(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022120171
(43)【公開日】2022-08-17
(54)【発明の名称】液体吐出ヘッド
(51)【国際特許分類】
B41J 2/14 20060101AFI20220809BHJP
【FI】
B41J2/14 305
B41J2/14 607
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097899
(22)【出願日】2022-06-17
(62)【分割の表示】P 2018150186の分割
【原出願日】2018-08-09
(71)【出願人】
【識別番号】000005267
【氏名又は名称】ブラザー工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】垣内 徹
(72)【発明者】
【氏名】田中 大樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 祐一
(57)【要約】
【課題】液体吐出ヘッドにおいて、圧電特性をよくし、且つ、クロストークも生じにくくする。
【解決手段】流路部材21に形成された複数の圧力室26が、振動膜30に覆われている。振動膜30の圧力室26と反対側の面の圧力室と上下方向に重なる部分に第1電極32が配置されている。第1電極32の振動膜30と反対側の面に、ゾルゲル法によって形成された圧電膜33が配置されている。圧電膜33の第1電極32と反対側の面に第2電極34が配置されている。第2電極34は圧縮応力を有している。圧電膜33は、(100)配向に対する(001)配向の配向比率が50%以上である。第1電極32と第2電極34とに電位差が生じていない状態で、振動膜30及び圧電膜33の圧力室26と上下方向に重なる部分は、圧力室26側に凸となるように撓んでいる。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のノズルと前記複数のノズルに連通する複数の圧力室とを含む液体流路が形成された流路部材と、
前記複数の圧力室を覆う振動膜と、
前記振動膜の前記複数の圧力室と反対側の面に配置された圧電膜と、
前記振動膜と前記圧電膜との間に配置され、前記圧力室と対向する第1電極と、
前記圧電膜の前記振動膜と反対側の面に配置され、前記圧力室と対向する第2電極と、を備え、
前記第2電極は、圧縮応力を有しており、
前記圧電膜の静電容量は、130pF以下であり、
前記第1電極と前記第2電極とに電位差が生じていない状態で、前記振動膜及び前記圧電膜が、前記圧力室側に凸となるように撓んでいることを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項2】
前記圧電膜がゾルゲル法で形成された膜であることを特徴とする請求項1に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項3】
前記圧電膜は、前記振動膜よりも厚みが薄いことを特徴とする請求項2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項4】
前記圧電膜の厚みが2μm以下であることを特徴とする請求項3に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項5】
前記圧力室の深さの、前記圧力室の幅に対する比率が1倍以上3倍以下であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の液体吐出ヘッド。
【請求項6】
前記圧力室の深さが50μm以上150μm以下であることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の液体吐出ヘッド。
【請求項7】
前記第1電極と前記第2電極とに電位差が生じていない状態での前記圧電膜の撓み量が、前記圧力室の幅の1%以下であることを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の液体吐出ヘッド。
【請求項8】
前記第1電極と前記第2電極とに電位差が生じていない状態での前記圧電膜の撓み量が、400nm以上500nm以下であることを特徴とする請求項1~7のいずれかに記載の液体吐出装置。
【請求項9】
前記圧電膜は、(100)配向に対する(001)配向の配向比率が80%以上となるように分極されていることを特徴とする請求項1~8のいずれかに記載の液体吐出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノズルから液体を吐出する液体吐出ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
ノズルから液体を吐出する液体吐出ヘッドとして、特許文献1には、ノズルからインクを吐出するインクジェット式記録ヘッドが記載されている。特許文献1のインクジェット式記録ヘッドでは、ノズルに連通する圧力室が弾性膜に覆われ、弾性膜の圧力室と反対側の面に圧電体膜が配置され、弾性膜と圧電体膜との間に下電極膜が形成され、圧電体膜の弾性膜と反対側の面に上電極膜が配置されている。圧電体膜はゾルゲル法によって形成されている。また、上電極膜が圧縮応力を有しており、この圧縮応力によって、弾性膜、圧電体膜、下電極膜及び上電極膜が、圧力室と反対側に凸となるように撓んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来知られているように、組成式ABO3であらわされるペロブスカイト型構造を有するチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)において、その結晶配向性が、電圧を印加した際に結晶にひずみを生じる圧電特性に大きな影響を与えることが知られている。特に、ペロブスカイト型正方晶のPZTでは、c軸方向、すなわち(001)方向に優先配向した薄膜を得ることが、大きな圧電特性を発現させるために有効であると考えられている。a軸方向、すなわち(100)方向に優先配向した薄膜などは、大きな電界を印加した際に、基板表面と平行な方向を向いていたc軸が、基板表面と垂直な方向に立ち上がることで大きな変形を生み出す場合もあるが、変形量が不安定になりがちで安定した駆動に問題がある。
【0005】
ここで、特許文献1では、上電極膜が圧縮応力を有しているため、圧電体膜が引っ張り応力を有し、その結果、圧電体膜は圧電膜(100)配向になりやすい。また、特許文献1のようなゾルゲル法で形成された圧電体膜は、一般に(100)配向となりやすい。上述したように、(100)配向の配向比率が高い圧電体膜は、上電極膜と下電極膜との間に電圧を印加したときに良好な圧電特性を得ることが難しい。
【0006】
また、特許文献1では、上電極膜の圧縮応力により、弾性膜及び振動膜が、圧力室と反対側に凸となるように撓んだ状態となる。弾性膜及び振動膜が、圧力室と反対側に凸となるように撓んでいるインクジェット式記録ヘッドでは、後述するように、駆動時にクロストークが発生しやすい。
【0007】
本発明の目的は、圧電特性がよく、且つ、クロストークも生じにくい液体吐出ヘッドを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る液体吐出ヘッドは、複数のノズルと前記複数のノズルに連通する複数の圧力室とを含む液体流路が形成された流路部材と、前記複数の圧力室を覆う振動膜と、前記振動膜の前記複数の圧力室と反対側の面に配置された圧電膜と、前記振動膜と前記圧電膜との間に配置され、前記圧力室と対向する第1電極と、前記圧電膜の前記振動膜と反対側の面に配置され、前記圧力室と対向する第2電極と、を備え、前記第2電極は、圧縮応力を有しており、前記圧電膜が、(100)配向に対する(001)配向の配向比率が50%以上であり、前記振動膜及び前記圧電膜が、前記圧力室側に凸となるように撓んでいる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の実施形態に係るプリンタ1の概略的な平面図である。
【
図3】
図2のインクジェットヘッド4の後端部の拡大図である。
【
図7】インクジェットヘッド4を製造する手順を示すフローチャートである。
【
図8】流路部材21に圧力室26を形成したときの状態を示す、
図6に対応する図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0011】
<プリンタ1の概略構成>
図1に示すように、本実施形態に係るプリンタ1は、キャリッジ3と、インクジェットヘッド4と、搬送機構5と、制御装置6とを備えている。
【0012】
キャリッジ3は、走査方向に延びる2本のガイドレール10,11に取り付けられている。また、キャリッジ3は、無端ベルト14を介してキャリッジ駆動モータ15と連結されている。キャリッジ3は、駆動モータ15により駆動されて、プラテン2上の記録用紙100の上方において走査方向に往復移動する。なお、以下では、
図1に示すように走査方向の右方及び左方を定義して説明を行う。
【0013】
インクジェットヘッド4は、キャリッジ3に搭載されている。インクジェットヘッド4には、ホルダ7の4色(ブラック、イエロー、シアン、マゼンタ)のインクカートリッジ17のそれぞれから、図示しないチューブによりインクが供給される。インクジェットヘッド4は、キャリッジ3とともに走査方向に移動しつつ、複数のノズル24(
図2~
図6参照)から、プラテン2上の記録用紙100に向けてインクを吐出する。
【0014】
搬送機構5は、2つの搬送ローラ18,19によって、プラテン2上の記録用紙100を、走査方向と直交する搬送方向に搬送する。また、以下では、
図1に示すように搬送方向の前方及び後方を定義して説明を行う。
【0015】
制御装置6は、PC等の外部装置から入力された印刷指令に基づいて、インクジェットヘッド4やキャリッジ駆動モータ15等を制御して、記録用紙100に画像等を印刷させる。
【0016】
<インクジェットヘッド4>
次に、インクジェットヘッド4の構成について、
図2~
図6を参照して詳細に説明する。尚、
図3、
図4では、
図2に示される保護部材23の図示を省略している。
【0017】
本実施形態のインクジェットヘッド4は、上述した4色(ブラック、イエロー、シアン、マゼンタ)全てのインクを吐出するものである。
図2~
図6に示すように、インクジェットヘッド4は、ノズルプレート20と、流路部材21と、圧電アクチュエータ22を含むアクチュエータ装置25とを備えている。尚、本実施形態のアクチュエータ装置25は、圧電アクチュエータ22のみを指すのではなく、圧電アクチュエータ22の上に配置される、保護部材23と、配線部材であるCOF(Chip On Film)50をも含む概念である。
【0018】
<ノズルプレート20>
ノズルプレート20は、例えば、シリコン等で形成されたプレートである。ノズルプレート20には、搬送方向に配列された複数のノズル24が形成されている。
【0019】
より詳細には、
図2、
図3に示すように、ノズルプレート20には、走査方向に並ぶ4つのノズル群27が形成されている。4つのノズル群27は、互いに異なるインクを吐出する。1つのノズル群27は、左右2つのノズル列28からなる。各ノズル列28において、複数のノズル24が配列ピッチPで配列されている。また、2つのノズル列28の間では、ノズル24の位置が搬送方向にP/2ずれている。即ち、1つのノズル群27を構成する複数のノズル24は、2列の千鳥状に配列されている。
【0020】
尚、以下の説明において、インクジェットヘッド4の構成要素のうち、ブラック(K)、イエロー(Y)、シアン(C)、マゼンタ(M)のインクにそれぞれ対応するものについては、その構成要素を示す符号の後に、どのインクに対応するかが分かるように、適宜、ブラックを示す“k”、イエローを示す“y”、シアンを示す“c”、マゼンタを示す“m”の何れかの記号を付す。例えば、ノズル群27kとは、ブラックインクを吐出す
るノズル群27のことを指す。
【0021】
<流路部材>
流路部材21は、シリコン単結晶の基板である。
図2~
図6に示すように、流路部材21には、複数のノズル24とそれぞれ連通する複数の圧力室26が形成されている。各圧力室26は、走査方向に長い、矩形の平面形状を有する。複数の圧力室26は、上述した複数のノズル24の配列に応じて搬送方向に配列され、1色のインクに対して2つの圧力室列、合計8つの圧力室列を構成している。流路部材21の下面はノズルプレート20で覆われている。また、各圧力室26の走査方向外側の端部がノズル24と重なっている。
【0022】
また、圧力室26の走査方向の長さLは500μm~1000μm程度であり、圧力室26の幅W(搬送方向の長さ)は65μm程度であり、圧力室26の深さDは、125μm(50μm以上150μm以下)である。これにより、本実施形態では、圧力室26の深さDの、圧力室26の幅Wに対する比率が約2倍(1倍以上3倍以下)となっている。
【0023】
ここで、圧力室26の走査方向の長さLとは、圧力室26の走査方向の両側の内壁面の間の距離のことである。また、圧力室26の幅Wとは、圧力室26の搬送方向の両側の内壁面の間の距離のことである。また、後述するように圧力室26の上面を形成する振動膜30が撓んでいることから、圧力室26の上下方向の長さは、圧力室26の部分によって異なる。これに対して、上記の圧力室26の深さDとは、振動膜30の圧力室26側の面のうち、隣接する圧力室26の間に位置する部分(撓んでいない部分)と、ノズルプレート20の上面との間の距離のことである。
【0024】
尚、流路部材21の上面には、後述する圧電アクチュエータ22の構成要素の1つである振動膜30が、複数の圧力室26を覆うように配置されている。振動膜30は、圧力室26を覆う絶縁性の膜であれば特には限定されない。例えば、本実施形態では、振動膜30は、シリコン基板の表面が酸化、あるいは、窒化されることにより形成された膜である。振動膜30の、各圧力室26の走査方向内側の端部(ノズル24と反対側の端部)を覆う部分には、インク供給孔30aが形成されている。また、振動膜30の厚みE1は、1~3μm程度である。ここで、振動膜30の厚みE1とは、振動膜30の、流路部材21側の面と流路部材21と反対側の面との距離のことである。
【0025】
<アクチュエータ装置25>
流路部材21の上面には、アクチュエータ装置25が配置されている。先にも触れたが、アクチュエータ装置25は、複数の圧電素子31を含む圧電アクチュエータ22と、保護部材23と、2枚のCOF50を有する。
【0026】
圧電アクチュエータ22は、流路部材21の上面全域に配置されている。
図3、
図4に示すように、圧電アクチュエータ22は、複数の圧力室26とそれぞれ重なって配置された複数の圧電素子31を有する。複数の圧電素子31は、圧力室26の配列に従って搬送方向に配列され、8列の圧電素子列38を構成している。左側4つの圧電素子列38からは、複数の駆動接点46と2つのグランド接点47が左側に引き出され、
図2、
図3のように、接点46,47は流路部材21の左端部に配置されている。右側4つの圧電素子列からは、複数の駆動接点46と2つのグランド接点47が右側に引き出され、接点46,47は流路部材21の右端部に配置されている。圧電アクチュエータ22の詳細構成については後述する。
【0027】
保護部材23は、複数の圧電素子31を覆うように圧電アクチュエータ22の上面に配置されている。詳しくは、保護部材23は、8つの凹状保護部23aによって8つの圧電素子列38を個別に覆っている。尚、
図2に示すように、保護部材23は圧電アクチュエータ22の左右両端部は覆っておらず、駆動接点46及びグランド接点47は保護部材23から露出している。また、保護部材23は、ホルダ7の4つのインクカートリッジ17と接続される4つのリザーバ23bを有する。各リザーバ23b内のインクは、インク供給流路23c、振動膜30のインク供給孔30aを介して、各圧力室26に供給される。
【0028】
図2~
図5に示されるCOF50は、ポリイミドフィルム等の絶縁材料からなる基板56を有する、可撓性の配線部材である。基板56にはドライバIC51が実装されている。2枚のCOF50の一端部は、それぞれ、プリンタ1の制御装置6(
図1参照)に接続されている。2枚のCOF50の他端部は、圧電アクチュエータ22の左右両端部にそれぞれ接合されている。
図4に示すように、COF50は、ドライバIC51に接続された複数の個別配線52と、グランド配線53とを有する。個別配線52の先端部には個別接点54が設けられ、個別接点54は圧電アクチュエータ22の駆動接点46と接続される。グランド配線53の先端部にはグランド接続接点55が設けられ、グランド接続接点55は、圧電アクチュエータ22のグランド接点47と接続される。ドライバIC51は、個別接点54及び駆動接点46を介して、圧電アクチュエータ22の複数の圧電素子31の各々に駆動信号を出力する。
【0029】
<圧電アクチュエータ22>
次に、圧電アクチュエータ22について、詳細に説明する。
図2~
図6に示すように、圧電アクチュエータ22は、上述の振動膜30と、共通電極36(複数の第1電極32)と、圧電膜33と、複数の第2電極34とを有する。尚、図面を簡素化するため、
図3、
図4では、
図5、
図6の断面図では示されている保護膜40、絶縁膜41、及び、配線保護膜43の図示を省略している。
【0030】
図5、
図6に示すように、複数の第1電極32は、振動膜30の上面の複数の圧力室26と対向する領域に形成されている。また、
図6に示すように、複数の第1電極32は、振動膜30の上面の圧力室26と上下方向に重ならない領域に配置された導電部35を介して繋がっている。これにより、複数の第1電極32とそれらを繋ぐ導電部35によって、振動膜30の上面のほぼ全域を覆う共通電極36が形成されている。共通電極36は、例えば、白金(Pt)で形成されている。また、共通電極36の厚みは、例えば、0.1μmである。
【0031】
圧電膜33は、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等の圧電材料により形成される。あるいは、圧電膜33は、鉛が含有されていない非鉛系の圧電材料で形成されていてもよい。圧電膜33の厚みD2は、例えば、1.0~2.0μm(2.0μm以下)であり、振動膜30の厚みD1よりも小さい。ここで、圧電膜33の厚みD2とは、圧電膜33の、振動膜30側の面と振動膜30と反対側の面との距離のことである。
【0032】
図3、
図4、
図6に示すように、圧電膜33は、共通電極36が形成された振動膜30の上面に配置されている。圧電膜33は、圧力室列毎に設けられており、圧力室列を構成する複数の圧力室26にまたがって搬送方向に延びている。
【0033】
第2電極34は、圧電膜33の上面に配置されている。第2電極34は、圧力室26よりも一回り小さい矩形の平面形状を有し、圧力室26の中央部と上下方向に重なっている。複数の第2電極34は、第1電極32とは異なり、互いに分離されている。つまり、第2電極34は、圧力室26毎に個別に設けられた個別電極である。第2電極34は、例えば、イリジウム(Ir)や白金(Pt)で形成されている。第2電極34の厚みは、例えば、0.1μmである。また、第2電極34は、後述するようにスパッタ法によって形成されたものであり、圧縮応力を有している。
【0034】
また、圧電膜33の第1電極32と第2電極34とに挟まれた部分は分極されている。
これにより、圧電膜33は、(100)配向に対する(001)配向の配向比率が50%以上となっている。圧電膜33の上記配向比率は、80%以上であることがより好ましい。
【0035】
また、第2電極34が圧縮応力を有し、圧電膜33において(100)配向に対する(001)配向の比率が50%以上となっている圧電アクチュエータ22では、第1電極32と第2電極34とに電位差が生じていない状態で、振動膜30及び圧電膜33の圧力室26と上下方向に重なる部分(圧電素子31を形成する部分)が、圧力室26側に凸となるように撓んでいる。また、振動膜30及び圧電膜33の撓み量Tが450nm程度(400nm以上500nm以下)となっている。ここで、上記撓み量Tは、圧力室26の側壁面と振動膜30との境界Kと、振動膜30の下面の圧力室62の搬送方向の中心と上下方向に重なる部分との、上下方向の距離のことである。
【0036】
そして、このような圧電アクチュエータ22では、振動膜30及び圧電膜33の圧力室26と上下方向に重なる部分と、圧電膜33のこの部分と上下方向に重なる第1電極32及び第2電極34とを合わせたものがそれぞれ、圧電素子31を形成している。即ち、複数の圧電素子31が、複数の圧力室26の配列に従って搬送方向に配列されている。これにより、複数の圧電素子31は、ノズル24及び圧力室26の配列に従って、1色のインクにつき2つの圧電素子列38、合計8つの圧電素子列38を構成している。尚、1色のインクに対応した2つの圧電素子列38からなる圧電素子31の群を、圧電素子群39と称する。
図3に示すように、4色のインクにそれぞれ対応した、4つの圧電素子群39k,39y,39c,39mが走査方向に並んで配置されている。
【0037】
図5、
図6に示すように、圧電アクチュエータ22は、さらに、保護膜40、絶縁膜41、配線42、及び、配線保護膜43を有する。
【0038】
図5に示すように、保護膜40は、第2電極34の中央部が配置された領域を除いて、圧電膜33の表面を覆うように配置されている。保護膜40の主な目的の1つは、空気中の水分の圧電膜33への浸入防止である。保護膜40は、例えば、アルミナ(Al2O3)、酸化シリコン(SiOx)、酸化タンタル(TaOx)等の酸化物、あるいは、窒化シリコン(SiN)等の窒化物など、透水性の低い材料で形成される。
【0039】
保護膜40の上には、絶縁膜41が形成されている。絶縁膜41の材質は特に限定されないが、例えば、二酸化シリコン(SiO2)で形成される。この絶縁膜41は、第2電極34に接続される次述の配線42と、共通電極36との間の、絶縁性を高めるために設けられている。
【0040】
絶縁膜41の上には、複数の圧電素子31の第2電極34からそれぞれ引き出された複数の配線42が形成されている。配線42は、例えば、アルミニウム(Al)で形成されている。
図5に示すように、配線42の一端部は、圧電膜33の上の第2電極34の端部と重なる位置に配置され、保護膜40と絶縁膜41を貫通する貫通導電部48によって第2電極34と導通している。
【0041】
複数の圧電素子31にそれぞれ対応する複数の配線42は、左右に分かれて延びている。詳細には、
図3に示すように、4つの圧電素子群39のうち、右側2つの圧電素子群39k,39yを構成する圧電素子31からは、配線42が右方へ延び、左側2つの圧電素子群39c,39mを構成する圧電素子31からは、配線42が左方へ延びている。
【0042】
配線42の、第2電極34と反対側の端部には駆動接点46が設けられている。圧電アクチュエータ22の左端部及び右端部のそれぞれにおいて、複数の駆動接点46が搬送方向に一列に並んでいる。本実施形態では、1色のノズル群27を構成するノズル24が、600dpi(=42μm)のピッチで配列されている。また、2色のノズル群27に対応する圧電素子31の配線42が左方又は右方に引き出されている。そのため、圧電アクチュエータ22の左端部及び右端部のそれぞれにおいて、複数の駆動接点46は、1つのノズル群27におけるノズル24の配列間隔のさらに半分、即ち、21μm程度の、非常に狭い間隔で配列されている。
【0043】
また、前後に一列に並ぶ複数の駆動接点46に対して、その配列方向の両側には2つのグランド接点47がそれぞれ配置されている。1つのグランド接点47は、1つの駆動接点46よりも接点面積が大きい。グランド接点47は、直下の保護膜40及び絶縁膜41を貫通する図示しない導通部を介して、共通電極36と接続されている。
【0044】
先にも触れたが、圧電アクチュエータ22の左端部及び右端部に配置された駆動接点46とグランド接点47は、保護部材23から露出している。また、圧電アクチュエータ22の左端部と右端部には、2枚のCOF50がそれぞれ接合される。駆動接点46は、COF50の個別接点54、個別配線52を介してドライバIC51と接続され、ドライバIC51から駆動接点46に駆動信号が供給される。これにより、各第2電極34には個別に、グランド電位及び所定の駆動電位(例えば20V程度)のいずれかが選択的に付与される。グランド接点47は、COF50のグランド接続接点55と接続されることによって、グランド電位が付与される。
【0045】
図5に示すように、配線保護膜43は、複数の配線42を覆うように配置されている。
配線保護膜43により、複数の配線42の間の絶縁性が高められている。また、配線保護膜43により、配線42を構成する配線材料(Al等)の酸化も抑制される。配線保護膜43は、例えば、窒化シリコン(SiNx)等で形成されている。
【0046】
尚、
図5、
図6に示すように、本実施形態では、第2電極34は、その周縁部を除いて保護膜40、絶縁膜41、配線保護膜43から露出している。即ち、保護膜40、絶縁膜41、配線保護膜43によって、圧電膜33の変形が阻害されにくい構造である。
【0047】
<圧電アクチュエータ22の駆動方法>
ここで、圧電アクチュエータ22(圧電素子31)を駆動させて、ノズル24からインクを吐出させる方法について説明する。圧電アクチュエータ22では、予め全ての圧電素子31の第2電極34の電位が駆動電位に保持されている。この状態では、第1電極32と第2電極34との電位差により、圧電膜33に厚み方向の電界が生じ、この電界によって圧電膜33が厚み方向に直交する方向に収縮する。その結果、振動膜30及び圧電膜33の圧力室26と上下方向に重なる部分は、圧力室26側に凸となるように撓んでおり、且つ、第1電極32と第2電極34との間に電位差が生じていないときよりもその撓み量が大きくなっている。また、本実施形態では、圧電膜33の厚みが1.0~2.0μm程度と薄いため、圧電膜33に大きな電界が発生し、振動膜30及び圧電膜33の撓み量が大きくなる。
【0048】
あるノズル24からインクを吐出させるときには、そのノズル24に対応する圧電素子31の第2電極34の電位を一旦グランド電位に切り換えてから、駆動電位に戻す。第2電極34の電位をグランド電位に切り換えると、第1電極32と第2電極34とが同電位となって上記電界が発生しなくなり、振動膜30及び圧電膜33の撓み量が小さくなる。
この後、第2電極34の電位を駆動電位に戻すと、振動膜30及び圧電膜33の撓み量が大きくなり、圧力室26の容積が小さくなる。その結果、圧力室26内のインクの圧力が上昇し、圧力室26に連通するノズル24からインクが吐出される。
【0049】
<クロストーク>
ここで、圧電アクチュエータ22を駆動させたときには、ある圧力室26に対応する圧電素子31の駆動が、別の圧力室26に連通するノズル24からのインクの吐出速度に影響を与える、いわゆるクロストーク(変位クロストーク及び吐出クロストーク)が発生する。以下、クロストークについて詳細に説明する。
【0050】
クロストークの説明のために、例えば、
図6に示すように、ある圧力室26を圧力室26Aとし、圧力室26Aに対応する圧電素子31を圧電素子31Aとする。また、搬送方向において圧力室26Aの両側に隣接する圧力室26を圧力室26Bとし、圧力室26Bに対応する圧電素子31を圧電素子31Bとする。
【0051】
圧電素子31Bの第2電極34に駆動電位が付与されている状態では、上述したように、振動膜30の圧電素子31Bを形成する部分が撓んでいる。振動膜30の圧電素子31Bを形成する部分が撓んでいる状態では、振動膜30の圧電素子31Aを形成する部分に引張応力が生じる。この引張応力により、振動膜30の圧電素子31を形成する部分が伸び、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31を形成する部分が、圧力室26A側に凸となる方向に変形しようとする。
【0052】
さらに、多数の圧力室26が搬送方向に高密度に配列されており、流路部材21の圧力室26同士を隔てる隔壁21aの搬送方向の長さが短い場合、上述したように、振動膜30の圧電素子31Bを形成する部分が撓んでいる状態では、圧力室26Aと圧力室26Bとの間の隔壁21aが、振動膜30に引っ張られて圧力室26B側に倒れようとする。これにより、振動膜30の圧電素子31Aを形成する部分が平坦な状態に向かう方向に変形しようとする。
【0053】
これらのことから、圧力室26Aに連通するノズル24からインクを吐出させるために、上述したように圧電素子31Aの第2電極34の電位を切り換えるときに、圧電素子31Bの第2電極34の電位を同時に切り換える場合と、圧電素子31Bの第2電極34の電位を同時に切り換えない場合とで、振動膜30及び圧電膜33のある圧力室26と上下方向に重なる部分の変形量が変わる。そして、この変形量の違いによって生じるノズル24からのインクの吐出速度の違いが変位クロストークである。
【0054】
ここで、本実施形態と異なり、第1電極32と第2電極34との間に電位差が生じていない状態で振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31を形成する部分が圧力室26と反対側に凸となるように撓んでいる場合を考える。この場合、上記引張応力により、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31Aを形成する部分が、圧力室26側に凸となる方向に変形しようとする。また、隔壁21aが倒れようとするときに、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31Aを形成する部分が、平坦となる方向(圧力室26側に凸となる方向)に変形しようとする。すなわち、上記引張応力により、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31Aを形成する部分が変形しようとする方向と、隔壁21aが倒れようとするときに、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31Aを形成する部分が変形しようとする方向とが同じ方向となる。そのため、この場合には、圧電アクチュエータ22の駆動時に、これらの変形しようとする力が足し合わされ、変位クロストークが大きくなる。
【0055】
これに対して、本実施形態のように、第1電極32と第2電極34との間に電位差が生じていない状態で振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31を形成する部分が圧力室26側に凸となるように撓んでいる場合を考える。この場合には、上記引張応力により、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31Aを形成する部分が、圧力室26側に凸となる方向に変形しようとする。また、隔壁21aが倒れようとするときに、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31Aを形成する部分が、平坦となる方向(圧力室26と反対側に凸となる方向)に変形しようとする。すなわち、上記引張応力により、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31Aを形成する部分が変形しようとする方向と、隔壁21aが倒れようとするときに、振動膜30及び圧電膜33の圧電素子31Aを形成する部分が変形しようとする方向とが反対方向となる。そのため、この場合には、これらの変形しようとする力が相殺され、変位クロストークが小さくなる。
【0056】
さらに、隔壁21aの搬送方向の長さが短く、圧力室26の深さが大きい(隔壁21aの上下方向の長さが長い)ほど、圧力室26内のインクの圧力が変動したときに、隔壁21aが変形しやすい(隔壁21aのコンプライアンスが大きい)。そのため、圧力室26のコンプライアンスが大きい場合には、上述したように圧電素子31を駆動させて圧力室26内のインクに圧力を付与したときに、隔壁21aが変形することで圧力変動が別の圧力室26に伝搬する。このとき、圧電素子31Aと圧電素子31Bとを同時に駆動している場合には、圧力室26A内のインクの圧力と圧力室26B内のインクの圧力が同時に変動するため、隔壁31aが変形しにくく、上述したような圧力変動の伝搬は生じにくい。
これに対して、圧電素子31Aを駆動させる際に、圧電素子31Bを同時に駆動させない場合には、圧力室26Aにおける圧力変動が、圧力室26Bに伝搬しやすい。そして、上述の変位クロストークと、上記圧力変動の伝搬しやすさの違いとによる、ノズル24からのインクの吐出速度の違いが、吐出クロストークである。
【0057】
<インクジェットヘッドの製造方法>
次に、インクジェットヘッド4の製造方法について説明する。インクジェットヘッド4は、例えば、
図7のフローに沿った手順で製造することができる。
【0058】
図7のフローについて詳細に説明する。インクジェットヘッド4を製造するためには、まず、流路部材21となるシリコン基板の表面を酸化あるいは窒化させることによってシリコン基板上に振動膜30を形成する(S101)。続いて、振動膜30の表面に、共通電極36(第1電極32)となる電極膜を形成する(S102)。
【0059】
続いて、共通電極36となる電極層の表面に、圧電膜33となる圧電材料膜を形成する(S103)。圧電材料膜は、ゾルゲル法によって形成する。より詳細には、圧電材料の溶液をスピンコートで形成し、形成した圧電材料をアニール処理によって結晶化させる、という処理を繰り返すことによって、圧電材料膜を形成する。
【0060】
続いて、圧電材料膜の表面に複数の第2電極34となる電極膜を形成する(S104)。この電極膜は、スパッタ法などで形成し、このとき、条件をコントロールすることによって、電極膜が圧縮応力を有するようにする。
【0061】
続いて、上述したようにして形成した電極膜及び圧電膜を、フォトリソグラフィー、ドライエッチング等によってパターニングすることによって、共通電極36(第1電極32)、圧電膜33及び第2電極34を形成する(S105)。この後、保護膜40、絶縁膜41、配線42、配線保護膜43、接点46、47を順次形成する(S106)。続いて、シリコン基板に保護部材23を接合する(S107)。
【0062】
続いて、シリコン基板に研磨加工を施して、シリコン基板を圧力室26の深さに対応した厚みにしてから、シリコン基板に、保護部材23と反対側からウエットエッチングやドライエッチングなどを施すことによって、複数の圧力室26を形成する(S108)。シリコン基板に圧力室26を形成すると、振動膜30及び圧電膜33の各圧力室26と上下方向に重なる部分が、シリコン基板によって拘束されなくなる。一方で、上述したように、第2電極34は圧縮応力を有している。これにより、
図8に示すように、振動膜30及び圧電体の各圧力室26と上下方向に重なる部分が、第2電極34の圧縮応力によって、圧力室26と反対側に凸となるように撓んだ状態となる。
【0063】
続いて、複数のノズル24が形成されたノズルプレート20をシリコン基板に接合する(S109)。このとき、ノズルプレート20の流路部材21と反対側の表面に撥水膜を形成してもよい。続いて、ダイシング加工によってシリコン基板を切断することによって、シリコン基板を流路部材21に対応するサイズに分割する(S110)。
【0064】
続いて、高温下で、第1電極32と第2電極34との間に電圧を印加して圧電膜33を分極させる分極処理を行う(S111)。このとき、圧電膜33の配向が(001)に優先配向し、(100)配向に対する(001)配向の比率が50%以上、好ましくは80%以上となるようにする。そして、このように、(001)に優先配向されることにより、
図8に示すように圧力室26と反対側に凸となるように撓んでいた振動膜30及び圧電膜33の圧力室26と上下方向に重なる部分が、
図6に示すように圧力室26側に凸となるように撓んだ状態となる。
【0065】
なお、分極処理は、S110のダイシング加工の前や、次に説明するS112のCOF50の接合の後などに行ってもよい。
【0066】
続いて、圧電アクチュエータ22の左端部及び右端部にCOF50を接合し(S112)、図示しない他の部品との接合を行う(S113)。これにより、インクジェットヘッド4が完成する。
【実施例0067】
次に、本発明の好適な実施例について説明する。
【0068】
実施例A1~A11及び比較例Aは、変位クロストークの実験結果である。実施例A1~A11及び比較例Aでは、第1電極32と第2電極34との間に電位差が生じていない状態での、振動膜30及び圧電膜33の撓み量を異ならせている。
【0069】
表1は、実施例A1~A11及び比較例Aについて、上記撓み量Tと変位クロストーク(変位CT)との関係を示している。表1の撓み量Tは、正の値が圧力室26側に凸となるように撓んでいることを示しており、負の値が圧力室26と反対側に凸となるように撓んでいることを示している。また、表1の変位クロストークの値は全て正の値であるが、これは、隣接する圧電素子31を同時に駆動したときの変位量が、隣接する圧電素子31を同時に駆動しないときの変位量よりも大きくなることを示している。
【表1】
【0070】
表1の結果から、振動膜30及び圧電膜33が圧力室26側に凸となるように撓んでいる実施例A1~A11において、圧力室26と反対側に凸となるように撓んでいる比較例Aよりも、変位クロストークが小さくなることがわかる。
【0071】
また、実施例B1~B6及び比較例B1~B3は、吐出クロストークの実験結果である。実施例B1~B6及び比較例B1~B3では、第1電極32と第2電極34との間に電位差が生じていない状態での、振動膜30及び圧電膜33の撓み量を異ならせている。
【0072】
表2は、各例について、上記撓み量Tと吐出クロストーク(吐出CT)との関係を示している。表2の撓み量Tは、正の値が圧力室26側に凸となるように撓んでいることを示しており、負の値が圧力室26と反対側に凸となるように撓んでいることを示している。
また、表2では、吐出クロストークが正の値であることが、隣接する圧電素子31を同時に駆動したときの吐出速度が、隣接する圧電素子31を同時に駆動しないときの吐出速度よりも速くなることを示しており、吐出クロストークが負の値であることが、隣接する圧電素子31を同時に駆動したときの吐出速度が、隣接する圧電素子31を同時に駆動しないときの吐出速度よりも遅くなることを示している。
【表2】
【0073】
表2の結果から、振動膜30及び圧電膜33が圧力室26側に凸となるように撓んでいる実施例B1~B6において、圧力室26と反対側に凸となるように撓んでいる比較例B1~B3よりも、吐出クロストークが小さくなることがわかる。
【0074】
また、表1、表2からわかるように、実施例A1~A11及び実施例B1~B6における撓み量Tは、いずれも、圧力室26の幅の1%以下(約650nm以下)である。したがって、上記撓み量が圧力室26の幅の1%以下である場合には、クロストークを十分に小さく(変位クロストークを12%以下、吐出クロストークを16%以下)できることがわかる。
【0075】
また、表1の実施例A7、A8及び表2の実施例B1~B6の結果から、上記撓み量Tが400nm以上500nm以下の場合には、クロストークを十分に小さく(変位クロストークを10%以下、吐出クロストークを16%以下)できることがわかる。
【0076】
また、実施例A1と同一分極処理を行うことで圧力室側に凸となったサンプルと、比較例Aと同等の物である圧力室と反対側に凸となったサンプルについて、(100)配向と(001)配向の比をx-ray diffractionによるミラー指数(400)および(004)のピーク強度により評価した。その結果、圧力室と反対側に凸となったサンプルでは、(400)のシングルピーク(観測条件下では(400)と(004)に分離不可能)であるのに対し、圧力室側に凸となったサンプルでは、(400)と(004)のツインピークが観測され、それぞれの積分強度の比は、5.7:4.3であった。
圧力室側に凸となったサンプルでは、(004)の比率が約50%程度に増えていることがわかる。
【0077】
また、一般に、PZTの比誘電率は、(100)配向の場合のほうが(001)配向よりも大きいことが知られている。すなわち静電容量は(001)の方が(100)よりも小さくなり、消費電力も低減できる。
図9は、撓み量と静電容量の関係をプロットしたものである。撓み量が圧力室側に大きくなるに従い、静電容量は低下する。このことは、撓み量が大きくなるに従い(001)の配向比率が大きくなることを示している。実施例A1の条件では撓み量276nmで(001)の配向比率が約50%となり、クロストーク低減に好適な撓み量が大きい条件では(001)の配向比率がさらに大きいことが分かる。
【0078】
<効果>
本実施形態では、第2電極34が圧縮応力を有しているため、圧電膜33は、引張応力を有することになり、(100)配向になりやすい。これに対して、本実施形態では、圧電膜33を分極させることによって、(100)配向に対する(001)配向の配向比率が50%以上としている。したがって、圧電膜33の圧電特性がよい。
【0079】
また、このように、圧電膜を分極させて、(100)配向に対する(001)配向の配向比率を高くすることにより、圧電膜33を収縮させて、振動膜30及び圧電膜33を圧力室26側に凸となるように撓ませることができる。そして、上述したように、振動膜30及び圧電膜33が圧力室26側に凸となるように撓んでいる場合には、圧力室26と反対側に凸となるように撓んでいる場合よりも、クロストークを生じにくくすることができる。
【0080】
さらに、このとき、圧電膜33の(100)配向に対する(001)配向の配向比率を80%以上とすれば、圧電膜33の圧電特性を十分によくすることができる。
【0081】
また、本実施形態のように、ゾルゲル法により圧電膜を形成すれば、緻密な圧電膜33を形成することができるが、ゾルゲル法により形成した圧電膜33は、一般に、(100)配向となりやすい。したがって、上記のように、圧電膜を分極させて、(100)配向に対する(001)配向の配向比率を高くする意義は大きい。
【0082】
また、ゾルゲル法によって緻密な圧電膜33を形成する場合には、圧電膜33を、2μm以下と薄く形成することができ、第1電極32と第2電極34との間に電圧を印加したときに圧電膜33に発生する電界を大きくして、圧電膜33の変位量を大きくすることができる。
【0083】
また、圧力室26の深さDの圧力室26の幅Wに対する比率が約2倍であり、1倍以上3倍以下の範囲にあれば、上述の実施例で示すようなクロストークを小さくするという効果を得ることができる。
【0084】
また、圧力室26の深さが125μm程度であり、50μm以上180μm以下の範囲にあれば、上述の実施例のようなクロストークをに小さくするという効果を得ることができる。
【0085】
また、振動膜13及び圧電膜33が圧力室26側に凸となるように撓んでいる場合、この撓み量Tが圧力室26の幅Wに対して大きすぎると、第1電極32と第2電極34との間に電圧を印加したときの振動膜30及び圧電膜33の変形量が小さくなり、十分な吐出速度が得られない虞がある。
【0086】
そこで、本実施形態では、上記撓み量Tの圧力室26の幅Wの1%以下となるようにしている。これにより、上述の実施例からわかるように、振動膜30及び圧電膜33が圧力室26側に凸となるように撓むようにしてクロストークを生じにくくしつつも、第1電極32と第2電極34との間に電圧を印加したときの振動膜30及び圧電膜33の変形量を極力大きくすることができる。
【0087】
また、本実施形態では、上記撓み量Tが450nm程度であり、400nm以上500nm以下の範囲にある。これにより、上述の実施例からわかるように、振動膜30及び圧電膜33が圧力室26側に凸となるように撓むようにしてクロストークを生じにくくしつつも、第1電極32と第2電極34との間に電圧を印加したときの振動膜30及び圧電膜33の変形量を極力大きくすることができる。
【0088】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は、上述の実施形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載の限りにおいて様々な変更が可能である。
【0089】
上述の実施形態では、第1電極32と第2電極34との間に電位差が生じていない状態での振動膜30及び圧電膜33の撓み量Tが、400nm以上500nm以下であったが、これには限られない。上記撓み量Tは、400nm未満であってもよいし、500nmよりも大きくてもよい。
【0090】
また、上述の実施形態では、第1電極32と第2電極34との間に電位差が生じていない状態での振動膜30及び圧電膜33の撓み量Tが、圧力室26の幅Wの1%以下であったが、これには限られない。上記撓み量Tは、圧力室26の幅Wの1%よりも大きくてもよい。
【0091】
また、上述の実施形態では、圧力室26の深さDが50μm以上150μm以下であったが、これには限られない。圧力室26の深さDは、50μm未満であってもよいし、150μmよりも大きくてもよい。
【0092】
また、上述の実施形態では、圧力室26の深さDの、圧力室26の幅Wに対する比率が1倍以上3倍以下であったが、これには限られない。圧力室26の深さDの圧力室26の幅Wに対する比率は、1倍未満であってもよいし、3倍よりも大きくてもよい。
【0093】
また、上述の実施形態では、圧電膜33の厚みE2を、振動膜30の厚みE1よりも薄い2μm以下としたが、これには限られない。例えば、圧電膜33の厚みE2は、振動膜30の厚みE1よりも薄ければ、2μmよりも大きくてもよい。あるいは、圧電膜33の厚みE2は、振動膜30の厚みE1以上であってもよい。
【0094】
また、上述の実施形態では、ゾルゲル法によって圧電膜33を形成したが、これには限られない。例えば、スパッタ法など、ゾルゲル法以外の方法によって圧電膜33を形成してもよい。
【0095】
また、上述の実施形態では、圧電膜33と振動膜30との間に配置される第1電極32同士が導電部35を介してつながった共通電極36を形成しており、圧電膜33の上面に配置される第2電極34が、圧力室26に個別の個別電極となっていたが、これには限られない。圧電膜33と振動膜30との間に配置される第1電極32が圧力室26に個別の個別電極であり、圧電膜33の上面に配置される第2電極34が互いにつながって共通電極を形成していてもよい。
【0096】
また、以上では、ノズルからインクを吐出するインクジェットヘッドに本発明を適用した例について説明したが、これには限られない。例えば、液状化させた金属や樹脂など、インク以外の液体を吐出する液体吐出ヘッドに本発明を適用することも可能である。