(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022119334
(43)【公開日】2022-08-17
(54)【発明の名称】アルミニウム合金材
(51)【国際特許分類】
C22C 21/10 20060101AFI20220809BHJP
C22F 1/053 20060101ALN20220809BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220809BHJP
【FI】
C22C21/10
C22F1/053
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 683
C22F1/00 612
C22F1/00 624
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686Z
C22F1/00 684C
C22F1/00 691A
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
C22F1/00 602
C22F1/00 601
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 631Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021016381
(22)【出願日】2021-02-04
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼谷 舞
(72)【発明者】
【氏名】一谷 幸司
(72)【発明者】
【氏名】箕田 正
(57)【要約】
【課題】Al-Zn-Mg-Cu系合金及びAl-Zn-Mg系合金のいずれにおいても強度を上昇させることができるアルミニウム合金材を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金材1は、Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下を含む化学成分を有している7000系アルミニウム合金からなり、Al母相2中にSc及びZrを含むAl-Sc-Zr系析出物3が存在しており、かつ、Al-Sc-Zr系析出物3のうち、長径が2nm以上20nm以下であるAl-Sc-Zr系析出物3の単位体積当たりの数が3.0×10
21個/m
3以上である金属組織を有している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下を含む化学成分を有している7000系アルミニウム合金からなり、
Al母相中にSc及びZrを含むAl-Sc-Zr系析出物が存在しており、かつ、前記Al-Sc-Zr系析出物のうち、長径が2nm以上20nm以下である前記Al-Sc-Zr系析出物の単位体積当たりの数が3.0×1021個/m3以上である金属組織を有している、アルミニウム合金材。
【請求項2】
前記7000系アルミニウム合金は、Zn:9.0質量%以上11.0質量%以下、Mg:2.0質量%以上3.0質量%以下、Cu:1.2質量%以上1.8質量%以下、Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している、請求項1に記載のアルミニウム合金材。
【請求項3】
前記7000系アルミニウム合金は、Zn:4.0質量%以上6.0質量%以下、Mg:1.0質量%以上2.0質量%以下、Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している、請求項1に記載のアルミニウム合金材。
【請求項4】
前記7000系アルミニウム合金には、さらに、Mn:0質量%超え1.0質量%以下、Cr:0質量%超え0.3質量%以下及びTi:0質量%超え0.05質量%以下からなる群より選択される1種または2種以上の元素が含まれている、請求項2または3に記載のアルミニウム合金材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金材に関する。
【背景技術】
【0002】
Zn(亜鉛)及びMg(マグネシウム)が添加された7000系アルミニウム合金は、アルミニウム合金としては高い強度を有しているため、例えば航空機構造材料や自動二輪車の構造材料などの種々の分野に使用されている。
【0003】
例えば特許文献1には、Zn:3.2~5.0%、Mg:1.0~2.8%、Cu:0.13~0.29%、V:0.3~0.18%、Ti:0.03~0.24%を必須成分として含み、Cr:0.06~0.26%、Mn:0.10~0.50%、Zr:0.06~0.26%、B:0.0001~0.01%のうちの一種または二種以上を添加し、残部Alよりなる肉厚方向における靭性と耐応力腐食割れ性の優れた溶接構造用アルミニウム合金に関する発明が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
7000系アルミニウム合金は、より高い強度を有するAl-Zn-Mg-Cu(アルミニウム-亜鉛-マグネシウム-銅)系合金と、溶接性に優れたAl-Zn-Mg系合金とに大別される。Al-Zn-Mg-Cu系合金とAl-Zn-Mg系合金とは基本的な化学成分が異なっているため、従来は、それぞれの合金系について強度を向上させる合金設計の検討が行われており、検討の手間が煩雑となっていた。そこで、合金設計をより容易に行うため、いずれの合金系においても強度を向上させる技術が望まれている。
【0006】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、高い強度を有するアルミニウム合金材を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、Sc(スカンジウム):0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr(ジルコニウム):0.05質量%以上0.20質量%以下を含む化学成分を有している7000系アルミニウム合金からなり、
Al母相中にSc及びZrを含むAl-Sc-Zr系析出物が存在しており、かつ、前記Al-Sc-Zr系析出物のうち、長径が2nm以上20nm以下である前記Al-Sc-Zr系析出物の単位体積当たりの数が3.0×1021個/m3以上である金属組織を有している、アルミニウム合金材にある。
【発明の効果】
【0008】
前記アルミニウム合金材は、Sc及びZrの両方の元素を含み、かつ、これらの元素の含有量が前記特定の範囲内である7000系アルミニウム合金から構成されている。また、前記アルミニウム合金材は、長径が2nm以上20nm以下であるAl-Sc-Zr系析出物を3.0×1021個/m3以上含む金属組織を有している。前記特定の態様のAl-Sc-Zr系析出物は、Al-Zn-Mg-Cu系合金及びAl-Zn-Mg系合金のいずれにおいても、析出強化によりアルミニウム合金材の強度を向上させることができる。
【0009】
以上のように、前記の態様によれば、高い強度を有するアルミニウム合金材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実施例1のアルミニウム合金材をTEM観察することにより得られる暗視野像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
前記アルミニウム合金材を構成する7000系アルミニウム合金は、Zn(亜鉛)、Mg(マグネシウム)及びCu(銅)を含むAl-Zn-Mg-Cu系合金であってもよいし、Zn及びMgを含むAl-Zn-Mg系合金であってもよい。いずれの種類の合金であっても、Sc及びZrの含有量を前記特定の範囲とすることにより、アルミニウム合金材中に微細なAl-Sc-Zr系析出物を形成することができる。以下、Al-Zn-Mg-Cu系合金の化学成分及びAl-Zn-Mg系合金の化学成分の一例を説明する。
【0012】
(Al-Zn-Mg-Cu系合金)
前記アルミニウム合金材を構成する7000系アルミニウム合金がAl-Zn-Mg-Cu系合金である場合、7000系アルミニウム合金は、Zn:9.0質量%以上11.0質量%以下、Mg:2.0質量%以上3.0質量%以下、Cu:1.2質量%以上1.8質量%以下、Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有していることが好ましい。
【0013】
・Zn:9.0質量%以上11.0質量%以下及びMg:2.0質量%以上3.0質量%以下
Zn及びMgは、アルミニウム合金材中にこれらの元素を含むZn-Mg系析出物を形成し、析出強化によってアルミニウム合金材の強度を向上させる作用を有している。アルミニウム合金材中のZnの含有量及びMgの含有量をそれぞれ前記特定の範囲内とすることにより、アルミニウム合金材中に微細なZn-Mg系析出物を形成し、アルミニウム合金材の強度を向上させることができる。
【0014】
Znの含有量及びMgの含有量のうち少なくとも一方が前記特定の範囲よりも少ない場合には、アルミニウム合金材中に形成されるZn-Mg系析出物が不足し、アルミニウム合金材の強度の低下を招くおそれがある。一方、Znの含有量及びMgの含有量のうち少なくとも一方が前記特定の範囲よりも多い場合には、アルミニウム合金材の製造過程において鋳造割れが生じやすくなるおそれがある。
【0015】
・Cu:1.2質量%以上1.8質量%以下
Cuは、Zn-Mg系析出物と共に析出することによりアルミニウム合金材の強度を向上させる作用を有している。アルミニウム合金材中のCuの含有量を前記特定の範囲内とすることにより、アルミニウム合金材中の強度を向上させることができる。
【0016】
Cuの含有量が前記特定の範囲よりも少ない場合には、Cuによる析出強化の硬化が不十分となり、アルミニウム合金材の強度の低下を招くおそれがある。一方、Cuの含有量が前記特定の範囲よりも多い場合には、アルミニウム合金材の製造過程において鋳造割れが生じやすくなるおそれがある。
【0017】
・Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下
Sc及びZrは、アルミニウム合金材中にAl-Sc-Zr系析出物を形成し、析出強化によりアルミニウム合金材の強度を向上させる作用を有している。Al-Sc-Zr系析出物としては、例えば、Al3(Sc,Zr)等の、Al、Sc及びZrを含む金属間化合物が挙げられる。アルミニウム合金材中のScの含有量及びZrの含有量をそれぞれ前記特定の範囲内とすることにより、アルミニウム合金材中にAl-Sc-Zr系析出物を形成し、アルミニウム合金材の強度を向上させることができる。
【0018】
Scの含有量及びZrの含有量のうち少なくとも一方が前記特定の範囲よりも少ない場合には、アルミニウム合金材中に形成されるAl-Sc-Zr系析出物が不足し、アルミニウム合金材の強度の低下を招くおそれがある。一方、Scの含有量及びZrの含有量のうち少なくとも一方が前記特定の範囲よりも多い場合には、アルミニウム合金材中に粗大な晶出物が形成されやすくなる。その結果、析出強化の効果が低下するとともに、アルミニウム合金の延性や靭性の低下を招くおそれがある。
【0019】
アルミニウム合金材の強度を向上させる観点からは、Al-Zn-Mg-Cu系合金におけるScの含有量は0.05質量%以上0.17質量%以下であることがより好ましく、0.06質量%以上0.15質量%以下であることがさらに好ましく、0.07質量%以上0.13質量%以下であることが特に好ましい。同様に、Zrの含有量は0.06質量%以上0.18質量%以下であることがより好ましく、0.07質量%以上0.16質量%以下であることがさらに好ましく、0.08質量%以上0.14質量%以下であることが特に好ましい。
【0020】
また、7000系合金がAl-Zn-Mg-Cu系合金である場合には、Scの含有量に対するZrの含有量の質量比Zr/Scは、0.7以上4.0以下であることが好ましく、0.8以上3.0以下であることがより好ましく、1.0以上2.0以下であることがさらに好ましく、1.1以上1.5以下であることが特に好ましい。Al-Zn-Mg-Cu系合金においては、Scの含有量に対するZrの含有量の質量比を前記特定の範囲とすることにより、Al母相中に形成されるAl-Sc-Zr系析出物をより微細化することができる。その結果、アルミニウム合金材の強度をより向上させることができる。
【0021】
また、Al-Zn-Mg-Cu系合金中には、必須元素としてのZn、Mg、Cu、Sc及びZrの他に、これら以外の元素が任意元素として含まれていてもよい。任意元素としては、例えば、Mn(マンガン)、Cr(クロム)Ti(チタン)等が挙げられる。
【0022】
・Mn:0質量%超え1.0質量%以下
Al-Zn-Mg-Cu系合金中には、任意元素として、Mn:0質量%超え1.0質量%以下が含まれていてもよい。前記アルミニウム合金材が圧延材である場合には、Al-Zn-Mg-Cu系合金中に前記特定の範囲のMnを添加することにより再結晶粒を微細化することができる。また、前記アルミニウム合金材が押出材である場合には、Al-Zn-Mg-Cu系合金中に前記特定の範囲のMnを添加することにより、アルミニウム合金材の強度を向上させるとともに耐応力腐食割れ性を向上させることができる。
【0023】
・Cr:0質量%超え0.3質量%以下
Al-Zn-Mg-Cu系合金中には、任意元素として、Cr:0質量%超え0.3質量%以下が含まれていてもよい。前記アルミニウム合金材が圧延材である場合には、Al-Zn-Mg-Cu系合金中に前記特定の範囲のCrを添加することにより再結晶粒を微細化することができる。また、前記アルミニウム合金材が押出材である場合には、Al-Zn-Mg-Cu系合金中に前記特定の範囲のCrを添加することにより、アルミニウム合金材の強度を向上させるとともに耐応力腐食割れ性を向上させることができる。
【0024】
・Ti:0質量%超え1.0質量%以下
Al-Zn-Mg-Cu系合金中には、任意元素として、Ti:0質量%超え0.05質量%以下が含まれていてもよい。この場合には、鋳造組織を微細化し、鋳造割れを抑制することができる。
【0025】
・その他の元素
前記アルミニウム合金材中には、前述した作用効果を損なわない範囲であれば、前述した元素以外の元素が含まれていてもよい。例えば、前記アルミニウム合金材中には、Fe(鉄)やSi(シリコン)などの元素が含まれ得る。Fe及びSiの含有量は、例えば、0.5質量%以下であればよい。Fe及びSiの含有量は、0.3質量%以下であることが好ましい。
【0026】
・金属組織
前記アルミニウム合金材は、Al母相中にAl-Sc-Zr系析出物等が分散した金属組織を有している。前記アルミニウム合金材中に含まれる、長径が2nm以上20nm以下のAl-Sc-Zr系析出物の単位体積当たりの数は3.0×1021個/m3以上である。前記アルミニウム合金材中に含まれる長径が2nm以上20nm以下のAl-Sc-Zr系析出物の数を前記特定の範囲とすることにより、Al-Sc-Zr系析出物による析出強化の効果を十分に高めることができる。そして、Al-Sc-Zr系析出物による析出強化の効果と、他の元素による効果とが相乗的に作用することにより、前記アルミニウム合金材の強度を向上させることができる。
【0027】
アルミニウム合金材中に含まれる前記Al-Sc-Zr系析出物の単位体積当たりの数が前記特定の範囲よりも少ない場合には、Al-Sc-Zr系析出物による析出強化の効果が不十分となり、アルミニウム合金材の強度の低下を招くおそれがある。
【0028】
(Al-Zn-Mg系合金)
前記アルミニウム合金材を構成する7000系アルミニウム合金は、Al-Zn-Mg系合金であってもよい。前記アルミニウム合金材を構成する7000系アルミニウム合金がAl-Zn-Mg系合金である場合、7000系アルミニウム合金は、Zn:4.0質量%以上6.0質量%以下、Mg:1.0質量%以上2.0質量%以下、Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有していることが好ましい。
【0029】
・Zn:4.0質量%以上6.0質量%以下及びMg:1.0質量%以上2.0質量%以下
Al-Zn-Mg系合金におけるZn及びMgの作用効果は、Al-Zn-Mg-Cu系合金におけるこれらの元素の作用効果と同様である。つまり、Zn及びMgは、アルミニウム合金材中にこれらの元素を含むZn-Mg系析出物を形成し、析出強化によってアルミニウム合金材の強度を向上させる作用を有している。アルミニウム合金材中のZnの含有量及びMgの含有量をそれぞれ前記特定の範囲内とすることにより、アルミニウム合金材中に微細なZn-Mg系析出物を形成し、アルミニウム合金材の強度を向上させることができる。
【0030】
Znの含有量及びMgの含有量のうち少なくとも一方が前記特定の範囲よりも少ない場合には、アルミニウム合金材中に形成されるZn-Mg系析出物が不足し、アルミニウム合金材の強度の低下を招くおそれがある。一方、Znの含有量が前記特定の範囲よりも多い場合には、耐応力腐食割れ性の低下を招くおそれがある。また、Mgの含有量が前記特定の範囲よりも多い場合には、熱間加工性の低下を招くおそれがある。
【0031】
・Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下
Al-Zn-Mg系合金におけるSc及びZrの作用効果及びこれらの元素の含有量の限定理由は、Al-Zn-Mg-Cu系合金におけるこれらの元素の作用効果及びこれらの元素の限定理由と同様である。つまり、Sc及びZrは、アルミニウム合金材中にAl-Sc-Zr系析出物を形成し、析出強化によりアルミニウム合金材の強度を向上させる作用を有している。アルミニウム合金材中のScの含有量及びZrの含有量をそれぞれ前記特定の範囲内とすることにより、アルミニウム合金材中にAl-Sc-Zr系析出物を形成し、アルミニウム合金材の強度を向上させることができる。アルミニウム合金材中のScの含有量及びZrの含有量のうち少なくとも一方が前記特定の範囲から外れる場合には、アルミニウム合金材の強度の低下を招くおそれがある。
【0032】
アルミニウム合金材の強度を向上させる観点からは、Al-Zn-Mg系合金におけるScの含有量は0.05質量%以上0.17質量%以下であることがより好ましく、0.06質量%以上0.15質量%以下であることがさらに好ましく、0.07質量%以上0.13質量%以下であることが特に好ましい。同様に、Zrの含有量は0.08質量%以上0.20質量%以下であることがより好ましく、0.10質量%以上0.20質量%以下であることがさらに好ましく、0.12質量%以上0.20質量%以下であることが特に好ましい。
【0033】
また、7000系合金がAl-Zn-Mg系合金である場合には、Scの含有量に対するZrの含有量の質量比Zr/Scは、0.7以上4.0以下であることが好ましく、0.9以上3.0以下であることがより好ましく、1.1以上2.0以下であることがさらに好ましく、1.3以上1.8以下であることが特に好ましい。Al-Zn-Mg系合金においては、Scの含有量に対するZrの含有量の質量比を前記特定の範囲とすることにより、Al母相中に形成されるAl-Sc-Zr系析出物をより微細化することができる。その結果、アルミニウム合金材の強度をより向上させることができる。
【0034】
また、Al-Zn-Mg系合金中には、必須元素としてのZn、Mg、Sc及びZrの他に、これら以外の元素が任意元素として含まれていてもよい。任意元素としては、例えば、Mn(マンガン)、Cr(クロム)Ti(チタン)等が挙げられる。
【0035】
・Mn:0質量%超え1.0質量%以下
Al-Zn-Mg系合金中には、任意元素として、Mn:0質量%超え1.0質量%以下が含まれていてもよい。前記アルミニウム合金材が圧延材である場合には、Al-Zn-Mg系合金中に前記特定の範囲のMnを添加することにより再結晶粒を微細化することができる。また、前記アルミニウム合金材が押出材である場合には、Al-Zn-Mg系合金中に前記特定の範囲のMnを添加することにより、アルミニウム合金材の強度を向上させるとともに耐応力腐食割れ性を向上させることができる。
【0036】
・Cr:0質量%超え0.3質量%以下
Al-Zn-Mg系合金中には、任意元素として、Cr:0質量%超え0.3質量%以下が含まれていてもよい。前記アルミニウム合金材が圧延材である場合には、Al-Zn-Mg系合金中に前記特定の範囲のCrを添加することにより再結晶粒を微細化することができる。また、前記アルミニウム合金材が押出材である場合には、Al-Zn-Mg系合金中に前記特定の範囲のCrを添加することにより、アルミニウム合金材の強度を向上させるとともに耐応力腐食割れ性を向上させることができる。
【0037】
・Ti:0質量%超え1.0質量%以下
Al-Zn-Mg系合金中には、任意元素として、Ti:0質量%超え0.05質量%以下が含まれていてもよい。この場合には、鋳造組織を微細化し、鋳造割れを抑制することができる。
【0038】
・その他の元素
前記アルミニウム合金材中には、前述した作用効果を損なわない範囲であれば、前述した元素以外の元素が含まれていてもよい。例えば、前記アルミニウム合金材中には、Fe(鉄)やSi(シリコン)などの元素が含まれ得る。Fe及びSiの含有量は、例えば、0.5質量%以下であればよい。Fe及びSiの含有量は、0.3質量%以下であることが好ましい。
【0039】
・金属組織
前記アルミニウム合金材は、Al母相中にAl-Sc-Zr系析出物等が分散した金属組織を有している。前記アルミニウム合金材中に含まれる、長径が2nm以上20nm以下のAl-Sc-Zr系析出物の単位体積当たりの数は3.0×1021個/m3以上である。前記アルミニウム合金材中に含まれる長径が2nm以上20nm以下のAl-Sc-Zr系析出物の数を前記特定の範囲とすることにより、Al-Sc-Zr系析出物による析出強化の効果を十分に高めることができる。そして、Al-Sc-Zr系析出物による析出強化の効果と、他の元素や析出物等による効果とが相乗的に作用することにより、前記アルミニウム合金材の強度を向上させることができる。
【0040】
アルミニウム合金材中に含まれる前記Al-Sc-Zr系析出物の数が前記特定の範囲よりも少ない場合には、Al-Sc-Zr系析出物による析出強化の効果が不十分となり、アルミニウム合金材の強度の低下を招くおそれがある。
【0041】
(アルミニウム合金材の製造方法)
前記アルミニウム合金材を作製するに当たっては、例えば、前記7000系アルミニウム合金からなる鋳塊を準備し、次いで前記鋳塊に均質化処理を行えばよい。
【0042】
鋳塊の作製方法は、特に限定されることはなく、例えば連続鋳造や半連続鋳造などの種々の方法を採用することができる。
【0043】
前述した種々の方法により鋳塊を準備した後、鋳塊を加熱して均質化処理を行う。均質化処理における保持温度は、250℃以上450℃以下であることが好ましい。均質化処理における保持温度を前記特定の範囲とすることにより、最終的に、前記アルミニウム合金材中にAl-Sc-Zr系析出物を微細に形成することができる。その結果、高い強度を有するアルミニウム合金を容易に得ることができる。
【0044】
均質化処理における保持時間は特に限定されることはないが、鋳塊の均質化を十分に行う観点からは、2時間以上24時間以下であることが好ましく、5時間以上24時間以下であることがより好ましい。
【0045】
均質化処理が完了した鋳塊は、そのままアルミニウム合金材として使用してもよいし、形状及び機械的特性を備えたアルミニウム合金材とするため、必要に応じて展伸加工や熱処理を施すこともできる。展伸加工としては、例えば、熱間圧延や熱間押出、冷間圧延、抽伸などが挙げられる。また、熱処理としては、焼鈍や溶体化処理、人工時効処理などが挙げられる。これらの展伸加工及び熱処理は、所望するアルミニウム合金材の態様に応じて単独で、または適宜組み合わせて実施することができる。
【実施例0046】
前記アルミニウム合金材の実施例を以下に説明する。なお、本発明に係るアルミニウム合金材の具体的な態様は以下に示す実施例の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。
【0047】
(実施例1)
本例では、Al-Zn-Mg-Cu系合金からなるアルミニウム合金材の例を説明する。本例のアルミニウム合金材は、Zn:9.0質量%以上11.0質量%以下、Mg:2.0質量%以上3.0質量%以下、Cu:1.2質量%以上1.8質量%以下、Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有する7000系アルミニウム合金から構成されている。また、本例のアルミニウム合金材は、Al母相中にSc及びZrを含むAl-Sc-Zr系析出物が存在しており、かつ、前記Al-Sc-Zr系析出物のうち、長径が2nm以上20nm以下である前記Al-Sc-Zr系析出物の単位体積当たりの数が3.0×1021個/m3以上である金属組織を有している。
【0048】
本例のアルミニウム合金材は、例えば、以下の方法により作製することができる。まず、DC鋳造により、表1の合金記号A1に示す化学成分を備えた直径90mmのビレットを作製する。なお、表1における「Bal.」は残部であることを表す記号であり、「-」は当該元素が含まれていないことを示す記号である。
【0049】
次に、ビレットを400℃の温度に10時間保持して均質化処理を行う。均質化処理における、400℃に到達するまでの昇温速度は50℃/時間とする。また、均質化処理が完了した後のビレットは、空冷により室温まで冷却される。
【0050】
均質化処理を行った後、熱間押出を行う。熱間押出における押出開始時のビレットの温度は400℃とし、押出比、つまり、押出後の押出材の断面積に対する押出前のビレットの断面積の比率は約99とする。
【0051】
次に、押出材に溶体化処理を行う。溶体化処理においては、押出材を470℃の塩浴炉中で1時間保持し、次いで水焼入れを行う。その後、押出材を120℃の温度に24時間保持して人工時効処理を行う。人工時効処理における、120℃に到達するまでの昇温速度は50℃/時間とする。また、人工時効処理が完了した後のビレットは、空冷により室温まで冷却される。以上により、本例のアルミニウム合金材を得ることができる。
【0052】
図1に、本例のアルミニウム合金材の金属組織の一例を示す。
図1は、本例のアルミニウム合金材から採取した縦500nm、横500nm、厚み2nmの薄片を、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察することにより得られた暗視野像である。
図1に示すように、本例のアルミニウム合金材1は、Al母相2中にAl-Sc-Zr系析出物3が分散した金属組織を有している。なお、
図1におけるAl-Sc-Zr系析出物3は、比較的明るいコントラストを有する環状の領域4によって取り囲まれた黒い部分である。
図1における環状の領域4は、Al-Sc-Zr系析出物3によってひずみが生じたAl母相と考えられる。
【0053】
アルミニウム合金材中に存在する、長径2nm以上20nm以下のAl-Sc-Zr系析出物の単位体積当たりの数N(単位:個/m3)は、TEM像の視野内に存在する長径2nm以上20nm以下のAl-Sc-Zr系析出物の数n(単位:個)及び視野面積(単位:m2)を用い、下記式(1)により算出される値である。本例のアルミニウム合金材中に存在するAl-Sc-Zr系析出物の単位体積当たりの数Nは、表2に示した値となる。
N=(S/n)-3/2 ・・・(1)
【0054】
また、本例のアルミニウム合金材の機械的特性は、JIS Z2241:2011に準拠した方法による引張試験の結果に基づいて評価することができる。表2に、本例のアルミニウム合金材の0.2%耐力、引張強さ及び伸びの値を示す。
【0055】
表2に、本例のアルミニウム合金材の0.2%耐力、引張強さ及び伸びの値を示す。
【0056】
(比較例1)
比較例1は、Scを含まないAl-Zn-Mg-Cu系合金からなるアルミニウム合金材の例である。本例のアルミニウム合金材は、表1の合金記号A2に示す化学成分を有している。本例のアルミニウム合金材の化学成分にはScが含まれていないため、アルミニウム合金材中にはAl-Sc-Zr系析出物が形成されていない。比較例1のアルミニウム合金材の作製方法は、化学成分が異なる以外は実施例1のアルミニウム合金材の作製方法と同様である。
【0057】
表2に、本例のアルミニウム合金材の0.2%耐力、引張強さ及び伸びの値を示す。
【0058】
(実施例2)
本例では、Al-Zn-Mg系合金からなるアルミニウム合金材の例を説明する。本例のアルミニウム合金材は、Zn:4.0質量%以上6.0質量%以下、Mg:1.0質量%以上2.0質量%以下、Sc:0.05質量%以上0.20質量%以下及びZr:0.05質量%以上0.20質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している7000系アルミニウム合金から構成されている。
【0059】
より具体的には、本例のアルミニウム合金材は、表1の合金記号A3に示す化学成分を有している。本例のアルミニウム合金材は、例えば、以下の方法により作製することができる。まず、DC鋳造により、表1の合金記号A3に示す化学成分を備えた直径90mmのビレットを作製する。
【0060】
次に、ビレットを400℃の温度に8時間保持して均質化処理を行う。均質化処理における、400℃に到達するまでの昇温速度は50℃/時間とする。また、均質化処理が完了した後のビレットは、空冷により室温まで冷却される。
【0061】
均質化処理を行った後、熱間押出を行う。熱間押出における押出開始時のビレットの温度は450℃とし、押出比は約99とする。
【0062】
次に、押出材を120℃の温度に24時間保持して人工時効処理を行う。人工時効処理における、120℃に到達するまでの昇温速度は50℃/時間とする。また、人工時効処理が完了した後のビレットは、空冷により室温まで冷却される。以上により、本例のアルミニウム合金材を得ることができる。
【0063】
表2に、本例のアルミニウム合金材の0.2%耐力、引張強さ及び伸びの値を示す。
【0064】
(比較例2)
比較例2は、Scを含まないAl-Zn-Mg系合金からなるアルミニウム合金材の例である。本例のアルミニウム合金材は、表1の合金記号A4に示す化学成分を有している。本例のアルミニウム合金材の化学成分にはScが含まれていないため、アルミニウム合金材中にはAl-Sc-Zr系析出物が形成されていない。本例のアルミニウム合金材の作製方法は、化学成分が異なる以外は実施例2のアルミニウム合金材の作製方法と同様である。
【0065】
表2に、本例のアルミニウム合金材の0.2%耐力、引張強さ及び伸びの値を示す。
【0066】
【0067】
【0068】
前述したように、実施例1のアルミニウム合金材は、Al母相中にAl-Sc-Zr系析出物が微細に分散した金属組織を有している。これに対し、比較例1のアルミニウム合金材は、Scが含まれていないため、Al母相中にAl-Sc-Zr系析出物が形成されていない。表2において、Scの有無以外は同様の化学成分を有する実施例1と比較例1とを比べると、実施例1のアルミニウム合金材は、Scが含まれていない比較例1のアルミニウム合金材に比べて0.2%耐力及び引張強さが上昇している。これらの結果から、Al-Zn-Mg-Cu系合金からなるアルミニウム合金材においては、Al-Sc-Zr系析出物を微細に析出させることにより強度の向上が可能であることが理解できる。
【0069】
また、Scの有無以外は同様の化学成分を有する実施例2と比較例2とを比べると、Zr及びScを含むAl-Zn-Mg系合金からなる実施例2のアルミニウム合金材は、Scが含まれていない比較例2のアルミニウム合金材に比べて0.2%耐力及び引張強さが上昇している。これらの結果から、実施例2においても、Al母相中にAl-Sc-Zr系析出物が微細に析出していると推測することができる。そして、Al-Zn-Mg系合金からなるアルミニウム合金材においても、Al-Sc-Zr系析出物を微細に析出させることにより強度の向上が可能であることが理解できる。
【0070】
以上のように、7000系合金に前記特定の量のSc及びZrを添加するとともに、金属組織を前記特定の態様とすることにより、Al-Zn-Mg-Cu系合金及びAl-Zn-Mg系合金のいずれにおいても強度を高めることができる。