(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022120498
(43)【公開日】2022-08-18
(54)【発明の名称】尿細管間質障害の予防又は治療剤
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6851 20180101AFI20220810BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20220810BHJP
A61K 31/713 20060101ALI20220810BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20220810BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20220810BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220810BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20220810BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220810BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220810BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20220810BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20220810BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
A61P13/12
A61K31/713
A61K31/7088
A61K48/00
A61K45/00
C12Q1/686 Z
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
G01N33/50 P
G01N33/68
C12N15/113 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021017425
(22)【出願日】2021-02-05
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 宣哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 隼人
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
2G045BB60
2G045DA14
2G045DA36
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ03
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR32
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4B063QR55
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4B063QR77
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4B063QS32
4B063QS34
4C084AA13
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA812
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA81
(57)【要約】
【課題】尿細管間質障害を予防又は治療する技術を提供する。
【解決手段】被験物質が、Mitotic Spindle Positioning(MISP)タンパク質の機能を阻害するか否かを判定する工程を含み、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することが、前記被験物質が尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であることを示す、尿細管間質障害の予防又は治療剤のスクリーニング方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質が、Mitotic Spindle Positioning(MISP)タンパク質の機能を阻害するか否かを判定する工程を含み、
前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することが、前記被験物質が尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であることを示す、
尿細管間質障害の予防又は治療剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する前記工程が、
前記被験物質の存在下で、近位尿細管上皮細胞に低酸素刺激を与える工程と、
前記細胞におけるMISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量を定量する工程と、を含み、
前記被験物質の存在下において、前記被験物質の非存在下と比較して、前記MISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量が低下することが、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することを示す、
請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記低酸素刺激がアンチマイシンAの培地への添加により行われる、請求項2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する前記工程が、
前記被験物質の存在下で、MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合量を測定する工程を含み、
前記被験物質の存在下においてMISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合量が低下することが、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することを示す、
請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する前記工程が、
前記被験物質の存在下で、MISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合量を測定する工程を含み、
前記被験物質の存在下においてMISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合量が低下することが、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することを示す、
請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する前記工程が、
被験物質の存在下で、MISP遺伝子又はMISPタンパク質を発現する細胞を培養する工程と、
前記細胞におけるMISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量を定量する工程と、を含み、
前記被験物質の存在下において、前記被験物質の非存在下と比較して、前記MISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量が低下することが、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することを示す、
請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
MISPタンパク質の機能阻害剤を有効成分とする、尿細管間質障害の予防又は治療剤。
【請求項8】
前記機能阻害剤が、
MISP遺伝子に対する、siRNA、shRNA若しくはモルフォリノオリゴ、
MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合阻害物質、又は
MISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合阻害物質である、
請求項7に記載の尿細管間質障害の予防又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿細管間質障害の予防又は治療剤に関する。より詳細には、本発明は、尿細管間質障害の予防又は治療剤のスクリーニング方法、及び、尿細管間質障害の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
先進国では慢性腎臓病患者の増加につれて、その予後に掛かる莫大な医療費が問題となり、治療法の開発が急務となっている。しかしながら、慢性腎臓病の有効な治療法はいまだになく、現状では、血圧コントロール、血糖コントロール、食事療法等により、タンパク尿を抑制する保存的な治療しか存在しない。慢性腎臓病について、ヒト全ゲノム関連解析が行われ、様々な疾患感受性遺伝子が同定された。しかし、多因子遺伝性疾患である慢性腎臓病において、それらの遺伝子の寄与度は極めて小さく新薬の開発には至っていない。様々な原因疾患を起因とする慢性腎臓病において、尿細管間質障害は共通の病態である。また、尿細管間質障害は腎機能低下と強く相関する。このことから慢性腎臓病の治療において尿細管間質障害の進行を止める治療が効果的である。
【0003】
ところで、Mitotic Spindle Positioning(MISP)タンパク質は、紡錘体の配向と有糸分裂の進行に重要な機能を有するタンパク質であることが知られている(例えば、非特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Zhu M., et al., MISP is a novel Plk1 substrate required for proper spindle orientation and mitotic progression, J. Cell Biol., 200 (6), 773-787, 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような背景のもと、本発明は、尿細管間質障害を予防又は治療する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]被験物質が、MISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する工程を含み、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することが、前記被験物質が尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であることを示す、尿細管間質障害の予防又は治療剤のスクリーニング方法。
[2]被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する前記工程が、前記被験物質の存在下で、近位尿細管上皮細胞に低酸素刺激を与える工程と、前記細胞におけるMISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量を定量する工程と、を含み、前記被験物質の存在下において、前記被験物質の非存在下と比較して、前記MISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量が低下することが、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することを示す、[1]に記載のスクリーニング方法。
[3]前記低酸素刺激がアンチマイシンAの培地への添加により行われる、[2]に記載のスクリーニング方法。
[4]被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する前記工程が、前記被験物質の存在下で、MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合量を測定する工程を含み、前記被験物質の存在下においてMISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合量が低下することが、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することを示す、[1]に記載のスクリーニング方法。
[5]被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する前記工程が、前記被験物質の存在下で、MISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合量を測定する工程を含み、前記被験物質の存在下においてMISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合量が低下することが、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することを示す、[1]に記載のスクリーニング方法。
[6]被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する前記工程が、被験物質の存在下で、MISP遺伝子又はMISPタンパク質を発現する細胞を培養する工程と、前記細胞におけるMISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量を定量する工程と、を含み、前記被験物質の存在下において、前記被験物質の非存在下と比較して、前記MISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量が低下することが、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することを示す、[1]に記載のスクリーニング方法。
[7]MISPタンパク質の機能阻害剤を有効成分とする、尿細管間質障害の予防又は治療剤。
[8]前記機能阻害剤が、MISP遺伝子に対する、siRNA、shRNA若しくはモルフォリノオリゴ、MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合阻害物質、又は、MISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合阻害物質である、[7]に記載の尿細管間質障害の予防又は治療剤。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、尿細管間質障害を予防又は治療する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】MISPが関与するシグナル伝達経路を示す模式図である。
【
図2】(a)及び(b)は、実験例2における、免疫化学染色の代表的な結果を示す写真である。(c)は、実験例2における免疫化学染色の結果に基づいて、近位尿細管細胞のMISP陽性領域を定量した結果を示すグラフである。
【
図3】(a)~(c)は、実験例2において、腎症モデルマウスの腎組織切片を抗MISP抗体で免疫化学染色し、ImageJを用いて近位尿細管細胞のMISP陽性領域を検出し定量した結果を示すグラフである。
【
図4】(a)及び(c)は、実験例3における、MISP遺伝子のmRNAの定量的リアルタイムRT-PCRの結果を示すグラフである。(b)及び(d)は、実験例3における、NGALタンパク質のウエスタンブロットの結果を示す写真である。
【
図5】(a)は、実験例5におけるSDS-PAGEの結果を示す写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図6】実験例5において測定した、Tns2ノックアウトマウス(Tns2
nph)、及び、MISP遺伝子及びTns2遺伝子のダブルノックアウトマウス(MISP
KOTns2
nph)の生存曲線である。
【
図7】(a)及び(b)は、実験例5における免疫化学染色の代表的な結果を示す写真である。(c)は、実験例5における免疫化学染色の結果に基づいて、近位尿細管細胞のMISP陽性領域を定量した結果を示すグラフである。
【
図8】(a)及び(b)は、実験例6における腎組織切片の代表的な顕微鏡写真である。(c)は、実験例6において測定した、尿細管上皮細胞の厚さを数値化したグラフである。(d)は、実験例6における、NGALタンパク質のウエスタンブロットの結果を示す写真である。
【
図9】(a)及び(b)は、実験例7における、腎組織切片の免疫化学染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(c)は、実験例7における、NGALタンパク質のウエスタンブロットの結果を示す写真である。(d)は、実験例7において、NGALタンパク質の発現量を数値化したグラフである。
【
図10】(a)~(d)は、実験例8におけるヒト腎組織切片の免疫化学染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
【
図11】(a)~(d)は、実験例8において、MISP陽性尿細管の割合を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[遺伝子名及びタンパク質名の表記]
本明細書では、ヒト遺伝子及びヒトタンパク質は、大文字のアルファベットで表すものとする。また、マウス遺伝子は、先頭文字を大文字のアルファベットで、それ以降を小文字のアルファベットで表すものとする。また、マウスタンパク質は大文字のアルファベットで表すものとする。しかしながら、場合により、ヒト遺伝子、マウス遺伝子、ヒトタンパク質、マウスタンパク質を厳密に区別せずに表記する場合がある。
【0010】
[尿細管間質障害の予防又は治療剤のスクリーニング方法]
1実施形態において、本発明は、被験物質が、MISPタンパク質の機能を阻害するか否かを判定する工程を含み、前記被験物質がMISPタンパク質の機能を阻害することが、前記被験物質が尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であることを示す、尿細管間質障害の予防又は治療剤のスクリーニング方法を提供する。
【0011】
尿細管間質障害とは、尿細管と尿細管の間の組織(間質)に障害が起こる疾患である。慢性腎臓病は、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、高血圧性腎硬化症等様々な原因疾患に起因する。経過初期には原疾患特有の病態変化を呈するが、多くの場合、尿細管間質障害は慢性腎臓病の共通の病態である。
【0012】
したがって、尿細管間質障害の予防又は治療剤は、慢性腎臓病の予防又は治療剤等といいかえることができる。
【0013】
ヒトMISP遺伝子のmRNAのNCBIアクセッション番号はNM_173481.4等であり、ヒトMIPSタンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_775752.1、XP_011525988.1、XP_011525987.1等である。また、マウスMisp遺伝子のmRNAのNCBIアクセッション番号はNM_030218.2であり、マウスMIPSタンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_084494.1である。
【0014】
本実施形態のスクリーニング方法において、被験物質としては特に制限されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、代謝物ライブラリ等が挙げられる。
【0015】
(第1実施形態)
第1実施形態のスクリーニング方法は、被験物質の存在下で、近位尿細管上皮細胞に低酸素刺激を与える工程と、近位尿細管上皮細胞におけるMISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量を定量する工程と、を含み、被験物質の存在下において、被験物質の非存在下と比較して、MISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量が低下することが、前記被験物質が尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であることを示す、スクリーニング方法である。
【0016】
近位尿細管上皮細胞は、ヒト由来の細胞であってもよく、非ヒト動物由来の細胞であってもよい。また、近位尿細管上皮細胞は、樹立された細胞株であってもよく、初代細胞であってもよく、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)等の多能性幹細胞から分化誘導された細胞であってもよい。
【0017】
低酸素刺激は、例えば、アンチマイシンAの培地への添加、密閉容器での培養、脱酸素剤を用いた培養、マルチガスインキュベーターを用いた低酸素培養等により行うことができる。
【0018】
実施例において後述するように、発明者らは、近位尿細管上皮細胞に低酸素刺激を与えると、MISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量が増加し、尿細管傷害マーカーであるNGALタンパク質の発現が上昇することを明らかにした。
【0019】
したがって、被験物質の存在下において、対照と比較してMISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量が低下することを指標として、尿細管間質障害の予防又は治療剤をスクリーニングすることができる。
【0020】
(第2実施形態)
第2実施形態のスクリーニング方法は、被験物質の存在下で、MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合量を測定する工程を含み、被験物質の存在下においてMISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合量が低下することが、前記被験物質が尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であることを示す、スクリーニング方法である。
【0021】
図1はMISPが関与するシグナル伝達経路を示す模式図である。
図1に示すように、MISPタンパク質はFAKタンパク質(PTK2タンパク質)と結合することが知られている。そこで、この結合を阻害する物質は、尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であるということができる。
【0022】
被験物質については第1実施形態と同様である。MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合は、細胞レベルで測定してもよいし、タンパク質レベルで測定してもよい。MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合量は、例えば、免疫沈降法、ビアコア(GEヘルスケア社)を用いた結合測定等により測定することができる。
【0023】
ヒトPTK2遺伝子のmRNAのNCBIアクセッション番号はNM_001199649.2、NM_001316342.2、NM_001352694.2等であり、ヒトPTK2タンパク質のNCBIアクセッション番号はXP_024302971.1、XP_016869177.1、NP_001339681.1等である。
【0024】
また、マウスPTK2遺伝子のmRNAのNCBIアクセッション番号はNM_007982.2等であり、マウスPTK2タンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_032008.2等である。
【0025】
(第3実施形態)
第3実施形態のスクリーニング方法は、被験物質の存在下で、MISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合量を測定する工程を含み、前記被験物質の存在下においてMISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合量が低下することが、前記被験物質が尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であることを示す、スクリーニング方法である。
【0026】
図1はMISPが関与するシグナル伝達経路を示す模式図である。
図1に示すように、MISPタンパク質はCDC42タンパク質と結合することが知られている。そこで、この結合を阻害する物質は尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であるということができる。
【0027】
被験物質については第1実施形態と同様である。MISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合は、細胞レベルで測定してもよいし、タンパク質レベルで測定してもよい。MISPタンパク質とCDC42タンパク質との結合量は、例えば、免疫沈降法、ビアコア(GEヘルスケア社)を用いた結合測定等により測定することができる。
【0028】
ヒトCDC42遺伝子のmRNAのNCBIアクセッション番号はNM_001039802.2、NM_001791.4、NM_044472.3等であり、ヒトCDC42タンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_001034891.1、NP_001782.1、NP_426359.1等である。
【0029】
また、マウスCDC42遺伝子のmRNAのNCBIアクセッション番号はXM_030253139.1等であり、マウスCDC42タンパク質のNCBIアクセッション番号はXP_030108999.1等である。
【0030】
(第4実施形態)
第4実施形態のスクリーニング方法は、被験物質の存在下で、MISP遺伝子又はMISPタンパク質を発現する細胞を培養する工程と、前記細胞におけるMISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量を定量する工程と、を含み、前記被験物質の存在下において、前記被験物質の非存在下と比較して、前記MISP遺伝子又はMISPタンパク質の発現量が低下することが、前記被験物質が尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であることを示す、スクリーニング方法である。
【0031】
上述したように、MISP遺伝子の発現を低下させる物質は、尿細管間質障害の予防又は治療剤の候補であるということができる。したがって、本実施形態のスクリーニング方法により、尿細管間質障害の予防又は治療剤をスクリーニングすることができる。
【0032】
被験物質については第1実施形態と同様である。MISP遺伝子又はMISPタンパク質を発現する細胞としては、A549、SK-BR-3、HaCaT、hTCEpi、MCF7、SiHa、CAPAN-2、CACO-2、HeLa、T-47d、HBEC3-KT、RT4、A-431、PC-3、RPTEC TERT1、U-2 OS、EFO-21、Hep G2、Daudi、hTERT-HME1、SCLC-21H、HMC-1、U-2197等が挙げられる。
【0033】
MISP遺伝子の発現量の定量は、例えば、RNA-Seq、定量的リアルタイムRT-PCR等により行うことができる。MISPタンパク質の発現量の定量は、例えば、ウエスタンブロット法、ELISA法、免疫染色等により行うことができる。
【0034】
[慢性腎臓病の予防又は治療剤]
1実施形態において、本発明は、MISPタンパク質の機能阻害剤を有効成分とする、尿細管間質障害の予防又は治療剤を提供する。
【0035】
実施例において後述するように、発明者らは、MISPタンパク質をノックアウトすることにより、腎症モデルマウスの尿細管間質障害の進行が抑制されること、尿細管傷害マーカーであるNGALタンパク質の発現が低下することを明らかにした。したがって、MISPタンパク質の機能阻害剤を、尿細管間質障害の予防又は治療剤の用途に用いることができる。
【0036】
また、実施例において後述するように、発明者らは、Misp遺伝子をノックアウトしたマウスは、顕著な表現型を示さないことを明らかにした。この結果は、MISPタンパク質の機能を阻害しても副作用が少ないことを示す。また、MISPタンパク質の機能阻害が、慢性腎臓病の治療標的として有用であることを示す。
【0037】
前記機能阻害剤としては、(i)MISP遺伝子に対する、siRNA、shRNA若しくはモルフォリノオリゴ、(ii)MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合阻害物質、(iii)MISPタンパク質と、CDC42タンパク質との結合阻害物質等が挙げられる。
【0038】
(MISP遺伝子に対する、siRNA、shRNA若しくはモルフォリノオリゴ)
siRNA、shRNA、モルフォリノオリゴは、阻害性核酸であり、MISP遺伝子のmRNAの翻訳を抑制することができる。これらの阻害性核酸は周知の方法によって作製することができる。
【0039】
モルフォリノオリゴはヌクレアーゼ耐性であり、また安定なためオートクレーブで滅菌することも可能である。また、モルフォリノオリゴとRNAのTm値は、天然DNAとRNAのTm値より少し高い値を示し、安定した結合を形成することが知られている。また、モルフォリノオリゴはRNAとのアフィニティが強く、標的mRNAの二次構造にかかわらず目的の配列に結合するため、有効な配列設計が容易である。また、モルフォリノオリゴは水溶性が高いため、調製が容易である。また、モルフォリノオリゴはタンパク質に対する非特異的な結合がない等の特徴を有する。
【0040】
(MISPタンパク質とPTK2タンパク質との結合阻害物質)
上述した
図1に示すように、MISPタンパク質はFAKタンパク質(PTK2タンパク質)と結合することが知られている。そこで、この結合を阻害する物質はMISPタンパク質の機能阻害剤であるということができる。
【0041】
(MISPタンパク質と、CDC42タンパク質との結合阻害物質)
上述した
図1に示すように、MISPタンパク質は、CDC42タンパク質と結合することが知られている。そこで、この結合を阻害する物質はMISPタンパク質の機能阻害剤であるということができる。
【実施例0042】
次に実験例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0043】
[実験例1]
(尿細管間質障害関連遺伝子の探索)
発明者らは、遺伝子発現データベースであるNephroseq(https://www.nephroseq.org/resource/login.html)の解析から、ヒトの膜性糸球体腎炎、及び、マウスの糖尿病腎症等の腎疾患で発現量が上昇している遺伝子として、Mitotic Spindle Positioning(MISP)遺伝子を見出した。しかしながら、従来、MISPと腎症との関連については知られていない。
【0044】
[実験例2]
(MISP遺伝子の発現と腎症の病態との関連の検討)
MISP遺伝子の発現と腎症の病態との関連について検証を行なった。まず、MISP遺伝子の発現部位を特定するため、腎症モデルマウスを用いて免疫化学染色を行なった。実験には以下の4種類の腎症モデルマウス(いずれもオス)を用いた。
【0045】
《アドリアマイシン腎症モデルマウス》
この腎症モデルは、BALB/cマウスにアドリアマイシン(ADR)を投与し糸球体障害及びそれに続く尿細管間質障害を誘発するモデルマウスである。8週齢のBALB/cマウス(オス)にADR(10mg/kg)を尾静脈投与した。投与から14日目に腎臓を採取し、免疫化学染色を行なった。
【0046】
《Tensin2欠損性モデルマウス》
この腎症モデルは、Tensin2遺伝子を欠損しており、糸球体障害、尿細管間質障害、慢性腎臓病を経て、末期腎不全へと移行するモデルマウスである。10週齢時に腎臓を採取し、免疫化学染色を行なった。
【0047】
《抗ネフリン抗体傷害性腎症モデルマウス》
この腎症モデルは、抗ネフリン抗体(Takeuchi K., et al., New anti-nephrin antibody mediated podocyte injury model using a C57BL/6 mouse strain. Nephron, 138(1), 71-87, 2018を参照。)を投与し、糸球体障害及びそれに続く尿細管間質障害を誘発するモデルマウスである。12週齢のFVB/NJマウスに抗ネフリン抗体(1.5mg/マウス)を尾静脈投与した。抗体投与から12週間後に腎臓を採取し、免疫化学染色を行なった。
【0048】
《腎虚血再灌流誘発性腎不全(IR)モデルマウス》
この腎症モデルは、腎虚血障害により尿細管傷害を誘発するモデルである。10週齢のFVB/NJマウスを用いた。虚血誘導の10日前に左腎を摘出した。左腎摘出から10日後に右腎の腎動静脈をクレンメで挟み30分間虚血状態を維持した。虚血30分後にクレンメを解除し皮膚を縫合して24時間後に腎臓を採取し、免疫化学染色を行なった。
【0049】
《免疫化学染色》
各モデルマウスの腎組織切片を抗MISP抗体で免疫化学染色し、3,3’-diaminobenzidine(DAB)で発色させた。続いて、ImageJを用いて近位尿細管細胞のMISP陽性領域を検出し定量した。
【0050】
図2(a)は対照マウスの腎組織切片の免疫化学染色の代表的な結果を示す写真である。スケールバーは100μmである。
図2(b)は、アドリアマイシン腎症モデルマウスの腎組織切片の免疫化学染色の代表的な結果を示す写真である。スケールバーは100μmである。
図2(b)中、「*」は傷害の大きい近位尿細管を示す。
【0051】
図2(c)は、免疫化学染色の結果に基づいて、近位尿細管細胞のMISP陽性領域を定量した結果を示すグラフである。縦軸は、MISP陽性領域の面積の相対値を示す。
図2(a)~(c)中、「Control」は対照マウスの結果であることを示し、「ADR」はアドリアマイシン腎症モデルマウスの結果であることを示す。
【0052】
その結果、アドリアマイシン腎症モデルマウスの腎組織切片において、傷害の大きな近位尿細管上皮でMISPタンパク質の発現が有意に増加したことが明らかとなった(P<0.001)。
【0053】
図3(a)~(c)は、Tensin2欠損性モデルマウス、抗ネフリン抗体傷害性腎症モデルマウス、腎虚血再灌流誘発性腎不全(IR)モデルマウスの腎組織切片を抗MISP抗体で免疫化学染色し、ImageJを用いて近位尿細管細胞のMISP陽性領域を検出し定量した結果を示すグラフである。
【0054】
図3(a)中、「WT」は対照の野生型マウスの結果であることを示し、Tns2
nphはTensin2欠損性モデルマウスの結果であることを示す。
図3(b)中、「Control」は対照マウスの結果であることを示し、「Anti-Nephrin」は抗ネフリン抗体傷害性腎症モデルマウスの結果であることを示す。
図3(c)中、「Control」は対照マウスの結果であることを示し、「IR」は腎虚血再灌流誘発性腎不全(IR)モデルマウスの結果であることを示す。
図3(a)~(c)中、縦軸はMISP陽性領域の面積の相対値を示す。また、「P<0.001」はP<0.001で有意差があることを示す。
【0055】
その結果、Tensin2欠損性モデルマウス、抗ネフリン抗体傷害性腎症モデルマウス、腎虚血再灌流誘発性腎不全(IR)モデルマウスのいずれも、アドリアマイシン腎症モデルマウスと同様の結果となった。
【0056】
以上の免疫化学染色の結果から、MISPタンパク質は傷害を受けた近位尿細管上皮において発現が有意に増加したことが確認された。実験例1のデータベースの解析結果と合わせて、MISP遺伝子又はタンパク質の発現亢進は様々な腎症において共通する事象であると考えられた。
【0057】
[実験例3]
(近位尿細管上皮細胞株におけるMISPの発現動態の検討)
MISPの発現部位が近位尿細管上皮であることが判明したため、近位尿細管上皮細胞株を用いてMISPの発現動態を確認した。
【0058】
マウス尿細管上皮細胞株MuRTE61及びヒト尿細管上皮細胞株HK-2に、アンチマイシンA(AMA)を添加し、化学的低酸素刺激を誘導した虚血傷害モデルを用い、in vitroにおけるMISPの発現動態を検証した。AMA添加後0h、3h、6hで、いずれも顕著な細胞の脱落、細胞死は見られなかった。AMA添加後、6hで細胞を回収し、タンパク、RNAを抽出した。
【0059】
続いて、MISPのmRNA量を定量的リアルタイムRT-PCR(ΔΔCt法)により定量した。また、尿細管傷害マーカーであるNGALタンパク質の発現をウエスタンブロットにより検出した。
【0060】
図4(a)は、MuRTE61細胞の定量的リアルタイムRT-PCRの結果を示すグラフである。
図4(a)中、「Control」はアンチマイシンA(AMA)を添加しなかった対照細胞の結果であることを示し、「AMA」はアンチマイシンA(AMA)を添加した細胞の結果であることを示す。グラフの縦軸は、グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素の発現量を1としたMISP遺伝子の発現量の相対値を示す。また、「P<0.001」はP<0.001で有意差があることを示す。
【0061】
図4(b)は、MuRTE61細胞のウエスタンブロットの結果を示す写真である。
図4(b)中、「NGAL」はNGALタンパク質を検出した結果であることを示し、「GAPDH」はグリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素タンパク質を検出した結果であることを示す。
【0062】
図4(c)は、HK-2細胞の定量的リアルタイムRT-PCRの結果を示すグラフである。
図4(c)中、「Control」はアンチマイシンA(AMA)を添加しなかった対照細胞の結果であることを示し、「AMA」はアンチマイシンA(AMA)を添加した細胞の結果であることを示す。グラフの縦軸は、グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素の発現量を1としたMISP遺伝子の発現量の相対値を示す。また、「P<0.001」はP<0.001で有意差があることを示す。
【0063】
図4(d)は、HK-2細胞のウエスタンブロットの結果を示す写真である。
図4(d)中、「NGAL」はNGALタンパク質を検出した結果であることを示し、「GAPDH」はグリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素タンパク質を検出した結果であることを示す。
【0064】
その結果、尿細管傷害マーカーであるNGALタンパク質の発現増加と共に、MISP mRNAの発現量が増加したことが明らかとなった。以上の結果から、マウスモデルを用いたin vivoの結果だけでなく、in vitroの結果においても、傷害に応じてMISP遺伝子又はタンパク質の発現が上昇することが明らかとなった。
【0065】
[実験例4]
(MISPノックアウトマウスの表現型解析)
MISPが腎障害に関与しているか否かを検討するため、MISPノックアウトマウスを用いて表現型解析を行なった。ノックアウトマウスは、FVBマウスの受精卵を用いてCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集により作製した。その結果、MISPノックアウトマウスは顕著な表現型を示さないことが明らかとなった。この結果は、MISP遺伝子をノックダウンしても副作用が少ないことを示す。
【0066】
[実験例5]
(MISP遺伝子及びTensin2遺伝子のノックアウトマウスの表現型解析)
MISPノックアウトマウス(以下、「MISPKOマウス」という場合がある。)を用いてTensin2(Tns2)遺伝子の欠失変異(以下、「Tns2nph変異」という場合がある。)を有する腎症モデルマウス(以下、「Tns2nphマウス」という場合がある。)を作製し、表現型解析を行なった。
【0067】
具体的には、MISPノックアウトマウス(MISPKO)、Tns2ノックアウトマウス(Tns2nph)、MISP遺伝子及びTns2遺伝子のダブルノックアウトマウス(以下、「MISPKOTns2nphマウス」という場合がある。)から、8週齢時にそれぞれ尿を採取し、10週齢時に腎臓を採取した。
【0068】
また、腎症の重篤度を比較するため、8週齢時の尿中アルブミンをSDS-PAGEにより検出し、ImageJを用いて尿中アルブミン量を定量した。
【0069】
図5(a)は、SDS-PAGEにより尿中アルブミンを検出した結果を示す写真である。また、
図5(b)は、
図5(a)の結果を数値化したグラフである。
【0070】
その結果、ダブルノックアウトマウス(MISPKOTns2nph)はTns2ノックアウトマウス(Tns2nph)と比較して、尿中アルブミン量が有意に減少したことが明らかとなった(P<0.001)。
【0071】
続いて、体重20%減少を人道的エンドポイントとし、生存曲線を作成した。
図6は、Tns2ノックアウトマウス(Tns2
nph)、及び、MISP遺伝子及びTns2遺伝子のダブルノックアウトマウス(MISP
KOTns2
nph)の生存曲線である。
図6中、「Tns2
nph」はTns2ノックアウトマウスの結果であることを示し、「Double」はTns2遺伝子のダブルノックアウトマウス(MISP
KOTns2
nph)の結果であることを示す。また、横軸は時間(週)を示し、縦軸は生存率(%)を示す。
【0072】
その結果、MISPKOTns2nphマウスは、Tns2nphマウスと比較して、平均寿命が約3倍に伸び、尿細管間質障害の進行が明らかに抑制されたことが明らかとなった。
【0073】
続いて、Tns2nphマウス及びMISPKOTns2nphマウスの尿細管の傷害を比較するため、腎組織切片を抗NGAL抗体(カタログ番号「ab63929」アブカム社)で免疫化学染色し、尿細管傷害マーカーであるNGALの発現量の比較を行なった。ImageJを用いて近位尿細管細胞のMISP陽性領域を定量した。
【0074】
図7(a)はTns2
nphマウスの腎組織切片の免疫化学染色の代表的な結果を示す写真である。スケールバーは50μmである。
図7(b)は、MISP
KOTns2
nphマウスの腎組織切片の免疫化学染色の代表的な結果を示す写真である。スケールバーは50μmである。
図7(a)及び(b)中、「*」は傷害の大きい近位尿細管を示す。
【0075】
図7(c)は、免疫化学染色の結果に基づいて、近位尿細管細胞のMISP陽性領域を定量した結果を示すグラフである。縦軸は、MISP陽性領域の面積の相対値を示す。
図7(a)~(c)中、「Tns2
nph」はTns2
nphマウスの結果であることを示し、「Double」はMISP
KOTns2
nphマウスの結果であることを示す。
【0076】
その結果、MISPKOTns2nphマウスの腎組織切片において、Tns2nphマウスの腎組織切片と比較して、NGALタンパク質の発現が有意に減少したことが明らかとなった(P<0.001)。この結果は、MISPKOTns2nphマウスにおいて、Tns2nphマウスと比較して、尿細管間質障害が有意に軽減されたことを示す。
【0077】
[実験例6]
(抗ネフリン抗体傷害性腎症モデルマウスにおけるMISPノックアウトの影響の検討)
MISPノックアウトマウスを用いて抗ネフリン抗体傷害性腎症モデルマウスを作製し、表現型解析を行なった。マウスに抗ネフリン抗体(Takeuchi K., et al., New anti-nephrin antibody mediated podocyte injury model using a C57BL/6 mouse strain. Nephron, 138(1), 71-87, 2018を参照。)を投与することにより、糸球体障害と尿細管間質障害を誘発した。
【0078】
12週齢の野生型FVBマウス及びMISPノックアウトマウス(FVB-MISPKO)に抗ネフリン抗体(1.5mg/マウス)を尾静脈投与した。抗体投与から12週間後に腎臓を採取した。
【0079】
慢性的に傷害を受けた尿細管上皮細胞は上皮の厚さが減少することが知られており、この現象は尿細管上皮菲薄化と呼ばれている。
【0080】
そこで、尿細管上皮細胞の厚さを測定し、尿細管の傷害を定量した。一つの尿細管のうち細胞膜と核が明瞭である細胞を選び、厚さ(長さ)を測定した。また、腎組織(腎皮質)からタンパクを抽出し、抗NGAL抗体(カタログ番号「ab63929」、アブカム社)を用いてウエスタンブロットを行なった。また、ウエスタンブロットにより得られたバンドをImageJにより定量した。
【0081】
図8(a)及び(b)は、腎組織切片の代表的な顕微鏡写真である。
図8(a)は野生型FVBマウスの腎組織切片の写真であり、
図8(b)はMISP
KOマウスの腎組織切片の写真である。
図8(a)及び(b)中、スケールバーは50μmである。また、「*」は傷害を受けて菲薄化した近位尿細管を示す。
【0082】
図8(c)は、尿細管上皮細胞の厚さを数値化したグラフである。
図8(c)中、縦軸は尿細管上皮細胞の厚さ(相対値)を示す。また、「Control」は抗ネフリン抗体を投与しなかった結果であることを示し、「Anti-Nephrin」は抗ネフリン抗体を投与した結果であることを示す。また、「WT」は野生型FVBマウスの結果であることを示し、「MISP
KO」はMISP
KOマウスの結果であることを示す。また、「****」はP<0.0001で有意差が存在することを示し、「n.s.」は有意差が存在しないことを示す。
【0083】
図8(d)はウエスタンブロットの結果を示す写真である。
図8(d)中、レーン1は、抗ネフリン抗体を投与しなかったWTマウスの結果であり、レーン2は、抗ネフリン抗体を投与したWTマウスの結果であり、レーン3は、抗ネフリン抗体を投与しなかったMISP
KOマウスの結果であり、レーン4は、抗ネフリン抗体を投与したMISP
KOマウスの結果である。また、「NGAL」はNGALタンパク質を検出した結果であることを示し、「GAPDH」はグリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素タンパク質を検出した結果であることを示す。
【0084】
その結果、野生型FVBマウスでは、抗ネフリン抗体投与により尿細管上皮細胞の厚さが減少したのに対し、MISPKOマウスでは有意な減少が認められないことが明らかとなった。また、MISP遺伝子のノックアウトにより、抗ネフリン抗体を投与した場合のNGALの発現量が低下したことが明らかとなった。
【0085】
以上の結果は、野生型マウスと比較して、MISPKOマウスにおいて、抗ネフリン抗体による尿細管間質障害が有意に軽減されたことを示す。
【0086】
[実験例7]
(腎虚血再灌流誘発性腎不全(IR)モデルマウスにおけるMISPノックアウトの影響の検討)
MISPノックアウトマウスを用いて腎虚血再灌流誘発性腎不全(IR)モデルマウスを作製し、表現型解析を行なった。腎虚血障害により尿細管傷害を誘発した。
【0087】
10週齢の野生型FVBマウス及びMISPノックアウトマウス(FVB-MISPKO)を用いた。虚血誘導の10日前に左腎を摘出した。左腎摘出から10日後に右腎の腎動静脈をクレンメで挟み30分間虚血状態を維持した。虚血30分後にクレンメを解除し皮膚を縫合して24時間後に腎臓を採取した。
【0088】
抗NGAL抗体(カタログ番号「ab63929」、アブカム社)を用いて免疫化学染色及びウエスタンブロットを行なった。また、ウエスタンブロットにより得られたバンドをImageJにより定量した。
【0089】
図9(a)及び(b)は、腎組織切片の免疫化学染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
図9(a)は野生型FVBマウスの結果を示す写真であり、
図9(b)はMISP
KOマウスの結果を示す写真である。
図9(a)及び(b)中、スケールバーは50μmである。また、「WT」は野生型FVBマウスの結果であることを示し、「MISP
KO」はMISP
KOマウスの結果であることを示す。
【0090】
図9(c)はウエスタンブロットの結果を示す写真である。
図9(c)中、「WT」は野生型FVBマウスの結果であることを示し、「MISP
KO」はMISP
KOマウスの結果であることを示す。また、「Control」は腎虚血障害を与えなかった結果であること示し、「I/R」は腎虚血障害を与えた結果であることを示す。また、「NGAL」はNGALタンパク質を検出した結果であることを示し、「GAPDH」はグリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素タンパク質を検出した結果であることを示す。
【0091】
図9(d)は、NGALタンパク質の発現量を数値化したグラフである。
図9(c)中、縦軸はNGALタンパク質の発現量(相対値)を示す。また、「WT」は野生型FVBマウスの結果であることを示し、「MISP
KO」はMISP
KOマウスの結果であることを示す。また、「Sham」は腎虚血障害を与えなかった結果であることを示し、「IR」は腎虚血障害を与えた結果であることを示す。また、「P<0.05」はP<0.05で有意差が存在することを示し、「n.s.」は有意差が存在しないことを示す。
【0092】
その結果、野生型FVBマウスでは、腎虚血障害を与えることによりNGALタンパク質の発現が有意に上昇したのに対し、MISPKOマウスでは、腎虚血障害を与えてもNGALタンパク質の発現の有意な上昇は認められなかった。
【0093】
以上の結果は、野生型マウスと比較して、MISPKOマウスにおいて、腎虚血障害による尿細管間質障害が有意に軽減されたことを示す。
【0094】
[実験例8]
(ヒト試料を用いた検討)
腎症モデルマウスで観察されたMISPの発現亢進がヒトでも認められるかを明らかにするために、原疾患の異なる腎症、すなわち、IgA腎症、巣状分節性糸球体硬化症、尿細管間質性腎炎の各患者由来の腎組織切片を抗MISP抗体で免疫化学染色し、3,3’-diaminobenzidine(DAB)で発色させた。
【0095】
図10(a)は、腎臓の正常部分の腎組織切片(Control)の免疫化学染色の結果を示す代表的な写真である。
図10(b)は、IgA腎症(IgA)の腎組織切片の免疫化学染色の結果を示す代表的な写真である。
図10(c)は、巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)の腎組織切片の免疫化学染色の結果を示す代表的な写真である。
図10(d)は、尿細管間質性腎炎(TIN)の腎組織切片の免疫化学染色の結果を示す代表的な写真である。
図10(a)~(d)中、スケールバーは100μmを示す。
【0096】
また、
図11(a)は、IgA腎症(IgA)の腎組織切片におけるMISP陽性尿細管の割合を示すグラフである。「Control」は、腎臓の正常部分の腎組織切片における結果であることを示す。また、
図11(b)は、巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)の腎組織切片におけるMISP陽性尿細管の割合を示すグラフである。「Control」は、腎臓の正常部分の腎組織切片における結果であることを示す。また、
図11(c)は、尿細管間質性腎炎(TIN)の腎組織切片におけるMISP陽性尿細管の割合を示すグラフである。「Control」は、腎臓の正常部分の腎組織切片における結果であることを示す。
【0097】
その結果、いずれの腎症組織においても、近位尿細管上皮でMISPタンパク質の発現が亢進していることが明らかとなった。この結果は、腎症モデルマウスで観察されたMISPの発現亢進がヒトでも認められることを示す。また、腎症モデルマウスの解析結果と合わせて、MISPの発現亢進は様々な腎症において共通する事象であると考えられた。