IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人放射線医学総合研究所の特許一覧

特開2022-121219物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法
<>
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図1
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図2
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図3
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図4
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図5
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図6
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図7
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図8
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図9
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図10
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図11
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図12
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図13
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図14
  • 特開-物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法 図15
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022121219
(43)【公開日】2022-08-19
(54)【発明の名称】物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 5/18 20060101AFI20220812BHJP
   C08J 7/00 20060101ALI20220812BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20220812BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20220812BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20220812BHJP
   C12N 5/09 20100101ALN20220812BHJP
   C12M 3/00 20060101ALN20220812BHJP
【FI】
C08J5/18 CFD
C08J7/00 302
A61L27/18
A61L27/38
C12N5/071
C12N5/09
C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021018449
(22)【出願日】2021-02-08
(71)【出願人】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(74)【代理人】
【識別番号】100115820
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 みのり
(72)【発明者】
【氏名】大山 智子
(72)【発明者】
【氏名】田口 光正
(72)【発明者】
【氏名】大山 廣太郎
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4C081
4F071
4F073
【Fターム(参考)】
4B029AA03
4B029AA08
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC11
4B029GA08
4B029GB09
4B065AA90X
4B065AA91X
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BC32
4B065BC37
4B065BC41
4B065CA44
4B065CA46
4C081CA171
4C081CD34
4C081DA02
4C081DB07
4C081EA03
4C081EA14
4F071AA43
4F071AF04Y
4F071AG13
4F071AH19
4F071BA09
4F071BB13
4F071BC01
4F071BC02
4F073AA01
4F073AA08
4F073BA23
4F073BB08
4F073CA51
4F073HA11
(57)【要約】      (修正有)
【課題】薄膜上で培養した細胞集合体が薄膜を包むこともできる技術、及び/又は、ひだ状や突起状のような生体組織の形態に類似の立体的な細胞シートを得る技術、さらに、これら細胞の培養基材として使用できる薄膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品であって、前記改質ポリ乳酸部分は、下記(a)~(c)を全て満たす、物品。
(a)水に対する接触角が60°以上70°以下であること
(b)元素分析により得られる、酸素原子数(O)に対する炭素原子数(C)の比(C/O)が2以上4以下であること
(c)元素分析により得られる、C-C結合数又はC-H結合数(C-C又はC-H)に対するC=C結合数(C=C)の比((C=C)/(C-C又はC-H))が0.1以上2以下であること
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品であって、
前記改質ポリ乳酸部分は、下記(a)~(c)を全て満たす、物品。
(a)水に対する接触角が50°以上75°以下であること
(b)元素分析により得られる、酸素原子数(O)に対する炭素原子数(C)の比(C/O)が2以上4以下であること
(c)元素分析により得られる、C-C結合数又はC-H結合数(C-C又はC-H)に対するC=C結合数(C=C)の比((C=C)/(C-C又はC-H))が0.1以上2以下であること
【請求項2】
前記改質ポリ乳酸部分は、厚さが800nm未満である、請求項1記載の物品。
【請求項3】
ポリ乳酸を含み、且つ、前記(a)~(c)の少なくとも何れかを満たさない部分をさらに含む、請求項1又は2記載の物品。
【請求項4】
改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品を製造する方法であって、
ポリ乳酸を主成分とする被改質部分に下記(1)~(3)を全て満たす条件でイオンビームを照射することにより前記改質ポリ乳酸部分を作製することを含む、方法。
(1)イオンビームが飛跡に沿って物質に与える線エネルギー付与(LET)について、前記被改質部分の表面において、電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きく、且つ、電子的LET(LET)が110eV/nm超であること
(2)前記被改質部分の表面から厚さ方向のイオンビームの飛程が100nm以上800nm未満であること
(3)単位面積当たりの照射イオン数(フルエンス;F[単位:ions/cm])が2.9×1013 < F < 2.9×1014を満たすこと
【請求項5】
前記イオンビームは、Nイオンビームである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記物品は、前記改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞集合体を形成するために用いられる、請求項4又は5記載の方法。
【請求項7】
前記改質ポリ乳酸部分上に形成された前記細胞集合体が前記物品から前記改質ポリ乳酸部分を剥離することで、前記細胞集合体が前記改質ポリ乳酸部分を包み込んでなる部分及び/又は前記改質ポリ乳酸部分が前記細胞集合体を包み込んでなる部分が形成される、請求項6記載の方法。
【請求項8】
請求項4~7の何れか1項記載の方法により製造される、物品。
【請求項9】
請求項4~7の何れか1項記載の方法により製造される、請求項1~3の何れか1項記載の物品。
【請求項10】
改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、前記薄膜上の細胞集合体とを含む複合体であって、
前記薄膜は、請求項1~3、8、9の何れか1項記載の物品における改質ポリ乳酸部分である、複合体。
【請求項11】
前記薄膜は、前記物品から前記改質ポリ乳酸部分が剥離されたものである、請求項10記載の複合体。
【請求項12】
前記細胞集合体が前記薄膜を包み込んでなる部分及び/又は前記薄膜が前記細胞集合体を包み込んでなる部分を有する、請求項10又は11記載の複合体。
【請求項13】
再生医療、創薬用スクリーニング、検査用キット、及びバイオデバイスからなる群より選択される少なくとも1つに用いられる、請求項10~12の何れか1項記載の複合体。
【請求項14】
改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、前記薄膜上の細胞集合体とを含む複合体を製造する方法であって、
改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品における前記改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種する細胞播種工程、及び
前記改質ポリ乳酸部分の表面上において、播種された前記細胞を増殖して前記細胞集合体を形成する細胞増殖工程を含み、
前記改質ポリ乳酸部分上に形成された前記細胞集合体が前記物品から前記改質ポリ乳酸部分を薄膜として剥離することで、前記細胞集合体が前記薄膜を包み込んでなる部分が形成される、方法。
【請求項15】
改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、前記薄膜上の細胞集合体とを含む複合体を製造する方法であって、
改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品における前記改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種する細胞播種工程、及び
前記改質ポリ乳酸部分の表面上において、播種された前記細胞を増殖して前記細胞集合体を形成する細胞増殖工程を含み、
前記物品は、請求項1~3、8、9の何れか1項記載の物品であり、前記薄膜は、前記物品における改質ポリ乳酸部分である、方法。
【請求項16】
前記改質ポリ乳酸部分上に形成された前記細胞集合体が前記物品から前記改質ポリ乳酸部分を薄膜として剥離する、請求項15記載の方法。
【請求項17】
前記改質ポリ乳酸部分上に形成された前記細胞集合体が前記物品から前記改質ポリ乳酸部分を薄膜として剥離することで、前記細胞集合体が前記薄膜を包み込んでなる部分及び/又は前記薄膜が前記細胞集合体を包み込んでなる部分が形成される、請求項15記載の複合体。
【請求項18】
改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品を作製する物品作製工程を前記細胞播種工程の前にさらに含む、請求項14~17の何れか1項記載の方法であって、
前記物品の作製は、前記薄膜に相当する改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品を製造する請求項4~7の何れか1項記載の方法により行う、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品、物品を製造する方法、複合体、及び複合体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、イオンビーム照射により高分子基材表面から薄膜を剥離させる手法(非特許文献1)、また、イオンビーム照射により高分子基材表面から剥離させた薄膜上に細胞を播種して培養することにより細胞シートを得る手法が報告されている(特許文献1、非特許文献2、3)。このうち、特許文献1及び非特許文献2においては、イオンビーム照射により高分子基材表面から剥離する厚み500nm以上の薄膜を得て、薄膜を支持体として平面状の細胞シートを得る技術について報告されている。非特許文献3においては、イオンビームのパターン照射により高分子基材表面から剥離する厚み500nm以上の細長い薄膜を作製した場合、細胞が薄膜に包まれる現象が報告されている。
【0003】
また、細胞シートを得る手法としては、自己組み立て薄膜を支持体として得た平面状の細胞シートを折ったり丸めたりして細胞を薄膜の内部に包む技術も報告されている(非特許文献4、5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-82119号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Oyama et al., Nanotechnology, 23 (2012) 495307
【非特許文献2】世取山ら、高分子論文集60 (2003) 57等
【非特許文献3】Tanaka & Suzuki, Appl. Sur. Sci. 310 (2014) 31
【非特許文献4】Sakai et al., Nanoscale, 11 (2019) 13249
【非特許文献5】Kuribayashi-Shigetomi et al., PLOS ONE, 7 (2012) e51085
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、薄膜を用いて平面状の細胞シートを形成・回収する技術や、平面シートを積層する技術、自己組み立て薄膜や変形する薄膜を用いて人為的に細胞を包む技術はあったが、細胞が自身の牽引力によって薄膜を包むこともできる技術、また、その結果としてひだ状や突起状のような生体組織の形態に類似の立体的な細胞シートを得る技術は得られていなかった。
【0007】
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、薄膜を含む物品上で培養した細胞集合体が薄膜を包むこともできる技術、及び/又は、ひだ状や突起状のような生体組織の形態に類似の立体的な細胞シートを得る技術、さらに、これら細胞の培養基材として使用できる薄膜を含む物品及びその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、物品表面のポリ乳酸を主成分とする被改質部分に所定条件でイオンビームを照射することにより改質ポリ乳酸部分を得ることができ、当該改質ポリ乳酸部分がその表面上に細胞を播種して増殖させると得られる細胞集合体に接着した状態で薄膜として剥離される結果、当該改質ポリ乳酸部分ないし薄膜が細胞集合体に包まれてなる複合体を形成することもでき、また、ひだ状や突起状のような生体組織の形態に類似の立体的な細胞集合体を形成することもできることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下に示されるとおりである。
[1] 改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品であって、
前記改質ポリ乳酸部分は、下記(a)~(c)を全て満たす、物品。
(a)水に対する接触角が50°以上75°以下であること
(b)元素分析により得られる、酸素原子数(O)に対する炭素原子数(C)の比(C/O)が2以上4以下であること
(c)元素分析により得られる、C-C結合数又はC-H結合数(C-C又はC-H)に対するC=C結合数(C=C)の比((C=C)/(C-C又はC-H))が0.1以上2以下であること
[2] 前記改質ポリ乳酸部分は、厚さが800nm未満である、[1]記載の物品。
[3] ポリ乳酸を含み、且つ、前記(a)~(c)の少なくとも何れかを満たさない部分をさらに含む、[1]又は[2]記載の物品。
【0010】
[4] 改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品を製造する方法であって、
ポリ乳酸を主成分とする被改質部分に下記(1)~(3)を全て満たす条件でイオンビームを照射することにより前記改質ポリ乳酸部分を作製することを含む、方法。
(1)イオンビームが飛跡に沿って物質に与える線エネルギー付与(LET)について、前記被改質部分の表面において、電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きく、且つ、電子的LET(LET)が110eV/nm超であること
(2)前記被改質部分の表面から厚さ方向のイオンビームの飛程が100nm以上800nm未満であること
(3)単位面積当たりの照射イオン数(フルエンス;F[単位:ions/cm])が2.9×1013 < F < 2.9×1014を満たすこと
[5] 前記イオンビームは、Nイオンビームである、[4]記載の方法。
[6] 前記物品は、前記改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞集合体を形成するために用いられる、[4]又は[5]記載の方法。
[7] 前記改質ポリ乳酸部分上に形成された前記細胞集合体が前記物品から前記改質ポリ乳酸部分を剥離することで、前記細胞集合体が前記改質ポリ乳酸部分を包み込んでなる部分及び/又は前記改質ポリ乳酸部分が前記細胞集合体を包み込んでなる部分が形成される、[6]記載の方法。
【0011】
[8] [4]~[7]の何れか1項記載の方法により製造される、物品。
[9] [4]~[7]の何れか1項記載の方法により製造される、[1]~[3]の何れか1項記載の物品。
【0012】
[10] 改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、前記薄膜上の細胞集合体とを含む複合体であって、
前記薄膜は、[1]~[3]、[8]、[9]の何れか1項記載の物品における改質ポリ乳酸部分である、複合体。
[11] 前記薄膜は、前記物品から前記改質ポリ乳酸部分が剥離されたものである、[10]記載の複合体。
[12] 前記細胞集合体が前記薄膜を包み込んでなる部分及び/又は前記薄膜が前記細胞集合体を包み込んでなる部分を有する、[10]又は[11]記載の複合体。
[13] 再生医療、創薬用スクリーニング、検査用キット、及びバイオデバイスからなる群より選択される少なくとも1つに用いられる、[10]~[12]の何れか1項記載の複合体。
【0013】
[14] 改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、前記薄膜上の細胞集合体とを含む複合体を製造する方法であって、
改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品における前記改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種する細胞播種工程、及び
前記改質ポリ乳酸部分の表面上において、播種された前記細胞を増殖して前記細胞集合体を形成する細胞増殖工程を含み、
前記改質ポリ乳酸部分上に形成された前記細胞集合体が前記物品から前記改質ポリ乳酸部分を薄膜として剥離することで、前記細胞集合体が前記薄膜を包み込んでなる部分が形成される、方法。
[15] 改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、前記薄膜上の細胞集合体とを含む複合体を製造する方法であって、
改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品における前記改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種する細胞播種工程、及び
前記改質ポリ乳酸部分の表面上において、播種された前記細胞を増殖して前記細胞集合体を形成する細胞増殖工程を含み、
前記物品は、[1]~[3]、[8]、[9]の何れか1項記載の物品であり、前記薄膜は、前記物品における改質ポリ乳酸部分である、方法。
[16] 前記改質ポリ乳酸部分上に形成された前記細胞集合体が前記物品から前記改質ポリ乳酸部分を薄膜として剥離する、[15]記載の方法。
[17] 前記改質ポリ乳酸部分上に形成された前記細胞集合体が前記物品から前記改質ポリ乳酸部分を薄膜として剥離することで、前記細胞集合体が前記薄膜を包み込んでなる部分及び/又は前記薄膜が前記細胞集合体を包み込んでなる部分が形成される、[15]記載の複合体。
[18] 改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品を作製する物品作製工程を前記細胞播種工程の前にさらに含む、[14]~[17]の何れか1項記載の方法であって、
前記物品の作製は、前記薄膜に相当する改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品を製造する[4]~[7]の何れか1項記載の方法により行う、方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、薄膜を含む物品上で培養した細胞集合体が薄膜を包むこともできる技術、及び/又は、ひだ状や突起状のような生体組織の形態に類似の立体的な細胞シートを得る技術、さらに、これら細胞の培養基材として使用できる薄膜及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例1のLETを示す図である。
図2】実施例3の顕微鏡写真を示す図である。
図3】実施例4の顕微鏡写真を示す図である。
図4】実施例5の顕微鏡写真を示す図である。
図5】実施例6の顕微鏡写真を示す図である。
図6】実施例6の顕微鏡写真を示す図である。
図7】実施例6の顕微鏡写真を示す図である。
図8】実施例6の顕微鏡写真を示す図である。
図9】比較例1のLETを示す図である。
図10】比較例2のLETを示す図である。
図11】比較例2の顕微鏡写真を示す図である。
図12】比較例3のLETを示す図である。
図13】実施例7の顕微鏡写真を示す図である。
図14】比較例4の顕微鏡写真を示す図である。
図15】実施例9、比較例6、7の水に対する接触角を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について詳述する。
【0017】
≪改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品≫
本発明の物品は、改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品である。
本明細書において、「改質ポリ乳酸部分」は、改質ポリ乳酸を主成分とする部分である。「改質ポリ乳酸部分」は、ポリ乳酸を主成分とする被改質部分が改質されたものであってよい。本明細書において、改質ポリ乳酸とは異なるポリ乳酸、例えば、市販のポリ乳酸のように通常のないし一般的なポリ乳酸、又は、改質前、未改質ないし被改質のポリ乳酸を単に「ポリ乳酸」又は「被改質ポリ乳酸」ともいう。
【0018】
本明細書において、改質ポリ乳酸又はポリ乳酸を「主成分とする」とは、改質ポリ乳酸又はポリ乳酸を70質量%以上含むことをいい、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上、さらにより好ましくは98質量%以上であり、実質的に改質ポリ乳酸又はポリ乳酸からなるものであってもよく、改質ポリ乳酸又はポリ乳酸を100質量%含むものであってもよい。
【0019】
本明細書において、ポリ乳酸は、一般に、乳酸がエステル結合で重合してなる高分子(乳酸の重合体、乳酸ポリマー)であり、生分解性プラスチック、バイオプラスチック等として市販されているものを使用することができる。ポリ乳酸は、一般に、-[OCH(CH)C(=O)]-(n=30~10,000)で表される繰返し単位を有するポリマーである。本明細書において、ポリ乳酸を繰返し単位の組成式Cで表す場合がある。
ポリ乳酸の密度は、特に限定されないが、通常、1.2~1.35g/cmであり、好ましくは1.23~1.3g/cmであり、より好ましくは1.26g/cmである。
【0020】
改質ポリ乳酸部分に含まれる改質ポリ乳酸は、好ましくは、改質ポリ乳酸部分として後述の特性(a)~(c)を満たし、より好ましくは、少なくとも改質ポリ乳酸部分の表層において後述の特性(a)~(c)を満たす。改質ポリ乳酸は、被改質ポリ乳酸、具体的には未改質のポリ乳酸に比べ、親水性が増し、C=C結合(炭素-炭素二重結合)が形成された部分を有し、また、炭素原子によるグラファイト構造若しくはグラファイト構造に類似した構造も有していると推測される。
【0021】
改質ポリ乳酸部分は、少なくともその表層において、後述の特性(a)~(c)を満たすので、少なくとも細胞接着性に優れ、好ましくはさらに、その表面上における細胞増殖性にも優れ、より好ましくはさらに、その表面上に細胞集合体を付着した状態で薄膜として物品(母材)から自ずと剥離できる剥離性ないし薄膜化にも優れる。
【0022】
従って、本発明の物品は、改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞集合体を形成するために好適に用いることができる。典型的には、改質ポリ乳酸部分の表面上、具体的には、表面に改質ポリ乳酸部分を含む物品の当該改質ポリ乳酸部分を含む表面上に(本明細書において、以降、単に「改質ポリ乳酸部分の表面上」ともいう。)、細胞を播種してインキュベートないし細胞増殖を行うことにより、細胞集合体を当該表面上に形成することができる。そして、細胞集合体の形成、ないし、増殖による細胞数の増加につれ、改質ポリ乳酸部分は、細胞を接着した状態で薄膜として物品(母材)から自ずと(自然に、又は自動的に)剥離することができる。本明細書において、この薄膜としての剥離を「薄膜化」ともいい、また、このように薄膜として剥離できる性質を「剥離性」ともいう。この薄膜化ないし剥離性は、細胞の牽引力によると考えられる。細胞の牽引力は、例えば、上述の非特許文献5に記載された力である。
物品(母材)から剥離した、改質ポリ乳酸部分を含む薄膜(ないし改質ポリ乳酸部分を主成分とする薄膜)と、その表面上に付着した細胞集合体とを含む複合体としては、例えば、細胞集合体が改質ポリ乳酸部分を包み込んでなる部分及び/又は改質ポリ乳酸部分が細胞集合体を包み込んでなる部分を含むことができる。かかる複合体については後述する。
【0023】
本発明の物品は、改質ポリ乳酸部分が、少なくともその表層において、下記特性(a)~(c)を全て満たすものである。本明細書において、上述の(a)~(c)をそれぞれ「特性(a)」、「特性(b)」、「特性(c)」ともいう。
【0024】
<特性(a)>
特性(a)は、「水に対する接触角が50°以上75°以下であること」である。
改質ポリ乳酸部分の水に対する接触角がかかる範囲内である場合、適度な親水性が得られ、改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種し、インキュベートないし増殖する場合に細胞接着性に優れ、好ましくはさらに、その表面上における細胞増殖性にも優れ、より好ましくはさらに、改質ポリ乳酸部分が薄膜として物品(母材)から剥離する際及び剥離後において当該改質ポリ乳酸部分上の細胞集合体との付着性にも優れる。尚、被改質ポリ乳酸、具体的には未改質のポリ乳酸の水に対する接触角は、78°程度である。
【0025】
改質ポリ乳酸部分の水に対する接触角の下限値は、好ましくは50°以上、より好ましくは55°以上、さらに好ましくは60°以上であり、また、上限値は、好ましくは75°以下、より好ましくは70°以下、さらに好ましくは67°以下、さらにより好ましくは66°以下、特に好ましくは65°以下であり、さらにより好ましくは63°以下、特により好ましくは63°である。
【0026】
特性(a)の水に対する接触角は、いわゆる、ぬれ性の程度を示すパラメータであり、静的液滴法により測定することができる。
【0027】
<特性(b)>
特性(b)は、「元素分析により得られる、酸素原子数(O)に対する炭素原子数(C)の比(C/O)が2以上4以下であること」である。本明細書において、かかる「元素分析により得られる、酸素原子数(O)に対する炭素原子数(C)の比(C/O)」を「C/O値」と略記する場合がある。
【0028】
改質ポリ乳酸部分のC/O値がかかる範囲内である場合、被改質ポリ乳酸、具体的には未改質のポリ乳酸に比べ、C=C結合(炭素-炭素二重結合)の形成や、架橋部分や、炭素原子によるグラファイト構造若しくはグラファイト構造に類似した構造の量が適度であると推測される。尚、被改質ポリ乳酸、具体的には未改質のポリ乳酸のC/O値は、理論上は1.5であるが、実際には1.6と測定される。
【0029】
改質ポリ乳酸部分のC/O値の下限値は、好ましくは2.0以上、より好ましくは2.3以上、さらに好ましくは2.5以上であり、また、上限値は、好ましくは4.0以下、より好ましくは3.5以下、さらに好ましくは3以下であり、特に好ましくは2.8である。
【0030】
特性(b)のC/O値は、元素分析として具体的にはX線光電子分光分析(XPS分析)を用い、元素比計算の方法により評価される値である。
【0031】
<特性(c)>
特性(c)は、「元素分析により得られる、C-C結合数又はC-H結合数(C-C又はC-H)に対するC=C結合数(C=C)の比((C=C)/(C-C又はC-H))が0.1以上2以下であること」である。本明細書において、かかる「元素分析により得られる、C-C結合数又はC-H結合数(C-C又はC-H)に対するC=C結合数(C=C)の比((C=C)/(C-C又はC-H))」を「(C=C)/(C-C又はC-H)値」と略記する場合がある。
【0032】
改質ポリ乳酸部分の(C=C)/(C-C又はC-H)値がかかる範囲内である場合、被改質ポリ乳酸、具体的には未改質のポリ乳酸に比べ、C=C結合(炭素-炭素二重結合)の形成や、架橋部分や、炭素原子によるグラファイト構造若しくはグラファイト構造に類似した構造の量が適度であると推測される。尚、被改質ポリ乳酸、具体的には未改質のポリ乳酸の(C=C)/(C-C又はC-H)値は、理論上はゼロ(0)であるが、実際には測定不可である。
【0033】
改質ポリ乳酸部分の(C=C)/(C-C又はC-H)値の下限値は、好ましくは0.1以上、より好ましくは0.3以上、さらに好ましくは0.4以上であり、さらにより好ましくは0.5以上であり、また、上限値は、好ましくは2.0以下、より好ましくは1.5以下、さらに好ましくは1.0以下であり、さらにより好ましくは0.5である。
【0034】
特性(c)の(C=C)/(C-C又はC-H)値は、元素分析として具体的にはX線光電子分光分析(XPS分析)を用い、化学結合状態比計算の方法により評価される値である。
【0035】
<物品について、その他>
改質ポリ乳酸部分は、好ましくは厚さが800nm未満である。改質ポリ乳酸部分の厚さがかかる範囲内である場合、改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種してインキュベートないし細胞増殖を行う場合、細胞集合体の形成につれ、改質ポリ乳酸部分は、細胞を接着した状態で薄膜として物品(母材)から自ずと剥離しやすく、好ましくはさらに、細胞集合体とともに安定した複合体を形成しやすい。
【0036】
改質ポリ乳酸部分の厚さの下限値は、好ましくは100nm以上、より好ましくは130nm以上、さらに好ましくは150nm以上であり、また、上限値は、好ましくは800nm未満、より好ましくは400nm以下、さらに好ましくは200nm以下、さらにより好ましくは165nm以下であり、特に好ましくは165nmである。
【0037】
改質ポリ乳酸部分は、後述のイオンビーム照射に際し金属マスクを使用すること等により、パターン化されていてもよい。パターン化されている場合、物品の表面は、改質ポリ乳酸部分と非改質ポリ乳酸部分とを含み、改質ポリ乳酸部分と非改質ポリ乳酸部分とからパターンを形成している。非改質ポリ乳酸部分は、好ましくは未改質のポリ乳酸部分である。かかるパターン化された物品の表面全体に細胞を播種してインキュベートないし細胞増殖を行う場合、細胞は非改質ポリ乳酸部分よりも改質ポリ乳酸部分に優先的に接着性、さらには増殖性を示し、改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞が接着したまま剥離してパターン化された細胞集合体を得ることもできる。
【0038】
本発明の物品は、ポリ乳酸を含み、且つ、特性(a)~(c)の少なくとも何れかを満たさない部分をさらに含むことが好ましく、本明細書において、かかる部分を、上述の改質ポリ乳酸部分とは異なる部分という意味で「非改質ポリ乳酸部分」ともいう。すなわち、本発明の物品は、改質ポリ乳酸部分と非改質ポリ乳酸部分とを含むことが好ましい。
非改質ポリ乳酸部分は、好ましくは、被改質ポリ乳酸、例えば未改質のポリ乳酸部分であってもよいし、特性(a)~(c)の少なくとも何れかを満たさないが被改質ポリ乳酸(未改質のポリ乳酸等)とは異なる性質を有する準改質ポリ乳酸部分であってもよく、より好ましくは、被改質ポリ乳酸(例えば未改質のポリ乳酸部分)と準改質ポリ乳酸部分とを両方含む。
【0039】
未改質のポリ乳酸部分は、未改質ポリ乳酸を主成分とするものであり、さらに、後述の「ポリ乳酸を主成分とする被改質部分」と同じものであってもよく、通常、後述のイオンビームが照射されない部分である。
未改質のポリ乳酸部分の厚さは特に限定されないが、物品中の改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種してインキュベートないし細胞増殖を行う場合における改質ポリ乳酸部分の剥離性の観点で、例えば、100nm以上であり、好ましくは150nm以上、より好ましくは200nm以上、さらに好ましくは300nm以上であり、また、上限値は、例えば、5mm以下であり、好ましくは1mm以下、より好ましくは500μm以下、さらにより好ましくは1000μm以下であり、500μm以下や1000nm以下であってもよい。
【0040】
準改質ポリ乳酸部分は、特性(a)~(c)を全て満たすまでには至らないが、好ましくは、未改質のポリ乳酸部分ないし後述の「ポリ乳酸を主成分とする被改質部分」がイオンビーム照射により改質されたものである。準改質ポリ乳酸部分は、ポリ乳酸を含み、且つ、特性(a)~(c)の全ては満たさないが少なくとも何れかを満たすものであってもよい。
【0041】
準改質ポリ乳酸部分は、好ましくは、未改質のポリ乳酸部分と改質ポリ乳酸部分との間に存在し、より好ましくは、未改質のポリ乳酸部分と改質ポリ乳酸部分との間に存在し、且つ、改質ポリ乳酸部分の下層として改質ポリ乳酸部分に接している。本実施態様の物品は、準改質ポリ乳酸部分を有することにより、例えば、水に浸漬する場合、改質ポリ乳酸部分が薄膜として物品(母材)から剥離されることが容易になり、また、物品中の改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種してインキュベートないし細胞増殖を行う場合、改質ポリ乳酸部分が細胞を接着した状態で薄膜として物品(母材)から細胞の牽引力により剥離されることが容易になると考えられる。
【0042】
準改質ポリ乳酸部分は、改質ポリ乳酸部分の剥離性の観点で、好ましくは、厚さが5nm以上100nm以下であり、その下限値は、より好ましくは10nm以上、さらに好ましくは20nm以上であり、また、上限値は、より好ましくは80nm以下、さらに好ましくは50nm以下である。
【0043】
≪改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品の製造方法≫
上述の改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品は、ポリ乳酸を主成分とする被改質部分に上述の(1)~(3)を全て満たす条件でイオンビームを照射することにより改質ポリ乳酸部分を作製することを含む方法により、製造することができる。本明細書において、上述の(1)~(3)をそれぞれ「イオンビーム照射条件(1)」、「イオンビーム照射条件(2)」、「イオンビーム照射条件(3)」ともいう。
【0044】
ポリ乳酸を主成分とする被改質部分は、改質ポリ乳酸とは異なるポリ乳酸、例えば、市販のポリ乳酸のように通常のないし一般的なポリ乳酸、又は、改質前、未改質ないし被改質のポリ乳酸を主成分とする部分であり、好ましくは、市販のポリ乳酸のように通常のないし一般的なポリ乳酸や、未改質のポリ乳酸を主成分とする部分である。かかる被改質部分は、イオンビームを照射する対象である。本明細書において、かかる「ポリ乳酸を主成分とする被改質部分」を単に「被改質部分」ともいう。イオンビームの照射は、好ましくは、少なくとも表面の一部又は全部に被改質部分を含む試料(例えば、ポリ乳酸試料、物品、基体、基板、シート、フィルム等)の当該被改質部分の一部又は全部に対して行う。かかる被改質部分を表面に含みイオンビーム照射対象になる試料は、表面のみならず全部が被改質部分であってもよく、また、当該試料の厚さは、好ましくは改質ポリ乳酸部分ないし薄膜の厚さ以上であれば特に限定されないが、例えば、100nm以上であり、好ましくは150nm以上、より好ましくは200nm以上、さらに好ましくは300nm以上、さらにより好ましくは500nm以上であり、また、上限値は、例えば、5mm以下、好ましくは1mm以下、より好ましくは500μm以下である。
【0045】
イオンビームを照射する手段としては特に限定されず、例えば、イオン注入が挙げられる。注入されたイオンは、例えば実施例1に示されるように、試料表面から試料内部に所定距離まで侵入し、イオン化や励起等の電子的相互作用(電子的阻止能、電子的LET;LET)、及び原子核との相互作用(核的阻止能、核的LET;LET)の2種によってポリ乳酸にエネルギーを付与することができ、その結果、改質ポリ乳酸ないし改質ポリ乳酸部分を得ることができる。
【0046】
イオンビームは、試料表面に対して斜めの方向から照射してもよいが、エネルギー効率等の観点で、垂直方向から照射することが好ましく、試料表面に対して、例えば垂直±20°以内の入射角、好ましくは垂直±10°以内の入射角、より好ましくは垂直±5°以内の入射角で照射し、さらにより好ましくは試料表面に対して垂直に照射する。
【0047】
<イオンビーム照射条件(1)>
イオンビーム照射条件(1)は、「イオンビームが飛跡に沿って物質に与える線エネルギー付与(LET)について、被改質部分の表面において、電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きく、且つ、電子的LET(LET)が110eV/nm超であること」である。
被改質部分の表面において電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きいことにより、ポリ乳酸の改質の程度を適度に行うことができる。また、被改質部分の表面において電子的LET(LET)が110eV/nm超であることにより、ポリ乳酸の改質の程度を適度に行うことができ、また、下記イオンビーム照射条件(2)を容易に充足しやすい。
【0048】
被改質部分の表面における電子的LET(LET)は、核的LET(LET)よりも、好ましくは1倍以上、より好ましくは1.5倍以上、さらに好ましくは2倍以上大きく、又は、核的LET(LET)よりも、好ましくは20eV/nm以上、より好ましくは50eV/nm以上、さらに好ましくは100eV/nm以上大きく、また、核的LET(LET)との上記差異の上限値としては、例えば30倍以下であり、好ましくは20倍以下、より好ましくは10倍以下であり、又は、例えば400eV/nm以下であり、好ましくは300eV/nm以下、より好ましくは200eV/nm以下である。また、被改質部分の表面における電子的LET(LET)は、好ましくは120eV/nm以上、より好ましくは150eV/nm超、さらに好ましくは190eV/nm以上であり、上限値は、例えば400eV/nm以下であり、好ましくは300eV/nm以下、より好ましくは200eV/nm以下である。
【0049】
本明細書において、被改質部分の表面における電子的LET(LET)及び核的LET(LET)は、SRIMコードを用いて計算される値である。
【0050】
<イオンビーム照射条件(2)>
イオンビーム照射条件(2)は、「被改質部分の表面から厚さ方向のイオンビームの飛程が100nm以上800nm未満であること」である。
イオンビームの飛程がかかる範囲内である場合、適切な厚さの改質ポリ乳酸部分を得ることができる。
【0051】
イオンビームの飛程とは、試料に侵入したイオンの通った軌跡であり、試料表面に対して垂直にイオンビームを照射する場合、試料内部においてイオンが到達する最遠位置までの試料表面からの垂直距離ないし深さと等しいが、試料表面に対して垂直でなく斜めの方向からイオンビームを照射する場合、試料内部においてイオンが到達する最遠位置までの試料表面からの垂直距離ないし深さは投影飛程となり、イオンビーム照射条件(2)におけるイオンビームの飛程とは異なる。
本明細書において、イオンビームの飛程は、SRIMコードを用いて計算される値である。
【0052】
イオンビーム照射条件(2)におけるイオンビームの飛程の下限値は、好ましくは100nm以上、より好ましくは140nm以上、さらに好ましくは170nm以上であり、また、上限値は、好ましくは800nm未満、より好ましくは400nm以下、さらに好ましくは200nm以下であり、特に好ましくは180nmである。
【0053】
<イオンビーム照射条件(3)>
イオンビーム照射条件(3)は、「単位面積当たりの照射イオン数(フルエンス;F[単位:ions/cm])が2.9×1013 < F < 2.9×1014を満たすこと」である。
単位面積当たりの照射イオン数がかかる範囲内である場合、ポリ乳酸の改質の程度を適度に行うことができる。
単位面積当たりの照射イオン数は、イオンビーム照射に際し、イオンビーム照射装置で設定できる。
【0054】
イオンビーム照射条件(3)における単位面積当たりの照射イオン数の下限値は、好ましくは3.0×1013 ions/cm以上、より好ましくは5.0×1013 ions/cm以上、さらに好ましくは7.0×1013 ions/cm以上であり、また、上限値は、好ましくは2.8×1014 ions/cm以下、より好ましくは2.0×1014 ions/cm以下、さらに好ましくは1.4×1014 ions/cm以下である。
【0055】
以上のイオンビーム照射条件(1)~(3)を全て満たすイオンビームは、照射するイオンの質量、イオン加速エネルギー(単位:eV)、照射イオン数を調整することにより選択でき、例えば、Nイオンビーム、C+イオンビーム、O+イオンビーム等を用いることができ、なかでも、Nイオンビームが好ましい。かかるNイオンビームのイオン加速エネルギーの下限値は、例えば30keV以上、好ましくは40keV以上、より好ましくは45keV以上であり、また、上限値は、例えば230keV以下、好ましくは200keV以下、より好ましくは100keV以下であり、さらにより好ましくは50keVである。
イオンビーム照射条件(1)~(3)を全て満たすイオンビームは、Nイオンビームの他にも例えば、36~220keVのC+イオンビーム、34~265keVのO+イオンビーム等を用いることができる。
【0056】
例えば、下記イオンビームは、イオンビーム照射条件(1)~(3)のうち少なくとも何れかを満たさないと考えられ、使用するイオンビームから除くのが好ましい。
50keVのArイオンビーム(1.0×1014~1.0×1015 ions/cm
50keVのHイオンビーム(1.0×1013~1.0×1015 ions/cm
150keVのHイオンビーム(1.0×1013~1.0×1015 ions/cm
50~150keVのHeイオンビーム(1.0×1014~1.0×1015 ions/cm
50~150keVのKrイオンビーム(1.0×1013~1.0×1015 ions/cm
50keVのN イオンビーム(1.0×1013~1.0×1015 ions/cm
250keVのNイオンビーム(1×1014 ions/cm
【0057】
以上の方法により製造される物品もまた、本発明の一つである。かかる物品としては、上述の特性(a)~(c)を全て満たす物品が好ましいが、必ずしも特性(a)~(c)の全ては満たさないが少なくとも何れかを満たすものであってもよい。
【0058】
≪改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、細胞集合体とを含む複合体≫
改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、当該薄膜上の細胞集合体とを含む複合体であって、当該薄膜は、上述の物品における改質ポリ乳酸部分である、複合体もまた、本発明の一つである。
かかる複合体は、好ましくは、当該複合体に含まれる上記薄膜が上述の物品(母材)から改質ポリ乳酸部分が剥離されたものであり(従って、当該薄膜や上記複合体は、好ましくは、上述の非改質ポリ乳酸部分(準改質ポリ乳酸部分、被改質ポリ乳酸(例えば未改質のポリ乳酸部分))を含まない。)、かかる剥離は当該薄膜上の細胞集合体の細胞の牽引力によると考えられる。
【0059】
複合体は、細胞集合体が改質ポリ乳酸部分ないし当該薄膜を包み込んでなる部分、及び/又は、改質ポリ乳酸部分ないし当該薄膜が細胞集合体を包み込んでなる部分を有することができる。かかる部分における改質ポリ乳酸部分は、上記薄膜として、ないし上記薄膜に含まれるものとして、存在してよい。なかでも、細胞集合体が改質ポリ乳酸部分ないし当該薄膜を包み込んでなる態様は、従来報告されていない。改質ポリ乳酸部分は、細胞集合体との複合体において、ゲル状でなく非流動性の固形ないし固体であることが可能であり、改質ポリ乳酸部分と細胞集合体とを含む複合体は形状持続性を有することができる。
【0060】
複合体は、例えば、再生医療、創薬用スクリーニング、検査用キット、及びバイオデバイスからなる群より選択される少なくとも1つに好適に用いることができる。例えば、複合体を皮膚、神経、肝臓、腎臓、筋肉等の代替として用いる等、複合体を再生医療に用いることを含む治療方法もまた、本発明の一つである。
【0061】
細胞集合体を構成する細胞、ないし播種する細胞としては、特に限定されず、例えば、MDCK(イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来)、3T3(マウスの胎児皮膚線維芽細胞由来)、HeLa(ヒト子宮頸がん由来)、心筋細胞、乳癌細胞、乳腺癌細胞、脳腫瘍細胞、膵臓癌細胞、iPS細胞、ES細胞、MUSE細胞、幹細胞、神経細胞、血球細胞、筋芽細胞等の市販や研究用等の各種細胞;ヒトや動物等から採取された各種組織の細胞等が挙げられる。細胞を採取する対象としては特に限定されず、例えば、ヒト、哺乳動物等の哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類等の動物等が挙げられ、生体が好ましい。生体から採取した細胞を改質ポリ乳酸部分上に播種して細胞集合体を形成させ、改質ポリ乳酸部分とともに複合体として再生医療に好適に用いることができる。
【0062】
≪改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、細胞集合体とを含む複合体の製造方法≫
改質ポリ乳酸を主成分とする薄膜と、薄膜上の細胞集合体とを含む複合体を製造する方法もまた、本発明の一つである。この複合体としては、好ましくは上述の複合体である。
複合体の製造方法は、改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品における当該改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種する細胞播種工程、及び、当該改質ポリ乳酸部分の表面上において、播種された上記細胞を増殖して細胞集合体を形成する細胞増殖工程を含む。
細胞としては上述の細胞を用いることができる。
【0063】
細胞播種工程に供される物品としては、改質ポリ乳酸を主成分とする改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品が好ましく、改質ポリ乳酸部分は、通常、細胞を播種する段階においては物品から剥離ないし分離しておらず、後工程の細胞増殖に伴い、薄膜として剥離する(すなわち、薄膜化する)。
かかる物品は、好ましくは、上述の物品の製造方法により製造される物品、又は、上述の特性(a)~(c)を全て満たす物品であり、当該物品における改質ポリ乳酸部分が薄膜に相当(該当)する。その場合、複合体の製造方法は、細胞播種工程の前において、細胞を播種する対象である物品を細胞播種とは非連続的及び/又は別の場所等で調製する等により、物品を提供ないし用意する工程をさらに含んでもよいし、又は、改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品を作製する物品作製工程をさらに含んでもよい。後者の物品作製工程ないし物品の作製は、薄膜に相当する改質ポリ乳酸部分を表面に含む物品を製造する上述の物品の製造方法により行うことができる。
【0064】
細胞を播種する方法としては特に限定されないが、例えば、細胞を播種する対象である物品の少なくとも、改質ポリ乳酸を主成分とする部分(改質ポリ乳酸部分)の表面上に細胞を播種すればよく、物品の表面に改質ポリ乳酸部分以外の非改質ポリ乳酸部分が存在する場合、改質ポリ乳酸部分のみならず非改質ポリ乳酸部分の表面上にも細胞を播種することでもよい。非改質ポリ乳酸部分の表面上にも細胞を播種する場合であっても、細胞は非改質ポリ乳酸部分よりも改質ポリ乳酸部分に優先的に接着性、さらには増殖性を示し、改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞が接着したまま剥離してパターン化された細胞集合体を得ることもできる。
【0065】
少なくとも改質ポリ乳酸部分の表面上に細胞を播種する方法としては、特に限定されないが、例えば、500細胞/cm以上100000細胞/cm以下となるように細胞を播種すればよく、その下限値は、好ましくは1000細胞/cm以上、より好ましくは1500細胞/cm以上、さらに好ましくは2000細胞/cm以上であり、また、上限値は、好ましくは80000細胞/cm以下、より好ましくは60000細胞/cm以下、さらに好ましくは50000細胞/cm以下である。
【0066】
細胞増殖工程としては、細胞増殖が可能な方法であれば特に限定されないが、例えば、36℃以上38℃以下の温度において、30分以上168時間以下インキュベートする。また、インキュベートないし細胞増殖の時間の下限値は、好ましくは1時間以上、より好ましくは2時間以上であり、また、上限値は、好ましくは120時間以下、より好ましくは72時間以下である。
【0067】
改質ポリ乳酸部分上に形成された細胞集合体が物品(母材)から当該改質ポリ乳酸部分を薄膜として剥離することにより、好ましくは、当該細胞集合体が改質ポリ乳酸部分ないし当該薄膜を包み込んでなる部分が形成され、及び/又は、改質ポリ乳酸部分ないし当該薄膜が当該細胞集合体を包み込んでなる部分が形成される。なかでも、細胞集合体が改質ポリ乳酸部分ないし当該薄膜を包み込んでなる態様は、従来報告されていないことは上述のとおりである。薄膜の物品(母材)からの剥離は、上述の細胞の牽引力によると考えられる。
【実施例0068】
以下、実施例を記載する。下記実施例は、請求の範囲に関する理解を深めるために記載しているものであり、請求の範囲を限定することを意図するものではない。
【0069】
実施例1 線エネルギー付与(LET)の検証(1)
SRIMコードを用いて計算した、ポリ乳酸試料(C、密度1.26g/cm)に照射した場合の50keVのNイオンビームのLETを図1に示す。
【0070】
図1から、イオンが試料表面から約180nmまで侵入し、イオン化や励起等の電子的相互作用(電子的阻止能、電子的LET;LET)、及び原子核との相互作用(核的阻止能、核的LET;LET)の2種によってポリ乳酸にエネルギーを付与することがわかる。
【0071】
実施例2 イオンビーム照射による特性変化
ポリ乳酸(C、密度1.26g/cm)と、50keVのNイオンビームを1×1014 ions/cm照射して得られた改質ポリ乳酸部分との特性を以下のように評価した。結果を表1に示す。
(1)水に対する接触角
水に対する接触角は、評価対象の表面に対して超純水液滴(2.0μL)を滴下して、着滴直後における接触角を接触角計(協和界面科学製、製品名「FACE CA-V」)を用いて測定した。
(2)X線光電子分光分析(XPS分析)
XPS分析により、酸素原子数(O)に対する炭素原子数(C)の比(炭素原子数/酸素原子数;C/O)、及び、C-C結合数又はC-H結合数(C-C又はC-H)に対するC=C結合数(C=C)の比((C=C)/(C-C又はC-H))を測定した。
(3)細胞接着率
細胞接着率は、未照射のポリ乳酸、又は改質ポリ乳酸部分の各表面上に3000細胞/cmとなるように細胞播種し、37℃で1時間インキュベートした後、基材をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄し、洗浄前後の細胞数から算出した。細胞数は染色し蛍光画像よりカウントした。用いた細胞はMDCK(イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来)、3T3(マウスの胎児皮膚線維芽細胞由来)、HeLa(ヒト子宮頸がん由来)の3種である。
【0072】
【表1】
【0073】
表1から、改質ポリ乳酸部分は、親水性が増すとともにC=C結合が形成され、何れの細胞種でも接着性が向上することがわかった。また、改質ポリ乳酸部分は、炭素原子数/酸素原子数(C/O)がイオンビーム照射前の1.6(理論上は1.5)から2.8に上がったことから、架橋や炭化したことがわかる。
【0074】
実施例3 パターニングされた細胞シートの作製
ポリ乳酸(C、密度1.26g/cm)に対し、イオンビーム照射時に金属マスクを用いて照射部と非照射部のパターニングを行うこと以外は実施例2と同じ照射条件でイオンビームを照射した後、得られた基材のパターン全体(未照射部分と照射部分とを含む)の表面上に50000細胞/cmとなるようにMDCK細胞を播種し、37℃で2時間インキュベートした後、基材をPBSで洗浄し、顕微鏡により細胞の接着の程度を観察した。顕微鏡写真を図2に示す。図2には、比較のため細胞播種前の顕微鏡写真も示す。
【0075】
図2から、イオンビーム照射後の改質ポリ乳酸部分(「+」部)に細胞が優先的に接着することがわかった。
【0076】
実施例4 HeLa細胞の播種後の皺形成
実施例2と同じ照射条件でイオンビームを照射して得られた改質ポリ乳酸部分の表面上に2000細胞/cmとなるようにHeLa細胞を播種し、37℃で2時間インキュベートした後、顕微鏡で観察した。顕微鏡写真を図3に示す。
図3から、細胞周囲の薄膜(改質ポリ乳酸部分)が変形し、皺が観察されることがわかった。この薄膜の変形ないし皺の形成は、細胞の牽引力によると考えられる。
【0077】
実施例5 MDCK細胞播種後の経時変化
実施例3と同じ照射条件でイオンビームを照射しパターニングして得られた改質ポリ乳酸部分の表面上に20000細胞/cmとなるようにMDCK細胞を播種し、37℃でインキュベートし、播種後1時間、3時間及び6時間のそれぞれの細胞を顕微鏡で観察した。顕微鏡写真を図4に示す。
図4から、時間の経過とともに、細胞が薄膜を変形させ、徐々に改質領域の端から剥がしていく様子が分かる。
【0078】
実施例6 MDCK細胞の立体構造形成の観察
実施例3と同じ照射条件でイオンビームを照射しパターニングして得られた改質ポリ乳酸部分の表面上に20000細胞/cmとなるようにMDCK細胞を播種し、37℃で3日間インキュベートし、細胞を顕微鏡で観察した。顕微鏡写真を図5に示す。
図5から、MDCK細胞播種後3日間で形成したサブミリ~センチメートルの巨大な細胞集合体((a)及び(b))が形成されたことがわかる。
細胞播種の1日後に固定して染色した、基材中心付近のパターン部に形成した細胞集合体のXY断面の顕微鏡像を、染色により細胞核、アクチン及び薄膜のそれぞれに分けたものと、これらを合わせた全体像(Merge)として図6に、細胞播種の3日後に同様に染色した細胞集合体の断面の顕微鏡像を図7に示す。図7(a)はXY断面、図7(b)はXZ断面である。図6及び図7から、細胞(アクチンと細胞核)が薄膜をつまむようにして折り畳み、ひだ状や突起状の立体構造を作り上げていることが分かる。
【0079】
また、細胞播種の1日後に固定して染色した、基材周縁部付近のパターン部に形成した細胞集合体の断面の顕微鏡像を図6及び図7と同様に全体像(Merge)と細胞核、アクチン及び薄膜に分けて図8に示す。図8(a)はXY断面、図8(b)はXZ断面である。
図8から、図6及び図7とは表裏が逆となり、薄膜が細胞(アクチンと細胞核)を包み込むようにして筒状の立体構造を作り上げていることが分かる。
【0080】
<イオンビームの照射条件の検証>
比較例1 線エネルギー付与(LET)の検証(2)
SRIMコードを用いて計算した、ポリ乳酸試料(C、密度1.26g/cm)に下記照射条件(a)~(d)で照射した場合のLETを図9(a)~(d)に示す。図9(a)は下記照射条件(a)の場合、図9(b)は下記照射条件(b)の場合、図9(c)は下記照射条件(c)の場合、図9(d)は下記照射条件(d)の場合である。
(a)50keVのHイオンビーム
(b)50keVのHeイオンビーム
(c)150keVのKrイオンビーム
(d)50keVのArイオンビーム
【0081】
図9(a)から、上記照射条件(a)の場合、イオンが試料表面から約680nmまで侵入し、試料(被改質部分)の表面において、電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きいが、LETが約100eV/nmと低すぎることがわかる。
図9(b)から、上記照射条件(b)の場合、イオンが試料表面から約560nmまで侵入し、試料(被改質部分)の表面において、電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きいが、LETが約110eV/nmと低すぎることがわかる。
【0082】
図9(c)から、上記照射条件(c)の場合、イオンが試料表面から約130nmまで侵入し、試料(被改質部分)の表面において電子的LET(LET)が約300eV/nmであるが、試料の表面において核的LET(LET)がLETよりも大きいことがわかる。
図9(d)から、上記照射条件(d)の場合、試料(被改質部分)の表面において電子的LET(LET)が約200eV/nmであるが、イオンが試料表面から約80nmしか侵入せず、また、試料の表面において核的LET(LET)がLETよりも大きいことがわかる。
【0083】
比較例2 イオンビームの飛程の検証(1)
SRIMコードを用いて計算した、ポリ乳酸試料(C、密度1.26g/cm)に照射した250keVのNイオンビームのLETを図10に示す。また、このイオンビームを照射した表面(改質ポリ乳酸部分)にMDCK細胞を20000細胞/cmとなるように播種して37℃で3日間インキュベートした後の細胞の顕微鏡写真を図11に示す。
【0084】
図10から、試料(被改質部分)の表面において、電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きく、且つ、LETが約340eV/nmであるが、イオンが試料表面から約800nmまで侵入することがわかる。
図11から、細胞はよく接着しているが、薄膜が剥離せず、細胞周囲に皺も見られないことがわかる。
【0085】
以上から、イオンビーム照射条件(1)及び(3)を満たす場合であっても、イオンビーム照射条件(2)を満たさない場合には、イオンビームを照射した表面(改質ポリ乳酸部分)に細胞を播種し3日間増殖を試みても改質ポリ乳酸部分が薄膜として剥離せず、従って、細胞集合体と薄膜とで立体構造を形成することもないことがわかった。
【0086】
比較例3 イオンビームの飛程の検証(2)
SRIMコードを用いて計算した、ポリ乳酸試料(C、密度1.26g/cm)に下記照射条件(a)又は(b)で照射した場合のLETを図12(a)、(b)に示す。図12(a)は下記照射条件(a)の場合であり、図12(b)は下記照射条件(b)の場合である。
(a)100keVのHeイオンビーム
(b)50keVのN イオンビーム
【0087】
図12(a)から、上記照射条件(a)の場合、試料(被改質部分)の表面において電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きく、且つ、試料の表面においてLETが約150eV/nmであるが、イオンが試料表面から約930nmまで侵入し、イオンビームの飛程が長すぎることがわかる。
【0088】
図12(b)から、上記照射条件(b)の場合、試料(被改質部分)の表面において電子的LET(LET)が核的LET(LET)よりも大きく、且つ、試料の表面においてLETが約140eV/nmであるが、イオンが試料表面から約95nmまでしか侵入せず、イオンビームの飛程が短すぎることがわかる。
【0089】
実施例7 単位面積当たりの照射イオン数の検証(1)
ポリ乳酸(C、密度1.26g/cm)に対し、単位面積当たりの照射イオン数(照射量)が7.1×1013 ions/cm又は1.4×1014 ions/cmとなる条件で50keVのNイオンビームを照射して得られた改質ポリ乳酸部分の表面上に3000細胞/cmとなるようにHeLa細胞を播種し、37℃でインキュベートしたところ、2日以内に細胞の牽引力による皺の形成や薄膜の剥離が確認され、その膜厚は約165nmであった。1.4×1014 ions/cmで照射した場合のインキュベート開始2日後の細胞の顕微鏡写真を図13に示す。
【0090】
以上から、50keVのNイオンビームを用いる場合、単位面積当たりの照射イオン数(照射量)が少なくとも7.1×1013~1.4×1014 ions/cmであるとき、培養環境で2日以内に細胞の牽引力による皺の形成や薄膜の剥離が確認され、その膜厚が約165nmであることがわかった。図1より、イオン化や励起等を起こすエネルギーとして50~190eV/nmが表面から厚み165nmまでに付与されており、上記の照射量(ions/cm)と合わせて単位体積あたりで換算すると約36~266eV/nm、すなわち1nmにつき複数個のイオン化が起こり、薄膜が得られることが分かった。
【0091】
比較例4 単位面積当たりの照射イオン数の検証(2)
単位面積当たりの照射イオン数(照射量)を下記(a)又は(b)に代えること以外は実施例7と同様にして、ポリ乳酸(C、密度1.26g/cm)に50keVのNイオンビームを照射し、HeLa細胞を播種しインキュベートした。インキュベート開始2日後の細胞の顕微鏡写真を図14(a)、(b)に示す。図14(a)は下記照射条件(a)の場合であり、図14(b)は下記照射条件(b)の場合である。
(a)2.9×1013 ions/cm
(b)2.9×1014 ions/cm
【0092】
単位面積当たりの照射イオン数(照射量)が2.9×1013 ions/cm以下又は2.9×1014 ions/cm以上である場合、ポリ乳酸試料の表面は改質されるものの、図13の顕微鏡写真と違って図14(a)、(b)の顕微鏡写真においては細胞周囲に薄膜形成の証拠である皺が見られず、従って、細胞の牽引力による皺の形成や薄膜の剥離は確認されないことがわかった。
この結果は、単位面積当たりの照射イオン数(照射量)が2.9×1013 ions/cm以下である場合のように、単位体積あたりのイオン化数が少ない場合は、ポリ乳酸の架橋が不十分で、単位面積当たりの照射イオン数(照射量)が2.9×1014 ions/cm以上である場合のように、単位体積あたりのイオン化数が多すぎる場合は、ポリ乳酸の架橋や炭化が進行しすぎて硬化するためと考えられ、細胞の牽引力により薄膜を剥離させるためには適切なエネルギー付与量(阻止能(LET)及び照射量)があることを示している。
【0093】
実施例8、比較例5 単位面積当たりの照射イオン数の検証(3)
単位面積当たりの照射イオン数(照射量)を下記(c)又は(d)に代えること以外は実施例7と同様にして、ポリ乳酸(C、密度1.26g/cm)に50keVのNイオンビームを照射した。
(c)比較例5:7.1×1011 ions/cm
(d)実施例8:7.1×1013 ions/cm
得られた改質ポリ乳酸部分の酸素原子数(O)と炭素原子数(C)とを合わせて100%とした場合の元素比をX線光電子分光分析(XPS分析)により評価した。結果を表2に示す。対照として、上記イオンビーム未照射のポリ乳酸についての結果も併記する。
【0094】
【表2】
【0095】
表2から、単位面積当たりの照射イオン数(照射量)が7.1×1011 ions/cmの比較例5では、未照射の場合と構成元素に変化が見られないが、単位面積当たりの照射イオン数(照射量)が7.1×1013 ions/cmの実施例8では、構成元素に大きな変化が見られることがわかった。
【0096】
上記(d)は実施例7でHeLa細胞を播種し、37℃でインキュベートして2日以内に細胞の牽引力による皺の形成や薄膜の剥離を確認したものである。一方、上記(c)の比較例5の場合、実施例7と同様にHeLa細胞を播種し、37℃で3日間インキュベートしても、細胞の牽引力による、薄膜における皺の形成や薄膜の剥離は確認されなかった。
【0097】
実施例9、比較例6、7 単位面積当たりの照射イオン数の検証(4)
単位面積当たりの照射イオン数(照射量)を下記(e)~(g)に代えること以外は実施例7と同様にして、ポリ乳酸(C、密度1.26g/cm)に50keVのNイオンビームを照射した。
(e)比較例6:1×1012 ions/cm
(f)比較例7:1×1013 ions/cm
(g)実施例9:1×1014 ions/cm
得られた改質ポリ乳酸部分の表面の水に対する接触角を実施例2と同様にして評価した。結果を図15に示す。対照として、上記イオンビーム未照射のポリ乳酸についての結果も併記する。
【0098】
図15から、上記(e)~(g)の単位面積当たりの照射イオン数(照射量)でイオンビームを照射した場合、水に対する接触角がイオンビーム未照射の場合よりも低下し、従って、親水化することがわかった。水に対する接触角の低下ないし親水化の程度は、単位面積当たりの照射イオン数(照射量)の量に応じるものであることもわかった。
【0099】
上記(e)~(g)の単位面積当たりの照射イオン数(照射量)でイオンビームを照射した表面(改質ポリ乳酸部分)上に実施例7と同様にしてHeLa細胞を播種しインキュベートした。上記(e)の比較例6、及び上記(f)の比較例7の場合、上記のとおり改質(親水化)はされているが、細胞の牽引力による、薄膜における皺の形成や薄膜の剥離は確認されなかった。一方、上記(g)の実施例9の場合、細胞の牽引力による、薄膜における皺の形成や薄膜の剥離が確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15