(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022122287
(43)【公開日】2022-08-22
(54)【発明の名称】磁性複合体
(51)【国際特許分類】
H01F 1/34 20060101AFI20220815BHJP
H01F 10/20 20060101ALI20220815BHJP
H05K 9/00 20060101ALI20220815BHJP
【FI】
H01F1/34 140
H01F10/20
H05K9/00 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022018310
(22)【出願日】2022-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2021018761
(32)【優先日】2021-02-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000231970
【氏名又は名称】パウダーテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100166338
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 正夫
(72)【発明者】
【氏名】石井 一隆
(72)【発明者】
【氏名】安賀 康二
【テーマコード(参考)】
5E041
5E049
5E321
【Fターム(参考)】
5E041AB12
5E041AB14
5E041AB19
5E041CA01
5E041CA13
5E041HB05
5E041NN02
5E041NN06
5E049AB03
5E049AB04
5E049AB09
5E049BA11
5E049BA27
5E049DB06
5E049FC10
5E321AA23
5E321BB23
5E321BB31
5E321BB53
5E321BB60
5E321GG05
5E321GG11
(57)【要約】
【課題】緻密で膜厚が比較的厚く、磁気特性及び電気特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を備える磁性複合体を提供すること。
【解決手段】樹脂基材と、前記樹脂基材の表面上に設けられたフェライト層と、を備えた磁性複合体であって、前記樹脂基材は、その厚さ(d
R)が10μm以上であり、前記フェライト層は、その厚さ(d
F)が2.0μm以上であり、スピネル型フェライトを主成分とし、X線回折分析における(311)面の積分強度(I
311)に対する(222)面の積分強度(I
222)の比(I
222/I
311)が0.00以上0.03以下である、磁性複合体。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂基材と、前記樹脂基材の表面上に設けられたフェライト層と、を備えた磁性複合体であって、
前記樹脂基材は、その厚さ(dR)が10μm以上であり、
前記フェライト層は、その厚さ(dF)が2.0μm以上であり、スピネル型フェライトを主成分とし、X線回折分析における(311)面の積分強度(I311)に対する(222)面の積分強度(I222)の比(I222/I311)が0.00以上0.03以下である、磁性複合体。
【請求項2】
前記フェライト層は、α-Fe2O3の含有量が0.0質量%以上20.0質量%以下である、請求項1に記載の磁性複合体。
【請求項3】
前記フェライト層は、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらにリチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、及びコバルト(Co)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む、請求項1又は2に記載の磁性複合体。
【請求項4】
前記フェライト層は、その厚さ(dF)に対する表面算術平均高さ(Sa)の比(Sa/dF)が0.00超0.20以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【請求項5】
前記フェライト層は、フェライト構成成分を含み、残部が不可避不純物の組成を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【請求項6】
前記樹脂基材を構成する樹脂の比重が0.95g/cm3以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【請求項7】
前記樹脂基材を構成する樹脂は、ポリカーボネート(PC)、ポリイミド(PI)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリオキシメチレン(POM)、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、及びポリアミド(PA)からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1~6のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の電子情報通信技術の急速な進展に伴い、電磁波の利用が急速に増えるとともに、使用される電磁波の高周波化及び広帯域化が進んでいる、具体的には、携帯電話(1.5、2.0GHz)や無線LAN(2.45GHz)に代表される準マイクロ波帯域におけるシステムに加えて、高速無線LAN(65GHz)や衝突防止用レーダ(76.5GHz)などのミリ波帯域における電波を利用した新しいシステムの導入が進められている。
【0003】
電磁波の利用拡大及び高周波化が進むにつれて、電磁ノイズによる電子機器の誤作動や人体への悪影響といった電磁干渉の問題がクローズアップされ、EMC対策への要望が高まっている。EMC対策の一手段として、電磁波吸収体(電波吸収体)を用いて、不要な電磁波を吸収し、その侵入を防ぐ手法が知られている。
【0004】
電磁波吸収体には、導電損失、誘電損失、及び/又は磁性損失を示す材料が用いられている。磁性損失を示す材料として、透磁率が高く且つ電気抵抗の高いフェライトが多用されている。フェライトは、特定の周波数で共鳴現象を起こして電磁波を吸収し、吸収した電磁波エネルギーを熱エネルギーに変換して外部に放射する働きがある。フェライトを用いた電磁波吸収体として、フェライト粉末とバインダー樹脂とを含む複合材料やフェライト薄膜が提案されている。また電磁波吸収体以外の用途において、基板上にフェライト膜を形成する技術が知られている。
【0005】
例えば、特許文献1には、有機高分子からなる基体上に、強磁性体を物理的に蒸着してなることを特徴とする電磁波吸収体が開示され、当該電磁波吸収体は、電磁波吸収特性がよく、小型で、軽量で、可撓性があり、堅牢であることが記載されている(請求項1及び[0008])。また特許文献1には、強磁性体として酸化物系軟磁性体が主に用いられること、酸化物系軟磁性体としてはフェライトが好ましいこと、物理蒸着法には、EB蒸着、イオンプレーティング、マグネトロンスパッタリング、対向ターゲット型マグネトロンスパッタリングなどが挙げられることが記載されている(段落[0009]、[0010]及び[0017])。
【0006】
特許文献2には、樹脂基材表面に密着する粘着性材料からなる下地層が形成され、この下地層の上全部または一部にフェライトなどの多結晶の脆性材料層が形成されていることを特徴とする樹脂と脆性材料との複合構造物が開示されている(請求項1)。また特許文献2には、プラスチック基板上に微粒子ビーム堆積法にて純度99%以上のサブミクロン粒径のフェライト微粒子を吹き付けて構造物形成を試みたこと、電波吸収効果を調べたこと、フェライトのような脆性材料でも樹脂基材の上に安定に複合化させることが記載されている(段落[0036]及び[0055]~[0059])。
【0007】
特許文献3には、AD法またはフェライトメッキ法を用いて電波吸収体を製造することが開示されている(段落[0020]~[0022])。具体的には、フェライト基材の組成がNi0.5Zn0.5Fe2O4となるようにフェライト原料粉末を配合し、ミキサで混合した後、ノズルに供給し、チャンバー内の圧力を7Paに調整して、ノズルの先端からエアロゾル化されたフェライト原料粉末をポリイミド樹脂からなる基板に5リットル/minの流量で噴射することにより、膜厚5μmのフェライト基材を作製し、このフェライト基材にエッチング処理により、直径2μmの孔を16個形成して、電波吸収体を得たことが記載されている(段落[0020])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-045193号公報
【特許文献2】特開2006-175375号公報
【特許文献3】特開2006-269675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、フェライト含有層を基板上に形成して作製した複合体を、電磁波吸収体などの用途に適用することが提案されるものの、従来の技術には改良の余地があった。例えば、特許文献1で提案される電磁波吸収体は、物理蒸着により成膜されるものであり、製造上、これを厚く成膜することが困難であり、電磁波吸収特性などの磁気特性向上を図る上で限界があった。また、たとえ厚く成膜できたとしても、膜が基材から剥離し易いという問題があった。特許文献2の複合構造物は、これを作製するために粘着材料から下地層を予め基材表面に形成する必要がある。このような下地層は耐熱性に劣るため、複合構造物の熱的安定性に欠けるという問題がある。また製造工程が複雑になり、製造が困難という問題もある。さらに実施例では微細な脆性材料粒子を原料に用いており、得られた脆性材料層の緻密さに欠けるという問題がある。特許文献3にはフェライト原料粉末粒径等の詳細な製造条件の開示は無く、得られた電波吸収体がどの程度の緻密さ及び特性を備えるのかが不明である。
【0010】
本発明者らは、このような問題点に鑑みて、鋭意検討を行った。その結果、樹脂基材とフェライト層とを備えた磁性複合体において、フェライト層の結晶状態が重要であり、これを制御することで、緻密で膜厚が比較的厚く、磁気特性及び電気特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を得ることができるとの知見を得た。
【0011】
本発明は、このような知見に基づき完成されたものであり、緻密で膜厚が比較的厚く、磁気特性及び電気特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を備える磁性複合体の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、下記(1)~(7)の態様を包含する。なお、本明細書において、「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0013】
(1)樹脂基材と、前記樹脂基材の表面上に設けられたフェライト層と、を備えた磁性複合体であって、
前記樹脂基材は、その厚さ(dR)が10μm以上であり、
前記フェライト層は、その厚さ(dF)が2.0μm以上であり、スピネル型フェライトを主成分とし、X線回折分析における(311)面の積分強度(I311)に対する(222)面の積分強度(I222)の比(I222/I311)が0.00以上0.03以下である、磁性複合体。
【0014】
(2)前記フェライト層は、α-Fe2O3の含有量が0.0質量%以上20.0質量%以下である、上記(1)の磁性複合体。
【0015】
(3)前記フェライト層は、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらにリチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、及びコバルト(Co)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む、上記(1)又は(2)の磁性複合体。
【0016】
(4)前記フェライト層は、その厚さ(dF)に対する表面算術平均高さ(Sa)の比(Sa/dF)が0.00超0.20以下である、上記(1)~(3)のいずれかの磁性複合体。
【0017】
(5)前記フェライト層は、フェライト構成成分を含み、残部が不可避不純物の組成を有する、上記(1)~(4)のいずれかの磁性複合体。
【0018】
(6)前記樹脂基材を構成する樹脂の比重が0.95g/cm3以上である、上記(1)~(5)のいずれかの磁性複合体。
【0019】
(7)前記樹脂基材を構成する樹脂は、ポリカーボネート(PC)、ポリイミド(PI)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリオキシメチレン(POM)、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、及びポリアミド(PA)からなる群から選択される少なくとも一種である、上記(1)~(6)のいずれかの磁性複合体。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、緻密で膜厚が比較的厚く、磁気特性及び電気特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を備える磁性複合体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図5】磁性複合体をインダクタに適用した例を示す。
【
図6】磁性複合体をインダクタに適用した別の例を示す。
【
図7】磁性複合体をインダクタに適用した更に別の例を示す。
【
図8】磁性複合体をアンテナ素子(UHF-IDタグ)に適用した例を示す。
【
図9】エアロゾルデポジション成膜装置の構成の一例を示す。
【
図10】フェライト層の断面元素マッピング像を示す。
【
図11】磁性複合体の透磁率(実部μ’、虚部μ’’)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という)について説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0023】
<<1.磁性複合体>>
本実施形態の磁性複合体は、樹脂基材と、この樹脂基材の上に設けられたフェライト層と、を備える。樹脂基材は、その厚さ(dR)が10μm以上である。フェライト層は、その厚さ(dF)が2.0μm以上である。またフェライト層は、スピネル型フェライトを主成分とし、X線回折分析における(311)面の積分強度(I311)に対する(222)面の積分強度(I222)の比(I222/I311)が0.00以上0.03以下である。磁性複合体について、以下に詳細に説明する。
【0024】
樹脂基材を構成する樹脂は、特に限定されない。単体樹脂であってもよく、あるいは2種類以上の樹脂の混合体や共重合体であってもよい。好ましくは、樹脂は、ポリカーボネート(PC)、ポリイミド(PI)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリオキシメチレン(POM)、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、及びポリアミド(PA)からなる群から選択される少なくとも一種である。これらの樹脂は機械的強度に優れ、絶縁性に優れている。
【0025】
樹脂基材を構成する樹脂の比重は、0.95g/cm3以上であることが好ましい。比重が0.95g/cm3より小さい場合は、成膜する際に原料粒子が基材に衝突するときの衝突エネルギーが分散しやすく原料粒子の塑性変形が起こりにくい。そのためフェライト層の形成が困難になる。
【0026】
樹脂基材の色調は限定されない。例えば、無色透明又は淡色の樹脂を用いることができる。また光が透過する程度に着色された樹脂を用いてもよい。このような樹脂を基材に用いて作製した磁性複合体では、フェライト層を形成していない面から見たときに、樹脂を通してフェライト層を見ることができる。そのため、電磁波シールド性能をはじめとする諸特性とともに、光を透過しない樹脂を用いた場合には得られない意匠性を複合体に付与することが可能となる。
【0027】
樹脂基材の形状も限定されない。基材はシート状であってもよく、あるいはシート以外の形状を有してもよい。例えば、3次元的に複雑形状をもつ樹脂基材を用いてもよい。このような複雑形状をもつ樹脂基材を電気回路の収納筐体に適用すると、機械的強度に優れた筐体を得ることができる。また樹脂基材の表面全体にフェライト層を設けてもよく、あるいは一部にフェライト層を設けてもよい。例えば、複雑形状の樹脂基材を用い、この樹脂基材の一部の面にフェライト層を設けてもよい。これにより複雑形状の収納筐体の任意の面に電磁波シールド性能を付与することができる。複雑形状の樹脂基材に電磁波シールド性能を与えるには、従来は、シート状の樹脂基材を打ち抜き成型し、打ち抜いた部材にフェライトシートを張り付ける作業が必要であった。本実施形態の磁性複合体を用いると、このような作業が不要になるため、低コストで電磁波シールド性能などの諸特性を有する筐体を作製することができる。また樹脂とフィラーの一体混合物からなる電磁波シールド材とは異なり、樹脂基材とフェライト層が明確に分かれているため、従来は得られなかった意匠性をもたせることができる。
【0028】
樹脂基材の厚さ(dR)は10μm以上(0.01mm以上)に限定される。樹脂基材が過度に薄いと、十分な機械的強度を有する複合体を作製することが困難になる。屈曲性(可撓性)を付与したい場合は樹脂基材の厚さは25μm以上(0.025mm以上)が好ましく、35μm以上(0.035mm以上)がより好ましい。フェライト層の厚さを大きくしたい場合は35μm以上(0.035mm以上)がさらに好ましく、100μm以上(0.1mm以上)が特に好ましい。厚さは5000μm以上(5mm以上)であってもよい。一方で厚さの上限は限定されない。しかしながら樹脂基材を適度に薄層化することで、磁性複合体に可撓性を付与することが可能になる。厚さは100000μm以下(100mm以下)以下であってよく、50000μm以下(50mm以下)であってよく、10000μm以下(10mm以下)であってよく、5000μm以下(5mm以下)であってもよく、1000μm以下(1mm以下)であってもよい。
【0029】
また樹脂基材は、板状であってもよく、あるいはシート状であってもよい。しかしながら好ましくはシート状である。シート状の樹脂基材(樹脂シート)を用いることで、可撓性に優れる磁性複合体を作製することが可能になる。また樹脂基材は、樹脂のみから構成されてもよく、あるいは、非樹脂基材と樹脂層との積層体であってもよい。この場合には、非樹脂基材の上に積層された樹脂層が樹脂基材に相当する。非樹脂基材として、金属フィルムなどを用いることができる。
【0030】
なお基材が複数の層で構成される積層体である場合には、フェライト層が直接接触する層の厚さが基材厚さに相当する。基材に凹凸がある場合には、フェライト層が形成される基材の最薄部と最厚部の算術平均を基材の厚さdRとし、複合体の最薄部と最厚部の算術平均と基材の厚さdRとの差をフェライト層の厚さdFとする。複合体の両面にフェライト層が形成されている場合には、複合体の最薄部と最厚部の算術平均と基材の厚さdRとの差がフェライト層の厚さの2倍と見なして、厚さdFを算出する。すなわち、同じ膜厚のフェライト層が基材両面に形成されている場合には、片面のフェライト層の厚さがdFに相当する。基材の厚さdRが2000μmを超える場合には、基材の厚さdRを2000μmと見なして厚さ比(dF/dR)を算出する。
【0031】
本実施形態のフェライト層は、スピネル型フェライトを主成分とする多結晶体である。すなわちスピネル型フェライトから構成される結晶粒子の集合体である。スピネル型フェライトは、スピネル型結晶構造を有する鉄(Fe)の複合酸化物であり、その多くが軟磁性を示す。スピネル型フェライトを主成分とする層を備えることで、磁性複合体の磁気特性が優れたものになる。スピネル型フェライトの種類は、特に限定されない。例えば、マンガン(Mn)系フェライト、マンガン亜鉛(MnZn)系フェライト、マグネシウム(Mg)系フェライト、マグネシウム亜鉛(MgZn)系フェライト、ニッケル(Ni)系フェライト、ニッケル銅(NiCu)系フェライト、ニッケル銅亜鉛(NiCuZn)系フェライト、コバルト(Co)系フェライト、及びコバルト亜鉛(CoZn)系フェライトからなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。また複数種のフェライトの混晶及び/又は固溶体であってもよい。なお本明細書で、主成分とは、含有量50.0質量%以上の成分を指す。スピネル型フェライトの優れた磁気特性を活かすため、フェライト層中のスピネル型フェライト(フェライト相)の含有割合は、好ましくは60.0質量%以上、より好ましくは70.0質量%以上、さらに好ましくは80.0質量%以上、特に好ましくは90.0質量%以上である。
【0032】
本実施形態のフェライト層の厚さ(dF)は2.0μm以上に限定される。フェライト層が過度に薄いと、フェライト層の膜厚が不均一になり、磁気特性及び電気特性(電気絶縁性)が劣化する恐れがある。厚さは3.0μm以上が好ましく、3.5μm以上がより好ましい。厚さは5.0μm以上、6.0μm以上、または7.0μm以上であってもよい。厚さの上限は限定されない。しかしながら、過度に厚いフェライト層を、緻密さを維持しながら成膜することは困難である。またフェライト層が過度に厚いと、フェライト層の内部応力が大きくなり過ぎてしまい、フェライト層が剥離する恐れがある。さらに磁性複合体に可撓性を付与する場合には、フェライト層が適度に薄いことが望ましい。厚さは100.0μm以下が好ましく、50.0μm以下がより好ましく、20.0μm以下がさらに好ましく、10.0μm以下が特に好ましい。またフェライト層は樹脂基材と直接接触していること、すなわちフェライト層と樹脂基材との間に他の層が介在しないことが好ましい。
【0033】
本実施形態のフェライト層は、X線回折(XRD)分析における(311)面の積分強度(I311)に対する(222)面の積分強度(I222)の比(I222/I311)が0.00以上0.03以下(0.00≦I222/I311≦0.03)である。すなわちフェライト層をX線回折法で分析すると、X線回折プロファイルにおいて、スピネル相の(222)面に基づく回折ピークが殆ど観測されない。これはフェライト層を構成する結晶粒子が微結晶から構成されるためである。本実施形態のフェライト層の結晶粒子は、磁性複合体製造時に塑性変形を受けている。そのため結晶子径が小さいとともに、格子定数の分布が広い。その結果、XRDピークがブロードになり、(222)回折ピークが観測されなくなる。I222/I311は、好ましくは0.02以下、より好ましくは0.01以下である。これに対して、一般のスピネル型フェライト材料は、多結晶状態であっても結晶性が高い。そのため(222)面回折ピークが比較的強く観測される。具体的には、XRDピーク強度比(I222/I311)は0.04~0.05(4~5%)程度である。
【0034】
XRDピーク強度比(I222/I311)が小さい本実施形態のフェライト層は、緻密であるという特徴がある。塑性変形を受けた結晶粒子は密に充填されやすいためである。また本実施形態のフェライト層は、樹脂基材との密着性に優れるという効果がある。結晶粒子が塑性変形を受けることで、樹脂基材との接触面積が増大しているためである。また小さい結晶子径と周期性が乱れた結晶構造に起因して、基材を構成する樹脂との結合が強くなることも一因と考えている。その上、本実施形態のフェライト層は、500MHz以上の高周波領域での磁気損失(tanδ)が小さいという特徴がある。結晶子径が小さいことに起因して磁気モーメントの相関長が短くなり、その結果、高周波領域での磁壁移動がスムーズに行われるためと推測している。これに対して、一般のスピネル型フェライト材料では、磁気モーメントの相関長が長い。低周波領域では外部磁界による磁壁移動が可能であるものの、100MHz以上の高周波領域では磁壁移動が外部磁界の変動に追随できず、磁気損失が大きくなる。
【0035】
好ましくは、フェライト層の結晶子径は1nm以上10nm以下である。結晶子径を10nm以下に小さくすることで、フェライト層の密度及び密着性がより高くなるとともに、磁気損失増大を抑制する効果がより一層顕著になる。また結晶子径を1nm以上にすることで、フェライト層が非晶質化して磁気特性が劣化することを防ぐことができる。結晶子径は、より好ましくは1nm以上5nm以下、さらに好ましくは1nm以上3nm以下、特に好ましくは1nm以上2nm以下である。
【0036】
好ましくは、フェライト層に含まれるスピネル型フェライトの格子定数が8.30Å以上8.80Å以下である。格子定数を8.30Å以上8.80Å以下とすることで、原料粒子の磁気特性を高める効果が得られる。格子定数は、より好ましくは8.30Å以上8.60Å以下、さらに好ましくは8.30Å以上8.50Å以下である。
【0037】
好ましくは、樹脂基材の厚さ(dR)に対するフェライト層の厚さ(dF)の比(dF/dR)は、0.0001以上0.5000以下である。厚さ比(dF/dR)が過度に小さいと、フェライト層の膜厚が不均一になり、磁気特性及び電気特性(電気絶縁性)が低下してしまう。厚さ比(dF/dR)は0.0010以上がより好ましい。一方で厚さ比(dF/dR)が過度に大きいと、フェライト層の内部応力に樹脂基材が抗することができず、樹脂複合体が湾曲する恐れがある。厚さ比(dF/dR)は0.4000以下がより好ましく、0.3000以下がさらに好ましく、0.2000以下が特に好ましい。なお非樹脂基材と樹脂層との積層体を用いた場合には、樹脂層の厚さが樹脂基材の厚さに相当する。
【0038】
好ましくは、フェライト層は、α-Fe2O3(ヘマタイト)の含有量が0.0質量%以上20.0質量%以下である。α-Fe2O3はスピネル相にならなかった遊離酸化鉄である。強磁性体であるスピネル相とは異なり、α-Fe2O3は反強磁性体であり、外部に殆ど磁性を示さない。そのためα-Fe2O3が過度に多いと、フェライト層の磁気特性が劣化する恐れがある。α-Fe2O3量は15.0質量%以下がより好ましく、10.0質量%以下がさらに好ましい。一方で、α-Fe2O3は電気抵抗の高い安定な化合物である。フェライト層にα-Fe2O3を適度に含ませることで、フェライト層中の導電経路を断ち切ることができ、電気抵抗をより一層高めることが可能になる。特に、マンガン(Mn)系フェライトやマンガン亜鉛(MnZn)系フェライトは、価数が不安定なマンガン(Mn)イオンと鉄(Fe)イオンを含むため、電気抵抗が低くなりがちである。したがってこれらのフェライトにα-Fe2O3を含ませることで、電気抵抗向上の効果を顕著に発揮させることが可能である。またα-Fe2O3を適度に含ませることで、フェライト層の緻密化及び密着力の向上を図ることができる。α-Fe2O3は、磁性複合体製造時のフェライト層成膜工程で生じる。すなわち成膜工程の際にフェライト結晶粒子の塑性変形及び再酸化が起こり、α-Fe2O3が生成する。この塑性変形及び再酸化は、フェライト層の緻密化及び密着力を高める上で重要な働きをする。したがってα-Fe2O3を適度に含むフェライト層は、密度及び密着力が高い。α-Fe2O3量は0.1質量%以上がより好ましく、0.5質量%以上がさらに好ましく、1.0質量%以上が特に好ましく、5.0質量%以上が最も好ましい。
【0039】
好ましくは、フェライト層は、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらにリチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、及びコバルト(Co)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む。
【0040】
好ましくは、フェライト層は、厚さ(dF)に対する表面算術平均高さ(Sa)の比(Sa/dF)が0.00超0.20以下(0.00<Sa/dF≦0.20)である。粗さ比(Sa/dF)が過度に大きいと、フェライト層の膜厚が不均一になる傾向がある。そのため高電圧印加時に局所的に電界が集中し、リーク電流が発生する恐れがある。粗さ比(Sa/dF)は0.00超0.15以下がより好ましく、0.00超0.10以下がさらに好ましく、0.00超0.05以下が特に好ましい。
【0041】
本実施形態のフェライト層は、密度が比較的高い。これはフェライト層を構成するフェライト結晶粒子が繰り返し塑性変形を受けた結果、小さい結晶子径がフェライト層として堆積したためである。フェライト層の相対密度(フェライト層の密度/フェライト粉末の真比重)は、好ましくは0.40(40%)以上、より好ましくは0.60(60%)以上、さらに好ましくは0.70(70%)以上、一層好ましくは0.80(80%)以上、特に好ましくは0.90(90%)以上、最も好ましくは0.95(95%)以上である。密度を高めることで、フェライト層の磁気特性、電気特性及び密着力向上の効果がより一層顕著になる。
【0042】
本実施形態のフェライト層は、電気抵抗が比較的高い。これはフェライト層の密度が高いため、電気抵抗劣化の要因となる水分などの導電性成分の吸着が少ないためである。またフェライト層を構成するフェライト結晶粒子の結晶子径が小さいことも影響していると考えている。実際、一般のMnZnフェライト材料の体積抵抗は103Ω程度である。これに対して、本実施形態のフェライト層は、それより高い抵抗値を示しており、その原因を結晶子径の大きさに求めることができる。さらに適切な量のα-Fe2O3を含有させることで、フェライト層の電気抵抗をより一層高めることが可能になる。フェライト層の表面抵抗は、好ましくは104Ω以上、より好ましくは105Ω以上、さらに好ましくは106Ω以上である。表面抵抗を高くすることで、フェライト層の絶縁性を優れたものにすることができ、磁性複合体をデバイスに適用した際に、渦電流発生などの問題を抑えることが可能になる。
【0043】
フェライト層は、好ましくは、フェライト構成成分を含み、残部が不可避不純物の組成を有する。すなわち、フェライト構成成分以外の有機成分や無機成分を、不可避不純物量を超えて含まないことが好ましい。本実施形態のフェライト層は、バインダーなどの樹脂成分又は焼結助剤などの無機添加成分を加えなくても十分に緻密にすることが可能である。非磁性体の含有量を最小限にすることで、フェライトに基づく優れた磁気特性を十分に活かすことができる。なおフェライト構成成分とは、主成分たるスピネル型フェライトを構成する成分のことである。例えばフェライト層がマンガン亜鉛(MnZn)フェライトを主成分とする場合には、フェライト構成成分は、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)及び酸素(O)である。フェライト層がニッケル銅亜鉛(NiCuZn)フェライトを主成分とする場合には、フェライト構成成分は、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)及び酸素(O)である。さらに不可避不純物とは、製造時に不可避的に混入する成分であり、その含有量は典型的には1000ppm以下である。特にフェライト層は、酸化物以外の成分、特に樹脂成分を含まないことが好ましい。
【0044】
磁性複合体は、樹脂基材と、平均粒径(D50)が2.5μm以上10.0μm以下のスピネル型フェライト粉末と、を準備する工程(準備工程)、及びこのフェライト粉末をエアロゾルデポジション法で樹脂基材の表面に成膜する工程(成膜工程)を備え、スピネル型フェライト粉末に含まれるスピネル相の格子定数(LCp)に対するフェライト層に含まれるスピネル相の格子定数(LCf)の比(LCf/LCp)が0.95以上1.0.5以下(0.95≦LCf/LCp≦1.05)である方法で製造されたものであることが好ましい。
【0045】
磁性複合体の形態も特に限定されない。
図1に示すように、フェライト層(フェライト膜)を樹脂基材の表面全体に設ける態様としてもよい。
図2に示すように、フェライト層を樹脂基材表面の一部のみに設ける態様としてもよい。樹脂基材の片面のみならず、両面にフェライト層を設ける態様としてもよい。
図3に示すように、厚さを部分的に変化させたフェライト層を樹脂基材の表面に設ける態様としてもよい。さらに
図4に示すように、棒状の樹脂基材の外周にフェライト層を巻き付ける態様としてもよい。
【0046】
磁性複合体は、様々な応用に適用することができる。このような応用として、磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品を挙げることができる。
【0047】
この点、従来のインダクタ素子は電子部品として回路基板に表面実装することが一般的であった。これに対して、本実施形態の磁性複合体であれば電子基板やフレキシブルプリント配線板(FPC基板)の内部にインダクタ素子を設けることができる。そのため電子機器の小型化に寄与する。その上、磁性複合体に可撓性をもたせることができるので、従来の技術では実装できなかった複雑形状を有する基体上に電子回路を形成することができる。
【0048】
また電磁波シールド材の作製において、従来は完成した回路基板の特定の場所に特定形状に打ち抜いたシールド材を貼り付けることが一般的に行われていた。これに対して、本実施形態の複合磁性体を用いれば、特定部位に電磁波シールド機能を内包した状態で回路基板を一体的に作製することが可能となる。
【0049】
磁性複合体をインダクタに適用した例を
図5に示す。磁性複合体は、樹脂基材と、この樹脂基材の一表面に設けられたフェライト層(フェライト膜)と、このフェライト層の表面に設けられたコイルと、を備える。また樹脂基材の裏面側には裏側電極が設けられている。コイルは金属等の導電性材料で構成されている。またコイルはスパイラル形状の平面回路パターンを有しており、コイルの軸方向がフェライト層表面に垂直となるようにコイルが形成されている。これによりコイルはインダクタ機能を発現する。コイルの回路パターンは、無電解メッキ、金属コロイド粒子含有ペーストを用いたスクリーン印刷、インクジェット、スパッタリング、蒸着等の手法で形成すればよい。フェライト層の上に回路パターンを形成することで、薄いインダクタ機能を有した素子を得ることができる。
【0050】
磁性複合体をインダクタに適用した別の例を
図6に示す。この例では、磁性複合体の厚み方向を周回するように巻き線コイルが形成されている。すなわち磁性複合体は、表面電極、裏面電極、並びに表面電極及び裏面電極を接続する貫通電極を備えており、これらの電極によって巻き線状のコイル回路パターンが形成されている。この例ではコイルの軸方向がフェライト層表面に平行となるようにコイルが形成されている。
【0051】
磁性複合体をインダクタに適用した更に別の例を
図7に示す。この例では、樹脂基材の表裏両面にフェライト層(フェライト膜)及びコイルが設けられている。また表面側のコイルと裏面側のコイルは、樹脂基材及びフェライト層に設けられた貫通電極を介して電気的に接続されている。樹脂基材の両面にインダクタ機能を付与することで、小型化したインダクタを作製することが可能である。
【0052】
磁性複合体をアンテナ素子(UHF-IDタグ)に適用した例を
図8に示す。アンテナ素子(磁性複合体)は、樹脂基材と、この樹脂基材の一表面に設けられたフェライト層(フェライト膜)と、フェライト層の一表面に設けられた金属導体と、金属導体上に実装されたIDタグ用チップと、を備える。フェライト層の表面に設けられた金属導体はアンテナパターンを形成するようにパターン化されている。フェライト層は周囲の空間よりも透磁率が高いため、フェライト層に電磁波が集まりやすい。フェライト層の上にアンテナパターンを設けることで、アンテナ感度を向上させることができる。
【0053】
<<2.磁性複合体の製造方法>>
本実施形態の磁性複合体は、上述した要件を満足する限り、その製造方法は限定されない。しかしながら好適な製造方法は、以下の工程;樹脂基材と、平均粒径(D50)が2.5μm以上10.0μm以下のスピネル型フェライト粉末と、を準備する工程(準備工程)、及びこのフェライト粉末をエアロゾルデポジション法で樹脂基材の表面に成膜する工程(成膜工程)を備える。
【0054】
このように、特定の粒径をもつフェライト粉末を原料とし、エアロゾルデポジション法(AD法)で成膜を行うことで、比較的厚いフェライト層を高い成膜速度で作製することができる。このフェライト層は緻密であり、磁気特性及び電気特性に優れるとともに、基材との密着性に優れている。したがって磁性複合体の製造方法として好適である。各工程について、以下に詳細に説明する。
【0055】
<準備工程>
準備工程では、樹脂基材とスピネル型フェライト粉末とを準備する。樹脂基材の詳細については、先述したとおりである。一方で、スピネル型フェライト粉末として、その平均粒径(D50)が2.5μm以上10.0μm以下の粉末を準備する。平均粒径は、好ましくは2.5μm以上7.0μm以下である。平均粒径を、上記範囲内に調整することで、後続する成膜工程で、緻密で密着力の高いフェライト層を得ることができる。
【0056】
フェライト粉末の作製手法は、限定されない。しかしながら、好適には、フェライト原料混合物を、大気よりも酸素濃度が低い雰囲気下で本焼成して焼成物を作製し、得られた焼成物を粉砕して、特定の粒径の不定形状の粒子を作製するのがよい。また焼成前に、フェライト原料混合物に、仮焼成、粉砕、及び/又は造粒処理を施してもよい。フェライト原料として、酸化物、炭酸塩、及び水酸化物などの公知のフェライト原料を用いればよい。
【0057】
フェライト粉末の形状は不定形であることが好ましい。具体的には、フェライト粉末の形状係数(SF-2)の平均値は1.02以上1.50以下が好ましく、1.02以上1.35以下がより好ましく、1.02以上1.25以下がさらに好ましい。ここでSF-2は粒子の不定形の度合いを示す指標であり、1に近いほど真球状であることを意味し、また大きいほど不定形であることを意味する。SF-2が過度に小さいと、粒子が丸くなり過ぎてしまう。そのため粒子の基材への食い付きが悪くなり、成膜速度を高めることができない。一方でSF-2が過度に大きいと、粒子表面の凹凸が大きくなり過ぎてしまう。そのため成膜速度は高くなるものの、粒子の表面凹凸に起因して、得られるフェライト層中に空隙が残り易い。SF-2が上記範囲内であると、高い成膜速度で緻密なフェライト層を得ることが可能になる。なおSF-2は下記(1)式にしたがって求められる。
【0058】
【0059】
またフェライト粉末のアスペクト比の平均値は1.00以上2.00以下が好ましく、1.02以上1.75以下がより好ましく、1.02以上1.50以下がさらに好ましい。アスペクト比が上記範囲内であると、成膜時に原料を供給するガス流が安定する。一方で、上記範囲を上回ると、原料供給容器からノズルまでの配管中で原料が閉塞しやすくなる。そのため成膜時間の経過とともに成膜速度が不安定になる恐れがある。なおアスペクト比は下記(2)式にしたがって求められる。
【0060】
【0061】
さらにフェライト粉末の粒径のCV値は0.5以上2.5以下が好ましい。ここでCV値は粉末中粒子の粒径のバラツキ度合いを示すものであり、粒径が均一であるほど小さくなり、不均一であるほど大きくなる。不定形粒子の得るための一般的な粉砕法(ビーズミル、ジェットミル等)では0.5を下回る粉末を得ることが困難である。一方で2.5超の粉末は、原料供給容器からノズルまでの配管中で閉塞しやすい。そのため成膜時間の経過とともに成膜速度が不安定になる恐れがある。なおCV値は、体積粒度分布における10%累積径(D10)、50%累積径(D50;平均粒径)、及び90%累積径(D90)を用いて下記(3)式にしたがって求められる。
【0062】
【0063】
フェライト粉末作製時に仮焼成を行う場合には、例えば、大気雰囲気下、500~1100℃×1~24時間の条件で仮焼成すればよい。また本焼成を行う場合には、本焼成は、例えば、大気又は還元性雰囲気などの雰囲気下、800~1350℃×4~24時間の条件で行えばよい。また本焼成時の酸素濃度は低いことが好ましい。これによりフェライト粉末のスピネル結晶中に意図的に格子欠陥を生成させることができるからである。結晶中に格子欠陥が含まれていると、後続する成膜工程で原料粒子が基材に衝突した際に、この格子欠陥を起点として塑性変形が起こり易い。そのため緻密で密着力の高いフェライト層を容易に得ることが可能になる。酸素濃度は0.001~10体積%が好ましく、0.001~5体積%がより好ましく、0.001~2体積%がさらに好ましい。さらにフェライトが銅(Cu)を含む場合には、還元性雰囲気下で焼成を行うことが好ましい。還元性雰囲気下で焼成すると、酸化銅(II)(CuO)が酸素原子の一部を放出して酸化銅(I)(Cu2O)に変化する。この際、格子欠陥が生成し易い。またフェライト粉末を鉄(Fe)リッチな組成にすることも、緻密なフェライト層を得る上で有効である。
【0064】
焼成物の粉砕は、好ましくは、乾式ビーズミルなどの粉砕機を用いて行う。乾式粉砕することで、焼成物にメカノケミカル処理が施され、結晶子径が小さくなるとともに表面活性が高くなる。表面活性が高い粉砕粉は、適度な粒径の効果と相まって、後続する成膜工程で得られるフェライト層の緻密化に寄与する。フェライト粉末の結晶子径(CSp)は10Å以上50Å以下が好ましい。結晶子径が微細なフェライト粉末を用いることで、緻密なフェライト層を得ることができる。
【0065】
<成膜工程>
成膜工程(堆積工程)では、フェライト粉末をエアロゾルデポジション法(AD法)で樹脂基材の表面に成膜する。エアロゾルデポジション法(AD法)は、エアロゾル化した原料微粒子を基板に高速噴射し、常温衝撃固化現象により被膜形成する手法である。常温衝撃固化現象を利用するため、緻密で密着力の高い膜の成膜が可能である。また微粒子を供給原料に用いるので、原子レベルにまで原料を分離するスパッタリング法や蒸着法などの薄膜形成法に比べて、厚い膜を高い成膜速度で得ることができる。さらに常温成膜が可能なため装置の構成を複雑にする必要がなく、製造コスト低減の効果もある。
【0066】
エアロゾルデポジション成膜装置の構成の一例を、
図9に示す。エアロゾルデポジション成膜装置(20)はエアロゾル化チャンバー(2)、成膜チャンバー(4)、搬送ガス源(6)、及び真空排気系(8)を備える。エアロゾル化チャンバー(2)は、振動器(10)、及びその上に配置された原料容器(12)を備える。成膜チャンバー(4)の内部にはノズル(14)とステージ(16)とが備えられている。ステージ(16)は、ノズル(14)の噴射方向に対して垂直に移動できるように構成されている。
【0067】
成膜の際には、搬送ガス源(6)から搬送ガスを原料容器(12)に導入して、振動器(10)を作動させる。原料容器(12)には原料微粒子(フェライト粉末)が装入されている。振動により原料微粒子は搬送ガスと混合されて、エアロゾル化される。また真空排気系(8)により成膜チャンバー(4)を真空排気して、チャンバー内を減圧する。エアロゾル化した原料微粒子は圧力差により成膜チャンバー(4)内部に搬送され、ノズル(14)から噴射する。噴射した原料微粒子は、ステージ(16)上に載置された基板(基材)表面に衝突して、そこで堆積する。この際、ガス搬送により加速された原料微粒子は、基板との衝突時に運動エネルギーが局所的に開放されて、基板-粒子間、及び粒子-粒子間の結合が実現される。そのため緻密な膜の成膜が可能になる。成膜時にステージ(16)を移動させることで、面方向に拡がりをもった被膜形成が可能になる。
【0068】
本実施形態の製造方法で緻密なフェライト層が得られる理由として、次のように推察している。すなわち、セラミックは、通常は弾性限界が高く、塑性変形しにくい材料と言われている。しかしながら、エアロデポジション法での成膜時に原料微粒子が基板に高速衝突すると、弾性限界を超えるほど大きい衝撃力が生じるため、微粒子が塑性変形すると考えている。具体的には、微粒子内部で結晶面ズレや転位移動などの欠陥が生じ、この欠陥を補償するために、塑性変形が生じるとともに結晶組織が微細になる。また新生面が形成されるとともに物質移動が起きる。これらが複合的に作用する結果、基板-粒子間、及び粒子-粒子間の結合力が高まり、緻密な膜が得られると考えている。さらに塑性変形の際にフェライトの一部が分解及び再酸化されて、高抵抗化に寄与するα-Fe2O3が生成すると考えている。また成膜初期段階で基板たる樹脂基材に衝突した微粒子が基材内部に侵入し、この侵入した微粒子がアンカー効果を発現させることで、フェライト層と基材との密着力が高まるのではないかとも推測している。
【0069】
緻密なフェライト層を得る上で、原料フェライト粉末の平均粒径は重要である。本実施形態では、フェライト粉末の平均粒径(D50)を2.5μm以上10.0μm以下に限定している。平均粒径が2.5μm未満であると、緻密な膜を得ることが困難になる。平均粒径が小さい粉末は、これを構成する粒子の質量が小さいからである。エアロゾル化した原料微粒子は、搬送ガスとともに基板に高速衝突する。基板と衝突した搬送ガスは、その向きを変えて、排出ガスとして流れていく。粒径が小さく質量の小さい粒子は、搬送ガスの排出流に押し流されてしまい、基板表面への衝突速度、及びそれによる衝撃力が小さくなってしまう。衝撃力が小さいと、微粒子が受ける塑性変形が不十分になり、結晶子径が小さくならない。成膜された膜は緻密にならず、粉末が圧縮されただけの圧粉体になってしまう。このような圧粉体は、多数の空孔を内部に含んでおり、磁気特性及び電気特性に劣るものになる。その上、基材との密着力が高くならない。一方で平均粒径が10.0μmを超えて過度に大きい場合には、1個の粒子が受ける衝撃力は大きいものの、粒子同士の接触点の数が少なくなる。そのため塑性変形及びパッキングが不十分になり、緻密な膜を得ることがやはり困難になる。
【0070】
エアロゾルデポジション法による成膜条件は、緻密で密着力の高いフェライト層が得られる限り、特に限定されない。搬送ガスとして、空気や不活性ガス(窒素、アルゴン、ヘリウム等)を用いることができる。しかしながら、ハンドリングの容易な大気(空気)が好ましい。搬送ガスの流量は、例えば1.0~20.0L/分であってよい。また成膜チャンバーの内圧は、例えば、成膜前で10~50Pa、成膜途中で50~400Paであってよい。樹脂基材(ステージ)の走査速度(移動速度)は、例えば1.0~10.0mm/秒であってよい。コーティング(成膜)は、1回のみ行ってもよく、あるいは複数回行ってもよい。しかしながら、得られるフェライト層の膜厚を十分に確保する観点から複数回行うことが好ましい。コーティング回数は、例えば5回以上100回以下である。
【0071】
原料フェライト粉末に含まれるスピネル相の格子定数(LCp)に対するフェライト層に含まれるスピネル相の格子定数(LCf)の比(LCf/LCp)は、好ましくは0.95以上1.05以下(0.95≦LCf/LCp≦1.05)である。原料フェライト粉末中のスピネル相は、酸素欠乏組成になり、格子欠陥を含みやすい。そのため格子欠陥が存在しない状態に比べて格子定数が大きくなる傾向にある。一方で、原料フェライト粉末にエアロゾルデポジション成膜処理を施すと、格子欠陥を起点とした塑性変形が起こる。また塑性変形に起因して活性面が生成するとともに、活性面が酸化する。結晶構造の再構築と活性な面の再酸化が起こるため、格子定数は変化しやすい。格子定数比(LCf/LCp)を上記範囲内に制御することで、結晶構造の再構築及び活性面の再酸化に伴うα-Fe2O3の量を所望の範囲内に調整することができ、その結果、優れた磁気特性を維持しつつ電気特性(電気絶縁性)に優れたフェライト層を形成することができる。格子定数比(LCf/LCp)は、より好ましくは0.99以上1.04以下である。
【0072】
格子定数の変化度合いは、原料フェライト粉末の製造条件や組成、並びに基材の材質及び種類によって異なる。具体的には、フェライト組成が化学的量論組成又は鉄(Fe)リッチの組成(MxFe3-xO4:0<x≦1、Mは金属原子)のときには、焼成条件にもよるが、原料フェライト粉末に含まれる酸素量が化学的量論比よりも実質的に少なくなりやすい。そのため原料フェライト粉末の格子定数が大きくなる傾向にある。一方でAD法により成膜されたフェライト層では、原料粒子の塑性変形に伴う酸化により結晶構造の再構成が行われるため、原料フェライト粉末よりも格子定数が小さくなる傾向にある。特にリチウム(Li)やマンガン(Mn)を含有するフェライト粉末や大気よりも低い酸素濃度下で焼成したフェライト粉末を用いた場合に、この傾向は顕著である。したがって、この場合にはLCf/LCpが1.00未満になりやすい。
【0073】
Fe量がフェライトの化学量論比(MxFe3-xO4:1<x、Mは金属原子)より少ない場合には、フェライトに含まれる酸素量が化学量論比と同程度になりやすい。またエアロゾルデポジション法により成膜されたフェライト層では、塑性変形による格子欠陥が増えるため、格子定数が大きくなる傾向にある。特に銅(Cu)を含有しているフェライト粉末や大気雰囲気下で焼成したフェライト粉末を用いた場合に、この傾向は顕著である。したがって、この場合にはLCf/LCpが1.00超になる傾向にある。
【0074】
格子定数比(LCf/LCp)は、エアロゾルデポジション成膜の条件を制御することで調整が可能である。すなわち原料微粒子の衝突速度を高めることで、歪み及び再酸化の進行を促すことができる。原料微粒子の衝突速度は、チャンバー内圧などを調整することで変化させることができる。また成膜速度を変えることで、再酸化の過度な進行を防ぐことができる。再酸化は原料微粒子の表面から進行するため、フェライト層の成膜速度を高めて原料微粒子の大気への暴露時間を短くすれば、再酸化の進行が抑制されるからである。
【0075】
原料フェライト粉末に含まれるスピネル相の結晶子径(CSp)に対するフェライト層に含まれるスピネル相の結晶子径(CSf)の比(CSf/CSp)は、好ましくは0.01以上0.50以下(0.01≦CSf/CSp≦0.50)である。エアロゾルデポジション成膜を経ることで、フェライトの結晶子径は変化する。基材との衝突時に歪みが生じるとともに活性な面が再酸化するためである。結晶子径比(CSf/CSp)が過度に小さくなる条件で成膜しても、緻密で密着力の高いフェライト層を得ることができない。フェライト層の内部応力が大きくなり過ぎてしまうからである。また、たとえ成膜できたとしても、内部応力によりフェライト層が容易に剥離してしまう。そのため経時安定性に欠ける。結晶子径比(CSf/CSp)は、より好ましくは0.05以上0.30以下、さらに好ましくは0.10以上0.20以下である。
【0076】
このようにして、本実施形態の磁性複合体を得ることができる。得られた磁性複合体において、フェライト層は緻密であるため、磁気特性及び電気特性(電気絶縁性)に優れている。また樹脂基材との密着力が高い。実際、本発明者らは、相対密度0.95以上であり、密着力が鉛筆硬度で8Hのフェライト層を備えた磁性複合体の作製に成功している。さらにフェライト層は高周波領域における磁気損失が比較的小さい。その上、限定されるものではないが、薄層化した樹脂基材を備えた磁性複合体は可撓性を有するため、複雑形状のデバイス作製が可能になる。このようなフェライト層を備える磁性複合体は、電磁波吸収体のみならず、トランス、インダクタンス素子、及びインピーダンス素子などの電子部品の用途に使用でき、特にUHFタグ、5G用フィルター、及び高周波用インダクタ―に好適である。
【0077】
このような本実施形態の磁性複合体を作製する技術は、本発明者らの知る限り、従来から知られたものでない。例えば、特許文献1で提案されるフェライト薄膜は、製造上、これを厚く成膜することが困難である。実際、特許文献1には、ポリエチレンテレフタレートフィルム上に、Mn-Zn系フェライトを対向ターゲット型マグネトロンスパッタ法により成膜することが開示されるものの、フェライト層の膜厚は3nmに過ぎない(段落[0030])。また特許文献2ではサブミクロン粒径のフェライト微粒子を原料に用いており(段落[0036])、このような微細な原料では、緻密で密着力の高いフェライト膜を成膜することは困難である。特許文献3では、AD法を用いて電波吸収体を作製することが開示されるものの(段落[0020]~[0021])、原料フェライト粒子の粒径の開示が無く、また得られたフェライト層について電波吸収特性以外の特性の詳細は不明である(段落[0020]~[0022])。
【実施例0078】
本発明を、以下の実施例を用いて更に詳細に説明する。しかしながら本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0079】
(1)磁性複合体の作製
[例1]
例1ではMnZn系フェライトを主成分とするフェライト粉末を作製し、得られたフェライト粉末を、ポリカーボネート(PC)板(樹脂基材)上に成膜して磁性複合体を作製した。フェライト粉末の作製及び成膜は、以下の手順で行った。
【0080】
<フェライト粉末の作製>
原料として、酸化鉄(Fe2O3)と四酸化三マンガン(Mn3O4)と酸化亜鉛(ZnO)を用い、Fe2O3:Mn3O4:ZnO=53:12.3:10のモル割合になるように原料の秤量及び混合を行った。混合はヘンシェルミキサーを用いて行った。得られた混合物を、ローラーコンパクターを用いて成型して、造粒物(仮造粒物)を得た。
【0081】
次いで、造粒した原料混合物(仮造粒物)を仮焼して、仮焼成物を作製した。仮焼成は、ロータリーキルンを用いて大気雰囲気下880℃×2時間の条件で行った。
【0082】
その後、得られた仮焼成物を粉砕及び造粒して、造粒物(本造粒物)を作製した。まず仮焼成物を、乾式ビーズミル(3/16インチφの鋼球ビーズ)を用いて粗粉砕した後、水を加えて、湿式ビーズミル(0.65mmφのジルコニアビーズ)を用いた微粉砕してスラリー化した。得られたスラリーは固形分濃度が50質量%であり、粉砕粉の粒径(スラリー粒径)は2.15μmであった。得られたスラリーに分散剤としてポリカルボン酸アンモニウム塩をスラリー中固形分25kgに対して50ccの割合で加え、さらにバインダーとしてポリビニルアルコール(PVA)の10質量%水溶液を500ccの添加量で加えた。その後、分散剤とバインダーを添加したスラリーを、スプレードライヤーを用いて造粒して、本造粒物を得た。
【0083】
そして、得られた本造粒物を、電気炉を用い、非酸化性雰囲気下1250℃×4時間の条件で焼成(本焼成)して、焼成物を作製した。次いで、得られた焼成物を、乾式ビーズミル(3/16インチφの鋼球ビーズ)を用いて粉砕して、粉砕焼成物を得た。
【0084】
<成膜>
得られた粉砕焼成物を用いて、樹脂基材の表面にフェライト層を成膜した。樹脂基材として、厚さ500μmのポリカーボネート(PC)板を用いた。このPC板は無色透明であった。また成膜は、エアロゾルデポジション法(AD法)により以下の条件で行った。
【0085】
‐キャリアガス(搬送ガス):空気
‐ガス流量:5.0L/分
‐成膜チャンバー内圧(成膜前):30Pa
‐成膜チャンバー内圧(成膜中):120Pa
‐基板走査速度:5mm/秒
‐コーティング回数:10回
‐基材からノズルまでの距離:20mm
‐ノズル形状:10mm×0.4mm
【0086】
[例2]
例2では、成膜時のコーティング回数を10回から20回に変更した。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0087】
[例3]
例3では、樹脂基材として、厚さ50μmのポリイミド(PI)フィルムを用いた。このPIフィルムは褐色透明であった。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0088】
[例4]
例4では、樹脂基材として、厚さ500μmのポリ塩化ビニル(PVC)板を用いた。このPVC板は無色透明であった。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0089】
[例5]
例5では、樹脂基材として、厚さ500μmのポリオキシメチレン(POM)板を用いた。このPOM板は白色不透明であった。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0090】
[例6]
例6では、樹脂基材として、厚さ500μmのアクリロ二トリル・ブタジエン・スチレン(ABS)板を用いた。このABS板は乳白色不透明であった。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0091】
[例7]
例7では、樹脂基材として、厚さ5000μmのポリエーテルエーテルケトン(PEEK)板を用いた。このPEEK板は灰色不透明であった。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0092】
[例8]
例8では、樹脂基材として、厚さ5000μmのポリアミド(PA)板を用いた。このPA板は青色不透明であった。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0093】
[例9(比較例)]
例9では、樹脂基材として、厚さ500μmのポリプロピレン(PP)板を用いた。このPP板は白色半透明であった。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0094】
[例10(比較例)]
例10では、樹脂基材として、厚さ500μmのポリメチルメタクリレート(PMMA)板を用いた。このPMMA板は無色透明であった。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0095】
[例11]
例11ではNiCuZn系フェライトを主成分とする原料粒子(フェライト粉末)を作製し、次いで得られたフェライト粉末を、ポリカ―ボネート(PC)板上に成膜して磁性複合体を作製した。フェライト粉末の作製及び成膜は、以下の手順で行った。
【0096】
<フェライト粉末の作製>
原料として、酸化鉄(Fe2O3)と酸化亜鉛(ZnO)と酸化ニッケル(NiO)と酸化銅(CuO)を用い、Fe2O3:ZnO:NiO:CuO=48.5:33:12.5:6のモル割合になるように原料の秤量及び混合を行った。混合にはヘンシェルミキサーを用いた。得られた混合物を、ローラーコンパクターを用いて成型して、造粒物(仮造粒物)を得た。
【0097】
次いで、造粒した原料混合物(仮造粒物)を仮焼して、仮焼成物を作製した。仮焼成は、ロータリーキルンを用いて大気雰囲気下910℃×2時間の条件で行った。
【0098】
その後、得られた仮焼成物を粉砕及び造粒して、造粒物(本造粒物)を作製した。まず仮焼成物を、乾式ビーズミル(3/16インチφの鋼球ビーズ)を用いて粗粉砕した後、水を加えて、湿式ビーズミル(0.65mmφのジルコニアビーズ)を用いて微粉砕してスラリー化した。得られたスラリーは固形分濃度が50質量%であり、粉砕粉の粒径(スラリー粒径)は2.77μmであった。得られたスラリーに分散剤としてポリカルボン酸アンモニウム塩をスラリー中固形分25kgに対して50ccの割合で加え、さらにバインダーとしてポリビニルアルコール(PVA)の10質量%水溶液を250ccの添加量で加えた。その後、分散剤とバインダーを添加したスラリーを、スプレードライヤーを用いて造粒して、本造粒物を得た。
【0099】
そして、本造粒物を、電気炉を用い、酸化性雰囲気下1100℃×4時間の条件で焼成(本焼成)して、焼成物を作製した。次いで、得られた焼成物を、乾式ビーズミル(3/16インチφの鋼球ビーズ)を用いて粉砕して、粉砕焼成物を得た。
【0100】
<成膜>
得られた粉砕焼成物を用いて、樹脂基材の表面にフェライト層を成膜した。樹脂基材として、厚さ500μmのポリカーボネート(PC)板を用いた。成膜は、例1と同様の手法で行った。
【0101】
[例12(比較例)]
例12では、焼成物を乾式ビーズミル処理する際の処理条件を変えて、微細な粉砕焼成物を得た。それ以外は例11と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0102】
[例13(比較例)]
例13では、焼成物を乾式ビーズミル処理する際の処理条件を変えて、微細な粉砕焼成物を得た。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0103】
[例14(比較例)]
例14では、成膜時のコーティング回数を10回から1回に変更した。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0104】
[例15(比較例)]
例15では、成膜時のガス流量を5.0L/分から1.0L/分に変更した。また成膜チャンバー内圧(成膜中)を120Paから80Paに変更した。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0105】
[例16(比較例)]
例16では、成膜時のガス流量を5.0L/分から2.5L/分に変更した。また成膜チャンバー内圧(成膜中)を120Paから100Paに変更した。それ以外は例1と同様にして、磁性複合体を作製した。
【0106】
[例17~例25]
磁性複合体製造条件を表1及び表2に示されるように変えて、磁性複合体を作製した。
【0107】
例1~例25につき、フェライト粉末及び磁性複合体の製造条件を表1及び表2にまとめて示す。
【0108】
【0109】
【0110】
(2)評価
例1~例25につき、フェライト粉末、樹脂基材及び磁性複合体について、各種特性の評価を以下のとおり行った。
【0111】
<粒子形状(原料粉末)>
フェライト粉末のSF-2の平均値及びアスペクト比の平均値を、次のようにして求めた。粒子画像分析装置(スペクトリス社、モフォロギG3)を用いてフェライト粉末を分析し、30000個の粒子について投影周囲長、投影面積、長軸フェレ径、及び短軸フェレ径を求めた。分析は倍率20倍の対物レンズを用いて行った。そして、得られたデータを用いて、各粒子について下記(1)式及び(2)式にしたがってSF-2及びアスペクト比を算出し、その平均値を求めた。
【0112】
【0113】
<粒度分布(原料粒子)>
フェライト粉末の粒度分布を、次のようにして測定した。まず試料0.1g及び水20mlを30mlのビーカーに入れ、分散剤としてヘキサメタリン酸ナトリウムを2滴添加した。次いで、超音波ホモジナイザー(株式会社エスエムテー、UH-150型)を用いて分散した。このとき、超音波ホモジナイザーの出力レベルを4に設定し、20秒間の分散を行った。その後、ビーカー表面にできた泡を取り除き、レーザー回折式粒度分布測定装置(島津製作所株式会社、SALD-7500nano)に導入して測定を行った。この測定により、体積粒度分布における10%累積径(D10)、50%累積径(D50;平均粒径)、及び90%累積径(D90)を求めた。測定条件は、ポンプスピード7、内蔵超音波照射時間30、屈折率1.70-050iとした。そしてD10、D50及びD90を用いて、下記式(3)にしたがってCV値を算出した。
【0114】
【0115】
<XRD(原料粉末、フェライト層)>
フェライト粉末、及び磁性複合体のフェライト層について、X線回折(XRD)法による分析を行った。分析条件は以下に示すとおりにした。
【0116】
‐X線回折装置:パナリティカル社製X’pertMPD(高速検出器含む)
‐線源:Co-Kα
‐管電圧:45kV
‐管電流:40mA
‐スキャン速度:0.002°/秒(連続スキャン)
‐スキャン範囲(2θ):15~90°
【0117】
得られたX線回折プロファイルにおいて、スピネル相の(222)面回折ピークの積分強度(I222)と(311)面回折ピークの積分強度(I311)を求めて、XRDピーク強度比(I222/I311)を算出した。またX線回折プロファイルに基づき、スピネル相とα-Fe2O3のそれぞれの含有割合を求めた。
【0118】
さらにX線回折プロファイルをリートベルト解析して、スピネル相の格子定数(LCp、LCf)を見積もり、さらにシェラーの公式に従い、スピネル相の結晶子径(CSp、CSf)を求めた。そして成膜前後のスピネル相の格子定数変化率(LCf/LCp)、及び結晶子径変化率(CSf/CSp)を算出した。
【0119】
<磁気特性(原料粒子、磁性複合体)>
フェライト粉末及び磁性複合体の磁気特性(飽和磁化、残留磁化及び保磁力)を、次のようにして測定した。まず内径6mm、高さ2mmのセルに試料を詰めて、振動試料型磁気測定装置(東英工業株式会社、VSM-C7-10A)にセットした。印加磁場を加えて5kOeまで掃引し、次いで印加磁場を減少させて、ヒステリシスカーブを描かせた。得られたカーブのデータより、試料の飽和磁化(σs)、残留磁化(σr)及び保磁力(Hc)を求めた。
【0120】
なお、磁性複合体の厚さがフェライト層を含めて2mm以下の場合には、磁性複合体を外径6mmの円盤状に加工したのち、加工後の磁性複合体をセルに詰めて測定した。磁性複合体の厚さが、フェライト層を含めて2mmを超える場合には、磁性複合体のフェライト層が形成されていない面(樹脂面)を研削して、厚さが500μmとなるように加工し、さらに外径6mmの円盤状に打ち抜き、打ち抜いた磁性複合体をセルに詰めて測定した。
【0121】
<真比重(原料粒子)>
原料粒子の真比重を、JIS Z8837:2018に準じてガス置換法で測定した。
【0122】
<厚さ及び元素分布(フェライト層)>
フェライト層の断面を、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて観察し、厚さを求めた。そして顕微鏡付属のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて、断面における元素マッピング分析を行い、マッピング像を得た。
【0123】
<密度(フェライト層)>
フェライト層の密度を、次のようにして測定した。まずフェライト層を成膜する前の樹脂基材単体の質量を測定した。次いで、フェライト層を成膜後の樹脂基材の質量を測定し、樹脂基材単体の質量との差を算出して、フェライト層の質量を求めた。またフェライト層の成膜面積と膜厚を測定した。膜厚は、フェライト層の断面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察して求めた。そして、フェライト層の密度を、下記(4)式にしたがって算出した。
【0124】
【0125】
<表面粗さ(樹脂基材、フェライト層)>
レーザーマイクロスコープ(レーザーテック株式会社、OPTELICS HYBRID)を用いて、樹脂基材とフェライト層のそれぞれの表面の算術平均高さ(Sa)と最大高さ(Sz)を評価した。各サンプルについては10点の測定を実施し、その平均値を求めた。測定はJIS B 0601-2001に準拠して行った。またフェライト層の算術平均高さ(Sa)との厚さ(dF)から、粗さ比(Sa/dF)を算出した。
【0126】
<表面抵抗(樹脂基材、フェライト層)>
フェライト層の表面抵抗を、抵抗率計(三菱化学株式会社、LorestaHP MCP-T410)を用いて測定した。各サンプルについては10点の測定を実施し、その平均値を求めた。
【0127】
<透磁率(磁性複合体)>
磁性複合体の透磁率を、ベクトルネットワークアナライザ(Keysight、PNA N5222B、10MHz~26.5GHz)と透磁率測定用治具(キーコム株式会社)を用いて、マイクロストリップライン複素透磁率測定法で行った。具体的には、磁性複合体を切り取り、測定用サンプルとして透磁率測定用治具にセットした。次いで、100MHz~10GHzの範囲における測定周波数の掃引を対数スケールで行った。周波数1GHzでの複素透磁率の実部μ’及び虚部μ’’を求め、損失係数(tanδ)を下記(5)式にしたがって算出した。
【0128】
【0129】
なお、磁性複合体の厚さがフェライト層を含めて1mm以下の場合には、磁性複合体を幅5mm、長さ10mmの短冊状に加工し、加工後の磁性複合体を測定治具にセットして測定した。磁性複合体の厚さがフェライト層を含めて1mmを超える場合には、磁性複合体のフェライト層が形成されていない樹脂面を研削して、厚さが500μmとなるように加工し、さらに幅5mm、長さ10mmの短冊状に加工し、加工後の磁性複合体を測定治具にセットして測定した。
【0130】
<屈曲性(磁性複合体)>
磁性複合体(基材厚さ50μm)をインチ管に巻き付けて屈曲性を評価した。具体的には、外径1/16インチの管、外径1/8インチの管、外径1/4インチの3種類のインチ管を用意し、フェライト層が外側になるようにそれぞれのインチ管に磁性複合体を巻き付けた。そして、フェライト層の状態を目視にて観察し、以下の基準に従って○~×に格付けした。
【0131】
○:巻き付け前後でフェライト層に変化が見られなかった。
△:巻き付け後にフェライト層にひびが発生した。
×:巻き付け後にフェライト層が剥がれた。
【0132】
<密着性(磁性複合体)>
フェライト層と樹脂基材の密着性を鉛筆硬度試験(鉛筆引っかき試験)で評価した。測定は旧JIS K5400に準拠して行った。各試験では、同一の濃度記号の鉛筆で引っかくことを5回繰り返した。その際、1回引っかくごとに鉛筆の芯の先端を研いだ。なお、鉛筆硬度は、3B、2B、B、HB、F、H、2H、3H、4H、5H、6H、7H、8H、9H、10Hの順に高くなり、硬度が高いほど密着性に優れることを意味する。
【0133】
<密着性(磁性複合体)>
磁性複合体(基材厚さ500μm、5000μm)についてフェライト層と樹脂基材の密着性をクロスカット法で評価した。測定はJIS K5600-5-6:1999に準拠して行った。また得られた評価結果に基づき、サンプルを以下の基準にしたがって格付けした。
【0134】
A:カットの縁が完全に滑らかで、どの格子の目にも剥がれがない。
B:カットの交差点において塗膜の小さな剥がれが発生する。クロスカット部分で影響を受ける数は、明確に5%を上回ることはない。
C:塗膜がカットの縁に沿って及び/又は交差点において剥がれている。クロスカット部分で影響を受ける数は明確に5%を超えるが15%を上回ることはない。
D:塗膜がカットの縁に沿って部分的又は全面的に大きく剥が剥がれている、及び/又は目のいろいろな部分が部分的又は全面的にはがれている。クロスカット部分で影響を受ける数は、明確に15%を超えるが35%を上回ることはない。
E:塗膜がカットの縁に沿って部分的又は全面的に大きく剥がれている、及び/又は数か所の目が部分的又は全面的に剥がれている。クロスカット部分で影響を受ける数は、明確に65%を上回ることはない。
F:A~Eで分類できない剥がれ程度である。
【0135】
(3)評価結果
例1~例25につき、フェライト粉末の特性と樹脂基材の特性を、それぞれ表3及び表4に示す。また磁性複合体の特性を表5及び表6に示す。
【0136】
表3に示されるように、例1~例11及び例14~例25で成膜に用いたフェライト粉末は、いずれもスピネル相の含有割合は99質量%以上と高く、スピネル型フェライトの合成が十分に進んでいた。またXRDピーク強度比(I222/I311)は0.04~0.05程度であり、一般のスピネル型フェライトと遜色がなかった。さらに平均粒径(D50)は3.6~5.2μmであり、結晶子径は10~18nm程度であった。一方で例12及び例13のフェライト粉末は、スピネル相の含有割合が96質量%未満と低かった。また結晶子径は2~5nm程度と小さく、磁気特性に劣るものであった。乾式ビーズミル処理時の粉砕条件を強化して微粒化したため、原料の酸化が進行したと考えている。
【0137】
表5及び表6に示されるように、例1~例8、例11及び例17~例25の磁性複合体は、フェライト層の厚さ(dF)が2.0μm以上であり、XRDピーク強度比(I222/I311)がゼロ(0)であった。またα-Fe2O3量が0.5~19.7質量%程度であり、結晶子径が2.20nm未満と小さかった。そのため、これらのサンプルは、相対密度及び密着力が比較的高く、表面抵抗が高かった。特に、例1、例4、例7及び例8は相対密度が90%以上と非常に高く、密着性試験の結果も鉛筆硬度で5H以上と非常に優れていた。また例3、例17~25の磁性複合体は、屈曲性試験の結果が良好であった。
【0138】
一方で、例9では基材に比重が小さいポリプロピレンを用いたため基材との密着性が弱く、低い密度のフェライト層が形成されたため十分な磁気特性が得られなかった。また、例10では、成膜時に高速噴射されたフェライト粉末により樹脂基材が削れてしまい、フェライト層を成膜することができなかった。これは基材を構成する樹脂(PMMA)とフェライト粉末の相性が悪く、アンカー効果が適切に機能しなかったためと考えられる。また例12~例16では、フェライト層を成膜できたように見えたものの、指でこするとフェライト層がすぐに剥がれてしまった。特に例12~15については、圧粉体と呼ばれる粉末の積層体となり、成膜には至らない結果となった。そのため、例10及び例12~16については、不均一(まだら)な成膜となり、各種特性の測定は不可能であった。
【0139】
例1について得られた磁性複合体のフェライト層について、断面元素マッピング像を
図10(a)~(f)に示す。ここで
図10(a)~(f)は、それぞれ電子線像(a)、炭素(C)マッピング像(b)、酸素(O)マッピング像(c)、マンガン(Mn)マッピング像(d)、鉄(Fe)マッピング像(e)、亜鉛(Zn)マッピング像(f)である。また
図10(a)~(f)は、樹脂基材を下側に、フェライト層は上側に示している。
【0140】
樹脂基材とフェライト層は成分元素が明確に分かれていた。すなわち炭素(C)は基材側に存在し、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)及び酸素(O)はフェライト層側のみに存在していた。このことから、樹脂基材とフェライト層との間で、反応による元素の拡散が生じていないことが分かった。
【0141】
例1について得られた磁性複合体の透磁率(実部μ’、虚部μ’’)を
図11に示す。低周波側から1GHz以上の高い周波数域にわたって、μ’’がほぼ0のままでμ’が一定の値を示すこと、及び、1GHz以上の周波数においてはμ’’が極大値を取ることが分かった。
【0142】
これらの結果から、本実施形態の磁性複合体は、緻密で膜厚が比較的厚く、磁気特性に優れ、さらに密着性が良好なフェライト層を備えることが分かった。
【0143】
【0144】
【0145】
【0146】