ScAlN膜12を成膜するときの成膜温度よりも高いアニール温度で、ScAlN膜12を加熱することで、ScAlN膜12の不対電子密度を1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下とする。これによれば、ScAlN膜12の不対電子密度を1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下とするので、ScAlN膜12のtanδが低く抑えられた圧電膜積層体10を製造することができる。
【0050】
ここで、ScAlNが結晶粒界の無い単結晶であって、その単結晶に結晶欠陥が無い状態である場合、ScAlNに不対電子は存在しない。これに対して、ScAlNが結晶粒界を有する多結晶であったり、ScAlNに結晶欠陥が存在したりする場合、ScAlNに不対電子が存在する。すなわち、ScAlNに結晶の不完全性がある場合、不対電子が現れる。ScAlN膜に対してアニールすることで、ScAlNの結晶の不完全性が修復され、不対電子が減少する。このため、アニールによってScAlN膜12の不対電子密度が低下するものと考えられる。
【0051】
また、表1に示すように、サンプル1~10のうち不対電子密度が1.1×1019(個/cm)以下となるのは、サンプル4~10である。サンプル4~10のアニール温度は、400℃以上である。したがって、ScAlN膜12の不対電子密度を1.1×1019(個/cm)以下とするためには、アニール工程S3のアニール温度が400℃以上であることが有効であると考えられる。
【0052】
また、サンプル4~10のアニール温度は、成膜温度よりも30℃以上高い温度である。したがって、別の観点によれば、ScAlN膜12の不対電子密度を1.1×1019(個/cm)以下とするためには、アニール工程S3のアニール温度が成膜温度よりも30℃以上高い温度であることが有効であると考えられる。
【0053】
(第2実施形態)
図5に示す本実施形態のマイクロフォン20は、第1実施形態の圧電膜積層体10を用いたものである。マイクロフォン20は、受圧部21と、支持体22とを備える。受圧部21は、音圧を受ける膜状の部分である。支持体22は、受圧部21を支持する。
【0054】
支持体22は、受圧部21が音圧を受けて変形するための空間部23を有する。支持体22は、受圧部21が音圧を受けたときに、受圧部21が変形できるように、空間部23の上側に受圧部21が位置した状態で、受圧部21を支持する。支持体22は、Siで構成されている。
【0055】
受圧部21は、圧電膜24と、下部電極25と、上部電極26と、絶縁膜27とを含む。圧電膜24は、第1実施形態のScAlN膜12と同じ膜である。下部電極25は、圧電膜24の下面に接して形成されている。上部電極26は、圧電膜24の上面に接して形成されている。下部電極25および上部電極26は、受圧部21の変形によって圧電膜24に発生した電荷を回収するための電極である。下部電極25および上部電極26は、Moによって構成されている。絶縁膜27は、支持体22のうち空間部23および空間部23の周囲の領域を覆っている。絶縁膜27は、Si酸化膜である。
【0056】
下部電極25は、絶縁膜27のうち空間部23の上側に位置する領域の表面上に設けられている。圧電膜24は、下部電極25の上面および下部電極25が形成されていない絶縁膜27の表面にわたって形成されている。このため、下部電極25および絶縁膜27が第1実施形態の下地材11に相当する。
【0057】
このように構成されたマイクロフォン20では、受圧部21が音圧を受けてたわみ変形をする。受圧部21が下に凸の形状に変形すると、圧電膜24の面内方向に圧縮応力が発生する。このとき、圧電効果によって圧電膜24の表面には電荷が発生する。また、受圧部21が上に凸の形状に変形すると、圧電膜24の面内方向に引張り応力が発生する。このとき、圧電効果によって圧電膜24の表面には、圧縮応力が発生したときとは逆極性の電荷が発生する。そこで、発生した電荷を下部電極25および上部電極26を通じて回収することで、受圧部21に印加された音圧を検出することができる。
【0058】
本実施形態によれば、圧電膜24として第1実施形態のScAlN膜12が用いられている。第1実施形態での説明の通り、ScAlN膜12のtanδは低く抑えられている。マイクロフォンのノイズにおける各因子の寄与度を比較すると、マイクロフォンに用いられる全周波数域において、tanδの寄与が最も大きいことが知られている。このため、マイクロフォン20のノイズを低減することができる。
【0059】
なお、本実施形態では、受圧部21に絶縁膜27が含まれている。しかし、絶縁膜27は、下部電極25とは別の導電膜であってもよい。また、本実施形態では、絶縁膜27は、受圧部21のたわみ変形における中立線を圧電膜24の中に存在させないために、形成されている。下部電極25を上部電極26よりも厚くすること等によって、受圧部21のたわみ変形における中立線を圧電膜24の中に存在させない場合、受圧部21に絶縁膜27が含まれていなくてもよい。また、本実施形態では、圧電膜24、下部電極25、上部電極26は、図5に示す形状である。しかしながら、これらの形状は、図5に示す形状に限られない。また、下部電極25、上部電極26、支持体22および絶縁膜27のそれぞれは、上記した材料とは別の材料によって構成されてもよい。
【0060】
(第3実施形態)
図6に示す本実施形態のBAW共振器30は、第1実施形態の圧電膜積層体10を用いたBAWデバイスである。BAWは、Bulk Acoustic Wave(すなわち、体積弾性波)の略称である。BAW共振器30は、圧電膜31と、下部電極32と、上部電極33と、支持体34とを備える。
【0061】
圧電膜31は、第1実施形態のScAlN膜12と同じ膜である。下部電極32は、圧電膜31の下面に接して形成されている。上部電極33は、圧電膜31の上面に接して形成されている。下部電極32および上部電極33は、圧電膜31に交流電界を印加して圧電膜31を膜厚方向に振動させる電極である。下部電極32および上部電極33は、Moによって構成されている。
【0062】
支持体34は、圧電膜31、下部電極32および上部電極33を支持する。支持体34は、圧電膜31に交流電界が印加されたときに圧電膜31が振動するための空間部35を有する。支持体34は、Siによって構成されている。下部電極32は、支持体34の空間部35に面している。本実施形態では、圧電膜31は下部電極32の表面上および支持体34の表面上に形成されている。このため、下部電極32および支持体34が第1実施形態の下地材11に相当する。
【0063】
このように構成されたBAW共振器30では、上部電極33と下部電極32との間に電圧を印加すると、逆圧電効果によって圧電膜31が図6中の矢印で示す膜厚方向に伸縮振動する。正弦波状の電圧波形を印加した場合、この伸縮振動も正弦波状の振動波形となる。その周波数が機械振動の共振周波数と一致すると、上部電極33と下部電極32との間のインピーダンスが大きく変化する。これによって、本実施形態のBAW共振器30は、電気的な共振子となる。この共振子を複数用いて、複数の共振子を回路的に接続することで、フィルタ動作が可能となる。
【0064】
本実施形態によれば、圧電膜31として第1実施形態のScAlN膜12が用いられている。第1実施形態での説明の通り、ScAlN膜12のtanδは低く抑えられている。このため、共振子のQ値を高くすることができる。これにより、BAW共振器30のフィルタ特性を向上させることができる。
【0065】
なお、本実施形態のBAW共振器30では、支持体34は、空間部35を有している。しかしながら、支持体34は、空間部35を有していなくてもよい。この場合、BAW共振器30は、下部電極32と支持体34との間に、音響多層膜を備えていればよい。また、下部電極32、上部電極33および支持体34のそれぞれは、上記した材料とは別の材料によって構成されてもよい。
【0066】
(第4実施形態)
図7に示す本実施形態のSAWデバイス40は、第1実施形態の圧電膜積層体10を用いたものである。SAWは、Surface Acoustic Wave(すなわち、表面弾性波)の略称である。
【0067】
SAWデバイス40は、基板41と、圧電膜42と、櫛歯電極43とを備える。基板41は、Siによって構成されている。基板41は、第1実施形態の下地材11に相当する。圧電膜42は、第1実施形態のScAlN膜12と同じ膜である。圧電膜42は、基板41の表面上に設けられている。櫛歯電極43は、圧電膜42の表面上に設けられている。櫛歯電極43は、圧電膜42にSAWを励振させる、または、圧電膜42を伝搬するSAWを受信する。櫛歯電極43は、Moによって構成されている。SAWデバイス40としては、SAW共振子、SAWフィルタ等がある。
【0068】
図示しないが、SAW共振子の例として、1ポート型のSAW共振子がある。このSAW共振子では、圧電膜42の表面において、櫛歯電極43の両側のそれぞれに反射器が配置される。このSAW共振子では、櫛歯電極43で励振されたSAWが両反射器で反射されることで、定常波が発生する。これにより、共振子が実現される。本実施形態によれば、圧電膜42として第1実施形態のScAlN膜12が用いられている。第1実施形態での説明の通り、ScAlN膜12のtanδは低く抑えられている。このため、SAW共振子のQ値を高くすることができる。これにより、SAW共振子のフィルタ特性を向上させることができる。
【0069】
また、図示しないが、SAWデバイスの他の例として、トランスバーサルSAWフィルタがある。このSAWフィルタでは、櫛歯電極43は、入力用電極と出力用電極とを含む。入力用電極により励振されたSAWは、圧電膜42の表面に沿って伝搬し、出力用電極により検出される。これにより、特定の周波数帯の電気信号を取り出すことができる。本実施形態によれば、圧電膜42として第1実施形態のScAlN膜12が用いられている。第1実施形態での説明の通り、ScAlN膜12のtanδは低く抑えられている。このため、SAWフィルタのフィルタ特性を向上させることができる。
【0070】
なお、基板41、櫛歯電極43のそれぞれは、上記した材料とは別の材料によって構成されてもよい。
【0071】
(第5実施形態)
図8に示す本実施形態のMEMS共振器50は、第1実施形態の圧電膜積層体10を用いたものである。MEMSは、Micro Electro Mechanical Systems(すなわち、微小な電気機械システム)の略称である。
【0072】
MEMS共振器50は、3層構造体51と、支持体52とを備える。3層構造体51は、圧電膜53と、下部電極54と、上部電極55とを含む。
【0073】
圧電膜53は、第1実施形態のScAlN膜12と同じ膜である。下部電極54は、圧電膜53の下面に接して形成されている。上部電極55は、圧電膜53の上面に接して形成されている。下部電極54および上部電極55は、圧電膜53に交流電界を印加して圧電膜53の面内方向に圧電膜53を伸縮させる電極である。下部電極54および上部電極55は、Moによって構成されている。本実施形態では、圧電膜53は下部電極54の表面上に形成されている。このため、下部電極54が第1実施形態の下地材11に相当する。
【0074】
支持体52は、空間部56を有する。支持体52は、空間部56の上側で3層構造体51が振動可能な状態で、3層構造体51を支持する。本実施形態では、3層構造体51のうち一方向の一方側の端部が支持体52に固定され、3層構造体51のうち一方向の他方側の端部が自由な状態である片持ち梁構造となっている。支持体52は、基板57と、絶縁膜58とを含む。基板57は、Siによって構成されている。絶縁膜58は、基板57の表面上に形成されている。絶縁膜58は、Si酸化膜である。絶縁膜58の表面上に、下部電極54が形成されている。
【0075】
下部電極54の厚さは、上部電極55と圧電膜53の総厚と同等以上である。このため、3層構造体51のたわみ変形における中立線は下部電極54内にある。上部電極55と下部電極54との間に電圧を印加すると、逆圧電効果によって圧電膜53が膜の面内方向に伸縮する。すると、3層構造体51の全体は、たわみ変形をする。正弦波状の電圧波形を印加した場合、このたわみ変形も正弦波状の振動となる。その周波数がたわみ振動の共振周波数と一致すると、上部電極55と下部電極54との間のインピーダンスが大きく変化する。これによって、電気的な共振子となる。この共振子を用いて、演算回路などの動作に必要な基準周波数を発生させることができる。
【0076】
本実施形態によれば、圧電膜53として第1実施形態のScAlN膜12が用いられている。第1実施形態での説明の通り、ScAlN膜12のtanδは低く抑えられている。このため、共振子のQ値を高くすることができる。これにより、発生させる基準周波数の精度を高くすることができる。
【0077】
なお、下部電極54、上部電極55、基板57、絶縁膜58のそれぞれは、上記した材料とは別の材料によって構成されてもよい。また、基板57が絶縁体であれば、絶縁膜58が形成されていなくてもよい。
【0078】
(他の実施形態)
(1)第1実施形態では、圧電膜積層体10の製造方法において、成膜工程S2の後に、アニール工程S3を行うことで、ScAlN膜12の不対電子密度を1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下とする。しかしながら、アニール工程S3を行わずに、成膜工程S2の成膜条件によって、成膜後のScAlN膜12の不対電子密度を1.7×1018(個/cm)以上、1.1×1019(個/cm)以下にすることができれば、アニール工程S3を行わなくてもよい。
【0079】
(2)本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜変更が可能であり、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。また、上記各実施形態は、互いに無関係なものではなく、組み合わせが明らかに不可な場合を除き、適宜組み合わせが可能である。また、上記各実施形態において、実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、上記各実施形態において、実施形態の構成要素の個数、数値、量、範囲等の数値が言及されている場合、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに特定の数に限定される場合等を除き、その特定の数に限定されるものではない。また、上記各実施形態において、構成要素等の材質、形状、位置関係等に言及するときは、特に明示した場合および原理的に特定の材質、形状、位置関係等に限定される場合等を除き、その材質、形状、位置関係等に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0080】
10 圧電膜積層体
11 下地材
12 ScAlN膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8