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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022122577
(43)【公開日】2022-08-23
(54)【発明の名称】全固体電池の化学状態測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20220816BHJP
   H01M 10/48 20060101ALI20220816BHJP
【FI】
G01N21/65
H01M10/48 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021019910
(22)【出願日】2021-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】古田 典利
(72)【発明者】
【氏名】白取 英恵
(72)【発明者】
【氏名】大瀧 光俊
(72)【発明者】
【氏名】吉田 淳
【テーマコード(参考)】
2G043
5H030
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043CA05
2G043EA03
2G043EA14
5H030AA10
5H030FF41
5H030FF51
(57)【要約】
【課題】充電時または放電時に全固体電池を短絡させることなく、励起光の照射で発生するラマン散乱光の信号強度を増強し、全固体電池の充電または放電状態における化学状態をin-situ測定できる測定方法を提供する。
【解決手段】正極材層、負極材層、セパレータ層からなる全固体電池の充放電状態におけるイオンの化学状態についてラマン分光法を用いて測定する全固体電池の化学状態測定方法であって、正極材層および/または負極材層における測定面の表面に金属ナノ粒子を該粒子の重なりがないように蒸着させ、正極材層および/または負極材層の表面に励起光を照射してラマン散乱光を得ることを特徴とする、全固体電池の化学状態測定方法である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極材層、負極材層、セパレータ層からなる全固体電池の充放電状態におけるイオンの化学状態についてラマン分光法を用いて測定する全固体電池の化学状態測定方法であって、
前記正極材層および/または前記負極材層における測定面の表面に金属ナノ粒子を該粒子の重なりがないように蒸着させ、前記正極材層および/または前記負極材層の前記表面に励起光を照射してラマン散乱光を得ることを特徴とする、全固体電池の化学状態測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、全固体電池の化学状態測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
全固体リチウムイオン二次電池(以下、全固体電池ともいう)は、正極、セパレータ層、及び負極がこの順で積層されており、Liイオンが固体電解質を介して正極と負極との間を行き来することにより充放電を行う。そこで、全固体電池の化学状態を、充電または放電状態においてその場で(以下、in-situともいう)測定することは、高性能な全固体電池を開発するための材料設計および製造工程の最適化において重要な情報になる。より具体的には、電極内の電池反応部分である活物質におけるLiイオンの脱離や吸蔵等の反応分布は、粒子の分散性、電極塗工の不均一、拘束圧力分布、イオン伝導・電子伝導パス等によるため、不均一な反応分布の状態で充放電を繰り返すと、全固体電池の劣化の原因となるため、反応分布の解析は重要である。
【0003】
また、全固体電池の充放電中の活物質の化学状態はラマン分光法により測定可能である。ラマン分光法とは、物質に一定振動数の励起光を照射し、得られる散乱光を分光してスペクトルを得、照射光と異なる波長のラマン散乱光を検出する方法である。
このようなラマン分光法を用いた技術として、特許文献1には、ラマン活性がない金属基盤の解析で、導電性の金属被膜を基板表面に形成して、その上に金属ナノ粒子を配置して、ラマン散乱光の信号を増強して測定する表面増強ラマン分光法が開示されている。また、特許文献2には、電池をラマン分光法でin-situ測定する測定用セルが開示されている。また、特許文献3には、凹凸を有する固体表面に吸着した物質のラマンスペクトルを定性的に測定できるラマン分光法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010-025753号公報
【特許文献2】特許第5661901号公報
【特許文献3】特許第6368516号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の表面増強ラマン分光法では、ラマン散乱光の信号を増強させる方法として、測定対象物上に金属ナノ粒子とのギャップを形成して測定することが提案されている。全固体電池の充電または放電状態における化学状態をin-situ測定する場合、ギャップを設けるための導電性の被膜形成や金属ナノ粒子形成のため、電池が短絡する虞があり、電池が短絡すると充放電によるLiイオンの脱離や吸蔵の様子は測定できない。さらに、測定対象物は被膜の厚さが500nm以下の薄膜であるため、全固体電池の化学状態測定には適さない。
【0006】
ラマン分光法の中でも、金属ナノ探針を用いたチップ増強ラマン(以下、TERS(Tip-enhanced Raman scattering)ともいう)分光法は、金属ナノ探針(以下、探針ともいう)を測定試料表面上で二次元的に走査し、各点におけるラマン散乱光のスペクトルを得る方法であり、例えば、探針先端の光照射によって励起される局在プラズモンポラリトンによる電場増強効果や探針による吸収分子内の電荷の変更による化学的増強効果等によりラマン散乱光の信号強度を増強し、活物質粒子内の化学状態を高分解能で分析できる方法である。しかしながら、従来のTERS分光法による全固体電池の化学状態測定では、例えばSiのラマン散乱光の信号増強の効果は確認されておらず、活物質の過膨張等は検出できないため、電極材層全体の平均的なLi吸蔵分布の測定にとどまる。
また、特許文献2に記載の測定用セルは、観察窓(石英ガラス)を有するため、探針を試料に近づける必要があるTERS分光法で用いることができない。
【0007】
そこで、本開示の目的は、上記実情を鑑み、充電時または放電時に全固体電池を短絡させることなく、励起光の照射で発生するラマン散乱光の信号強度を増強し、全固体電池の充電または放電状態における化学状態をin-situ測定できる測定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は、上記課題を解決するための一つの手段として、正極材層、負極材層、セパレータ層からなる全固体電池の充放電状態におけるイオンの化学状態についてラマン分光法を用いて測定する全固体電池の化学状態測定方法であって、正極材層および/または負極材層における測定面の表面に金属ナノ粒子を該粒子の重なりがないように蒸着させ、正極材層および/または負極材層の表面に励起光を照射してラマン散乱光を得ることを特徴とする、全固体電池の化学状態測定方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本開示の全固体電池の化学状態測定方法によれば、充電時または放電時に全固体電池を短絡させることなく、励起光の照射で発生するラマン散乱光の信号強度を増強し、全固体電池の充電または放電状態におけるイオンの化学状態をin-situ測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態に係る全固体電池の化学状態測定方法について概要を説明する図である。
図2】本発明の一実施形態に係る測定セル100の概要図である。図2(a)は、上面図、図2(b)は側面図、図2(c)はラマン分光測定装置との位置を示す一例の上面図、図2(d)はラマン分光測定装置との位置を示す一例の断面図である。
図3図1の測定エリアIにおいて、測定面に均一に蒸着した金粒子の様子を撮影したSPM像である。
図4】本発明の一実施形態に係る負極材層におけるラマンスペクトルとLixSi/Si強度比のマップ図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示の全固体電池の化学状態測定方法の一実施形態について、以下、図を参照しつつ説明するが、本発明は実施形態に限定されない。
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態にかかる全固体電池の化学状態測定方法について、測定対象となる全固体電池、測定電池の作製方法、測定セル、化学状態測定方法を順に実施形態に基づいて説明する。ただし、本発明は実施形態に限定されない。 なお、図1および図2において、X軸、Y軸、Z軸は、3次元空間における方向を規定する。
【0012】
[全固体電池]
本発明において測定対象となる全固体電池は、活物質を含む活物質層が、集電体上に形成されてなる電極材層を有する公知の全固体電池を特に限定されず用いることができ、例えば、硫化物系全固体二次電池、酸化物系全固体二次電池、有機物系全固体二次電池であってもよく、より具体的には全固体リチウムイオン二次電池、全固体ナトリウム二次電池、および、全固体リチウム電池が挙げられる。
【0013】
図1は、本発明の一実施形態に係る全固体電池の化学状態測定方法について概要を説明する図である。図1に示すように、本発明において測定対象となる全固体電池10は、正極材層20、セパレータ層30、負極材層40がこの順で積層されている。正極材層20は、正極活物質を含有する正極活物質層21と正極集電体22とを有し、負極材層40は、負極活物質を含有する負極活物質層41と負極集電体42とを有している。全固体電池10は、正極材層20、セパレータ層30、負極材層40からなる1つの積層体であってもよく、電池性能を向上させる観点から複数の積層体であってもよい。また、1の積層体と他の積層体との間で、構成要素を共有してもよい。
【0014】
以下、全固体電池10の各構成について説明する。なお、本明細書において「粒径」とは、レーザ回折・散乱法によって測定された体積基準の粒度分布において、積算値50%での粒子径(D50)を意味する。体積基準の粒度分布はSEMによって計測されてもよい。
【0015】
<正極材層>
正極材層20は、正極活物質を含有する正極活物質層21と正極集電体22とを有しており、正極活物質層21はセパレータ層30に接して配置されている。なお、正極活物質層21は、正極集電体22とセパレータ層30の片面に形成されていても、両面に形成されていてもよい。
【0016】
{正極活物質層}
正極活物質層21は少なくとも正極活物質を含む。正極活物質は全固体電池に適用可能な公知の正極活物質を用いればよい。例えば、コバルト酸リチウム、ニッケル酸リチウム等のリチウム含有複合酸化物や、硫黄系活物質、チタン酸リチウム(LTO)等を用いることができる。正極活物質の粒径は特に限定されないが、例えば0.5μm~50μmの範囲である。正極活物質層21における正極活物質の含有量は、例えば50重量%~99重量%の範囲である。正極活物質は表面がニオブ酸リチウム層やチタン酸リチウム層、リン酸リチウム層等の酸化物層で被覆されていてもよい。
【0017】
正極活物質層21は任意に固体電解質を備えていてもよい。固体電解質としては酸化物固体電解質や硫化物固体電解質等が挙げられる。好ましくは硫化物固体電解質である。酸化物固体電解質としては、例えばLiLaZr12、Li7-xLaZr1-xNb12、LiPO、Li3+xPO4-x(LiPON)等が挙げられる。硫化物固体電解質としては、例えばLiPS、LiS-P、LiS-SiS、LiI-LiS-SiS、LiI-SiS-P、LiS-P-LiI-LiBr、LiI-LiS-P、LiI-LiS-P、LiI-LiPO-P、LiS-P-GeS等が挙げられる。正極活物質層21における固体電解質の含有量は特に限定されないが、例えば1重量%~50重量%の範囲である。
【0018】
正極活物質層21は任意に導電助剤を備えていてもよい。導電助剤は、その添加により、正極活物質層の電子伝導性を向上させることができる。導電助剤としては、例えば、アセチレンブラックやケッチェンブラック、気相法炭素繊維(VGCF)等の炭素材料やニッケル、アルミニウム、ステンレス鋼等の金属材料が挙げられる。正極活物質層21における導電助剤の含有量は特に限定されないが、例えば0.1重量%~10重量%の範囲である。
【0019】
正極活物質層21は任意にバインダを備えていてもよい。バインダは、化学的、電気的に安定なものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ブタジエンゴム(BR)、ブチレンゴム(IIR)、アクリレートブタジエンゴム(ABR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)等のゴム系結着材、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリフッ化ビニリデン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(PVDF-HFP)ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等のフッ素系結着材、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)等のオレフィン系結着材、カルボキシメチルセルロース(CMC)等のセルロース系結着材等が挙げられる。正極活物質層21におけるバインダの含有量は特に限定されないが、例えば0.1重量%~10重量%の範囲である。
【0020】
正極活物質層21の厚みは特に限定されず、所望の電池性能に応じて適宜設定すればよい。例えば、0.1μm~1mmの範囲である。
【0021】
{正極集電体}
正極活物質層21に含まれる正極活物質の集電を行う正極集電体22は、金属箔や金属メッシュ等により構成すればよい。特に金属箔が好ましい。正極集電体22を構成する金属としては、例えばステンレス鋼、アルミニウム、ニッケル、鉄、銅、チタンおよびカーボン等が挙げられる。正極集電体22の厚みは特に限定されず、従来と同様でよい。例えば0.1μm~1mmの範囲である。
【0022】
{正極材層の作製}
正極材層20の作製方法は特に限定されず、公知の方法により作製することができる。例えば、正極活物質層21を構成する材料を溶媒とともに混合してスラリーとし、当該スラリーを基材である正極集電体22(セパレータ層30であってもよい。)にドクターブレード法、ダイコート法、グラビア法等の湿式法で表面に塗布して、乾燥させることにより正極材層20を作製することができる。
【0023】
<セパレータ層>
セパレータ層30は、正極材層20および負極材層40の間に形成され、例えば固体電解質層であってもよい。固体電解質層は、少なくとも固体電解質を含有する。
固体電解質としては、正極活物質層21に用いられる固体電解質と同様の種類のものを用いることができる。固体電解質層における固体電解質の含有量は、例えば20重量%~99重量%の範囲であり、より好ましくは、50重量%~99重量%の範囲である。
【0024】
固体電解質層は任意にバインダを備えていてもよい。バインダは、正極活物質層21に用いられるバインダと同様の種類のものを用いることができ、固体電解質層におけるバインダの含有量は特に限定されないが、例えば0.1重量%~10重量%の範囲である。
【0025】
セパレータ層30の厚みは特に限定されず、従来と同様でよい。例えば5μm~1mmの範囲であり、より好ましくは10μm~100μmの範囲である。
【0026】
<負極材層>
負極材層40は、負極活物質を含有する負極活物質層41と負極集電体42とを有しており、負極活物質層41はセパレータ層30に接して配置されている。なお、負極活物質層41は、負極集電体42とセパレータ層30の片面に形成されていても、両面に形成されていてもよい。
【0027】
{負極活物質層}
負極活物質層41は少なくとも負極活物質を含む。負極活物質は全固体電池に適用可能な公知の負極活物質を用いればよい。例えば、Si、Si合金等のシリコン系活物質や、グラファイト、ハードカーボン等の炭素系活物質、チタン酸リチウム等の各種酸化物系活物質、リチウム合金のリチウム系活物質等を用いることができる。より堅調な効果が得られるのは、ラマン活性がLi量により大きく変化するSi系、C系活物質である。負極活物質の粒径は特に限定されないが、例えば5μm~50μmの範囲である。負極活物質層41における負極活物質の含有量は、例えば30重量%~90重量%の範囲である。
【0028】
負極活物質層41は任意に固体電解質を備えていてもよい。固体電解質は、正極活物質層21に用いられる固体電解質と同様の種類のものを用いることができる。負極活物質層41における固体電解質の含有量は特に限定されないが、例えば10重量%~70重量%の範囲である。
【0029】
負極活物質層41は任意に導電助剤を備えていてもよい。導電助剤は、正極活物質層21に用いられる導電助剤と同様の種類のものを用いることができる。負極活物質層41における導電助剤の含有量は特に限定されないが、例えば0.1重量%~20重量%の範囲である。
【0030】
負極活物質層41は任意にバインダを備えていてもよい。バインダは、正極活物質層21に用いられる導電助剤と同様の種類のものを用いることができる。負極活物質層41におけるバインダの含有量は特に限定されないが、例えば0.1重量%~10重量%の範囲である。
【0031】
負極活物質層41の厚みは特に限定されず、所望の電池性能に応じて適宜設定すればよい。例えば、0.1μm~1mmの範囲である。
【0032】
{負極集電体}
負極活物質層41に含まれる負極活物質の集電を行う負極集電体42は、金属箔や金属メッシュ等により構成すればよい。特に金属箔が好ましい。負極集電体42を構成する金属としては、例えばステンレス鋼、アルミニウム、ニッケル、鉄、銅、チタンおよびカーボン等が挙げられる。負極集電体42の各々の厚みは特に限定されず、従来と同様でよい。例えば0.1μm~1mmの範囲である。
【0033】
{負極材層の作製}
負極材層40の作製方法は特に限定されず、公知の方法により作製することができる。例えば、負極活物質層41を構成する材料を溶媒とともに混合してスラリーとし、当該スラリーを基材である負極集電体42(セパレータ層30であってもよい。)にドクターブレード法、ダイコート法、グラビア法等の湿式法で表面に塗布して、乾燥させることにより負極材層40を作製することができる。
【0034】
<全固体電池の作製>
全固体電池10の作製方法は特に限定されるものではなく、正極材層20と負極材層40との間にセパレータ層30が配置されるように接合されればよく、公知の全固体電池における作製方法を用いることができる。
【0035】
[測定電池の作製方法]
本発明において、後述するラマン分光法による測定において測定対象となる面、すなわち、ラマン散乱光Sを発生させるための励起光Eが照射される面は、全固体電池の積層方向に沿った断面であり、活物質層が露出している表面となる。以下、in-situ測定で測定対象となる全固体電池の断面は、測定面10aともいい、ラマン散乱光Sを発生させるための励起光Eが照射される面である。当該測定面10aの大きさは特に限定されないが、例えば1mm~1cmであってもよい。測定対象となる全固体電池の厚さは特に限定されないが、例えば10μm~1000μmであってもよい。
【0036】
ラマン分光法による測定において、円滑に走査できる平坦な断面を得る観点から、断面はイオンミリング装置で平坦化することが好ましい。イオンミリング装置とは試料の断面に集束していないブロードなAr等のイオンビームを照射することで、観察・測定用の研磨・エッチングを行う断面研磨装置である。ただし、長時間平坦化のためのイオンビームを照射すると電池内のイオンがなくなり電気容量が小さくなるため、ミリング加工前後において電池電圧を一定に確保しながらミリング加工することが好ましい。例えば、100μm×1mm~100μm×2mmの表面の平坦化における、ミリング時間は4時間~8時間程度、イオンビームの強さ設定を2mA~4mA程度としてもよい。
【0037】
ここで、「平坦な断面」とは、in-situ測定で測定対象となる全固体電池の断面が、顕微鏡の焦点を合わせることができる程度に平坦化された断面であることを意味し、例えば、測定対象となる全固体電池の一断面内での凹凸差が1μm以下であってもよい。
【0038】
測定対象となる全固体電池の積層方向に沿った断面(測定面10a)の表面上に金属ナノ粒子を配置する。金属ナノ粒子を配置することで、ラマン散乱光の信号を増強できる。金属ナノ粒子は、該表面において、粒子間で水平方向(図1のX方向およびY方向)および垂直方向(図1のZ方向)において、重なり合ったり、接触したりしないように配置される。そのように金属ナノ粒子間の接触を抑制することで、電池の短絡を防ぐことができる。測定面10a上に金属ナノ粒子を配置する方法は、金属ナノ粒子を該粒子の重なりがなければ限定されず公知の方法を用いることができるが、例えば、蒸着が挙げられ、蒸着時間を制御することで、金属ナノ粒子間の接触は抑制される。例えば、蒸着時間は0.5秒~10秒であってもよい。なお、金属ナノ粒子は、測定面10aにおいて、正極材層および/または負極材層の表面に配置されていればよく、セパレータ層も含んだ全固体電池の測定面10a全体に配置されていてもよいし、測定面10aの一部に配置されていてもよい。
【0039】
金属ナノ粒子は、プラズモン増強能を有する金属が好ましく、例えば、金、白金、銀、銅の粒子が挙げられる。
【0040】
金属ナノ粒子の形状は特に問わない。金属ナノ粒子の形状としては、略球状、棒状、円柱状などを採用することができるが、金属ナノ粒子の表面プラズモン増強能をより効果的に発揮させる観点から、金属ナノ粒子が略球状であり、且つ、当該粒子の粒径が10nm~40nmの範囲であることが好ましく、10nm~20nmの範囲であることがより好ましい。
【0041】
[測定セル]
測定セル100は、活物質を含む活物質層が集電体上に形成されてなる電極材層を有する全固体電池10の化学状態を、ラマン分光法によって測定する測定セルである。図2は、本発明の一実施形態にかかる測定セルの一例を示す図である。図2(a)は、上面図、図2(b)は側面図、図2(c)はラマン分光測定装置との位置を示す一例の上面図、図2(d)はラマン分光測定装置との位置を示す一例の断面図である。図2に示すように、測定セル100は、全固体電池10を収容するための収容部104、接続端子の機能を有する拘束印加部102を備えている。
正極集電体22、正極活物質層21、セパレータ層30、負極活物質層41、および、負極集電体42が当該順で積層されている全固体電池10は、その積層方向(図1におけるY方向)で拘束治具102Aと拘束治具102Bとに挟まれるように収容部104内に収容される。そして、全固体電池の積層方向に沿った断面である測定面が上面となるように測定セル100に設置され、測定面10aとなる。
ラマン分光測定装置のステージ73上に測定セル100は設置され、ラマン分光測定装置のカンチレバー71および検出部72は測定セル100内に収容された全固体電池10に励起光の照射およびラマン散乱光の検出のために配置される。
【0042】
収容部104は、ステー101上に配置された拘束治具102Aと拘束治具102Bとをねじ止め部103により留めることで形成され、測定対象となる全固体電池10を収容する。ステー101は、電池をラマン分光測定装置に容易に設置できるための部材であり、例えば樹脂製で、底面の位置決めのザグリ穴を有していてもよい。
【0043】
拘束印加部102では、拘束治具102Aと拘束治具102Bとで挟むように全固体電池10を配置し、ねじ止め部103により拘束治具102Aと拘束治具102Bとを留めることで拘束する。拘束印加部102により全固体電池10が拘束されていればよいが、0.2MPa~20MPaの範囲程度の加圧状態にされてもよい。
【0044】
拘束印加部102では、拘束治具102Aと拘束治具102Bとで挟むように全固体電池10を配置できればよいが、図2(a)に示すように、全固体電池10を拘束治具102Aの凹部と拘束治具102Bの凸部とで挟むように設置してもよい。また、図2(c)および図2(d)に示すように、拘束印加部102はラマン散乱光を取得する検出部72と干渉しなければ、その形状は限定されない。また、後述する探針70を備えたカンチレバー71の駆動範囲に全固体電池10が設置されれば、全固体電池10内の任意の位置の化学状態測定が可能になる。拘束印加部102の高さは、カンチレバー71の操作を妨げない高さであればよい。ここで、「拘束印加部102の高さ」とは、拘束治具102Aと拘束治具102BのZ方向の長さを意味する。
【0045】
拘束治具102Aおよび拘束治具102Bは接続端子の機能を有し、集電体と外部機器とを電気的に接続する部材である。拘束治具102Aに備えられた接続端子105A、および、拘束治具102Bに備えられた接続端子105Bを充放電装置等の外部機器と接続することにより、充放電を行うことができる。拘束治具102Aおよび拘束治具102Bの材料は、特に限定されないが、例えばステンレス鋼、Al等が挙げられる。また、接続端子の表面の材料は、導電性を有するものであれば、特に限定されないが、例えばNi、Au、ステンレス鋼、Al、Cu、Pt等が挙げられる。
【0046】
ねじ止め部103は、拘束治具102Aと拘束治具102Bとで全固体電池10を拘束印加し留めるための部材である。
【0047】
上記測定電池と測定セルの構成によれば、収容部104に全固体電池10を収容するとともに、拘束印加部102によって全固体電池10の正極材層20、負極材層40が、セパレータ層30を挟んで拘束される。接続端子を介して全固体電池10の充放電が行い、金属ナノ粒子80を該粒子の重なりがないように蒸着させた正極材層および/または負極材層の測定面の表面に励起光を照射してラマン散乱光を得るラマン分光法によって充放電反応状態における全固体電池10のイオンの化学状態をin-situ測定することができる。
【0048】
[化学状態測定方法]
TERS分光法では、プラズモン共鳴効果を利用したラマン分光測定装置の探針先端部を介して測定面10aに励起光を照射し、ラマン散乱光を取得する。ラマン分光測定装置としては、公知のラマン分光測定装置を用いることができ、例えば、走査型プローブ顕微鏡が挙げられる。TERS分光法による空間分解能は、例えば、10nm~100nm程度である。
【0049】
探針70は、収容部104に収容された全固体電池10の測定面10aに、ラマン散乱光を発生させるための励起光を照射させる部材であり、測定の場所を特定するために配置される。探針70は、カンチレバー71の先端に配置され、ラマン散乱光の信号を増強する観点から金や銀等の金属でその表面が被覆されていることが好ましい。なお、図1に示すように、探針70は、表面に金属ナノ粒子80が蒸着された全固体電池10の測定面10aと密接して配置される。
【0050】
励起光としては、例えば波長500nm~600nmの励起用レーザ光が挙げられる。励起光の照射方向は、特に限定されないが、例えば斜方照射である。測定面10aの斜め上方に探針70を配置して、励起光を照射してラマン散乱光が得られる。
【0051】
TERS分光法による測定は、ラマン分光測定装置も含めて、大気非暴露の環境で行うことが好ましい。大気非暴露な環境にすることで実電池と同じ環境での電池性能を評価できる。
【0052】
本発明者らは、活物質粒子のLi吸蔵分布を検出する方法として、TERS分光法において、全固体電池の電極材層にラマン活性な物質がない場合にも、ラマン散乱光の信号を増強して活物質粒子内のLi吸蔵分布を検出できる方法について検討した結果、全固体電池の電極材層の表面に金属ナノ粒子を該粒子の重なりがないように蒸着し、金属で被覆されたカンチレバー先端の探針を、電極材層の表面に近づけるように配置することで、ラマン散乱光の信号の増強ができ、活物質粒子内のLi吸蔵分布を検出できることを見出した。
本発明の化学状態測定法によると、Siに対するSi-Li信号強度比からLi量の分布を算出することで、Si粒子内のLi分布を観察することができ、負極活物質内のLi吸蔵分布による過膨張の検出等に有効である。また、本発明の化学状態測定法による測定結果を基に、Li吸蔵分布を緩和する充放電制御をすることで過膨張の抑制対策ができ、高性能な全固体電池の実現にもつながる可能性がある。
【実施例0053】
[TERS分光法による測定用電池の作製]
測定対象となる全固体電池は、正極活物質としてNCMおよびLiS-Pガラスセラミックス系固体電解質を、導電助剤としてVGCFを、バインダとしてPVDFを用い、Al上に塗工し、正極材層を作製し、負極活物質としてシリコンおよびLiS-Pガラスセラミックス系固体電解質を、導電助剤としてVGCFを、バインダとしてPVDFを用い、Cu上に塗工し、負極材層を作製し、セパレータ層はLiS-Pガラスセラミックス系固体電解質およびABRを用い作製し、正極材層と負極材層との間に配置し、複数積層した。測定に用いた全固体電池の体格は図1におけるX方向の長さが5mm、Y方向の長さが2mm、Z方向の長さが0.1mmとした。
【0054】
全固体電池の測定面上の100μm×2mmを、イオンミリング装置によって平坦化した。長時間平坦化すると電池内のイオンがなくなり電気容量が小さくなるので、ミリング時間は8時間とし、Arイオンビームの強さ設定を4mAとした。
【0055】
測定面上に、蒸着装置を用い、蒸着時間は1秒とすることで、粒径10nm程度の金粒子を測定面に均一に蒸着した。図3は、図1の測定エリアIにおいて、測定面に均一に蒸着した金粒子の様子を撮影したSPM像である。図3より、金粒子間の接触がなく、均一に蒸着されていることがわかる。
【0056】
[化学状態測定]
上記の測定用電池を測定セルに収容した。ラマン分光測定装置(堀場製作所製)に当該測定セルを設置した。なお、拘束時の圧力は1MPaであった。接続端子には、コネクターを接触させ、充放電装置と接続し、TERS分光法による測定を行った。測定条件は、励起レーザ照射方向を斜方照射、探針を金、励起レーザ波長を638nm、励起レーザ照射パワーを14mW、測定領域/測定間隔を0.3μm× 0.3μm/0.03μm、一点あたりの測定時間を10秒とした。
【0057】
[結果]
図4は本発明の一実施形態に係る負極材層におけるラマンスペクトルとLixSi/Si強度比(但し、LixSiはSiと結合しているLiを示す)のマップ図である。図4(a)~図4(c)の電池の充電率(States Of Charge 、以下、SOCともいう)はそれぞれ100%、50%、0%であり、すべての測定点のラマンスペクトルの測定波形が重ね合わせられている。縦軸はラマン散乱強度(Intensity)を、横軸はラマンシフト(Raman shift)を表している。
図4(a)のラマンスペクトルでは、固体電解質およびSi活物質のピークに加えて、全固体電池への金ナノ粒子の蒸着なしでは測定できなかったLixSiのピークが確認できる。また、Lix/Siの強度比のマップ図から、SOC100%ではLixSiの強度が強く、LiがSi粒子内に吸蔵されていることがわかる。
図4(b)および図4(c)によると、SOCを下げるとLiが減るため、LixSi/Si強度比が小さくなることが確認できる。図4(b)のLixSi/Si強度比のマップ図によると、今回の実施例である図1の測定エリアIでは、SOC50%で中央付近はLiが少なくなりやすいことがわかる結果が得られた。
【0058】
なお、本実施例では負極材層において測定を行ったが、正極材層についても同様の方法によって測定を行うことができる。
【0059】
すなわち、本発明によれば、充電時または放電時に全固体電池を短絡させることなく、励起光の照射で発生するラマン散乱光の信号強度を増強し、全固体電池の充放電反応中の電極における活物質の化学状態の分布を高分解能でin―situで観察することができ、高性能な電池の開発に重要な電極を作製する条件を見つける上で非常に有用である。
【符号の説明】
【0060】
10 全固体電池
10a 測定面
20 正極材層
21 正極活物質層
22 正極集電体
30 セパレータ層
40 負極材層
41 負極活物質層
42 負極集電体
70 探針
71 カンチレバー
72 検出部
73 ステージ
80 金属ナノ粒子
100 測定セル
101 ステー
102 拘束印加部
102A 拘束治具
102B 拘束治具
103 ねじ止め部
104 収容部
105A 接続端子
105B 接続端子
E 励起光
S ラマン散乱光
図1
図2
図3
図4