(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022118724
(43)【公開日】2022-08-15
(54)【発明の名称】往復動内燃機関
(51)【国際特許分類】
F02D 19/12 20060101AFI20220805BHJP
F02M 25/022 20060101ALI20220805BHJP
F02M 25/03 20060101ALI20220805BHJP
F02M 61/14 20060101ALI20220805BHJP
F02M 61/18 20060101ALI20220805BHJP
F02B 23/06 20060101ALI20220805BHJP
F02B 23/10 20060101ALI20220805BHJP
【FI】
F02D19/12 A
F02M25/022 T
F02M25/03
F02M61/14 310U
F02M61/18 360J
F02B23/06 M
F02B23/10 310E
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022014317
(22)【出願日】2022-02-01
(31)【優先権主張番号】P 2021014815
(32)【優先日】2021-02-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 和久
(72)【発明者】
【氏名】近藤 照明
(72)【発明者】
【氏名】宮川 浩
(72)【発明者】
【氏名】冬頭 孝之
(72)【発明者】
【氏名】河合 謹
【テーマコード(参考)】
3G023
3G066
3G092
【Fターム(参考)】
3G023AA01
3G023AA05
3G023AB05
3G023AC05
3G023AD02
3G023AD14
3G066AA07
3G066AB02
3G066AB08
3G066BA23
3G066CC48
3G092AA02
3G092AB03
3G092AB17
3G092BB01
3G092DE03
3G092FA15
3G092HB01Z
3G092HC03Z
(57)【要約】
【課題】燃焼室内に供給した水の分布によって、窒素酸化物の発生を抑制し、熱効率を向上させる。
【解決手段】往復動内燃機関10は、シリンダ12の頂部中央に配置され、燃焼室16内に燃料を放射状に噴射する燃料噴射ノズル18と、燃焼室16内に水を噴射する水噴射ノズル20を有する水供給装置22とを有する。水供給装置22は、水噴射ノズル20から水を噴射して、燃料噴射ノズル18が主噴射を行う前に、燃焼室16の中央部に、水滴および水蒸気を含む扁平円柱形状の水含有領域26を成層形成する。燃料の噴流が水含有領域26を通過する際、蒸発熱で冷やされた周囲の気体および水を取り込むことで燃焼温度が低下する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダの頂部中央に配置され、前記シリンダとピストンにより画定される燃焼室内に燃料を噴射する燃料噴射ノズルと、
前記燃焼室内に水を噴射する水噴射ノズルを有する水供給装置と、
を有し、
前記水供給装置は、前記水噴射ノズルから水を噴射して、前記燃料噴射ノズルが主噴射を行う前に、燃焼室の中央部に、水滴および水蒸気を含む扁平円柱形状の水含有領域を成層形成する、
往復動内燃機関。
【請求項2】
請求項1に記載の往復動内燃機関において、前記水含有領域の直径が、前記シリンダの直径の0.3倍以上、0.6倍以下である、往復動内燃機関。
【請求項3】
請求項1または2に記載の往復動内燃機関において、前記水噴射ノズルが水を噴射して形成する噴霧の形状が扇形であり、前記水噴射ノズルが、前記シリンダの中心からオフセットして配置され、前記シリンダの中心に向けて水を噴射する、往復動内燃機関。
【請求項4】
請求項3に記載の往復動内燃機関において、前記水噴射ノズルが形成する噴霧の扇形の中心角が、シリンダ直径をDbore、前記水噴射ノズルの前記シリンダの中心からのオフセット量をXoffとしたとき、50°×(0.5Dbore/Xoff)以上、75°×(0.5Dbore/Xoff)以下である、往復動内燃機関。
【請求項5】
請求項3に記載の往復動内燃機関において、前記噴霧の扇形の中心線に沿う噴流が、前記燃焼室内を旋回するように形成されるスワールに対向する速度成分を有するように、前記シリンダの中心からずれた位置に向けて噴射される、往復動内燃機関。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の往復動内燃機関において、前記水供給装置は、2回に分けて前記水噴射ノズルから水を噴射する、往復動内燃機関。
【請求項7】
請求項1から4のいずれか1項に記載の往復動内燃機関において、前記水供給装置は、前記水噴射ノズルから、主水噴射と、前記主水噴射の後、前記主水噴射から間隔を空けて前記主水噴射より噴射量が少ない追加水噴射とを行う、往復動内燃機関。
【請求項8】
請求項7に記載の往復動内燃機関において、前記水供給装置は、燃料の前記主噴射の開始直前に前記追加水噴射を終了する、往復動内燃機関。
【請求項9】
請求項7または8に記載の往復動内燃機関において、前記追加水噴射による噴射量が、水噴射の全量に対して25パーセントである、往復動内燃機関。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1項に記載の往復動内燃機関において、圧縮比が18以上、21以下である、往復動内燃機関。
【請求項11】
請求項10に記載の往復動内燃機関において、圧縮比が20以上、21以下である、往復動内燃機関。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか1項に記載の往復動内燃機関において、前記水供給装置に代えて、燃料より蒸発潜熱の高い液体を供給する高潜熱液供給装置を有する往復動内燃機関。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、往復動内燃機関に関し、特にシリンダとピストンにより規定される燃焼室内に燃料および水を噴射する往復動内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
シリンダとピストンにより規定される燃焼室内に燃料を噴射する往復動内燃機関において、燃焼室内に水を噴射する技術が知られている。下記特許文献1には、ディーゼルエンジンにおいて、燃料噴流の軌道上に水蒸気が存在するように、燃焼室の中央部から外周部に向けて放射状に水を噴射する技術が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
燃焼室内に噴射された水滴およびこの水滴が蒸発した水蒸気を含む水含有領域について、燃焼室内の配置に改良の余地がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る往復動内燃機関は、シリンダの頂部中央に配置され、シリンダとピストンにより画定される燃焼室内に燃料を噴射する燃料噴射ノズルと、燃焼室内に水を噴射する水噴射ノズルを有する水供給装置とを有し、水供給装置は、水噴射ノズルから水を噴射して、燃料噴射ノズルが主噴射を行う前に、燃焼室の中央部に、水滴および水蒸気を含む扁平円柱形状の水含有領域を成層形成する。
【0006】
燃焼室の中央に水含有領域を成層形成することで、シリンダの頂部中央から噴射される燃料の噴流が効率良く水を取り込むことができる。
【0007】
また、扁平円柱形状の水含有領域の直径が、シリンダの直径の0.3倍以上、0.6倍以下である往復動内燃機関とすることができる。
【0008】
さらにまた、水噴射ノズルが水を噴射して形成する水噴霧の形状が扇形であるようにすることができ、水噴射ノズルが、シリンダの中心からオフセットして配置され、シリンダの中心に向けて水を噴射する往復動内燃機関とすることができる。
【0009】
さらにまた、水噴射ノズルが形成する水噴霧の扇形の中心角が、シリンダ直径をDbore、水噴射ノズルのシリンダの中心からのオフセット量をXoffとしたとき、50°×(0.5Dbore/Xoff)以上、75°×(0.5Dbore/Xoff)以下である往復動内燃機関とすることができる。
【0010】
さらにまた、水噴射ノズルが形成する水噴霧の扇形の中心線に沿う噴流が、燃焼室内を旋回するように形成されるスワールに対向する速度成分を有するように、シリンダの中心からずれた位置に向けて噴射される往復動内燃機関とすることができる。
【0011】
さらにまた、水供給装置が2回に分けて水噴射ノズルから水を噴射する往復動内燃機関とすることができる。
【0012】
さらにまた、水供給装置が、水噴射ノズルから、主水噴射と、主水噴射の後、主水噴射から間隔を空けて主水噴射より噴射量が少ない追加水噴射とを行う往復動内燃機関とすることができる。
【0013】
さらに、主噴射と追加水噴射とを行う水供給装置が追加水噴射を燃料の主噴射の開始直前に終了する往復動内燃機関とすることができる。
【0014】
さらに、主噴射と追加水噴射とを行う水供給装置が追加水噴射によって水噴射の全量に対して25パーセントの水を噴射する往復動内燃機関とすることができる。
【0015】
さらにまた、圧縮比が18以上、21以下、より好ましくは20以上、21以下である往復動内燃機関とすることができる。
【0016】
さらにまた、前記往復動内燃機関は、水供給装置に代えて、燃料より蒸発潜熱の高い液体を供給する高潜熱液供給装置を有するようにできる。
【発明の効果】
【0017】
燃焼室の中央に水含有領域を配置することで、シリンダの頂部中央から噴射される燃料の噴流が効率良く水を取り込むことができ、水噴射による効果をより享受できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施形態の内燃機関の要部構成を模式的に示す図である。
【
図3】数値計算に用いた諸元の一例を示す図である。
【
図6】水の分布ごとの窒素酸化物の発生量を示す図である。
【
図8】燃料の噴流が水を取り込む様子を示す図である。
【
図9】水含有領域の直径と窒素酸化物の発生量の関係を示す図である。
【
図10】水噴霧中心角と窒素酸化物の発生量の関係を示す図である。
【
図11】水噴射ノズルをシリンダ壁に配置したときの水の噴霧の態様を示す図である。
【
図12】水噴射ノズルの位置と水の噴霧の関係を示す図である。
【
図13】水噴霧偏向角ごとの窒素酸化物の発生量を示す図である。
【
図14】水噴霧偏向角ごとの、燃焼室内の水の分布を示す図である。
【
図16】水の噴射回数ごとの窒素酸化物の発生量を示す図である。
【
図17】水の噴射回数ごとの、燃焼室内の水の濃度分布を示す図である。
【
図18】圧縮比と図示熱効率の関係を水噴射の有無で比較して示す図である。
【
図19】圧縮比と窒素酸化物の発生量の関係を水噴射の有無で比較して示す図である。
【
図20】圧縮比とスートの関係を水噴射の有無で比較して示す図である。
【
図21】単独の水噴射による水含有領域を模式的に示す図である。
【
図22】分割された水噴射による水含有領域を模式的に示す図である。
【
図23】数値計算に用いた諸元の他の例を示す図である。
【
図26】水噴射時期の条件ごとの窒素酸化物の低減率を示す図である。
【
図27】単独の水噴射と分割された水噴射の燃焼室内の水分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る実施の形態を図面に従って説明する。
図1は、本実施形態の往復動内燃機関10、特にディーゼル機関の要部構成を模式的に示す図である。往復動内燃機関10は、円筒形状のシリンダ12と、シリンダ12内を、シリンダ12の軸線方向に沿って往復動するピストン14を含む。シリンダ12とピストン14で画定される空間、特にピストン14が上死点付近にあるときのこの空間は、燃焼室16と呼ばれている。シリンダ12の頂面12aの中心に燃料噴射ノズル18が配置される。また、往復動内燃機関10は、燃焼室16内に水滴として水を供給する水供給装置22を備える。水供給装置22は、シリンダ12の頂部中央から離れた位置に配置された水噴射ノズル20を含む。ピストン14の頂面には、燃焼室16を規定する直径Dreの凹部21が形成されている。シリンダ12の中心線をz軸とし、z軸に直交し、水噴射ノズル20の配置された位置を通る軸をx軸、x軸およびz軸と直交する軸をy軸とする。x軸、y軸およびz軸は、頂面12aの中心Oで交差する。
【0020】
往復動内燃機関10において、シリンダ12の頂面12aには、吸気バルブおよび排気バルブが配置されるが、
図1においては簡略化のために省略されている。また、ピストン14には、クランクシャフト(不図示)と接続するためのコネクティングロッドが接続されているが、これも省略されている。
【0021】
燃料噴射ノズル18は、中心Oから周囲に向けて放射状に、例えば8方向に燃料を噴射する。水噴射ノズル20は、中心Oからx軸の方向にXoffだけオフセットしている。このXoffを配置オフセット量と記す。
【0022】
図2は、水供給装置22の水噴射ノズル20の噴射の態様を示す図である。(a)は水供給装置22をz軸方向に沿って見た図、(b)はy軸方向に沿って見た図、(c)は俯瞰して見た図である。水噴射ノズル20は、同一平面内に配置された複数のノズルホールを有する。個々のノズルホールからは細い円錐状の噴流が形成され、全体としては、扁平な扇形の水噴霧24が形成される。この扇形の中心角を水噴霧中心角θscとする。水噴射ノズル20は、中心Oに向けて水を噴射する。xy平面における、水噴霧24の中心線24aとx軸のなす角を水噴霧偏向角θxyとする(
図1参照)。水噴霧偏向角θxyは、シリンダ12を上方から見たとき、反時計回りの向きを正の向きとする。さらに、水噴霧24は、xy平面より下向きに噴射され、水噴霧24の扇形が規定する平面と、z軸のなす角を水噴霧下向き角θxzとする(
図1参照)。水噴霧24は、その扇形の中心線24aを含み、かつz軸に平行な平面に対して対称な形状を有する。
【0023】
図3は、数値計算に用いた往復動内燃機関10の基本諸元である。以下において、各諸元の効果を比較する数値計算において、比較対象外の諸元については、
図3に示す値を用いている。水率は、燃料噴射量に対する水噴射量の質量比である。水噴射時期は、水噴射開始時期を示しており、上死点前21°から13°までの間で水が噴射される。また、水噴射期間は、20MPaで水が噴射されている期間を表す。また、水噴射期間内での単位時間当たりの水噴射量(水噴射率)は一定である。(なお、
図21~
図27に関連して説明する、水噴射に関して主噴射と追加噴射に分けた場合の数値計算には、
図3の基本諸元とは一部異なる諸元を用いている。)
【0024】
図4は、水供給装置22により供給された水を含む水含有領域26を示す図である。
図4において、網点を付した領域が水含有領域26である。水含有領域26は、水噴射ノズル20から噴射された水噴霧24の水滴およびこの水滴が蒸発した水蒸気を含む領域である。以下の説明において、特段の断りがない限り、「水」は、水滴状の液体の水および水蒸気を含む。シリンダ12の中心Oからオフセットされた水噴射ノズル20から中心Oに向けて噴射された水は、xy平面において燃焼室16の中央部に扁平な円柱形状の領域に分布する。この領域が、水含有領域26である。この往復動内燃機関10は、水含有領域26を燃焼室16の中央部に成層形成する。つまり、シリンダ12の中央部に水の濃度が高い領域が、その周囲に水の濃度が低い領域が、層状に形成される。シリンダ12の直径(ボア)がDbore、水含有領域26の直径がDwaで示されている。
【0025】
図5は、燃焼室16内の水の分布の例を示し、
図6は、
図5に示す各水分布の窒素酸化物(NOx)の発生量を示す図である。
図5の(a)は、水が、燃焼室16の中央部に分布し、扁平円柱形状の水含有領域26を形成する場合を示している。(a)に示す分布を中央成層分布と記す。水含有領域26の直径Dwaは、ボアDboreの二分の1である(Dwa=0.5×Dbore)。(b)は、燃焼室16全体に水が均質に分布した場合を示し、網点を付した領域に水が分布している。(b)に示す分布を全域均質分布と記す。(c)は、燃焼室16の周縁近傍に水が分布した場合を示し、網点を付した領域29に水が分布している。(c)に示す分布を外周成層分布と記す。水率は、
図5の(a)~(c)の全てで60%である。
【0026】
図6は、
図5の(a)~(c)の水分布の場合の窒素酸化物の発生量を示しており、窒素酸化物の発生量は、燃焼室16内に水を供給しない場合、つまり水噴射なしの場合に対する相対量として示されている。中央部に分布する(a)の場合が最も効果が高いことが示されている。なお、
図6の各水分布の窒素酸化物の発生量は、スートの発生量が等しくなる条件の下に算出されたものである。また、
図7には、水を供給しない場合と、上記(a)~(c)の水分布の場合の図示熱効率が示されている。水が中央部に分布する(a)の場合が熱効率が高くなることが示されている。なお、
図7の各水分布の図示熱効率は、窒素酸化物の発生量が等しくなる条件の下に算出されたものである。
【0027】
図8は、数値計算によって求められた、燃焼室16内に噴射された水の燃料噴射後の分布を示す図であり、(a)が中央成層分布、(b)が全域均質分布、(c)が外周成層分布の場合を示している。色の濃い部分が水の濃度が高い部分を示している。(a)の中央成層分布の場合、燃料噴射ノズル18からの燃料噴流28が、燃焼室16の中央部の水含有領域26を通過する際に周囲の水を取り込み、燃料噴流28中に多くの水が含まれている。(b)の全域均質分布の場合、燃料噴流28内に取り込まれる水は、中央成層分布の場合に比べて少ないことが分かる。(c)の外周成層分布の場合、燃料噴流28によって水が吹き飛ばされてしまい、水が燃料噴流28中にほとんど取り込まれていないことが分かる。
【0028】
図8の(a)に示されるように、水含有領域26が燃焼室16の中央部に分布する場合、燃料噴流28が水含有領域26から水滴および水蒸気を含む気体を取り込む。水含有領域26は、噴射された水滴が蒸発して冷却されており、この冷却された気体を燃料噴流28が取り込むことにより、また、取り込んだ水滴が蒸発することにより、燃料噴流28に着火した火炎の温度が低下する。このため、窒素酸化物の発生が抑制され、窒素酸化物の発生量が低下する。また、燃料噴流28の温度が低下することで、着火位置が燃料噴流28の下流に移動する。一方、燃料噴流28の下流は、上流に比べ周囲の気体がより多く取り込まれるため、温度が低く、また燃料がリーンとなる。このため、高温のリッチ領域での燃焼が低減し、スート(すす)の生成が抑制される。さらに、噴霧火炎の温度が低下することで、燃焼室壁面と接触する火炎の温度が低下して壁面と火炎の温度差が縮まり、熱損失が少なくなる。このため、熱効率が向上する。
【0029】
図9は、水含有領域26の直径と窒素酸化物の発生量の関係を示す図である。横軸は、シリンダ12の直径Dboreに対する水含有領域26の直径Dwaを示し、縦軸は、窒素酸化物の発生量を示し、特に燃焼室16内に水を供給しない場合(水噴射なし)に対する相対値として示されている。全域均質分布(Dwa/Dbore=1)の場合に比較して、中央成層分布の場合においては窒素酸化物の発生量が低減していることが分かる。特に、水含有領域26の直径Dwaが、シリンダ直径の0.3倍以上、0.6倍以下の場合に、窒素酸化物の発生量を大きく低減できる。
【0030】
図10は、水噴霧中心角θscと窒素酸化物の発生量の関係を示す図である。
図10は、
図11に示すように、配置オフセット量Xoffを0.5Dboreとし、水噴霧偏向角θxyを0としたときの水噴霧中心角θsc0と窒素酸化物の発生量の関係を示している。横軸は、水噴霧中心角θsc0、縦軸は、窒素酸化物の発生量を示し、特に燃焼室16に水を供給しない場合に対する相対値として示されている。水噴霧中心角θsc0が50°以上、75°以下のときに窒素酸化物の低減効果がより大きいことが認められる。
【0031】
前述のように、
図10は、水噴射ノズル20をシリンダ12の壁面に設けた場合、つまり配置オフセット量Xoffをシリンダ半径0.5Dboreとした場合の結果である。この結果から、水噴射ノズル20をシリンダ12の中心Oに近づけた場合における水噴霧中心角θscの好ましい値について推定できる。
【0032】
図12の(a)は、
図11と同様に水噴射ノズル20をシリンダ12の壁面に設けた場合を示している。この場合、中心角θsc0の水噴霧24は、図中破線で示す、中心がシリンダ中心Oと同心の円形の領域30に向けて噴射される。この領域30は、扇形の水噴霧の両縁が接線となる、中心がシリンダ中心O、半径がR0の円である。
図12の(b)は、水噴射ノズル20をシリンダ12の壁面より中心Oに近づけた状態(Xoff<0.5Dbore)を示している。(a)に示す場合と同様の水分布を得るためには、前述の領域30の全体に向けて水を噴霧すればよいと考えられ、そのための水噴霧24の中心角θscは、
θsc=(0.5Dbore/Xoff)×θsc0 ・・・(1)
ただし、θ=sinθと近似
となる。
図10に示されるように、水噴射ノズル20をシリンダ12の壁面に設けた場合、水噴霧中心角θsc0が50~75°の範囲で窒素酸化物の抑制効果が認められ、これと同じ効果を得るためには、領域30に水が供給されるように噴射を行えばよい。このためには、式(1)から水噴霧中心角θscの範囲を、50°×(0.5Dbore/Xoff)以上、75°×(0.5Dbore/Xoff)以下とすればよい。
【0033】
図13は、燃焼室16内に
図1に示すように反時計回りのスワール32が発生する場合において、水噴射偏向角θxyを15°、0°、-5°としたときの窒素酸化物の発生量を示す図である。窒素酸化物の発生量は、水を燃焼室16内に供給しない場合に対する相対量として表わされている。
図14は、水噴射偏向角θxyを15°、0°、-5°としたときの燃焼室16内の水の分布を示す図である。網掛けした領域に水噴射ノズル20から噴射された水が分布している。水噴射偏向角θxyが0°のときは、水噴霧の中心線24aに沿う噴流は周回するスワール32と直交し、15°のときは、中心線24aに沿う噴流がスワール32と対向する成分を有する。
【0034】
図13から水噴射偏向角θxyが15°のとき、窒素酸化物がより低減されることが分かる。これは、
図14に示されるように、水噴射偏向角θxyが15°のとき、水が偏在せず、より中心O寄りに分布しており、放射状に噴射される燃料のそれぞれの噴流が取り込む水の量の偏りが減少して、それぞれの噴流の温度が低下するためと考えられる。
【0035】
図15は、水噴射の時期を示す図であり、(a)は噴射が1回の場合、(b)が噴射が2回の場合の噴射時期を示している。実線が水の噴射を示し、破線は燃料の主噴射を示している。水噴射は、1回の場合は、上死点前21°で噴射を開始し、噴射期間が8°である。2回の場合は、上死点前23°と10°で噴射を開始し、それぞれの噴射期間は4°であり、1回目と2回目の噴射量は同量である。
図16は、噴射回数が異なる場合の窒素酸化物の発生量を示しており、
図15に示す噴射時期に対応して(a)は1回噴射、(b)は2回噴射の場合を示している。また、窒素酸化物の発生量は、水噴射がない場合に対する相対値として示されている。図示されるように、2回に分けて噴射した場合の方が窒素酸化物の発生量が少ない。
図17には、数値計算による水の濃度分布の一例が示されており、
図15に示す噴射時期に対応して(a)は1回噴射、(b)は2回噴射の場合を示している。色の濃い部分が水の濃度が高い部分である。2回噴射の方が窒素酸化物の発生が少ないのは、燃焼室16の中心軸に対して水がより対称分布になり、放射状に噴射される燃料のそれぞれの噴流が取り込む水の量が偏らなくなるためと考えられる。
【0036】
図18~
図20は、圧縮比を変更したときの図示熱効率、窒素酸化物の発生量、スート(すす)の発生量を、燃焼室16内への水の供給の有無で比較した図である。圧縮比は、凹部21の直径Dreを変更して変化させた。直径Dreが小さい方が圧縮比が高くなる。圧縮比は、水を供給しない場合、15.1から21.1まで1刻みに変化させ、水を供給した場合、15.1から22.1まで1刻みに変化させた。
図19および
図20に示すように、圧縮比の全範囲において、水を供給することによって、窒素酸化物およびスートの発生量が抑制されることが分かる。また、
図18に示すように、圧縮比18以上で熱効率が向上し、さらに、圧縮比21~22の範囲でより高い熱効率を示すことが分かる。
【0037】
燃焼室16内に供給する液体は、水に代えて、燃料より蒸発潜熱の高い液体とすることができる。例えば、燃料が軽油の場合、水に代えてメタノール水やエタノール水を用いることができる。また、ディーゼルエンジン以外にも、燃料をシリンダ内に直接噴射し、水を噴射して燃焼室に水を供給するガソリンエンジンにも適用することができる。
【0038】
水噴射ノズル20からの1回の水噴射を行った場合、燃焼室16の中心軸に関して軸対称な水分布を得られない場合がある。以下において、水噴射を分けて行い、水分布の偏りを抑制する手法について説明する。
【0039】
図21は、1回の水噴射(以下、単独水噴射と記す。)によって形成された水含有領域26Aを模式的に示す図である。単独水噴射の場合、噴射された水は、運動量が大きく、シリンダ中心Oを通り越し、水分布の重心は、シリンダ中心Oに関して水噴射ノズル20と反対側に移動する傾向がある。また、水噴霧の前縁は、周囲の気体からの抵抗を受けて速度が減衰しやすい。一方、水噴霧の後続部分は、先行部分の後を追うため周囲の気体からの抵抗が小さくなり速度がさほど減衰しない。このため、後続部分が先行部分に追いつき、水含有領域26Aは、概略的に、
図21に示すように、中心角が180°超の扇形または馬蹄形となる。
【0040】
図22は、主な水噴射を行った後、間隔を空けて追加的に水噴射をした場合に形成される水含有領域26Bを模式的に示す図である。以下、主な水噴射を主水噴射、追加的な水噴射を追加水噴射、主水噴射と追加水噴射に分けて行う水噴射を分割水噴射と記す。
図22において、(a)は、主水噴射により形成された水含有領域26Cを示し、(b)は、追加水噴射を行った後の水含有領域26Bを示す。主水噴射による水含有領域26Cは、単独水噴射の場合と同様、中心角が180°超の扇形であり、この扇形の欠けた部分を追加水噴射による水で補うようにして水含有領域26Bが形成される。
【0041】
図23は、以下に説明する分割水噴射を行った場合の数値計算に用いた往復動内燃機関10の基本諸元である。水率(燃料噴射量に対する水噴射量の質量比)は50パーセントである。
図24および
図25は、水噴射の時期を示す図である。燃料の主噴射の時期は各条件で共通であり、破線で示すように上死点前4°から上死点後6°である。水噴射の時期は実線で示されている。条件1は、上死点前39~27°において水噴射率21.0g/sで水噴射40を行う条件であり、分割水噴射に対する比較対象である。条件2~6は、主水噴射42と追加水噴射44に分けた分割水噴射の条件を示す。条件2~6において、主水噴射42および追加水噴射44の水噴射率は15.8g/sである。主水噴射42の時期は条件1と同じ上死点前39~27°である。追加水噴射44の時期は各条件で異なり、条件2が上死点前18~14°、条件3が上死点前14~10°、条件4が上死点前10~6°、条件5が上死点前6~2°、条件6が上死点前2°から上死点後2°である。条件1~6において、噴射される水の総量は同一であり、条件2~6における追加水噴射44によって噴射される水の量は、水の総量に対して25パーセントである。条件7は、主水噴射と追加水噴射において同量の水を噴射するものであり、条件2~6と同様、噴射率は15.8g/sである。主水噴射42と追加水噴射44の時期は、それぞれ上死点前39~31°、上死点前14~6°である。条件7は、追加水噴射44の終了の時期が条件4と同じである。
【0042】
図26は、水噴射をしない場合に対して、
図24,25に示した条件1~7における排気ガス中の窒素酸化物(NOx)の低減率を示す図である。低減率が大きいほど排気ガス中の窒素酸化物が少なくなる。
図26から追加水噴射が燃料の主噴射に近いほど、窒素酸化物が低減し(条件2~4)、追加水噴射と燃料の主噴射が重なると、低減率が悪化することが分かる(条件5~6)。水噴射を分けると、噴射1回あたりの水の運動量が小さくなり、主水噴射42により噴射された水が燃焼室16の中心Oにある燃料噴射ノズル18を過度に通り過ぎることが抑えられ、燃焼室16の中央に水含有領域26を形成しやすくなる。主水噴射42と同様、追加水噴射44により噴射された水も運動量が小さくなり、燃焼室16の中央部に存在しやすくなる。また、追加水噴射44の時期を上死点に近づけると、上死点付近では燃焼室16内の気体の密度が大きいため、噴射された水がより大きな抵抗を受けて減速し、主水噴射42により形成された先行する水含有領域26Cに追いついてその中に進入してしまうことが抑制される。これにより、水含有領域26Cの欠けた部分を、追加水噴射44による水が埋めるようにして、燃焼室16の中央部に略軸対称の水含有領域26Bを形成することができる。
【0043】
条件5,6のように、追加水噴射44の一部または全てが燃料の主噴射と重なると、燃料の噴霧によって水の噴霧が押し戻され、先行する水含有領域Cの欠けた部分を補うことができない。このため、燃焼室16の中央部に軸対称の水含有領域26Bを形成することができなくなる。よって、追加水噴射44は、上死点近くで開始され、燃料の主噴射が開始される直前に終了されることが望ましいことが分かる。
【0044】
条件4と条件7を比較すると、水の噴射量は、主水噴射42に比して追加水噴射44を少なくすることが望ましいことが分かる。追加水噴射の割合が多くなると、燃焼が開始する上死点付近までの水の滞在時間が相対的に小さくなる。その結果、全体として、水の蒸発量が減り、燃焼室16内の気体の温度の低下代が小さくなるためNOx低減効果が小さくなると考えられる。
【0045】
図27は、数値計算による水分布を示す図であり、(a)が単独水噴射により形成された水分布34、(b)が分割水噴射により形成された水分布36の一例を示す図である。図中の網掛けされた領域は噴射された水が蒸発した水蒸気を含む領域であり、細線で囲まれた領域は水滴が多く存在する領域である。分割水噴射において、主水噴射により形成された水分布36aと、追加水噴射により形成された水分布36bにより全体として、燃焼室16の中央部に軸対称の水分布36が形成されている。
【0046】
以上のように、水噴射を主水噴射と、主水噴射から間隔を空けて、主水噴射より噴射量が少ない追加水噴射を行うことで、燃焼室の中央部に扁平円柱形状の水含有領域を成層形成を実現でき、窒素酸化物の排出を抑制できる。また、追加水噴射は、燃料の主噴射の直前に行うようにすることが好適である。
【符号の説明】
【0047】
10 往復動内燃機関、12 シリンダ、14 ピストン、16 燃焼室、18 燃料噴射ノズル、20 水噴射ノズル、21 凹部、22 水供給装置、24 水噴霧、26,26A,26B,26C 水含有領域、28 燃料噴流、30 領域、32 スワール、34 単独噴射による水分布、36 分割噴射による水分布、40 単独水噴射の時期、42 主水噴射の時期、44 追加水噴射の時期、Xoff 配置オフセット量、θsc 水噴霧中心角、θxy 水噴霧偏向角、θxz 水噴霧下向き角。